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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: 2010年代

『 羅小黒戦記~ぼくが選ぶ未来~ 』 - 新世紀の中国アニメ-

Posted on 2020年12月31日 by cool-jupiter

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羅小黒戦記~僕が選ぶ未来~ 80点
2020年12月31日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:花澤香菜 宮野真守 櫻井孝宏
監督:MTJJ

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ずっと観に行こうと思いながら、タイミングが合わなかった作品。思いがけず2020年の締めくくりに劇場鑑賞することになった。本作を観て感じるのは、アニメーションは日本が中国に伝授したものであっても、日本的とされる自然観や世界観の源流は古代中国にあったのだろうなということ。そして、日本的とされるアニメーションは下手をすれば中国にぶち抜かれる恐れすらあるのだろう。

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あらすじ

森でのどかに暮らしていた猫の妖精・小黒(花澤香菜)は、人間の開発によって住処を追われる。放浪の旅の最中に同じく妖精のフーシー(櫻井孝宏)たちと出会った小黒は、彼らの住処で共に暮らすことになる。しかし、そこに最強の執行人、ムゲン(宮野真守)が現れ、フーシーらを撃退する。小黒はムゲンに連れ去られてしまい・・・

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ポジティブ・サイド

小黒の猫バージョンの狙ったかのような「あざとかわいさ」を見よ。これがロードトリップムービーの導入だと言われれば素直に理解できるが、サイキック・バトルアクション系の主人公だと言われれば、「またまたご冗談を」と言いたくなるだろう。だが、本作はそういう話なのだ。つまり、ジャンルミックス作品であり、それゆえ必然的にインターテクスチュアリティ(間テクスト性=intertextuality)に溢れる作品となっている。

 

冒頭から『 もののけ姫 』を思わせる森林の風景が美しい。こだまを彷彿させるキャラクターがその印象をますます強めてくれる。そして逃げ惑う動物。立ち向かわんとする小黒。切り拓かれる森。これを『 もののけ姫 』と言わずして何とする。

 

小黒がフーシーと出会い、仲間にしていく流れもスムーズだ。妖精同士の出会いと語らい、そして団らんに言葉はいらない。世界からある意味で疎外された者同士だけに通じる直感的なコミュニケーションには大いに考えさせられた。異形の者だから疎外されるのではなく、異能の者だから疎外される。妖精たちは必ずしも姿かたちのために疎外されているわけではないことがテンフーとロジュの造形を比較してみれば分かる。妖精の世界も妖精の世界で、なかなかに複雑だ。一枚岩と思わせてそうではないところが、本作を単なるおとぎ話やファンタジーにしていない。本作の目指すところは共生である。それが現実の中国の目指す「一帯一路」構想とどれくらい軌を一にするものなのかは分からないが、様々な異民族との共存共栄を志向するクリエイターが中国に存在し、その作品が中国国内のみならず国外のマーケットでも公開されることの意義は決して小さくない。

 

例えて言えば、これは『 X-MEN 』であり、『 妖怪人間ベム 』であり、『 AKIRA 』を中国風に味付けしなおした作品である。ムゲンなどはまさにマグニートーであるし、妖精社会の内ゲバと人間を守らんとする戦いはベム、ベラ、ベロの影が見え隠れする。そしてラストの領界はどうみても『 AKIRA 』だろう。観る人が観れば、より多くのオマージュやガジェット、あらゆる意味での間テクスト性のエビデンスを発見できそうだが、それは本作のオリジナリティの低さを証明するものではない。逆だ。中国は日本やアメリカの先行作品に貪欲に学んだのですよ、あなた方と肩を並べるところまで来ましたよ、もうすぐで追い抜きますよ、と宣言しているのだ。実際にバトルシーンのスピード感はアニメ映画の『 ドラゴンボール 』的でありながら、その背景や細かいキャラの動きの変化の書き込みは同作の比ではない。少なくとも『 あした世界が終わるとしても 』レベルのバトルシーンは遥かに超えている。様々なオマージュもクオリティを高めれば、立派なオリジナルになる。

 

原題の中国社会を下敷きに鑑賞すべきだろう。ストーリーもキャラクターも面白いし、深みがある。ムゲンはどことなく『 千と千尋の神隠し 』のハクのパワーアップ版以上のキャラだし、フーシーも単純な善悪二元論で割り切れるキャラではない。いつの間にやら移民大国になっている日本でも、異能・異端の者たちとどのように交流し、彼ら彼女らをどのように社会に包摂するか、あるいはしないのかを選択する時がきっと訪れる。もちろん、正解などない。必要なのは、答えを求め続けようとする姿勢を維持すること、つまりは旅を共にすることなのだろう。昨年の内に観ておきたかったと思う。

 

そうそう、Jovianは基本的には外国産映画は現地語を聞き、字幕を読むことを是としているが、本作は吹き替えで充分に楽しめる。見た目が日本のアニメ的であるし、中国人キャラクターが日本語をしゃべっても違和感を覚えなかった。

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ネガティブ・サイド

ムゲンと小黒がイカダで旅をするシークエンスが少々長かった。海上シーンをもう少し削るか、あるいはムゲンと小黒に何らかの対話をさせてほしかった。

 

戦闘シーンの疾走感と迫力は文句なしであるが、妖精たちの属性についてもう少し掘り下げて説明してほしかった。台詞は不要。ただ、陰陽五行説の木火土金水の相克関係を、バトルを通じて視覚的に分かりやすく見せてくれれば、中学生以下にもっと刺さるのではないか。

 

館の妖精たちが街の住人たちを救助していくシーンもスピーディーでスリリングだった。その一方で、館の館長と龍遊市の政治的指導者層との折衝の様子も一瞬でいいから見せてほしかった。妖精と人間の共存関係はナイーブなものではなく、高度に政治的な判断の元で維持されているものだと提示されれば、さらに大人向けのアニメとなったことだろう。

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総評

古今東西のあれやこれやのオマージュが詰め込まれた作品。かといって古いわけではなく新しい。様々なコンテンツを浴びるようにして育った個人がアメリカでは『 レディ・プレイヤー1 』を作り、『 封神演義 』や『 西遊記 』といった中国古典をベースにした教養人が本作を作ったと言えるのかもしれない。「中国映画で猫?『 空海 KU-KAI 美しき王妃の謎 』みたいな地雷作品じゃねーだろうな?」と疑わしく感じてしまう向きにこそお勧めしたい傑作に仕上がっている。

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Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

The more S + V, the more S + V.

エンディング曲で“More we divide, more we collide”という歌詞がある。正しくは“The more we divide, the more we collide”=「私たちが分裂すればするほど、私たちはもっと衝突する」ということ。The 比較級 S + V, the 比較級 S + V. で「SがもっとVすれば、SはもっとVする」という意味になる。

 

The older you are, the weaker you become.

年をとればとるほど、弱くなっていく。

 

The more you sleep, the longer you live.

寝れば寝るほど、長生きする。

 

The more money I have, the less secure I feel.

