Skip to content

英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

  • Contact
  • Privacy Policy
  • 自己紹介 / About me

タグ: デンマーク

『 イノセンツ 』 -超能力子どもジャンルの佳作-

Posted on 2023年8月6日 by cool-jupiter

イノセンツ 70点
2023年7月30日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:ラーケル・レノーラ・フレットゥム
監督:エスキル・フォクト

同僚の突然死やら自分自身のMRSA感染などもあり、簡易レビュー。

 

あらすじ

イーダ(ラーケル・レノーラ・フレットゥム)は両親の仕事の都合で、自閉症の姉アナと共に団地に引っ越しする。イーダはそこでベンジャミンという男の子と知り合う。彼は不思議な力の持ち主で、イーダはその能力に魅了されてしまう。一方、姉のアナはアイシャという女の子と不思議な形で心を通わせ始めていて・・・

ポジティブ・サイド

子どもの持つ純粋さと、それゆえの残酷さがよく描かれている。猫を殺すシーンは残酷極まりないが、大人だって堂々と尊厳死を議論している。子どもは大人の写し鏡で、逆もまた然り。子役たちの演技はどれも素晴らしい。子どもならではの無邪気さと、子どもならでは邪悪さが、表情にも仕草、行動にもさりげなく表されている。

 

友情と、その亀裂、そして最後の超能力対決までサスペンスが途切れることがない。特にラストの対決では、自閉症とコミュニケーションに対して大きな示唆を与えているように感じられてならなかった。

 

ネガティブ・サイド

団地というロケーションをもっと際立たせられなかったか。移民の子どもであることや顔の白斑など、差別・疎外される要素があり、実際に差別・疎外されるシーンがあれば、4人が奇妙な友情をはぐくんでいく展開にもっと説得力が出たものと思う。

 

総評

監督・脚本が『 テルマ 』の脚本を書いたエスキル・フォクト。同作と同じく人間の倫理観が大金テーマになっている。ハリウッドは超能力=国家の危機的な大味な展開に持っていってしまうが、子どもには子どもの世界があるのだということを本作は静かに、それでいて力強くアピールしている。大友克洋の『 童夢 』にインスパイアされているらしいが、そちらは未読。今度読んでみようかな。

 

Jovian先生のワンポイントノルウェー語レッスン

natt

ノルウェー語で night の意。劇中で子どもたちが夜寝る前に母親に Natto というシーンが複数回あるので、すぐに分かった。英語でも Good night と言わずに Night の一言だけで済ますことが多いが、ノルウェー語も同様のようである。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 658km、陽子の旅 』
『 神回 』
『 セフレの 品格 プライド 』

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村    

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, スウェーデン, スリラー, デンマーク, ノルウェー, フィンランド, ラーケル・レノーラ・フレットゥム, 監督:エスキル・フォクト, 配給会社:ロングライドLeave a Comment on 『 イノセンツ 』 -超能力子どもジャンルの佳作-

『 聖地には蜘蛛が巣を張る 』 -イラン社会特有の病理と思うなかれ-

Posted on 2023年4月30日 by cool-jupiter

聖地には蜘蛛が巣を張る 70点
2023年4月26日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:メフディ・バジェスタニ ザーラ・アミール・エブラヒミ
監督:アリ・アッバシ

 

監督の名前だけでチケット購入。

あらすじ

イランの聖地マシュハドで、娼婦だけを狙うスパイダー・キラーという連続殺人鬼が出現。住民は不安に慄くが、犯行を支持する者もいた。女性ジャーナリストのラヒミ(ザーラ・アミール・エブラヒミ)は独自に事件を追っていくが・・・

ポジティブ・サイド

娼婦ばかりを狙う殺人鬼では『 チェイサー 』が思い出されるが、本作は社会の底辺で繰り広げられる追跡劇ではなく、広く社会全般に蔓延する空気の淀みに息が詰まる。そしてその空気とは女性蔑視。

 

ただのオッサンが淡々と娼婦を買い、淡々と殺しては淡々と捨てていく。それを追うジャーナリストの女性が周囲から受ける奇異の眼差しが突き刺さる。

 

一見して普通の人が大量殺人犯だったという真相の裏に、戦争で死ねなかった、あるいは戦争がもっと続けば功成り名遂げるチャンスもあったという想いがあったのではないか、という仮説を提示しているところが、なんとなく『 殺人の追憶 』を彷彿させる。

 

サイードの宗教観と、彼の家族の事件の受け止め方に戦慄させられる。これをイスラム社会およびムスリムの特異性と受け取るか、それともあらゆる文化は相対的に特異であると受け取るかで、本作の評価はガラリと変わるはずだ。

 

ネガティブ・サイド

サイードの家族だけが異様に映ってしまうが、サイードのかつての軍隊仲間の家族たちの様子や、治安の悪化を不安がっていた近所の人々のサイード逮捕後の反応なども描いていれば、イラン社会の不安定さと、それゆえの変化への希望と絶望の両方が表せたのではないだろうか。

 

裁判シーンか、それに関連するシーンをもう少し増やして、イスラム法がどのようなものなのかを観る側に知らせてくれても良かったと思う。あるいは傍聴人同士の会話や新聞、ニュース番組、SNSのやりとりなど、何故かくもサイードが支持されるのか非イスラム圏にも、もう少し伝わりやすくしてほしかった。

 

総評

『 ボーダー 二つの世界 』で描かれた、人間と人間とは異なる存在が交わることなく存在する世界同様に、本作では男と女という交わるのだが交わらない存在、その位相の非対称性が強く打ち出されている。殺害シーンはかなりショッキングなので注意のこと。本作を他山の石にできるかどうかが、その文化圏あるいは視聴する個人の一種のテストであるかのように感じられる。

 

