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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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カテゴリー: 海外

『 コンテイジョン 』 -コロナ”後”への警鐘-

Posted on 2021年10月31日 by cool-jupiter

コンテイジョン 75点
2021年10月28日 レンタルBlu rayにて鑑賞
出演:マリオン・コティヤール ローレンス・フィッシュバーン マット・デイモン ジュード・ロウ
監督:スティーブン・ソダーバーグ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211031223409j:plain

コロナは収まりつつあるとはいえ、第六波の到来も予測されている。実際に、世界では全然収まっていない。そんな時は『 アウトブレイク 』の時と同様に、ウィルス感染テーマの作品を鑑賞して、少し未来を想像してみる。

 

あらすじ

ミッチ・エムホフ(マット・デイモン)は、出張帰りの妻ベスが急激な体調不良になったことから病院に急行。しかし、ベスは死亡した。未知のウィルスによるものだった。そのウィルスは世界各地に拡散、パンデミックとなる。アメリカCDCのチーヴァー(ローレンス・フィッシュバーン)はウィルスの正体を突き止め、感染拡大を防止しようと奮闘するが・・・

 

ポジティブ・サイド

始まりから終わりまで、全てが淡々とした空気で進んでいく。突出したヒーロー然とした人物がおらず、それがリアルさを増している。世界各地で静かに、しかし確実にウィルスが勢力を拡大していく様も淡々と映し出される一方で、現場の右往左往、そしてその奥のWHOやCDC内部の人間の奮闘が描かれている。このCDCやWHOが現実世界でいまいち働いているように見えないのがポイント。実際は悩み苦しむ人間が多くいることが描かれている。本作のウィルスは虚構だが、そこに現実の豚インフルエンザを絡めてくることでリアリティが増している。2009年、日本でも薬局やコンビニからマスクが消えたことを覚えている人は多いだろうし、それこそ2020年春のマスク争奪戦の記憶は誰しもの脳裏に焼き付いていることだろう。そうした記憶を下敷きに本作を見れば、人間はなかなか教訓を学ばないものなのだなと思わされる。

 

ウィルスの起源をリサーチする役割のケイト・ウィンスレットがさっそくウィルス感染し、死亡する。この無情さがいい。日本でもコロナの深刻さ(それを疑問視する向きも多数いるが)が認識されたのは、志村けん死亡のニュースからであったと思う。ウィルスは相手に忖度などしない。一方で、最初から抗体を持っている、あるいは免疫の強さによって影響を受けない者もいるという設定も、SFではお馴染み(『 アンドロメダ病原体 』など)ながら説得力がある。

 

マット・デイモンやローレンス・フィッシュバーン、ケイト・ウィンスレット、グウィネス・パルトロウなどの名のあるスターを起用しながら、誰かが飛び抜けた活躍をするわけでもなく、誰かがとんでもない事件を起こすわけでもない。人間のちょっとした弱さがその人間を悪事に走らせる展開があるが、それもまた自然な展開に思える。

 

パンデミックが進行し、人々が自主的にロックダウンを実施した時に何が起こるのかを、まるでドキュメンタリー作品のようなタッチで映し出していく。ミッチの娘がボーイフレンドとテクストする中で、ステイホーム生活を jail = 牢屋 と表現していたが、これは若者には本当にそのように感じられるのだ。たまたまJovianは大学の教壇に立たせていただいているが、20歳前後の若者にとっての青春の時期というのは、空虚で低生産な時間を過ごすことに定評のある日本のオッサンの日常とは大いに異なるのである。 

 

ジュード・ロウ演じるブロガーが怪しげな情報をふりまいて支持を得るというのも、コロナ、およびコロナに対するワクチンに対するネガキャンでしこたま儲けたという医療従事者や評論家連中の登場を正確に予見していたものとして評価できる。というか、どんな苦難の状況にあっても、それを鉄火場にできる人間は必ず出てくるということか。

 

最後の終幕も苦い余韻がある。結局は人類が自然破壊を推し進めてしまったことがパンデミックをもたらした。現実の新型コロナの起源についても、「突き止めた!」、「発表する!」とトランプ政権時代のアメリカはやたらとかまびすかしかったが、全て大山鳴動ねずみ一匹。真相は案外本作の示す通りなのかもしれない。

 

ネガティブ・サイド

映画なので、ある程度ご都合主義にならざるを得ないのだろうが、現在の我々の目から見てかなり不自然に映る描写がある。最も気になったのはケイト・ウィンスレットのキャラクター。Jovianは看護学校中退の経歴があるので言わせてもらうが、マキシマム・プリコーションどころかスタンダード・プリコーションすら施さずに調査にあたるのは杜撰を通り越して無能ではないだろうか。もちろん、感染してもらわないといけないキャラが防御が万全では話が進まないが、もうちょっとここに説得力が必要だった。

 

また、ジュード・ロウのキャラにR-0、いわゆる基本再生産数について議論を吹っ掛けられたチーヴァーが言葉に詰まってしまうのも不自然だった。SARSや2009年の新型インフル騒動でも、いわゆるスーパー・スプレッダーの存在は報じられていた。R-0が2というのは、単純に2のべき乗で感染者数が増えていくわけではない、クラスター(これについても言及されていた)を潰していくことが最善の対処である、というような旨の反論ができたはずなのだが・

 

総評

コロナ・パンデミックの始まりから猖獗までを見てきた現代人にとって、非常に示唆に富む内容になっている。映画製作者たちの取材力と考察力に裏打ちされた想像力と創造力は大したものだなと心から感心する。第6波、さらにその先(コロナは相撲で言うと関脇とされており、大関や横綱は今後100年でやって来るとされる)に、我々がどう振る舞うべきで、またどう振る舞うべきではないのかについてのヒントが満載である。パンデミックなど社会の擾乱を奇貨とする輩をフォローしないという教訓だけでも学ぶべきだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

be immune to ~

~に免疫がある、の意。普通は医学的な文脈で使われるが、卓球の水谷のように、”I’m immune to criticisim.”のように言ってもいい。「批判の言葉をいくら投げつけてきても、俺には全く効かないぜ」ということである。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, SF, アメリカ, サスペンス, マット・デイモン, マリオン・コティヤール, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 コンテイジョン 』 -コロナ”後”への警鐘-

『 ビースト 』 -韓国ノワール健在-

Posted on 2021年10月23日 by cool-jupiter

ビースト 75点
2021年10月23日 心斎橋シネマートにて鑑賞
出演:イ・ソンミン ユ・ジェミョン
監督:イ・ジョンホ

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なんとか妻を説得し、やっと心斎橋への出陣許可を得た。ならばと評価の高い韓国ノワールをチョイス。実に見ごたえのあるサスペンスであった。

 

あらすじ

殺人課の刑事ハンス(イ・ソンミン)とミンテ(ユ・ジェミョン)は、課長への昇任をめぐって競い合っていた。そんな中、インチョンで女子高生の猟奇殺人事件が発生。ハンスは容疑者の男を逮捕し、自白させる。しかし、ミンテはその容疑者が犯人ではないとの確証から男を釈放し、・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211023230213j:plain

