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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: アメリカ

『 コンテイジョン 』 -コロナ”後”への警鐘-

Posted on 2021年10月31日 by cool-jupiter

コンテイジョン 75点
2021年10月28日 レンタルBlu rayにて鑑賞
出演:マリオン・コティヤール ローレンス・フィッシュバーン マット・デイモン ジュード・ロウ
監督:スティーブン・ソダーバーグ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211031223409j:plain

コロナは収まりつつあるとはいえ、第六波の到来も予測されている。実際に、世界では全然収まっていない。そんな時は『 アウトブレイク 』の時と同様に、ウィルス感染テーマの作品を鑑賞して、少し未来を想像してみる。

 

あらすじ

ミッチ・エムホフ(マット・デイモン)は、出張帰りの妻ベスが急激な体調不良になったことから病院に急行。しかし、ベスは死亡した。未知のウィルスによるものだった。そのウィルスは世界各地に拡散、パンデミックとなる。アメリカCDCのチーヴァー(ローレンス・フィッシュバーン)はウィルスの正体を突き止め、感染拡大を防止しようと奮闘するが・・・

 

ポジティブ・サイド

始まりから終わりまで、全てが淡々とした空気で進んでいく。突出したヒーロー然とした人物がおらず、それがリアルさを増している。世界各地で静かに、しかし確実にウィルスが勢力を拡大していく様も淡々と映し出される一方で、現場の右往左往、そしてその奥のWHOやCDC内部の人間の奮闘が描かれている。このCDCやWHOが現実世界でいまいち働いているように見えないのがポイント。実際は悩み苦しむ人間が多くいることが描かれている。本作のウィルスは虚構だが、そこに現実の豚インフルエンザを絡めてくることでリアリティが増している。2009年、日本でも薬局やコンビニからマスクが消えたことを覚えている人は多いだろうし、それこそ2020年春のマスク争奪戦の記憶は誰しもの脳裏に焼き付いていることだろう。そうした記憶を下敷きに本作を見れば、人間はなかなか教訓を学ばないものなのだなと思わされる。

 

ウィルスの起源をリサーチする役割のケイト・ウィンスレットがさっそくウィルス感染し、死亡する。この無情さがいい。日本でもコロナの深刻さ(それを疑問視する向きも多数いるが)が認識されたのは、志村けん死亡のニュースからであったと思う。ウィルスは相手に忖度などしない。一方で、最初から抗体を持っている、あるいは免疫の強さによって影響を受けない者もいるという設定も、SFではお馴染み(『 アンドロメダ病原体 』など)ながら説得力がある。

 

マット・デイモンやローレンス・フィッシュバーン、ケイト・ウィンスレット、グウィネス・パルトロウなどの名のあるスターを起用しながら、誰かが飛び抜けた活躍をするわけでもなく、誰かがとんでもない事件を起こすわけでもない。人間のちょっとした弱さがその人間を悪事に走らせる展開があるが、それもまた自然な展開に思える。

 

パンデミックが進行し、人々が自主的にロックダウンを実施した時に何が起こるのかを、まるでドキュメンタリー作品のようなタッチで映し出していく。ミッチの娘がボーイフレンドとテクストする中で、ステイホーム生活を jail = 牢屋 と表現していたが、これは若者には本当にそのように感じられるのだ。たまたまJovianは大学の教壇に立たせていただいているが、20歳前後の若者にとっての青春の時期というのは、空虚で低生産な時間を過ごすことに定評のある日本のオッサンの日常とは大いに異なるのである。 

 

ジュード・ロウ演じるブロガーが怪しげな情報をふりまいて支持を得るというのも、コロナ、およびコロナに対するワクチンに対するネガキャンでしこたま儲けたという医療従事者や評論家連中の登場を正確に予見していたものとして評価できる。というか、どんな苦難の状況にあっても、それを鉄火場にできる人間は必ず出てくるということか。

 

最後の終幕も苦い余韻がある。結局は人類が自然破壊を推し進めてしまったことがパンデミックをもたらした。現実の新型コロナの起源についても、「突き止めた!」、「発表する!」とトランプ政権時代のアメリカはやたらとかまびすかしかったが、全て大山鳴動ねずみ一匹。真相は案外本作の示す通りなのかもしれない。

 

ネガティブ・サイド

映画なので、ある程度ご都合主義にならざるを得ないのだろうが、現在の我々の目から見てかなり不自然に映る描写がある。最も気になったのはケイト・ウィンスレットのキャラクター。Jovianは看護学校中退の経歴があるので言わせてもらうが、マキシマム・プリコーションどころかスタンダード・プリコーションすら施さずに調査にあたるのは杜撰を通り越して無能ではないだろうか。もちろん、感染してもらわないといけないキャラが防御が万全では話が進まないが、もうちょっとここに説得力が必要だった。

 

また、ジュード・ロウのキャラにR-0、いわゆる基本再生産数について議論を吹っ掛けられたチーヴァーが言葉に詰まってしまうのも不自然だった。SARSや2009年の新型インフル騒動でも、いわゆるスーパー・スプレッダーの存在は報じられていた。R-0が2というのは、単純に2のべき乗で感染者数が増えていくわけではない、クラスター(これについても言及されていた)を潰していくことが最善の対処である、というような旨の反論ができたはずなのだが・

 

総評

コロナ・パンデミックの始まりから猖獗までを見てきた現代人にとって、非常に示唆に富む内容になっている。映画製作者たちの取材力と考察力に裏打ちされた想像力と創造力は大したものだなと心から感心する。第6波、さらにその先(コロナは相撲で言うと関脇とされており、大関や横綱は今後100年でやって来るとされる)に、我々がどう振る舞うべきで、またどう振る舞うべきではないのかについてのヒントが満載である。パンデミックなど社会の擾乱を奇貨とする輩をフォローしないという教訓だけでも学ぶべきだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

be immune to ~

~に免疫がある、の意。普通は医学的な文脈で使われるが、卓球の水谷のように、”I’m immune to criticisim.”のように言ってもいい。「批判の言葉をいくら投げつけてきても、俺には全く効かないぜ」ということである。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, SF, アメリカ, サスペンス, マット・デイモン, マリオン・コティヤール, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 コンテイジョン 』 -コロナ”後”への警鐘-

『 最後の決闘裁判 』 -事実は一つ、真実は複数-

Posted on 2021年10月22日 by cool-jupiter

最後の決闘裁判 80点
2021年10月16日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:マット・デイモン ジョディ・カマー アダム・ドライバー ベン・アフレック
監督:リドリー・スコット

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監督がリドリー・スコット、そして出演にアダム・ドライバー。これだけでチケット購入決定。歴史的なイベントを現代の視点で見事に再構築した逸品である。

 

