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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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カテゴリー: 国内

『 きみの瞳が問いかけている 』 -オリジナル超え、ならず-

Posted on 2020年10月29日2022年9月16日 by cool-jupiter
『 きみの瞳が問いかけている 』 -オリジナル超え、ならず-

きみの瞳が問いかけている 65点
2020年10月25日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:横浜流星 吉高由里子
監督:三木孝浩

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『 ただ君だけ 』の日本版リメイク。かなり原作に忠実に作りこまれているが、余計な演出になってしまっているところが数か所あったのが残念である。

 

あらすじ

不慮の事故で失明した明香里(吉高由里子)と過去の過ちからアルバイトで日々を食いつなぐだけの塁(横浜流星)は、ふとしたことから出会い、距離を縮めていく。しかし、明香里の失明は塁の過去に原因があり・・・

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ポジティブ・サイド

『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』や『 坂道のアポロン 』で印象的な光と影の使い方を見せた三木孝浩監督は、本作でも光を巧みに操った。邦画の夜のシーンは不自然なほどに明るいことが多いが、本作の夜の場面はそれを感じさせないし、本作の昼の場面は陽光を画面いっぱいに映し出す。原作の前半は暗、後半は明というコントラストにはこだわらず、各シーンで監督の持ち味が上手く発揮されていた。光だけでこれほど映える絵を撮れる人はそう多くない。

 

横浜流星も空手のバックグラウンドを活かして、見事なキックボクシングシーンを披露した。特に復帰二戦目のフィニッシュシーン、右ストレートで相手を仕留めた後の返しの左フックまで打っていた(空振りというところがリアルだ)。エンドクレジットで見逃したが、かなり本格的なボクシングの手ほどきを受けたのだろう。普段からどれくらい鍛えているのかは想像するしかないが、まさに鋼と呼べる肉体美も披露。これは女性客を呼べる。間違いない。山下智久の矢吹ジョーは正直イマイチだったが、横浜流星をジョーにしてリメイクできないものか。バンタム級やフェザー級に見えない?それは山下もそうだったでしょ?

 

閑話休題。吉高由里子の視覚障がい者の演技も良かった。決して合わない目線は基本であるが、聴覚だけではなく嗅覚も敏感であるところがなんともユーモラス。原作通りにデート前に浮き浮きするところや、「一人では行けない」という店をチョイスするところが何とも微笑ましい。障がい者をことさらに障がい者扱いしていないところに、今というタイミングで日本でリメイクする意味があるのだと感じた。少々脱線するが、Jovianは縁あって、大学で英語を教えている。もちろん、このご時世なのでオンライン授業である。視覚障がいや聴覚障がいの学生もいるのだが、彼ら彼女らはAcrobat Readerの読み上げ機能や、Google Meetの字幕オン機能やリアルタイム翻訳は、障がいを障がいでなくしている。原作でも本作でも、ヒロインが仕事をしている様は大いに輝いて見える。もちろん、ちょっと間の抜けたシーンのおかげで人間らしさが色濃く出ている。何をどうやれば排水溝にパンティが詰まるのかは大いなる謎だが、ハン・ヒョジュのように上着を脱がなかった代わりに、下着を見せてくれたのだと理解しようではないか。

 

二人が不器用に育んでいく恋の描写も、原作にかなり忠実で丁寧だ。二人でどこかに出かける約束をした帰り道の塁の「ひゃっほう!」感も微笑ましいし、美容室で髪を手入れする明香里もまた微笑ましい。原作同様に視覚障がい者に対して、思いがけずきつい言葉を浴びせてしまうシーンには少々こたえるものがあるが、それも塁の過去の因果によるものだと思えば納得できるし、横浜流星はそうした影のある男を上手く描出できていた。格闘家から地下世界のバウンサー的な存在に落ちてしまった男が、さりげなく明香里の部屋をバリアフリー化しているところもポイントが高い。壊すだけではなく直せる男でもあるのだ。賃貸住宅でそんなことをして大丈夫かと不安になるが、大丈夫だった。ちょっとした工夫が大きな助けになるという物語全体のテーマを表している良いシーンと演出だった。

 

クライマックスで文字通りにすれ違ってしまう二人には、胸がつぶれそうになった。原作とほとんど同じなのに、あらためてそう思えるということは、それだけ芝居のレベルも高く、その他の演出も効果的だったということだろう。特にリメイク要素として追加された“視覚以外の要素”が特に印象的だった。原作を観た人も、横浜流星ファンも、吉高由里子ファンも、かなり満足できるクオリティに仕上がっていると言えるだろう。

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ネガティブ・サイド

横浜流星の格闘シーンには迫真性があったが、顔はそうではなかった。原作のチョンミルの恵まれた体躯と野獣性、武骨な顔つきと低い声。これらがあったればこそ、アジョシ=おじさんという呼称が成立していた。蚊の鳴くような小さな声だったが、それでも塁の声を聞いて、聴覚が人一倍鋭い明香里が直感的に「この声は40代の男性だ」などと思うだろうか。ここにどうしても無理があり、その違和感は中盤までつきまとう。

 

また明香里が塁の顔の良し悪しに言及するたびに、塁がムッとする演出は不要だろう。日本版リメイクは横浜流星のキャスティングによって若い女性客を劇場に呼びたいという意図が見え見えだが、それは現実世界の話。銀幕の中では、塁は顔の美醜を気に掛けるようなキャラではないし、そうしたキャラであるべきでもない。

 

細かい粗というか、オリジナル超えをできていない点もあった。横浜流星がミンチョルではなく『 アジョシ 』のテシクになってしまっている。何故だ。もじゃもじゃ頭を再現しようとしても、こうはならないだろう。浣腸少年を消してしまうのは別に構わないが、だったら塁の心根の優しやを表してくれる代替の存在が必要だろうと思う。明香里の上司の指をへし折るシーンでも、相手の口のふさぎ方を間違えている。あれでは噛みつかれた時に自分がダメージを受けるではないか。オリジナルにあったベッドシーンというか、ハン・ヒョジュが上半身の上着を脱いでチョンミルと抱き合う場面に相当するシーンがなかったのは何故なのか。せっかくの色っぽいシーンではなく「美しいシーン」だったのに、それを再現しようという意気込みが監督になかったのか、それとも吉高サイドがNGを出したのか、まさか編集で削ったのか。納得がいかない。仕事を辞めざるを得なかった明香里に「気晴らしにどこかに連れて行って」と言われて、シリアスな記憶の場所である浜辺に連れて行ってしまう塁のセンスを疑う。原作通りにアミューズメントパークで良いのに。

 

総評

残念ながらオリジナルのクオリティには少々届かない。『 SUNNY 強い気持ち・強い愛 』の広瀬すずが『 サニー 永遠の仲間たち 』のシム・ウンギョンを巧みにコピーしていたように、吉高由里子はハン・ヒョジュをかなり巧みにコピーできていた。しかし、横浜流星のビジュアルおよび声質がダメである。ただ、オリジナルを意識しなければそれなりに良い出来に仕上がっている。本作だけを見ても、十分にロマンス要素および悲恋の要素も堪能できる。『 見えない目撃者 』ほどのリメイク大成功とは言わないまでも、まずまずのリメイク成功例と言えるのではないだろうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

be on a crutch / on crutches

松葉杖をついている、の意。単数か複数かは使っている松葉杖の数で使い分けるべし。今後は車椅子だけではなく松葉杖にも優しい環境作りが求められるものと思う。駅へのエレベーターの設置などはかなり進んだが、今後は自動改札の幅を少し広くしたり、電車とプラットフォームの間の隙間をさらに小さくするような工夫が必要だと思われる。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, ラブロマンス, 吉高由里子, 日本, 横浜流星, 監督:三木孝浩, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 きみの瞳が問いかけている 』 -オリジナル超え、ならず-

