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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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月: 2021年1月

『 樹海村 』 -『 犬鳴村 』から成長・発展なし-

Posted on 2021年1月31日 by cool-jupiter

樹海村 20点
2021年1月30日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:山田杏奈 山口まゆ
監督:清水崇

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売り出し中の山田杏奈の主演作品。Jovianはホラーはまあまあ好きなので、この期に及んでもジャパネスク・ホラーに期待を抱いている。人生と最もたくさん本を読んでいた時期の90年代からゼロ年代に読んだホラー小説の数々に感銘を受けたからだ。日本には良いホラー映画を生み出す土壌があると、今でも信じたいのだ。だが、しかし・・・

 

あらすじ

引きこもりの響(山田杏奈)はYouTuberが富士の樹海を探索する配信動画を観ていた。しかし、そのYouTuberの身に異変が起きて動画は終了してしまう。その後、姉の引っ越し先で偶然に見つけた箱により、響の家族や友人たちは恐るべき怪異に見舞われることになり・・・

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ポジティブ・サイド

量産型の低級ホラー = 美少女がキャーキャー叫ぶという図式が本作にはない。それは主演の山田杏奈の存在感のおかげだろう。『 屍人荘の殺人 』でも感じたことだが、この女優は感情を抑えた演技をした時にこそ光る。また、見方によってはかなりエロチックなシーンが挿入されており、清水監督の女優・山田杏奈への惚れ込み具合が伺える。

 

いくつかのショットが印象的だった。あるキャラクターがとある事件後に見せる能面のような笑顔、そしてドアを閉めた先のすりガラス越しに見せるモザイク模様の絶対的な拒絶の表情はホラー映画の絵として完璧だった。

 

本編終了後にいきなり帰っていった人も数人見たが、数年後の世界を描いたスキットがある。ま、別に見たからといって何がどうこうなる内容ではないのだけれど。

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ネガティブ・サイド

出だしが『 犬鳴村 』とそっくり同じである。アホなYouTuberがたくさん存在することは否定できない現実であるが、『 貞子 』でも使われたネタで、そろそろ新味を出す必要がある。まさか恐怖の村シリーズ第3弾作品の冒頭も、こんな作りになっているとは思いたくないが・・・

 

そのYouTuberが分け入っていく樹海の森も既視感ありありである。森の中で突如現れる石や木の枝を組み合わせた不思議なオブジェは『 ブレア・ウィッチ・プロジェクト 』のそれとそっくり。誰も住んでいるはずのない樹海の中に人間の痕跡が・・・と思わせたいのだろうが、もっと上手いというか、日本的なオブジェなどは構想できなかったか。

 

樹海村という村落をタイトルに持ちながら、その村の存在が本編が怪死・・・じゃなくて開始されてから相当に経たないとフィーチャーされない。樹海という場の魔力がコンセプトなのか、樹海に村落を形成するに至った人間たちの恐ろしさを描くのか、それとも主人の響の家族にまつわる物語にしたいのか。そのあたりの軸がブレブレである。某総理大臣の政策方針のブレ具合と、これはいい勝負である。

 

肝心な点として、何でもって観客を怖がらせたいのかがハッキリしない。これが本作(に限らず近年の邦画ホラーの多く)の弱点である。響の妄想(その源が彼女個人なのか、それとも家系にあるのかは本編終了後のエンドロール中のスキットで明らかになる)、統合失調症の症状によるものなのか、それとも樹海村の呪いが厳然たる事実として存在するのか。そのあたりの虚実をはっきりさせず、「え?これは一体どういうこと?」という観る側の疑問を常に刺激することが求められていたはずなのだ。謎が恐怖を呼び、恐怖が次の謎を呼ぶという基本がなっていない。本作は、妄想も呪い(呪いのコトリバコというオブジェは本当に必要か?)も、どちらも中途半端に描いたのが最大の失敗である。

 

最終盤の展開もシラケる。これもまんま『 シャイニング 』や『 ドクター・スリープ 』の輝きのパクリではないのか。いや、パクリの域にも至っていないか。

 

訳の分からん村人のゾンビもどきに今どき恐怖を感じられるか?國村準を使うなら『 哭声 コクソン 』並みに、スーパーナチュラルなホラー世界と人間の業の世界を行き来する世界観を構築してほしかった。これでは凡百以下のホラー映画である。

 

総評

『 事故物件 怖い間取り 』で「我々がかつて敬服した中田秀夫監督はもう死んだ。そう思うしかない。冥福を祈る」と書かせてもらったが、全く同じことが清水崇監督にも当てはまる。『 富江 』や『 呪怨 』の清水崇は死んだ。冥福を祈る。この恐怖の村シリーズって、まだ続けるの?こんなプロジェクトに血道を上げても、時間とカネとエネルギーの無駄でしかないと思うが・・・。1990年代から2000年代にかけて豊かに花開いたホラー・ジャパネスクは2010年代から2020年にかけて急速に劣化した、と後の世に評価されるだけだと思われる。いっそのこと『 八つ墓村 』とか現代風にリメイクしたら?

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

exorcize

お祓いする、の意。ホラー映画の金字塔『 エクソシスト 』でもお馴染み。はっきり言ってクリシェである。効かないと分かっているが、それでもやらないといけない。邦画の中でお祓いが効果的だったとされる作品を思い返そうとしたら、『 陰陽師 』あたまりまで遡る必要があるだろうか。ホラーちゃうけど。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, E Rank, ホラー, 山口まゆ, 山田杏奈, 日本, 監督:清水崇, 配給会社:東映Leave a Comment on 『 樹海村 』 -『 犬鳴村 』から成長・発展なし-

『 囚われた国家 』 -Rise up against all odds-

Posted on 2021年1月30日 by cool-jupiter

囚われた国家 65点
2021年1月27日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ジョン・グッドマン ベラ・ファーミガ アシュトン・サンダース ジョナサン・メジャース
監督:ルパート・ワイアット

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ディストピアSFはJovianの好物ジャンルの一つ。アメリカの大統領もきっちりと入れ替わったところで、アメリカ人の意識の一面を映し出しているであろう本作を近所のTSUTAYAでピックアウトしてきた。

 

あらすじ

地球が異星人に統治されるようになって9年。伝説的な活動家の兄を持つガブリエル(アシュトン・サンダース)は、市民集会に現れる“統治者”に一矢報いるために爆弾攻撃を計画するレジスタンスのメンバーたちの動きに関わっていくことになる。ガブリエルの父のかつての同僚、刑事マリガン(ジョン・グッドマン)はそんなガブリエルを常に注視しており・・・

 

ポジティブ・サイド

H・G・ウェルズの『 宇宙戦争 』の頃から、エイリアンが地球へ侵攻してくる物語はカズ仮なく量産されてきた。だが、本作は冒頭のエピローグ部分で人類が敗北して、エイリアンの統治下に入ることになったということ極めて端的に描写した。本筋は、エイリアン統治に馴染んでしまった世界から始まるところがユニークな点である。

 

面白いと感じるのは、異星人、劇中の言葉を借りれば“統治者”の元で生きる者はますます富み栄え、そうではないものはとことん落ちぶれていくということ。なんのことはない。ネイティブアメリカンとヨーロッパからの移民の関係を、アメリカ人と宇宙人に置き換えただけである。つまり、アメリカ人にも自分たちが侵略者であり、自分たちの政治が虚飾であるという意識がはっきりと芽生えてきたということだろう。アメリカの作るSFはひたすら宇宙、つまりは上を目指すばかりだったが、本作では地下、つまりは下を目指すことが物語上で大きな意味を持っている。

 

他にも、アメリカ映画お得意のヒーロー信奉、すなわち一個人の英雄的な活躍により戦局を一気にひっくり返すような展開も、本作では見られない。本作はスパイ映画であるが、『 ミッション・インポッシブル 』や『 007 』のような超人の物語ではなく、圧倒的な強者の目を何とかかいくぐり、協力し合って目的を達成せんとする弱者の連帯の物語でもある。だからとって妙な人間ドラマ路線に舵を切らず、スパイ映画特有のヒリヒリするような緊張感を味わわせてくれるので、そこは安心してほしい。

 

