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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: 韓国

『 雨とあなたの物語 』 -韓流ロマンスの佳作-

Posted on 2022年1月13日 by cool-jupiter

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雨とあなたの物語 70点
2021年1月10日 シネマート心斎橋にて鑑賞
出演:カン・ハヌル チョン・ウヒ カン・ソラ
監督:チョ・ジンモ

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『 ただ悪より救いたまえ 』鑑賞時に、劇場内の販促物で本作も知った。面白そうだと直感し、チケットを購入。シネマート心斎橋の韓国映画には基本的にハズレがない。

 

あらすじ

冴えない二浪生のヨンホ(カン・ハヌル)は、ある日、小学校の時の同級生女子ソヨンを思い起こし、彼女に手紙を書く。その手紙を受け取ったソヨンの妹ソヒ(チョン・ウヒ)は、病気の姉に成り代わり、「質問しない、会いたいと言わない、会いに来ない」という約束のもと、文通を続けていくが・・・

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ポジティブ・サイド

毎年数千万枚単位で年賀状の数が減っていると報じられているが、そんな中でも『 ラストレター 』は久しぶりに手紙にフォーカスした映画だった。そして韓国も負けじと手紙が鍵となる作品を送り出してきた。

 

日本は大学全入時代になって久しいが、韓国は今でもすごい受験熱らしい。『 少年の君 』

では中国の受験戦争の怖さが描かれ、日本でも松田優作主演の『 家族ゲーム 』のような時代もあったが、冒頭にいきなり出てくる予備校教師の圧倒的なモラハラっぷりが逆に笑える。そんな中でヨンホは浪人仲間のスジン(『 サニー 永遠の仲間たち 』のリーダー役のカン・ソラ)と出会う。立ち食いおでんの店で、おでんとスープを注文し、それを強引にヨンホに支払わせるという美少女にあるまじき振る舞い。その後もヨンホに飾らない好意をぶつけ、one night stand もOKという剛の者・・・と見せて、これが実に一途で純な女子なのである。意味が分からんという人こそ、本作を鑑賞すべし。

 

本作は現在のシーンと回想シーンを織り交ぜるストーリーテリングで、小学生時代のヨンホとソヨンの淡く儚い関係が描かれ、現在では浪人中というアイデンティティの定まらないヨンホと、職人であるその父、そしてビジネスマンである兄の関係が描き出される。同じように、病気のソヨンとその妹ソヒの関係、そして母の営む古本屋の様子もていねいに映し出される。手作りの小物や古本といった、時代に取り残されそうな、しかし手触りのあるものが両者に共通してあり、だからこそ手紙という媒体が古ぼけておらず、逆にとてもナチュラルなコミュニケーション手段に映る。この手紙にしても色々な工夫がされていて、「あなたに太陽が降り注ぐ魔法をかけました」といったような文言には???となったが、意味が分かってびっくり。こんなロマンチックな魔法、自分でも高校生ぐらいの時に思いついてみたかった。文通を続けるヨンホとソヒが絶妙にすれ違うシークエンスにはやきもきさせられた。

 

決して会えない二人。過ぎて行く時間。ヨンホは大学進学をやめ、傘職人になるために日本に向かう。自分をいつまでも好いてくれるスジンを後に残していくことになるが、この時のスジンがまた、どこまでも健気なのが泣かせる。それでもスジンと付き合うことのないヨンホの姿に、ソヨンへの思慕の大きさが見えてくる。傘職人として独り立ちしたヨンホを不意に訪ねてくるスジンに、ヨンホが手渡す惜別の傘の美しさには正直泣けた。

 

12月31日に雨が降ればソヨンに会えると信じて、ひたすらに待ち続けるヨンホの健気さと一途さよ。もう決して出会えないのだと分かっていても、それでも待ち続ける姿には胸を打たれる。そうそう、エンディングのクレジットが始まったからといって、席を立ったり、あるいは再生を途中で止めてはいけない。ビックリする展開が待っている。いや、これはキャスティングの勝利だなあと思う。意味が分からんという人、やはり鑑賞すべし。

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ネガティブ・サイド

過去と現在を行ったり来たりするが、Jovianの妻はどれがいつなのかを把握するのに、一部手間取ったとのこと。Jovianはそうでもなかったが、観る人によっては時系列的に今がどこなのかは確かに分かり辛い構成かもしれない。

 

ヨンホが傘職人になろうと思い立つ過程をもう少し丹念に描写してくれてもよかったのではないか。もちろん父の影響、そして兄への反発からだろうが、なぜそこで日本を修行の地に選んだのかという説明も少しでいいから欲しかった。

 

ヨンホが8年という歳月を待つことに費やすわけだが、そこでスジン以外にもう一人、小学校以来の悪友を登場させても良かった。きっと彼は良い奴のままだろう。周りがどんどんと変わり続ける中で、変わらぬ想いを抱き続けるのは並大抵のことではない。変わらないままにいてくれる親友という存在も、本作に居場所はあっただろうと感じた。

 

総評

韓国映画といえば容赦ないバイオレンス映画、あるいは経済格差を直視したドラマのイメージが強いが、優れたロマンスも数多く生み出している。それも甘酸っぱさを前面に押し出したような作品だけではなく、『 建築学概論 』のような恋のほろ苦さを思い起こさせる名作も多い。本作はほろ苦さを味わわせてくれる作品で、少ない登場人物で濃密なドラマを生み出している。まるでフランスのミステリ小説のような味わいの作品である。雨の日こそ本作を劇場鑑賞しよう。あるいはレンタルや配信で観るのも趣があっていいだろう。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

イーセッキ

こんなコテコテのロマンスでも、イーセッキ=「この野郎」という卑罵語が出てくるのが韓国らしいと言えば韓国らしい。北野武の映画を外国人が観れば「この野郎」という日本語をすぐに覚えるのと同じで、韓国映画はどんなジャンルでもイーセッキやケーセッキといった悪罵が頻出する。つくづく近くて遠い国である。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, カン・ソラ, カン・ハヌル, チョン・ウヒ, ロマンス, 監督:チョ・ジンモ, 配給会社:シンカ, 韓国Leave a Comment on 『 雨とあなたの物語 』 -韓流ロマンスの佳作-

『 ミスターGO! 』 -頭を空っぽにしたい時に-

Posted on 2022年1月8日 by cool-jupiter

ミスターGO! 60点
2022年1月5日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:シュー・チャオ ソン・ドンイル オダギリジョー
監督:キム・ヨンファ

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観終わって身も心も消耗するタイプの映画ばかりを立て続けに観たので、a change of pace が必要だと思い、近所のTSUTAYAで本作をピックアウト。リフレッシュするにはちょうど良い作品だった。

 

あらすじ

四川省の大地震で祖父を亡くしたウェイウェイ(シュー・チャオ)は、雑技団メンバーと野球の打撃を特技とするゴリラのリンリン、そして支払いきれない借金を託されてしまった。途方に暮れるウェイウェイだったが、韓国の万年再建中のプロ野球団ベアーズがリンリンと契約したいと言い・・・