Jovian先生のワンポイントペルシャ語レッスン

キー

誰、の意味。劇中に何度も何度も聞こえてくるので、さすがに分かる。ラテン語の qui が元になっているのかな、などとあらぬことを一瞬考えた。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 ザ・ホエール 』
『 ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー 』
『 放課後アングラーライフ 』

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村    

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, ザーラ・アミール・エブラヒミ, サスペンス, スウェーデン, デンマーク, ドイツ, フランス, メフディ・バジェスタニ, 監督:アリ・アッバシ, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 聖地には蜘蛛が巣を張る 』 -イラン社会特有の病理と思うなかれ-

『 メイド・イン・バングラデシュ 』 -Do not underestimate Bangladeshi women-

Posted on 2022年7月23日 by cool-jupiter

メイド・イン・バングラデシュ 70点
2022年7月18日 塚口サンサン劇場にて鑑賞
出演:リキタ・ナンディニ・シム
監督:ルバイヤット・ホセイン

 

簡易レビュー。

あらすじ

シム(リキタ・ナンディニ・シム)は、工場で長時間ミシン操作をする労働者だったが、あるきっかけで労働組合の結成に動き出す。仲間を集めて、組合を作り、労働環境の改善や賃金のアップを勝ち取ろうとするシムだったが・・・

ポジティブ・サイド

インドからイスラム勢力が独立して出来たパキスタンから、さらに独立して生まれたバングラデシュ。つまり、コテコテのムスリムの国であるが、本作で描かれるシムとその同僚たちが、会社の幹部の男性たちに見せる「闘う姿勢」に圧倒される。ものすごい剣幕で迫っていくバングラデシュ女性を目の当たりにして、「あれ、これって韓国映画だったっけ?」とまで思わされた。その一方で、20代の女子らしいトークも随所で聞かれる。特に、会社経営者の右腕的な存在の男性と、シムの同僚は不倫関係にあるのだが、そのことを面白おかしく揶揄するシーンの女性たちのあけすけなトークに、「なぜ邦画は男女のあれやこれやをあけっぴろげに語れないのか」と慨嘆させられた。

 

過酷な労働よりも、我々が普段から当たり前のものとして享受している労働者の権利が、実は当たり前ではないということが、ドキュメンタリー風に活写される。映画的な巧みなカメラワークやBGM、効果音、過剰な演技などは一切なく、組合の結成に奮闘するシムと、彼女の前に立ちはだかる様々な障害(同僚や夫、役人まで)、そしてその障害を一つずつ乗り越えていく様はバングラデシュだけではなく、女性の地位向上を目指すあらゆる国や地域のエールとなるだろう。

ネガティブ・サイド

シムをたきつけた女性記者は、もっと全編にわたってシムを支援すべきではなかったか。

 

シムの夫も非常に勇ましい場面があったが、何故あそこで警備員をぶん殴らなかったのか。警備員に一発お見舞いして、その上でシムの腕を強引に引いていく、というのなら納得がいったのだが。

 

総評

我々が何気なく着ている服は、新疆ウイグル自治区の強制労働の賜物だったというニュースが近年報道されたのは記憶に新しい。が、中国だけではなくバングラデシュも低賃金かつ重労働で世界に衣料品を提供していることが分かった。複雑な気分にさせられる。しかし、最後の最後にシムが機転を利かせて勝利するシーンのカタルシスは本物。Jovian妻は満足していた。本作は男性よりも女性をエンパワーするようである。

 

Jovian先生のワンポイントベンガル語レッスン

ヘー

ベンガル語で Yes = はい、の意。劇中で何度も聞こえてくるので、すぐにわかる。言語は文脈とセットで覚えよう。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, デンマーク, バングラデシュ, ヒューマンドラマ, フランス, ポルトガル, リキタ・ナンディニ・シム, 監督:ルバイヤット・ホセイン, 配給会社:パンドラLeave a Comment on 『 メイド・イン・バングラデシュ 』 -Do not underestimate Bangladeshi women-

『 ビバリウム 』 -それでもマイホーム買いますか?-

Posted on 2021年3月14日 by cool-jupiter

ビバリウム 55点
2021年3月13日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:イモージェン・プーツ ジェシー・アイゼンバーグ
監督:ロルカン・フィネガン

f:id:Jovian-Cinephile1002:20210314022503j:plain
 

トレイラーを観ただけで好みの作風と判断。『 エスケープ・ルーム 』や『 迷宮物語 』のような、非現実的な領域に迷い込んでしまう話が好きなのである。

 

あらすじ

教師のジェマ(イモージェン・プーツ)と庭師のトム(ジェシー・アイゼンバーグ)は、二人で住む家を探して不動産屋へ。ヨンダーという郊外の住宅地で内見をするが、住宅地から抜け出せなくなってしまう。そして「育てれば解放する」というメッセージと共に謎の赤ん坊が届けられて・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20210314022522j:plain
 

ポジティブ・サイド

冒頭のEstablishing Shotが奮っている。托卵の結果、カッコウの雛は他の卵を落とし、さらには雛も落とし、自分だけぬくぬくと他人(他鳥?)に育ててもらう。このショットが適切かどうかは別にして、それが自然の摂理であるということは強く伝わってきた。

 

育てることになった子どもが上げる奇声の不穏なことと言ったらない。神経を逆撫でする声である。ジェマの台詞に“I’ve never heard such perfect silence”(こんな完璧な静寂、聞いたことがない)というものがあったが、こんな空間でこんな声聞かされたらノイローゼになること必定である。この子(Itと呼ぶべきか)の不気味さを増す要素に、ジェマとトムの言葉をオウム返しする習性が挙げられる。そりゃトムも壊れるわな・・・ 『 光る眼 』や『 アンダー・ザ・スキン 』のような、変則的な侵略SFが好きな向きは本作も問題なく楽しめることだろう。

