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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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月: 2021年11月

『 リトル・ジョー 』 -静謐&ノイズ系ホラー-

Posted on 2021年11月29日2021年11月29日 by cool-jupiter

リトル・ジョー 65点
2021年11月25日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:エミリー・ビーチャム ベン・ウィショー
監督:ジェシカ・ハウスナー

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シネ・リーブル梅田で上映していたが、見逃してしまった作品。こけおどしで溢れる昨今のホラーの中では異色の仕上がりとなった。

 

あらすじ

アリス(エミリー・ビーチャム)は、その匂いを嗅ぐことで多幸感が得られるという「リトル・ジョー」という新種の植物を開発し、息子のジョーにプレゼントにした。しかし、「リトル・ジョー」の花粉を吸ったジョーは普段と少し異なる言動を取り始めた。同じころ、花粉を吸い込んだ助手のクリス(ベン・ウィショー)も、奇妙な振る舞いを見せ始めて・・・

 

ポジティブ・サイド

どこか彼岸花を連想させるリトル・ジョーという植物が、とても妖しげな雰囲気を放っている。それは、全編を通じて独特の色使いと、ノイズとも言えるBGMが、不協和音を奏でながらも、一つのハーモニーとして機能しているからだろう。「赤」の使い方としては、『 シックス・センス 』のシャマランを思わせる。リトル・ジョーという植物の持つ魔力のようなものが、この赤の使い方によって際立つ。少なくとも見る側にとってはそのように映る。オリエンタルなBGM(というか日本人の作曲家なのね)も、リトル・ジョーが画面に映る際のノイズとあいまって、観る側の心をざわつかせる。

 

アリスと息子ジョーの関係の変化も自然である。思春期の息子が母親に隠し事をする、あるいは言動が以前と変わってしまう。それは当たり前のことである。しかし、そこにリトル・ジョーの花粉吸引をまじえることで、独特のスリルが生まれている。また、ベン・ウィショー演じる助手のクリスの変化も興味深い。詳しくはネタバレになってしまうが、ヨーロッパあるいは日本には「リトル・ジョー」を購入する理由がたくさんありそうである。

 

ジョーや、そのガールフレンドの演技はなかなかのものである。瞬きを極力しないというのは演技者の基本だが、それに加えて無表情なのに雄弁な表情ができることに恐れ入った。特にジョーのガールフレンド役の女の子は不気味なこと、この上なかった。アリスが定期的に訪れるカウンセラーも、アリスに傾聴するふりをしながら、実に底浅い心理分析を行い、やはり観る側を苛立たせる。愛犬ベロを失った(というか・・・)同僚ベラの言動のあれこれも、観る側を戸惑わせる。リトル・ジョーは無害なのか、有害なのか。

 

植物が人間を操るということにリアリティを感じられるかどうかが胆だが、実際に植物は多くの動物を操っている。繁殖の時期になると、花粉の飛ばしをよくするために、はなびらを敢えてトカゲ好みの味に変える植物もあるぐらいなのだ。植物の力、そして人間の生物学的かつ社会的・心理的な弱さを知っている人であれば、本作は非常に不愉快かつ興味深いものになるはずだ。『 リトル・ショップ・オブ・ホラーズ 』へのオマージュが盛り込まれているらしいが、Jovianは中学生の時に読んだ『 トリフィド時代 』を思い出した。これもまた本作の持つ英国らしさゆえなのだろう。

 

ネガティブ・サイド

研究所の同僚のベラとその愛犬ベロの関係の変化を、もっとじっくりと描いてほしかった。犬は人間の何万倍、下手したら何億倍の嗅覚性能を誇るのだから、リトル・ジョーの香りや花粉から受ける影響も、(理論的には)もっと大きいはず。ここを丹念に描いておけば、アリスが気付くキャラクターたちの変化と、観る側が気付くキャラクターたちの変化がシンクロする、あるいはギャップを生み出すことできる。それによって、観る側がアリスに「おーい、気付け気付け」のように感じられ、それが更なるサスペンスになっただろう。

 

リトル・ジョーの香りをかいだ人間たちのインタビューを、もう少しじっくり見たかった。This is not the woman I used to know. = これは私が知る女性ではない、というセリフは認知症のパートナーを持つ人間の定番のセリフであるが、具体的に相手のどんなところからそう感じるようになってしまったのかを見せてくれていれば、リトル・ジョーの魔力にもっと説得力が生まれただろうと思う。

 

総評

昨今のホラー、なかんずくアメリカで夏に大量に公開されるものは、観客を怖がらせるのではなく、驚かせている。本作は、迫力こそないものの、神経にじわじわ来る『 ゴースト・ストーリーズ 英国幽霊奇談 』のような感じである。本作を面白いと感じて、なおかつ活字にアレルギーのない人は、鯨統一郎の『 ヒミコの夏 』も詠まれたし。または恐怖を快楽に変えて人間を操る生物のストーリーならば貴志祐介の『 天使の囀り 』も傑作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

talk back

「返事をする」、「言い返す」の意。劇中では前者の意味で使われているが、実際のコミュニケーションでは後者の意味、特に「口答えする」という意味合いで使うことが多い。一時期のアップルやIBMには、If you talk back, you’re fired. = 口答えするならクビだ、みたいなスーパーバイザーがたくさんいたことだろう。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, イギリス, エミリー・ビーチャム, オーストリア, スリラー, ドイツ, ベン・ウィショー, ホラー, 監督:ジェシカ・ハウスナー, 配給会社:ツインLeave a Comment on 『 リトル・ジョー 』 -静謐&ノイズ系ホラー-

『 土竜の唄 FINAL 』 -堂々の完結-

Posted on 2021年11月24日2021年11月24日 by cool-jupiter

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土竜の唄 FINAL 65点
2021年11月21日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:生田斗真 鈴木亮平 堤真一
監督:三池崇史

 

生田斗真の渾身のコメディシリーズが堂々の完結。ナンセンス系のギャグやら、そのCMネタはOKなのか?という瞬間もあったが、物語の幕はきれいな形で下りた。

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あらすじ

潜入捜査官、通称モグラとして会長・轟周宝逮捕のため数寄屋会に潜入した菊川玲二(生田斗真)は、順調に出世し、系列組の組長・日浦、通称パピヨン(堤真一)と義兄弟になっていた。そんな時、数寄屋会がイタリアのマフィアから大領の麻薬を仕入れるとの情報が入る。同時に、周宝の息子・レオ(鈴木亮平)が海外から帰国してきて・・・

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ポジティブ・サイド

もう冒頭から笑わせに来ている。生田斗真の裸と、見えそうで見えない局部のハラハラドキドキを楽しむというお下劣ギャグ。そこに『 シティーハンター 』並みのモッコリも披露。とことん笑わせてやろうというサービス精神。

 

