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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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カテゴリー: 海外

『 スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち 』 -究極の裏方たち-

Posted on 2021年1月11日 by cool-jupiter

スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち 70点
2021年1月10日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:ミシェル・ロドリゲス
監督:エイプリル・ライト

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CG全盛、モーション・キャプチャー全盛の時代とはいえ、誰かがそのアクションを行っているのは間違いない。そのアクション担当のスタントパフォーマー、特にスタントウーマンに着目するという、ありそうでなかったドキュメンタリー作品。なかなかの見ごたえであった。

 

あらすじ

20世紀初頭から現代に至るまでのハリウッド映画におけるスタントウーマンたちの知られざる活躍や苦労、犠牲、そして歴史を、加須多くのスタントウーマンたちのインタビューを通じて、明らかにしていく。

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ポジティブ・サイド

スカーレット・ジョハンソンが妊娠していたため『 キャプテン・アメリカ/ザ・ウィンター・ソルジャー 』のブラック・ウィドウのアクションは全てスタントウーマンによって行われたということが一時期話題になっていたが、ちょっと待て。妊娠していようと妊娠していまいと、アクションはやっぱりスタントウーマンが行っているのだ。今まで当たり前すぎて気が付かなかったことに、本作を通じてやっと思い至った。スタント・パフォーマーというのは究極の裏方で、『 スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス 』で元々はスタント・ダブルだったレイ・パークがそのままダース・モールを演じたのは例外中の例外だったのだ。

 

蒙を啓かされたと感じたのは、1900年代や1910年代から、女性がかなり危険なアクションシーンを演じていたということ。当時は当然、フィルム撮影なわけで、テープに限りもあれば、編集作業も現代とは比較にならない大仕事。そんな中で男女を問わず役者本人が危険のあるアクションもこなしていたという歴史的事実は驚き以外の何物でもない。そして、そうした活躍がカネになると知った者たちが、女性からその仕事を奪っていった経緯、そして1970年代のウーマン・リブから今日に至るまで、女性スタント・パフォーマーたちはあらゆる意味で戦い続けているという描写には、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。数多くのスタントウーマンたちの中でもジーニー・エッパー(『 ワンダーウーマン1984 』のラストで一瞬だけ出てきたリンダ・カーターのスタント・ダブル!)が、スタントウーマン組合を設立して、その長に就任したところ、5年も業界から干されたというのは余りにも生々しく、痛々しい。そうした声が30年あまり経って、ようやく聞かれるようになったところに、ハリウッドの闇を感じる。一方で、数々の映画の裏に絶対に存在していたと認識できているはずのスタント・パフォーマーたちの立ち位置について、やはり我々は意識が十分ではなかったのではないかとの思いも強くなる。自分はいったい、画面の向こうに誰を観ていたのか、と。

 

スタントウーマンたちのトレーニング風景は、ハードワークの一語に尽きる。柔道やボクシングなどの格闘技だけではなく、トランポリンや高所からの落下など、デカスロン選手もかくやというトレーニングメニューの数々。さらにはクルマのドライビング・テクニックや武器の扱いまで。これだけのトレーニングを普段から積み続けていることにも素直に驚かされた。『 ベイビー・ドライバー 』のアンセル・エルゴートがひたすら運転の練習をしているというボーナス映像があったが、逆に言うと役者がそれだけアクションを実際に行うのは稀なことだということだろう。

 

スタント時の悲劇についても触れているのは、辛いことではあるものの、この業界のこの仕事のリスクを赤裸々に公開しているという点で評価する。この職に就こうと思う人々の大半は、やはり映画を観てインスパイアされた人が最も多いだろうから。『 バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2 』で時計台に突っ込むはずが柱に激突するシーンは、自宅のレーザーディスクの解説か何かに「事故だった」と書かれていたのを覚えている。そうした危険な仕事であるという負の部分を隠すことなく映し、そして語った本作は、スタント・パフォーマーを志す人々にとってのmust-watch な作品になったと言える。

 

単にスタントをこなすだけではない。その経験を活かして、業界内で更なる地位を得た者の活躍にも触れている。ハリウッドという特異な生態系で、しっかりとサバイバルする女性たちの姿からは多大な勇気を与えられることだろう。

 

ネガティブ・サイド

色々と権利関係がうるさいのかもしれないが、『 チャーリーズ・エンジェル 』や『 ワイルド・スピード 』の実際の劇中のクリップを見せてくれても良いのではないか。彼女たちの活躍がどれくらいカッコいいアクションシーンを作り上げているのかを見せないのであれば、劇場公開する意義は半減する。アクションは大画面、大音響で堪能するべきだからだ。

 

スタントウーマンたちの声を十分に聴くことはできたが、では女優さんたちの声は?たとえばスカーレット・ジョハンソンやハル・ベリー、ブリー・ラーソンなどの彼女らのスタントの直接の恩恵を受けた役者たちの声も聴いてみたいと思うのは当然だ。そうした声が聴けない点は大いに不満である。

 

ドキュメンタリーはインタビュー形式で進むのが常だが、あまりにも取り留めのない構成であると感じた。作品ごとに論じるのは不可能にしても、たとえば1980年代、1990年代、2000年代などと時代ごとに区切るか、あるいは車のスタントなのか、格闘のスタントなのかのように、何らかの形でスタントウーマンたちをカテゴライズした構成にすれば、より分かりやすかったと思われる。

 

総評 

良作である。『 ようこそ映画音響の世界へ 』のように、裏方さんの仕事に光が当たるのは喜ばしいことだ。映画の世界の奥行きがさらに増して見えるようになると思う。今度の対象は、ヘアスタイリストか、それともメイクアップアーティストか。カズ・ヒロのドキュメンタリー作品とか、誰か作ってくれないかな。または『 すばらしき映画音楽たち 』の第2弾。絶対に需要はあると思うのだが。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

wrap one’s head around ~

『 ゴーストランドの惨劇 』でも紹介した表現。「~を理解する」の意味。

I finally wrapped my head around the risk of being a stunt performer.
スタント俳優であることをリスクをようやく理解することが出来た。

のように使う。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アメリカ, ドキュメンタリー, ミシェル・ロドリゲス, 歴史, 監督:エイプリル・ライト, 配給会社:イオンエンターテイメントLeave a Comment on 『 スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち 』 -究極の裏方たち-

『 ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画 』 -Rise up against all odds-

Posted on 2021年1月11日 by cool-jupiter

ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画 80点
2021年1月9日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:アクシャイ・クマール ビディヤ・バラン シャルマン・ジョーシー
監督:ジャガン・シャクティ

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昨年2019年夏ごろにNHKの『 地球ドラマチック 』でインドの衛星打ち上げ特集を行っていたのを見て、数学の国がついに天文学にも本腰を入れ出してきたかと感じた。そして本作、インド版『 ドリーム 』がリリース。宇宙開発および映画製作の優等生への仲間入りをさせてもらうぞ、との宣言であるかのようだ。

 

あらすじ

タラ(ビディヤ・バラン)は過程を切り盛りする主婦であり母であり、そしてISRO(インド移駐研究機関)の職員でもある。ロケット発射の際のほんのわずかな確認ミスのために、打ち上げは失敗。それによりタラと責任者のラケーシュ(アクシャイ・クマール)は閑職の火星探査衛星打ち上げプロジェクトに左遷されてしまうのだが・・・

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ポジティブ・サイド

文句なく面白い。その最大の理由は、魅力的なキャラクターにある。実話ベースとはいえ、おそらく登場人物たちは相当にデフォルメされているだろう。けれど、その改変具合が絶妙で、キャラクターの性格や行動がストーリーを違和感なく推し進めていく。映画の冒頭でタラが主婦として母親として奮闘する場面がこれでもかと描写されるが、それがあるからこそ家政・・・ではなく火星到達のための一発逆転のアイデアがタラから出てきたことに納得できるし、そのアイデアの中身に我々はたと膝を打つのである。

 

敵役のNASA帰りのプロジェクトマネージャーによって指名され、三々五々やって来る経験の浅い女性スタッフたちも個性豊かだ。収納や節約、裁縫など、とても宇宙開発や宇宙探査に関係があるとは思えない分野の知恵がどんどんと現場で生まれ、応用されていく展開が子気味よい。そして、そのアイデアをしっかりと受け止め、吟味し、ゴーサインを出す責任者のアクシャイ・クマールの存在感よ。この役者は『 KESARI ケサリ 21人の勇者たち 』でも、威厳ある上官でありながら、部下が上げてくる声を丹念に聞き取る耳を持っていた。そうしたキャラを演じさせるとハマる。まさにキャリアの円熟期なのだろう。本作で共演する多くの若い女優たちとも過去に共演歴があることも、アクシャイ・クマールをして演技中でもカメラOFFでも、現場をリーダーたらしめていたのかもしれない。