 

という見方がオーソドックスだろうか。

 

もう一つの見方は、本作はマイホーム購入後の人生をカリカチュアライズしているのではないかというもの。元々、子どもなんていうものはエイリアンみたいなもの。母親の体液をチューチューと啜って成長する生き物、と書けば哺乳類全体がいきなりヤバい生物に感じられるが、事実はそうなのである。親のすねかじりこそがある程度の高等生物の本質なのではないか。

 

本作の子どもの振る舞いを見れば、子育てがどれだけ大変かが分かる。腹が減るたびにギャーギャーと泣き喚き、親の言葉をオウム返しするのも言語を獲得する過程の一部に過ぎない。成長すれば深夜まで訳の分からんテレビを観るのに没頭して、外ではどこで誰と何をやっているのか分からない。Z世代というのは個性を重視すると言われるが、全世界的に観ても今の30代後半以上の世代は、恋愛にせよ仕事にせよ、何らかの「モデル」(その多くは小説や映画、テレビドラマや企業の商品CM)を良い意味でも悪い意味でも押し付けられてきた。ロルカン・フィネガン監督はJovianと同世代。そんな彼が現代の子育て事情を目の当たりにして、「俺たちが何を育てさせられているんだ?」という問題意識に基づいて作ったのが本作なのではないだろうか。

 

ネガティブ・サイド

ストーリーに二転三転がない。グッド・エンドであれ、バッド・エンドであれ、途中で適度に上げたり落としたりするべきだろう。タバコのポイ捨てによって、何か突破口が広がりそうに予感させるが、それをトムがジェマに見せる。それによってわずかな希望が生まれる。あるいは、トムがタバコをポイ捨てして見せるが、芝生に変化なし。ジェマはトムを少し信用できなくなる、といった演出も可能だったはずだ。

 

あと、これはカッコウの托卵とは構図が真逆ではないか?どちらかというと、サムライアリとクロヤマアリの関係に近いと思う。なんらかのミスリードなのかなとも思ったが、そうでもないようだ。人間という生き物の性質と托卵戦略を取る外的侵略種の狭間の物語であることを強調するなら、もう少し別の見せ方もあったように思う。

 

ジェシー・アイゼンバーグの見せ場が少なかった。それこそ得意のマシンガントークをかまして、それを子どもがひたすら真似するというシーンがあれば、子どもの気味の悪さも一層際立ったことだろう。

 

総評

公開直後ということもあり劇場はかなりの入りだったが、特に若いカップルが目立った。はっきり言ってデートムービーには向かない。人によっては本作をホラーに分類するかもしれない。子育て真っ最中の人にもお勧めはしづらい。子育て一段落の世代なら、適度な距離感で鑑賞できるものと思われる。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

ium

プラネタリウムやアトリウム、シンポジウムなど、iumで終わる英単語は日本語になっているものも多い。意味は「場所」である。サナトリウム=sanatoriumは療養所だし、スタジアム=stadiumはスポーツファンにはお馴染みだろう。ビバリウム=vivariumは「生きる場所」の意味で、辞書的には動植物飼養場となるらしい。「ビバ」と聞いて万歳=Long live!だとつなげて考えられれば、本作のストーリーも腑に落ちるのではないか。語彙素の知識は不可欠とは思わないが、知っておいて損になることはまずない。ちなみにプレステで『 シーマン 』をプレーしていたJovianと同世代または上の世代は、ビバリウムという言葉自体には聞き覚えがあるはず。

 にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アイルランド, イモージェン・プーツ, ジェシー・アイゼンバーグ, スリラー, デンマーク, ベルギー, 監督:ロルカン・フィネガン, 配給会社:パルコLeave a Comment on 『 ビバリウム 』 -それでもマイホーム買いますか?-

『 ボーダー 二つの世界 』 -北欧ダーク・ファンタジーの傑作-

Posted on 2019年11月16日2020年4月20日 by cool-jupiter

ボーダー 二つの世界 80点
2019年11月14日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:エバ・メランデル エーロ・ミロノフ
監督:アリ・アッバシ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191116013312j:plain
 

Jovianはライトな映画ファンではないが、シリアスな映画ファンとまでは言えない。何故なら、アメリカ映画かぶれだからである。もちろんインド映画も観るし、韓国映画やフランス映画も観る。近年ではレバノン映画にも興味が湧いてきている。しかし、北欧(と一括りにすることの愚は承知しているが)の映画には、あまり積極的に関心を払ってこなかった。その認識は今後改めようと思う。友人に北欧映画好きがいるが、自分もやっと北欧の映画の良さが分かってきた気がする。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191116013336j:plain

 

あらすじ

特異な容貌の税関職員ティーナ(エバ・メランデル)は、人間の感情を嗅ぎ分けることができる。ある日、港に自分と同じような容貌の人物ヴォーレ(エーロ・ミロノフ)と邂逅する。それ以来、ティーナは自らのアイデンティティを見つめるようになり・・・

 

ポジティブ・サイド

これは大人の映画である。R-18指定なのだから、アダルトな展開があるんでしょ?と思わせて、実は違う。映画の演出やメッセージが大人向けということである。かといって、その大人というのは年齢で区切れるようなものでもない。ごく簡単に言えば、映像や音からメッセージを汲み取れることができるかどうかが、大人と子どもの境目であると言えるだろう。

 

ティーナの職務への精勤ぶり、自身の特異な能力の活かし方、周囲の人間との近くも遠くもない距離、同居しているローランドとの近くて遠い距離、認知症を患いつつある父親との距離感、森に棲む野生動物との近しさ、そして自分と同じ特異な容貌のヴォーレとの関係が、説明的な台詞がほとんどないままにスクリーンに映し出されていく。この心地好さよ。役者の演技、監督の意とする演出が高次元で融合したからこその成果。素晴らしい。

