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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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月: 2022年5月

『 トップガン マーヴェリック 』 -The sky is the limit-

Posted on 2022年5月29日2022年12月31日 by cool-jupiter

トップガン マーヴェリック 90点
2022年5月28日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:トム・クルーズ マイルズ・テラー
監督:ジョセフ・コジンスキー

 

『 トップガン 』の続編。待ちに待たされた作品だが、This film is worth the wait! 前作の世界観を見事に受け継ぎ、人間ドラマとエンタメ性を高いレベルで融合させた。今年のベストと言っていいだろう。

あらすじ

マーヴェリック(トム・クルーズ)は、予定されていたダークスターのテスト飛行がキャンセルされると聞いたが、クルーと共にフライトを強行し、マッハ10を達成する。処罰の対象になるかと思われたマーヴェリックだが、盟友であり提督となったアイスマンの取り計らいにより、トップガンにおいて難関ミッションに挑む若きパイロットたちの教官となる。しかし、そこにはかつての相棒グースの息子、ルースター(マイルズ・テラー)も加わっており・・・

 

以下、軽微なネタバレあり

ポジティブ・サイド

オープニングからF-18が空母から発艦していく圧巻の映像、それと共に流れる『 トップガン・アンセム 』が郷愁を誘いつつ飛翔も予感させる。そしてケニー・ロギンスの “Danger Zone” で一気に大空へと舞い上がる。これによって『 トップガン 』の世界が一挙に再構築された。『 スター・ウォーズ 』もテーマ音楽だけで一気にその世界に引き込まれるが、『 トップガン 』にもその力がある。また『 スター・ウォーズ 』同様に効果音も脳に刻み付けられている。一時期、”You can’t hear a picture” というミームが流行ったが、映像だけで戦闘機のエンジン音や滑空音が脳内で再生されるというトップガンのファンは多いのではないだろうか。

 

前作へのオマージュを随所にちりばめつつ、現代的な視点も盛り込まれている。ゲーム『 エースコンバット7 スカイズ・アンノウン 』が本作とのコラボ機体をリリースしたのは2019年だったが、思えばよくも待ったものである。ゲームと同じく現実世界でもドローンによる戦争が行われるようになってしまったが、それは取りも直さず人間が航空機に乗り込んでの操縦は不要になることを意味する。つまりパイロットはお払い箱である。そのことは『 エースコンバット6 解放への戦火 』や『 エースコンバット7 スカイズ・アンノウン 』といったゲームでもしきりに言及されていた。その人間不要論を見事に打ち破ったのが本作だと言える。

 

まず、トップガンが挑むミッションがまんまフライトシミュレーターのゲームのミッションそのものである。いや、ある意味ではゲームよりも難易度が高いミッションだろう。Jovianが一時期ハマっていた Ace Combat シリーズは渓谷などの狭いエリアを飛ぶ ミッションが恒例だったが、ゲームでこれをやれと言われても ( ゚Д゚)ハァ? と反応するだろう。下限速度が時速400ノットで上限高度が1000フィート、そして高G加速で山肌に沿って上昇し、背面飛行で下降に転じ、施設を精密爆撃せよというのだから。マスコミあるいは映画評論家は、ぜひ航空自衛隊、できればブルーインパルスのパイロットにこのミッションが達成可能かどうか尋ねてほしい。おそらく答えは否だろう。実際にトップガンの面々もバンバン Mission Failed を連発する。最早このミッションそのものがダメかと思われたところで、マーヴェリックが実演でミッションは achievable と証明するシークエンスは最高に痺れた。 

 

そこまでの過程でグースの息子、テラーとの確執も丹念に描かれる。マーヴェリックは序盤から何度か “Talk to me, Goose.” という例のセリフを口にするが、別離から30年を経てもグースが心の中にいることを観る側にしっかりと伝えてくる。息子のルースターがバーのピアノで “Great Balls of Fire” を熱唱するシーンには我あらず涙ぐんでしまった。こんな単純な演出で泣けてしまうとは、Jovianも年を取ったのかねえ・・・ 二人の間の因縁、そこに込められたマーヴェリックの思いの深さは、そのままグースが愛した者への思いの深さになっている。  

 

いざミッションへと飛び立つトップガンの面々。だが、ルースターは逡巡してしまう。まるで前作のマーヴェリックのように。しかし、やはりパイロットを奮い立たせるのは機体の性能ではなく人間の思いなのだということを、本作はここでも高らかに宣言する。ミッションを成功させ、いざ離脱という時に前作同様の悲劇が隊を襲う。マーヴェリックが文字通りに体を張ってルースターを救うシーンにも、やはり涙ぐんでしまった。なぜ自分はこんなに涙もろくなってしまったのか。そこから続く『 エネミー・ライン 』的な展開では「なんでそこにF-14があるの?」とは思ってしまうが、鹵獲された機体を分析・調査するためだと納得した。

 

最終盤のドッグファイトは前作以上の大迫力。 “It’s not the plane, it’s the pilot.” = 「大事なのは機体じゃない、パイロットなんだ」とマーヴェリックを鼓舞するルースターに胸アツにならずにいられようか。普通に考えれば1980年代のクルマと2010年代のクルマ、もしくは1980年代のコンピュータと2010年代のコンピュータで性能を比較すれば前者は絶対に後者に勝てない。実際にマーヴェリックの十八番であるコブラからのオーバーシュート戦法を上回る、クルビット機動でのミサイル回避を披露する敵側の第5世代戦闘機(まあ、Su-57だろう)を相手にド迫力の空戦が繰り広げられる。手に汗握るとはまさにこのこと。自動運転車や無人機が主流になっていく世の流れは変えられないが、それでも “But not today.” と言い切るマーヴェリックの姿に、人間の誇り、尊厳とは何であるのかを教えられた。紛れもない大傑作である。 

ネガティブ・サイド

チャーリーが出てこなかったのは何故なのか、ギャラで折り合わなかったのか。『 クリード 炎の宿敵 』でもブリジット・ニールセンを三十数年ぶりに出演させたことがドラマを一段と盛り上げた。ヴァル・キルマーだけではなくケリー・マクギリスも必要だった。

 

総評

文句なしの傑作である。オリジナルからの続編のクオリティの高さという点では『 エイリアン 』、『 エイリアン2 』に勝るとも劣らない。カメラワークなどは前作よりも進化しており、Jovianの前の座席に座っていた年配女性たちは「ホンマに自分でも飛んでるみたいやったわ」と感想を言い合っていた。劇場の入りは8割ほどで、年配組が多かったように見受けられたが、若い観客もそれなりにいた。ぜひ前作を鑑賞の上、トム・クルーズの雄姿をその目に焼き付けてほしい。そして人間不要となりつつある世の流れに雄々しく抗う人間ドラマ、人間賛歌を多くの人に味わっていただきたいと思う。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

I’ll give you that.

この that はひとつ前の言葉の内容を指す。

A: ”Let’s study in the library.” 
B: “That’s a good idea.”

