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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: サスペンス

『 キャラクター 』 -もっとグロテスクな展開を-

Posted on 2021年7月18日 by cool-jupiter

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キャラクター 65点
2021年7月11日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:菅田将暉 Fukase 高畑充希 中村獅童 小栗旬
監督:永井聡

 

大学関連業務で鼻血が出そうなので簡潔に。

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あらすじ

漫画アシスタントの山城圭吾(菅田将暉)ある夜、一家殺人事件とその犯人を目撃してしまった。、警察には「犯人の顔は見ていない」と述べたが、圭吾はその殺人犯をインスピレーションに「34」という両機サスペンス漫画を描き、人気を博す。しかし、やがて漫画通りの殺人事件が現実に引き起こされ始めて・・・

 

ポジティブ・サイド

『 罪の声 』の刑事と同じく、小栗旬が良い味を出している。背景がどうであれ、共感力はどんな仕事でも必要。警察官ならなおさらだろう。いつの間にか相手の懐に入っているのは、テクニックではなく思いやりだから。『 ミュージアム 』みたいな刑事よりも、こうした刑事像の方がより小栗旬の味を引き出せるように思う。『 ゴジラvs.コング 』では白目むくだけのキャラだったが、ここで少し挽回した。

 

殺人鬼役のFukaseは歌手とのこと。今作で初めて見たが、第一印象は「棋士の佐藤天彦みらいなやつやな」というもの。演技は素人だが、それが奏功している。こうしたソシオパス兼サイコパスみたいな奴は実は市井のどこにでもいる。エヴァンゲリオンの生みの親である庵野に対して「殺す」という脅迫がなされたり、庵野の殺し方を延々と話し合うスレッドなども存在したのである。なんらかの創造物からインスピレーションを得ることは誰にでもある。問題になるのはその程度が大きすぎた時。役者としての背景がない=どんなキャラにも結び付けられることがない人間をキャスティングしたのは正解だった。

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ネガティブ・サイド

いくら漫画が売れたからといって、一年足らずで億ション(賃貸だろうが)に住めるだろうか。というか、住む気になるだろうか。厳重な警備が欲しいのは分かるが、慶敏もしくは管理人付きの物件に住むべきだろう。

 

漫画通りの殺人事件を起こすというのは着想としては面白いが、山道の一家全員殺害と自動車転落などは、一人では不可能であると思う。

 

山城の編集者が最初は真犯人なのかと思った。犯人がプロット製作段階の情報を知りえているとなれば、その情報をリークした者がいるはずだが、そこは掘り下げられず・・・ 漫画『 推しの子 』で、編集者の仕事=売れる漫画を描かせる&売れた漫画を終わらせないことだと述べられていて、なかなかに狂った商売だなと感じた。その線で考えれば、ヒットメーカーとして言及されていたこの編集者が、山城の創作に狂気や毒を交えていっても良かったのかなと思う。

 

総評

それなり凄惨なシーンがあるが、ほとんど全部事後。なのでゴア描写に極端に弱い人でなければ大丈夫だろう。『 見えない目撃者 』の真犯人が意味不明なお題目の元に殺人を行っていたのと同じく、本作の犯人の背景や動機にも疑問が残る。韓国映画界にリメイクしてほしい。そうすれば、殺しの生々しいシーンを見せつけてくれて、なおかつサイコキラーの心情をリアルに描写してくれるはず。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

a family of four

四人家族の意。同じように、a group of fourなら4人のグループになる。『 ザ・ファブル 殺さない殺し屋 』で言及された4人組のバンドなら a band of fourとなる。もちろん、数字の部分は適宜にthreeやfiveに変えても良いし、必ずしも a group や a band のように a である必要もない。仕事柄、Jovianは高校生や大学生に、Make five groups of six. =6人で1グループを5つ作りなさい、などの指示をして、グループワークをさせている。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, Fukase, サスペンス, スリラー, 中村獅童, 小栗旬, 日本, 監督:永井聡, 菅田将暉, 配給会社:東宝, 高畑充希Leave a Comment on 『 キャラクター 』 -もっとグロテスクな展開を-

『 クワイエット・プレイス 破られた沈黙 』 -第3作に続くか-

Posted on 2021年6月27日 by cool-jupiter

クワイエット・プレイス 破られた沈黙 75点
2021年6月20日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:エミリー・ブラント キリアン・マーフィー ミリセント・シモンズ
監督:ジョン・クラシンスキー

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『 クワイエット・プレイス 』の続編。音を立てると化け物がすっ飛んでくるという設定の妙葩今作でも健在。さらにホラーでありながら、見事なファミリードラマにしてビルドゥングスロマンに仕上がっている。

 

あらすじ

エヴリン(エミリー・ブラント)は生まれたばかりの赤ん坊と娘のリーガン(ミリセント・シモンズ)、息子のマーカスと共に新たな家を求めて旅をしていた。そこで偶然にもかつての友人、エメット(キリアン・マーフィー)と出会う。しかし、彼は「生き残っている人間に救う価値などない」と言ってエヴリンへの助力を断る・・・

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ポジティブ・サイド

すべての根源である Day 1 も適度に謎めいていて良い。超巨大宇宙船の全貌を見せないのは、まだまだ続きがあるという予告のようでもある。またリーガン視点(聴点と言うべきか)で物語が描写されるシーンでは、違う意味でのサスペンスが生まれる。音が一切聞こえなくなるため、死角の出来事に対して無防備になってしまう。「志村、うしろー!」的なアレである。単純だが、この演出は効果的だった。

 

エミリー・ブラントが今作でも戦う母親像を好演。『 オール・ユー・ニード・イズ・キル 』や『 ボーダーライン 』のような戦う女性として輝きを放っていたが、今シリーズではそこに母親属性が加わった。それもPolitically correctな理由で戦っているのではなく、生存のために戦っている。しかし、元々強い女性だから生き残っているのではなく、その強さを夫から受け継いだという設定もいい。

 

前作は『 死の谷間 』のように一つの場所、一つのコミュニティでの物語だったのが、今作では世界が一気に広がった。前作で生まれた赤ん坊がいつ泣き出すか分からないというスリルの元だが、泣き声を予防・防止する方法も現実的。ミリセント・シモンズ演じる長女リーガンと頼りない長男マーカスの壮大なるビルドゥングスロマンになっている点にも感銘を受けた。positive male figureがいなくとも家族は大きく育つようにも見えるが、やはりpositive male figureの存在が必要だ。しかし、安易に新しい男を迎えるのではなく、死んだ夫・父親の精神を受け継いでいくという筋立ては、陳腐ながら、なんと説得力があるのか。

 

二ヵ所で同時進行するクライマックスはまさに手に汗握る鳥肌もののスリルとサスペンス。知恵と勇気で怪物に立ち向かうエミリー・ブラントは美しいの一語に尽きるし、雄々しく立ち上がる長男の姿は感涙もの。単純明快にして非常にpredictableな展開であるにも関わらず、ここまで心が揺さぶられるのは何故か。その仕組みを知りたい人は、前作を鑑賞の上、劇場へ赴かれたし。

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ネガティブ・サイド

序盤のところどころでジャンプ・スケアが使われるのが気に入らない。そういうこざかしい演出は不要である。

 

荒廃した世界で怖いのは生き残った人間、というのは映画に限らず創作物の文法に等しいが、それでも今作の生き残り組のワル達にはリアリティがない。いったいあの方法で何を手に入れたいのか。どうせなら『 新 感染半島 ファイナル・ステージ 』並みに怪物を飼って遊んでいるといったぶっ飛んだ描写が観てみたかった。

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総評

『 ZOOM / 見えない参加者 』という珍品も制作される当世だが、ハウリングがいかに耳障りなものであるかを体感した人も多いことだろう。ビデオ会議が極めて一般的になった今という時代に鑑賞することで、逆にリアリティを増している。「音を立てたら超即死」という極めてドギツイ宣伝文句も、「咳やくしゃみをしたらアウト」という現代に重なるところがあり面白い。三作目も作られそうだ。期待して待ちたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

How do you say ~ ?