 

独り者で趣味もないラケーシュが女性たちの献策を容れていくところに、家父長制の色濃いインド社会へのメッセージを感じた。対照的に、妻として母として科学者・技術者としても活躍するタラが、夫や子ども達との距離を模索する姿には複雑な思いを抱かされる。だが、そこに救いもある。これまでのインド映画は、例えば『 シークレット・スーパースター 』や『 あなたの名前を呼べたなら 』のような、女性の耐える姿に美徳を見出すようなものが多かった。しかし本作ではタラは保守的・因習的な夫やイスラム教(いわゆる異教)に改宗する息子、門限を守らない娘たちと理解し、和解し合っていく。「仕事と家庭とどっちが大事なんだ?」という、問うてはいけない質問に、「両方ともに大事だ」という答えを行動で呈示していく。さらに、タラ以外の女性キャラクターたちも呼応。耐えるだけではなく、とある電車内のシーンでは男性モブキャラたちをボコボコにしていく。これは衝撃的だ。『 猟奇的な彼女 』でも、彼女が男性乗客をひっぱたくシーンがあったが、本作はそれを超えている。インドの新時代の幕開けを目の当たりしたように感じる。

 

探査機の打ち上げ前、そして打ち上げ後も、ベタな手法ではあるが、観客のハラハラドキドキを持続させてくれる。もちろん、歴史的に成功したミッションであることは分かっているが、それでも手に汗握ってしまうのは、それだけ感情移入させられているからだ。『 ドリーム 』のクライマックスでも聞こえてきたが、レーダーコンタクトの瞬間、信号受信の瞬間の安堵のため息が、劇場の数か所から漏れ伝わってきた。

 

「ハリウッド映画よりも少ない予算で我々は火星までたどり着いた」という演説に思わずニヤリ。予算も大切だが、もっと大切なのは創意工夫である。今後のインドの宇宙開発にエールを送りたくなると共に、インド映画界からエールを送られたように感じた。

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ネガティブ・サイド

歌と踊りが少な目である。というか、2シーンしかないし、短い。『 きっと、またあえる 』や『 スラムドッグ$ミリオネア 』のように、エンドクレジットで爆発させてくれるのかと思いきや、それもなし。世界的なマーケットを視野に入れているのは分かるが、インド映画の特徴はやはり絢爛豪華な歌と踊りにあるのだから、そこは忘れてほしくなかった。オペレーション・ルームでサリーを着て踊りまくるMOMの面々を是非とも観たかった。

 

ラケーシュが歌うキャラクターという点にもう少し一貫性が欲しかった。最終盤に思わず歓喜の歌でも歌うのかと思ったら、それもなし。そこが少し残念だった。

 

敵役のNASA帰りの鼻持ちならない男が司るプロジェクトの進行状況なども描写されていれば良かった。ミッション・マンガルの面々がそれを知って、奮励したり、あるいは落胆したりといった様子が見られれば、より人間ドラマの要素が生々しくなっただろう。

 

最後に、映画の中身とは関係ないが、どうしても言いたい。タイトルは普通に『 ミッション・マンガル 』で良いではないか。一体どこの馬の骨が何の権限をもってどういう根拠に基づいて、このようなアホな副題をつけているのか。「崖っぷち」の部分が耳障りだし、「火星打上げ」に至っては完全なる日本語ミスだ。正しくは「火星探査機打ち上げ」または「火星探査機打上げ」だろう。火星という惑星そのものを打ち上げてどうする?誰もこの誤用に気付かなかったというのか?そんな馬鹿な・・・

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総評

『 パッドマン 5億人の女性を救った男 』の主演アクシャイ・クマールとその監督のR・バールキが脚本で参加した本作は、インド映画の娯楽性とインド人の問題意識、そして現代インド社会を如実に反映している。サイエンスに関する知識も必要ない。カップルで観ても良し、家族で観ても良しの秀作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Those were the days.

 

「あの頃が懐かしい」の意。

Those were the days. There was no such thing as consumption tax.

あの頃は良かったなあ。消費税なんか無かったし。

Those were the days. Hardly anybody wore a mask.

あの頃が懐かしい。マスクを着けている人なんかほとんどいなかった。

自分バージョンを色々と英作文してみよう。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, アクシャイ・クマール, インド, シャルマン・ジョーシー, ビディヤ・バラン, ヒューマンドラマ, 歴史, 監督:ジャガン・シャクティ, 配給会社:アットエンタテインメントLeave a Comment on 『 ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画 』 -Rise up against all odds-

『 ソング・トゥ・ソング 』 -すべては監督と波長が合うかどうか-

Posted on 2021年1月4日 by cool-jupiter

ソング・トゥ・ソング 50点
2021年1月2日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:ライアン・ゴズリング マイケル・ファスベンダー ナタリー・ポートマン ルーニー・マーラ
監督:テレンス・マリック

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『 ドント・ウォーリー 』や『 A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー 』など、通常とは趣が異なる関係の一方を演じさせれば天下一品の女優。ルーニー・マーラ目当てで鑑賞。ライアン・ゴズリングもカナダ人俳優の中ではJovianのfavorite actorだ。
 

あらすじ

シンガーソングライターのBV(ライアン・ゴズリング)は、辣腕プロデューサーのクック(マイケル・ファスベンダー)と組んで、徐々に頭角を現していく。BVはギタリストのフェイ(ルーニー・マーラ)と恋仲になるが、フェイは以前から秘かにクックと関係を持っていて・・・

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ポジティブ・サイド

ルーニー・マーラとライアン・ゴズリングに加え、マイケル・ファスベンダーとナタリー・ポートマン、そして中盤以降にはケイト・ブランシェット、さらには名のあるスターもさらに数名登場。俳優陣がとにかく豪華だ。俳優たちに加えて、イギーポップらの本物のアーティストも多数登場。彼ら彼女らがコンサートやパーティー。アメリカ各地やメキシコのリゾート地などを巡る画は、どれもこれもが美しい。まるで自分もそのイベントに参加し、旅をしているかのような気分にさせてくれる。

 

彼ら彼女をカメラに収めるはエマニュエル・ルベツキ。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡) 』では全編ワンカットに見える絵を巧みの技で撮り切った。そのルベツキの手腕が今作でも遺憾なく発揮されている。各ショット内の人物と事物のサイズ比や色合いがシネマティックに計算されていて、まるで『 続・夕陽のガンマン 』のようにどのシーンも絵になる、というのは流石に褒めすぎか。それでも、各地の建築や街並み、自然の風景を捉えたショットの数々は目の保養にもってこいである。暗転した劇場の大画面にこそ映える絵だ。

 

アメリカでも日本と同じく、モラトリアムの期間が長くなっているのだろうか。Jovianと同世代であるBVやクックが仕事に精を出すのは当然として、確固とした恋愛観や人生観を持てていないことにどういうわけか安心させられる。ふとした出会いから恋愛面でもビジネス面でもシリアスな人間関係に発展するまでの経過描写が短く、確かに大人になると時間感覚が若い頃よりも格段に速くなるし、仕事も人間関係も深まるのも速ければ冷めるのも速い。そうした青年期以降、壮年期の観客は登場人物とシンクロしやすいだろう。事実、Jovianは最初から最後までライアン・ゴズリング演じるBVに己を重ね合わせていた。出会い、別れ、そして再会する。多くの関係を結んできた、そして多くの関係を壊してしまってきたからこそ、人間関係の本当の機微や価値が分かるようになる。人生の本当の意味や目的が見えるようになる。中年夫婦で観に行くことをお勧めしたい。

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ネガティブ・サイド 

ストーリーはあるにはあるが、とにかく薄い。まるで『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ 』と『 アリー / スター誕生 』を足して5で割ったものから、エロ成分をマイナスしたような作品。いや、一応女性のトップレスが拝めるシーンはあるにはあるが、エロティックでは全然ない(別に脱いでくれた女優さんに他意があるわけではない、念のため)。各シーンの映像美は素晴らしいが、そのシーンに深い意味が認められない。まるで『 フィフティ・シェイズ・フリード 』を観ているようだった。つまり、眠気との勝負である。正直なところ、ルーニー・マーラが小悪魔~魔性の女風の視線や表情を定期的に見せてくれなければ、多分Jovianは2~3回は寝落ちしていたように思う。マーラの魅力に感謝である。

