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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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投稿者: cool-jupiter

『 アリスとテレスのまぼろし工場 』 -世界観の構築が弱い-

Posted on 2023年10月3日 by cool-jupiter

アリスとテレスのまぼろし工場 45点
2023年9月30日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:榎木淳弥 上田麗奈 久野美咲
監督:岡田麿里

 

『 空の青さを知る人よ 』の脚本を務めた岡田麿里の監督作品ということでチケットを購入。

あらすじ

製鉄の町、見伏は製鉄所の爆発事故によって外部から遮断され、時間も経過しなくなってしまった。元の世界に戻った時に矛盾を生じさせないために、いつしか町では「変化してはならない」というルールが課されるようになった。そんな中で淡々と日々を過ごしていた正宗(榎木淳弥)は、同級生の睦実(上田麗奈)に製鉄所内に幽閉されている謎の少女(久野美咲)の世話を手伝うように頼まれ・・・

 

ポジティブ・サイド

アニメーションは恐ろしく美麗。実写をそのままCG化したかのように錯覚させられるシーンも多数。ここ10年でアニメーションの技術は恐ろしく進歩しているなと実感。

 

ストーリーも悪くない。中学生の男女があーだこーだするのは王道。本作はそこに外界から分離され、時間も経過しない(というか、人間も事物も経時変化しない)という見伏という共同体を設定した。その中心にあるのは製鉄所。日本のお家芸だったモノづくりの象徴だ。そこが爆発したのは1991年。バブル崩壊の前夜で、ゲーテの『 ファウスト 』ならずとも「時よ止まれ」と言いたくなる時代だ。

 

その止まってしまった世界を止めたままにしようとする勢力と、その止まった世界の中で唯一成長する五実の存在にインスパイアされる若者たちという本作の構図は、そのまま近代日本の世代間闘争のパロディあるいは痛烈な皮肉だろう。世界に入った亀裂を製鉄所が吐き出す煙、神機狼がふさいでいくのも、ひび割れたコンクリートを必死に補修するゼネコンに見えてくるから面白い。

 

そうした諸々の社会批判のメッセージを恋に煩悶する中学生男女という、ある意味でお約束なキャラクターに仮託したのが本作。非常に観やすいし、中高生あたりでも楽しめるはず。実際に劇場に来ていたのは(レイトショーだったこともあるだろうが)中年以上の層だったように、大人でも楽しめるはずだ。

 

ネガティブ・サイド

空間的にも時間的にも外界から隔絶されていて、時間は経過するものの事物も生物も変化しないという特殊な設定を、もっと序盤で見せるべきだった。いつまでも妊娠し続けたままの妊婦だけではなく、毎日病院で苦しむ人や、あるいは認知症で毎日を毎日と認識できない人など、無常とは逆の苦悩を描くことで、セカイ系の延長あるいは亜種のような世界観をもっと深めることができたはず。

 

観ていて???となったのは、見伏の経済。人々はどうやってガソリンやら食料やらを調達しているのか。貨幣は流通しているのか。しているとすれば、誰がその価値を担保しているのか。電気や水道などのインフラは?通信は?疑問が次々に湧いてきてしまった。

 

また時間は経過しないものの、記憶は持続するという点を深掘りしない点も残念極まりない。五実の成長から見伏では10年以上が経過しているはずであり、中学生の主人公たちも中身は20代の半ばから後半。この肉体と精神のギャップ、つまりプエル・アエテルナス(永遠の少年)であることについての苦悩が正宗から感じられなかった。というか正宗の叔父が精神的に退行したとしか思えない言動をとったりと、掘り下げるべきところが掘り下げられず、妙なサブプロットを追求するというアンバランスさを生んでしまっている。

 

世界観の構築が貧弱であることに加えて、本作はシークエンスごとのつながりにもあまり説得力がない。ストーリーが先に構想されて、それに合わせてストーリーボードを描いたように感じられた。もちろん印象的なシーンを先に構想して、そこからストーリーを構築する作家もいるが、それは編集や脚本も兼ねているか、あるいはそうしたスタッフと緻密にコミュニケーションが取れている場合だろう。本作は先に撮りたいシーンや使いたい主題歌があり、それに合わせてシーンをつないでシークエンスにした、そのシークエンスをつないでストーリーにした、のような印象をぬぐえない。

 

クライマックスが露骨な演出に感じられた。胎内回帰ならぬ胎外排出か。もっとなにか、お約束ではないドラマチックなシーンが描けなかったのだろうか。

 

総評

個々のシーンは面白いが、全体を通して見るとイマイチという、やや残念な作品。主人公二人のキャラも特に立っていないので、感情移入するのも難しい。アリスとテレスは古代ギリシャのアリストテレス由来なのは間違いないが、まぼろし工場というのがよく分からない。「希望とは、目覚めている人間が見る夢である」というのは、見伏が夢なのか、それともひび割れの向こうの世界が夢なのか。アリストテレス的には前者なのだろうが、Jovianは胡蝶之夢という線もあるのではないか、などと邪推してしまう。ただ、アリストテレスの幸福論を追求していけば、恋する気持ちは幸福の構成要素であっても、恋する相手はそうではない。詳しくは『 二コマコス倫理学 』を読まれたし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

steelworks factory

製鉄所の意。こんな語彙はTOEICでは100%出ない。英検1級ならまれに出るかも。TOEFLやIELTS(アカデミック・モジュール)なら時々出てくるかもしれない。まぼろし工場も英訳するなら illusion factory となるのだろうか。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 ハント 』
『 ほつれる 』
『 オクス駅お化け 』

