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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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カテゴリー: 国内

『 宇宙でいちばんあかるい屋根 』 -家族を照らす優しい光-

Posted on 2021年5月9日 by cool-jupiter

宇宙でいちばんあかるい屋根 70点
2021年5月6日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:清原果耶 桃井かおり 伊藤健太郎
監督:藤井道人

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MOVIXあまがさきで上映していたが、当時は華麗にスルーしてしまった。『 新聞記者 』と『 ヤクザと家族 The Family 』の藤井道人監督作だと知っていれば、劇場で鑑賞したはずなのだが。ちゃんとリサーチをせなアカンなと反省しつつ、レンタルしてきた。

 

あらすじ

つばめ(清原果耶)は、隣人大学生への恋心や、父と母の間にできる新しい子どもへの思いなどから、どこか満たされない日々を送っていた。しかし、ある日書道教室の屋上で星ばあ(桃井かおり)に「キックボードの乗り方を教えろ」と言われ、乗り方を教えたところ、星ばあがキックボードに乗って空を飛んだ。そんな星ばあにつばめは思わず、恋愛相談をして・・・

 

ポジティブ・サイド

オープニングの Establishing shot が印象的である。夜、上空から家々を見下ろす視点は穏やかで優しい。窓辺から漏れる光に各家庭の日常が垣間見えてくる。さて、これは誰の視線なのか。そして、そして「宇宙でいちばんあかるい屋根」とは何か、この冒頭の1分程度だけで物語世界に引き込まれてしまった。

 

そして朝、起き抜けの清原果耶がくしゃくしゃに丸められた手紙と思しき紙を確認し、そしてバンジョーを弾く隣の家の大学生をカーテンの隙間から覗き見る。まさに思春期の女子という感じがする。その一方で、幸せそうな父と母の仲睦まじい様子からは、少し距離を置いているかのような朝食風景。ちょうど年齢的に子どもと大人の中間に差し掛かるあたりで、自分というものの在り方や居場所を模索する時期で、そうしたものがほんのわずかな描写だけで見えてくる。非常に映画らしい演出だと感じた。

 

星ばあとの出会いも面白い。そんなところにばあさんがいるわけないだろうという場所にばあさんがいて、つばめと色々と話していくようになる過程は、どこか非現実的で幻想的だ。現実と非現実の境目という感じで、屋上という建物の一部であり、かつ屋外でもあるという空間が、その感覚を強化する。この星ばあなる存在、イマジナリーフレンドかと思わせる要素が満載なのだが「えんじ色の屋根」という物語の一つのキーとなる要素が語られるところから、その正体が俄然気になってくる。そして、そのえんじ色の屋根の家探しが、つばめの自分の居場所探し、つまり自分が好きな男との関係、自分を好きな男との関係、そして自分と家族の関係を見つめ直すことにもつながってくる。このプロットの組み立て方は見事だ。

 

星ばあと屋上以上以外の場所で出会い、街を探索していくシークエンスを通じて、観る側にとって「星ばあとはいったい何なのか」との疑問が深まっていく。同時に、星ばあの存在が、つばめに前に進む力を与えていることをより強く実感できるようにもなる。つばめが好きな大学生、そしてつばめを好きな(元)同級生との意外とも必然的ともいえるつながりが見えてきて、物語が加速する。そして、つばめが本当に求めていた居場所を自ら掴み取りにいくシーンは大きな感動をもたらしてくれる。

 

藤井道人監督の作風は多岐にわたるが、いずれの作品にも流れている通奏低音は、現実のちょっとした危うさであるように感じる。現実は見る角度によってその様相を大きく変えることがあるし、人間関係も同じである。けれど、つらく苦しい世界にも救いはある。人と人とは、分かり合えるし、つながっていける。そのように感じさせてくれる。

 

ネガティブ・サイド

つばめが階段を駆け下りるシーンが惜しかったと思う。『 ジョーカー 』みたいに踊れ、とは思わないが、階段というのはある位相と別の位相をつなぐシンボルだ。それは『 パラサイト 半地下の家族 』で非常に象徴的だった。つばめの足取りの軽やかさと星ばあの足取りの重さを対比する非常に良い機会が活かしきれていなかったように思う。

 

本作は本来的にはファンタジー映画なのだが、その部分の演出が弱いと感じた。そこを強調させられるはずなのに、それをしなかったと感じられたのは、水族館と糸電話。たとえば魚やクラゲたちが星ばあに不思議に引き寄せられるなどのシーンがあれば、物語の神秘性はより増しただろう。また、糸電話のシーンでも、つばめだけがそれを使っているのではなく、街を眺めてみれば、あちらこちらに糸電話の糸が見える、というシーンがあれば良かったのにと感じた。

 

総評

どことなく、えんどコイチの読み切り漫画『 ひとりぼっちの風小僧 』を思わせる内容である。ユーモラスでありながらシリアスであり、しかしつらい境遇の中にも救いの光は差し込んでくる。清原果耶のくるくる変わる表情が印象的で、脇を固めるベテラン俳優陣の演技も堅実。あらゆる年齢層にお勧めできる佳作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

You’ll regret the things you didn’t do more than the ones you did.

星ばあの至言、「後悔はやってからしろ」を聞いて、思わず上の格言を思い出した。アメリカの作家、H. Jackson Brown. Jrの言で「君は、やったことよりもやらなかったことの方をより後悔するだろう」という意味。Jovianもこの格言を自作の教材に取り入れたことがある。格言は丸暗記してしまうのが結局は早道なところがある。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, ファンタジー, 伊藤健太郎, 日本, 桃井かおり, 清原果耶, 監督:藤井道人, 配給会社:KADOKAWALeave a Comment on 『 宇宙でいちばんあかるい屋根 』 -家族を照らす優しい光-

『 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 』 -壮大なリセット&リビルド作品-

Posted on 2021年5月3日 by cool-jupiter

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 70点
2021年4月27日 Amazon Prime VideoおよびDVDにて鑑賞
出演:緒方恵美 林原めぐみ 宮村優子 坂本真綾
監督:摩砂雪 鶴巻和哉 前田真宏
総監督:庵野秀明

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『 シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| 』の再鑑賞前にテレビアニメ版をレンタルしてみたり、旧劇を観直したり、ちょっと別の本を読んだりしているうちに緊急事態宣言。間の悪さを嘆くべきか、政府の無能さを恨むべきか。

 

あらすじ

碇シンジ(緒方恵美)は今やヴィレに属すミサトらやアスカ(宮村優子)によって衛星軌道上からサルベージされる。そして、ヴィレが戦艦ヴンダーを拠点に碇ゲンドウ率いるNERVと戦っていることを知る。その原因が、自身が14年前に引き起こしたニア・サード・インパクトにあると知らされて・・・

 

ポジティブ・サイド

冒頭のスタジオ・ジブリ presents な感じ満々の、いわゆる「火の七日間」のエピソードが怖い。というか心憎い。これまでのいかなる作品でも直接的に描かれることのなかったファースト・インパクトやセカンド・インパクトだったが、このニアサーを間接的かつ変則的に描くのは前世紀と新世紀をつなぐ意味でも効果的だったと思う。『 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 』でも述べた通り、エヴァは前世紀末の破滅思想、終末思想の色濃い世界の産物だった。『 風の谷ナウシカ 』の巨神兵が、現実世界に突如到来するスキットは最高のイントロダクションであると感じた。

 

その後のアスカとマリによる宇宙空間での初号機回収作戦も一大スペクタクル。目の前で繰り広げられる作戦行動が何であるのかを考える暇もなく、進化したアニメーション技術がふんだんに盛り込まれたシークエンスが展開される。そしてアスカによって言及されるシンジの名前。物語作成の文法通りだが、このあたりの盛り上げ方は非常に巧みである。

 

その後に明かされる14年間の真実。カヲル君によるテレビアニメ版と同じ、語りながらも説明はせず、相手に悟らせるスタイルは、通常ならイライラさせられるのかもしれないが、エヴァの世界観とキャラ設定においてはうまく機能している。畢竟、エヴァを観るということは、謎や神秘に触れたいという自分の内なる欲求に応えることなのだろう。劇場鑑賞したとき、そして今回DVDで再鑑賞しても、正直に言って物語そのものの意味は100%は理解できていない。しかし、何か世界の奥深いところに触れているという感覚(錯覚)だけは、1995年から今まで継続している。これは凄いことだと素直に思う。