侵略的な宇宙人が存在する世界で警察=体制側の人間vsガブリエルたちのような貧民という、人間同士の争いばかりがフォーカスされるが、本作の本質的なメッセージは「抗え!」ということである。脇役として数多くの映画を支えてきたジョン・グッドマンの静かに抑えた、それでいて内にマグマを秘めた演技が光る。最後のマリガンのネタばらしと言おうか、調査報告のシーンはサスペンスは『 女神の見えざる手 』を思い起こさせてくれた。

 

ネガティブ・サイド

主人公、というよりもオーディエンスが物語世界に没入するために感情移入すべき相手が変わっていく。それ自体はその他多くの映画でもこれまでに行われてきた。問題は、その視点の移り変わりが理解しづらいところだ。ガブリエル、その兄のラファエル、彼らの父の元同僚であったマリガンへと視点が変わっていくが、そこが少々、というか相当に強引だ。被支配者としてのアメリカ、ヒーローではなく群像、上ではなく下、という具合に多くの転倒した価値観を提示する本作であるが、「 物語として示したいもの 」が非典型的だからといって「 物語の示し方 」まで必要以上に凝る必要はない。むしろ、物語の示し方に凝るのならば、そのこと自体が大きな仕掛けになるような工夫を期待したかった(『 メメント 』や『 カメラを止めるな! 』など)。

 

レジスタンスのナンバーワンとされる存在の正体が割と早い段階でばれてしまうのはミスキャストではなかろうか。この役者が演じる役には裏が無い方が珍しい気がする。

 

映画の全編を通じて、編集が雑であるように感じた。あるいは脚本が練られていない。統治者側の特殊部隊の「ハンター」と聞けば『 ザ・プレデター 』を思い浮かべてしまうが、こいつらがあまり強くなさそう。というか強くない。武器を取り上げられた=火力ゼロなので、相対的にどんな相手に対しても地球人は不利になる、というわけではない。警察機構には銃火器の保持が認められている。であるならば、その程度の武力ではハンターにはまったく太刀打ちできないという説明あるいは描写を入れておくべきだった。

 

総評

全体的に非常に静かな作品である。思弁的なSFでありながら現実世界を巧みに写し取ってもいる。本作を通じてスパイ行為、テロ行為を反省的に見つめることもできるだろう。『 オブリビオン 』を楽しんだという人ならば、本作も楽しめる可能性が高い。エイリアンが登場するSFならドンパチが必須だ、と考える向きにはお勧めしづらい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

a buff

劇中では a history buff  = 歴史オタクと訳されていた。Buffとは「熱中者」や「熱烈愛好家」、「マニア」のような人種を指す。

 

He is one heck of a baseball buff.

あいつは相当な野球狂だぜ。

 

のように使う。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, SF, アシュトン・サンダース, アメリカ, サスペンス, ジョナサン・メジャース, ジョン・グッドマン, ベラ・ファーミガ, 監督:ルパート・ワイアット, 配給会社:キノフィルムズLeave a Comment on 『 囚われた国家 』 -Rise up against all odds-

『 ガメラ 大怪獣空中決戦 』 -特撮映画の金字塔の一つ-

Posted on 2021年1月27日 by cool-jupiter

ガメラ 大怪獣空中決戦 80点
2021年1月24日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:伊原剛志 中山忍 藤谷文子 小野寺昭
監督:金子修介

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邦画の落日が叫ばれて久しい。いつの間にか小説や漫画の映像化を作業のように淡々とこなすようになってしまったのは何故なのか。「日本にはアニメがある」という声も聞こえないではないが、『 ウルフウォーカー 』や『 羅小黒戦記~僕が選ぶ未来~ 』のような傑作が海の向こうで作られていること、そして『 劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編 』(未見)が映画界の救世主のように扱われていることに一掬の、いや多大な不安を覚える。だが、日本にはまだ特撮映画、そして怪獣映画というジャンルが残されている!

 

あらすじ

太平洋上で巨大な漂流環礁が発見された。時を同じくして姫神島で住民が消失する事件が発生。その直前の無線では「鳥」が言及されていた。島を訪れた鳥類学者・長峰(中山忍)の前に、羽毛の無い巨大な鳥を発見する。同じ頃、海上保安庁の米森(井原剛志)と保険会社の草薙(小野寺昭)は、環礁で発見された碑文を解読。環礁はガメラ、怪鳥はギャオスという古代怪獣であることが判明して・・・

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ポジティブ・サイド

これは確か高校生の時に岡山市内の映画館で父親と観た記憶がある。その後、20代後半にDVDでも観た。今回で3度目の鑑賞である。ガメラと言えば「 強いぞガメラ♪ 」の歌詞がJovianの脳内に響いてくるが、Jovianはリアルタイムで昭和ガメラは鑑賞できていない。すべてVHS鑑賞である。そうした意味で、本作を劇場、しかもDolbyCinemaで鑑賞できたことは僥倖以外の何物でもない。

 

まず、タイトルロゴの演出が恐ろしくカッコいい。『 ゴジラvsデストロイア 』のそれを彷彿させる(というか、こちらの方が後発)素晴らしい出来栄え。そこから謎の環礁、そして巨鳥の出現と矢継ぎ早の展開で、観る側をぐいぐいと引き込んでくる。そのタイミングで中山忍演じる長峰を登場させることで青年から中年までの怪獣オタクのハートもがっちりとゲット。少年層には藤谷文子を配するなど、手抜かりはない。ここが『 ゴジラ 』シリーズとの違い。『 ゴジラ 』世界でヒロインと呼べるのは、おそらく三枝未希だけだろう。

 

閑話休題。本作は怪獣映画であると同時に政治的なリアリズムを追求した『 シン・ゴジラ 』の先行作品とも言える。ガメラやギャオスといった怪獣を捕獲するか駆除するかといった議論の生々しさは、確かに『 シン・ゴジラ 』に受け継がれている。もうひとつゴジラつながりで言えば、本作は『 ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃 』、いわゆるGMKの先行作品的な側面も有している。つまり、人間と怪獣の戦いを経て、人間と怪獣の共闘に至るという点だ。

 

その怪獣バトルも、樋口真嗣の手腕もあって、特撮の醍醐味が存分に味わえる。CGでは決して出せない建物が破壊されるときの臨場感、そして大規模なミニチュアのセットの中で繰り広げられる着ぐるみvs着ぐるみのぶつかり合いの質感。これらが高精細になった映像とクリアな音質によって、より迫真性を増している。特にラストのコンビナートの大爆発シーンは、『 ゴジラ対メカゴジラ 』のコンビナートの爆発に勝るとも劣らない。これらの大迫力を体験させてくれた梅田ブルク7様々である。

 

人間キャラクターが魅力的だが、やはりそれ以上に怪獣たちが個性を発揮しているところが素晴らしい。ギャオスの雛が共食いをするところ、成長したギャオスが人間を貪り食うところに、ギャオスという怪獣が紛れもないヴィランであることが伝わって来る。同時に、小難しい理屈をこねる環境庁の役人の屈折と変節に、人間、特に大人もあてにならない、信用できないという思いを(オッサンになった今も)強くする。そんな中で、子どもの味方であろうとするガメラ、人間に攻撃されても一切反撃しないガメラは、やはり純粋にヒーローである。単に敵対的な怪獣を攻撃してくれる=善という図式ではない。人間の愚かさをそこに挟むことで、ガメラの立ち位置がより明確になっている。

 

空中決戦という、ゴジラにはほぼ不可能な(といっても、ゴジラも空を飛んだことはあるが)スペクタクルはまさにスリル満点。成長したギャオスが東京の空を縦横無尽に飛び回り、自衛隊の放ったミサイルがギャオスを追尾する最中、東京タワーに命中してしまうといアイデアは、もしかすると海を越えて『 GODZILLA 』(1998)をインスパイアした可能性もあるのではないか。折れた東京タワーの中腹あたりに鎮座するギャオスのシルエットはまさに邪竜。地の底から現れたガメラとの空中戦、そしてクライマックスの爆発散華へと至るシークエンスは、特撮および怪獣映画のエッセンスのすべてが詰まっている。まさに金子修介監督および樋口真嗣特技監督の面目躍如である。邦画は死につつあるが、怪獣ジャンルまで死なせてはならない。