 

タイトルが“Song to song”であるにも関わらず、肝心かなめのキャラクターの心情はナレーションで語ってしまうのはどういう了見なのか。BVがピアノの弾き語りをしながら作曲するシーンが、かろうじて彼の心情を表しているぐらいで、全編これ会話、しかもドラマを盛り上げない雑談で進むとはこれ如何に。テレンス・マリック監督におかれては、映像美にこだわるのもよろしいが、『 はじまりのうた 』や『 カセットテープ・ダイアリーズ 』を観て、音楽で語るとはどういうことかを研究して頂きたいものである。

 

会話劇としても盛り上がりに欠ける。『 TENET テネット 』のような難解極まる会話ではなく、非常にカジュアルな会話、表面的な意味しか持たない言葉のやりとりには、いささか閉口させられた。絞り出すような言葉、丁々発止のやりとりなどはほとんど存在しないので、やはりどれだけキャラクターに自分を重ね合わせられるかが肝になる。老親の介護が現実の問題として迫ってきているというのは30代40代あたりなら我が事のように感じられるだろうが、いかんせんキャラクターの多くが音楽業界でセレブ然とした生活を送っているものだから、やはりシンクロするのは難しい。

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総評

鑑賞して評価するには、かなりの文学的素養が求められると思われる。キャラクターがどれもこれも浮世離れしていて、地に足がついていない。大人の人間関係を描いてはいるが、これを見たままに消化吸収して解釈するには、かなりの映画的ボキャブラリーが必要だ。Jovianはその任に堪えない。英語のレビューをこれから渉猟しようとは思うが、それらを読んで自分の感想が変わるとも思えない。チケット購入を検討中の向きは、娯楽作品ではなく映像芸術だと思われたし。劇場ではなく美術館に赴くようなものと心得られたし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

take ~ back

~を後ろに持っていく、の意。take back ~ という形でも使われる。テニスや野球をする人なら「テイクバック」という言葉を聞いたことがあるはず。ボールを打つ前にラケットやバットを後ろに引く動作のこと。物体以外にも、コメントや約束を撤回する時にも使われる。

 

The politician never took back her comment regarding LGBT people.

その政治家はLGBTに関する自身のコメントを撤回しなかった。

 

のように使う。take backという句動詞には他にも多様な意味があるが、まずは「後ろに持っていく」、転じて「撤回する」を覚えておこう。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アメリカ, ナタリー・ポートマン, マイケル・ファスベンダー, ライアン・ゴズリング, ルーニー・マーラ, 監督:テレンス・マリック, 配給会社:AMGエンタテインメント, 青春Leave a Comment on 『 ソング・トゥ・ソング 』 -すべては監督と波長が合うかどうか-

『 新 感染半島 ファイナル・ステージ 』 -前作よりも感動度はダウン-

Posted on 2021年1月2日2021年1月11日 by cool-jupiter
『 新 感染半島 ファイナル・ステージ 』 -前作よりも感動度はダウン-

新 感染半島 ファイナル・ステージ 60点
2021年1月1日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:カン・ドンウォン イ・ジョンヒョン
監督:ヨン・サンホ

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『 新 感染 ファイナル・エクスプレス 』の続編。韓国メディアの伝え方やYouTubeのレビューはあまり芳しいものではなかったが、これは前作のクオリティを期待してのことだろう。前作のファンは“Don’t get your hopes up.”を心がけて劇場に赴くべし。

 

あらすじ

KTXでのゾンビ発生から4年。韓国は国家機能が崩壊し、国民は海外へと避難を余儀なくされた。香港に退避した軍人ジョンソク(カン・ドンウォン)は、国外脱出の際に見捨てた民間人や。船で発生したアウトブレイクによって親族を失い、失意の日々を過ごしていた。ある時、彼は「半島に眠っている現金を回収したい」という地元のヤクザ者の依頼を受け、再び故郷の半島に向かうのだが・・・

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ポジティブ・サイド

主演のカン・ドンウォンおよび他キャストの奮闘が光る。軍人を主人公にすることでアクション方向に思いきり舵を切ることができたのだろう。ハリウッド映画並みのガン・アクションにカー・アクションを盛り込んできた。韓国俳優は多くが兵役経験者のためか、銃火器の扱いに非常に長けているように映る。もちろん監督の演出もあるのだろうが、銃を撃つ動作がリアルかつカッコいい。他にもカー・アクションでは生き残りの少女が『 ベイビー・ドライバー 』のベイビーに匹敵するドライビング・テクニックを披露。ゾンビを轢いては吹っ飛ばし、吹っ飛ばしは轢いてという痛快シーンを連続して見せてくれる。ゴア描写はほとんどないのも世界的なマーケットを視野に入れてのことだろうか。

 

首都ソウルの荒廃ぶりもリアル。人間がいなくなれば植物が繁茂してくる描写は『 GODZILLA ゴジラ 』でも使われていた定番の手法とはいえ、今という時代から見てみると、新型コロナウィルスの蔓延防止のために経済活動をストップしたところ、中国やインドで如実に見られたように、空気や水が一気に清浄化されたという事実を思い起こさずにはいられない。

 

ジョンソクが出会うことになる生き残りの家族との因果には胸が潰されそうになった。ひとつの家族の運命が韓国という国家の命運と重ね合わされているのだ。ソウルに侵入する直前の道路の落書き「神は我々を見捨てた」という言葉に、世界有数のキリスト教国の韓国の本音が透けて見える。そこには同時に、人間を救うのは人間なのだという意地のようなものも見え隠れする。

 

対決することになる631部隊の狂いっぷりも見事。チェ・ミンシクを意識したような顔つきと髪型の軍曹がヴィランなのだが、基地でやっていることがめちゃくちゃだ。特に『 マッドマックス/サンダードーム 』に着想を得たと思しき「かくれんぼ」(どこらへんがかくれんぼなのか意味不明だが)は、人間は環境によっていくらでも残虐になれることを物語る。またトラックとクルマによるカー・チェイスシーンはまんま『 マッドマックス 怒りのデスロード 』。そこに大量のゾンビをぶち込んでくるのだから、迫力もスリルも倍増である。

 

生き残り家族の母の奮闘も素晴らしい。「女は弱し、されど母は強し」の格言通りである。こちらも現実世界での兵役経験者なのだろうか。シガニー・ウィーバー演じるリプリーやリンダ・ハミルトン演じるサラ・コナーを彷彿させる戦う女性。銃火器の扱いは手慣れたもので、大型トラックもぶん回す。適度にピンチも招くので、ハラハラドキドキも持続する。

 

最後には作ったような感動的シーンが待っている。Home is home. 住めば都とはよく言ったもの。故郷とは何か。人間とは何か。メッセージ性がそれほどある作品ではないが、観終わった後には多くの爽快感とほんの少しの問いが胸に残るはずだ。

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ネガティブ・サイド

CGがふんだんに使われている。それは良い。問題はCGがCGだと丸わかりしてしまうこと。プレイステーション5ぐらいの画質を実現できているのかもしれないが、長女が運転するクルマを外から見るシーンや終盤の631部隊からの追跡シーンはすべてゲーム画面のように見えてしまう。

 

そもそもの発端である、半島で手付かずのまま眠っている現金を集めて回収してくるというミッション自体が不可解だ。何故にわざわざデカいを音を立てるトラックを運転するのか。それこそ、ドル札が詰まったバッグが20個程度なら、成人4人で何とか運べるだろう。ゾンビが大量に眠っているであろう都市部から抜き足差し足忍び足で離れ、そこから移動の船とランデブーするべきではないだろうか。これなら金の延べ棒がトラックに満載されているという設定にすべきだったろう。

 

ゾンビが前作から何も変わっていないところも不満である。特に前作の冒頭では鹿がゾンビ化しているところが明確に描き出されていた。続編では人間以外の動物のゾンビ(たとえば犬や猫)が登場すると期待するではないか。まあ、それをやっても『 バイオハザード 』シリーズの二番煎じになるのだけれど。実質2日程度の物語だった前作と違い、本作はその4年後。ゾンビがどのように生命活動(?)を維持しているのか、そこは素朴な疑問である。ゾンビがゾンビを食う、あるいはゾンビが植物を食べるなどの描写がほんの数秒で良いのでほしかった。そうしたカットがあれば、半島が4年経ってもゾンビ天国だったことに説明がつく。