より多くのお金を持つほどに、どんどん安心感がなくなっていく。

 

などのように使う。この構文がサラッと使えれば、英会話の中級(CEFRでB1手前)だろうか。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, 2020年代, A Rank, 中国, 宮野真守, 櫻井孝宏, 監督:MTJJ, 花澤香菜, 配給会社:アニプレックス, 配給会社:チームジョイLeave a Comment on 『 羅小黒戦記~ぼくが選ぶ未来~ 』 - 新世紀の中国アニメ-

『 マー サイコパスの狂気の地下室 』 -邦題担当者は切腹せよ-

Posted on 2020年12月27日 by cool-jupiter

マー サイコパスの狂気の地下室 50点
2020年12月22日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:オクタビア・スペンサー ダイアナ・シルヴァーズ
監督:テイト・テイラー

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YouTubeか何かでトレイラーを観て、「たまには頭を使わずサスペンスでも観るか」とTSUTAYAでレンタル。よくよく見ればオクタビア・スペンサーだけではなく『 ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー 』の最後の最後でインパクトを残した同級生役のダイアナ・シルヴァーズも出演しているではないか。ホリデーシーズン向けの映画ではないが、パーティーがしづらい今だからこその映画だと割り切って鑑賞した。

 

あらすじ

マギー(ダイアナ・シルヴァーズ)は引っ越し先の学校の友だちと飲み会をすることに。高校生であるため誰か大人に酒を買ってもらおうと、通りがかった女性スー・アン(オクタヴィア・スペンサー)に依頼する。何度か彼女に酒を買ってもらっているうちに、スー・アンは自宅の地下室をパーティー用に貸してくれると言い・・

ポジティブ・サイド

オクタヴィア・スペンサーと言えば『 ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜 』、『 ドリーム 』、『 アメイジング・ジャーニー 神の小屋より 』、『 シェイプ・オブ・ウォーター 』のような優しいおばさん、強いおばさんのイメージが強かったが、『 ルース・エドガー 』や本作を通じて、キャリアの方向性を少し変えつつあるようである。人好きのするおばさんが徐々に変質していく様は非常にサスペンスフルだった。特に印象に残ったのは、ある抱擁のシーン。これはマギー視点からすれば、震え上がるしかない。オクタビア・スペンサーの円熟の演技力に磨きがかかったと言えるだろう。

 

本作はリベンジ・スリラーに分類される。スー・アンは生まれながらのサイコパスではない点に注意。というか、後天的にサイコパスになったわけでもない。学生時代にトラウマを植え付けられ、片田舎でひっそりと暮らしてきたところに、思いがけず復讐のチャンスが巡ってきたというストーリーである。田舎特有の人間関係が垣間見られ、どこか『 スリー・ビルボード 』を彷彿とさせる。限定的なコミュニティ内では人間関係も限定的になり、それゆえに濃密なものになる。問題はその濃さが人間関係のどういった要素によるものなのかだ。そうした意味で、序盤の酒盛りが警察官に見つかるシーンは、この片田舎のコミュニティの人間関係がきわめて長く、そして強く維持されてることが示唆されていた。

 

他にも最序盤の学校のシーンが終盤の伏線になっていたりと、作り自体は非常にフェアである。マーがマギー達を追い詰めていく反面で、マーも次第に追い詰められていく。Social Mediaを巧みに使い、何かあればすぐにググって対策を練るところも現代的。登場人物の心理描写を極力排して、代わりに具体的な行為を見せることでキャラクターの内面がかえってよく見える。本作には芸術映画要素はなく、徹底して商業映画である。斬新な殺し方もあるので、復讐ものが好きな方はどうぞ。

 

ネガティブ・サイド

マーのリベンジ方法の濃淡に差があるところにが不満である。Motor mouthな女子高生に「え、それやっちゃう?」というお仕置きを加える一方で、黒人少年に対してはpunishにならないpunishmentを与える。やるなら残虐に徹してほしい。

 

全編を通じて、母と娘の物語を紡ぎ出そうとしているのだろうが、そのあたりは盛大に失敗している。マギーと母親の関係性、そしてスー・アンの母性。このあたりからもっとコントラストを利かせたサブ・プロットが生み出せたはず。原題=Ma=母親というからには、子どもとの関係性をもっと追求せねばならない。同じ母親映画にしても『 母なる証明 』や『 MOTHER マザー 』と比較すれば、数段落ちる。

 

もっとスー・アンとパリピ学生以外の視点からの物語も欲しかった。ルーク・エヴァンスはもっと効果的に使えたはず。大人たちからスー・アンに抗議が行くが、当の子ども達が「スー・アンは悪くない!!」と言い張るような展開、『 ミセス・ノイズィ 』のように同じ事象を異なる視点で見つめるというシークエンスがあれば、サスペンスがもっと盛り上がったのにと思う。

 

最後にこれだけは言っておきたい。この邦題はおかしい。これは別に作品の罪ではないが、なぜにこのようなアホな副題をつけるのか。上で挙げた『 ドリーム 』も当初は『 ドリーム 私たちのアポロ計画 』という、イメージ先行かつ史実無視の酷いものだったし、効果間近の『 ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画 』も、崖っぷち~の部分は不要だ。映画の宣伝会社や配給会社はもっと日本の映画ファン、さらには日本語話者の国語力を信頼すべきだ。

 

総評

典型的な a rainy day DVDだろう。純粋な娯楽映画で、ここから何かメッセージを受け取ろうなどと思ってはダメ。観終わってから「いやあ、片田舎の人間関係って怖いね」と呟いて、一か月後にはすべて忘れてしまう。そのぐらいのスタンスで観賞すべきだろう。オクタビア・スペンサーのちょっと怖い演技を堪能して、ダイアナ・シルヴァーズで目の保養をする映画だと割り切るべし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Ma

「母」の意味。呼びかけで使う。Mama, Mommy, Momなどがあるが、Maという単純な呼びかけも結構使われる。テレビドラマ『 リゾーリ&アイルズ ヒロインたちの捜査線 』でも主人公のジェーンは自分の母親を常に“Ma”と呼んでいた。ちなみにmamaというのは、哺乳類=mammalや乳房X線撮影=mammographyと起源を一にする語である。母とは乳なのだ。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アメリカ, オクタビア・スペンサー, サスペンス, スリラー, ダイアナ・シルヴァーズ, 監督:テイト・テイラーLeave a Comment on 『 マー サイコパスの狂気の地下室 』 -邦題担当者は切腹せよ-

『 アンダードッグ 二人の男 』 -とにかく鉄拳、やっぱり鉄拳-

Posted on 2020年12月14日 by cool-jupiter

アンダードッグ 二人の男 55点
2020年12月13日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ミンホ マ・ドンソク キム・ジェヨン チョン・ダウン
監督:イ・ソンテ

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『 アンダードッグ 』が個人的には少々消化不良気味だったため、ストーリーやキャラクターについてあまり深く考える必要のなさそうな本作を近所のTSUTAYAでセレクト。とにかくマ・ドンソクと来れば鉄拳なのである。

 

あらすじ

バイクや車の窃盗、万引き品の違法転売をしながらストリートで生きるジニル(ミンホ)たちは、バイクの転売に失敗、無一文になる。ジニルの恋人ガヨン(チョン・ダウン)が売春客を取るが、そこに現れたのはカラオケ店経営者のヒョンソク(マ・ドンソク)だった。ジニルたちはヒョンソクのクルマとクレジットカードを盗み出すが、カードの決済情報からすぐにヒョンソクに補足されてしまい・・・

 

ポジティブ・サイド

韓国のストリートというのは容赦の無い世界であると感じる。ストーリーとしては『 ギャングース 』に近い。刑務所上がりの半端者たちが、やはり半端な生き方しかできずに街を彷徨うところなど、韓国も日本も社会のセーフティネットの底が抜けてしまっているところは同じのようである。一方の主人公であるミンホは気の強さはあるもののケンカの腕はそれほどでもなく、頭の回転もそこまで速いほうではない。だが、恋人を一途に守ろうとする気概だけは見上げたもの。売春もしくは美人局の客がその筋の人間だった、あるいは自分の手に負える相手ではなかったというのは『 聖女 Mad Sister 』でもお馴染みの展開。ミンホがマ・ドンソクと対峙する場面では格の違いを見せつけられているのだが、ここで相手に向かっていけるのは男の証明だ。