ポジティブ・サイド

韓国映画における警察 = 無能、というのは全世界の共通認識だが、本作ではその警察官同士の争いが見どころになっている。と言っても、単にどちらが先に事件を解決するかを競うだけではない。どちらがどれだけ汚い手、常道ではない手段で事件を解決するかの競い合いにもなっている。

 

女子高生の猟奇殺人事件を追う中で、だんだんと物事の意外な側面が見えてくる。誰もが心の中に獣を飼っていて、それが表に出てくるのかもしれない、という女警察官の一言が強烈である。情報屋を飼っていて、場合によってはその情報屋のためにチンピラをボコボコにしたりすることもあるハンスと、手続きを公正に踏んでいくことで、結果として大失態につながってしまうミンテ。この二人の演技合戦で物語は終始進んでいく。

 

『 ブリング・ミー・ホーム 尋ね人 』の悪徳警察署長の印象が強いユ・ジェミョンが本作でも強烈な存在感を発揮。ルックスで言えば決して二枚目とは言えない俳優だが、ソン・ガンホを初めとして、韓国映画ではこうした土着性の非常に強い顔の俳優が活躍する。殺人課の刑事として腕利きではあるものの、訳アリな男を見事に演じている。

 

対するハンスを演じるイ・ソンミンは初めて見たが、演技力凄すぎ。チームのメンバーから信頼を集める班長の顔と、家庭破綻者の顔、そしてミンテ同様に腕利きでありながら、訳アリな男を怪演した。冒頭から刺青の男を殴って殴って殴りまくるように、腕っぷしもある。相手のわずかな心の隙を突く狡猾な話術もある。終盤に見せる鬼気迫る表情と咆哮は、まさにタイトル通りの獣。『 殺人鬼から逃げる夜 』のウィ・ハジュンにも感じたことだが、よくこれだけ表情を変えられるなと感心を通り越して、怖気をふるってしまう。凄い役者である。

 

全編にわたって血生臭さが漂っており、実際にかなりのグロ描写や暴力描写もある。また、直接的な視覚情報が与えられるわけではないが、音声だけでもかなり精神的にキツイ場面もある。『 悪魔を見た 』のチェ・ミンシクの逃亡先のコテージの男と同じ役者と思しきキャラが本作に登場しており、「そら、こんな奴見たら誰でも犯人と思うやろ」と感じさせられてしまう。クライマックスの凄絶さは、まさにビースト。人間が人間でいられるのは、相手のことも人間であると確信できるから。目の前にいる相手が悪魔なら、自分も悪魔になるしかない。または獣になるしかない。

 

かつてはパートナーだった二人が、いつしか互いに反目するようなってしまう・・・だけなら凡百のバディ・ムービーだが、これは韓国映画。人間の心のダークサイドを極限まで追究しようとする姿勢には、もはや敬意を表すしかない。サスペンスやスリラーというジャンルでは、日本は韓国にはもう勝てない。

 

ネガティブ・サイド

麻薬捜査班から移籍してきた女性警察官が、最初と最後しか出番がなかった。もっとこの新入りを効果的に使って、ハンスとミンテがなぜ反目しあうようになってしまったのかを語らせてほしかった。

 

広域捜査隊と途中で捜査がかぶってしまうが、こんなことは実際にはあるのだろうか。このような展開が実際に起きてしまえば、それすなわち警察上層部の大失敗であるように思う。ここはちょっとリアリティが足りないように感じた。

 

総評

『 暗数殺人 』や『 殺人鬼から逃げる夜 』同様に、観終わってからドッと疲れるタイプの映画である。決して心地よい疲れではない。観た後になにがしかの澱のようなものが胸の中に残り続ける。そんな感覚を与える作品である。主演のおっさん2人の演技のレベルが高すぎて、それだけで2時間超のストーリーをピーンと張りつめた糸のように持たせている。デートムービーにはならないし、夫婦で観るのもキツイ。案外、サラリーマンが一人で鑑賞するのに向いているかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

シバ

韓国英語を観ていると必ず一回は聞こえてくる気がするスラング。意味は「クソ」である。使い方は日本語のクソと同じ。悪態をつきたいときに口に出せばいい。また、そこまで酷いシチュエーションでなくとも「あー、暑いな、クソ。」のような軽い文脈でも使える。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, イ・ソンミン, サスペンス, ユ・ジェミョン, 監督:イ・ジョンホ, 配給会社:キノシネマ, 韓国Leave a Comment on 『 ビースト 』 -韓国ノワール健在-

『 最後の決闘裁判 』 -事実は一つ、真実は複数-

Posted on 2021年10月22日 by cool-jupiter

最後の決闘裁判 80点
2021年10月16日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:マット・デイモン ジョディ・カマー アダム・ドライバー ベン・アフレック
監督:リドリー・スコット

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監督がリドリー・スコット、そして出演にアダム・ドライバー。これだけでチケット購入決定。歴史的なイベントを現代の視点で見事に再構築した逸品である。

 

あらすじ

従騎士カルージュ(マット・デイモン)と同じく従騎士ル・グリ(アダム・ドライバー)は戦友だった。しかし、ル・グリばかりがピエール伯爵(ベン・アフレック)に重用されるにつれ、彼らの友情は冷めていく。そんな時、カルージュの妻マルグリット(ジョディ・カマー)が、ル・グリに強姦されたと訴え出て・・・

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ポジティブ・サイド

Jovianはアダム・ドライバーが大好きである。善人も悪玉も、シリアスな男もユーモアのある男も演じられるからである。しかし、本作では毒のある男を演じた。どこからどう見てもアダム・ドライバーなのだが、観る作品ごとにしっかりとキャラクターを立たせられるのは演技力のなせる業。このあたりが、何を演じても結局本人にしかならないハリソン・フォードやニコラス・ケイジ、トム・クルーズとの違いだろう。

 

マット・デイモンも円熟期に入った。『 グレートウォール 』や『 ダウンサイズ 』あたりで失速したが、『 フォードvsフェラーリ 』で復活し、本作でさらにキャリアをブーストさせた。「男子家を出ずれば七人の敵あり」と言うが、それを地で行く生き様を見せる。西洋の騎士も東洋の武士も、名誉を重んじるという点で変わりはなく、それゆえに中世フランスの騎士階級の人間の物語であっても、そこに共感することが容易になっている。また、男の屈強さゆえの醜悪さも存分に醸し出しており、デイモンのキャリアの中でも屈指の好演だと言えるだろう。

 