あらすじ

従騎士カルージュ(マット・デイモン)と同じく従騎士ル・グリ(アダム・ドライバー)は戦友だった。しかし、ル・グリばかりがピエール伯爵(ベン・アフレック)に重用されるにつれ、彼らの友情は冷めていく。そんな時、カルージュの妻マルグリット(ジョディ・カマー)が、ル・グリに強姦されたと訴え出て・・・

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ポジティブ・サイド

Jovianはアダム・ドライバーが大好きである。善人も悪玉も、シリアスな男もユーモアのある男も演じられるからである。しかし、本作では毒のある男を演じた。どこからどう見てもアダム・ドライバーなのだが、観る作品ごとにしっかりとキャラクターを立たせられるのは演技力のなせる業。このあたりが、何を演じても結局本人にしかならないハリソン・フォードやニコラス・ケイジ、トム・クルーズとの違いだろう。

 

マット・デイモンも円熟期に入った。『 グレートウォール 』や『 ダウンサイズ 』あたりで失速したが、『 フォードvsフェラーリ 』で復活し、本作でさらにキャリアをブーストさせた。「男子家を出ずれば七人の敵あり」と言うが、それを地で行く生き様を見せる。西洋の騎士も東洋の武士も、名誉を重んじるという点で変わりはなく、それゆえに中世フランスの騎士階級の人間の物語であっても、そこに共感することが容易になっている。また、男の屈強さゆえの醜悪さも存分に醸し出しており、デイモンのキャリアの中でも屈指の好演だと言えるだろう。

 

本作がユニークなのは、カルージュの視点、ル・グリの視点、そしてマルグリットの視点から、同一の事象が描かれることである。よく我々は「真実は一つ」と言うが、それは違う。事実は一つで、真実は人の数だけ存在する。F・ニーチェ流に言えば「真実など存在しない。あるのは解釈だけである」となろうか。歴史的な事象は常に現代という文脈から再解釈され、再構築される。リドリー・スコットが本作の製作を思い立った背景には、間違いなくMeToo運動があるはず。遥か過去の人物であるマルグリットを現代に蘇らせ、二人の男に翻弄されてしまった女性の姿を通じて、我々はセクハラが罪であるという時代に生きねばならないという思いが強くなってくる。詳しくは観てもらうのが一番だが、同一の事柄でも見る人によってこれほど変わるものかと感心させられること請け合いである。

 

ジョディ・カマーは『 フリー・ガイ 』での圧倒的な強さとは対照的に、控えめながらも芯の強さを備えた女性を好演。追従する女性から毅然と立つ女性まで、各チャプターごとに異なる顔を見せる。印象的に感じたのは、初夜の後の表情。カルージュ視点とマルグリット視点で、同じ行為であっても全く異なる感想を抱いているのが、彼女の微妙な表情で分かる。『 ジオラマボーイ・パノラマガール 』でも山田杏奈が同じような表情を浮かべるシーンがあったが、我々男性は女性のこのような顔を決して見逃してはならないのである。国王までもが列席することになった裁判で、これでもかと辱めを受けさせられるマルグリット。セカンド・レイプとは何であるかを思い知らされる。そら誰も声上げんわな・・・というほどの無知と偏見、そしてデリカシーの欠如に、頭を抱えざるを得ない。数百年前のフランスの出来事とは思えない。おそらく世界のたいていの国に当てはまってしまうのではないだろうか。

 

タイトルにもある決闘のシーンは spectacular の一語に尽きる。 決闘と聞けば、エペで軽く突つき合う儀礼的なものを思い浮かべるが、本作では違う。重騎兵同士の激突である。殺し合いである。漫画原作の『 キングダム 』のような戦闘には活劇的な面白さがあるが、本作にあるのは凄まじい臨場感と緊迫感。それを見る視点はカルージュなのか、ル・グリなのか、それともマルグリットなのか、はたまた自分自身なのか。様々な視点からこの決闘を見ることで、そこに渦巻く思いが愛なのか名誉なのか憎しみなのかが変わってくる。ものすごい奥行きの深さである。

 

アダム・ドライバーも相変わらずの演技力の冴え。加藤清正や福島正則と友好関係にあったが、後に対立することになってしまった石田三成も、こんな男だったのかもしれないと感じた。ベン・アフレックも「どこに出ていた?」とエンドロールの際に思わされるほど、ピエール伯を怪演。伝説的な映画監督と豪華キャスト。そして現代的なメッセージを強烈に放つ作品。特にマルグリットが最後の最後に見せる表情は必見だ。鑑賞しないという選択肢はない。

 

ネガティブ・サイド

気になったのは、ル・グリによるマルグリットの強姦シーン。三者三様に物語を回想する本作のスタイル上、必要なのかもしれないが、強姦シーンを2回流す必要はあったのだろうか。いや、まるっきり異なるシーンであれば良いのだが、初見ではほとんど違いが分からない。「靴を脱いだ」と「靴が脱げてしまった」のような違いを、強姦そのもののシーンにもっと加えることで「真実は人によってこんなに違うのですよ」とあからさまに見せるのであれば、まだ意味を見出せるのだが。

 

総評

超豪華な製作陣が期待通りのクオリティの作品を届けてくれた。単なる映像美だけではなく、それを物語る手法もユニークである。遠い過去の人物たち、そして出来事でありながら、それが今という時代にこのような形で提示されることには大きな意味がある。大学生以上なら、本作の持つ社会的なメッセージ、その重みをしっかりと受け止められるはずだ。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Hear, hear.

「聞け聞け」の意ではなく、「その通りだ」、「賛成するぞ」の意。ビジネスものの映画やドラマのミーティングで時々聞こえてくるし、実際のオフィスなどでもたまに使われる。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, アダム・ドライバー, アメリカ, ジョディ・カマー, ベン・アフレック, マット・デイモン, 歴史, 監督:リドリー・スコット, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 最後の決闘裁判 』 -事実は一つ、真実は複数-

『 DUNE デューン 砂の惑星 』 -続編に期待・・・?-

Posted on 2021年10月17日 by cool-jupiter

DUNE デューン 砂の惑星 50点
2021年10月15日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ティモシー・シャラメ レベッカ・ファーガソン オスカー・アイザック
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ

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『 デューン / 砂の惑星 』の現代リメイク、いやリブートと言うべきか。事前情報をとことん断って劇場に向かったが、これは前編であった。良い意味でも悪い意味でもドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の美意識が炸裂した作品。続編=完結編はおそらく製作されると思うが、やはり元々映画化に不向きな作品なのかもしれない。

 

あらすじ

スパイスが産出される砂の惑星アラキス。宇宙皇帝の命によって、そのと統治権が大領ハルコネン家から同じく大領アトレイデス家に移ることになった。レト公爵(オスカー・アイザック)は妻ジェシカ(レベッカ・ファーガソン)、息子ポール(ティモシー・シャラメ)らと共に兵団を率いてアラキスへと赴くが、それは宇宙皇帝およびハルコネン家による大いなる陰謀の始まりで・・・