 

ポジティブ・サイド

よくまあ、こんな奇想天外な設定を思いついたものだと感心するやら呆れるやら。日本でも『 ミスター・ルーキー 』という珍作があり、確かに「覆面をしてプレーをしてはならない」とは野球協約には書いていないらしい。同じく、性別を理由にプロへの門戸が閉ざされることがないのはどこの国でも同じなようで、『 野球少女 』ではプロ野球選手を目指す女子の姿を描いた。しかし、ゴリラをプロでプレーさせようとは・・・ ところがこのCGゴリラ、相当な凝りようだ。中国の『 空海−KU-KAI− 美しき王妃の謎 』のCG猫はひどい有様だったが、このゴリラは『 ライオンキング 』とは言わないまでも、かなり真に迫っている。

 

無垢な中国の少女をなかば騙すかのような形で強引に契約を結んでしまうベアーズのエージェント・ソンが韓国映画お得意の悪徳商売人・・・と見せかけて終盤に思わぬ感動を呼んでくれる。

 

ゴリラ使いのウェイウェイの操るウッホウッホなゴリラ語(?)も、照れなどは全くなく、むしろ外連味たっぷりで笑わせてくれる。指令を受けるゴリラのリンリンも規格外のホームランを連発し、それに対抗する他チームの投手陣は、あの手この手で打たせまいとしてくるが、それらを全て弾き飛ばすリンリンの打撃がとにかく痛快だ。

 

途中で読売と中日のオーナーがやって来るが、韓国球界が日本をどう見ているのかが垣間見えて、なかなかに興味深い。2020年5月に以下のようなツイートがなされて、野球ファンの間で結構話題になったのを覚えている人もいることだろう。

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極めて妥当な評価だと思う。韓国球界からすれば、スターを日本に高く売りつけるのは、NPBがスターをメジャーにポスティングするようなものだろう。韓国や台湾で活躍した選手が日本で苦労するのは李承燁や王柏融など、打者では枚挙にいとまがない。投手は結構成功している印象で、日本の打者もメジャーではさっぱりだが、投手はなぜか成功することが多いのとよく似ている。

 

閑話休題。リンリン以外の野球シーンも結構本格的で、ダブルプレーを独特なカメラアングルで捉えたりするなど、工夫のほどがうかがえる。終盤にはリンリンの対とも言うべき、ゴリラの投手レイティが現われ、200km/hの剛速球を投げる。当然、人間に打てるはずもなく、畢竟、物語はリンリンとレイティのゴリラ対決につながっていく。その結末は見届けてもらうほかないが、よくこんなことを考えたなと感心させられた。序盤に野球協約がゴリラのプレーを禁じていないことに言及したことで、野球のルールのちょっとした盲点になっているところを上手く突きつつ、そこに説得力を与えている。

 

韓国の俳優たちが結構な量の日本語を割と流ちょうに操っているので、そうしたシーンを楽しむのもいいだろう。頭を空っぽにして楽しめるし、あるいは日韓比較スポーツ文化論の材料にもなりうるだろう。

 

ネガティブ・サイド

ウェイウェイとエージェント・ソンのヒューマンドラマは不要だったかな。もっと「ゴリラが野球をする」という部分にフォーカスをしていれば、コメディとしてもっと突き抜けることができただろう。また、ウェイウェイの演技が going overboard =大げさだったと感じる。感情を爆発させるお国柄ではあるが、その部分にもう少しメリハリが必要だった。

 

リンリンが打撃専門となるまでの描写も必要だったように思う。CG製作に時間も金もかかるというのなら、ベアーズの首脳陣がミーティングをする場面でもよい。リンリンが一塁手だったら、または捕手だったら・・・と誰でも想像するだろう。打撃でWARを積み上げるが守備でそれを帳消し、あるいはチーム構成上守備は困難という、野球にもっとフォーカスした場面が欲しかった。

 

最終盤のチェイスとアクションは完全に蛇足。乱闘が野球の華だったのは平成の中頃まで。それは韓国でもアメリカでも同じだろう。

 

総評

スポーツコメディとしてまずまずの出来。ソンが日本語で罵詈雑言をがなり立てるシーンはかなり笑える。野球はしばしば人間ドラマや人生の縮図に還元されるが、それをゴリラを使って実行してしまえという構想力には感心すると同時に呆れてもしまう。重苦しい映画を立て続けに観たことによる心身の重さはこれにて回復。天候やコロナのせいで出歩けないという終末に、頭をリセットするにはちょうど良い作品ではないだろうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

The Doosan Bears

斗山ベアーズの英語名である。スポーツチーム名は、それが複数形である場合、まず間違いなく頭に定冠詞 the がつく。

僕はニューヨークメッツの一員になりたい。
I want to be a New York Met.

彼はかつてシカゴブルズの一員だった。
He used to be a Chicago Bull.

のように言えるが、a Bull や a Met の集団が、The Bulls や The Metsになる。ここでザ・シンプソンズを思い浮かべた人は good である。これは、「シンプソンという人の集団」=「シンプソン一家」ということである。ここまでくれば、The United States や The Philipines、The Bahamas、The Maldivesといった国の名前に the がつく理由も見えてくるだろう。州や島の連合体が一つにまとまっているということである。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, オダギリジョー, コメディ, シュー・チャオ, スポーツ, ソン・ドンイル, 中国, 監督:キム・ヨンファ, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 ミスターGO! 』 -頭を空っぽにしたい時に-

『 ただ悪より救いたまえ 』 -容赦ない韓流アクション-

Posted on 2022年1月4日2022年1月4日 by cool-jupiter

ただ悪より救いたまえ 75点
2022年1月2日 心斎橋シネマートにて鑑賞
出演:ファン・ジョンミン イ・ジョンジェ パク・ジョンミン
監督:ホン・ウォンチャン

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新年の韓国映画鑑賞第一弾。心斎橋の人出は多いが、信頼できる客層のシネマートへ。『 ソワレ 』、『 成れの果て 』という重い映画の鑑賞が続いたので、派手なアクションを観たいと思ったのだが、スカッとするどころか(良い意味で)身も心もボロボロになるような映画だった。

 

あらすじ

暗殺者のインナム(ファン・ジョンミン)は最後の仕事として日本のヤクザ、コレエダを殺害する。しかし、義絶状態にあったコレエダの弟にして狂気の殺人鬼レイ(イ・ジョンジェ)がインナムへの復讐を誓う。インナムはかつての恋人に娘がおり、その娘がタイで誘拐されたことを知り、救出のためタイへ渡る。そしてレイもインナムを追ってタイへ・・・

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ポジティブ・サイド

これは(『 アジョシ 』+『 チェイサー 』+『 哀しき獣 』)を3で割って、そこにホン・ウォンチャン監督のテイストを加えた、韓流ノワールの秀作である。まさに「そこまでやる必要があるのか」である。