『 鬼ガール!! 』 -大阪人、観るべし-

Posted on 2020年10月19日2022年9月16日 by cool-jupiter

鬼ガール!! 80点
2020年10月18日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:井頭愛海 板垣瑞生 上村海成 桜田ひより
監督:瀧川元気

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2019年の夏ごろに関西ローカルのテレビ番組で撮影終了が報じられていたのをたまたま目にした。それ以来、ずっと気になっていた作品。映画館が『 鬼滅の刃 』を観に訪れる人でごった返す中、「鬼は鬼でも、俺は『 鬼ガール!! 』を選ぶぜッ!!」とばかりに意気揚々とチケットを購入。自分の勘は間違ってはいなかった。穴ぼこだらけのストーリーだが、それらを吹っ飛ばすパワーを本作は秘めている。

 

あらすじ

鬼と人間の間に生まれた鬼瓦ももか(井頭愛海)は、高校デビューを目論むもあえなく失敗。しかし、ひょんなことから幻と呼ばれた「桃連鎖」の脚本を見つけ、その映画製作に携わることになった・・・

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ポジティブ・サイド

大阪人の役は大阪人が演じるのが一番いい。『 君が世界のはじまり 』の松本穂香がネイティブ関西人だったように、こてこての大阪人である井頭愛海が演じるももかの大阪弁は、当たり前ではあるが見事だった。

 

冒頭で、ももかの父を演じた山口智充のこぶとりじいさんネタ、そして末成由美の「ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃー」、これだけで鬼の実在する世界と大阪のお笑い空間の両方に同時に入り込めた。この掴みは素晴らしい。関西人なら一発で世界観を理解できる。

 

本作は映画を作ろうとする人々についての映画である。こう表現すると上田慎一郎的に思えるが、本作監督の瀧川元気もこれが長編デビュー作。新人監督らしいストレートな欲求と、新人らしからぬ緻密な計算の両方を詰め込んでいる点も上田慎一郎的である。

 

ストーリーは単純明快。鬼であることを隠しながら、輝く青春時代を送りたいと願う女子高生の物語である。そこに友情と恋愛、そして家族愛が織り込まれている。本作で描かれる鬼とは何か。Jovianは岡山にそれなりに縁があるので、桃太郎の物語の原型をよく知っている。鬼とはつまり異人、つまり異能・異才の人であり、外国人である。興味のある向きは「吉備津彦と温羅」でググってほしい。または、「鬼ドン」に使われたオブジェを街中で探してみよう。大阪にはとあるプロ野球チームのファンが多いから、すぐにそれを見つけられるだろう。そして、そのプロ野球チームの名前、それが指す動物が何であるのか、どこから来たのか、何を象徴しているのかを考えてみよう。いやはや、何とも文化的・社会的な含蓄に富んだ作品を送り出してくるではないか。

 

高校デビューに盛大に失敗したももかだが、ふとしたことから映画部で映画を作ろうとするイケメン神宮寺にオーディションに誘われたところから、数奇な運命の糸車が回り始める。板垣瑞生演じる蒼月蓮とあれよあれよという間に映画を作る流れになるが、監督は早く映画作りを撮りたくて、我々はな役映画作りのシーンを観たくて、多少のシーンのつながりの粗さやキャラクターの深掘りなどには目をつぶって、一気に撮影の手前まで進んでいく。ももかの妹や弟の習い事や父母のバックグラウンドが映画製作に結びついていく流れも、強引ではあるが、納得できる作り。桃太郎的なノリで仲間を集めていくのは、まさに大阪ならでは。

 

終盤の展開は、まさにシネマティック。何故「桃連鎖」が幻の作品となったのか。そして現代においても、何故普通の映画祭では「実現の可能性が低い」として落選させられたのか。このあたりの謎を最後まで引っ張りながら、クライマックスで一気に爆発させる手法は、新人監督らしい一点突破だ。自らの失策もあり旬は過ぎてしまったが、まさに大阪の顔という人物が登場するのは、全国的にもかなりのインパクトだろう。映画と現実がシンクロし、鬼と人間の思いが交錯する最後の瞬間に訪れる謎の感動は、まさに筆舌に尽くしがたいものがある。

 

エンドクレジット終了後にオマケが入るので、席は最後まで立たないように。

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ネガティブ・サイド

ももかが蓮に感じていた過去のトラウマとも言うべき因縁を、あまりにもあっさり乗り越えるところが気になった。いじめ、差別、迫害。これらはした側は忘れていても、された側は覚えているものである。ももかの感性を揺さぶる、あるいは蓮というキャラクターの見方を大きく変えるような契機となる演出が欲しかった。

 

主役級の中では桜田ひよりの大阪弁がダメダメである。売り出し中の今だからこそ、もっと役作りに精進すべきだと言っておく。

 

ももかの父親と蓮の父親が同級生で、「桃連鎖」を製作しようとしていたのはいい。だが、せっかく再会と(映画作りの)再開を祝して二人で飲んでいる時に、もう少し「桃連鎖」に関するトークがあっても良かったのではないか。

 

南海電車の色・・・にツッコミは野暮というものか。海側を走る電車が、たまには山側を走っても良いではないか。

 

総評

はっきり言って、細かい粗はめちゃくちゃたくさんある作品である。だが、本作の描く青春の在り方、家族の在り方、友情の在り方、恋愛の在り方は、自分と異質な人間とどう向き合うのか、どう付き合っていくのか、またはどう戦っていくのかについて大いなる示唆を与えている。比較的稚拙なカメラワークも「高校生が自主製作映画を作っている」ように見せるための狙った演出なのだろう。マイナス面すらもプラス面に感じさせてしまう謎のパワーが本作にはある。そのパワーが何であるのかは劇場で体感してほしい。関西人、特に南大阪人は必見であろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

leave someone alone

~を一人にしておく、の意味。パパラッチに追い掛け回された故ダイアナ妃の最期の言葉が“Leave me alone.”だったと言われている。劇中でとあるキャラクターが「一人にしてくれ」と言ったと思しきシーンがあるが、誰でもそう感じてしまう瞬間というのはある。既婚男性なら妻に“Could you leave me alone for a while, please?”と言いたくなることも年に一度はあるだろう。周囲の人に構ってほしくないという時に使ってみよう。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, A Rank, コメディ, 上村海成, 井頭愛海, 日本, 板垣瑞生, 桜田ひより, 監督:瀧川元気, 配給会社:SDPLeave a Comment on 『 鬼ガール!! 』 -大阪人、観るべし-

『 みをつくし料理帖 』 -サブプロットをもう少し整理すべし-

Posted on 2020年10月18日2022年9月16日 by cool-jupiter

みをつくし料理帖 70点
2020年10月17日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:松本穂香 奈緒
監督:角川春樹

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『 ハルカの陶 』や『 僕の好きな女の子 』の奈緒、『 わたしは光をにぎっている 』や『 君が世界のはじまり 』の松本穂香が出演している。それだけの理由でチケット購入を決定。テレビの時代劇は10数年前に韓流に押し流されたが、銀幕の世界の時代劇はまだまだ踏みとどまっている。

 

あらすじ

享和年間。大坂の地で幼馴染として育った野江(奈緒)と澪(松本穂香)。数奇な運命に翻弄され、野江は花魁に、澪は丁稚の料理人として江戸にあった。互いがそこにいることも知らずに・・・

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ポジティブ・サイド

最初の舞台となる天神橋は、Jovianの職場の文字通り目と鼻の先である。それだけで親近感が湧いてくるのだから現金なものである。

 

