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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

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『 哀しき獣 』 -韓国ノワールの秀作-

Posted on 2020年6月25日 by cool-jupiter

哀しき獣 75点
2020年6月23日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ハ・ジョンウ キム・ユンソク
監督:ナ・ホンジン

f:id:Jovian-Cinephile1002:20200625214229j:plain
 

『 暗数殺人 』のキム・ユンソクに痺れたので、本作もさっそくレンタル。韓国社会および朝鮮族というアウトサイダーのダークサイドをまざまざと見せつけられた。

 

あらすじ

中国・延辺朝鮮族自治州のタクシー運転手グナム(ハ・ジョンウ)は借金で首が回らず、妻を韓国に出稼ぎに出していた。だが、妻とも連絡が途切れた。そんな時、犬商人のミョン(キム・ユンソク)から韓国である人物を殺害すれば借金と同額の報酬を約束された。グナムは意を決して黄海を渡るのだが・・・

 

ポジティブ・サイド

暴力の描写に一切の妥協をしない韓国映画界の中でも、ナ・ホンジン監督は図抜けている。『 チェイサー 』のキム・ユンソクは殴る蹴るの暴行だったが、本作ではハ・ジョンウもキム・ユンソクも手斧や刃物で相手を傷つけ、殺しまくる。良い意味でも悪い意味でも度肝を抜かれたのが、ミョンがぶっとい牛骨で敵を撲殺していくシーン。さっきまで自分たちが鍋で食っていたものを武器にするのは、映画史上に残る珍演出ではなかろうか。骨で何かをぶっ叩くシーンがこれほど印象的なのは『 2001年宇宙の旅 』の冒頭のサル以来ではないか。これは誉め言葉である。『 アジョシ 』のテシクの洗練された殺人術ではなく、本能のままに殺していく、まさに獣である、

 

暴力だけではない。走る。走って走って走りまくる。『 チェイサー 』でも走りまくったハ・ジョンウとキム・ユンソクがさらに走る。『 ターミネーター2 』のロバート・パトリックを彷彿させる走りっぷりである。人間にも動物にも、闘争・逃走反応(Fight-or-flight-response)というものがあるが、本作のグナムは逃走から闘争へとドンドンと狂暴化していく。走って逃げた先が袋小路であれば、牙を剥くしかない。窮鼠猫を嚙むというのは真実である。

 

本作は前半と後半でがらりと趣が変わる。ソウルに渡ったグナムがターゲットの店を入念に下見して行動パターンを掴むまではクライムドラマ風味だが、ターゲットが死んだところから、一気に逃走サスペンスになりアクション映画にも変貌する。『 逃亡者 』のリチャード・キンブルもかくや、というほどの逃走劇。ビルの壁を伝い、窓を突き破ってクルマの上に落下し、路地を走ってパトカーを振り切り、大通りを突っ切って事故を誘発して、警察から逃げおおせる。山を越えるし、検問も逃げ切る。原題の英語版は“The Fugitive”ではないのかと思ったほどだ。この警察からも裏社会からも追われるという緊張感と恐怖は、ちょっと想像がつかない。大型船をめぐる逃走劇と闘争劇がクライマックス近くにあるが、『 AI崩壊 』の入江監督は、本作をもっと研究すべきだったのだろう。それぐらい、船の中でのバトルシーンには迫力と迫真性がある。狂乱の逃走劇は、実際には様々なカットを編集しているだけとはいえ、ジャンパーが切り裂かれた時に羽毛がひらひらと舞うシーンを挿入することで、一連のシークエンスに見せることに成功している。これはすごい演出である。

 

本作を観ていると、本当に身につまされる。朝鮮族という、中国人でもなく韓国人でもない立場の人間とは、いったい何なのか。寄る辺ない人間にも、やはり寄る辺は必要なのだ。グナムは確かに甲斐性無しであるが、だからといって妻への思慕の念や子への愛情までも否定されてよい存在ではない。特に何度も夢に見る妻との閨房のシーンの切なさは、男やもめならずとも容易に想像がつくだろう。哀しき男だ。だが本作の邦題は『 哀しき獣 』である。その意味は、ラストシーンで明らかになる。この救いの無さに救いを感じることができる自分に虚しい乾杯をあげたいと思う。

 

ネガティブ・サイド

ミョンの大暴れシーンで二度ほど画面がセピア色に変わるが、これは不要な演出。頸動脈から血液がドバっ、というシーンや脳天がカチ割られるシーンでこれが起こるが、そこをカラーで映し出してこその韓国映画ではないのか、ナ・ホンジン監督。

 

ミョンがグナムに殺しの依頼をする背景と真相は、かなり拍子抜けさせられるものである。というか、『 新感染 ファイナル・エクスプレス 』でも感じたが、韓国ではバス会社の社長や常務というのは、社会的に決して尊敬されない、逆に忌避され疎外される存在なのだろうか。財閥の人間とまでは言わないが、もっと社会的に実力のある人間であるように描写すべきだ。上級国民が下級国民を使嗾して悪事を働かせた。それが自らに盛大なしっぺ返しとして返ってきた。このようなプロットは書けなかったか。本作における朝鮮族には、あまりにも救いや希望がなさすぎる。

 

グナムがたびたび妻との房事を夢に見るが、それによりエンディングのシーンの悲哀が逆に少し薄れてしまっているように感じた。最後の最後に一瞬、妻のことを思い出す。あるいは、いざ殺人という瞬間に妻の顔が脳裏をよぎる。それぐらいの演出の方が個人的には望ましかった。

 

総評

原題は『 黄海 』=The Yellow Sea、すなわち朝鮮半島と中国の間の海である。中国人でも韓国人でもない朝鮮族の悲哀の象徴なのだろう。本作はテーマだけではなく技法でも優れている。グナムの髭の伸び具合をよくよく観察してみよう。時間の経過がリアルに感じられるはずである。そして、グナムが持ち運んでいる指の汚れ具合や腐敗具合にも注目しよう。一昔前の邦画の任侠映画における指が、いかに作り物然としているのかが一目瞭然である。バイオレンス描写に耐性がないのなら、本作を観てはならない。耐性があるのなら観よう。韓国映画の特徴と魅力が本作にたっぷりと詰まっている。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

オイ

日本語でも「おい」という相手に対する呼びかけの言葉として使われている。日韓共通語かと思わせて、さにあらず。英語でも“Oi!”という表現は、話し言葉でも書き言葉でも使われる。意味もやはり「おい」である。なにか間投詞として人間の根本的な言語感覚に普遍的に訴える音の響きがあるのかもしれない。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, キム・ユンソク, クライムドラマ, ハ・ジョンウ, 監督:ナ・ホンジン, 配給会社:クロックワークス, 韓国

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