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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: コメディ

『 ショーン・オブ・ザ・デッド 』 -スタイリッシュ・ゾンビ映画の快作-

Posted on 2019年4月10日2020年2月2日 by cool-jupiter

ショーン・オブ・ザ・デッド 75点
2019年4月7日 東宝シネマズ梅田にて鑑賞
出演:サイモン・ペッグ ニック・フロスト
監督:エドガー・ライト

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ジョージ・A・ロメロの死の翌年に『 カメラを止めるな! 』という傑作が世に送り出された。しかし、それを遡ること十数年、イングランドでもスタイリッシュなゾンビ映画が生み出されていた。『 バジュランギおじさんと、小さな迷子 』は現地での製作と発表から四年後に日本で劇場公開されたが、本作のタイムラグはなんと15年である。DVD鑑賞済みとはいえ、これは劇場にまで行かねばならない。

あらすじ

ショーン(サイモン・ペッグ)はうだつのあがらない家電のセールスマン。同居人のエド(ニック・フロスト)は無職のろくでなし。いつも同じ酒場で飲むだけの日々に、ショーンの恋人のリズはついに愛想を尽かしてしまう。一念発起して変わろうと奮起するショーンだが、折しもロンドンの街は謎の原因でゾンビが溢れかえることに。ショーンは愛しのリズを救い出すことができるのか・・・

ポジティブ・サイド

冒頭でサイモン・ペッグが自宅から近所の店まで買い物に行くシーンは、まるで『 ベイビー・ドライバー 』のアンセル・エルゴートの Coffee Run の原型である。計算されたワンカット(実際は編集されているだろうが)で、街の異常さとそれに気づかないショーンの対比が、否が応にも観る側の緊張を煽る。また、本作はビジュアル・ストーリーテリングの面でも魅せる。個々の事物への瞬間的ズームアップの連続で、どのキャラクターが何をしたのかを観る者に瞬時に伝えきってしまうのである。この手法は見事である。唸らされてしまった。栴檀は双葉より芳し。

『 ベイビー・ドライバー 』で Hocus Pocus のリズムとテンポに合わせた銃撃シーンの原型となったであろう、Queenに”Don’t Stop Me Now”に合わせてゾンビをしこたまボコっていくシーンはとにかくシュールで笑える。『 ボヘミアン・ラプソディ 』の大ヒットも、本作の劇場公開を後押ししたのかもしれない。

本作を評価するにあたって何よりも優先せねばならないのは、サイモン・ペッグとニック・フロストのケミストリーである。はっきり言って、エドはクソ野郎以外の何者でもないのだが、だからこそショーンは彼の親友であり続けられる。“Never let your friends feel lonely. Disturb them all the time.”というやつである。兵庫県加古川市の【 結婚物語のブログ 】で喝破されているように、野郎同士は基本的にいつも同じ店で飯を食い、同じ店で酒を飲む生き物なのだ。もしくは「白木屋コピペ」を思い出してもらっても良い。ショーンとエドの関係の本質がそこにあり、だからこそショーンとリズの関係の脆さや危うさ、さらには得難さまでもが際立つ。マーティン・スコセッシの『 タクシードライバー 』のトラヴィスのように、女心が全くわかっていないショーンとその親友のエドに、何故か我々アホな男たちは自己同一化をしてしまう。このあたりのキャラの造形と描写は見事である。

一部にグロいシーンもあるが、本作は紛れもないゾンビ映画でありながらもユーモラスなコメディ映画でもある。その絶妙なさじ加減とテンポの良さに、エドガー・ライト監督のセンスの良さとインスピレーションの豊富さを垣間見ることができる。

ネガティブ・サイド

ショーンとエドとリズ以外のキャラクターが動き出すまでに少し時間がかかる。ゾンビという理不尽な存在は、人間性への究極の挑戦であろう。何しろ死なないのだから。愛する者との死別が、新たな恐怖と惨劇の始まりになることにどのように立ち向かうのか。そうした悲劇的展開の描写が弱い。というか、あれもこれもと盛り込み過ぎた感がある。特にショーンの家族を巡る悲劇と喜劇は、エンディングとは調和しなかった。少なくともJovianの目にはそう映った。だからこそショーンはどうしようもない愛すべきボンクラだと言えるのだが。

もう一つ、やや不満に感じたのが、「レコードを投げるのか?」ということ。このあたりのギャグは波長が合うかどうかだが、貴重なLPレコードを ninja star か何かのように放り投げていくシークエンスは、ドン引きした。

総評

映画(に限らず小説なども)は波長が合うかどうかが大きい。特にエドガー・ライト監督の作品全般に言えることだが、波長が合う部分を大いに楽しみ、合わない部分については片目をつぶるぐらいの気持ちが必要かもしれない。Jovianは『 ベイビー・ドライバー 』には90~95点ぐらいをつけたい。それぐらい好きな作品である。おそらく本作も、一部の人にはカルト的な人気を博し、そうではない人には変な作品、または普通に笑える作品として親しまれるだろう。つまり、ゾンビが苦手という人以外なら、万人に勧められる作品である。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2000年代, B Rank, イギリス, コメディ, サイモン・ペッグ, フランス, 監督:エドガー・ライト, 配給会社:カルチャヴィルLeave a Comment on 『 ショーン・オブ・ザ・デッド 』 -スタイリッシュ・ゾンビ映画の快作-

『 ブラック・クランズマン 』 -事実は小説よりも奇なり-

Posted on 2019年4月3日2020年2月2日 by cool-jupiter

ブラック・クランズマン 70点
2019年3月31日 東宝シネマズ梅田にて鑑賞
出演:ジョン・デビッド・ワシントン アダム・ドライバー
監督:スパイク・リー

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原題はBlacKkKlansman、黒人のKKKメンバー男性の意である。冒頭からいきなり『 風と共に去りぬ 』のワンシーンが流される。あのスパイク・リーがスカーレット・オハラを好意的に見ているとは思えないので、これには何らかの意図があるのは間違いない。このシーンをEstablishing Shotとして見るならば、プロットは白人優越世界の終焉を予感させるものであろう。だが、スパイク・リーはそんな単純な人物では全くなかった。

あらすじ

時は1970年代。ベトナム戦争への厭戦気分が反戦運動に変わりつつあるアメリカ。コロラド州コロラドスプリングスで初めて黒人警官として採用されたロン・ストールワース(ジョン・デビッド・ワシントン)は、ある時、勢い余ってKKKに突撃電話。トントン拍子に話は進み、KKKメンバーと会うことに。しかし、彼は黒人。そこで同僚のフリップ・ジマーマン(アダム・ドライバー)が対面に赴くことに。電話でロン、対面はフリップという、前代未聞の二人一役潜入捜査が始まり・・・

