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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: ジョン・デビッド・ワシントン

『 ザ・クリエイター/創造者 』 -イデオロギーではなくテクノロジーを見せろ-

Posted on 2023年10月23日 by cool-jupiter

ザ・クリエイター/創造者 40点
2023年10月22日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ジョン・デビッド・ワシントン マデリン・ユナ・ボイルズ ジェマ・チェン 渡辺謙
監督:ギャレス・エドワーズ

 

AIが現実の仕事や学問に巨大なインパクトを与え始めている中でタイムリーな作品が公開されたと思い、チケット購入。

あらすじ

2055年、LAでAIによる核爆発が勃発。以降、アメリカはAIを排除することを決定。ニューアジア共和国に潜伏する謎のAI開発者ニルマータを捉えるために、潜入捜査官のジョシュア(ジョン・デビッド・ワシントン)は組織の女性マヤ(ジェマ・チャン)に近づき、夫婦となるが・・・

以下、軽微なネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

日本国内でもChatGPTを禁止する大学(上智など)が出てくるなど、大学レベルですらAIに対する対応が割れるのだから、国家となると尚更のはず。中国がGoogleを遮断したりするという実例もある。本作は冒頭からロボットの発達とそこにAIが搭載されて・・・という歴史の if をダイジェストで見せてくれるが、まさに近現代のテクノロジー史の一端を見せられているようで興味深かった。このイントロがあるからこそ、ある意味荒唐無稽もいいところのメインプロットに説得力が生まれている。

 

舞台がアメリカ国外というのも良い。これまでアメリカ映画におけるアメリカ=全世界的な価値観を、本作は踏襲していない。ゾンビ映画でもモンスター・パニックでもパンデミックものでも、アメリカ=世界という等式が成り立つことがほとんどだったが、AIを拒否するアメリカとAIと共存するニューアジア共和国という対比は新鮮だった。

 

こんな感想を抱いたのはごく少数だと思うが、Jovianは途中からジョシュアがモハメド・アリに見えてきた。本作を楽しむ鍵は、ジョシュアにどれだけ感情移入できるかにあると思う。まあ、マイノリティーの意見・感想です。

ネガティブ・サイド

全体的に意外性がない。死んだと思ったヒロインが実は生きていた、というのは開始10分で分かること。要はそこにたどり着くまでの過程を以下に予想外のものにするかにあるのだが、全体的な世界観が『 ターミネーター 』および『 ターミネーター2 』の裏返しだと感じたし、人間側(というかアメリカ人)の感性も『 アイ、ロボット 』そっくり。結局は技術革新の裏で常に進行するラダイト運動のSF版という感じ。ノマドの外観および内部のデザインやレイアウトも『 エリジウム 』や『 スター・ウォーズ ローグ・ワン 』のビジュアルに酷似している。後者の方は監督が同じだからある意味で当然か。最も意外であるべき、ジョシュアが何故ミッションである最終兵器の破壊ではなく保護を選んだのかという理由についても、『 ブレードランナー2049 』が先行している。

 

舞台のニューアジア共和国というのがハッキリしない。我らが渡辺謙が登場し、やたらと日本語も聞こえてくるから日本?景色からしてラオス、カンボジア、ベトナム?ノマドを見ていると、どうもベトナム戦争時の民間人へのナパーム攻撃を想起させる点からして、やっぱりベトナム?だとするとAIは共産主義?そして最終的に勝利を収めるのも共産主義?イデオロギー的な背景など無しに、純粋にテクノロジーを受容するのか、拒絶するのかというストーリーの方がシンプルで、よりエンターテインメント性を追求できたのではないかと思う。

 

ところで・・・21世紀も半分を大きく過ぎているにもかかわらず、ニューアジア共和国は20世紀半ばの東南アジアのように見えるのは何故なのか?AIやロボットと共存している国家の生活水準があんなに低いはずがないと思うのだが。ただギャレス・エドワーズ監督は『 GODZILLA ゴジラ 』でジャンジラなる珍妙な日本を描いた前科があるからなあ・・・ アジアに対して正しい知識やリスペクトを持っていないように感じられて仕方がなかった。

 