 

シンジとアスカによるエヴァ同士のバトルは、使徒相手のそれとは違い、どちらに感情移入するのかが難しい。というよりも、どちらにも感情移入したくなる。最後は人間同士の、しかも実は志を同じくする者同士が已むに已まれず戦うというのは、それこそ漫画『 聖闘士星矢 』などでおなじみの展開。それでも手に汗握ってしまうのだから、この手法が強力なのか、庵野の作劇術が巧みなのか、それとも自分が単純だからなのか。おそらく全部だろう。謎解き考察に興味のある向きにはどう映るのかわからないが、エヴァの世界観は忠実に継承されていると言える。

 

ところで、副題の「急」がQである意味は何なのだろうか?最初は急=QuickまたはQuickeningかなと思ったが、あまりにもひねりがなさすぎると感じた。QuestionやQuestの意味も込められているのだろうか。これについてご教授いただける方がいれば、ありがたいです。

 

ネガティブ・サイド

本作を単体で観ると「力を入れるのはそこじゃないだろう」と指摘したくなる。一番そう思わせるのはヴンダーのコクピット内の描写。そこは凝らなくていい、ヱヴァンゲリヲンそのものやキャラクター描写を充実させてくれ。物語を長く続けていくと、どんなクリエイターにもこの傾向が出てくる。漫画『 ベルセルク 』の三浦建太郎しかり。

 

ヴィレ側のキャラの言動に腑に落ちない点が多い。頑なにシンジに「エヴァにだけは乗るな」と言うが、だったら優しく真実を教えてやってもよいのではないか。それに『 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 』ではミサトさんはシンジに「あなた自身のために行きなさい」と言って、背中を押したではないか。その結果としてのニア・サード・インパクトをすべてシンジに押し付けるのはいかがなものか。

 

完全に野暮な突っ込みだとわかっていて言うが、冬月がシンジに「将棋を打てるか?」と尋ねるのは本当に勘弁してほしい。囲碁=打つ、将棋=指す。将棋で打つのは持ち駒だけだ。駒落ちにしても飛車角桂香ならまだしも、飛車角金を落とすとはこれいかに。また、シンジが指した直後に「31手後に詰みだ」と宣告するが、これが本当なら藤井聡太以上の終盤力の持ち主と言うしかない。当時は藤井はまだプロではないから、前世紀の・・・ではなく全盛期の谷川浩司以上か。将棋ファンとしては突っ込みどころ満載の謎シーンだった。スタッフに将棋ファンはゼロだったのだろうか。

 

総評

ものすごい勢いで観るものを物語世界に取り込んでくる作品である。一方で、おそろしいまでに初見殺しでもある。まあ、本作がエヴァ初体験という人はまずいないだろうが、それでもエヴァを長年追い続けた人でも、本作でかなりの数がふるいにかけられたと観て間違いない。それでも『 シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| 』公開時の観客の入りを観ていると「逃げちゃダメだ」と食らいついてくるファン、そして若い世代も多いことに気づいた。そうした意味では、本作は最もエヴァらしいエヴァと評しても良いのではないだろうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

think ~ moves ahead

将棋、チェスなどをたしなむ人ぐらいしか使わない表現だろうが、そうした愛棋家のためにも紹介しておきたい。「〇手先を読む」の意味である。将棋界には3手の読みという言葉があるが、3手先を読む=think three moves aheadと言う。5手先を読むなら think five moves ahead である。また3手詰めの詰将棋は、a 3-move checkmate prolemと言う。将棋好きなら知っておきたい。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, B Rank, SF, アニメ, 坂本真綾, 宮村優子, 日本, 林原めぐみ, 監督:前田真宏, 監督:摩砂雪, 監督:鶴巻和哉, 総監督:庵野秀明, 緒方恵美, 配給会社:カラー, 配給会社:ティ・ジョイLeave a Comment on 『 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 』 -壮大なリセット&リビルド作品-

『 るろうに剣心 最終章 The Final 』 -原作にもう少しリスペクトを-

Posted on 2021年4月29日 by cool-jupiter

るろうに剣心 最終章The Final 50点
2021年4月24日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:佐藤健 武井咲 新田真剣佑
監督:大友啓史

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コロナで延期が1年延びた作品。過去作を劇場で再公開するという最高のマーケティングで売り出したところで、緊急事態宣言。なんとか公開二日目に鑑賞はしたものの、色々と疑問に思う構成だった。

 

あらすじ

志々雄真実の討伐から2年。平和を謳歌する剣心(佐藤健)や薫(武井咲)に人誅の時が迫る。剣心の義理の弟・雪代縁(新田真剣佑)が、剣心への復讐のために東京に迫ってきていた。剣心は縁を止めるために最後の戦いに挑むが・・・

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ポジティブ・サイド

コスプレ大会は続く。佐藤健も武井咲も前作から変わらぬビジュアルを維持し、江口洋介もかなり老化に抵抗している。左之助役の青木崇高も若々しさを保っているのは見事。弥彦が思ったより大きくなっておらず、しかし確実に背丈が伸び顔つきから幼さもなくなった。変わらぬキャラクター達と確実に流れゆく時が、冒頭で西洋風の結婚をしたカップルを眺める皆の姿から見て取れた。

 

伊勢谷友介の回転剣舞六連や土屋太鳳の回し蹴りなど、アクションのクオリティは高い。度肝を抜かれたのは、縁と左之助の肉弾戦。これまでの左之助の戦いは、戌亥番神や悠久山安慈など、強敵ながらどこかコミカルな相手だった。しかし、縁にひたすらボコられる左之助は、これまでになく痛々しい。元々打たれ強さを身上とするキャラだったが、今回のやられっぷりは観ているだけでこちらまで痛くなってきた。青木崇高の熱演に脱帽。

 

剣心と縁のバトル。BGMのない剣戟。今シリーズで間違いなく初めての演出。これを待っていた。『 アジョシ 』のテシクとラム・ロワンのナイフバトルを彷彿させた。剣と剣が打ち合う音だけが響く戦いは、剣心と縁の対話になっていた。原作漫画での左之助の評価通り、縁が志々雄以上だとは感じられなかった。しかし、剣心を倒さんとする執念は倭刀の音から十分に伝わってきた。新田真剣佑はもともと『 OVER DRIVE 』でかなりの筋肉を見せつけていたが、今作では運動能力の高さも披露した。佐藤と並んで、アクションのできる俳優が二人そろうことで、前作の志々雄と剣心の決闘に勝るとも劣らないバトルが繰り広げられた。両俳優に拍手。

 

ネガティブ・サイド

大友啓史監督はもう少し原作をリスペクトすべき。漫画と映画は異なる媒体で、だからこそ表現できるもの、表現すべきものが異なる。それは当然のこと。本シリーズはキャラクターの再現度を優先して世界観を構築してきており、そのアプローチ自体は否定しない。けれど絶対に守るべき世界観もある。刀が飛び道具や銃火器に優るという世界観だ。四乃森蒼紫をどこまで不遇に扱えば気が済むのか。

 

蒼紫だけではなく刀狩りの張まで・・・ 原作では味のあるキャラクターだったはずが、どうしてこうなった。前々作では十本刀の中では最も優遇されていたはずが、本作では原作と大きく異なる悪党、なおかつ雑魚になりさがってしまった。縁の強さを観る側に印象付けるためのかませ犬的なポジションとしては確かにうってつけかもしれないが、だったら一瞬でもいいので戦闘シーンを見せるべき。または倭刀についての蘊蓄を語らせるべきだろう。

 

最も不遇なのは弥彦だろうか。鯨波兵庫を原作漫画並みに大暴れさせておきながら(屋根の下から撃っているはずなのに、瓦屋根の上に俯角で銃弾が当たっていたが・・・?)、結局は剣心が倒してしまうという安易なストーリー展開はどうなのか。前作でも十本刀相手に見せ場を奪われた弥彦だが、今作でも成長は見せられず。いや、成長させてもらえず。何度でも言うが、漫画『 るろうに剣心 』は、幕末から明治という時代の移り変わりの物語であり、旧時代の人間が新時代の人間にバトンを渡していくという、ある意味では弥彦のビルドゥングスロマンなのだ。製作者たちはそこを読み違えていないか。あるいは、そこをあまりにも軽視していないか。弥彦は『 るろうに剣心 最終章 The Beginning 』の回想には出番はないわけで、これをもって弥彦の物語が終わりにしてしまうというこの映画シリーズには心底がっかりである。

