佐々木、イン、マイマイン 75点
2020年11月29日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:藤原季節 細川岳 遊屋慎太郎 森優作 河合優実
監督:内山拓也
このタイトルのインパクトは大きい。『 我が心の佐々木 』でもなく『 佐々木よ、お前を忘れない 』でもなく、『 佐々木 イン マイ マインド 』でもなく、『 佐々木、イン、マイマイン 』。なんかよく分からんが、凄いタイトルであることだけは分かる。そして中身も負けず劣らずに凄かった。
あらすじ
役者として芽が出ない悠二(藤原季節)は、職場で偶然、高校の同級生で親友だった多田(遊屋慎太郎)と再会する。変わっていく他人。変わっていない自分。それを意識する悠二は、佐々木(細川岳)という奇妙な親友のことも思い起こしていき・・・
ポジティブ・サイド
何というか、まるで自身の高校時代、そして紆余曲折あった20代をまざまざと見せつけられたように感じた。もちろん、悠二の人生とJovianの人生はまったく異なるものだが、この物語には普遍性がある。プロット自体はありふれたもの。夢を追い求めているものの、その夢に届かないまま現実に埋没していく男が、過去の輝いていた、少なくとも楽しんでいた、笑えていた時期を思い起こして、今を生きるためのエネルギーを得るというもの。読み飽きた、見飽きた物語である。では、何が本作をユニークにしているのか。
それはタイトルロールにある佐々木である。誰しも中学や高校、または大学の同級生に「そういえば〇〇というアホな奴がいたなあ」と思い出せることだろう。だが、本作で映し出される佐々木はただのアホではない。無邪気に笑う少年で、苦悩する男で、血肉のある人間なのだ。回想シーンでは、佐々木のアホな面ばかりが強調されるが、真に見るべきはそこではない。一昔前の言い方をするならば母親のいない欠損家庭の育ちであり、父親も家にはあまり帰ってこず、命綱はカップラーメンという高校生である。佐々木コールでスッポンポンになる姿は微笑ましいと同時に痛々しい。下の名前を呼んでくれる存在がいないのだ。
『 セトウツミ 』の川べりでのしゃべりのように、家でゲームをし、球にバッティングセンターに行く4人組。親友であることは間違いない。だが、上京する者あり、地元に残って就職する者あり、地元に残って就職しない者もありと、いつの間にか離散してしまっている。このあたりの描写が中年には結構きつい。身につまされる思いがする。あの友情はどこに行ってしまったのか。出会えば幼馴染のように一気に昔の関係に戻れるが、一方がスーツで既婚、もう一方がヨレヨレの私服でバイト暮らしでは、その関係性も昔のままのようにはなかなか行かない。そうした友情の在り方を本作は一面では問うている。その反面、そうした友情を愚直に、無邪気に、馬鹿正直なまでに大切にし、ずっと心の中で維持し続けてくれる友人もいる。それが佐々木なのだ。佐々木とは、我々中年が本当ならば保っているべき友への感謝、信頼、期待などの気持ちの代弁者であり体現者なのだ。
佐々木という豪快で繊細な男を演じ切った細川岳のパフォーマンスは見事の一語に尽きる。親友、そして事実上の喪主とも言える女性と巡り合えたことは僥倖だったし、そのことを我が事のように嬉しく感じられた。芝居で芽が出ない悠二も、自分の生き方と「役者」としての生き様が交錯するラストも万感胸に迫るものがある。10代20代よりも30代40代50代にこそ突き刺さる、青春映画の傑作の誕生である。
ネガティブ・サイド
悠二と同棲している元カノの存在が微妙にノイズであると感じた。夢の中身を「今日はどんな世界だった」と尋ねるのも奇異だ。別れた女と同棲しているのなら、そんなロマンティックな会話は慎めよと思うが、どうやらそれがルーティンらしい。だったらフラれた後にも、しっかりと口説き続けろと悠二には言いたい。
村上虹郎に「僕はあなたの芝居が好きだ」と評された悠二の芝居の独特なところや印象的なところ、佐々木にも「お前は続けなきゃだめだ」と言われた演技力が、回想シーンでは一度も描かれなかったのは残念である。
総評
佐々木には実在のモデルがいるということには驚かないが、これが長編デビュー作という内山監督のポテンシャルには驚く。次作以降へも期待が高まる。傑作を作るのに有名キャストや有名監督は必ずしも必要だとは限らないという好個の一例である。仕事にくたびれた中年サラリーマンよ、疲れているかもしれないが劇場へ行こう。その労力以上のエネルギーを本作から受け取ることができる。保証する。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
chant
日本語で言うところの「コール」である。「佐々木コールやれよ!」というのは、“Do the Sasaki chant!”または“Break out the Sasaki chant!”となり、「イチローコールは忘れられない」というのも“The Ichiro chant is unforgettable.”となる。応援などで言うcall=コールは典型的なジャパングリッシュなので注意のこと。