 

ティーナおよびヴォーレの関係は、最初は警戒から始まり、それがある時に狂おしいまでの激情に身を任せた、まさに言葉そのままの意味での獣のような交わりに至る。このシーンは、とてつもなくグロテスクでエロティックだ。『 The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ 』の冒頭でエル・ファニングがキノコを採取していたが、本作でもティーナがキノコを採集する場面がある。なるほど、これは心憎い演出であり、前振りである。

 

ティーナとヴォーレが二人、裸で森の中を駆け巡るシーンにはえもいわれぬ爽快感がある。本当の自分、そして自分の理解者、そして自分を排除しようとする人間もおらず、自分を優しく包み込んでくれる土壌や木々に囲まれていることの幸せを全身で表現していることが分かる。木々の間を縫って駆けて行く名シーンと言えば、『 七人の侍 』の三船敏郎だろう。ティーナとヴォーレが裸で無邪気に走る様に、何故か世界のミフネが思い起こされた。

 

ティーナのアイデンティティとヴォーレの秘密が交錯する時、世界は引き裂かれる。ボーダーラインがそこに引かれる。このダーク・ファンタジーが意味するものは、単なる人類批判、文明批判にとどまらない。異質な存在を受け入れることの難しさと、それを実行する一つの方法を提示する本作は、『 マレフィセント2 』のラストシーンに通じるものがある。二つの王国が融和するには、王子と王女の結婚が必要である。もっと言えば、王子と王女が子を持つことが求められるだろう。もしくは『 亜人 』を思い浮かべてもよい。迫害する側と迫害される側、その立場は逆転するのか、しないのか。最初のショットと最後のショットのコントラストが、実に複雑な余韻を観る者に残す。人間は寄生虫なのか。生きるとはどういうことなのか。現代的な問いと普遍的な問いを高次元で融合させた傑作映画に仕上がっている。

 

ネガティブ・サイド

ヴォーレとティーナのピロートークだけが物語から浮いている。ここだけが、説明的な台詞のオンパレードで興醒めしてしまった。語るのではなく、見せる。それによって、観客に想像させることが、この監督にはできるはずなのだ。重要なところだけ変に丁寧に説明するのではなく、全体のトーンを保つことを考えてもらいたかった。

 

ローランドの飼っている犬がティーナに吠えるシーンを、もっと丁寧に作っても良かった。大きな声で吠えまくる犬が、ティーナと同じフレームに決して入らないのは、最初は許せても、最後には違和感を覚えるほどになった。動物に演技指導をするのは難しいが、そうした絵作りにもトライをしてほしかったと思う。最初のキツネのシーンも同様である。

 

総評 

何とも形容しがたい作品である。爽快感がある一方で、疲労感や嫌悪感も残してくれるからである。ただし、そうした二律背反するような感想を抱かせる作品はなべて傑作である。優れた作品は、語り=discourseを刺激する。何かを語りたくなる映画の今年のナンバーワンは『 ジョーカー 』だろうが、ナンバーツーは本作ではあるまいか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Why should it be like that?

 

ヴォーレがティーナに語る「誰が決めた?」という台詞の私訳である。いや、正確には『 グーグル ネット覇者の真実: 追われる立場から追う立場へ 』で、グーグル創業者のペイジとブリンの二人の口癖が「誰が決めたんだ?」であるという記述がある。そして、その原書“IN THE PLEX”によると、「誰が決めたんだ?」は“Why should it be like that?”だったのである。逐語訳も大切だが、意訳はもっと大切である。まずはプロの真似から始めよう。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, エール・ミロノフ, エバ・メランデル, スウェーデン, デンマーク, ファンタジー, 監督:アリ・アッバシ, 配給会社:キノフィルムズLeave a Comment on 『 ボーダー 二つの世界 』 -北欧ダーク・ファンタジーの傑作-

『 テルマ 』 -光るところがある文学的な北欧スリラー-

Posted on 2019年7月15日 by cool-jupiter

テルマ 65点
2019年7月11日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:エイリ・ハーボー
監督:ヨアキム・トリアー

f:id:Jovian-Cinephile1002:20190715211713j:plain

シネ・リーブル梅田での鑑賞機会を逸してしまった作品。近所のTSUTAYAでクーポンを使って借りる。北欧映画はやはり白を基調にすることが多く、極彩色のフルコースを立て続けに食した後に、観てみたくなることが多いと自己分析。実際に『 獣は月夜に夢を見る 』を鑑賞したのも『 SANJU サンジュ 』というインド映画、『 青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない 』というアニメ映画の直後だった。目の疲れに敏感な年齢になったのかな・・・

 

あらすじ

厳格なカトリックの家庭で育ったテルマ(エイリ・ハーボー)は、大学生として一人暮らしを始めた。しかし、彼女は謎のけいれん発作に苦しめられる。そんな時に、水泳中にたまたま知り合ったアンニャと恋に落ちるテルマ。自らの宗教観や倫理s観と同性愛の間でテルマは悩み苦しむ。そして、アンニャが消えてしまう。テルマの不可思議な力によって・・・

 

ポジティブ・サイド

 

* 以下、マイナーなネタばれに類する記述あり

 

