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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: アニメ

『 すずめの戸締り 』 -もっと尖った作品を-

Posted on 2022年11月20日 by cool-jupiter

すずめの戸締り 45点
2022年11月18日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:原菜乃華 松村北斗
監督:新海誠

 

仕事帰りについつい行ってしまった。映像美には文字通りに息をのんだが、Jovianが抱く新海誠のイメージがどんどん薄まっていく気がした。

あらすじ

女子高生のすずめ(原菜乃華)は、廃墟を探す謎の青年・草太(松村北斗)と出会う。打ち捨てられた温泉街で、偶然にも扉を開けてしまったすずめは、常世からの災厄を呼び込んでしまう。草太と共になんとか鍵を閉めたすずめだが、今度は草太が謎の猫によって椅子に変えられてしまう。すずめと草太は、謎の猫を追いかけて・・・

 

以下、ネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

美麗な映像は日本アニメの中でも間違いなくトップ。トップクラスではなくトップ、それは間違いない。冒頭で映し出される光彩陸離な常世の情景には息を呑んだ。宮崎県の山や海の美しさも素晴らしかった。

 

本作の設定はかなりユニーク。日本列島の地震の発生源を常世に住む「ミミズ」に求めるというのは面白い。C・ダーウィン最後の研究対象であり、『 DUNE デューン 砂の惑星 』でもフィーチャーされたミミズが常世から現世に抜け出てきて倒れることで地震が発生するというメカニズムは、風水的でありながら日本的でもある。そのミミズが出てくる後ろ戸を閉じる「閉じ師」という存在も興味深い。風水師+陰陽師のようなイメージで捉えるとちょうど良いのだろう。

 

草太とすずめを普通に旅させてはつまらないと、草太を椅子に変えてしまうというのも衝撃的。逃げる猫とそれを追う椅子というのは、今後10年は出てこないシュールな画だったと思う。椅子であることに意味もあった。椅子だからこそ物も置けるし、誰かが座れる。その上に立つこともできる。椅子にされてしまった草太が、実は要石になってしまうことで、日本列島を支え、さらには日本に住まうもの全てを支えているというアナロジーの壮大さには唸ってしまった。トレイラーを見た時点で「新海誠は狂ったんかな?」と感じてしまったが、謹んで撤回させていただく。

 

日本を震災から救うということと、すずめ本人のトラウマからの解放が、草太と共に旅をすることとしっかりリンクしていて、これはこれで令和のセカイ系という印象を受けた。いなくなってしまった人々が残した想いを掬い取るというのは、ある意味で物語にしか成し得ないこと。そのように観る側の想像力を刺激しようと試みるところに本作の最大の価値があると言えるかもしれない。

 

ネガティブ・サイド

なんというか、作品を重ねていくごとに新海誠の新海誠らしさが少しずつ失われていっているように感じる。ミュージックビデオであることは本作でも変わりがないが、その点でも退行しているかな。『 ルージュの伝言 』やら『 男と女のラブゲーム 』、『 けんかをやめて 』など、劇中の芹澤の言葉を使えば懐メロになるが、これも中年世代へのマーケティングに感じられてしまう。ひねくれすぎか?いや、前二作は映像と楽曲をがっつり戦わせていたが、今作ではストーリーが音楽に従属させられていると感じた。

 

新海誠の一番の特徴というか特質は『 秒速5センチメートル 』で見せた、まさに言葉そのままの意味の中二病的な執着だったはずではないか。『 君の名は。 』、『 天気の子 』ではオタクに媚びるセカイ系文学的な世界観は残しつつ、若年層への露骨なアピールのためか、よくできたミュージックビデオになっていた。それでも、そこには社会的なメッセージの類は非常に薄かったので、まだ新海誠という作家個人の色が出ていた。本作が東日本大震災や人口減少、それに伴う過疎化をテーマに盛り込んだことは否定しないが、明らかに作家性は薄まったと感じた。新海誠はヒットメーカーよりも、異端の作家でいてほしかった。

 

無能な大臣揃いで震災復興やコロナ対策ができずに右往左往したり朝令暮改したり、さらに公文書を黒塗りにして恥じることのない日本政府を様々に揶揄している作品とも受け取れるが、新海誠はセカイ系の系譜の作家であって、そういう社会批判からある意味で最も遠い人のはず。チケット購入特典についてくる冊子をザーッと読んだ限りでは、新海本人が社会に訴えたいことがある様子。この分だと次回作もヒットするのだろうが、どんどん普通のエンタメ作品に近づいていきそう。もっと尖った作品を見せてほしいのだが・・・

 

総評

映像や音楽の素晴らしさそのものにケチはつけられない。しかし、宮崎駿や庵野秀明の作品の影響が垣間見えるのはオマージュなのか、チャレンジなのか、それともマーケティングなのか。次回作に対しては、個人的には不安を覚えてしまう。本作を面白いと感じたアニメファンは『 風の電話 』という実写映画を観るべし。震災によって傷つけられた少女の癒やしと祈りのロードムービーという点では、本作よりもはるかに面白いはずだ。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

speak

劇中で2度ほど「猫がしゃべった!?」みたいなシーンがあるが、ここでの「しゃべる」は talk ではなく speak を使う。talk と speak の最大の違いの一つが、talk は話題について話す、 speak は言語を話すということ。a Germen speaker というのはドイツ語話者で、a German talker だとよくしゃべるドイツ人という感じ。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 ザ・メニュー 』
『 ザリガニの鳴くところ 』
『 ある男 』

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, アドベンチャー, アニメ, ファンタジー, 原菜乃華, 日本, 松村北斗, 監督:新海誠, 配給会社:東宝『 すずめの戸締り 』 -もっと尖った作品を- への2件のコメント

『 王立宇宙軍 オネアミスの翼 』 -4Kリマスター版-

Posted on 2022年11月8日 by cool-jupiter

王立宇宙軍 オネアミスの翼 60点
2022年11月6日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:森本レオ
監督:山賀博之

漫画『 げんしけん 』で本作を知ったのはいつだったか。劇場公開されたので、これ幸いとチケットを購入。

 