続く銭湯のシーンも馬鹿馬鹿しいことこの上ない。カモメにつつかれた玲二の局部を3馬鹿上司どもがしげしげと眺める図はまさに漫画。でかい声でこれまでの物語のあれこれをご丁寧に語ってくれるのは、シリーズを追いかけてきたファンへのサービス。しかし、銭湯というのは基本的に裸で、その筋の人かどうかがすぐに分かる場所。さらに入場制限さえしてしまえば、部外者は入りえず、その意味では堂々と警察が捜査の話をするのはありなのだろうと感じた。

 

『 孤狼の血 LEVEL2 』で我々を震え上がらせた鈴木亮平が、やはり剛腕でヤクザの世界でのし上がっていく。登場シーンこそギャグだが、やっていることは『 仁義なき戦い 』に現代の経済ヤクザの要素を足して、さらに『 ザ・バッド・ガイズ 』並みの国際的なスケールで描くノワールものでもある。ストーリーそのものが壮大で、なおかつテンポがいい。

 

『 カイジ ファイナルゲーム 』と同じく、過去作の登場人物たちも続々と登場する。特に岡村は前作同様の超はっちゃけ演技で、個人的には岡村隆史の映画代表作は『 岸和田少年愚連隊 』から、本シリーズになったのではと思う。

 

悪逆の限りを尽くすレオと、それを追う玲二との対決は漫画とは思えない迫力で、しかし漫画的な面白味やおかしさがある。三池監督はヒット作の追求に余念がない御仁だが、最近はそのキレを取り戻しつつあるようである。

 

パピヨンとの義兄弟関係、純奈との交際関係、そうした玲二というキャラクターの重要な部分もしっかりと掘り下げられていく。玲二というキャラクターのビルドゥングスロマンであり、生田斗真のこれまでのキャリアにおいてもベストと言える熱演である。佐藤健の代表作が『 るろうに剣心 』シリーズであるなら、生田斗真の代表作は『 土竜の唄 』シリーズである。

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ネガティブ・サイド

土竜の唄のラップversionは感心しない。あのわけのわからないリズムでオッサンたちが歌うから面白かったんだがなあ。

 

ポッと出てきた滝沢カレンであるが、いくらなんでも大根過ぎるだろう。一応、テレビドラマや映画にいくつか出演歴があるらしいが、あの身のこなしや喋りは、とうてい演技者と言えない。悪いが、モデル業やタレント業に精を出すべきで、映画の世界からはさっさと足を洗ってほしい。

 

元々の警察の標的だった岩城滉一が、劇中で息子のレオに跡目相続させようとしていたが、俳優の岩城自身が残念ながらヨレヨレである。もっと年上の石橋蓮司などが矍鑠として頑張っているのだから、生田や鈴木、堤真一らをも食ってしまうような場面を一つでも二つでもいいから作って欲しかった。

 

唐突に某CMのセリフが出てくるが、この選択は「ありえない」でしょう。その時々の社会的な事件や事象を取り込んだり、先行作品や類似作品と間テクスト性(Intertextuality)を持たせるのはOKだが、CMのキャッチフレーズというのはどうなのだろうか。ケーブルテレビやWOWOWなどの有料チャンネルというのは基本的にCMから逃れたい人向けのサービスだ。映画も同様に安くないチケット代を払っているのだから、「作品そのもの」を鑑賞させてほしい。

 

総評

近年の三池作品の中ではまずまずの出来栄えだろう。ユーモアとシリアスの両方がほどよくブレンドされていて、笑えるところは笑えるし、シリアスな場面では胸が締め付けられそうになる。クドカンも脚本に当たりはずれが多いが、本作に関しては安心していい。生田斗真ファンならずとも、菊川玲二というキャラの生き様を見届けようではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

undercover

カバーの下ということから「覆面の」、「正体を隠した」のような意味。潜入捜査官のことはundercover agentと言う。コロナが終わったら、元大阪府警であるJovian義父に、本当に警察は「モグラ」という隠語を使うのか尋ねてみたい。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, コメディ, 堤真一, 日本, 生田斗真, 監督:三池崇史, 配給会社:東宝, 鈴木亮平Leave a Comment on 『 土竜の唄 FINAL 』 -堂々の完結-

『 アンチ・ライフ 』 -クソ映画・オブ・ザ・イヤー決定-

Posted on 2021年11月22日 by cool-jupiter

アンチ・ライフ 10点
2021年11月20日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:コディ・カースリー ブルース・ウィリス
監督:ジョン・スーツ

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今年の1月に大阪ステーションシティシネマで上映していて、一瞬だけ「面白いかも」と感じたのを覚えている。近所のTSUTAYAで準新作になっていたのでレンタル。これは大失敗だった。

 

あらすじ

西暦2242年。人類はパンデミックにより地球を捨て、ニューアースへと旅立っていた。密航者のノア(コディ・カースリー)は、元軍人のクレイ(ブルース・ウィリス)の下で清掃係となる。だが航行中、船内に謎の生物が侵入。乗員がゾンビと化していき・・・

 

ポジティブ・サイド

一応、ジョン・スーツ監督のやりたいビジョンはしっかり見えた。監督の顔がよく見えない作品というのは、監督が手練れだからという場合と監督に芯がないからという場合があるが、本作のパッチワークにはジョン・スーツの映画愛が見て取れた。

 

なんと、撮影はコロナ前の2019年の9月から10月にかけて行われたらしい。ウィルスによって人類が云々というのはSFの常道だが、一応はその先見性も認めておく。

 

ネガティブ・サイド

以下、ネタバレあり

 

よくもここまでオリジナリティのない作品が作れるものだと感心する。最後まで鑑賞した自分を褒めてやりたい。パッと観ただけで

 

『 エイリアン 』

『 遊星よりの物体X 』

『 プロメテウス 』

『 ゴーストバスターズ 』

『 ブロブ 』

 

などなど・・・

 

それこそ本物のSF映画マニアが本作を鑑賞したら、類似先行作品を300本ぐらい挙げられるのではないだろうか。それぐらいオリジナリティに欠ける映画である。

 

まず宇宙船の外観のCGがしょぼい。また宇宙船の中身のセットもしょぼい。ごく限られた場所しか映さず、仮にも恒星間宇宙船であるのに、その広さや奥行きが全く伝わってこない。またカメラワークもお粗末の一言。とにかく宇宙船内部のセットが作りこまれていないので、そこを映せないし、CGに割ける予算もなかったのだろう。編集も問題だらけ。なぜそこでカットして、そこにつながるのか、というシーンのオンパレード。最初はコロナ禍の真っ最中に撮影したので、大人数が近距離でいっぺんに喋れないからかと思っていたが、そうではない。単に編集および監督が無能だからだろう。それこそENBUゼミナールの卒業生の方がよい仕事をするのではないだろうか。

 

外は虚無の宇宙。船内にはエイリアン。寄生された人間はゾンビと化す。もうこれだけでオリジナリティが欠片もないことが分かるが、狭い通路をグイグイ進んでいくという、まんま『 エイリアン2 』まで見せつけられる。さらに謎の規制エイリアンを倒すための武器が洗剤と妙なレーザーガンときた。『 ブロブ 』ネタはまだしも、『 ゴーストバスターズ 』ネタをぶっこんでくるか?意味が分からない、

 

分からないと言えば、脚本も無茶苦茶で理解に苦しむ。とにかく、色々なキャラクターが場面場面で選択する行動に合理性がまったく見られない。この宇宙船はもうだめだ。脱出ポッドで逃げよう。ここまでは良い。だが、宇宙船の方を爆破する必要は果たしてあったのか?5000人ぐらいが乗船していたのでは?原子炉閉鎖、あるいはエンジン停止ではダメだったのか?