「~はどう言う?」という意味。物語の序盤で何気なく出てくるが、実は非常に重要な伏線になっている個所で使われている表現。How do you say otsukaresama? や、How do you say ittekimasu?というのは英語話者が日本語を習い始めた時に言う定番表現である。What do you call ~? もよく使う。よくこの二つを混同して、What do you say ~?やHow do you call ~?と言ってしまう人がいるので、そこだけは注意のこと。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アメリカ, エミリー・ブラント, キリアン・マーフィー, サスペンス, ホラー, ミリセント・シモンズ, 監督:ジョン・クラシンスキー, 配給会社:東和ピクチャーズLeave a Comment on 『 クワイエット・プレイス 破られた沈黙 』 -第3作に続くか-

『 映画 賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット 』 -前作よりもパワーダウン-

Posted on 2021年6月15日 by cool-jupiter

映画 賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット 50点
2021年6月9日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:浜辺美波 高杉真宙 池田エライザ 藤井流星
監督:英勉

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『 映画 賭ケグルイ 』の続編。残念ながら続編はパワーダウン。それは肝腎かなめのギャンブルのパートに緊張感がなかった。今後どうやって大風呂敷をたたんでいくのだろうか。

 

あらすじ

私立百花王学園の生徒会は蛇喰夢子(浜辺美波)を脅威だと捉えていた。そんな中、2年間停学になっていた視鬼神真玄(藤井流星)が夢子への刺客として呼び戻された。しかし、視鬼神の復学は学園と生徒会にさらなる混乱をもたらして・・・

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ポジティブ・サイド

浜辺美波の狂いっぷりが素晴らしい。やはりこの女優は少女漫画的な王道キャラよりも『 センセイ君主 』や本シリーズのキャラのようなぶっ飛んだキャラを演じる方が性に合っている。王道のキャラというのは、 replaceable で expandable なものだ。元々の漫画の構図を忠実に再現している、あるいは監督の演出もあるのだろうが、目や口角での些細な演技が素晴らしい。佐藤健が緋村剣心を自分のものにしているように、浜辺美波も蛇喰夢子というキャラを完全に掌握している。

 

前作でほぼ置物だった池田エライザが躍動してくれたのもよかった。それだけで個人的には満足。特に夢子以上に狂った行動に出る会長のオーラには、視鬼神ならずとも圧倒されてしまう。次作での更なる活躍に期待。

 

多種多様なキャラが複雑な思惑をもって学園内を立ち回っているが、そのあたりの背景の映し出し方が適切。情報が多すぎず、かといって少なすぎず。『 カイジ 』的な世界であり、『 LIAR GAME 』的な世界でもあるが、そのどちらとも異なる独自の空気感が心地よい。

 

今作でフィーチャーされる指名ロシアンルーレットというゲームは前作のポーカーよりも格段に面白そう。単位を億から万に変えて、銃と弾をグラスとウォッカに変えれば、別のロシアンルーレットのできあがり。未成年はダメだが、二十歳以降なら実際にプレーできる。一話も視聴できていないが、テレビドラマ版もいつか観てみたい。というか、漫画もドラマも観ていなくても入っていけるのは有難い。



ネガティブ・サイド

ギャンブル・パートが相変わらず説明過多である。が、それはいい。今作のヴィランの視鬼神真玄なるキャラに魅力が全くない。魅力というのは、別に正のエネルギーでなくともいい。悪のカリスマ、狂気のプリンス。そういったカリスマ性のようなものが全く感じ取れなかった。復学の噂があがった時に新聞部の男が「強いなんてもんじゃない、化物だ」と語っていたが、別に化物でもなんでもないだろう。これなら前作の宮沢氷魚(Jovianの大学の後輩、面識は当然ない)の方がもっと迫力や実力を感じさせた。ロシアンルーレットはスリリングなゲームであるが、普通に考えれば実弾を使うわけがないし、漫画原作の映画化作品で、病気や交通事故以外で人死にが出るわけもない。この時点で指名ロシアンルーレットの恐怖感は消えている。

 

また演じた藤井流星の演技もちょっと酷い。こういう演技を指して chew up the scenery と言う。まるで劣化した藤原竜也 を観るようである。またセリフ回しもあまりに拙く、若手のまあまあ演技ができる連中の中に放り込むと、余計に悪目立ちする。したがって大声で喚き散らすように演技指導するしかないわけだが、それによって余計に悪目立ちする・・・という悪循環。いいかげんジャ〇ーズを起用するのはやめてはいかがか。

 

視鬼神の戦法は卑怯千万だが、これによって物語世界が狭くなってしまった。ギャンブルというのはルールがしっかり決まっており、そのルールの範囲内で争うからこそ、代償が生じることが正当化される。視鬼神のやり方は学園の在り方を根底から覆しかねない。よくこんな脚本が原作者からOKをもらえたなと感心してしまう。

 

高杉真宙と森川葵の謎のミュージカルは不要。というか邦画にミュージカルは要らんよ。歌って踊ってをやりたいなら、オープニングの流れに乗ってやってくれ。

 

総評

ギャンブルに行くまでが長く、なおかつ純粋なギャンブル勝負ではない。これで「賭け狂いましょう!」といわれてもなあ、という感じである。それでもキャラの再現度がかなり高いのは、原作未読でもすぐにわかるし、浜辺美波や池田エライザが躍動する様は見ているだけで楽しい。今作はややダメだったことから、逆にテコ入れされるであろう次作は期待が持てる。そう思おうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

play Russian roulette

ロシアンルーレットを行う、の意味。当たり前だが、実弾入りの銃でこんなことをしてはならない。どうせやるなら、水入り5つ、ウォッカ入りグラス1つからランダムに選んで一気飲みをするという、よりリスクの少ないロシアンルーレットをお勧めする。ロシア人とこれをやるとめちゃくちゃ盛り上がる(経験者談)。

 

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Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 2020年代, D Rank, サスペンス, 日本, 池田エライザ, 浜辺美波, 監督:英勉, 藤井流星, 配給会社:ギャガ, 高杉真宙Leave a Comment on 『 映画 賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット 』 -前作よりもパワーダウン-

『 透明人間 』 -ダーク・ユニバースの復活なるか-

Posted on 2021年5月5日 by cool-jupiter

透明人間 75点
2021年5月3日 レンタルBlu-rayにて鑑賞
出演:エリザベス・モス オリバー・ジャクソン=コーエン オルディス・ホッジ マイケル・ドーマン
監督:リー・ワネル

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TSUTAYAで110円クーポンを使ってレンタル。USJが無観客営業を要請されて気の毒だなと感じていたので、ユニバーサルの映画をピックアウトした次第。

 