アジョシは元々、チェ・ミンシクやソン・ガンホといった本物の中年オジサンを使う予定だったらしいが、イケメン青年ウォンビン(当時)を起用することで思いがけずスタイリッシュな作品に仕上がった。一方で本作はファン・ジョンミンという、中年のオッサンでありながら、ガンホやミンシクといった濃いめのオッサン色ではなく渋みを前面に押し出したアジョシを起用することで、悲哀がより色濃く表現されるようになった。

本作の特徴は国際的なスケールの大きさ。日本、韓国、タイ、そして最終的には中米パナマにまで至り、聞こえてくる言語も日本語、韓国語、中国語、タイ語、英語である。明らかにアジア市場、そして世界市場を視野に入れた作品作りである。主演の二人も片言ながら、日本語、英語を操り、インナムのバディとなるもう一人のジョンミン、ユイはタイ語も流暢に話す。『 PMC ザ・バンカー 』のハ・ジョンウとまでは言わないが、邦画の世界ももっと役者に外国語を喋らせてもいいのではないか。近年だと『 ゲノムハザード ある天才科学者の5日間 』の西島秀俊の韓国語ぐらいしか思いつかない。

閑話休題。本作は優れた過去の韓国映画だけではなく、ハリウッド映画なども下敷きにしている。レイがバンコクで銃器を調達する方法は、まんま『 ターミネーター 』のシュワちゃんだし、最終盤の対決の決着シーンは、まんま『 レオン 』だったりする。ただ、そうした一見するとパクリにしか思えないシーンの数々が韓国色に染め上げられた結果、優れたオマージュとして機能している。

インナムとレイの対決を決して正義と悪にぶつかり合いのように描かないところが良い。インナムへの連絡係(『 パラサイト 半地下の家族 』のリスペクトおじさん!)を牛や豚のように解体していくレイが「俺のおやじは屠殺業者だった」と語るシーンでは、『 血と骨 』のビートたけしが思い起こされたし、日本でもタイでも、殺すと決めた相手は容赦なく殺す姿勢が徹底している。一方のインナムもハサミで拷問相手の指を切り落とすという血も涙もない所業で相手の口を割らせる。ハサミが放つ鈍い光に使い込まれ具合が見て取れ、インナムの暗殺家業の凄惨さが垣間見える。二人が対峙していく過程で、タイという国の裏のビジネス、そこで韓国人が韓国人を搾取するという構図、その中にちゃっかり存在する中国人、ついでに人気の日本人など、これでもかと大都市の闇、人間の闇が暴かれていく。その濃い闇を背景に、暗殺者 vs 殺し屋というどっちもどっちの対決の構図の中に「見知らぬ娘を救うため」という大義と、「兄貴の敵を討つ」という大義がぶつかり合う。単なるドンパチと見せかけて、韓国人の家族観が非常に強く投影された対決になっていく。

廃工場、ホテル、市街地で繰り広げられるインナムとレイの激闘はまさに息を呑むもの。リハーサルとかできたのだろうか。どこまでが実写でどこからがCGだか分からない。戦いの中で人間性を取り戻していくインナムと、どんどんと獣になっていくレイというコントラストが絶妙だ。まさに血みどろの対決に、観ている側は完全に消耗しきってしまう。心地よい疲れでは決してない。しかし、凄いものを観たという感覚を味わえることは間違いない。

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ネガティブ・サイド

主人公インナムには特殊工作員あがりというバックグラウンドがあるので強いことは分かるが、レイの強さの背景がよく分からない。在日韓国人ということは日本育ちなわけで、ヤクザ稼業だけであそこまで刃物や銃火器の扱いに習熟できるものだろうか。豊原功補と義絶していたとはいえ、あれほど強烈な弟が全く知られていなかったというのは無理があるのでは。まあ、銃器については『 アウトレイジ 』でもどこからかマシンガンが調達されたりしているので、あまり突っ込むのは野暮かもしれない。『 哀しき獣 』のキム・ユンソクのように元々強かったと思うようにすべきか。

インナムがバンコクでもずっと黒のスーツを着用しているのは、一種のトレードマークだから仕方ないか。だが、あれでは目立ちすぎて、あっという間に警察に通報されて御用となりそう。プロらしく、密かにバンコクの街に溶け込むという描写が欲しかった。

バトルシーンで頻繁に使われるスローモーションがやや気になった。あまり多用すると、せっかくのアクションが安っぽく見えてしまう。

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総評

ひたすらに疲れる映画体験だった。劇場を出たところでスタッフが「ただいま売店にて”ただ渇きより救いたまえ”を販売中でーす」と案内をしていて、その商魂のたくましさに思わず笑ってしまった。これがなければ家路の間、ずっと重苦しさに支配されていたかもしれない。逆に言うと、それぐらい重い作品。派手なアクションでスカッとした気分になりたいと臨んだが、そんな爽快系の作品では決してない。どちらかというと『 ビースト 』のような悪のオッサン二人の極限の演技対決である。鑑賞の際は自身のメンタルをよくよく事前チェックされたし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

You had it coming.

『 リアム16歳、はじめての学校 』でも紹介した表現。今作では「自分でまいた種だ」というセリフがあったが、それを英訳すると ”You had it coming.” となる。 積極的に使いたい表現ではないが、英会話中級者以上なら知っておきたい。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アクション, イ・ジョンジェ, パク・ジョンミン, ファン・ジョンミン, 監督:ホン・ウォンチャン, 配給会社:ツイン, 韓国Leave a Comment on 『 ただ悪より救いたまえ 』 -容赦ない韓流アクション-

『 私のボクサー 』 -もう少しだけリアリティが欲しい-

Posted on 2021年12月7日 by cool-jupiter

私のボクサー 70点
2021年12月3日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:オム・テグ イ・ヘリ キム・ヒウォン イ・ソル
監督:チョン・ヒョッキ

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『 ファイター、北からの挑戦者 』を観に行くタイミングがなかなか取れない。代わりに、軽めに思えた本作をTSUTAYAでチョイスしたが、ラブコメと見せかけたシリアスなボクシング・ドラマだった。

 

あらすじ

ビョング(オム・テグ)は将来を嘱望されるボクサーだったが、脳挫傷のために引退を余儀なくされる。しかし、館長(キム・ヒウォン)の厚意で事務の雑用係をすることで暮らしていた。ある日、ピョングはダイエット目的でジムにやってきたミンジ(イ・ヘリ)のコーチとなるのだが・・・

 

ポジティブ・サイド

開始早々から、黄昏時の海辺でシャドーボクシングをする男性のシルエットと太鼓を打ち鳴らす女性という、何とも奇妙な Establishing Shot である。この昼でも夜でもない海辺の男女という構図は非常に重要なので、これから鑑賞される方はこの絵をぜひとも脳裏に焼き付けられたし。

 

多くのボクシングものが、主人公が激闘の末に徐々に眼や脳にダメージを負っていく、あるいはその疑いが生じるというプロットを採用している。『 ロッキー5/最後のドラマ 』然り、『 アンダードッグ 』然り。しかし本作は主人公たるビョングがすでに脳にダメージを受けてしまった後から物語が始まる。「え?」と言うしかない。Jovianはここで、赤井英和のアナザーストーリーであるかのように錯覚してしまい、物語に引き込まれてしまった。