 

そのジニルの追撃者、ソンフンを演じたキム・ジェヨンの凄みよ。モデル上がりの俳優らしいが、これは間違いなく兵役経験者、あるいはテコンドーやボクシングの心得がある。暴力シーンが生々しい。パンチの放ち方が素人ではない。そして狂人そのものの目つき。ジニルらを追いかける目つき、仲間に半笑いで謝罪を要求する時の目つきなど、クスリをやっている人間のそれとしか思えない。『 アジョシ 』の噛みつき攻撃にも驚嘆したが、本作でソンフンは禁断のサッカーボールキックを披露。こんなのは『 デッドプール 』ぐらいでしか見たことがない。演技者としてのキャリアは浅いようだが、それでもこれだけの演技を見せるのは本人の才能と努力か、それとも監督の演出力か。イってしまった目のソンフンと『 息もできない 』のサンフンの対決を、個人的に見てみたい。

 

マ・ドンソクもいつも通りの剛腕キャラなのだが、家族、特に娘という明確な弱点を持つことで、ガキンチョたちとある意味で対等の地点に引きずり下ろされてしまう。それによって本来の力関係ならば生まれることのないスリルやサスペンスが生まれている。表社会と裏社会のちょうど中間に生きるような存在で、冷酷無比に見えて、実は血も涙もあるタイプ。こういうキャラクターは確かにマブリーの得意とするところなのだろう。

 

ジニルたち、マ・ドンソク、そしてソンフンの三つ巴の争いがラストに収れんしていくプロセスは非常にスピーディーだ。クライムドラマとしても見応えがある。頭を空っぽにして90分鑑賞できる作品である。

 

ネガティブ・サイド

クライマックスの展開があまりにも衝撃的すぎて、これは減点対象である。普通に最後はヒョンソクがミンホにもサンフンにも鉄拳制裁し、サンフンは刑務所に送り返し、ミンホとガヨンはヒョンソクのカラオケ店で死ぬまで働く・・・ではダメだったのだろうか。このエンディングは、最後の最後に監督がすべてを放り出したかのように映る。

 

警察が無能というのは韓国映画の鉄則だが、それでもジニル4人組をここまで放置というか、犯罪をさせておくだろうか。4人組でつるんでいる窃盗団など、すぐに捕まりそうなものだが。まあ、韓国映画の警察にツッコミを入れるのは野暮というものか。邦画の警察とは違うのだ(邦画の警察も、最近ちょっと怪しくなってきているが)。

 

ジニルの実父の遺産のエピソードは不要。完全にノイズだった。マ・ドンソクがカードと車を取り返しにやって来た時に「育ててくれた叔父さんを裏切るとは」という内容をアリバイ作りに喋っていた内容が伏線になっていたのは感心するが、ならば本当にジニルが叔父さんを裏切ったエピソードを臭わせるべきだった。ジニルがstreet smartなバッド・ボーイでないと、他の仲間たちとの連帯感の説明がつかなくなる。

 

そのジニルの仲間のボンギルに、見せ場が一つもないとはこれいかに。「ここでアイツに礼を言わないと一生後悔しそうだ」と格好いいセリフで出陣しながら、ソンフンに文字通りに一蹴されるとは・・・ 同じことはボンギルの彼女のミンギョンにも当てはまる。

 

総評

『 スタートアップ! 』からコメディ要素を抜いて、『 悪人伝 』の三つ巴の争い要素をプラスしたような作品である。面白さとしては『 スタートアップ! 』 < 本作 <『 悪人伝 』である。別にマ・ドンソクでなくともよかったのではないかと思う(キム・ユンソクやチェ・ミンシクが良かったというような意味ではない、念のため)。これも典型的なrainy day DVDだろう。自粛を強制されそうな週末もしくは長期休暇時のお供にするのがよいかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

イーセッキ

『 スタートアップ! 』でも何十回と聞こえてきたが、本作でも同じくらい聞こえてくる表現。意味は「この野郎」。北野武映画を韓国語に訳した時にも、イーセッキが何十回と字幕もしくは吹き替えで使われるのだろう。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, キム・ジェヨン, クライムドラマ, チョン・ダウン, マ・ドンソク, ミンホ, 監督:イ・ソンテ, 配給会社:マクザム, 韓国Leave a Comment on 『 アンダードッグ 二人の男 』 -とにかく鉄拳、やっぱり鉄拳-

『 シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい! 』 -軽妙洒脱なフレンチ・コメディ-

Posted on 2020年11月17日2022年9月19日 by cool-jupiter

シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい! 75点
2020年11月14日 テアトル梅田にて鑑賞
出演:トマ・ソリベレ
監督:アレクシス・ミシャリク

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『 シラノ恋愛操作団 』という佳作があったが、戯曲『 シラノ・ド・ベルジュラック 』はいつの時代、どの地域でも、男性の共感を得るだろう。その戯曲の舞台化の舞台裏を映画にしたのが本作である。

 

あらすじ

エドモン・ロスタン(トマ・ソリベレ)に大物俳優クランの主演舞台の脚本を書く仕事が舞い込んできた。だが決まっているのは「シラノ・ド・ベルジュラック」というタイトルだけ。そんな中、エドモンは親友レオの恋の相手とレオの代わりに文通することに。そのことに触発されたエドモンは次第に脚本の執筆にも興が乗っていくが・・・

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ポジティブ・サイド

『 コレット 』と同じくベル・エポック華やかなりし時代である。舞台となったパリの街並みが美しい。街並みだけでなく、家屋や劇場の調度品も、その細部に至るまでが絢爛なフランス文化を表している。まさにスクリーンを通じてタイムトラベルした気分を味わえる。

 

主役のエドモンを演じたトマ・ソリベレがコメディアンとして良い味を出している。特に、周囲の事物をヒントにしてコクランの指定する文体で物語の内容を即興で諳んじていく様は、そのテンポの軽やかさと文章の美しさや雄渾さ、そしてユーモアと相まって、非常にエンタメ色あふれるシークエンスになっている。

 

同じく、親友のレオに成り代わって即興でジャンヌと言葉を交わし合うシーンでもエドモンが才気煥発、女心はこうやって掴めというお手本のように言葉を紡いでいく。このあたりはイタリア人の領域だと勝手に思っていたが、フランス人男性の詩想もどうしてなかなか優れているではないか。

 

現実世界でのエドモンの影武者的な活躍が、エドモンの手掛ける舞台劇に投影されていくところにメタ的な面白さがあり、さらにその過程を映画にしているところがメタメタ的である。エドモンが実際に生きた時代と地域を歴史に忠実に再現してみせる大道具や小道具、衣装やメイクアップアーティストの仕事のおかげで、シラノが先なのかエドモンが先なのかという、ある意味でメタメタメタな構造をも備えた物語になっている。

 

さらに劇中の現実世界=エドモンが代理文通を行っていることが、エドモンの家庭の不和を呼びかねない事態にもなり、コメディなのにシリアス、シリアスなのにコメディという不条理なおかしみが生まれている。そう、エドモンがコクランの無茶ぶりに必死に答えるのも、エドモンがレオの恋慕をアシストするのも、エドモンが妻にあらぬ疑いをかけられるのも、すべては不条理なおかしみを生むためなのだ。

 