北欧の映画のビジュアルにはやはり雪が欠かせない。つまり、スクリーンを彩る基調色は白になることが多い。これは何も北欧だけに限ったことではなく、寒い地域を舞台にした場合の必然なのかもしれない。アメリカのワイオミング州を舞台にした『 ウィンド・リバー 』では、白=雪は冷徹性、暴力性、無慈悲さの象徴だった。それでは本作における白とは何の象徴であるのか。それはおそらく、テルマの処女性・無垢・純潔ではないか。テルマが恋に落ちる相手のアンニャが黒人であることにも意味が込められているし、冒頭で窓に激突して死んでしまう鳥がカラスであることにもおそらく意味が込められている。テルマは厳格なカトリックの家庭で抑圧されながら育ったことで、自身の内に芽生えだ同性への恋心を神への祈りによって抑え込もうとした。カラスは創世記で描かれる大洪水後に、ノアに斥候を命じられる優秀な生き物である。「様子を見てこい」と言われる鳥が殺されることには、自分を見ないでほしいというテルマの潜在的な願望が見出せる。アンニャへの募る思いを押さえ込もうと祈りを捧げる姿は、自慰行為に罪悪感を感じながらも止められなかったアウグスティヌス(「神様、お許しください。でも、もう少しだけ・・・」)に共通するものがある。テルマが体内に蛇を取りこむビジョンは、年老いた蛇、サタンを象徴するものと考えて間違いないだろう。事実、アンニャとテルマは「イエスはサタンだ!」とふざけ合いながらも、本心を吐き出している。信仰は彼女らにとって悪徳なのである。鹿についても同様で、『 ウィッチ 』においても重要な役割を演ずる動物であるが、鹿はしばしば悪魔の化身とされる。ジョーダン・ピール監督の『 ゲット・アウト 』のトレイラーでも、鹿の骨の化け物が襲ってくるシーンがある(何故か本編にはこのシーンは無い)が、キリスト教文化圏においては鹿は必ずしも聖なる生き物ではないのである。その鹿に向ける銃口を冒頭でいきなり娘に向ける父親は、当然、神の代理、化身、象徴であり、この男をいかに文学的な意味でも、なおかつ文字通りの意味でも殺すのかが、今作のテーマである。つまりは古代ギリシャのソフォクレスの『 オイディプス王 』から連綿と続く父親殺しがテーマなのである。父を見事に“殺した”テルマの浮かべる笑みのなんと神々しく邪悪なことか。この笑みの持つ両義性をどのように解釈するかによって、鑑賞後の印象はがらりと変わるのだろう。Jovianは悪魔的な笑みと理解した。しかし、それが唯一の解というわけでもないし、製作者の意図するところでもないだろう。『 ゴールド/金塊の行方 』のマシュー・マコノヒーの笑みのように、素晴らしい作品は時にえもいわれぬ余韻を残してくれる。この映画の余韻は、しばらく残りそうである。

 

ネガティブ・サイド

病院の検査のシーンのストロボの激しい明滅。これが過剰であるように感じた。もちろん、意図しての演出だろうが、明るい部屋で見ても目がかなり疲れた。真っ暗な劇場だと、もっと目に負担がかかっただろうと推測される。

 

弟のシーンがやや不可解だ。もちろん、わずか数秒ではあるが、風呂場で乳児から目を離しては絶対に駄目だ。赤ん坊は水深3cmで数秒で溺れることができるからだ。父親も母親も、保護者であれば乳児から目を離してはいけない。テルマの力が発現する重要なシーンであるが、やや無理やり作り上げたような不自然さがあった。またこのシーンのカメラワークは『 シックス・センス 』の冒頭の台所のシーンと構図的に全く同じで、新鮮味に欠けた。ホラー映画で誰かが冷蔵庫の扉を開けて、それを閉めると、背後に誰かが立っているのと同じように、次に何が起こるか分かってしまう。このようなクリシェな作りは歓迎できない。

 

アホな男子学生も不要だった。『 A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー 』のパーティーで酔って独演会を開く男のようだった。宗教的な観念の深さと皮相性の両方を丁寧に説明しようとしてくれたのだろうが、この男はノイズだった。

 

総評

ホラーやスリラーというよりも、少女版ビルドゥングスロマンと言うべきだろう。文学的な意味での父親殺しが、そのまま神殺しと通底するものを持つのである。爽やかとは言えないが、恋に苦悩する少女の物語は日本だけでも毎年十本以上は劇場公開されている。本作のようなちょっとした変化球も、もっと紹介されていい。配給会社に期待したい。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, エイリ・ハーボー, スウェーデン, スリラー, デンマーク, ノルウェー, ヒューマンドラマ, フランス, 監督:ヨアキム・トリアー, 配給会社:ギャガ・プラスLeave a Comment on 『 テルマ 』 -光るところがある文学的な北欧スリラー-

『 獣は月夜に夢を見る 』 -北欧スリラーの凡作-

Posted on 2019年6月23日2020年4月11日 by cool-jupiter

獣は月夜に夢を見る 35点
2019年6月20日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ソニア・ズー
監督:ヨナス・アレクサンダー・アーンビー

f:id:Jovian-Cinephile1002:20190623005042j:plain
原題は“Nar dyrene drommer”、英語では“When Animals Dream”である。日本語にすれば、「獣が夢見る時」ぐらいであろうか。獣とは何か、獣が象徴するものは何なのか。

 

あらすじ

マリー(ソニア・ズー)は父と母と寂れた漁村で暮らす少女。母はほとんど体を動かすことができない車イス生活である。鮮魚の出荷向上に就職したマリーは、周囲からのいじめと、自身の心身に起こる奇妙な変化を経験していた・・・

 

ポジティブ・サイド

驚くほどに映画的な演出に乏しい。それが逆に心地よい。北欧の映画にそれほど詳しいわけではないが、『 THE GUILTY ギルティ 』でも顕著だったように、主人公の表情や仕草、立ち居振る舞いに注目をすることが北欧、デンマークの流儀であるようだ。これ見よがしに、取って付けたようなシネマティックな演出などは行わない。しかし、ビジュアル・ストーリーテリングの面では外さない。きっと彼の国の映画ファンの目は肥えているのだろう。

 

主演を張ったソニア・ズーは、セクシーなシーンも厭わず演じる本格派。16歳の役を演じるには少々無理があるが、彼女をキャスティングしたサスペンスやスリラー、ホラーをもう1、2本は観てみたいと思わされた。