あらすじ

光学分野の天才エイドリアン(オリバー・ジャクソン=コーエン)はセシリア(エリザベス・モス)を異常に束縛していた。彼のもとから脱出したエリザベスだったが、その後にエイドリアンが自殺したと知らされる。しかし、その頃から彼女の身の回りで不可解なことが起こり始め・・・

 

ポジティブ・サイド

ジョン・カーペンター版の『 透明人間 』は確かWOWOW放送時に観た。高校生ぐらいだっただろうか。H・G・ウェルズ以来、透明人間の物語は数限りなく作り出されてきたが、透明人間が主人公ではなくヴィランというのは珍しいような気がする。

 

ソシオパスの男が透明人間になって自分を捨てた女に復讐する。見方によってはギャグだが、これがどうしてなかなかのホラー風味のサスペンスに仕上がっている。観る側は不可解な事象はすべて透明人間の仕業だとわかっているのだが、セシリアには最初はそれがわからない。そんな段階でもカメラはしばしば”覗き”のアングルからセシリアを捉え、観る側に透明人間の視点を体験させる。あるいは、なにもない空間に何度もパンし、見えない何かの存在を執拗に意識させてくる。この、キャラクターが気づいていない、またはうすうす感じてはいるが確信にまでは至っていない状態と、観ている側の「早く気付け、やべーぞ!」という感覚のギャップが一級のサスペンスを生み出している。この構成は見事。

 

セシリアがいよいよ透明人間の存在を確信したとき、エイドリアンの弟で財産分与を手がける弁護士のトムが絶妙の演技でそれを否定する。このトムを演じた役者マイケル・ドーマンは、Jovianだけが名作だ傑作だと騒いでいるタイムループもの『 トライアングル 』でもなかなかの存在感を放っていた隠れた名優である(ちなみに『 トライアングル 』をDVDなどで借りる際は、ボックスの表面にネタバレがあるので注意のこと)。

 

本作は、透明人間の存在をダイレクトに前面に押し出すのではなく、透明人間が存在しうると信じてしまう心理、そしてあの男なら透明人間になってまでストーキングしてもおかしくないという狂った人間の心理をメインに描いている。その一方で、狂っているのはエイドリアンなのか、それとも・・・というところにまで踏み込んでいる。単純構造の物語ではなく、多重構造の物語になっていて、オチも二重三重になっている(あるいはそのように解釈できる)。目に見えない相手が怖いのではない。目に見える体を持つ人間の、目に見えない心の中が怖い。そんな、ある意味ではホラーの王道を行く作品である。

 

ネガティブ・サイド

透明人間がいくらなんでも強すぎではないだろうか。警察やガードマン相手に、いくら自分が不可視とはいえ格闘で圧倒するのはどういうことなのか。ボクシングなど、なんらかの格闘技の経験者でもないと、あれだけ簡単に人間をノックアウトすることはできないと思われるが。

 

あのスーツの素材および機能はどうなっているのだろう。耐衝撃性があり、耐水性もあり、おそらく小型の電池で長時間作動する、あるいはスーツそのものに発電機能がありそうだが、まるでアイアンマンやアントマンの世界観で、ダーク・ユニバースのそれとは相容れいないものように感じた。

 

一番の疑問は、あのスーツを着用したままで”行為”ができるのかということ。あるいは薬で眠らせて、自分はいそいそとスーツを脱いで事に及んだというのか。にわかには信じがたいし、じっくり考えてみてもやはり信じがたい。透明人間という大嘘部分を担保するために、その他の部分には極力リアリティが必要だが、そこで少し失敗しているという印象を受けた。

 

総評

鳥山明の漫画『 ドラゴンボール 』の初期にたくさん出てくる透明人間や人造人間(フランケンシュタインの怪物)、男狼などはすべてユニバーサルのキャラクターである。それらを全部集めたダーク・ユニバース構想は見事に頓挫したが、個々のキャラクターの魅力や可能性までが棄損されたわけではない。本作はそのことを見事に示してくれた。ホラーといっても、幽霊やら正体不明の怪奇生物が出てくるわけではないので、そうした分野はちょっと・・・という人にもお勧めしやすい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

video 

ビデオ、動画の意味。しかし、元々はラテン語で”I am seeing ~”の意味。ここから色々な英単語、たとえば、vision, visual, vistaなどが派生していった。勘の良い人ならaudio = I am hearingから、audienceやauditoriumが生まれたのだとピンとくることだろう。 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アメリカ, エリザベス・モス, オリバー・ジャクソン=コーエン, オルディス・ホッジ, サスペンス, ホラー, マイケル・ドーマン, 監督:リー・ワネル, 配給会社:東宝東和Leave a Comment on 『 透明人間 』 -ダーク・ユニバースの復活なるか-

『 藁にもすがる獣たち 』 -韓国ノワールの秀作-

Posted on 2021年2月28日 by cool-jupiter

藁にもすがる獣たち 75点
2021年2月27日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:チョン・ドヨン チョン・ウソン ペ・ソンウ チョン・マンシク
監督:キム・ヨンフン

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『 ガメラ 大怪獣空中決戦 』をブルク7で観た際に本作の予告編を観て、気になっていた。原作は日本の小説とのことだが、これは相当に脚色されているのだろう。見事なまでに韓国色に染まっている。

 

あらすじ

サウナのロッカーに残されたカバンの中に眠る札束の山。失踪板恋人の残した借金で首が回らない男、家業を潰してしまい、アルバイトで生計を立てる男、夫によるDVから逃れたい女、様々な人間たちが人間性をかなぐり捨ててカネを求めていく先には・・・

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ポジティブ・サイド

日本の原作小説は知らないが、これだけ漫画や小説の実写映画化が花盛りの日本で映画化されず、逆に韓国で映画化されるということは、『 オールド・ボーイ 』と同じくガンガン人が死ぬ、あるいは傷つけられる展開がてんこ盛りだからだろう。実際に本作でも死人が出るし、暴力的な描写もえげつない。スラッシャー・ムービーと見紛うシーンもあるが、そこは直接は映し出されないので安心してほしい。

 

いや、それにしても“獣たち”とは言い得て妙である。人間など、一皮むけば獣なのだ。特に痴情と大金が絡めば尚更である。獣たちが一匹ずつ章ごとに紹介され、彼ら彼女らの物語が独自に展開されていく。そして、最後にはすべてが見事にひとつに収斂していく。これは脚本家の手腕だろう。それとも原作もそうなのか。いずれにしても、映画の面白さの第一は脚本=キャラクターとストーリーなのだ、

 

本作の獣、もといキャラクターたちは誰もかれもが「あ、見たことあるぞ」という役者たちばかり。つまりは実力派俳優ばかり。彼ら彼女らのアンサンブル・キャストは見応え抜群。特にチョン・ドヨンの凛とした美しさとやられたら倍返しの精神は、さすがの一語に尽きる。40代後半に差し掛かろうというのに露天風呂で柔肌を披露。肌も美肌で、服を着ている時でも健康的な魅力と妖しい魔力の両方を同時に放つという魔性の女。石田ゆり子や篠原涼子がチョン・ドヨン並みに攻めてくれれば、邦画の演技・演出レベルも少しは上がるのだが。

 