あらすじ

オネアミス王国の宇宙軍は、宇宙に行ったことのない軍として民衆から指示されていなかった。宇宙軍の士官シロツグ(森本レオ)は、信心深い少女リイクニとの偶然の出会いをきっかけに、人類初の有人宇宙飛行のパイロットに志願するが・・・

ポジティブ・サイド

いちばん最初に感じたのは手描きアニメの良さが凝縮されているということ。現代のデジタルで描いて、PC上で動かすという手法ではなく、セル画をひたすらに描き連ねて作った、まさに古き良きアニメという感じがする。

 

戦闘機からロケット打ち上げ発射台にいたるまで、メカのデザインも素晴らしい。現実に実際にワークしそうな設計思想が垣間見えるのが良い。一方で、少年の想像力というか、科学的な考証よりもロマンを前面に押し出したようなメカの造形にもニヤリとさせられる。

 

王国も中世ファンタジー世界ではなく、産業革命のただ中のイングランドそっくり。ただし、どこか違う。バラックや路地裏に東南アジア的な雰囲気も漂っている。『 ブレードランナー 』的、あるいは『 GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊 』的とも言えるかもしれない。

 

そこに住まう人々の意識も、ちょうど中世から近代に脱皮するぐらいか。水軍や陸軍は存在意義を保持しているが、宇宙軍はそもそも宇宙に行ったことがないし、宇宙に敵がいるのかどうかも分からない。しかし、宇宙は宇宙として、人類最後のフロンティアとして厳然と存在する。もちろん本作の製作時にすでに人類は宇宙に到達していた。だから本作の価値が落ちるわけではない。逆に、人類の宇宙到達をリアルタイムで見届けられなかった自分たちに捧げる作品を作ろうとしたのだろう。同時に、当時の宇宙開発が米ソの軍拡競争の一環として繰り広げられていたことへの抗議の意味合いもあったことだろう。

 

まさに少年の少年による少年のためのアドベンチャーアニメと言える。

ネガティブ・サイド

SFは大きく二つに分けられる。一つは、時代と共にそのアイデアが風化しないもの。もう一つは、時代が進むとそのアイデアが風化してしまうもの。前者の代表例はジェイムズ・P・ホーガンの『 星を継ぐもの 』、ロバート・L・フォワードの『 竜の卵 』、グレッグ・イーガンの『 宇宙消失 』あたりか。後者の代表例は残念ながら本作か。

 

有人宇宙飛行を達成するという目的達成のために何かユニークなアイデアが提起されるわけではない。本作は Science Fiction なSFではなく、Space Opera なSFであるが、それでも何か本作の世界を特徴づけるテクノロジーもしくは理論が必要だった。ガンダムが何故あれほど説得力があり、幅広い世代を魅了したのか。それはミノフスキー粒子という設定により、宇宙空間で近接戦闘をする必然性が生まれたからだ。本作も何か一つ、独自の世界観を確立する設定を持ってほしかった。本作のストーリーはかなり政治的な色合いが強いが、もっと純粋に科学や技術を追求するべきだった。

 

シロツグのリイクニへの迫り方は、ちょっとなあ・・・。女子への距離の詰め方を知らないアホなオタクそのまんま。製作者たちはそこまで自分を反映する必要はなかった。

 

総評

作画や音楽の素晴らしさは2020年代でも十分に通用する。むしろ、セル画にこれでもかと描き込む作品は、近い将来にロストテクノロジーとなってしまうだろう。そういう意味では実に貴重な作品をリマスターしてくれたものである。一方で、ストーリーがとにかく陳腐である。本格的なSFらしさを求めるとがっかりさせられる。また製作者の感性が非常に色濃く反映されているので、ガイナックス作品と波長が合わない人は、本作とも波長は合わないだろう。そのあたりを考慮の上、鑑賞するかどうかを判断されたし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

no matter what

使い方が色々ある表現だが、これをセンテンスの最後に置くと「何が何でも」のような意味になる。終盤でシロツグが「俺は死んでも上がるぞ!」のようなことを言うが、これは

I’m going up no matter what!

だろう。I’m going up even if I die! はちょっと変だ。

I’ll get off at 5:30 pm no matter what. Today’s my daughter’s birthday.
何が何でも5時30分にあがるぞ。今日は娘の誕生日なんだ。

のように、日常生活の中でどんどん使ってみよう。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 窓辺のテーブル 彼女たちの選択 』
『 警官の血 』
『 窓辺にて 』

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 1980年代, C Rank, SF, アニメ, 日本, 森本レオ, 監督:山賀博之, 配給会社:バンダイナムコフィルムワークスLeave a Comment on 『 王立宇宙軍 オネアミスの翼 』 -4Kリマスター版-

『 四畳半タイムマシンブルース 』 -Back to the 四畳半-

Posted on 2022年10月2日 by cool-jupiter

四畳半タイムマシンブルース 75点
2022年10月1日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:浅沼晋太郎 坂本真綾 吉野裕行
監督:夏目真悟

戯曲『 サマータイムマシン・ブルース 』を、そのまま『 四畳半神話大系 』のキャラクターで再構築。見事なスピンオフ作品に仕上がっている。

 

あらすじ

「私」(浅沼晋太郎)のエアコンのリモコンが、悪友・小津(吉野裕行)によって壊されてしまった。これにより部屋は灼熱地獄に。映画サークルの明石さん(坂本真綾)が撮影に邁進するなか、アパートの下鴨幽水荘からどういうわけかタイムマシンが見つかる。これで一日前に戻って、壊れる前のリモコンを持って帰ってくれば、と一同は考えて・・・

ポジティブ・サイド

四畳半主義者および四畳半世界をビジュアル化するにあたって、しっかりと湯浅政明のテイストを受け継いでくれている。奇妙な色彩の使い方と、「私」の青春そのままのようなくすんだ灰色とが織り成すコントラストは、それだけで観る者を癒やす。

 

