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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: 監督:三池崇史

『 怪物の木こり 』 -全体的に低調なエンタメ-

Posted on 2024年1月7日 by cool-jupiter

怪物の木こり 20点
2024年1月4日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:亀梨和也
監督:三池崇史

2024年の一本目は昨年に見そびれた本作をチョイス。貯まっているポイントを使用すべきだった。

 

あらすじ

サイコパス弁護士の二宮(亀梨和也)は、怪物の木こりに扮した正体不明の連続殺人鬼に襲われる。かろうじて命拾いした二宮だったが、殺人鬼が襲ってきた人間にはある共通点があり・・・

ポジティブ・サイド

序盤に問答無用で男を殺害する亀梨、さらに噴水のごとく飛び出る血液に驚き。「いやいや、血液はそんなにビチャビチャではないやろ」と思いつつ、「でも一定時間逆さまにされ限界まで血液が上半身に集まってたらこれぐらい行くか?」と思考も軌道修正。邦画には珍しい、血みどろの物語へ期待が高まった。

サイコパスは業か否かという命題に一つの答えを提示しようという意気込みは評価したい。これは原作小説の作者に向けるべき賛辞か。原作を読んでいないので、本作がどれだけ原作に忠実なのかそうではないのかは分からない。

 

ネガティブ・サイド

まずサイコパスの描き方が残念。監修が中野信子で、この御仁は基本的に TV professor なので専門家ではあっても信用度は高くない。まあ、最終的には脚本家や演出した監督、さらには編集の責に着せられるべきなのだろうが、二宮という弁護士のサイコパシーなところが全然描写されない。無表情に人を傷つけるぐらいで、サイコパスのごく一部の側面しか見せていない。もっと弁護士としての頭脳明晰さや弁舌の上手さを見せたり、クライアントの心を掴むような描写がないと、キャラクターとしての深みが生まれない。

そもそも何故に婚約者の父親を殺す必要があるのか。普通に仕事に励んでいれば事務所を継ぐことができるはず。その理由も「サイコパスだから」というのは描写としては乱暴極まりない。

また脳チップというガジェットもつまらない。いや、つまらないというよりも説得力がない。あんな軽い衝撃で壊れる代物なら、それこそサッカーのヘディングでも壊れるだろうし、レントゲンやCTの放射線でも壊れそう。脳チップが埋め込まれているからサイコパスになるということに説得力がないし、脳チップが壊れたからサイコパスじゃなくなりました、というのも説得力がない。これではストーリーが面白くなるはずがない。

アクションシーンも細かいカットの連続で緊張感が生まれていない。襲撃シーンをもっと緊迫感あるものにするために一回ぐらいはロングのワンカットを入れるべきだった。

そもそもキャラが色々としゃべりすぎ。「猫はもう飽きたんだよね」などはその最たるもの。最後の犯人の語りも回想や目線、表情を駆使すればセリフは半分に減らせたはず。説明しないと観る側が分からないだろうと思っているのだろうか。本当ならそれなりに感動的なシーンになるのだろうが、冗長さが勝ってしまった。

最後の疑問は絵本。これは浦沢直樹の某漫画の中の絵本のパクリ・・・?

 

総評

2023年の映画なので今年のクソ映画オブ・ザ・イヤーの候補とはならないが、それでもこの低クオリティは鑑賞するのがしんどい。残念ながら『 一命 』以降の三池崇史は、それ以前の三池崇史ではない。韓国がリメイクしてくれれば(『 殺人鬼から逃げる夜 』+『 最後まで行く 』)÷2的な作品になりそう。日本はサイコサスペンスでは残念ながら韓国にはもう勝てない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

psyche

サイコパスのサイコ=psycoの名詞。哲学に造詣がある向きならプシュケーだと言えば通じるだろう。意味は精神、心理。The major earthquake left a significant impact on the Japanese psyche. =「大地震は日本人の精神に多大な影響を残した」のように使う。英検準1級以上を目指すなら知っておこう。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 コンクリート・ユートピア 』
『 雑魚どもよ、大志を抱け! 』
『 ゴーストワールド 』

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, E Rank, サスペンス, スリラー, 亀梨和也, 日本, 監督:三池崇史, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 怪物の木こり 』 -全体的に低調なエンタメ-

『 岸和田少年愚連隊 望郷 』 -1969年の日本の片隅-

Posted on 2022年9月18日 by cool-jupiter

岸和田少年愚連隊 望郷 70点
2022年9月16日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:長田融季 竹中直人 烏丸せつこ 高岡早紀 
監督:三池崇史

これもノスタルジーに駆られて再鑑賞。しかし、現代の目で見ると、相当に違和感を覚える描写が多数。時代が確実に移り変わっている。

 

あらすじ

岸和田の少年、リイチ(長田融季)の名前の由来は麻雀のリーチ。粗野で豪放な父・俊夫(竹中直人)がつけたもの。立派な悪童に育ったリイチだが、ある時、父がストリッパーを家に連れて帰ってきてしまい、愛想を尽かした母は家を出てしまう。寄る辺ないリイチは担任の伊藤先生(高岡早紀)のもとを訪ねるが・・・

 