ポジティブ・サイド

『 ゲット・アウト 』監督のジョーダン・ピールが製作として参加していることで、ユーモアとサスペンスがハイレベルで融合した佳作に仕上がっている。主演を努めたジョン・デビッド・ワシントンがとにかく面白い。笑える。黒人差別丸出しの同僚警察官に対する怒りのシャドーボクシングというかシャドー空手がとにかくコミカルだ。なるほど、これはシリアス一辺倒の映画ではありませんよ、とスパイク・リーは冒頭のワンシーンとの対比で観客に告げているわけだ。実際にジョン・デビッド・ワシントンの電話シーンはハチャメチャな面白さである。何しろ、ノリと勢いだけで黒人警官がKKKに電話をして、見ているこちらの心臓が鷲掴みにされるぐらいドキッとする差別的言辞を弄して、相手の懐に飛び込むのである。差別を笑いに転化するのは不謹慎かもしれない。しかし、『 翔んで埼玉 』でも明らかになったように、差別とは本人のものではない属性を本人の意に反して押し付けるものである、今作では被差別対象である黒人自身が黒人をクソミソにけなしまくるのがとにかくとにかく痛快なのである。

だが、本作は決してコメディ一辺倒なのではない。差別の醜悪さを描き出す実話を基にしたサスペンス映画であり、警察バディムービーであり、ヒューマンドラマでもある。むしろヒューマンドラマでしかない、とさえ言えるかもしれない。黒人のロン、ユダヤ系のフリップの二人は共にKKKからすれば排除、攻撃の対象である。敵の敵は味方などという単純な人間関係はそこにはない。ロンとフリップの間に思わぬ形で友情が花開いたりすることはなく、二人はどこまでも警察官という一点でつながる。おそらく人間同士が関係を築くのは、それだけで充分なのではないだろうか。互いが互いの仕事をリスペクトする。それだけで争いや諍いは相当に減らせるはずなのだ。

ともするとコメディになりがちなジョン・デビッド・ワシントンとはある意味で大局的なアダム・ドライバーは、警察であることやユダヤ系であることが露見しそうになるたびに、汚い差別意識丸出しの言辞を弄して、状況をサバイブしていく。とある絶体絶命に思えたシーンを切り抜けるため、彼がロンに向かって実弾を発砲するのだが、その時の口調と表情!鬼気迫る演技と言おうか、イラクにも実際に赴いた軍人上がりにこそ出せる味があった。善のルーツを持つ悪のプリンス、カイロ・レンを演じるにふさわしい役者であることをあらためて満天下に示したと言えるだろう。

本作は、最後の最後に衝撃的な絵を持ってくる。これを蛇足と見るか、これこそがスパイク・リーの本当に見せたいものなのだと見るかで、本作の評価はガラリと変わる。Jovianはこれこそがスパイク・リーの問題意識なのであると受け取った。ストーリー自体は、ゴキゲンな黒人警官がアホな差別主義者の白人の横っ面を見事に張り倒すというものなのだが、スパイク・リーの意図するものは、『 評決のとき 』におけるマシュー・マコノヒーの弁論と同質のものであろう。非常に痛切に考えさせられる映画である。

ネガティブ・サイド

Based on a true storyやInspired by a true event系の映画は近年、大量生産されてきた。粗製乱造とまでは言わないが、さすがにそろそろ食傷気味である。この手の差別の恐ろしさ、その知性と思考能力の欠落具合は『 私はあなたのニグロではない 』、『 デトロイト 』、『 ジャンゴ 繋がれざる者 』、『 ビールストリートの恋人たち 』、『 グリーンブック 』などでもう十二分に描かれてきた。KKKを告発したいのではなく、人々が心の中に頑強に持つ固定観念、硬直した思考を討ちたいのだろう。スパイク・リーほどの映画人であれば、自分でオリジナルの物語を紡げるはずだし、紡ぎ出さなければならない。

総評

ポール・ウォルター・ハウザー演じるKKKメンバーは『 アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル 』でも陰謀論全開にして、思考能力ゼロ、コミュニケーション能力ゼロ、批判精神ゼロという頭の悪すぎる男を演じていたが、これを他山の石とせねばならない。宗教団体を支持母体とする政党や、カルト的な思想信条を隠そうともしない団体からの指示を受ける与党、そして不健全な思考の右翼化を見せる高齢世代。そうした者たちの背後に透けて見えるのは、全て同質のものなのだ。それはちくま新書『 私塾のすすめ: ここから創造が生まれる 』で梅田望夫と齋藤孝が共通して闘う敵と同じものである。ゆめゆめ他国の過去の出来事と思うことなかれ。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, アダム・ドライバー, アメリカ, コメディ, ジョン・デビッド・ワシントン, ヒューマンドラマ, 監督:スパイク・リー, 配給会社:パルコLeave a Comment on 『 ブラック・クランズマン 』 -事実は小説よりも奇なり-

『 ディック&ジェーン 復讐は最高! 』 -アメリカ版鼠小僧物語-

Posted on 2019年3月24日2020年1月9日 by cool-jupiter

ディック&ジェーン 復讐は最高! 60点
2019年3月20日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ジム・キャリー ティア・レオーニ
監督:ディーン・パリソット

f:id:Jovian-Cinephile1002:20190324013309j:plain

 嫁さんが近所のTSUTAYAで借りてきたのを一緒に鑑賞。これを見れば、今後はジム・キャリーの前歯を見るたびに、鼠小僧を連想するようになること間違いなし。原題は“Fun with Dick and Jane”で、1970年代に製作、公開された映画の現代版リメイクである。

あらすじ

IT企業に勤務するディック(ジム・キャリー)は、広報本部長への昇進を告げられる。妻のジェーン(ティア・レオーニ)も大喜びして仕事を辞めた。喜び勇んだ二人は新しい芝生を入れ、庭にプールを作り始めたが、実はディックの会社は粉飾決算で実態は経営破綻状態。社長だけは自社株を売り抜けていた。再就職活動がうまくいかないディックとジェーンは、ついに泥棒をすることになるが・・・