の that と同じ。実際の用例としては、

You’re a good tennis player. I’ll give you that. 
君は良いテニス選手だ、認めよう。

のように「~を認めよう」のような意味になる。相手は you に限らない。They are formidable fighter pilots. I’ll give them that. = 「あいつらは手ごわい戦闘機乗りだ、それは認めよう」のようにも言える。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, S Rank, アクション, アメリカ, トム・クルーズ, ヒューマンドラマ, マイルズ・テラー, 監督:ジョセフ・コジンスキー, 配給会社:東和ピクチャーズ『 トップガン マーヴェリック 』 -The sky is the limit- への4件のコメント

『 ハケンアニメ! 』 -ブラック労働現場は無視されたし-

Posted on 2022年5月26日 by cool-jupiter

ハケンアニメ! 60点
2022年5月22日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:吉岡里帆 中村倫也 柄本佑 尾野真千子
監督:吉野耕平

 

「嫁さんが 観たいというので 劇場へ」と一句できた。それはさておき、辻村深月原作とは知らずに鑑賞した。『 冷たい校舎の時は止まる 』と『 かがみの孤城 』は傑作である。

あらすじ

斎藤瞳(吉岡里帆)は、とあるアニメ作品と出逢った衝撃から、務めていた県庁の職を辞し、アニメ業界に飛び込んだ。それから7年、新人監督としてデビューすることになった瞳は、プロデューサーの行城(柄本佑)の仕掛けによって、天才の誉れ高い王子千晴(中村倫也)と対談することになった。王子こそ、瞳がアニメ業界を志望するきっかけになった作品の生みの親だったのだ。対談の中で瞳は、王子の作品に勝って、覇権を手にすると高らかに宣言するが・・・

ポジティブ・サイド

Jovianは「映画を作る映画」が好きだが、アニメを作る映画というのも悪くないと感じた。アニメ制作については、ジブリ読本のようなものを読んだり、宮崎駿や庵野秀明のドキュメンタリー番組を観たりして得られる程度の知識しかない。その意味では本作の鑑賞は面白い体験でもあった。

 

冒頭は『 ER 緊急救命室 』の影響の色濃いロングのワンカットで、アニメ制作現場とそこで働く様々な職種の人間を映し出す。このシーンは非常に印象的で、アニメ業界へのイントロダクションとして素晴らしいものだったと感じる。

 

瞳と王子の対談は迫力満点。一億総オタクという言葉を「上から目線」と切って捨て、リア充という存在の対にあるのはみじめなオタクではなく別の形のリア充であるということを宣言するシーンは、アニメに限らず漫画やゲーム、ラノベなど他ジャンルのクリエイターたちの声をも代弁していたものだろう。それを受けても果敢に王子に宣戦布告する瞳の姿に、胸が熱くならずにいられようか。瞳と王子の両者の芯の強さを見せる名場面だった。

 

テレビアニメと映画の最大の違いは、その鑑賞方法にある。すなわち前者は実況中継可能で、後者は実況中継が不可能である。あるいは、前者は個人で鑑賞し集団で楽しむもの、後者は集団で鑑賞し個人で楽しむもの、と言い換えられるかもしれない。『 天空の城ラピュタ 』のテレビ放映時に一時期流行った「バルス祭り」は、その最たるものと言えるかもしれない。それを想起させるSNSへの書き込みテキストが画面を埋め尽くす様はなかなかに壮観だった。このテキストのスーパーインポーズの印象度は『 白ゆき姫殺人事件 』に次ぐ。

 

本作の一種のビルドゥングスロマンである。瞳という一人のキャリアウーマンの成長物語でもあり、同時に人間としての成長物語でもある。『 見えない目撃者 』と本作で、吉岡里帆はセクシーさを強調することなく売り出せるようになったという意味では、吉岡本人の成長にもなっている(『 ホリック xxxHOLiC 』は現時点では鑑賞予定なし)。監督だからといっても所詮は新米。絶対権力者でも何でもなく、実績やカリスマ性があるわけでもない。けれども自分のアニメ作りに懸ける想いはひたすらに真摯で、だからこそ次第に周囲のスタッフたちをも巻き込めるだけの熱量を生み出せたのだと納得できるだけの成長を見せてくれた。瞳を支えるプロデューサーを演じる柄本佑が業界人っぽさを好演。実に嫌味ったらしい男をけれんみたっぷりに演じている。最初は「なんだこいつは?」と感じるのだが、物語が進むにつれて、この男の一挙手一投足にグイグイと引き込まれてしまう。その絶妙な仕掛けを知りたい人はぜひ本作を鑑賞されたし。

 

対する王子と、彼を支えるプロデューサーの尾野真千子のコンビも魅せる。天才的なクリエイターで、初発作品があまりにも high quality だったせいで、二作目や三作目も標準以上の出来映えなのに、物足りなさを感じてしまう。映画や文芸の世界でたまにいる(森博嗣のデビュー作『 すべてがFになる 』が一例ではないか)が、アニメ界も同様だろう。そうした天才の虚飾の仮面とその奥の素顔を、中村倫也が好演している。それを支える尾野真千子が、会社上層部の指令と王子のわがままの間で悪戦苦闘する様は、サラリーマンの激しい共感を呼ぶ。

 

アニメで覇権を取ろうとする少々珍しい作品だが、それも大切な日本文化の一つ。感動的な作品ではあるので、週末の予定に入れておくのも良いだろう。意外にデートムービーにも使えるはず。そうそう、ポストクレジットシーンがあるので、慌てて席を立たないように。

ネガティブ・サイド

冒頭で気になったのが「アニメ」の発音、そのアクセントの位置。ナレーションはアに強勢を置いていたが、キャラクターの多くはメに強勢を置いていた。統一する必要はないだろうが、それでも業界人はメに強勢、その他の人々はアに強勢と、使い分けを徹底することもできただろうにと思う。

 

アニメ作りの現場で声優の収録シーンにばかりフォーカスが当たっていたが、もっとBGMや効果音にも焦点を当ててほしかった。特に瞳が作る『 サウンドバック 奏の石 』は、音がテーマなのだから、コンポーザーやミキサー、フォーリー・アーティストこそ脚光を浴びるべきではなかったか。

 

冒頭でプロデューサーがオープニング・ロゴのデザインにケチをつけていたが、そんな越権行為が現実に存在するのか。プロ野球チームのGMが選手の打撃フォームや投球フォームを力づくで矯正したら大問題だろうと思うが。

 

本作の最大の欠点は日本的デスマーチをある意味で礼賛してしまっているところ。そして、有能なクリエイターに正当な対価ではなく情でもって仕事を依頼するところだろう。神作画と称賛されるようなクリエイターをこんな風に使うからこそ大企業なのかもしれないが、これでは日本のクリエイターは国内向け資本相手に仕事しなくなる。もしくはクリエイター志望者そのものが減って、ピラミッドの頂点がどんどん低くなる。由々しき問題だ。デスマーチを是とするのもいかがなものか。助監督が味噌汁を作って頑張ると同レベルの、元・制作進行、現プロデューサーがおにぎりを作って頑張るというのは美しいことは美しいが、そこに美徳を見出せるのはせいぜい1980年代生まれまでではないか。今の30代以下は、本作に映し出される労働の現場をどう見るだろうか。好意的に見る者がマイノリティであることは間違いない。

 

総評

良くも悪くも『 バクマン。 』そっくりである。個の力を最大限に称揚するのは確かに美しいが、そこに芸術的な美しさは見えない。また、日本的な超人的な個の働きへの依存と現場の空気に染まるという「失敗の本質」が色濃く出た作品でもある。だが、それはそれ、である。そうした日本の伝統的にダメな部分はいったん忘れて物語世界に没入できさえすれば、クリエイターたちを取り巻く豊かな人間ドラマが味わえるだろう。鑑賞時には思い切って片目をつぶろうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

emerge victorious

瞳が王子に「勝って、覇権を取ります!」と宣言した台詞の私訳。 I will emerge victorious. = 私が勝者になる、という意味で覇権うんぬんではないのだが、そこは訳出不要と判断。emerge victorious というのはボクサーが計量後の記者会見などで使うのをよく聞く。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, ヒューマンドラマ, 中村倫也, 吉岡里帆, 尾野真千子, 日本, 柄本佑, 監督:吉野耕平, 配給会社:東映Leave a Comment on 『 ハケンアニメ! 』 -ブラック労働現場は無視されたし-

