Skip to content

英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

  • Contact
  • Privacy Policy
  • 自己紹介 / About me

タグ: 2020年代

『 エターナルズ 』 -スーパーヒーロー映画の限界か-

Posted on 2021年11月12日 by cool-jupiter

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211112001919j:plain

エターナルズ 30点
2021年11月6日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ジェンマ・チャン アンジェリーナ・ジョリー マ・ドンソク
監督:クロエ・ジャオ

 

『 アベンジャーズ / エンドゲーム 』以後、はじめて新キャラを本格的に導入する本作。だが、過去のスーパーヒーロー作品のパッチワークにしか見えなかった。個人的には、霧の良いところでMCUから離脱してもいいのかなという気持ちになった。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211112001938j:plain

あらすじ

宇宙の創世期。セレスティアルは太陽を生み出し、生命を育む星々を育てた。しかし、そこにはデヴィアントという想定外の凶悪な生物も生まれてしまった。セレスティアルのアリシェムは地球に巣食うデヴィアントに対処するため、エイジャックやイカリスらのエターナルズを地球に送り込んだ。以来7000年間、エターナルズはデヴィアントから地球人を守護してきた。そして、サノスとアベンジャーズの戦いが終わった今、再びデヴィアントたちが姿を現わして・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211112001956j:plain

ポジティブ・サイド

『 シャン・チー テン・リングスの伝説 』から、明らかにMCU(というかディズニーか)もアジア系のオーディエンスへの配慮を始めている。『 クレイジー・リッチ! 』の嫌味な元カノが実質的な主役だし、我らが鉄拳オヤジのマ・ドンソク、『 ビッグシック ぼくたちの大いなる目ざめ 』のクメイル・ナンジアニの起用など、明らかに diverstiy と inclusion を意識している。なぜ地球の危機を西洋人だけが解決しようとする、あるいは解決する力を持っているのかは、常々西洋世界以外を困惑させていた。地球の危機には地球規模で対処すべきで、映画界もその方向にシフトしていっているのだということ、MCU新フェースの作品が基軸として打ち出してくれたことは素直に評価したい。

 

『 アイアンマン2 』や『 キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー 』あたりから顕著にヒーローの人間部分にフォーカスし始めたが、本作でもエターナルズの面々の人間的な面を描くことに腐心していた。『 ワンダーウーマン 』が切り開いた女性というヒーローが主役を張るという方向性が成功を収めたことで、マイノリティをヒーローにするのは個人的にはありだと思う。同性愛者や聴覚障がい者がヒーローというのも、バービー人形に車椅子バージョンや義肢装着バージョンがあったり、子供向けアニメ番組の主役が補聴器装用者(Super Rubyなど)だったりすることを知っていれば、このあたりの印象はガラリと変わることだろう。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211112002016j:plain

ネガティブ・サイド

以下、ネタバレあり

一番の不満はエターナルズの面々の強さがよく分からないところ。というか強そうには見えないのに「俺たちはアベンジャーズより全然強いんだが?」的な言葉をポンポン発するところが意味不明。別にJovianはアベンジャーズを贔屓にしているわけではない。ただ「サノスも俺たちが出張っていればなあ」やら、「アベンジャーズからキャプテン・アメリカもアイアンマンもいなくなったから、お前リーダーやってくれば?」のような会話は、白けるばかりだ。強さのインフレはある意味しゃーないとはいえ、ここまで露骨に言葉で説明する必要があったのかどうかは疑問だ。

 

そもそもデヴィアンツの強さがよく分からない。縄文時代ぐらいの人間を襲っていたのだろうが、これでは強さが分からない。それこそ『 アベンジャーズ 』でハルクが一撃KOしたリヴァイアサンのような巨大な敵、太古の怪獣のような存在であれば、まあ分かる。けれど実際は現代の普通の銃器でそれなりダメージを与えられる相手。これを倒すためにエターナルズが送り込まれてきたとなると、「エターナルズってホンマは弱いんちゃうの?」と感じざるを得ない。

 

冒頭のエターナルズの面々のデヴィアンツとのバトルも既視感ありあり。スーパーマンにクイックシルバーまたはフラッシュ、ミスティーク、アイアンマンなどなどで、「いや、これもう散々観ただろ」というシーンのオンパレード。普通のSFアクションものならド迫力のシーンなのかもしれないが、スーパーヒーローものとしては陳腐の一言。マ・ドンソクといえば確かに鉄拳なのだが、それはもうハルクだけで十分。

 

エターナルズの面々の能力全般にポテンシャルが感じられないのが痛い。ドルイグのマインド・コントロールというのは人間だけに効いて、デヴィアンツには効かないのか?だったら、その能力を使って一体セレスティアルは何をしろと言いたいのか。ファストスも科学技術の天才であるならば、核兵器の開発を嘆くのではなく、それよりもっと前の段階で太陽光発電やら地熱発電の sustainable energy といった領域の技術をバックアップしときなさいよ。スプライトも成長したいだとか恋がしたいだとか言うなら、バーで幻影を使って男をひっかけるのではなく、(見た目の上で)同世代の男(女でも可)とデートして、初々しくキスに失敗する、あるいはやたらとキスがうまくて相手がドン引きする、などの描写がないと説得力が生まれない。

 

人間的なヒーロー像の追求は別に結構だが、ゲイのカップルの物語などは、次回作以降にじっくりと掘り下げるべきで、本作のように一人一人のエターナルズの面々の背景にフォーカスしてしまうと、時間がいくらあっても足りない。実際に本作は2時間半の長丁場でありながら、最も求められているはずのアクションがあまりにも中途半端で、エンターテイメントとして大いに不満が残る。かといって個々の背景についても掘り下げは中途半端である。

 

宇宙規模の壮大なスケールの物語ではあるが、これはすでに『 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス 』で使われたネタで、新鮮味はなかった。また、デヴィアンツがあまり強くないことから、エターナルズ同士が争わざるを得なくなるが、これも『 シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ 』で既に使われたネタである。

 

サノスの弟もいらない。次のフェイズに行くなら、前のフェイズのラスボスネタは引っ張らなくていい。または前のフェイズのラスボスを落とすことで、次の敵の格を上げようとしなくていい。もうここまでくると、ストーリーを紡いでいるのではなくマーチャンダイズに使えるキャラを登場させているようにしか見えない。次作のクオリティ次第ではMCUから抜けてもいいような気がしてきた。

 

総評

MCUもネタ切れに近いのだろうか。何もかもが既視感ありありだった。ぶっちゃけ『 ファンタスティック4(1994) 』(ところで何回再映画化されるの?)と同レベルの作品に思える。ここまで来たら、もうデッドプールやゴーストライダーもMCUに放り込んで、『 怪獣総進撃 』みたいなハチャメチャ展開にしてもらいたい。本作はかなり好き嫌いが別れることだろうが、MCUになじみのない人にお勧めできない。これだけは断言できる。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

move in 

引っ越しする、の意。たいていの場合、だれか意中の相手のいる街へ引っ越したり、あるいは同居や同棲を開始するための引っ越しのために使う。古い洋楽を好む人なら、イングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリーの『 秋風の恋 』(I’d Really Love to See You Tonight)のサビの歌詞、I’m not talking bout moving in, and I don’t wanna change your life. で知っていることだろう。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, E Rank, アクション, アメリカ, アンジェリーナ・ジョリー, ジェンマ・チャン, マ・ドンソク, 監督:クロエ・ジャオ, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 エターナルズ 』 -スーパーヒーロー映画の限界か-

『 ひらいて 』  -閉じこめられた気持ちの人々に贈る-

Posted on 2021年11月7日 by cool-jupiter

ひらいて 70点
2021年11月3日 テアトル梅田にて鑑賞
出演:山田杏奈 佐久間龍斗 芋生悠
監督:首藤凜

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211107131136j:plain

普通のヒロインを決して演じない期待の若手、山田杏奈。あらすじも予告編も観ず、チケット購入。

 

あらすじ

同じクラスのたとえ(佐久間龍斗)に密かに恋焦がれる愛(山田杏奈)。ある時、龍斗が隠し持つ手紙を盗み、彼が同じ学校の美雪(芋生悠)と付き合っていることを知る。複雑な想いを抱いた愛は、美雪に近づき、友達となっていくが・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211107131200j:plain

ポジティブ・サイド

山田杏奈が相変わらず良い。普通のヒロインは市場に溢れかえっているが、この年齢で普通ではない役ばかりを演じるのは本人も事務所も本格派志向である証明だろう。無邪気な笑顔と邪悪な笑顔を一本の作品の中で繊細に、しかし大胆に使い分けられる女優は多くはない。首藤監督の演技指導もあるのだろうが、愛という複雑な女子高生のリアリティをしっかりと引き出した。