ポジティブ・サイド

ジム・キャリーと言えば、人間離れした怪演で知られる。それは『 グリンチ 』のレビューでも述べた。しかし、人間離れしない程度に面白い演技もできる俳優であることを本作は教えてくれる。意外にサラリーマン役がハマる。たとえばジョージ・クルーニーやケビン・コスナー、ハリソン・フォード、ブルース・ウィリスらは普通の一般人役は馴染まない。そう考えれば、ジム・キャリーの芸域の広さが見えてくる。

ティア・レオーニも良い味を出している。『 ディープインパクト 』のリポーター役で世に出たが、大統領役のモーガン・フリーマンに“I want …”と言って“Want?”と逆に凄まれてしまった小娘が、妻になり、子も持った、大人の女性を過不足なく演じている。

単なるコメディで終わることなく、『 オーシャンズ11 』や『ジーサンズ はじめての強盗 』的な手に汗握る泥棒シーンもあり、『 ショーシャンクの空に 』のような勧善懲悪物語的な一面もあり、『エリン・ブロコビッチ 』的なフィニッシュを飾る。普通に良い話である。

ネガティブ・サイド

余りにもトントン拍子に泥棒稼業が成功していくのはどうだろうか。コメディ映画に突っ込んでも詮無いことだが、そこがどうしても気になってしまった。特に子どもがいる設定は大胆に改変しても良かったのでは?

後は笑いたくても笑えないパートがいくつかある。ディックが移民局に取り締まられるパートも、誰がディックの財布を拾ったのかを明らかにしないのなら、不要だろう。単にディックがボコられて、顔が変形して、喋りも変になりました、というだけでは笑えないし、そんな方法を取らなくても、ディックの落ち目っぷりは描写できるはずだ。またジェーンも化粧品モニターで顔面に発疹ができてしまう展開もいらない。ヨガのインストラクターを辞めてしまったことで、脂肪をたくわえてしまった、という方がまだ説得力がある。ティア・レオーニは体作りに苦労するだろうが。

本作の弱点は、ジム・キャリーがあまりジム・キャリーっぽくないところである。水鉄砲を取り出そうとして取り出せないのは、面白いことは面白いが、我々がジム・キャリーに求めるのは、気持ち悪い面白さなのである。単純にコメディをやっているから面白いというのなら、ジム・キャリーである必要はどこにも無いのである。

総評

まさに手持ち無沙汰の雨の日DVDである。そうそう、TVドラマの『リゾーリ & アイルズ 』好きなら、本作には笑ってしまうかもしれない。アンジー・ハーモンがレオーニに向かって“Hey, Jane!”と呼びかけるシーンがあるのである。ジェーンはあなたでしょ!と突っ込んでしまうこと請け合いである。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2000年代, C Rank, アメリカ, コメディ, ジム・キャリー, 監督:ディーン・パリソット, 配給会社:ソニー・ピクチャーズLeave a Comment on 『 ディック&ジェーン 復讐は最高! 』 -アメリカ版鼠小僧物語-

『 翔んで埼玉 』 -私的2019年度日本アカデミー賞作品賞決定!-

Posted on 2019年3月11日2020年1月10日 by cool-jupiter

翔んで埼玉 80点
2019年3月9日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:GACKT 二階堂ふみ
監督:武内英樹

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漫画『 パタリロ! 』の魔夜峰央が原作で、漫画『 テルマエ・ロマエ 』の映画化を成功させた武内英樹が、これまた見事な映画を世に送り出してきた。私的2019年度日本アカデミー賞作品賞受賞作は、これでほぼ決まりである。面白さだけではなく、映画的な技法の面でも非常にハイレベルなものがある。それほどの会心の傑作である。

あらすじ

かつての武蔵国から東京と神奈川が独立、その余り物で構成された埼玉県人は、通行手形なしには東京に入ることもできないという迫害を受けていた。そんな時に、東京都知事の息子の壇ノ浦百美(二階堂ふみ)の属する高校に、アメリカから謎の転校生、麻実麗(GACKT)が転校してくる。始めは反目しあうものの、麗の都会指数の高さに徐々に魅せられた百美は、麗との距離を縮める。しかし、麗が卑しい埼玉の出であることを知った百美は東京と埼玉の間で引き裂かれるような思いに・・・

ポジティブ・サイド

『 テルマエ・ロマエ 』にも共通することだが、ギャグ漫画を映画化しようとするならば、製作者は至って真面目にならなければならない。阿部寛演じるルシウスが現代日本の温泉テクノロジーやデザインに度肝を抜かれる様が面白いのは、その姿に我々がギャップを感じるからだ。ギャップとは認識のズレのことで、このズレ具合が笑いを呼び起こす力になる。駄洒落が好例だろう。

「隣の家に囲いができるんだってねえ」

「へえ、かっこいい!」

というのは、へえ=塀、かっこいい=囲い、という駄洒落になっている。同じものでありながら、それを捉える時の認識の違いが面白さの源泉である(上の例が面白いかどうかはさておき)。本作の面白さは、第一に役者陣の大真面目な演技(≠素晴らしい演技)から生まれている。真面目にアホなことを語り、真面目にアホな行動を取る。特に百美が麗に完敗を喫する某テストは、その好個の一例である。学校という舞台で序列が決まるのは、往々にしてこのような出来事なのだが、本作はそれをギャグという形であまりにも端的に描いてしまった。この学校という舞台装置が曲者で、ここの生徒たちは誰もかれもが劇団四季のオーディションもかくや、と思わせるほどに大仰な演技および発声をする。詳しくは後述するが、それは東京都、特に山手線内部に象徴される、いわゆる「東京」という空間の虚飾性および虚構性とパラレリズムを為している。東京の富、およびそれを生み出す生産力、労働力は一体どこから供給されているのか。それは埼玉であり、千葉である。東京という中心の繁栄は、周辺の協力なしには絶対に実現しないのである。百美が父から離反し、麗のもとに走ることを決断したのは、この「経済学的に不都合な真実」を知ったからである。