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ネガティブ・サイド

漂流環礁の調査シーンの引きのショットでは、海とプールの合成の粗さが目立つ。時代的な制約か。他にも橋の上でギャオスが米森、長峰、子どもを襲おうとするシーンではギャオスの飛行による衝撃波が生じないところが気になった。直前に犬やおばちゃんを襲うシーンでは、自転車を吹っ飛ばすほどの威力の衝撃波を生み出しているのに。この橋の上のシーンで、風で米森や長峰が風で子どもから引き離されたところにギャオスが突撃、子どもが大ピンチという瞬間にガメラが子どもをかばって負傷する、という流れなら、ガメラ=子どもの味方という図式がもっと理解しやすくなったと思われる。

 

あとは中山忍と藤谷文子の棒読み演技か。ビジュアルは文句なしだが、セリフ回しが拙すぎる。といっても『 ゴジラvsビオランテ 』の沢口靖子ほど酷くはないのだけれど。

 

そうそう、エンドクレジットでは“アニマトロニクス”であるべき箇所が“アニマトロクス”となっていた。シミュレーションがしばしばシュミレーションと言われていたように、英語とはまだまだ距離があった90年代を思い出させてくれた。

 

総評

知名度ではゴジラに劣るが、ガメラもまた日本の誇るべき怪獣の一方の雄である。実際に、ブルク7で本作鑑賞後に「大画面で観られて良かった!」「崇高な映画!」と感想を述べあう若い男子三人組を目撃した。おそらく元々怪獣ファンなのだろうが、それでも令和の時代に昭和生まれの怪獣(平成ガメラだが)の雄姿を映画館で拝めるということには、歴史的な意義がある。工場で大量生産するかの如くテンプレ的な映画が量産される邦画の世界の関係者は、怪獣、そして特撮というジャンルにかつてどれほどのエネルギーが注ぎ込まれていたのかを思い返すべきだろう。そして、60代以上の世代はぜひ孫たちにガメラを体験させてあげてほしい。いわゆる昭和のプロレス的なノリのゴジラ映画とは違い、かなり現実的な考察がなされている平成ガメラであるが、そうした作品こそ子どものうちに味わわせてあげてほしい。そのように切に願う。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

How dare you!

環境活動家のグレタ・トゥーンベリの決め台詞。意味は「よくもそんなことができますね」である。中山忍演じる長峰が、ギャオスの捕獲から駆除へと方針転換した木っ端役人に対して「勝手過ぎます!」と一喝した台詞の私訳。逐語訳ならば“Too selfish!”とか“So egoistic!”となるのだろうが、より丁寧に“How dare you say that!”または“How dare you change policies!”となるだろうか。相手の言動に悪い意味で驚いたりした時、呆れたりした時に“How dare you!”と心の中で叫ぼうではないか。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 1990年代, A Rank, 中山忍, 伊原剛志, 小野寺昭, 怪獣映画, 日本, 監督:金子修介, 藤谷文子, 配給会社:KADOKAWALeave a Comment on 『 ガメラ 大怪獣空中決戦 』 -特撮映画の金字塔の一つ-

『 悪魔を見た 』 -悪魔を倒すには悪魔になるしかないのか-

Posted on 2021年1月26日 by cool-jupiter

悪魔を見た 80点
2021年1月23日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:イ・ビョンホン チェ・ミンシク
監督:キム・ジフン

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『 さんかく窓の外側は夜 』がイマイチだったので、だったら人間がとことん怖くなる作品を観たいと思い、本作をレンタル。はっきり言って後悔した。キム・ジフン監督の独自の哲学というのか美学というのか、とにかく恐るべき人間性を見せつけられてしまった。This film is not for the faint of heart.

 

あらすじ

国家情報院捜査官スヒョン(イ・ビョンホン)は婚約者の誕生日も仕事に追われていた。その夜、婚約者は殺人鬼ギョンチョル(チェ・ミンシク)にさらわれ、殺害される。スヒョンは恋人の受けた苦痛を倍にして返してやると誓い、犯人を捜し始めて・・・

 

ポジティブ・サイド

雪降る夜。人里離れた道路。車内には妙齢の美女。これで事件が起きない方がおかしいと思えるほどのオープニングである。携帯電話で語らう仲睦まじい二人の間に突如として割って入るチェ・ミンシク演じるギョンチョルは、登場してから豹変するまでわずか数分。普通、この手のサスペンスやスリラーというのは犯人の残虐性を強調するシーンは中盤まで取っておくものだ。それを序盤から惜し気もなくギョンチョルの異常な攻撃性をまざまざと見せつける。この立ち上がりだけで胸やけがしてくる。

 

復讐相手を突き止めるために警察から容疑者リストを手に入れたスヒョンが、相手を片っ端からぶちのめしていく様は爽快だ。『 デッドプール 』と『 アンダードッグ 二人の男 』ぐらいでしか見たことのなかった顔面へのサッカーボールキックが、実は本作でも放たれている。というか、本作の方が上記二作よりも古い。やはり21世紀のバイオレンス描写の本家本元は韓国なのか。

 

ギョンチョルがとあるキャラクターの頭をハンマーでガツンガツンやるシーンがあるが、これは『 オールド・ボーイ 』へのオマージュだろう。頭を鈍器や棒で殴るシーンのある映画は数多く存在するが、北野武の『 その男、凶暴につき 』で北野武が金属バットで男の頭をから竹割にするシーンと同じだけの痛みが伝わる描写が本作にはてんこ盛りである。観ているだけで痛い。

 

スヒョンがギョンチョルと初めて相まみえるシーンのアクションも見物。稀代の殺人鬼に真正面から立ち向かい、実力で半殺しにしてしまう。半殺しというのも誇張ではなく、気絶した相手の手を大きな石の上に乗せて思い切り踏みつぶしたり、片方のアキレス腱を切ったりと、殴って失神させましたというレベルの暴力ではなく、相手に障がいを残すようなレベルの暴力。

 

この他にもギョンチョルのやっている血みどろの解体作業もおぞましい。『 ミッドサマー 』や『 アンダー・ザ・シルバーレイク 』のような人体破壊描写があるわけではないが、これらの作品にあった「リアルな作り物を壊している」感は本作にはない。その代わりに「その血のりは本当に血のりか。まさか本物ではあるまいな。そこに転がっている胴体は作りものだよな?襦袢だよな?」と確認したくなるような気味の悪さ。

 

スヒョンの同僚がポロっと漏らした一言から、追うスヒョンと逃げるギョンチョルの立場が逆転。安心できるハラハラドキドキが、不安と恐怖のハラハラドキドキに変わる。これによって人間性をなくしていたスヒョンの目に生気がよみがえる。ここまで、とにかく空虚な目、喜怒哀楽の喜と楽を失った目をしていたスヒョンに、人間として気遣いや配慮が見られるようになる。婚約者の家族までが逃亡するギョンチョルの魔の手にかかってしまうからだ。同時に、ギョンチョルを殺す最も残酷な方法についても、この時点で構想が浮かんだのは間違いない。人間を痛めつけるために必要なのは、非人間性なのか、それとも人間性なのか。

 

控えめに言って脚本家のパク・フンジョンと監督のキム・ジフンは頭がおかしい。CTが何かで断層撮影すれば、脳の一部が欠損している、あるいは異様に肥大しているのではないか。頭のおかしい人間が頭のおかしい犯罪を実行する、あるいは人間とは思えない残虐な殺し方をする。そういうのは分かる。ギョンチョルに限らず、映画の世界には頭がイってしまった犯罪者がいっぱいいる。しかし、頭がおかしくないはずの人間が頭のおかしい犯罪を次々に犯し、しかし最後には人間性=愛を思い起こし慟哭するというラストシーンを思い描ける人間というのは、やっぱり頭がおかしいのではないだろうか。スヒョンの凄惨な復讐劇を追体験して、まともな人間にできる所業ではないと思うと共に、自分はそこまで一人の女性を強く強く愛することができるだろうかとも自問してしまった。

 

ネガティブ・サイド

スリラーとしては完全無欠の逸品である。だが、リアリティの面で大きな演出ミスが二つ。

 