 

エンディングも意味不明の一語に尽きる。『 ミスト 』や『 ライフ 』など、バッドエンディングは普通にOKである。問題は、そのあまりの画面の暗さと不明瞭さ。さらに走ってくるゾンビ少女は完全無視?さっぱり訳が分からん・・・

 

総評

間違いなく2021年の外国映画でもワーストである。珍作であり、怪作であり、駄作である。こんなクソ作品に時間と金を使ってはならない。コロナ禍で新作がなかなかリリースされない中で全米首位を獲得した『 ウィッチサマー 』よりも、さらに酷い。ブルース・ウィリスのファンには悪いが、敢えて言う。スルーせよ。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

look on the bright side

(物事の)良い面を見る、の意。look の後には at や for が来ることが多いが、他にも look through や look over、look to など、look の句動詞は数多くある。この look on the bright side は句動詞ではなく、一つの成句として覚えてしまおう。

You broke your phone? Look on the bright side. You can stop playing games. 

ケータイを壊した?良い面を見ろよ。ゲームを辞められるじゃないか。

のように使う。クソ映画にも何らかの美点を見出さねば・・・

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, F Rank, SF, カナダ, コディ・カースリー, ブルース・ウィリス, 監督:ジョン・スーツ, 配給会社:プレシディオLeave a Comment on 『 アンチ・ライフ 』 -クソ映画・オブ・ザ・イヤー決定-

『 死神の棋譜 』 -将棋ミステリの佳作-

Posted on 2021年11月21日 by cool-jupiter

死神の棋譜 75点
2021年11月16日~11月19日にかけて読了
著者:奥泉光
発行元:新潮社

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奥泉光とJovianは並木浩一という共通の師を持つ。その縁もあって、奥泉宅のクリスマス会に過去に二度ほど招かれたことがある。そんな大先輩が上梓した一冊を、藤井聡太の竜王戴冠の軌跡に合わせて読んでみた。

 

あらすじ

元奨励会員の夏尾は神社で不可解な矢文を見つけた。そこには不詰めの詰将棋の図面が結ばれていた。その後、夏尾は謎の失踪を遂げる。将棋ライターの北沢は、かつて存在したとされる棋道会と謎の不詰めの図面、そして夏尾の失踪の謎を追うが・・・

 

ポジティブ・サイド

阪神大震災翌年の羽生の七冠フィーバーも凄かったが、今の藤井フィーバーはそれ以上かもしれない。将棋は漫画になり、アニメになり、小説になり、映画にもなってきたが、ほとんどは「青春」というジャンルに分類されてきたように思う。そこへミステリである。しかも書き手は虚々実々の手練手管で、読者を常に虚実皮膜の間に落とし込んできた奥泉光である。

 

事実、本書の物語は常に現実と虚構の間を行き来する。奥泉小説の特徴であるが、主人公の経験する事象が、現実なのか非現実なのかがはっきりしない。夏尾という夢破れた男の悲哀、その後の人生は、大崎善生の『 将棋の子 』を思い起こさせる。つまり、それだけリアリティがある。一方で、夏尾がたどり着いた龍神棋は、大山康晴が若かりし頃に修行の一環で取り組んだとされる中将棋のイメージが投影されているし、その龍神棋という狂気の世界は、かつて米長邦雄や羽生善治が語った「読み続けていくと、そこから帰ってこれなくなる狂気の世界」のイメージも投影されているように感じた(ちなみに、将棋の読みの狂気の領域に到達してしまった棋士としては加藤一二三が挙げられるのではないかというのがJovianの私見である)。

 

磐というのが本作のキーワードの一つであるが、これは天照大神の岩戸隠れ伝説を下敷きにしているように思えてならない。遥か地の底、闇の底で、夏尾と北沢が指す龍神棋の圧倒的なイメージとビジョンは奥泉ならではの筆力。この場面だけは棋譜と読み筋が詳述されるが、おそらく将棋初心者にとっても全く気にならない迫力。ぐいぐいと引き込まれる。

 

同じく北沢と女流二段・玖村の爛れた関係も読ませる。「将棋に負けることは少し死ぬこと」というのは、まさに勝負師の言であるが、実際に現・将棋連盟会長の佐藤康光は対極に負けた悔しさで泣くことがあるというのを、先崎が著書でばらしていた。幼少の藤井聡太が谷川浩二との駒落ち対局で勝てなかったことで大泣きしたというエピソードも広く知られるようになった。とにかく将棋で負けるというのは、素人でもプロでも結構つらいものがあるのである。

 

昨今の将棋界の良い面も悪い面も意欲的に取り込んだ野心作である。Jovianは本書の最後で示唆される内容に怖気をふるった。すべては「ある人物」の読み筋であり、登場人物はすべて駒だったのか。それとも、その見方も「一局」なのか。もちろん、本作における本当の意味での真相は闇の中であり、それも奥泉流だろう。将棋ファンならば一読をお勧めする。

 

ネガティブ・サイド

兄弟子にネガティブなことを言うのは憚られるが、文人・奥泉光だからこそ棋道会や龍神棋を巡る物語に、愛棋家で知られた山口瞳や団鬼六のエピソードも盛り込んでほしかったと思う。

 

升田幸三や木村義男まで登場するが、将棋の磐の底、龍神棋という異形の世界を広さや深さを描き出すためには、それこそ時空を超えた描写があれば、もっと混沌とした世界を描けていたと思う。たとえば、天野宗歩や初代・伊藤看寿を登場させたり、あるいは女性の名人、もしくは外国人の名人を登場させるなど、現代の将棋界のイメージをぶち壊すような世界観が呈示されれば、ショッキングではあるだろうが、将棋の可能性を推し広げるビジョンになっていだろう。

 

総評

帯に「圧倒的引力で読ませる」とあるが、この惹句は本当である。特に112ページからは、ページを繰る手が止まらなくなる。奥泉ワールドに親しんできた人ならなおさらだろう。本書ではちょろっと藤井聡太も登場する。ライトな将棋ファンもディープな将棋ファンも、一番の関心は「藤井が谷川浩司の持つ最年少名人記録を更新できるか」であろう。おそらく達成するだろう。その時、本作の評価はもう一段上がるであろうと思われる。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

drop

「落とす」の意味だが、将棋では「持ち駒を打つ」の意。Sota Fujii dropped a silver on 4 1. = 藤井聡太は41に銀を打った、のように使う。Habu’s amazing 5 2 silver drop is one of his most famous moves. = 羽生の52銀打ちは、彼のもっとも有名な指し手の一つである、のように名詞でも使う。将棋の英語解説に興味がある人はYouTubeでHIDETCHIと検索されたし。