埼玉や千葉の人間が東京に対して潜在的にどのように感じているかについては『 ここは退屈迎えに来て 』のレビューで指摘したことがある。本作の面白さの第二は、まさにこのような彼ら彼女らの意識が、極端なまでに肥大化された形で表現されているところだろう。本作に描かれる埼玉は、一漫画家の想像や妄想の産物ではない。彼が観察した埼玉県人に共通する、普遍的な埼玉県人性とでも呼ぶべき性質を、とことんリアルにパロディ化したものなのである。だからこそ本作は埼玉県で驚異的なヒットになっているのであろう。これは差別の逆構造である。『 グリーンブック 』のレビューで「差別とは、その人の属性ではないものを押しつけること」と定義付けさせてもらったが、この映画は埼玉についてのネタ的なあれやこれやを執拗に描写する。これはレッテル貼りではない。逆に、自己の再発見、再認識になっている。劇中での埼玉ディスのピークは、「ダサいたま、臭いたま・・・」とエンドレスで続く駄洒落であろう。驚くべきことに、これが Motivational Speech として抜群の効果を持つのである。なぜなら、外部からそのような属性を押しつけられれば、それはすなわち差別であるが、こうした属性を自分で自分に付与していく、そして自分にそのような属性が備わっていると知ったことで、それを乗り越えようとする意志が観る者の胸を打つ。これはJovianがヒョーゴスラビア連邦共和国の住人だからなのだろうか。

本作の面白さの第三は、語りの構造のギャップにある。百美と麗の物語は、都市伝説という形でラジオ放送されている。それが、劇中のキャラクター達とそれを車中で聞くとある家族という、もう一つのパラレリズムを形成している。我々は百美と麗の物語にいちいち反応するキャラクター達を見て、無邪気に笑う。しかし、映画は最終盤で一挙に我々の生きる現実世界を飲み込んでしまう。この物語の構造と展開には唸らされた。映画を観ている我々は、実はもっと高次の存在に見られていたのか。まるで『フェッセンデンの宇宙 』のようだ。散々笑った後に、思い返してちょっぴり怖くなる。それが現実を鋭く抉る批評的映画としての本作の素晴らしさである。

エンドクレジットでも絶対に席を立ってはならない。はなわの歌に耳を傾けながら、この作品を世に送り出したスタッフの一人ひとりに感謝の念を捧げ、精一杯の敬意を表そうではないか。

ネガティブ・サイド

東京都庁の攻囲戦がやや間延びしていた。また、このパートのみアクションが真面目で、もっと振り切ったバトルシーンを観てみたかった。また、埼玉vs千葉の、それぞれ輩出した有名人合戦は、もう何名か繰り出せたはずだ。編集で泣く泣くカットしたのだろうか。

もう一つだけ気になったのは、Jovian本人は本作を観ながら、そこかしこで笑いをこらえるのに必死になったが、生粋の大阪人である嫁さんは「さっぱり意味が分からない」という態であったことだ。これはJovianが東京都在住10年半の経験を持っていて、嫁さんは生まれも育ちも全部大阪だからという背景の違いのせいでもあるだろう。しかし、それ以上に大阪という、東京には遥かに及ばないものの、それでも強力な重力を有する土地に生まれ育った者には、マージナルマンのパトスは理解できないという民俗学的、文化人類学的な理由もあるだろう。ぶっちゃけて言えば、生まれも育ちも東京(≠東京都)です、というハイソな人、あるいは児童相談所の建設に頑なに反対する、一部の南青山の住人などには、刺さるものが無いのではないか。充分に現実を批評する力を持った作品だが、もっと東京を刺すような演出があれば85点~90点もありえたかもしれない。それだけがまことに悔やまれる。惜しい。

総評

2019年もわずか3カ月しか経過していないが、本作は年間最高傑作候補間違いなしである。エンターテイメント性とメッセージ性を併せ持つ、近年の邦画では稀有な作品に仕上がっている。カジュアルな映画ファンから、ディープな映画ファンまで、幅広い層を満足させうる傑作である。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, A Rank, GACKT, コメディ, 二階堂ふみ, 日本, 監督:武内英樹, 配給会社:東映Leave a Comment on 『 翔んで埼玉 』 -私的2019年度日本アカデミー賞作品賞決定!-

『 グリンチ(2018) 』 -深みと奥行きを欠いた絵本の忠実なアニメ化-

Posted on 2018年12月29日2019年12月7日 by cool-jupiter

グリンチ 30点
2018年12月23日 東宝シネマズ梅田にて鑑賞
出演:ベネディクト・カンバーバッチ
監督:スコット・モシャー ヤーロウ・チェイニー

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Dr. Seussの絵本“How The Grinch Stole Christmas!”を原作とするアニメ映画で、ジム・キャリー主演で実写映画化された『 グリンチ(2000) 』をIllumination Entertainmentがアニメ化したものである。同僚のイングランド人1人とアメリカ人2人に尋ねたところ、Dr. Seussは作家としてかなり有名人で、グリンチというキャラクターも、バットマンやスーパーマン並みに知名度があるという。そのグリンチというキャラクターの魅力を本作は十二分に引き出せたか?様々な見方があろうが、個人的には否定的である。

 

あらすじ

フー達の村、フーヴィルではもうすぐクリスマス。人々の心は浮き立ち始める。しかし、村はずれの山の頂近くには、グリンチが住んでいた。彼はクリスマスが心底嫌いだった。一方で、フーの少女シンディ・ルーはクリスマスを前にある計画を胸に秘めていた・・・

 

ポジティブ・サイド

 

この美麗なCGはどうだ。さすがにUniversal Studios系列の会社だけあって、日本のアニメ映画スタジオとは基礎体力=予算が違う。これだけのCGを作成するだけの予算の、おそらく十分の一でもあれば、『 GODZILLA 星を喰う者 』のギドラもよりアクティブに動かせたであろうし、モスラも影だけでの登場ということにならなかったはずだ。先立つ物はカネである。そしてカネがあれば美麗な映像を作ることができる。個人的にはジブリのような手描きのアニメーションの方が味わい深いと感じられるが、こと美麗であること、eye-catchingであることにおいてはビッグ・バジェットの映画にはかなわない。

 

ダニー・エルフマンの音楽も素晴らしい。この人は『 ダーク・シャドウ 』や『 フランケンウィニー 』など、ちょっとおかしいキャラや独特すぎる世界観を表現させればピカイチである。劇中の“YOU’RE A MEAN ONE, MR. GRINCH”とエンドロールの“I am the Grinch”は特に強く印象に残る。グリンチのテーマソングとして両曲とも及第点以上の出来である。

 

そして愛犬マックスの活躍。ペットモデルというのは確かに産業としてもビジネスとしても成立しているが、動物を思うがままに動かすのは実写では難しい。しかしアニメならば容易い。そのことを製作者は十分に理解しているため、本作のマックスの存在感の大きさ、その活躍は実写版を大きく上回る。というか、このマックスは一家に一頭欲しい。

 