また『 息もできない 』の良心担当のチョン・マンシクが本作でも信販業者の社長としてカムバック・・・してくれたのは結構だが、これはちょっとイメチェンしすぎではないか。はっきり言ってヤバい人である。もちろん普通のビジネスマンにも『 アウトレイジ 最終章 』の白竜のようなヤバい人はいる。しかし、今回のチョン・マンシクはヤバいの意味が違う。気に入らない相手は銃で撃ち殺すのではなく、包丁で切り刻んでしまう。そして用心棒が肉や内臓を食べてしまう。ムチャクチャである。その用心棒も風貌が凄いのだ。『 殺人の追憶 』の序盤で警察が容疑者連中を雑に取り調べていくシーンでもインパクト抜群の顔面の持ち主がいたが、この用心棒もすごい。いったいどこからこんな個性的な顔の役者を見つけてくるのだろか。

 

大金の入ったヴィトンのカバンを巡って、次から次へとキャラクターたちが入れ代わり立ち代わりで物語をあちらこちらへと無秩序に進めていく様のスピード感よ。同時に、被害者が加害者に、弱者が虐げる側へと簡単に変貌していく様からは、人間の弱さや滑稽さをまざまざと見せつけられた感じがする。

 

本作はストーリー進行にちょっとしたネタが仕込まれている。原作が日本産というところ、章立てで話が進んでいくというところから『 去年の冬、きみと別れ 』を思い浮かべられればVery goodである。Jovianは途中で気が付いたが、登場人物たちの関係や、そのつながりの開陳の仕方、その鮮やかさにすっかり魅了されてしまった。映像芸術の面でも見どころは満載だ。あるキャラの元の商売が刺身屋さん、そして刺身の盛り合わせがチョン・マンシク演じる社長の脅迫シーンのカメラの端に映し出されているのは上手いと思った。キャラのつながりの暗示であると同時に、「切り刻まれて食べられたいのか?」というこれ以上ない脅しの小道具としても機能していた。他にもネオン街からの赤のストロボが、とあるキャラの室内の惨状とキャラクターの心情を如実に表していて、これまた巧みだと感じた。キム・ヨンフン監督はこれが長編の商業映画デビュー作だという。『 はちどり 』のキム・ボラ監督もそうだが、隣国の新人映画監督のレベルはちょっと高過ぎじゃないですかね・・・

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ネガティブ・サイド

いくら韓国の警察が無能だと言っても、まさか刺青で身元確認はしないだろう。わざとらしく髪の毛を切るシーンがあれば「ああ、DNA鑑定だな」とこちらも思う。そうした一瞬の演出が欲しかった。

 

夜中の2~3時に人をクルマで撥ねて、その死体を山まで運び、穴を掘って、そこに埋めて、また街中まで帰って来たのに、まだ夜が明けていないとはこれいかに。その後も延々と夜のシーンが続くという謎の時間軸。ここだけは矛盾があまりにも大きく減点せざるを得ない。

 

韓国のクルマにはエアバッグの装着が義務化されていないのだろうか。クルマで人をドカンと撥ね飛ばしたら、エアバッグが作動しそうだが。といっても、邦画やアメリカ映画でもエアバッグはこういう時は作動しないお約束になっているからね。

 

総評

これぞまさしく韓国ノワールとも言うべき作品である。人がどんどん死ぬので、そのあたりに耐性がない人は観るべきではない。デートムービーにも決して向かない。逆に言えば、デートで観にさえ行かなければ良い。韓国お得意の人間の内面を容赦なく抉り出す、さらけ出す極上エンターテインメント作品である。映画好きならば見逃す手はない。原作小説を読んだという人にも、ぜひ鑑賞してほしい。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

ヨボセヨ

日本語で言うところの「もしもし」である。これも韓国映画や韓流ドラマでお馴染みである。電話の第一声であることが多いが、ドアをノックしながら「ヨボセヨ」と言うこともあるし、相手がボーっとしている時にも「ヨボセヨ」と言える。まさに日本語の「もしもし」である。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, サスペンス, チョン・ウソン, チョン・ドヨン, チョン・マンシク, ペ・ソンウ, 監督:キム・ヨンフン, 配給会社:クロックワークス, 韓国Leave a Comment on 『 藁にもすがる獣たち 』 -韓国ノワールの秀作-

『 私は確信する 』 -人間が裁かれるということ-

Posted on 2021年2月23日2021年2月26日 by cool-jupiter

私は確信する 75点
2021年2月21日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:マリナ・フィオス オリビエ・グルメ ローラン・リュカ
監督:アントワーヌ・ランボー

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予告編の段階では何の変哲もなさそうな法廷サスペンスものに見えたが、元々2018年に公開の映画だと知って、興味が湧いてきた。1年ぐらいのラグは外国産映画では珍しくないが、2年以上となると、配給会社が「今こそ日本で公開すべき」と判断したと考えられるからだ。そしてその判断は正しかったと思う。

 

あらすじ

スザンヌ・ヴィギエが突如として蒸発したことから、大学教授の夫ジャック(ローラン・リュカ)は妻殺害の容疑者としてメディアにセンセーショナルに報じられてしまう。ジャックの娘に自分の息子の家庭教師をしてもらっているノラ(マリナ・フィオス)は、敏腕弁護士のモレッティ(オリビエ・グルメ)に弁護を依頼する。ノラはモレッティから、200時間超に及ぶジャックの通話記録の文字起こしを頼まれたことから、独自に事件の真相に迫らんとして・・・

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ポジティブ・サイド

寡聞にしてヴィギエ事件については知らなかったが、本作は冒頭部分に文字でヴィギエ事件の概要を説明してくれる。そして、裁判のどの段階から物語が始まるのかを明確にしてくれる。そのため、予備知識が無い状態でもまっすぐと物語世界に入っていくことができる。

 

冒頭で度肝を抜かれてしまうのは、妻スザンヌの遺体も見つかっていないのに、夫ジャックが殺人罪で実際に起訴されてしまったということ。もちろん第一審は無罪だ。だが検察は何を血迷ったのか、判決を不服として控訴。今から2週間の間に集中的に審理が行われるというところから映画はスタートする。妻が失踪し、夫に疑惑がかけられるというのはデイビッド・フィンチャーの『 ゴーン・ガール 』的だし、無数の音声から真相に迫っていこうという試みは『 THE GUILTY ギルティ 』に通じるものがある。つまりは、よくある話でありながらも真相に迫っていくアプローチが独特なのだ。ここに、主人公ノラ自身がシングルマザーであること、難しい年頃の息子を抱えていること、そしてモレッティ弁護士に大目玉を食らう原因となる或る背景などもあり、裁判の行方とノラ自身の生活の両方の間を、観客はジェットコースター的に行き来することになる。

 

私生活を犠牲にしてまで追いかけるヴィギエ事件の真相を、ノラはある証言の食い違いの中に見出す。我々は「これが決定打になるのか?」と色めき立つ。しかし、そこにこそ陥穽がある。確たる証拠もないままに誰それが真犯人であると断定することは、そのまま確たる証拠もなく殺人罪で起訴されてしまったジャック・ヴィギエをもう一人生み出すことにつながるだけである。Jovianはかつて受講生だった京都弁護士会の大御所のお一人に、「弁護士の仕事はクライアントの利益を守ること」だと教わった。真実を求めることは弁護士の仕事の第一ではないのだ。モレッティのノラに対する、時に辛辣に過ぎる態度は、そのままモレッティのプロフェッショナリズムを表している。

 