 

最も腑に落ちないのは、縁による人誅の仕上げ。なぜ原作と変えてしまったのか。原作漫画未読かつ映画はすべて復習鑑賞したJovian嫁は本作鑑賞後に「なんで殺さへんかったん?」と一言。至極当然の疑問であろう。連載当時の反響は凄かったし、あのインパクトは大画面でこそ再現すべきだったし、そうすれば蒼紫にも活躍の場が与えられたはず。また完結篇たる次作への最高の cliff hanger になったのではあるまいか。 

 

総評

正直、アクション以外は微妙である。いや、それはシリーズ全体を通じて言えることでもあるのだが、今作に至っては原作からの改変度合いが大きすぎる。改悪になっている。今更何を言っても次作の内容は変わらないが、かくなるうえは The Beginning で人を惨殺しまくる人斬り抜刀斎の超絶アクションと、原作で描かれることのなかった新選組との激突に期待するしかない。 

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

take someone away

文脈にもよるが、誰かを連行する、の意。斎藤が部下たちに「連行しろ」と冒頭で言うが、英語にすると”Take him away.”となる。『 スター・ウォーズ 』の冒頭でダース・ベイダーがトルーパーたちに”Take her away.”と言ってレイア姫を連行させるシーンを思い出せれば、英語マニア兼スター・ウォーズマニアだろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, アクション, 佐藤健, 新田真剣佑, 日本, 武井咲, 監督:大友啓史, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 るろうに剣心 最終章 The Final 』 -原作にもう少しリスペクトを-

『 るろうに剣心 伝説の最期編 』 -藤原竜也ワールド全開-

Posted on 2021年4月25日 by cool-jupiter

るろうに剣心 伝説の最期編 70点
2021年4月17日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:佐藤健 武井咲 藤原竜也
監督:大友啓史

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前二作は佐藤健の、佐藤健による、佐藤健のためのコスプレ大会という趣が強かったが、本作は藤原竜也に持っていかれた、という印象である。顔まで含む全身包帯姿なので、コスプレ的な再現度で言えば志々雄>剣心になるのは当然だが、演技者・表現者としても藤原竜也>佐藤健を印象付けてくれたように思う。

 

あらすじ

漂着したところをかつての師・比古清十郎に救出された剣心(佐藤健)は、飛天御剣流の奥義の伝授を乞う。師との向き合いから「生きようとする意志」の強さと奥義を手に入れた剣心は、志々雄真実(藤原竜也)とその一派の討伐に向かわんとするが・・・

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ポジティブ・サイド

チャンバラ大会ここに極まる。けなしていない。褒めている。一時期のWWEなどは、ここでプロレスしてどんな問題や因縁が解決するのか分からないほどに迷走していたが、ここまで清々しく総てがチャンバラ(と拳)で決まる世界観は潔いとすら言える。延々と続く福山雅治による佐藤健へのシゴキは原作とは全然違うものの、アクション密度を高めるのに大いに貢献した。

 

アクションでは田中泯も頑張ったほうだろう。一部どう見てもスタントマンのシーンも散見されたが、相手である伊勢谷友介の熱の入った演技で最怖の翁として説得力ある戦闘能力を表現できていた。蒼紫の強さを際立たせるためのかませ犬なのだが、それを実写で前期高齢者がこなしてしまうところが素晴らしい。

 

その四乃森蒼紫と剣心のバトル(とあえて表現する)も素晴らしい。ワイヤーアクションにはCGには出せない味がある。同時に伊勢谷友介も佐藤健並みのアスリートであると感じた。普段から結構スポーツや格闘技をしている人間の動きに見える。剣心の「神速」は映像的に映えるが、蒼紫の「流水の動き」はある意味で神速よりも表現が難しい。それをところどころで披露しているかのような動きは伊勢谷の発案か、それともfight choreographerの指導の賜物か。

 

船上での宗次郎とのバトル(やはり敢えてこう表現する)も非常に漫画的かつシネマティック。神速vs神速の戦いで、このチャンバラの振付は役者の運動神経および互いの信頼関係を前提としないと成立しなかっただろう。佐藤と神木のケミストリーは『 バクマン。 』から続いているし、この二人の共演はぜひとも他作品で観てみたい。

新月村ではなぜか不在だった斎藤一も、海岸でのバトルでは後輩警察官にかけるそっけない、しかし熱い言葉が印象的。さらに「役人になって武士の誇りを忘れたようだな」という上官へのセリフに、前作および前々作で語られることが一切なかった斎藤一の「悪・即・斬」の哲学が垣間見えて良かった。ここでは漫画の斎藤一らしさが感じられた。劇場公開時は漫画の斎藤にはとても見えなかった江口洋介が、劇場で立て続けに観ると漫画的に見えてくるから不思議だ。原作漫画を未読のJovian嫁は「江口洋介が一番漫画に忠実やと思う」とのこと。確かに思い起こしてみると、『 バットマン 』のマイケル・キートン的、つまり漫画の構図を忠実に再現しようとする意志が感じられた。

 

だが誰が何と言おうと本作の主役は志々雄真実である。つまり藤原竜也なのである。原作の志々雄のどうしようもないほどの強さを見事に実写化。あの包帯衣装は包帯ではなく、多分包帯でグルグル巻きにしたように見せる襦袢?またはラバースーツ?いずれにしろ、他の主要キャラと違って、動きに多少の制限が加わりそうな衣装に見えたし、視界は絶対に悪くなっているはず。それを身に着けたうえであれだけのアクションをこなしたのであれば藤原竜也は本物であろう。同時に衣装係の腕前も賞賛せねばならない。剣心、斎藤、左之助、蒼紫の4人を同時に相手にし、圧倒する様は荒唐無稽ながらも説得力があった。表情も体の動きにも制約がある役ながら、誰よりも原作のキャラを再現できていたように感じたし、最期の断末魔の咆哮と笑い声は原作の漫画のそれ以上だ。伊藤博文その他政府高官の敬礼が藤原竜也への敬礼に見えてしまった。それほどJovianは志々雄真実を演じた藤原竜也に魅了されてしまった。

 

ストーリーよりもキャラとアクションを見たいんだ、という層には文句なしにお勧めができる仕上がりである。

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ネガティブ・サイド

奥義の伝授、つまり「死んでもいい」が「生きねばならない」に変わる過程の描き方があまりにもアンバランスだ。この部分の冗長さがアクションの密度を高めてはいるものの、ストーリーを余計に冗長で間延びしたものにしてしまっている。福山雅治のキャスティングは悪くはないが、これは漫画ファンや映画ファンを満足させるためではなく、福山雅治ファン向けの映画作りをするためなのか。大友啓史は伊勢谷友介に恨みがあって、なおかつ福山雅治に恩義でもあるのか。本当に福山雅治の見せ場を作りたいなら、原作に近い形で十本刀の精鋭をあっさり撃退させてしまえばよかった。というか十本刀という存在も不要だったようにすら思う。伊勢谷友介も残念至極。さんざん剣心を追跡しながら、戦いになった途端に奥義を使われるまでもなく敗れてしまった。シリーズを通して最もかわいそうなキャラである。

 

志々雄との戦いの決着を決める奥義「天翔龍閃」が結構しょぼい。というか、漫画では乱発されていたのを映画では温存していたためか、インパクトが薄れてしまった。単なるスローモーションではなくスーパースローモーションで処理するか、もしくは高速処理にして音が後から聞こえてくるような演出でも良かった。最終奥義のしょぼさが画竜点睛を欠いてしまっている。

 

志々雄に政治を語らせたり、剣心の処刑の茶番や、甲鉄艦が最終決闘の場になったりといった映画オリジナル展開がすべてノイズ。ただ、アクションを見たいという層の観客に沿った結果だと思えば、そこは許容できるか。

 

総評

良くも悪くも、原作のストーリーをダイジェストにして、チャンバラ活劇をメインにしている。原作に忠実な作品を求める層もいれば、漫画という静止画の連続からは得られないカタルシスを大画面と大音響で味わいたいという層もいる。全員を満足させる作品作りは不可能と割り切って、アクション > ストーリーという割り切った作り方を選択したこと自体は評価したい。漫画ファンを納得させるのは難しいが、映画ファンならば満足できる仕上がりになっている。チャンバラ活劇ファンおよび藤原竜也ファンならば必見であろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

You grate on me.

