Skip to content

英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

  • Contact
  • Privacy Policy
  • 自己紹介 / About me

カテゴリー: 海外

『 永遠の門 ゴッホの見た未来 』 -瞬間を切り取る芸術家の苦悩-

Posted on 2019年11月14日2020年4月20日 by cool-jupiter

永遠の門 ゴッホの見た未来 70点
2019年11月10日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ウィレム・デフォー オスカー・アイザック ルパート・フレンド マッツ・ミケルセン
監督:ジュリアン・シュナーベル

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191114213908j:plain 

『 ボヘミアン・ラプソディ 』でフレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックがアカデミー賞主演男優賞を受賞したのは記憶に新しいが、その時のノミニーの一人がウィレム・デフォーだった。ゴッホに関しては「キモイ絵を描く画家」という認識しかなかったが、本作を観て自分の直感の正しさと、自分の芸術感の皮相さの両方を感じたい次第である。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191114213929j:plain

 

あらすじ

売れない画家のゴッホ(ウィレム・デフォー)は、ゴーギャン(オスカー・アイザック)という知己を得て、「南に行け」との助言を得る。南仏アルルで創作活動に励むも、周囲には彼の作品は理解されず・・・

 

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191114213954j:plain

ポジティブ・サイド

Jovianをはじめ、芸術に関して特に詳しくない一般人からすれば、ゴッホといえば「ひまわり」と「自画像」だろう。『 コズミックフロント☆NEXT 』を熱心に視聴する天文ファンなら「星月夜」も挙げられるだろう。その程度のライトな芸術の知識しか持たない者にとっては芸術学概論、絵画概論的な役割を果たしてくれるだろう。景色や人物の最も美しい瞬間を、巧みで素早い筆使いでキャンバスに再現していくことは、確かに一瞬を永遠に置き換えていく作業のように感じられた。

 

今作のカメラワークは独特である。しばしばゴッホ自身の目線で風景や動物、人物を捉え、また自身の足元をも捉える。そしてその視線は常に空へと向けられる。『 ブルーアワーにぶっ飛ばす 』や『 君の名は。 』ではないが、ゴッホがブルーアワーや黄昏時、逢魔が時のような短時間だけしか存在できない時間と空間の体験を切に追い求めていたことがよく分かる。

 

ゴッホの自然観や審美眼が独特、別の言い方をすれば異端的であったことが、彼が美術館を訪れるシーンでよく分かる。我々は芸術を、中学校の美術や高校の世界史的に捉える傾向がある。すなわち、この時代のこの地域の画家の筆致にはこのような特色があり、あの時代のあの地域の画家の筆致にはあのような特徴がある、という分類整理された見方をしがちである。ゴッホは芸術をカテゴライズすることなく、自らの信念によって規定した。それが彼の見た未来、すなわち現代だろう。個々人がそれぞれに美しい、あるいは表現したいと信じるものを表現していくことが現代の芸術であるならば、「あいちトリエンナーレ2019」の騒動を見る限りでは、日本の芸術は危機に立っている。

 

広い草原にある時は佇み、ある時は寝ころぶゴッホは、とても孤独である。その孤独が彼の創作を手助けしている。一方で彼は弟のテオ以外に頼れる人間がいない。ゴーギャンとは知己ではあっても知音にはなれなかった。現代風に言うならば「コミュ障」であるゴッホの創作への没頭と充実した人間関係の渇望のコントラストは悲しいほどに鮮やかである。そして、マッツ・ミケルセンによる言葉そのままの意味での“説教”は、信念と信念の静かなぶつかり合いである。生き辛さを感じた時には、マッツ・ミケルセンを思い起こそう。ほんの少しだけそう思えた。

 

ゴッホとほぼ同時代人に生の哲学者ニーチェがいるが、彼の「永劫回帰」理論は、ともすれば虚無主義に陥る諸刃の剣である。それを乗り越えられるのが「超人」であり、あるいは絵画や彫刻といった芸術なのだろう。ゴッホはシェイクスピアを愛読していたようだが、それならばゲーテを読んでいたとしても何の不思議もない。彼も『 ファウスト 』に触発され、「時よ止まれ。お前は美しい」というメッセージを絵画という形で我々に発してくれたのだろう。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191114214021j:plain 

ネガティブ・サイド

劇中でとある女性が「誰も彼もが根っこを描いて/書いて(?)」と口にするシーンがあるが、これは何だったのだろう。J・P・サルトルの『 嘔吐 』を思い浮かべたが、時代が異なる。かぶらない。なんだったのだろうか。説明が欲しかった。

 

ゴッホが冒頭のモノローグで望むものが手に入らない、手に入れられないというシーンが欲しかったと思う。ゴッホは芸術の観点からは永遠を見つめ、思想の面ではある意味で未来を、つまり現代を見つめていたわけで、サルトルの言う「地獄とは他人のことである」という思想、そして栗山薫の言う「我々がそれでも求めるものは他者」という思想の、その両方を体現する者としての姿をもっと見せて欲しかった。

 

ゴッホの晩年以外の描写もあれば、introductoryな映画としての機能も果たせただろうと思う。おそらくゴッホおよび芸術全般に詳しくない人間には理解が及ばず、ゴッホおよび芸術全般に造詣が深い人間には物足りない作りになっている。そのあたりのバランス感覚をジュリアン・シュナーベル監督には追求して欲しかった。

 

総評

芸術的な映画である。分かりやすい映画的なスペクタクルは存在しないが、光と闇が混淆する一瞬を切り取り、キャンバス上に再現しようとする芸術家の苦悩は確かに伝わってくる。また人間関係に悩む人に対して、何らかのインスピレーションを与えてくれることもあるだろう。ゴッホのように生きるか、あるいは彼を反面教師にしても良い。デート・ムービーには向かないが、じっくりと一人で映画を鑑賞したいという向きにはお勧めできる作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Leave me alone.

 

かのダイアナ妃の最後の言葉ともされる。「一人にしてくれ」の意である。プライバシーが必要な時も必要であるが、この台詞を吐けるということは、その人の周りには誰かがいるのだということの証明でもある。『 タクシードライバー 』のトラヴィスの“Are you talking to me?”とは、ある意味で対極の台詞なのかもしれない。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, アメリカ, イギリス, ウイレム・デフォー, オスカー・アイザック, フランス, マッツ・ミケルセン, ルパート・フレンド, 伝記, 監督:ジュリアン・シュナーベル, 配給会社:ギャガ, 配給会社:松竹Leave a Comment on 『 永遠の門 ゴッホの見た未来 』 -瞬間を切り取る芸術家の苦悩-

『 ターミネーター ニュー・フェイト 』 -アクション○、ストーリー×-

Posted on 2019年11月13日2020年4月20日 by cool-jupiter
『 ターミネーター ニュー・フェイト 』 -アクション○、ストーリー×-

ターミネーター ニュー・フェイト 50点
2019年11月9日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:リンダ・ハミルトン アーノルド・シュワルツェネッガー マッケンジー・デイビス ガブリエル・ルナ
監督:ティム・ミラー

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191113014243j:plain 

T2の正統的な続編であると散々喧伝されてきた。Jovianは『 ターミネーター 』を親父の持っていたVHSで小5ぐらいに観た。『 ターミネーター2 』は小6の夏休み明けに家族で劇場で観た。両作とも文句なしに傑作だった。では本作はどうか。Twitter界隈や多くの海外レビューにある通り、『 スター・ウォーズ/フォースの覚醒 』そっくりであった。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191113014531j:plain

あらすじ

審判の日は回避された・・・はずだった。しかし、メキシコに暮らすダニー(ナタリア・レイエス)の元にターミネーターREV-9(ガブリエル・ルナ)が未来から襲来。また、それを阻止すべく強化人間のグレース(マッケンジー・デイビス)も未来からやってくる。さらに追い詰められた彼女らの元に、サラ・コナー(リンダ・ハミルトン)が姿を現し・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191113014614j:plain

ポジティブ・サイド

20世紀FOXがまたやってくれた。『 ターミネーター2 』のサラの狂気溢れる語りが、製作・配給・提供会社らのロゴを交えたオープニングシーンと混ざり合い、何とも不思議な感覚を生み出している。『 ピッチ・パーフェクト ラストステージ 』や『 ボヘミアン・ラプソディ 』、『 アリータ バトル・エンジェル 』など、オープニングから物語世界へとシームレスに移行していく試みは歓迎したい。ディズニーのやり方に思うところが無いわけではないが、『 スター・ウォーズ 』の世界観を壊さないオープニングや、20世紀FOXのオープニングの工夫を尊重してくれていることは素直にありがたい。

 

