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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: ホラー

『 ヘレディタリー/継承 』 -ホラーではなくスーパーナチュラル・スリラーに分類すべき-

Posted on 2018年12月14日2019年11月30日 by cool-jupiter

ヘレディタリー/継承 50点
2018年12月2日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:トニ・コレット アレックス・ウルフ ミリー・シャピロ アン・ダウド ガブリエル・バーン
監督:アリ・アスター

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heredityという言葉がある。遺伝という意味で、よりなじみ深い英単語ならinheritが挙げられるだろう。ityがつくことで、性質や状態を意味する。身近な例としては、abilityやunity、facilityがある。これにさらに、aryをつけると、場所や範囲、領域を意味するようになる。好個の一例がdictionaryだろう。dictについては、predictやcontradictから類推は容易だ。原題も”Hereditary”であることから、誰かが何かを受け継いでいることを指すのは一目瞭然なのだが、誰かとは誰か、何かとは何であるのかを理解するのは一筋縄ではいかなかった。

 

あらすじ

その一家は祖母を亡くした。その娘のアニー(トニ・コレット)は母には複雑な感情を抱いていながらも、仕事のミニチュア・ハウス作りに没頭する。息子のピーター(アレックス・ウルフ)と娘のチャーリー(ミリー・シャピロ)も日常に回帰しようとするが、名状しがたい異様な空気を一家は振り払うことができず、ある夜、悲劇が発生してしまう・・・

 

ポジティブ・サイド

非常に珍しい Establishing Shot から始まる映画である。ミニチュアのドールハウスを映したかと思えば、その部屋の一つにどんどんズームインしていく。それがピーターの寝室とぴたりと重なるところで、父がピーターを実際に起こしに来る。のっけから唸らされた。今からあなたが観るのは、全て誰かが組み立てた話なのですよ、とあけっぴろげに語られたような気がしたからだ。そして、実際にその通りなのである。

 

何と言ってもチャーリーを演じたミリー・シャピロに拍手を送りたい。強面のジェイソン・クラークをそのまま性転換させ幼児化させたようで、メイクの力もあるだろうが、尋常ならざる雰囲気を見た目だけで醸し出している。天才肌のグレイス・マッケナとは一味違う、一種異様な空気を纏うことができる子役だ。『 エクソシスト 』のリンダ・ブレアのようなキャリアを歩まないことを切に願う。

 

アメリカのメジャーな映画の母親役はトニ・コレットかアリソン・ジャネイとでも決まっているのだろうか。ほんの少し前まで、邦画のきれいなおばあちゃんは吉永小百合、ちょっとエキセントリックなおばあちゃんは樹木希林だったように。本作では主演だけではなく製作総指揮も務めたとのことだが、おそらく鏡の前で相当に顔の筋肉を動かしてから撮影に臨んだに違いない。恐怖の演出のための表情が、コメディ一歩手前にまで到達してしまっている。トニ・コレットでなければギャグになってしまうところを、その存在感と卓抜した演技力で見事に場面を締め付けている。

 

顔芸ではピーターも負けてはいない。特に運転席のシーンでは、観ているこちらも冷や汗をかくというか、脂汗をかくというか、バックミラーを見て後ろを確認すると、そこには!という演出は、おそらく『 ジュラシック・パーク 』で一気にスパークし、今やクリシェと化したが、今作はバックミラーを覗きこみたくても覗きこめないという演出で観る者の不安と恐怖を掻き立てた。残念なのは、恐怖の描写ではこのシーンがピークだったことか。

 