主人公たるシラノも、レオナルド・ダ・ヴィンチを思い起こさせる万能の天才でありながら、その醜い鼻のためにコンプレックスを抱くという不条理に見舞われている。しかし、それこそが本作のテーマなのだ。本作に登場する人物は、皆どこかしらに足りないものを抱え、それを埋めるために奔走している。それが劇を作り上げるという情熱に昇華されていくことで、とてつもないエネルギーが生まれている。

 

テレビドラマの『 ER緊急救命室 』で多用されたカメラワークを存分に採用。劇場内の人物をじっくりを追い、ズームインしズームアウトし、周囲を回り、そして他の人物にフォーカスを移していく。まさに舞台上の群像劇を目で追うかのようで、実に楽しい。随所でクスクスと笑わせて、ラストにほろりとさせられて、エンドロールでほうほうと唸らされる。そんなフランス発の歴史コメディの良作である。

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ネガティブ・サイド

マリアをあそこまで文字通りに奈落の底に突き落とす必要があったのだろうか。この瞬間だけは正直なところ笑えなかった。

 

またジャンヌをめぐってエドモンとレオの仲がギクシャクしてしまう瞬間が訪れるが、元はと言えばその元凶はレオその人の発した何気ない一言ではないか。不条理がテーマの本作とは言え、ここだけは得心しがたかった。ここで懊悩すべきはエドモンではなくレオその人ではないのだろうか。

 

リュミエール兄弟の映画発明と同時期なのだから、もっと「活動写真」の黎明期の熱を描写してほしかったと思う。その上で、舞台の持つ可能性や映画との差異をもっと強調する演出を全編に施して欲しかった。コロナ禍において、映画は映画館で観るものから、自宅のテレビやポータブルなデバイスで観るものに変わりゆく可能性がある。古い芸術の表現形態が新しい技術に取って代わられようとする中での物語という面を強調すれば、もっと現代の映画人や映画ファンに勇気やサジェスチョンを与えられる作品になったはずだ(こんなパンデミックなど誰にも予想はできなかったので、完全に無いものねだりの要望であはあるのだが)。

 

総評

戯曲『 シラノ・ド・ベルジュラック 』のあらすじはある程度知っておくべし。それだけで鑑賞OKである。ハリウッド的な計算ずくで作られた映画でもなく、韓国的な情け容赦ないドラマでもない、とてもフランスらしい豪華絢爛にして軽妙洒脱な一作である。エンドクレジットでも席を立たないように。フランスで、そして世界で最もたくさん演じられた劇であるということを実感させてくれるエンドロールで、『 ファヒム パリが見た奇跡 』のジェラール・ドパルデューの雄姿も見られる。

 

Jovian先生のワンポイントフランス語レッスン

Non merci

英語にすれば、“No, thank you.”、つまり「いえいえ、結構です」の意である。Oui merci = Yes, thank you.もセットで覚えておけば、フランス旅行中に役立つだろう。別に言葉が通じなくても、相手のちょっとしたサービスや気遣いに対して、簡単な言葉で返していくことも実際にはよくあることだ。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, コメディ, トマ・ソリベレ, フランス, ベルギー, 歴史, 監督:アレクシス・ミシャリク, 配給会社:キノフィルムズ, 配給会社:東京テアトルLeave a Comment on 『 シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい! 』 -軽妙洒脱なフレンチ・コメディ-

『 スタートアップ! 』 - 韓流・腕力コメディ-

Posted on 2020年10月25日2022年9月16日 by cool-jupiter

スタートアップ! 55点
2020年10月24日 シネマート心斎橋にて鑑賞
出演:マ・ドンソク パク・ジョンミン チョン・へイン ヨム・ジョンア
監督:チェ・ジョンヨル

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序盤はコメディ色が強めだが、終盤はやはり腕力で全てを解決売る展開に。ある意味予想通りの作りである。シネマート心斎橋は9割以上の入り。『 鬼滅の刃 無限列車編 』も熱いが、韓国映画、そしてマ・ドンソクも固定客をガッチリと掴んでいる印象。

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あらすじ

テギル(パク・ジョンミン)とサンピル(チョン・へイン)の悪童連は、大学にも予備校にも行かず自堕落な日々を過ごしていた。サンピルはカネを稼ぐために就職するが、そこはヤクザの高利貸しだった。一方のテギルも地元を飛び出し、偶然に立ち寄った中華料理屋で異彩を放つ料理人、コソク(マ・ドンソク)に出会うが・・・

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ポジティブ・サイド

しょっぱなから主人公のテギルが殴られまくる。まずはヨム・ジョンア演じる母親からビンタを食らいKOされる。そして、謎の赤髪サングラス女子にもボディーブローでKOされる。極め付きは住み込みバイトをすることになった中華料理屋でもマ・ドンソク演じるコソク兄貴にもKOされる。いったいどこまで殴られるんだ?さらにこいつはどれだけ打たれ強いんだ?と、笑ってしまうほどに思わされる。しかし、住み込み初日明けの朝、逃げ出そうとするテギルにコソク兄貴が、拳ではなく言葉で語ってくる。それによって、殴られるよりも効いてしまうテギル。負け惜しみで「逃げるんじゃねえ。ウンコに行くだけだ」と言うのだが、このセリフが終盤のちょっとした伏線になっているのはお見事。

 

このテギルとコソク兄貴の関係を軸に、多種多様な人間関係が描かれていくが、実は彼ら彼女らは皆、社会のメインストリームから外れた者たちである。つまり、本作は「連帯」を描いているわけだ。社会の一隅には、こんな人たちがいる。しかも健気に生きている。そこにヤクザ者や半グレ集団が絡んできて、そしてそのヤクザ者の中に旧知の間柄の人物が・・・という、ある意味では陳腐な物語ではある。だが、非常に示唆的だなと感じたのは、弱い立場の人間を虐げる者の中にも、実は弱い人間がいるということ。誰も初めから弱者を虐げ搾取しようなどとは思わない。ヤクザの高利貸しがドスを効かせて言う「どんな仕事も長く続ければ、それが天職になるんだ」というセリフには、そうしたヤクザ者たちも最初はその仕事を嫌がっていたということが仄めかされている。

 

なんだかんだで最後はマブリーが腕力と胆力で解決するわけだが、テギルとサンピルの悪ガキコンビの成長も併せてしっかり描かれている。また、それを見守る中華料理屋のオーナーの渋みと深みよ。この人、『 エクストリーム・ジョブ 』のチキン店オーナーだったり、『 暗数殺人 』のマス隊長だったりと、見守る役を演じさせると天下一品だなと感じる。日本で言えば『 風の電話 』の三浦友和の雰囲気に通じる。陳腐な人間ドラマではあるが、感じ入るものがある。マ・ドンソクのファンなら観ておきたい。

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ネガティブ・サイド

テギルとサンピルのキャスティングは、逆の方が良かったのでは?これはJovianの嫁さんも同感だったようである。イケメンが反抗期で、ケンカの腕もたいしたことないのに、ところかまわず生意気盛りにケンカを売って殴られまくる方がより笑えるように思う。絵的にも、生傷が絶えない金髪テギルの方が借金取りに似合っている。というか、この男、DNA的に菅田将暉と遠い共通のご先祖様を持っている・・・???