一つには、GPS入りカプセル経由で相手の声や周囲の音を聞く際に、コポポポという腸音やドクンドクンという心音がバックに流れておらず、非常にクリアな音が聞こえてきた。これは絶対にありえない。ギョンチョルの排せつ物まで描くほどのリアリズムを追求する本作であれば、そうした細かな部分にまで神経を行き届かせてほしかった。

 

もう一つには、ギョンチョルのムショ仲間のアジトでのセックスシーン。女性側が普通に犯されているだけ。もっと頭のイカれた女性像を打ち出せたはず。たとえば欲求不満のたまっているミンシクを逆に食ってしまうような豪の女性とか。全編に異様に張り詰めた雰囲気が充満する中、このシーンだけが普通に感じられてしまった。

 

総評

20歳ぐらいの時に観た『 タイタス 』でタイタス・アンドロニカスを演じたアンソニー・ホプキンスを観て、「ああ、『 羊たちの沈黙 』的なキャラをまた演じているなあ」と感じたが、本作のスヒョンを演じたイ・ビョンホンの復讐劇は、ある意味で『 タイタス 』を超えている。これほど一人の男の復讐劇に感情移入し、嫌悪感を催し、さらには畏敬の念すら持ってしまうという映画体験は初めてである。生きるとは何か。死ぬとは何か。とにかく、韓国人をパーソナルな意味で敵に回すのは避けた方が賢明である。そんなことを思わせてくれる韓流リベンジ・スリラーの秀作だ。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

イーセッキ

『 アンダードッグ 二人の男 』その他で紹介した「この野郎」という表現。本作でもギョンチョルが何度も何度も口にする。韓国映画で相手を口汚く罵る時には、必ず出てくる表現だと思って間違いない。

 

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, イ・ビョンホン, サスペンス, スリラー, チェ・ミンシク, 監督:キム・ジフン, 配給会社:ブロードメディア・スタジオ, 韓国Leave a Comment on 『 悪魔を見た 』 -悪魔を倒すには悪魔になるしかないのか-

『 さんかく窓の外側は夜 』 -ホラーならホラー路線に振り切れ-

Posted on 2021年1月25日 by cool-jupiter

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さんかく窓の外側は夜 45点
2021年1月23日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:岡田将生 志尊淳 平手友梨奈 滝藤賢一
監督:森ガキ侑大

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『 シン・ゴジラ 』で布告された緊急事態宣言も、現実の日本では二度目の発出。慣れとは怖いものだ。「コロナより怖いのは、私たち人間ね」と言いたくなるニュースがこの半年は多かった。「呪いよりも怖いのは人間なのか?」との問いを立てて本作を鑑賞した。

 

あらすじ

幼いころから幽霊が見えてしまう三角(志尊淳)は、ひょんなことから除霊ができる冷川(岡田将生)の相棒として仕事をすることになる。ある時、冷川の馴染みの刑事・半澤(滝藤賢一)から持ち込まれた事件を捜査しているうちに、ヒウラエリカ(平手友梨奈)という謎の女子高生の存在が浮上し・・・

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ポジティブ・サイド 

完全に偏見なのだが、『 ストレイヤーズ・クロニクル 』および『 秘密 THE TOP SECRET 』が超絶駄作(特に前者)だったため、岡田将生が主役級という作品は避けていた。が、『 星の子 』での演技はなかなかのものだったので、もうそろそろ無意味な偏見から解放されてもよい頃合いと思い、本作を鑑賞。演じやすい=特徴を出しやすいキャラクターという面に救われている面はあるものの、冷川という癖のある男を好演できていた。さわやかなイケメンというのは時と共に消費されつくして次世代に取って代わられるもの。今後は自信満々で鼻持ちならない系のキャラを極めていくのもいいだろう。『 君が君で君だ 』の向井理のようなチンピラ役にも挑戦してもらいたい。

 

除霊する時に、その霊の生前をうかがい知れるイメージを挿入するのは、なかなか親切な演出だと感じた。バディものの変形とはいえ、これほどあからさまに野郎同士の身体接触を決めのシーンとして描くのは、今日の目で見ると違和感というか、逆に新鮮味が感じあれる。

 

呪いや幽霊一辺倒になるのではなく、滝藤賢一演じる「信じない」キャラという存在が物語を引き締めている。J・ピール監督の『 ゲット・アウト 』でも主人公の親友が極めて堅実かつ現実路線の男(ギャグやユーモア担当でもある)だったおかげで、荒唐無稽なストーリーが“現実”と上手く対比された。滝藤演じる半澤刑事は、同じような作用を本作にもたらしている。

 

「簡単な除霊作業」の先に壮大な陰謀が隠されている、という展開も王道でよろしい。超自然的な現象の根本を人知の及ばない領域に求めるのではなく、そうした超自然的な現象をも人間の業の一部に組み込んでしまうというのは現代的である。カルトの存在を真正面から描くという意味では、本作は邦画の中では珍しいと言える。近年では『 スペシャルアクターズ 』や『 星の子 』ぐらいだろうか。本作のシリアスさは、これらの中間ぐらいである。

 

目に見えない存在が人間に害をなす。これまではそうした存在の代表は幽霊だった。今ではウィルスが大きく存在感を増してきており、こうした現実がフィクションである物語の奥行きを深めている。そうした見方をすれば、単なる中途半端なBL物語以上のものとして鑑賞することができる。

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ネガティブ・サイド

最初に劇場で予告編を観た時は、「すわ、オリジナル脚本か?」と思ったのだが、これもやはり漫画原作だった。そのせいか、各エピソードやキャラの背景描写が非常に底浅い、もしくはつながりやまとまりに欠ける。最も気になったのは、志尊淳演じる三角。幼少の頃に同級生が川で幽霊に襲われる(多分、死んだ)という経験がトラウマになっているのではないのか。にもかかわらず、冷川と組んでの最初の除霊作業で自身も水難事故に遭いかけるとか、おかしいだろう。さらに冷川から「霊はたいていは無害」とか説明されて反論もしないのは何故だ?例を見るたびに「うわっ」と驚くのも妙だ。散々見てきたでのははないのか。自身のトラウマ体験と折り合いをつけられずに生きてきたという背景が全く活かされていない。また、逆にラストの母親とのシーンでは空回りになってしまっている。原作の漫画はおそらく大部のエピソードでもってこのあたりの流れを描いているのだろうが、2時間足らずの映画では完全に描写不足。志尊淳の芝居(特に涙のシーン)は全編を通じてかなり良かっただけに、なおのこと物語とキャラと演技者の乖離が悪い意味で目立ってしまった。

 

平手友梨奈は『 響き-HIBIKI- 』の主人公役でインパクトを残したが、本作ではさっぱりだった。ミステリアスな雰囲気を出したいのは分かるが、それはその異能性ゆえに周囲から浮いてしまうことで放たれるもの。女子高生と言いながら、学校や同級生の描写がほとんどと言っていいほど存在しない本作では、その属性は不要だったのでは?むしろ『 ジオラマボーイ・パノラマガール 』の神奈川ケンイチのように、学校に行かず日夜街を徘徊して、人間の悪意をばらまいている、あるいは吸収している存在に描いた方が面白かったのではないか。

 

その人間の悪意が“言葉”だという点にも正直なところ拍子抜けさせられた。それも『 白ゆき姫殺人事件 』の二番煎じにもなれていないように見えた。言葉が悪意で、それが呪いとして成就しないのは、それを巧みに利用する者が存在するからだという背景はもっと丁寧に、なおかつ説得力のある方法で描けたはずなのだ。

 

クライマックスの“貯金箱”の描写もチープの一語に尽きる。これ以外にも、バラバラ殺人の被害者のパーツを集めて一つの人体に再構成するというサブプロットで、つなぎ合わされた死体が腐敗していない謎が最後まで説明されないなど、色々な要素を置いてきぼりにしたまま物語が進んでいく。続編制作に色気を持たせる終わり方だが、これだけとっちらかった序章では『 ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章 』の二の舞を演じることになるだろう。

 