 

赤井英和はかつで朝日新聞だか毎日新聞だかのインタビューで「ボクシングはピークの頃の自分のイメージが強く残る。だから辞めるに辞められない」と語った。吉野弘幸はキャリア晩年に「まだまだ金山俊治戦みたいな試合ができる」とボクシング・マガジンか何かで語っていた。ボクサーのこうした習性というか本能のようなものを知っていれば、本作のビョングが29歳にしてリングへの復帰に熱い思いを抱くのも無理からぬことと納得できる。

 

ミンジへのコーチ、ジムメイトのギョンファンとの奇妙な友情と確執、犬を拾ってフォアマン(もちろん「老いは恥ではない」の言で知られるジョージ・フォアマンにあやかってだろう)と名づけるところ、そしてパンソリ・ボクシングを始めるきっかけとなったジヨンとの思い出。すべてが色鮮やかに語られながら、しかし、ビョングの暗くつらい過去、そして現在のパンチドランカー症状につながっていく。このあたりの語り口は非常に軽く、しかし同時に重い。ミンジというキャラの明るさと気の強さ、そしてビョングの朴訥さが、凸凹コンビ的でありながら、非常に清々しいパートナー関係に映る。

 

紆余曲折あってからのリング復帰を果たしたビョングを待ち構えるのは、どういうわけか因縁のジムメイトだったギョンファン。ビョングのパンソリ・ボクシングにかける想いには、ベタベタな演出ながら不覚にも感動してしまった。

 

ラストの燦々たる陽光のシーンをどう受け取るべきか。黄昏時の海辺のシャドーボクシングとの鮮やかすぎるコントラスト。これは現実なのか、それともビョングの見ている夢なのか。ひとつ確かなのは、ビョングは矢吹ジョーの如く「燃え尽きる」ことができたということだろう。

 

ネガティブ・サイド

韓国ではプロボクシングが斜陽産業であることは承知している。しかし、いくらなんでもコミッションが適当すぎやしないか。一度は引退を余儀なくされたボクサーの復帰に際して、メディカル・チェックがないわけがないだろう。そこを館長があれやこれやで回避するサブプロットを2分ぐらいよいので描くべきだった。

 

肝腎かなめの試合のシーンもおかしい。ボクシングシーンが非現実的なのは、どこの国のいつの時代のボクシング映画にも共通している。本作で決定的におかしいのは、ダウンシーン。ダウンを奪った側が颯爽と赤コーナーに向かう。ニュートラルコーナーではない。撮影中、そして編集中に誰一人としておかしいと思わなかったのだろうか。野球映画で、守備側の大ピンチに野手がピッチャー・マウンドではなく二塁(別に一塁でも三塁でもいい)に集合したらおかしいだろう。

 

総評

DVDのカバーが醸し出すポワンとしたラブコメ感は、実は本編にはほとんどない。序盤以外はほとんど硬質なドラマである。本作ではあるキャラが「韓国らしさは世界に通じる」と喝破するが、けだし韓国映画人の本音であろう。主演のオム・テグのシャドー・ボクシングは『 ボックス! 』の市原隼人並みにキレッキレである。ラブコメ好きにはお勧めしない。硬派なヒューマンドラマを求める向きにこそお勧めする。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

ニム

過去記事でも紹介したことがあるが、「~様」の意味となる。劇中ではミンジはピョングを「コーチニム」=コーチ様と呼んでいた。韓国では社長様や先生様という二重尊称が当たり前で、あらためて遠くて近い、近くて遠い国であると思う。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, イ・ソル, イ・ヘリ, オム・テグ, キム・ヒウォン, ヒューマンドラマ, 監督:チョン・ヒョッキ, 韓国Leave a Comment on 『 私のボクサー 』 -もう少しだけリアリティが欲しい-

『 目撃者 』 -韓流サスペンスの常道-

Posted on 2021年11月1日 by cool-jupiter

目撃者 65点
2021年10月29日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:イ・ソンミン キム・サンホ クァク・シヤン
監督:チョ・ギュジャン

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『 ビースト 』のイ・ソンミンの迫力に気圧されてしまい、もう一度彼を見てみたいと思い、近所のTSUTAYAでレンタル。終盤のプロットに納得がいかないものの、韓国人俳優たちの演技力の高さ、映画人の問題意識の高さが垣間見える一本であった。

 

あらすじ

妻と娘と共に新居のマンションへと移り住んだサラリーマンのサンフン(イ・ソンミン)は、ある夜泥酔した帰宅した。深夜2時、女性の助けを求める声を聴いたサンフンはベランダから殺人現場を目撃してしまう。そして殺人鬼は上を見上げ、サンフンの部屋に明かりがついていることを確認して・・・

 

ポジティブ・サイド

まず大前提として、日本の警察と韓国の警察は違うのだ、ということを認識しておく必要がある。いや、市民の警察に対する信頼度の違いと言うべきか。普通の感覚なら「さっさと110番通報しろ」ということになるが、韓国映画における警察とは無能の象徴である。まったく頼りにならない。そのことが分かっているかどうかで、本作の感想は大きく異なる。本項は、韓国警察=無能という前提に立てる人向けのレビューとなる。

 

まず冒頭のサンフンの仕事っぷりからして小市民である。保険会社の調査員であるが、すべてが事なかれ主義である。こうした姿に「何だこいつは!」と義憤を募らせるか、「ああ、俺も実はこんな風に仕事してるわ」と思えるかで、またもや本作のイメージはがらりと変わる。もちろん、本項は後者向けのレビューである。

 

殺人の現場を目撃してしまう。そして、自分がそれを目撃したということを相手にも知られてしまう。それによって次なるターゲットが自分になってしまう。それは恐怖である。しかし、もっと恐ろしいのは、殺人鬼のターゲットが自分の家族にまで及ぶことだ。本当ならサンフンは妻に告げるべきなのだが、そのこと自体が妻に恐怖を与えるし、また妻がそれによって用心した行動を取っていることが殺人鬼にばれてしまえば、妻や娘に対する危険度が逆に上がってしまう。ここまでのサンフンの苦悩が言葉ではなく、表情と動き、ちょっとした仕草で伝えられる。素晴らしい演技力であり、演出である。そそっかしい人なら、「なにやってんだ、このオッサン」と感じるかもしれないが、本項は visual storytelling を解する人向けである。

 

殺人鬼が神出鬼没で、犯行の動機も何もかもが不明。サンフン以外の目撃者を始末していく。またサンフンとその家族に対してもその毒牙を向けようと動いていく。そこで『 焼肉ドラゴン 』のキム・サンホが人情味あふれる刑事として事件を捜査していく。警察=無能という図式は維持しつつ、そうした組織で奮闘する個人は別。こうしたキャラに感情移入できる中年男性は多いのではないか。この刑事の機転の利いた捜査方法から事態が思わぬ方向へ発展し、無理なくアクションシーンを挿入することにも成功している。この脚本家はなかなかの手練れである。