 

対する薄幸の美少女然とした芋生悠の存在感も素晴らしい。『 ピンカートンに会いにいく 』に出演していたそうだが、印象には残っていない。しかし『 ソワレ 』や『 ある用務員 』など、Jovianが観たいなと感じていながら観る機を逸した作品で主役級を演じている。本作でも病気持ち、友達なし、かつ秘密の恋人がいる女子高生という役柄で、強烈な印象を残している。その多くは、純朴そうに見える笑顔と、戸惑いと好奇心のはざまでもだえる表情、そして強い拒絶を雄弁に物語る目の力による。美少女という印象は受けないルックスだが、実際の高校の教室にいれば、クラスで2番か3番目くらいの可愛らしさだろうと思う。

 

PG12というよりも、PG15ぐらいじゃないのかというシーンが出てくるが、もっと邦画全体でこういうシーンはあっていい。少女漫画系の映画では、ヒロインのライバルが相手の男に色仕掛けを使ったりするが、愛は龍斗と美雪に肉体関係がないと知るや、その両方と関係を持とうとする寝業師。綿矢りさの描く女性キャラはどれもこれも一筋縄ではいかないが、身勝手であざとく、それでいて純な乙女心のようなものも併せ持つキャラを山田は好演した。

 

タイトルの『 ひらいて 』を動詞の命令形と解釈するべしということがオープニングで示唆されるが、最後にはこの『 ひらいて 』は、愛が心を開いた状態で、ということを意味する接続助詞に見えてくる。一筋縄ではいかないヒロイン像を追究しようとする山田杏奈の面目躍如たる作品。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211107131216j:plain

ネガティブ・サイド

各家庭にもう少しフォーカスがあっても良かったように思う。美雪は母親が鍋を調理する傍らで、進学を機に東京に出たい=家を出たいという願望を吐露するが、そこは母に「お父さんが帰ってきたら」とかわされる。愛も、かなり暗くなるまでゲーセンで遊んでいたり、深夜に家を抜け出したりと、かなり奔放な家庭にいるが、逆の見方をすれば親は子供に無関心とも言える。こうした閉塞的、窮屈な環境についての描写がもう少しあれば、なぜ家や街を出たいのかがより鮮明に伝わる。やや同工異曲の感のある『 君が世界のはじまり 』の方が、そのあたりの環境と心理の変化の描写が巧みだった。

 

夜の教室で愛がたとえに拒絶されるシーンのセリフがぎこちなかった。原作を尊重したのかもしれないが、映画のセリフではなく小説のセリフというか、異様に芝居がかったセリフ回しで、緊張感のあるシーンの雰囲気が壊されていると感じた。

 

総評

粗はあるが、そこは主人公の愛と同じく、本作も奇妙なパワーで前進していく。愛というキャラクターを同一視するのは難しいが、青春の一時期、恋という感情に文字通りに狂わされるというのは、程度の差こそあれ、誰にでもある話。愛と美雪、愛とたとえの関係は極端であっても特異ではない。コロナ禍によって閉塞感が増した世の中だが、理屈ではなく気持ちで動いていくキャラの物語というのも、今という時代に案外マッチしているのかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

diabetes 

「糖尿病」の意。発音はダイアビーティーズ。アクセントはビーに置く。学生ならまだしも、塾や予備校だと、ディアベテスやらダイアビーツと発音するトンデモ講師が結構いる。いくらでも発音チェックするツールがあるのだから、そうしたものを活用できないエセ英語講師は退場してほしいと思う。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村  

Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, 佐久間龍斗, 山田杏奈, 監督:首藤凜, 芋生悠, 配給会社:ショウゲート, 青春Leave a Comment on 『 ひらいて 』  -閉じこめられた気持ちの人々に贈る-

『 そして、バトンは渡された 』 -トレイラーを観るべからず-

Posted on 2021年11月7日2021年11月7日 by cool-jupiter

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211107103717j:plain

そして、バトンは渡された 20点
2021年10月31日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:永野芽郁 石原さとみ 田中圭
監督:前田哲

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211107102245j:plain

トレイラーを観て「なるほど、大体こういうストーリーのはずだが、どこかでひねりを入れてくるに違いない」と期待して、チケット購入。ひねりは全くなかった。感動の押し売りは結構である。

 

あらすじ

いつでも笑顔の優子(永野芽郁)は、血のつながらない父、森宮さん(田中圭)と二人暮らし。これまでに苗字が4回も変わったことから、学校に友達もいない。ある時、優子は卒業式の合唱のピアノを担当することになる。そこで出会った同級生の早瀬のピアノ演奏に、優子は心を奪われて・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211107102301j:plain

ポジティブ・サイド

みぃたんを演じた子役の稲垣来泉が印象に残った。子どもと動物は時々予想のはるか上を行くことがある。稲垣が演じることでみぃたんというキャラの健気さ、気丈さ、明るさ、そして憂げな感じが巧みに描出されていた。

 

田中圭は『 哀愁しんでれら 』とは全く違うテイストが出せていた。今後は『 アウトレイジ 』の椎名桔平のような武闘派ヤクザ役に期待。

 

一応、色々な伏線的なものがフェアに張られているところは評価したい(ちょっとあからさますぎだとは思うが)。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211107102318j:plain

ネガティブ・サイド

 

以下、ネタバレあり

 

原作小説は未読だが、映像化に際してかなり改変されていることだろう。改悪と言うべきか。本というのは自分のペースでページをめくっていくことができるので、物語を自分なりに消化しながら進んでいくことができる。本作はペーシングの面でかなりの問題を抱えている。2時間17分の作品であるが、体感では2時間40分ほどに感じた。前半と後半でもっとメリハリをつければ2時間ちょうどにできたはず。『 いのちの停車場 』でも感じたことだが、削るべきは削らねば。

 

キャラの行動原理が色々と意味不明だ。大森南朋演じる最初かつ実の父親のあまりの無軌道ぶりに本気で怒りを覚えた。「家族なら俺の夢についてこい!」って、アホかいな。いや、夢を持つことは全然否定しないし、むしろ素晴らしいし応援したい。問題は、ブラジル行きを誰とも相談することなく決め、また勝手に会社も辞めてしまったこと。若気の至りで済ませられるものではない。また若気の至りと言えるような年齢のキャラでもない。普通に成熟したカップルでも、パートナーにそれをやられたらかなりの確率で破局だろう。それに梨花の病気のことを知っていながら、気候も食事も言語も文化も違うブラジルに移り住もうというのは、非人間的とすら感じる。手紙のやりとり云々を絡めて美談にしようとしているが、やってしまったことが社会人失格、家庭人失格なので、終盤の父親巡りで「はい、ここで感動してくださいよ」というシーンではひたすらに白けるばかりであった。

 

田中圭演じる森宮さんの価値観もおかしい。いや、森宮さんというか原作者や脚本家の思想かな。やたらと「俺は父親なんだから」と口にし、職場では損な役回りながらも真面目に働き、家では料理を始め家事もこなす。再婚することなく、女の影もなく、酒も断って、子育てに邁進する。それは美しい。けれど、それが全て「バトン」を渡すためって何やねん。優子はモノ扱いなのか。しかも、渡す先の男に優子も森宮もそろって「ピアノ弾け」って、音大なめてるやろ。芸術の分野で一回レール外れてから元に戻るのがどれだけ大変か。そこから音楽一つで食っていけるようになるのがどれだけ大変か。しかも預金たんまりの通帳を渡しておきながら「これから大変だぞ」って、思いやりなのか嫌味なのか。こんな風に感じるのはJovianがひねくれ者だからなのか。いやいや、優子自身も大手レストランをあっさり自分から辞めているわけで、料理人でも音楽家でも、一本立ちへの道のりは険しい。それを分かっていて、片方に甘く、片方に厳しいというのは、古い父親像と新しい父親像が悪い意味で混淆している。自分というものがない、単に物語を都合よく進めていくだけのデウス・エクス・マキナとしか思えなかった。

 

ストーリー以外の演出面でも不満が残る。ピアノにフォーカスするのなら、いっそのこと劇中BGMは全部ピアノにしてしまうぐらいの思い切りがあっても良かったのではないか。また優子がピアノを好きになるシーンの演出も弱く感じた。友達がピアノを習っているから、というくだりは不要であると感じた。母子家庭になってしまったことで、友達の親が「みぃたんとはあまり付き合っちゃいけません」的なことを言うシーンがあり、さらに傷心のみぃたんがピアノの音に癒され、ピアノを心底好きになる。そんなシーンが望ましかった。雨の中でピアノの音に合わせて踊るみぃたんはシネマティックだったが、ここをそれこそ『 雨に唄えば 』のジーン・ケリー並みにみぃたんを躍らせていれば、みぃたんにとってのピアノの意味がもっと大きくなり、そのピアノを弾く早瀬くんへの思慕も大きくなった。これならもっと説得力があった。

