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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: フランス

『 シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 』 -愚直で朴訥な男の伝記-

Posted on 2020年1月8日2020年1月8日 by cool-jupiter

シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 80点
2020年1月5日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:ジャック・ガンブラン レティシア・カスタ
監督:ニルス・タベルニエ

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嫁さんが観たいと言ったのでチケットを買ったが、これが大当たり。本作は珠玉の biopic である。フェルディナン・シュヴァルは、フランス語辞書の「愚直」、「朴訥」といった語の説明用の挿絵に使われるような男だということが、本作を通じて実感を持って感じることができた。

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あらすじ

郵便配達人のF・シュヴァルは妻に先立たれ、息子も里子に出すことになってしまった。悲しみを押し殺し、黙々と職務に打ち込むシュヴァルは、未亡人のフィロメーヌと知り合い、再婚する。そしてアリスという娘を授かる。ある日、大きな石につまずき、山肌を滑落してしまったシュヴァルは、その石を掘り返し持ち帰った。それ以来、シュヴァルは石やセメントで自分の空想の中にある宮殿を作り始めて・・・

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ポジティブ・サイド

なんという壮大な物語なのだろうか。物語の舞台となるのはフランスの片田舎だが、劇中で流れる時間の長さ、そしてシュヴァルという男の人生に降りかかってくる試練の数々に、男泣きを禁じ得ない。

 

全編をほとんど実物の「理想宮」とその周辺地域を使って撮影されているという。そのためか、空や山々といった景観は、確かに19世紀末から20世紀初頭であるように感じられた。『 永遠の門 ゴッホの見た未来 』でも感じたが、フランス南西部には素朴な自然が今でも残っているようである。日本には今でも各地に日本昔話級の田舎が残っているが、そうした場所を舞台にした素朴な物語がもっと生産されてほしいと心から願う。決して『 青夏 君に恋した30日 』のような物語を作ってはならない。もうすぐ大阪で公開予定の『 ハルカの陶 』には期待している。Jovianは岡山県備前市に縁があったのである。日本であれ、フランスであれ、自然豊かな地方には人工物がない。言い換えれば、曲線や色彩に満ちている。シュヴァルが建築や地質学の教育を受けた背景がないにも関わらず、巨大な宮殿を建造することができたのは、自然の造形から知らず知らず学んでいたからではないか。ちょうど『 風立ちぬ 』で堀越二郎が魚の骨の湾曲具合からインスピレーションを得たように。

 

ジャック・ガンブランは見事な演技で『 SANJU サンジュ 』のランビール・カプール以上に一人の男の“人生”を描き切った。言葉ではなく行動の男であるシュヴァルは、時にコミュニケーション障がい者に見えてしまう。しかし、意思疎通に多少の問題があるからと言って木石であるとは限らない。喜怒哀楽の表現がないからといって、喜怒哀楽を感じないわけではないのだ。そんな男が全身で悲しみを表現する様には胸を打たれた。そんな男が愛を伝えられなかったことを悔やむシーンには胸が潰れた。

 

このような朴念仁と出会い、愛し合い、添い遂げた女性をレティシア・カスタは好演した。シュヴァルがこねたパン生地をひょいとつまみ食いするフィロメーヌに愛おしさを感じない男がいるだろうか。さらに妊娠が分かった時の、体を横向きにしたシルエットとその時の誇らしげで嬉しそうな表情は、『 ふたりの女王 メアリーとエリザベス 』で、エリザベス女王が衣服をたくしあげて、自分の膨らんだお腹のシルエットを何とも言えない表情で眺めていたシーンと残酷なコントラストになっている。フランス映画の女性=脱ぐ、という誤った観念を抱いていたが、本作によって「さすがは芸術の国、フランスである」との思いを取り戻した。

 

終盤に写真を取るシーンがあるが、そのシーンでは秒間のコマ数を大幅に減らして、カクカクの動きを実現。20世紀初頭の雰囲気を生み出していた。

 

『 ショーシャンクの空に 』のアンディのような忍耐力と、『 マーウェン 』のマークの構想力と想像力を備えた、フランス版『 鉄道員(ぽっぽや) 』の伝記物語である。拝金主義に塗れた現代の職業人は、このシュヴァルという男の生きざまに思わず襟を正してしまうことだろう。伝記映画の傑作である。

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ネガティブ・サイド

妻フィロメーヌの老け具合が今一つである。シュヴァルのメイクアップには力を入れているのに、妻フィロメーヌのメイクアップに力を入れないのは何故なのか。もちろん、あの時代のあの地域の女性が化粧をしていたと思えない。だが、年齢相応に見せるためのメイクは化粧ではない。フィロメーヌに加齢メイクが施されていないことで、劇中でシュヴァルがばかりが年齢を重ねているように思えるシーンがあり、そこは不満だった。

 

映画そのものへのケチではないが、副題の【ある郵便配達員の夢】という部分は必要だろうか。シュヴァルが理想宮の建造に費やした時間の多くで、すでにシュヴァルは郵便配達員を引退していたはず。この副題は、まるで韓国ドラマ『 宮廷女官チャングムの誓い 』のようである。チャングムは女官時代より医女時代の方が遥かに長かった。本作もシンプルに『 シュヴァルの理想宮 』で良かったのでは?

 

総評

フランス産の小説は10~20代の頃に少し読んでいた。フランス産の映画、またはフランスやフランス人についての映画も今後はもっと観てみたいと感じるようになった。『 コレット 』のような、華々しい都を舞台にした話ではないが、片田舎の愚鈍で愚直な男の人生もこの上なくドラマチックになりうると証明してくれる作品である。フランス映画はヌードがお約束、というJovianの蒙昧と偏見を本作は打破してくれた。あらゆる世代にお勧めできる感動的な作品である。

 

Jovian先生のワンポイント仏語レッスン

Au revoir

無理やり発音をカタカナ化すれば「オルヴォワール」か。フランス語で「さようなら」の意である。冒頭の埋葬のシーンで牧師だか神父だかが「お別れを言いましょう」と言った時に聞こえてきた。フランスに旅行した時、あるいはフランス人と話す時に使ってみようではないか。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, ジャック・ガンブラン, ヒューマンドラマ, フランス, レティシア・カスタ, 伝記, 監督:ニルス・タベルニエ, 配給会社:KADOKAWALeave a Comment on 『 シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 』 -愚直で朴訥な男の伝記-

『 マーターズ 』 -監禁拷問の果てにあるものは-

Posted on 2019年12月5日2019年12月5日 by cool-jupiter

マーターズ 65点
2019年12月3日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:モルジャーナ・アラウィ ミレーヌ・ジャンパノワ
監督:パスカル・ロジェ 