 

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Posted in 国内, 書籍Tagged 2020年代, B Rank, ミステリ, 日本, 発行元:新潮社, 著者:奥泉光Leave a Comment on 『 死神の棋譜 』 -将棋ミステリの佳作-

『 カオス・ウォーキング 』 -ジュブナイル小説の映像化-

Posted on 2021年11月18日 by cool-jupiter

カオス・ウォーキング 50点
2021年11月13日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:トム・ホランド デイジー・リドリー マッツ・ミケルセン
監督:ダグ・リーマン

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マット・デイモンの『 ボーン 』シリーズや、『 バリー・シール アメリカをはめた男 』や『 ザ・ウォール 』など、骨太な物語とエンタメ性を両立させる監督。しかし、今作はビミョーな出来栄えであった。

 

あらすじ

西暦2257年。女はおらず、男は思考が「ノイズ」として具現化されてしまうニューワールド。そこでは何故か女性が存在しない。地球からの植民第二波の宇宙船が事故に遭い、不時着したことで、トッド(トム・ホランド)は女性のヴァイオラ(デイジー・リドリー)と出会う。母船と連絡を取れる場所へたどり着くため、トッドとヴァイオラは旅立つが、その過程で二人は星の秘密に迫ることになり・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211118230549j:plain

ポジティブ・サイド

『 メイズ・ランナー 』を面白いと思える人なら、本作も面白いと感じられるだろう。謎の環境。男しかいない世界。そこに現われた1人の少女。それによって動き出す運命。本作も、時代や場所こそ違えど、大きな枠では典型的なジュブナイル小説の映画化である。

思考が具現化されてしまうというのは面白いアイデア。女性がいない世界、あるいは男性がいない世界というのはSFやファンタジーでは使い古された設定ではあるが、「ノイズ」と組み合わせることで、非常にユニークなボーイ・ミーツ・ガールに仕上がった。男という生き物は『 君が君で君だ 』を観るまでもなく、隙あらば妄想するものである。それが筒抜けになることの恐怖と滑稽さよ。

 

ありふれた世界観にユニークな現象を一つ持ち込んだ一点突破型のストーリーを、トム・ホランド、デイジー・リドリー、マッツ・ミケルセンのスターが牽引することで魅力的なものにしている。彼らのファンならば鑑賞されたし。

 

ネガティブ・サイド

悪い意味でも『 メイズ・ランナー 』そっくりである。肝腎の「ノイズ」の謎の根源には1ミリたりとも迫らない。元々、三部作の小説の第一部だけというのも『 メイズ・ランナー 』と同じ。あちらは小説を読んだのだが、テレパシー設定が映画ではバッサリとカットされていた。それが映像化の際にはプラスに作用していたが、本作はおそらく小説から映画にする際に、取り除いてはいけない要素を取り除いてしまっている。女性がいない世界、文字も存在しない世界で、なぜキスを夢想できるのか。

 

同じく、冒頭でいきなり牧師だか神父だかにトッドが折檻されてしまうが、ニューワールドにおける宗教観、あるいは世界観がイマイチ不明である。「ノイズがあれば文字はいらない」というのは、ジュブナイル小説としてはありかもしれないが、SFとしてはなしだと感じた。それでどうやって農業を営むのか。あるいは、共同体の生産力と生産物を分配するのか。

 

最大の弱点は、エイリアンの存在。第一部の引きとして、先住エイリアンのスパクルが大挙して登場、敵、それとも味方?という場面がなかった。あわよくば二部、三部に続けられたらいいな、というのは映画製作の attitude としていかがなものか。「この世界に観客を引きずり込んでやるんだ」という強い気概は今作からは感じなかった。

 

総評

SFになりきれていない。文明や世界観を描き切れていない。熱心なSFファンには訴えるものがないだろう。男女二人の長変則的ロードムービーかつ逃避行ものとして見れば、それなりの出来栄え。若者向けデートムービーというのが最も無難な評価だろうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

martyr 

「殉教者」の意。『 マーターズ 』はこの語の複数形である。英検1級やTOEFL iBT100点以上を目指すなら知っておきたい。コロナ前からも存在していたが、コロナ禍によって「健康のためなら死んでもいい」、「薬やワクチンはすべて毒」という考え方がますます可視化されるようになってきた。こうした考えの人間たちは、ある意味で殉教者と呼んで差し支えないと思うのだが、どうだろう。

 

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Posted in 映画, 未分類, 海外Tagged 2020年代, D Rank, アドベンチャー, アメリカ, デイジー・リドリー, トム・ホランド, マッツ・ミケルセン, 監督:ダグ・リーマン, 配給会社:キノフィルムズLeave a Comment on 『 カオス・ウォーキング 』 -ジュブナイル小説の映像化-

『 アンテベラム 』 -ややマンネリか-

Posted on 2021年11月14日 by cool-jupiter

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アンテベラム 60点
2021年11月7日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:ジャネール・モネイ
監督:ジェラルド・ブッシュ クリストファー・レンツ

 

私生活が多忙なためレビューが遅くなってしまった。『 殺人鬼から逃げる夜 』の上映時にトレイラーを観て、面白そうだと感じた。実際に面白かったが、テーマ的にも手法的にも先行する作品はいくつかある。

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あらすじ

気鋭の論客ヴェロニカ(ジャネール・モネイ)は、友人たちと楽しいディナーを過ごしていた。一方で、エデン(ジャネール・モネイ)は南軍の支配する南部で過酷な奴隷生活を送っていた。二人の人生が交差する時、恐るべき真実が明らかになり・・・

 

ポジティブ・サイド

冒頭からロングのワンカットで南北戦争時代の南部プランテーションの光景をこれでもかと見せつける。まるで『 ハリエット 』の世界に放り込まれたかのようである。BGMがまた不安を煽る。非人間的な扱いを受ける奴隷たちの姿と相まって、これから展開される物語が非常にダークなものになることを示唆する establishing shot になっていた。この作りこみは見事である。

 

事実、綿花の収穫に駆り出される黒人奴隷たちの置かれた境遇は過酷の一語に尽きる。観ていて気分が悪くなるが、これが歴史的な事実だったのだからしょうがない。 現代パートでも、さりげなく、しかし確実に黒人差別が存在することを印象付けるシーンがかしこに配置されている。Deep South という言葉があるが、本当に恐ろしい地域であると思う。

 