本作がユニークなのは、カルージュの視点、ル・グリの視点、そしてマルグリットの視点から、同一の事象が描かれることである。よく我々は「真実は一つ」と言うが、それは違う。事実は一つで、真実は人の数だけ存在する。F・ニーチェ流に言えば「真実など存在しない。あるのは解釈だけである」となろうか。歴史的な事象は常に現代という文脈から再解釈され、再構築される。リドリー・スコットが本作の製作を思い立った背景には、間違いなくMeToo運動があるはず。遥か過去の人物であるマルグリットを現代に蘇らせ、二人の男に翻弄されてしまった女性の姿を通じて、我々はセクハラが罪であるという時代に生きねばならないという思いが強くなってくる。詳しくは観てもらうのが一番だが、同一の事柄でも見る人によってこれほど変わるものかと感心させられること請け合いである。

 

ジョディ・カマーは『 フリー・ガイ 』での圧倒的な強さとは対照的に、控えめながらも芯の強さを備えた女性を好演。追従する女性から毅然と立つ女性まで、各チャプターごとに異なる顔を見せる。印象的に感じたのは、初夜の後の表情。カルージュ視点とマルグリット視点で、同じ行為であっても全く異なる感想を抱いているのが、彼女の微妙な表情で分かる。『 ジオラマボーイ・パノラマガール 』でも山田杏奈が同じような表情を浮かべるシーンがあったが、我々男性は女性のこのような顔を決して見逃してはならないのである。国王までもが列席することになった裁判で、これでもかと辱めを受けさせられるマルグリット。セカンド・レイプとは何であるかを思い知らされる。そら誰も声上げんわな・・・というほどの無知と偏見、そしてデリカシーの欠如に、頭を抱えざるを得ない。数百年前のフランスの出来事とは思えない。おそらく世界のたいていの国に当てはまってしまうのではないだろうか。

 

タイトルにもある決闘のシーンは spectacular の一語に尽きる。 決闘と聞けば、エペで軽く突つき合う儀礼的なものを思い浮かべるが、本作では違う。重騎兵同士の激突である。殺し合いである。漫画原作の『 キングダム 』のような戦闘には活劇的な面白さがあるが、本作にあるのは凄まじい臨場感と緊迫感。それを見る視点はカルージュなのか、ル・グリなのか、それともマルグリットなのか、はたまた自分自身なのか。様々な視点からこの決闘を見ることで、そこに渦巻く思いが愛なのか名誉なのか憎しみなのかが変わってくる。ものすごい奥行きの深さである。

 

アダム・ドライバーも相変わらずの演技力の冴え。加藤清正や福島正則と友好関係にあったが、後に対立することになってしまった石田三成も、こんな男だったのかもしれないと感じた。ベン・アフレックも「どこに出ていた?」とエンドロールの際に思わされるほど、ピエール伯を怪演。伝説的な映画監督と豪華キャスト。そして現代的なメッセージを強烈に放つ作品。特にマルグリットが最後の最後に見せる表情は必見だ。鑑賞しないという選択肢はない。

 

ネガティブ・サイド

気になったのは、ル・グリによるマルグリットの強姦シーン。三者三様に物語を回想する本作のスタイル上、必要なのかもしれないが、強姦シーンを2回流す必要はあったのだろうか。いや、まるっきり異なるシーンであれば良いのだが、初見ではほとんど違いが分からない。「靴を脱いだ」と「靴が脱げてしまった」のような違いを、強姦そのもののシーンにもっと加えることで「真実は人によってこんなに違うのですよ」とあからさまに見せるのであれば、まだ意味を見出せるのだが。

 

総評

超豪華な製作陣が期待通りのクオリティの作品を届けてくれた。単なる映像美だけではなく、それを物語る手法もユニークである。遠い過去の人物たち、そして出来事でありながら、それが今という時代にこのような形で提示されることには大きな意味がある。大学生以上なら、本作の持つ社会的なメッセージ、その重みをしっかりと受け止められるはずだ。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Hear, hear.

「聞け聞け」の意ではなく、「その通りだ」、「賛成するぞ」の意。ビジネスものの映画やドラマのミーティングで時々聞こえてくるし、実際のオフィスなどでもたまに使われる。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, アダム・ドライバー, アメリカ, ジョディ・カマー, ベン・アフレック, マット・デイモン, 歴史, 監督:リドリー・スコット, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 最後の決闘裁判 』 -事実は一つ、真実は複数-

『 DUNE デューン 砂の惑星 』 -続編に期待・・・?-

Posted on 2021年10月17日 by cool-jupiter

DUNE デューン 砂の惑星 50点
2021年10月15日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ティモシー・シャラメ レベッカ・ファーガソン オスカー・アイザック
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

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『 デューン / 砂の惑星 』の現代リメイク、いやリブートと言うべきか。事前情報をとことん断って劇場に向かったが、これは前編であった。良い意味でも悪い意味でもドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の美意識が炸裂した作品。続編=完結編はおそらく製作されると思うが、やはり元々映画化に不向きな作品なのかもしれない。

 

あらすじ

スパイスが産出される砂の惑星アラキス。宇宙皇帝の命によって、そのと統治権が大領ハルコネン家から同じく大領アトレイデス家に移ることになった。レト公爵(オスカー・アイザック)は妻ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)、息子ポール(ティモシー・シャラメ)らと共に兵団を率いてアラキスへと赴くが、それは宇宙皇帝およびハルコネン家による大いなる陰謀の始まりで・・・

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ポジティブ・サイド

紛れもなく古典小説『 デューン 』の映像化になっている。荒涼とした砂漠に潜むゲリラ的な民族。皇帝から派遣された統治者。その統治者の交代。それに伴う様々な陰謀。これはまさしくローマによるイスラエル統治と、その後の政治的擾乱をモチーフにしている。そこに『 アバター 』ならぬ『 ポカホンタス 』の要素を混ぜ込んだ、壮大な叙事詩である。

 

映像の雄大さと美麗さにおいて素晴らしい。特に砂漠とそこに住まう民というイメージは間違いなく『 スター・ウォーズ 』に影響を与えているし、『 モンスターハンター 』のディアブロスは巨大なサンドワームにインスパイアされたものだとしか考えられない。古典SF小説家の想像力を見事に映像に翻訳したと言えるだろう。

 

砂漠のサンドワームが1984年の『 デューン / 砂の惑星 』よりも大迫力で再現されていて、それだけでも満足。加えてハルコネン家によるアトレイデス家への襲撃も1984年版とは比較にならない規模で展開される。CGの乱用にはJovianは常に懐疑的であるが、これぐらい派手にやるのなら、CGもありだろう。

 

ティモシー・シャラメ演じるポールは正に悲劇のプリンス。元々貴族的なルックスのシャラメなので、今作のような役は大いにハマる。英才教育を受けた悲劇の王子にして、野望を秘めた瞳に宿る芯の強さは他の役者には出せないと思わせるだけの迫力と説得力がある。できれば次作で完結と言わず、小説世界以上に宇宙帝国の転覆および新たな宇宙秩序構築の物語にまで発展させていってほしい。