『 流浪の月 』 -善悪の境目はどこにあるのか-

Posted on 2022年5月24日 by cool-jupiter

流浪の月 70点
2022年5月21日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:松坂桃李 広瀬すず
監督:李相日

『 悪人 』、『 怒り 』の李相日監督の作品。今回も人間社会の善悪や強弱について、非常に示唆に富む作品を送り出してきてくれた。

 

あらすじ

家に居場所のない10歳の少女・家内更紗は、ある夏、佐伯文(松坂桃李)の家で過ごすことになる。しかし、文は警察に逮捕され、更紗は元の家に帰ることに。15年後、恋人と同棲する更紗(広瀬すず)は、思わぬ場所で文と再会することになり・・・

以下、ネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

まずは主演の松坂桃李と広瀬すずの脱皮に感銘を受けた。広瀬すずは冒頭からベッドシーンを披露。見せてはいないが、脱いではいるし、触らせてもいる横浜流星爆発しろ。『 ラストレター 』のような静かな役もあったが、基本的に天真爛漫な役ばかりを演じてきた広瀬すずが、初めて陰のあるキャラクターになりきったように思う。バイトに恋人との生活にと、充実した生活を送っているように見えるが、その目は常に空虚だった。文と再会してからの目とそれまでの目、あるいは文を見る目と恋人の亮君を見る時の目の違いに注目してほしい。この目の演技は素晴らしいの一語に尽きる。李相日監督の演技指導もあるだろうが、広瀬自身の演技力向上も大きいだろう。

 

松坂桃李も負けていない。『 空白 』では徐々に目から生気が抜けていく青年を演じたが、本作では最初から最後まで空っぽの目をしていた。その空っぽの目の奥には、しかし、ある光景が焼き付いていた。人生のある時点で目にしてしまったその光景によって、文の目には現実ではなく「自分」しか映らなくなってしまった。しかし、そこに更紗という存在が現れ、空っぽの目に徐々に力が戻っていく、という『 空白 』とは逆の演技を見せた。役者として着実にレベルアップしているという印象である。また、脱ぎっぷりという意味では『 娼年 』に次ぐ、ショッキングなシーンがある(『 いのちの停車場 』でも脱いでいたが、あれはノーカウント)。Jovianは看護学校で習った内容をうっすら覚えていたが、文はかなりの確率で先天的な染色体異常だろう。まあまあの確率で男は美形になるが不能になるという疾患があったと記憶している。その意味では松坂桃李のキャスティングは正解である。

 

かつての二人の幸せだった時間を回想しつつ、物語は現在を冷静に追っていく。誘拐の被害者として憐憫の情を集める更紗と、前科者としての烙印を押されっぱなしの文が、それゆえに互いを求め合うという展開には胸を打たれる。弱者とは誰なのか?善とは、そして悪とは何であるのか?当人ではどうにもならない属性をもって人を判断する、あるいは当人のものではない属性をその人に押し付ける行為を差別と定義づけるならば、更紗と文は紛れもなく被差別者であり、二人の周囲の人間の多くは差別者である。

 

「死んでもバレてほしくないことがバラされてしまう」という序盤の文の言葉、さらに「人は見たいように人を見る」という更紗の言葉から、文は真性のロリコンではなく、ロリコンを隠れ蓑に自分の性的不能を誰からも隠し通したかった、というのが真相か。だからこそ、過去のトラウマからセックスに嫌悪感を抱く更紗との奇妙な連帯関係が成立したのだろう。

 

様々に歪な親子の関係をまざまざと見せつけ、家族というものに対する希望を消していく。『 真っ赤な星 』同様に寄る辺ない二人の逃避行を予感させて物語は静かに閉じていく。この何とも言えない苦味の余韻こそ、本作が観る側に与えたかったものなのだろう。現代社会における人間関係、就中、家族に代わる新しい関係性の模索こそが、一種のタブーでありながらも今まさに求められていることであると思う。

ネガティブ・サイド

松坂桃李も子役をもっと使えなかったのだろうか。少年院に入ったということは犯行当時は未成年。『 娼年 』の時点で大学生役はギリギリセーフだが、今作での大学生役は相当無理があった。

 

広瀬すずの子役は顔の造形がそっくりでびっくりしたが、少女時代の方が声が低いとはこれいかに。まあ、似た顔と似た声なら、似た顔の方が探しやすいか。

 

ファミレスでのバイトで本名を名乗るのは現代ではほとんどないと思われる。冒頭、スマホを観ていたガキンチョどもが2007年のニュースを指して「15年前か」のように言っていたが、2022年ならファミレスでもコンビニでもコールセンターでも、労働者はほぼ全員が源氏名を名乗っている。特に更紗のようなバックグラウンドの持ち主が馬鹿正直に本名を名乗るのは非現実的に過ぎる。

 

児童相談所に通報があったわけでもないのに、いきなりリカを保護する道理はいくら警察でもないだろう。また逮捕状がない=任意同行を求めているはずなのに、実力行使に出る警察を見て、頭がクラクラした。元警官のJovian義父なら憤慨したことだろう。

 

総評

邦画特有の弱点も抱えているが、完成度の高い非常にシリアスな物語である。現代社会への鋭い問題提起も行うという、李相日監督らしい作品である。松坂桃李、広瀬すず共に表現者としての階段を確実に一歩昇ったという印象を受ける。高校生、大学生の子どもがいる親御さんは、家族で鑑賞してみてはどうか。親子関係、友人関係などについて考察を深める良いきっかけとなることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

drift away

徐々に消えていく、の意。劇中で更紗が文に語る「二人で流れていこう」の私訳。ネタバレ回避のためにそのやりとりを英語にすると

文: People might take notice of us.
更紗:Then, we can drift away.

のような感じになるだろうか。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, ヒューマンドラマ, 広瀬すず, 日本, 松坂桃李, 監督:李相日, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 流浪の月 』 -善悪の境目はどこにあるのか-

『 ザ・メッセージ 』 -B級SF作品-

Posted on 2022年5月20日 by cool-jupiter

ザ・メッセージ 60点
2022年5月18日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ベラ・ソーン リチャード・ハーモン
監督:スコット・スピア

近所のTSUTAYAで目についたので準新作をレンタル。塚口サンサン劇場で『 スターフィッシュ 』のポスターを見て「おお、DVD出てるやんけ」と勘違いして借りてしまった。『 ステータス・アップデート 』と『 ミッドナイト ・サン タイヨウのうた 』のスコット・スピア監督作品だったではないか。

 

あらすじ

シカゴで起きた事故により、世界には残存者と呼ばれる亡霊が存在するようになった。ロニー(ベラ・ソーン)は自宅の浴室の鏡に謎の残存者が「逃げろ」というメッセージを残すところを目撃する。ロニーは転校生のカーク(リチャード・ハーモン)と共に残存者の謎の解明に乗り出すが・・・

 