瀬田宗次郎の「イライラするなあ」の私訳。grate on someone で、誰かをいやな気分にさせる、誰かの気に障る、の意味。ちなみにJovianのひとつ前の勤め先の英会話スクールの同僚講師3人(全員英検1級持ち)の誰もこの表現を知らなかった。この表現のレベルが高いのか、Jovianの元同僚のレベルが低かったのか。多分、後者である。

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Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 2010年代, B Rank, アクション, 佐藤健, 日本, 武井咲, 監督:大友啓史, 藤原竜也, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 るろうに剣心 伝説の最期編 』 -藤原竜也ワールド全開-

『 ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒 』 -怪獣は敵か味方か-

Posted on 2021年4月24日 by cool-jupiter

ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒 80点
2021年4月17日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:中山忍 藤谷文子 前田愛 螢雪次朗
監督:金子修介

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平成ガメラ三部作のフィナーレ。梅田ブルク7は good job である。単なる特撮怪獣映画としてだけではなく、怪獣が存在することの意義、怪獣が人類にとってどのような存在なのかにまで踏み込んだ作品として、邦画史に残るべき作品だろう。

 

あらすじ

比良坂綾奈(前田愛)はガメラとギャオスの戦いのせいで両親を亡くして以来、ガメラを憎んでいた。引っ越した先の奈良の洞窟で見つけた謎の生物に「イリス」という名前をつけた彼女は、イリスにガメラを倒してほしいと願うようになる。しかし、イリスは実はギャオスの変異体で、綾奈と融合しようとして・・・

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ポジティブ・サイド

ゴジラであれウルトラマンであれ、街中で大暴れはするものの、人的被害について直接的に描かれることは、非常に稀だった。だからこそ初代『 ゴジラ 』や『 ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃 』は傑作だと言える。特に『 ゴジラ 』で母親が娘に「もうすぐお父さんに会えるのよ」と語りかけ、建物の崩落とともに従容として死んでいく様はトラウマものである。怪獣が大暴れすることによって遺児になってしまった綾奈の姿は、阪神大震災や東日本大震災を下敷きに見ると、また新たな感慨をもたらす。

 

公開当時も今もすごいと感じたのは、渋谷のガメラ。昭和ガメラも平成ガメラも、どこか穏やかさを湛えた顔つきだったガメラが、ギャオスへの憎悪や闘争心を隠そうともしない形相になっていたのは、劇場公開時に大学生だったJovianの心胆を寒からしめた。このガメラの顔つきは個人的にはガメラ史上ナンバーワンで、GMKの白目ゴジラに次ぐ怖さであると確信している。

 

人間パートも悪くない。飼い猫のイリスの名前を謎の卵からかえった生物につけてしまうあたり、陰影のある綾奈というキャラの小女性や孤独、さみしさを間接的に描けている。田舎の閉鎖性も妙にリアルだ。地味に奈良vs京都、つまり仏教vs神道の構図にもなっている。ギャオス/イリスは外来の異種で、ガメラは産土神の謂いなのかもしれない。このあたり、GMKの護国聖獣が日本人を殺しながら日本の国土を守ろうとしたように、怪獣は生物個々の守護者/破壊者ではなく、生態系のバランスを取る存在という解釈にスムーズにつながっていくように思う。

 

倉田と朝倉の世界観/怪獣観にもなかなか考えさせられる。地球の意思が、増えすぎた人間の数を減らそうとしているという考え方はコロナ禍の今を見越していたようにすら感じられる。世界各地で大量発生するコロナと世界各地で大量発生するギャオスが重なって感じられた人は多いことだろう。イリスがギャオスの変異体であるというのも、変異株によって大打撃を受けている兵庫・大阪地域のJovianには、考えさせられるものがある。

 

そのイリスの造形の荘厳さは『 ガメラ2 レギオン襲来 』のレギオンを超えると思う。やはり同時代の『 新世紀エヴァンゲリオン 』に使徒として出現してもおかしくない造形美である。ふわりと雲の上に姿を現すイリスの姿は禍々しく、同時に神々しい。ウネウネ系の触手で年端もいかない少女と融合しようとするところは、当時は特に何も感じなかったように記憶しているが、今の目で見ると気持ち悪いことこの上ない。そんな邪神イリスがガメラと激闘を繰り広げ、京都駅ビルという伝統と進歩の象徴を破壊するシーンは、『 モスラ 』における国会議事堂を彷彿させる。ガメラという子どもの味方であったはずの怪獣の破壊者としての側面にフォーカスし、シリアスなドラマでありながらも特撮怪獣映画の醍醐味も保っている。前作では緑色の血しぶきをまき散らしながら飛んでいく様が衝撃的だったが、今作ではそれを上回るグロ描写もあり、小片少女向けの作品には仕上がっていない。怪獣映画としてだけではなく邦画というジャンルにおいても、平成ではかなり上位の作品でありシリーズであると感じる。

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ネガティブ・サイド

人間パートが綾奈の物語に集中しすぎで、中山忍、藤谷文子らの出番というか存在意義が少々弱い。中山忍は鳥類学者・生物学者としての見識を披瀝して倉田や朝倉に対抗すべきだったし、藤谷文子も怪獣と心通わせることがどういったものなのかについて、眠っている綾奈に切々と語りかけるようなシーンが欲しかったと思う。螢雪次朗の見せ場も少なかった。

 

前作、前々作と比べて、ポリティカル・サスペンスとしての要素が薄れてしまった。嫌味な審議官がコミック・リリーフになってしまったのは少々残念だった。

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総評

『 ゴジラvsコング 』が無事に国内でオンタイムに公開されるのかどうか怪しくなってきたが、怪獣映画の人気やその需要は間違いなく高まっている。本作では玄武(ガメラ)と朱雀(イリス)の戦いが描かれた。白虎と青龍はいずこ。敵としても味方としても登場できる余地が残っている。『 ゴジラvsガメラ 』を実現させる制作者及びスポンサーは現れてくれないものか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

a natural enemy

天敵の意。増えすぎた人口を減らすためにギャオスが存在するという仮説は、なかなかに示唆的である。2020年、コロナ対策に社会経済活動を停止させた結果、インドや中国、ロシアやアメリカで空気や水が一時的にせよ浄化されたという報道があったことは記憶に新しい。コロナは地球が生み出した人類の natural enemy なのかもしれない。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 1990年代, A Rank, 中山忍, 前田愛, 怪獣映画, 日本, 監督:金子修介, 藤谷文子, 螢雪次朗, 配給会社:KADOKAWALeave a Comment on 『 ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒 』 -怪獣は敵か味方か-

『 BLUE ブルー 』 -生涯一ボクサー-

Posted on 2021年4月19日 by cool-jupiter

BLUE ブルー 70点
2021年4月17日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:松山ケンイチ 東出昌大 木村文乃 柄本時生
監督:吉田恵輔

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『 銀の匙 Silver Spoon 』の吉田恵輔が監督および脚本も務めた作品。『 アンダードッグ 』と同じく、ボクサーの影の部分を直視している点に好感が持てる。Jovianはボクシングは多分1000試合ぐらい観ているが、吉田監督も結構なボクシング通なのではないかと感じた。生涯一書生をもじって生涯一捕手と言ったのは故・野村克也だが、生涯一ボクサーという生き方があってもよいだろう。

 

あらすじ

瓜田(松山ケンイチ)はボクシングへの愛情と情熱は人一倍だが、負けてばかりのプロボクサー。後輩の小川(東出昌大)は日本タイトルマッチを射程に入れ、小川の女友達の千佳(木村文乃)とも結婚を視野に入れた交際をしていた。そんな時、ボクシングをやってる感を出したいという楢崎(柄本時生)がジムに入門をしてきて・・・