冒頭の若いサラとジョン、シュワちゃん演じるターミネーターのシーンは、最初はT2本編からの削除シーンをあれこれといじくったのかと思ったが、体は別の役者、顔だけCGで貼り付けたという。まるでT4のようであるが、これはこれでありだろう。全ての映画で『 ジェミニマン 』的な手法を取り入れては、カネがいくらあっても足りない。

 

今作はアクション開始までの時間が短い。あれよあれよとREV-9の襲撃とグレースの護衛ミッションが始まる。そのアクションはT3以上である。ボディの一部を刃物状に変化させるのは新型ターミネーターのお約束になりつつあるが、そのターミネーターとのチャンバラ的にやり合う序盤と終盤のシークエンスは手に汗握ること請け合いである。またクレーンに吊るされたT-800がビルに叩きつけられのとは違い、グレースは強化人間である。つまり、傷=ダメージである。そのことがアクションシーンに更なるサスペンスを生み出すことに成功している。

 

そして何と言ってもリンダ・ハミルトン、そしてアーノルド・シュワルツェネッガーとの再会には感慨深いものがあった。それはまるで『 スター・ウォーズ/フォースの覚醒 』でハン・ソロが“Chewie, we’re home.”と呟く瞬間であったり、もしくはキャリー・フィッシャーの登場に合わせての“Prince Theme”の流れる瞬間であったり、ルークの登場シーで流れる“The Force Suite”だったり、あるいは『 クリード 炎の宿敵 』のトレーラーがDragoというネーム入りのガウンを見せた瞬間、もしくは『 ブレードランナー2049 』でデッカードが登場した瞬間のような、ノスタルジックな気持ちにさせてくれた。特にリンダ・ハミルトンは、戦う姫のプリンセス・レイア、戦う航海士リプリーと並んで、戦う母親像を本作でさらに solidity したと言える。そしてマッケンジー・デイビスの華麗なる変身の何と見事であることか。『 タリーと私の秘密の時間 』でも素晴らしい余韻を残してくれたが、今作では女戦士として見ごたえあるアクションを披露してくれた。

 

全体的には、ノスタルジーに浸るには良い作品に仕上がっていると言えるだろう。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191113014705j:plain 

ネガティブ・サイド

まず、製作総指揮のジェームズ・キャメロンは何をやっているのか。あまりにも過去の作品からのアイデアの流用が多すぎる。と同時に、シリーズの原点を見失ってしまっているようにも感じられる。

 

まずターミネーターという悪役にしても味方にしても味のあるキャラクターの最大の恐怖であり魅力は、文字通り「鉄の意志」で任務を遂行しようとする姿勢にある。T2のターミネーターにあった融通の利かなさ、それは例えばジョンに「片足を上げろ」と言われて、いつまでも上げ続けるところや、「人間を殺さない」という誓いを立てた次の瞬間に発砲し、慌てふためくジョンに「死なないよ(He’ll live.)」と事もなげに言い放つところが、ターミネーターの見た目は人間でも中身はロボットという事実をこの上なく物語っていた。そうしたキャラが涙の意味を理解し、従容としてthumbs-upをしながら溶鉱炉に沈んでいくからこそ、感動が生まれたのではないか。本作はそうしたT-800の魅力の半分を奪い取ってしまっている。メカメカしかった動きをすることなく、犬がなつくT-800には激しい違和感を覚えた。スカイネットが自我に目覚めるならば、T-800が自我に目覚めてもおかしくはない。理屈の上ではそうだが、あまりにも現代的なメッセージを無理やり詰め込んだようにしか思えなかった。そもそもこのT-800ネタもT3から来ている。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191113014729j:plain

いや、冒頭の工場でのバトルからその後のカーチェイスまで、T1、T2、T3で観たアングルやショットのオンパレードである。オリジナルな要素があまりにも少ない。そもそもREV-9というターミネーター・モデルにしても、T3のクリスタナ・ローケンと『 ターミネーター:新起動/ジェニシス 』でのMRIとターミネーターの構図が元ネタであることは想像に難くない。というか、ここまで過去作のモチーフを取り入れるのなら、なぜ味方キャラのいずれかに変身・擬態しないのか。ジェネシスですでにやった?ここまで二番煎じを恥じる必要はないだろう。そもそもジェニシスでも一番盛り上がったのは若アーノルドと老アーノルドの激突だった。ここまで過去作へのオマージュを散りばめるのなら、徹底してやるべきだった。REV-9へのトドメもT3のネタをほぼそのまま流用していたので、尚更にそう感じる。

 

ストーリー上の齟齬も散見される。ダニーとグレースに「あんたらは現代を知らない」と一喝しておきながら、ドローンや衛星を考慮に入れないサラ・コナーに喝!『 デスノート Light up the NEW world 』ではないが、細心の注意を払うのならばサングラスにマスクぐらい着用しろと言いたい。それに、二体に分裂するターミネーターの片方にバズーカを一発命中させたぐらいで余裕かまして“I’ll be back.”はないだろう。呑気すぎるし、あまりにも緊張感に欠ける。この決め台詞はもっと別の場面に取っておくべきだった。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191113014756j:plain 

強化人間グレースに弱点を設定する意味もない。設定するならば梅原克文の小説『 二重螺旋の悪魔 』の神経超電導化のような超反射神経、超運動神経、超回復力で、エネルギー効率が超絶悪い=すぐに水分および栄養分不足に陥るぐらいでよかったのではないか。せっかくの女性版カイル・リースなのだから、人間の人間的な部分、ターミネーターと根本的に異なる部分を前面に押し出すべきだっただろう。中途半端な改造強化人間にしてしまったせいで、T4のマーカス・ライトが反転したようなキャラになってしまった。

 

あとはシュワちゃんがたんまり溜め込んだ武器の使いどころがない。T2で、サイバー・ダイン社の爆破時にT-800が警官隊をサラが収集していた武器の圧倒的な火力で蹴散らしたようなシークエンスを期待したが、それも無し。このシリーズの様式美として、圧倒的な火力の放出があるのだが、それが不十分だった。アクションは足りていた。火力が足りなかった。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191113014819j:plain 

総評

期待にしっかりと答えてくれている面とそうでない面が両極端に綺麗に分かれている。ド派手なアクションを期待する向きにとっては最高の作品だろう。だが、これは凡百のアクション映画ではない。ターミネーターなのだ。シリーズの定跡や様式美を受け継ぐことは当然のこととして、T1やT2を超えてやろうという気概こそが求められていたはずだ。結果としてそれが成し遂げられなくても構わない。そのチャレンジ精神は観る者に伝わる。だが、本作はティム・ミラー監督とジェームズ・キャメロンのケミストリーが、良くない結果につながっているように感じられる。

 

Jovian先生のワンポイントスペイン語レッスン

Vamos.

スペイン語で頻繁に用いられる言葉。英語にすると“Come on.”であったり、“Let’s go.”だったりする不思議な表現である。リーガ・エスパニョーラ、あるいはメキシコのボクシングを観戦するという人ならば、馴染みの深い言葉だろう。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, SF, アーノルド・シュワルツェネッガー, アクション, アメリカ, ガブリエル・ルナ, マッケンジー・デイビス, リンダ・ハミルトン, 監督:ティム・ミラー, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 ターミネーター ニュー・フェイト 』 -アクション○、ストーリー×-

『 マイレージ、マイライフ 』 -大人、そして男というややこしい生き物-

Posted on 2019年11月11日 by cool-jupiter

マイレージ、マイライフ 65点
2019年11月7日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ジョージ・クルーニー ベラ・ファーミガ アナ・ケンドリック J・K・シモンズ
監督:ジェイソン・ライトマン

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191111103349j:plain


 

何度も劇場に足を運んでいると、それだけたくさんの予告編を自動的に観ることになる。その中でも、最近は特に『 マチネの終わりに 』が気になるようになってきた。言ってみればオッサンとオバサンの恋愛模様なのだが、なにやら重そうだ。それならそれを中和するためにも、事前にあっさり軽く、しかもそれなりにシリアスさもある作品を鑑賞しておくかと本作をピックアウトした。

 

あらすじ

ライアン・ビンガム(ジョージ・クルーニー)は解雇通告の代理人。クライアント企業に依頼され、全米を飛行機で飛び回りながら、従業員にクビを言い渡していく。彼の夢は1000万マイルを貯めること。ある時、ライアンは空港でアレックス(ベラ・ファーミガ)と知り合い、割り切った体だけの関係を始める。一方、彼の勤め先ではナタリー(アナ・ケンドリック)が非対面式の解雇通告の方法を立案していて・・・

 

ポジティブ・サイド

日本では退職代行の会社が人気を博し、その一方でその業務には法律的にあやふやな面もあることが指摘されている。従業員が会社を辞めるというのは、一大イベントであることは間違いない。逆を言えば、会社が従業員を辞めさせるのも、一大イベントであるわけである。そして、退職代行業が成立するのなら、解雇通告代行業があってもおかしくない。2009年製作の本作であるが、日本の退職代行サービスの創業者は本作にインスピレーションを得た可能性が微粒子レベルで存在している?