総評

出演者の演技は総じて悪くない。だが、脚本と演出が破綻してしまっている。コロナ禍という現実を下敷きに本作を観るという醍醐味もあるにはあるが、ストーリーを純粋に楽しむ、キャラクターの背景や経験を追体験するという映画的な楽しみ方は難しい。岡田や志尊のファンにならば勧められるか。Jovianは滝藤賢一目当てだったので、彼のパートだけはまあまあ楽しめた。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

cast a curse on ~

~に呪いをかける、の意。普通に考えれば日常生活で使うことはない表現だが。ファンタジーやホラーではたまに聞こえてくる表現。単に“I’ll curse you”または“Curse you”=呪ってやる、とも言うが、日本語でも「呪いをかける」の方が「呪ってやる」よりも本格的に聞こえるように、英語でもcast a curse on ~の方がシリアスに聞こえる。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, ホラー, 岡田将生, 平手友梨奈, 志尊淳, 日本, 滝藤賢一, 監督:森ガキ侑大, 配給会社:松竹Leave a Comment on 『 さんかく窓の外側は夜 』 -ホラーならホラー路線に振り切れ-

『 ミッドナイト・スカイ 』 -ディストピアSF風味の人間ドラマ-

Posted on 2021年1月20日 by cool-jupiter

ミッドナイト・スカイ 60点
2021年1月17日 塚口サンサン劇場にて鑑賞
出演:ジョージ・クルーニー フェリシティ・ジョーンズ デヴィッド・オイェロウォ カイル・チャンドラー ケイリン・スプリンゴール
監督:ジョージ・クルーニー

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Netflix作品の劇場公開。『 アイリッシュマン 』や『 シカゴ7裁判 』と同じく、目ざとい劇場が公開してくれたので、チケット購入とあいなった。

 

あらすじ

末期がんを患うオーガスティン・ロフタス(ジョージ・クルーニー)は、地球の滅亡が迫る中、北極の天文台に残ることを決断する。孤独の中で最後の日々を送る中、基地内に一人の物言わぬ少女、アイリスを発見する。ある時、宇宙船アイテルの乗組員サリー(フェリシティ・ジョーンズ)らが地球への帰途にあると知ったオーガスティンは、なんとかそれを阻止しようと交信を試みるが・・・

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ポジティブ・サイド

なんとも静謐な物語である。小説の映画化らしいが、日本なら誰が構想しそうな物語だろうか。『 インターステラー 』のように地球そのものが人類に牙をむいてきた結果として、人類が滅亡に追い込まれるという設定に、何をどうしてもコロナ禍について考えないわけにはいかない。変異種が出現して、それが日本に入ってきたことで、ぼんやりとではあるが、自らの死を意識したという人は少なからずいるのではないか。ウィルスと癌の違いはあれど、本作を通じて我々は最期の日々をどのように過ごすのかをシミュレートしているような気分になる。

 

映像というか、撮影もいい。オーガスティンが独りで基地に暮らす冒頭のシーンの数々は、常に引いた視線から。そして、アイリスとの邂逅を果たしたところからは、常にアイリスとのセットのショット。これはとある意図に基づいたカメラワークであることが後々に判明する。

 

それにしてもアイリスを演じたケイリン・スプリンゴールという少女の存在感よ。台詞を一度しか発さない(それもオーガスティンの想像)にもかかわらず、観る者の目をひきつけてやまない。静と動の切り替えが巧みというか、子どもらしさと子供らしからぬところが同居しているというか。特に目力を感じさせる表情が印象的で、あの顔で見つめられると、たとえジョージ・クルーニーでも心の奥底まで見透かされるような心地になるのではないか。マッケナ・グレイスやジェイコブ・トレンブレイの後継者が現れたと言える。

 

アイテル号のクルーでは、やはりフェリシティ・ジョーンズ演じるサリーの存在感が際立つ。実際に妊婦として撮影に臨んだというから驚きだ。元々、ヒロインというよりはヒーロータイプの役者だったが、本作ではさらに新境地を切り開いた。「女は弱し、されど母は強し」と言われるが、ならば妊婦とはいかなる存在か。命のゆりかごそのもので、まさに死につつある地球を「母なる大地」や「母なる星」とも呼ぶ。そう考えれば、サリーは新天地のイブになるのだろう。

 

地球が滅びゆく原因については明示されないが、“We failed to look after the place while you were away”や“Underground, only temporarily”というようなオーガスティンの台詞から色々と想像をめぐらすのも一興。そうして死に行く中、それでも希望に思いを馳せずにはいられないという人間の業は、それでも美しい。

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ネガティブ・サイド

SFのふりをした人間ドラマではあるが、SF部分をもう少し凝ってほしいもの。原作『 世界の終わりの天文台 』は1950年代または60年代の出版物なのかと思ったら、2010年代発行だった。以下、主に科学的な面からのツッコミ。

 

オーガスティンが極寒の海に放り出されるシーンがある。そこである程度泳ぐのは、まあ納得できないことはない。しかし、その後に氷上に辛くも脱した場面は納得できない。猛吹雪の中、濡れた衣服を着ていれば、あっという間に凍死するだろう。かといって服を脱いでも、すぐに凍死する。どうなっているのだ?まさかこれもhallucinationだとでも言うのか。

 

『 アド・アストラ 』では、海王星まで到達するのが早すぎると感じたが、本作では通信と通信の間隔が短すぎる。電波の速度は光の速度と等しいが、それでも地球とアイテル号の間を行きかうのに数秒、または1分ぐらいかかってもおかしくないはず。そもそも木星の衛星から地球に帰還するまでにクライオ・スリープ技術を使っているのだから、宇宙船の航行速度は光速の数百分の一のはず。なおかつ船員が目覚めたのは地球が目視できない位置(というか、普通の視力の人なら地球の地表からでも木星は目視できるのだが・・・)。ならば通信は、非常にストレスフルになるが、一方がしゃべって1分待つ、返事を1分待つ、などのイライラするような演出を少しでも取り入れるべきだった。途中で通信を途絶させてご都合主義的に復活、宇宙船がどんどん地球に近づいて、タイムラグがなくなったと説明すればよい。というか、天文台からアイテル号の位置を補足しながら、「交信可能になるまで11時間です」って、どういうこっちゃ・・・太陽系内にはミノフスキー粒子が充満しているのか。

 

アイテル号が『 パッセンジャー 』のアヴァロン号にそっくりなのは肯定的に捉えられるが、『 ゼロ・グラビティ 』さながらの浮遊小天体やデブリの爆撃を喰らう演出はもう食傷気味である。というか見飽きた。実際の宇宙は超を何回つけても足りないくらいにスッカスカな空間で、あのような事故など起きない。『 パッセンジャー 』の被弾に説得力があったのは、数十年も航行していたからで、アイテル号はせいぜい数か月だろう。

 

妊婦にEVAを任せるという船長の判断も良く分からない。というか、夫でしょ?父親でしょ?身重の嫁さんを銀河宇宙線が飛び交う宇宙空間に送り出すとは、いったいどういう了見なのだ?

 

ことほどさように科学的な見地(それも素人の)からはツッコミどころ満載であるが、SFのふりをした人間ドラマだと思って鑑賞するのが吉である。

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総評

静かに、しかし力強く愛の力を描いた秀作である。『 インターステラー 』とも共通する点として、愛の力は時に時空すらも易々と超えるという作り手の信念のようなものがある。それを陳腐と見るか、偉大と見るかは人によって意見が分かれるところだろう。そうそう、アイリスが一度だけ言葉を発するシーンがあるが、そこでは字幕ではなく英語の台詞の方に集中してほしい。字幕はネタバレに直結しているからだ。何故こういう訳をしてしまうのか、首をかしげてしまう。普通に「あの人を愛してたの?」で良かったのではないか・・・

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Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Polaris

SolarisではなくPolaris。意味は「北極星」である。『 ハリエット 』でも、自由の地である北を目指すための“The Guiding Star”として言及されていた。一般的な会話ではThe Pole StarまたはThe Polar Starという形で使われることが多い。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, SF, アメリカ, カイル・チャンドラー, ケイリン・スプリンゴール, ジョージ・クルーニー, デヴィッド・オイェロウ, ヒューマンドラマ, フェリシティ・ジョーンズ, 監督:ジョージ・クルーニー, 配給会社:NetflixLeave a Comment on 『 ミッドナイト・スカイ 』 -ディストピアSF風味の人間ドラマ-

『 カリキュレーター 』 -平均的なロシアSF-

Posted on 2021年1月17日 by cool-jupiter

カリキュレーター 50点
2021年1月17日 Amazon Prime Videoにて鑑賞
出演:エフゲニー・ミローノフ アンナ・シポスカヤ
監督:ドミトリー・グラチョフ