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ポジティブ・サイド

松山ケンイチの役への没入感が素晴らしい。ボクシングジムにはこういう人が結構な確率でいる。ボクシングはマイナー過ぎて例えば難しいが、元楽天監督の平石洋介タイプとでも言おうか、選手としてはイマイチでも野球への情熱や競技を勉強する心、同門の仲間とのコミュニケーション能力がずば抜けて高いタイプと言えば伝わるだろうか。縁の下の力持ちで、ジムの風景に溶け込んでいる。いても気が付かないが、いなくなると気が付くタイプ。こういうボクサーはちらほらとだが確実に存在している。日本の9割のボクシングジムの経営は、昼間にやってくるボクササイズのおばちゃんたちによって支えられているが、そんなおばちゃん連中を邪険に扱う会長も、あの年代ならリアルに存在している。なんだかんだでこのジムが成り立っているのは瓜田のおかげなんだなということが理解できる。

 

では、なぜそんな好青年の瓜田がボクシングを始めたのか?そして、負け数ばかりを積み重ねながらもボクシングを続けているのか?その事情が紐解かれていく過程は、心温まる友情物語でもありながら、人間の心のダークサイドが垣間見える展開でもある。このあたりが本作を単なるスポコン友情物語ではなく、リアルな人間ドラマにしている要因である。松山ケンイチの演技力のなせる業である。

 

ボクシングシーンもかなり研究されているなという印象。ボクシング映画における試合のシーンは、どれもこれも現実なら即TKOになっている、あるいはタオルが投入されるような描写が多い。本作も例外ではない。では、どこに感銘を受けたかというと、瓜田と小川の二人だけの作戦会議および練習シーン。瓜田がアッパーを推奨する中で、小川は左フックを提案する。この左フックはおそらくモリソンvsラドックでのモリソンの左フックのパクリ、または井上vsマロニーでの井上の左フックのパクリだろう(ここでいうパクリとは、そこから多大なるインスピレーションを得たものという意味である)。吉田監督がボクシング通であると断言できる根拠がここにある。興味のある向きはYouTubeなどで検索されたし。

 

この二人プラス千佳だけでも成立するストーリーに、柄本演じる楢崎が入ってくること瓜田という男の光と影の部分がより鮮明になっている。ボクシングはある程度練習すると本当に強くなれるし、本当に強くなったと実感すると、もうやめるにやめられないものだ。ヘタレの楢崎がだんだんと強さを手に入れていくサブプロットは、そのまま瓜田が過去にたどった道だと思えるし、楢崎が味わった試合の充実感は、それこそ瓜田が味わった充実感と同じものだったはずだ。ボクサーという生き物は、栄光も金も勝利も求める生き物だ。けれど本当に求めているのは完全燃焼すること。『 あしたのジョー 』風に言えば、真っ白に燃え尽きることだ。楢崎の充実の表情からはそれが如実に伝わってきたし、敗戦後に部屋でひとりコンビニ弁当をほうばる瓜田からは、燃え尽きることができなかった自分への悔恨の念が溢れていた。このコントラストの鮮やかさよ。

 

主人公が栄に浴さないタイプのボクシング映画としては、近年の邦画では『 アンダードッグ 』と双璧である。生きる意味、自分が何者で何をすべきかが問い直されつつある時代だからこそ、多くの映画ファンに見てもらいたいと思う。

 

ネガティブ・サイド

ボクサーはどうしても脳へのダメージが避けられないが、小川にパンチドランカー症状を出すのが性急に過ぎたと思う。日常生活でも仕事でもあれだけ小さなミスやら物忘れを繰り返していて、ジムで会長その他のトレーナーやボクサーが気が付かないというのは腑に落ちない。もしくは、瓜田がジムで小川の異変に気づいていながら、あえてそれに目をつぶるなどの描写があれば良かったのだが。

 

劇中のとある試合でのレフェリーが介入してくるタイミング、およびドクターストップの方法が荒唐無稽であった。あれだけ猛ラッシュをかけていて、そこでドクターチェックを入れるレフェリーなど見たことがないし(レフェリー役に福地使うのはやめようぜ、邦画界よ)、傷を見た瞬間に試合を止めるドクターというのも一度しか見たことがない。その一度も、まぶたが深く切れすぎて眼球が一部だけだが露出してしまっているケースだった。普通はタオルやら何やらでいったん止血して、それでも血が止まらない場合や、またはふさがっている方の目が見えているかどうかをチェックしてからストップの判断をするものだ。よくできたボクシング物語なのにここだけ急に非現実的だった。

 

後はリング禍の描写かな。急性硬膜下血腫だと思うが、プロボクサー未満の二人をスパーリングさせるのに、トレーナーやら会長がまともに注意を払っていないのは、ボクシング関係者が見たら、頭を抱えることだろう。普通、あれだけきれいに顔面に入ったり、あごがきれいにポーンと跳ね上がったら、そこでスパーは絶対に中止だろう。楢崎の因果にリング禍は不要。マウスピースをつけずになめてかかってきた相手の前歯を折るぐらいで良かったのでは?

 

総評

いつの頃からか世の中は勝ち組と負け組に分断されるようになってしまった。経済的な成功や人間関係の充実=勝ち組とされがちな世の中に「それだけが答えではない」と言い放つ作品の登場を心から歓迎したい。ボクシングを知っている人も知らない人も、自分が何をすべきか知っている人も知らない人も、本作からは必ずなにかしらのインスピレーションを得られることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

retire

引退する、の意。引退させる、という他動詞で使われることもある。ボクサーの多くは引退を余儀なくされる。自分から引退できるボクサーは果報者である。ただし、現役復帰(=unretire)する選手が多いのもボクシングの特徴と言える。元プロ野球&MLB選手だった新庄剛志がトライアウトを受ける前にも英語メディアでは unretire が使われていた。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, ヒューマンドラマ, 日本, 木村文乃, 東出昌大, 松山ケンイチ, 柄本時生, 監督:吉田恵輔, 配給会社:ファントム・フィルム, 青春Leave a Comment on 『 BLUE ブルー 』 -生涯一ボクサー-

『 太陽は動かない 』 -ドラマ未鑑賞でもOK-

Posted on 2021年4月17日 by cool-jupiter

太陽は動かない 60点
2021年4月13日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:藤原竜也 竹内涼真 ハン・ヒョジュ 南沙良
監督:羽住英一郎

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WOWOWドラマの映画版。コロナ禍で公開がかなり遅れたが、当初はスルー予定だった。ハン・ヒョジュと南沙良が出演していると知って、慌ててチケットを購入した。

 

あらすじ

産業機密情報を売るAN通信、そのエージェントである鷹野(藤原竜也)と田岡(竹内涼真)は、次世代エネルギーの開発の秘密をめぐってブルガリアに潜入した同僚を救出するが、心臓に埋め込まれた爆弾が容赦なく爆発。同僚は死亡した。鷹野はその任務を引き継ぎ、各国の企業やエージェントらと渡って行くことになり・・・

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ポジティブ・サイド

冒頭の市原隼人救出のシークエンスは思いっきりハリウッドを意識していてよろしい。窓からど派手に侵入してからの銃撃戦と近接格闘戦から、AN通信というのはハッキングや通信傍受の集団ではなく肉体派の集団ですよ、ということが伝わってくる。藤原竜也はるろ剣でも感じたが、邦画では珍しくかなり体を動かせる役者だ。アクションシーンのワンカットの長さだけでそれを判断するのは早計だが、アクションを体に染みつかせるのは才能と練習の両方が必要だ。ドラマでキャリアを積んだ役者はセリフを覚えるのはうまいが、部隊・・・じゃなかった舞台上がりは体に動きを叩き込ませられるのが強味。藤原竜也にはそうした芯の強さを感じる。

 

心臓に爆弾を埋め込まれているという設定も、実際に医療機器で心臓に埋め込むペースメーカーというものがあるので、割と素直に受け止められる。スパイの世界では死ぬことでしか守れない情報というものもあり、だからこそ『 TENET テネット 』の主人公のように、自分から死を選ぶ姿勢が一流には求められる(別に『 TENET テネット 』の主人公は本当に死ぬわけではない、念のため)。

 