ネガティブ・サイド

ホラーとは何か、については実に興味深い議論がある。Cinemassacreの二人(James RolfeとMike Matei)による Is it horror? という動画がある。議論の冒頭で“Horror is something that’s always changing and adapting to the state of the world”=「ホラーは常に変化して、世界の状態に適応していくもの」という指摘がなされるが、これは正しい。そして、その議論を援用するならば、ホラーの定義は地域によって異なってもよいはずだ。極めて日本的なバックグラウンドを持つ人が、この映画から感じ取る恐怖とは、視覚的な恐怖や聴覚的な恐怖であったり、家族の崩壊の恐怖であったりで、宗教的・哲学的な意味での恐怖を感じ取る人がいたとすれば、相当に鋭い感受性か、もしくは類まれな知識と教養の持ち主と思われる。この映画から後者の意味での恐怖を受けるとすれば、それは西洋文明に相当明るい人のはずだ。Jovianは平均よりも上の知識をその方面に有していると自負しているが、正直なところ、家族の崩壊以上の意味を感じ取ることは難しかった。最後の最後の場面で諸々の伏線、前振りが回収されていく様は見事であったが、それはホラーといよりもサスペンスやスリラーであるように感じられた。

 

ホラー=恐怖とは、理不尽なもの、理屈が通じない状況から生まれるものだろう。しかし、本作の悲劇の始まりは、チャーリーがある行動を取ったから、という実に他愛のないものだった。隠す意味もないのだが、その行動とは「ケーキを食べる」である。もう、これだけでホラーの要素が薄まってしまうだろう。もちろん、その後の悲劇は本当に悲劇としか言いようがないのだが、その過程で観る者が感じるのはサスペンスであってホラーではない。これは西洋人であろうと東洋人であろうと同じだと考えられる。

 

本作は『 ローズマリーの赤ちゃん 』になろうとして、しかし『 タロス・ザ・マミー/呪いの封印 』になってしまった、と言えば通じるだろうか。誰がどう見ても怖い作品を作ろうとして、謎解き要素が強めの作品が出来上がったという感じである。同工異曲でもっと怖い作品を観たいという人は、『 ウィッチ 』を観よう。色々と腑に落ちた点をしっかりと頭に叩き込んでもう一度劇場に向かえば異なる感想を持つ可能性は高いが、残念ながらその予定はない。

 

総評

おそらく評価が真っ二つに分かれる作品である。恐ろしさを感じる人は感じるだろうし、スリルやサスペンス、またはミステリー要素を感じ取る人も相当数いると思われる。ホラーというものは常に現実に即しながら、必ず現実をはみ出た部分を持っている。どの方向にどの程度はみ出るかによって、どのような人にどの程度の恐怖感を催させるかが決定されるわけだ。そうした意味では、観る人を選ぶ作品である。もしもトニ・コレットのファンならば、即、劇場へGO!! である。イヤミス好きという人にもお勧めできる。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アメリカ, トニ・コレット, ホラー, 監督:アリ・アスター, 配給会社:ファントム・フィルムLeave a Comment on 『 ヘレディタリー/継承 』 -ホラーではなくスーパーナチュラル・スリラーに分類すべき-

『ジュラシック・パーク』 -科学の功罪を鋭く抉る古典的SFホラーの金字塔-

Posted on 2018年9月28日2019年8月22日 by cool-jupiter

ジュラシック・パーク 80点

2018年9月24日 レンタルDVD鑑賞
出演:サム・ニール ローラ・ダーン ジェフ・ゴールドブラム サミュエル・L・ジャクソン リチャード・アッテンボロー B・D・ウォ
監督:スティーブン・スピルバーグ

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ふと気になって近所のTSUTAYAで借りてきてしまった。確か劇場初公開時に岡山市の映画館で観たんだったか。1990年代半ばの映画館は、誰かが入口ドアを開けるたびに光が思いっきり入り込んでくるように出来ていた。まだまだ劇場というものの設計思想が日本では遅れていた時代だった。それでも座席予約や入れ替え制なども中途半端で、極端な話、入場券一枚で一日中映画三昧が可能なところもあった。良きにつけ悪しきにつけ、おおらかな時代だった。バイオテクノロジーやコンピュータテクノロジーが、ブレイクスルーを果たした時代でもあった。もちろん、2018年という時代に生きる者の目からすると、技術的にも設計思想にも古さが見てとれるが、この『ジュラシック・パーク』が古典とされるのは、それが生まれた背景となる時代と激しく切り結んだからだ。