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ネガティブ・サイド

これは小説の映像化なのか、それとも映画化なのか。映像化であれば満点だが、映画化としては疑問が残る。一つにはスパイスの存在意義。1960年代であれば恒星間宇宙旅行は、それこそ超高速プラス超長時間の旅だった。だからこそスパイスの存在意義があった。しかし、SF作品においてワープが当たり前になった現代では、スパイスに新たな意味付けが必要である。そこを避けてしまったのは頂けない。

 

アトレイデスやハルコネンについても、予備知識があるならまだしも、まっさらで鑑賞する人には厳しいだろう。実際、Jovian嫁は「最初から最後まで意味わからん」という感想を述べた。今にして思えば、デビッド・リンチ版の冒頭のナレーションは非常に親切なものであったと再評価できる。

 

全体的に長い。『 デューン / 砂の惑星 』のレビューで、ポールの成長過程および妹の誕生過程を丹念に描いてしまうと、3時間になってしまうと指摘した。が、本作は2時間35分でポールがやっとフレメンたちに受け入れらるところまでしか進んでいない。はっきり言って遅すぎる。サンドワームを乗りこなして、アラキスを掌握。フレメンの協力を得て、一気にハルコネンを駆逐し、銀河皇帝に戦いを挑む・・・という展開2時間30分~3時間にまとめるなら分かる。だが、物語のほとんどが儀礼と政治的な駆け引きで、アクションと呼べるシーンはハルコネン家の急襲とポールの決闘ぐらい。これでカジュアルな映画ファンに続編を期待してもらおうというのは虫が良すぎる。多分、ライトな鑑賞者は結構な割合で寝てしまったものと思われる。

 

ポールの見る予知夢がしばしば挿入されるが、これが前編の終わりの引きにつながっていない。謎ばかりが深まる中、最後の最後にゼンデイヤとポールがサンドワームに騎乗し、大軍勢を率いているビジョンがあれば、後編のスペクタクルに否が応にも期待が高まるはずなのだが。

 

総評

映像を鑑賞することはできても、映画として楽しむのはなかなかキツイ作品になってしまった。後編の製作が決まっている、もう撮影もされているというのであれば、期待もできる。けれど、そうではないらしい。世界的にコケないことを祈る。ヴィルヌーヴは思弁的なSFは監督できても、アクション巨編はもう困難なのかもしれない。同じSF古典の『 火星のプリンセス 』を思いっきりエンタメ路線に染め上げた『 ジョン・カーター 』のアンドリュー・スタントン監督にメガホンを取ってほしいとさえ思ってしまう。そんな出来栄えである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

unquenchable

quench = 水を飲んで渇きを癒やす、(炎などを水で)消す、の意。否定の接頭辞 un と可能の接尾辞 able がつくことで「癒やせない」、「消すことができない」の意味になる。しばしば unquenchable thirst や unquenchable desire, unquenchable passionのように使われる。『 ロッキー4 炎の友情 』の ”Burning Heart” でも 

In the burning heart 
Just about to burst 
There’s a quest for answers 
An unquenchable thirst 

というサビの一節の印象が強烈だ。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, D Rank, SF, アメリカ, オスカー・アイザック, ティモシー・シャラメ, レベッカ・ファーガソン, 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 DUNE デューン 砂の惑星 』 -続編に期待・・・?-

『 殺人鬼から逃げる夜 』 -韓流スリラーの秀作-

Posted on 2021年10月16日 by cool-jupiter

殺人鬼から逃げる夜 75点
2021年10月14日 TOHOシネマズなんばにて鑑賞
出演:チン・ギジュ ウィ・ハジュン パク・フン キル・ヘヨン
監督:クォン・オスン

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TOHOシネマズ梅田では都合がつかないので、難波まで足を伸ばす。その甲斐があった。これまた韓流スリラーの秀作である。

 

あらすじ

聴覚障がい者のギョンミ(チン・ギジュ)は、ある夜、路地裏からハイヒールを投げて、か細い声で助けを求める女性に遭遇する。その女性を助けようとしたギョンミは殺人鬼(ウィ・ハジュン)に追われることになる。果たしてギョンミは逃げ切ることができるのか・・・

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ポジティブ・サイド

冒頭からただならぬ雰囲気が漂っている。暗い路地。一人で歩く女性。親切そうに声をかけてくる男。テンプレ通りであるが、男がサイコな殺人鬼に変貌する様がとにかく恐ろしい。まるで『 羊たちの沈黙 』と『 悪魔を見た 』のオープニング・シークエンスを足したかのうようである。そして実際そうなのだろう。全編にわたって「面白い」という評価が定まった映画のパッチワークであるように見える。見えるのだが、それがパクリではなくオマージュでもなく、一つの様式美にまで高まっている感すらある。

 

殺人鬼役のウィ・ハジュンはJovian嫁をして「こらイケメンやわ」と言わしめる handsome guy だが、普通に頭のおかしいサイコパス殺人狂。表情の変わりっぷりが常人のそれではない。チェ・ミンシクの弟子だとしか思えない。単なるイケメンで役を得ているのではない。確かな演技力があってこその配役だと実感できる。私見では『 孤狼の血 LEVEL2 』の鈴木亮平の恐ろしさの方が上であるが、ウィ・ハジュンは役者としてのキャリアはまだまだ短いし浅い。それでこれだけのパフォーマンスを見せるのだから、よほど監督の演出が凄かったのか、あるいは鈴木のように役に向き合う時間があったのだろう。

 

ただし主役はギョンミ。こちらも凄い。聴覚障がい者という点で『 ただ君だけ 』のジョンファと重なるが、障がい者=清く正しく弱く、だからこそ美しいなどという描き方は真っ向から拒否している。悪態をつきまくる手話の顧客相手に折れることなく、勤め先の会社の大口取引先の接待で、ギョンミの耳が聞こえないのをいいことに好き勝手言いまくる野郎ども相手にも次々に手話でののしり言葉を浴びせていく。簡単に諦めたり、屈服したりするキャラではないことを、言葉を使わずして雄弁に語っている。ところどころで無音となるシーンを挿入するのは『 クワイエット・プレイス 破られた沈黙 』でもあった演出だが、これによりすぐそこにいるはずの殺人鬼に観る側は気付いているのに、ギョンミが気付いてくれないというもどかしさが、最高級のサスペンスを生み出している。特にギョンミの家に侵入するシーンの恐怖とサスペンスよ。ここでは『 シャイニング 』の有名なシーンへのオマージュが観られるので期待されたし。

 