本作はまず東西文化論として、話がよくよく練られている。上方は薄味、関東は濃口という特徴を上手く説明している。いまでも大阪、特に天満あたりの乾物屋や包丁研ぎには「日本の庶民の味の原点は昆布なんやで」と言い切る人が多い。Jovianもその意見に賛成である。関西と関東の文化を比較対照しながら、それらをケンカさせずに上手く融和させる澪の手腕は、現代社会に対してもなにがしかを訴えかけてくる。

 

上方と江戸の味を見事に融合させた澪がつるやを繁盛させていく様は爽快である。それまで澪の料理に辛辣だった馴染みの客たちがコロッと手のひら返しをするところは痛快ですらある。江戸っ子というのは関西人、なかんずく京都人に比べると単純ですなあ。大阪人は計算高さがあるが、それをおくびに出さない。そのあたりの澪の葛藤のようなものを、窪塚洋介演じる武士・小松原が適度にガス抜きしてやるのも一種の様式美になっていて心地よい。藤井隆演じる滝沢馬琴的な戯作家も、江戸っ子と関西人を足したようなキャラクターで、映画の空気にマッチしていた。

 

本作は松本穂香のこれまでの出演作の中でベストであろう。特に、一通の簡素な手紙ですべてを悟った澪の表情、そしてその後の剣幕は演技面でも彼女の白眉。野江との再会シーンの「コーンコン」のシャレードは、様々な人に支えられながら気丈に生きている澪が、それでも心の奥底で最も頼りにしていたのは野江だったことを何よりも雄弁に物語っていた。そしてそれは野江にしても同じ。芸妓・遊女の最高峰の太夫となっても、その心の奥底にいるのは常に天満橋の野江ちゃんである。故郷の味、そして幼少期の味が、彼女を現実の世界につなぎとめているのかと思うと、それだけで胸がつぶれそうに思えてくる。

 

料理のビジュアルも美しいし、長屋町や遊廓の再現度も悪くない。主役級の二人の脇を固める俳優たちが、誰も出しゃばってこないのもいい。背景知識が全くなくても、目の前のキャラクターに十分に感情移入できる。時代劇はまだ死んではいない。

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ネガティブ・サイド

細かいツッコミから始めるなら、小松原様の2度目か3度目のつるやからの退場シーン。提灯を持って帰るのを忘れておりますぞ。

 

いくら洪水後の混乱の炊き出しの場とはいえ、いきなり子どもを連れ去るごりょんさん、これでは人さらいと変わらないではないか。実際にそのように連れ去られ売り飛ばされたのが野江なのだろうが、だからこそ澪はしっかりとした人に引き受けられていったというシーンにすべきだった。おそらく小説やドラマ版に慣れ親しんだ人向けにダイジェスト的にまとめたのだろうが、映画から入った人間には、ごりょんさんも人さらいに見えてしまいかねない。幼い澪の名前や素性を尋ねるぐらいはすべきだった。

 

元々は大部の小説、そして連続テレビドラマだったものを2時間少しの映画にするのだから、ストーリーの軸をもう少し固めた方が良かった。小松原との師弟関係的な淡いロマンスなのか、源斉との地に足の着いた関係の発展なのか、それとも登龍楼との対決なのか、つるやの継承とさらなる発展なのか。澪と野江との関係は不動のメインプロットで、サブプロットをどのように組み立てるのかに、もう少し脚本および監督は神経を使ってもよかった。

 

総評

『 居眠り磐音 』は世間的な評判は散々だったが、Jovianは面白いと感じた。本作も同じで、テレビドラマ版にあまり馴染みがないので、そのぶん素直に本作を受け止めることができた。確かに粗が見えないわけではないが、江戸の庶民の暮らしぶりや故郷を遠く離れた人間の郷愁の念、なによりも一途な友情がストレートに描かれている。奇をてらった邦画が量産される中、本作のような真っ正直な作品は逆に貴重ではないか。時代劇だからと敬遠せず、多くの映画ファンに観てほしい作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

save one’s life

日本語には「命の恩人」という名詞句が存在するが、英語にはそれにあたる名詞および名詞句は無い(少なくともJovianの知る限りは)。そのように表現したい場合はシンプルにsave one’ lifeを使う。

 

あなたは命の恩人だ。

You saved my life.

 

映画やドラマでかなり頻繁に使われている表現なので、少し意識すればどんどん聞こえてくるだろう。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, 奈緒, 日本, 時代劇, 松本穂香, 監督:角川春樹, 配給会社:東映Leave a Comment on 『 みをつくし料理帖 』 -サブプロットをもう少し整理すべし-

『 望み 』 -親のリアルな心情を抉り出す-

Posted on 2020年10月14日2022年9月16日 by cool-jupiter

望み 75点
2020年10月11日 MOVXあまがさきにて鑑賞
出演:堤真一 石田ゆり子 岡田武史 清原果耶
監督:堤幸彦

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『 十二人の死にたい子どもたち 』でも述べたが、堤幸彦監督は良作と駄作を一定周期で生み出してくる御仁である。本作は良作である。安心してチケットを買ってほしい。

 

あらすじ

規士(岡田武史)は怪我でサッカーを辞めてから、悪い連中と付き合うようになってしまったらしい。冬休みの終わり、ふらっと家を出た規士は、そのまま家に帰ってこなくなった。そして、規士の同級生が殺害されたとのニュースが。犯人は逃走中。そして、もう一人被害者がいるとの情報も。規士は加害者なのか、それとも被害者なのか・・・

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ポジティブ・サイド

これは『 ひとよ 』に勝るとも劣らない良作である。母が殺人者だったら、そして母が殺したのが父だったら、残された家族はそれを赦せるのか、赦せないのかを『 ひとよ 』はドラマチックに描き切った。本作は、息子が殺人者なのか、それとも息子は殺害されてしまったのか、という究極のジレンマに引き裂かれる家族の姿を実にリアルに映し出した。

 

堤真一演じる父親は、息子が殺人者であってほしくはない、むしろ被害者であってほしいと願ってしまう。一方、石田ゆり子演じる母親は、息子が生きているのなら殺人犯であってくれて構わないと願っている。どちらかが正解であるとは言えない。息子が罪を犯していようがいまいが、自分の元に帰ってくれさえすればいい。そうした母親の狂気にも似た執念を我々は『 母なる証明 』に見た。石田ゆり子は世間を敵に回しても息子を愛する母親像を打ち出した点で、篠原涼子や吉田羊らの同世代から一歩抜け出したといえるかもしれない。

 

堤真一も魅せる。父親として、息子を信じているからこそ、殺人などありえない。そんなことをするわけがないし、できるはずもない。だから被害者の側だろうと考える。それは残酷と言えば残酷だが、息子を心から信頼しているとも言える。それも一つの愛情の形だろうし、そこに正誤も優劣もない。自宅前に押し掛けるマスコミに対しても真摯に対応するし、マスコミの誘導に引っかかって声を荒げてしまうのは、裏表のない人間性の表れである。

 

それにしても、本作に描かれるマスコミのウザさ加減よ。これは取りも直さず昨今の本邦のマスコミの低レベル化への痛烈かつストレートな批判だろう。報道とは面白可笑しく行うものではないし、取材とは物語を構築するために行うものではない。メディアは事実の確認(いわゆるファクト・チェック)をまず行うべきであって、都合の良い情報ばかりを提示して、視聴者を躍らせてはならないのだ。そう、一般人もある意味で同罪である。コロナ禍の最中にある今、自粛警察だとかマスク警察だとかが跋扈し、偏狭な正義感から他者を叩くことを是とする人間が増えた(というよりも可視化された、と言うべきか)。本作はそうした日本人の残念な習性を見事に先取りして映し出したと言える。他にも『 白ゆき姫殺人事件 』が描き出したSocial Mediaの中の無数の無責任な発言および発言者を、本歌取りするかの如く、より鮮やかに描き出した。我々は本来、無関係であるはずだが、そこであることないこと、好き勝手に書くことに慣れているし、そうした情報を受け取ることにも慣れ切っている。それがいかにグロテスクなことかを、監督や脚本家、原作者は糾弾している。