 

石原さとみの梨花という母親像の好き嫌いは言うまい。ただ『 母なる証明 』のキム・ヘジャや『 MOTHER マザー 』の長澤まさみのような強烈な母性があったかというと否である。母親であろうとする姿に絶対性がなかった。

 

総評

世間の評価がやたら高いが、これこそ典型的な感動ポルノでは?邦画の悪いところが全部詰まった作品にしか思えなかった。キャラの行動原理が、自分自身の思考や信念、哲学に基づいたものではなく、観る側を感動させるためには何が必要か、で決まっているように見えて仕方がなかった。まるで昔の徳光和夫の感動押し売り家族再会バラエティーを見ているかのよう。Jovianがひねくれているのか、それとも予定調和の感動物語の需要が高いのか。まあ、両方だろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

give someone away

someone =「誰か」だが、ほとんどの場合、ここには bride =「花嫁」が入る。『 マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー 』でソフィが、”Who’s gonna give me away?”というシーンがあったが、これは「結婚式の場で父が娘を新郎に手渡す」という意味である。ごく限定されたシチュエーションでしか使わない表現だが、知っておいて損はない。give ~ away は、「~をどんどん与える」というコアのイメージを押さえておけば、『 プラネタリウム 』でも触れた”Maybe your smile can lie, but your eyes would give you away in a second.”の意味もすぐに類推できるはずである。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, E Rank, ヒューマンドラマ, 日本, 永野芽郁, 田中圭, 監督:前田哲, 石原さとみ, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 そして、バトンは渡された 』 -トレイラーを観るべからず-

『 モーリタニアン 黒塗りの記録 』 -日本はアメリカを笑えない-

Posted on 2021年11月3日 by cool-jupiter

モーリタニアン 黒塗りの記録 70点
2021年10月30日 TOHOシネマズ梅田にて鑑賞
出演:ジョディ・フォスター タハール・ラヒム シャイリーン・ウッドリー ベネディクト・カンバーバッチ
監督:ケビン・マクドナルド

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211103205611j:plain

また出てきたイラク戦争関連映画。黒塗りの記録という副題が付されているのは、配給会社の Good job だと言える。また本作の製作は英国。つまりは『 オフィシャル・シークレット 』と同じく、反省と将来同じ過ちを繰り返すまいという英国人の意識の表れと取ることができる。

 

あらすじ

9.11の実行者たちをリクルートしたとの容疑から米当局に逮捕されたモハメドゥ(タハール・ラヒム)だが、起訴されることなく数年間拘束され続けていた。人権派弁護士のナンシー(ジョディ・フォスター)はモハメドゥの弁護を無償で引き受ける。そして、モハメドゥ拘束の裏にある非人道的な行為の数々が明らかになり・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211103205627j:plain

ポジティブ・サイド

物語の視点がユニークだ。『 最後の決闘裁判 』のように、同一の事象を異なる人間が捉えたというのではなく、9.11という事件を背景に一人の人間の弁護側と検察側、両方の視点で迫っていく点に視野の広さを感じる。同時に、モハメドゥの語る言葉とモハメドゥの書く手記のギャップ、さらに米政府によって徐々に公開される資料、その黒塗りの記録の向こう側にあるMFR(Memorandoum For Record)によって明らかになる事実が、物語に更なる重層性を与えている。

 

忖度という言葉が人口に膾炙するようになって久しい日本社会であるが、それはつまり他者への迎合に他ならない。そこに自分というものはない。本作の弁護士ナンシーや検察官であるカウチ中佐は、自分の信念にどこまでも忠実だ。ナンシーはモハメドゥの弁護を手がけるものの、それは彼の無実の証明のためではなく、あくまでも米政府の手続きの瑕疵を責めるもの。モハメドゥの母親の肉声に触れながらも、女性として、あるいは母親として同情するのではなく、あくまでも推定無罪の原則にしたがって動く。カンバーバッチ演じるカウチ中佐も同じ。友人が9.11のハイジャック犯に殺害されたことから、アルカイダのリクルーターであると目されるモハメドゥを裁判で有罪にすべく奮闘するが、その過程で「これはおかしい」と気付いていく。個人の情ではなく、法律家としての哲学に忠実であり続ける。国家と個人を同一視する傾向が多くの国で見られる今、この二人の姿勢に学ぶべき点は多い。

 

モハメドゥを演じるはタハール・ラヒム。どこかで観たと思ったら『 ダゲレオタイプの女 』に出演していた。このキャラクターも一筋縄ではいかない。無実を訴えつつも、常にどこかに疑惑を感じさせる。Jovianも弁護士の先生に「弁護士を信用しているのなら、事実をありのままに語ってください。黒を白にするのは難しいが、黒を灰色にすることはできる」と教えてもらったことがある。すべてを語らないモハメドゥはすなわちナンシーを全面的に信用していなかったわけで、なにが彼をそれほど頑なにさせるのか。その秘密が情報公開請求で呈示される段ボール箱何個分になるか分からない資料の山として現われる。それが見事なまでに黒塗りだらけなのだ。ここに至って、我々日本のオーディエンスは、これは赤木ファイルやスリランカ人女性の死亡を思い出すことになる。黒塗りは、そのまま時の政治権力の闇の大きさ、闇の深さを表している。

 

黒塗り記録の向こう側にはモハメドゥを自白させた力、すなわち拷問があり、これ自体は『 ザ・レポート 』などで既に明らかにされていることだが、本作において真に恐るべきなのは、エンディングで明かされる数字だろう。「WMDを所有している」、「テロ組織を支援している」として散々イラクを攻撃しておきながら、自らの主張は嘘っぱちだった。その裏で、法律無視の非人道的な行為の数々を犯し、それを黒塗りにすることで真相を闇に葬ろうとしていたのだから、これはもうまともな国家運営とは言えない。しかし、忘れてはならない。我々はそんなアメリカのやることなすことに必ず追従する国家に生きているということを。

 

ネガティブ・サイド

シャイリーン・ウッドリー演じる弁護士がMFRを見て「モハメドゥは自白していた!」とパニックになるシーンは実話なのだろうか。普通に考えれば、そこは最初に開示された黒塗り文書の、黒塗りされていない部分に該当しそうだが。また、自白そのもの、特に不当に長期に拘留されたり、身体的精神的な拷問によって強制された自白に証拠能力などない。弁護士ならそれぐらい知っていて当たり前のはず。あるべき反応は「なぜ自白した?なぜ当局は罪状を定めて起訴しない?起訴できない?自白は強要されたもの?」のように、理路整然とした推理であるべきだったと感じる。

 

拷問シーンの苛烈さがもう一つ伝わってこなかった。もっと過激にモハメドゥを痛めつけるシーンを作っていれば、モハメドゥが見せる普通の振る舞いの意味がより強調され、さらにエンディングで明かされる数字のインパクトも更に増したに違いない。

 

総評

英国人がイラク戦争関連の事象を描くとこうなるのかというお手本のような作品。アメリカ人だと『 ボーイズ・オブ・アブグレイブ 』のような、一見反省しているように見せかけて、実は単なるアメリカの個人主義的英雄譚の焼き直し作品になってしまう恐れが常にある。日本も法治国家であり続けたいなら、そして法治国家の国民であり続けたいなら、本作を観て、推定無罪の原則や公文書管理の重要性などをあらためて学ぶべきだろう。120%不可能だろうが、邦画の世界で入管によるスリランカ人女性の殺人(と敢えて呼ぶ)を映画化したら、それだけで国内ムービー・オブ・ザ・イヤーだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

See you later, alligator.