キャラの中身も恋、いや濃い。10年以上ぶりに浅沼晋太郎が「私」を演じるが、まさに森見登美彦風のダメダメ大学生をそのまま演じている。この「私」のまるで成長していない加減が絶妙で、おっさんは自らの青春時代を回顧せざるを得ない。肉体的な鍛錬や学問的な精進から逃避するのみならず、恋からも逃げまくる。いや、追いかけまくる。この情けなさに笑いと涙の両方が喚起される。

 

悪友・小津と「私」の「セクシャルな営み」も映像化してみると面白いし、それをクールに眺める明石さんも美しい。いつもの四畳半の面々が、ふとしたことから手に入れるタイムマシンを使って、ドタバタ劇を繰り広げる。タイムトラベルものはシリアス路線かコメディ路線に行くのが常で、本作はもちろんコメディ。行き先が一日前なのだから、これほどスケールの小さいタイムトラベルは珍しい。しかし京都市の片隅だけの限られた人間関係の中で過去改変を阻止せねばならないという独自のシチュエーションは、笑いだけではなくハラハラドキドキ感も生み出している。

 

明石さんを追いかける「私」を追いかける「私」と小津という構図にはドキドキしながらも、笑うしかない。これも活字とは異なり映像で観ることで独特のユーモアと緊張感が生まれている。昨日と今日だけのタイムトラベルかと見せかけて、ストーリーは突如大規模に展開していく。そこで序盤からの数々の伏線が鮮やかに回収されていく。タイムトラベルものの王道で、実に清々しい。

 

京大に落ちてICUに行き、木造のボロボロ男子寮(ヴォーリズ建築!)で怠惰な四年間を過ごした身としては、下鴨幽水荘=男子寮に感じられてしまう。タイムマシンはおそらく理論上でしか存在できないが、思い出というタイムカプセルは誰でも持つことができる。未来は自らで切り拓くもの。そしてその未来が、いつか美しい思い出になる。

ネガティブ・サイド

森見登美彦の小説版『 四畳半タイムマシンブルース 』と少々異なるところがいくつかある。序盤で「私」が裸踊りをする直前の明石さんの「本当にやるんですか?」はもっと色っぽい雰囲気だったはず。他にも小説版との違うなと感じられるところがちらほら。まあ、このへんは森見登美彦と上田誠、どちらの波長が自分に近いかということだと思うが。

 

田村の行動が、「私」たちが必死に阻止しようとした過去改変の原理をあっさりと破っているところだけは気になった。これもタイムトラベルもののお約束か。

 

総評

梅田ブルク7は老若男女で9割の入りだった。森見登美彦の fanbase 恐るべし。仮にこれが何の話か分からなくても、ぜひ高校生や大学生にはデートムービーとして劇場鑑賞してほしい。本作から小説やアニメの『 四畳半神話大系 』や『 バック・トゥ・ザ・フューチャー 』を知って、それらにも触れてほしい。究極的にはゲーテの『 ファウスト 』にまでたどり着いてほしいと思う。今目の前にある「時」を誠実に生きること。若い人ほど、それを実践してほしいと思う。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

space-time 

「時空」の意。SF小説やSF映画では頻繁に出てくる表現。英語の順番どおりに訳せば空時となるが、これでは少々おさまりが悪い。ちなみに space = 宇宙の意味もあるが、古代中国語では 宇=空間、宙=時間だったとされる。言葉は違っても、概念・観念レベルでは人間はだいたい同じなのかもしれない。 

 

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Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 2020年代, B Rank, アニメ, 吉野裕行, 坂本真綾, 日本, 浅沼晋太郎, 監督:夏目真悟, 配給会社:KADOKAWA, 配給会社:アスミック・エース, 青春Leave a Comment on 『 四畳半タイムマシンブルース 』 -Back to the 四畳半-

『 夏へのトンネル、さよならの出口 』 -もう少しオリジナリティを-

Posted on 2022年9月11日 by cool-jupiter

夏へのトンネル、さよならの出口 60点
2022年9月10日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:鈴鹿央士 飯豊まりえ
監督:田口智久

半日出勤の後、昼寝。その後ふらりと近所の映画館に赴き、タイトルだけでチケット購入。素材は良いと感じたが、料理する側のスキルが平々凡々だったという印象。

 

あらすじ

そこに入ると欲しいものが何でも手に入るというウラシマトンネル。しかし、代償として100歳老化してしまうという。過去のある出来事がトラウマになっている塔野カオル(鈴鹿央士)は、自暴自棄になって家を飛び出したある夜に、偶然にもウラシマトンネルを発見する。そこは時間の流れが外界とは全く異なるトンネルだった。カオルは転校生の花城あんず(飯豊まりえ)とトンネルを調査するための共同戦線を結び・・・

ポジティブ・サイド

原作小説は未読だが、ウラシマトンネルという設定は悪くない。時間を一つのテーマにするのはクリストファー・ノーランのような大巨匠も好むところである。本作はタイトルからして『 夏への扉 ーキミのいる未来へー 』のは明らか。原作もラノベらしいので、まず間違いなくボーイ・ミーツ・ガールだろうと予測した(100人いれば97人はそう予測するはず)。

 

アニメーションは美麗である。キャラもゆらゆらと揺れたりしないところは個人的に気に入った。随所に挿入される山や海、そして空の景色の美しさが、鬱屈したカオルとあんずの心象風景とは真逆で、二人がこの世界に馴染めていないことを静かに、しかし確実に印象付けた。

 

ウラシマトンネルを調査するシークエンスは面白かった。通話しながら境界線の位置を測ったり、時間の流れの違いを数値化したり。特に時間の境界線の内側から外側を見た時の視界は、なかなかにSF的だった。ガラケーが重要なアイテムになっていて、懐かしさを感じた。スマホだと、映像を録画したり、それを配信したりできてしまうので、時代設定は適切だった。

 

カオルとあんずのつかず離れずの距離感がもどかしくもありながら、同時に好ましくもあった。水族館でのデートで、ジンベエザメが陰と陽になって混ざり合いそうになり・・・というシーンは、二人の行く末の暗示として上手い演出だったと感じる。『 君の名は 』っぽさがありつつも、『 ナビゲイター 』的な終わり方にも好感が持てた。