 

いやはや、最近の邦画では珍しいまでに人間の在り方を直截に描き出し、人間の心情をとことん抉り出した傑作である。

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ネガティブ・サイド

あまりに警察が無能すぎる。これはちょっとどうかと思う。警察をとことんコケにするのが様式美になっている韓国映画ではないのだ。普通なら、刃物の存在について父が証言しているのだから、その刃渡りや形状と遺体の刺し傷を照合する必要があるし、その刃物の購入経路や購入者についても調べるはずだ。なによりも、父親が「私が預かっている」と明言しているにせよ、その現物を確認するだろう。それに、行方不明届けを提出することに決めたのなら、規士の部屋を一通り見て回って、行き先などの手がかりも探すだろう。生活安全課の元警察官のJovian義父が本作を観てどう思うか。

 

本作のラストの余韻も少々疑問である。『 ウインド・リバー 』のように、現実を拒絶するのではなく現実を受け入れたからこその結末なのだろうが、それにしても以下白字自転車の数が3台から2台に減るのは、さすがに物分かりが良すぎでは?

 

ラストの俯瞰のショットも芸がない。監督自身の作風なのかもしれないが『 人魚の眠る家 』と瓜二つではないか。このような家族がこの世界にはきっとたくさんあるのだと言いたいようだが、ワンパターンなショットは頂けない。

 

総評

多少の弱点はあるものの、2020年の邦画では、まず白眉である。俳優陣の演技も堂に入っているし、音楽も情感をかき立てる。なによりも現代社会を撃つメッセージを強烈に放っている。我々自身をこの家族に置き換えて観ることもできるし、この家族を取り巻く関係者として観ることも、そして無責任な傍観者として観ることも可能である。いずれの見方であっても、本作はとても深く力強い印象を残すことだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

common sense

「常識」の意。しばしばhave common sense = 常識がある、use common sense = 常識を働かせる、という具合に使う。日本語の常識には「当たり前の知識」という意味があるが、こちらは「当たり前の感覚」というニュアンスである。劇中でとあるキャラクターが言う「常識ってもんをわきまえろ!」を試訳するなら、“Don’t you have any common sense?”(お前には常識がないのか?)になるだろうか。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, サスペンス, 堤真一, 岡田武史, 日本, 清原果耶, 監督:堤幸彦, 石田ゆり子, 配給会社:KADOKAWALeave a Comment on 『 望み 』 -親のリアルな心情を抉り出す-

『 映像研には手を出すな! 』 -キャラ作りや演出が中途半端-

Posted on 2020年10月7日2022年9月16日 by cool-jupiter
『 映像研には手を出すな! 』 -キャラ作りや演出が中途半端-

映像研には手を出すな! 40点
2020年10月3日 TOHOシネマズ梅田にて鑑賞
出演:齋藤飛鳥 山下美月 梅澤美波 小西桜子 桜田ひより 福本莉子 浜辺美波
監督:英勉

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旬な女優と人気アイドルを集めて作りました的なにおいがプンプンする作品。そういう映画は嫌いではないが、キャスティングが逆だろうと思う。すなわち、主役に役者、端役にアイドルにすべきだ。このあたりに邦画界の構造的な弱点が見え隠れしている。

 

あらすじ

浅草みどり(齋藤飛鳥)、水崎ツバメ(山下美月)、金森さやか(梅澤美波)の個性あふれる3人は、芝浜高校で“最強の世界”を描き出すべく映像研を設立する。しかし、大・生徒会は有象無象の部活や同好会の乱立を快く思っておらず、部活動統廃合令を出してきた。果たして映像研は無事に活動をできるのか・・・

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ポジティブ・サイド

映画作りをする人々を題材にする映画というのはJovianの好みである。近年の邦画でも『 カメラを止めるな! 』という傑作が生まれた。英監督過去作『 トリガール 』は微妙な恋愛要素を入れたことでストーリーの密度や純度が低下してしまったが、本作の主役3人は男にわき目もふらず“最強の世界”を目指すところが小気味よくて、共感もしやすい。恋愛のあれやこれやで空回りする青春もあるにはあるだろうが、大多数の人間は友人や仲間との部活や遊びも同じくらい、時には恋愛以上に大切にしているものだ。

 

CG技術の向上と廉価化も本作は上手く取り入れている。アニメのラフ画をそのまま空間上に描き出し、皆が推敲を重ね、完成形に仕上げていく作業は、まさに現代的なアニメ作りを映像で巧みに表現できていた。今後は邦画も背景や大道具や小道具をCGで描くことが増えていくはず。そうした中、目の前には存在しないものを前に演技する力が、役者には今後ますます求められていく。そうした時代の端緒を描いているとも言えそうだ。

 

アホな部活や同好会が百花繚乱状態の学校だなと序盤で思わせてくれるが、それらを巧みに盛り込んだ終盤の展開は、お約束ではあるがカタルシスがある。『 賭けグルイ 』では有象無象の生徒は食われる存在に過ぎなかったが、本作はモブ連中がドンデン返しの立役者になっていた。これこそ王道的展開というものである。

 

ネガティブ・サイド

キャスティングが奇異に思える。原作を知らないJovianでも「なんか違うぞ?」と感じた。主演に浜辺美波を据えることができていれば、もっとコミカルでユーモラスな「浅草みどり」像を打ち出せていたに違いない。もしくは売り出し中の桜田ひよりもハマりそう。水崎ツバメを演じた山下美月と金森さやかを演じた梅澤美波の配役も逆であると感じた。役者の両親を持ち、読モでもあるサラブレッドには、長身かつ端正な顔立ちの梅澤の方が水先ツバメというキャラにマッチしているように思えた。

 

映画のあちらこちらにどこかで見たようなセットやガジェット、ロケーションが出てくる。

『 暗黒少女 』や『 東京喰種 トーキョーグール 』、『 翔んで埼玉 』や『 賭けグルイ 』など。もちろん、ほとんどすべてのシーンでオリジナルのロケ地を選定していると思われるが、構図の切り取り方がどれもこれも平凡、もっと言えば陳腐に見える。『 水曜日が消えた 』の図書館が『 図書館戦争 』と同じでカメラワークもそっくりだったことにウンザリしたが、作品を作る時に作り手、ことに監督は常にオリジナリティを追求してほしい。それはストーリーだったり、役者に求める演出だったり、カメラワークだったりと様々にあるが、どれでもいいのだ、クリシェで満足してはならない。

 

ストーリー展開にも粗が目立つ。なぜ大・生徒会にあれだけ激しく抵抗する映像研が、文化祭に出展するために他の部活や同好会を潰す必要があるのか。生徒会に反発しながら、やっていることが生徒会と同じになっているではないか。敏腕プロデューサーたる金森氏の面目が、これでは丸つぶれである。

 

ロボ研と手を組む展開は悪くないが、そのロボ研の連中が完全に単なるコミックリリーフ、いや、それ以下の扱い。巨大ロボの存在意義をロマンだと語るその言や良し。ならば、なぜ巨大ロボの戦い方や戦闘時のポーズや武器その他についても熱く語らないのか。そのあたり原作者とは話さなかったのか。もしくは英勉監督の中にはロマンがないのか。巨大ロボットとは、少年の自我の象徴である、怪獣とは、外部世界の理不尽さの象徴である。少年がそうしたものと戦うためには大人にならなければならないが、それはできない。だから巨大ロボに頼るのだ。英監督の心の中に、そうした観念はないのか。巨大ロボットのロマンとは何かについて真摯に向き合った形跡が見られない。

 

最後に、せっかく作ったアニメが映し出されないのは何故なのか。PCのEnterを押下した瞬間に、なぜか点灯していた講堂の照明まで消えたが、どういうことなのだ?執拗なまでに繰り返された爆発音の音響が本番で一切鳴り響かなかったのは何故なのだ?映像研の作品を観客が見られないというこのモヤモヤをどう我々は晴らせばよいのだ?