総評

面白いのは面白いのだが、全編どこかで見た構図のパッチワーク。渡辺謙のAIロボも、どこか浮いていた。家族や愛の物語で締め括るのは『 インターステラー 』と同じ。壮大な世代交代のストーリーが、えらく小ぢんまりとまとまってしまったという印象。テクノロジーの話ではなくイデオロギーの話なので、鑑賞するかどうかは自分の嗜好をよくよく確かめて検討すること。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

turn the tide 

「流れを変える」の意。劇中では turn the tide of the war = 戦争を逆転させるのように使われていたと記憶している。日常だと

 

He mentioned the critical evidence and turned the tide of the debate.
彼は決定的なエビデンスに言及して、ディベートの流れを変えた。

 

The sales rep turned the tide of the negotiation by offering the client a big discount.
営業担当は顧客に大幅値引きを提供することで交渉の流れを変えた。

 

のように使う。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 オクス駅お化け 』
『 リゾート・バイト 』
『 月 』

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, D Rank, SF, アメリカ, ジェマ・チェン, ジョン・デビッド・ワシントン, マデリン・ユナ・ボイルズ, 渡辺謙, 監督:ギャレス・エドワーズ, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 ザ・クリエイター/創造者 』 -イデオロギーではなくテクノロジーを見せろ-

『 アムステルダム 』 -ファシズムの萌芽を摘めるか-

Posted on 2022年10月30日 by cool-jupiter

アムステルダム 50点
2022年10月29日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:クリスチャン・ベイル ジョン・デビッド・ワシントン マーゴット・ロビー
監督:デビッド・O・ラッセル

アメリカ史の知られざる闇に迫る作品。戦争の時代に逆戻りしつつある現代、思いがけずタイムリーな作品になった。

 

あらすじ

1930年代のニューヨーク。復員兵のバート(クリスチャン・ベイル)とハロルド(ジョン・デビッド・ワシントン)は、軍時代の恩人の死の原因を調べてほしいという依頼を、その恩人の娘から受ける。しかし、その依頼人が殺害され、バートとハロルドが被疑者にされてしまう。二人は身の潔白を晴らそうと奔走するが・・・

ポジティブ・サイド

第一次世界大戦中のベルギーでのバートとハロルドにアメリカらしさ、そしてある意味での現代ロシアらしさも垣間見える。少数派をあからさまに差別し、排除する姿勢が見えるからだ。クリスチャン・ベイルが、本家デ・ニーロの前でデ・ニーロ・アプローチを披露。心身共にボロボロの平氏、復員兵かつ医師を渾身の演技で体現した。カリスマ性ではなく、普通の人間性の持ち主だからこそ、ハロルドや黒人兵士たちも彼と共に従軍できたことがよくよく伝わってくる。看護師であるヴァレリーとの出会いも極めて印象的。兵士の体から摘出した弾丸でアートを作るというのはユニークなのか、それとも戦争のもたらす狂気なのか。

 

彼らがアムステルダムで享受する自由と平和、そしてそこで育む友情が、その後のニューヨークでの不可解な殺人事件につながっているという筋立ては、まさに王道ミステリ的。となれば、ここから先は謎解きとなる。実際にハロルドとバートは様々な伝手をたどり、事件の調査を行い、有力者や協力者にあたっていく。このあたりは非常にテンポが良く、次々と新たな人物が現れ、その人物から新たな事実、新たな人間関係が明らかになっていく。

 

そしてたどり着いた殺人事件の真相。これに説得力を感じるかどうかは人それぞれだろうが、史実だというのなら受け入れるしかない。人間の欲は思想信条や平和な社会体制よりも優先されてしまう。100年近く前のアムステルダムで育まれた友情の意味を、今一度回顧すべき時期に我々は来ている。

ネガティブ・サイド

早い話が、アメリカを全体主義国家にして、戦争でバンバン儲けたいという企業経営者、富裕層による社会変革論を、主人公たちが期せずして暴いていくというストーリー。日本でも「不景気だから、そろそろ戦争でも起こってもらわないと」と発言した経団連参加者がいたと報道されたこともあったが、そういうストーリーだ。なので、一定のリアリティはある。問題は、その目的達成のために取るべき手段があまりにも回りくどいことだ。軍人を担ぐよりも、政治家を担ぐ方が確実だと思うが。また、バートやハロルドを指して「お前たちは常に監視下にある、いつでも殺せる」と脅しておきながら、そうした脅威を実際に感じさせるシーンもわずかしかない。陰謀史観論者から見たもう一方の陰謀史観論的に見えてしまう。あまりにもご都合主義的だ。

 