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, アニメ, ファンタジー, ラブロマンス, 上田麗奈, 久野美咲, 日本, 榎木淳弥, 監督:岡田麿里, 配給会社:MAPPA, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 アリスとテレスのまぼろし工場 』 -世界観の構築が弱い-

『 BAD LANDS バッド・ランズ 』  -社会の底辺の連帯-

Posted on 2023年10月1日2023年10月1日 by cool-jupiter

BAD LANDS バッド・ランズ 55点
2023年9月30日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:安藤サクラ 山田涼介 生瀬勝久
監督:原田眞人

 

安藤サクラ主演ということでチケット購入。

あらすじ

大阪で特殊詐欺グループで三塁コーチ役を務めるネリ(安藤サクラ)は、大阪・西成で底辺の人々と暮らしていた。彼女は組織の番頭、高城(生瀬勝久)の元で警察の捜査をかいくぐって生きてきた。ある時、弟のジョー(山田涼介)と共にネリはある賭場に向かうことになり・・・

ポジティブ・サイド

個人的には冒頭のシーンが楽しめた。映画の中で職場近くの風景がたくさん観られるというのは面白い。Jovianはよく大川沿いを散歩していたりする。大阪都心部で働く人にはお馴染みの淀屋橋、難波、天王寺などの景色を観ると、架空のストーリーにもリアリティが付与される。

 

社会の下層民の描き方もいい。単なる怠惰な人間の集団ではなく、適度にインテリが混じっていたり、あるいはお上に対する反骨精神からの連帯感を発揮したりと、現代性と大阪らしさの両方が盛り込まれている。

 

安藤サクラはまさにインテリ下層民の代表。とある事情により東京から逃げてきた。そして番頭の高城の庇護のもとで詐欺の片棒を担いでいる。当然のように警察からマークされる。また東京の富豪からも常に監視をされている。そんなネリが、弟ジョーと共に起こした事件により、大金を得たものの警察とヤクザを相手に逃走する羽目になる。その過程が堪えられないサスペンスを生み出している。

 

『 さがす 』に続く、大阪社会のダークサイドと、ウェットな人間関係にあふれた作品。大阪人、関西人ならぜひ鑑賞を。

ネガティブ・サイド

生瀬勝久の大阪弁はパーフェクトだが、安藤サクラはやはりネイティブからは遠い。山田涼介は論外。大阪弁の要諦である小さい「ァ」、「ィ」、「ゥ」、「ェ」、「ォ」ができていない。「血」ではなく「血ィ」みたいに発音するのが大阪弁。誰か指導できるスタッフはおらんかったんかいな。

 

さらにこのジョーというキャラクターの設定がブレまくり。自分で自分をサイコパスと言いながら、中盤に友情出演している某キャラにあっさりと撃退される。かと思えば、最終盤にはガンガン人を殺しまくり。強いのか弱いのか、サイコなのかチキンなのか、よう分からん。山田涼介の出てくるシーン全般はノイズに感じられた。

 

後は特殊詐欺組織の脆さか。そこであっさりとそんなこと喋るか?高城の教育はどないなってんの?なんか番頭と聞くと漫画『 魔風が吹く 』の番頭を思い浮かべるのだが・・・ いくら高城が裏社会の大物でも、使っている手下がこんなアホでは、あっという間に警察に摘発されているはず。ここらあたりの警察捜査の過程はかなりご都合主義に感じられた。

 

総評

ストーリーは文句なしに良い。大阪を舞台にしたところや、大道具・小道具に衣装などのプロダクションデザインも素晴らしい。問題はジョーというキャラ、そして天童よしみや江口のりこといった、いくらでもサブプロットを生み出せそうなキャラを多数出しながら、特に彼ら彼女らが活かされなかったところ。それでも、このような社会の暗い一隅を照らそうとするエンタメ作品が日本でも作られ、公開されたということは歓迎したい。関西人はもちろんのこと、日本中の人に観てもらいたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

rotten edge

劇中で腐れ縁の訳語としてネリが挙げた表現。なのだが、これは腐れ縁というよりは悪縁や険悪な仲を指す言葉で、日本語の「腐れ縁」が持つ、切れそうで切れない縁というニュアンスはない。腐れ縁は on and off relationship または on/off relationship が最も当てはまりそう。ちなみに rotten edge は

Our love for each other became a rotten edge.
私たちの愛情は剣呑なものになってしまいました。

のように使う。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 アリスとテレスのまぼろし工場 』
『 ほつれる 』
『 オクス駅お化け 』

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, クライムドラマ, 安藤サクラ, 山田涼介, 日本, 生瀬勝久, 監督:原田眞人, 配給会社:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント, 配給会社:東映Leave a Comment on 『 BAD LANDS バッド・ランズ 』  -社会の底辺の連帯-

『 キリング・オブ・ケネス・チェンバレン 』 -サスペンスの極北-

Posted on 2023年9月25日2023年9月25日 by cool-jupiter

キリング・オブ・ケネス・チェンバレン 80点
2023年9月24日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:フランキー・フェイソン
監督:デビッド・ミデル

 

妻が「面白そう」というので、チケットを購入。ハズレが少ないシネ・リーブル梅田の上映作品だが、本作は年間ベスト級の面白さだった。

あらすじ

心臓病を抱えるケネス・チェンバレン(フランキー・フェイソン)は、誤って救命救急サービスのアラームを作動させてしまう。それによってケネスの自宅に警察官が急行し、ケネスの安否を確認しようとするが・・・