 

テギルの母が元バレーボール選手という設定もあまり活きていない。ビンタよりも脳天唐竹割りの方がバレーのスパイクと似ているし、絵的にも笑えるのではないかと思うが、いかがだろうか。

 

個人的にはマ・ドンソクのおかっぱ頭にはそれほど笑えなかった(TWICE好きでノリノリで踊るには笑ったが)。いかつい風体の男が、目を開けて寝たり、中華鍋を華麗に振るったりするだけで十分にギャップがある、つまり面白い。おかっぱ頭はビジュアル的にはインパクトがあるが、それなしで勝負することも十分にできたと思うのだが。結局、最後はいつものマ・ドンソクに戻るわけだし。

 

社会的弱者の連帯を謳った本作であるが、未解決の問題も数多く残されたままストーリーは完結する。もっと荒っぽくてもよいので、無理やりにでも大団円にできなかったか。一部の問題は、まるで最初から存在しなかったかのようですらある。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20201025204156j:plain
 

総評

序盤のギャグには面白いものとつまらないものが混在している。『 エクストリーム・ジョブ 』は劇場内のあちこちから「ワハハ」という声が聞こえてきたが、本作はそこまでではない。ちょこちょこ「クスクス」という笑いが漏れてくる程度だった。もっと振り切った笑いを追求できたはずだし、あるいはもっと容赦の無いバイオレンス描写も追求できたのではないか。マ・ドンソクの魅力やカリスマに頼りすぎた作品という感じがする。ファンなら観ておくべきだが、コメディ要素を期待しすぎると少々拍子抜けするかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

イーセッキ

『 サスペクト 哀しき容疑者 』でも紹介した表現。意味は「てめえ、この野郎」ぐらいだろうか。本作でも何十回と聞こえてくる。邦画でここまで罵り言葉を連発するのは北野武映画くらいか。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, コメディ, チョン・へイン, パク・ジョンミン, マ・ドンソク, ヨム・ジョンア, 監督:チェ・ジョンヨル, 配給会社:クロックワークス, 韓国Leave a Comment on 『 スタートアップ! 』 - 韓流・腕力コメディ-

『 22ジャンプストリート 』 -シュミット&ジェンコよ、永遠なれ-

Posted on 2020年10月17日 by cool-jupiter

22ジャンプストリート 60点
2020年10月13日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ジョナ・ヒル チャニング・テイタム
監督:フィル・ロード クリストファー・ミラー

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『 21ジャンプストリート 』の続編にして完結編。前作と比較すれば若干パワーダウンしているが、暇つぶしに観る分には全く問題ない。監督としてのジョナ・ヒルはまだまだこれから花開いていくのだろうが、俳優としてのジョナ・ヒルの真価はコミック・リリーフであることだ。

 

あらすじ

ジェンコ(チャニング・テイタム)とシュミット(ジョナ・ヒル)の凸凹コンビが、麻薬捜査のために今度は大学に潜入する。売人と思しき男を見つけ、供給元を探り当てるミッションのはずが、ジェンコがフットボールの才能を開花させてしまい・・・

 

ポジティブ・サイド

前作と同じく、古今の映画やドラマをネタにしまくるのは、単純ではあるが、やはり楽しい。メタなネタではチャニング・テイタムが「俺はいつかシークレット・サービスになって大統領を警護するんだ」という不発作『 ホワイトハウス・ダウン 』をジョークの種に使ってしまうところが特に面白い。

 

大学潜入後も基本的のノリは前作と同じ。二人なりに必死に捜査はするものの、いつの間にやら大学生活が楽しくなってしまい、大学に残って人生をやり直そうかなと感じてしまうジェンコは、滑稽ではあるが、観る者の共感を呼ぶ。

 

前作ではロマンス方面で最後までシュミッ行けなかったシュミットも、今作ではいきなり美女とベッドイン。確かにアメリカの大学の寮には、こういうノリがある。その相手の美女の正体というか、とあるキャラクターとの関係が判明した瞬間には、文字通りの意味で時が止まったかのように感じた。『 スパイダーマン ホームカミング 』によく似た構図があって、その時も肝をつぶしたものだが、この元ネタは本作だったのかもしれない。色んな映画をネタにしている本作がネタにされるというのも、それはそれで愉快ではないか。

 

警察官としての捜査もそれなりに見応えがあるし、中盤のコペルニクス的転回も悪くない。終盤は『 スプリング・ブレイカーズ 』的なビジュアルとストーリーで眼福である。ジョナ・ヒル演じるシュミットのラスボスとの格闘シーンは意味不明すぎるバトルで、笑ってしまった。クライマックスもコメディ映画ならではの力業で、謎のカタルシスをもたらしてくれる。なによりもエンディングが秀逸だ。前作でも続編を予感させる終わり方だったが、続編たる本作はまさに完結編。完璧なまでのクロージングである。

 

ネガティブ・サイド

前作では、高校時代に不遇をかこったシュミットがどちらかというと主役だったが、今作ではジェンコが青春(というか高校潜入捜査)を取り戻そうとするところに違和感を覚えた。前作で仲良くなったナード連中が登場したから、余計にそう思う。

 

シュミットがそうしたジェンコに愛想を尽かしそうになってしまうのもどうかと思う。パートナーはパートナー、友人は友人と割り切ることができる大人のはずだ。特に警察官や軍人などはそうだろう。いけ好かない相手であってもミッションとなれば協力するものだ。ならば、自分の相棒が多少誰かと親しくなっても、それも職務上のことだと割り切るべきだ。このあたりの二人の仲の微妙な揺れ動きに説得力がなかった。

 

エンディングの続編ネタの連続スキットはこの上なく楽しめたが、最後の最後のシーンは蛇足だった。

 

総評

ジョナ・ヒルかチャニング・テイタムのファンであれば前作と併せて鑑賞しよう。『 レディ・プレイヤー1  』には劣るが、古今の映画へのオマージュやネタに満ち溢れていて、クスリとさせられる場面からゲラゲラ笑えるシーンまである。バディものとしての面白さも健在。コメディ好きならレンタルもしくは配信で視聴する価値は十分にある作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

two peas in a pod

直訳すれば「一つのさやの中の二つのえんどう豆」で、意味は「瓜二つ」または時に「絶妙のコンビ」、「一心同体」のような意味で使われることもある。劇中ではズークとジェンコのアメフトコンビ二人を指して、実況が“These two guys are peas in a pod.”のような言い方をしていた。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アメリカ, コメディ, ジョナ・ヒル, チャニング・テイタム, 監督:クリストファー・ミラー, 監督:フィル・ロードLeave a Comment on 『 22ジャンプストリート 』 -シュミット&ジェンコよ、永遠なれ-

『 82年生まれ、キム・ジヨン 』 -男性よ、まずは自分自身から変わろう-

Posted on 2020年10月13日2022年9月16日 by cool-jupiter

82年生まれ、キム・ジヨン 80点
2020年10月9日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:チョン・ユミ コン・ユ チョン・ドヨン
監督:キム・ドヨン

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大学の同級生たちがFacebookで原作書籍をベタ褒めしていたことから興味を持っていた。本当は本を読んでから劇場に向かうべきだったのだろうが、色々あってそれもかなわず。封切初日のブルク7のレイトショーは75%ほどの入り。その8割以上は仕事帰りと思しき20代と30代の女性たち。この客の入りと客層だけで、本作の持つ力が分かる。

 

あらすじ

ソウルの専業主婦のジヨン(チョン・ユミ)は家事に育児に忙殺されている。ある正月、夫の実家で過ごしている時に、ジヨンは憑依状態になってしまった。夫デヒュン(コン・ユ)は妻の身を案じて、心療内科への通院をそれとなく勧めてみるが・・・