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『 ゴーストランドの惨劇 』のパスカル・ロジェ監督の作品で、『 マーターズ 』の方が先発作品である。前々から「やばい映画だ」、「すごい映画だ」とは聞いていた。ホラーは嫌いではないが、拷問ジャンルは好きではない。まして『 ソウ 』の twist を一発で見破ったJovianなのだから、たいした捻りでもないだろうと高を括っていた。それは間違いだった。

 

あらすじ

 

傷だらけの少女リュシーは路上で保護された。彼女は廃墟に監禁され、拷問と虐待を受けていた。施設に預けられたリュシーはPTSDに悩まされながらも、アンナ・アサウェイの介護によって回復していく。しかし15年後、リュシーは自分を監禁していた者たちを見つけてしまう。復讐心に駆られた彼女は、銃を手に取り、アンナと共に彼らの家に踏み込んでいく。しかし、それは更なる悲劇と惨劇の始まりで・・・

 

ポジティブ・サイド

 

血が ドバッ とか ピュー と出るのは別に構わない。そういうのは小さい頃に『 13日の金曜日 』で充分に堪能した。本作は、いたいけな女子がこれでもかと痛めつけられる描写に目を背けたくなる。それだけなら、凡百のホラー映画だろう。本作が際立っているのは、リュシーを痛めつける者が、ビジュアル的かつ精神的に、とてもおぞましい存在であると言うこと。恐怖を感じさせる極意は『 はじまりのうた 』でキーラ・ナイトレイがヘイリー・スタインフェルドに諭したこと、すなわち「肌を見せてはいけない。衣服の下がどうなっているのかを男たちに想像させなければならない」という点に尽きる。その意味では、リュシーにとっての恐怖を、観る側にとっての恐怖と同一視させることに成功している本作は、それだけでも稀有な作品と評すことができる。

 

ところがストーリーはここから思わぬ展開を見せる。まさかの主役交代である。リュシーのパートナーのアンナが、かつてリュシーが経験したおぞましい苦痛の数々を味わうことになる。それは『 デッドプール 』でウェイド・ウィルソンがミュータント変身のために受けた拷問よりも、遥かにフィジカル的に残忍である。特に最終盤は『 羊たちの沈黙 』の行き過ぎたバージョンである。あまりにもおぞましい。デッドプールなら笑えるが、相手は女性である。ここまで彼女に拷問と虐待と苦痛とストレスを与える意味は何か。それがタイトルの『 マーターズ 』の意である。以下、ネタばれになる部分は白字で。

 

本作は映画『 ソウ 』、『 羊たちの沈黙 』にダンテの『 神曲 』と野崎まどの小説『 know 』を組み合わせたものである。アンナがクライマックスに観るビジョンをその目で確かめたら、ぜひこの画像を見てみてほしい。パスカル・ロジェ監督が上に挙げた古典作品をモチーフにしていることは間違いなさそうである。その上で、ラストの一連のシークエンスの意味をよくよく考えてみて欲しい。なぜ念入りに化粧をするのか。なぜ側頭部を撃つのではなく銃口を加えて後頭部を破壊するのか。なぜ「疑い続けなさい」と言い残すのか。いかようにも解釈可能だが、黒沢清の『 CURE 』の和尚の言葉「ありと見ればあり、なしと見ればなし」なのだろう。

 

ネガティブ・サイド

吐き気を催すほどの拷問が繰り広げられるが、後半にアンナをとことん痛ぶる場面は編集の粗が出たか。大柄な男がアンナに拳を振り下ろすシーンとアンナがフロアに叩きつけられるシーンが繋がっていないように感じられたし、アンナ自身も痛みの声と表情は見せても、痛みを体で伝えてはいなかった。WWEのジョバーの仕事を見て、痛いふりをすることと、痛みを観客に分かるように大げさに伝えることは、似て非なるものであると学ぶべし。

 

マドモアゼルが少し喋り過ぎである。いや喋るのは構わないが、明らかに観客に語りかけている。『 ミスター・ガラス 』でもサラ・ポールソン演じる精神分析医がイライジャ・プリンスの説明をご丁寧に観客に説明して白けさせてくれたが、このあたりの語りにも改善の余地がある。

 

後は重箱の隅をつつくようなものである。尿の色が薄い、食べさせられているものや置かれている状況からして量が多いなどの医学的なケチもつけられるし、あのような身体的ダメージを受けて生きていられるはずがない。感染症にかかって、即死亡であろう。もっと言えば、アンナは監禁されていた女性を見つけた時点で警察にすぐに通報すべきだった。だが、かの家の電話は何番にダイヤルしようと全てマドモアゼルの息のかかったところに繋がる・・・などの設定にしておけば、より絶望感が生まれたのではないだろうか。

 

総評

暴力的な描写に耐性が無いのであれば観てはならない。ただのホラーではない。スーパーナチュラルなホラーは大好物だぜ、という向きにもお勧めはできない。『 悪魔のいけにえ 』やそのリメイク『 テキサス・チェーンソー 』を堪能したような向きにこそお勧めしたい。リメイク版の『 フラットライナーズ 』や『 ラザロ・エフェクト 』的なテーマに興味のある向きは、片目をつぶりながら観るべし。

 

Jovian先生のワンポイントフランス語会話レッスン

Mademoiselle

カタカナでは「マドモアゼル」、または「マドモワゼル」だろうか。「嬢」、「さん」に当たる表現である。未婚ではこちら、既婚ではマダムとなる。テニスファンならば、全仏オープンのアンパイアの声に耳を傾けてみよう。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2000年代, C Rank, カナダ, フランス, ホラー, ミレーヌ・ジャンパノワ, モルジャーナ・アラウィ, 監督:パスカル・ロジェ, 配給会社:iae, 配給会社:キングレコードLeave a Comment on 『 マーターズ 』 -監禁拷問の果てにあるものは-

『 永遠の門 ゴッホの見た未来 』 -瞬間を切り取る芸術家の苦悩-

Posted on 2019年11月14日2020年4月20日 by cool-jupiter

永遠の門 ゴッホの見た未来 70点
2019年11月10日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ウィレム・デフォー オスカー・アイザック ルパート・フレンド マッツ・ミケルセン
監督:ジュリアン・シュナーベル

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『 ボヘミアン・ラプソディ 』でフレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックがアカデミー賞主演男優賞を受賞したのは記憶に新しいが、その時のノミニーの一人がウィレム・デフォーだった。ゴッホに関しては「キモイ絵を描く画家」という認識しかなかったが、本作を観て自分の直感の正しさと、自分の芸術感の皮相さの両方を感じたい次第である。

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あらすじ

売れない画家のゴッホ(ウィレム・デフォー)は、ゴーギャン(オスカー・アイザック)という知己を得て、「南に行け」との助言を得る。南仏アルルで創作活動に励むも、周囲には彼の作品は理解されず・・・

 