残念ながら、賞賛に値するのはここまでであった。

 

ネガティブ・サイド 

まず、シンディ・ルーのキャラクターが極端に変わり過ぎている。もちろん、児童文学も一定の普遍性を有しているし、逆に時代の要請に応えて柔軟に読み変えていくという仕事も必要である。しかし、無邪気な幼児または赤ん坊であるはずのシンディ・ルーが、腹に一物抱えたようなガキンチョになって、子どもたちを相手に一人前の友情論をぶつような頭でっかちに描かれているのは何故なのだろうか。はっきり言って、このシンディ・ルーは可愛くない。実写版では、フーヴィルの法典を盾にあれやこれやの理屈をつける町長を、無邪気で素直な質問を投げかけることで著しく狼狽させたシンディ・ルーであったからこそ、村人たちもグリンチを排除することはおかしいという空気に(あまりにも無邪気に)染まれたのである。そうした描写がないことが、本作のグリンチとフーヴィルの関係を非常にあやふやにし、それゆえにグリンチがクリスマスを憎み、それを盗んでやろうと思い立つところに一切共感できないのである。

 

可愛くないのはシンディ・ルーだけではない。グリンチも同様である。原作の絵本にはなく、ジム・キャリー版の実写映画が補足したグリンチの幼少時代の描写を一切省いてしまったのは何故なのだ。予告編や販促物では、ちびグリンチを散々露出させ、「この後、どんどんひねくれる」と煽っておきながら、そのちびグリンチの描写がないとはこれ如何に。実写版が生々しくも描き出した、幼少グリンチのトラウマは、観る者にグリンチの孤独とねじくれてしまった精神構造を納得させるに足るものであった。それがあるが故にグリンチの精神に、文字通りに大きな変化が起こるということが逆説的にではあるが、分かり易く受け入れることができるのだ。原作絵本ではグリンチは困惑すること3時間、ようやくクリスマスはリボンや包みや箱と一緒にやって来るものではないと気付くのだが、本作のグリンチは回心が早すぎる。これではグリンチの物語ではなく、シンディ・ルーの物語ではないか。時代に合わせて柔軟に解釈を変えていくことは文学上の重要な仕事として見なされうるが、英語圏では super famous なグリンチというキャラクターに関して、これではリスペクトが無さ過ぎる。

 

総評

これは古典的名作のアニメ化ではない。昨今のクリエイターが、無難に生み出したお涙ちょうだい物語の文法をなぞっただけの底浅い作品である。小学校高学年ぐらいまでならそれなりに楽しめるのかもしれないが、それ以上の年齢層には実写版を見せてあげるべし。高校生以上で、英語力には少し自信があるという人は、ここにオリジナル絵本のPDFがあるので、是非そちらも参照してみよう。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, E Rank, アニメ, アメリカ, コメディ, ベネディクト・カンバーバッチ, 監督:スコット・モシャー, 監督:ヤーロウ・チェイニー, 配給会社:東宝東和Leave a Comment on 『 グリンチ(2018) 』 -深みと奥行きを欠いた絵本の忠実なアニメ化-

『 オフロでGO!!!!! タイムマシンはジェット式 』 -アメリカ版『 テルマエ・ロマエ 』・・・ではない-

Posted on 2018年12月20日2019年12月6日 by cool-jupiter

オフロでGO!!!!! タイムマシンはジェット式 50点
2018年12月12日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ジョン・キューザック クラーク・デューク クレイグ・ロビンソン ロブ・コードリー
監督:スティーブ・ピンク

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原題は“Hot Tub Time Machine”、邦題はおふざけが過ぎるかもしれないが、内容を考えれば、これぐらいぶっ飛んだタイトルの方が逆に的確かもしれない。主役はジョン・キューザックだったはずだが、あるところからロブ・コードリーが文字通りの意味でsteal the showを行う。『 ジュラシック・パーク 』ではサポーティング・アクターだったはずのジェフ・ゴールドブラムが、『 ロスト・ワールド ジュラシック・パーク 』では主役に躍り出たような感じか。

 

あらすじ

アダム(ジョン・キューザック)は同棲していた彼女に捨てられ、自棄になっていた。そこに旧友のルー(ロブ・コードリー)が自殺未遂を図ったとの連絡を受け、病院に急行。そこでもう一人の旧友ニック(クレイグ・ロビンソン)とも再会を果たす。ルーは回復、日常の憂さを晴らすべく、かつて3人で盛り上がったスキー・リゾートにアダムの甥っ子ジェイコブ(クラーク・デューク)と共に繰り出す。街の凋落ぶりに落胆する3人だったが、気を取り直してジャグジーで乾杯。そして目覚めた時には1980年代にタイムスリップしていた・・・

 

ポジティブ・サイド

高校生がロッカールームで騒ぐ、あるいは大学生が寮内で騒ぐのと同じノリを、いい年こいたおっさん連中が維持していることにはある種の爽快感と痛快さがある。こうした超高速会話劇は日本では『 シン・ゴジラ 』が傑作とされているが、英語圏では(言語特性の違いも大きいが)ごく普通のスピードだったりする。英語に堪能な人は、ぜひ本作のキャラクターたちが使いこなす、いわゆる four-letter words を研究してみよう。

 

本作のテーマは、人生における後悔、怒り、不都合な真実をタイムトラベルによって解消できるかということである。これだけなら何の変哲もないタイムトラベル物語なのだが、タイムマシンがお風呂であること、そして過去に行き着いた主人公たちは自分たちの認識では中年(一人未成年含む)なのだが、鏡に映された姿は若い頃の自分たち。そして、周りの人間にも若い=同時代の人間であると認識されるところだ。まるで藤子・F・不二雄の漫画『 未来の想い出 』のようだ(€ちなみに映画化作品の『 未来の想い出 Last Christmas 』はまだ観ていない)。人間は往々にして現状の不満の原因を過去に求める。それをやり直すチャンスが得られたら、トライするだろうか?それとも現状を受け止めて、過去には一切手を触れないようにするだろうか。

 

本作では興味深いサブプロットが進行する。現在の世界で片腕の無い男が、過去ではその片腕があるのだ。この部分は以外に面白い。いったい、いつこの男は片腕を無くすのか?しかも、どのように?馬鹿馬鹿しいプロットではあるが、これがあるために劇中のとあるシーンにスリルとサスペンスが生まれている。

 