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ポジティブ・サイド

これが韓国の1990年代から2010年代の韓国の空気なのか。まるで故・栗本薫(中島梓)が『 タナトスの子供たち 過剰適応の生態学 』で喝破したように、女性は長じるに及んでアイデンティティを喪失していく。すなわち、「〇〇さんの奥さん」や「□□くんのお母さん」として認識されるようになる。日本人の栗本の1990年代の論考が、そのまま同時代から現代の韓国社会に当てはまることに驚かされる。自分というものを「誰かにとっての誰か」として認識せざるを得ない状況で、ジヨンが自分を「母の娘」であると認識するのは畢竟、自然なことだろう。序盤の夫の実家のシーンで統合失調的な症状を呈するジヨンの姿に、自分の母や叔母の姿を想起する男性は(劇場には少なかったが)きっと大いに違いない。なぜ夫の実家であるのに、赤の他人のはずの嫁がそこで率先して働くのか、疑問に思った人は多いだろう。Jovianも中学生ぐらいの頃にふと気が付いた。あまりにも当たり前のことが、実は当たり前でも何でもないのだ。

 

メインの登場人物に誰一人として明確な悪人がいないところが、本作を複雑かつリアルなものにしている。誰もジヨンを意図的に攻撃もしないし抑圧もしない。ただ、本人の思う価値観を出しているだけに過ぎない。痴漢に遭いそうになったことを指して「スカートの丈が短いのが悪い」というのは、確かにそういう面もあるのだろうとは思う。だが一方で、なぜスカートという形態の衣料品を女性は身に着けるのか。スカートだけではない。エプロンもそうだし、化粧もそうだ。極論すれば、マタニティ・ドレスすらもそうなのだ。特定の個人に抑圧者や差別主義者はいない。しかし、社会というシステムにそうした構造が抗いようもなく組み込まれている。ジヨンは個人としての生き方と社会的な役割の間のジレンマに引き裂かれる現代人(その多くは女性)の代表者なのだ。

 

一方で、現代の男性(夫、そして父親)を体現しているのはコン・ユ。『 トガニ 幼き瞳の告発 』、『 新感染 ファイナル・エクスプレス 』でもチョン・ユミと共演したが、今回はついに夫婦役。このデヒュン、実に良い男で育児も積極的に手伝ってくれるし、妻を気遣う言動も忘れない。ああ、俺もこういう風にならなきゃいけないな・・・と思わせてくれる。それが罠である。どこがどう罠であるかは、ぜひその目で確かめて頂きたいと思う。一点だけ事前に念頭に置いておくとよいのは病院の待合室の光景。もし想像できないのなら、ぜひ大きな病院の待合スペースを覗いてきてほしい。女性は一人で受診しているが、男性はかなりの確率で伴侶と一緒である。これは日本も韓国も同じなようである。

 

それにしても韓国映画は母の愛を実に力強く描く。『 母なる証明 』は別格(というかジャンル違い)としても、母親も祖母の娘で、祖母も曾祖母の娘という視点は、当たり前であるが、新鮮だった。我々は安易に「母は強し」などと言うが、母とはその人間の全属性ではない。母とは妻でもあり、娘でもあり、それ以上に一個人なのだ。本作でもチーム長やジヨンの同僚など、女性たちの置かれている社会的な抑圧構造が詳細に映し出される。女性を女性性という記号でしか認識できないアホな男がいっぱい存在する中で、女性たちは実に個性豊かなバックグラウンドを持っていることがエネルギッシュに開陳される。そうした一連のストーリーを消化したうえで、ジヨンが職務に復帰するのを断念するシーンの悲壮さが観る者の胸に穴を開ける。そうか、これが女性の背負わされるジレンマなのか・・・と、我々アホな男はようやく気が付くのである。

 

本作は各シーンの隅々にまで神経が行き届いている。街中のちょっとした看板や、すれ違う人、景色の遠くぼやけて映る人影までもが、明確な意味を有している。特に、終盤にジヨンが路上でベビーカーを押すシーンの遠景に、もう一人ベビーカーを押す女性がぼんやりと見えている。そう、ジヨンはこの社会の至るところにいるのである。いきなり社会変革などする必要はない。アジアの文化の大親分の中国は儒教という抑圧的な道徳を生み出した。だが、その経典の一つに「修身斉家治国平天下」という遠大なる処世訓がある。まずは自分自身をしっかりしろ、そして家族で家のことを整えよ、そうすれば国が治まって、世界も平和になるということだ。社会や国家はそうそう変わらない。そのことは物語終盤で明確に主張される。だが、自分自身や家族は良い方向に変えられる。まずは「隗より始めよ」である。

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ネガティブ・サイド

ジヨンの弟も父親も、作劇的には非常に良いキャラである。つまり、悪いという意識がなく誰かを追い詰め、時に傷つけている。そうした二人が話し合うシーンが欲しかったと思う。男同士で、娘そして姉に対してどのように思い、どのように接してきたのか、あるいは接してこなかったのかを語らうシーンが欲しかった。実際に言葉を交わさなくてもよいのだ。なんらかの自省につながる話をしているのだと、観る側に感じさせる一瞬の演出だけでもよかったのだが。

 

ジヨンの憑依現象の第2番目に登場する人格は不要だったのでは?ジヨンに憑依してくる人格は常に誰かの母であった方が一貫性もあったし、その方が逆に怖さも際立ったものと思う。

 

総評

女性の生きづらさや息苦しさ、社会的・心理的な抑圧の構造をこれほど鮮やかに描き出した作品は稀ではないか。本作を観て、「俺も反省せねば」と思う韓国人男性は多いだろうし、それは日本人でも同じだろう。いや、「女の敵は女」を地で行くような国家議員数名が今も跋扈しているだけ、本邦の方が事態は深刻かもしれない。このご時世に劇場にやって来た多くの女性客、そして不自然なぐらいに少ないと感じた男性客の比率に、問題の根はより深く広く根付いているかもしれないと感じ取るのはJovianだけではないはず。芸術的な面では『 はちどり 』に譲るが、社会的なメッセージ性では本作が少し上だろう。男性諸賢、本作を劇場鑑賞すべし。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

オッパ

ジヨンが夫デヒュンに呼びかける際に使う表現。意味は「お兄さん」だが、血がつながっていなくても、親しい年上の男性に使うらしい。『 悪人伝 』では男同士の呼びかけにヒョンが使われていたが、オッパは女性→男性で使われるようである。何語であれ、語学学習は背景情報のリサーチと学習とセットで行いたい。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, コン・ユ, チョン・ドヨン, チョン・ユミ, ヒューマンドラマ, 監督:キム・ドヨン, 配給会社:クロックワークス, 韓国Leave a Comment on 『 82年生まれ、キム・ジヨン 』 -男性よ、まずは自分自身から変わろう-

『 21ジャンプストリート 』 -にせもの高校生のダイ・ハード潜入捜査-

Posted on 2020年10月11日 by cool-jupiter

21ジャンプストリート 65点
2020年10月7日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ジョナ・ヒル チャニング・テイタム ブリー・ラーソン ロブ・リグル
監督:フィル・ロード クリストファー・ミラー

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『 mid90s ミッドナインティーズ 』がかなりビターな味わいだったので、ジョナ・ヒルの持ち味であるユーモアを堪能すべく近所のTSUTAYAでレンタル。荒唐無稽なストーリーでありながら、上質のヒューマンドラマでもあった。

 

あらすじ

日陰で高校時代を過ごしたシュミット(ジョナ・ヒル)と学校の人気者だったジェンコ(チャニング・テイタム)は、ともに警察官になっていた。二人は「見た目が若い」という理由で、新種の麻薬がはびこっていると噂される高校に、高校生として潜入し、捜査しろとのお達しを受けて・・・