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ポジティブ・サイド

Jovianをはじめ、芸術に関して特に詳しくない一般人からすれば、ゴッホといえば「ひまわり」と「自画像」だろう。『 コズミックフロント☆NEXT 』を熱心に視聴する天文ファンなら「星月夜」も挙げられるだろう。その程度のライトな芸術の知識しか持たない者にとっては芸術学概論、絵画概論的な役割を果たしてくれるだろう。景色や人物の最も美しい瞬間を、巧みで素早い筆使いでキャンバスに再現していくことは、確かに一瞬を永遠に置き換えていく作業のように感じられた。

 

今作のカメラワークは独特である。しばしばゴッホ自身の目線で風景や動物、人物を捉え、また自身の足元をも捉える。そしてその視線は常に空へと向けられる。『 ブルーアワーにぶっ飛ばす 』や『 君の名は。 』ではないが、ゴッホがブルーアワーや黄昏時、逢魔が時のような短時間だけしか存在できない時間と空間の体験を切に追い求めていたことがよく分かる。

 

ゴッホの自然観や審美眼が独特、別の言い方をすれば異端的であったことが、彼が美術館を訪れるシーンでよく分かる。我々は芸術を、中学校の美術や高校の世界史的に捉える傾向がある。すなわち、この時代のこの地域の画家の筆致にはこのような特色があり、あの時代のあの地域の画家の筆致にはあのような特徴がある、という分類整理された見方をしがちである。ゴッホは芸術をカテゴライズすることなく、自らの信念によって規定した。それが彼の見た未来、すなわち現代だろう。個々人がそれぞれに美しい、あるいは表現したいと信じるものを表現していくことが現代の芸術であるならば、「あいちトリエンナーレ2019」の騒動を見る限りでは、日本の芸術は危機に立っている。

 

広い草原にある時は佇み、ある時は寝ころぶゴッホは、とても孤独である。その孤独が彼の創作を手助けしている。一方で彼は弟のテオ以外に頼れる人間がいない。ゴーギャンとは知己ではあっても知音にはなれなかった。現代風に言うならば「コミュ障」であるゴッホの創作への没頭と充実した人間関係の渇望のコントラストは悲しいほどに鮮やかである。そして、マッツ・ミケルセンによる言葉そのままの意味での“説教”は、信念と信念の静かなぶつかり合いである。生き辛さを感じた時には、マッツ・ミケルセンを思い起こそう。ほんの少しだけそう思えた。

 

ゴッホとほぼ同時代人に生の哲学者ニーチェがいるが、彼の「永劫回帰」理論は、ともすれば虚無主義に陥る諸刃の剣である。それを乗り越えられるのが「超人」であり、あるいは絵画や彫刻といった芸術なのだろう。ゴッホはシェイクスピアを愛読していたようだが、それならばゲーテを読んでいたとしても何の不思議もない。彼も『 ファウスト 』に触発され、「時よ止まれ。お前は美しい」というメッセージを絵画という形で我々に発してくれたのだろう。

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ネガティブ・サイド

劇中でとある女性が「誰も彼もが根っこを描いて/書いて(?)」と口にするシーンがあるが、これは何だったのだろう。J・P・サルトルの『 嘔吐 』を思い浮かべたが、時代が異なる。かぶらない。なんだったのだろうか。説明が欲しかった。

 

ゴッホが冒頭のモノローグで望むものが手に入らない、手に入れられないというシーンが欲しかったと思う。ゴッホは芸術の観点からは永遠を見つめ、思想の面ではある意味で未来を、つまり現代を見つめていたわけで、サルトルの言う「地獄とは他人のことである」という思想、そして栗山薫の言う「我々がそれでも求めるものは他者」という思想の、その両方を体現する者としての姿をもっと見せて欲しかった。

 

ゴッホの晩年以外の描写もあれば、introductoryな映画としての機能も果たせただろうと思う。おそらくゴッホおよび芸術全般に詳しくない人間には理解が及ばず、ゴッホおよび芸術全般に造詣が深い人間には物足りない作りになっている。そのあたりのバランス感覚をジュリアン・シュナーベル監督には追求して欲しかった。

 

総評

芸術的な映画である。分かりやすい映画的なスペクタクルは存在しないが、光と闇が混淆する一瞬を切り取り、キャンバス上に再現しようとする芸術家の苦悩は確かに伝わってくる。また人間関係に悩む人に対して、何らかのインスピレーションを与えてくれることもあるだろう。ゴッホのように生きるか、あるいは彼を反面教師にしても良い。デート・ムービーには向かないが、じっくりと一人で映画を鑑賞したいという向きにはお勧めできる作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Leave me alone.

 

かのダイアナ妃の最後の言葉ともされる。「一人にしてくれ」の意である。プライバシーが必要な時も必要であるが、この台詞を吐けるということは、その人の周りには誰かがいるのだということの証明でもある。『 タクシードライバー 』のトラヴィスの“Are you talking to me?”とは、ある意味で対極の台詞なのかもしれない。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, アメリカ, イギリス, ウイレム・デフォー, オスカー・アイザック, フランス, マッツ・ミケルセン, ルパート・フレンド, 伝記, 監督:ジュリアン・シュナーベル, 配給会社:ギャガ, 配給会社:松竹Leave a Comment on 『 永遠の門 ゴッホの見た未来 』 -瞬間を切り取る芸術家の苦悩-

『 ゴーストランドの惨劇 』 -変化球ホラー映画-

Posted on 2019年9月10日2020年4月11日 by cool-jupiter
『 ゴーストランドの惨劇 』 -変化球ホラー映画-

ゴーストランドの惨劇 65点
2019年9月5日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:クリスタル・リード アナスタシア・フィリップス エミリア・ジョーンズ テイラー・ヒックソン
監督:パスカル・ロジェ

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劇場の新作予告での非常にユニークな宣伝文句に惹かれた。すなわち【2度と見たくないけど、2回観たくなる】に。また、【 姉妹が その家で再会した時 あの惨劇が再び訪れる―などという ありきたりのホラーでは終わらない 】や【 観る者を弄ぶ絶望のトリック 】という挑発的な惹句にもそそられた。結果はどうか。まあまあであった。

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あらすじ

叔母の家を相続したベス(エミリア・ジョーンズ)とヴェラ(テイラー・ヒックソン)の姉妹とその母と共に人里離れた屋敷に移り住んできた。しかし、キャンディ屋に扮した異常な二人組の侵入により、屋敷は惨劇の場に。母は娘たちを守らんと決死の抵抗を試みて・・・

 

ポジティブ・サイド

確かに凡百のホラー映画とは違う。そこに『 キャビン 』との共通点を感じる。ネタバレになりかねないので白字で書くが、本作を観て以下の作品を思い出した。

 

『 バタフライ・エフェクト 』

『 ミスター・ノーバディー 』

『 スプリット 』

『 カメラを止めるな! 』

 