 

本作で最大の不満は、人間ドラマの薄さである。『 スター・ウォーズ エピソード7/フォースの覚醒 』のハン・ソロの台詞“Escape now. Hug later.”と言ってやりたい。「さあ、ここで感動してくださいよ」とばかりにスローモーションになってエピックなBGMが流れるが、そこに至るまでのドラマが薄っぺらいせいで、感動が深まらない。前作の何が素晴らしかったのか。主人公を演じたコン・ユが超絶嫌味なキャラから人間味のあるキャラに変化していくところである。マ・ドンソクが血縁関係のない少女に、まだ生まれてきていない我が子を重ね合わせて奮闘するところである。安全な車両にいるバス会社の重役のクソな人間性が極限状況で露わになったように、人間の心の奥底の本性が見える、そこが変化していくところが面白く、感動を呼んだのだ。本作の感動は、極めて教科書的な手法で生み出されていて、そこがどうにも気に入らない。前作ファンならばより一層そう感じることだろう。

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総評

感染、発症、隔離。ゾンビとウィルスには共通点が非常に多い。制作時にはコロナ禍がここまで世界を覆ってはいなかったはずだ。にもかかわらず、これほどの娯楽作品を届けてくるところに、韓国映画界の底力を見るように思う。一本の独立した作品として頭を空っぽにして鑑賞すれば、存外に楽しめるはずだ。事実、前作を未鑑賞のJovian嫁は最初は「なんで前作を観ていない自分の分までチケット買うんじゃゴルァ!!」だったが、観終わった後は満足していた様子だった。コロナ禍で悶々とした気分を一時的にでも吹っ飛ばしてくれるアクション作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

in 15 minutes

劇中では“We’ll arrive in Incheon Port in 15 minutes.”=「15分後に仁川港に着く」という具合に使われていた。In a few hoursも使われていたかな。in + 数字 + 時間の単位、という形で覚えよう。

 

in 10 minutes =10分後

in 5 days =5日後

in 4 years =4年後

 

である。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アクション, イ・ジョンヒョン, カン・ドンウォン, 監督:ヨン・サンホ, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 新 感染半島 ファイナル・ステージ 』 -前作よりも感動度はダウン-

2020年総括と2021年展望

Posted on 2021年1月1日2021年1月1日 by cool-jupiter

2020年総括

やはりコロナ禍に触れないわけにはいかない。Jovianの実家はかつて焼肉屋であり、O-157と狂牛病によるダメージがいかに痛撃であったのかを身をもって知っている。あの2001年の悲劇と同規模、いやそれ以上の惨禍が、焼肉業界だけではなく飲食業界全体、さらには旅行や映画にも及んだ。新作映画がことごとく公開延期され、海外の有力とされた映画のいくつかは配信に流れた。「ニューノーマル」という言葉が新しい意味を帯びた2020年だったが、2021年についても予断を許さない。

しかし、「一生に一度は、映画館でジブリを。」とのキャッチフレーズで『 風の谷のナウシカ 』や『 もののけ姫 』がリバイバル上映されるなど、温故知新の一年でもあったと思う。9.11以降にハリウッドの作劇術がガラリと変わったように、2020年は映画産業(もちろん、ほとんどあらゆる産業もだが)がガラリと変わった一年として後世の歴史家に記されることだろう。

 

それでは個人的な各賞の発表を。

 

2020年最優秀海外映画

『 シカゴ7裁判 』

アーロン・ソーキンが(コロナとは異なる意味での)時代の節目をその炯眼でもって見通していたとしか思えない。それほど完璧なタイミングでのリリースだったと思う。民主運動とは何か。国家権力とは何か。コロナ以前の世界で最も問われていたテーマを、1960年代から見事に現代につなげてくれた。それもとびっきりのエンターテインメント性を備えて。Netflix映画だが、アカデミー賞を受賞してもまったくおかしくないクオリティの作品であろう。

 

次点

『 ウルフウォーカー 』

とびきりユニークな線画アニメーションで非常に土着的な物語を描きながら、そこに見えてくるのは気高く孤高に生きることを是とする哲学。『 羅小黒戦記~ぼくが選ぶ未来~ 』と次点を争ったが、共存共栄を敢えて志向しない本作の独自性の方を紙一重の差で評価したい。

 

次々点

『 シュヴァルの理想宮ある郵便配達員の夢 』

 フランス映画=男女のドロドロの情念とヌードと濡れ場、というJovianの蒙を啓いてくれた作品。

 

2020年最優秀国内映画

『 風の電話 』

コロナによって先行するあらゆる社会問題がかき消された感のある2020年であるが、本作の提示した原発事故の問題および日本社会の分断化、その結果として生じてきた子どもの孤食問題。商業性と芸術性、そして社会性の全てを高い次元で備えた邦画の傑作。

 

次点

『 私をくいとめて 』

能年玲奈の魅力と演技力が爆発した作品。ごくごく限られた人々にしか当てはまらないのかもしれないが、原作小説および映画は聖典として長く読まれ、鑑賞され続けていくことだろう。

 

次々点

『 37セカンズ 』

邦画の世界でタブーとされてきた事柄をこの一作だけで次々に打破した。

 

2020年最優秀海外俳優

オークワフィナ

『 フェアウェル 』で見せた高い演技力で選出に異論無し。アイデンティティを巡る物語の需要は今後高まることはあっても下がることはないだろう。そうした物語が良作と呼べるかどうか、主人公およびメインキャラクターの演技力が及第に達しているかどうかは、本作のオークワフィナが基準になることだろう。

 

次点

スシャント・シン・ラージプート

『 きっと、またあえる 』の大学生役の演技は最高だった。鑑賞後に死去を知って愕然とした。インド映画界のみならず、世界の映画界が一つの宝石を失ってしまった。

 

次々点

チョン・ユミ

『 82年生まれ、キム・ジヨン 』の、まさに憑依されたとしか思えない演技は圧巻だった。

 

2020年最優秀国内俳優

仲野太賀

助演の『 僕の好きな女の子 』と主演の『 泣く子はいねぇが 』の二作品で選出に文句なし。表現者として飛躍を見せた一年だったと言えよう。30歳まで今の成長ペースを保つことができれば、邦画の世界の欠くべからざるピースとなることは間違いない。

 

次点

渡辺真起子

『 風の電話 』の叔母さん、『 37セカンズ 』の母親役で残したインパクトは大きかった。登場時間の短さと観客に与える印象の大きさは必ずしも比例しないことの好例。

 

次々点

水川あさみ

『 喜劇 愛妻物語 』と『 滑走路 』、『 アンダードッグ 』の三作を評価する。『 ミッドナイトスワン 』は2021年にとっておきたい。

 

2020年最優秀海外監督 

キム・ボラ

『 はちどり 』の演出および映像の鮮烈さが強く印象に残っている。М・スコセッシ監督の“The most personal is the most creative”=「最も個人的な事柄が最も創造的な事柄である」という哲学を作劇術のすべてに応用したことから選出。

 

次点

ウッディ・アレン

『 レイニーデイ・イン・ニューヨーク 』の軽妙洒脱なテンポでのストーリーテリングは、ウッディ・アレン以外にはなしえない職人芸である。

 

次々点

ジョン・チェスター

『 ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方 』で証明したドキュメンタリー映画の撮影および編集は一級品。

 

2020年最優秀国内監督

河瀨直美

『 朝が来る 』で鮮やかに、リアルに映し出した夫婦像および家族観は、令和日本のひとつの規範となるに違いない。

 

次点

内山拓也

『 佐々木、イン、マイマイン 』のあまりにも直球過ぎる、そして変化球過ぎる青春ドラマは20代かつ長編デビュー作というタイミングでしか作りえなかったのではないか。

 

次々点

城定秀夫

『 アルプススタンドのはしの方 』で、異色のシチュエーション青春ドラマを作り上げた。

 

海外クソ映画オブ・ザ・イヤー

『 ティーンスピリット 』

音楽うんぬんよりも、主人公のヴァイオレットの抱える問題がどのように解消されていくのかが全く不完全に消化されてしまった。エル・ファニングのキャリアの中でも最低レベルの作品だろう。

 