物語はヴェロニカ視点とエデン視点で進むが、その切り替わりが夢と目覚めというのは巧みである。どうしたって『 シャイニング 』を彷彿させる不気味な少女を使うことで、スーパーナチュラル・スリラーの要素も効果的に増強されている。トランプ政権爆誕以来、The Divided States of Americaになってしまった彼の国であるが、そんな状況の中でも本作ような作品を作り上げてしまうのだから、大したものである。

 

ぶっちゃけJovianは開始15分程度で話の全貌が見えてしまった。職業柄、TOEFL iBTを教えることが多く、畢竟アメリカ史には詳しくなる。あるキャラクターがある場面でポロっと漏らす一言は実にフェアな第一の伏線であった。『 グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち 』で、マット・デイモンが親友ベン・アフレックをバーでかばうシーン並みにアメリカ史に通暁していれば、ひょっとしたらもっと早い段階で見破ってしまうのかもしれない。

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ネガティブ・サイド

今というタイミングだからこそセンセーショナルに感じるが、先行作品はいくらでも思い浮かぶ。以下、白字。

『 ザ・ハント 』

『 アス 』

『 ヴィレッジ 』

他にも今年(2021年)亡くなった劇画家の第3巻にも非常によく似たエピソードがある。種明かしされれば気付く類の伏線の数々が周到に張られてはいるものの、これらが少し大げさすぎた。もっと控え目でよかったのだが。

 

ジョーダン・ピールが関わっているわけではないが、ヴェロニカの親友の太っちょは『 ゲット・アウト 』のリル・レル・ハウリーの女性バージョン。『 ゲット・アウト 』は潜在的に白人が黒人を恐れ、なおかつ憧れているからこそ成り立つストーリーで、奇妙なユーモアがあった。だからこそ面白キャラの居場所があったの。しかし、本作のような黒人差別バリバリの話の中では、彼女の存在はひたすら浮いていたように感じた。

 

総評

ネタバレ厳禁というのは確かにその通りであろう。ただ、トレイラー自体が結構なネタバレになっている。また、ストーリー進行が前半は特に重く感じられ、そこでヴェロニカとエデンの切り替わりさながらに眠りの世界に旅立ってしまう人も多そうだ。ミステリ映画好きなら、あっさりと見破ってしまうだろう。逆にそうでなければ気持ちよく big twist に酔うことができるだろう。実際に、Jovian妻は感心することしきりであった。

 

Jovian先生のワンポイントラテン語レッスン

bellum

戦争を意味するラテン語。『 竜とそばかすの姫 』で、bellum omnium contra omnes = war of all against all = 「万人の万人に対する闘争」という格言に触れたが、bellという語は英語にも大きな影響を及ぼしている。英検2~準1級なら rebel, rebellion あたりを、英検1級なら bellicose, belligerence あたりを知っておきたい。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アメリカ, ジャネール・モネイ, スリラー, 監督:クリストファー・レンツ, 監督:ジェラルド・ブッシュ, 配給会社:キノフィルムズLeave a Comment on 『 アンテベラム 』 -ややマンネリか-

『 エターナルズ 』 -スーパーヒーロー映画の限界か-

Posted on 2021年11月12日 by cool-jupiter

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エターナルズ 30点
2021年11月6日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ジェンマ・チャン アンジェリーナ・ジョリー マ・ドンソク
監督:クロエ・ジャオ

 

『 アベンジャーズ / エンドゲーム 』以後、はじめて新キャラを本格的に導入する本作。だが、過去のスーパーヒーロー作品のパッチワークにしか見えなかった。個人的には、霧の良いところでMCUから離脱してもいいのかなという気持ちになった。

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あらすじ

宇宙の創世期。セレスティアルは太陽を生み出し、生命を育む星々を育てた。しかし、そこにはデヴィアントという想定外の凶悪な生物も生まれてしまった。セレスティアルのアリシェムは地球に巣食うデヴィアントに対処するため、エイジャックやイカリスらのエターナルズを地球に送り込んだ。以来7000年間、エターナルズはデヴィアントから地球人を守護してきた。そして、サノスとアベンジャーズの戦いが終わった今、再びデヴィアントたちが姿を現わして・・・

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ポジティブ・サイド

『 シャン・チー テン・リングスの伝説 』から、明らかにMCU(というかディズニーか)もアジア系のオーディエンスへの配慮を始めている。『 クレイジー・リッチ! 』の嫌味な元カノが実質的な主役だし、我らが鉄拳オヤジのマ・ドンソク、『 ビッグシック ぼくたちの大いなる目ざめ 』のクメイル・ナンジアニの起用など、明らかに diverstiy と inclusion を意識している。なぜ地球の危機を西洋人だけが解決しようとする、あるいは解決する力を持っているのかは、常々西洋世界以外を困惑させていた。地球の危機には地球規模で対処すべきで、映画界もその方向にシフトしていっているのだということ、MCU新フェースの作品が基軸として打ち出してくれたことは素直に評価したい。

 

『 アイアンマン2 』や『 キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー 』あたりから顕著にヒーローの人間部分にフォーカスし始めたが、本作でもエターナルズの面々の人間的な面を描くことに腐心していた。『 ワンダーウーマン 』が切り開いた女性というヒーローが主役を張るという方向性が成功を収めたことで、マイノリティをヒーローにするのは個人的にはありだと思う。同性愛者や聴覚障がい者がヒーローというのも、バービー人形に車椅子バージョンや義肢装着バージョンがあったり、子供向けアニメ番組の主役が補聴器装用者(Super Rubyなど)だったりすることを知っていれば、このあたりの印象はガラリと変わることだろう。

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ネガティブ・サイド

以下、ネタバレあり

一番の不満はエターナルズの面々の強さがよく分からないところ。というか強そうには見えないのに「俺たちはアベンジャーズより全然強いんだが?」的な言葉をポンポン発するところが意味不明。別にJovianはアベンジャーズを贔屓にしているわけではない。ただ「サノスも俺たちが出張っていればなあ」やら、「アベンジャーズからキャプテン・アメリカもアイアンマンもいなくなったから、お前リーダーやってくれば?」のような会話は、白けるばかりだ。強さのインフレはある意味しゃーないとはいえ、ここまで露骨に言葉で説明する必要があったのかどうかは疑問だ。

 

そもそもデヴィアンツの強さがよく分からない。縄文時代ぐらいの人間を襲っていたのだろうが、これでは強さが分からない。それこそ『 アベンジャーズ 』でハルクが一撃KOしたリヴァイアサンのような巨大な敵、太古の怪獣のような存在であれば、まあ分かる。けれど実際は現代の普通の銃器でそれなりダメージを与えられる相手。これを倒すためにエターナルズが送り込まれてきたとなると、「エターナルズってホンマは弱いんちゃうの?」と感じざるを得ない。

 