残暑も厳しいし、サメかゾンビか、それとも普通のホラー映画でも観るか、のような軽いノリで鑑賞する作品ではない。かといって、骨の髄までホラー映画ファンでなければ観てはならないのかというと、そんなことはない。確かに、タイトルにある惨劇の名に恥じないキツイ描写はあるが、本作の真価はそこにあるのではない。Jovianが脚本家なら、このtwistを最後の最後に持ってきて、観客をflabbergastedな状態に放置して終わりにしてしまうことだろう。そして、それも脚本執筆段階では選択肢にあったはずだ。しかし本作の製作者たちは、ジェットコースター的な展開を選択した。真相が明かされたところからが本番なのだ。普通の90分のホラー映画文法に従えば、最初の15~30分でキャラクターと舞台を説明/描写する。30~70分で惨劇を描く。70~90分で窮地を脱してエンディングとなるだろう。だが、本作はそこをひっくり返した。惨劇の開始までが圧倒的に短く、窮地を脱するまでが最も長いのだ。それでいて90分に収めてしまうのだから、パスカル・ロジェ監督の手腕は見事である。

 

主演のエミリア・ジョーンズはまさに人形のような可愛らしさで、やはりホラー映画は美少女または美女の顔が苦痛にゆがむのを眺めて悦に入るための小道具であることを実感。そうした王道、場合によってはこの上なく陳腐な展開を、超絶技巧で圧縮してしまった本作は、近年のホラーの中でも出色の出来である。ベスの最後の意味深な台詞にもにやり。ホラー映画にこそ余韻が必要なのである。

 

ネガティブ・サイド

展開は途中までは陳腐そのものであるが、こけおどし的な手法の多用も陳腐である。つまり、ジャンプスケアが多すぎるのである。いつになったら「怖い」と「びっくりする」をホラー製作者たちは区別するようになるのか。『 来る 』や『 貞子 』が怖くないのも、作り手が怖がらせようと意識しすぎるからだ。視覚的に怖がらせるのであれば、『 エクソシスト 』の、ベッド上で、膝から上だけでドッタンバッタンするシーン、首が180度回転するシーン、仰向けのまま階段を這い降りるシーンでもう十分に怖い。そうではなく、もっと映画を観終わってからも誰かに心臓を握りしめられているような感覚を味わわせてほしいのだ。例えば『 ブレア・ウィッチ・プロジェクト 』の意味不明なラストのテント内のシーンが、序盤の街の声を思い出すことによって、とてつもなく恐ろしいものに変貌したり、あるいは黒沢清監督の『 CURE 』のラストシーンの一見何気ない行動をとっているように見えるウェイトレスなど、考えることによって生まれてしまう恐怖感が、もっと欲しいのだ。

 

個人的に他にも気になったのは、オープニングがまるっきり『 レディ・バード 』だったこと。これもこれで、一種のホラー映画のオープニングあるあるなのだろうか。母と娘の関係を深読みしすぎてしまったようである。これは狙ったmisleadingなのだろうか。

 

総評 

ホラー映画ファンならば劇場へGoだ。美少女好きな映画ファンも劇場へGoだ。幽霊はちょっと・・・という方には朗報だ!本作はそのタイトルにもかかわらず、幽霊は出てこない!とにかく劇場にGoだ!

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

I can’t wrap my mind around ~

 

wrap one’s head around ~ = ~を理解する、という慣用表現。

 

Once you are able to wrap your head around Blade Runner, go for 2001: A Space Odyssey.

I still can’t wrap my head around what this company is aiming to do with this project.

 

等のような使い方をする。自分でも練習してみよう。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アナスタシア・フィリップス, エミリア・ジョーンズ, カナダ, クリスタル・リード, スリラー, テイラー・ヒックソン, フランス, ホラー, 監督:パスカル・ロジェ, 配給会社:アルバトロス・フィルムLeave a Comment on 『 ゴーストランドの惨劇 』 -変化球ホラー映画-

『 ガーンジー島の読書会の秘密 』 -絆と信頼の物語-

Posted on 2019年9月7日2020年4月11日 by cool-jupiter

ガーンジー島の読書会の秘密 70点
2019年9月1日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:リリー・ジェームズ
監督:マイク・ニューウェル

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Jovianはアンニャ・テイラー=ジョイ、ヘイリー・スタインフェルド、そしてリリー・ジェームズ推しである。『 シンデレラ 』以来、彼女の虜なのである。どれくらいファンなのかというと、彼女が脱いでいる『 偽りの忠誠 ナチスが愛した女 』は観ないと決めているほどである。なので、どうしても点数が甘くなるのである。

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あらすじ

 

作家のジュリエット(リリー・ジェームズ)は、偶然からガーンジー島の住民と文通を始める。そして、ナチス占領下で始まったガーンジー島の読書会に惹かれ、ついに島を訪れる。しかし、そこには会の創始者であるエリザベスの姿がなかった。ジュリエットは島民たちとの交流を通じて、真相を追うが・・・

 

ポジティブ・サイド

ナチス・ドイツに占領されていた島の住民が抱える秘密となれば、その中の一人あるいは相当数がダブル・エージェントだったと考えるのが自然だろう。冷戦時代をフィーシャーしたスパイ小説や現代のスパイ映画に余りにたくさん接してしまうと、戦時の秘密=裏切りという思考の陥穽にはまってしまう。本作はそのようなclichéにはあらず。また、島民たちの人間関係にもダークな面はあるものの、横溝正史が描いたりするような日本の閉鎖的な田舎のそれではないので、安心してほしい。

 

リリー・ジェームズは本作でも可憐である。しかし、単なる可憐な花ではない。彼女は文通から始まったガーンジー島の住民との交流と、島への訪問、そして読書会への参加に大いなる喜びを感じながらも、その喜びがロンドンで得られるそれはとは異なる類のものであることにも気づいてしまう。これは、ジュリエットが与えられる幸せではなく、自らが幸せを掴み取りにいく物語なのである。女性に対しては自立を促すメッセージ性を有しており、男性に対しては自身を持つように促すメッセージ性を有している。

 

『 ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男 』と同じく、リリー・ジェームズがタイプライターをカタカタと叩き、『 マイ・ブックショップ 』的な雰囲気がほんのり漂うガーンジー島の物語は、戦争後に個人が依って立つべき生きる基準のようなものが示してくれる。

 

ネガティブ・サイド

ガーンジー島の読書会の面々は、少し口が軽すぎる。スリルやサスペンスが今一つ盛り上がらない。なぜエリザベスの姿が見えないのか。彼女が消えた理由は何か、どこへ行ったのか。それらが解き明かされる際のカタルシスが弱い。というのも、それがある意味でデウス・エクス・マキナ的にもたらされるからである。

 

またジュリエット自身が少々無節操に見えてしまうのも弱点である。アメリカ人の婚約者とガーンジー島の読書会のメンバーの間で揺れ動くのは、clichéと言えばclichéであるが、許容可能な定番設定である。しかし、編集者の男性にまで思わせぶりな態度を取る必要はない。というよりも、このキャラは普通に女性で良かったのではないか。何でもかんでも現代的にアレンジすれば良いというわけではない。

 

島の人間関係に、あまりにも戦争が影を落とし過ぎているのも、ちと気になった。日本ほどではないだろうが、英国も多様な文化を誇る島国。それはつまり、多種多様な人間関係の模様があるということである。それが、あまりにも戦争一色に塗り変えられたように感じられた。島民たちの間にはもっと清々しく、もっとドロドロした人間模様が戦争前からあったはずだ。それが感じ取れなかった。そういうものを消し去ってしまうのが戦争だと言ってしまえばそれまでかもしれないが。

 

総評

ヒューマンドラマの佳作である。ミステリ要素もサスペンス要素もそれほど強くないが、島民たちが触れようとしない真実の物語が、主人公の成長の軌跡と不思議なシンクロをしているところが印象的である。ぜひ劇場にどうぞ。一人でも多くの方に、リリー・ジェームズのファンになってもらいたいものである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Off you go.