 

主演のジョージ・クルーニーが、粛々と人々の首切りをしていくのはプロの仕事ぶりであると同時に、非人間的にも映る。お気楽な独身男で、世俗の歓楽を健全に享受し、身を滅ぼすような真似はせず、自らの仕事に誇りを持って、空を自分のホームであると思っている。まるでジョージ・クルーニーがジョージ・クルーニーを演じているようだ。彼の代表作はテレビドラマの『 ER緊急救命室 』と映画『 オーシャンズ11 』だが、本作でもその存在感は健在である。冷酷非情な仕事ではあるが、対面で解雇を伝えることには「尊厳(dignity)がある」と主張するプロフェッショナリズム、男女の関係の機微を論じずに切って捨てるクールさ、そして切って捨ててきたものを振り返って、自分がこれまでに手に入れたもの、そして手に入れ損なったものに気がつく人間味の全てを、クルーニーは体現している。

 

その相手役であるベラ・ファーミガも実に魅力的である。milfyという形容詞が相応しい(気になる人だけ意味を調べてみよう)。「私は後くされのない女よ(I’m the woman you don’t have to worry about.)」とは、非常に強烈なメッセージだ。未知のセックスへの好奇心だけで始まった関係に狂わされることもなく、かといって生理的な欲求を淡々と処理しているだけという無味乾燥さもない。駆け引きはしないが、その代わりに拘束もしない。一言で言えば大人のオンナである。女ではなくオンナと書いたが、その意味は作品をご覧いただければ分かるだろう。

 

アナ・ケンドリックも小娘役を好演した。20代で仕事と結婚したとのたまう輩は、男女の別を問わず、恋愛で手痛い失敗をしたと言っているようなものである。そして、恋愛関係および職務に甘美な幻想を抱く傾向があるものなのである。ジョージ・クルーニーの生き様に自らの来し方行く末を見出し、「あなたってサイテーね!(You’re an asshole!)」と言ってのけるのは痛快である。大人になろうと足掻く子どもが、子どものままでいる大人に説教するシーンには、独特の爽快感がある。いい年こいて、こういうシーンを有り難がるのは、Jovian自身が子どものままでいる大人だからだろうか。

 

ネガティブ・サイド

ジョージ・クルーニーによる空の旅の手ほどき場面は興味深かったが、仕事の多くを機上の人として過ごす人ならではの考察や分析、ルーティンなどをもっともっと見てみたかった。特にアジア人に対する考察は面白かった。アメリカ人も「足元を見るのだな」と感じたが、こういうユニークな視点をライアン・ビンガムという男からもう少し引き出すことは不可能ではなかったはずだ。

 

ライアンの家族についても、もう少し掘り下げた描写が欲しかった。あるいは、編集でカットされたのか。姉に「あなたは存在していなかった」と言われるのは、その頃から機上の人ならぬ孤高の人だったからか。それにしては、高校ではバスケをしていて、ポイントガードだったと言う。わがままなシューティングガードだったというのなら、もう少し納得がいくのだが。

 

あとはJ・K・シモンズの出番が少ない。この男との面談が、クライマックスのpep talkの内容が鮮やかなコントラストを形成するのだが、ここはシモンズにもっと語らせるべきだった。いや、シモンズからライアン・ビンガムに問いかけるような形が望ましかった。そうすることで、一方的に人を切るだけの、さらに恋愛においても感情よりもテクニックを優先させる人でなしが、人間味に、そして人生の意味に目覚める契機をよりドラマティックに演出できたのではないかと思う。

 

総評

ジェイソン・ライトマン監督には基本的に外れが無い。特に『 サンキュー・スモーキング 』や『 JUNO ジュノ 』、『 タリーと私の秘密の時間』など、男の賢しらな一面、つまりアホな面を切り取ることに長けている。世の男性諸賢はライトマン作品を鑑賞して、人のふり見て我がふり直せを実感することができるだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Up in the air.

 

原題はup in the airであるが、これは「飛行機に乗って空にいる」という意味と「(予定や計画が)宙ぶらりん状態である」のダブル・ミーニングである。ライアン・ビンガムというキャラクターを名状するのに、これ以上にふさわしい表現はなかなか見つからない。

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2000年代, C Rank, J・K・シモンズ, アナ・ケンドリック, アメリカ, ジョージ・クルーニー, ヒューマンドラマ, ベラ・ファーミガ, 監督:ジェイソン・ライトマン, 配給会社:パラマウントLeave a Comment on 『 マイレージ、マイライフ 』 -大人、そして男というややこしい生き物-

『 ホームステイ ボクと僕の100日間 』 -生まれ変わりものの佳作-

Posted on 2019年11月6日2020年4月20日 by cool-jupiter

ホームステイ ボクと僕の100日間 65点
2019年11月4日 テアトル梅田にて鑑賞
出演:ティーラドン・スパパンピンヨー チャープラン・アーリークン
監督:パークプム・ウォンクム

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191106010124j:plain 

森絵都の原作小説『 カラフル 』は未読。原恵一監督によるアニメ化作品も未鑑賞。それでも『 バッド・ジーニアス 危険な天才たち 』のスタッフが製作しているからには、一定水準以上のクオリティが担保されているはずと確信してチケットを予約。確かに一定の面白さはあった。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191106010145j:plain

 

あらすじ

ボクは死んだ。しかし、「あなたは当選しました」という謎の声が聞こえた。気がつくと、そこは霊安室。ボクは“ミン”(ティーラドン・スパパンピンヨー)という17歳の男子の身体に生まれ変わったのだ。しかし、謎の存在である管理人は告げる、「 100日以内にミンの死の真相を突き止めなければ、お前の魂は永遠に消滅する 」と。ボクはミンが何故死んだのかを突き止められるのか・・・

 

ポジティブ・サイド

まずタイという国が輪廻転生をテーマにした原作を見逃さなかったことが素晴らしい。たとえば『 怪しい彼女 』のような若返りをテーマにした作品には普遍性がある。それは古今東西を問わず、人類が共通して抱く夢だからだ。一方で輪廻転生はそうではない。死生観は文化圏や宗教によって大きく異なるからである。タイという国民のほとんど全員が仏教徒である国、さらに日本のような大乗仏教ではなく、上座部仏教の国が輪廻転生的な生まれ変わりをテーマにした作品を独自に翻案することは必然なのかもしれない。

 

新生ミンの学校生活は青春の甘酸っぱさが感じられた。「ああ、俺にもこんな青春があったな」という気分になれた。特にチャープラン・アーリークン演じるパイとの交流は、橋の上での健全な意味での若気の無分別の発露あり、嬉し恥ずかしのファーストキスありと、青春映画のお手本のような作りになっていた。特にキスの後のパイの達成感と余裕の両方を思わせる微笑は、ミンの先輩にしてチューターという立場もあるだろうが、いわゆるお姉さんキャラ然としたオーラを放っていた。日本のアイドル的な女優連中も、この表情や仕草、所作はよくよく研究した方がよい。

 

同じマスゲーム部員のサルダー・ギアットワラウット演じるリーも味のあるキャラである。典型的な異性の友達的なキャラであり、ミンに心奪われた瞬間に色気ではなく食い気を放つところもポイントが高い。そしてミンが全くリーの恋心に気付かず、それでも無意識のうちにリーの心を掴んで離さない言動をしてしまうところも何とも罪作りである。「ああ、俺にもこんな青春があったな」という気分になれた。

 

マスゲームが終盤のシネマティックかつドラマティックな演出に一役買っており、ボクがミンの謎を探り当てる際の大きなヒントの役割を果たしている。これにはハッとさせられた。日本の原作も子の通りなのだろうか。だとすれば、原作者の森絵都は映像化を意識して執筆していたと見て間違いないだろう。

 

家族や友人が皆、キャラクターが立っていて個性的である。映像的にも息を呑むような演出が随所にあるので、観ていて単純に飽きない。冒頭数分のスーパーナチュラルなテイストの部分を抜ければ、高校生~大学生のデートムービーに好適かもしれない。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191106010209j:plain

 

ネガティブ・サイド

ストーリーの進め方に難がある。各サイトのあらすじやトレーラーでも言及されている“パソコン”に行き着くまでが長い。また、すぐ上でも言及したが、映画のトーンが一定していない点も気になる。冒頭だけを取り出せば、まるでホラーかスーパーナチュラルスリラー映画である。それが青春恋愛ものになり、そして中盤以降は家族を巡るサスペンスものになるのだから。全体を貫くトーンとして、例えばミステリ色をもっと基調にするなどの工夫はできたはずだ。“管理人”もそこかしこで登場するが、奇妙な空間演出は最初の一回だけでお腹いっぱいである。あとは、普通の人間の中に不意に紛れ込んで、ミンに謎解きを急げと呟くだけのキャラで良かったように思う。タイは世界最大の仏教国で、輪廻転生の考え方が浸透しているのだから、ミンが当選した「経緯」は謎であっても、ミンが当選した「事実そのもの」に殊更に超自然的な要素を加味しなくてもよいだろう。