頭のおかしさは折り紙付きのこの殺人鬼、なんと善良な一般人のふりをして警察署にまでついてきて、ギョンミとその母を執拗に付け回す。そこにギョンミが目撃した怪我をした女性の兄にして元海兵隊員のジョンタクもやってきて役者がそろう。ここからギョンミが、同じく聴覚障がい者である母と共に恐怖の殺人鬼から逃げまくるのだが、これがまた緊迫感満点。『 チェイサー 』のハ・ジョンウとキム・ユンソク並みに走って走って走りまくる。入り組んだ路地。人気の少ない街はずれ。そこを三者が縦横無尽に走りまくるのだが、冒頭のシーンと同じく、クォン・オスン監督はアクションだけではなく、街のそこかしこに存在する漆黒の闇をねっとりと画面に映し出していく。ポン・ジュノ監督の『 母なる証明 』の事件現場を彷彿させてくれる。この街の闇=人間の心の闇で、これが殺人鬼のものだけではなく、広く現代人が持ってしまっているものだということを終盤の展開で見せつけてくる。人気のない街区でも、光と人にあふれる繁華街でも、ギョンミは社会的には徹底的に弱者であるということを見せつけられてしまう。ここでチン・ギジュが見せる演技は圧倒的である。必死の訴えをワンカットで演じ切るという渾身の演技。テレビドラマ畑出身のようだが、もっと映画にも出てほしいもの。

 

殺人鬼の名前だとか動機だとか、そんなものはどうでもいい。逃げる女性。追う殺人鬼。それを追う被害者の兄。こんな単純なプロットで2時間弱の間、緊張感をまったく途切れさせることなく、それでいて社会的なメッセージまで盛り込んだ作品である。観ない手はない。空いている劇場の空いている時間帯を見計らってチケットを購入されたし。

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ネガティブ・サイド

韓国映画における警察の無能さは全世界の知るところであるが、さすがに事件の目撃者かつ被害者と思しき女性の兄を名乗る者がいれば身分証やら何やら身元確認をするだろう。また別の男と乱闘になって流血沙汰になっているのだから、調書は取るだろう。さすがに現実の韓国警察もそこまで無能ではないはずだ。

 

終盤近くにジョンタクが取る行動もおかしい。いや、取る行動というか、取らなかった行動と言うべきか。携帯を持っているなら、それでしかるべきところに通報せよ。その上で走れ。警察につながって信じてもらえなくても、それはそれで韓国警察の無能さがまた一つ浮き彫りになるだけ。ここだけはもっと常識的な行動をしてほしかった。

 

総評

これが長編デビュー作とは信じられない。が、韓国では『 国家が破産する日 』や『 藁にもすがる獣たち 』のような逸品を長編や商業作品を手がけるのは初めてという監督が作ってしまうので、本作のクオリティにも驚いてはいけないのかもしれない。『 ブラインド 』が『 見えない目撃者 』としてリメイクされたように、本作も日本でリメイクしてほしい。監督は森淳一、脚本は藤井清美で。そう感じさせてくれる、圧巻の出来栄えである。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

シバラマ

『 哭声 コクソン 』でも紹介した表現。韓国語で言うところの”F*** you”である。使ってはいけない韓国語であるが、どういうわけか韓国映画では頻繁に使われている。邦画界も上品な言葉遣いだけではなく、卑罵語をバンバン使った映画を作ってほしい。だからといって、北野武映画のような「てめえ、この野郎、バカヤロー」連発も困りものだが。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, ウィ・ハジュン, キル・ヘヨン, サスペンス, スリラー, チン・ギジュ, パク・フン, 監督:クォン・オスン, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 殺人鬼から逃げる夜 』 -韓流スリラーの秀作-

『 メインストリーム 』 -その「いいね」は誰のもの?-

Posted on 2021年10月10日 by cool-jupiter

メインストリーム 60点
2021年10月9日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:アンドリュー・ガーフィールド ホーク・マヤ ナット・ウルフ
監督:ジア・コッポラ

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『 沈黙 サイレンス 』や『 ハクソー・リッジ 』のアンドリュー・ガーフィールドが出演していて、コッポラ御大の孫娘が監督。それだけで観てみようという気になる。というわけで人混みを避けてレイトショーへ。

 

あらすじ

バーテンダーをしながらアート製作を志すフランキー(ホーク・マヤ)は、ある日、リンク(アンドリュー・ガーフィールド)という不思議なメッセージを発する青年と出会う。彼を撮った動画をYouTubeにアップしたところ、普段の自分の動画とは違い、バズることに。ライター志望でバーでの仕事仲間のジェイク(ナット・ウルフ)も誘い、フランキーはリンクと共にYouTube動画を作成し、リンクはノーワン・スペシャルとして人気を博していくが・・・

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ポジティブ・サイド

このフランキーという主人公の女性は、現代の典型的な鬱屈した若者像であり、なおかつジア・コッポラ監督自身の投影でもあるのだろう。映像作家を志す若い女性が「これだ!」という男性素材に出会うという点で『 サマーフィルムにのって 』にそっくりだが、フランキーが目指すのは映画ではなくYouTube動画。YouTube動画を作ることをテーマにした映画という意味で、なかなかメタでシュールな作品である。

 

多くの人間が成功を夢見ながら、諦めたり去って行ったりするのがLAという都市の常。そのことは『 ラ・ラ・ランド 』から良く分かる。また仮に売れたとしても、売れ続けられる保証はない。それも『 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド 』で描き出されていた。またLAという娯楽産業には裏の顔があり、裏のシステムがあるということは『 アンダー・ザ・シルバーレイク 』が寓話的に暴き出していた。本作はそうしたLAの固有性を背景にして鑑賞する必要がある。

 

一方で、フランキーがプッシュするリンクは何の代わり映えもしないセレブ系YouTuberだが、とあるインフルエンサーとのコラボ動画がバズったことでYouTuber界隈のプロデューサーと契約することになる。そこからブレイクを果たしたリンクたちだが、その過程で大問題を起こしてしまい・・・というのは、実際にありそうな事柄に思える。ペテン師メンタリストのDaiGoの「生活保護受給者は無視しろ、猫の命の方が大事だ」というメッセージおよびそれが巻き起こした動乱と、本質的には同じ流れが本作でも展開される。

 

このあたりはSNSを盛んにやる人は、自分に置き換えて考えてみても面白いだろう。あるいは最近話題になったYahooからヤフコメ民への「誹謗中傷はやめて」というお願い、あるいは自民党の高市早苗が自身の支持者に対して「総裁選の他候補への誹謗中傷はやめて」というお願いに通じるものがある。それらを受けて当事者らはどう反応したか。自分に関係のない事柄をさも自分のコンテンツであるかのように振る舞い、自分そのものがコンテンツである事柄には、さも無関係であるかのように振る舞ったのである。「高市さんも変な支持者がいて大変ですね」と言っているアカウントが、SNS上でとんでもない毒をばらまいていたりしたわけである。

 

本作でリンクが引き起こす騒動とその顛末の本質は、メインストリームというタイトルそのものに意味が込められているように思う。結局のところ、現代の、特にSNS上には、個人としての意見や主張などは存在しえないのかもしれない。あるのは、以下のメインストリームに迎合するかだけ。作家の八切止夫は「人間関係は一にかかっていかに相手を誤解させるか」と喝破した。合成あるいは編集したセルフィーをアップする。それはメインストリームに対するアピールに他ならない。本作の最後のリンクをアピールを聞いて、どう思うか。どう思ったところで、そのコンテンツを消費してしまったあなたは、もはやメインストリームの一部なのだ。