豪華キャストをそろえた割りにはケミストリーが生まれていない。アニャ・テイラー=ジョイとマーゴット・ロビーの二人には演技対決と呼べるようなシーンはなかったし、いぶし銀のマイケル・シャノン(この人が出ている作品はハズレが少ない)とベイル、ワシントンのコンビの間に何らかの連帯感が生まれるような展開もなかった。シーンとシーンの移り変わりのテンポの良さのために豪華俳優陣を無駄使いしている。

 

総評

『 アメリカン・ハッスル 』同様に、荒唐無稽なプロットにリアリティを与えるデビッド・O・ラッセル監督の持ち味が出ている。ただし、あくまでロシアによるウクライナ侵攻や、中国の習指導体制の強化など、ファシズムの萌芽を世界が目撃しつつある瞬間が味方したことも忘れてはならない。今作は悪があまりにも間抜けすぎて、最後は fizzle out してしまった。ただ、序盤から中盤にかけての展開はミステリアスかつスリリング。キャストも非常に豪華なので、楽しむこと(だけ)はできる。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

wear it well

作中で、ラミ・マレック演じる富豪トム・ヴォーズの言葉。これは直訳すると「それを上手に着ている=着ているものが似合っている」ということだが、もう一つ、「性格や境遇が合っているという意味もある。Rod Stewart がそのものズバリ  “You wear it well” という歌を歌っている。その中で、And I wear it well. = 俺にはそういうのがお似合いなんだよ、という歌詞があるので、興味のある人は聴いてみよう。 

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 窓辺のテーブル 彼女たちの選択 』
『 天間荘の三姉妹 』
『 王立宇宙軍 オネアミスの翼 』

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, D Rank, アメリカ, クリスチャン・ベール, サスペンス, ジョン・デビッド・ワシントン, マーゴット・ロビー, ミステリ, 歴史, 監督:デビッド・O・ラッセル, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 アムステルダム 』 -ファシズムの萌芽を摘めるか-

『 TENET テネット 』 -Blu rayで再鑑賞-

Posted on 2021年9月13日 by cool-jupiter

TENET テネット 80点
2021年8月28日~2021年9月5日にかけてレンタルBlu rayにて複数回鑑賞
出演:ジョン・デビッド・ワシントン ロバート・パティンソン エリザベス・デビッキ ケネス・ブラナー
監督:クリストファー・ノーラン

f:id:Jovian-Cinephile1002:20210913233749j:plain

『 TENET テネット 』の記事にコンスタントに色々な方からコメントを頂戴していて、ずっと再鑑賞を考えていた。忙しいなら忙しいなりに観るしかないと決意して近所のTSUTAYAでレンタル。様々な解説記事や解説動画と合わせて観ては戻り、観ては戻りを繰り返したところ、初回鑑賞時とは全く異なる感想を持つに至った。これは傑作である。

 

あらすじ

男(ジョン・デビッド・ワシントン)はとあるテロ事件鎮圧後、テロリストに捕らえられ拷問を受けていた。隙を見て服毒自殺した彼は、ある組織の元で目覚める。そして、時間を逆行する弾丸を教えられる。未来で生まれた技術のようだが、いつ、誰がどうやって開発したのかは謎。それを探り、第三次世界大戦を防ぐというミッションに男は乗り出すことになり・・・

 

ポジティブ・サイド

映像の迫真性に息を飲むことたびたび。初見時には話の筋を理解することに脳のリソースの結構な割合が費やされていたが、そこを抜きに目だけで鑑賞することで色彩の一貫性やカメラワークの巧みさが光る。決して極彩色にすることなく、全体に非常に金属的な鈍い色のトーンが全編を支配するが、それが時間の順行と逆行というテーマによくマッチする。

 

BGMも派手さはないものの、こちらも金属的な硬質さに満ちている。如何に現代が物質および機械に支配されているかを象徴しているかのようである。こうした映像や音楽の面での硬質さ=ある種の無機質さが通奏低音になっているが故に、未来人が環境の荒廃から絶滅の危機に瀕しており、それゆえに文明を滅ぼして豊かな自然に包まれた地球へ回帰したいという意図や願望が感覚的に想像できる。

 