 

ネガティブ・サイド

マリーに心身の異常が発生するのが少し早すぎるように感じた。鮮魚出荷工場でのいじめがきっかけであれば素直に納得できる。そうではない理由は何なのだろうか。

 

マリーの獣性の萌芽は、物語の割と序盤から見られるが、母親に対する非人間的な接し方の意図もなかなかに分かり辛い。ごく狭い共同体の中で、母の存在が自らの存在への負担になっていると見ることは容易い。しかし、母の介助や介護の大部分は父によってなされている。思春期真っ只中という設定のマリーの心情を慮るのは難しいが、もう少し母と娘らしい関係の描写があっても良かったのではないか。

 

マリーの獣性が爆発する最終盤、人間と獣の境目を象徴するシーンがあるが、普通の人間に潜む残酷さと獣に宿る愛の対比の描写が非常に弱々しく感じられた。原題にある「獣が夢見る時」というのは、もう少し神々しい、それがあまりにも大仰な表現であると言うなら、もう少し美しい情景であったはずである。

 

総評

これこそRainy Day DVDであろう。梅雨で外出する気が起きない時に、1時間半ほどの時間を潰す目的で観るべきである。本作は、人生を変えるようなインパクトはもたらさない。ありきたりなホラー、ありきたりなスリラーである。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村  

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, E Rank, スリラー, ソニア・ズー, デンマーク, フランス, 監督:ヨナス・アレクサンダー・アーンビー, 配給会社:クロックワークスLeave a Comment on 『 獣は月夜に夢を見る 』 -北欧スリラーの凡作-

『 THE GUILTY ギルティ 』 -北欧サスペンスの傑作-

Posted on 2019年3月10日2020年1月10日 by cool-jupiter

THE GUILTY ギルティ 75点
2019年3月7日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:ヤコブ・セーダーグレン
監督:グスタフ・モーラー

f:id:Jovian-Cinephile1002:20190310233831j:plain

原題は“Den skyldige”、英語ではthe guilty oneもしくはthe guilty partyの意であるようだ。「有罪なる者」とでも訳すべきだろうか。パッとあらすじだけを読んだ限りではハル・ベリー主演の『 ザ・コール [緊急通報指令室] 』のデンマーク版かと思えたが、これはそれ以上の掘り出し物にして傑作であった。

 

あらすじ

職務に熱心な警官、アスガー・ホルム(ヤコブ・セーダーグレン)は、とある出来事から緊急司令室の電話オペレータとして勤務していた。ある日、アスガーは今まさに誘拐され車で連れ去られているという女性、イーベンからの通報を受ける。電話越しにアスガーは彼女を救うことができるのか。アスガーの苦闘が始まった・・・

 

ポジティブ・サイド

低予算映画の作り方でありながら、スリル、サスペンス、ミステリ、そしてホラーの要素までもが詰め込まれている。だが、それらが互いに喧嘩することなく、一本の作品の中で互いを高め合っている。これは凄いことだ。あるシーンで、アスガーが同僚警察官にとある場所に踏み込むように依頼するのだが、その緊張感たるや『 セブン』(”Se7en”)に迫るものがあった。

本作については、ネタばれめいたことがほとんど言えない。それほど絶妙なバランスの上に成り立っている作品である。我々は「ラスト10分間の衝撃!」だとか「前代未聞のどんでん返し!」なる惹句を、映画や小説の販促文句で定期的に目にする。中には「あなたは二度騙される」など、それ自体が重大なネタばれになっているものまで存在する。そうまでして観客や読者を獲得しようとする努力は買うが、そのことが作品の面白さ=受け手が作品の真価を味わう機会、経験を減じていることに、版元や配給会社はそろそろ気付いてよい。

本作の素晴らしさは主として2点。一つには、通話先の相手の容貌や状況、心理を観客が知らず知らずのうちに想起してしまうこと。これは主演のヤコブ・セーダーグレンの演技力に依るところが大きい。画面に映るのはほとんど全部この男なのだが、我々はいつの間にか彼と同化させられてしまう。ヘッドセットからの声に真剣に耳を傾けてしまう。そこから漏れ伝わる声や音は我々の想像力を否応なく喚起する。Jovianはデンマーク人の友人はいるが、デンマーク語はさっぱり分からない。それでも、アスガーの苦闘ぶりは充分に伝わる。Non-verbalな部分で、彼が如何に奮闘しているかということが、実によく伝わってくるのである。

もう一つには、映画のプロットそのものが、主人公のアスガーの背景についての興味関心を掻き立ててくることである。なぜこの男は緊急司令室で電話番をしているのか?この男が警察の関連部署と通話する際にときどき感じられる物々しさ、よそよそしさは何であるのか?そうしたことが最終盤まで明かされることなく、それでいて情報が絶妙に小出しにされてくるのである。この展開が素晴らしい。手に汗握るというか、アスガー自身の抱える闇とイーベン誘拐事件のクライマックスが見事に交差する瞬間の緊張感!これ以上は言えない。ぜひ多くの方に劇場で確かめて欲しい。それだけである。

 

ネガティブ・サイド

88分とやや短めの映画であるが、序盤にもう5~6分をかけて、アスガーの仕事がどんなものであるのかを、電話の音声とPC画面にもっとフォーカスする形で見せてくれても良かったのではないだろうか。民間ではないが、コールセンターの中の人がどのように働いているのか、興味のある人は世の中には結構いるはずである。

中盤でアスガーが思考の陥穽に嵌まってしまい、着信に気付かないところを同僚に告げられるシーンがあるのだが、Jovianが昔働いていた信販会社なら、怒声もしくは下段蹴りが飛んでくる場面だ。コールの積滞時間の長さは、そのままクレーム発生率に比例すると言っても過言ではなく、同僚の冷静さが、やや腑に落ちなかった。重大事件の通報であるかもしれないのだから、尚更だ。このあたりの描写に甘さを感じた。