ネガティブ・サイド

オリジナリティの無さには感心しない。色々ありすぎて頭が痛いが、「なんじゃこりゃ」とガッカリさせられたのは『 新世紀エヴァンゲリオン 』の綾波レイの「どいてくれる?」のまるパクリ。いや、別に監督の好みでも脚本家の好みでも何でもいい。ただ、このようなオマージュは、やるならやるで徹底的にやるべき。カオルの左手の位置はそこではないだろう。『 インターステラー 』や『 ほしのこえ 』へのオマージュも、やるならもっと徹底的にすべし、だ。

 

あんずの造形および性格が一部の層に媚びすぎている、というのはJovian妻の言。Jovianも同意する。黒髪ロングのクール系美少女がだんだんと打ち解けてくるのは、ステレオタイプでしかない。カオルとあんず、二人とも声に「演技力」がないので、キャラに深みが生まれないのもマイナス要素だ。

 

疑問なのは、単線電車の走る田舎町で、クラスメイトもカオルとあんずがあーだこーだというゴシップに興じるほど情報伝播の速い。にもかかわらず、二人が頻繁に踏切で出会い、線路を歩いていく姿が目撃されなかったのだろうか。

 

総評

時間と漫画を巡る不思議な物語という意味では『 リング・ワンダリング 』のようであり、夏と時間を巡る物語という点では『 永遠の831 』とも共通するところがある。批判すべき点も多いが、90分弱でコンパクトにまとめられていて、非常に観やすい。高校生、大学生のデートムービーにはちょうどいいだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

flip

フィギュアスケートでたまに聞こえる語。意味は「引っくり返す」である。映画では懐かしのガラケーが重要なアイテムになっていたが、これは英語で flip phone と言う。モニター部分がカパッと開いたり閉じたりするところが、flip になっているからである。英検1級受験者なら、二次試験で試験官に “Now, flip over the card and put it down.” と言われたことがあるかもしれない。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, アニメ, ファンタジー, 日本, 監督:田口智久, 配給会社:ポニーキャニオン, 鈴鹿央士, 青春, 飯豊まりえLeave a Comment on 『 夏へのトンネル、さよならの出口 』 -もう少しオリジナリティを-

『 マインド・ゲーム 』 -This Story Has Never Ended-

Posted on 2022年8月24日2022年8月24日 by cool-jupiter

マインド・ゲーム 75点
2022年8月22日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:今田耕司 前田沙耶香 藤井隆
監督:湯浅政明

『 犬王 』以来、ずっと観たいと思っていた本作を、ついに借りることができた。脳が溶けるような映像&物語体験であった。

 

あらすじ

幼なじみにして初恋の相手みょんちゃん(前田沙耶香)に再会した西(今田耕司)は、みょんちゃんの父親の借金の取り立てにきたヤクザに射殺されてしまう。あの世で神に出会った西は、神の言いつけに逆らって、現世に舞い戻るが・・・

 

ポジティブ・サイド

今田耕司の声だけで笑ってしまうが、物語自体も極めてクレイジーとしか言えない。幼馴染にして初恋の相手、中学の時には両想いになれたのに真剣交際に発展せず。あれよあれよという間にみょんは別の男と付き合い始め、cherry pop ・・・ 哀れ、西は漫画家を目指す。

 

20歳にして偶然にみょんと再会する西だが、みょんにはやはり他に男が。しかも婚約者。もうこの時点でヘタレの西に感情移入するしかない。さらにみょんの実家での西の妄想というか、手前勝手な思考回路はまるで『 君が君で君だ 』の尾崎豊(偽物)を思い起こさせる。Jovianはここで西に同化してしまった。自分でも同化している・・・ではなく、どうかしていると思うが、この西の物語を見届けたい、見届けなければならないという気分にさせられた。

 

ビックリするのは、その次の瞬間にあっさりと西が死んでしまうこと。正確には殺されるわけだが、まず殺される直前の緊迫した空気に戦慄させられる一方で、西の殺され方には不謹慎にも笑ってしまう。このテンションのジェットコースター的な上がり下がりが、物語の全編を通じて続いていく。

 

ストーリーは荒唐無稽もいいところだが、これらは全て西の人生観や世界観のメタファーだ。クジラはどう見ても西の胎内回帰願望だろう。母の子宮内で胎児でいることほどストレスフリーな生き方はない。騒音もなく、常にぬるま湯の中。呼吸をする必要もなく、食事を自分で用意する必要もない。しかし、そんな安楽な環境にいつまでもいられるはずはない。人は常に生み出されなければならない。西にもその時が来る。

 

本作のメッセージは、あまりにもストレートだ。死んだ気になれば、いつでも生まれかれるということだ。絵柄も独特、ストーリーも独特、キャラも独特。何もかもが既存のアニメや既存の映画という枠に囚われない、非常に自由な湯浅政明色の演出に染められている。さあ、脳が溶けてしまうようなトリッピーな映像世界を味わおうではないか。

 

ネガティブ・サイド

西とみょんちゃんのセックスシーンは、もっと婉曲的に描けなかったのだろうか。二人の身体が重なり合うところをもっと抽象的に描く方法はあったはず。機関車=ピストン運動のような非常に直接的かつ間接的案、もっと記号的な形で西とみょんのまぐわいを描く方法を湯浅監督には模索してほしかった。

 

ところどころでキャラクターが実写化されるのはノイズに感じた。島木譲二がヤクザの親分とか、笑えるのは笑えるが、それは面白いから笑っているのではなく、「しゃーないな」と思って笑っているのである。

 