 

『 殺人鬼から逃げる夜 』ほどではないが、本作も走る走る。また、『 ほえる犬は噛まない 』や『 はちどり 』と同じく、巨大集合住宅における人間関係の希薄化を浮き彫りにした作品である。本作と相性が良いと感じた人はぜひ鑑賞されたし。

 

ネガティブ・サイド

 

以下、ネタバレあり

 

やはり最後の最後に、サンフンが直接殺人鬼と「ケリをつける」という展開は無理がある。殺人鬼を追撃するというのは『 チェイサー 』的だが、あちらは元刑事、こちらは保険会社員。バックグラウンドが違いすぎる。散々追いかけてきた相手を積極的に追うのではなく、もっと不自然さを感じさせない方法でサンフンと殺人鬼を対峙させるプロットはなかったか。

 

マンションの自治会会長的な女性の最後の言葉もおかしい。サンフン一家が売り払って引っ越ししていくマンションを「4億ウォン以下で売らないで」と言ってくる。マンション相場の維持に躍起なのだろうが、目と鼻の先で大規模土砂災害が起きてしまうマンションが、価格を維持できるわけがない。長期的には分からないが、少なくとも短期的な値崩れはどうしようもないし、それをサンフンに転嫁しようとするこのオバちゃんの言動は不可解の一語に尽きる。

 

総評

実に韓国らしい映画。謎の殺人鬼。小市民の主人公。役立たずの警察。それでいてサスペンスは抜群で、社会的なメッセージもズバリと発してくる。Jovianもマンション住まいだが、本作の最後のシーンにはゾクリとさせられた。韓国のみならず、世界の多くの都市部に共通する人間関係の希薄化の怖さの一面を感じさせられた。イ・ソンミンのカメレオン俳優っぷりを堪能されたい向きはぜひ鑑賞を。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

witness

「目撃者」という名詞、「目撃する」という動詞、どちらにも使える。英検1級を目指す人なら、bear withness to ~ という成句を覚えておきたい。「~を証言する」「~証明する」という意味である。Many trophies bear witness to his achievements. = 多くのトロフィーが彼の実績を証明している、のように使う。 

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, イ・ソンミン, キム・サンホ, クァク・シヤン, サスペンス, 監督:チョ・ギュジャン, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 目撃者 』 -韓流サスペンスの常道-

『 ビースト 』 -韓国ノワール健在-

Posted on 2021年10月23日 by cool-jupiter

ビースト 75点
2021年10月23日 心斎橋シネマートにて鑑賞
出演:イ・ソンミン ユ・ジェミョン
監督:イ・ジョンホ

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なんとか妻を説得し、やっと心斎橋への出陣許可を得た。ならばと評価の高い韓国ノワールをチョイス。実に見ごたえのあるサスペンスであった。

 

あらすじ

殺人課の刑事ハンス(イ・ソンミン)とミンテ(ユ・ジェミョン)は、課長への昇任をめぐって競い合っていた。そんな中、インチョンで女子高生の猟奇殺人事件が発生。ハンスは容疑者の男を逮捕し、自白させる。しかし、ミンテはその容疑者が犯人ではないとの確証から男を釈放し、・・・

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ポジティブ・サイド

韓国映画における警察 = 無能、というのは全世界の共通認識だが、本作ではその警察官同士の争いが見どころになっている。と言っても、単にどちらが先に事件を解決するかを競うだけではない。どちらがどれだけ汚い手、常道ではない手段で事件を解決するかの競い合いにもなっている。

 

女子高生の猟奇殺人事件を追う中で、だんだんと物事の意外な側面が見えてくる。誰もが心の中に獣を飼っていて、それが表に出てくるのかもしれない、という女警察官の一言が強烈である。情報屋を飼っていて、場合によってはその情報屋のためにチンピラをボコボコにしたりすることもあるハンスと、手続きを公正に踏んでいくことで、結果として大失態につながってしまうミンテ。この二人の演技合戦で物語は終始進んでいく。

 

『 ブリング・ミー・ホーム 尋ね人 』の悪徳警察署長の印象が強いユ・ジェミョンが本作でも強烈な存在感を発揮。ルックスで言えば決して二枚目とは言えない俳優だが、ソン・ガンホを初めとして、韓国映画ではこうした土着性の非常に強い顔の俳優が活躍する。殺人課の刑事として腕利きではあるものの、訳アリな男を見事に演じている。

 

対するハンスを演じるイ・ソンミンは初めて見たが、演技力凄すぎ。チームのメンバーから信頼を集める班長の顔と、家庭破綻者の顔、そしてミンテ同様に腕利きでありながら、訳アリな男を怪演した。冒頭から刺青の男を殴って殴って殴りまくるように、腕っぷしもある。相手のわずかな心の隙を突く狡猾な話術もある。終盤に見せる鬼気迫る表情と咆哮は、まさにタイトル通りの獣。『 殺人鬼から逃げる夜 』のウィ・ハジュンにも感じたことだが、よくこれだけ表情を変えられるなと感心を通り越して、怖気をふるってしまう。凄い役者である。

 

全編にわたって血生臭さが漂っており、実際にかなりのグロ描写や暴力描写もある。また、直接的な視覚情報が与えられるわけではないが、音声だけでもかなり精神的にキツイ場面もある。『 悪魔を見た 』のチェ・ミンシクの逃亡先のコテージの男と同じ役者と思しきキャラが本作に登場しており、「そら、こんな奴見たら誰でも犯人と思うやろ」と感じさせられてしまう。クライマックスの凄絶さは、まさにビースト。人間が人間でいられるのは、相手のことも人間であると確信できるから。目の前にいる相手が悪魔なら、自分も悪魔になるしかない。または獣になるしかない。

 

かつてはパートナーだった二人が、いつしか互いに反目するようなってしまう・・・だけなら凡百のバディ・ムービーだが、これは韓国映画。人間の心のダークサイドを極限まで追究しようとする姿勢には、もはや敬意を表すしかない。サスペンスやスリラーというジャンルでは、日本は韓国にはもう勝てない。

 

ネガティブ・サイド

麻薬捜査班から移籍してきた女性警察官が、最初と最後しか出番がなかった。もっとこの新入りを効果的に使って、ハンスとミンテがなぜ反目しあうようになってしまったのかを語らせてほしかった。

 

広域捜査隊と途中で捜査がかぶってしまうが、こんなことは実際にはあるのだろうか。このような展開が実際に起きてしまえば、それすなわち警察上層部の大失敗であるように思う。ここはちょっとリアリティが足りないように感じた。

 

総評

『 暗数殺人 』や『 殺人鬼から逃げる夜 』同様に、観終わってからドッと疲れるタイプの映画である。決して心地よい疲れではない。観た後になにがしかの澱のようなものが胸の中に残り続ける。そんな感覚を与える作品である。主演のおっさん2人の演技のレベルが高すぎて、それだけで2時間超のストーリーをピーンと張りつめた糸のように持たせている。デートムービーにはならないし、夫婦で観るのもキツイ。案外、サラリーマンが一人で鑑賞するのに向いているかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