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ポジティブ・サイド

紛れもなく古典小説『 デューン 』の映像化になっている。荒涼とした砂漠に潜むゲリラ的な民族。皇帝から派遣された統治者。その統治者の交代。それに伴う様々な陰謀。これはまさしくローマによるイスラエル統治と、その後の政治的擾乱をモチーフにしている。そこに『 アバター 』ならぬ『 ポカホンタス 』の要素を混ぜ込んだ、壮大な叙事詩である。

 

映像の雄大さと美麗さにおいて素晴らしい。特に砂漠とそこに住まう民というイメージは間違いなく『 スター・ウォーズ 』に影響を与えているし、『 モンスターハンター 』のディアブロスは巨大なサンドワームにインスパイアされたものだとしか考えられない。古典SF小説家の想像力を見事に映像に翻訳したと言えるだろう。

 

砂漠のサンドワームが1984年の『 デューン / 砂の惑星 』よりも大迫力で再現されていて、それだけでも満足。加えてハルコネン家によるアトレイデス家への襲撃も1984年版とは比較にならない規模で展開される。CGの乱用にはJovianは常に懐疑的であるが、これぐらい派手にやるのなら、CGもありだろう。

 

ティモシー・シャラメ演じるポールは正に悲劇のプリンス。元々貴族的なルックスのシャラメなので、今作のような役は大いにハマる。英才教育を受けた悲劇の王子にして、野望を秘めた瞳に宿る芯の強さは他の役者には出せないと思わせるだけの迫力と説得力がある。できれば次作で完結と言わず、小説世界以上に宇宙帝国の転覆および新たな宇宙秩序構築の物語にまで発展させていってほしい。

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ネガティブ・サイド

これは小説の映像化なのか、それとも映画化なのか。映像化であれば満点だが、映画化としては疑問が残る。一つにはスパイスの存在意義。1960年代であれば恒星間宇宙旅行は、それこそ超高速プラス超長時間の旅だった。だからこそスパイスの存在意義があった。しかし、SF作品においてワープが当たり前になった現代では、スパイスに新たな意味付けが必要である。そこを避けてしまったのは頂けない。

 

アトレイデスやハルコネンについても、予備知識があるならまだしも、まっさらで鑑賞する人には厳しいだろう。実際、Jovian嫁は「最初から最後まで意味わからん」という感想を述べた。今にして思えば、デビッド・リンチ版の冒頭のナレーションは非常に親切なものであったと再評価できる。

 

全体的に長い。『 デューン / 砂の惑星 』のレビューで、ポールの成長過程および妹の誕生過程を丹念に描いてしまうと、3時間になってしまうと指摘した。が、本作は2時間35分でポールがやっとフレメンたちに受け入れらるところまでしか進んでいない。はっきり言って遅すぎる。サンドワームを乗りこなして、アラキスを掌握。フレメンの協力を得て、一気にハルコネンを駆逐し、銀河皇帝に戦いを挑む・・・という展開2時間30分~3時間にまとめるなら分かる。だが、物語のほとんどが儀礼と政治的な駆け引きで、アクションと呼べるシーンはハルコネン家の急襲とポールの決闘ぐらい。これでカジュアルな映画ファンに続編を期待してもらおうというのは虫が良すぎる。多分、ライトな鑑賞者は結構な割合で寝てしまったものと思われる。

 

ポールの見る予知夢がしばしば挿入されるが、これが前編の終わりの引きにつながっていない。謎ばかりが深まる中、最後の最後にゼンデイヤとポールがサンドワームに騎乗し、大軍勢を率いているビジョンがあれば、後編のスペクタクルに否が応にも期待が高まるはずなのだが。

 

総評

映像を鑑賞することはできても、映画として楽しむのはなかなかキツイ作品になってしまった。後編の製作が決まっている、もう撮影もされているというのであれば、期待もできる。けれど、そうではないらしい。世界的にコケないことを祈る。ヴィルヌーヴは思弁的なSFは監督できても、アクション巨編はもう困難なのかもしれない。同じSF古典の『 火星のプリンセス 』を思いっきりエンタメ路線に染め上げた『 ジョン・カーター 』のアンドリュー・スタントン監督にメガホンを取ってほしいとさえ思ってしまう。そんな出来栄えである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

unquenchable

quench = 水を飲んで渇きを癒やす、(炎などを水で)消す、の意。否定の接頭辞 un と可能の接尾辞 able がつくことで「癒やせない」、「消すことができない」の意味になる。しばしば unquenchable thirst や unquenchable desire, unquenchable passionのように使われる。『 ロッキー4 炎の友情 』の ”Burning Heart” でも 

In the burning heart 
Just about to burst 
There’s a quest for answers 
An unquenchable thirst 

というサビの一節の印象が強烈だ。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, D Rank, SF, アメリカ, オスカー・アイザック, ティモシー・シャラメ, レベッカ・ファーガソン, 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 DUNE デューン 砂の惑星 』 -続編に期待・・・?-

『 メインストリーム 』 -その「いいね」は誰のもの?-

Posted on 2021年10月10日 by cool-jupiter

メインストリーム 60点
2021年10月9日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:アンドリュー・ガーフィールド ホーク・マヤ ナット・ウルフ
監督:ジア・コッポラ

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『 沈黙 サイレンス 』や『 ハクソー・リッジ 』のアンドリュー・ガーフィールドが出演していて、コッポラ御大の孫娘が監督。それだけで観てみようという気になる。というわけで人混みを避けてレイトショーへ。

 

あらすじ

バーテンダーをしながらアート製作を志すフランキー(ホーク・マヤ)は、ある日、リンク(アンドリュー・ガーフィールド)という不思議なメッセージを発する青年と出会う。彼を撮った動画をYouTubeにアップしたところ、普段の自分の動画とは違い、バズることに。ライター志望でバーでの仕事仲間のジェイク(ナット・ウルフ)も誘い、フランキーはリンクと共にYouTube動画を作成し、リンクはノーワン・スペシャルとして人気を博していくが・・・

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ポジティブ・サイド

このフランキーという主人公の女性は、現代の典型的な鬱屈した若者像であり、なおかつジア・コッポラ監督自身の投影でもあるのだろう。映像作家を志す若い女性が「これだ!」という男性素材に出会うという点で『 サマーフィルムにのって 』にそっくりだが、フランキーが目指すのは映画ではなくYouTube動画。YouTube動画を作ることをテーマにした映画という意味で、なかなかメタでシュールな作品である。

 

多くの人間が成功を夢見ながら、諦めたり去って行ったりするのがLAという都市の常。そのことは『 ラ・ラ・ランド 』から良く分かる。また仮に売れたとしても、売れ続けられる保証はない。それも『 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド 』で描き出されていた。またLAという娯楽産業には裏の顔があり、裏のシステムがあるということは『 アンダー・ザ・シルバーレイク 』が寓話的に暴き出していた。本作はそうしたLAの固有性を背景にして鑑賞する必要がある。