総評

なんというか、『 トップガン マーヴェリック 』を鑑賞し続けているせいか、本作を観て “Don’t think. Just do.” という言葉が思い出された。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

kick one’s ass

「しばく」の意。標準語にするなら「ぶん殴る」か。俗説だが、アメリカ人はストリートファイトであっても蹴ることはあまりない。蹴るのは卑怯で、闘うなら拳だろうと思われているらしい。なんにせよ、kick one’s ass を能動態で日常会話で使うことはあまりないはず。実際は I got my ass kicked. = ぼろ負けした、のように受け身で使うことが多いだろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2000年代, B Rank, アニメ, コメディ, ファンタジー, 今田耕司, 前田沙耶香, 日本, 監督:湯浅政明, 藤井隆, 配給会社:アスミック・エースLeave a Comment on 『 マインド・ゲーム 』 -This Story Has Never Ended-

『 フェイク 我は神なり 』 -信じる者は救われる?-

Posted on 2022年8月21日 by cool-jupiter

フェイク 我は神なり 70点
2022年8月19日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ヤン・イクチュン
監督:ヨン・サンホ

待てど暮らせど返却されない『 マインド・ゲーム 』。しゃーないので、前々から気になっていた本作をセレクト。

 

あらすじ

韓国の田舎の村。ダム建設のために近く水没する予定のこの村に、ミンチョル(ヤン・イクチュン)が帰ってきた。村では若いソン牧師が村人から崇敬を集めていた。しかし、その傍らには村人から補償金を巻き上げようとする詐欺師ギョンソクの姿があり・・・

 

ポジティブ・サイド

アニメではあるが、韓国映画の容赦ないテイストがこれでもかと詰め込まれている。『 はちどり 』の父親よりも暴力的なミンチョル。それを『 息もできない 』のヤン・イクチュンがけれんみタップリに演じるのだから笑おうにも笑えない。いや、笑ってしまうようなストーリーではないのだが、韓国の伝統的な父親像を体現するダメ親父が、確立された宗教的権威に挑むというのだから、普通は笑ってしまうだろう。しかし、この無茶なプロットを成立させるのも韓国映画の剛腕っぷりと言えようか。

 

能弁家のギョンソクと若い牧師のソンが立ち退き料を受け取った村人に、あの手この手で浄財をさせようという序盤が目を引く。「こんな馬鹿な手口に引っかかるとは、さすが韓国の田舎者」と感じたら、それだけで負けである。日本でも毎年のように数億円規模の詐欺集団が検挙されているが、逆に言えば野放しの詐欺集団もたくさんいるということである。個人を悪く言うものではないが、2021年に死去した細木数子などはギョンソクと同種の人間だろう。彼女がテレビで「地獄に落ちるぞ」と言うたびに、ああ、室町時代の坊主はこんな感じで庶民を食い物にしてたんやろなあ、と思っていたものである。

 

閑話休題。本作は、ろくでなしが語る真実と聖人君子がもたらすまやかしのどちらを信じるのかを我々に問いかけてくる。『 沈黙 サイレンス 』そのままに、神は黙して語らない。だからこそ、その代弁者としてのソン牧師や、そのスポークスマンであるギョンソクの言葉に村人は耳を傾ける。このあたりのイライラ感と、他人に対して粗野にしか振る舞えないミンチョルのイライラ感が合わさって、観ていて非常にストレスが溜まる。警察もとことん無能で、こいつら仕事する気あんのかいな?とイライラさせられる。このイライラが最高潮に達する時、すべてが破滅に向かって動き出す。この救いの無さは『 ソウル・ステーション パンデミック 』でも明らかだったヨン・サンホ監督の持ち味か。何を信じるのかではなく、信じるという営為そのものが持つ危うさが本作の肝である。

 

ネガティブ・サイド

アニメではなく実写でやるべきテーマ、かつストーリーだろう。ミンチョルのような粗野で暴力的な中年を演じられる俳優も、韓国にはいくらでも存在するだろう。『 息もできない 』のヤン・イクチュンが、そのまま本作のミンチョルを演じるところを是非とも見たかった。

 

これは一種のネタバレだが、字幕に問題ありである。おそらく翻訳者は気を利かせて、ある簡単な韓国語を別の言い方に訳してしまっているが、これによって終盤のあるシーンの驚きが減じてしまうことにつながっている。小さな親切が余計なお世話になることもある。

 

総評

日本の代議士、特に政権与党が旧統一教会(&創価学会)に汚染されまくっていて、なおかつ「知らなかった、今後は気を付ける」で済ませようとする国会議員の多さ、その神経の図太さには呆れるばかりである。そんな状況なものだから「旧統一教会によって救われた人もいる」という発言も大いにバッシングを浴びるわけだが、日本人はそもそも宗教とは何か、信仰とは何かを知らない。「日本人に哲学なし」とは中江兆民の言だが、これは「日本人に宗教なし」とも言い換えられるかもしれない。では宗教とは何か?その問いに対するひとつの答えが本作にはある。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

カ

Ka is go, Ke is stay. と昔、Korean American の非常勤講師に教わったことがある。さよなら=アンニョンヒ「カ」セヨは相手が去る時、アンニョンヒ「ケ」セヨは自分が去る(=相手が残る)時だ、と。本作では「カ」の一言で「帰れ」のように使っていた。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, アニメ, サスペンス, ヤン・イクチュン, 監督:ヨン・サンホ, 配給会社:ブロードウェイ, 韓国Leave a Comment on 『 フェイク 我は神なり 』 -信じる者は救われる?-

『 夜は短し歩けよ乙女 』 -Time flies when you’re having fun-

Posted on 2022年8月9日 by cool-jupiter

夜は短し歩けよ乙女 70点
2022年8月8日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:星野源 花澤香菜
監督:湯浅政明

 

『 四畳半神話大系 』同様に、原作が森見登美彦、監督は湯浅政明。青春の儚さと濃さを幻想的に描く異色のアニメである。

あらすじ

「黒髪の乙女」(花澤香菜)に恋する「先輩」大学生の私(星野源)は、可能な限り偶然を装って黒髪の乙女の目に留まろうと努力を重ねる。しかし、乙女は酒や本を求めて夜の木屋町を徘徊する。私はなんとか彼女の目に留まらんと奮励努力するが・・・

 