太陽光エネルギーに関する秘密を主軸に物語が進んでいくというのも、現実世界を下敷きしているので、必ずしも万人にとって分かりやすいわけではないが、納得しやすい話である。特に発電、蓄電、送電が分離していながらも独占状態でもある本邦では、この仕組みにメスが入れられつつあり、そうした背景を頭に入れて鑑賞すれば物語世界に入っていきやすくなる。世界各国に血眼になってこの技術の秘密を手に入れたいと願う者たちがいる、逆に言えば、この技術の秘密を何よりも高く買ってくれる相手に売りたいと思う者たちもいるということで、本作がヨーロッパやアジアを股にかけた国際的なスケールで展開されるのは必然なのだ。

 

ハン・ヒョジュが演じた international woman of mystery が素晴らしい。複数言語を操り、くのいち的な手練手管も備えたエージェントで、こんな相手になら騙されてみたいと思わせてくれた。脚線美を見せつけるだけではなく、韓国のお家芸であるテコンドーキックも披露してくれたのはちょっと驚き。アクションができるタイプの役者だとは認識していなかったが、なかなかやりますなあ・・・

 

鷹野という男のバックグラウンドを結構ねちっこく描いてくれているので、ドラマ未鑑賞でも劇中の彼の行動原理が理解できるし、共感もできる。”失われた家族”という裏テーマが作品全体の通奏低音になっていて、鷹野が様々な登場人物たちに複雑なエディプス・コンプレックスを抱いているのが分かる。それを一つひとつ、時には乗り越え、時には囚われしていくのが作品の序盤中盤終盤で逆説的に描かれている。どこか『 ベイビー・ドライバー 』的だと感じられるのだ。続編があれば、ドラマ鑑賞の上、観てみたいと思わせてくれる出来であると感じた。

 

ネガティブ・サイド

よくよく考えれば、爆弾を胸に埋め込むことは裏切りの抑止力になっていないのではないか。定期連絡さえ怠らなければ死ぬことはないわけで、スパイの世界では当たり前のダブルエージェントがAN通信から出てきても全く不思議ではないだろう。このあたりをうまく説明できる描写が欲しかった。

 

スパイの世界で重要な産業機密を巡った話をしているわりには、盗聴などにあまりにも無頓着すぎやしないか。特に鶴見辰吾の自宅での会話など、普通はそんなところでは絶対にやらないだろう。穿ちすぎかもしれないが、「息子の情報」をエサに奥さんに盗聴させることも難しくはないだろう。AN通信という組織でありながら、通信技術に無頓着に思えるシーンが多々あるのは遺憾である。

 

ハン・ヒョジュやピョン・ヨハンら、韓国人俳優が英語や日本語を操るのは国際的なエージェント感が出ていてよい。だが、ハン・ヒョジュの日本語が少したどたどしいかな。そう感じられるのは彼女の名前がAYAKOだから。なぜ普通の韓国人風の名前にしなかったのか。または『 ザ・バッド・ガイズ 』や『 パラサイト 半地下の家族 』みたいにジェシカとかで良かったのでは?

 

字幕にも不満が残った。字幕の出来ではなく表示方法。日本語、英語、韓国語、中国語、さらにはヒンディー(?)まで入り乱れる本作だが、英語はカッコ無し、韓国語は<~~~~>、中国語は≪~~~~≫、ヒンディーは【~~~~】のように使い分けてほしかった。そうすれば、誰がどの国の人間でどういった人物相関にあるのかがもう少しわかりやすくなっただろう。

 

後はJovianが大好きな南沙良の出番が中途半端だったかな。

 

総評

邦画には珍しい壮大なスケールの物語で、日本人キャスト以外にもそれなりのビッグネームが名を連ねているのはWOWOWの力か。警察や公安、自衛隊ではなく会社員が大活躍するという点で、サラリーマンもちょっと勇気づけられる話になっている。普通のテレビ局ではなくWOWOWが絡んでいるためか、邦画的ではなくハリウッド的な作劇になっている。回想シーンと現在のシーン、そして色々な地域を行ったり来たりするところについていければ、それなりに楽しめることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

That is all there is to it.

それだけのことだ、の意味。文法的に分解して開設するのは面倒なので省略させてもらうが、用例としては

Always listen to your customer. That is all there is to it.

常に顧客に耳を傾けよ。それだけのことだ。

If you want to get promoted, get a TOEIC score of 900. That’s all there is to it. 

昇進したければTOEIC900点を取りなさい。それだけのことだ。

のように使う。ぜひ使いこなそう。 There is nothing to it!

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, アクション, ハン・ヒョジュ, 南沙良, 日本, 監督:羽住英一郎, 竹内涼真, 藤原竜也, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 太陽は動かない 』 -ドラマ未鑑賞でもOK-

『 るろうに剣心 京都大火編 』 -コスプレ大会がレベルアップ-

Posted on 2021年4月12日 by cool-jupiter

るろうに剣心 京都大火編 65点
2021年4月20日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:佐藤健 武井咲 藤原竜也
監督:大友啓史

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『 るろうに剣心 』の続編にして、志々雄編の始まり。ここからコスプレもレベルアップし、それに比例するかのようにアクションもレベルアップしていく。ただし、前作同様にストーリーを無理やり詰め込みすぎた弊害が今作でも出ている。

 

あらすじ

明治の世になって幾星霜。しかし、幕末の暗殺者・志々雄真実(藤原竜也)がよみがえり、国盗りを狙っていた。内務卿・大久保利通暗殺の報を受けた緋村剣心(佐藤健)は神谷道場を去って京都へと単身向かうが・・・

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ポジティブ・サイド

なんだかんだで主演を張った佐藤健のatheleticismは大したものだと思う。映画『 バクマン。 』でも、染谷将太を相手にイメージの世界ででかいペンを振るうアクションシーンがあったが、そこで披露したキレキレの動きは健在。節制すれば40代でもアクション俳優として活躍できそうだ。新月村の雑魚敵を大掃除するシーンは、どれだけリハーサルを重ねたのだろうか。また宗次郎との初対決でのチャンバラも、漫画にはないシーンで非常にエキサイティングだった。やはりチャンバラこそが邦画の華。その意味ではるろ剣は邦画の華の中の華と言える。

 

『 バクマン。 』で共演した神木隆之介演じる宗次郎も再現度が高い。神木も見た目とは裏腹に身体能力の高さを誇る役者で、チャンバラだけではなく大久保利通暗殺のシーンでも魅せた。漫画の縮地は実写では描けないが、それでも剣心並みの神速の持ち主であることが十分に伝わる演出だった。あどけなさの残る顔立ちでありながら、剣客として一流という正に漫画的なキャラを、神木という役者が絶妙なタイミングで演じることができたのは僥倖だろう。

 

土屋太鳳演じる巻町操は、年齢的にはちょっと合わないが、それでもアクションで魅せる。伊勢谷友介もかなり鍛えているのか、ワイヤーアクション以外では最も格闘ができていたように見えた。るろうに剣心という複雑な人間模様を備えた漫画を実写映画化するなら、ある程度はアクション一本鎗で行くと割り切ることも重要。その意味ではストーリー進行やキャラの描き方に多少の?マークがついても、とにかくアクションの迫力で押し切るという方針は正解だったと思う。

 

それでも本作のMVPは文句なしに藤原竜也であると感じた。全身から顔面まで包帯でグルグル巻きで、表情がひとつも出せないにもかかわらず、苛立ちや興奮、嘲笑などの多彩な感情を声音と仕草だけで表現しきったのはあっぱれ。試し切り以外のアクションを何もしていないのに、最も強く印象に残るキャラは間違いなく志々雄である。

 

ネガティブ・サイド

コスプレ=キャラの見た目の再現度には何の文句もないが、香川照之が観柳をover the topに演じたように、ここでもcharacter studyを誤った役者がいる。Jovianのお気に入りの滝藤賢一演じる百識の方治がそれだ。超武闘派集団の中で唯一の冷静沈着なインテリキャラのはずが、どうしてこうなった・・・ 大友監督は漫画をどこまで読み込んだのか。

 

四乃森蒼紫についても完全に伊勢谷友介の無駄使い。本来なら前作で鵜堂刃衛のポジションにいるはずだったが、剣心を追って頓珍漢な行動ばかり。左之助や翁とのバトルは見応え十分だが、ストーリーが面白くなったかというと、そうではない。1作目で刃衛と蒼紫。2作目である本作で十本刀の半分くらい、3作目で志々雄を倒すぐらいが本当は望ましかったのではないか。

 

斎藤一が1作目から登場してしまったこともキャラとストーリーの両方を描くという面では失敗だったようだ。強キャラながら肝心なところにいないという印象が勝ってしまう、また左之助が「明治政府とは性が合わねえ」と言いながら、明治政府の要請で京都に向かった剣心を追うというのも納得しがたい。漫画のように赤報隊というバックグラウンドをしっかり描いておけば、明治政府は気に食わないが大多数の農民や庶民を虐げることになる志々雄の支配は認められないという左之助の正義が伝わるのだが。

 

総評

原作漫画に忠実なキャラの行動原理やストーリー展開を期待するとがっかりする。逆に、原作の愛すべき、そして憎むべきキャラクターたちがど派手にチャンバラをやる映画だと割り切って鑑賞しなければならない。アクション自体は非常に上質なので、原作原理主義者でもない限りは、迫力の戦闘シーンの数々に満足できることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

This cuts well.