 

『 デッドプール 』でもエド・スクラインが使用していた台詞である。「もう行ってくれ」、「出て行け」、「さあ、行った行った」のようなニュアンスで捉えればよいだろう。

 

I am all ears.

『 GODZILLA ゴジラ 』でデヴィッド・ストラザーンが渡辺謙に言う台詞でもある。「聞こう」、「ぜひ聞きたい」、「あなたの話をしっかりと聞くつもりだ」というニュアンスと思えばよい。

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Posted in 映画, 未分類, 海外Tagged 2010年代, B Rank, イギリス, フランス, ラブロマンス, リリー・ジェームズ, 監督:マイク・ニューウェル, 配給会社:キノフィルムズLeave a Comment on 『 ガーンジー島の読書会の秘密 』 -絆と信頼の物語-

『 あなたの名前を呼べたなら 』 -ほろ苦さ強めのインディアン・ロマンス-

Posted on 2019年8月17日2020年4月11日 by cool-jupiter

あなたの名前を呼べたなら 70点
2019年8月14日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:ティロタマ・ショーム ビベーク・ゴーンバル
監督: ロヘナ・ゲラ

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原題は Sir である。インドは国策として映画作りを推進しているが、だんだんとインド特有の歌や踊りを減らしていくという。個人的にそれはつまらないと感じるが、グローバルなマーケットで売ろうとするためには、柔軟さも必要か。本作はそうした、ある意味ではデタラメなパワーを持つインド映画らしさではなく、普通に近い技法で作られたインド映画なのである。

 

あらすじ

建設会社の御曹司アシュヴィン(ビベーク・ゴーンバル)は挙式目前。しかし、婚約者の浮気が発覚し、結婚は破談した。通いのメイドのラトナ(ティロタマ・ショーム)は、そんなアシュヴィンに甲斐甲斐しく尽くす。彼女には夢があった。いつかファッションデザイナーになり、自立した女性となる夢が。だが、彼女は19歳で結婚した身。今は未亡人でも、新たな恋愛や結婚は因習的に許されない。いつしか惹かれ合い始める二人だが・・・

 

ポジティブ・サイド

とてもとても静かな立ち上がりである。アシュヴィンとラトナの間に恋愛感情が芽生えることは誰もが分かっている。そのbuild-upをどうするのかが観る側の関心なのであるが、ロヘナ・ゲラ監督は淡々と二人の日常生活を描いていくことで、二人の間の距離感を丁寧に描写していく。食事のシーンが好例である。ラトナがアシュヴィンに供する食事は、どれも一皿に一品で、ナイフとフォークで食するようなものばかりである。一方で、自分がとる食事は大皿にナンや野菜や鶏肉などを全て乗せた、いわゆるインド的なカレーであったりする。この対照性が二人の距離である。

 

だが、二人には共通点もある。ラトナはファッションデザイナーになるという夢があり、将来は妹とともに独立して自分たちの力でビジネスを営みたい。そのために妹の学費を自らの稼ぎから工面している。一方でアシュヴィンはアメリカに留学し、ライター稼業をしていたが、兄の死によって自らが事業継承になるためにインドに帰国してきた。つまり、ラトナもアシュヴィンも、本当の意味での自己実現を果たしているわけではないのである。全くとなる背景を持つ二人であるが、自分にはどうしようもない事情で現在の自分があることを受け入れている。だからこそアシュヴィンはラトナが仕立て屋に通うことや裁縫学校に行くことを快く承諾してくれるし、ラトナはアシュヴィンに執筆業への回帰を促す。それが互いへの思いやりであり配慮である。そのことが、しっかりと伝わってくる。安易にさびしさに負けて、なし崩し的にキスからベッドインなどという展開にはならない。しかし、二人が互いに秘めていた想いを一瞬だけ露わにするシーンは、見ているこちらが緊張するほどぎこちなく、それでいて甘く、激しい。近年のラブロマンスにおいては、白眉とも言えるシークエンスである。

 

ラストシーンが残す余韻も素晴らしい。終わってみれば「なるほどね」なのだが、この一瞬のために、ここまでドラマを積み上げてきたのかと得心した。そのドラマとは、ラトナの精神的、そして経済的な自立への旅路であり、アシュヴィンにとっては家族、そして友人関係のしがらみからの解放への旅路でもある。そして、二人はインドの因習からの独立を目指す同志でもあるのだ。使用人とその主人という縦の関係を、水平的な関係に転化させる一言を絞り出すラトナの表情に、我々は心の底から祝福のエールを送りたくなるのだ。

 

アシュヴィンを演じたビベーク・ゴーンバルはアメリカ帰りという設定ゆえか、非常に流暢な英語を操る。彼の台詞のかなりの割合が、非常にスタンダードな英語なので、英語悪習者の方は、ぜひ彼の台詞に耳を傾けて欲しい。本作の感想ではないが、インド人はそこそこの割合で英語を話せる。また、人口の結構な割合の人々が英語を聞いて理解できると言われている。確かに『 きっと、うまくいく 』の講義は英語だったし、『 パッドマン 5億人の女性を救った男 』でも、ラクシュミは英語を話すのは苦手だったが、リスニングはできていた。英語の運用能力を持つことがそれなりのステータスであるという点で、日本はインドとよく似ている。しかし、インドにおいて英語力というものは、おそらく運転免許証のようなものなのだと推測する。なくてもそこまでは困らないが、だいたい皆が持っている。そういうことである。

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ネガティブ・サイド

アシュヴィンのone night standは必要だったのだろうか。別にこのシーンがなくとも、ストーリーはつなげられるように感じた。もちろん、結婚が破談になったアシュヴィンが人肌恋しく思うのは理解できるが、その相手をバーで調達してしまうというのは、あまりにも安易ではないか。また、ラトナに「彼女はもう帰ったのか」と尋ねるのもいかがなものか。自分が求めているのは刹那的な関係ではなく、長期にわたって真剣に互いを高め合える、あるいは補い合えるような関係であると気付くのであれば、破談になった相手との関係を振り返る、あるいはアシュヴィンの姉や友人に劇中以上にそのことを喋らせれば良かった。このあたりはゲラ監督とJovianの波長は合わなかった。