コメント欄で紹介してもらったTENET/テネット 「陽電子は時間を逆行する」の意味&この映画のコンセプトを解説【核心ネタバレなし】という動画の「陽電子は理論上、時間を逆行しうる」という解説により、NHKにもちらほら出てくる東工大の山崎詩郎先生の量子擬人化説に賛同するようになった。鵜の目鷹の目の映画評論家やYouTuberによって、あのシーンのここにあれがこうで・・・という解説や説明、考察の洪水をかき分けながら何度も鑑賞したが、細部に関しては見れば見るほどに難しい。同時に big picture、つまり全体像についてはかなりはっきりした(ような気がしている)。未来人が現代人を使って現代人を滅ぼそうとしているのを、未来人が現代人を使ってそれを止めようとしている。その未来人というのが近未来人と遠未来人になっている。順行と逆行が交錯する”今”という瞬間、あるいは順行と逆行が完全に分離してしまう”今”という瞬間に生まれる人間の儚い関係性、しかし力強い関係性を描いているように見える。それはつまりニールと主人公の友情。ここだけは何度見ても小説および映画の『 ぼくは明日、昨日のきみとデートする 』そっくり。原子核と電子が惹きつけ合うのも、電子と電子が対生成、対消滅するのも、愛と憎しみ、生と死のアナロジーで説明できるかもしれない。

 

タイトルのTENETはラテン語学習者なら 原形は tenere で、それの 3rd person, singular, active, present でtenetやなと分かるが、これが原義の「持っている、持って行く、引っ張る」と英語のTENET = 主義主張、思想信条につながり、ラテン語と英語を組み合わせれば、「彼は主義主張を有している」という意味にも解釈ができる。Tenet 単体のラテン語であれば、He remembers.となり、「彼は覚えている」あるいは「彼は忘れない」となり、彼=名もなき主人公の男だと解釈すれば、実に意味深長だ。さらに ten = 10 を前後からくっつけた語にもなっているという解説には正直度肝を抜かれた。最後の10分の時間挟撃作戦というわけである。よくまあ、タイトル一つとってもここまで凝れるものだなと感心させられる。

 

ネガティブ・サイド

初見時と同じ感想になるが、やはり誰かと誰かが対消滅するシーンは必要だったように思う。それによって主人公が謎のマスク男と戦うシーンの緊張感がさらに高まるから。なおかつ、量子の擬人化という作品テーマをこれ以上なく具現化するシーンになっただろうから。

 

序盤に主人公が船の上で「このジェスチャーとテネットという言葉だけを覚えておけ」と言うシーンがあるが、そのジェスチャーが効果的に使われる場面はその後なかった。

 

総評

SF作品には2種類ある。時の経過、つまりは科学の進歩によって色褪せてしまう作品と、科学の進歩によっても色あせない作品である。もちろん科学は常に発展の途上で、過去30年にわたって名作とされてきた作品でも、10年後には核となるアイデアがコモディティティ化しているかもしれない。その意味で本作は恐るべきアイデアと演出と驚き、そして実に陳腐なテーマ(=友情)を備えた作品で、長く時の試練に耐えることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

What happened happened.

『 滑走路 』ではMove on = 「前に進む」を紹介したが、そこで What happened happened. にも触れていた。関係代名詞whatが云々と言い出すとJovianの嫌いな文法説明になってしまうのでやめておく。ニールが何度か口にするセリフで、直訳すれば「起こったことは起こった」、意訳すれば「起こったことは変えられない」となる。仕事でミスってしまった時、ひとしきり悔やんだら”What happened happened.”と心の中で唱えて、挽回のために動き出そうではないか。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, SF, アメリカ, エリザベス・デビッキ, ケネス・ブラナー, ジョン・デビッド・ワシントン, ロバート・パティンソン, 監督:クリストファー・ノーラン, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 TENET テネット 』 -Blu rayで再鑑賞-

『 TENET テネット 』 -細かい矛盾には目をつぶるべし-

Posted on 2020年9月20日2021年1月22日 by cool-jupiter

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Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

inversion

「逆行」や「反転」の意。動詞はinvert、「逆向きにする」、「反対向きにする」の意。『 トップガン 』の冒頭でマーヴェリックがソ連のミグ戦闘機に接近した方法は inverted dive だった。invertの仲間のavert=回避する、convert=転換する、なども併せて覚えておきたい。

 