受験英語ではまず触れられないが、キッズ英会話などでは割とお馴染みの表現。意味はそのまま「じゃあね、アリゲーター」で、later と alligator が韻を踏んでいる。劇中でも触れられるが、こう言われたら”After a while, crocodile.”と返すのがお約束になっている。これも while と crocodile が韻を踏んでいる。ただ、大人が使うことはまずない。大人の先生がキッズ英会話の受講生に言ったり、小児科医が患児に言ったりすることはあるが、ビジネスの文脈ではほぼ間違いなく使われない。

 

 にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, イギリス, サスペンス, シャイリーン・ウッドリー, ジョディ・フォスター, タハール・ラヒム, ベネディクト・カンバーバッチ, 監督:ケビン・マクドナルド, 配給会社:キノフィルムズLeave a Comment on 『 モーリタニアン 黒塗りの記録 』 -日本はアメリカを笑えない-

『 CUBE 一度入ったら、最後 』 -クソ映画・オブ・ザ・イヤー候補-

Posted on 2021年10月25日 by cool-jupiter

CUBE 一度入ったら、最後 10点
2021年10月24日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:菅田将暉
監督:清水康彦

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211025230827j:plain

低予算シチュエーション・スリラーの金字塔『 CUBE 』の日本版リメイク。というよりも世界初のリメイク。類似の作品は当時から今まで陸続と生み出されてきたが、今というタイミングで日本がリメイクするからには、相当凝ったアイデアがひねりだされたのだろうと好意的に解釈して劇場へ。

あらすじ

後藤(菅田将暉)は、目が覚めると謎の部屋の中にいた。そこでは自分と同じように、訳も分からずこの場所に連れてこられた人間たちがいた。彼らは脱出を試みるが、部屋によっては致死的なトラップが仕掛けられいる。果たして生きて脱出できるのか・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211025230907j:plain

ポジティブ・サイド

冒頭の男の死に様は、まあ及第点か。原作ではいきなりサイコロステーキにされていて、その衝撃とおぞましさゆえに、我々は一気にキューブという謎の領域のとりこになった。今作の冒頭シーンを見てJovianは不謹慎にも『 フード・ラック!食運 』や『 THE 焼肉 MOVIE プルコギ 』を思い起こしてしまった。鑑賞後に妻を焼肉に誘ったが、変な目で見られてしまった。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211025230850j:plain

ネガティブ・サイド

以下、ネタバレあり

何というか、何がしたいのかさっぱり分からない作品。随所に原作の良さを消して、邦画のダメなところが前面に出てしまっている。予告編で語られていた職業年齢が、本編ではほとんど触れられない。原作では職業・肩書とキャラのキューブ内で果たすべき役割がかなりの程度リンクしていたが、こちらのリメイクはその設定を完全無視。なぜか喋らない中学生も、深い設定などなく単なる人見知りって、脚本家はアホなんかな。

岡田将生の内面を表現するのに部屋の色をその都度変えるのも、観る側を馬鹿にしている。オリジナルでは人間関係のいざこざは赤い部屋で起きていて、それがゆえにカザンは青の部屋を好んでいた。人間を状況や背景に合わせるべきなのに、背景や状況を人間に合わせている。「こうすべれば分かりやすいでしょ?」とでも言いたいのだろうが、キューブの魅力の多くは、その意味不明さ、理解不能性から来ている。同時に、いかに人間が状況によってその行動や思考を変えられてしまうかの象徴でもある。そこを敢えて分かりやすくするというのは、ありがた迷惑というやつであるし、キューブという構造の本質を見誤っている。

死のトラップについても大いに不満が残る。特定の人間の感情に反応してトラップが発動したり、発動しなかったというのは、もはや単なるご都合主義にしか見えない。原作の面白さの一つに、素数を含む数字の部屋は罠(だが、実際は素因数の種類が1つなら罠)という、人間の感情を露わにしていくキューブという領域で、理性と論理が大いなる武器として働く、そしてそれが大きな落とし穴になっているということが挙げられる。こうすれば大丈夫だけれど、一歩間違えれば死ぬ。その緊張感があったればこそ、原作のクエンティンは絶対に音や声を出してはいけない部屋の場面で、カザンに対してマジ切れした。トラップを辛くも逃れることはあっても、場合によってはトラップが発動しないなどということは絶対にあってはならないのである。ついでに言うと、音を立ててはいけない部屋でBGMを流すとか、監督はアホなんかな。

他にも気になったのはキャラの死にざま。特に斎藤工。体のその部位に大ダメージを受けたとて、その瞬間に吐血などありえない。それを必要以上にスローモーションかつ顔面アップにする必要性もない。死ぬときは淡々と死んでいく。それが『 CUBE 』の良さであり、低予算ホラーや低予算シチュエーション・スリラーの様式美なのだ。そうすることによって、次に誰が死ぬか分からないという緊張感が生まれるわけだ。『 ザ・ハント 』のエマ・ロバーツがヨーイドンで、しかも何の特別な演出もなく死んだことで、観る側は「一体全体これから何がどうなるのだ?」というスリルとサスペンスを味わえるわけで、キャラの死に特別な演出を施してしまうと、「ああ、ここからはしばらく誰も死なないのね」と、逆に中だるみを作ってしまう、

岡田将生と吉田鋼太郎もギャーギャーうるさいだけ。最初は60代は20~30代を踏みつけて生きているということに内心で激しい憤りを描いているキャラなのかと思うシーンがあったが、それを全部事細かに言葉にしてどうする。世代間格差は確かに日本的なテーマであるが、『 CUBE 』という世界的なネームバリューのある作品のリメイクを、世界ではなく日本に問おうというスケールの小ささが気に入らない。もしそれをやりたいのなら、それこそ日本的な陰湿さや、慇懃丁寧さの中に垣間見える悪意のようなものを際立たせるべきで、単に極限状況に置かれたキャラが発狂してワーキャー言うだけでは、凡百のシチュエーション・

スリラーと何も変わり映えしない。

菅田将暉のキャラに変なバックグラウンドを持たせる必然性も無し。なんでここで超絶駄作『 秘密 THE TOP SECRET 』的な映像を見せられねばならんのか。さらにこれは『 CUBE 』のリメイクのはずが、なぜか『 キューブ2 』の要素まで入り込んでいるではないか。

杏のキャラクターが最後に問いかける対象が見えてしまってはダメだ。ここまで徹底的に日本という特有のマーケット向けに作ったからには、最後の最後に語りかける相手は劇場鑑賞者、あるいは配信やディスクメディアの視聴者であるべきだ。つまりは第四の壁を突破するべきだった。それならこのような中途半端なメッセージにも意味は見いだせる。日本という小さく狭い箱庭に閉じ込められた八方ふさがりなあなたたち。一度の失敗ですべてがダメになる理不尽な社会。皆で協力して生き延びられますか?これなら分かる。しかし、最後の最後の絵では、鑑賞者は当事者ではなくあくまで観測者。これではキューブという領域に観る者を誘いこめない。なぜこんな引きにしたのか、不思議でならない。

星野源の主題歌がローカリゼーションに拍車をかける。誰の要望でこんなテイストの楽曲に?原作観たか?あるいは本作すら観たか?あるいはコンセプト聞いたか?清水監督は観終わった観客にどういう感情を抱いてほしいのか?あるいは、観客のどういった情動を引き出したいのか?星野源は悪いアーティストではないと思うが、エンディング曲は完全に out of place だった。

総評

残念ながらリメイク失敗である。分かってはいたけれども大惨事に仕上がってしまった。少なくともJovianが期待する水準ではなかったし、真新しいアイデアもなかった。『 おとなの事情 スマホをのぞいたら 』のように、各国に特有のアイデアを持ち込める原作ではないし、かといってローカルな社会事情を反映させるには『 ザ・ハント 』のような過激なグロ描写による露骨な格差描写もなかった。総てが中途半端以下。直近で鑑賞した『 ビースト 』や『 殺人鬼から逃げる夜 』が世界のマーケットを意識して作られているのに対し、完全に内向きなオーディエンスしか意識できない邦画という残酷なコントラストが際立ってしまった。原作を知らないなら、鑑賞もありだろう。だが、その場合、極力割引やポイントで鑑賞すべし。Jovianはポイントでタダチケをゲットした。こんな映画に興収を上げさせてはならない。

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Sorry, no lessons. I need to forget this steaming load of bullshit ASAP.