冒頭のエターナルズの面々のデヴィアンツとのバトルも既視感ありあり。スーパーマンにクイックシルバーまたはフラッシュ、ミスティーク、アイアンマンなどなどで、「いや、これもう散々観ただろ」というシーンのオンパレード。普通のSFアクションものならド迫力のシーンなのかもしれないが、スーパーヒーローものとしては陳腐の一言。マ・ドンソクといえば確かに鉄拳なのだが、それはもうハルクだけで十分。

 

エターナルズの面々の能力全般にポテンシャルが感じられないのが痛い。ドルイグのマインド・コントロールというのは人間だけに効いて、デヴィアンツには効かないのか?だったら、その能力を使って一体セレスティアルは何をしろと言いたいのか。ファストスも科学技術の天才であるならば、核兵器の開発を嘆くのではなく、それよりもっと前の段階で太陽光発電やら地熱発電の sustainable energy といった領域の技術をバックアップしときなさいよ。スプライトも成長したいだとか恋がしたいだとか言うなら、バーで幻影を使って男をひっかけるのではなく、(見た目の上で)同世代の男(女でも可)とデートして、初々しくキスに失敗する、あるいはやたらとキスがうまくて相手がドン引きする、などの描写がないと説得力が生まれない。

 

人間的なヒーロー像の追求は別に結構だが、ゲイのカップルの物語などは、次回作以降にじっくりと掘り下げるべきで、本作のように一人一人のエターナルズの面々の背景にフォーカスしてしまうと、時間がいくらあっても足りない。実際に本作は2時間半の長丁場でありながら、最も求められているはずのアクションがあまりにも中途半端で、エンターテイメントとして大いに不満が残る。かといって個々の背景についても掘り下げは中途半端である。

 

宇宙規模の壮大なスケールの物語ではあるが、これはすでに『 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス 』で使われたネタで、新鮮味はなかった。また、デヴィアンツがあまり強くないことから、エターナルズ同士が争わざるを得なくなるが、これも『 シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ 』で既に使われたネタである。

 

サノスの弟もいらない。次のフェイズに行くなら、前のフェイズのラスボスネタは引っ張らなくていい。または前のフェイズのラスボスを落とすことで、次の敵の格を上げようとしなくていい。もうここまでくると、ストーリーを紡いでいるのではなくマーチャンダイズに使えるキャラを登場させているようにしか見えない。次作のクオリティ次第ではMCUから抜けてもいいような気がしてきた。

 

総評

MCUもネタ切れに近いのだろうか。何もかもが既視感ありありだった。ぶっちゃけ『 ファンタスティック4(1994) 』(ところで何回再映画化されるの?)と同レベルの作品に思える。ここまで来たら、もうデッドプールやゴーストライダーもMCUに放り込んで、『 怪獣総進撃 』みたいなハチャメチャ展開にしてもらいたい。本作はかなり好き嫌いが別れることだろうが、MCUになじみのない人にお勧めできない。これだけは断言できる。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

move in 

引っ越しする、の意。たいていの場合、だれか意中の相手のいる街へ引っ越したり、あるいは同居や同棲を開始するための引っ越しのために使う。古い洋楽を好む人なら、イングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリーの『 秋風の恋 』(I’d Really Love to See You Tonight)のサビの歌詞、I’m not talking bout moving in, and I don’t wanna change your life. で知っていることだろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, E Rank, アクション, アメリカ, アンジェリーナ・ジョリー, ジェンマ・チャン, マ・ドンソク, 監督:クロエ・ジャオ, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 エターナルズ 』 -スーパーヒーロー映画の限界か-

『 ジョーカー 』 -Blu rayで再鑑賞-

Posted on 2021年11月8日2021年11月8日 by cool-jupiter

ジョーカー 85点
2021年11月5日 レンタルBlu rayにて鑑賞
出演:ホアキン・フェニックス ロバート・デ・ニーロ
監督:トッド・フィリップス

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再鑑賞のきっかけは、やはり京王線の事件。アメリカでも本作公開後にBLM、さらにそのどさくさ紛れの暴動が多発したが、持たざる者からさらに収奪しようとする時、社会はしっぺ返しを食らってもおかしくないという本作のビジョンは概ね正しかったことが残念ながら改めて証明されたように思う。

 

あらすじ

アーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、緊張すると笑ってしまうという障がいを抱えながらも、ゴッサムの片隅でピエロ稼業をしながら、コメディアンになることを夢見ていた。母親と二人暮らしで、フランクリン・マレー(ロバート・デ・ニーロ)がホストのテレビ番組を楽しんでいた。だが、街も人々も彼の存在をどこまでも軽んじる。そんな時、同僚から護身用にとアーサーは拳銃を手渡され・・・

 

ポジティブ・サイド

今回の再鑑賞の目的は2つ。1つは、どこまでが現実でどこまでがアーサーの妄想なのかを考えてみたいということ。もう1つは、この映画に人を狂気あるいは凶行に走らせる要素があるのかどうかということ。

 

現実か妄想かについて。日英の両語で色々なサイトを渉猟してみたが、百家争鳴の感はぬn拭えない。トッド・フィリップスも、様々なインタビューで「自分たちは何が現実で何が妄想か分かっている。たくさんのセオリーが存在して、そのどれもが興味深い」という趣旨を述べており、正解については煙に巻いている。そこで自分なりの仮説を。

 

1.すべて現実

2.最初と最後だけ現実

3.最初だけ現実で残りはすべて妄想

4.最後だけ現実で残りはすべて妄想

5.すべて妄想

 

2.が有力かとは思うが、5.も捨てがたい。よく言われる時計が11時11分を指しているシーンは間違いなく妄想だろうが、そのことが他のシーンを現実だと決定づける要素でもない。事実、テレビのシーン、ソフィーとデートするシーンなど、間違いなく妄想だとしか思えない。結局、アーサーの言う通り、人生は悲劇ではなく喜劇、何が面白いかは社会全体が決めることなのかもしれない。そして社会は時に、たった一人の象徴によって大きく歪むことがありうる。そして、その象徴は社会の大きな歪みから生まれる。循環論法である。これは、妄想している人間が「自分は妄想している」と自覚した時の自己言及矛盾とも共通するだろう。結局のところ、アーサーは”You wouldn’t get it.” = 「あんたには分からない」と言って、自らのジョークを説明することを拒否している。自分のジョークは自分にしか分からない。つまり、社会自体を拒絶している。だとすると、仮説4.もそれなりに有力?トッド・フィリップスの仕掛けた陥穽にどっぷりハマってしまったかもしれない。

 