 

友人の勧めでロシア映画を鑑賞。ロシアと言えば、面白そうなSFを定期的に作っているなという印象があったが、『 惑星ソラリス 』を高校生および大学生時に鑑賞して、いずれも睡魔によって撃沈されたJovianは、以来ソ連・ロシアの映画から遠のいてしまっていた。今年あたり、韓国映画、インド映画に加えてロシア映画も観始めていこうか。

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あらすじ

惑星XT-59は、すべてが「システム」および総統の統治下にあった。この星の犯罪者は、シールドの外の過酷な生態系の果てにある「幸福の島」へ向けて追放される。エルヴィン(エフゲニー・ミローノフ)はクリスティ(アンナ・シポスカヤ)と共に「幸福の島」を目指すが、危険な犯罪者ユスト達から追跡されて・・・

 

ポジティブ・サイド

ロシア的な美意識が様々なオブジェやガジェットから垣間見える。特に小キューブが立方格子上に連なったキューブ状の「システム」や、直方体の頂点から角が生えたような形状の飛行船(これも直方体に変化したりする)など、メカメカした感じではなくミステリアスな雰囲気をたたえるものが多い。

 

XT-59の大地も荒涼とした雰囲気を醸し出している。おそらく一部はCGなのだろうが、灰色の大地に巨岩が点在し、地平線の果てまで見渡せるような景色には、やはり広大なロシアの自然観や世界観が表れているように感じた。

 

クリスティ役の女優さんが眼福だ。フィギュアスケートで見るような妖精のような少女ではなく、成熟したロシアン・ビューティー。ニップレスなし風のタンクトップ姿はサービスか。いったいどんな犯罪をやらかしたのかと思ったが、なるほど、ロシア人女性は怒らせてはいけないらしい。

 

「幸福の島」を目指す旅路は貴志祐介の小説『 クリムゾンの迷宮 』とよく似ている。協力を持ちかける人間、敵対する人間、そして自分たち以外の人間など、サバイバル小説や映画によくある展開が待ち受けていて、良く言えば基本を押さえている。悪く言えば展開が読みやすい。本作はそこに、奇妙な生物を織り交ぜてくることで、別の緊張感を生み出している。特に殺人カビ(というより糸を出す粘菌に見えたが)は実際の宇宙に存在していそうな生命形態で説得力を感じた。

 

エルヴィンが「システム」に仕掛けた罠も『 インディペンデンス・デイ 』的で、これも良く言えば基本的、悪く言えばクリシェ。しかい、そこに同じ囚人のユストや総統の手先が追撃に現れ、「殺したいけど殺せない」というジレンマに陥るところはそれなりにユニークだ。

 

オチもなかなか考えさせられる。Jovianの世代だとソ連邦の崩壊をリアルタイムで体験しているので、抑圧的なシステム(社会主義)の元から解放された人々が屈折した人間心理を発達させてしまうことを知らされている。当然、現代ロシア人もソ連のことをよく覚えているだろう。そうした作り手がこのようなオチをつけるところに、自由の意味を考えずにはいられなくなってしまう。

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ネガティブ・サイド

低予算映画のためか、シーンとシーンのつなぎが貧弱だ。惑星XT-59がどのような自然環境の惑星で、人々はそこでどのような営みに従事し、どのような社会制度や文化を発達させてきたのかを徹頭徹尾映し出してくれない。このため、エルヴィンの置き土産によって「システム」がダウンしてしまうことが、惑星および社会にどのような影響を及ぼすのかが分からない。そこが分からないため、終盤の展開にカタルシスを感じにくい。

 

また、総統も何をしたいのかが意味不明だ。エルヴィンを殺す機会などいくらでもあっただろうに。回りくどく動きすぎて単なる狂言回しになっている。

 

ヒロインのクリスティも行動と感情に一貫性が感じられない。エルヴィンとの距離感の設定が色々とおかしい。最初は無関心、それが嫌悪になり、ある時から好意に変わる。または最初が嫌悪、それが無関心に変わり、いつしか好意に変わっていく。それなら理解できる。しかし、嫌悪と無関心の間をジェットコースター並みに行ったり来たりして、最後に「愛してる」とか言われても、説得力がない。まるで90年代のC級のハリウッド映画だ。

 

けれども一番キャラ設定がおかしいのはカリキュレーター=計算機であるエルヴィンだろう。自らをもって数学者を任じるなら、もっと思考や行動に数学という根拠を持たせるべきだ。確率や統計、力学の蘊蓄などをもう少しだけでも披露していれば、カリキュレーターというタイトルロールとしてもっと説得力が持てていたことだろう。口癖が「論理的だ」とか「非論理的だ」だけでは数学者とは言えない。

 

エルヴィンがもっとストレートに「クリスティを救いたいが、自分にはその権限がない。だから自分も囚人になって、過酷な流刑先で守護してやらねば」と奮い立ったという設定の方が、低予算映画として分かりやすい。無理やりロマンスの要素を入れたがために、ロシア的な要素が行きなかったように思われる。もしくは、最初からグローバルに売り出すつもりなら、ハリウッド的な文法で物語を作って、キャラクターや世界観にロシアっぽさを盛り込むべきだろう。全体的なトーンが一貫しないところが目についた。

 

総評

非常に鑑賞しやすい映画である。時間も90分足らずだし、登場人物の数も多くない。さらにストーリーも複雑ではなく、ほぼ一本道である。ロシアの人間ドラマや青春ドラマはどんなものなのかは分からないが、少なくとも『 コズミック フロント☆NEXT 』でコンスタンチン・ツィオルコフスキーに興味を持ったJovianは本作のSF部分をそれなりに楽しめた。もともとバレエなどの舞台芸術や文学の分野に強いロシアである。今後、韓国やインドのように力強い作風の映画を送り出してきてくれることを願いたい。

 

Jovian先生のワンポイントロシア語会話レッスン

スバシーバ

ロシア語で「ありがとう」の意。劇中で何度か聞こえてくる。「ありがとう」は何か国語で言えても損はない。大学時代の寮の仲間のロシア人に「ゼイビシ」なるスラングを教えてもらったことがある。意味は「Fucking good」だったと記憶しているが、ネットで調べてみてもヒットしない。ロシア語に詳しい方からご教授いただけると幸いです。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, SF, アンナ・シポスカヤ, エフゲニー・ミローノフ, ロシア, 監督:ドミトリー・グラチョフ, 配給会社:インターフィルムLeave a Comment on 『 カリキュレーター 』 -平均的なロシアSF-

『ズーム/見えない参加者 』 -Zoomらしさをもっと前面に出せ-

Posted on 2021年1月16日 by cool-jupiter

ズーム/見えない参加者 30点
2021年1月16日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ヘイリー・ビショップ
監督:ロブ・サベッジ

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Jovianは2017年の秋ごろから当時の仕事およびプライベートでZoomを使っていた。有料版を使い始めたのは2020年からだが、Zoomにはまあまあ詳しい方だと自負している。劇場予告を観て「遂に出るべくして出できたな」と感じた。が、甘かった。これは英国版『 真・鮫島事件 』であった。

 

あらすじ

コロナ禍でロックダウン中の英国で、ヘイリー(ヘイリー・ビショップ)は友人たちとZoom降霊会を開催する。だが、参加者のジェマが実在しない死者の話をしてしまったことで、本来呼び出されるべきではない霊が現れてしまい、ヘイリーたちは数々の怪異に見舞われてしまい・・・

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ポジティブ・サイド

無名に近い俳優たちだらけだが、そのおかげでリアリティが生まれている。『 ブレア・ウィッチ・プロジェクト 』でも顕著だったが、こうしたアイデア一発勝負のホラーには有名キャストはノイズとなる。どうしても作り物感が生まれてしまうからだ。彼ら彼女らの話し振りも、なかなかにダーティーで、それが逆に親密さを感じさせる。実際にZoom飲み会をやっている面々というのは、往々にしてこういう関係性なのだろうと思わせる。ヘイリーとジェマの迫真の演技は見ものである。

 