 

もう一つ。アシュヴィンが最初からあまりにも物分かりの良いご主人様で、少々ご都合主義のようにも感じられた。召使いとして甲斐甲斐しく恭しく使えるラトナは、メイド仲間の愚痴を聞くシーンが何度か挿入されるが、その仲間の愚痴がことごとくアシュヴィンに当てはまらないのだ。そうではなく、仲間が愚痴ってしまうようなシチュエーションが自分にも訪れた時に、主人であるアシュヴィンがどのように反応するのか、そうした展開があってこそ、ハラハラドキドキ要素がより一層盛り上がるというものだ。それが無かったのは惜しいと言わざるを得ない。

 

総評

静かな、大人のラブストーリーである。韓国ドラマのように、互いが互いを想いながらも絶妙にすれ違う展開にイライラさせられることはなく、むしろ近くて、けれどなかなか縮まらない距離感をじっくりと鑑賞できる構成である。そこにインド独特の因習や女性蔑視への眼差しもあるのだが、決してそれらに対して批判的にならず、そうした障害を乗り越えていく予感を与えてくれる作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

アシュヴィンが友人からの誘いに対して“Rain check?”と返す場面がある。これは野球の試合が雨天順延になった時に、rain check=再試合のチケットを受け取ることから、「別の機会にまた誘ってくれ」という意味で使われる表現である。主に北米=野球が行われる地域でしか通用しない。なので、オーストラリアやニュージーランドの人間に使うと「???」と返されることがある。アシュヴィンのアメリカ帰りという設定、そして野球にちょっと似ているクリケットが盛んなインドのお国柄を考えてみると面白い。ちょっとした慣用表現の向こうに、様々な世界が見えてくる。同表現は『 パルプ・フィクション 』でJ・トラボルタも使っている。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, インド, ティロタマ・ショーム, ビベーク・ゴーンバル, フランス, ラブロマンス, 監督:ロヘナ・ゲラ, 配給会社:アルバトロス・フィルムLeave a Comment on 『 あなたの名前を呼べたなら 』 -ほろ苦さ強めのインディアン・ロマンス-

『 テルマ 』 -光るところがある文学的な北欧スリラー-

Posted on 2019年7月15日 by cool-jupiter

テルマ 65点
2019年7月11日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:エイリ・ハーボー
監督:ヨアキム・トリアー

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シネ・リーブル梅田での鑑賞機会を逸してしまった作品。近所のTSUTAYAでクーポンを使って借りる。北欧映画はやはり白を基調にすることが多く、極彩色のフルコースを立て続けに食した後に、観てみたくなることが多いと自己分析。実際に『 獣は月夜に夢を見る 』を鑑賞したのも『 SANJU サンジュ 』というインド映画、『 青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない 』というアニメ映画の直後だった。目の疲れに敏感な年齢になったのかな・・・

 

あらすじ

厳格なカトリックの家庭で育ったテルマ(エイリ・ハーボー)は、大学生として一人暮らしを始めた。しかし、彼女は謎のけいれん発作に苦しめられる。そんな時に、水泳中にたまたま知り合ったアンニャと恋に落ちるテルマ。自らの宗教観や倫理s観と同性愛の間でテルマは悩み苦しむ。そして、アンニャが消えてしまう。テルマの不可思議な力によって・・・

 

ポジティブ・サイド

 

* 以下、マイナーなネタばれに類する記述あり

 

北欧の映画のビジュアルにはやはり雪が欠かせない。つまり、スクリーンを彩る基調色は白になることが多い。これは何も北欧だけに限ったことではなく、寒い地域を舞台にした場合の必然なのかもしれない。アメリカのワイオミング州を舞台にした『 ウィンド・リバー 』では、白=雪は冷徹性、暴力性、無慈悲さの象徴だった。それでは本作における白とは何の象徴であるのか。それはおそらく、テルマの処女性・無垢・純潔ではないか。テルマが恋に落ちる相手のアンニャが黒人であることにも意味が込められているし、冒頭で窓に激突して死んでしまう鳥がカラスであることにもおそらく意味が込められている。テルマは厳格なカトリックの家庭で抑圧されながら育ったことで、自身の内に芽生えだ同性への恋心を神への祈りによって抑え込もうとした。カラスは創世記で描かれる大洪水後に、ノアに斥候を命じられる優秀な生き物である。「様子を見てこい」と言われる鳥が殺されることには、自分を見ないでほしいというテルマの潜在的な願望が見出せる。アンニャへの募る思いを押さえ込もうと祈りを捧げる姿は、自慰行為に罪悪感を感じながらも止められなかったアウグスティヌス(「神様、お許しください。でも、もう少しだけ・・・」)に共通するものがある。テルマが体内に蛇を取りこむビジョンは、年老いた蛇、サタンを象徴するものと考えて間違いないだろう。事実、アンニャとテルマは「イエスはサタンだ!」とふざけ合いながらも、本心を吐き出している。信仰は彼女らにとって悪徳なのである。鹿についても同様で、『 ウィッチ 』においても重要な役割を演ずる動物であるが、鹿はしばしば悪魔の化身とされる。ジョーダン・ピール監督の『 ゲット・アウト 』のトレイラーでも、鹿の骨の化け物が襲ってくるシーンがある(何故か本編にはこのシーンは無い)が、キリスト教文化圏においては鹿は必ずしも聖なる生き物ではないのである。その鹿に向ける銃口を冒頭でいきなり娘に向ける父親は、当然、神の代理、化身、象徴であり、この男をいかに文学的な意味でも、なおかつ文字通りの意味でも殺すのかが、今作のテーマである。つまりは古代ギリシャのソフォクレスの『 オイディプス王 』から連綿と続く父親殺しがテーマなのである。父を見事に“殺した”テルマの浮かべる笑みのなんと神々しく邪悪なことか。この笑みの持つ両義性をどのように解釈するかによって、鑑賞後の印象はがらりと変わるのだろう。Jovianは悪魔的な笑みと理解した。しかし、それが唯一の解というわけでもないし、製作者の意図するところでもないだろう。『 ゴールド/金塊の行方 』のマシュー・マコノヒーの笑みのように、素晴らしい作品は時にえもいわれぬ余韻を残してくれる。この映画の余韻は、しばらく残りそうである。

 

ネガティブ・サイド

病院の検査のシーンのストロボの激しい明滅。これが過剰であるように感じた。もちろん、意図しての演出だろうが、明るい部屋で見ても目がかなり疲れた。真っ暗な劇場だと、もっと目に負担がかかっただろうと推測される。

 