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ネガティブ・サイド

フランキーの満たされなさ、没個性さの描写が足りない。どんなアートを志向していて、どんな映像芸術をこれまでにYouTubeに公開して、どんな反響を得たのか、あるいは得られなかったのか。そのあたりの描写がわずかしかないため、リンクという素材との出会いのインパクトが弱くなっている。

 

そのリンクの思考や行動の原理の描写も弱い。フランキーとの3度目の出会いで彼女のスマホを奪い「他人から承認してもらうのが望みか」と問いかけるまで、彼の言動には思想がない。あるとすれば「スマホを持たない」ということぐらい。スマホを持たないことでスローライフを謳歌している、あるいは人間関係を非常に充実したもの、ストレスフリーなものにしているのであれば、まだ分かる。実際のところは定職を持たない変な奴である。もっとリンクを謎めいた、それでいて理知的な男には描けなかったか。

 

フランキーとリンクのロマンスにも必然性が感じられない。元々はジェイクと付き合っていたフランキーが、不意にリンクと関係を持ってしまう。その方が3人組の崩壊にもドラマ性が生まれるし、リンクというキャラが見せる落差も大きくなる。また、リンク=ノーワン・スペシャルという一種の怪物がだんだんとコントロールできなくなっていったのは、彼自身に原因があるというよりも、バックヤードでオペレーションをしているフランキーやジェイクの非であるとした方が、SNSと対比されるリアルの人間関係の生々しさがより際立ったと思う。

 

総評

普通に面白い作品。ただ、それはこの作品と鑑賞者の間にどれくらいの距離があるのかによるだろう。スマホやSNSに依存した生活を送っている若者であれば、チンプンカンプンかもしれない。逆に、彼ら彼女らの親ぐらいの世代であれば、本作の放つメッセージを読み取る(≠受け取る)ことは容易なのかもしれない。承認欲求とは、承認されたいという思い以上に、承認されることが可能なシステムへの参入の意志なのだ。10代20代よりも、40代50代が観るべき(少なくとも日本では)作品であるように思う。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

esteem-needs

「承認欲求」または「承認の欲求」と訳されることが多い。近年の日本で急激に人口に膾炙するようになった言葉だが、それだけ他者からの承認欲求に飢えているのだろう。Jovian自身はこの言葉を看護学校時代にマズロー心理学を学んだ際に知った。現代の承認欲求はヘーゲルやマズローの言う”承認”とはかなり意味がずれてきているように思えてならない。他者と承認の関係について考察を深めたいという向きには、Jovianの同級生が上梓した『 ヘーゲルの実践哲学構想 』をどうぞ。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アメリカ, アンドリュー・ガーフィールド, サスペンス, ナット・ウルフ, ホーク・マヤ, 監督:ジア・コッポラ, 配給会社:ハピネットファントム・スタジオLeave a Comment on 『 メインストリーム 』 -その「いいね」は誰のもの?-

『 CUBE 』 -シチュエーション・スリラーの極北-

Posted on 2021年10月5日2021年10月5日 by cool-jupiter

CUBE 80点
2021年10月3日 Amazon Prime Videoにて鑑賞
出演:モーリス・ディーン・ウィント ニコール・デ・ボア アンドリュー・ミラー
監督:ビンチェンゾ・ナタリ

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Jovian嫁は本作を観たことがないというので、自宅で鑑賞。コロナ収束の兆しは喜ぶべきだが、映画館およびその周辺での無節操な輩が明らかに増加しているため、逆に映画館通いがしにくくなった。Give me a goddamn break…

 

あらすじ

男は目覚めると謎の立方体の中にいた。周りの部屋の人間も合わせて男女6人だが、なぜ、どのようにして立方体に閉じ込められたのか皆目見当がつかない。そんな中、アッティカの鳥の異名を持つ脱獄王が先導するが、彼はある部屋に仕掛けられた死のトラップにかかって命を落としてしまい・・・

 

ポジティブ・サイド

冒頭いきなり男が死亡する。しかもただの死に方ではなく、鋼線が格子状に張り巡らされたトラップによって一息で人間サイコロステーキにされてしまう。Jovian嫁は「うげ」という言葉を発したが、Jovianも大学生の時にレンタルビデオで借りてきて鑑賞したときに同じような声を発したと記憶している。それほど強烈なシーンで、タイトルにもなっているキューブという立方体の危険さが観る側に一発で伝わってくる。この人間サイコロステーキは映画『 バイオハザード 』でもレーザーの形で登場している。悪く言えばパクリ、上品に言い換えればオマージュだろう。

 

サイコロステーキのシーンという顔に酸のシーンといい、低予算映画ながらどこにカネと手間をかけるべきか、よく分かっている。グロとバイオレンスは忌避されるテーマであるが、そうであるがゆえにそのジャンルの熱心な愛好家というものが存在する。ビンチェンゾ・ナタリ監督はそのことをよく理解している。

 

キャストが無名なのもいい。次に誰が死ぬか分からないからだ。また役者としての知名度や格付けなどを演じる側も観る側も気にする必要がないし、監督も演出を好きなようになれるだろう。『 ディープ・ブルー 』のサミュエル・L・ジャクソンや『 ザ・ハント 』のエマ・ロバーツのような例もあるが、低予算映画は売れていない俳優を起用して、そこから逆にスターを生み出すべきだ。日本でも『 カメラを止めるな! 』という超低予算映画から濱津隆之やどんぐりといった役者が売れるようになった。役者>ストーリーという構図に陥りがちな邦画は、このようなアイデア一発で勝負する映画から学んでほしい。

 

グロとバイオレンスを序盤で強烈に見せつけるが、本作が優れているのは、そうした視覚的な恐怖の演出の軸を、キャラクターの変容へと変えていくところ。特に警察官クエンティンが、法執行官としての意志と責任を忘れ、暴力に物を言わせるように変貌していくのは正にホラーである。怪物の誕生である。精神科医のハロウェイや大学生のレブン、謎の男ワースなどが織りなす奇妙なチームワークと対立の構図は、ミステリでおなじみの吹雪の山荘や絶海の孤島の屋敷に閉じ込められた哀れなモブキャラたちのそれ。ここでの疑心暗鬼の様相は、『 遊星からの物体X 』にも共通するサスペンスがある。

 

数学を武器にしてキューブの謎に迫る過程、その数学が誤っていたと分かった時の絶望、そこに現われる意外な救世主など、最後の最後まで息をつかせぬハラハラドキドキ展開で突っ走る。Jovian嫁は「これって『 インシテミル 』にそっくりやな」という感想を述べたが、エンタメとしては本作が圧勝であろう。日本版リメイクの公開前に多くの方々に復習鑑賞してほしいと思う。

 