次点

『 キャッツ 』

 糞のようなCG演出と気持ちの悪い動きに、アレルギーを発症しそうになった。ミュージカルの『 キャッツ 』の持っていた感動を呼ぶポイントを全てスポイルした、完全なる映画化失敗作品の金字塔。

 

次々点

『 ディック・ロングはなぜ死んだのか 』

 

英語レビューでは賛7否3ぐらいだったが、個人的には本作とは全く波長が合わなかった。

 

国内クソ映画オブ・ザ・イヤー

『 事故物件 怖い間取り 』

これで決まりでしょ。観終わった瞬間から決まっていた。これを超えるクソ映画を作れる才能というのは、カンヌや米アカデミーで受賞できるぐらいの才能が必要なのではないか。

 

次点

『 ドクター・デスの遺産 BLACK FILE 』

 

命の重さをこれほど軽んじた作品は近年ちょっと思いつかない。のみならず警察が常識外れの無能であり、しかも物語のリアリティを担保すべき事物および人物の描写が荒唐無稽もいいところである。クソ映画の教材のような作品である。

 

次々点

『 ヲタクに恋は難しい 』

『 記憶屋 あなたを忘れない 』との壮絶なデッドヒートを制して次々点に選出。これもクソ映画として、大学や専門学校の映像学科で分析の対象になるぐらいしかないでしょ。

 

2021年展望

去年も楽しみにしていた『 ゴジラVSコング 』がまたまた延期。とにかくコロナ禍が収束してくれないことには身動きが取れない。ジブリ作品のリバイバル上映など思わぬ副産物も生まれたが、コロナが業界に与えた影響は計り知れない。

 

アメリカでは今後は映画館で公開とウェブ配信を同時に行っていく流れになりそうだという。映画を暗転した劇場で観賞するという営為に、音響や動く座席、匂い、水しぶきなどの効果も加わるか形で劇場は進化してきた。それが止まるのか、それとも別方向に進化していくのか。

 

何はともあれ、2021年の世界平和を祈りたい。

 

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『 羅小黒戦記~ぼくが選ぶ未来~ 』 - 新世紀の中国アニメ-

Posted on 2020年12月31日 by cool-jupiter

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羅小黒戦記~僕が選ぶ未来~ 80点
2020年12月31日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:花澤香菜 宮野真守 櫻井孝宏
監督:MTJJ

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ずっと観に行こうと思いながら、タイミングが合わなかった作品。思いがけず2020年の締めくくりに劇場鑑賞することになった。本作を観て感じるのは、アニメーションは日本が中国に伝授したものであっても、日本的とされる自然観や世界観の源流は古代中国にあったのだろうなということ。そして、日本的とされるアニメーションは下手をすれば中国にぶち抜かれる恐れすらあるのだろう。

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あらすじ

森でのどかに暮らしていた猫の妖精・小黒(花澤香菜)は、人間の開発によって住処を追われる。放浪の旅の最中に同じく妖精のフーシー(櫻井孝宏)たちと出会った小黒は、彼らの住処で共に暮らすことになる。しかし、そこに最強の執行人、ムゲン(宮野真守)が現れ、フーシーらを撃退する。小黒はムゲンに連れ去られてしまい・・・

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ポジティブ・サイド

小黒の猫バージョンの狙ったかのような「あざとかわいさ」を見よ。これがロードトリップムービーの導入だと言われれば素直に理解できるが、サイキック・バトルアクション系の主人公だと言われれば、「またまたご冗談を」と言いたくなるだろう。だが、本作はそういう話なのだ。つまり、ジャンルミックス作品であり、それゆえ必然的にインターテクスチュアリティ(間テクスト性=intertextuality)に溢れる作品となっている。

 

冒頭から『 もののけ姫 』を思わせる森林の風景が美しい。こだまを彷彿させるキャラクターがその印象をますます強めてくれる。そして逃げ惑う動物。立ち向かわんとする小黒。切り拓かれる森。これを『 もののけ姫 』と言わずして何とする。

 

小黒がフーシーと出会い、仲間にしていく流れもスムーズだ。妖精同士の出会いと語らい、そして団らんに言葉はいらない。世界からある意味で疎外された者同士だけに通じる直感的なコミュニケーションには大いに考えさせられた。異形の者だから疎外されるのではなく、異能の者だから疎外される。妖精たちは必ずしも姿かたちのために疎外されているわけではないことがテンフーとロジュの造形を比較してみれば分かる。妖精の世界も妖精の世界で、なかなかに複雑だ。一枚岩と思わせてそうではないところが、本作を単なるおとぎ話やファンタジーにしていない。本作の目指すところは共生である。それが現実の中国の目指す「一帯一路」構想とどれくらい軌を一にするものなのかは分からないが、様々な異民族との共存共栄を志向するクリエイターが中国に存在し、その作品が中国国内のみならず国外のマーケットでも公開されることの意義は決して小さくない。

 

例えて言えば、これは『 X-MEN 』であり、『 妖怪人間ベム 』であり、『 AKIRA 』を中国風に味付けしなおした作品である。ムゲンなどはまさにマグニートーであるし、妖精社会の内ゲバと人間を守らんとする戦いはベム、ベラ、ベロの影が見え隠れする。そしてラストの領界はどうみても『 AKIRA 』だろう。観る人が観れば、より多くのオマージュやガジェット、あらゆる意味での間テクスト性のエビデンスを発見できそうだが、それは本作のオリジナリティの低さを証明するものではない。逆だ。中国は日本やアメリカの先行作品に貪欲に学んだのですよ、あなた方と肩を並べるところまで来ましたよ、もうすぐで追い抜きますよ、と宣言しているのだ。実際にバトルシーンのスピード感はアニメ映画の『 ドラゴンボール 』的でありながら、その背景や細かいキャラの動きの変化の書き込みは同作の比ではない。少なくとも『 あした世界が終わるとしても 』レベルのバトルシーンは遥かに超えている。様々なオマージュもクオリティを高めれば、立派なオリジナルになる。

 

原題の中国社会を下敷きに鑑賞すべきだろう。ストーリーもキャラクターも面白いし、深みがある。ムゲンはどことなく『 千と千尋の神隠し 』のハクのパワーアップ版以上のキャラだし、フーシーも単純な善悪二元論で割り切れるキャラではない。いつの間にやら移民大国になっている日本でも、異能・異端の者たちとどのように交流し、彼ら彼女らをどのように社会に包摂するか、あるいはしないのかを選択する時がきっと訪れる。もちろん、正解などない。必要なのは、答えを求め続けようとする姿勢を維持すること、つまりは旅を共にすることなのだろう。昨年の内に観ておきたかったと思う。

 

そうそう、Jovianは基本的には外国産映画は現地語を聞き、字幕を読むことを是としているが、本作は吹き替えで充分に楽しめる。見た目が日本のアニメ的であるし、中国人キャラクターが日本語をしゃべっても違和感を覚えなかった。

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ネガティブ・サイド

ムゲンと小黒がイカダで旅をするシークエンスが少々長かった。海上シーンをもう少し削るか、あるいはムゲンと小黒に何らかの対話をさせてほしかった。

 

戦闘シーンの疾走感と迫力は文句なしであるが、妖精たちの属性についてもう少し掘り下げて説明してほしかった。台詞は不要。ただ、陰陽五行説の木火土金水の相克関係を、バトルを通じて視覚的に分かりやすく見せてくれれば、中学生以下にもっと刺さるのではないか。

 

館の妖精たちが街の住人たちを救助していくシーンもスピーディーでスリリングだった。その一方で、館の館長と龍遊市の政治的指導者層との折衝の様子も一瞬でいいから見せてほしかった。妖精と人間の共存関係はナイーブなものではなく、高度に政治的な判断の元で維持されているものだと提示されれば、さらに大人向けのアニメとなったことだろう。

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総評

古今東西のあれやこれやのオマージュが詰め込まれた作品。かといって古いわけではなく新しい。様々なコンテンツを浴びるようにして育った個人がアメリカでは『 レディ・プレイヤー1 』を作り、『 封神演義 』や『 西遊記 』といった中国古典をベースにした教養人が本作を作ったと言えるのかもしれない。「中国映画で猫?『 空海 KU-KAI 美しき王妃の謎 』みたいな地雷作品じゃねーだろうな?」と疑わしく感じてしまう向きにこそお勧めしたい傑作に仕上がっている。

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Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

The more S + V, the more S + V.