ポジティブ・サイド

『 四畳半神話大系 』とも共通するが、京都の町、それもごくごく狭い範囲の空気をよく伝えている。Jovianはその昔、烏丸御池を勤務地としていたので、あのあたりの地理や空気をそれなりに理解していると自負するが、京都出身ではない湯浅政明監督がこれだけ京都(京都府でも京都市でもない、京都人の脳内地図の赤いエリア)をこれだけアニメで再現できるということに脱帽するしかない。

 

一夜の中で繰り広げられる先輩と乙女の経験する奇想天外なイベントの数々が極彩色で描かれる。はっきり言ってアホとしか言えない出来事のオンパレードなのだが、若さとはそもそも愚かさでもある。そして恋は愚かでないとできない。あるいは恋を人は愚かにする。ナカメ作戦(なるべく 彼女の 目に留まる の頭文字を取った作戦)など愚の骨頂であるが、それを我々が笑えるのは、自分がまさにそうだったからに他ならない。この対象と自分との距離感が森見登美彦作品の特徴である。ハマる人はドハマりするのだ。

 

一夜の出来事というのはもちろん若さのメタファーで、その若さをどのように過ごすのかが本作のテーマである。乙女の時計の進みが遅く、その他のキャラ、特に高齢者の時計が恐るべき速さで時を刻むのは、それだけ過ごしている時間の密度の差があることを意味している。高速で動くと時の進みが遅くなるというのは相対性理論だが、乙女は常に動き回っている。そしてそれを追いかける先輩も。あるいは文系もしくは文系上がりならアンリ・ベルクソンの純粋持続を思い出そう。夜は短しと言いながら、濃密な時間がそこにはある。

 

もちろん衒学的な理屈などこねずとも、本作の面白さは十分に堪能できる。火鍋のシーンの意味不明なまでのテンションや、古本市で聞かれる古本の神の長広舌など、理屈抜きで面白いシーンがたくさんある。原作ではそれぞれ独立していたエピソードを上手く一夜にまとめた脚本の勝利でもある。森見ファンはぜひ観よう。湯浅ファンもぜひ観よう。

 

ネガティブ・サイド

原作もそうなのだが、乙女に対するセクハラ描写は必要なのだろうか。

 

ミュージカルのシークエンスが少しダレていたと感じた。また歌唱のレベルもミュージカルのそれではない。もちろん素人が素人劇をやっているのだが、それでももう少しミュージカルであることそれ自体にエンタメ要素を持たせてほしい。

 

後は星野源の声の演技か。上手い下手ではなく、先輩のイメージに合わなかった。ジョニーの声が『 四畳半神話大系 』と同じなら、先輩の声も浅沼晋太郎で良かった。もしくはジョニーの声優を変えるべきだった。

 

総評

『 四畳半神話大系 』と同じく、森見登美彦の恋愛哲学と湯浅政明の世界観が華麗に融合している。『 四畳半タイムマシンブルース 』も湯浅政明に監督してもらいたかったが、異なるテイストで森見作品を料理してほしいという気持ちもある。何はともあれ、自意識過剰なアホ大学生(別に中学生でも高校生でも社会人でもいい)に感情移入できるなら、青春の濃さと儚さを本作を通じて体験してみよう。オッサンにもお勧めしたい。「ああ、俺もこうやったわ」と青春を振り返ってしまうこと請け合いである。

 

Jovian先生のワンポイントラテン語レッスン

Ars longa vita brevis.

正式には Ars longa est, vita brevis est.  be動詞に当たる est が省略されているが、古典ラテン語にはよくあること。元々は Art is long, life is short. = 技術は長く、人生は短い = 技術の習得には長い時間がかかるのに、人生は短いという意味だったが、英語では 美術・芸術は長く、人生は短いと解釈されるようになった。『 ゲティ家の身代金 』を観ると、確かにそうなのかもしれないと思わされる。

 

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Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 2010年代, B Rank, アニメ, ファンタジー, 日本, 星野源, 監督:湯浅政明, 花澤香菜, 配給会社:東宝映像事業部Leave a Comment on 『 夜は短し歩けよ乙女 』 -Time flies when you’re having fun-

『 神々の山嶺 』 -登ることが生きること-

Posted on 2022年7月12日2022年7月12日 by cool-jupiter

神々の山嶺 70点
2022年7月8日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:堀内賢雄 大塚明夫
監督:パトリック・インバート

原作は夢枕獏の小説。実写映画『 エヴェレスト 神々の山嶺 』はコケてしまったが、本作はかなりのクオリティ。山ガールであるJovian嫁は画面にくぎ付けで、Jovianもキャラクターの生き様に大いに魅せられてしまった。

 

あらすじ

雑誌カメラマンの深町誠(堀内賢雄)は、バーで伝説の登山家マロリーのエヴェレスト登頂を捉えたとされるカメラを買わないかと持ちかけられるが、それを断ってしまう。しかしその直後、長らく姿を消していた登山家・羽生丈二(大塚明夫)が、マロリーのカメラを奪っていくところを目撃する。深町は羽生の行方を追うが・・・

ポジティブ・サイド

冒頭で出てくるジョージ・マロリーの名前にピンと来る人は少数だろうが、「なぜ山に登るのか」「そこに山があるからだ」という問答は多くの人が知っていることだろう。山に登るというのはレジャーでありながら、世界で最も危険なスポーツでもある。本作は、その登山の危険性と不可思議な魅力を二人の男を通じて描き出している。

 

「経営者は登山を趣味にすることが多い」と、とある経営者から聞いたことがある。理由は「孤独になれるから」とのことだった。なるほどなと思う。確かに登山は非常に孤独な営為だろう。だが、趣味ではなく職業、いや、生き様としての登山というものはあるのだろうか。本作はこうした問いにも一定の答えを提示している。

 

羽生丈二の不器用な生き方は、まさに登山家を思わせる。サラリーマンとして和して同ぜず、スポンサーのためではなく自分のために登るのだと公言する。バディに何かアクシデントがあった時には迷わずロープを切ると言い放つ非情さにも似たプロフェッショナリズム。しかし、若い文太郎の身に起きたアクシデントに対してはそのような真似はせず、救出のために最善を尽くそうとする。しかし・・・ こうした体験を通じて、なお山に登り続ける羽生という男の生き様、さらに山そのものが持つ妖しい魅力、いや魔力と言うべきか。そうしたものを解き明かしたいと願う深町の邂逅は実にドラマチックだ。