ネガティブ・サイド

キューブの中で動く部屋が存在するわけだが、それを可能にするためには立方体の中にかなりの隙間が必要である。クエンティンらのパーティーはかなりあちこちキューブ内を巡っているが、早い段階で「動く部屋」の通り道を発見できなかったのは少し考えづらい。

 

レブンが一の位が2や5の3桁の数字を数秒考えて「素数じゃない」というシーンは、やはり何度見ても奇妙だ。2以外の偶数は絶対に素数ではないし、一の位が5の二桁以上の数字は必ず5の倍数で、すなわち素数ではありえない。

 

デカルト座標も、「動く部屋」には割り振れないだろうし、「動く部屋」の通路=何もない空間や、「動く部屋」を通すために動かされる部屋にも割り振れないだろう。数学はネタに使えばキャラが一気にスマートに見えるが、そこで失敗すると一気にキャラが陳腐化してしまうという諸刃の剣である。

 

総評

観るのは3度目だが、やはりこれは傑作である。謎の密室状の構造に閉じ込められ、理不尽なストーリーが展開するというジャンルを確立し、その影響は公開から20年以上が過ぎた2020年代でも健在。『 プラットフォーム 』などは一例だろう。本作が気に入ったという人は『 CUBE 2 』は華麗にスルーして、『 CUBE ZERO 』を鑑賞しよう。クオリティは落ちるものの、思いがけない連環の物語になっていることにアッと驚くことだろう。日本版のリメイクには正直なところ不安9、期待1であるが、是非ともJovianの予想を裏切ってほしいものである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Let’s face it.

直訳すれば「それに直面しよう」となるが、少し意訳すれば「そのことを直視しよう」となる。なにか都合が悪いが、それでも真実であるということを述べる前に言う。 Let’s face it. He is a good man, but he’s a bad sales rep. = 「現実を見よう。彼は良い人だが、営業マンとしてはダメだ」のように使う。  

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 1990年代, A Rank, アンドリュー・ミラー, カナダ, シチュエーション・スリラー, ニコール・デ・ボア, モーリス・ディーン・ウィント, 監督:ビンチェンゾ・ナタリ, 配給会社:クロックワークス, 配給会社:ポニーキャニオンLeave a Comment on 『 CUBE 』 -シチュエーション・スリラーの極北-

『 スリー・ビルボード 』 -再鑑賞-

Posted on 2021年9月28日 by cool-jupiter

スリー・ビルボード 85点
2021年9月24日 dTVにて鑑賞
出演:フランシス・マクドーマンド ウッディ・ハレルソン サム・ロックウェル ルーカス・ヘッジズ
監督:マーティン・マクドナー

 

3年前ぶりの再鑑賞。前回のレビューはこちら。『 空白 』のテーマが”赦し”であると予告編でバラされてしまい、また妻がdTVの無料お試し登録をしたところ本作が available だったので、再鑑賞とあいなった。

 

あらすじ

娘を陰惨な事件でなくしたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は地元の警察署長ウィロビー(ウッディ・ハレルソン)を責める内容の巨大ビルボードを街はずれに掲出した。やがてビルボードを巡り、ミルドレッドや街の人々、警察との対立が深まっていき・・・

 

ポジティブ・サイド

物語の始まりから終わりまで、一貫して unpredictable である。劇場鑑賞中に「こう来たら、次はこう・・・じゃないんかーい」と一人でノリ突っ込みをしていたことを思い出した。定石をとことん外してくるのが本作なのだが、そこに説得力がある。それは、一にも二にもフランシス・マクドーマンドの鬼気迫る演技。娘をなくした母親というだけでなく、苦悩する親、後悔する親というものを、恐ろしいほどのリアリティで体現している。

 

ウッディ・ハレルソン演じるウィロビー署長、横暴差別警察官を演じるサム・ロックウェル、ミルドレッドの窮地を救うピーター・ディンクレイジなど、とにかく悪人面だが、その内には人間性が宿っている。そして男が持つとされている包容力ではなく、弱い心や傷つく心を持っている。このあたりの、いわゆる人間の二面性を、ミルドレッドと彼女を取り巻く男たちとで比較対照してみると、人間の素のようなものが現われてくる。言葉の正しい意味でヒューマンドラマである。

 

ネガティブ・サイド

エンディングの余韻が少し弱い。もう少しだけミルドレッドとディクソンの間の会話というか空気を感じさせてほしかった。人は変われるし、人は人を赦すことができる。そうした本作のテーマをもう少しだけ映像とキャラクターのたたずまいで語って欲しかった。

 

総評

大傑作である。観ながら、ストーリーの非常に細かいところまで自分が覚えていることにびっくりしたが、それ以上に数々の伏線やセリフの妙、また役者たちの繊細かつ豪快な演技、それを捉える匠のカメラワークに唸らされた。日本の片田舎を舞台にリメイクできそうだが、これだけの人間ドラマを手がけられそうな監督がどれだけいるか。『 デイアンドナイト 』のテイストでドラマを再構築できるなら、藤井道人監督にお願いしたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

put up 

直訳すれば「置いてup状態にする」ということである。劇中では put up the billboards という形で何度か使われていた。put up のコロケーションとしては、put up an umbrella = 「傘をさす」や put up a tent = 「テントを建てる」などがある。英検準1級、TOEIC730点以上なら知っておきたい(TOEICにはまず出ないが)。 

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, アメリカ, ウッディ・ハレルソン, サム・ロックウェル, ヒューマンドラマ, フランシス・マクドーマンド, ルーカス・ヘッジズ, 監督:マーティン・マクドナー, 配給会社:20世紀フォックス映画Leave a Comment on 『 スリー・ビルボード 』 -再鑑賞-

『 プラットフォーム 』 -救世主は生まれるのか-

Posted on 2021年9月26日 by cool-jupiter

プラットフォーム 70点
2021年9月23日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:イバン・マサゲ ソリオン・エギレオル
監督:ガルダー・ガステル=ウルティア

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梅田ブルク7での公開時に見逃した作品。現実逃避のお供にTSUTAYAでレンタル。

 

あらすじ

ゴレン(イバン・マサゲ)が目を覚ますと、謎の老人トリマガシ(ソリオン・エギレオル)と共に謎の部屋にいた。そこは48階層で、部屋の中央には巨大な穴があった。その穴を通じて台座が下りてきて、食事が与えられる。食事は上の階層の人間の食べ残しだった。一定期間ごとに眠らされ、ランダムに別の階層に移動させられるというこの場所で、ゴレンは果たして生き延びられるのか・・・

 

ポジティブ・サイド

あきれるほどに直接的なメッセージに嗤ってしまう。これはつまりトリクルダウン理論を可視化したものである。上層は豪勢な食事を好きなだけ食べ、下層に行くほどそのおこぼれにあずかるしかないというのは、まさに現代世界の経済の縮図である。世界は残酷な場所であるという現実が、ゴレンの視点を通じて観る側に一発で伝わる。

 