シバ

韓国英語を観ていると必ず一回は聞こえてくる気がするスラング。意味は「クソ」である。使い方は日本語のクソと同じ。悪態をつきたいときに口に出せばいい。また、そこまで酷いシチュエーションでなくとも「あー、暑いな、クソ。」のような軽い文脈でも使える。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, イ・ソンミン, サスペンス, ユ・ジェミョン, 監督:イ・ジョンホ, 配給会社:キノシネマ, 韓国Leave a Comment on 『 ビースト 』 -韓国ノワール健在-

『 殺人鬼から逃げる夜 』 -韓流スリラーの秀作-

Posted on 2021年10月16日 by cool-jupiter

殺人鬼から逃げる夜 75点
2021年10月14日 TOHOシネマズなんばにて鑑賞
出演:チン・ギジュ ウィ・ハジュン パク・フン キル・ヘヨン
監督:クォン・オスン

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TOHOシネマズ梅田では都合がつかないので、難波まで足を伸ばす。その甲斐があった。これまた韓流スリラーの秀作である。

 

あらすじ

聴覚障がい者のギョンミ(チン・ギジュ)は、ある夜、路地裏からハイヒールを投げて、か細い声で助けを求める女性に遭遇する。その女性を助けようとしたギョンミは殺人鬼(ウィ・ハジュン)に追われることになる。果たしてギョンミは逃げ切ることができるのか・・・

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ポジティブ・サイド

冒頭からただならぬ雰囲気が漂っている。暗い路地。一人で歩く女性。親切そうに声をかけてくる男。テンプレ通りであるが、男がサイコな殺人鬼に変貌する様がとにかく恐ろしい。まるで『 羊たちの沈黙 』と『 悪魔を見た 』のオープニング・シークエンスを足したかのうようである。そして実際そうなのだろう。全編にわたって「面白い」という評価が定まった映画のパッチワークであるように見える。見えるのだが、それがパクリではなくオマージュでもなく、一つの様式美にまで高まっている感すらある。

 

殺人鬼役のウィ・ハジュンはJovian嫁をして「こらイケメンやわ」と言わしめる handsome guy だが、普通に頭のおかしいサイコパス殺人狂。表情の変わりっぷりが常人のそれではない。チェ・ミンシクの弟子だとしか思えない。単なるイケメンで役を得ているのではない。確かな演技力があってこその配役だと実感できる。私見では『 孤狼の血 LEVEL2 』の鈴木亮平の恐ろしさの方が上であるが、ウィ・ハジュンは役者としてのキャリアはまだまだ短いし浅い。それでこれだけのパフォーマンスを見せるのだから、よほど監督の演出が凄かったのか、あるいは鈴木のように役に向き合う時間があったのだろう。

 

ただし主役はギョンミ。こちらも凄い。聴覚障がい者という点で『 ただ君だけ 』のジョンファと重なるが、障がい者=清く正しく弱く、だからこそ美しいなどという描き方は真っ向から拒否している。悪態をつきまくる手話の顧客相手に折れることなく、勤め先の会社の大口取引先の接待で、ギョンミの耳が聞こえないのをいいことに好き勝手言いまくる野郎ども相手にも次々に手話でののしり言葉を浴びせていく。簡単に諦めたり、屈服したりするキャラではないことを、言葉を使わずして雄弁に語っている。ところどころで無音となるシーンを挿入するのは『 クワイエット・プレイス 破られた沈黙 』でもあった演出だが、これによりすぐそこにいるはずの殺人鬼に観る側は気付いているのに、ギョンミが気付いてくれないというもどかしさが、最高級のサスペンスを生み出している。特にギョンミの家に侵入するシーンの恐怖とサスペンスよ。ここでは『 シャイニング 』の有名なシーンへのオマージュが観られるので期待されたし。

 

頭のおかしさは折り紙付きのこの殺人鬼、なんと善良な一般人のふりをして警察署にまでついてきて、ギョンミとその母を執拗に付け回す。そこにギョンミが目撃した怪我をした女性の兄にして元海兵隊員のジョンタクもやってきて役者がそろう。ここからギョンミが、同じく聴覚障がい者である母と共に恐怖の殺人鬼から逃げまくるのだが、これがまた緊迫感満点。『 チェイサー 』のハ・ジョンウとキム・ユンソク並みに走って走って走りまくる。入り組んだ路地。人気の少ない街はずれ。そこを三者が縦横無尽に走りまくるのだが、冒頭のシーンと同じく、クォン・オスン監督はアクションだけではなく、街のそこかしこに存在する漆黒の闇をねっとりと画面に映し出していく。ポン・ジュノ監督の『 母なる証明 』の事件現場を彷彿させてくれる。この街の闇=人間の心の闇で、これが殺人鬼のものだけではなく、広く現代人が持ってしまっているものだということを終盤の展開で見せつけてくる。人気のない街区でも、光と人にあふれる繁華街でも、ギョンミは社会的には徹底的に弱者であるということを見せつけられてしまう。ここでチン・ギジュが見せる演技は圧倒的である。必死の訴えをワンカットで演じ切るという渾身の演技。テレビドラマ畑出身のようだが、もっと映画にも出てほしいもの。

 

殺人鬼の名前だとか動機だとか、そんなものはどうでもいい。逃げる女性。追う殺人鬼。それを追う被害者の兄。こんな単純なプロットで2時間弱の間、緊張感をまったく途切れさせることなく、それでいて社会的なメッセージまで盛り込んだ作品である。観ない手はない。空いている劇場の空いている時間帯を見計らってチケットを購入されたし。

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ネガティブ・サイド

韓国映画における警察の無能さは全世界の知るところであるが、さすがに事件の目撃者かつ被害者と思しき女性の兄を名乗る者がいれば身分証やら何やら身元確認をするだろう。また別の男と乱闘になって流血沙汰になっているのだから、調書は取るだろう。さすがに現実の韓国警察もそこまで無能ではないはずだ。

 

終盤近くにジョンタクが取る行動もおかしい。いや、取る行動というか、取らなかった行動と言うべきか。携帯を持っているなら、それでしかるべきところに通報せよ。その上で走れ。警察につながって信じてもらえなくても、それはそれで韓国警察の無能さがまた一つ浮き彫りになるだけ。ここだけはもっと常識的な行動をしてほしかった。

 

総評

これが長編デビュー作とは信じられない。が、韓国では『 国家が破産する日 』や『 藁にもすがる獣たち 』のような逸品を長編や商業作品を手がけるのは初めてという監督が作ってしまうので、本作のクオリティにも驚いてはいけないのかもしれない。『 ブラインド 』が『 見えない目撃者 』としてリメイクされたように、本作も日本でリメイクしてほしい。監督は森淳一、脚本は藤井清美で。そう感じさせてくれる、圧巻の出来栄えである。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