クライマックスのモレッティ弁護士の長広舌は、圧倒的な迫力でもって観る側に迫ってくる。彼の姿をカメラは傍聴席のあちこちから静かに捉え続ける。「裁判の当事者ではない者たちよ、この声を聞け」と監督が言っているわけだ。観ている側も、まるで傍聴席に座っているかのような感覚になってくる。『 ファーストラヴ 』の堤幸彦監督は本作をこそ手本にしてほしい。やはりこのようなシーンではBGMはノイズである。評決が告げられる場面にも、劇的な演出はない。なぜなら劇的な要素はないから。それがアントワーヌ・ランボー監督の意図であろう。推定無罪という近代社会の原則がいとも簡単にないがしろにされてしまう時代や社会を見事に撃った作品に仕上がっている。

 

ネガティブ・サイド

ノラがヴィギエ事件の真相究明にのめりこむ経緯が明確ではない。中盤にその一部が明かされるが、モレッティがそのことを指してノラを「嘘つき」呼ばわりするのはいかがなものか。ノラは嘘をついたわけではなく、ある重要な情報をしゃべらなかっただけだ。弁護士なら黙秘の重みにもう少し配慮すべきではないか。

 

途中でノラが不慮の交通事故に遭うシーンがあるのだが、これは必要だったか?まるで『 セッション 』でマイルズ・テラーが交通事故に遭った場面と瓜二つだった。しかも不必要に怖い。その割にはノラのダメージは大して深くないという謎演出。サスペンスを生み出したいなら、もっと別のやり方があったのでは?

 

恐ろしく眼付きの悪い警視に何らかの報い、と言うと大げさだが、マスコミに押し寄せられて、浴びせかけられる質問に答えられずしどろもどろ・・・といったような何かしらのネガティブな結果をその身に受けるべきだったように思う。登場時間はほんの数分ながら、これほど鼻持ちならないキャラクターは近年観たことが無い(役者にとっては、これは誉め言葉だろう)。

 

総評

我々はなにか事件があるとすぐに「こんな奴は懲役10年だ!」、「死刑だ!」などと過激に反応してしまう。推定無罪という原則をすぐに忘れてしまう。三浦弘行の将棋ソフトの不正使用疑惑に対して、将棋界や世間が三浦を猛バッシングする中、羽生善治が「疑わしきは罰せず」だと発言したとされる点は特筆大書に値する。これとは反対に、日本の司法のごく最近の残念な例として“菊池事件の再審拒否”が挙げられるだろう。興味のある向きは是非ググられたい。日本の検察も、フランス検察に負けず劣らずの腐り具合であることが分かるだろう。このような時代と社会に生きる我々にとって、本作は人が人を裁くということの難しさについて多大なる示唆を与える傑作である。

 

Jovian先生のワンポイントフランス語レッスン

bonsoir

ボンソワールと発音され、意味は「こんばんは」となる。Bon = good、Soir = eveningである。語学学習において暗記は避けては通れないが、力づくで暗記するのではなく、必ずその語や句や表現が使われた文脈とセットで理解して、記憶すること。そうすれば、Bonsoirの翻訳字幕が「どうも」であっても、驚くにはあたらないはずだ。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, オリビエ・グルメ, サスペンス, フランス, ベルギー, マリナ・フィオス, ローラン・リュカ, 監督:アントワーヌ・ランボー, 配給会社:セテラ・インターナショナルLeave a Comment on 『 私は確信する 』 -人間が裁かれるということ-

『 ファーストラヴ 』 -窪塚洋介に惚れろ-

Posted on 2021年2月15日 by cool-jupiter

f:id:Jovian-Cinephile1002:20210215215905j:plain

 

ファーストラヴ 50点
2021年2月14日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:北川景子 中村倫也 芳根京子 窪塚洋介
監督:堤幸彦

f:id:Jovian-Cinephile1002:20210215215850j:plain
 

原作は島本理央の同名小説で、『 望み 』の堤幸彦監督作品。俳優陣に旬の役者をそろえたが、その役者たちの奮闘と監督による演出や編集がかみ合っていないと感じられるシーンが多かったのが残念。

 

あらすじ

公認心理士の真壁由紀(北川景子)は、父親を刺殺した容疑者、聖山環菜(芳根京子)を取材する。真相を究明しようとする由紀と国選弁護人にして義理の弟の庵野迦葉(中村倫也)は、二転三転する環菜の供述に翻弄されていく。環菜の過去を探る過程で、由紀は封印した自身の心の闇に向き合うことになり・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20210215215935j:plain
 

以下、ネタバレに類する記述あり

 

ポジティブ・サイド

俳優陣の演技合戦が堪能できる。主演の北川景子はここ数年で最もコンスタントに売れている女優で、わざとらしさが残るものの、その演技も円熟味を増してきた。本作でも20歳ぐらいの大学生を(おそらくデジタル・ディエイジング無しに)演じ切った。仕事に燃えるキャリアウーマン、使命感に燃えるプロフェッショナル、夫と仲睦まじい妻といった成熟した女性と、男性恐怖症の大学生を同時に演じるというのは、かなりのチャレンジだったはず。だが、見事にその大仕事をやり遂げた。特に夫の腕の中で改悛と安堵の涙に濡れるシーンは本作の白眉の一つ。

 

芳根京子も圧巻の演技。凄惨な登場シーンから、ちょっと不思議ちゃんを思わせる最初の接見。そこから闇を心の奥底に隠した女子大生の顔を小出しにしていき、ある一点で心のbreaking pointを迎えるシーンは圧倒的だった。環菜の初恋には、触れざるべきものがあるのだと思わせるに十分な壊れっぷり。この役者は若いに似合わず、追い込めば追い込むほど実力を発揮できる役者なのではないか。法廷での弁論シーンも印象的。裁判官に正対して語りながら、その目は裁判官を見ていない。弱く、それでいて守られることのなかった自分に向き合っている。そのことがもたらす辛さや痛みが観る側にも如実に伝わってくる。芳根のキャリアの中でも最高に近い演技になったと思う。

 

最も印象に残ったのは、なんと窪塚洋介。堤幸彦監督作品の常連ながら、外連味のある役柄ばかりを演じていたという印象があったが、本作で過去のそうしたイメージを一気に払拭してしまった。忍耐力、包容力、理解力、共感力、家事家政能力。男が持つべき(などと書くとセクシズムに聞こえかねないが、これはロマンチシズムであると解されたい)能力を全て備えた男を好演した。Jovianの嫁さんも窪塚演じる我聞にいたく感じ入っていた。男としてどうかと思わざるを得ない野郎どもでいっぱいの本作の中で、窪塚洋介は一人で主要キャラクターたちのバランスメイカーとして有効に機能した。

 

物語(プロット)も、謎が提示され、その謎を解く。それによって新たな謎が生まれ、そのことが由紀の過去と不思議なフラクタル構造を成していることで、ミステリ要素とサスペンス要素を巧みに融合させている。単なるラブロマンスではなく、サスペンス色強めの愛の物語として、大学生以上の年齢の男女にお勧めできる。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20210215215958j:plain
 