 

他にも気象研究部だとかピュー子だとか、本当に必要だったのだろうかと疑問になる。

 

色々な要素をとことん納得いくまで追求することなく、とりあえずテキトーにまとめてみました。そんな感じの作りに見えてしまい、残念である。

 

総評 

英監督は2010年以降、普通の映画監督とは思えない多作多産っぷり。だが、それが劇作術の向上の為せる業というよりも、漫画原作の映画化作業テンプレのようなものを手に入れてしまったからに思えてならない。まあまあ面白いけれど、突き抜けた面白さにはならないのだ。この手の「クリエイターを主人公にした物語」ならば、『 バクマン。 』の大根仁監督の方が手腕は優っているように思う。原作ファンにならお勧めできると思われる。Jovianの横の方に座っていた女子高生?女子大生?みたいなペアが、終始クスクスケラケラしていたから。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Creators …

金森の言う「クリエイターって奴らは」の私訳。こういう表現は十把一絡げにして複数形で表す『 スター・ウォーズ エピソード7/フォースの覚醒 』で、ハン・ソロの言葉を無下にするレイアを見たC-3POが一言、“Princesses …”=「お姫様という人種は・・・」と慨嘆していた。職場などで「まったく中年オヤジは・・・」と思ったら“Middle aged men …”、「管理職って奴らは・・・」と感じたら“Managers …”と複数形にして心の中でつぶやこう。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, コメディ, 小西桜子, 山下美月, 日本, 桜田ひより, 梅澤美波, 浜辺美波, 監督:英勉, 福本莉子, 配給会社:東宝映像事業部, 齋藤飛鳥Leave a Comment on 『 映像研には手を出すな! 』 -キャラ作りや演出が中途半端-

『 Daughters(ドーターズ) 』 -アート系映像+日常系ドラマ-

Posted on 2020年9月25日2021年1月22日 by cool-jupiter
『 Daughters(ドーターズ) 』 -アート系映像+日常系ドラマ-

Daughters(ドーターズ) 65点
2020年9月22日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:三吉彩花 阿部純子
監督:津田肇

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予告編を2~3度観ただけで観賞。『 孤狼の血 』で魔性の女とも純な乙女とも判断つかない不思議な美女を演じた阿部純子が出演している。シネ・リーブル梅田で『 ソローキンの見た桜 』を見逃してしまったが、本作は劇場に観に行くことができた。

 

あらすじ

小春(三吉彩花)と彩乃(阿部純子)は仕事もプライベートも充実したルームシェア生活を送っていた。しかし、彩乃が突然の妊娠を告白。二人の生活や関係が少しずつ変化し始めて・・・

 

ポジティブ・サイド

オープニングからなかなか奮っている。薄暗い室内で三吉演じる小春と阿部演じる彩乃が取り留めのない会話を繰り広げる。この映画は二人だけの閉じた世界がテーマなのだと伝わるEstablishing Shotになっていた。これにより、物語がどう展開しようとも、主軸は二人の関係性であるということを見失わずに済む。

 

仕事にプライベートにと充実した生活を送る二人。『 チワワちゃん 』のようなぶっ飛んだ青春ではないが、充実した20代、充実した社会人生活の一つの在り方を映し出していた。だが、ある日、彩乃の妊娠が判明。そのことを綾乃に告げられた小春は狼狽する。それはそうだ。相手の男も不明。実家が近いわけでもない。仕事も辞めない。これでどうやって赤ん坊を育てるというのか。

 

本作は時代の空気をよく反映していると言える。日本社会の離婚率は今や3割。10組に3組は離婚するのだ。結婚観および離婚観は大いに変化したと言えるだろう。一方で、婚外嫡出子の割合は2%前後。良い意味でも悪い意味でも、日本では子育ては夫婦で(あるいは親や親族、地域の助けを借りて)行わなければ難しいということも分かる。綾乃と小春の関係性にも当然のごとく、変化が訪れる。その変化を特に小春がどのように受容していくかが本作の見せ場である。

 

上手いなと思わされるのは、小春や綾乃の様々な人間関係を決して完全には見せない、あるいは説明しないことである。たとえば小春の親の存在が言及されるが、どこに住んでいるのかは分からない。また綾乃が実家を訪れるシーンがあるが、父親と祖母は出てきても祖父や母親は出てこない。母親に何があったのかも決して語られない。子どもが出来たということは父親が確実に存在するわけで、その父親が誰であるのかは画面上にはっきりと映し出される(だからといって濃厚なラブシーンが描写されるわけではないので、スケベ映画ファンは期待しないように)。だが、男女の関係が発展することもないし、小春が負けじと男を作るわけでもない。これにサブプロットとして発展していきそうな要素がそぎ落とされ、あくまでも小春と彩乃の関係性が物語の主軸であり続ける。

 

そうした二人の女性の関係性が色鮮やかに、時にdruggyとも言える色彩豊かな映像で描写される。そして季節が進んでいくごとに自然豊かな情景を挟んで、新たな局面を迎えていく。この一連の様式美が心地よい。津田肇は映像作家らしい画作りで、光と影のコントラストや、赤や青といった原色を大胆に画面いっぱいに繰り広げる。それが若さの発露であり、また人間の情念の暗さを表している。そうしたいかにも“東京”らしい色彩が、沖縄の海と空と土地で中和される終盤の展開もなかなかに味わい深い。

 

小春と彩乃の同居生活の変化、その行き先。それがどうなるのかは誰にも分からない。しかし、彼女らの選択を尊重したい、ひとまずは見守ってやりたい。そのように感じる人は多いのではないのだろうか。

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ネガティブ・サイド

中目黒に住んで、夜な夜な酒を飲んで、ファッションにも力を入れて、よくカネが続くものだなと悪い意味で感心する。試しに「中目黒 家賃 2LDK」でググってみたが、20万円を切る賃貸物件はほとんど見当たらない。つまり、小春も彩乃も月に12~13万円を家賃に使っていて、なおかつガス水道光熱費にスマホ代、洋服代に食費、それに遊興費まで出している?いったい、彼女らの年収はいくらなのだ?ちょっと現実味が薄すぎる。

 

女性の自立を見守る。女性が選択する権利を持つ。そうした主張が感じられるが、一方で女性に関する固定観念を助長するようなシーンもあった。特に気になったのが、大塚寧々演じる産婦人科医と赤ちゃん教室の講師役の看護師?だか助産師?である。赤ちゃんはお母さんに抱かれるのが好き?諸説あるが、いわゆる抱き癖のある赤ちゃんというのは、体の小さな母親から生まれてくるというデータがある。つまり、相対的に小さな子宮内にいるために体を丸めてしまう、そしてその姿勢を心地よいものと認識する。結果、生まれてからも体を縮める=抱っこされた時の体の形や姿勢が落ち着くということになる。これは科学的エビデンスのある説である。女性の自立や生き方の多様化を描きながら、ところどころに旧態依然とした女性観が出てくるのは頂けない。