 

総評

いくつかの弱点を抱えているものの、傑作であると評することができる。特にタイトルが秀逸なのである。他には、アスガーの同僚の名前が、Jovianの大学時代の寮の友人と同じで、思わずニヤリとさせられた。兎にも角にも、本作に関してはうっかりとネタばれめいたことが言えないのだが、本作を鑑賞して、なおかつ小説も好きだという方には、以下の三作品を是非ともお読みいただきたい。作品の中身それ自体が重大なネタばれに直結するようなものばかりなので、白字で記載させていただく。

作者:田中啓文 タイトル:『 水霊 』

作者:米澤穂信 タイトル:『 犬はどこだ 』

作者:範乃秋晴 タイトル:『 マリシャスクレーム―MALICIOUS CLAIM 』

以上である。本当に面白い作品であれば、この時代であれば自然に拡散されていく。本ブログもその一助でありたい。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村  

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, サスペンス, デンマーク, ヤコブ・セーダーグレン, 監督:グスタフ・モーラー, 配給会社:ファントム・フィルムLeave a Comment on 『 THE GUILTY ギルティ 』 -北欧サスペンスの傑作-

『 ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男 』 -グラスコートで繰り広げられる極上のヒューマンドラマ-

Posted on 2018年9月9日2020年2月14日 by cool-jupiter

ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男 80点
2018年9月9日 大阪ステーションシネマにて観賞
出演:スベリル・グドナソン シャイア・ラブーフ ステラン・スケルスガルド
監督:ヤヌス・メッツ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20180909223208j:plain

往年のテニスファンならずとも、ビヨン・ボルグやジョン・マッケンローの名前ぐらいは聞いたことがあるはずである。日本プロ野球で言えば、村山実や張本勲・・・、さすがに古すぎるか。これは彼ら二人がウィンブルドンの決勝で相まみえる過程とその結末をドキュメンタリー風に仕上げた作品である。『 バトル・オブ・ザ・セクシーズ 』に並ぶ、いや超える作品である。あちらはフェミニズムを前面に出してきたが、こちらはテニス史上に残る名プレーヤーたちによる名勝負中の名勝負を前面に押し出してきた。扱う主題がテニスという点では同じでも、ジャンルが異なる映画である。こちらは社会性よりも、むしろ個人の内面や人間性に踏み込んだ内容になっているからだ。この作品で描き出されるボルグやマッケンロー像に、多くの人たちが類似のアスリートや他分野の偉人、もしくは身近な人間を思い浮かべることだろう。これはそういう見方ができる映画だし、そうした見方をされたがっているようにも思う。

ボルグのテニスは、乱暴に一言でまとめてしまえば大河ドラマ的だ。一話一話は抑揚に乏しく、1月に始まり、12月にクライマックスが来るようなものだ。対するマッケンローのテニスは韓国ドラマだ。一話一話が、まるでジェットコースターのように上がり下がりする。Jovianはテニス史上で最も強靭なメンタルの持ち主はシュテフィ・グラフだと信じている。彼女の動じない姿勢、ワンプレーが終わるたびにサッと後ろを振り向いて気持ちをリセットしようとしているかのような立ち居振る舞いに、多くのファンが魅せられ、畏敬の念を抱いてきた。その姿勢の源泉はボルグにあったのではなかろうか。ボルグのコーチ役のステラン・スケルスガルドの「一球に集中するんだ」という言葉に、松岡修造がウィンブルドンで叫んだ「この一球は絶対無二の一球なり!」という言葉を思い出すテニスファン兼映画ファンはきっと多いだろう。余談だが、大坂なおみがセリーナ・ウィリアムスを倒して全米オープン制覇を成し遂げた。偉業である。そこでのセリーナの振る舞いに、多くのファンがマッケンローの姿をダブらせたことだろう。動じないメンタル、少なくともそれを目に見える形で表わさないことが、トッププロには求められることが多い。例えばイワン・レンドルは1986年のウィンブルドンで、ボリス・ベッカー相手に、誤審から崩れた。いや、誤審から崩れたというよりは、誤審を許せなかったことで平常心を失い、あっさりとベッカーに退けられてしまった。しかし、メンタルの崩れからそのまま敗れ去ってしまった悲劇の例としてテニスファンの心に最も強烈に焼き付いているのは、ヤナ・ノボトナを措いて他にいないだろう。1993年のウィンブルドン決勝、最終第3セット、女王グラフを徳俵にまで追い込みながら、凡ミス連発で世紀の大逆転負けを喫した、あの試合である。ことほど然様にメンタルの在り方は、テニスにおいて、そして他の分野においても、勝負を分けるポイントになる。トップレベルなら尚更である。

Back on topic. 本作は、『 アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル 』の系統の映画と評するべきであろう。本作はプレーヤーとしてのボルグやマッケンローのフォームや仕草、話し方をよくよく研究しているとはいえ、テニスの試合そのものを直接的に魅せる手法は取っていないからだ。しかし、そのことが本作のスリルやサスペンスを減じることはいささかもない。なぜなら、本作はヒューマンドラマだからだ。内面に溜めこんだ負の感情をルーティンで抑えつけるのか、それとも蒸気機関車のエンジンよろしく、圧縮された蒸気は定期的に吐き出さなければならないのか。正反対に見える両者だが、その内側には非常に人間らしいドロドロとしたものが渦巻いていることに気付くだろう。そんな彼らが最高の舞台で究極の精神状態で闘うのだ。これ以上の対話は無い。そしてドラマの基本は対話、dialogueなのである。エンディング近くで2人が交わす誠に他愛の無い会話に、我々はこの2人の間に言葉はもはや必要ないのだということを悟るのである。何というドラマだろうか!こうしたことは実は往々にして起こることで、Jovianがパッと例として出せるのはアルトゥロ・ガッティとミッキー・ウォードのボクシング・トリロジーだ。特に第一戦の第9ラウンドは今でもボクシングファンの間で語り継がれる、言葉そのままの意味の伝説的ラウンドである。その後の二人の友情は必然であったと言える。なお、ミッキー・ウォードについては映画『 ザ・ファイター 』を参照されたい。