 

一方で、フランキーがプッシュするリンクは何の代わり映えもしないセレブ系YouTuberだが、とあるインフルエンサーとのコラボ動画がバズったことでYouTuber界隈のプロデューサーと契約することになる。そこからブレイクを果たしたリンクたちだが、その過程で大問題を起こしてしまい・・・というのは、実際にありそうな事柄に思える。ペテン師メンタリストのDaiGoの「生活保護受給者は無視しろ、猫の命の方が大事だ」というメッセージおよびそれが巻き起こした動乱と、本質的には同じ流れが本作でも展開される。

 

このあたりはSNSを盛んにやる人は、自分に置き換えて考えてみても面白いだろう。あるいは最近話題になったYahooからヤフコメ民への「誹謗中傷はやめて」というお願い、あるいは自民党の高市早苗が自身の支持者に対して「総裁選の他候補への誹謗中傷はやめて」というお願いに通じるものがある。それらを受けて当事者らはどう反応したか。自分に関係のない事柄をさも自分のコンテンツであるかのように振る舞い、自分そのものがコンテンツである事柄には、さも無関係であるかのように振る舞ったのである。「高市さんも変な支持者がいて大変ですね」と言っているアカウントが、SNS上でとんでもない毒をばらまいていたりしたわけである。

 

本作でリンクが引き起こす騒動とその顛末の本質は、メインストリームというタイトルそのものに意味が込められているように思う。結局のところ、現代の、特にSNS上には、個人としての意見や主張などは存在しえないのかもしれない。あるのは、以下のメインストリームに迎合するかだけ。作家の八切止夫は「人間関係は一にかかっていかに相手を誤解させるか」と喝破した。合成あるいは編集したセルフィーをアップする。それはメインストリームに対するアピールに他ならない。本作の最後のリンクをアピールを聞いて、どう思うか。どう思ったところで、そのコンテンツを消費してしまったあなたは、もはやメインストリームの一部なのだ。

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ネガティブ・サイド

フランキーの満たされなさ、没個性さの描写が足りない。どんなアートを志向していて、どんな映像芸術をこれまでにYouTubeに公開して、どんな反響を得たのか、あるいは得られなかったのか。そのあたりの描写がわずかしかないため、リンクという素材との出会いのインパクトが弱くなっている。

 

そのリンクの思考や行動の原理の描写も弱い。フランキーとの3度目の出会いで彼女のスマホを奪い「他人から承認してもらうのが望みか」と問いかけるまで、彼の言動には思想がない。あるとすれば「スマホを持たない」ということぐらい。スマホを持たないことでスローライフを謳歌している、あるいは人間関係を非常に充実したもの、ストレスフリーなものにしているのであれば、まだ分かる。実際のところは定職を持たない変な奴である。もっとリンクを謎めいた、それでいて理知的な男には描けなかったか。

 

フランキーとリンクのロマンスにも必然性が感じられない。元々はジェイクと付き合っていたフランキーが、不意にリンクと関係を持ってしまう。その方が3人組の崩壊にもドラマ性が生まれるし、リンクというキャラが見せる落差も大きくなる。また、リンク=ノーワン・スペシャルという一種の怪物がだんだんとコントロールできなくなっていったのは、彼自身に原因があるというよりも、バックヤードでオペレーションをしているフランキーやジェイクの非であるとした方が、SNSと対比されるリアルの人間関係の生々しさがより際立ったと思う。

 

総評

普通に面白い作品。ただ、それはこの作品と鑑賞者の間にどれくらいの距離があるのかによるだろう。スマホやSNSに依存した生活を送っている若者であれば、チンプンカンプンかもしれない。逆に、彼ら彼女らの親ぐらいの世代であれば、本作の放つメッセージを読み取る(≠受け取る)ことは容易なのかもしれない。承認欲求とは、承認されたいという思い以上に、承認されることが可能なシステムへの参入の意志なのだ。10代20代よりも、40代50代が観るべき(少なくとも日本では)作品であるように思う。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

esteem-needs

「承認欲求」または「承認の欲求」と訳されることが多い。近年の日本で急激に人口に膾炙するようになった言葉だが、それだけ他者からの承認欲求に飢えているのだろう。Jovian自身はこの言葉を看護学校時代にマズロー心理学を学んだ際に知った。現代の承認欲求はヘーゲルやマズローの言う”承認”とはかなり意味がずれてきているように思えてならない。他者と承認の関係について考察を深めたいという向きには、Jovianの同級生が上梓した『 ヘーゲルの実践哲学構想 』をどうぞ。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アメリカ, アンドリュー・ガーフィールド, サスペンス, ナット・ウルフ, ホーク・マヤ, 監督:ジア・コッポラ, 配給会社:ハピネットファントム・スタジオLeave a Comment on 『 メインストリーム 』 -その「いいね」は誰のもの?-

『 スリー・ビルボード 』 -再鑑賞-

Posted on 2021年9月28日 by cool-jupiter

スリー・ビルボード 85点
2021年9月24日 dTVにて鑑賞
出演:フランシス・マクドーマンド ウッディ・ハレルソン サム・ロックウェル ルーカス・ヘッジズ
監督:マーティン・マクドナー

 

3年前ぶりの再鑑賞。前回のレビューはこちら。『 空白 』のテーマが”赦し”であると予告編でバラされてしまい、また妻がdTVの無料お試し登録をしたところ本作が available だったので、再鑑賞とあいなった。

 

あらすじ

娘を陰惨な事件でなくしたミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は地元の警察署長ウィロビー(ウッディ・ハレルソン)を責める内容の巨大ビルボードを街はずれに掲出した。やがてビルボードを巡り、ミルドレッドや街の人々、警察との対立が深まっていき・・・

 

ポジティブ・サイド

物語の始まりから終わりまで、一貫して unpredictable である。劇場鑑賞中に「こう来たら、次はこう・・・じゃないんかーい」と一人でノリ突っ込みをしていたことを思い出した。定石をとことん外してくるのが本作なのだが、そこに説得力がある。それは、一にも二にもフランシス・マクドーマンドの鬼気迫る演技。娘をなくした母親というだけでなく、苦悩する親、後悔する親というものを、恐ろしいほどのリアリティで体現している。

 

ウッディ・ハレルソン演じるウィロビー署長、横暴差別警察官を演じるサム・ロックウェル、ミルドレッドの窮地を救うピーター・ディンクレイジなど、とにかく悪人面だが、その内には人間性が宿っている。そして男が持つとされている包容力ではなく、弱い心や傷つく心を持っている。このあたりの、いわゆる人間の二面性を、ミルドレッドと彼女を取り巻く男たちとで比較対照してみると、人間の素のようなものが現われてくる。言葉の正しい意味でヒューマンドラマである。

 