 

産休を取った彩乃が職場から自宅に帰って来るシーンの歩き方がお腹がかなり膨らんだ妊婦としては不自然。もっと背中を反らせてガニ股で歩かないと迫真性が出せない。歩き方にこだわる妊婦もいるにはいるが、少なくともお腹に布を詰めただけの演技にしか見えなかった。阿部純子も津田肇も、もっと勉強が必要である。

 

総評

少々ご都合主義が目立つし、映画全体が伝えたいメッセージと映画の場面ごとに伝えようとするメッセージに齟齬があることもある。彩乃の上司による説教臭い説明的なセリフもノイズであるように感じた。だが、歪な家族の形を真正面から描き切ったというのは非常に現代的であるし、『 万引き家族 』以来、邦画は少しずつ変わっていったように思う。その新しい潮流の邦画作品として、本作には一見の価値がある。気分が向けば劇場で鑑賞されたし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

child rearing

「子育て」の意。Parentingとも言うが、子育ては必ずしも親によってなされる必要はない。したがって、子育ての訳語には「子」が含まれていればよい、という意見もある。Jovianもこの説に賛成である。育メンなどという訳の分からない言葉が一時期だけもてはやされた日本社会であるが、この調子では出生率の増はまだまだ望めそうにないか。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, ヒューマンドラマ, 三吉彩花, 日本, 監督:津田肇, 配給会社:Atemo, 配給会社:イオンエンターテイメント, 阿部純子Leave a Comment on 『 Daughters(ドーターズ) 』 -アート系映像+日常系ドラマ-

『 空へ 』 -大阪市近郊在住者にお勧め-

Posted on 2020年9月18日 by cool-jupiter

空へ 60点
2020年9月14日 梅田スカイビル40Fシアターにて鑑賞
監督:山田詩音

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これは『 GENJI FANTASY ネコが光源氏に恋をした 』や『 The Fiction Over The Curtains』などの劇場以外の場所で公開されている作品。この作品をレビューする物好きは日本広しといえどJovianぐらいだろう。

 

あらすじ

大阪のランドマーク、梅田スカイビルの誕生とその後の25年をアニメーションで描き出す。

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ポジティブ・サイド

非常に荘厳なオープニングである。太古の昔から、人類は高みに憧憬を持ち、高みに到達しようと様々な建造物を生み出してきた。そうした人類の歴史的な営為の一面を色鮮やかに映し出す開幕の映像は圧倒的である。ちょうど同じフロアに世界各地の空中庭園や高層建築物についての展示があるので、それを一通り眺めてから本作を鑑賞すると良いだろう。

 

スカイビルの誕生=建設の過程が見られるのも面白い。どうやってこんなユニークな形のものを作ったのかと常々疑問に思っていたが、なるほど、このように作ったのか。

 

単なるショートビデオではない。周辺地理を事前に綿密にリサーチして作られた映像である。ある男女の出会いと次世代の男女の成長物語が一体になって描かれているが、その時々にスカイビルを背景に映し出される街の描写は真に迫っている。分かる人が見れば、「あ、これはあそこだ!」と気が付くはずだ。

 

最後の最後にスカイビルを上空から俯瞰するショットがあるが、スカイビルが「あるもの」の象徴であると説明されれば「なるほど」と納得すること請け合いである。4~5分で観賞できるので、スカイビルに来た暁には、ちょっと足を止めて観てみよう。旅行者よりも地元民向けの作品である。

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ネガティブ・サイド

序盤に女性設計士と思しき人物を横向きに捉えているショットがあるが、女性が止まっているにも関わらず、壁との距離が徐々に縮んでいくという少々気持ちの悪いシーンがある。背景を男性が歩いており、その男性を遠めにカメラが追っているので手前側の女性も相対的に動いて見えるということなのだろうが、それにしても遠近感がめちゃくちゃであると感じた。

 

スカイビル誕生後の次世代の男女の物語パートでは、二人の関係性がなかなかつかめなかった。最初は兄妹なのかと思ってしまったが、れっきとした赤の他人だとその後に判明した。このあたりの描写には改善点を認める。

 

最後は上空からの俯瞰のショットで締めくくられるが、欲を言えばここは徐々にホワイトアウトしていくのではなく、俯瞰視点がどんどんと上昇していく、というシークエンスにすべきだった。それこそがスカイビルに込められた「スカイビルの未来の姿」ではないだろうか。「空へ」というタイトルは「宇宙へ」という意味でもあるはずだ。

 

総評

山田詩音監督は、短時間で切れ味鋭いメッセージを送るアニメーション制作に長けているようだ。またディテールへのこだわりもなかなかのものがある。国はクール・ジャパンという名目で訳の分からん箱物に投資するぐらいなら、こうした人材にカネを回すべきだ。カネのあるところに才能は集まるようになっているのだから。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, アニメ, 日本, 監督:山田詩音Leave a Comment on 『 空へ 』 -大阪市近郊在住者にお勧め-

『 妖怪人間ベラ 』 -竜頭蛇尾のサイコサスペンス・スリラー-

Posted on 2020年9月18日2022年9月15日 by cool-jupiter

妖怪人間ベラ 50点
2020年9月13日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:森崎ウィン emma 桜田ひより
監督:英勉

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『 ぐらんぶる 』は悪いが予告編だけ観て、「これは時間とカネの無駄かな」と感じたが、同じ監督がどうしてなかなかのサイコサスペンスを送り出してきた。惜しむらくはラストに失速してしまったこと。着地さえしっかりしていれば、今年の邦画トップ5に入れたかもしれない。

 

あらすじ

新田康介(森崎ウィン)はTVアニメ『 妖怪人間ベム 』のコンプリートDVDボックス発売の仕事の際に、幻の最終回を観ることになる。その衝撃的な展開を目の当たりにした康介は徐々に精神のバランスを崩していく。その頃、ある高校に謎めいた少女、ベラ(emma)が転校してきていた・・・

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ポジティブ・サイド

ベラを演じたemmaは不気味さと可憐さを両立させるという稀有な役割をしっかりとこなした。『 富江 』や『 貞子 』とは異なる方向性のキャラクターで、現代的かつ正統的ゴシック・キャラクターになっていた。

 

桜田ひより演じるキャラの狂いっぷりもなかなか。青春とはキラキラと輝くだけではなく、どす黒い情念も渦巻いているもの。ベラという相反する属性の魅力を持つキャラにあてられた人間の無様さや非情さを体現していた。

 

だが、やはり一番の狂いっぷりを発揮したのは森崎ウィンだろう。豹変という表現にふさわしい変わり方で、家の電話で部長と話す時のそれは、そんじょそこらのホラー映画以上の怖さだった。手斧を抱えて家族を追うのは『 シャイニング 』のジャック・ニコルソンへの大胆なオマージュで、本家に劣らぬ恐怖と迫力を生みだせていた。

 

今という時代に妖怪にフィーチャーする意味を考えてみるのも面白いだろう。Jovianの世代では妖怪と言えば鬼太郎であってベムではなかったが、両者に共通するのは人間の与り知らぬ領域で人間に害為す存在と戦っているということだ。元々、彼ら妖怪は日本人の差別意識の裏返し的な存在だったと思われるが、コロナ禍で浮き彫りになったエッセンシャル・ワーカーという存在がどういうわけか世間からいわれのない差別を受けているという今日的背景を透かして本作を鑑賞するのも、それはそれで乙なものである。