 

エヴェレストの過酷すぎる環境と、それに挑む羽生、その羽生の姿をカメラと自身の目に刻み付けようとする深町。ほとんど台詞らしい台詞もなく、黙々と頂きを目指す二人の男の姿は、観る側の理解や共感を拒む。明らかにカネのためでも名誉のためでもない。その試みは、死の危険に直面してこそ世を実感できるといった類のものでもない。文太郎への贖罪というだけでも説明がつかない。マロリーがエヴェレスト登頂に史上初めて成功したのかどうかという、当初のミステリーも最早意味を持たない。マロリー、羽生、深町。観る側はこれらの男たちと同化する。神々の山嶺から見える光景とは何か。是非とも味わってほしい。

ネガティブ・サイド

登山以外の部分の描写が不足していた。日本社会における、あるいは他国での登山というスポーツの人気、知名度などについてもう少し描写が欲しかった。それがあれば、野口健のような、登山家なのかタレントもどきなのか分からない山登りが生まれてしまう背景などについて想像力を働かせられたのだろうが。

 

ボルトやピトンがふんだんに使われていたが、登山の歴史=道具の発達の歴史でもある。そうした道具の使い方や、あるいは羽生がアルバイトしている店での客への解説などがあれば、登山を全く知らない人でも本作の世界に入りやすくなったのではないだろうか。

 

吹き替えの声の音量が全体的に少し大きいと感じた。声のボリュームだけを5%落とせれば、もっとナチュラルな出来になっていたはず。

 

総評

漫画『 孤高の人 』の加藤文太郎しかり、映画『 フリーソロ 』のアレックス・オノルドしかり。登山家の生き様には理解しがたいところが多い。しかし、理解する必要などないのかもしれない。頭で理解するのではなく、心で感じ取る。それだけでいいのだろう。本作は、紛れもなく観る者の心を打つ力を持っている。山に登る者、それを追いかける者、そうした者たちを睥睨する神々の山嶺の容赦のない環境。なんとも濃密なドラマである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

set up a bivouac

「ビバークを設営する」の意。なにかのクロスワードで 8-letter word のキーになっていて、かなり呻吟した覚えがある。set up の set が過去形で、答えが encamped だった時には「んなもん、ノンネイティブに分かるわけないやろ・・・」とガックリきた。日常英会話ではまず間違いなく使わない表現だが、クロスワード愛好家なら知っておいて損はない・・・かなあ?

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アドベンチャー, アニメ, ヒューマンドラマ, フランス, ルクセンブルク, 堀内賢雄, 大塚明夫, 監督:パトリック・インバート, 配給会社:ロングライド, 配給会社:東京テアトルLeave a Comment on 『 神々の山嶺 』 -登ることが生きること-

『 四畳半神話大系(DVD) 』 -原作小説の秀逸な分解・再構成-

Posted on 2022年7月9日 by cool-jupiter

四畳半神話大系 80点

2022年7月4日~7月5日に視聴

出演:浅沼晋太郎 坂本真綾 吉野裕行

監督:湯浅政明

 

本業の大学関連業務で忙殺されているので簡易レビューを。


あらすじ

薔薇色のキャンパスライフを夢見る「私」(浅沼晋太郎)は、大学の様々なサークルから勧誘を受ける。だが、どのサークルに所属しても小津(吉野裕行)という悪友に出会い、黒髪の乙女との交際は遠のいてしまい・・・

 

ポジティブ・サイド

原作小説のテンポの良さはそのままに、浅沼晋太郎が「私」に見事に生命を吹き込んでいる。坂本真綾も、どこか冷笑的だが人間味のある明石さん役を好演。悪童・小津を演じた吉野裕行の愛の込められただみ声も印象深い。

 

小説中の様々なエピソードを見事に膨らませ、様々なサークルに所属しながら無為で無意義な大学生活を繰り返してしまうという原作ストーリーの根幹部分をうまく補強している。

 

オープニングの下鴨幽水荘のループ的な映像演出が素晴らしい出来映えで、各話の冒頭からエンディングまでの流れが一種の様式美にまで昇華している。各キャラクターの動きを最小限に抑えていることが、逆に小説の静的なイメージとも共通していて良い感じ。

 

最終11話の出来が特に秀逸。確かに英訳が The Tatami Galaxy になるのもうなずける。

 

小津の「藪用」が野暮用になっていた。Nice correction.

 

ネガティブ・サイド

天の采配はそのままだった・・・

 

総評

小説『 四畳半神話大系 』のアニメ化で、『 犬王 』の湯浅政明が監督。『 四畳半タイムマシンブルース 』の予習にと再鑑賞したが、全4章の原作を11エピソードのアニメに巧みに分解・再構成している。一つひとつはぶつ切りかつ独自のエピソードだが、順番通りに見ることが大きな意味を持つようになっている。小説を読んだ人は、ぜひ映像でも楽しもうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

maze

「迷宮」の意。『 キラー・メイズ 』でもメイズという言葉が使われているように、入り組んだ構造のことを指す。対照的に、labyrinth = ラビリンスは『 迷宮物語 』のラビリンス*ラビリントスのように、入る(そして出る)箇所が一つに絞られるような迷路を指す。もう一つよく言われるのは、メイズもラビリンスも迷路だが、屋根がないものがメイズ、屋根があればラビリンスだというもの。昔、同僚ネイティブに maze と labyrinth の違いを尋ねたが、彼は呻吟するばかりであった。その後、「癇に障る」と「癪に障る」の違いは何だ?「桁外れ」と「桁違い」の違いは何だ?と反撃された。英語マニアだけが知っていればいい違いと言えるだろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, A Rank, アニメ, ファンタジー, 吉野裕行, 坂本真綾, 日本, 浅沼晋太郎, 監督:湯浅政明, 青春Leave a Comment on 『 四畳半神話大系(DVD) 』 -原作小説の秀逸な分解・再構成-