ポジティブ・サイド

幽霊が見えるというのはネタとしては陳腐である。アメリカ映画では『 シックス・センス 』のような傑作、邦画でも『 さんかく窓の外側は夜 』のような凡作まで、特定の誰かに幽霊が見えるという作品は枚挙にいとまがない。しかし、誰でも幽霊が見える世界というのは結構珍しいのではないか。しかもそれが自由に動き回って人間に害をなす存在ではなく、決められた動きをするだけの残像であるというアイデアはユニーク。

 

ロニーとカークの二人が、謎の残存者からのメッセージの意味を探っていく展開はなかなか引き込まれる。手詰まりと思えるところから思いがけぬ発見があり、物語がダイナミックに動いていくところもいい。特にロニーの父親の読む新聞記事のアイデアは着眼点が非常に良いと感じた。ロニーと母親との関係は物語に若干の影を落としているが、それを効果的に使った脚本の妙が後半にあり、観る側を飽きさせない。

 

生きている人間たち、そして死んでしまった人間たちのそれぞれの思いが交錯する終盤は見応えがある。真犯人に意外性がないと感じられるかもしれないが、本作はミステリーではなくファンタジー、そしてヒューマンドラマとして鑑賞するべし。

 

ネガティブ・サイド

誕生日ネタはもう少しひねりを利かせられなかったか。Jovian母は実はうるう年の2月28日生まれなので、このネタには早い段階でピンと来てしまった。ある目的のために誕生日が重要なファクターなのだが、誕生日ではなくうるう年のうるう日をファクターにする、そのことに(物語世界のルールの中で)合理的な説明をつけられれば、映画世界への没入度がもっと高まったことだろう。

 

ブライアンは言ってみればハリポタにおけるスネイプ先生的なキャラなのだから、必要以上にホラーっぽいCG演出をする必要はなかった。それをせずにブライアンを恐怖の対象に見せるのが演出というものだろう。

 

総評

『 ザ・メッセージ 』という邦題はイマイチ。原題は I Still See You、つまり「私は今もあなたを見ている」ということ。このタイトルから受け取る印象が序盤、中盤、終盤で変わってくる。それは作りが乱暴だからではなく計算されたものだから。低予算映画のにおいがプンプン漂ってくるが、それがマイナスに作用していない。逆にアイデアで勝負する潔い作品になっている。海外レビュワーの評価はイマイチだが、Jovianはそこそこ楽しめた。梅雨時の週末のステイ・ホームのお供にちょうどよいだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

ground zero

爆心地の意。おそらく9.11でこの表現を知った人も多いのではないかと思う。ヒロシマやナガサキは原爆の爆心地だが、爆弾以外でも9.11のような想定外の巨大なインパクトがもたらされた場所にも使われる表現である。

 

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Posted in 映画, 未分類, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アメリカ, ファンタジー, ベラ・ソーン, リチャード・ハーモン, 監督:スコット・スピアLeave a Comment on 『 ザ・メッセージ 』 -B級SF作品-

『 バニシング 未解決事件 』 -臓器売買の闇に迫る-

Posted on 2022年5月17日2022年5月17日 by cool-jupiter

バニシング 未解決事件 65点
2022年5月15日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ユ・ヨンソク オルガ・キュリレンコ
監督:ドゥニ・デルクール

『 流浪の月 』を鑑賞したかったが、指定席とも言うべきシートが取れず、次点の本作をチョイス。なかなかの硬派な映画だった。

 

あらすじ

ソウルで女性の遺体が発見されるが、腐敗が進行しており、身元の割り出しに難航する。パク班長(ユ・ヨンソク)はフランスの法医学者ロネ教授(オルガ・キュリレンコ)に助力を求める。彼女が採取した指紋から、遺体は行方不明になっていた中国人女性と判明する。捜査を進めるパク班長とロネ教授は、臓器売買の謎に迫っていき・・・

ポジティブ・サイド

韓国映画と見せかけて、これは実はフランス映画。つまり少ない登場人物でも、巧みにミステリやサスペンスを盛り上げる。舞台を韓国に移しても、そうしたフランス文芸・フランス映画の特色はしっかりと維持されていた。

 

まずユ・ヨンソク演じるパク班長が従来の韓国警察の刑事のイメージを大きく覆す。韓国といえば『 ビースト 』のような汚職や暴力を厭わぬ刑事か、あるいは『 暗数殺人 』のひらすらに黙々と事件を追う刑事の印象が強いが、ドゥニ・デルクール監督はそんな刑事はお呼びでないとばかりに、全く新しい刑事像を打ち出してきた。演じるユ・ヨンソクは『 建築学概論 』の嫌な先輩役だったそうだが、本作ではそんなマイナスのオーラは一切出さず、理知的な刑事を演じきった。発音は韓国なまりだが、普通に英語は上手い。パッと聞いた感じだけなら、チェ・ウシクの英語と比べても遜色ないように感じた。姪っ子を溺愛し、手品も上手いという特徴が、中盤以降に物語の本筋にしっかりと関連してくる。

 

バディを組むことになるロネ教授ことアリスも静かに、しかし確実に法医学のプロフェッショナルとしての印象を観る側に刻み付けた。難解な専門用語を交えて流暢に講義を行い、腐敗が進んだ死体からも見事に指紋を採取する。しかし、単なる職業人としてだけではなく、パーソナルな部分にも人間味がある。序盤にパク班長との会話で不可解な受け答えをするのだが、その謎が明らかになる中盤、そしてそれに決着をつける終盤の展開には心を揺さぶられる。

 

二人がロマンチックな雰囲気になりながらも、プロフェッショナルに徹するところも潔い。特に、パク班長からのごく私的な問いにアリスが敢えてフランス語で真摯に答えるシーンは、男女というよりも人間同士の心の響き合いだった。

 

死体遺棄事件の元にある臓器売買事件の闇に迫る二人に思いがけぬ事実が立ち現われてくる。事件は一応の解決を見るが、臓器売買ネットワークは残ったまま。そして、食い物にされる中国人女性や、臓器を買い取る富裕層という格差の構図は何も解決されぬまま。それでも、パク班長とアリスの淡い別れに、今後も二人が機を見て reunite し、新たな事件に取り組む可能性を感じさせて物語は閉じていく。

 

ネガティブ・サイド

臓器売買のネットワークは、そのまま人身売買のネットワークでもあるだが、それを仕切っていると思しき韓国ヤクザの描写があまりにもしょぼい。『 ザ・バッド・ガイズ 』は荒唐無稽ではあったが、国際的な犯罪ネットワークを構想する気宇壮大な韓国ヤクザが出てきた。それぐらいの巨悪を描いても良かったのではないか。

 

臓器売買の片棒を担ぐ医師が、意外(でもないが)な主要人物とつながっていることで、アリスの心的なトラウマは解消されても、全く別の方面で救われない人物が生じてしまっている。もちろん、違法な臓器売買を阻止する=助からない命が出てくるわけで、問題はその助からない命に大して、我々が大きく感情移入してしまうことである。アリスのキャラを立てるためとはいえ、この展開は観ていて心苦しかった。

 

パク班長とアリスの別れ際も、もうちょっと余韻というか、今後の二人の再会と活躍を予感させるようなものの方が良かった。アリスが韓国に残ることを予感させるよりも、パク班長がアリスに姪っ子と時々ビデオ通話する仲になってほしいと頼む方が、劇中で「感情表現に乏しい」とされた韓国人っぽいではないか。しかし、韓国人が感情表現に乏しいというのはフランスの脚本家の手によるもの?よく共同脚本家の韓国人がそれOKしたなと思ってしまう。

 

総評

テンポが良く、サスペンスも適度に盛り上がり、思わぬ人間関係も終盤に見えてくる。韓国語、英語、フランス語、中国語が飛び交う国際色豊かな作品である。『 マスカレード・ホテル 』のような変則バディものがイマイチと感じられる向きにこそ本作を勧めたい。そうそう、日本のサラリーマンは主人公のパク班長の英語力を一つの目標にするといい。情報を得る、あるいは与える、問題を提示する、あるいは解決する、そして相手との信頼関係を築くというのは、必ずしも準ネイティブ級の語学力を必要としないことが分かるだろう。語彙を増やしたりTOEICスコアを追求するのではなく、コミュニケーション能力を磨こうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Would you be able to V?