 

ポジティブ・サイド

よくもまあアホな設定を思いつくものだと思うが、何と元々はテレビドラマらしい。そのドラマが出世作となった大俳優が、チョイ役で出てくるのはそういうことか。出演者も無駄に豪華で、張り切ってB級映画を作ってやるぜという俳優陣および裏方の心の声が聞こえてきそうである。

 

冴えない青春を送ったシュミットが思わぬ形で高校という生態系に受容され適応されていく様は、ベタではあるが爽快である。一方で、日なたの青春時代を過ごしたジェンコが、空気の読めないちょっとアブナイ男かつナードとして認識されるのも痛快だ。もちろん麻薬犯罪を捜査するための警察官として高校に通っているわけだが、主役二人の今と昔の光と影のコントラストが、互いをバディとして認識するようになる流れを際立たせている。フィル・ロードとクリストファー・ミラーの二人の監督はなかなかの手練れである。

 

かといってシリアスに傾きすぎるわけでもない。ひょんなことから麻薬の売人高校生にコンタクトされたのは、シュミットとジェンコの振る舞いがあまりにもアホすぎて、「こいつらが警察なわけがない」と思ってもらえたからこそ。いったい何をやったのか。それは本編をどうぞ。彼ら自身が新種の麻薬でラリってしまうシーンは結構面白い。彼らの上司がこれを見たら、きっと頭を抱えたことだろう。

 

麻薬組織との対決はスリリングである。意外性のある人物が黒幕だったり、絶体絶命の状況からの思わぬ援軍の登場だったりと、観る側を飽きさせない。そしてクライマックスのカーチェイスとオチ。笑っていいのか悪いのか分からないが、とにかく天網恢恢疎にして漏らさず、この世に悪が栄えた試しなし。『 デンジャラス・バディ 』のようなコメディ・タッチのバディものが好きな人にお勧めしたい。

 

ネガティブ・サイド

警察であることを隠し通すのが至上命題であるのに、銃を渡された瞬間に空き缶や空き瓶に次々と命中させていくのは、ギャグにしてもお粗末ではないか。「こいつらは絶対に警官じゃない」と確信してくれた売人を、わざわざ訝しがらせるような行動をとってどうする?そして、売人も感心している場合か。相手は下手したら警官、もしかすると銃の密売人またはギャングの可能性まであるというのに・・・

 

ジェンコが化学ナードたちから得た知識を使って終盤のカーチェイスと銃撃戦で活躍するが、他のクルマや通行人もいる街中であれをやるか?アクション最優先で、コメディ要素を忘れてしまっている。やるなら、もっと茶化した感じの銃撃戦するべきだった。

 

細かいところだが、ミランダ警告ができない警官などいるのか?初逮捕劇を台無しにしてしまう大失態で、面白いと言えば面白いのだが、これは警察をさすがに茶化し過ぎているように思う。やるなら韓国映画のように、とことん警察をカリカチュアライズすべきだろう。

 

総評

ジョナ・ヒルの本領は、やはりこうしたコミカルなストーリーでこそ発揮される。肉体派のチャニング・テイタムが、筋肉や運動神経よりも頭を使う展開は、意外性もあって悪くない。だが、テイタムはやはりそのathleticismで勝負すべきだ。続編も見てみよう。きっと上質のa rainy day DVDに違いない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

take a dump

ジェンコが試験を抜け出す時に“Can I go take a dump?”と言う。意味は「ウンコに行っていいですか?」である。ダンプカー(dump car)が積み荷をドサッと降ろすところを想像すれば、take a dump が何かをドサッと降ろす行為をするのだな、と感じられるだろう。take a leak = おしっこすると合わせて覚えよう。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アメリカ, コメディ, ジョナ・ヒル, チャニング・テイタム, ブリー・ラーソン, ロブ・リグル, 監督:クリストファー・ミラー, 監督:フィル・ロードLeave a Comment on 『 21ジャンプストリート 』 -にせもの高校生のダイ・ハード潜入捜査-

『 フェアウェル 』 -生者必滅、会者定離-

Posted on 2020年10月4日2022年9月16日 by cool-jupiter
『 フェアウェル 』 -生者必滅、会者定離-

フェアウェル 75点
2020年10月2日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:オークワフィナ
監督:ルル・ワン

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『 オーシャンズ8 』や『 クレイジー・リッチ! 』などで存在感を発揮したオークワフィナの主演作。設定は陳腐だが、キャラクターの造形と文化背景の描写の巧みさで、良作に仕上がっている。

 

あらすじ

ニューヨークに暮らすビリー(オークワフィナ)は、中国の祖母ナイナイが末期がんで余命3か月と知らされる。親戚一同は最後に彼女と出会うためにビリーのいとこのフェイクの結婚披露宴を画策する。告知すべきと信じるビリーだが、中国には治らない病気については本人に告げないという伝統があるため、親族は反対する。そんな中、ビリー達とナイナイの最後に過ごす数日が始まり・・・

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ポジティブ・サイド

Based on an actual lie = 本当にあった嘘に基づく、というスーパーインポーズから始まるのはなかなか珍しい。普通は、Based on a true story = 実話に基づく、である。なかなか洒落が効いている。

 

いきなり小ネタを挟むが、中国の伝統医学は我々の常識、というよりも西洋医学的な常識とは異なっている。つまり、医者は人々に健康指導をすることで報酬をもらう。なので、人々がなんらかの病気に罹患してしまうと、それは医者としての職務に失敗したとみなされ、報酬を受け取れなくなる。人々がケガや病気になって、それを治療することで謝礼を受け取る西洋的・近代的な医療とは非常に対照的である。そうした予備知識を以って本作を鑑賞すれば、単なる告知問題を超えた、一種の東西文明論により深く入り込んでいけるはずである。

 

本作のテーマは、Is it wrong to tell a lie? =「嘘をつくことは間違っているのか?」である。これはJovianも大学の西洋哲学入門か何かで議論をしたことがあるし、看護学校でも「善行の原則」や「真実の原則」やらで、やはりディベートをしたことがある。個人的な結論は、「時と場合と相手による」である。本作で親族たちがナイナイにつく嘘はセーフなのか、アウトなのか。それは個々人が劇場で確かめるべきだろう。

 

アメリカで学芸員になることを目標にしながらもなかなか夢がかなわないビリーという人物の造形がリアルだ。オークワフィナの愁いを帯びた表情が真に迫っている。移民(実際の彼女はピーター・パーカー/スパイダーマンと同じく生粋のニューヨーカーだが)として、アメリカと中国、どちらにもルーツを持ち、どちらにもルーツを持っていないという背景が、祖母ナイナイとの別離を特別に難しいものにしている。そのことが痛いほどに伝わって来る。

 

その祖母ナイナイの貫禄とコミカルさは、亡くなった祖母を思い起こさせた。孫の結婚式のあれこれに口を出し、家の中での食事ではあれこれと指図し、祖父の墓参りでは「いやいや、なんぼ星になったいうても、平凡な一般人の祖父ちゃんにそこまでの願い事を叶える力はないやろ」と思わせるほどの願い=親族の幸福を祈る様は、まるでうちの母が他の祖母そっくり。東北アジア人というのはそれぞれに全然違う民族のはずだが、文化的・精神風土的な根っこは同じか、極めて近いのだろう。

 