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 
Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 2020年代, F Rank, シチュエーション・スリラー, 監督:清水康彦, 菅田将暉, 配給会社:松竹Leave a Comment on 『 CUBE 一度入ったら、最後 』 -クソ映画・オブ・ザ・イヤー候補-

『 最後の決闘裁判 』 -事実は一つ、真実は複数-

Posted on 2021年10月22日 by cool-jupiter

最後の決闘裁判 80点
2021年10月16日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:マット・デイモン ジョディ・カマー アダム・ドライバー ベン・アフレック
監督:リドリー・スコット

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211022001942j:plain

監督がリドリー・スコット、そして出演にアダム・ドライバー。これだけでチケット購入決定。歴史的なイベントを現代の視点で見事に再構築した逸品である。

 

あらすじ

従騎士カルージュ(マット・デイモン)と同じく従騎士ル・グリ(アダム・ドライバー)は戦友だった。しかし、ル・グリばかりがピエール伯爵(ベン・アフレック)に重用されるにつれ、彼らの友情は冷めていく。そんな時、カルージュの妻マルグリット(ジョディ・カマー)が、ル・グリに強姦されたと訴え出て・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211022001959j:plain

ポジティブ・サイド

Jovianはアダム・ドライバーが大好きである。善人も悪玉も、シリアスな男もユーモアのある男も演じられるからである。しかし、本作では毒のある男を演じた。どこからどう見てもアダム・ドライバーなのだが、観る作品ごとにしっかりとキャラクターを立たせられるのは演技力のなせる業。このあたりが、何を演じても結局本人にしかならないハリソン・フォードやニコラス・ケイジ、トム・クルーズとの違いだろう。

 

マット・デイモンも円熟期に入った。『 グレートウォール 』や『 ダウンサイズ 』あたりで失速したが、『 フォードvsフェラーリ 』で復活し、本作でさらにキャリアをブーストさせた。「男子家を出ずれば七人の敵あり」と言うが、それを地で行く生き様を見せる。西洋の騎士も東洋の武士も、名誉を重んじるという点で変わりはなく、それゆえに中世フランスの騎士階級の人間の物語であっても、そこに共感することが容易になっている。また、男の屈強さゆえの醜悪さも存分に醸し出しており、デイモンのキャリアの中でも屈指の好演だと言えるだろう。

 

本作がユニークなのは、カルージュの視点、ル・グリの視点、そしてマルグリットの視点から、同一の事象が描かれることである。よく我々は「真実は一つ」と言うが、それは違う。事実は一つで、真実は人の数だけ存在する。F・ニーチェ流に言えば「真実など存在しない。あるのは解釈だけである」となろうか。歴史的な事象は常に現代という文脈から再解釈され、再構築される。リドリー・スコットが本作の製作を思い立った背景には、間違いなくMeToo運動があるはず。遥か過去の人物であるマルグリットを現代に蘇らせ、二人の男に翻弄されてしまった女性の姿を通じて、我々はセクハラが罪であるという時代に生きねばならないという思いが強くなってくる。詳しくは観てもらうのが一番だが、同一の事柄でも見る人によってこれほど変わるものかと感心させられること請け合いである。

 

ジョディ・カマーは『 フリー・ガイ 』での圧倒的な強さとは対照的に、控えめながらも芯の強さを備えた女性を好演。追従する女性から毅然と立つ女性まで、各チャプターごとに異なる顔を見せる。印象的に感じたのは、初夜の後の表情。カルージュ視点とマルグリット視点で、同じ行為であっても全く異なる感想を抱いているのが、彼女の微妙な表情で分かる。『 ジオラマボーイ・パノラマガール 』でも山田杏奈が同じような表情を浮かべるシーンがあったが、我々男性は女性のこのような顔を決して見逃してはならないのである。国王までもが列席することになった裁判で、これでもかと辱めを受けさせられるマルグリット。セカンド・レイプとは何であるかを思い知らされる。そら誰も声上げんわな・・・というほどの無知と偏見、そしてデリカシーの欠如に、頭を抱えざるを得ない。数百年前のフランスの出来事とは思えない。おそらく世界のたいていの国に当てはまってしまうのではないだろうか。

 

タイトルにもある決闘のシーンは spectacular の一語に尽きる。 決闘と聞けば、エペで軽く突つき合う儀礼的なものを思い浮かべるが、本作では違う。重騎兵同士の激突である。殺し合いである。漫画原作の『 キングダム 』のような戦闘には活劇的な面白さがあるが、本作にあるのは凄まじい臨場感と緊迫感。それを見る視点はカルージュなのか、ル・グリなのか、それともマルグリットなのか、はたまた自分自身なのか。様々な視点からこの決闘を見ることで、そこに渦巻く思いが愛なのか名誉なのか憎しみなのかが変わってくる。ものすごい奥行きの深さである。

 

アダム・ドライバーも相変わらずの演技力の冴え。加藤清正や福島正則と友好関係にあったが、後に対立することになってしまった石田三成も、こんな男だったのかもしれないと感じた。ベン・アフレックも「どこに出ていた?」とエンドロールの際に思わされるほど、ピエール伯を怪演。伝説的な映画監督と豪華キャスト。そして現代的なメッセージを強烈に放つ作品。特にマルグリットが最後の最後に見せる表情は必見だ。鑑賞しないという選択肢はない。

 

ネガティブ・サイド

気になったのは、ル・グリによるマルグリットの強姦シーン。三者三様に物語を回想する本作のスタイル上、必要なのかもしれないが、強姦シーンを2回流す必要はあったのだろうか。いや、まるっきり異なるシーンであれば良いのだが、初見ではほとんど違いが分からない。「靴を脱いだ」と「靴が脱げてしまった」のような違いを、強姦そのもののシーンにもっと加えることで「真実は人によってこんなに違うのですよ」とあからさまに見せるのであれば、まだ意味を見出せるのだが。

 

総評

超豪華な製作陣が期待通りのクオリティの作品を届けてくれた。単なる映像美だけではなく、それを物語る手法もユニークである。遠い過去の人物たち、そして出来事でありながら、それが今という時代にこのような形で提示されることには大きな意味がある。大学生以上なら、本作の持つ社会的なメッセージ、その重みをしっかりと受け止められるはずだ。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Hear, hear.

「聞け聞け」の意ではなく、「その通りだ」、「賛成するぞ」の意。ビジネスものの映画やドラマのミーティングで時々聞こえてくるし、実際のオフィスなどでもたまに使われる。

 

 にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, アダム・ドライバー, アメリカ, ジョディ・カマー, ベン・アフレック, マット・デイモン, 歴史, 監督:リドリー・スコット, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 最後の決闘裁判 』 -事実は一つ、真実は複数-

『 DUNE デューン 砂の惑星 』 -続編に期待・・・?-

Posted on 2021年10月17日 by cool-jupiter

DUNE デューン 砂の惑星 50点
2021年10月15日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ティモシー・シャラメ レベッカ・ファーガソン オスカー・アイザック
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211017154404j:plain

『 デューン / 砂の惑星 』の現代リメイク、いやリブートと言うべきか。事前情報をとことん断って劇場に向かったが、これは前編であった。良い意味でも悪い意味でもドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の美意識が炸裂した作品。続編=完結編はおそらく製作されると思うが、やはり元々映画化に不向きな作品なのかもしれない。

 

あらすじ

スパイスが産出される砂の惑星アラキス。宇宙皇帝の命によって、そのと統治権が大領ハルコネン家から同じく大領アトレイデス家に移ることになった。レト公爵(オスカー・アイザック)は妻ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)、息子ポール(ティモシー・シャラメ)らと共に兵団を率いてアラキスへと赴くが、それは宇宙皇帝およびハルコネン家による大いなる陰謀の始まりで・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211017154428j:plain

ポジティブ・サイド

紛れもなく古典小説『 デューン 』の映像化になっている。荒涼とした砂漠に潜むゲリラ的な民族。皇帝から派遣された統治者。その統治者の交代。それに伴う様々な陰謀。これはまさしくローマによるイスラエル統治と、その後の政治的擾乱をモチーフにしている。そこに『 アバター 』ならぬ『 ポカホンタス 』の要素を混ぜ込んだ、壮大な叙事詩である。

 

映像の雄大さと美麗さにおいて素晴らしい。特に砂漠とそこに住まう民というイメージは間違いなく『 スター・ウォーズ 』に影響を与えているし、『 モンスターハンター 』のディアブロスは巨大なサンドワームにインスパイアされたものだとしか考えられない。古典SF小説家の想像力を見事に映像に翻訳したと言えるだろう。

 

砂漠のサンドワームが1984年の『 デューン / 砂の惑星 』よりも大迫力で再現されていて、それだけでも満足。加えてハルコネン家によるアトレイデス家への襲撃も1984年版とは比較にならない規模で展開される。CGの乱用にはJovianは常に懐疑的であるが、これぐらい派手にやるのなら、CGもありだろう。

 

ティモシー・シャラメ演じるポールは正に悲劇のプリンス。元々貴族的なルックスのシャラメなので、今作のような役は大いにハマる。英才教育を受けた悲劇の王子にして、野望を秘めた瞳に宿る芯の強さは他の役者には出せないと思わせるだけの迫力と説得力がある。できれば次作で完結と言わず、小説世界以上に宇宙帝国の転覆および新たな宇宙秩序構築の物語にまで発展させていってほしい。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211017154445j:plain