『 ブルーサーマル 』 -もっと空を飛ぶことにフォーカスせよ-

Posted on 2022年6月9日 by cool-jupiter

ブルーサーマル 60点
2022年6月5日 塚口サンサン劇場にて鑑賞
出演:堀田真由
監督:橘正紀

『 トップガン マーヴェリック 』を2週連続で鑑賞して、頭が機内モードならぬ飛行機モードである。地元の映画館でグライダーの映画をやっていると知り、チケットを購入。

 

あらすじ

サークル活動や恋など、夢野キャンパスライフに憧れて青凪大学に入学した都留たまき(堀田真由)は、テニスサークルへの体験入会中に航空部のグライダーの翼を破損させてしまう。弁償するため航空部に雑用係として入部したたまきは、主将の倉持が操縦するグライダーで初めて空を飛んだことで、空に魅了されてしまい・・・

ポジティブ・サイド

空を飛ぶ映画というと『 BEST GUY 』や『 風立ちぬ 』、『 トリガール! 』などが思い浮かぶが、本作では内燃機関あるいは人力などの動力源なしに飛ぶグライダーという点が非常にユニーク。『 天空の城ラピュタ 』でパズーとシータが乗り込む凧型グライダーぐらいしか思いつかない。そんなグライダーを駆って、大空を舞う航空部の存在というのをJovianは本作で初めて知った。鳥人間コンテストはある時期から半分以上ぐらいのコンテスタントはお笑い要員だったが、航空部は機体に登場するにあたって医師による健康診断も必要と、相当に本格的である。こういった細かな描写がしっかりしているところが素晴らしい。リアリティが実感できる。

 

グライダーには動力がないので、風を捕まえて飛ぶしかない。そこで上昇気流を利用するわけだが、稀に雲(積乱雲をイメージすると言い)などがない場所で発生する認識しづらい上昇気流をブルーサーマルと呼ぶらしい。幸せの青い鳥ならぬ青い上昇気流である。ただ、blue thermal という英語はググった限りでは存在しないようである。おそらく和製英語、それもグライダー界隈のジャーゴンであると思われる。

 

閑話休題。たまきが所属することになる航空部の面々も多士済済。なぜか友達になるより前に付き合う(?)ことになってしまう空知や技量抜群のパイロットである倉持らとの出会いが、たまきを大きく変えていくこと。ベタではあるが、青春の爽やかなビルドゥングスロマンになっている。特に印象的なのは、たまきが他大学との合同練習で出会うライバルおよび意外な人物。典型的な関西人が現れてたまきに突っかかってくる。また、たまきに心理的なプレッシャーを与えてくるもう一人の人物は、観る側もささくれだった心持ちにさせる。たまきがこのねじれた人間関係にどうアプローチしていくのかが物語の大きな見どころになる。

 

もう一つ、空自体の高さや広さも見どころである。遠くの景色や地面の描写が丁寧で、『 トップガン マーヴェリック 』とまではいかないが、空を飛ぶ感覚を味わわせてくれる。いくつかある飛行シーンはなかなかのカタルシスをもたらしてくれる。疾走するような飛行ではなく、風をつかむ飛び方、浮遊感のある飛び方である。絶対ないのだろうが、4DXやMX4Dで体験してみたいと思わせてくれた。

ネガティブ・サイド

飛ぶ楽しさは堪能できるものの、その前に必要な座学がまったく共有されないので、たまきが空知や他の部員たちに色々と叱られる部分で共感できない。『 トップガン マーヴェリック 』でマーヴェリックがF-18の極太の戦技マニュアルをゴミ箱に捨てていたが、あれは ”If you think, you’re dead.” な本能型の天才パイロットの成せる業。本来ならば、空を飛ぶとはどういうことかを、ほんの3分程度で良いのでたまきに学ばせるシーンを映すことで、観る側にも翼が破損することの危険性、機体整備の重要性、航空力学、気象学などをダイジェストで伝えるべきだった。それがないためにたまきが工具を紛失するところや、逆に機体のバンク角はどれくらいが適切で、どれくらいが攻めた角度になるのかが分からなかった。少なくともJovian妻はそのあたりがチンプンカンプンだったとのことである。

 

全体的に内容を詰め込みすぎとの印象である。その割には様々な人間関係が深まっていかない、あるいは追求すべきドラマが放置されたままというのが多い。倉持や空知以外の部員との関係も特に描かれないし、ライバル大学の部員たちの関係も深堀りされない。ここなどは、倉持とたまきの師弟関係とのコントラストを描く絶好の機会なのに、脚本ではみすみすスルーしてしまっている。誠に惜しいと言わざるを得ない。

 

たまきが序盤に心肺能力の高さを見せるのはスポーツのバックグラウンドがあることから納得できるが、グライダーのバンク角を正確に推測する眼力あるいは体性感覚の鋭さについては、なにも情報はなし。たまきが天性のフライヤーで、説明はつかないものの、天才的な飛行の感性や感覚を披露していくのか?と思わせて、そういった展開もなし。キャラの深堀りが適切になされていなかった。同様のことは空知や倉持、朝比奈や羽鳥にも当てはまった。

総評

恋愛感情は否定しないが、それが芽生える瞬間の説得力が非常に弱い。そこは思い切って全部省いて、2時間弱のすべてをグライダーの整備や操縦、様々なパイロットたちとの切磋琢磨を描くことに費やすべきだったと感じる。ただ、青春アニメ映画なので色恋の一つや二つは許容すべきなのかもしれない。底が気にならない向きであれば、グライダーで空を飛ぶ若者たちの豊饒な物語が味わえることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

replacement

「代わり」の意。代わりを見つける= find a replacement というのはよく使われるコロケーションである。英会話初級から中級ぐらいの人は知っておきたい。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, アニメ, 堀田真由, 日本, 監督:橘正紀, 配給会社:東映, 青春Leave a Comment on 『 ブルーサーマル 』 -もっと空を飛ぶことにフォーカスせよ-

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