相手に何かを依頼する丁寧な表現。普通のビジネスパーソンなら

Could you V?
Would you be able to V?
It would be great if you could V. 
I was wondering if you could V. 

あたりを口頭あるいはメールのやりとりでは使いまわせばよい。

 

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Posted in 未分類Tagged 2020年代, C Rank, オルガ・キュリレンコ, サスペンス, フランス, ユ・ヨンソク, 監督:ドゥニ・デルクール, 配給会社:ファインフィルムズ, 韓国Leave a Comment on 『 バニシング 未解決事件 』 -臓器売買の闇に迫る-

『 シン・ウルトラマン 』 -『 シン・ゴジラ 』には及ばず-

Posted on 2022年5月15日 by cool-jupiter

シン・ウルトラマン 60点
2022年5月14日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:斎藤工 長澤まさみ 西島秀俊
監督:樋口真嗣

ウルトラマンと聞いて胸が躍るのは1970~1980年代に少年時代を過ごした者が大半だろう。実際に劇場に来ていたのもJovianより少々上の世代と思しきオッサンとオバサンが多かった。

 

あらすじ

なぜか日本にだけ現れる謎の巨大生物「禍威獣」に対抗するため、政府は「禍威獣特設対策室専従班」を設立。班長の田村(西島秀俊)や神永(斎藤工)らが禍威獣撃退の任にあたっていた。ある時、謎の巨大外星人が地上に降り立ち、禍威獣を撃破する。ウルトラマンと呼称された謎の巨人の正体を探るため、禍特対に浅見(長澤まさみ)が派遣されてくるが・・・

 

以下、ネタバレあり

ポジティブ・サイド

映画の開始から空想特撮映画であることを強調する。赤地に白抜きの文字でウルトラマンと表示されれば、昔懐かしの空気が画面から漂ってくるのを感じ取られずにはいられない。庵野秀明や樋口真嗣といった特撮大好き少年だった大人が、少年時代に帰って作った作品だと感じられる。つまり、製作者側と波長が合うかどうかで、本作の評価はガラリと変わるだろう。Jovianはまあまあ面白いと感じたが、Jovian妻はほとんどずっと寝ていた。

 

面白いと感じたのは以下の3点。

 

第一に、『 シン・ゴジラ 』同様に日本政府が主体となって禍威獣を撃退しようとするところにリアリティが認められる。【現実(ニッポン) 対 虚構(ゴジラ)】ならぬ【現実(ニッポン) 対 虚構(禍威獣+外星人)】になっているところ。日本政府が現実の脅威に対抗できる能力を有しているかどうかは極めて疑わしいが「アホなのはトップ、現場では有能な人間が死に物狂いで頑張っている」という幻想がコロナ禍で生まれたことに本作は華麗に便乗することに成功している。

 

第二に、禍威獣ではなく外星人とのストーリーをメインに据えるという決断。これは是々非々ありそうだが、Jovianは是と取る。禍威獣メインのプロットでは『 シン・ゴジラ 』の二番煎じになりかねない。冒頭で次から次に出現する禍威獣を禍特対が知恵を絞って打ち破ることで、まずは人間側を上げておく。そこにザラブ星人やメフィラス星人といった頭脳派外星人を出すことで、知的サスペンスが生まれる。子どもはここで脱落させられるだろうが、本作の target audience はオッサンオバサン連中なのだから気にしてはいけない。特に山本耕史演じるメフィラス星人は、その硬軟取り混ぜた語り口が非常に印象的で、禍特対のメンバー以外では抜群の存在感を示した。

 

第三に、ゼットンをゼットン星人の兵器ではなく、光の星の最終兵器に設定転換したことには驚かされた。再放送で観ていた小学生Jovianですら、ウルトラマンがゼットンにボロ負けした時には「・・・・・・は?」となったものだ。リアルタイムで観ていた今の50代、60代の受けた衝撃はいかばかりだっただろうか。そのゼットンが、何と光の星の兵器なのだというからビックリ。GMKのキングギドラが護国聖獣・千年竜王という善性を帯びる設定よりも衝撃的だった。

 

ハヤタならぬ神永とウルトラマンの絆、人間同士の絆、そしてウルトラマンに頼りきるのではなく、対ゼットン作戦を世界の叡智を結集させて実現するという展開はオリジナルへのリスペクトに溢れており、個人的にも胸アツだった。

ネガティブ・サイド

マルチバースという言葉がゾフィー達から聞かれたが、『 ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス 』とは意味合いがずいぶん異なっていた。映画のスタート時に「シン・ゴジラ」のスーパーインポーズに割って入る形で「シン・ウルトラマン」と表示されていたが、これはマルチバースの中の2つのパラレル・ユニバースを示唆している?その割には、ゼットンをプランク・ブレーンに放逐しようとした時に、別宇宙ではなく時限のはざま的なところへ行ってしまった。マルチバースネタというのは便利な反面、何でもありを可能にしてしまうので、取り扱いには本当に注意を要すると思う。

 

長澤まさみの巨大化には度肝を抜かれたが、それをやる意味は薄かった。もちろんメフィラスの高度な知性と科学力のプレゼンテーションの一環だとは受け取れたが、それを映すアングルが意味不明。あんたら、童心に帰ってキャッキャッしながら作ってたんちゃうの?スケベ少年になってニヤニヤしながら作ってたのか?別に巨大化していない時でも、やたらと長澤まさみのヒップにズームインするショットが多いのは何故?コメディでもないのに自虐的なセリフを吐かせるのは何故?そこに必然性が全く見当たらなかった。

 

人間ドラマにも課題が残る。神永と浅見の噛み合わないバディ同士が、結局最初から最後まで噛み合わない。ウルトラマンを分析考察する任を与えられた浅見があっさりと「何も分からない」とお手上げになってしまうのは、コメディとしてはありだが、ドラマとしては無し。仕草に地球人と共通するものを感じるとか、闘い方に環境への配慮が見られるとか、何かしらの仕事はできたはず。それを知った神永が浅見の炯眼に心の中で敬意を表すような演出が少しでもあれば、拉致された神永を浅見が追跡・発見するシークエンスにもっと説得力が生まれただろう。

 

総評

賛否両論ありそうな作品だが、『 大怪獣のあとしまつ 』で憤慨させられた映画ファン、特に特撮ファンや怪獣ファンなら鑑賞しても損はしないはず。活動制限はあってもカラータイマーが無いなど、ウルトラマンらしからぬところもあるが、ウルトラマン愛に溢れていることは間違いない。続編製作の可能性もあるだろう。その時はバルタン星人てんこもりでお願いしたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Less is more.