 

また、ミンの自殺の真相も正直なところ、拍子抜けである。いや、パイの裏事情には同情しないこともないが、特に家族を巡る謎解きに関しては、西洋東洋の伝統的な家族観の違いが出ている。例えば『 アバウト・レイ 16歳の決断 』のレイと本作のミンはほぼ同世代である。しかし、現実を粛々と受け入れたレイと現実から逃避したミンのコントラストは、個人というよりも文化圏の違いだろう。(そうした意味では『 凛 りん 』というのは設定だけはそれなりに異色でユニークな作品だったなと思い出された。)「こんな人生なら誰でも自殺したくなる!」というミンの台詞は、死=消滅という文化圏ではなく、死んでも生まれ変わるという宗教的観念が浸透した社会、つまり非常にローカルな心の叫びに聞こえてしまった。

 

また展開が全体的にスローである。100日というのが長すぎるのかもしれない。真相究明までのカウントダウンを30日にして、ストーリー全体をもっと圧縮できなかっただろうか。ミンが、彼を取り巻く人間関係の闇を知っていくシーンの一つひとつが結構くどいように感じられた。若者の心に一挙にダメージを与えるなら、ジワジワと一発一発パンチを当てていくよりも、問答無用なコンビネーションパンチを顔面に叩き込んだ方がより効果的だったはずだ。

 

総評

タイ映画は確実に進化しているようである。他国の作品を上手く換骨奪胎して、まるで自国オリジナルのような作品に仕上げてしまうのだから、大したものである。またチャープラン・アーリークンは、日本語や韓国語を頑張って習得すれば、絶対に日韓の映画界からお呼びがかかるはず。国際的なスターを目指してほしい。やや拍子抜けなミステリ要素にさえ期待しなければ、それなりに楽しめる佳作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Do you want to go eat some shaved ice?

 

劇中のリーの台詞、「かき氷を食べに行こう」の英訳である。Do you want to V?は「Vしたいですか?」以外に、「一緒にVしない?」のような勧誘の意味を持つこともある。詳しくは『 アナと雪の女王 』(今も未鑑賞である!)のこの楽曲

www.youtube.com

を参照されたい。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, タイ, チャープラン・アーリークン, ティーラドン・スパパンピンヨー, ファンタジー, 監督:パークプム・ウォンクム, 配給会社:ツインLeave a Comment on 『 ホームステイ ボクと僕の100日間 』 -生まれ変わりものの佳作-

『 IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。 』 -もっとホラー要素を強化せよ-

Posted on 2019年11月4日2020年4月20日 by cool-jupiter

IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。 50点
2019年11月3日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ビル・スカルスガルド ジェームズ・マカヴォイ ジェシカ・チャステイン 
監督:アンディ・ムスキエティ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191104012849j:plain

前編の『 IT イット “それ”が見えたら、終わり。 』はまあまあ面白いホラーだった。全編を子ども時代にしてしまうことで、テレビ映画の欠点だった誰が大人になれて、誰が大人になれないのかを、分からないようにしたのは大胆な改変だったが、正解だった。それでは続編の本作はどうか。こちらが行った大胆な改変は、不正解ではないにしろ、正解とは言い難いものである。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191104013010j:plain

 

あらすじ

ルーザーズ・クラブがペニー・ワイズ(ビル・スカルスガルド)を撃退してから27年。デリーには再び不穏な気配が迫りつつあった。そして「イット」の再来を確信したマイクは、ビル(ジェームズ・マカヴォイ)やベバリー(ジェシカ・チャステイン)らに連絡を入れる。ルーザーズ・クラブの面々はデリーで再会を果たすが、そこにはメンバーが一人欠けており・・・

 

ポジティブ・サイド

アラフォーになったルーザーズ・クラブの面々がどのように「大人」になったのか、その描写が端的で素晴らしい。お堅い仕事に就いている者もいれば、安定しているとは言えない仕事に就いている者もいる。結婚している者もいれば、独身の者もいる。しかし、誰もハッピーには見えないし、誰も子どもを持っていない。つまりルーザーズは、どこかでまだ大人に成り切れていないのだ。そのことを下手な説明的な台詞を一切入れずに、映像とナチュラルな会話だけで描き切った導入部は、続編の始まり方としては白眉だろう。

 

キャスティングも良い。ジェームズ・マカヴォイやジェシカ・チャステインといった実力派はもちろんのこと、子役らと顔の作りがよく似た大人を適宜に配置できている。特にエディを演じたジェームズ・ランソンは始めはジェイク・ジレンホールに見間違えた。子役と大人役がスムーズにつながることで、観る側も続編に違和感なく入って行くことができる。このキャスティングも成功である。

 

ペニー・ワイズの見せる恐怖の幻影は本作でも様々な形を取るが、個人的に最も印象に残ったのはベバリーが出会い、会話をする老婆。この老婆が画面の隅っこで見せるわずか1秒のアクションが本作で最も恐怖を感じられるシーンであった。惜しむらくは、この老婆をトレイラーに出してしまっていたこと。観る前から「ああ、このお婆さんも幻影なのだ」と分かってしまっていた。それが無ければ、もっと鳥肌が立っただろうにと感じた。誠に惜しい演出である。

 

それなりに怖いと感じたのは、バワーズが見るかつての悪友の姿。一瞬だけ怖かった。またベンが思い出の品、トークンを取りにいく場面で見る幻影もそれなりに恐怖感を催させてくれた。自分の心の最も美しい部分と自分の心の最も弱い部分が重なるところを攻めてくるペニー・ワイズはなかなかの逆心理カウンセラーだなと思わされた。

 

原作小説にもテレビ映画にもなかった要素として、ネイティブ・アメリカンのガジェットを追加してきたのは、アイデアとしては悪くない。事実、オーストラリアのアボリジニの伝承には、どう考えても数万年前のオーストラリアの生態系を指しているとしか考えられない内容があると『 コズミックフロント☆NEXT 』が言っていた。ペニー・ワイズの正体と起源に迫る上で、この着想は悪くなかった。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191104013118j:plain

 

ネガティブ・サイド

ホラー映画であるが、怖くない。これは致命的な欠陥である。本作が怖くない最大の理由は、ジャンプスケアの多用にある。もはや様式美と言っていい程にパターン化されたジャンプスケアには、辟易させられる。自分が監督でも、ここでこれをこうしてああするだろう、という展開のオンパレードである。ホラー映画ファンを唸らせるシーンは数えるほどしかない。

 

またビジュアルにも特筆大書すべきところはない。というよりも、どこかで見たような演出やクリーチャーの造形には心底ガッカリさせられた。パッと思いついただけでも『 遊星からの物体X 』や『 スコーピオン・キング 』、『 シャイニング 』に劇中でまさに上映中だった『 エルム街の悪夢 』など。名作へのオマージュだと言えば聞こえは良いが、これが監督や脚本家の想像力の限界なのだろうか。テレビ映画版を超えなければならない、2年前公開の前編を超えなければならない。そうした気概が空回りしたのなら、まだ許せる。しかし、この作り方では最初からモンタージュ的な映画を作ってやろうという風に開き直っていたようにしか感じ取れない。

 

色々とタイミングも悪いのだろう。『 キャプテン・マーベル 』で猫=ヤバい生き物という認識を映画ファンは新たにしたわけであるが、そこへポメラニアンを持って来ても、残念ながら意外性も驚きも恐怖もない。また社会の闇と自分の心の闇の両方に押し出されるようにジョーカーに堕ちて行ったキャラを我々はすでに『 ジョーカー 』に見た。大人の構築した社会の網目から外れた部分で活動する子どもたち、なかんずくルーザーズの面々が自らのトラウマを刺激されながらも、それを乗り越えていく様は勇ましく、美しい。けれども、恐怖が本当の恐怖たり得るのは、それが自分の身に起こってもおかしくない時である。そうした意味で、『 ジョーカー 』は自分の心にある闇を抉り出してくれた。自分は本作にホラー映画要素を過大に期待していたのだろうか。この続編にして完結編は、『 グーニーズ 』や『 スタンド・バイ・ミー 』、『 ぼくらの七日間戦争 』、藤子不二雄Aの漫画『 少年時代 』のように、大人の目から見た子どもたちの奮闘記のように思える。そうした観点から鑑賞すれば本作は佳作である。しかし、ホラー映画としてはダメダメである。

 

原作にある (゚Д゚)ハァ? というベバリー絡みの展開は、本作でも採用されない。R15指定とは何だったのか。また黒人差別の要素を薄める一方で、性的マイノリティ、あるいは性的弱者の要素もカット。テレビ映画版のとあるキャラクターがある秘密を告白するシーンは、大人と子どもを分かつ非常に重要な要素に関することだっただけに、その部分をほのめかすだけでばっさりとカットしてしまった本作には喝である。

 

総評

筋金入りのホラー映画ファンを満足させる、あるいは納得させる作品ではない。それだけは言える。一方で、変則的な青春もの、大人たちによるジュブナイル物語だと思えば、そこそこのクオリティの作品に仕上がっているのではないか。大御所スティーブン・キング作品の映像化は当たり外れが比較的はっきりしている。本作は残念ながら外れ寄りの作品であるというのが私見である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

What did I miss?