 

ポジティブ・サイド

舞台はケネスの自宅室内とアパートのホールウェイ。主な登場人物は、ケネスと最初に現場に急行する警察官3名、ライフ・ガード社の女性オペレーター1名、そしてケネスの姪っ子一人と、非常に小規模な作品。しかし、そこに流れる空気の濃密さはそんじょそこらの映画の比ではない。

 

最初は職務に忠実にケネスの安否を確認しようとする警察官たち。しかしケネスが黒人、元海軍兵、さらに精神障害の既往歴ありという属性を知るにつれて、どんどんと過激化していく。黒人ということは犯罪者予備軍ではないか。海軍ということは武器を所有しているのではないか。まるで『 福田村事件 』のように、疑心暗鬼がいつの間にか確認に変わり、法執行官の代表たる警察官がいとも簡単に法を破っていく。そこに至るまでの過程が『 デトロイト 』そっくりだが、『 デトロイト 』では銃声というトリガーがあった。しかし、本作では警察官の暴力性を引き出す契機は何もなし。そのことが観る側に恐怖感を呼び起こす。単に暴力的になっていくから怖いのではない。職務に忠実であろうとする姿勢が、いつの間にか他者を傷つけることを厭わない姿勢に変わっていくことが恐ろしい。そういう意味では本作は『 ヒトラーのための虐殺会議 』に近いものがある。これは極端な例かもしれないが、哲学者ハンナ・アーレントが見抜いたように、人は凡庸な悪にこそ支配されてしまう。その過程をわずか数十分で臨場感たっぷりに描いた点が本作の一番の貢献と言えるかもしれない。

 

ケネスを演じたフランキー・フェイソンの迫真の演技には息を呑むばかり。双極性障害の持ち主にして、軽いPTSD持ちにも見えた。彼の脳裏に去来したであろう様々な体験を一切映像化することなく、観る側にそれをありありと想起させる演技力と監督の手腕は見事の一語に尽きる。ライフ・ガード社のオペレーターの女性の声だけの迫真の演技も印象的。中学校教師上がりの警察官ロッシの個人としての信条が、警察という階級組織の中で簡単に押しつぶされていく様もリアルだった。

 

タイトルの通りに最後にケネスは殺害されてしまうわけだが、その結末には慄然とさせられる。法とは何か。人命とは何か。何が我々を狂わせるのか。何が我々を思考停止に陥らせるのか。本作が示唆する問題はアメリカだけに限定されたものでは決してない。

 

ネガティブ・サイド

エンドロール時に本物のケネスや警察官たちの声が聞こえるが、警察官たちは暴力的というよりも、ケネスをおちょくるような口調だったと感じた。であるならば、そのような口調を再現し、それをケネスが威圧的、高圧的、威嚇的と受け取ってしまう、のような演出を模索できなかったか。あるいは、エンドロールの実在の人物たちの声はすべてカットしてしまうのも一つの選択肢だっただろう。

 

総評

間違いなく年間ベスト候補の一つ。非常に限定的な時間と空間、そして人間関係だけで圧倒的なドラマを生んでいる。大量破壊兵器を持っていないのに、あたかも持っているかのように振る舞ったイラクは空爆されてしかるべきだった。ウクライナ戦争以降、このような言論が耳目に入ってくるが、どう考えてもアメリカの方が悪い。疑わしきは罰せずというのが人類のたどり着いたひとつの結論であるはずだが、個人レベルでも国家レベルでも疑惑を確信に変えて行動してしまうアメリカには決して倣ってはならない。やることなすこと全てアメリカの猿真似の本邦も、本作や『 福田村事件 』を直視しなければならない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

make sure

しばしば S1 make sure that S2 + V のような形で使う。意味は、S2がVするとS1が確認する。まあ、これは例文で覚えたほうが早い。

 

She made sure that the door was locked and the windows were closed.
彼女はドアが施錠されていて、窓も閉じられているということを確認した。

I want to make sure that this assignment is due next month.
この課題は来月が締め切りであると確認したい。

 

のように使う。初級者から上級者まで日常でバンバン使う表現なので、ぜひ覚えておこう。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 アリスとテレスのまぼろし工場 』
『 ほつれる 』
『 BAD LANDS バッド・ランズ 』

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, アメリカ, サスペンス, スリラー, フランキー・フェイソン, 伝記, 監督:デビッド・ミデル, 配給会社:AMGエンタテインメントLeave a Comment on 『 キリング・オブ・ケネス・チェンバレン 』 -サスペンスの極北-

『 グランツーリスモ 』 -壮大なインフォマーシャル-

Posted on 2023年9月25日 by cool-jupiter

グランツーリスモ 30点
2023年9月23日 TOHOシネマズ伊丹にて鑑賞
出演:アーチー・マデクウィ デビッド・ハーパー オーランド・ブルーム
監督:ニール・ブロムカンプ

鑑賞する気は毛頭なかったが。世評では本作は『 RRR 』や『 トップガン マーヴェリック 』に比肩すると言われている。ならばとチケットを購入。

 

あらすじ

小さな頃からクルマが大好きだったヤン・マーデンポロー(アーチー・マデクウィ)は、PlayStationゲーム『 グランツーリスモ 』で抜群の腕前を誇るゲーマーになっていた。同作のトップゲーマーたちを集めて、現実のレーシング・ドライバーに育成するというGTアカデミーが発足。ヤンも招集されるが、そこで出会ったコーチは、ゲーマーがレーサーになれるわけがないと思っているジャック・ソルター(デビッド・ハーパー)だった・・・