過ぎたるは猶及ばざるが如し、に近い意味で使われる。辞書では Too much is as bad as too little. と出ていることが多いが、実際には Perhaps too much of everything is as bad as too little. と言われることが多い。これも冗長なので、やはり Less is more. が言いやすい。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, SF, 怪獣, 斎藤工, 日本, 監督:樋口真嗣, 西島秀俊, 配給会社:東宝, 長澤まさみLeave a Comment on 『 シン・ウルトラマン 』 -『 シン・ゴジラ 』には及ばず-

『 ダニエル 』 -イマジナリーフレンドの恐怖-

Posted on 2022年5月14日 by cool-jupiter

ダニエル 65点
2022年5月11日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:マイルズ・ロビンス パトリック・シュワルツェネッガー
監督:アダム・エジプト・モーティマー

近所のTSUTAYAの準新作コーナーで発見。100円クーポンで借りてきた。なかなか面白いではないか。

 

あらすじ

家族に問題を抱えるルーク(マイルズ・ロビンス)は、自分の家を出て大学に入学する。しかし、社交性の無さから上手くいかない。ルークは、少年時代に母親によって封じ込められたイマジナリーフレンドのダニエル(パトリック・シュワルツェネッガー)に助けを求める。ダニエルの助言によって前向きになれたルークは友人や恋人もでき、順風満帆な生活を満喫するようになったが・・・

 

ポジティブ・サイド

主演のマイルズ・ロビンスは『 テルマ&ルイーズ 』のスーザン・サランドンと『 ショーシャンクの空に 』のティム・ロビンスの子だという。二世俳優なわけだが、オーラのようなものは一切感じさせない、いわゆる陰キャがよく似合っている。対するは『 ミッドナイト・サン タイヨウのうた 』のパトリック・シュワルツェネッガー、言わずと知れたアーノルド・シュワルツェネッガーの息子で、父親譲りのカリスマ性を見せつつも、影や闇を感じさせるキャラを好演した。

 

イマジナリーフレンドは多重人格と同じく、それ自体が解き明かされるべき謎であることが多いが、本作ではそこから一歩踏み込んで、イマジナリーフレンドに翻弄され、支配される恐怖を描いている。ただし、そこに至るまでにダニエルによってルークが世界へと一歩を踏み出し、様々な人間関係を作り上げていく、信頼や尊敬を得ていく過程が詳細に描かれる。そこにフェアな伏線も張られている。ダニエルはイマジナリーフレンドなのか、それとも何かそれ以上の存在なのか?

 

ダニエルの支配が始まるにつれて、ルークが自身のメンタルを疑い、そのルーツを母親に求める流れも悪くない。二重人格を幼少期の虐待に帰するというのは定番中の定番だが、イマジナリーフレンドを一種の「遺伝性の疾患」だと捉えるのはユニークだと感じた。これによって、築き上げてきたポジティブな人間関係が一気に悩ましいものに転化した。

 

ダニエルの正体が陳腐であることは否めないが、そこに至る過程のサスペンスやホラーの要素は結構楽しめる。体の移り変わりや口を引き裂いての体内侵入シーンなどは、低予算映画にしてはかなり頑張っているほうだろう。最後の対決シーンも客観的に見れば子供騙しだが、そう感じさせない脚本やキャラクター設定の妙がある。万人受けはしないだろうが、ロビンス2世やシュワちゃん2世がもっと売れてくれば、再評価されるようになりそうな作品。

 

ネガティブ・サイド

ちょっとBGMや効果音が過剰だと感じた。特に人間の心理的な弱さを突くタイプのサスペンスやホラーは、音をもっと控えめにして、観る側・聞く側の自己内対話をそこはかとなく促すべきだと思う。

 

ダニエルによる虚々実々のルーク指南にもう少し時間をかけても良かったと感じる。幼少期に封じ込めた友人にしても、ある程度の年齢に達してから打ち解けるというか、受け入れるのがあまりにも早すぎた。序盤でもう少しルークがカウンセラーとダニエルの間でどっちつかずのような状態を呈していれば、ダニエルの悪魔的な魅力やカリスマ性がもっと際立ったはず。

 

総評

色々と甘いところも多いが、作り込まれているところは作り込まれている。予算がないということは、逆に制作側がやりたいことを反映しやすいということなのだろう。『 ドクター・スリープ 』や『 悪魔を憐れむ歌 』、『 シェルター 』を楽しめたという人なら、本作もそれなりに楽しめるに違いない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

nail it

それを釘付けにする、それを釘で打つという意味だが、実際は「上手くいく」、「成功する」という意味。強調する時には nail the shit out of it と言ったりもする。

Matt Reeves directed the new Batman movie and nailed the shit out of it.
マット・リーブスは新しいバットマン映画を監督し、大成功を収めた。

のように使う。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アメリカ, パトリック・シュワルツェネッガー, ホラー, マイルズ・ロビンス, 監督:アダム・エジプト・モーティマー, 配給会社:フラッグLeave a Comment on 『 ダニエル 』 -イマジナリーフレンドの恐怖-

『 愛なのに 』 -不思議な愛の物語-

Posted on 2022年5月13日 by cool-jupiter

愛なのに 75点
2022年5月8日 塚口サンサン劇場にて鑑賞
出演:瀬戸康史 さとうほなみ 河合優実 中島歩
監督:城定秀夫

テアトル梅田で見逃してしまった作品。塚口サンサン劇場にて上映中。R15作品だからなのかどうか知らないが、観客の中高年男性率が非常に高かった。

 

あらすじ

古本屋を営む多田(瀬戸康史)は女子高生の岬(河合優実)に突如プロポーズされる。「自分には好きな人がいるから」と丁重に断る多田だが、岬はあきらめない。一方、ただの想い人である一花(さとうほなみ)は婚約者の亮介の浮気を知ってしまい・・・

ポジティブ・サイド

事実は小説より奇なりと言うが、この脚本は実際にはなかなか現実にはならないだろう。アラサー男が女子高生に求婚される。丁重にお断りする。またまた求婚される。丁重にお断りする。その理由は他に好きな人がいるから。しかし、その好きな人は婚約者に浮気をされていた。しかも浮気相手が自分たちの結婚式のプランナー・・・。よくこんな人間模様を構想できるなと感心する。この設定だけで面白いと感じられる。

 

女子高生を演じる河合優実が本作でも鮮やかな存在感を放つ。恋に恋する女子高生で、多田にストレートに「結婚してください」と伝える。「そんなこと(=淫行)したら俺、逮捕されちゃう」という多田に、「あ、そういうのは無しで」とぬけぬけと言ってのける。もうこれだけで笑えてしまう。微笑ましい気分になる。その後も同級生男子と多田の間を行きかい、さらには親まで出張らせる始末。まさにおぼこさと小悪魔さの両方を遺憾なく発揮している。

 

極めて対照的なのがさとうほなみ演じる一花。こちらはトップレスを披露し、妖艶な濡れ場も熱演。『 RED 』の夏帆を上回る色気を存分に堪能させてもらった。多分、劇場に来ていた中高年たちも、さとうほなみを見に来ていたのだと思われる。いや、それにしても河合優実が小悪魔なら、こちらは悪魔というか魔女、いや魔性の女?婚約者に浮気されたからと、自分も同じことをしてやろうという発想もなかなかユニークだし、その相手に自分を一途に想い続ける男を選ぶというのも、ナチュラルに鬼畜だ。元々ミュージシャンということだが、表現方法が独特。無表情なようで表情がある。感情の起伏に乏しそうで、しかし感情が時に爆発する。自然体と言おうか、演技が上手いなあと感じない。等身大の悩めるアラサー女子を act しているのではなく、等身大の悩めるアラサー女子に be しているからだろう。素晴らしいとしか言いようのない performance である。