 

直訳すれば「自分は何を見逃した?」だが、実際の意味は文脈によって異なる。『 ボヘミアン・ラプソディ 』で、クイーンのメンバーが郊外のスタジオで曲作りをしている時のディスカッションが言い争いに発展していく中、ラミ・マレック演じるフレディが遅れてやって来て開口一番に言う台詞がこれである。会議に遅刻した時には「どこまで話が進みましたか?」、映画や劇や漫才などの途中でトイレなどに言って帰って来た時に、連れに「なんか面白い展開あった?」などと言う時にもこれを使える。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アメリカ, ジェームズ・マカヴォイ, ジェシカ・チャステイン, ビル・スカルスガルド, ホラー, 監督:アンディ・ムスキエティ, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。 』 -もっとホラー要素を強化せよ-

『 ジェミニマン 』 -CGは一流、プロットは三流-

Posted on 2019年11月3日2020年4月20日 by cool-jupiter

ジェミニマン 40点
2019年11月3日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ウィル・スミス メアリー・エリザベス・ウィンステッド クライブ・オーウェン ベネディクト・ウォン
監督:アン・リー

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191103183222j:plain

個人的にはウィル・スミスはB級SF作品で光を放つ俳優である。『 インデペンデンス・デイ 』しかり、『 メン・イン・ブラック 』シリーズしかり。『 アラジン 』はスルーさせてもらったが、B級SFの臭いをプンプンと漂わせる本作をスルーする理由は見当たらなかった。

 

あらすじ

ヘンリー(ウィル・スミス)は世界最高のスナイパー。高速列車に乗るバイオ・テロリストを射殺した時、引退を決意した。しかし翌日からDIAに命を狙われる。自身の監視役のDIAエージェントのダニー(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)と共に逃亡を図るが。そこに立ちはだかったのは若き日の自分、クローン人間だった・・・

 

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191103183248j:plain

ポジティブ・サイド

『 ライオン・キング(2019) 』のCGにも度肝を抜かれたが、あれは人間ではなく、動物たちだった。それでもCG技術の極致を見た思いがした。また『 ブレードランナー2049 』は2017年に公開され、その製作には1年半を要したというが、ポスプロの大部分はレイチェルをCGIで蘇られることに費やされたと言われている。それほど生きた人間のCGIを造ることは難しいとされてきた。にもかかわらず、本作は信じられないほどのハイクオリティで、若いウィル・スミスを生み出し、動かしている。テクノロジーの進歩もここまで来たかと唸らされた。美空ひばり復活プロジェクトが先日テレビで放映されていたが、故人をCGの形でスクリーンに蘇らせることが(技術的に)可能な時代が到来するのは時間の問題なのかもしれない。『 キャプテン・マーベル 』でサミュエル・L・ジャクソンの顔にデジタル・ディエイジングを施したのとは違い、ゼロからキャラクターを作れることの意義は大きい(問題は、モデルになった人間のギャラが発生するのか否かだろう)。

 

アクションは豪快で爽快である。コロンビアの建物内外での銃撃戦ではプロのスナイパーの機転と技を堪能できたし、バイクのチェイスシーンは『 ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション 』よりもハラハラドキドキさせられた。

 

クライブ・オーウェンといえば悪役にして黒幕、黒幕で悪役といえばクライブ・オーウェンというぐらいに、この男はワル役が似合っている。顔がナチュラルに悪人で、纏っているオーラも普通に邪悪さを感じさせるところは只者ではない。この男の出演作には傑作はないが、ハズレもない。作品の面白さを事前に測るバロメーターとして、個人的には重宝している。

 

ネガティブ・サイド

CGは一流である。しかし超一流とまでは評せない。なぜなら、最終盤の昼間のシーンで、明らかに若スミスがその場面に“溶け込んでいなかった”からだ。言葉で説明するのは難しいが、CGはどこまで行ってもCGに過ぎないのか。しかし、『 ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー 』でタルキン提督が振り返った瞬間、Jovianは度肝を抜かれた。ということはCGのCGらしさが今作の最後の最後で目立ってしまったのは、本人(ウィル・スミス)がそこにいたからなのか。夜、あるいは照明の弱い場所では若スミスのリアリティも保たれていたが、最後の最後にそれが壊れてしまったのは興醒めだった。

 

バイクの追跡アクションは痛快だったが、若スミスがバイクを使って今スミスをボコっていくのはもはやギャグにしか見えない。いったいぜんたいどこの誰が、こんな技をクローン兵士に仕込むというのか。バイクの曲乗り技術を叩きこむぐらいなら、もっと他に有用な知識や技術を教え込めるだろう。せっかくのスリリングなバイク・チェイスが着地で失敗してしまっている。また、同シーンでは若スミスが最後に文字通りに消える。目を疑うかもしれないが本当に消える。

 

CGも佇んでいたり、歩いていたりするぐらいなら良いが、近接格闘となると途端に粗が目立つ。カタコンベでのド突き合いはリーアム・ニーソンの『 トレイン・ミッション 』のような非現実的なものだった。あるいは、『 ターミネーター 』のT-800のアニマトロニクスがカイル・リースをぶん殴っていくシーンのクオリティを極限にまで高めたとでも言おうか。つまり、どこまで行ってもリアルさに欠けるということである。

 

本作の最大の欠点はストーリーが非常につまらないことにある。大前提として、クローンの物語は小説、映画ともに星の数ほど生産されてきた。それらから引き出せる分類として

 

1.同一人物のクローンを多数作る

2.異なる人物のクローンを多数作る

3.オリジナルも実はクローンである

 

の三つが挙げられる。本作はクローンものとしてジャンルを壊す、あるいはジャンルを新たに生み出すものではなかった。

 

また、ヘンリーの戦友であるベネディクト・ワンのキャラクターがただのアッシー君でしかないところも大いに不満である。それにブダペストで出会うロシア側のエージェントも非常に思わせぶりな台詞を吐きながら、そのままフェードアウト。DIA内部の人間関係も描写されるが、それも至って中途半端。

 

最も納得が行かないのは、良心の呵責を持たない兵士を生み出したいという点だ。だったら、何故にクローンをオリジナルと対面させたりするのか。そうすることでクローン人間の内面にどういう変化が生まれるのか、シミュレーションができないのか。一つの可能性は、クローンがオリジナルを抹殺し、冷酷非情なアサシンに成長を遂げる。もう一つの可能性は、自らの出自や人生そのものに疑問を抱き、予想も出来ない行動に走ること。この点については『 ジュラシック・ワールド 炎の王国 』でも証明されている。家でも船でも飛行機でもミサイルを撃ち込んでヘンリーを殺す。その上で若スミスを着任させればシャンシャンではないか。“ジェミニ”を巡るDIAのお歴々のやっていることが全くもって意味不明であることが本作の致命的な欠陥になっている。

 

総評

ウィル・スミスのファン、あるいはB級SFをこよなく愛する人であれば劇場へGoである。しかし、ストーリーの整合性やリアリズムを重視する映画ファンに自信を持って勧められる作品ではない。安易なロマンス展開もないので、デートムービー向きでもないだろう。姉さん女房的な女性と付き合っているという幸運な若者男性なら、彼女同伴で鑑賞もありかもしれないが。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

You’re better than that!