大富豪のジョン・ハモンド(リチャード・アッテンボロー)は、琥珀に閉じ込められたジュラ紀の蚊の体内に保存された恐竜の血液からDNAを採取、復元。恐竜たちを現代に蘇らせ、一大テーマパークを作る構想を練っていた。そのテーマパークを見てもらい、構想に意見をもらうため、古生物学者のグラント博士(サム・ニール)、植物学者のサトラー博士(ローラ・ダーン)、カオス理論を専門とする数学者のマルコム博士(ジェフ・ゴールドブラム)を招聘する。一方で、ジュラシック・パーク内部には、恐竜の杯を高く売り飛ばそうとするネドリーもいた。様々な思惑が入り乱れる中、島には嵐が迫る・・・

まず過去の作品を評価するに際して、映像の古さには目を瞑らなくてはならない。現代の目で過去作品を断じることはあまりすべきではない。それでも本作に関しては、初めて劇場で観た時に魂消るような気持ちになったことは忘れようもない経験だった。巨大な生物が大画面に現れたからではなく、このような巨大な生物が現実の世界に存在してもおかしくないのだ、と思わされるようなリアリティがあったからだ。単に巨大な生き物が画面に現れて暴れるというのなら、ゴジラでも何でもありだ。ゴジラには怪獣としてのリアリティ=その時代において怪獣性に仮託される別の事象・現象があるのだが。時にそれは原子力に代表されるような科学技術の恐ろしさ、戦争という災厄、公害、宇宙からの侵略者、超大国の軍事力でもあった。

Back to the topic. 恐竜を復元、再生するリアリティに何と言っても生物学の長足の進歩があった。1990年代の生物学の歴史は、素人の立場ながら乱暴にまとめさせてもらうと、分子生物学と脳科学の発達の歴史だった。前者の分子生物学は、そのまま遺伝学と言い換えても良いかもしれない。その分野の最新の知見を、コンピュータ技術などと組み合わせることで、現実感が生まれたわけだ。これは過去数年の間に『エクス・マキナ』などに見られるような人工知能、そしてロボットの主題にした映画が陸続と生まれつつあることの相似形である。歴史は繰り返すのだ。ちなみにこの分野では『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995)が白眉であると思う。スカーレット・ジョハンソン主演で実写映画化されたのも、偶然ではなく満を持してというところだろう。結果は、まずまずの出来に終わってしまったが。

Back on track. 映画の面白さを語る時、どこに着目するかは観る人による。ある人は演出に魅せられるだろうし、ある人は映像美を堪能するだろうし、またある人は役者の演技に注目するだろう。しかし、ある作品が名作、さらに古典たりえるか否かは、その作品が持つテーマが普遍性を有するかどうかにかかっている。『ジュラシック・パーク』のテーマは、イアン・マルコムがランチのシーンですべて語り尽くしている。「あんたらは他人の功績に乗っかかって、その技術を応用するが、その責任はとらない。その科学技術を追求することができるかどうかだけ考えて、追求すべきかどうかを考えもしない」と厳しく批判する。ゲノム編集技術を倫理的に議論し尽くせているとは言い難い状況で研究や実験をどんどん進める無邪気な科学者たちに聞かせてやりたい台詞である。絶滅の危機に瀕するコンドルを例に挙げ、自らを正当化しようとするハモンドにも「森林伐採やダムの建設で恐竜は滅んだのではない。自然が絶滅を選んだんだ」と理路整然と反論する。科学と倫理のバランスはいつの時代においても重要なテーマである。漫画『ブラック・ジャック』の本間先生の名言「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね」という声が、本作鑑賞中に聞こえてきた。“Life finds a way.”と”We spared no expense”という二つの象徴的な台詞の意味についても、よくよく考えねばならない時代に生きている我々が、繰り返し鑑賞するに足る映画である。本作を観ることで、『ジュラシック・ワールド』シリーズが『ジュラシック・パーク』に多大な影響を受けていることが分かる。構図があまりにも似すぎているものがそこかしこに散見されるからだ。小説家の道尾秀介は『貘の檻』で横溝正史の『八つ墓村』から無意識レベルでの影響を受け、意図せずにオマージュ作品を書いてしまったということを機会あるごとに語っているJ・J・エイブラムスも『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』で直観的な演出を即興で多数盛り込んだことで、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』のオマージュを創り出した。名作とは、頭ではなく心に残るものらしい。記憶ではなく、無意識の領域に刻みつけられるものが名作の特徴であるとするならば、『ジュラシック・パーク』は文句なしに名作である。