新月村の志々雄が試し切り後に言い放つ「よく切れるな」というセリフの私訳。cutというと他動詞で使われることが多いが、自動詞で使われる頻度もそれなりに高い。日本語でも「この車はあまり売れなかった」と自動詞で使うが、英語でも同じように”This car didn’t sell well.”と言う。英語の自動詞と他動詞を適切に使い分けられるようになれば、中級者の中でも上位に近づいてくる。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, アクション, 佐藤健, 日本, 武井咲, 監督:大友啓史, 藤原竜也, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 るろうに剣心 京都大火編 』 -コスプレ大会がレベルアップ-

『 砕け散るところを見せてあげる 』 -青春映画を期待するべからず-

Posted on 2021年4月11日 by cool-jupiter

砕け散るところを見せてあげる 65点
2021年4月10日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:中川大志 石井杏奈 井之脇海 清原果耶
監督:SABU

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怪作『 蟹工船 』監督のSABUが竹宮ゆゆこの同名小説を映画化。タイトルからして不穏であるが、割と血生臭い系の映画にばかり出演している石井杏奈がヒロインであることから色々とお察しされたい。

 

あらすじ

高校三年生の濱田清澄(中川大志)は、いじめの対象にされている一年生の蔵本玻璃(石井杏奈)を助ける。初めは拒絶していた玻璃だが、徐々に清澄に心を開き、二人は打ち解けていく。しかし、玻璃は「UFOを撃ち落とさなければならない」という謎の告白をして・・・

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ポジティブ・サイド

石井杏奈の代表作が生まれた。『 ホムンクルス 』のレビューでキャピキャピ映画に出るべしと提案したが、撤回したい。等身大ではなく、一筋縄ではいかない、どこかに闇を抱えた少女路線をしばらく続けるべし。久しぶりに若い女優の「演技」を観たと感じた。体育館での奇声、女子トイレでの吃音交じりのしゃべりに『 志乃ちゃんは自分の名前が言えない 』の南沙良を思い起こさせてくれる演技だった。特にトイレのシーンは圧巻。寒さからくる震えと極度の緊張感と不安感から、自然とどもってしまう感じが演技には思えなかった。そして中盤に華麗なる(外見上の)変身を果たしても、口数の多さから対人的な距離の取り方の下手さがうかがい知れる。つまり、他人との距離が極めて近いか、極めて遠いかという不器用な人間の顔が見えてくる。佳人薄命と言うが、こういう人間に救いの手を差し伸べられるかどうかでその人間の価値が上下するようにすら思えてしまう。それほど周囲から孤立し、それゆえに多くの人を遠ざけ、ほんのわずかな人間だけを引き寄せるという不思議なキャラクターに仕上がった。SABU監督の演出もあるのだろうが、石井杏奈本人のcharacter studyの努力も見逃せない。

 

それを助ける中川大志も今までのキャリアの中ではベストアクトだろう。『 坂道のアポロン 』的な役で1年のいじめっ子たちをぶっ飛ばしてほしいと一瞬だけ感じたが、すぐにそういう役ではないと分かった。どちらかというと『 覚悟はいいかそこの女子。 』に近かった。といっても、甘酸っぱい、青臭いラブストーリーではなく、かといって社会的な貧困問題などを取り上げているわけでもない。極めて個人的な背景と関係を描いた物語である。ヒーローになるという、ともすれば青臭い正義感に駆られた少年という漫画的なキャラクターをリアリティをもって描き出せていた。そう感じさせてくれたのは、いじめられている玻璃にひたすらに寄り添う姿勢からだ。確かにいじめっ子に対して先輩という立場や体格の違いにものを言わせることはたやすい。担任や学年主任にいじめを報告することもできる。しかし、清澄はそうした行動を選択しない。それは彼自身の信念から来ていることで、だからこそ少々不可解に思える行動にもある程度納得することができる。

 

青春邦画には少々珍しく、かなり直截的なメイクアップが使われている。そこは評価したい。美しく見せるだけがメイクではない。痛みを伝えることも、メイクの重要な役割であることが本作を通じてあらためて感じられた。

 

若い二人の関係性の発展にフォーカスした中盤までは必見。終盤でも、一発で撮影できなければやり直しが困難あるいは多大な時間を要するシークエンスが多数あり、それを見事に乗り切った中川と石井、そして多くのスタッフの労力に敬意を表したい。

 

愛とは何か。それは消えないもの、続いていくもの、目に見えなくても実感できるもの。そうした極限的に青臭いメッセージを最終的に送ってくる本作であるが、それを好ましく受け止められるだけの重みが本作にはあった。

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ネガティブ・サイド

冒頭の勉強部屋のシーンはもっとうまく作れたはず。それこそ窓の外から撮るとか、または母親目線で、つまり背後から撮るとか、もっと工夫のしようがあった。多分このシーンと直後の全力ダッシュシーンのつながり方で、多くの人が「ん?」となったはず。Jovian嫁はそうだった。ここは「ん?」と思わせてはいけないシーンだろう。

 

清澄と田丸の友情は非常に好ましく、微笑ましくも思えたが、終盤で田丸が清澄に「この線の向こう側に行くな!あの女ではなく俺を選べ!」といったようなセリフを吐いたのには正直ドン引きした。BL要素は不要だし、何よりも普通の男は、男の友情よりも女を選ぼうとしている男の肩を持つものだ。原作がこうなのかな?ここには多大な違和感を覚えた。

 

『 パブリック 図書館の奇跡 』でもあったミスだが、真冬の長野だという設定にもかかわらず登場人物たちの吐く息がまったく白くない。夜でさえも。また清澄と玻璃の帰り道だか車から見えるシーンだったか、思い切り稲穂が首を垂れていた。つまり、撮影時期は10月頃だろう。だったら劇中をそういう時期に設定するか、あるいは夜だけでも白い息を吐くように工夫するか、CG処理でもしてほしかった。特に真冬で凍える時期という設定に一定の意味があるのだから、後者が必要だったのではと強く思う。

 

最後に、これは映画そのものへのfeedbackでもcomplaintでもないのだが、どうしても言わせてほしい。もうトレーラーで物語を全部ばらす愚行からはそろそろ卒業してはどうだろうか。これは邦画だけではなくハリウッドにも当てはまるが、インド映画や韓国映画のトレーラーはもっと巧みに作られている。本作もまったく悪いストーリーではないが、トレーラーがほとんど全部のストーリーを語ってしまっている。本編鑑賞後に観て「ああ、なるほど」と思える構成ではなく、観る前にストーリーの推測ができて、観た後に「トレーラーのまんまやんけ・・・」と頭を抱えてしまう。もう、そういうトレーラー作りや公式サイト作りはやめよう、本当に。

 

総評

冒頭の北村匠海→中川大志のチェンジに違和感を抱いてはならない。それが第一の関門(いや、原作小説ではどうだかわからないが、これは10人中8人ぐらいが素直に飲み込めるはず)。終盤でガラリとトーンが変わるが、それを受け入れられるかどうかが二つ目の関門。そこさえクリアできれば、非常に小さな、それでいて大きなスケールの感動を味わうことができるに違いない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