ネガティブ・サイド

物語(ストーリーテリング)の面でアンバランスになっているとの印象を受けた。由紀が環菜を同一視していく過程に説得力がない。確かによく似た境遇の二人ではあるが、由紀と環菜で決定的に異なるのは、由紀は父親から直接的にも間接的にも虐待はされていないということ。そして、由紀の性体験に関するトラウマは環菜のそれの比ではないということ。正直なところ、なにが由紀をそこまで環菜の取材および真相究明に駆り立てるのかが分からなかった。『 さんかく窓の外側は夜 』や『 名も無き世界のエンドロール 』も映像化に際してかなり原作が改変されているようだが、本作もやはり原作には映像化しづらいエピソードがあるのだろう。事実、「あなたは母親に愛されなかったからセックス依存症になった」という由紀の指摘は、やや的外れに感じた。「母親に虐待されたから、暴力的なセックスをするようになった」という分析なら理解できる。また、由紀は環菜のような“笑うこと”、“自分で自分を傷つけること”といった防衛機制を作り上げていない。そこからどのように自分自身のファーストラヴにたどり着いたのかが見事なまでに抜け落ちている。原作におそらくあったであろう、そうしたエピソードこそ映像化にトライしないと、単に映画人が小説からネタだけ頂戴しているだけに思える。

 

演出もちぐはぐだった。回想シーンを印象的なBGMあるいは歌で飾るのは映画の常とう手段でそれ自体をクリシェだとか悪いものだとは思わない。問題は、同じ手法を短時間の中で連発すること。寿司屋で大将に「お任せで」と言ったら、玉子焼き→エビ→玉子焼き→エビ、と出されたようなものである。また芳根が面談の場で荒れ狂うシーンもスローモーションとBGMで誤魔化してしまった感がある。環菜の心の闇の濃さと深さを見せつけるせっかくの機会を、なぜに陳腐な演出で潰してしまうのだ?

 

最終盤の法廷シーンでもBGMがノイズになった。環菜が訥々と、しかし切実に自身の過去および心理を述べるシーンの静かな迫力は『 閉鎖病棟 それぞれの朝 』の小松菜奈のそれに比肩しうる。問題はBGM。完全に不要。「はい、ここで物語が盛り上がっていますよ~」と言わんばかりのBGMが、芳根の渾身の芝居をスポイルしていた。役者の演技はどれも悪くなかったのだから、どうすれば観客にそれが最大限伝わるのかをもっと真剣に模索すべきだ。

 

完全なる邪推なのだが、「髪を切る」というエピソードは原作には存在しないと推測する。『 花束みたいな恋をした 』でも感じたが、男が女の髪に触るというのは、今では普通のことなのだろうか。そこまでは認めてもよい。だが、出会って間もない女性の髪を切るというのは蛮行もいいところだと思うし、本当にそんなことが出来るのは腕と弁の立つ美容師か、究極のオラオラ系のホストぐらいだろう。

 

総評

俳優陣は皆、良い仕事をしている。一方で演出や編集、また原作からの脚本起こしに粗が見られる。原作小説を高く評価する人はスルーすべきかもしれない。北川景子や中村倫也のファンならば観ても損はない。得をするかどうかはファン度による。堤幸彦監督は良作だと駄作を交互に生み出すお方であるが、本作は可もあり不可もある作品に仕上がっている。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

souvenir

「お土産」の意。旅先から持って帰って来るものを意味する。決して「夜遅くまで飲んでしまったから、嫁に手土産でも買っていくか」という類のものではない。それはgiftと呼ばれる。Souvenirという語に含まれるvenは、ラテン語で「来る」の意。カエサルの「来た、見た、勝った」=Veni, vidi, viciでお馴染みである。こうした語彙素の知識があれば、event = 出てくるもの = 出来事、prevent = 前に来る = 予防する、revenue = 後ろに来る = 収入、intervene = 間に来る = 介入する、などの様々な語も理詰めで覚えることができる。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, サスペンス, 中村倫也, 北川景子, 日本, 監督:堤幸彦, 窪塚洋介, 芳根京子, 配給会社:KADOKAWALeave a Comment on 『 ファーストラヴ 』 -窪塚洋介に惚れろ-

『 囚われた国家 』 -Rise up against all odds-

Posted on 2021年1月30日 by cool-jupiter

囚われた国家 65点
2021年1月27日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ジョン・グッドマン ベラ・ファーミガ アシュトン・サンダース ジョナサン・メジャース
監督:ルパート・ワイアット

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ディストピアSFはJovianの好物ジャンルの一つ。アメリカの大統領もきっちりと入れ替わったところで、アメリカ人の意識の一面を映し出しているであろう本作を近所のTSUTAYAでピックアウトしてきた。

 

あらすじ

地球が異星人に統治されるようになって9年。伝説的な活動家の兄を持つガブリエル(アシュトン・サンダース)は、市民集会に現れる“統治者”に一矢報いるために爆弾攻撃を計画するレジスタンスのメンバーたちの動きに関わっていくことになる。ガブリエルの父のかつての同僚、刑事マリガン(ジョン・グッドマン)はそんなガブリエルを常に注視しており・・・

 

ポジティブ・サイド

H・G・ウェルズの『 宇宙戦争 』の頃から、エイリアンが地球へ侵攻してくる物語はカズ仮なく量産されてきた。だが、本作は冒頭のエピローグ部分で人類が敗北して、エイリアンの統治下に入ることになったということ極めて端的に描写した。本筋は、エイリアン統治に馴染んでしまった世界から始まるところがユニークな点である。

 

面白いと感じるのは、異星人、劇中の言葉を借りれば“統治者”の元で生きる者はますます富み栄え、そうではないものはとことん落ちぶれていくということ。なんのことはない。ネイティブアメリカンとヨーロッパからの移民の関係を、アメリカ人と宇宙人に置き換えただけである。つまり、アメリカ人にも自分たちが侵略者であり、自分たちの政治が虚飾であるという意識がはっきりと芽生えてきたということだろう。アメリカの作るSFはひたすら宇宙、つまりは上を目指すばかりだったが、本作では地下、つまりは下を目指すことが物語上で大きな意味を持っている。

 

他にも、アメリカ映画お得意のヒーロー信奉、すなわち一個人の英雄的な活躍により戦局を一気にひっくり返すような展開も、本作では見られない。本作はスパイ映画であるが、『 ミッション・インポッシブル 』や『 007 』のような超人の物語ではなく、圧倒的な強者の目を何とかかいくぐり、協力し合って目的を達成せんとする弱者の連帯の物語でもある。だからとって妙な人間ドラマ路線に舵を切らず、スパイ映画特有のヒリヒリするような緊張感を味わわせてくれるので、そこは安心してほしい。

 

侵略的な宇宙人が存在する世界で警察=体制側の人間vsガブリエルたちのような貧民という、人間同士の争いばかりがフォーカスされるが、本作の本質的なメッセージは「抗え!」ということである。脇役として数多くの映画を支えてきたジョン・グッドマンの静かに抑えた、それでいて内にマグマを秘めた演技が光る。最後のマリガンのネタばらしと言おうか、調査報告のシーンはサスペンスは『 女神の見えざる手 』を思い起こさせてくれた。

 

ネガティブ・サイド

主人公、というよりもオーディエンスが物語世界に没入するために感情移入すべき相手が変わっていく。それ自体はその他多くの映画でもこれまでに行われてきた。問題は、その視点の移り変わりが理解しづらいところだ。ガブリエル、その兄のラファエル、彼らの父の元同僚であったマリガンへと視点が変わっていくが、そこが少々、というか相当に強引だ。被支配者としてのアメリカ、ヒーローではなく群像、上ではなく下、という具合に多くの転倒した価値観を提示する本作であるが、「 物語として示したいもの 」が非典型的だからといって「 物語の示し方 」まで必要以上に凝る必要はない。むしろ、物語の示し方に凝るのならば、そのこと自体が大きな仕掛けになるような工夫を期待したかった(『 メメント 』や『 カメラを止めるな! 』など)。