ネガティブ・サイド

エンディングの余韻が少し弱い。もう少しだけミルドレッドとディクソンの間の会話というか空気を感じさせてほしかった。人は変われるし、人は人を赦すことができる。そうした本作のテーマをもう少しだけ映像とキャラクターのたたずまいで語って欲しかった。

 

総評

大傑作である。観ながら、ストーリーの非常に細かいところまで自分が覚えていることにびっくりしたが、それ以上に数々の伏線やセリフの妙、また役者たちの繊細かつ豪快な演技、それを捉える匠のカメラワークに唸らされた。日本の片田舎を舞台にリメイクできそうだが、これだけの人間ドラマを手がけられそうな監督がどれだけいるか。『 デイアンドナイト 』のテイストでドラマを再構築できるなら、藤井道人監督にお願いしたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

put up 

直訳すれば「置いてup状態にする」ということである。劇中では put up the billboards という形で何度か使われていた。put up のコロケーションとしては、put up an umbrella = 「傘をさす」や put up a tent = 「テントを建てる」などがある。英検準1級、TOEIC730点以上なら知っておきたい(TOEICにはまず出ないが)。 

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, アメリカ, ウッディ・ハレルソン, サム・ロックウェル, ヒューマンドラマ, フランシス・マクドーマンド, ルーカス・ヘッジズ, 監督:マーティン・マクドナー, 配給会社:20世紀フォックス映画Leave a Comment on 『 スリー・ビルボード 』 -再鑑賞-

『 レミニセンス 』 -トレイラーに偽りあり-

Posted on 2021年9月23日 by cool-jupiter

レミニセンス 45点
2021年9月19日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ヒュー・ジャックマン レベッカ・ファーガソン
監督:リサ・ジョイ

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大学の後期開講で多忙を極めるので簡潔なレビューを。

 

あらすじ

温暖化で都市は水没。戦争で人心は荒廃。人々は美しかった過去に囚われた。ニック・バニスター(ヒュー・ジャックマン)は、人々に過去の記憶を再現させる装置を使った生業をしていた。そこに謎めいた女性メイ(レベッカ・ファーガソン)が失くしものを探したいという依頼で舞い込んできた。やがてニックはメイと恋仲になるが、メイはある日、忽然と消えてしまい・・・

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ポジティブ・サイド

冒頭からの水没した都市の遠景から徐々にズームインしていく中、ヒュー・ジャックマンの語るナレーションにはしびれた。人々が絶望し、何かに救いを求めざるを得ない世界は十全に創り出されていた。土地持ち=資本家と、その下で生きる大多数の一般庶民という構図は、今後ますます顕著になっていくのかもしれない。

 

BGMも良い。金属質な音と液体的な音が効果的に背景に使われ、世界観を増強する。サントラの中でもレベッカ・ファーガソンが歌う ”Where or when” は初めて聞いたが、素晴らしい楽曲であると感じた。

 

消えたメイを追慕して装置に入り浸るニック、そして全く異なる事件の容疑者の記憶の中に偶然に見つかったメイを追ううちに、予期せぬ人物や思わぬ展開が目まぐるしく入り乱れる展開は、エンターテインメント性は抜群である。

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ネガティブ・サイド

ネタに新鮮味がない。ウィリアム・アイリッシュの小説『 幻の女 』以来の消えた女を追うというテーマに、『 秘密 THE TOP SECRET 』と『 インセプション 』と『 アンダー・ユア・ベッド 』の要素を足したように見える。

 

肝腎かなめの記憶再生の装置の仕組みも謎であるし、何よりも記憶が立体ホログラム再生されるのが腑に落ちない。一応、ヒュー・ジャックマンがレベッカ・ファーガソン相手にそれらしく説明するシーンがあるもの、この説明で「なるほど」と納得できる人間がどれだけいるのだろうか。たいしたネタバレではないので書いてしまうが、「ファーストキスを思い浮かべろ」と言われて、その時の記憶が3Dで俯瞰的に、あるいはやや離れたところから広角レンズで捉えたもののように脳内で再生される人がどれだけいるというのか。せっかく映像と音によって構築された世界観が、この時点でガラガラと音を立てて崩れ落ちた。Jovianはそのように感じた。

 

映画の本筋とは関係ないが、日本版のトレーラーや各種販促物のあらすじは一体全体何なのか。よくもこれだけ間違った情報を流布できるものだと感心させられてしまう。ニックは記憶潜入捜査官ではないし、トレーラーや色々な紹介サイトで触れられている記憶世界の3つのルールもストーリーにほとんど絡んではこない。公正取引委員会に訴えることもできるほどの酷さである。

 

総評

映像と音楽・音響は素晴らしい。ケチのつけようがない。しかし展開に全く意外性がない。どこかで観たり読んだりした物語のパッチワークである。ライトな映画ファンにはお勧めできるが、ディープな映画ファンには勧め辛い作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

serve in the military

軍役に就く、の意。service = サービスであるが、これには戦務や戦役の意味もある。日本で使うことはまずない表現だが、戦争映画や歴史ドキュメンタリーではよく使われる表現なので、中級以上の学習者なら知っておいてよいだろう。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, D Rank, SF, アメリカ, ヒュー・ジャックマン, レベッカ・ファーガソン, 監督:リサ・ジョイ, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 レミニセンス 』 -トレイラーに偽りあり-

『 TENET テネット 』 -Blu rayで再鑑賞-

Posted on 2021年9月13日 by cool-jupiter

TENET テネット 80点
2021年8月28日~2021年9月5日にかけてレンタルBlu rayにて複数回鑑賞
出演:ジョン・デビッド・ワシントン ロバート・パティンソン エリザベス・デビッキ ケネス・ブラナー
監督:クリストファー・ノーラン

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『 TENET テネット 』の記事にコンスタントに色々な方からコメントを頂戴していて、ずっと再鑑賞を考えていた。忙しいなら忙しいなりに観るしかないと決意して近所のTSUTAYAでレンタル。様々な解説記事や解説動画と合わせて観ては戻り、観ては戻りを繰り返したところ、初回鑑賞時とは全く異なる感想を持つに至った。これは傑作である。

 

あらすじ

男(ジョン・デビッド・ワシントン)はとあるテロ事件鎮圧後、テロリストに捕らえられ拷問を受けていた。隙を見て服毒自殺した彼は、ある組織の元で目覚める。そして、時間を逆行する弾丸を教えられる。未来で生まれた技術のようだが、いつ、誰がどうやって開発したのかは謎。それを探り、第三次世界大戦を防ぐというミッションに男は乗り出すことになり・・・

 

ポジティブ・サイド

映像の迫真性に息を飲むことたびたび。初見時には話の筋を理解することに脳のリソースの結構な割合が費やされていたが、そこを抜きに目だけで鑑賞することで色彩の一貫性やカメラワークの巧みさが光る。決して極彩色にすることなく、全体に非常に金属的な鈍い色のトーンが全編を支配するが、それが時間の順行と逆行というテーマによくマッチする。