 

ポジティブ・サイド

主人公のヤンのバックグラウンドを丁寧に描いている点には好感を抱いた。元サッカー選手の父にサッカー選手として花開いた弟、憧れの女の子オードリーとの絶妙な距離感など、ゲーマーとしてだけではなく一人の人間としての個別性がしっかり確立されていて、そのことがストーリーの要所要所のイベントとリンクしていく。愛したいのに愛せない父親と憎らしいけれど愛すべきコーチの対比も映える。

 

これが実話(をベースにした物語)だというのだから恐れ入る。VRが教育に徐々に取り入れられていっているが、各種の技能の訓練にシミュレーターがどんどんと使用されるようになっていく、という近未来を予感させてくれたのも、教育業界人の端くれとして thought-provoking だと感じた。

 

日本発のゲームが基になっており、開発者も日本人なので、日本(東京)の描き方に問題はなかった。よくあるハリウッド映画だと床の間に掛け軸のようなトンチンカンな日本家屋ではなく、ネオンサインに彩られたガヤガヤしたアジア的あるいは無国籍な繁華街の雰囲気は良かった。

 

ネガティブ・サイド

『 トップガン マーヴェリック 』や『 RRR 』に並ぶ面白さは感じなかった。もちろん、何を面白いと思うのかは個人の感性なので、そういうレビューをする人はそういう感性の持ち主なのだと納得するしかない。ただ、比較するなら『 トップガン 』の方だろう。複雑な家庭出身の主人公がアカデミー入りを果たし、大きな事故を経ながらも大活躍。新しい仲間を得て、自分の選んだキャリアを全うしようと決意する・・・って、まんま『 トップガン 』のプロットと同じやんけ。さらにエンヤとケニー・Gの楽曲が随所で挿入されるのも、80年代のイケイケ音楽と同時のオールディーズをふんだんに取り入れた『 トップガン 』ともよく似ている。つまり、オリジナリティはない。ニール・ブロムカンプといえば『 第9地区 』や『 エリジウム 』のように、差別や格差といった社会問題をうまくエンタメに昇華する監督だが、今作で彼の持ち味が発揮されたかというと、やや疑問。こういう構成にするなら、エドガー・ライトやジョセフ・コジンスキーの方が明らかに上手だろうと思う。

 

トップガンとの最大の違い、かつ本作の最大の弱点は、ゲームと現実の絶対的な境目である加速やターン時のGフォースをあまり描けていなかったこと、なおかつそのGをどのように克服していったのかという過程が思いっきりすっ飛ばされていたこと。そしてゲームではリセットできても、実際の運転ではリセットは不可能という絶対的な現実を乗り越える過程もなかった。序盤にヤンがパトカーを振り切る運転を見せたが、これなどはコーチのソルターが最も嫌う行動ではないか。現実にこんな anecdote があったとも思えない。映画化にあたっての脚色なのだろうが、個人的には蛇足に感じた。

 

本来描かれるべきゲームと現実の絶対的な相違を克服する過程の代わりに、本作はこれでもかと音楽を売り込んでくる。別にそれはそれで構わないし、それがヤン・マーデンボローという人物を正確に描くには欠かせないのは分かる。問題はそのことがストーリーに特に深みを与えていないこと。GTアカデミーの仲間たちがヤンのヘッドホンからの音漏れで夜中に目を覚ましてしまうシーンがあったが、もしもその後に一度は袂を分かった仲間たちが、ヤンの影響を受けて、自分なりのキラーソングを見つけて活躍するようになった、というひとかけらの描写や説明があれば良かったのだが、それもなし。よくできたミュージック・プロモーション・ビデオだとは言えるが、レーサーとしての成長を描くドラマとしては微妙と言わざるを得ない。

 

最後の最後でとあるプレゼントが大きな役割を果たすが、「おいおい、完全に使いこなしてるやんけ」と突っ込みを入れざるを得なかった。SONYのウォークマンはJovianも愛用しているが、ソルターがブルートゥース接続をするというのがまず想像できないのだが・・・

 

総評

正直なところ期待外れ。ストーリーも陳腐で細部も突っ込みどころだらけ。しかし、Jovian妻は「まあまあ面白い」とのことだった。さらに鑑賞後のトイレで若い男性二人が「あのゲーム、やりたくなった」と話していたりで、大傑作とは言わないまでも佳作とは言えるかもしれない。どんな作品でも最後は作り手と受け取り手の波長の問題となる。Jovianは無線の音声が印象に残ったので、『 グランツーリスモ 』よりも Ace Combat シリーズをもう一度プレーしてみようかな、と感じた。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

podium

表彰台の意。ラテン語では pod = 足、ium=場所である。足の乗る場所なので表彰台となる。pod は ped にもなり、ペダルやペディキュアといった語からも足の意味が読み取れる。英語に自信のある人なら centipede =百足=ムカデ、arthropod =節足動物などを思い起こすかもしれない。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 キリング・オブ・ケネス・チェンバレン 』
『 アリスとテレスのまぼろし工場 』
『 ほつれる 』

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, D Rank, アーチー・マデクウィ, アメリカ, オーランド・ブルーム, スポーツ, デビッド・ハーパー, 伝記, 監督:ニール・ブロムカンプ, 配給会社:ソニー・ピクチャーズエンタテインメントLeave a Comment on 『 グランツーリスモ 』 -壮大なインフォマーシャル-