エンディング曲で“More we divide, more we collide”という歌詞がある。正しくは“The more we divide, the more we collide”=「私たちが分裂すればするほど、私たちはもっと衝突する」ということ。The 比較級 S + V, the 比較級 S + V. で「SがもっとVすれば、SはもっとVする」という意味になる。

 

The older you are, the weaker you become.

年をとればとるほど、弱くなっていく。

 

The more you sleep, the longer you live.

寝れば寝るほど、長生きする。

 

The more money I have, the less secure I feel.

より多くのお金を持つほどに、どんどん安心感がなくなっていく。

 

などのように使う。この構文がサラッと使えれば、英会話の中級(CEFRでB1手前)だろうか。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, 2020年代, A Rank, 中国, 宮野真守, 櫻井孝宏, 監督:MTJJ, 花澤香菜, 配給会社:アニプレックス, 配給会社:チームジョイLeave a Comment on 『 羅小黒戦記~ぼくが選ぶ未来~ 』 - 新世紀の中国アニメ-

『 マー サイコパスの狂気の地下室 』 -邦題担当者は切腹せよ-

Posted on 2020年12月27日 by cool-jupiter

マー サイコパスの狂気の地下室 50点
2020年12月22日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:オクタビア・スペンサー ダイアナ・シルヴァーズ
監督:テイト・テイラー

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YouTubeか何かでトレイラーを観て、「たまには頭を使わずサスペンスでも観るか」とTSUTAYAでレンタル。よくよく見ればオクタビア・スペンサーだけではなく『 ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー 』の最後の最後でインパクトを残した同級生役のダイアナ・シルヴァーズも出演しているではないか。ホリデーシーズン向けの映画ではないが、パーティーがしづらい今だからこその映画だと割り切って鑑賞した。

 

あらすじ

マギー(ダイアナ・シルヴァーズ)は引っ越し先の学校の友だちと飲み会をすることに。高校生であるため誰か大人に酒を買ってもらおうと、通りがかった女性スー・アン(オクタヴィア・スペンサー)に依頼する。何度か彼女に酒を買ってもらっているうちに、スー・アンは自宅の地下室をパーティー用に貸してくれると言い・・

ポジティブ・サイド

オクタヴィア・スペンサーと言えば『 ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜 』、『 ドリーム 』、『 アメイジング・ジャーニー 神の小屋より 』、『 シェイプ・オブ・ウォーター 』のような優しいおばさん、強いおばさんのイメージが強かったが、『 ルース・エドガー 』や本作を通じて、キャリアの方向性を少し変えつつあるようである。人好きのするおばさんが徐々に変質していく様は非常にサスペンスフルだった。特に印象に残ったのは、ある抱擁のシーン。これはマギー視点からすれば、震え上がるしかない。オクタビア・スペンサーの円熟の演技力に磨きがかかったと言えるだろう。

 

本作はリベンジ・スリラーに分類される。スー・アンは生まれながらのサイコパスではない点に注意。というか、後天的にサイコパスになったわけでもない。学生時代にトラウマを植え付けられ、片田舎でひっそりと暮らしてきたところに、思いがけず復讐のチャンスが巡ってきたというストーリーである。田舎特有の人間関係が垣間見られ、どこか『 スリー・ビルボード 』を彷彿とさせる。限定的なコミュニティ内では人間関係も限定的になり、それゆえに濃密なものになる。問題はその濃さが人間関係のどういった要素によるものなのかだ。そうした意味で、序盤の酒盛りが警察官に見つかるシーンは、この片田舎のコミュニティの人間関係がきわめて長く、そして強く維持されてることが示唆されていた。

 

他にも最序盤の学校のシーンが終盤の伏線になっていたりと、作り自体は非常にフェアである。マーがマギー達を追い詰めていく反面で、マーも次第に追い詰められていく。Social Mediaを巧みに使い、何かあればすぐにググって対策を練るところも現代的。登場人物の心理描写を極力排して、代わりに具体的な行為を見せることでキャラクターの内面がかえってよく見える。本作には芸術映画要素はなく、徹底して商業映画である。斬新な殺し方もあるので、復讐ものが好きな方はどうぞ。

 

ネガティブ・サイド

マーのリベンジ方法の濃淡に差があるところにが不満である。Motor mouthな女子高生に「え、それやっちゃう?」というお仕置きを加える一方で、黒人少年に対してはpunishにならないpunishmentを与える。やるなら残虐に徹してほしい。

 

全編を通じて、母と娘の物語を紡ぎ出そうとしているのだろうが、そのあたりは盛大に失敗している。マギーと母親の関係性、そしてスー・アンの母性。このあたりからもっとコントラストを利かせたサブ・プロットが生み出せたはず。原題=Ma=母親というからには、子どもとの関係性をもっと追求せねばならない。同じ母親映画にしても『 母なる証明 』や『 MOTHER マザー 』と比較すれば、数段落ちる。

 

もっとスー・アンとパリピ学生以外の視点からの物語も欲しかった。ルーク・エヴァンスはもっと効果的に使えたはず。大人たちからスー・アンに抗議が行くが、当の子ども達が「スー・アンは悪くない!!」と言い張るような展開、『 ミセス・ノイズィ 』のように同じ事象を異なる視点で見つめるというシークエンスがあれば、サスペンスがもっと盛り上がったのにと思う。

 

最後にこれだけは言っておきたい。この邦題はおかしい。これは別に作品の罪ではないが、なぜにこのようなアホな副題をつけるのか。上で挙げた『 ドリーム 』も当初は『 ドリーム 私たちのアポロ計画 』という、イメージ先行かつ史実無視の酷いものだったし、効果間近の『 ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画 』も、崖っぷち~の部分は不要だ。映画の宣伝会社や配給会社はもっと日本の映画ファン、さらには日本語話者の国語力を信頼すべきだ。

 

総評

典型的な a rainy day DVDだろう。純粋な娯楽映画で、ここから何かメッセージを受け取ろうなどと思ってはダメ。観終わってから「いやあ、片田舎の人間関係って怖いね」と呟いて、一か月後にはすべて忘れてしまう。そのぐらいのスタンスで観賞すべきだろう。オクタビア・スペンサーのちょっと怖い演技を堪能して、ダイアナ・シルヴァーズで目の保養をする映画だと割り切るべし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Ma

「母」の意味。呼びかけで使う。Mama, Mommy, Momなどがあるが、Maという単純な呼びかけも結構使われる。テレビドラマ『 リゾーリ&アイルズ ヒロインたちの捜査線 』でも主人公のジェーンは自分の母親を常に“Ma”と呼んでいた。ちなみにmamaというのは、哺乳類=mammalや乳房X線撮影=mammographyと起源を一にする語である。母とは乳なのだ。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アメリカ, オクタビア・スペンサー, サスペンス, スリラー, ダイアナ・シルヴァーズ, 監督:テイト・テイラーLeave a Comment on 『 マー サイコパスの狂気の地下室 』 -邦題担当者は切腹せよ-

『 ワンダーウーマン 1984 』 -前作よりも少々パワーダウン-

Posted on 2020年12月20日 by cool-jupiter

ワンダーウーマン 1984 70点
2020年12月19日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ガル・ガドット クリス・パイン クリステン・ウィグ ペドロ・パスカル
監督:パティ・ジェンキンス

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前作『 ワンダーウーマン 』は傑作だった。微妙な出来だった『 バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生 』や『 ジャスティス・リーグ 』でも、ワンダーウーマンの登場シーンは良かった。期待を高めすぎるのは禁物だと分かっていながらも、やはり期待して劇場へ向かった。裏切られたとまでは感じないが、前作の方が面白さはあった。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20201220130401j:plain
 

あらすじ

スミソニアン博物館で働くダイアナ(ガル・ガドット)は、願いを叶えてくれるという謎めいた石の存在を知る。ダイアナがその石に願うと、本当にスティーブ(クリス・パイン)が復活した。再会を喜ぶ二人だったが、実業家のマックス・ロード(ペドロ・パスカル)とダイアナの同僚バーバラ(クリステン・ウィグ)も石に願いを行っていて・・・

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ポジティブ・サイド

オープニングからのセミッシラでのアマゾネスたちの競技大会が奮っている。元々は2020年の夏前の公開予定だったので、これは東京五輪を意識していたのだろう。Jovianの勤務先は東京五輪2020のオフィシャルサポーターではあるが、個人的には日本での五輪開催はもう諦めている。そうした意味で、幼少期のダイアナが大人たちとアスレチックを競うシークエンスには I felt redeemed. 青い空と青い海、そして豊かな緑の中を駆け抜けるアマゾネスたちの姿はそれだけで非常にシネマティックだった。