 

BGMも派手さはないものの、こちらも金属的な硬質さに満ちている。如何に現代が物質および機械に支配されているかを象徴しているかのようである。こうした映像や音楽の面での硬質さ=ある種の無機質さが通奏低音になっているが故に、未来人が環境の荒廃から絶滅の危機に瀕しており、それゆえに文明を滅ぼして豊かな自然に包まれた地球へ回帰したいという意図や願望が感覚的に想像できる。

 

コメント欄で紹介してもらったTENET/テネット 「陽電子は時間を逆行する」の意味&この映画のコンセプトを解説【核心ネタバレなし】という動画の「陽電子は理論上、時間を逆行しうる」という解説により、NHKにもちらほら出てくる東工大の山崎詩郎先生の量子擬人化説に賛同するようになった。鵜の目鷹の目の映画評論家やYouTuberによって、あのシーンのここにあれがこうで・・・という解説や説明、考察の洪水をかき分けながら何度も鑑賞したが、細部に関しては見れば見るほどに難しい。同時に big picture、つまり全体像についてはかなりはっきりした(ような気がしている)。未来人が現代人を使って現代人を滅ぼそうとしているのを、未来人が現代人を使ってそれを止めようとしている。その未来人というのが近未来人と遠未来人になっている。順行と逆行が交錯する”今”という瞬間、あるいは順行と逆行が完全に分離してしまう”今”という瞬間に生まれる人間の儚い関係性、しかし力強い関係性を描いているように見える。それはつまりニールと主人公の友情。ここだけは何度見ても小説および映画の『 ぼくは明日、昨日のきみとデートする 』そっくり。原子核と電子が惹きつけ合うのも、電子と電子が対生成、対消滅するのも、愛と憎しみ、生と死のアナロジーで説明できるかもしれない。

 

タイトルのTENETはラテン語学習者なら 原形は tenere で、それの 3rd person, singular, active, present でtenetやなと分かるが、これが原義の「持っている、持って行く、引っ張る」と英語のTENET = 主義主張、思想信条につながり、ラテン語と英語を組み合わせれば、「彼は主義主張を有している」という意味にも解釈ができる。Tenet 単体のラテン語であれば、He remembers.となり、「彼は覚えている」あるいは「彼は忘れない」となり、彼=名もなき主人公の男だと解釈すれば、実に意味深長だ。さらに ten = 10 を前後からくっつけた語にもなっているという解説には正直度肝を抜かれた。最後の10分の時間挟撃作戦というわけである。よくまあ、タイトル一つとってもここまで凝れるものだなと感心させられる。

 

ネガティブ・サイド

初見時と同じ感想になるが、やはり誰かと誰かが対消滅するシーンは必要だったように思う。それによって主人公が謎のマスク男と戦うシーンの緊張感がさらに高まるから。なおかつ、量子の擬人化という作品テーマをこれ以上なく具現化するシーンになっただろうから。

 

序盤に主人公が船の上で「このジェスチャーとテネットという言葉だけを覚えておけ」と言うシーンがあるが、そのジェスチャーが効果的に使われる場面はその後なかった。

 

総評

SF作品には2種類ある。時の経過、つまりは科学の進歩によって色褪せてしまう作品と、科学の進歩によっても色あせない作品である。もちろん科学は常に発展の途上で、過去30年にわたって名作とされてきた作品でも、10年後には核となるアイデアがコモディティティ化しているかもしれない。その意味で本作は恐るべきアイデアと演出と驚き、そして実に陳腐なテーマ(=友情)を備えた作品で、長く時の試練に耐えることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

What happened happened.

『 滑走路 』ではMove on = 「前に進む」を紹介したが、そこで What happened happened. にも触れていた。関係代名詞whatが云々と言い出すとJovianの嫌いな文法説明になってしまうのでやめておく。ニールが何度か口にするセリフで、直訳すれば「起こったことは起こった」、意訳すれば「起こったことは変えられない」となる。仕事でミスってしまった時、ひとしきり悔やんだら”What happened happened.”と心の中で唱えて、挽回のために動き出そうではないか。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, SF, アメリカ, エリザベス・デビッキ, ケネス・ブラナー, ジョン・デビッド・ワシントン, ロバート・パティンソン, 監督:クリストファー・ノーラン, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 TENET テネット 』 -Blu rayで再鑑賞-

『 モンタナの目撃者 』 -山火事と暗殺者から逃れられるか-

Posted on 2021年9月12日 by cool-jupiter

モンタナの目撃者 65点
2021年9月11日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:アンジェリーナ・ジョリー フィン・リトル ジョン・バーンサル エイダン・ギレン ニコラス・ホルト
監督:テイラー・シェリダン

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テイラー・シェリダン監督の最新作。アメリカの大自然とアメリカ社会の闇の両面を描くという点で『 ウインド・リバー 』の同工異曲だが、クオリティはそこまで及んではいなかった。だからといってホームランと比べると2塁打は確かに劣るが、凡退やシングルヒットよりも全然良い。

あらすじ

森林局のパラシュート隊員であるハンナ(アンジェリーナ・ジョリー)は、過去の消防活動からトラウマを抱えていた。そんな中、小川のほとりでコナー(フィン・リトル)と出くわす。コナーの父が恐るべき陰謀に巻き込まれたことを知ったハンナはコナーを助けると決意する。しかし、そこには追手と彼らが放った火によって起きた森林火災が迫って・・・

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ポジティブ・サイド

アメリカの雄大な自然の森や山々が活写されると共に、それが牙を剥いてきた時の恐ろしさも真正面から捉えられている。山火事の炎は言うに及ばず、雷の恐怖もなかなかのもの。序盤に新人たちの入隊セレモニーが行われているそばで飲んだくれながら、F-words連発で下世話なトークを繰り広げるハンナとその仲間たちに「こいつらが消防隊員で本当に大丈夫か?」と思ったが、実際はこれぐらい図太さと豪胆さがなければ大自然の脅威には立ち向かえないということがよく分かった。

かといってハンナは単に口が悪い、頭のねじが外れた消防士ではない。過去のトラウマに今も苛まれている。そんな彼女がコナーと巡り合うことで、過去のトラウマに決着をつけられる機会を図らずも手に入れる。序盤、いきなり住宅が吹っ飛ばされ、それをニュースで知った男性が息子を連れて逃走するシーンは観る側を置いてけぼりにするが、それを追撃してくる暗殺者ふたりの奇妙なバディっぷりが不気味さを倍増させる。

あるサバイバルスクールで文字通りに役者が揃い、ハンナとコナー、ハンナの元恋人で地元の保安官とその妻、そして山火事の猛威の三つ巴の戦いはまさに手に汗握る展開。「殺される」と感じた瞬間からの逆転や、「勝った」と確信した瞬間からの再逆転など、とことんまでサスペンスを追求した作りに100分という上映時間をもっと短く感じた。