 

直訳すれば「お前はそれよりも良い」だが、実際は「お前はそんなダメな奴じゃない」ぐらいだろうか。家族の一員や友人、親しい同僚などが期待に応えられずにやらかしてしまった時に使われる台詞である。最も印象的なところでは『 ロッキー・ザ・ファイナル 』のロッキーの息子への叱咤だろう。このフレーズの使い方については、こちらの動画

www.youtube.com

を参照されたい。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, SF, アクション, アメリカ, ウィル・スミス, クライブ・オーウェン, メアリー・エリザベス・ウィンステッド, 監督:アン・リー, 配給会社:東和ピクチャーズLeave a Comment on 『 ジェミニマン 』 -CGは一流、プロットは三流-

『 シークレット・チルドレン 禁じられた力 』 -T・シャラメのファン以外は観る必要なし-

Posted on 2019年10月31日2020年4月11日 by cool-jupiter

シークレット・チルドレン 禁じられた力 25点
2019年10月28日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ティモシー・シャラメ キーナン・シプカ
監督:アンドリュー・ドロス・パレルモ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191031180307j:plain 

傑作『 君の名前で僕を呼んで 』のティモシー・シャラメに、怪作『 A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー 』で撮影を務めたアンドリュー・ドロス・パレルモが監督した作品ということで、TSUTAYAで借りてみた。シネ・リーブル梅田での上映をスルーしたのは正解だった。これは、一部の好事家だけが観るべき作品である。

 

あらすじ

ザック(ティモシー・シャラメ)とエヴァ(キーナン・シプカ)の兄妹は、両親と共に人里離れた農地に暮らしている。二人にはテレポーテーション能力があった。父親は妻の病気は子ども達の異能の力に対する神罰であると考えていた。そして、妻の病死を機に父はエヴァを追い出し、ザックを虐待するようになり・・・

 

ポジティブ・サイド

BGMを極力抑え、自然豊かな景色を背景に淡々と繰り広げられる家族の生活は、どこか『 君の名前で僕を呼んで 』に通じるものがある。自然の音を聴かせることで、画面に映っている以上の奥行きを想像できるようになる。基本的な技法であるが、効果的に使っている監督は多数派ではない。

 

一種のクローズド・サークルで展開するサスペンスという点では『 イット・カムズ・アット・ナイト 』にも似ているし、父親が暴力衝動に駆られそうになるという緊張感をゆっくりねっとり盛り上げようとする展開は『 幼な子われらに生まれ 』に通じるところがある。

 

印象に残ったのはそれだけだった。

 

ネガティブ・サイド

父親が子らに与える折檻が、まず怖くない。というか笑える。一見すると身動きが取れないように思えるが、服さえ犠牲にすれば簡単に脱出できるのではないか。それとも、小さい頃から釘と金槌がトラウマになるように躾けられていたのか。いや、そんな描写も演出もなかった。

 

頭のいかれた親父といえば『 シャイニング 』が白眉であるが、こちらの親父もそれなりに怖い。しかし、妻を想う心は一際に強い。だったら、さっさと病院に連れて行け!または医者を呼べ!と何度か思わされてしまった。

 

色々とノイズ的なシーンも多かった。鶏を追いかけるのは『 ロッキー2 』へのオマージュなのかモンタージュなのか。そして、あれだけ自然に囲まれ、農園を営んでいて、鶏が目隠しすると寝てしまうのを知らない妹。本当に野生児なのか。リアリティが欠如している。

 

外の世界で妹が体験することも、特に真新しいことは何もなし。脚本にも問題があるのだろうが、パレルモ氏は、撮影はできても監督は難しいのかもしれない。

 

総評

ティモシー・シャラメのファン以外には観る意味はない。隔離されて暮らす超能力兄弟ならば、映像もされた小説『 NIGHT HEAD 』の方が遥かに面白い。静かな超能力映画を鑑賞したい向きには『 テルマ 』をお勧めしておく次第である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

between you and me

 

「ここだけの話だが」、「これは秘密にしてほしいのだけれど」のようなニュアンスである。This is between you and me, but I am thinking of running in the election. などのように使う。難しいことは何もない表現だが、これを言える、または聴けるということは、その人が信頼に足る人である、あるいは誰かを信頼できているということを意味する。英語の難易度としては初級だが、コミュニケーションの難易度としては上級だろう。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, E Rank, アメリカ, キーナン・シプカ, スリラー, ティモシー・シャラメ, 監督:アンドリュー・ドロス・パレルモ, 配給会社:トランスフォーマーLeave a Comment on 『 シークレット・チルドレン 禁じられた力 』 -T・シャラメのファン以外は観る必要なし-

『 マレフィセント2 』 -ご都合主義もほどほどにすべし-

Posted on 2019年10月30日2020年4月11日 by cool-jupiter
『 マレフィセント2 』 -ご都合主義もほどほどにすべし-

マレフィセント2 45点
2019年10月27日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:アンジェリーナ・ジョリー エル・ファニング ミシェル・ファイファー
監督:ヨアヒム・ローニング

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191030020033j:plain

 

『 マレフィセント 』は非常に時代に即した映画だった。異種の間で愛が育まれるのかという問いは、現代においてその重みを増すばかりだからだ。古いおとぎ話を再解釈する意義は確かにそこにあった。だが、続編たる本作はどうか。現代的なメッセージも盛り込まれてはいるものの、ご都合主義的なストーリーの粗が目立つ。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191030020052j:plain

あらすじ

ムーアの王女オーロラ(エル・ファニング)は、アルステッドの王子フィリップから求婚され、受諾する。アルステッド王妃のイングリス(ミシェル・ファイファー)はオーロラと彼女の保護者的存在であるマレフィセント(アンジェリーナ・ジョリー)を晩餐会に招待するが・・・

ポジティブ・サイド

CGは美麗の一語に尽きる。もちろんCGっぽさは何をどうやっても隠せないのだが、ムーアの民の活き活きとした暮らしぶりや、終盤のバトルシーンのグラフィックは実にハイレベルである。日本の白組あたりは、予算ではなく別の分野で勝負してほしい。ディズニーと物量勝負をしたら負ける。絶対に。

 

アンジェリーナ・ジョリーの代表作は『 60セカンズ 』と『 トゥームレイダー 』だと思っているが、代名詞的な作品は『 マレフィセント 』と本作『 マレフィセント2 』だろう。特にララ・クロフトはアリシア・ヴァイキャンダーという後継者が出現してしまった。しかし、マレフィセントの後継者はおそらく出ないだろう。ハリソン・フォードが「自分が死ねば、インディアナ・ジョーンズというキャラクターも死ぬ」と公言しているが、それと同じくらいにジョリーはマレフィセントにハマっているし、キマっている。まばたきをせず、抑揚を小さく、しかし腹の底に響いてきそうな迫力を持って話すマレフィセントという魔女は、特殊メイクではなくジョリーの演技力で生み出されているということがよく分かる。

 

エル・ファニングも可憐で、しかし芯の強いオーロラ姫を過不足なく体現しているが、本作で彼女以上の存在感を放ったのはミシェル・ファイファー演じるイングリス王妃である。権謀術数に長け、確かな戦術眼と軍の指揮能力も持ち、そして王妃と母親という仮面をかぶることができるというスーパーウーマンである。40年後のエル・ファニングも、きっとこのような大女優に成長するのだろう。各世代を代表する女優3名の共演は、非常に見応えのあるものだった。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191030020142j:plain
 

ネガティブ・サイド

晩餐会でジョン王が倒れるシーンのオーロラ姫に喝!!!何故にそこでマレフィセントを疑うのか。前作の感動的な展開は一体何だったのか。今作の冒頭で、屈託なくムーアの民と語らい、触れ合うオーロラ姫の姿を見て、我々は彼女がマレフィセントをはじめ、異形の者たちとも全く問題なく心を通い合わせることができる人間に成長したことを確認した。それが、婚約者に招かれた晩餐会でこのように豹変してしまうとは・・・ 言葉を失ってしまう。

 

マレフィセントにも喝!!!なぜ陰謀に倒れたジョン王に何でもいいから魔法で手を尽くさなかったのか。人間の話が字面通りにしか通じない、レトリックを解さないマレフィセントならば、自分に疑惑がかかっているという空気を読まずに、何らかの措置を講ずるのではないか。前作からのキャラが、強引なストーリー展開のためにぶれまくってしまっているのが残念でならない。

 

マレフィセントの種族が登場するのもご都合主義でしかない。終盤のバトルシーンをよりspectacularなものにすることが第一の目的にしか見えない。前作で種を超えた愛の成就を語っただから、今さら同種を持ち出す必要はない。語るとすれば、それは我が子の愛を成就させるために、我が子を手放すという愛の形だろう。

 

終盤のバトルシーンも迫力はあるが、説得力はない。闇の妖精たちには、斥候を放つという概念は無いのか。いや、「よろしい、ならば戦争だ」「戦争だ!」と意気込むからには、戦いの概念を有していることは間違いない。というよりも、人間に地下世界に追いやられたのも、戦闘に敗れたからだろう。なぜ自分よりも強い相手と戦おうという時に、正面突破を図ろうとするのか。それも、高射砲的な兵器で画面を彩りたかった脚本家や監督のご都合主義である。

 

マレフィセントの大変身も既視感ありありである。『 ゴジラ キング・オブ・モンスターズ 』のラドンを既に観た映画ファンには物足りないと感じられたはずである。そして、その後の戦闘の終結シーンもご都合主義の極みである。戦争や抑圧がどのような負の感情を生み出すのかは、韓国が日本に、ベトナムが中国に、イラクがアメリカに抱いている感情を慮れば理解できる。異形のマイノリティとも手を取り合うことができる、というアメリカの新しいイデオロギーをスクリーンに映し出したいのであれば、もっと説得力のある脚本が必要である。ヒューマンドラマだった前作に対して、本作はアクション作品になってしまっている。

 

総評

非常に評価の難しい作品である。エル・ファニングが出演しているだけで5~15点は加点してしまうJovianをもってしても、45点が限界である。とにかく物語にリアリティがない。おとぎ話には普遍的な真実の一端が含まれていなければならないが、それも無し。製作者側としては現代的な寓話にしたいのだろうが、それならば前作を子供向けに、本作を大人向けに作るべきだった。これではあべこべである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

One can never be too careful.