UFO

ユーフォーではなく、ユー・エフ・オーと読む。unidentified flying objectの頭文字を取ったもの。意味は未確認飛行物体=正体が確認されていない飛んでいる物体、である。Jovianが分詞の形容詞的用法を説明する際に必ず使う語である。過去分詞でも現在分詞でも、それを形容詞的にサッと名詞にくっつけて発話できるようになれば、英語の中級者であると言える。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, 中川大志, 井之脇海, 日本, 清原果耶, 監督:SABU, 石井杏奈, 配給会社:イオンエンターテイメント, 青春Leave a Comment on 『 砕け散るところを見せてあげる 』 -青春映画を期待するべからず-

『 るろうに剣心 』 -コスプレ映画以上、傑作映画未満-

Posted on 2021年4月9日 by cool-jupiter

るろうに剣心 60点
2021年4月4日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:佐藤健 武井咲 香川照之
監督:大友啓史

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漫画『 るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 』をジャンプ連載時にリアルタイムで読んでいた世代としては、本作が映画化された時は素直に嬉しかった。ただし初めて劇場鑑賞した時、そして今回のリバイバル上映を観ても、感想は同じ。ストーリーをもっと練ることができたはずだ。

あらすじ

明治維新から10年。東京では神谷活心流を名乗る懸隔による謎の惨殺事件が頻発していた。流浪の剣客である緋村剣心(佐藤健)は、神谷活心流の薫(武井咲)と出会い、道場に逗留することになる。一方で、実業家の武田観柳(香川照之)は阿片の密売を進めようと画策していて・・・

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ポジティブ・サイド

佐藤健が緋村剣心にそっくりである。もちろん役者の容姿だけではなく、そこにはヘアスタイリストやメイクアップアーティスト、衣装の力があることを忘れてはならない。それでも、佐藤の演技に漫画の剣心をストレートにイメージできた人は多いのではないだろうか。剣心のユニフォームと言うべき、朱色の着物を身に着けるようになるエピソードもなかなかである。『 続・夕陽のガンマン 』でブロンディが最終盤近くでポンチョを身にまとうシーンを思い起こした。もちろんアクションでも魅せる。剣心というキャラクターの魅力は、華奢で天然の入った優男が実は凄腕の剣客であるというギャップ。実際に刀を振るってのアクションは迫力満点。キャラの外見は漫画的だが、チャンバラやその他のバトルシーンは映画的だ。ワイヤーアクションをふんだんに使ってのソード・アクションは必見。観柳邸の庭で大人数の浪人相手の立ち回りでは、カメラワークの巧みさもあり、漫画的なショットの連続で神速の体術と刀裁きが光っていた。飛天御剣流のお約束的なポーズもしっかり再現されていて、ファンサービスも抜かりなし。

剣心以外でキャラの再現度が高いと感じられたのは相楽左之助。演じた青木崇高に拍手。原作ではどこかクリーンなイメージの外見だが、映画では粗野で不潔で喧嘩っ早いという属性そのままの容姿。さらに斬馬刀を振り回すという迫力あるアクションに、本物の元格闘家を相手にして徒手空拳で挑むバトルも、漫画的でどこか笑える雰囲気でありながら、痛みを感じさせるリアルなシーンに仕上がっていた。特に観柳邸の台所でのバトルは、すぐそこにあるもので相手を殴りまくっており「これは痛い」と実感できた。

鵜堂刃衛役の吉川晃司もコスプレはもちろん、アクションを相当に頑張っている。警察署への討ち入りから剣心との決闘まで、チャンバラ活劇の迫力では佐藤健に一歩も引けを取っていなかった。背車刀の実演も見事。連載時に「うおっ、なんかすげえ!」と感じた中学生の頃をおっさんになった今でも思い出せた。本職は俳優ではなかったはずだが、この多芸多才ぶりは賞賛に値する。物語序盤の敵であるため目立たないが、スーパー実力者である鵜堂刃衛をコスプレ以上の意味で体現した、本作の影の立役者である。

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ネガティブ・サイド

るろ剣という壮大な物語の導入とキャラ立てとストーリー展開を同時並行でやろうとして、見事に失敗している。るろ剣ほどのヒット漫画の映画化なのだから、第一作目ではキャラをじっくり作りこみ、キャラ同士の関係の発展に焦点を当てるか、あるいは観る側がキャラ設定をすでに十分に承知したうえで鑑賞するものと想定して、一気に物語を動かすか。そのどちらかすべきだった。

本作の弱点は明らかで、キャラの立て方が中途半端になってしまっている。相良左之助と剣心の出会いが留置所というのはいかがなものか。いや、左之助と剣心の出会いの物語を原作漫画通りやっていたら、それだけで40~50分はかかる。それは理解できる。だが、なぜ警察絡みにしてしまうのかが解せない。原作のこの段階では出てこず、かつ左之助とはまったく馬が合わない斎藤一を、プロローグ段階でバンバン出してしまっていることで、キャラの人間関係や背後関係が妙なことになっているように見える。左之助を捕縛できる警察など斎藤以外にいないが、それでは話のつじつまが色々と合わない。

その一方で観柳はコスプレではなく、香川照之の独演会、ワンマンショーになっている。他のキャラは漫画のコスプレをしているのに、一人だけオリジナルキャラクターになってしまっている。もちろん観柳は観柳なのだが、なにもかもが over the top で、インテリヤクザではなくただのヤクザになっているのだ。

斎藤一のキャラもぶれている。というよりも、斎藤の代名詞である「悪・即・斬」が一度も聞かれないので、斎藤がただの腕の立つ警察官になり下がってしまった。なぜ幕府側だった斎藤が明治政府の要人の下でその腕を振るっているのか、それは原作で執拗なほどに描写された、斎藤自身の正義感=悪・即・斬という哲学・信念に常に忠実であり続けているからに他ならない。だが、そういったキャラ立てに最も必要とされる部分がすっぽりと抜け落ちてしまっているせいで、斎藤が単なる体制側の人間に見えてしまう。

最も許せないと感じたのは弥彦の扱いだ。それまで単なるにぎやかし要員だった弥彦が、観柳邸に向かう剣心と左之助から薫と道場の警護を託されるシーンは名場面だったし、漫画『 ベルセルク 』でガッツがイシドロに殿を任せる場面は、るろ剣のここからインスパイアされたものだと勝手に解釈している。そんな弥彦が、警察、それも斎藤一のところに駆け込むか?斎藤の口から語られるべきだったのは「お前らのところのちびが来た」ではなく、「神谷道場が襲撃されたと近隣住民から通報があった。急行してみたら、子どもが奮戦むなしくやられていたが、最後まで立派だった」みたいなことでなければならなかった、絶対に!るろ剣というのは主人公が最初から超絶強いわけで、読者は「かっこいい!」とは思えても、自己同一視はできないタイプのキャラである。そういう意味で弥彦というキャラは同時期の漫画『 ダイの大冒険  』で言うところのポップのような、成長型の人間、つまり普通の読者が自己を重ね合わせやすいキャラだった。そこを読み誤った、あるいは脚本に盛り込めなかった大友啓史には猛省を促したい。

総評

コスプレ映画以上の出来であることは間違いない。しかし、脚本があまりにも粗い。ストーリーを詰め込み過ぎている。また重要キャラクターの描写にも原作軽視あるいは無視の傾向が見て取れるのが残念である。逆に言えば、単純にアクションを楽しむ分には何の問題もない。チャンバラに関して言えば、韓国英語がにもハリウッド映画にも負けていない(というか、絶対に負けてはいけないのだが)。るろ剣の実写映画の最終章の公開前に復習鑑賞するという意味では、ファンならばチケットを買うべきだろう。

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

no-kill

殺さず、の意味の形容詞。英語でも no-kill trap や no-kill animal shelter などの言葉は、あちらのドキュメンタリーなどを観ていると聞こえてくる。不殺の誓いは、no-kill oathとなるだろうか。初期以外のバットマンは犯罪者を殺さないというポリシーを持っているが、それも時々 no-kill oath と言われている。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, アクション, 佐藤健, 日本, 武井咲, 監督:大友啓史, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画, 香川照之Leave a Comment on 『 るろうに剣心 』 -コスプレ映画以上、傑作映画未満-

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