親族の結婚式を前に、親戚が一堂に会して食卓を囲む。そんなシーンの連続であるにもかかわらず、本作にはドラマがある。それはナイナイに確実に忍び寄る病魔と、そのことをほとんど感じさせないナイナイの健啖家ぶりと矍鑠とした立ち居振る舞いのギャップによるものだ。ある意味でディアスポラ=離散家族であるビリーの親族は、皆それぞれに複雑な背景を持っている。だが、共通していることは、ナイナイがいなければ彼ら彼女は誰一人としてこの世に誕生しなかったということである。言葉にできない感情。しかし、それが言葉になる時、人はこのようになるのかというスピーチのシーンには感涙してしまった。また、ビリーが母との言い争いで、祖母に寄せる思いを溢れ出させるシーンには胸がつぶれた。陳腐なドラマであるはずなのに、心が震わされる。本作は観る者の肉親の情の濃さを測るリトマス試験紙のようだ。

 

ネガティブ・サイド

一部の肉親以外のキャラの作り方が粗雑である。ナイナイの同居人の高齢男性は、最後に何か活躍するだろうと思ったが、何もなし。何だったのだ、このキャラは。

 

フェイク結婚披露宴の新婦であるアイコの扱いも酷い。確かに日本人は感情の表出がヘタであるが、感情を出さないからといって感情が無いわけではない。もう少しアイコをhumanizeするためのシーンが必要だったと思う。

 

いくつかのシーンに医学的な矛盾が見られる。まず、序盤でナイナイが受けていたのはMRI検査(音がドンドンガンガンしていた)で、大叔母さんの言う「CT検査」ではない。肺がんであれば、圧倒的にCT適応で、MRI適応ではないはずだ。このことは肺以外への転移を強く示唆している。したがって、・・・おっと、これ以上は言ってはいけないんだった。

 

総評

文化の違いはあれど、人の死、それも身近な人、血のつながりのある人との別れを悼む気持ちは普遍的なものだろう。そうした部分を直視した本作は、洋の東西や時代を問わず、広く観られるべきである。これまではチョイ役でしかなかったオークワフィナの、とてもヒューマンなところが見られる。本作は彼女の代表作にして出世作になることは間違いない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

bid farewell to ~

「~に別れを告げる」の意。かなり格式ばった表現で、カジュアルな話し言葉ではめったに使わない。最近のニュースでは“Microsoft will officially bid farewell to its web browser Internet Explorer 11 in 2021”(マイクロソフト、2021年に自社のウェブブラウザ、インターネット・エクスプローラーに正式に別れを告げる)というものがあった。生まれたからには必ず死ぬし、出会ったものには必ず別れの時が来る。そんな御別れの表現である。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, アメリカ, オークワフィナ, ヒューマンドラマ, 監督:ルル・ワン, 配給会社:ショウゲートLeave a Comment on 『 フェアウェル 』 -生者必滅、会者定離-

『 無職の大卒 』 -この世に役立たずなど存在しない-

Posted on 2020年9月30日2022年9月16日 by cool-jupiter

無職の大卒 70点
2020年9月26日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ダヌシュ サムドラカニ アマラ・ポール
監督:ヴェールラージ

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インディアン・ムービー・ウィークの一作。インドは近年、宗教・神学・哲学問題(『 PK 』)や国境問題(『 バジュランギおじさんと、小さな迷子 』)、さらには教育問題(『 ヒンディー・ミディアム 』)などの分野で優れた作品を送り出してきた。そして本作は就職問題に関する快作であった。

 

あらすじ

大学で土木工学を学んだラグヴァラン(ダヌシュ)は、IT専攻でなかったばかりに、就職に失敗してしまった。日がな一日、家事でもして過ごしていたところへ、隣家に妙齢の美女のいる家族が引っ越してきて・・・

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ポジティブ・サイド

大卒にして無職というのは、ある意味でその国の発達の度合いを測る目安になるのかもしれない。そもそも子どもを大学にやれる経済力が親世代に求められる。一方で、順調に若者を吸収してきた労働市場が飽和状態になりつつある。そのようなインドの現状、そして多くの先進国の一昔前の姿を、本作は如実に映し出す。だが、悲壮感が漂うばかりではない。多くのインド映画はあまりにも強権的、威圧的な家父長制の家族や社会を映すが、本作の親子関係は時にシリアスでありながら、基本的にはコミカルだ。

 

インド映画で工科大学と言えば『 きっと、うまくいく 』が思い出される。エンジニアの卵たちがここぞという場面で本領発揮するシーンには痺れた。本作でもタイトル通りに工科大卒の無職たちが大いに躍動するシーンが収められているが、そこで得られるカタルシスは非常に大きい。これはJovianがいわゆる就職氷河期世代に属するからだろうか。

 

主演のダヌシュは普段の情けなさと、やる時はやる男というギャップがたまらなく魅力的である。父に叱られ、母に甘え、弟に劣等感を抱いているのかと思えば、キレッキレのダンスを披露し、無手勝流のケンカ術でチンピラをコテンパンに叩きのめす。女性は男性のギャップの大きさに惚れるというが、確かにラグヴァランはギャップの塊である。

 

悪役である大企業の社長とそのボンクラ息子が、成長著しいインドという国家の負の面を見事に体現している。見ていて本当に腹が立ってくる嫌味キャラなのだが、それは役者の演技力ゆえか、それとも半沢直樹的な下克上や倍返しを容赦なくやってくれ!と思いたい、観る側の心の在りようゆえか。おそらくその両方だろう。「 万国のプロレタリア団結せよ! 」と叫んだのはマルクスであるが、これを今風に言い換えれば「 万国の大卒無職、団結せよ! 」となるだろうか。ある意味で安心して見ていられる勧善懲悪ものであり、多民族社会を維持するインドらしい結末も用意されている。2014年の映画であるが、古さは全くない。

 

ネガティブ・サイド

一言、脚本が粗い。ヒロインが二人いるのも紛らわしいし、本命であるべきシャーリニとの関係が劇的に進展するわけでもない。そもそも、もう一人のヒロインが生み出される経緯が気に食わない。中盤で唐突に「え・・・?」という展開が待っているが、この事件がご都合主義にしか思えないのだ。ここまでドラマチックな展開を無理やりに作らなくても、もっと現実味のあるサブプロットで、後半~終盤の展開は描けたはずである。

 

シャーリニのバックグラウンドもイマイチはっきりしない。自分の父親の倍以上を稼ぐらしいが、歯科衛生士?それとも歯科医?彼女の職業的背景がはっきりしないので、無職のラグヴァランとの距離感や職を持ったラグヴァランとの関係性が奥深いところでは把握しにくかった。

 

少しだけ残念だったのはエンディング。振り切ったアクションの直後に、どこか唐突に、知り切れトンボな感じで終わってしまう。絢爛豪華な終わり方が観たかったのだが・・・

 

総評

はっきり言ってシーンとシーンのつながりは滅茶苦茶である。しかし、それをインド映画独特のでたらめなパワーで乗り越えている。そこにしっかりとメッセージも込められている。この世に役立たずなど存在しない。もしも誰かが無能だとするなら、それは時代やコミュニティがその者に活躍の機会を与えていないからだ。そのよう感じさせてくれるインド映画の快作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Can you ~ ?

最もスタンダードな英語の依頼表現。劇中では“Can you come here?”という具合に使われていた。Canは可能性や能力があるという意味の助動詞だが、疑問文の場合はほぼ依頼だと思って間違いない。Are you able to ~ ? と Can you ~ ? を使い分けられれば、英会話初心者は卒業である。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, アマラ・ポール, インド, コメディ, サムドラカニ, ダヌシュ, ヒューマンドラマ, 監督:ヴェールラージLeave a Comment on 『 無職の大卒 』 -この世に役立たずなど存在しない-

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