Jovianが観賞後、劇場のトイレから出てくると、60代と思しきシニアの面々6名ほどが、ホールウェイで感想を熱く語り合っていた。これから観る人もいるはずなので場所はもう少し選ぶべきなのだろうが、それでも実にでかい声で印象的な感想を述べてくれていた。以下、拾ってきた感想だが、いくつかを紹介する。

「いやあ、もう観てるうちにあの役者が本物のボルグに見えてきたで」

「マッケンローの人、よかったわあ」

「あの試合、やっぱり今でも覚えてるし、ホンマに凄かったなあ」

「コナーズ、ちょっとだけやったな」

「マッケンローの、あのえっちらおっちらのボレー、よう似てたわ」

分かる人には分かる感想であろう。我々はボクシングや野球、サッカーでも、もっとこうした上質のエンターテインメントたりうるドラマ映画を観たいのだ。

こうしたことは日本の映画界にも出来るはずだ。小説や漫画の映画化はそれ自体、作品やクリエイターの知名度アップや世界観の拡大、キャラクタービジネスの強化に繋がることではあるが、あまりにも画一的になりすぎてはいないか。広島カープの津田恒美をテレビ映画化した『 最後のストライク 』のような作品が、製作されねばならない。村山聖にフォーカスした『 聖の青春 』や『 三月のライオン 』、さらには『 泣き虫しょったんの奇跡 』(近いうちに観に行く)など、将棋や棋士をフィーチャーした作品は作られてきている。喜ばしいことである。ある意味で絶頂で引退したボルグに、大棋士・木村義雄を重ね合わせる人も多いに違いない。個人的には『 ミスター・ベースボール 』を上回るような野球人映画を期待したい。しかも実在の人間に焦点を当てて。間違っても『 ミスター・ルーキー 』のような珍品を作ってはならない。できるはずだ、日本映画界よ!

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村  

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, シャイア・ラブーフ, スウェーデン, ステラン・スケルスガルド, スベリル・グドナソン, スポーツ, デンマーク, ヒューマンドラマ, フィンランド, 監督:ヤヌス・メッツ, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男 』 -グラスコートで繰り広げられる極上のヒューマンドラマ-

最近の投稿

  • 『 28日後… 』 -復習再鑑賞-
  • 『 異端者の家 』 -異色の宗教問答スリラー-
  • 『 うぉっしゅ 』 -認知症との向き合い方-
  • 『 RRR 』 -劇場再鑑賞-
  • 『 RRR:ビハインド&ビヨンド 』 -すべてはビジョンを持てるかどうか-

最近のコメント

  • 『 i 』 -この世界にアイは存在するのか- に 岡潔数学体験館見守りタイ(ヒフミヨ巡礼道) より
  • 『 貞子 』 -2019年クソ映画オブ・ザ・イヤーの対抗馬- に cool-jupiter より
  • 『 貞子 』 -2019年クソ映画オブ・ザ・イヤーの対抗馬- に 匿名 より
  • 『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を- に cool-jupiter より
  • 『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を- に イワイリツコ より

アーカイブ

  • 2025年5月
  • 2025年4月
  • 2025年3月
  • 2025年2月
  • 2025年1月
  • 2024年12月
  • 2024年11月
  • 2024年10月
  • 2024年9月
  • 2024年8月
  • 2024年7月
  • 2024年6月
  • 2024年5月
  • 2024年4月
  • 2024年3月
  • 2024年2月
  • 2024年1月
  • 2023年12月
  • 2023年11月
  • 2023年10月
  • 2023年9月
  • 2023年8月
  • 2023年7月
  • 2023年6月
  • 2023年5月
  • 2023年4月
  • 2023年3月
  • 2023年2月
  • 2023年1月
  • 2022年12月
  • 2022年11月
  • 2022年10月
  • 2022年9月
  • 2022年8月
  • 2022年7月
  • 2022年6月
  • 2022年5月
  • 2022年4月
  • 2022年3月
  • 2022年2月
  • 2022年1月
  • 2021年12月
  • 2021年11月
  • 2021年10月
  • 2021年9月
  • 2021年8月
  • 2021年7月
  • 2021年6月
  • 2021年5月
  • 2021年4月
  • 2021年3月
  • 2021年2月
  • 2021年1月
  • 2020年12月
  • 2020年11月
  • 2020年10月
  • 2020年9月
  • 2020年8月
  • 2020年7月
  • 2020年6月
  • 2020年5月
  • 2020年4月
  • 2020年3月
  • 2020年2月
  • 2020年1月
  • 2019年12月
  • 2019年11月
  • 2019年10月
  • 2019年9月
  • 2019年8月
  • 2019年7月
  • 2019年6月
  • 2019年5月
  • 2019年4月
  • 2019年3月
  • 2019年2月
  • 2019年1月
  • 2018年12月
  • 2018年11月
  • 2018年10月
  • 2018年9月
  • 2018年8月
  • 2018年7月
  • 2018年6月
  • 2018年5月

カテゴリー

  • テレビ
  • 国内
  • 国内
  • 映画
  • 書籍
  • 未分類
  • 海外
  • 英語

メタ情報

  • ログイン
  • 投稿フィード
  • コメントフィード
  • WordPress.org
Powered by Headline WordPress Theme