弟のシーンがやや不可解だ。もちろん、わずか数秒ではあるが、風呂場で乳児から目を離しては絶対に駄目だ。赤ん坊は水深3cmで数秒で溺れることができるからだ。父親も母親も、保護者であれば乳児から目を離してはいけない。テルマの力が発現する重要なシーンであるが、やや無理やり作り上げたような不自然さがあった。またこのシーンのカメラワークは『 シックス・センス 』の冒頭の台所のシーンと構図的に全く同じで、新鮮味に欠けた。ホラー映画で誰かが冷蔵庫の扉を開けて、それを閉めると、背後に誰かが立っているのと同じように、次に何が起こるか分かってしまう。このようなクリシェな作りは歓迎できない。

 

アホな男子学生も不要だった。『 A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー 』のパーティーで酔って独演会を開く男のようだった。宗教的な観念の深さと皮相性の両方を丁寧に説明しようとしてくれたのだろうが、この男はノイズだった。

 

総評

ホラーやスリラーというよりも、少女版ビルドゥングスロマンと言うべきだろう。文学的な意味での父親殺しが、そのまま神殺しと通底するものを持つのである。爽やかとは言えないが、恋に苦悩する少女の物語は日本だけでも毎年十本以上は劇場公開されている。本作のようなちょっとした変化球も、もっと紹介されていい。配給会社に期待したい。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, エイリ・ハーボー, スウェーデン, スリラー, デンマーク, ノルウェー, ヒューマンドラマ, フランス, 監督:ヨアキム・トリアー, 配給会社:ギャガ・プラスLeave a Comment on 『 テルマ 』 -光るところがある文学的な北欧スリラー-

『 獣は月夜に夢を見る 』 -北欧スリラーの凡作-

Posted on 2019年6月23日2020年4月11日 by cool-jupiter

獣は月夜に夢を見る 35点
2019年6月20日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ソニア・ズー
監督:ヨナス・アレクサンダー・アーンビー

f:id:Jovian-Cinephile1002:20190623005042j:plain
原題は“Nar dyrene drommer”、英語では“When Animals Dream”である。日本語にすれば、「獣が夢見る時」ぐらいであろうか。獣とは何か、獣が象徴するものは何なのか。

 

あらすじ

マリー(ソニア・ズー)は父と母と寂れた漁村で暮らす少女。母はほとんど体を動かすことができない車イス生活である。鮮魚の出荷向上に就職したマリーは、周囲からのいじめと、自身の心身に起こる奇妙な変化を経験していた・・・

 

ポジティブ・サイド

驚くほどに映画的な演出に乏しい。それが逆に心地よい。北欧の映画にそれほど詳しいわけではないが、『 THE GUILTY ギルティ 』でも顕著だったように、主人公の表情や仕草、立ち居振る舞いに注目をすることが北欧、デンマークの流儀であるようだ。これ見よがしに、取って付けたようなシネマティックな演出などは行わない。しかし、ビジュアル・ストーリーテリングの面では外さない。きっと彼の国の映画ファンの目は肥えているのだろう。

 

主演を張ったソニア・ズーは、セクシーなシーンも厭わず演じる本格派。16歳の役を演じるには少々無理があるが、彼女をキャスティングしたサスペンスやスリラー、ホラーをもう1、2本は観てみたいと思わされた。

 

ネガティブ・サイド

マリーに心身の異常が発生するのが少し早すぎるように感じた。鮮魚出荷工場でのいじめがきっかけであれば素直に納得できる。そうではない理由は何なのだろうか。

 

マリーの獣性の萌芽は、物語の割と序盤から見られるが、母親に対する非人間的な接し方の意図もなかなかに分かり辛い。ごく狭い共同体の中で、母の存在が自らの存在への負担になっていると見ることは容易い。しかし、母の介助や介護の大部分は父によってなされている。思春期真っ只中という設定のマリーの心情を慮るのは難しいが、もう少し母と娘らしい関係の描写があっても良かったのではないか。

 

マリーの獣性が爆発する最終盤、人間と獣の境目を象徴するシーンがあるが、普通の人間に潜む残酷さと獣に宿る愛の対比の描写が非常に弱々しく感じられた。原題にある「獣が夢見る時」というのは、もう少し神々しい、それがあまりにも大仰な表現であると言うなら、もう少し美しい情景であったはずである。

 

総評

これこそRainy Day DVDであろう。梅雨で外出する気が起きない時に、1時間半ほどの時間を潰す目的で観るべきである。本作は、人生を変えるようなインパクトはもたらさない。ありきたりなホラー、ありきたりなスリラーである。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, E Rank, スリラー, ソニア・ズー, デンマーク, フランス, 監督:ヨナス・アレクサンダー・アーンビー, 配給会社:クロックワークスLeave a Comment on 『 獣は月夜に夢を見る 』 -北欧スリラーの凡作-

『 ザ・ミスト 』 -フランス産パニック・ムービーの珍作-

Posted on 2019年5月19日2020年2月8日 by cool-jupiter

ザ・ミスト 40点
2019年5月17日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ロマン・デュリス オルガ・キュリレンコ
監督:ダニエル・ロビィ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20190519103838j:plain
TSUTAYAは時々、TSUTAYAだけでしかレンタルできません!的な作品を出してくる。本作もその一つ。大体において、この手の商品はただの製品であって作品ではないことが多い。が、Sometimes, I am in the mood for garbage. 駄作と分かっていて観るのも、亦悦しからずや。

 

あらすじ

マチュー(ロマン・デュリス)とアナ(オルガ・キュリレンコ)には、免疫疾患のため、金魚鉢的なコンテナに隔離された娘がいた。ある時、パリが地震に見舞われ、地下から謎の霧が噴出。それを吸った人々は倒れていく。娘は無事だが、機械のバッテリーがもたない。愛娘を助けるべく、マチューとアナは霧と対峙するが・・・

 

ポジティブ・サイド

『 ゲティ家の身代金 』のチンクアンタを熱演したロマン・デュリスが本作でも額に汗して、子どもを守ろうとする。火事場の馬鹿力ならぬ霧場の馬鹿力で、一般人では少々無理目なアクションを易々とこなしていく・・・というような安易な展開を見せないところが良かった。リミッターが外れれば、ひょっとしたらこれぐらいなら出来るかもしれないと思わせてくれた。

 

また、金魚鉢に閉じ込められた娘が同病相哀れむように同じ疾患を抱える他の者と通信していることに意味があることも評価できる。単なるパニック・ムービー、もしくはディザスター・ムービーの場合、多くの場合は自然 vs 文明、地球 vs 人間 といったような単純、単調なテーマがモチーフになっている。謎の霧の正体は何か?いつ、どこで、どのように発生したのか?そんなことは追及しない。このあたりがハリウッド映画とフランス映画の違いなのだろう。小説にしろ、映画にしろ、人間関係を広げ過ぎず、なおかつそこにエスプリを織り交ぜてくるのがフランス流で、フランス料理のフルコースとフランス産の映画、小説は全く趣が異なる。アメリカ映画で胃もたれをおこした時には、フランス映画で中和するのも一つの手かもしれない。