総評

二回観ることを前提に作られていると言われているが、この手の構造に慣れている人なら1度の鑑賞で充分かもしれない。ただし、鵜の目鷹の目でそこかしこに挿入されるオブジェやガジェットに目を光らせる癖を持っていなければならないが。9割がた席の埋まったTOHOシネマズなんばでは終映後、劇場に明かりが灯った途端に誰もかれもが「難しかった」、「意味わからん」を連発していた。本作を鑑賞するにあたっての心得は、細部に目を光らせながらも常に全体を考えよ、終盤の展開を思い描きながら必ず序盤を思い出せ、である。楽しんでほしい。

 

ネガティブ・サイド

エンドクレジットにキップ・ソーンの名前が観られたが、科学的・物理学的に説明がつかない描写もかなり多く観られる。たとえば、序盤に主人公が銃弾を逆行させるシーン。普通に考えれば《撃った》瞬間に手に凍傷を負うはずだ。ガソリンの爆発で低体温症になる世界なのだから、銃弾が的に命中する時の衝撃=変換された熱エネルギーがすべて銃弾に返ってくるのだから。また、逆行世界では光の粒子も逆に進む、つまり常に網膜から光子が離れていっているわけで、何も見えないか、あるいは網膜剥離の時の光視症(目の前にいきなりチカチカした光が現れる。目をつぶっていてもそれが見える)のような状態になるはずだ。また、空飛ぶカモメの声がドップラー現象的に聞こえてくるが、これもおかしい。カモメの声と姿が同時に認識できていたが、実際は音がはるかに先に届いて(正確には鼓膜から音が逆反射されて)、それが音速(毎秒300m以上)で鳥の方に返っていく。なのでカモメの逆回しの鳴き声が聞こえたら、数百メートル以上離れたところに鳥が視認できなければおかしい。

 

スタルスク12の大規模戦闘シーンで敵の姿がほとんど見えないのも不満である。銃撃戦も良いが、我々が本当に観たかったのは、大人数vs大人数での時間の順行・逆行の入り乱れる近接格闘戦だった。ノーランをしても、それを撮り切れなかったのかと少し残念な気持ちである。

 

悪役であるセイターの背景にも少々興ざめした。世界が絶賛しJovianが酷評している『 ソウ 』のジグソウか、お前は。もっと魅力ある悪役が設定できていれば、主人公がもっと輝いたはず。その主人公の相棒ニールも、どうしても『 ターミネーター 』のカイル・リースと重なって見えてしまう。RoundなキャラクターとFlatなキャラクターの差が激しい。視覚効果はノーラン作品の中でも随一だが、キャラの造形は今一つであると言わざるを得ない。

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ポジティブ・サイド

本人は至って真面目でいながらも傍から見るとコミカルでユーモラスだった『 ブラック・クランズマン 』とは一転して、ジョン・デビッド・ワシントンは非常にシリアスなエージェントを好演した。アクションも緻密にして派手。序盤の時間を逆行する男との目も眩むような格闘戦と、中盤の用心棒たちとの肉弾戦からは黒ヒョウのしなやかさと力強さが感じられた。

 

ヒロイン的な位置づけのキャットも素晴らしい。『 ブレス あの波の向こうへ 』のつかみどころのない美女が、夫に虐げられながらも、凛とした美貌と母としての本能を失わない女性像をリアルに構築した。彼女の序盤のとあるセリフは終盤の展開への大いなる布石になっている。より正確に言えば、本作は序盤の展開が終盤の展開と不思議なフラクタル構造を成している。細部が全体なのである。Jovianのこの捉え方がノーラン監督の意図したものかどうかは分からないが、少なくとも的外れではないはずだ。時間の逆行・逆転現象が頻発する本作において、キャットはある意味で観客にとっての道しるべである。能動的に動いているキャットは常に順行である。『 インセプション 』ではマイケル・ケインが存在するシーンが現実だと言われているが、それと同じだと思えばよい。

 

一番の見どころは時間の逆行シーンである。トレイラーでも散々流されているが、高速道路のカーチェイスシーンや、最終盤のスタルスク12の大規模戦闘シーンは、初見殺しである。これを一度で理解できるのは天才か変人だろう。だが、予測不能、理解不能、解釈不能なシークエンスの数々を楽しむことはできる。特に、とある建造物の下部が修復、上部が爆発するシーンには痺れた。ブルース・リーではないが、まさに「考えるな、感じろ」である。そうそう、劇中でも序盤に似たようなセリフが出てくる。深く考えてはいけない。主人公が味わう混乱に素直に没入するのが初回の正しい鑑賞法だ。