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Posted in 映画, 海外Tagged 1990年代, A Rank, SF, アメリカ, サム・ニール, ジェフ・ゴールドブラム, ホラー, ローラ・ダーン, 監督:スティーブン・スピルバーグ, 配給会社:ユニバーサル・ピクチャーズLeave a Comment on 『ジュラシック・パーク』 -科学の功罪を鋭く抉る古典的SFホラーの金字塔-

『キャビン』 -クリシェ満載の異色面白ホラー-

Posted on 2018年8月17日2019年4月30日 by cool-jupiter

キャビン 55点
2018年8月14日 レンタルDVD観賞
出演:クリステン・コノリー クリス・ヘムズワース アンナ・ハッチソン リチャード・ジェンキンス ブラッドリー・ウィットフォード
監督:ドリュー・ゴダード

夏と言えばホラー映画である。近所のTSUTAYAでおススメの表示があったので、借りてみた。原題は”The Cabin in the Woods”、「森の中の小屋」である。『死霊のはらわた』でお馴染みのシチュエーションである。というか、星の数ほどあるホラーの中でA Cabin in the woodsほど分かりやすい状況も無い。人里離れた小屋の中もしくは周囲で一人また一人と死んでいき、その場の人間は疑心暗鬼になり・・・というやつだ。ところが、本作が凡百のホラーと一線を画すのは、小屋を目指して出発するダンジョンもグループを監視する一味が存在することである。

本作については、プロットを説明することが難しい。理由は主に二つ。一つには、そうする意味が全くないほどホラー映画の文法に則った展開だらけ、つまりクリシェだらけであるから。もう一つは・・・、こればかりは本編を観てもらうしかない。なぜなら、ほんの少しでもその理由を説明すると、それが即、ネタバレになりかねないからである。

 いくつか類縁というか近縁種であると言えそうな作品を挙げると、クライヴ・バーカーの小説『ミッドナイト・ミートトレイン 真夜中の人肉列車 血の本』およびその映像化作品『ミッドナイト・ミート・トレイン』、さらにはアーネスト・クラインの小説を原作とする『レディ・プレーヤー1』などがある。

ホラーが好きでたくさん見ているという、言わば上級者が本作を観れば狂喜乱舞するだろう。一方でホラー映画などは一切観ませんという初心者にも、ある意味で安心して進められる作品である。なぜならホラーの入門編として最適だからである。この辺は上述の『レディ・プレーヤー1』に似ていて、まさか『シャイニング』が重要なパーツを構成しているなどとは、誰も予想だにしなかっただろう。

ここからは白字で。本作は最後の最後にシガニー・ウィーバーが現れ、クトゥルー神話さながらの世界の真実を語るが、残念ながら数多登場する怪物の中にエイリアンは見当たらなかった。しかし、そうなるとすぐに『ゴーストバスターズ』(1984)のデイナに見えてくる。そうすると、ズールに思えてくるから不思議なものだ。エンディングは映画版ではなく小説の『ミスト』(スティーブン・キング)を彷彿とさせる。それにしてもドリュー・ゴダードはよほどこういうのが好きなのだな、と感じてしまう。『クローバーフィールド/HAKAISHA』でも、最後に地球に降って来ていたのは、ヴェノムなのか?と囁かれたり。

まあ、あまり深く考えずにクリス・ヘムズワースの若さやクリステン・コノリーの可愛らしさに注目するだけでも良いだろう。しかしまあ、これを機にホラー映画ファンになった人は、幸せなのやら不幸せなのやら・・・