 

レジスタンスのナンバーワンとされる存在の正体が割と早い段階でばれてしまうのはミスキャストではなかろうか。この役者が演じる役には裏が無い方が珍しい気がする。

 

映画の全編を通じて、編集が雑であるように感じた。あるいは脚本が練られていない。統治者側の特殊部隊の「ハンター」と聞けば『 ザ・プレデター 』を思い浮かべてしまうが、こいつらがあまり強くなさそう。というか強くない。武器を取り上げられた=火力ゼロなので、相対的にどんな相手に対しても地球人は不利になる、というわけではない。警察機構には銃火器の保持が認められている。であるならば、その程度の武力ではハンターにはまったく太刀打ちできないという説明あるいは描写を入れておくべきだった。

 

総評

全体的に非常に静かな作品である。思弁的なSFでありながら現実世界を巧みに写し取ってもいる。本作を通じてスパイ行為、テロ行為を反省的に見つめることもできるだろう。『 オブリビオン 』を楽しんだという人ならば、本作も楽しめる可能性が高い。エイリアンが登場するSFならドンパチが必須だ、と考える向きにはお勧めしづらい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

a buff

劇中では a history buff  = 歴史オタクと訳されていた。Buffとは「熱中者」や「熱烈愛好家」、「マニア」のような人種を指す。

 

He is one heck of a baseball buff.

あいつは相当な野球狂だぜ。

 

のように使う。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, SF, アシュトン・サンダース, アメリカ, サスペンス, ジョナサン・メジャース, ジョン・グッドマン, ベラ・ファーミガ, 監督:ルパート・ワイアット, 配給会社:キノフィルムズLeave a Comment on 『 囚われた国家 』 -Rise up against all odds-

『 悪魔を見た 』 -悪魔を倒すには悪魔になるしかないのか-

Posted on 2021年1月26日 by cool-jupiter

悪魔を見た 80点
2021年1月23日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:イ・ビョンホン チェ・ミンシク
監督:キム・ジフン

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『 さんかく窓の外側は夜 』がイマイチだったので、だったら人間がとことん怖くなる作品を観たいと思い、本作をレンタル。はっきり言って後悔した。キム・ジフン監督の独自の哲学というのか美学というのか、とにかく恐るべき人間性を見せつけられてしまった。This film is not for the faint of heart.

 

あらすじ

国家情報院捜査官スヒョン(イ・ビョンホン)は婚約者の誕生日も仕事に追われていた。その夜、婚約者は殺人鬼ギョンチョル(チェ・ミンシク)にさらわれ、殺害される。スヒョンは恋人の受けた苦痛を倍にして返してやると誓い、犯人を捜し始めて・・・

 

ポジティブ・サイド

雪降る夜。人里離れた道路。車内には妙齢の美女。これで事件が起きない方がおかしいと思えるほどのオープニングである。携帯電話で語らう仲睦まじい二人の間に突如として割って入るチェ・ミンシク演じるギョンチョルは、登場してから豹変するまでわずか数分。普通、この手のサスペンスやスリラーというのは犯人の残虐性を強調するシーンは中盤まで取っておくものだ。それを序盤から惜し気もなくギョンチョルの異常な攻撃性をまざまざと見せつける。この立ち上がりだけで胸やけがしてくる。

 

復讐相手を突き止めるために警察から容疑者リストを手に入れたスヒョンが、相手を片っ端からぶちのめしていく様は爽快だ。『 デッドプール 』と『 アンダードッグ 二人の男 』ぐらいでしか見たことのなかった顔面へのサッカーボールキックが、実は本作でも放たれている。というか、本作の方が上記二作よりも古い。やはり21世紀のバイオレンス描写の本家本元は韓国なのか。

 

ギョンチョルがとあるキャラクターの頭をハンマーでガツンガツンやるシーンがあるが、これは『 オールド・ボーイ 』へのオマージュだろう。頭を鈍器や棒で殴るシーンのある映画は数多く存在するが、北野武の『 その男、凶暴につき 』で北野武が金属バットで男の頭をから竹割にするシーンと同じだけの痛みが伝わる描写が本作にはてんこ盛りである。観ているだけで痛い。

 

スヒョンがギョンチョルと初めて相まみえるシーンのアクションも見物。稀代の殺人鬼に真正面から立ち向かい、実力で半殺しにしてしまう。半殺しというのも誇張ではなく、気絶した相手の手を大きな石の上に乗せて思い切り踏みつぶしたり、片方のアキレス腱を切ったりと、殴って失神させましたというレベルの暴力ではなく、相手に障がいを残すようなレベルの暴力。

 

この他にもギョンチョルのやっている血みどろの解体作業もおぞましい。『 ミッドサマー 』や『 アンダー・ザ・シルバーレイク 』のような人体破壊描写があるわけではないが、これらの作品にあった「リアルな作り物を壊している」感は本作にはない。その代わりに「その血のりは本当に血のりか。まさか本物ではあるまいな。そこに転がっている胴体は作りものだよな?襦袢だよな?」と確認したくなるような気味の悪さ。

 

スヒョンの同僚がポロっと漏らした一言から、追うスヒョンと逃げるギョンチョルの立場が逆転。安心できるハラハラドキドキが、不安と恐怖のハラハラドキドキに変わる。これによって人間性をなくしていたスヒョンの目に生気がよみがえる。ここまで、とにかく空虚な目、喜怒哀楽の喜と楽を失った目をしていたスヒョンに、人間として気遣いや配慮が見られるようになる。婚約者の家族までが逃亡するギョンチョルの魔の手にかかってしまうからだ。同時に、ギョンチョルを殺す最も残酷な方法についても、この時点で構想が浮かんだのは間違いない。人間を痛めつけるために必要なのは、非人間性なのか、それとも人間性なのか。

 

控えめに言って脚本家のパク・フンジョンと監督のキム・ジフンは頭がおかしい。CTが何かで断層撮影すれば、脳の一部が欠損している、あるいは異様に肥大しているのではないか。頭のおかしい人間が頭のおかしい犯罪を実行する、あるいは人間とは思えない残虐な殺し方をする。そういうのは分かる。ギョンチョルに限らず、映画の世界には頭がイってしまった犯罪者がいっぱいいる。しかし、頭がおかしくないはずの人間が頭のおかしい犯罪を次々に犯し、しかし最後には人間性=愛を思い起こし慟哭するというラストシーンを思い描ける人間というのは、やっぱり頭がおかしいのではないだろうか。スヒョンの凄惨な復讐劇を追体験して、まともな人間にできる所業ではないと思うと共に、自分はそこまで一人の女性を強く強く愛することができるだろうかとも自問してしまった。

 

ネガティブ・サイド

スリラーとしては完全無欠の逸品である。だが、リアリティの面で大きな演出ミスが二つ。

 

一つには、GPS入りカプセル経由で相手の声や周囲の音を聞く際に、コポポポという腸音やドクンドクンという心音がバックに流れておらず、非常にクリアな音が聞こえてきた。これは絶対にありえない。ギョンチョルの排せつ物まで描くほどのリアリズムを追求する本作であれば、そうした細かな部分にまで神経を行き届かせてほしかった。

 

もう一つには、ギョンチョルのムショ仲間のアジトでのセックスシーン。女性側が普通に犯されているだけ。もっと頭のイカれた女性像を打ち出せたはず。たとえば欲求不満のたまっているミンシクを逆に食ってしまうような豪の女性とか。全編に異様に張り詰めた雰囲気が充満する中、このシーンだけが普通に感じられてしまった。