『 名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊 』 -ホラー風味たっぷりのミステリ-

Posted on 2023年9月24日 by cool-jupiter

名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊 65点
2023年9月18日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ケネス・ブラナー
監督:ケネス・ブラナー

 

簡易レビュー。

あらすじ

ベネチアで楽隠居をしていた名探偵ポアロ(ケネス・ブラナー)の元に旧知の小説家が訪ねてきた。彼女の誘いで交霊会に臨むことになったポアロは、子どもの霊に憑りつかれているという妖しい館へと赴く。見事に霊媒師のトリックを暴いたポアロだが、その霊媒師が何者かに殺害されてしまい・・・

ポジティブ・サイド

情緒あふれる古都ベネチアがいい。『 スパイダーマン ファー・フロム・ホーム 』や『 ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE 』のようにアクションの舞台になるよりも、ミステリの舞台となる方が断然映える。

 

原作をかなりいじくっているが、これは脚本家が良い仕事をした。どれだけオカルト色を強めても、原作はアガサ・クリスティー。つまり絶対にミステリ。なので、観ている側も「この作品のジャンルはホラーなのか、ミステリなのか」と迷うことがない。どんなにスーパーナチュラルな事象に見えても、絶対に合理的な説明がつくはずだ、という確信をもって鑑賞できる。これがカトリーヌ・アルレー原作だとこうはいかない。オカルトの可能性が少しあるからだ。

 

人間模様もかなりドロドロで、怖いのはやはり人間なのだと思わされる。恐怖が最高潮に達した瞬間に、快刀乱麻を断つがごとく炸裂するポアロの名推理。ケネス・ブラナー版ポアロの中では本作は一番面白い。

 

ネガティブ・サイド

霊媒師のトリックを暴く序盤は良かったが、声が変わる謎は放置。ここもスッキリさせてほしかった。

 

とある密室のトリックが少々お粗末。時代が時代だけにしゃーないのだが「物的な証拠は?」と開き直られたら終わり。推理は状況証拠だけではなくちゃんとした物証を基に行ってほしかった。

 

総評

アガサ・クリスティーものとしては『 ねじれた家 』に通じるテイストとミステリ、そしてホラー要素が上手く混ざり合っている。4作目がどうなるかは分からないが、次作も楽しみ。そして5作目に『 アクロイド殺し 』を実現してほしい。高校生だったJovian少年は『 アクロイド殺し 』に衝撃を受けて、そこから江戸川乱歩以外のミステリ作品も読むようになったのだ。ケネス・ブラナー版のポアロの今後に期待。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

fall victome to ~ 

~の犠牲・被害者になる、の意味。Many passengers fell victim to the water accident due to the captain’s lack of experience. =船長の経験不足のせいで多くの乗客が水難事故の犠牲になった、のように使う。英検準1級以上を目指すなら知っておこう。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 アステロイド・シティ 』
『 アリスとテレスのまぼろし工場 』
『 ほつれる 』

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アメリカ, ケネス・ブラナー, ミステリ, 監督:ケネス・ブラナー, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊 』 -ホラー風味たっぷりのミステリ-

『 劇場版シティーハンター 天使の涙 』 -序章と銘打つべし-

Posted on 2023年9月20日 by cool-jupiter

劇場版シティーハンター 天使の涙 40点
2023年9月17日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:神谷明 伊倉一恵
総監督:こだま兼嗣

 

簡易レビュー。

あらすじ

冴羽獠(神谷明)と槇村香(伊倉一恵)のもとに、動画配信者のアンジーから逃げた猫を捜して欲しいとの依頼が入る。破格の報酬に猫を探し出そうとする二人。しかし、その依頼は獠の凄絶な過去に結びつくことになる依頼で・・・

ポジティブ・サイド

1980年代からしっかり現代にまでアップデートできている。ただし、いくら時代がアップデートされても「もっこり」は健在。これを失ってはシティーハンターがシティーハンターではなくなってしまう。シリアス極まりないシーンにも「もっこり」という台詞をぶち込んでくるあたり、製作者側は時代がうつろいゆく中でも失ってはいけないものが何であるのか分かっている。

 

一方でシティーハンター冴羽獠の超絶射撃は健在。手に汗握るアクションは十分に堪能できた。特に今回の相手は格闘戦でも獠を圧倒する。このハラハラドキドキ感は、通常のエピソードでは味わえない。すべてを吹っ切った獠の神業による決着は、まさに狙撃手の面目躍如。ゴルゴ13よりも冴羽獠の方が総合力では上手かな。

ネガティブ・サイド

神谷明、伊倉一恵、キャッツアイの面々の声の衰えが顕著である。こればっかりはどうしようもないが、どこかの時点でアニメ『 ドラえもん 』や『 サザエさん 』のように、声優交代は必要だったのではないかと感じてしまう。

 

そのキャッツアイの登場は北条司ワールドのスターシステムだと思えば普通にあり。しかし、『 うちのタマ知りませんか 』や『 ルパン三世 』まで出てきてしまえば、世界観も何もない。ところどころにものすごいノイズが混じったように感じられた。やるなら同じ媒体(週刊少年ジャンプ)のネタをてんこ盛りにした『 シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション 』に倣うべきだった。

 

海坊主が完全なる役立たず。なんだかなあ・・・

 

中途半端なインフォマーシャルも不要。カップ麺メーカーがスポンサーなのか?