スマホの顔認証や、コンピュータ音声に特有のサーっというホワイトノイズやクリック音もなかなか効果的。下手に大きな効果音を使うよりも、静かな耳慣れた音の方が恐怖感を演出しやすい。これはZoomに慣れた人ほど感じやすいはずだ。

 

科学的な知識の普及と浸透により、超自然的な現象は一時期後退していった。それでも携帯の普及と共に『 着信アリ 』が出てきたように、Zoomに代表されるウェブ会議システムのような新しいテクノロジーが生まれれば、やはりホラー映画がそこから生まれる。凡作ではあるが、暇つぶしにはなる。

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ネガティブ・サイド

全編がZoom上で行われること以外は、凡百のホラー映画と何一つ変わらない。「ここで大きなが音がするぞ」とか「ここでこけおどしのオブジェが出てくるぞ」という予感がことごとく的中する。まるでホラー映画の作り方の教科書を読んだ高校生あたりが作ったかのようにすら感じられる。実際に、細部にこだわらなければ、類似の作品は高校生に手に入るリソースだけでも十分に制作可能だろう。低予算であるならば、それこそアイデアにこだわるべきで、ホラーとして新しい何かを提供しようという製作者側の気概は一切感じ取ることができなかった。

 

いわゆるZoomらしさが一切なかったのは残念で仕方がない。Zoomが他のウェブ会議システムに比べて優っている(優っていた)点は、主に

 

1.お手軽さ

2.画面共有

3・ブレイクアウトルーム

 

だった。もっとこれらの特徴を生かしたホラーを構想すべきだろう。たとえばZoomはその参加の「お手軽さ」ゆえにZoom爆撃と呼ばれる悪質な乱入事件が世界で相次いで行われていた。そうした愉快犯(高校生男女数人がいいだろう)が大学のオンライン授業に爆撃を仕掛けて楽しんでいたところ、ランダムに入力したミーティング・パスコードによって入ってはいけない領域に迷い込んでしまい・・・というようなストーリーである。

 

「画面共有」や、それに類するファイル交換にフィーチャーするなら、例えば画面共有をすると参加者を映すウィンドウが縮小する。そこで共有を解除してギャラリービューに戻してみると、参加者が増えている。それも他人が乱入してきたのではなく、参加者Aと参加者A’が生まれて、自分同士で通話できてしまう。他の参加者は呆然とそれを眺めて・・・というようなプロットも割と簡単に思いつく。

 

ブレイクアウトルームでも恐怖は生み出せる。Jovianは大学の英語の非常勤講師を自身で行っていたり、あるいは派遣元企業の担当者としてそうした講師の授業をオブザーブ(ビデオをマイクもOFF)してフィードバックすることもある。某大学のオンライン授業をオブザーブした際に、ブレイクアウトルームに割り振られたので、学生のペアワークの様子を見学させてもらおうと思ったが、スクリーンネームを適当な6桁の数字にしていたせいで「え、誰これ?なんで6桁なん?学生じゃない?やばいやばい、怖い怖い、誰?」と学生に言われてしまった苦い経験がある。なので舞台を大学にして、オンライン授業でブレイクアウトルームに参加者を割り振るごとに、一人また一人で学生がZoom上からも、そして自宅からも消えていく。あるいはブレイクアウトルームの中だけで起きる怪奇現象があり、ホストも他の参加者もそのことになかなか気づいてくれず・・・といった物語も作ろうと思えば作れるのではないか。

 

Zoomならではの恐怖要素をもっともっと追求した作品は、今後インディーズで、もしくは高校生や大学生の映研やら、サンデー・アート・スクールのプロジェクトなどから生まれてくると思われるが、それに先立って本作はZoomの魅力と魔力を世に発信すべきだった。

 

そうそう、Zoomのギャラリー・ビューでは喋っている人の表示枠が黄色の太線で囲われるが、本作にはそれが無かった。監督および編集者の完全なるミスだろう。

 

最後のメイキング映像は完全なる蛇足。観ずに劇場を後にしてもなんの問題もない。

 

総評

クソホラー映画である。『 search サーチ 』のようなクオリティを期待するとがっかりさせられること必定である。68分(本編後のボーナス映像を除けば、おそらく60分)という短さで、なおかつ1000円でチケットを購入できるので、暇つぶしと割り切れるホラー愛好家のみにお勧めしておく。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

be on lockdown

ロックダウン中である、の意。London is on lockdown.のように使う。どこかのアホな知事が不用意に発話したことから、意味や解釈に誤りが生じた語。決して「都市封鎖」という意味ではない。字義どおりに解釈すれば、都市封鎖=都市へ入ること、そしてその都市から出ることを禁じる措置であって、都市内での人々の移動は自由である。「国境を封鎖する」と聞けば、入国や出国が禁じられるが、国内の移動が制限されるとは誰も受け取らないだろう。Lockdown = 外出制限または移動制限と訳すべきと思う。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, E Rank, イギリス, ヘイリー・ビショップ, ホラー, 監督:ロブ・サベッジ, 配給会社:ツインLeave a Comment on 『ズーム/見えない参加者 』 -Zoomらしさをもっと前面に出せ-

『 おとなの事情 スマホをのぞいたら 』 -平均的なコメディ-

Posted on 2021年1月15日 by cool-jupiter

おとなの事情 スマホをのぞいたら 55点
2021年1月11日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:東山紀之 常盤貴子
監督:光野道夫

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原作も、2019年に心斎橋シネマートで公開されていた韓国版リメイクも未鑑賞。ということは新鮮な目で本作を味わえるわけで、期待を胸に劇場へ。そこそこのコメディに仕上がっていた。

 

あらすじ

雇われ店長とその妻、パラリーガルの夫と子だくさんの妻、たたき上げの美容整形外科医の夫とテレビでも活躍する精神科医の妻、そして独身で塾講師の三平(東山紀之)はCAFFE ANGELAに集って晩餐を楽しんでいた。ふとしたことからスマホをテーブルに置き、通話やメールを全員に公開するというゲームを行うことに。そして、着信やメールのたびに、隠されていた秘密や人間関係が露わになっていき・・・

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ポジティブ・サイド

腹筋やらジョギングを欠かさないというマッチョなイメージの東山紀之が非常に良い味を出している。男らしいからではない。5ちゃんの塾講夜話をしげしげと眺めていそうな、どこか浮世離れした塾講師をリアルに体現できていた。

 

パラリーガルの田口浩正も素晴らしい。曲者ぞろいの晩餐会参加者の中でコミックリリーフをほぼ一手に引き受けていた。顔面で演技ができるタイプで、表情がくるくる変わり、心情をダイレクトに伝えられるのが強み。のみならず、土着的な中年日本人顔で、とにかく親近感が湧くのである。東山紀之と絶妙な掛け合いを披露してくれるが、数多くの中年男性映画ファンが感情移入し、なおかつ声援を送るのは、東山ではなく田口だろう。

 

電話の着信やメールやテキストの受診のたびに明かされていく秘密も、まあまあ面白いし、中には心臓が飛び出るかと思うほどのシリアスな通話もあったりする。秘密の大部分は夫婦関係に属するものなので、脛にやましいところがある諸兄は細君を劇場鑑賞のお供に誘わないこと。『 喜劇 愛妻物語 』を本当に喜劇として受け取れる夫婦なら、全く問題ないだろう。

 

役者同士の演技合戦や、テンポの良い進行、ほとんど一か所だけで展開されるし、時間もわずか一晩のこと。『 キサラギ 』を楽しめたという人なら、チケットを買って損はない(『 キサラギ 』の方が面白さという点では上だろうけれど)。

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ネガティブ・サイド

これだけの演技派をそろえたのだから、アンサンブル・キャストに徹してほしかった。明らかに木南晴夏のスクリーン・タイムは短かったように感じる。もちろん、魂の絶叫や意外なところからのメール受信など見せ場はあったが、ゲームの言い出しっぺであるためか、他キャラよりも目立たなかった。

 

鈴木保奈美と益岡徹の夫婦仲の崩壊とそこからの回復は、なんというか非常にシラケるものだった。木南晴夏にも突っ込まれていたが、良い話でも何でもない。そもそも精神科医の妻が、「夫が自分に話してくれないことがある!」と憤慨するのがおかしい。話の内容ではなく、話さないという態度などから鑑別(別に病気ではないが)していくというプロフェッショナルな姿勢が見られなかった。他のキャラが仕事をネタにした話をする、あるいは職務で身に着いた喋りや振る舞いを見せているだけに、鈴木保奈美のキャラだけはもう少し深掘りができたのではないかと思ってしまった。