 

総評

20歳ぐらいの時に観た『 タイタス 』でタイタス・アンドロニカスを演じたアンソニー・ホプキンスを観て、「ああ、『 羊たちの沈黙 』的なキャラをまた演じているなあ」と感じたが、本作のスヒョンを演じたイ・ビョンホンの復讐劇は、ある意味で『 タイタス 』を超えている。これほど一人の男の復讐劇に感情移入し、嫌悪感を催し、さらには畏敬の念すら持ってしまうという映画体験は初めてである。生きるとは何か。死ぬとは何か。とにかく、韓国人をパーソナルな意味で敵に回すのは避けた方が賢明である。そんなことを思わせてくれる韓流リベンジ・スリラーの秀作だ。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

イーセッキ

『 アンダードッグ 二人の男 』その他で紹介した「この野郎」という表現。本作でもギョンチョルが何度も何度も口にする。韓国映画で相手を口汚く罵る時には、必ず出てくる表現だと思って間違いない。

 

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, イ・ビョンホン, サスペンス, スリラー, チェ・ミンシク, 監督:キム・ジフン, 配給会社:ブロードメディア・スタジオ, 韓国Leave a Comment on 『 悪魔を見た 』 -悪魔を倒すには悪魔になるしかないのか-

『 マー サイコパスの狂気の地下室 』 -邦題担当者は切腹せよ-

Posted on 2020年12月27日 by cool-jupiter

マー サイコパスの狂気の地下室 50点
2020年12月22日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:オクタビア・スペンサー ダイアナ・シルヴァーズ
監督:テイト・テイラー

f:id:Jovian-Cinephile1002:20201227231918j:plain
 

YouTubeか何かでトレイラーを観て、「たまには頭を使わずサスペンスでも観るか」とTSUTAYAでレンタル。よくよく見ればオクタビア・スペンサーだけではなく『 ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー 』の最後の最後でインパクトを残した同級生役のダイアナ・シルヴァーズも出演しているではないか。ホリデーシーズン向けの映画ではないが、パーティーがしづらい今だからこその映画だと割り切って鑑賞した。

 

あらすじ

マギー(ダイアナ・シルヴァーズ)は引っ越し先の学校の友だちと飲み会をすることに。高校生であるため誰か大人に酒を買ってもらおうと、通りがかった女性スー・アン(オクタヴィア・スペンサー)に依頼する。何度か彼女に酒を買ってもらっているうちに、スー・アンは自宅の地下室をパーティー用に貸してくれると言い・・

ポジティブ・サイド

オクタヴィア・スペンサーと言えば『 ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜 』、『 ドリーム 』、『 アメイジング・ジャーニー 神の小屋より 』、『 シェイプ・オブ・ウォーター 』のような優しいおばさん、強いおばさんのイメージが強かったが、『 ルース・エドガー 』や本作を通じて、キャリアの方向性を少し変えつつあるようである。人好きのするおばさんが徐々に変質していく様は非常にサスペンスフルだった。特に印象に残ったのは、ある抱擁のシーン。これはマギー視点からすれば、震え上がるしかない。オクタビア・スペンサーの円熟の演技力に磨きがかかったと言えるだろう。

 

本作はリベンジ・スリラーに分類される。スー・アンは生まれながらのサイコパスではない点に注意。というか、後天的にサイコパスになったわけでもない。学生時代にトラウマを植え付けられ、片田舎でひっそりと暮らしてきたところに、思いがけず復讐のチャンスが巡ってきたというストーリーである。田舎特有の人間関係が垣間見られ、どこか『 スリー・ビルボード 』を彷彿とさせる。限定的なコミュニティ内では人間関係も限定的になり、それゆえに濃密なものになる。問題はその濃さが人間関係のどういった要素によるものなのかだ。そうした意味で、序盤の酒盛りが警察官に見つかるシーンは、この片田舎のコミュニティの人間関係がきわめて長く、そして強く維持されてることが示唆されていた。

 

他にも最序盤の学校のシーンが終盤の伏線になっていたりと、作り自体は非常にフェアである。マーがマギー達を追い詰めていく反面で、マーも次第に追い詰められていく。Social Mediaを巧みに使い、何かあればすぐにググって対策を練るところも現代的。登場人物の心理描写を極力排して、代わりに具体的な行為を見せることでキャラクターの内面がかえってよく見える。本作には芸術映画要素はなく、徹底して商業映画である。斬新な殺し方もあるので、復讐ものが好きな方はどうぞ。

 

ネガティブ・サイド

マーのリベンジ方法の濃淡に差があるところにが不満である。Motor mouthな女子高生に「え、それやっちゃう?」というお仕置きを加える一方で、黒人少年に対してはpunishにならないpunishmentを与える。やるなら残虐に徹してほしい。

 

全編を通じて、母と娘の物語を紡ぎ出そうとしているのだろうが、そのあたりは盛大に失敗している。マギーと母親の関係性、そしてスー・アンの母性。このあたりからもっとコントラストを利かせたサブ・プロットが生み出せたはず。原題=Ma=母親というからには、子どもとの関係性をもっと追求せねばならない。同じ母親映画にしても『 母なる証明 』や『 MOTHER マザー 』と比較すれば、数段落ちる。

 

もっとスー・アンとパリピ学生以外の視点からの物語も欲しかった。ルーク・エヴァンスはもっと効果的に使えたはず。大人たちからスー・アンに抗議が行くが、当の子ども達が「スー・アンは悪くない!!」と言い張るような展開、『 ミセス・ノイズィ 』のように同じ事象を異なる視点で見つめるというシークエンスがあれば、サスペンスがもっと盛り上がったのにと思う。

 

最後にこれだけは言っておきたい。この邦題はおかしい。これは別に作品の罪ではないが、なぜにこのようなアホな副題をつけるのか。上で挙げた『 ドリーム 』も当初は『 ドリーム 私たちのアポロ計画 』という、イメージ先行かつ史実無視の酷いものだったし、効果間近の『 ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画 』も、崖っぷち~の部分は不要だ。映画の宣伝会社や配給会社はもっと日本の映画ファン、さらには日本語話者の国語力を信頼すべきだ。

 

総評

典型的な a rainy day DVDだろう。純粋な娯楽映画で、ここから何かメッセージを受け取ろうなどと思ってはダメ。観終わってから「いやあ、片田舎の人間関係って怖いね」と呟いて、一か月後にはすべて忘れてしまう。そのぐらいのスタンスで観賞すべきだろう。オクタビア・スペンサーのちょっと怖い演技を堪能して、ダイアナ・シルヴァーズで目の保養をする映画だと割り切るべし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Ma

「母」の意味。呼びかけで使う。Mama, Mommy, Momなどがあるが、Maという単純な呼びかけも結構使われる。テレビドラマ『 リゾーリ&アイルズ ヒロインたちの捜査線 』でも主人公のジェーンは自分の母親を常に“Ma”と呼んでいた。ちなみにmamaというのは、哺乳類=mammalや乳房X線撮影=mammographyと起源を一にする語である。母とは乳なのだ。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アメリカ, オクタビア・スペンサー, サスペンス, スリラー, ダイアナ・シルヴァーズ, 監督:テイト・テイラーLeave a Comment on 『 マー サイコパスの狂気の地下室 』 -邦題担当者は切腹せよ-

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