総評

最終章への序章なら、序章であると銘打ってほしい。劇中でも北条司本人(?)が続編への意欲を示していたが、早くしないと声優陣が本格的に枯れてしまう。事実、映画館も結構な入りだったが、若い世代は見当たらず。ほとんど40代以上に見えた。今ならギリギリで純度100%のシティーハンターが製作できるはず。欲をかいて2章、3章と作るのではなく、次作でスパっときれいにまとめてほしい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

crowning achievement

最高傑作という表現はいくつかあるが、殊に弟子のような意味合いの場合はこの表現を使うことが多い。Plato was the crowning achievement of Socrates’ many disciples. =プラトンは数多くのソクラテスの弟子の中でも最高傑作であった、のように言える。英検準1級以上を目指すなら知っておこう。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 アステロイド・シティ 』
『 名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊 』
『 アリスとテレスのまぼろし工場 』

 

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Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 2020年代, D Rank, アクション, アニメ, 日本, 神谷明, 総監督:こだま兼嗣, 配給会社:アニプレックスLeave a Comment on 『 劇場版シティーハンター 天使の涙 』 -序章と銘打つべし-

『 天空のサマン 』 -編集に難あり-

Posted on 2023年9月17日 by cool-jupiter

天空のサマン 50点
2023年9月10日 シアターセブンにて鑑賞
出演:関雲徳
監督:金大偉

簡易レビュー。

 

あらすじ

金大偉は、失われゆく満州語と満州人のシャーマニズムを受け継ぐ現代サマンたちへの取材を通じて、文化と伝統を維持していくことの意義を模索する。

ポジティブ・サイド

1100万人の満州人がいても、ネイティブ満州語は絶滅の危機にあると言う。文化とは存在ではなく営為だが、その営為を可能にするのは言葉と行動だ。本作はその行動の中でもシャーマニズムに注目するという意味で非常にユニーク。Jovianの大学での専攻は宗教学で、専門は東北アジアにおけるアニミズム思想だった。なのでシャーマニズムの概要についても、それなりの知識を有している。なので本作で描かれる儀式や神歌の数々は非常に興味深く映った。

 

ヨセミテなどの美しさに魅せられたジョン・ミューアや、英国人ながら、いや英国人ゆえにアメリカの雄大な自然に魅了された風景画家トマス・コールなど、欧米人も自然の美しさを解する心はある。しかし、自然そのものを神聖視し、自然と交感・交流しようという意志や行動は見られない。それはアボリジニやネイティブアメリカンのもの。Jovianも大昔にアリゾナを旅行した時、ナバホ族のパフォーマンスを見たことがある。あれも一種のシャーマニズムだろう。今やシャーマニズムは中心ではなく周辺にしか残っていない。それは日本も同じ。中国も同じだろう。多様性や包摂、自然環境保護などの視点から周辺に追いやられた満州民族の伝統的風習から学べることは多い。

 

ネガティブ・サイド

編集に難ありと言わざるを得ない。時系列ごとにまとめるか、あるいは取材地域ごとにまとめるか、それとも祖先崇拝や神域での行事などサマンの行う各種のイベント種類ごとにまとめるなど、何らかの軸を持ったドキュメンタリー作品に仕上げるべきだった。時間の面でも場所の面でも、かなりバラバラになってしまっていて、正直なところ分かりやすい構成とは言い難い。DVD販売あるいは配信に際して再編集をお願いしたい(無理だろうが)。

 

低予算映画ゆえと言ってしまえばそれまでだが、監督自身が務めたナレーションがかなり稚拙に聞こえた。それは声の大きさ、発話の速度、抑揚(中国語にしてはずいぶんと控え目に聞こえた)など、プロフェッショナルとは思えなかった(監督の中でも『 主戦場 』のミキ・デザキはかなり上手かった印象がある)。『 JOMON 私のヴィーナス 』のブレイク・クロフォードのように、製作スタッフの中からナレーションに長けた人物を選ぶという方法もあったはず。

 

総評

日本人にとっては、シャーマニズムを通じて文化と言語を保持しようする人々の奮闘、つまり自らのアイデンティティーを見つめ直し、それを維持しようと思う機会になるかもしれない。観やすい、聞きやすい作品ではないのだが、興味を引くテーマを扱っていることは間違いないし、神歌や祖霊崇拝の儀式は同じアジア人という視点から共感しやすい。大学生で宗教学や人類学を学びたいという人は是非観てみよう。

 

Jovian先生のワンポイント中国語レッスン

我

ウォと発音する。意味は「私」だが、つまりは一人称単数のこと。日本語は私、僕、俺、あたし、わたくし、吾輩、うち、など外国人泣かせの一人称を持つが、中国語ではウォだけ覚えればOK。これは劇中で数えきれないぐらい聞こえてくるのですぐに分かるだろう。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 アステロイド・シティ 』
『 劇場版シティーハンター 天使の涙 』
『 名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊 』

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, ドキュメンタリー, 日本, 監督:金大偉, 配給会社:TAII Project, 関雲徳Leave a Comment on 『 天空のサマン 』 -編集に難あり-

『 兎たちの暴走 』 -やや竜頭蛇尾-

Posted on 2023年9月16日 by cool-jupiter

兎たちの暴走 60点
2023年9月9日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:リー・ゲンシー ワン・チエン
監督:シェン・ユー

簡易レビュー。

 