 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アメリカ, クリス・ヘムズワース, クリステン・コノリー, ホラー, 監督:ドリュー・ゴダード, 配給会社:クロックワークスLeave a Comment on 『キャビン』 -クリシェ満載の異色面白ホラー-

『 ウィッチ 』 -魔女映画の新境地-

Posted on 2018年5月20日2020年1月10日 by cool-jupiter

題名:ウィッチ 70点
場所:2017年7月 シネリーブル梅田にて観賞
主演:アニャ・テイラー=ジョイ
監督:ロバート・エガース

魔女映画の傑作(公開当時)と言えば『 ブレアウィッチ・プロジェクト 』が想起される。レンタルビデオで観た時はあらゆるシーンの意味が分からず、その場でもう一度見直したら、いくつか背筋が凍るような場面があった。ホラー映画は一部の傑作を除いてあまり楽しむことはそれ以来なかったが、本作は久しぶりの個人的ヒットであった。

冒頭、主人公一家が追放されるシーンの直後に森の遠景を映し出す、いわゆるEstablishing Shotがあまりにも暗く、家族の今後の生活に暗雲が立ち込めていることを明示していた。

しばらくは平穏に過ごす家族に、しかし災いが訪れる。赤ん坊がいきなり消えてしまうのだ。その場で子守りをしていたアニャ・テイラー=ジョイ演じるトマシンは家族の中で立場を失っていく。

この作品を観賞する上では、アメリカの家族文化やキリスト教に関する一定の理解があることが望ましい。それによって主導的な役割を果たそうとする父親を見る目が大きく変わってくるだろう。

本作では魔女が何度かその姿を見せる。時に不気味な老婆であったり、時に妖しい美女であったりと、観る者をも惑わせる。魔女は姿を変えるのか、と。姿かたちが特定できない魔物のような存在を描いたホラーの傑作と言えば『遊星からの物体X』が思い出される。一人また一人と隊員が死んでいく中で、誰が”The Thing”であるのかが分からないのが最大の恐怖。それと同じように、家族は次第に疑心暗鬼に駆られていく。中盤においては双子の妹が重要な役割を担うが、彼女らを見ていて不覚にもニコラス・ケイジ版の『ウィッカーマン』を思い浮かべてしまった。時に幼い少女の無邪気さほど邪悪なものは無いということを我々は思い知らされてしまう。

物語が進む中で、ついにはトマシンの弟も魔女の手にかかり死んでいくのだが、このシーンは筆舌に尽くしがたい恐ろしさを醸し出すことに成功している。観る者は魔女の呪いの恐ろしさと、家族の反応の異様さの両方に恐怖を感じるであろう。魔女がもたらす災いにより家族が崩壊していく様を目の当たりにすることで、人間が本質的に恐れるのは人間ならざる者ではなく、人間そのものであることが露わになる。そのことは実は、冒頭で共同体から追放される家族自身がすでに経験していることでもあったのだ。人間関係の崩壊、それこそが本作のテーマであると思わせておきながら、しかし思いもよらぬ結末が待っている。この結末をあるがままに受け取ることによって、劇中の魔女の不可解さが説明される。それと同時に、ある肝心なシーンが意図的に映し出されていないことが別の解釈の余地を観る者に与えている。この映画の視聴後の虚脱感はヘレン・マクロイの『暗い鏡の中に』を想わせる。こちらも同工異曲の小説で、かなり古い作品ではあるものの、現代にも通じる面白さを秘めている。

本作で他に注目すべきは、音楽の恐ろしさと英語の古さ。一瞬の不協和音でびっくりさせてくるようなこけおどしではなく、脳に響いてくる不協和音とでも言おうか。また英語の古さがリアリティを与え、非現実的な物語に逆に更なる深みを与えることに成功している。カジュアルな映画ファンにはキツイかもしれないが、スリラーやサスペンスが好きな向きにもお勧めしたい一本。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, アニャ・テイラー=ジョイ, アメリカ, カナダ, ホラー, 監督:ロバート・エガース, 配給会社:インターフィルムLeave a Comment on 『 ウィッチ 』 -魔女映画の新境地-

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