 

益岡徹が最後に種明かし的に語り始めるパートもノイズだった。おそらくこの部分が日本版リメイクで付け加えられた部分なのだろう。序中盤でちらっと見せられていたガジェットや、各キャラの発する伏線となる台詞を丁寧に説明したくなるのは分かるが、これはミステリではなくシチュエーション・コメディ。もっとスパッと説明するか、あるいは回想シーンにしてしまっても良かった。引っかかるのは「11月下旬に台風が本州、しかも関東にやってきて、建物の3階まで浸水するような大雨を降らせるか?」という疑問である。まあ、深く考えては負けなのだろう。

 

総評

突出した面白さがあるわけではないが、かといってチケット代を損したなどという気分にはならない。Jovianと同世代なら、すっかりmilfyになった常盤貴子目当てで劇場を訪れるのも良いだろう。誰と一緒に観に行くかで感想が変わるかもしれない。そうそう、一つだけアドバイスするが、ファミリーで見に行ってはいけない。直接的なラブシーンなどはないが、気まずくなること請け合いである。子どもが小学生ぐらいなら、質問攻めにされることだろう。タイトル通り、「おとな」が楽しむ作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

You’ve got mail.

「あなたはメールを受け取りました」の意。劇中でメールを受信するたびにスマホがこのように喋ってくれる。トム・ハンクスとメグ・ライアンの『 ユー・ガット・メール 』の原題も“You’ve Got Mail”である。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, コメディ, 常盤貴子, 日本, 東山紀之, 監督:光野道夫, 配給会社:ソニー・ピクチャーズエンタテインメントLeave a Comment on 『 おとなの事情 スマホをのぞいたら 』 -平均的なコメディ-

『 スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち 』 -究極の裏方たち-

Posted on 2021年1月11日 by cool-jupiter

スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち 70点
2021年1月10日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:ミシェル・ロドリゲス
監督:エイプリル・ライト

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CG全盛、モーション・キャプチャー全盛の時代とはいえ、誰かがそのアクションを行っているのは間違いない。そのアクション担当のスタントパフォーマー、特にスタントウーマンに着目するという、ありそうでなかったドキュメンタリー作品。なかなかの見ごたえであった。

 

あらすじ

20世紀初頭から現代に至るまでのハリウッド映画におけるスタントウーマンたちの知られざる活躍や苦労、犠牲、そして歴史を、加須多くのスタントウーマンたちのインタビューを通じて、明らかにしていく。

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ポジティブ・サイド

スカーレット・ジョハンソンが妊娠していたため『 キャプテン・アメリカ/ザ・ウィンター・ソルジャー 』のブラック・ウィドウのアクションは全てスタントウーマンによって行われたということが一時期話題になっていたが、ちょっと待て。妊娠していようと妊娠していまいと、アクションはやっぱりスタントウーマンが行っているのだ。今まで当たり前すぎて気が付かなかったことに、本作を通じてやっと思い至った。スタント・パフォーマーというのは究極の裏方で、『 スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス 』で元々はスタント・ダブルだったレイ・パークがそのままダース・モールを演じたのは例外中の例外だったのだ。

 

蒙を啓かされたと感じたのは、1900年代や1910年代から、女性がかなり危険なアクションシーンを演じていたということ。当時は当然、フィルム撮影なわけで、テープに限りもあれば、編集作業も現代とは比較にならない大仕事。そんな中で男女を問わず役者本人が危険のあるアクションもこなしていたという歴史的事実は驚き以外の何物でもない。そして、そうした活躍がカネになると知った者たちが、女性からその仕事を奪っていった経緯、そして1970年代のウーマン・リブから今日に至るまで、女性スタント・パフォーマーたちはあらゆる意味で戦い続けているという描写には、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。数多くのスタントウーマンたちの中でもジーニー・エッパー(『 ワンダーウーマン1984 』のラストで一瞬だけ出てきたリンダ・カーターのスタント・ダブル!)が、スタントウーマン組合を設立して、その長に就任したところ、5年も業界から干されたというのは余りにも生々しく、痛々しい。そうした声が30年あまり経って、ようやく聞かれるようになったところに、ハリウッドの闇を感じる。一方で、数々の映画の裏に絶対に存在していたと認識できているはずのスタント・パフォーマーたちの立ち位置について、やはり我々は意識が十分ではなかったのではないかとの思いも強くなる。自分はいったい、画面の向こうに誰を観ていたのか、と。

 

スタントウーマンたちのトレーニング風景は、ハードワークの一語に尽きる。柔道やボクシングなどの格闘技だけではなく、トランポリンや高所からの落下など、デカスロン選手もかくやというトレーニングメニューの数々。さらにはクルマのドライビング・テクニックや武器の扱いまで。これだけのトレーニングを普段から積み続けていることにも素直に驚かされた。『 ベイビー・ドライバー 』のアンセル・エルゴートがひたすら運転の練習をしているというボーナス映像があったが、逆に言うと役者がそれだけアクションを実際に行うのは稀なことだということだろう。

 

スタント時の悲劇についても触れているのは、辛いことではあるものの、この業界のこの仕事のリスクを赤裸々に公開しているという点で評価する。この職に就こうと思う人々の大半は、やはり映画を観てインスパイアされた人が最も多いだろうから。『 バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2 』で時計台に突っ込むはずが柱に激突するシーンは、自宅のレーザーディスクの解説か何かに「事故だった」と書かれていたのを覚えている。そうした危険な仕事であるという負の部分を隠すことなく映し、そして語った本作は、スタント・パフォーマーを志す人々にとってのmust-watch な作品になったと言える。

 

単にスタントをこなすだけではない。その経験を活かして、業界内で更なる地位を得た者の活躍にも触れている。ハリウッドという特異な生態系で、しっかりとサバイバルする女性たちの姿からは多大な勇気を与えられることだろう。

 

ネガティブ・サイド

色々と権利関係がうるさいのかもしれないが、『 チャーリーズ・エンジェル 』や『 ワイルド・スピード 』の実際の劇中のクリップを見せてくれても良いのではないか。彼女たちの活躍がどれくらいカッコいいアクションシーンを作り上げているのかを見せないのであれば、劇場公開する意義は半減する。アクションは大画面、大音響で堪能するべきだからだ。

 

スタントウーマンたちの声を十分に聴くことはできたが、では女優さんたちの声は?たとえばスカーレット・ジョハンソンやハル・ベリー、ブリー・ラーソンなどの彼女らのスタントの直接の恩恵を受けた役者たちの声も聴いてみたいと思うのは当然だ。そうした声が聴けない点は大いに不満である。

 

ドキュメンタリーはインタビュー形式で進むのが常だが、あまりにも取り留めのない構成であると感じた。作品ごとに論じるのは不可能にしても、たとえば1980年代、1990年代、2000年代などと時代ごとに区切るか、あるいは車のスタントなのか、格闘のスタントなのかのように、何らかの形でスタントウーマンたちをカテゴライズした構成にすれば、より分かりやすかったと思われる。

 

総評 

良作である。『 ようこそ映画音響の世界へ 』のように、裏方さんの仕事に光が当たるのは喜ばしいことだ。映画の世界の奥行きがさらに増して見えるようになると思う。今度の対象は、ヘアスタイリストか、それともメイクアップアーティストか。カズ・ヒロのドキュメンタリー作品とか、誰か作ってくれないかな。または『 すばらしき映画音楽たち 』の第2弾。絶対に需要はあると思うのだが。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

wrap one’s head around ~

『 ゴーストランドの惨劇 』でも紹介した表現。「~を理解する」の意味。

I finally wrapped my head around the risk of being a stunt performer.
スタント俳優であることをリスクをようやく理解することが出来た。

のように使う。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アメリカ, ドキュメンタリー, ミシェル・ロドリゲス, 歴史, 監督:エイプリル・ライト, 配給会社:イオンエンターテイメントLeave a Comment on 『 スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち 』 -究極の裏方たち-

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