本作が人を凶行に走らせる要素があるかどうか。これは正直なところ、ある。なぜならJovian自身が本作に影響されて、ほとんど発作的に前職を辞したから。ストレートに本作の物語を受け取るなら、家族、仕事、人間関係、さらに(メンタルの)健康にまで恵まれない男が、半ば偶発的に殺人を犯してしまったが、それによって Kill the rich = 金持ちを殺せというムーブメントが形成され、殺人犯たる自分がアイコンに祭り上げられた。ここから導き出せるのは「持たざる者から奪うな。そうすろと思わぬしっぺ返しが来るぞ」という社会の側への警告であって、「俺は持たざる者だ。だから持つ者に対して攻撃を加えてよいのだ」という個人へのメッセージにはならないだろう。その意味では京王線ジョーカーはリテラシーが足りなかった。ただ、Jovian自身も「自分の仕事がイマイチ面白くないのは自分ではなく会社のせいだ」という気持ちを本作によって後押しされたことは否めない。結局は、どのようなメッセージを受け取るのかも、喜劇と同じく、主観的なのだろう。

 

サントラが恐ろしい力を持っていて、チェロの低音がいつまでも耳に残る。

 

Put on a happy face. = 幸福の仮面をかぶれ、というキャッチフレーズが重苦しい。愛想笑いという社交儀礼について、我々は少し見方を変えるべきなのかもしれない。

 

ネガティブ・サイド

やはり、マレーのショーに登場する際に初めて「ジョーカー」という名前に言及されるべきだった。

 

総評

「ジョーカーに憧れた」という言葉がどこまで本当なのか、それは本人にしか分からない。しかし、社会擾乱を是とする見方を後押ししていると解釈されてもおかしくない作品になっていると感じた。日本社会はある時(おそらく宮崎勤の事件)から、凶悪犯罪の病理を既存のメディア、特にゲームや漫画に求めるようになった。実際にそうしたオタク文化とされるものが凶悪犯罪に結びついた事例は聞いたことがないが、2021年になって遂に出てきてしまったとも言える。本作の評価が定まるのはもう少し先になりそうだが、日本では今後10年地上波で放送されることはないだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

decide

 

「決める」という意味の動詞。他動詞の場合、decide ~ =「~を決める」だが、自動詞の場合は decide on ~ = 「~に決める」となる。 Jovianが講師をしていた時には

Ohtani decided on the Angels. = 大谷はエンゼルスに決めた。

Ohtani hit a homer and decided the game. = 大谷はホームランを放って、試合を決めた。

という例文で説明をしていた。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, アメリカ, クライムドラマ, ホアキン・フェニックス, ロバート・デ・ニーロ, 監督:トッド・フィリップス, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 ジョーカー 』 -Blu rayで再鑑賞-

『 ひらいて 』  -閉じこめられた気持ちの人々に贈る-

Posted on 2021年11月7日 by cool-jupiter

ひらいて 70点
2021年11月3日 テアトル梅田にて鑑賞
出演:山田杏奈 佐久間龍斗 芋生悠
監督:首藤凜

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普通のヒロインを決して演じない期待の若手、山田杏奈。あらすじも予告編も観ず、チケット購入。

 

あらすじ

同じクラスのたとえ(佐久間龍斗)に密かに恋焦がれる愛(山田杏奈)。ある時、龍斗が隠し持つ手紙を盗み、彼が同じ学校の美雪(芋生悠)と付き合っていることを知る。複雑な想いを抱いた愛は、美雪に近づき、友達となっていくが・・・

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ポジティブ・サイド

山田杏奈が相変わらず良い。普通のヒロインは市場に溢れかえっているが、この年齢で普通ではない役ばかりを演じるのは本人も事務所も本格派志向である証明だろう。無邪気な笑顔と邪悪な笑顔を一本の作品の中で繊細に、しかし大胆に使い分けられる女優は多くはない。首藤監督の演技指導もあるのだろうが、愛という複雑な女子高生のリアリティをしっかりと引き出した。

 

対する薄幸の美少女然とした芋生悠の存在感も素晴らしい。『 ピンカートンに会いにいく 』に出演していたそうだが、印象には残っていない。しかし『 ソワレ 』や『 ある用務員 』など、Jovianが観たいなと感じていながら観る機を逸した作品で主役級を演じている。本作でも病気持ち、友達なし、かつ秘密の恋人がいる女子高生という役柄で、強烈な印象を残している。その多くは、純朴そうに見える笑顔と、戸惑いと好奇心のはざまでもだえる表情、そして強い拒絶を雄弁に物語る目の力による。美少女という印象は受けないルックスだが、実際の高校の教室にいれば、クラスで2番か3番目くらいの可愛らしさだろうと思う。

 

PG12というよりも、PG15ぐらいじゃないのかというシーンが出てくるが、もっと邦画全体でこういうシーンはあっていい。少女漫画系の映画では、ヒロインのライバルが相手の男に色仕掛けを使ったりするが、愛は龍斗と美雪に肉体関係がないと知るや、その両方と関係を持とうとする寝業師。綿矢りさの描く女性キャラはどれもこれも一筋縄ではいかないが、身勝手であざとく、それでいて純な乙女心のようなものも併せ持つキャラを山田は好演した。

 

タイトルの『 ひらいて 』を動詞の命令形と解釈するべしということがオープニングで示唆されるが、最後にはこの『 ひらいて 』は、愛が心を開いた状態で、ということを意味する接続助詞に見えてくる。一筋縄ではいかないヒロイン像を追究しようとする山田杏奈の面目躍如たる作品。

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ネガティブ・サイド

各家庭にもう少しフォーカスがあっても良かったように思う。美雪は母親が鍋を調理する傍らで、進学を機に東京に出たい=家を出たいという願望を吐露するが、そこは母に「お父さんが帰ってきたら」とかわされる。愛も、かなり暗くなるまでゲーセンで遊んでいたり、深夜に家を抜け出したりと、かなり奔放な家庭にいるが、逆の見方をすれば親は子供に無関心とも言える。こうした閉塞的、窮屈な環境についての描写がもう少しあれば、なぜ家や街を出たいのかがより鮮明に伝わる。やや同工異曲の感のある『 君が世界のはじまり 』の方が、そのあたりの環境と心理の変化の描写が巧みだった。

 

夜の教室で愛がたとえに拒絶されるシーンのセリフがぎこちなかった。原作を尊重したのかもしれないが、映画のセリフではなく小説のセリフというか、異様に芝居がかったセリフ回しで、緊張感のあるシーンの雰囲気が壊されていると感じた。

 

総評

粗はあるが、そこは主人公の愛と同じく、本作も奇妙なパワーで前進していく。愛というキャラクターを同一視するのは難しいが、青春の一時期、恋という感情に文字通りに狂わされるというのは、程度の差こそあれ、誰にでもある話。愛と美雪、愛とたとえの関係は極端であっても特異ではない。コロナ禍によって閉塞感が増した世の中だが、理屈ではなく気持ちで動いていくキャラの物語というのも、今という時代に案外マッチしているのかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

diabetes 

「糖尿病」の意。発音はダイアビーティーズ。アクセントはビーに置く。学生ならまだしも、塾や予備校だと、ディアベテスやらダイアビーツと発音するトンデモ講師が結構いる。いくらでも発音チェックするツールがあるのだから、そうしたものを活用できないエセ英語講師は退場してほしいと思う。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, 佐久間龍斗, 山田杏奈, 監督:首藤凜, 芋生悠, 配給会社:ショウゲート, 青春Leave a Comment on 『 ひらいて 』  -閉じこめられた気持ちの人々に贈る-