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ネガティブ・サイド

これはもうラストの展開に尽きる。キャストの無駄遣いもいいところだし、原作『 妖怪人間ベム 』の作品に宿る精神をぶち壊すかのような展開にはめまいがしてしまった。CGも低品質だし、とあるアイテムの使い方も間違えている(タバコは吸いこまないと火がつかない)。無理やりこうやって終わらせるしかなかったのか・・・

 

人間関係の描写も弱い。というか、康介が綾瀬の葬式を訪ねる必然性が見当たらなかった。芸能事務所とDVD制作・販売の仕事をつなげる描写をほんの少しでも入れておくべきだろう。

 

様々な展開が虚実皮膜の間にたゆとう本作だが、実の部分の細部に粗が目立った。清水尋也のキャラクターが康介に「そろそろ会社に出た方がいいっすよ」的なアドバイスを送るが、会社をさぼってベムにのめり込んでいるという描写はなかったし、オフィスで上司が「あいつは何故出勤してこない?」と言うようなシーンもなかった。また綾瀬の死の真犯人など、警察がちょっと捜査すれば一発で判明するだろう。そんな相手がずっと野放しになっているのは何故なのか。

 

ベラと康介の接触の回数が少なすぎる。あるいは、接触に濃密さが圧倒的に不足していた。きっかけは幻の最終回だったかもしれないが、康介の狂気の触媒はベラとの出会いだったのは間違いない。ならば、ベラと康介の邂逅をよりドラマチックなものにするか、あるいは接触の回数をもう少し増やすべきだっただろう。

 

総評

かなり観る人を選ぶであろう。ホラーは苦手という人は避けたほうが良いかもしれない。逆にホラー好きなら終盤の手前まではかなり楽しめることだろう。『 妖怪人間ベム 』の知識が皆無な人が本作を観るとは思えないが、なんらかの知識を持っていることが望ましい。いったん鑑賞を始めてしまえば、シーンとシーンのつながりの悪さには目をつぶるべし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

take medicine

薬を飲む、の意。受験英語では今でもdrink medicineは誤りだと教えることがあるらしいが、液体の薬ならdrink medicineと言ってもOKである。だが、一般的には take medicine の使用頻度が高い。medicineのところにa pillやa tablet、syrupやa cough dropなど具体的な薬を表す語を入れて使ってみよう。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, emma, サスペンス, スリラー, 日本, 桜田ひより, 森崎ウィン, 監督:英勉, 配給会社:DLELeave a Comment on 『 妖怪人間ベラ 』 -竜頭蛇尾のサイコサスペンス・スリラー-

『 喜劇 愛妻物語 』 -諸君、妻をいたわり、幸せにしよう-

Posted on 2020年9月14日2021年1月22日 by cool-jupiter
『 喜劇 愛妻物語 』 -諸君、妻をいたわり、幸せにしよう-

喜劇 愛妻物語 70点
2020年9月12日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:水川あさみ 濱田岳
監督:足立紳

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『 志乃ちゃんは自分の名前が言えない 』の脚本家、足立紳が原作・脚本・監督を手掛けた一作。喜劇と銘打っている割には笑えないシーンも多かったが、大筋では世の既婚男性を既婚女性の両方をエンターテインできる作品に仕上がっている。

 

あらすじ

売れない脚本家の豪太(濱田岳)は、超恐妻のチカにまったく頭が上がらず、夫婦の営みもほとんどなし。ある時、豪太の脚本家が映画になりそうだということで、豪太は妻チカと娘アキを連れて香川まで取材旅行に出向く。そして、これを機に妻とセックスしようと決意するのだが・・・

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ポジティブ・サイド

冒頭の川の字で寝ている親子の朝のシーン。娘が居間でテレビを観始めたところで、妻の方ににじり寄る豪太の何と情けない姿であることか。妻の体を触るのに、それほどおどおどしてどうする。堂々と触れ!お前は俺か!!そのように心の中で叫んだ日本の恐妻家たちの数はいかほどだろうか。試算では軽く200万人はいると思うのだが、どうだろう。

 

上手いなと感じたのは、夫・豪太の年収を50万円に設定したところ。男はアホな生き物なので、何か一つ相手に勝っているものがあれば安心できる。それが収入なら尚更である。チカ=水川あさみ級の美女を嫁に持つことができる男など、日本では1万人もいるかどうか。その点で、この映画を観る男性のほとんどは豪太に嫉妬する。嫉妬せざるを得ない。水川あさみと代わりに同衾させろ。そこで脚本家の足立紳は言葉の暴力を妻チカに振るわせ、豪太に浴びせかける。妻に虐げられる全国200万人の同志は、チカの言葉の暴力の容赦の無さに怖気を震うことだろう。そして自分の妻を思い浮かべて「本質的にはウチもアッチも変わらねーな」と感じる。何故そのように感じてしまうのか、その絶妙な仕掛けを知りたい人はぜひ観るべし(ただし独身者および未成年は除く)。

 

チカと、その親友のユミ(夏帆)の女子会的な夜のトークも軽妙にして重厚だ。野郎同士は夜に集まって話しても仕事絡みの愚痴か、浅薄な政治経済論ぐらいである。つまり自分がない。空っぽだ。対して女子には自分がある。自分の感覚を何よりも信じているし、大切にしている。そこにはとてもユーモラスで、なおかつ恐ろしい男女のコントラストがある。ユミの行動原理と豪太の行動原理を比較対照してみると実に面白い。

 

クライマックスは圧巻である。ラブホテル、川、道路、墓場で親子が三位一体となる姿はカオスの極致である。ラブホ=恋愛、川=三途の川、道路=境界線、墓場=人生の終着点のシンボルだと思えば、結婚、夫婦、家族という関係が人それぞれにくっきりと浮かび上がってくることだろう。

 

エンディングも味わい深い。豪太の目線の先にあるもの、それは妻の愛だった。『 青い鳥 』のように、幸せは常にそこにあった。結局、男とは女に支えられないと一人立ちできない哀れで未熟で、それゆえに愛おしい存在なのかもしれない。 

ネガティブ・サイド

それにしても豪太の情けなさよ。妻とセックスしたくてたまらないのは分かるが、やり方がいちいち姑息なのだ。もちろん、その過程を楽しむ作品なのであるが、豪太の不倫の背景は不要ではないか。これから不倫してやるぜ!という方がよかったのにと思う。世の既婚男性で不倫願望があるのは多分70%ぐらいだと勝手に見積もるが、実際に行動に移すのは20%ぐらいだろう。つまり、豪太はマイノリティなわけで、この点で感情移入がしづらくなる。同様にユミの年下カレシ設定も、一線を越える前ぐらいが望ましかった。

 

また、豪太やチカの家族が一切出てこない点も気になった。日本に限らず、恐妻家になる男性のかなり割合はマザコンの度が強いと推測される。豪太の母親が一瞬出てきて、あるいは電話やメールで「あんた、チカちゃんに迷惑かけてるんじゃないだろうね?」みたいに言う。それに対して豪太がしどろもどろで返答する。そんなシーンが欲しかった。

 

あとは全体のバランスか。コメディではあるのだが、笑えるシーンは序盤に集中しすぎていて、後半のシリアス展開が異様に重く観る側にのしかかってきた。このあたりは素直にアメリカのラブコメ映画の文法を参照し、採用しても良かった。

 