ネガティブ・サイド

少し80年代をチープに描き過ぎではなかろうか。また、タイムパラドックスの代表例とも言える親殺しのパラドクスは、もう少しうまい具合に料理できなかったか。この分野には『 バック・トゥ・ザ・フューチャー 』という不朽の名作が天高く聳え立つが、いっそのことパロディ色を前面に押し出しても良かった。また、『 バタフライ・エフェクト 』を思わせるような、過去のほんの少しの改変が未来に巨大な影響を及ぼすかのような描写もあったが、そのあたりのシリアスさは全くもってスルーされてしまった。冒頭にも述べたが、主人公が途中で交代してしまったかのようなちぐはぐさも気になった。こうしたことは稀に起こるが、成功例は少ない。最近では『 ボーダーライン 』でベニシオ・デル・トロがエミリー・ブラントから steal the show をした例が挙げられる。全体的に色々なものをパッチワーク的につなぎ合わせたような不揃い感が強く残り、コメディとしての面白さは維持しているが、映画としては失敗作という印象を受けた。特に夜中のとある屋根の上のシーンの星空の作り物感にはガッカリさせられた。リゾート地の星空なのだから、もう少しリアリスティックかつロマンティックな星空を描くべきだ。タイムトラベルという大ウソをつくのだから、細部のリアリティにもっとこだわるべきだ。

 

総評

珍妙な邦題をつけられた作品が好きだ、という向き以外には強くお勧めする理由はない。ただ『 プールサイド・デイズ 』で割と真面目でまともな隣人を演じていたロブ・コードリーの、頭のねじを意図的に外したような演技に興味があるという人は、雨の日にでも観てみよう。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アメリカ, コメディ, ジョン・キューザック, ロブ・コードリー, 監督:スティーブ・ピンクLeave a Comment on 『 オフロでGO!!!!! タイムマシンはジェット式 』 -アメリカ版『 テルマエ・ロマエ 』・・・ではない-

『 THE DUFF/ダメ・ガールが最高の彼女になる方法 』 -学校という社会の縮図を舞台に繰り広げられる案外まじめなコメディ-

Posted on 2018年11月8日2020年1月3日 by cool-jupiter

THE DUFF/ダメ・ガールが最高の彼女になる方法 60点
2018年11月5日 レンタルDVD鑑賞
出演:メイ・ホイットマン ベラ・ソーン ロビー・アメル アリソン・ジャネイ
監督:アリ・サンデル

 

f:id:Jovian-Cinephile1002:20181108235651j:plain

近所のTSUTAYAで『 アラサー女子の恋愛事情 』の隣にあったので、カバー裏のあらすじを読むこともなく、タイトルだけで借りてきた。THE DUFFとは何ぞや?なにやらダメ系女子の匂いがするが・・・という好奇心だけでレンタルを決断するに十分なインパクトのタイトルである。

 

あらすじ

ビアンカ(メイ・ホイットマン)とジェスとキャシーは仲良し3人組。しかし、親戚のイケメン・フットボーラーのウェスリー(ロビー・アメル)から「お前はDUFF(=Designated Ugly Fat Friend=)だ」と言われ、大ショック。親友とは一方的に絶交し、さらにはスクール・カースト頂点のマディソン(ベラ・ソーン)に目をつけられてしまう。しかし、ふとしたきっかけからウェスリーに化学を教えるのと交換条件に、どうすればイケてる女子になれるのかコーチングしてもらうことになり・・・

 

ポジティブ・サイド

まず、アラサーにして女子高生役を演じきったメイ・ホイットマンに最大級の敬意を表したい。『 JUNO ジュノ 』にしてもそうだが、アメリカの学園ドラマ、もしくはティーン映画は、必ずしも美少女というものをフィーチャーしない。日本とは対照的だ。アメリカで尊ばれる女子は、チアのキャプテンを務めて、フットボール部のQBと付き合うような典型的なイケてる系の女子と、自らの意思と能力で道を切り拓いてく self-starter に大別されるようだ。前者の典型がマディソンで、後者の典型がビアンカというわけである。ホイットマンの年齢と見た目のギャップがなければ、逆に本作のビアンカという nerdy にして slutty であるというキャラは成立しなかったかもしれない。それほど彼女の演技は光っている。というか、異彩を放っている。

 

異彩と言えば、『 ミッドナイト・サン タイヨウのうた 』の主演を張ったベラ・ソーンの腐れ外道っぷりも見逃せない。フレネミーという言葉では生ぬるい、目があっただけで敵であると認識する/されるような関係を学校のあちこちで築いている。本当に同じ役者かと思うぐらいで、若い似合わず演技力の幅を感じさせる。しかし、演技の幅と言えば、日本にも浜辺美波がいる。

 

逆に、母親役をやらせればこの人の右に出る者なし、というアリソン・ジャネイはその安定した存在感を発揮する。離婚受容プロセスの5段階セミナーには笑うしかない。母と娘の底抜けに明るく、それでいて陰のある会話劇に、日本では失われて久しい親子の対話を見るようだ。

 

本作は cyber bullying =ネットいじめの怖さを面白おかしく描き出す。ストーリー上では、かなりご都合主義的な力技で解決してしまうが、現実ではこうはならない。2015年に全世界的にバズったDover Police DashCam Confessional (Shake it Off)という動画を観て、今も覚えているという人も多いだろう。これはかなり好意的に受け止められた面白動画だが、実際にティーンが同じようなことをしている映像がネット世界にアップされてしまえば、もうどうしようもない。そうした意味では、本作を教育目的に観ることもできるのである。予定調和的な世界であるが、だからこそ安心して楽しめるロマンティック・コメディである。

 

ネガティブ・サイド

人と人との距離感は、人によって異なる。しかし、本作はかなり強烈なDUFF脱却トレーニングを課してくる。自分が同じポジションにいたとして、こんなことができるだろうかと思わされる描写もあった。なにより見知らぬ他人に迷惑をかけることになる。荒療治と言えばそれまでだが、ホラー映画好きのナード女子という設定がもう一つ活かされないのは残念である。

 

また、ウェスリーのキャラクターがあまりにも爽やかで、それでいてかなりの下衆でもある。人によっては、途中で見るのを辞めてしまうかもしれない。特にクライマックスのホームカミングでの行動は、下手をすると一生残るトラウマを与えかねない鬼畜の所業である。もちろん、「それで良い!」という声も上がって然るべきだし、「さすがにやり過ぎだろう」という声も聞こえてきそうだ。ちなみにJovianは後者である。

 