 

とはいえ、鑑賞中にも「ああ、なるほど」と思わせてくれるカメラアングルが特に序盤に多くある。したがって自信のある人やノーランの作風に慣れている人であれば、初回鑑賞でもある程度は驚きと納得の両方をリアルタイムに味わえるようにフェアに作られている。

 

以下、微妙にネタバレになりかねないが、本作の構成(≠物語)の理解の助けになりそうな先行作品を紹介しておく。

 

ジェームズ・P・ホーガンの小説『 星を継ぐもの 』

ジェームズ・P・ホーガンの小説『 巨人たちの星 』

ジェームズ・P・ホーガンの小説『 Mission to Minerva 』(2020年9月19日時点で日本語翻訳なし)

高畑京一郎の小説『 タイム・リープ あしたはきのう 』

 

特に『 星を継ぐもの 』のプロローグとエピローグ、『 巨人たちの星 』の序盤と終盤のつなぎ方は、「ノーラン監督はホーガンのこれらの作品の構成をそのままパクったのでは?」と思えるほどである。興味のある向きは読んでみるべし。

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あらすじ

男(ジョン・デビッド・ワシントン)はとあるテロ事件鎮圧後、テロリストに捕らえられ拷問を受けていた。隙を見て服毒自殺した彼は、ある組織の元で目覚める。そして、時間を逆行する弾丸を教えられる。未来で生まれた技術のようだが、いつ、誰がどうやって開発したのかは謎。それを探り、第三次世界大戦を防ぐというミッションに男は乗り出すことになり・・・

 

TENET テネット 70点
2020年9月19日 TOHOシネマズなんばにてMX4Dで鑑賞
出演:ジョン・デビッド・ワシントン ロバート・パティンソン エリザベス・デビッキ ケネス・ブラナー
監督:クリストファー・ノーラン

 

間違いなく現代の巨匠のひとりであるクリストファー・ノーラン、その最新作である。自身の初期作品『 メメント 』に、『 ぼくは明日、昨日のきみとデートする 』を混ぜ込んだような時間逆行系の難解映画であった。

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, SF, アメリカ, エリザベス・デビッキ, ケネス・ブラナー, ジョン・デビッド・ワシントン, ロバート・パティンソン, 監督:クリストファー・ノーラン, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画『 TENET テネット 』 -細かい矛盾には目をつぶるべし- への15件のコメント

『 ブラック・クランズマン 』 -事実は小説よりも奇なり-

Posted on 2019年4月3日2020年2月2日 by cool-jupiter

ブラック・クランズマン 70点
2019年3月31日 東宝シネマズ梅田にて鑑賞
出演:ジョン・デビッド・ワシントン アダム・ドライバー
監督:スパイク・リー

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原題はBlacKkKlansman、黒人のKKKメンバー男性の意である。冒頭からいきなり『 風と共に去りぬ 』のワンシーンが流される。あのスパイク・リーがスカーレット・オハラを好意的に見ているとは思えないので、これには何らかの意図があるのは間違いない。このシーンをEstablishing Shotとして見るならば、プロットは白人優越世界の終焉を予感させるものであろう。だが、スパイク・リーはそんな単純な人物では全くなかった。

あらすじ

時は1970年代。ベトナム戦争への厭戦気分が反戦運動に変わりつつあるアメリカ。コロラド州コロラドスプリングスで初めて黒人警官として採用されたロン・ストールワース(ジョン・デビッド・ワシントン)は、ある時、勢い余ってKKKに突撃電話。トントン拍子に話は進み、KKKメンバーと会うことに。しかし、彼は黒人。そこで同僚のフリップ・ジマーマン(アダム・ドライバー)が対面に赴くことに。電話でロン、対面はフリップという、前代未聞の二人一役潜入捜査が始まり・・・