 

ネガティブ・サイド

パニック・ムービー、スリラー映画とはいえ、キャラクター達の行動原理がよく分からない。いや、子どものために必死になっているということは分かる。しかし、合理的とはとても言えない行動の数々を選択するのは何故なのか。単にサスペンスフルなシーンを演出したいがためにしか見えなかった。娘のための防護服が破損していても代用品はある。例えば、『 MEG ザ・モンスター 』でも一瞬映っていたアクアボールなどは、いくらパリが海から遠いとはいえ、冷静に考えればどこかしらで調達はできるアイテムだ。変に街をかけずり回るよりも、知識と知恵をフルに活用するような展開をもっと織り交ぜられたはずだ。

 

母親の行動も、美しいと見る向きもあれば、???となる向きも多かろう。Jovianは後者である。必要なのは電池であって伝者ではない。これも無用なドラマを無理やり仕立てるというプロットありきで、人間を描くことには失敗していたように思う。

 

字幕で父親が軍隊に、「自己免疫疾患の娘がいる」と言っていたが、これは誤訳ではないだろうか。自己免疫疾患は自分の免疫系が、細菌やウィルスではなく、自分の細胞を排除の対象として攻撃してしまう疾患だからだ。もちろん、隔離に意味が無いとは言わないが、それなら娘に必要なのは免疫抑制剤なのでは?と思えてしまった。フランス語に堪能な方がおられれば、是非お確かめ頂きたい。ただし、名作傑作と言える類の映画でないことだけはご承知いただきたい。

 

総評

それなりに捻りの効いたオチもあるが、それもオリジナルというわけではない。これなら、小松左京の小説およびその映像化作品の『 首都消失 』(YouTubeで視聴可能)を鑑賞し、返す刀でハヤカワSF文庫の『 アトムの子ら 』を読んだ方が面白いだろう。あれ、微妙にネタばれしてしまったかな?どちらも相当に古い作品なので、お目こぼしいただきたい。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, オルガ・キュリレンコ, カナダ, スリラー, フランス, ロマン・デュリス, 監督:ダニエル・ロビィ, 配給会社:カルチュア・パブリッシャーズLeave a Comment on 『 ザ・ミスト 』 -フランス産パニック・ムービーの珍作-

『 ヴァレリアン 千の惑星の救世主 』 -古典的SFコミックの映画化成功作品-

Posted on 2019年5月9日 by cool-jupiter

ヴァレリアン 千の惑星の救世主 65点
2019年5月7日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:デイン・デハーン カーラ・デルビーニュ
監督:リュック・ベッソン

f:id:Jovian-Cinephile1002:20190509135107j:plain

MOVIXあまがさきで公開二週目の木曜日のモーニングショーで観た記憶がある。近所のTSUTAYAで何故か目に入ったので、良い機会なのでI will give it a watch again. SFの面白さが充分に詰まった逸品に仕上がっている。

 

あらすじ

28世紀。腕っこきのエージェントであるヴァレリアン(デイン・デハーン)とローレリーヌ(カーラ・デルビーニュ)は、千の種族が生きるアルファ宇宙ステーション(「千の惑星の都市」)の中心部に広がりつつある放射能汚染エリアの調査に乗り出す・しかし、それは巨大な陰謀の一部で・・・

 

ポジティブ・サイド

デヴィッド・ボウイの“Space Oddity”と共に流れる一連の映像だけで、人類と異星生命とのFirst Contact・・・のみならず、Second、Third、Fourth・・・とテンポよく伝えてくれる。何度でも言うが、ビジュアル・ストーリーテリングは映画の基本なのである。

 

ヴァレリアンとローレリーヌの関係性の描写も簡潔に、しかし丁寧に行われる。長い廊下を歩きながらの口論にも近い対話で、観る側は二人の微妙な距離と互いへの熱量の違いを明確に知ることができる。原作コミックのテンポがきっと元々小気味良いのであろう

 

『 アバター 』にも影響を及ぼしたであろう惑星ミュールのパール人も魅力的に描かれているし、何よりその生きざまが良い。小川一水の小説『 老ヴォールの惑星 』の生命体のような、とある特性を持っていて、小川も案外原作コミックから着想を得たのかもしれないと思わされた。

 

個人的にはネザを演じたクリス・ウーが気に入った。というかこの男、有能すぎる。組織の上位にある者には腹心、耳目、爪牙が必要であるとされるが、ネザは全てを兼ね備えた有能な軍人ではあるまいか。異星生命と当たり前のように交歓交流する宇宙では、人種の違いなど何のその。彼のような男と共に戦ってみたいものだ。He is definitely the kind of guy I want to go to war with!

 

本作はある意味では陳腐なクリシェの塊とも言えるが、それだけ原作コミックが時代を先取りしていた、あるいは当時の少年少女をインスパイアしたと言えるだろう。本作のクライマックスで語られる「愛とは何か」というローレリーヌの言葉には、『 インターステラー 』のアメリア(アン・ハサウェイ)との共通点が非常に多かった。ということは、クリストファー・ノーランもある意味では本作の影響を受けたと言えるのかもしれない。デイン・デハーンのキャラクターは、それこそ100年間から存在していたのだろうけれども、ね。

 

ネガティブ・サイド

情報屋トリオが言う「情報は3分割している」というのがピンと来ない。誰かから情報を1/3ずつ買うと言うのか。もしくは超絶記憶術と忘却術をマスターしていて、それで情報を分割して記憶しているとでも言うのか。このトリオは非常に味のあるキャラクターたちだが、不可解さも残した。

 

ややネタばれになるが、黒幕もしくは悪役はBritish Englishを話すというクリシェはいつになったら廃れるのか。それとも容易に廃れないからこそクリシェなのか。本作も開始早々から「こいつが陰謀の中心かな?」という人物が2人ほど目に付くが、一人はパッと見で除外、もう一人はパッと聞いた感じで怪しい、と感じてしまう。このあたりが課題なのだろう。

 

総評

リュック・ベッソンが作りたいように作るとこうなる、という見本のような作品である。頭をからっぽにして楽しむこともできるし、作中に登場する数々のガジェットやクリーチャー、あるいはシーンの構図などを分析して、先行作品や後発作品をあれこれと思い浮かべるのも楽しいだろう。ただし、SFの全盛期は1960年代の小説だった、というハードコアなSF原理ファンとも言うべき向きに勧められる作品にはなっていない。

 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, SFアクション, カーラ・デルビーニュ, デイン・デハーン, フランス, 監督:リュック・ベッソン, 配給会社:キノフィルムズLeave a Comment on 『 ヴァレリアン 千の惑星の救世主 』 -古典的SFコミックの映画化成功作品-

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