総評

目線をどこに置くかで本作の評価はかなり割れるというか、異なるだろう。学園ドラマとして見るなら凡作になるのかもしれないが、ダイバーシティを重んじ、なおかつ軽んじるアメリカ社会の縮図を本作に見出すのなら、居場所を見出せないマイノリティにも、チャンスはあるというメッセージであるとも解釈できる。日本で鑑賞される際にはそこまで考える必要はないだろうが、ネットいじめの怖さやスクール・カーストの問題点などを抉る物語でもある。中高生を子に持つ親が子どもと一緒に鑑賞してみるのも存外に楽しいかもしれない。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アメリカ, アリソン・ジャネイ, コメディ, ベラ・ソーン, メイ・ホイットマン, ロマンス, 監督:アリ・サンデルLeave a Comment on 『 THE DUFF/ダメ・ガールが最高の彼女になる方法 』 -学校という社会の縮図を舞台に繰り広げられる案外まじめなコメディ-

『ラフ・ナイト 史上最悪!?の独身さよならパーティー』 -女の友情の美しさと醜さを目撃せよ-

Posted on 2018年9月30日2019年8月22日 by cool-jupiter

ラフ・ナイト 史上最悪!?の独身さよならパーティー 45点

2018年9月27日 レンタルDVD鑑賞
出演:スカーレット・ジョハンソン ケイト・マッキノン ジリアン・ベル イラナ・グレイザー ゾーイ・クラヴィッツ
監督:ルシア・アニエロ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20180930002759j:plain

原題はRough Night、≪大荒れの夜≫の意である。『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』の女性版でもあるし、『バチェロレッテ あの子が結婚するなんて!』や『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』の亜種というか系列作品でもある。

ジェス(スカーレット・ジョハンソン)とアリス(ジリアン・ベル)、フランキー(イラナ。グレイザー)、ブレア(ゾーイ・クラヴィッツ)の4人は大学生時代からの親友。一生変わらぬ友情を誓った仲である。大学卒業後10年、ジェスは政治家を目指して選挙運動中、そして婚約者のピーターとの結婚も迫っていた。旧知の4人にジェスのオーストラリア留学時代のルームメイト、ピッパ(ケイト・マッキノン)も含めて5人はマイアミにてバチェロレッテ・パーティーを行うこととなる。それがとんでもない騒動の幕開けとなるとも知らず・・・

マイアミは、LAほどではないが、数多くの映画の舞台となってきた。しかし、ここで思い浮かんでくるのは『マジック・マイク』、マシュー・マコノヘイがキッドと共に旅立って行った先がマイアミである。男性ストリッパー、マジック・マイク風に表現すれば、メイル・エンターテイナー(male entertainer)である。そして彼らの仕事と言えば、女性に奉仕することである。バチェロレッテ・パーティーと言えば、メイル・エンターテイナーが定番らしい。本作では、ジェスの独身最後の夜に思いっきり羽目をはずすべく呼んだストリッパーを、アクシデントによりアリスが殺してしまう。元々、亀裂が入っていたというか火種をはらんでいた彼女らの関係は、ここからドラマチックに展開していく。それを目の当たりにする我々男性陣は、女の友情の美しさの裏にある脆さ、儚さに、時に失笑し、時に戦慄するのである。

映画として映像や音楽、脚本、演技などの面で特段に優れた点も悪い点というのも見当たらない。DVDスルーとなったのもむべなるかなという作品である。台風で何もすることがないという時に、暇つぶしがてら観るのには適しているかもしれない。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アメリカ, コメディ, スカーレット・ジョハンソン, 監督:ルシア・アニエロ, 配給会社:コロンビア映画Leave a Comment on 『ラフ・ナイト 史上最悪!?の独身さよならパーティー』 -女の友情の美しさと醜さを目撃せよ-

『主人公は僕だった』 -ライトノベル風味のタイトルに騙されることなかれ-

Posted on 2018年8月23日2020年2月13日 by cool-jupiter

主人公は僕だった 55点

2018年8月18日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ウィル・フェレル マギー・ギレンホール ダスティン・ホフマン クイーン・ラティファ エマ・トンプソン
監督:マーク・フォースター

原題は”Stranger Than Fiction”、小説よりも奇なり、の意である。国税庁の会計監査員のハロルド・クリック(ウィル・ファレル)は寝る時間から起きる時間、歯磨きの時の縦方向と横方向のストロークの数まで決まっている真正の型物である。ある時、いつも通りのルーティンをこなしていると、どこからか自分の物語を描写するナレーションが聴こえてくる。幻聴かと思ったハロルドはカウンセリングを受けるも、問題は解決しない。ある時、時計が突如故障し、街頭で見知らぬ人に時刻を訪ねたハロルドだが、「この一見、何の変哲もない行為が、死につながるとはハロルドには知る由もなかった」というナレーションを聴いてしまう。文学者のヒルバート教授(ダスティン・ホフマン)に相談したハロルドは「人生は悲劇か喜劇。死にたくなければ喜劇を生きろ」とのアドバイスを受ける。そして、税金を確信犯的に部分滞納する菓子職人のアナ・パスカル(マギー・ギレンホール)と恋人同士になるのだが・・・

どこかで見たり聞いたり、あるいはゲームとしてプレーしたこともあるような内容である。2006年製作の映画だが、それでもプロットとして真新しいものはない。妻が借りてきたDVDだが、10年ぐらい前にWOWOWか何かで観たことを覚えていた。冒頭からのナレーション(エマ・トンプソン)の非常に典型的なスタンダード・ブリティッシュ・イングリッシュが印象的だ(ちなみに最もオーソドックスなブリティッシュ・イングリッシュは『ハリー・ポッター』シリーズで聴くことができる)。アメリカ映画でブリティッシュ・イングリッシュが聞こえてきたら、たいていその話者は悪者だ。このあたりのクリシェにアメリカという国の潜在意識を垣間見ることができる。本作は、もしも自分の人生が誰かの創作物で、自分の命が自分の意図しない時、場所、方法で奪われるとしたら、一体どうすべきなのかを問う。大袈裟に解釈すれば、被造物たる人間が、創造主たる神に文句を言うべきか否かということである。それが大袈裟すぎるというのなら、『ターミネーター2』におけるサラ・コナーを思い浮かべてほしい。”No fate but what we make”=自分たちで作りだすもの以外に運命など無い、の精神である。