 

ヴィランの設定も悪くない。神が作った石というのも説得力がある。前作のオープニングは、いきなり神々の話だったし。前作が神殺しであれば、本作は人間の弱さにフォーカスしている。マックス・ロードは悪になろうとして悪になったわけではないし、バーバラも最初から悪を志向したわけではない。強さを求めることそのものを悪とは決して言えない。問題は、力を正しく使えるかどうか。そのことは冒頭のオリンピック的シークエンスで明示されている。単純な善と悪の物語に割り切ってしまわないところに好感が持てるし、本来スーパーヒーローとはそういうものだった。ウルトラマンは街を破壊しながら人間を守ることに疑問を持った少年少女は多いだろうし、『 アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン 』や『 バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生 』はまさにヒーローによる戦いが一般の人間に災厄をもたらしている点を鋭く突いていた。本作はテーマ的にそれらの先行作品の一歩先に進んだとも言える。

 

スティーブとダイアナの交流も微笑ましい。前作でダイアナが浮世離れしたファッション・センスを見せつけたが、今作ではスティーブがオールド・ファッション感覚を披露する。第一次大戦から60年以上を経て1984年に蘇ったスティーブがエスカレーターや地下鉄に驚き、自室にあるチープなファースト・フードに大興奮する様はひたすらにチャーミングだ。ありふれたものに幸福を感じられるのも愛する人がそこにいるからだという、ある意味で非常に陳腐な、しかしどこまでも真実である命題が、マックス・ロードが人々の願いを叶える代償として、力を奪っていくことと対比になっている。マックスの最後の選択は、だからこそ説得力があった。

 

アクションも見応え充分。特にエジプトの道路のバトル・シーンは迫力満点。ダイアナがパワーダウンして、ダメージを負うところも緊張感を高めている。チーターと化す前のバーバラとの格闘シーンも手に汗握るもの。バーバラがダイアナと同等の力を持っていて、ダイアナがパワーダウンしているからだ。強すぎるヒーローが戦ってもハラハラドキドキが生まれにくいが、本作はプロットと論理的に絡めて、戦闘シーンの緊張感を高めるのに成功している。

 

エンドクレジットの幕間に続編を予感させるような、予感させないようなスキットが挿入されている。ここで登場する人物に興味がある人は「リンダ・カーター」でググるべし。

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ネガティブ・サイド

ワンダーウーマンのイメージを映画ファンに決定づけたのは、やはり盾と剣だと思われる。そのいずれもが本作でフィーチャーされなかったのは残念だった。

 

前作も『 スーパーマン 』のオマージュに満ちていたが、本作でもそれを繰り返すのはちょっと芸がない。愛する人との生活を手に入れるためにスーパーパワーを失い、自分の使命のためにもう一度スーパーパワーを手に入れるというのは、まんま『 スーパーマンII 冒険篇 』のプロットではないか(ロイス・レーンは死なないけど)。また、ダイアナが空中で右腕を前に突き出して左腕を引いて一気に加速して滑空していくシーンにもスーパーマンのシルエットが見えてくる。ここまで来ると興ざめする。

 

黄金のアーマーを身にまとったダイアナのチーターとの戦闘シーンも暗い。『 アクアマン 』以来、DC映画も“暗さ”から抜け出したと思ったが、ここでも戦闘シーンが暗すぎる。黄金のアーマーがまったく画面上で映えない。前作のように、夜でも爆発の炎に囲まれて十分にライトアップされているという環境を作り出せなかったのだろうか。

 

細かい点だが、エジプトからワシントンD.C.にダイアナとスティーブはどうやって帰ってきたのだ?

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総評

前作『 ワンダーウーマン 』と同レベルのクオリティを期待してはいけない。しかし、キャラクターの造形と成長は素晴らしい。スーパーマンと言えばクリストファー・リーブ、アイアンマンと言えばロバート・ダウニー・Jr.、というのと同じレベルで、ガル・ガドットはワンダーウーマンというキャラクターのイメージを不動のものにしたと言えるだろう。三作目があるのかどうかは現時点では未知数のようだが、ぜひ剣と盾で大暴れする姿を見てみたい。それもDCEUではなく、スタンドアローンで。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

renounce

辞書を引けば「捨てる」、「放棄する」、「断念する」などと出ているが、こういうものは文脈で理解したい。個人的に最もよく目にして耳にする使い方は、“renounce the belt/championship”=ベルト・王座を返上する、というもの。いったん手に入れたものを元の場所に返す、というのがコアの意味となる。そのことは本作からでも十分に理解できるだろう。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アクション, アドベンチャー, アメリカ, ガル・ガドット, クリス・パイン, クリステン・ウィグ, ペドロ・パスカル, 監督:パティ・ジェンキンス, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 ワンダーウーマン 1984 』 -前作よりも少々パワーダウン-

『 バクラウ 地図から消された村 』 -僻地の村を侮るなかれ-

Posted on 2020年12月19日 by cool-jupiter
『 バクラウ 地図から消された村 』 -僻地の村を侮るなかれ-

バクラウ 地図から消された村 65点
2020年12月13日 シネマート心斎橋にて鑑賞
出演:バルバラ・コーレン ソニア・ブラガ ウド・キア
監督:クレベール・メンドンサ・フィリオ ジュリアノ・ドネルス

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カンヌで『 パラサイト 半地下の家族 』とカンヌで各種の賞を争った作品。なるほど、寓話的であり社会批判であり、エンタメでもある。ただし、物語のトーンとペーシングに難があるか。

 

あらすじ

祖母が亡くなったことからテレサ(バルバラ・コーレン)は故郷の村、バクラウに戻ってきた。しかし、その後、不可解な事象が発生する。村がインターネットから消え、給水車のタンクには発砲されて穴が開いていた。また、村はずれの牧場から馬が大量に脱走、牧場主たちは惨殺されていた。さらに、ある村人は、空飛ぶ円盤に追跡された。バクラウに何が起こっているのか・・・

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ポジティブ・サイド

冒頭の宇宙空間からゆっくりと南米、ブラジルへとカメラ映像がズームインしていく様は、非常に不穏で不吉な感覚をもたらしてくれた。とても小さな領域で起こる事柄を俯瞰する視点を持て、という Establishing Shot である。

 

豊かな自然の中を走る給水車が、道路わきの棺桶を次々に轢いて破壊していく様は異様なである。人が死んだことを明示している一方で、そんなことは俺の知ったことじゃないよと言わんばかりのドライバーにも剣呑な雰囲気を感じ取らざるを得ない。これまで見事な Establishing Shot だった。

 

近代人にとって村という共同体は、もはや異世界なのだろう。小説の『 八つ墓村 』も『 龍臥亭事件 』も村を舞台にしているし、映画では『 ミッドサマー 』や『 哭声 コクソン 』、さらに『 光る眼 』(原題はVillage of the Damned)もそうだ。こうした村へやって来る闖入者は往々にして招かれざる客である。それがバイクに乗って現れるのだから、『 アンダー・ザ・スキン 種の捕食 』を思い起こした人も多いだろう。

 

物語中盤でバクラウを襲う怪異の正体が明らかになった時、我々はこれが現代社会の縮図の物語なのだということを知る。ポスターその他の販促物が壮大にネタバレしているが、血で血を洗う闘争が本作の本質ではない・・・と思う。正直なところ、解釈が非常に難しい。が、ひとつだけ言えるのは、地元の人間の言うことには耳を傾けておくべきだということ。コロンブスの大航海時代以上に、現代世界は広がっている。なぜなら旅することができる領域が格段に広くなり、また知るべき事柄も格段に増えているからだ。これ以上は言わぬが花だろう。と書いてきて、ふと思った。これは世界ではなく、宇宙レベルで考えても、同じことが言えるのではないか、と。

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ネガティブ・サイド

主人公が誰であるのかが分かりにくい。結局はバクラウという村落共同体そのものが主人公となるのだろうが、そのことが明らかになるまでがとにかく長い。『 エイリアン 』のように、序盤はクルー全体が主人公なのだと思わせておいて、突如リプリーが覚醒し、リーダーシップを発揮し始めたようなシークエンスを、テレサを使って撮れなかったのか。

 