あらすじ

シュイ・チン(リー・ゲンシー)は父と継母、弟と暮らしているが、家に居場所がない。また学校でも本当の友達はいなかった。しかし、ある時、自分を生んですぐに行方をくらませた母チュー・ティン(ワン・チエン)が16年ぶりに帰ってきた。過去のわだかまりをなくしたシュイ・チンは、母に居場所を求めていく。しかし、母にはとある秘密があって・・・

ポジティブ・サイド

高校の校舎および雰囲気が中国映画『 少年の君 』や韓国映画『 不思議の国の数学者 』のそれとよく似ている。学校=一種の監獄という構図が見て取れる。家にも学校にも、本当の居場所がないというシュイ・チンの境遇が映像だけで伝わってきた。

 

元々存在しなかった母親と親子というよりも友情に近い関係性を求めてしまうのもむべなるかな。その過程がアメリカ映画『 レディ・バード 』と対照的で面白かった。

 

色々と荒い面はあるが、主要キャラクターの感情や思考が言葉ではなく振る舞いで表されている。たった一組の母と娘の関係性を描きながら、中国社会の暗い位相が浮き彫りにした手腕は見事。

ネガティブ・サイド

ぴょんぴょんと元気に跳ね回る兎たちが、最後の最後に大暴走・・・なのだが、結末がなんとも尻すぼみ。終わりよければ全て良しと言うが、逆に言えば終わり悪ければ全て悪しになる。邦画『 MOTHER マザー 』のエンディングにも個人的には不満だったが、母たるチュー・ティンがもっと自己犠牲の精神を見せるか、あるいはさらなる暴走をして・・・と、もう一つ先の段階まで踏み込んでエンディングに繋げられなかったか。

総評

中国版の逆『 レディ・バード 』になりきれなかった作品。それでも母と娘の歪な関係の描写に、地域社会や現代中国の閉鎖性が垣間見えてくる。それにしても主役のリー・ゲンシーは良い役者だ。『 少年の君 』のチョウ・ドンユィにも驚かされたが、中国はルックスではなく演技力や監督の演出をそのまま体現できる表現力で役者が選ばれているようだ。粗削りだが、キラリと光るところもある作品。シェン・ユー監督の名前は憶えておきたい。

 

Jovian先生のワンポイント中国語レッスン

元

ユアンと発音する。言わずと知れた中国の通貨単位。劇中で何度か200万元が話題になるが、何と言っているのか聞き取れなかった。2は多分、アールのはず。元はユアンとはっきり聞こえた。リスニングは難しい。が、語学学習は兎にも角にもリスニングから。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 アステロイド・シティ 』
『 さらば、わが愛 覇王別姫 』
『 名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊 』

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, ヒューマンドラマ, リー・ゲンシー, ワン・チエン, 中国, 監督:シェン・ユー, 配給会社:アップリンクLeave a Comment on 『 兎たちの暴走 』 -やや竜頭蛇尾-

『 あしたの少女 』 -社会を覆う無責任の構造-

Posted on 2023年9月11日 by cool-jupiter

あしたの少女 70点
2023年9月3日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:キム・シウン ペ・ドゥナ
監督:チョン・ジュリ

簡易レビュー。

 

あらすじ

高校生のソヒ(キム・シウン)は大手ISPの下請けコールセンターで実習生として働き始める。ソヒはオペレーターとしてストレスフルな仕事を何とかこなしていた。しかし、厳しくも優しかった男性上司が会社の駐車場で自殺したことを知ったソヒは、徐々に精神的に摩耗していき・・・

 

ポジティブ・サイド

キム・シウンがいかにも韓国女子高生という気の強い役を見事に演じている。好きなダンスに真摯に打ち込む姿勢、友達との友情とその友情に徐々に入っていく亀裂、そして徐々に自分を失っていく様など、どれもリアリズムたっぷりに演じていた。こういう役者を抜擢して、妥協のない演出を施すあたりが韓国映画界らしい。邦画はいつになったら追いつけるのか。

 

実習生と聞けば、日本でも技能実習制度を思い起こさずにはいられない。ほっこりするエピソードが報じられることもあるが、過労死が疑われるケースや雇用側の暴力、被用者の逃亡など、ネガティブなニュースの方が圧倒的に多い気がする。それは隣国でも同じらしい。

 

後半はソヒの死を捜査する刑事オ・ユジンが主役となる。もっとも観ている側はソヒがどのように追い詰められていったのかをつぶさに見ているわけで、捜査で何の真実が明らかになるのかと思う。そこが本作の味噌で、学校や企業、役所、果ては家庭に至るまで無責任の構造が浸透していたことが明らかになる。これはショッキングだ。しかも、ユジンとソヒの意外な接点も明らかになり、刑事としてのユジンではなく一個人としてユジンも、ソヒの死に激しく揺さぶられることになる。

 

前半と後半の実質的な二部構成と、それぞれの主役である二人の女優の演技に圧倒される。そして物語そのものがもたらす苦みを忘れることは難しい。

 

ネガティブ・サイド

全体的にやや冗長な印象。ソヒのパートを70分、ユジンのパートを50分の合計120分にできなかっただろうか。

 

ソヒの父ちゃんがなんとなく『 焼肉ドラゴン 』のキム・サンホ的で、なんだかなあ・・・ もう少しちゃんと子どものことを見ようぜ、と思わされた。

 

ソヒの親友、ボーイフレンド、別の男の先輩との関係をもう少し丹念に描いてくれていれば、ソヒが特殊な境遇の女の子ではなく、どこにでもいる普通の高校生であるという事実がもっと強調されたと思われる。