コメディとしては弱いし、原題通りの小説映画として捉えるべきである。日本で言えば、竹本健治、山口雅也、牧野修あたりが本作のようなプロットを思いつきそうだ。我々が小説のページを繰る時、物語の結末はすでに決定されているのだろうか。それとも、我々が読み進むにつれて、物語も紡がれていくのだろうか。もし自分の人生の結末を知ってしまったら、または知る機会を与えられたとしたら、あなたはどう生きるか、またはどう死ぬのか。人生はしばしば線路に譬えられる。電車は自分からは線路を外れられない。しかし、運転士ならばそれができる。運命にその身を委ねるのか、それとも運命にも抗うのか。生きることに疲れた人が、雨の日や強風の日に自宅でゆっくり鑑賞するのに適した一本である。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2000年代, D Rank, アメリカ, ウィル・フェレル, コメディ, ダスティン・ホフマン, 監督:マーク・フォースター, 配給会社:ソニー・ピクチャーズエンターテインメントLeave a Comment on 『主人公は僕だった』 -ライトノベル風味のタイトルに騙されることなかれ-

『カメラを止めるな!』 -予備知識なしで、とにかく観に行くべき傑作-

Posted on 2018年8月20日2019年5月6日 by cool-jupiter

カメラを止めるな 85点

2018年8月19日 シネ・リーブル梅田にて観賞
出演:濱津隆之 真魚 しゅはまはるみ 竹原芳子 秋山ゆずき
監督:上田慎一郎

f:id:Jovian-Cinephile1002:20180820002247j:plain

とにかく予備知識無しで観に行ってほしい、というレビューや、口コミで静かに、しかし確実に広まっていく評判の良さに、観に行かねばと思いながらも、なかなかタイミングが合わなかった作品であった。しかし、やっとタイミングが合い、観に行くことができた。まず、びっくりしたのがシネ・リーブル梅田が超満員で立ち見チケットまで販売されていたということ。近年でここまで一つの劇場を埋めた作品というのは、いずれも東宝シネマズなんばにて『シン・ゴジラ』と『君の名は』ぐらいしかなかったように思う。観客が皆、ある種の期待を抱きながら、座席を一つまた一つと埋めていく予告編前のあの空気というのは、それこそ『シン・ゴジラ』前となると神戸国際会館で『もののけ姫』を観た時となるだろうか。とにかく、それほどの異様な熱気が確かに劇場に充満していた。実際に上映中、そこかしこから「わははは!」という笑いが聞こえてきた。これはユーモアやコメディ性から来る笑いというよりも、カタルシスから来る笑いなのである。何言っているのかさっぱり分からねーぞ、という向きはとにかく観るべし。メタメタにやられること請け合いである。

本作に関しては、ネタバレめいたことは一言たりとも発することができない。一部の劇場やポスターには、不要な一言が書いてあったりするが、とにかく前評判が高い作品であるということだけ頭に入れて、期待に胸を膨らませて観に行くだけで良い。Yahoo映画や映画.comのレビューなどは極力見ないように努めるべし。正鵠を射たレビューもあるが、一部とんでもなく的を外したレビューや、映画を観ているにもかかわらず、作品を観ていないとしか言えないようなレビューもある。そんな目が節穴の人間のレビューなどは絶対に目にするべからず。とにかくチケットを予約して劇場へGO!である。

かといって、何がどうなっているか少しぐらいは知りたいのが人情というもの。なので、本作を観賞した上でJovianの頭に浮かんだ作品を以下に白字で記すので、興味のある方だけ観て頂きたい。

                                                                                                                

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』および『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』

『ムカデ人間』および『ムカデ人間2』

『デットプール』および『デットプール2』

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』

『The Disaster Artist』(日本では劇場未公開)

『地獄でなぜ悪い』

『雨に唄えば』

『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』

『ファンボーイズ』

『街の灯』

『ヒューゴの不思議な発明』

『ショーン・オブ・ザ・デッド』

『パルプ・フィクション』

『シックス・センス』

『オール・ユー・ニード・イズ・キル』

『主人公は僕だった』

『ネバー・エンディング・ストーリー』

『クローバー・フィールド/HAKAISHA』

『クロニクル』

『ヴィジット』

 

ざっとこんなところだろうか。小説まで含めてしまうと、さらにこのリストが長くなるので割愛させて頂くが、人によってはこれだけでとんでもないネタバレになっていることに気がつくであろうし、筋金入りの映画オタクなら「いやいや、もっとアレやらコレもあるでしょ」と言えるのは間違いない。ひとつ言えるとすれば、この映画はゾンビ映画ではないということ。ホラーはちょっと・・・、スプラッタ要素はちょっと・・・、という向きにこそ自信を持ってお勧めしたい。

冒頭からのワンカット映像に、あなたはいくつも違和感を覚えるに違いない。その感覚を大切にしてほしい。また、一部のポスターやパンフレットには、エンドロールまで席を立たないでくださいという旨の注意書きがあるが、これはやや不親切な案内かもしれない。なぜなら、Jovianが観ていた夜にも、数名ではあるがエンドロール中に席を立ってしまった客がいたからだ。劇場が明るくなるまで観賞を続けてください、というのがあるべき案内文であろう。最後に、「映画を観てみたけど、いまいち理解できねーぞ」という方向けに、最後のネタバレ白字を。この映画は「映画を作っている人たちを撮影する映画を撮影している人たちが映画を作っている映画」である。Jovianが上で映画.comやYahoo映画の当てにならないレビューだと揶揄したのは、本作を「映画を作っている人たちを撮影した映画」であると見た人たちのことである。かの北野武は映画の面白さを「編集である」と言い切った。本作を観賞する/した人は、この言葉の意味をエンドロールまで全て見た時に噛みしめることができる/できたはずである。

最後に、上田慎一郎監督へ「おめでとう」と「ありがとう」と言いたい。今後、日本の高校や大学、インディ映画界で本作の模倣作品がどっさりと製作されるだろうと予想される。あなたは邦画に勇気とインスピレーションを与えてくれた。本当に本当にありがとう。

さて、このレビューにも白字以外でネタバレをしている箇所があることにお気づき頂けただろうか。作品を観ずに気がつくことは絶対ないだろうけれど・・・一応、ね。

 

Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, A Rank, コメディ, しゅはまはるみ, 日本, 濱津隆之, 監督:上田慎一郎, 真魚, 秋山ゆずき, 笹原芳子, 配給会社:ENBUゼミナール, 配給会社:アスミック・エースLeave a Comment on 『カメラを止めるな!』 -予備知識なしで、とにかく観に行くべき傑作-

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