シバラマ

『 哭声 コクソン 』でも紹介した表現。韓国語で言うところの”F*** you”である。使ってはいけない韓国語であるが、どういうわけか韓国映画では頻繁に使われている。邦画界も上品な言葉遣いだけではなく、卑罵語をバンバン使った映画を作ってほしい。だからといって、北野武映画のような「てめえ、この野郎、バカヤロー」連発も困りものだが。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, ウィ・ハジュン, キル・ヘヨン, サスペンス, スリラー, チン・ギジュ, パク・フン, 監督:クォン・オスン, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 殺人鬼から逃げる夜 』 -韓流スリラーの秀作-

『 死体が消えた夜 』 -もう少し演出に工夫を-

Posted on 2021年9月25日2021年9月25日 by cool-jupiter

死体が消えた夜 60点
2021年9月21日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:キム・ガンウ キム・サンギョン キム・ヒエ
監督:イ・チャンヒ

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大学が開講したことの目まぐるしさから一時の逃避を求めてTSUTAYAへ。

あらすじ

大学教授のジンハン(キム・ガンウ)は教え子の学生と不倫、彼女は妊娠した。ジンハンは開発中の新薬で妻を殺害し、彼女は病死とされた。しかし、ジンハンの元に「遺体が消えた」との連絡が入る。誰かが妻の遺体を運び出したのか、それとも妻は死んでいなかったのか・・・

 

ポジティブ・サイド

ミステリなのか、それともオカルトなのか、ということをはっきりさせないことで、これは一体なんなのかと観る側を疑心暗鬼にさせる。なかなかに良い雰囲気。

 

妻を見事に片づけたことに安堵しているジンハンから色々と事情聴取をする刑事ジュンシクが型破りだ。署の駐車場に車を停めるのに、車の後部をぶつける事故を起こしたり、上梓である署長の携帯番号を「クソ署長」で登録していたりと、なかなかに型破り。

 

タイトルが『 死体が消えた夜 』なので、この取調室の一夜をスーパーナチュラル・スリラーっぽい要素を交えてネットリと描き出すのかと思ったら、さにあらず。ストーリーは思わぬ方向へ進み、最後にはすべてのピースがパズルのごとくピタリとはまった。韓国映画らしいエンタメ要素と社会的メッセージの両方が備わった佳作である。

 

ネガティブ・サイド

電話のシーンは不要である。こうした場合、通話先の相手の様子は見せる必要はない。ミスリードしたいのだろうが、それなら声だけでよかったのではないか。

 

色々な工夫が凝らされていはいるものの「そんなもん、どこで手に入れた?」というアイテムや、「その場しのぎにはなっても、長くは通用しないだろう」という手がバンバン使われている。急速展開と役者の演技でギリギリもたせているものの、論理的にはかなり破綻したストーリーと言わざるを得ない。

 

総評

韓国映画らしい社会の上層と下層の対比が映える。弱点も多い作品だが、長所がそれらを上回る。イ・チャンヒ監督はラブコメの『 あなたの彼女 』を2019年に公開しており、この時点では無名の監督。それでも無名監督らしい「俺はこういうストーリーを描きたいんだ」の一点突破で成立している作品である。ホラーは無理、オカルトなら何とか、ミステリやサスペンスなら全然大丈夫、という人は本作をどうぞ。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

ソンセンニム

「先生」の意。先生=センセイは、確かにソンセンという音に近い。ニムの意味は『 悪人伝 』でも触れたが、韓国はとにかく目上には様をつける。先生様や社長様、会長様など、とにかく相手を敬うときには様=ニムなのである。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, キム・ガンウ, キム・サンギョン, キム・ヒエ, スリラー, 監督:イ・チャンヒ, 配給会社:クロックワークス, 韓国Leave a Comment on 『 死体が消えた夜 』 -もう少し演出に工夫を-

『 サムジンカンパニー1995 』 -モデルはサムソンではない-

Posted on 2021年9月8日 by cool-jupiter

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サムジンカンパニー1995 80点
2021年9月4日 塚口サンサン劇場にて鑑賞
出演:コ・アソン イ・ソム パク・ヘス
監督:イ・ジョンピル

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Jovianは前職では英語・英会話講師、現職では企業・学校向け英語レッスンの教務担当である。今春に本作の紹介記事を読んで「TOEICのスコアアップに奮闘するOLたちの物語」と早合点していたが、どうしてなかなか骨太の社会はエンターテインメントであった。

 

あらすじ

サムジン電子に勤める生産管理のジャヨン(コ・アソン)、マーケティングのユナ(イ・ソム)、会計のボラム(パク・ヘス)は高卒というだけで制服を着せられ、小間使いばかりに従事させられていた。ある日、ジャヨンは近くの河川で魚が大量に死んでいるのを目撃、その後、自社工場から汚染水が排出されているのを目撃する。会社の不正行為に立ち向かおうとするジャヨン達であるが・・・

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ポジティブ・サイド

Jovian妻は大学新卒から東証一部上場企業の事務職であるが、旧態依然たる制服勤務、ファイリング、データ入力などに従事する毎日で、当然分厚いガラスの天井がある職場である。その妻が本作のオープニング映像に痛く感銘を受けていた。詳しくは見てもらえれば分かるのだが、とにかく男の仕事がいかにいい加減で、しかも縁の下の力持ちの存在に全く気が付いていないことが分かるだろう。1990年代の韓国企業を舞台にしたストーリーであるが、これが2021年の東証一部上場企業の中身にそっくりなところがいっぱいあるということに、我々はもっと衝撃を受けねばならない。

 

TOEICスコアが600点に達すれば「代理」になれるというお達しに色めき立つジャヨン達であるが、その一方で目撃してしまった自社工場からの汚染水の放出。これに目をつぶってTOEICスコアと共に栄達を目指すのか、それとも自身の正義感に忠実に行動するのか。このあたりの分かれ目がリアルに感じられた。当然彼女らは後者。持ち前の行動力と、長年の事務作業で培ってきた事務知識と事務処理能力を駆使して『 ミッション・インポッシブル 』的な潜入や調査を行っていく。FAXと電話番号の関係や、電話機の操作、オフィス用品の意外な用途など、知っている人であれば納得できる行動だろうし、知らない人が見れば「すごい!」と素直に感心できるだろう。

 

その過程で明るみになっていく数々の事実。それに関わるサムジン電子社内の複雑な権力構造と人間関係。ジャヨンたちが真実に迫り、それを社会に向けて告発しようと、まさに『 記者たち 畏怖と衝撃の真実 』や『 オフィシャル・シークレット 』のような展開が見えた瞬間に、韓国社会の無情な現実が立ちはだかる。『 トガニ 幼き瞳の告発 』のような胸糞バッドエンドなのか・・・と思わせてからの大逆転劇が愉快・痛快・爽快だ。韓国映画が近代史実を料理すると『 国家が破産する日 』のような展開かつエンディングを普通に作ったりするので油断できない。そうした自国映画の特徴までも伏線にした傑作である。

 