ネガティブ・サイド

これは小説の映像化なのか、それとも映画化なのか。映像化であれば満点だが、映画化としては疑問が残る。一つにはスパイスの存在意義。1960年代であれば恒星間宇宙旅行は、それこそ超高速プラス超長時間の旅だった。だからこそスパイスの存在意義があった。しかし、SF作品においてワープが当たり前になった現代では、スパイスに新たな意味付けが必要である。そこを避けてしまったのは頂けない。

 

アトレイデスやハルコネンについても、予備知識があるならまだしも、まっさらで鑑賞する人には厳しいだろう。実際、Jovian嫁は「最初から最後まで意味わからん」という感想を述べた。今にして思えば、デビッド・リンチ版の冒頭のナレーションは非常に親切なものであったと再評価できる。

 

全体的に長い。『 デューン / 砂の惑星 』のレビューで、ポールの成長過程および妹の誕生過程を丹念に描いてしまうと、3時間になってしまうと指摘した。が、本作は2時間35分でポールがやっとフレメンたちに受け入れらるところまでしか進んでいない。はっきり言って遅すぎる。サンドワームを乗りこなして、アラキスを掌握。フレメンの協力を得て、一気にハルコネンを駆逐し、銀河皇帝に戦いを挑む・・・という展開2時間30分~3時間にまとめるなら分かる。だが、物語のほとんどが儀礼と政治的な駆け引きで、アクションと呼べるシーンはハルコネン家の急襲とポールの決闘ぐらい。これでカジュアルな映画ファンに続編を期待してもらおうというのは虫が良すぎる。多分、ライトな鑑賞者は結構な割合で寝てしまったものと思われる。

 

ポールの見る予知夢がしばしば挿入されるが、これが前編の終わりの引きにつながっていない。謎ばかりが深まる中、最後の最後にゼンデイヤとポールがサンドワームに騎乗し、大軍勢を率いているビジョンがあれば、後編のスペクタクルに否が応にも期待が高まるはずなのだが。

 

総評

映像を鑑賞することはできても、映画として楽しむのはなかなかキツイ作品になってしまった。後編の製作が決まっている、もう撮影もされているというのであれば、期待もできる。けれど、そうではないらしい。世界的にコケないことを祈る。ヴィルヌーヴは思弁的なSFは監督できても、アクション巨編はもう困難なのかもしれない。同じSF古典の『 火星のプリンセス 』を思いっきりエンタメ路線に染め上げた『 ジョン・カーター 』のアンドリュー・スタントン監督にメガホンを取ってほしいとさえ思ってしまう。そんな出来栄えである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

unquenchable

quench = 水を飲んで渇きを癒やす、(炎などを水で)消す、の意。否定の接頭辞 un と可能の接尾辞 able がつくことで「癒やせない」、「消すことができない」の意味になる。しばしば unquenchable thirst や unquenchable desire, unquenchable passionのように使われる。『 ロッキー4 炎の友情 』の ”Burning Heart” でも 

In the burning heart 
Just about to burst 
There’s a quest for answers 
An unquenchable thirst 

というサビの一節の印象が強烈だ。

 

 にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, D Rank, SF, アメリカ, オスカー・アイザック, ティモシー・シャラメ, レベッカ・ファーガソン, 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 DUNE デューン 砂の惑星 』 -続編に期待・・・?-

『 殺人鬼から逃げる夜 』 -韓流スリラーの秀作-

Posted on 2021年10月16日 by cool-jupiter

殺人鬼から逃げる夜 75点
2021年10月14日 TOHOシネマズなんばにて鑑賞
出演:チン・ギジュ ウィ・ハジュン パク・フン キル・ヘヨン
監督:クォン・オスン

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211016093435j:plain

TOHOシネマズ梅田では都合がつかないので、難波まで足を伸ばす。その甲斐があった。これまた韓流スリラーの秀作である。

 

あらすじ

聴覚障がい者のギョンミ(チン・ギジュ)は、ある夜、路地裏からハイヒールを投げて、か細い声で助けを求める女性に遭遇する。その女性を助けようとしたギョンミは殺人鬼(ウィ・ハジュン)に追われることになる。果たしてギョンミは逃げ切ることができるのか・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211016093450j:plain

ポジティブ・サイド

冒頭からただならぬ雰囲気が漂っている。暗い路地。一人で歩く女性。親切そうに声をかけてくる男。テンプレ通りであるが、男がサイコな殺人鬼に変貌する様がとにかく恐ろしい。まるで『 羊たちの沈黙 』と『 悪魔を見た 』のオープニング・シークエンスを足したかのうようである。そして実際そうなのだろう。全編にわたって「面白い」という評価が定まった映画のパッチワークであるように見える。見えるのだが、それがパクリではなくオマージュでもなく、一つの様式美にまで高まっている感すらある。

 

殺人鬼役のウィ・ハジュンはJovian嫁をして「こらイケメンやわ」と言わしめる handsome guy だが、普通に頭のおかしいサイコパス殺人狂。表情の変わりっぷりが常人のそれではない。チェ・ミンシクの弟子だとしか思えない。単なるイケメンで役を得ているのではない。確かな演技力があってこその配役だと実感できる。私見では『 孤狼の血 LEVEL2 』の鈴木亮平の恐ろしさの方が上であるが、ウィ・ハジュンは役者としてのキャリアはまだまだ短いし浅い。それでこれだけのパフォーマンスを見せるのだから、よほど監督の演出が凄かったのか、あるいは鈴木のように役に向き合う時間があったのだろう。

 

ただし主役はギョンミ。こちらも凄い。聴覚障がい者という点で『 ただ君だけ 』のジョンファと重なるが、障がい者=清く正しく弱く、だからこそ美しいなどという描き方は真っ向から拒否している。悪態をつきまくる手話の顧客相手に折れることなく、勤め先の会社の大口取引先の接待で、ギョンミの耳が聞こえないのをいいことに好き勝手言いまくる野郎ども相手にも次々に手話でののしり言葉を浴びせていく。簡単に諦めたり、屈服したりするキャラではないことを、言葉を使わずして雄弁に語っている。ところどころで無音となるシーンを挿入するのは『 クワイエット・プレイス 破られた沈黙 』でもあった演出だが、これによりすぐそこにいるはずの殺人鬼に観る側は気付いているのに、ギョンミが気付いてくれないというもどかしさが、最高級のサスペンスを生み出している。特にギョンミの家に侵入するシーンの恐怖とサスペンスよ。ここでは『 シャイニング 』の有名なシーンへのオマージュが観られるので期待されたし。

 

頭のおかしさは折り紙付きのこの殺人鬼、なんと善良な一般人のふりをして警察署にまでついてきて、ギョンミとその母を執拗に付け回す。そこにギョンミが目撃した怪我をした女性の兄にして元海兵隊員のジョンタクもやってきて役者がそろう。ここからギョンミが、同じく聴覚障がい者である母と共に恐怖の殺人鬼から逃げまくるのだが、これがまた緊迫感満点。『 チェイサー 』のハ・ジョンウとキム・ユンソク並みに走って走って走りまくる。入り組んだ路地。人気の少ない街はずれ。そこを三者が縦横無尽に走りまくるのだが、冒頭のシーンと同じく、クォン・オスン監督はアクションだけではなく、街のそこかしこに存在する漆黒の闇をねっとりと画面に映し出していく。ポン・ジュノ監督の『 母なる証明 』の事件現場を彷彿させてくれる。この街の闇=人間の心の闇で、これが殺人鬼のものだけではなく、広く現代人が持ってしまっているものだということを終盤の展開で見せつけてくる。人気のない街区でも、光と人にあふれる繁華街でも、ギョンミは社会的には徹底的に弱者であるということを見せつけられてしまう。ここでチン・ギジュが見せる演技は圧倒的である。必死の訴えをワンカットで演じ切るという渾身の演技。テレビドラマ畑出身のようだが、もっと映画にも出てほしいもの。

 

殺人鬼の名前だとか動機だとか、そんなものはどうでもいい。逃げる女性。追う殺人鬼。それを追う被害者の兄。こんな単純なプロットで2時間弱の間、緊張感をまったく途切れさせることなく、それでいて社会的なメッセージまで盛り込んだ作品である。観ない手はない。空いている劇場の空いている時間帯を見計らってチケットを購入されたし。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211016093512j:plain

ネガティブ・サイド

韓国映画における警察の無能さは全世界の知るところであるが、さすがに事件の目撃者かつ被害者と思しき女性の兄を名乗る者がいれば身分証やら何やら身元確認をするだろう。また別の男と乱闘になって流血沙汰になっているのだから、調書は取るだろう。さすがに現実の韓国警察もそこまで無能ではないはずだ。

 