エイダン・ギレンとニコラス・ホルトの暗殺者二人組の容赦のない仕事ぶりと、それゆえの倒され方には納得。ジョン・バーンサルの保安官役も板についていた。子役のフィン・リトルの演技力も堂に入っている。涙を流すのではなく、父の遺志を継いで涙を必死にこらえる姿には脱帽。演出家や演技指導者の腕が良いのか、この子の訳とシーンの解釈が素晴らしいのか。最後にアンジェリーナ・ジョリーを称えないわけにはいかない。豪快さと繊細さ、力強さと優しさの両方を備えている。父子家庭で育ったと思しきコナーが父を失くしたからといって、安易に母親的な存在になろうともしない。相手を子どもではなく一人の人間として、まっすぐに目と目を合わせて話をする。ルックスでデビューして、加齢とともに消えていくどこかの国のアイドル卒の女優たちには、アンジェリーナ・ジョリーの出演作品を10回以上見せてやりたいと思う。

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ネガティブ・サイド

コナーが仔馬と交流するシーンが冒頭近くにあるが、これは何だったのだろう。てっきり終盤に森林の中で馬と出会い、動物と心通わせる力でもって、窮地を脱するのかと思ったらさにあらず。

バーンサルの上官が自身の妻からの電話応答を”Absolutely not.”といって断るシーンは必要だったか。これをやってしまうとそそっかしい人は「保安官は職務中は家族からの電話にも出ないのだな」と思ってしまう。ここは逆に電話に出て、保安官同士で使う隠語で妻に言葉をかけるぐらいが望ましかった。

不満を言わせてもらえば、落雷する平原を駆け抜ける際のハンナの指示にプロフェッショナリズムがもっとあれば良かった。いつ落雷するか分からないような超危険地帯では、雷しゃがみが鉄則。「こんな風にしゃがむのよ」的なことを言っていたが、こここそ「手を地面につかない」とか「かかとを浮かせる」といったことを復唱させる場面であると感じた。

あとは映画そのものの出来とは関係ないが、これまたトレイラーがほとんど全部のプロットを明かしてしまっている。できるだけトレイラーを見ずに臨むのが吉である。

総評

炎の熱がスクリーン越しにこちらに伝わってくるようなヒリヒリ感に満ちた作品である。自然の脅威と人間の追撃者の両方を扱った作品としては『 ローグ 』以上のサスペンスとアクションに満ちている。アンジェリーナ・ジョリーの迫真の演技とテイラー・シェリダンの描く極限的な状況がハイレベルで融合した佳作である。

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

read 

「読む」の意。通常は文字を読むのに使われる表現だが、日本語動揺に実は守備範囲が非常に広い動詞である。

lipreading = 読唇術
mind reading = 読心術
palm reading = 手相見
card reading = カードの読み取り(クレジットカードからタロットカードまで)

劇中では read the wind wrong =「風を読み違えた」という表現が出てきたが、ここまでくれば wind reading = 風読みも、ゴルフをたしなむ人なら分かるだろう。もっと一般的なところでは、正月に凧を揚げる時にどこに注目するかを思い浮かべればいい。それが風読みである。

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Posted in 映画, 未分類, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アメリカ, アンジェリーナ・ジョリー, エイダン・ギレン, ジョン・バーンサル, スリラー, ニコラス・ホルト, フィン・リトル, 監督:テイラー・シェリダン, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 モンタナの目撃者 』 -山火事と暗殺者から逃れられるか-

『 シャン・チー テン・リングスの伝説 』 -MCU新フェイズの幕開け-

Posted on 2021年9月11日 by cool-jupiter

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シャンチー テン・リングスの伝説 65点
2021年9月5日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:シム・リウ オークワフィナ ミシェル・ヨー トニー・レオン
監督:デスティン・ダニエル・クレットン

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『 ブラック・ウィドウ 』に続く Marvel Cinematic Universe の新フェイズ。明らかに中国市場を意識した作りになっているが、諸事情あって肝腎の中国では上映されないとか。なかなかの力作だけに実にもったいないと思う。

 

あらすじ

ホテルの駐車係のショーン(シム・リウ)は親友のケイティ(オークワフィナ)との出勤途中のバスで、片腕が剣になっている男に襲われる。ショーンは自らの秘めた力で応戦するが、それは彼の父の組織「テン・リングス」との闘いの幕開けだった・・・

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ポジティブ・サイド

冒頭からトニー・レオンが荒ぶる。テン・リングスという、まさに仙術武具とも言うべき武器の威力を見せつける。元ネタはやはり乾坤圏なのだろうか。非常にアジア的で、MCUの新フェイズを強く印象付ける。最初から最後まで悪役なのだが、MCUにちらほら出てくる小物的な悪ではなく、カリスマ的な悪のオーラを放っている。それもこれも愛する妻のためだというのが、陳腐ながら説得力あり。

 

ショーンことシャン・チーの実力発揮までも簡潔でよろしい。オークワフィナ演じるケイティとのバディっぷりを見せながら、バスの中でのいきなり格闘戦の始まりまでに無駄がない。アクロバティックな体術ながら、確かにこれなら鍛錬を極限まで積んだ人間なら出来そうなムーブで敵モブを蹴散らすのは爽快だった。ブルース・リーやジャッキー・チェンなら実際にできただろう。シム・リウには悪いが、彼らの顔を思い浮かべながら楽しませてもらった。

 

妹シャーリンとの再会と共闘もどこか『 フェアウェル 』的で、中国を市場として大いに意識しつつも、西洋文化に回収してやろうという意識を読み取れないでもない。シャン・チーとシャーリンの叔母にミシェル・ヨーがキャスティングされているのはその表れだろうと思う。CGとスタントダブル全開ながら、そのミシェル・ヨーもアクションで魅せる。とにかく一時期のWWEかと思うほど、ストーリーの緩急の緩に差し掛かると、無理やりにバトルである。ここまで開き直った作りは嫌いではない。

 

クライマックスのシャン・チー勢力 vs 父率いるテン・リングスの激突に第三勢力の登場、そしてスペクタクル満載のフィナーレへ。深く考えてはならない。『 ゴジラ FINAL WARS 』のようなものだと思うべし。人間同士のバトルと、怪物同士のバトル。つまりは派手なお祭りである。祭りなら楽しんだ者の勝ちである。

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ネガティブ・サイド

さすがにMCU映画も作りすぎてしまったか、映像やアクション面で新境地は少しは開かれているものの、構図がどれも似たり寄ったりになっていると感じる。バス車内でのバトルは『 デッドプール 』の乗用車内でのバトルを彷彿させるし、家族内の争いがそのまま世界の命運につながってしまうというのは、まんま『 ブラック・ウィドウ 』である。建設中のビルの足場でのバトルは残念ながら『 ザ・ファブル 殺さない殺し屋 』の方が先に映像化および公開をしてしまった。