2030年に起きるとされる食糧問題を考えるまでもなく、このコロナ禍において、必要な支援が必要なところに届かないという事実を我々はこれでもかと突きつけられた。マスクの買占め、ワクチンの偏在、自宅療養という名をつけられた医療資源の不平等な分配など、世界は上層と中層と下層に分かれているという身もふたもない現実があらわになった。ついでに言えばオリンピックもだろう。アホのように弁当を注文して、それがボランティアにも行き渡らず、生活困窮者にも行き渡らず、ひっそりと廃棄される。日本はある意味、本作の描くプラットフォームすら存在しない社会の位相にあると言える。

 

「人は人に狼」=Homo homini lupus と言うが、本作は本当に狼になってしまう。各階層をめぐって次々と相手を殺していく者もいるし、食べるものがないなら、普段食べないものを食べればいいという展開もある。以下、白字。

『 羊たちの沈黙 』
『 ハンニバル 』
『 タイタス・アンドロニカス 』
『 ソイレント・グリーン 』

こうした系列の映画である。他にも『 悪魔を見た 』のように脱糞シーンが収められている。そちら方面の嗜好の持ち主も満足できるだろう。ことほどさようにショッキングなシーンが満載である。

 

持てる者と持たざる者の対比以外にも、本作はあからさまにキリスト教的な概念を随所に挿入してくる。ワインとパンを体内に取り入れることの意味は『 ジーザス・クライスト・スーパースター 』を観るまでもなく明らかであるし、333階層×2人=666人というのは「ヨハネの黙示録」の獣の数字として知られている。リンゴと言えばアップル、アップルと言えばPC、ニュートン、知恵の実というのはシリコンバレーのジョークだが、リンゴを食べて自分が本当になすべきことを悟るという展開には笑ってしまった。Jovianは宗教学専攻だったのだ。

 

コロナ禍で世界中の中産階級とされる層が、大きな経済的ダメージを受けた。一方で、世界の富の大部分を独占する層は、さらにその資産を増やしたとされる。そんな不条理な現実世界を下敷きに本作を鑑賞されたし。

 

ネガティブ・サイド

モザイク不要。アダルトビデオではないのだ。人間に対する残酷描写、ゴア描写は映さないのに、それが人間以外になるとOKになるというのは何故なのか。

 

いくら文明から隔絶された空間とはいえ、あそこまで行儀悪く食事をするだろうか?いや、コロナの脅威がアジアと欧米で異なる理由に食事マナーが挙げられることも多いが、あんな手づかみで食べまくっていたら、服がめちゃくちゃ汚れるだろうと。洗濯機があるわけでもない環境で、トリマガシたちの服が割と清潔を保っていたところが不自然に感じられた。

 

総評

カルト映画『 キューブ 』同様、シチュエーション・スリラーの醍醐味が凝縮された作品。トマ・ピケティの経済理論をさらに補強するかのような現実世界の事実を別の角度から見つめ直したかのような世界。人間の弱さと尊さを、流血&グロ描写で見せてくれる。心臓の弱い人やそっち方面に耐性がない人は観るべからず。逆にそっち方面は全然平気だという映画ファンにが自身を持ってお勧めができる。

 

Jovian先生のワンポイントスペイン語レッスン

obvio

英語でいうところの obvious、つまり「明らか」の意。劇中で何度も何度も使われるので、とても印象に残った。英語の idiot が idiota だったり、やはり英語とスペイン語は言語間距離が短い。というよりも、スペイン語はJovianが勉強していたラテン語の直系の子孫で、英語はさらにその親戚であると言った方が歴史的、言語学的には正しいか。  

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, イバン・マサゲ, シチュエーション・スリラー, スペイン, ソリオン・エギレオル, 配給会社:クロックワークスLeave a Comment on 『 プラットフォーム 』 -救世主は生まれるのか-

『 死体が消えた夜 』 -もう少し演出に工夫を-

Posted on 2021年9月25日2021年9月25日 by cool-jupiter

死体が消えた夜 60点
2021年9月21日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:キム・ガンウ キム・サンギョン キム・ヒエ
監督:イ・チャンヒ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20210925191841j:plain

大学が開講したことの目まぐるしさから一時の逃避を求めてTSUTAYAへ。

あらすじ

大学教授のジンハン(キム・ガンウ)は教え子の学生と不倫、彼女は妊娠した。ジンハンは開発中の新薬で妻を殺害し、彼女は病死とされた。しかし、ジンハンの元に「遺体が消えた」との連絡が入る。誰かが妻の遺体を運び出したのか、それとも妻は死んでいなかったのか・・・

 

ポジティブ・サイド

ミステリなのか、それともオカルトなのか、ということをはっきりさせないことで、これは一体なんなのかと観る側を疑心暗鬼にさせる。なかなかに良い雰囲気。

 

妻を見事に片づけたことに安堵しているジンハンから色々と事情聴取をする刑事ジュンシクが型破りだ。署の駐車場に車を停めるのに、車の後部をぶつける事故を起こしたり、上梓である署長の携帯番号を「クソ署長」で登録していたりと、なかなかに型破り。

 

タイトルが『 死体が消えた夜 』なので、この取調室の一夜をスーパーナチュラル・スリラーっぽい要素を交えてネットリと描き出すのかと思ったら、さにあらず。ストーリーは思わぬ方向へ進み、最後にはすべてのピースがパズルのごとくピタリとはまった。韓国映画らしいエンタメ要素と社会的メッセージの両方が備わった佳作である。

 

ネガティブ・サイド

電話のシーンは不要である。こうした場合、通話先の相手の様子は見せる必要はない。ミスリードしたいのだろうが、それなら声だけでよかったのではないか。

 

色々な工夫が凝らされていはいるものの「そんなもん、どこで手に入れた?」というアイテムや、「その場しのぎにはなっても、長くは通用しないだろう」という手がバンバン使われている。急速展開と役者の演技でギリギリもたせているものの、論理的にはかなり破綻したストーリーと言わざるを得ない。

 

総評

韓国映画らしい社会の上層と下層の対比が映える。弱点も多い作品だが、長所がそれらを上回る。イ・チャンヒ監督はラブコメの『 あなたの彼女 』を2019年に公開しており、この時点では無名の監督。それでも無名監督らしい「俺はこういうストーリーを描きたいんだ」の一点突破で成立している作品である。ホラーは無理、オカルトなら何とか、ミステリやサスペンスなら全然大丈夫、という人は本作をどうぞ。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

ソンセンニム

「先生」の意。先生=センセイは、確かにソンセンという音に近い。ニムの意味は『 悪人伝 』でも触れたが、韓国はとにかく目上には様をつける。先生様や社長様、会長様など、とにかく相手を敬うときには様=ニムなのである。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, キム・ガンウ, キム・サンギョン, キム・ヒエ, スリラー, 監督:イ・チャンヒ, 配給会社:クロックワークス, 韓国Leave a Comment on 『 死体が消えた夜 』 -もう少し演出に工夫を-

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