ポジティブ・サイド

『 ゲット・アウト 』監督のジョーダン・ピールが製作として参加していることで、ユーモアとサスペンスがハイレベルで融合した佳作に仕上がっている。主演を努めたジョン・デビッド・ワシントンがとにかく面白い。笑える。黒人差別丸出しの同僚警察官に対する怒りのシャドーボクシングというかシャドー空手がとにかくコミカルだ。なるほど、これはシリアス一辺倒の映画ではありませんよ、とスパイク・リーは冒頭のワンシーンとの対比で観客に告げているわけだ。実際にジョン・デビッド・ワシントンの電話シーンはハチャメチャな面白さである。何しろ、ノリと勢いだけで黒人警官がKKKに電話をして、見ているこちらの心臓が鷲掴みにされるぐらいドキッとする差別的言辞を弄して、相手の懐に飛び込むのである。差別を笑いに転化するのは不謹慎かもしれない。しかし、『 翔んで埼玉 』でも明らかになったように、差別とは本人のものではない属性を本人の意に反して押し付けるものである、今作では被差別対象である黒人自身が黒人をクソミソにけなしまくるのがとにかくとにかく痛快なのである。

だが、本作は決してコメディ一辺倒なのではない。差別の醜悪さを描き出す実話を基にしたサスペンス映画であり、警察バディムービーであり、ヒューマンドラマでもある。むしろヒューマンドラマでしかない、とさえ言えるかもしれない。黒人のロン、ユダヤ系のフリップの二人は共にKKKからすれば排除、攻撃の対象である。敵の敵は味方などという単純な人間関係はそこにはない。ロンとフリップの間に思わぬ形で友情が花開いたりすることはなく、二人はどこまでも警察官という一点でつながる。おそらく人間同士が関係を築くのは、それだけで充分なのではないだろうか。互いが互いの仕事をリスペクトする。それだけで争いや諍いは相当に減らせるはずなのだ。

ともするとコメディになりがちなジョン・デビッド・ワシントンとはある意味で大局的なアダム・ドライバーは、警察であることやユダヤ系であることが露見しそうになるたびに、汚い差別意識丸出しの言辞を弄して、状況をサバイブしていく。とある絶体絶命に思えたシーンを切り抜けるため、彼がロンに向かって実弾を発砲するのだが、その時の口調と表情!鬼気迫る演技と言おうか、イラクにも実際に赴いた軍人上がりにこそ出せる味があった。善のルーツを持つ悪のプリンス、カイロ・レンを演じるにふさわしい役者であることをあらためて満天下に示したと言えるだろう。

本作は、最後の最後に衝撃的な絵を持ってくる。これを蛇足と見るか、これこそがスパイク・リーの本当に見せたいものなのだと見るかで、本作の評価はガラリと変わる。Jovianはこれこそがスパイク・リーの問題意識なのであると受け取った。ストーリー自体は、ゴキゲンな黒人警官がアホな差別主義者の白人の横っ面を見事に張り倒すというものなのだが、スパイク・リーの意図するものは、『 評決のとき 』におけるマシュー・マコノヒーの弁論と同質のものであろう。非常に痛切に考えさせられる映画である。

ネガティブ・サイド

Based on a true storyやInspired by a true event系の映画は近年、大量生産されてきた。粗製乱造とまでは言わないが、さすがにそろそろ食傷気味である。この手の差別の恐ろしさ、その知性と思考能力の欠落具合は『 私はあなたのニグロではない 』、『 デトロイト 』、『 ジャンゴ 繋がれざる者 』、『 ビールストリートの恋人たち 』、『 グリーンブック 』などでもう十二分に描かれてきた。KKKを告発したいのではなく、人々が心の中に頑強に持つ固定観念、硬直した思考を討ちたいのだろう。スパイク・リーほどの映画人であれば、自分でオリジナルの物語を紡げるはずだし、紡ぎ出さなければならない。

総評

ポール・ウォルター・ハウザー演じるKKKメンバーは『 アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル 』でも陰謀論全開にして、思考能力ゼロ、コミュニケーション能力ゼロ、批判精神ゼロという頭の悪すぎる男を演じていたが、これを他山の石とせねばならない。宗教団体を支持母体とする政党や、カルト的な思想信条を隠そうともしない団体からの指示を受ける与党、そして不健全な思考の右翼化を見せる高齢世代。そうした者たちの背後に透けて見えるのは、全て同質のものなのだ。それはちくま新書『 私塾のすすめ: ここから創造が生まれる 』で梅田望夫と齋藤孝が共通して闘う敵と同じものである。ゆめゆめ他国の過去の出来事と思うことなかれ。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, アダム・ドライバー, アメリカ, コメディ, ジョン・デビッド・ワシントン, ヒューマンドラマ, 監督:スパイク・リー, 配給会社:パルコLeave a Comment on 『 ブラック・クランズマン 』 -事実は小説よりも奇なり-

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