『 そして、バトンは渡された 』 -トレイラーを観るべからず-

Posted on 2021年11月7日2021年11月7日 by cool-jupiter

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そして、バトンは渡された 20点
2021年10月31日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:永野芽郁 石原さとみ 田中圭
監督:前田哲

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トレイラーを観て「なるほど、大体こういうストーリーのはずだが、どこかでひねりを入れてくるに違いない」と期待して、チケット購入。ひねりは全くなかった。感動の押し売りは結構である。

 

あらすじ

いつでも笑顔の優子(永野芽郁)は、血のつながらない父、森宮さん(田中圭)と二人暮らし。これまでに苗字が4回も変わったことから、学校に友達もいない。ある時、優子は卒業式の合唱のピアノを担当することになる。そこで出会った同級生の早瀬のピアノ演奏に、優子は心を奪われて・・・

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ポジティブ・サイド

みぃたんを演じた子役の稲垣来泉が印象に残った。子どもと動物は時々予想のはるか上を行くことがある。稲垣が演じることでみぃたんというキャラの健気さ、気丈さ、明るさ、そして憂げな感じが巧みに描出されていた。

 

田中圭は『 哀愁しんでれら 』とは全く違うテイストが出せていた。今後は『 アウトレイジ 』の椎名桔平のような武闘派ヤクザ役に期待。

 

一応、色々な伏線的なものがフェアに張られているところは評価したい(ちょっとあからさますぎだとは思うが)。

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ネガティブ・サイド

 

以下、ネタバレあり

 

原作小説は未読だが、映像化に際してかなり改変されていることだろう。改悪と言うべきか。本というのは自分のペースでページをめくっていくことができるので、物語を自分なりに消化しながら進んでいくことができる。本作はペーシングの面でかなりの問題を抱えている。2時間17分の作品であるが、体感では2時間40分ほどに感じた。前半と後半でもっとメリハリをつければ2時間ちょうどにできたはず。『 いのちの停車場 』でも感じたことだが、削るべきは削らねば。

 

キャラの行動原理が色々と意味不明だ。大森南朋演じる最初かつ実の父親のあまりの無軌道ぶりに本気で怒りを覚えた。「家族なら俺の夢についてこい!」って、アホかいな。いや、夢を持つことは全然否定しないし、むしろ素晴らしいし応援したい。問題は、ブラジル行きを誰とも相談することなく決め、また勝手に会社も辞めてしまったこと。若気の至りで済ませられるものではない。また若気の至りと言えるような年齢のキャラでもない。普通に成熟したカップルでも、パートナーにそれをやられたらかなりの確率で破局だろう。それに梨花の病気のことを知っていながら、気候も食事も言語も文化も違うブラジルに移り住もうというのは、非人間的とすら感じる。手紙のやりとり云々を絡めて美談にしようとしているが、やってしまったことが社会人失格、家庭人失格なので、終盤の父親巡りで「はい、ここで感動してくださいよ」というシーンではひたすらに白けるばかりであった。

 

田中圭演じる森宮さんの価値観もおかしい。いや、森宮さんというか原作者や脚本家の思想かな。やたらと「俺は父親なんだから」と口にし、職場では損な役回りながらも真面目に働き、家では料理を始め家事もこなす。再婚することなく、女の影もなく、酒も断って、子育てに邁進する。それは美しい。けれど、それが全て「バトン」を渡すためって何やねん。優子はモノ扱いなのか。しかも、渡す先の男に優子も森宮もそろって「ピアノ弾け」って、音大なめてるやろ。芸術の分野で一回レール外れてから元に戻るのがどれだけ大変か。そこから音楽一つで食っていけるようになるのがどれだけ大変か。しかも預金たんまりの通帳を渡しておきながら「これから大変だぞ」って、思いやりなのか嫌味なのか。こんな風に感じるのはJovianがひねくれ者だからなのか。いやいや、優子自身も大手レストランをあっさり自分から辞めているわけで、料理人でも音楽家でも、一本立ちへの道のりは険しい。それを分かっていて、片方に甘く、片方に厳しいというのは、古い父親像と新しい父親像が悪い意味で混淆している。自分というものがない、単に物語を都合よく進めていくだけのデウス・エクス・マキナとしか思えなかった。

 

ストーリー以外の演出面でも不満が残る。ピアノにフォーカスするのなら、いっそのこと劇中BGMは全部ピアノにしてしまうぐらいの思い切りがあっても良かったのではないか。また優子がピアノを好きになるシーンの演出も弱く感じた。友達がピアノを習っているから、というくだりは不要であると感じた。母子家庭になってしまったことで、友達の親が「みぃたんとはあまり付き合っちゃいけません」的なことを言うシーンがあり、さらに傷心のみぃたんがピアノの音に癒され、ピアノを心底好きになる。そんなシーンが望ましかった。雨の中でピアノの音に合わせて踊るみぃたんはシネマティックだったが、ここをそれこそ『 雨に唄えば 』のジーン・ケリー並みにみぃたんを躍らせていれば、みぃたんにとってのピアノの意味がもっと大きくなり、そのピアノを弾く早瀬くんへの思慕も大きくなった。これならもっと説得力があった。

 

石原さとみの梨花という母親像の好き嫌いは言うまい。ただ『 母なる証明 』のキム・ヘジャや『 MOTHER マザー 』の長澤まさみのような強烈な母性があったかというと否である。母親であろうとする姿に絶対性がなかった。

 

総評

世間の評価がやたら高いが、これこそ典型的な感動ポルノでは?邦画の悪いところが全部詰まった作品にしか思えなかった。キャラの行動原理が、自分自身の思考や信念、哲学に基づいたものではなく、観る側を感動させるためには何が必要か、で決まっているように見えて仕方がなかった。まるで昔の徳光和夫の感動押し売り家族再会バラエティーを見ているかのよう。Jovianがひねくれているのか、それとも予定調和の感動物語の需要が高いのか。まあ、両方だろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

give someone away

someone =「誰か」だが、ほとんどの場合、ここには bride =「花嫁」が入る。『 マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー 』でソフィが、”Who’s gonna give me away?”というシーンがあったが、これは「結婚式の場で父が娘を新郎に手渡す」という意味である。ごく限定されたシチュエーションでしか使わない表現だが、知っておいて損はない。give ~ away は、「~をどんどん与える」というコアのイメージを押さえておけば、『 プラネタリウム 』でも触れた”Maybe your smile can lie, but your eyes would give you away in a second.”の意味もすぐに類推できるはずである。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, E Rank, ヒューマンドラマ, 日本, 永野芽郁, 田中圭, 監督:前田哲, 石原さとみ, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 そして、バトンは渡された 』 -トレイラーを観るべからず-

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