 

アルステッド女王の台詞で、確か字幕は「油断大敵よ」だった。直訳すれば、「人はどれほど注意しても注意しすぎることはできない」だが、そんな冗長な日本語よりも油断大敵という四字熟語の切れ味を買おうではないか。英語の学習者であるという方は、是非以下の英文を訳されたい。それによって貴方の勤務先がホワイト企業か、それともブラック企業かが判別できるだろう。

You can never work too hard.

You can’t work too hard.

前者は「どれだけ一生懸命に働いても、一生懸命すぎることはない」=「もっともっと一生懸命に働け」ということで、このように訳した貴方はずばりブラック企業勤めだろう。後者は前者と同じ意味だが、文脈によっては「あまりにも一生懸命に働いてはいけない」という禁止命令になる。このあたりの意味の判別が瞬時にできれば、英語学習の中級者である。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アクション, アメリカ, アンジェリーナ・ジョリー, エル・ファニング, ファンタジー, ミシェル・ファイファー, 監督:ヨアヒム・ローニング, 配給会社:ディズニーLeave a Comment on 『 マレフィセント2 』 -ご都合主義もほどほどにすべし-

『 メアリーの総て 』 -時代に翻弄され、時代を乗り越えた作家-

Posted on 2019年10月30日 by cool-jupiter

メアリーの総て 65点
2019年10月26日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:エル・ファニング ダグラス・ブース ベル・パウリー
監督:ハイファ・アル=マンスール

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191030013843j:plain

 

フランケンシュタインの怪物の影響は現代まで連綿と続いている。日本では漫画『 ドラゴンボール 』の人造人間8号などは好個の一例だろう。けれども、そのキャラクターと物語を生み出した作家メアリー・シェリーについてはそれほど知られていない。だが、今という時代に彼女の映画が作られたことには必然性があったのだ。

 

あらすじ

19世紀のロンドン。書店の娘メアリー(エル・ファニング)は物書きになることを夢見て、様々な本を渉猟していた。ある日、妻子のあるパーシー(ダグラス・ブース)と恋に落ちたメアリーは、彼と駆け落ちする。それは、彼女の波乱万丈の人生の始まりだった・・・

 

ポジティブ・サイド

現代物でも歴史物でも、ロンドンという都市には陰鬱な雰囲気がある。それは本作でも巧みに表現されている。街の空気が重苦しく感じられ、母親などから仕事を手伝うようにプレッシャーをかけられても、メアリーは快活さを失わない。彼女は自身の内に響く言葉を解き放つことを恐れない。『 未来を花束にして 』の二世代前の時代、女性が自分らしく生きることは想像を絶するほどに困難だったと思われる。だからこそ、メアリーのキャラクターが立つし、観る者はメアリーを応援したくなる。エル・ファニングは少女と女性の中間のような存在を好演してくれた。ラブシーンもちょこっとあるので、スケベ映画ファンはほんの少しだけ期待してよい。

 

異形の、しかし心優しい怪物を構想し、執筆する背景になにがあったのか。メアリーは16歳という若さで情熱に身を任せ、妻子ある男と駆け落ちしたが、そんなものは誰がどう見ても幸せにはつながらない。現代の目で見てもそうだし、家族や当時の人々もそう思っていたことだろう。弱冠18歳にして「フランケンシュタインの怪物」を生み出した彼女は、そのエンディングに関して、パーシーからアドバイスを得る。しかし、それを採用しない。なぜなら、それこそが彼女の心だから。なぜなら、その作品が彼女の子どもだから。ボリス・カーロフ主演の『 フランケンシュタイン 』で、怪物が少女と湖畔で遊び、語らうシーン、そして怪物が武器を手にした村人たちに追われるシーンが思い起こされた。少女が誰を象徴しているのか、村人たちが誰を象徴しているのかに、しばし思いを巡らせてみるのも一興だろう。

 

美とは何か。創作とは何か。メアリー・シェリーの10代を通じて、色々なものが見えてくるし、考えさせられもする。

 

脇を固めるダグラス・ブースは見事なクズ男を演じた。パーティーで詩文を恭しく詠んでは、先進的な思想をひけらかして女性を引っかけていくという典型的なプレイボーイで、加えて生活力や金銭管理能力にも劣る。そんなすきに慣れそうにないキャラクターを見事に好演。日本でいえば、一頃の藤原竜也だろうか。『 マイ・プレシャス・リスト 』でタイトル・ロールのキャリー・ピルビーを演じたベル・パウリーも印象的。「詩人に気に入られる女性はあなただけじゃない」とメアリーに言ってのけるシーンに、女性という生き物のプライドを垣間見たように思う。

 

ネガティブ・サイド

ストーリーのペーシングに難がある。メアリーという女性がいかにしてフランケンシュタインの怪物を構想し、執筆したのかという場面までなかなかたどり着かない。監督や脚本家に、「メアリーという人間を掘り下げて描き出したい」という願望が強すぎたように思う。その割には、彼女が赤ん坊を早くに亡くしてしまったことの負い目が、それ程強調されていなかった。怪物は二重の意味でメアリーの子ども(血を分けた我が子が復活した姿と創作物)なのであるから、子に先立たれた親の悲嘆について、もう少し詳細な描写や演出が欲しかった。

 

メアリーとポリドリ医師の距離感というか、この二人がもっと熱心に生や死について語らう場面があってもよかったはず。当時の英国の死生観や科学観をもう少し丁寧に劇中で描けていれば、メアリーが創作のためにどのようなインスピレーションを得たのかを我々としては想像しやすくなる。

 

総評

近代ホラーおよびSF文学史に興味がある向きならば必見だろう。現代は過去の様々な作品が脱・構築され、フェミニスト・セオリーが適用され、再生産されている時代である。女性作家としてはジェーン・オースティンと並ぶ、まさに元祖である。彼女のbiopicを見ずして、現代の映画製作のコンテクストは語れない・・・は、さすがに言い過ぎか。エル・ファニングのファンならば鑑賞必須である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

speak ill of ~

 

~の悪口を言う、~を悪しざまに言うの意である。序盤でメアリーが「私の母を悪く言わないで」というシーンがある。反対の意味の表現として、speak highly of ~がある。~を褒める、の意である。こちらも序盤にパーシーがメアリーの家にやって来る時に使われていた。TOEICにはまず出てこないが、英検やTOEFLには偶に出てくるかもしれない。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アメリカ, イギリス, エル・ファニング, ルクセンブルク, 監督:ハイファ・アル=マンスール, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 メアリーの総て 』 -時代に翻弄され、時代を乗り越えた作家-

『 ガリーボーイ 』 -インドの矛盾を暴き、乗り越えていくビルドゥングスロマン-

Posted on 2019年10月27日2020年4月11日 by cool-jupiter

ガリーボーイ 80点
2019年10月20日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ランビール・シン アーリアー・バット シッダーント・チャトゥルベーディー カルキ・ケクラン
監督:ゾーヤー・アクタル

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191027112436j:plain

野村周平主演の『WALKING MAN 』と本作を比較して、やはりインド映画好きのJovianはこちらを選んだ。『 パティ・ケイク$ 』のインド版のようなものと思っていたが、実際は近年のボリウッドが目指す娯楽性と社会派メッセージの両方を備えた良作であった。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191027112526j:plain

あらすじ

ムラド(ランビール・シン)はムンバイの貧民窟の問題のある家庭に暮らす大学生。悪友と車上盗を行うなどしながらも、幼馴染にして医大生のサフィナ(アーリアー・バット)と交際していた。ある日、ムラドは大学のイベントでシェール(シッダーント・チャトゥルベーディー)のラップを聴いたことで、自身もラップに開眼。二人でラップにのめり込んでいくが・・・

 