終盤近くにジョンタクが取る行動もおかしい。いや、取る行動というか、取らなかった行動と言うべきか。携帯を持っているなら、それでしかるべきところに通報せよ。その上で走れ。警察につながって信じてもらえなくても、それはそれで韓国警察の無能さがまた一つ浮き彫りになるだけ。ここだけはもっと常識的な行動をしてほしかった。

 

総評

これが長編デビュー作とは信じられない。が、韓国では『 国家が破産する日 』や『 藁にもすがる獣たち 』のような逸品を長編や商業作品を手がけるのは初めてという監督が作ってしまうので、本作のクオリティにも驚いてはいけないのかもしれない。『 ブラインド 』が『 見えない目撃者 』としてリメイクされたように、本作も日本でリメイクしてほしい。監督は森淳一、脚本は藤井清美で。そう感じさせてくれる、圧巻の出来栄えである。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

シバラマ

『 哭声 コクソン 』でも紹介した表現。韓国語で言うところの”F*** you”である。使ってはいけない韓国語であるが、どういうわけか韓国映画では頻繁に使われている。邦画界も上品な言葉遣いだけではなく、卑罵語をバンバン使った映画を作ってほしい。だからといって、北野武映画のような「てめえ、この野郎、バカヤロー」連発も困りものだが。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, ウィ・ハジュン, キル・ヘヨン, サスペンス, スリラー, チン・ギジュ, パク・フン, 監督:クォン・オスン, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 殺人鬼から逃げる夜 』 -韓流スリラーの秀作-

『 メインストリーム 』 -その「いいね」は誰のもの?-

Posted on 2021年10月10日 by cool-jupiter

メインストリーム 60点
2021年10月9日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:アンドリュー・ガーフィールド ホーク・マヤ ナット・ウルフ
監督:ジア・コッポラ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211010225207j:plain

『 沈黙 サイレンス 』や『 ハクソー・リッジ 』のアンドリュー・ガーフィールドが出演していて、コッポラ御大の孫娘が監督。それだけで観てみようという気になる。というわけで人混みを避けてレイトショーへ。

 

あらすじ

バーテンダーをしながらアート製作を志すフランキー(ホーク・マヤ)は、ある日、リンク(アンドリュー・ガーフィールド)という不思議なメッセージを発する青年と出会う。彼を撮った動画をYouTubeにアップしたところ、普段の自分の動画とは違い、バズることに。ライター志望でバーでの仕事仲間のジェイク(ナット・ウルフ)も誘い、フランキーはリンクと共にYouTube動画を作成し、リンクはノーワン・スペシャルとして人気を博していくが・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211010225227j:plain

ポジティブ・サイド

このフランキーという主人公の女性は、現代の典型的な鬱屈した若者像であり、なおかつジア・コッポラ監督自身の投影でもあるのだろう。映像作家を志す若い女性が「これだ!」という男性素材に出会うという点で『 サマーフィルムにのって 』にそっくりだが、フランキーが目指すのは映画ではなくYouTube動画。YouTube動画を作ることをテーマにした映画という意味で、なかなかメタでシュールな作品である。

 

多くの人間が成功を夢見ながら、諦めたり去って行ったりするのがLAという都市の常。そのことは『 ラ・ラ・ランド 』から良く分かる。また仮に売れたとしても、売れ続けられる保証はない。それも『 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド 』で描き出されていた。またLAという娯楽産業には裏の顔があり、裏のシステムがあるということは『 アンダー・ザ・シルバーレイク 』が寓話的に暴き出していた。本作はそうしたLAの固有性を背景にして鑑賞する必要がある。

 

一方で、フランキーがプッシュするリンクは何の代わり映えもしないセレブ系YouTuberだが、とあるインフルエンサーとのコラボ動画がバズったことでYouTuber界隈のプロデューサーと契約することになる。そこからブレイクを果たしたリンクたちだが、その過程で大問題を起こしてしまい・・・というのは、実際にありそうな事柄に思える。ペテン師メンタリストのDaiGoの「生活保護受給者は無視しろ、猫の命の方が大事だ」というメッセージおよびそれが巻き起こした動乱と、本質的には同じ流れが本作でも展開される。

 

このあたりはSNSを盛んにやる人は、自分に置き換えて考えてみても面白いだろう。あるいは最近話題になったYahooからヤフコメ民への「誹謗中傷はやめて」というお願い、あるいは自民党の高市早苗が自身の支持者に対して「総裁選の他候補への誹謗中傷はやめて」というお願いに通じるものがある。それらを受けて当事者らはどう反応したか。自分に関係のない事柄をさも自分のコンテンツであるかのように振る舞い、自分そのものがコンテンツである事柄には、さも無関係であるかのように振る舞ったのである。「高市さんも変な支持者がいて大変ですね」と言っているアカウントが、SNS上でとんでもない毒をばらまいていたりしたわけである。

 

本作でリンクが引き起こす騒動とその顛末の本質は、メインストリームというタイトルそのものに意味が込められているように思う。結局のところ、現代の、特にSNS上には、個人としての意見や主張などは存在しえないのかもしれない。あるのは、以下のメインストリームに迎合するかだけ。作家の八切止夫は「人間関係は一にかかっていかに相手を誤解させるか」と喝破した。合成あるいは編集したセルフィーをアップする。それはメインストリームに対するアピールに他ならない。本作の最後のリンクをアピールを聞いて、どう思うか。どう思ったところで、そのコンテンツを消費してしまったあなたは、もはやメインストリームの一部なのだ。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211010225243j:plain

ネガティブ・サイド

フランキーの満たされなさ、没個性さの描写が足りない。どんなアートを志向していて、どんな映像芸術をこれまでにYouTubeに公開して、どんな反響を得たのか、あるいは得られなかったのか。そのあたりの描写がわずかしかないため、リンクという素材との出会いのインパクトが弱くなっている。

 

そのリンクの思考や行動の原理の描写も弱い。フランキーとの3度目の出会いで彼女のスマホを奪い「他人から承認してもらうのが望みか」と問いかけるまで、彼の言動には思想がない。あるとすれば「スマホを持たない」ということぐらい。スマホを持たないことでスローライフを謳歌している、あるいは人間関係を非常に充実したもの、ストレスフリーなものにしているのであれば、まだ分かる。実際のところは定職を持たない変な奴である。もっとリンクを謎めいた、それでいて理知的な男には描けなかったか。

 

フランキーとリンクのロマンスにも必然性が感じられない。元々はジェイクと付き合っていたフランキーが、不意にリンクと関係を持ってしまう。その方が3人組の崩壊にもドラマ性が生まれるし、リンクというキャラが見せる落差も大きくなる。また、リンク=ノーワン・スペシャルという一種の怪物がだんだんとコントロールできなくなっていったのは、彼自身に原因があるというよりも、バックヤードでオペレーションをしているフランキーやジェイクの非であるとした方が、SNSと対比されるリアルの人間関係の生々しさがより際立ったと思う。

 

総評

普通に面白い作品。ただ、それはこの作品と鑑賞者の間にどれくらいの距離があるのかによるだろう。スマホやSNSに依存した生活を送っている若者であれば、チンプンカンプンかもしれない。逆に、彼ら彼女らの親ぐらいの世代であれば、本作の放つメッセージを読み取る(≠受け取る)ことは容易なのかもしれない。承認欲求とは、承認されたいという思い以上に、承認されることが可能なシステムへの参入の意志なのだ。10代20代よりも、40代50代が観るべき(少なくとも日本では)作品であるように思う。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

esteem-needs

「承認欲求」または「承認の欲求」と訳されることが多い。近年の日本で急激に人口に膾炙するようになった言葉だが、それだけ他者からの承認欲求に飢えているのだろう。Jovian自身はこの言葉を看護学校時代にマズロー心理学を学んだ際に知った。現代の承認欲求はヘーゲルやマズローの言う”承認”とはかなり意味がずれてきているように思えてならない。他者と承認の関係について考察を深めたいという向きには、Jovianの同級生が上梓した『 ヘーゲルの実践哲学構想 』をどうぞ。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アメリカ, アンドリュー・ガーフィールド, サスペンス, ナット・ウルフ, ホーク・マヤ, 監督:ジア・コッポラ, 配給会社:ハピネットファントム・スタジオLeave a Comment on 『 メインストリーム 』 -その「いいね」は誰のもの?-

『 護られなかった者たちへ 』 -人と人とのつながりの在り方を問う-

Posted on 2021年10月3日 by cool-jupiter

護られなかった者たちへ 75点
2021年10月2日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:佐藤健 阿部寛 清原果耶 倍賞美津子
監督:瀬々敬久

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211003233225j:plain

『 糸 』や『 友罪 』のように、社会問題とエンタメの両立を常に志向する瀬々敬久監督の作品に阿部寛と佐藤健、そして清原果耶が出演するということでチケット購入。

 