 

本作のテーマはタイトル通りに「愛」なのだが、『 愛なのに 』という逆接の通りに、きれいに成就することがない。愛する相手から愛のない求められ方をされることがどれほど酷なことか。それでいて、その求めに応じざるを得ないというジレンマ。瀬戸康史の渾身の演技に我あらず感情移入してしまった。男性の99%は恋を引きずった経験があるはずだが、そうした気持ちがわずかでもあれば、きっとこの多田という男とシンクロできはずだ。

 

本作の撮影はおそらく三鷹市だろう。Jovianの母校は三鷹市の国際基督教大学で、見覚えのある街並みがいくつかあった。おそらくゲーセン(芸術文化センター)あたりなのではないかと思う。上連鳥というバス停にも思わず笑ってしまった。上連雀など、まさにかつての庭である。さらに物語終盤の神父様の説教が笑える。Jovianは霊肉一致の神学論を打ち出した関根正雄の弟子の並木浩一門下だったので、この神父の説教が何であるのかよく理解できた。なので一花が盛大な勘違いをしているのをニヤニヤしながら映画を鑑賞していた。おそらく濃厚なベッドシーン目的にチケットを購入していたどのオッサン連中よりも、Jovianの方がキモイ表情をしていたはずだ。まあ、それだけ刺さる人には刺さる作品になっているということである。

ネガティブ・サイド

現代風のLINEと古風な手紙。昔からの想い人である一花とのやりとりがスマホで、Z世代の女子校生の岬とのやりとりが手紙というコントラストが十全に追究されていたとは言い難かった。このあたりを愛のないセックスとセックスのない結婚との対比にまでつなげられていれば、年間ベスト級に仕上がったのではないだろうか。

 

終盤近くの多田のある台詞があまりにも陳腐である。ここはそれこそタイトル通りの「愛なのに!」でよかった。

 

総評

R15ということは、場合によっては高校生や大学生のカップルでも鑑賞できるわけだが、子どものデート向きではない。むしろ30代以上の夫婦で余裕をもって鑑賞するべき作品であると思う。愛の形はそれぞれで、何が正解というものでもない(不正解はありうるが)。男女のあれやこれやを赤裸々に語り、男にとっては非常にショッキングなセリフも聞こえてくるが、世の男性諸賢に提案したい。逆にそうしたシーンこそ呵々と笑ってしまおうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

To err is human, to forgive divine. 

「過つは人の常、許すは神の業」の意。確か高校生の時に学校で配られた『 WORD BANK 4000 』という単語帳で初めて見たと記憶している。大学の寮生活でネイティブ連中が何度か ”To err is human” と言って自己弁護しているのを聞いて「ああ、ホンマに使うんやなあ」と感動したのも覚えている。今度、仕事でミスった時に同僚ネイティブ相手に使ってみようと思う。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, さとうほなみ, ラブロマンス, 中島歩, 日本, 河合優実, 瀬戸康史, 監督:城定秀夫, 配給会社:SPOTTED PRODUCTIONSLeave a Comment on 『 愛なのに 』 -不思議な愛の物語-

『 マイスモールランド 』 -未来に光を灯せるか-

Posted on 2022年5月9日 by cool-jupiter

マイスモールランド 85点
2022年5月7日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:嵐莉菜 奥平大兼
監督:川和田恵真

これはまた凄い作品が送り出されてきた。個人的には『 存在のない子供たち 』に近い衝撃を受けた。年間ベスト候補の一つである。

 

あらすじ

難民として日本にやってきたクルド人家族たち。幼い頃から日本で暮らしてきた高校生のサーリャ(嵐莉菜)はアルバイト先で聡太(奥平大兼)と出会い、親しくなっていく。しかし一家の難民申請は却下され、サーリャたちは在留資格を喪失してしまう・・・

ポジティブ・サイド

クルド人と聞いてピンとくる人はどれくらいいるだろうか。Jovianもせいぜい第二次湾岸戦争時のアメリカがイラク攻撃の口実として「イラクは過去にクルド人を虐殺するために化学兵器を使った、だから今も大量破壊兵器を持っているはずだ」という無茶苦茶な論理を振りかざしていた時に初めて耳にした。少し調べてみると、まさに現在のウクライナと似通っていて、ある土地に住まう民族は何も変わっていないのに、周辺国の論理で国境線が書き換えられ、その結果、根無し草になってしまった。つまりは、パレスチナ人と同じくディアスポラなのだ。その意味で移民・難民とは無縁だった日本人には『 テルアビブ・オン・ファイア 』のようなブラック・コメディはウケなかったが、今後はもう違う。ロヒンギャやウクライナの現実を目の当たりにして、無知・無関心ではいられないだろう。

 

Jovianは語学教育業界に10年いるが、たまにネイティブ非常勤講師が警察のお世話になる。事件や事故を起こしたとかではなく、たまたま職質された時に在留カードを不携帯だった、あるいは財布やカバンと一緒に在留カードを紛失したので、警察に遺失物届を出しに行ったら、何故かそのまま拘留された、などのトラブルが年に1~2回程度の頻度で起こる。その度に会社の講師人事担当者は上を下への大騒ぎとなる。大阪や京都在住のアメリカ人やカナダ人といった白人でもこうなのだ。非白人、非欧米人が日本でどういう扱いを受けるかは推して知るべしだろう。

 

クルド式の結婚式に戸惑いながらも、日本の学校、日本のアルバイト先、日本の地域に溶け込んでいるサーリャとその家族は、無情にも難民認定申請が却下される。それによって就労禁止になったり、埼玉県外への移動が原則不可となる。入管は入管としての仕事をしているだけなのだろうが、ここで考えざるを得ないのは日本人が移民・難民にならざるを得なくなった時のこと。外国で日本人が同じ対応をされても、これでは文句を言えないと思う。ウクライナ戦争が泥沼化、台湾情勢も緊迫とは言わないまでも楽観視できない。そして先軍政治に邁進する北朝鮮と、日本の平和と安全もいつまで保てるやら。肝心なのは「やられる前にやる」の精神ではなく、そうしたことをさせない外交努力、そして万一戦禍を被ったとしても助けてくれる友邦を持つことだ。

 

閑話休題。働くな、県外に出るなと言われても、生活があるのだからそうは行かない。サーリャも自身の夢を叶えるために、大学進学のために、バイト代を貯めねばならない。そこで出会う同世代の聡太との出会いが、何ともドラマチックさに欠けるボーイ・ミーツ・ガールだ。しかし、ドラマチックであるということは非現実的でもあるということ。本当に何気ない言葉の掛け合いから始まるサーリャと聡太の関係にこそ迫真性がある。超えてはならない荒川をしばしば超える二人は、織姫と彦星のようではないか。サーリャから聡太に贈る「こんにちは」と「さようなら」のスキンシップは、この上なくロマンチックで、しかしこの上なく物悲しくもある。

 

押し付けられていると感じるクルドの宗教、文化、風俗習慣、さらに父親から「聡太にはもう会うな」と言われてしまうサーリャの心情はいかばかりか。一方で、その父が逮捕拘留されるという悲劇。クルドに帰属感を得られず、日本にも帰属できず。これは本当につらい。引き裂かれるような気持ちで観た。しかし、父の秘めたる愛情、そして聡太の不器用な想いに何とか救われたような気持になる。ラストシーンをどう解釈するかは我々次第である。日本というのは国籍と民族がほとんどの場合一致する世界的に珍しい国である。しかし、日本に住んでいることと日本人であることが一致しなくなりつつある現在、日本は排外的になるのか、それとも包摂的になるのか。それを決めるのは我々である。