“地図から消された村”という副題は必要だったか。『 犬鳴村 』じゃないんだから。ネットから消したとしても、市販の地図や書籍からは消せないし、昔あった「はてなマップ」のようなサービスがブラジルにあれば、誰かがバクラウの存在を地図上に復活させてしまうだろう。この副題は無い方がよかった。

 

『 サウナのあるところ 』以来の男性器丸見えはOKとして、そのじいさんの活躍がイマイチである。いや、活躍はしているんだけれど、このじいさんに求められているのはそういうことじゃないでしょ。『 夕陽のガンマン 』のラストのようなスケールで襲撃者たちの死体を運ばないとダメでしょ。

 

子どもが殺されるシーンは胸が痛む。だが、水も電気も手に入らず、近隣で大量殺人も起きているのに、真夜中に子ども達を無邪気に外で遊ばせておく大人がいるか?普通に徘徊老人が殺された、ではダメなのか。その方がテレサの祖母の死に続いて、バクラウの長老がまた死んでしまった、バクラウという共同体を何としても維持していこう、という機運も盛り上がると思うが。

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総評

正直に告白すると、前半の40分のうち、おそらく7~8分は寝てしまった。それぐらい盛り上がりに欠ける立ち上がりである。そこさえ乗り越えてしまえば、訳の分からない異様な雰囲気の高まりに、you’re in for a ride. 本当は怖いメルヒェンのように感じるも良し、格差社会における一種の下克上と受け取るも良し。インドや韓国も似たような映画を作れそうだ。日本でもインディーズ系の野心的な作家が日本流に翻案した作品を作れそう。自己流解釈を楽しめる人向きの映画である。

 

Jovian先生のワンポイントポルトガル語レッスン

Obrigado

「ありがとう」の意。多くの人が聞いたことぐらいはあるはずだ。劇中の前半でもかなりの頻度で使われている。いろんな国の映画を観ていて思うのは、日本は謝ってばかりで、感謝することを忘れつつあるのかな、ということだ。それは少し悲しい。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, ウド・キア, サスペンス, ソニア・ブラガ, バルバラ・コーレン, ブラジル, フランス, 監督:クレベール・メンドンサ・フィリオ, 監督:ジュリアノ・ドネルス, 配給会社:クロックワークスLeave a Comment on 『 バクラウ 地図から消された村 』 -僻地の村を侮るなかれ-

『 アンダードッグ 二人の男 』 -とにかく鉄拳、やっぱり鉄拳-

Posted on 2020年12月14日 by cool-jupiter

アンダードッグ 二人の男 55点
2020年12月13日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ミンホ マ・ドンソク キム・ジェヨン チョン・ダウン
監督:イ・ソンテ

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『 アンダードッグ 』が個人的には少々消化不良気味だったため、ストーリーやキャラクターについてあまり深く考える必要のなさそうな本作を近所のTSUTAYAでセレクト。とにかくマ・ドンソクと来れば鉄拳なのである。

 

あらすじ

バイクや車の窃盗、万引き品の違法転売をしながらストリートで生きるジニル(ミンホ)たちは、バイクの転売に失敗、無一文になる。ジニルの恋人ガヨン(チョン・ダウン)が売春客を取るが、そこに現れたのはカラオケ店経営者のヒョンソク(マ・ドンソク)だった。ジニルたちはヒョンソクのクルマとクレジットカードを盗み出すが、カードの決済情報からすぐにヒョンソクに補足されてしまい・・・

 

ポジティブ・サイド

韓国のストリートというのは容赦の無い世界であると感じる。ストーリーとしては『 ギャングース 』に近い。刑務所上がりの半端者たちが、やはり半端な生き方しかできずに街を彷徨うところなど、韓国も日本も社会のセーフティネットの底が抜けてしまっているところは同じのようである。一方の主人公であるミンホは気の強さはあるもののケンカの腕はそれほどでもなく、頭の回転もそこまで速いほうではない。だが、恋人を一途に守ろうとする気概だけは見上げたもの。売春もしくは美人局の客がその筋の人間だった、あるいは自分の手に負える相手ではなかったというのは『 聖女 Mad Sister 』でもお馴染みの展開。ミンホがマ・ドンソクと対峙する場面では格の違いを見せつけられているのだが、ここで相手に向かっていけるのは男の証明だ。

 

そのジニルの追撃者、ソンフンを演じたキム・ジェヨンの凄みよ。モデル上がりの俳優らしいが、これは間違いなく兵役経験者、あるいはテコンドーやボクシングの心得がある。暴力シーンが生々しい。パンチの放ち方が素人ではない。そして狂人そのものの目つき。ジニルらを追いかける目つき、仲間に半笑いで謝罪を要求する時の目つきなど、クスリをやっている人間のそれとしか思えない。『 アジョシ 』の噛みつき攻撃にも驚嘆したが、本作でソンフンは禁断のサッカーボールキックを披露。こんなのは『 デッドプール 』ぐらいでしか見たことがない。演技者としてのキャリアは浅いようだが、それでもこれだけの演技を見せるのは本人の才能と努力か、それとも監督の演出力か。イってしまった目のソンフンと『 息もできない 』のサンフンの対決を、個人的に見てみたい。

 

マ・ドンソクもいつも通りの剛腕キャラなのだが、家族、特に娘という明確な弱点を持つことで、ガキンチョたちとある意味で対等の地点に引きずり下ろされてしまう。それによって本来の力関係ならば生まれることのないスリルやサスペンスが生まれている。表社会と裏社会のちょうど中間に生きるような存在で、冷酷無比に見えて、実は血も涙もあるタイプ。こういうキャラクターは確かにマブリーの得意とするところなのだろう。

 

ジニルたち、マ・ドンソク、そしてソンフンの三つ巴の争いがラストに収れんしていくプロセスは非常にスピーディーだ。クライムドラマとしても見応えがある。頭を空っぽにして90分鑑賞できる作品である。

 

ネガティブ・サイド

クライマックスの展開があまりにも衝撃的すぎて、これは減点対象である。普通に最後はヒョンソクがミンホにもサンフンにも鉄拳制裁し、サンフンは刑務所に送り返し、ミンホとガヨンはヒョンソクのカラオケ店で死ぬまで働く・・・ではダメだったのだろうか。このエンディングは、最後の最後に監督がすべてを放り出したかのように映る。

 

警察が無能というのは韓国映画の鉄則だが、それでもジニル4人組をここまで放置というか、犯罪をさせておくだろうか。4人組でつるんでいる窃盗団など、すぐに捕まりそうなものだが。まあ、韓国映画の警察にツッコミを入れるのは野暮というものか。邦画の警察とは違うのだ(邦画の警察も、最近ちょっと怪しくなってきているが)。

 

ジニルの実父の遺産のエピソードは不要。完全にノイズだった。マ・ドンソクがカードと車を取り返しにやって来た時に「育ててくれた叔父さんを裏切るとは」という内容をアリバイ作りに喋っていた内容が伏線になっていたのは感心するが、ならば本当にジニルが叔父さんを裏切ったエピソードを臭わせるべきだった。ジニルがstreet smartなバッド・ボーイでないと、他の仲間たちとの連帯感の説明がつかなくなる。

 

そのジニルの仲間のボンギルに、見せ場が一つもないとはこれいかに。「ここでアイツに礼を言わないと一生後悔しそうだ」と格好いいセリフで出陣しながら、ソンフンに文字通りに一蹴されるとは・・・ 同じことはボンギルの彼女のミンギョンにも当てはまる。

 

総評

『 スタートアップ! 』からコメディ要素を抜いて、『 悪人伝 』の三つ巴の争い要素をプラスしたような作品である。面白さとしては『 スタートアップ! 』 < 本作 <『 悪人伝 』である。別にマ・ドンソクでなくともよかったのではないかと思う(キム・ユンソクやチェ・ミンシクが良かったというような意味ではない、念のため)。これも典型的なrainy day DVDだろう。自粛を強制されそうな週末もしくは長期休暇時のお供にするのがよいかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

イーセッキ

『 スタートアップ! 』でも何十回と聞こえてきたが、本作でも同じくらい聞こえてくる表現。意味は「この野郎」。北野武映画を韓国語に訳した時にも、イーセッキが何十回と字幕もしくは吹き替えで使われるのだろう。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, キム・ジェヨン, クライムドラマ, チョン・ダウン, マ・ドンソク, ミンホ, 監督:イ・ソンテ, 配給会社:マクザム, 韓国Leave a Comment on 『 アンダードッグ 二人の男 』 -とにかく鉄拳、やっぱり鉄拳-

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