あらすじ

宮城県仙台市若葉区で、役所の生活支援課職員を対象にした連続殺人事件が複数発生。県警捜査一課の変わり者と呼ばれる笘篠(阿部寛)は、捜査の過程で利根(佐藤健)という男にたどり着く。そして利根の過去には、震災発生当時、避難所で知り合った老女と少女がいたことが分かり・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211003233241j:plain

ポジティブ・サイド

始まりからして非常に暗く、重苦しい。それもそうだ。あの大震災からわずか10年半しか経過していないのだ。震災および津波が日本にもたらしたものとして、地域共同体への物理的なダメージと人間への心理的・精神的なダメージの両方がある。本作は前者が後者にいかにつながっていってしまったかを、敢えて説明せず、しかし着実にストーリーの形で見せていく。

 

冒頭、果てしなく薄暗いスクリーンの中の世界であるが、倍賞美津子演じる遠島けいさんというおばあちゃんの温もりに救われる。『 母が亡くなった時、僕は遺骨を食べたいと思った。 』でも発揮された倍賞美津子の母性溢れる包容力は健在である。母親を失くしてしまった少女かんちゃんと、そもそも母親を知らない利根の、奇妙な連帯が本作の見どころ。3人が素うどんをすするシーンは、我々が忘れつつある、あるいは忘れてしまった家族の在り方だろう。

 

震災の地に帰ってきた刑務所上がりの利根。殺人事件の発生。犯人を追う笘篠ら、宮城県警。これらをつなぐ要素として社会福祉、なかんずく生活保護制度がある。そして、その制度の運用についての闇が明らかにされる。ただ勘違いしてはいけないのは、生活保護の不正受給というのは確かに問題だが、おおよそこの社会の制度で悪用されていないものなどない。求人サイト経由できた有望そうな人材に面接の場で「今日このままハローワークに行って、そこから再応募してほしい。すぐに内定を出すから」と伝える中小企業などいっぱいあるのだ。

 

生活保護を「恥ずかしい」と感じてしまう。ここに日本人的な精神の病根がある。不正に受給するのが恥ずかしいことなのであって、正当に受給することに恥を覚える必要などない。それでも生活保護を指して恥だと感じてしまうのは何故か。恥とは要するに他者からの視線である。他者にとって自分は生きている価値がないのではないかという懐疑が恥の感覚につながっている。震災によって多くのものを失ってしまった人間が、それでも生きていていいのだろうかという問いかけを発している。それに応える者が少数だが存在する。本作はそうした物語である。

 

佐藤健と阿部寛の険のある表情対決は、2021年の邦画の中でも屈指の演技合戦。NHKの朝ドラ(Jovianは一切観ていないのだが)のヒロインの座をつかんだ清原果耶も、芯の強さを備えた演技で男性陣に一歩も引けを取らない。BGMがかなり少な目、あるいは抑え目で、派手なカメラワークもない。しかし、それゆえに役者の演技が観る側をどんどんと引き込んでくれる。人は人に狼な世の中であるが、人は人に寄り添うこともできる。『 すばらしき世界 』と同種のメッセージを本作は力強く発している。

 

あまりプロットやキャラクターに触れると興ざめになってしまうので、最後に鑑賞上の注意を一つ。本作はミステリ仕立てであるが、ミステリそのものではないと言っておく。役所の生活支援課の職員が、拉致監禁され、脱水症状からの餓死に追い込まれるという殺人事件が本作の胆である。未鑑賞の人にアドバイスしておきたいのは、事件が胆なのであって、フーダニットやハウダニットに神経を集中させるべからず。本作をミステリ映画、推理ものだと分類してしまうと、話が一挙に陳腐化してしまいかねない。すれっからしのミステリファンは、片目をつぶって鑑賞すべし。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211003233314j:plain

ネガティブ・サイド

とある措置期の備品の使い方が気になった。いつ、誰が、どれくらいの時間それを使用したかという履歴がばっちり残るはず。そこの組織内で誰もそれの用途や使用時間について注意を払わなかったのだろうか。

 

利根の持つ性質というか特徴が説明されるが、それが強く発露する場面がなかった。また、エンディングは万感胸に迫るものがあったが、それでも利根の持つこのトラウマ(と言っていいだろう)を刺激する場面に見えて仕方がなかった。原作もああなのだろうか。

 

総評

東日本大震災後の人間関係を描くドラマとしては『 風の電話 』に次ぐものであると感じた。コロナ禍という100年に一度のパンデミックによって我々の生活は一変した。そのような時代、そのような世界で、人間はどう生きるべきなのか。政治や行政はどうあるべきなのか。エンターテインメント要素と社会はメッセージを両立させた傑作と言えるだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

be on welfare

生活保護を受けている、の意。アメリカ合衆国では大きな選挙のたびに共和党支持者(Republican)、民主党支持者(Democrat)、その他(Independent)に別れて激論が繰り広げられるが、その際の共和党支持者が”I’m Republican Because We Can’t All Be On Welfare.”という文言を載せたTシャツが、もう10年以上トレンドになっている。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, ヒューマンドラマ, 佐藤健, 倍賞美津子, 日本, 清原果耶, 監督:瀬々敬久, 配給会社:松竹, 阿部寛Leave a Comment on 『 護られなかった者たちへ 』 -人と人とのつながりの在り方を問う-

投稿ナビゲーション

過去の投稿
新しい投稿

最近の投稿

  • 『 悪魔のいけにえ 』 -4Kデジタルリマスター鑑賞-
  • 『 YADANG ヤダン 』 -裏切りと逆転の上質クライムドラマ-
  • 『 ボディビルダー  』 -エンディングに不満あり-
  • 2025年総括と2026年展望
  • 『 白の花実 』  -曖昧模糊もほどほどに-

最近のコメント

  • 『 i 』 -この世界にアイは存在するのか- に 岡潔数学体験館見守りタイ(ヒフミヨ巡礼道) より
  • 『 貞子 』 -2019年クソ映画オブ・ザ・イヤーの対抗馬- に cool-jupiter より
  • 『 貞子 』 -2019年クソ映画オブ・ザ・イヤーの対抗馬- に 匿名 より
  • 『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を- に cool-jupiter より
  • 『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を- に イワイリツコ より

アーカイブ

  • 2026年1月
  • 2025年12月
  • 2025年11月
  • 2025年10月
  • 2025年9月
  • 2025年8月
  • 2025年7月
  • 2025年6月
  • 2025年5月
  • 2025年4月
  • 2025年3月
  • 2025年2月
  • 2025年1月
  • 2024年12月
  • 2024年11月
  • 2024年10月
  • 2024年9月
  • 2024年8月
  • 2024年7月
  • 2024年6月
  • 2024年5月
  • 2024年4月
  • 2024年3月
  • 2024年2月
  • 2024年1月
  • 2023年12月
  • 2023年11月
  • 2023年10月
  • 2023年9月
  • 2023年8月
  • 2023年7月
  • 2023年6月
  • 2023年5月
  • 2023年4月
  • 2023年3月
  • 2023年2月
  • 2023年1月
  • 2022年12月
  • 2022年11月
  • 2022年10月
  • 2022年9月
  • 2022年8月
  • 2022年7月
  • 2022年6月
  • 2022年5月
  • 2022年4月
  • 2022年3月
  • 2022年2月
  • 2022年1月
  • 2021年12月
  • 2021年11月
  • 2021年10月
  • 2021年9月
  • 2021年8月
  • 2021年7月
  • 2021年6月
  • 2021年5月
  • 2021年4月
  • 2021年3月
  • 2021年2月
  • 2021年1月
  • 2020年12月
  • 2020年11月
  • 2020年10月
  • 2020年9月
  • 2020年8月
  • 2020年7月
  • 2020年6月
  • 2020年5月
  • 2020年4月
  • 2020年3月
  • 2020年2月
  • 2020年1月
  • 2019年12月
  • 2019年11月
  • 2019年10月
  • 2019年9月
  • 2019年8月
  • 2019年7月
  • 2019年6月
  • 2019年5月
  • 2019年4月
  • 2019年3月
  • 2019年2月
  • 2019年1月
  • 2018年12月
  • 2018年11月
  • 2018年10月
  • 2018年9月
  • 2018年8月
  • 2018年7月
  • 2018年6月
  • 2018年5月

カテゴリー

  • テレビ
  • 国内
  • 国内
  • 映画
  • 書籍
  • 未分類
  • 海外
  • 英語

メタ情報

  • ログイン
  • 投稿フィード
  • コメントフィード
  • WordPress.org
Powered by Headline WordPress Theme