総評

観る人を選ぶ作品である。というよりも、観る側がこの作品を選ぶには、様々な基準が存在すると言うべきか。既婚男性ならば問題ない。妻が天使であろうと鬼嫁であろうと自分なりに楽しめることだろう。既婚女性も大丈夫だ。夫が輝けるかどうかは妻次第だという、ある意味ジェンダー・ロール論をバリバリに展開する本作であるが、そこは足立紳監督は心得たもの。女性かくあるべしという論ではなく、女性かくあるべしという理想形を実現できるか否かは男性側にかかっていることを密やかに、しかし高らかに宣言している。逆に言えば、このあたりのメッセージを受け取りづらい若い世代には、単なる嫌な夫婦物語に見えてしまうかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

give a massage

マッサージする、の意。しばしば give 誰それ a massage という形で用いられる。一般的に「する」というと do を思い浮かべる人が多いが、英語で「○○する」という際には、他にもmakeやgiveが使われることが非常に多い。

 

give a presentation = プレゼンをする

give a speech = スピーチをする

give a big hand = 盛大な拍手をする

 

相手に何かをしてあげるという際にはgiveを使おう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, ブラック・コメディ, 日本, 水川あさみ, 濱田岳, 監督:足立紳, 配給会社:キューテック, 配給会社:バンダイナムコアーツLeave a Comment on 『 喜劇 愛妻物語 』 -諸君、妻をいたわり、幸せにしよう-

『 人数の町 』 -日本の片隅にあるディストピア-

Posted on 2020年9月13日2021年1月22日 by cool-jupiter
『 人数の町 』 -日本の片隅にあるディストピア-

人数の町 55点
2020年9月11日 テアトル梅田にて鑑賞
出演:中村倫也 石橋静河 立花恵理
監督:荒木伸二

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『 君が世界のはじまり 』鑑賞前の予告編に本作があった。その乾いた空気感と謎めいた設定に胸が躍った。事実、本作はかなり味わい深い一品に仕上がっている。

 

あらすじ

借金取りに追われていた蒼山(中村倫也)は、不思議な男に窮地を救われる。そして、そのまま「人数の町」という不思議な町へと向かうことになった。そこでは働く必要もなく、誰にでも自由にセックスが申し込めるところだった。蒼山はそこで奇妙な生活を始めるのだが・・・

 

ポジティブ・サイド 

何とも奇妙な空間と人間たちの集まりでありながら、観る者をぐいぐいと引き込んでいく。派手な映像や音楽や演出があるわけではない。ただ、人数の町という場所のミステリだけで引っ張っていく。町にあるべき人通りや喧騒もなく、車の往来も信号もない。食料供給は謎。酒やたばこも手に入る。「ハイ、フェロー、○○○○ね」とあいさつの後に誉め言葉をつなげる決まり。フリーセックスが許されており、美女は男に苦労しない。そんな場所があるのなら自分でも住んでみたいと一瞬思うが、随所に挿入される意味深長な統計の数々が、否が応でも我々の思考を刺激する。なるほど、これはそういう物語なのか、と。一見、現実離れした人数の町だが、よくよく思い返せば日本の地方都市にはバブル時代から平成の半ばぐらいまで、アホかというほど意味のない建物を作りまくった過去がある。劇中で登場人物に説明的なセリフを一切喋らせることなく、また人数の町の秘密やカラクリを一切映像にすることもなく、ただただ現代日本と人数の町の関係を想像させる。この仕掛けは上手い。「豚が豚を食う」と揶揄するシーンがあるが、これはつまり人が人を食う社会の謂いであろう。

 

順応性が極めて低い男の役を演じた中村倫也は、『 水曜日が消えた 』よりも、さらに控えた演技が光った(というよりも『 水曜日が消えた 』のストーリーがあまりにダメだった)。状況になじめないがゆえに素直に周りの人間に尋ねてしまう。そうしたキャラ設定が状況とよくマッチしていた。観ている我々が疑問に思っていることをスッと訊いてくれる。その間がいい。そして、そうした蒼山の問いに時に優しく答え、時に冷たくあしらう謎の美女を演じた立花恵理の水着姿は眼福。というか、人数の町のフリーセックスの要素はほとんど彼女一人が体現していたが、日本人らしからぬ長身細身で出るところは出ているという役者さん。もっと(劇中とは違う意味で)追い込めば、もっとポテンシャルが発揮されそう。

 

石橋静河演じる紅子が異物として人数の町にやってきたところから物語は大きく動き出す。日本の闇というか、光と影が交錯する部分に「人数」が存在しているのだということが示される。人が社会的に存在するためには、人の役に立たなければならないという、一歩間違えれば功利主義・全体主義へ一直線の価値観を壊そうとあがく物語が展開される。何が言えば即ネタバレという種類の作品であり、なおかつ解釈の余地を狭めてしまうという、なんとも通好みの作品ではある。弱点は色々と見えているが、脚本がオリジナルな邦画として、非常に野心的な作品が生み出されたと言える。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20200913151310j:plain
 

ネガティブ・サイド

BGMや音響が使用される頻度が極めて低い。それはある演出のためでもあるのだが、それでもこの謎めいた町を描写するのには映像やセリフだけではなく、それにふさわしい音楽が必要だったと思う。ピアノ独奏のBGMはなかなかに雰囲気があってよかったが、もっと人数の町という異様な空間を際立たせるBGMが求めらていたように思う。例えば、どういうわけかJovianの耳には北野武の『 その男、凶暴につき 』のあのBGMが流れてきた。それだけ耳が寂しかったのと、人間の発する音が排除された人数の町そのものが発する音を感じたかったのだろう。

 

人数の町そのものにはリアリティがあったが、町の外の行動にはリアリティがなかった、ツッコミどころは色々とあったが、一番は(疑似)テロ事件だろうか。なぜわざわざ目立つ方法で人数を得ようとするのだろうか。意味が分からない。

 

他にも“戸籍が無い”という理由で色々と住民サービスを受けられなくなる描写があるが、これは個人的にはあまりピンとこなかった。戸籍がなくとも自分という存在を証明する方法はいくらでもあるからだ。小学校や中学校だと顔が変わっている可能性が高いが、高校生にもなれば大人の顔が出来上がっているはず。中村倫也は役所でダメなら、自分の出身学校を頼るべきだった。あるいは、メディアや弁護士同伴で警察に出向くべきだった。町の外のあれやこれやの考証が不足していたように思う。おそらく、全編が町の中で展開されるストーリーなら、もっと違う味わいが生み出せたのではないかと思う。

 

石橋演じる紅子が人数の町にやってくるまで、そして人数の町で中村と共闘するようになるまでの流れや、町の外への逃亡後の展開も粗っぽいことこの上ない。いくら追い詰められているからといっても、成熟した大人の行動には見えなかった。バス内であっさりとスマホを没収されるが、点検係には最後にもう一度金属探知機をかざせと言いたいし、怪しげな治験を担当しているコーディネーターっぽい女性も、相手が薬を飲んだ直後に「今日はもう結構です」とは・・・。そこから3時間ごとに定期的に血液検査などをするのが常道だろう。明らかに国家権力が絡んだ町にしては、ディテールに穴が多すぎた。

 

総評

中村倫也というスターの素材を十分に料理できたとは言い難いが、中村でないと出せない味は確かに出ていた。また現代日本に対する独特の視線も感じられ、それが何とも言えない余韻を残す。細かい点には目をつむって観るのが吉である。あれこれと自分の脳内で情報を補完するのが好きなタイプの映画ファンにお勧めしたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

fellow

日本語でフェローと言えば大学や研究機関に身分を持った者を指すが、英語では「仲間」や「同士」を意味する。特定の組織や共同体に属する仲間という意味合いが強い。極端なフェローの物語が観たければ『 グッドフェローズ 』(原題はGoodfellas)をお勧めしておく。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, ミステリ, 中村倫也, 日本, 監督:荒木伸二, 石川静河, 立花恵理, 配給会社:キノフィルムズLeave a Comment on 『 人数の町 』 -日本の片隅にあるディストピア-

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