 

総評

重厚な映画。『 トガニ 幼き瞳の告発 』のような後味の悪さというか、社会全般への怒りと無力感の両方が強く感じられる。ヘル・コリアなどと揶揄されることが多い韓国だが、日本社会も似たようなもの。韓国映画界は社会の暗部をさらけ出す映画を製作することを恐れないが、日本はどうか。『 福田村事件 』のような気骨のある作品を今後生み出せるだろうか。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

ソンベ

先輩の意。韓国映画やドラマではよく聞こえてくる。ソンベニム=先輩様という使われ方もあるらしい。「先輩」という概念はあっても、それが実際に言葉として存在するのは日本と韓国ぐらいではないだろうか。中国映画もある程度渉猟して中国語ではどうなのか、いつか調べてみたい。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 兎たちの暴走 』
『 アステロイド・シティ 』
『 さらば、わが愛 覇王別姫 』

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, キム・シウン, サスペンス, ヒューマンドラマ, ペ・ドゥナ, 監督:チョン・ジュリ, 配給会社:ライツキューブ, 韓国Leave a Comment on 『 あしたの少女 』 -社会を覆う無責任の構造-

『 福田村事件 』 -100年前と思うなかれ-

Posted on 2023年9月9日 by cool-jupiter

福田村事件 80点
2023年9月2日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:井浦新 田中麗奈 永山瑛太
監督:森達也

大学後期の開講直前につき簡易レビュー。

 

あらすじ

1923年、智一(井浦新)は朝鮮半島から故郷の福田村に妻の静子(田中麗奈)とともに帰ってくる。一方、讃岐から来ていた沼部新助(永山瑛太)率いる行商団15名は、薬売りをしながら千葉へと向かっていた。やがて関東大震災が発生。一帯は混乱に陥り、朝鮮人が攻めてくるとの噂が飛び交い、人々は疑心暗鬼に陥り・・・

ポジティブ・サイド

本作について、なにかをクドクドと言う必要はない。2020年に自分のFacebookで以下のように投稿したことがある。

_______________________________________

米ウィスコンシン州の警察官による黒人銃撃事件を報じるYahoo Japanニュースのコメント欄が恐ろしいことになっている。「銃を取りに行っているように思われても仕方がない」「黒人は元々犯罪率が高い」「白人でも普通に撃たれる案件」「警察の制止を無視する方が悪い」等々。世論を何らかの方向に誘導したい勢力に雇われているのか、それとも本気でそう思っている人間が一定数存在しているのか。すべてがステレオタイプにまみれた意見で、ジェイコブ・ブレイクという個人がどんな人間だったかということに全く関心がないらしい。

いくら銃社会のアメリカでも、『無抵抗』で『丸腰の人間』を『後ろから』、『7発』撃つ理由は見当たらないだろう。相手を無力化させるのではなく殺すことが目的の行動としか解釈できない。

黒人が殺された、ではなく、無抵抗の人間が殺された、ということに恐怖を感じる人間が、日本ではマイノリティであるらしい。そのことに戦慄させられる。「なんでもかんでも人種差別に結び付けるな」というエクストリーム意見もあるようだが、そういう人間の頭をカチ割って中身を見てみたい。人種差別云々ではなく、人を人とも思ってない所業が繰り返されてることに何か感じひんのかなあ・・・ 人種差別ではなく人間差別になってるとは思わんのかな・・・ アメリカのこの手の問題の根っこはracismではなくdehumanizationになりつつあると感じる。

_______________________________________

 

これが本作の問題提起そのもの。なんでもかんでもアメリカに追従する日本だが、実は人間差別という点ではアメリカに先んじていたのかもしれない。そこから日本人は進歩したと言えるのか。本作が問うのはそこである。

 

ネガティブ・サイド

東出の間男っぷりが現実とリンクしているのは一種のブラックジョークなのだろうか。当時の風俗習慣を垣間見る上では興味深いのだが、虐殺とそこに至るまでの社会的な混乱を描く上では不必要な要素に思えた。東出絡みのシーンはすべてカットして、120分ちょうどに収めてほしかった。

 

総評

Jovianも〇万円をクラファンに投じた作品が満を持して公開。実はクレジットにも名前が出ている。なぜ今、100年前の話なのか?と問うなかれ。これは現代の物語である。現代日本が持つことができずにいる多様性、その原因の根っこが本作で明らかにされている。日本人とそれ以外の人間に分けて考えるという二項対立的な思考がそれだ。それを一気に打ち砕く新助の言葉と、そこから始まる虐殺シーンの凄惨さは近年の邦画の中でも出色の出来。『 主戦場 』に並ぶ傑作。今という時代に本作を製作・公開した森達也監督の炯眼に満腔の敬意を表したい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

vigilante

2017年にシネ・リーブル梅田にて『 ビジランテ 』というタイトルの映画が上映されていた。意味は「自警団」である。form a vigilante = 自警団を組む・組織する、のように使う。ただ、自警団は往々にして組むこと自体が違法もしくは非合法であることを忘れてはならない。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 ヴァチカンのエクソシスト 』
『 アステロイド・シティ 』
『 さらば、わが愛 覇王別姫 』

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, A Rank, スリラー, 井浦新, 日本, 歴史, 永山瑛太, 田中麗奈, 監督:森達也, 配給会社:太秦Leave a Comment on 『 福田村事件 』 -100年前と思うなかれ-

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