ポジティブ・サイド

劇中でも一瞬だけ触れられる通り、これは『 パティ・ケイク$ 』よりも『 スラムドッグ$ミリオネア 』の方がジャンル的にはやや近いか。ラップでサクセスを追求していく男の物語であるが、そこにあるのはインド社会の大いなる矛盾と、自身の生き様について抱える葛藤である。ラップの良いところは、元手がゼロ円で始められるところである。必要とされるのはリズム感とインスピレーション。その二つをムラドが有していることが、序盤にさりげなく描かれている。観光客に家の中にまでずかずかと踏み込まれ、勝手に写真は撮られ放題。まるでオブジェか何かのように扱われるムラドがラップを口ずさむシーンは、この男が凡百のガリーボーイではなく、ひとかどのガリーボーイであることを言葉数少なく、声も小さく、しかし雄弁に物語っていた。

 

ムラドが日の当たらない場所から日の当たる場所に出ていくきっかけになったシェールとの出会いも鮮烈だ。ラップという黒人音楽の一つの完成形が、インドという全く異なる土地で大きく花開いている背景には、複雑な民族問題、宗教問題、社会問題(カースト制度)、さらに貧富の格差の拡大問題がある。本作はそれらにはフォーカスしない。しかし、それらを隠さずに正面から描き切る。何かを元凶に描くのではなく、満たされない現状から雄々しく抜け出していく男の姿は、我々をこれ以上なく勇気づけてくれる。

 

何よりも、ムラドが当初は抵抗することが出来なかった父に立ち向かえるようになったのが大きい。『 シークレット・スーパースター 』でも描かれていた通り、インドにおける父親像は(山岡士郎視点での)海原雄山のごとき暴君である。その暴君を相手に立ち上がるムラドの姿に、インド社会全体を支配する権威への反抗を重ね合わせて見ることができるだろう。

 

本作の肝となるべきラップもハイレベルだ。字幕担当の方は大変な苦労をされたものと思う。『 ジョーカー 』でもcentsとsenseをかけて、「高価」と「硬貨」と訳し分けたのは上手いと感じたが、本作でもラッパーたちは韻を踏みまくる。字幕にも要注意だし、耳に自信のある人はヒンディー語の歌詞にも耳を傾けてみよう。

 

ラッパーたちの姿も実に見事に活写されている。プロモビデオの製作シーンでは、ムラドが才気煥発する様が映し出されている。カラフルさにはやや欠ける本作であるが、スラム街を縦横無尽に駆けて歌うムラドとシェールは、乾いた色合いの画面にダイナミズムを与えていた。また光を使った演出で目についたのは、ムラドが駐車場に停めた車の中でイヤホンを装用してラップを歌いまくるシーン。『 ベイビー・ドライバー 』冒頭のアンセル・エルゴートを彷彿させるパフォーマンスだが、周囲のビルから車体に降り注ぐ黄金色のカクテル光線が決してムラドには降り注がない。そして観客にもムラドの声は聞こえない。この降り注ぐ光を浴びることができないというシーンは、最終盤に劇的なコントラストをもたらす。ベタな演出ではあるが、見事なものだと唸らされた。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191027112504j:plain


 

ネガティブ・サイド

サフィナのキャラクターは、もう少し普通にはならなかったのだろうか。実在の人物に基づいていると言われればそれまでだが、ドキュメンタリーではないのだから、適度に人物や出来事を美化したり、あるいはぼかしたりすることは許されるだろう。癇癪持ちというのを通り越した、エクストリームな暴力女の元に戻っていく(?)ムラドに共感することは難しかった。

 

犯罪行為に手を染め続ける旧友との距離感も観ているこちらとしては、なかなか把握しづらかった。ムラド自身の生い立ち、これまでに共に積み重ねてきた濃密な時間という、サフィナと共通する要素がムラドを繋ぎ止めているのだろう。ただ車上盗は何とか許容できても、子どもを巻き込んだ drug trafficking は許容できない。これも事実だと言われてしまえばそれまでだが、自分で持つにはかなりヘビーな交遊関係である。

 

総評

ラップの素養が無いJovianにも楽しめた。ラップのハードコアなファンには粗が目に付くかもしれないが、それでもランビール・シンのパフォーマンスは圧倒的である。様々な社会的矛盾に押し潰されそうになりながらも、決して膝を屈しないムラドは多くの人を勇気づけることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

You’re gonna kill it.

 

カルキ・ケクラン演じるスカイがステージに向かうムラドにかけた言葉がこれだった。直訳すると意味が分からなくなるが、kill it = 上手くいく、やり遂げる、成功する、というような意味である。ただ基本的にはネイティブ・スピーカーにしか通用しないだろう。インドのようにテレビ番組の半分が英語音声という国なら話は別かもしれないが。イディオムを使いこなせれば中級者以上だが、こういう表現はあまり推奨されない。日本のビジネスマンの多くが英語でコミュニケーションを取る相手は、北米やヨーロッパではなく東南アジアやラテンアメリカ諸国になっている。最大公約数的な英語をKISS(Keep it simple and short)の法則に従って使うのが無難である。

劇中の冒頭でムラドが聴いていたのは

www.youtube.com

だった。Rod Stewartの歌声は、麻薬のようである。一度聴いてしまうと忘れられない。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, インド, ヒューマンドラマ, ランビール・シン, 監督:ゾーヤー・アクタル, 配給会社:ツインLeave a Comment on 『 ガリーボーイ 』 -インドの矛盾を暴き、乗り越えていくビルドゥングスロマン-

投稿ナビゲーション

過去の投稿
新しい投稿

最近の投稿

  • 『 大栗先生の超弦理論入門 』 -読みやすいが入門書ではない-
  • 『 HELP 復讐島 』 -孤島のリベンジ-
  • 『 ここにひとつの▢ がある 』 -眩暈を覚える連作短編集-
  • 『 マーズ・エクスプレス 』 -先行SFへのオマージュ満載-
  • 『 ペンギン・レッスン 』 -軍政下の小さな奇跡-

最近のコメント

  • 『 桐島です 』 -時代遅れの逃亡者- に ヒフミヨのヒンメリの歌灯に より
  • 『 i 』 -この世界にアイは存在するのか- に 岡潔数学体験館見守りタイ(ヒフミヨ巡礼道) より
  • 『 貞子 』 -2019年クソ映画オブ・ザ・イヤーの対抗馬- に cool-jupiter より
  • 『 貞子 』 -2019年クソ映画オブ・ザ・イヤーの対抗馬- に 匿名 より
  • 『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を- に cool-jupiter より

アーカイブ

  • 2026年2月
  • 2026年1月
  • 2025年12月
  • 2025年11月
  • 2025年10月
  • 2025年9月
  • 2025年8月
  • 2025年7月
  • 2025年6月
  • 2025年5月
  • 2025年4月
  • 2025年3月
  • 2025年2月
  • 2025年1月
  • 2024年12月
  • 2024年11月
  • 2024年10月
  • 2024年9月
  • 2024年8月
  • 2024年7月
  • 2024年6月
  • 2024年5月
  • 2024年4月
  • 2024年3月
  • 2024年2月
  • 2024年1月
  • 2023年12月
  • 2023年11月
  • 2023年10月
  • 2023年9月
  • 2023年8月
  • 2023年7月
  • 2023年6月
  • 2023年5月
  • 2023年4月
  • 2023年3月
  • 2023年2月
  • 2023年1月
  • 2022年12月
  • 2022年11月
  • 2022年10月
  • 2022年9月
  • 2022年8月
  • 2022年7月
  • 2022年6月
  • 2022年5月
  • 2022年4月
  • 2022年3月
  • 2022年2月
  • 2022年1月
  • 2021年12月
  • 2021年11月
  • 2021年10月
  • 2021年9月
  • 2021年8月
  • 2021年7月
  • 2021年6月
  • 2021年5月
  • 2021年4月
  • 2021年3月
  • 2021年2月
  • 2021年1月
  • 2020年12月
  • 2020年11月
  • 2020年10月
  • 2020年9月
  • 2020年8月
  • 2020年7月
  • 2020年6月
  • 2020年5月
  • 2020年4月
  • 2020年3月
  • 2020年2月
  • 2020年1月
  • 2019年12月
  • 2019年11月
  • 2019年10月
  • 2019年9月
  • 2019年8月
  • 2019年7月
  • 2019年6月
  • 2019年5月
  • 2019年4月
  • 2019年3月
  • 2019年2月
  • 2019年1月
  • 2018年12月
  • 2018年11月
  • 2018年10月
  • 2018年9月
  • 2018年8月
  • 2018年7月
  • 2018年6月
  • 2018年5月

カテゴリー

  • テレビ
  • 国内
  • 国内
  • 映画
  • 書籍
  • 未分類
  • 海外
  • 英語

メタ情報

  • ログイン
  • 投稿フィード
  • コメントフィード
  • WordPress.org
Powered by Headline WordPress Theme