グローバル化、そして英語がキーワードの本作であるが、TOEIC対策のために会社で皆が勉強するという風景がどこか前時代的なのだが、これすらも伏線にしてしまうのだからイ・ジョンピル監督の手腕には恐れ入る。ジェットコースター的な展開の連続で「これはいける!」と思った瞬間からの転落劇や、どん底からの逆転劇が、行きつく間もなく繰り広げられる。社内の意外な人物が敵だったり、あるいは味方だったり、そうした人間たちを相手に虚々実々の駆け引きが行われ、観る側を決して飽きさせない。恋愛要素ゼロで突っ走るという、邦画では絶対に企画時点で却下されそうな脚本で最後まで全力疾走する。2020年代の韓国社会(日本社会も同様だ)の旧弊を公然と非難し、それを呵呵と笑い飛ばす会心の韓流コメディである。

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ネガティブ・サイド

出てくる男性キャラクターが一人を除いてアホ、鈍感、悪人のいずれかである。いや、根っからの悪人というのは少数なのだが、ある意味で自分の愚かしさや行動原理の醜悪さに気づかないアホや鈍感なので、同じ男としていたたまれない気持ちになってしまった。人の振り見て我が振り直せである。まあ、これは減点対象となるところではない。

 

英語クラスで自らに English name をつけるのだが、ジャヨンが自分につけたのはDorothy = ドロシー。「これは『 オズの魔法使 』へのオマージュか」と感じさせたが、特にそういった工夫はなし。Ma belleであるMichelleの過去が名前の意味と合っていただけに、SilviaやDorothyという名前にも、もっと意味を持たせて欲しかった。

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総評

痛快の一語に尽きる傑作である。シリアスでありながらコメディ、コメディでありながらシリアス。エンタメ性と社会性のバランス配分も素晴らしい。TVドラマの『 ショムニ 』のようだというレビューをちらほら見かけるが、全然違うだろう。片や、欲望のままに動いて結果的に会社の利益に。片や、正義感と信念に突き動かされて社会の利益に。本作は韓流『 エリン・ブロコビッチ 』であり『 女神の見えざる手 』であり『 ドリーム 』と評すべきだろう。遅くに上映してくれた塚口サンサン劇場に感謝。多くの方に劇場またはレンタルや配信でご覧いただきたい傑作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Even a worm will turn.

「一寸の虫にも五分の魂」・・・よりも「なめくじにも角」の方がニュアンス的には近いように思う。作中ではTOEICによく出る英語の格言・諺の一つとして扱われていたが、主人公たちが一貫して見せつける意地を表す言葉にもなっている。TOEICには英語の格言や慣用表現というのはあまり出ないはず。イディオムについては、どちらかと言うとTOEFL ITPを受験しなければならない大学生が知っておくべきか。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, イ・ソム, コ・アソン, コメディ, パク・ヘス, 監督:イ・ジョンピル, 配給会社:ツイン, 韓国Leave a Comment on 『 サムジンカンパニー1995 』 -モデルはサムソンではない-

『 白頭山大噴火 』 -韓流ディザスタームービーの佳作-

Posted on 2021年9月3日 by cool-jupiter

白頭山大噴火 75点
2021年8月29日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:ハ・ジョンウ イ・ビョンホン マ・ドンソク ペ・スジ
監督:イ・ヘジュン キム・ビョンソ

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仕事が多忙を極めているため簡易レビューを。

 

あらすじ

白頭山の巨大噴火を阻止しようと奮闘する者たちの物語。

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ポジティブ・サイド

邦画で火山がフィーチャーされた作品というと『 日本沈没 』ぐらいしか思いつかない。しかも火山がテーマではない。他には火山噴火が導入になっている『 ドラゴンヘッド 』か、あるいは火山噴火が味付けになっている『 火口のふたり 』ぐらいか。ハリウッドはこの分野で傑作から駄作まで一通り作ってきたが、火山大国である日本からではなく韓国から火山噴火映画が出てきた。喜ぶべきか、嘆くべきか。

 

白頭山の噴火というのは、それなりに現実的な設定。しかし、それを食い止める、あるいは噴火の規模を抑えるための策が、地下での核爆発、しかもその核を北朝鮮から奪おうというのだから、荒唐無稽もいいところである。まるで1970~1980年代にかけてブライアン・フリーマントルの謀略小説のようである。あるいは 『 鷲は舞い降りた 』のような不可能ミッションのようである。そんなプロットをとにもかくにも成立させてしまうのは、主演のハ・ジョンウとイ・ビョンホンの力によるところが大きい。

 

ハ・ジョンウの頼りなさげな指揮官と、イ・ビョンホンの不穏極まりないオーラを放つ工作員の対比が、物語に奇妙なユーモアとシリアスさを同居させ、それがいつの間にやら極上のバディ・ムービーへと変貌していく。特にイ・ビョンホンはその演技ボキャブラリーの多彩さを本作でも見せつけて、他を圧倒している。デビューの頃から自慰シーンを見せたり、『 王になった男 』では下品な腰使いに排便シーンも見せてくれたが、今作でも野糞と立小便を披露。同年代である竹野内豊や西島秀俊が同じことをやれるだろうか?まず無理だろう。

 

米中露の政治的な駆け引きと思惑あり、ファミリードラマあり、アクションありと、面白一本鎗志向の中にもリアルな要素と鉄板の感動要素を盛り込んでくるのが韓国映画で、本作もその点ではずれなし。核を本当にぶっ放す映画としては『 アメリカン・アサシン 』や『 PMC ザ・バンカー 』よりも面白い。今夏、劇場でカタルシスを求めるなら、本作で決まりだろう。

 

ネガティブ・サイド

序盤のカーアクションのシーンは不要。CGで注力すべきは、地震による建造物の倒壊であるべきだった。

 

マ・ドンソクのインテリ役には少々違和感があった。ハ・ジョンウの嫁を保護するシーンで、多少は腕力を披露してくれても良かったのではないだろうか。

 

ジェット機が飛べなくなるほど上空に火山灰が舞い散っているのに、北朝鮮国内の、しかも北方の白頭山に近いエリアにほとんど灰が降り積もっていなかったのは多大なる違和感。同日にNHKのサイエンスZEROで『 富士山 噴火の歴史を読み解け 』を観たので、なおさら不自然に感じた。

 

総評

韓国映画の勢いはまだまだ止まらない。北朝鮮が国家として存在している以上、ドラマは無限に生み出せる。羨ましいような羨ましくないような状況だが、それすらもエンタメのネタにしてしまうところは邦画も見習うべきなのだろう。火山の国としても、また核を持たない軍事的な小国という立場からも、日本の映画ファンに幅広く鑑賞してもらいたい佳作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

erupt

噴火する、噴出するの意。ex + rupt = 外に + 破れる というのが語源になったラテン語の意味である。rupt = 破れる だと理解すれば、interruptやbankrupt, disrupt, abruptなどの意味を把握するのは容易だろう。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, アクション, イ・ビョンホン, ハ・ジョンウ, パニック, ペ・スジ, マ・ドンソク, 監督:イ・ヘジュン, 監督:キム・ビョンソ, 配給会社:ツイン, 韓国Leave a Comment on 『 白頭山大噴火 』 -韓流ディザスタームービーの佳作-

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