 

ネガティブ・サイド

平泉成演じる弁護士が無能すぎる。これも国選弁護人か?とんでもない田舎でもない限り、在留外国人をサポートする非営利・非政府系の団体は結構ある。そういうところと連携しなさいよ。そうした団体が実際に力になるかどうかは別にして、サーリャ一家の危機を全てこの弁護士に任せっきりにしてしまう物語は少しリアリティに欠けると感じた。綿密な取材の上、支援団体は当てにならないと判断したのかもしれないが、希望の光を少しは見せてくれないと、ラストのサーリャの祈りの言葉の解釈が難しくなる。

 

総評

派手なBGMや、奇をてらったカメラワークを一切排除した、セミ・ドキュメンタリー風の作品である。観る人を選ぶかもしれないが、中学生、高校生、大学生にこそ観てほしいと心から思う。同時に、その親世代にも観てほしい。新時代の日本がどうあるべきかを示唆する2022年の最重要作品の一つである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

take refuge

避難する、の意。危険や危機から逃れるための行動を指す。take refuge from Ukraine to Poland のように使う。似たような表現に take shelter があるが、これは核爆発があったら核シェルターに逃げ込む、のような安全な場所そのものへ逃げ込むことを指す。

 

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Posted in 国内, 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, ヒューマンドラマ, 奥平大兼, 嵐莉菜, 日本, 監督:川和田恵真, 配給会社:バンダイナムコアーツLeave a Comment on 『 マイスモールランド 』 -未来に光を灯せるか-

『 死刑にいたる病 』 -サイコ・サスペンスの秀作-

Posted on 2022年5月7日2022年12月31日 by cool-jupiter

死刑にいたる病 80点
2022年5月6日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:阿部サダヲ 岡田健史 宮崎優
監督:白石和彌

大袈裟な言い方をすると『 羊たちの沈黙 』や『 殺人の追憶 』に近い衝撃を受けた。邦画もアメリカ映画や韓国映画に負けないダークな世界を追求できるのだと証明した逸品だと言える。

 

あらすじ

大学生の雅也(岡田健史)は、24人を殺したとされる榛村(阿部サダヲ)から1通の手紙を受け取る。雅也は中学生の頃、榛村の営むパン屋の常連客だった。死刑判決を受けた榛村だったが、起訴された9件のうち、最後の9件目だけは自分の犯行ではないと言う。雅也は独自に事件の調査を始めるが・・・

以下、マイナーなネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

これは原作小説の勝利なのだが、まず設定が素晴らしい。24人を殺したとされるが、そのうちの1件は自分ではないと訴える死刑囚。これだけで興味を惹き起こされずにはいられない。また、演じる阿部サダヲが素晴らしい。人好きのする好青年から無表情に人を痛めつける殺人鬼、そしてカリスマ性すら感じさせるサイコパスを具体化している。『 彼女がその名を知らない鳥たち 』から更にレベルアップしたと感じる。瞬きしないのは役者の基本だが、その絶妙に黒目がちになるうっすらとした目の開け方が底知れない不気味さを更に引き立てる。サイコパスの演技の到達点だと言っていいかもしれない。日本のハンニバル・レクターとは褒めすぎかもしれないが、それほどの凄みを感じた。

 

対する岡田健史は『 弥生、三月 君を愛した30年 』や『 望み 』での、どこか弱々しい息子役という印象しかなかったが、本作で一皮むけたと言える。いや、弱々しい息子という点では本作でも同じなのだが、まるで『 殺人の追憶 』のソ刑事のように、序盤と終盤で別人であるかのように変貌する。元々の家族関係の悪さから内に相当なフラストレーションが堆積していたのが、調査を進めていく中でとある可能性に遭遇することで、一気に爆発する。その描き方がリアルだった。特に雅也が大学に行くたびに、背景の時間と雅也の時間がずれているのが秀逸。まさに「異なる世界に住んでいる」あるいは「この世界には属していない」という描写だった。

 

最もサスペンスフルなのは、何度か行われる榛村と雅也の面会シーン。BGMを一切廃し、役者の台詞とカメラワークと照明、音響だけで勝負していた。そして勝利を収めていたと評してよいだろう。今やお馴染みとなったアクリル板のこちらと向こうで、微妙に声の響かせ方・聞こえ方を変えて臨場感を生み出していた。また、しばしば雅也と榛村の顔の反射がアクリル板上で重なり合う。これにより二人の心理的・心情的な同化が視覚化されていた。面会シーンはどれもその場の空気が伝わって来るかのような緊迫感と臨場感があり、一つの謎が明かされると、更なる謎が生まれるという、ミステリーがサスペンスを生み、サスペンスがミステリーを生み出すというエンタメの極致だった。

 

雅也の重要な変化を示すものとして、雅也と二人の女性との距離が挙げられる。一人目は中山美穂演じる母親。最初は地方の旧家にありがちな極めて封建的・保守的な中年女性に見えたが、そこには別の被抑圧的な因子があったことが判明する。もう一人は雅也が大学で再会する同級生、灯里。大学に一切なじめない、つまり実家と榛村以外に現実と接点のない雅也の貴重な友人、そして恋人(というか情婦?)となる。この灯里との距離感がそのまま榛村との距離感と反比例する、という構成は非常に巧みであると感じた・・・その次の瞬間にすべてをぶち壊された。良い意味でも悪い意味でも。これは例えて言うなら、小説『 イニシエーション・ラブ 』の最後の2行に匹敵するインパクトとでも言おうか。これ以上書くと興ざめになるので止めておく。とにかく劇場でも配信でもレンタルでも良いので、出来るだけ多くの人に本作を鑑賞してほしいと思う次第である。

ネガティブ・サイド

榛村の弁護士(国選弁護人か?)が無能という印象を受ける。いや、別に無能でもよいのだが、リアリティがない。雅也の調査について中盤以降にあれこれと言ってくるが、だったら最初から色々と説明しておけと思う。また、そうした説明があったほうが雅也が矩を踰えるようになっていく展開が、雅也の内面の変化をより如実に表わせたのではないだろか。

 

総評

間違いなく阿部サダヲの代表作である。阿部定事件並み、いやそれ以上に猟奇的なシーンもあるので、鑑賞には注意を要する。いずれにせよ白石和彌監督が『 孤狼の血 LEVEL2 』を上回る衝撃作を世に送り出してきたのは間違いない。ちょっとジャンルは違うが、野崎まどの小説『 舞面真面とお面の女 』や『 死なない生徒殺人事件 ~識別組子とさまよえる不死~ 』を読んで楽しかったという人は、本作も堪能できると思う。この二冊を読了の上で本作を鑑賞してみようという酔狂な方は、是非とも本作冒頭と最後のシーンの意味のつながりを考察されたし。または本作鑑賞後に、上記の二冊を読むというのもありだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

look into ~

~を調べる、の意。その殺人事件を調べる = look into the murder case のように使う。事実を掘り下げたりする意味での「調べる」ということで、辞書などで語句の意味を「調べる」時には look up を使う。Jovianも大学の授業で時々 “You have 30 seconds to look up this word in your dictionary app.” と言っている。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, A Rank, サスペンス, 宮崎優, 岡田健史, 日本, 監督:白石和彌, 配給会社:クロックワークス, 阿部サダヲLeave a Comment on 『 死刑にいたる病 』 -サイコ・サスペンスの秀作-

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