ラストのバトルも、後から思い起こすと『 千と千尋の神隠し 』+『 モンスターハンター 』+『 アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー 』の足し算に見えてしまった。パッと見には真新しく見えるけれど、実は古い革袋に新しい酒ならぬ、新しい革袋に古い酒になっている。

 

未見だが、ディズニーの実写『 ムーラン 』もこんな感じなのだろうか。アジアのスーパーヒーローのMCU参戦は大歓迎だが、シャン・チーが『 ドクター・ストレンジ 』のエンシェント・ワン並みにユニークな闘い方の特徴を今後見せられるかが少し不安になってしまった。

 

総評

往年のブルース・リーの名作の数々から『 ベスト・キッド 』までの流れを汲みつつも、『 クレイジー・リッチ! 』や『 フェアウェル 』のような家族ドラマの要素も強い。アクション全開かつ満載で、何も考えなければ一気に最後までノッて行けるが、「どっかで観た構図だな、これ」とか考え出すとドツボにはまる。『 ドラゴンボール超 』のアニメ映画を観るつもりで鑑賞すべきだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

90% confident

劇中で「90%自信がある」というふうに使われていた。ここで知っておいてほしいと思うのは、【 数字+(単位)+形容詞 】という構造。最も一般的なのは I am 20 years old. や She is 155 centimeters tall. のような使い方だろう。ところがどういうわけか英会話スクール講師(日本人)の中にすら、Your student, 〇〇 san, will be late for 10 minutes. のような文章をメモやメールで使う者が多い。正しくは、〇〇 san will be 10 minutes late. である。ちなみにJovianの前の職場の日本人英会話講師は全員 late for 10 minutes を正しい英語だと判断する困った方々であった。

 

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Posted in 映画, 未分類, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アクション, アメリカ, オークワフィナ, シム・リウ, トニー・レオン, ミシェル・ヨー, 監督:デスティン・ダニエル・クレットン, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 シャン・チー テン・リングスの伝説 』 -MCU新フェイズの幕開け-

『 フィールド・オブ・ドリームス 』 -He lives in you-

Posted on 2021年9月5日 by cool-jupiter

フィールド・オブ・ドリームス 80点
2021年8月30日 NHK BSプレミアムにて鑑賞
出演:ケビン・コスナー ジェームズ・アール・ジョーンズ レイ・リオッタ バート・ランカスター
監督:フィル・アルデン・ロビンソン

 

たしか中学生の時にVHSで父親と一緒に観た。世にスポーツは数多いが、特定の国々では野球に格別のドラマを見出すようである。

 

あらすじ

トウモロコシ農場を営むレイ(ケビン・コスナー)は、ある日「それを作れば、彼はやって来る」という謎の声を聴く。”それ”を野球場だと解釈したレイは、畑の一部をつぶして野球場を作る。するとそこに、スキャンダルでMLBを追放された往年の名選手、シューレス・ジョーが現われて・・・

 

ポジティブ・サイド

初めて観た頃に、ちょうど中学の授業で赤瀬川準の『 一塁手の生還 』を読んでいたと記憶している。同作を読んで、「時代と共に変わってしまうもの、時代を経ても変わらないものがあるのだな」と感じていたので、本作品でしばしば言及される60年代が何のことやら分からなくても、それが物語の理解の妨げにはならなかった。今の目で観返してみると色々と見えてくる。戦争とそれに続く反戦運動は『 シカゴ7裁判 』に描かれている通りだし、親世代と子世代の断絶は普遍的なテーマである。

 

ケビン・コスナーが作った野球場にシューレス・ジョー・ジャクソンが現われるのは、日本で言えば沢村栄治が復活するぐらいのインパクトだろうか。ちょっと違うか。いや、戦争への道を歩む前、牧歌的に野球をしていた頃の日本の野球人だという意味では合っているかもしれない。

 

ジェームズ・アール・ジョーンズの声を聴くと、どうしても『 スター・ウォーズ 』のダース・ベイダーを思い起こすし、『 ライオン・キング 』のムファサの声も印象に残っている。父親をテーマにする本作のベストキャスティングではないかと思う。

 

レイが60年代の象徴たるテレンス・マンと共に全米を奔走し、それどころか過去と現代を行き来して、悲運のメジャーリーガーとついに巡り合う。しかし、アイオワに連れてくることが叶わないシーンには胸が潰れそうになってしまった。そこへ現われる時を超えてきた青年に思わず息を飲んでしまった。そして、その青年の因果にも。

 

最後の最後に現われる「彼」との邂逅は、野球が普及していない地域や文化圏の人が見ても、その美しさと尊さは伝わることだろう。Jovianは自宅の居間で不覚にも涙してしまった。過去と現在は断絶しない。愛と絆があれば、再び人は寄り添い合うことができる。ベタにも程があるストーリーなのだが、中年になった今、あらためてその素晴らしさを堪能することができた。

 

ネガティブ・サイド

ケビン・コスナーが各地を奔走して、「彼」を探す旅路と、自宅でそれを待つ家族という構図にアンビバレントな気持ちを抱かされる。チューリップの『 虹とスニーカーの頃 』で「わがままは男の罪、それを許さないのは女の罪」と歌った時代で、2020年代にそんな菓子の歌をリリースすればバッシングの嵐だろう。時代が違うとはいえ、この部分だけは「おいおい、レイ、もうちょっと察してやれよ」と感じてしまった。

 

散々指摘されていることだが、シューレス・ジョーは左利きである。P・A・ロビンソン監督がレイ・リオッタを御しきれなかったのか。

 

総評

WOWOWで夜更かししながらNBAを観ていたJovian少年はマイケル・ジョーダンの突然の引退と野球への転向ニュースに大いに驚いた。今にして思えば、MJも野球を通じて父親ともう一度つながりたかったのかもしれない。『 ドリーム 』や『 モリーズ・ゲーム 』で厳しいながらも温かみのある父親的人物像を打ち出すケビン・コスナーの演技が光る本作を観れば、親孝行したくなってくる。コロナ禍が収まったら、親父と一緒に映画館に行きたいな。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

take in something

スポーツ観戦は watch または see を使うのがほとんどだが、野球は take in a baseball game という表現がしばしば使われる。Cambridge Dictionaryでは take in = to go to see something of interest となっており、面白いと感じられるもの全般に使うことが分かる。実際に take in a beautiful sunset というのは travel blog などでよく使われる。映画ファンならば、take in a movie という表現も知っておきたい。

 

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Posted in 映画, 未分類, 海外Tagged 1980年代, A Rank, アメリカ, ケビン・コスナー, ジェームズ・アール・ジョーンズ, バート・ランカスター, ファンタジー, レイ・リオッタ, 監督:フィル・アルデン・ロビンソン, 配給会社:東宝東和Leave a Comment on 『 フィールド・オブ・ドリームス 』 -He lives in you-

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