ポジティブ・サイド

今回のリイチは小学生。長田融季が悪童の雰囲気をしっかり醸し出している。第二次性徴期前の少年と男の境目という、この時にしか撮れない作品が撮れたという印象。父に歯向かいたくても歯向かえない。母に甘えたくても甘えられない。そうした難しい年頃の男子を、まさに難しい年頃の男子が演じただけではない。本人の役の理解や監督の演出もあって、岸和田少年リイチとして説得力のあるキャラクター像を打ち出せていた。

 

竹中直人が粗暴で下品な父親役を好演した。関東人のはずなのに、ネイティブ南大阪人と見紛う芝居で、役への没入感が素晴らしかった。このダメ親父自身が、自分の父親、リイチの祖父と絶妙な距離感を保っていて、時を経るごとに変化する父と息子の関係と時を経ても変化しない父と息子の関係を、時にシリアスに、時にユーモラスに見せる。これは脚本と演出の勝利だろう。

 

いつものリョーコに当たる人物が、今回は小学校の担任。それを高岡早紀(若い!)が魅力たっぷりに演じる。この恋とも憧れとも微妙に違う、名状しがたい感情を先生に対して抱く。これも小学生男子あるあるだろう。

 

『 岸和田少年愚連隊 』シリーズは、一つの時代のごく狭い地域に焦点を当てた物語だが、随所に普遍的な要素が挿入されているのが面白い。20世紀半ばの岸和田という狭すぎる範囲の物語にノスタルジーを感じるのは、そこに誰もが共感できる普遍性が認められるからだ。

 

ライバルのサダとの闘いや、友情、思春期、いびつながらも丸く収まり、そしてまた壊れていくことを予感させる家族など、ハチャメチャながらどこか胸を打つ物語。クライマックスではエンニオ・モリコーネを彷彿させるBGMで、時代を際立たせながらも、闘う男の生き様という普遍性を浮かび上がらせた。まさに若き三池崇史の面目躍如の一作。

 

ネガティブ・サイド

ピアノ線が見えてしまうシーンがあるのはVHSではなくDVDだから?いや、画質は関係ないか。映画でいちばん映ってはいけないのはカメラマンだが、その次に映ってはいけないのは、特殊効果や特殊技術。この「部屋からガッシャーン」のシーンは大幅減点である。

 

リイチとサダたちの最後のケンカを真正面から映し出すのは難しかったか。子どもがどつき合う描写は challenging だろうが、だからこそ挑んでほしかった。

 

万博でなんとなく大団円に持っていくのはチープに感じた。これはJovianが維新嫌いだからという私情も入っているか。

 

総評

小学生であってもリイチはリイチ。竹中直人が父親役として大暴れするが、本作で初めてリイチは(文学的な意味での)父親殺しを経験し、同時に和解もする。言葉そのままの意味で「岸和田少年」の物語である。前二作を気に入ったという人は、本作もぜひ鑑賞すべし。リイチというキャラを別角度から見ても、やはりリイチはリイチなのだ。それを確認できるだけで本作は収穫である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

leave home

家出する、の意。home の前に a や the は不要である。父ちゃんも母ちゃんもリイチも、とにかく本作では皆が家出する。変な家族であるが、それもそれで一つの家族像だ。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 1990年代, B Rank, 日本, 烏丸せつこ, 監督:三池崇史, 竹中直人, 配給会社:松竹, 長田融季, 青春, 高岡早紀Leave a Comment on 『 岸和田少年愚連隊 望郷 』 -1969年の日本の片隅-

『 岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇 』 -走ってるんじゃない、止まれないんだ-

Posted on 2022年9月9日 by cool-jupiter

岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇 70点
2022年9月7日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:千原浩史 千原せいじ 鈴木紗理奈 北村一輝
監督:三池崇史

大学の後期開講前という超繁忙期のため簡易レビュー。

 

あらすじ

リイチ(千原浩史)は中学を卒業。岸和田の街でテキヤをして生計を立てていた。しかし、恋人のリョーコ(鈴木紗理奈)と別れ、別の女と付き合い始めたことで、リイチは徐々に自分らしさを失い始めて・・・

 

ポジティブ・サイド

ストーリーは『 岸和田少年愚連隊 』の方が面白いと感じるが、リイチとリョーコというキャラクターの掘り下げに関しては本作の方が上回っている。少々ポップな路線を追うようになってしまう前の三池崇史作品ゆえに、暴力的な描写には結構な迫力がある。

 

千原ジュニアとせいじの二人が岸和田の悪ガキを好演。恋人を捨てて別の女に走る男と、親友の恋人の友達と恋仲になる男という対比が面白い。岸和田少年愚連隊というのは、青春をひとつのテーマにしているが、青春から抜け出せない男と、青春を青春として卒業していく女のコントラストも鮮やかだ。

 

リョーコはやっぱり関西人が演じた方がいい。その意味では鈴木紗理奈は適役。この時点で映画は半分成功したようなもの。

 

関西人キャストでコテコテの関西映画を観るのは、ストレス解消にちょうどいい。ちょっとバイオレンスが過ぎるケンカのシーンと、ショッキングな終盤の展開を除けば、以外に本作の間口は広い。2000年以降生まれの若い世代にも観てほしい。

 

ネガティブ・サイド

フラメンコダンスのシーンは不用。

 

リイチとリョーコの再会のために、重要キャラに退場願うというプロットはちょっと頂けない。前作同様に警察にパクられて・・・は、それはそれで二番煎じか。

 

総評

Jovian妻は大阪の南部出身だが、岸和田駅が高架になる前、つまり本作が映し出す岸和田駅前のような南海沿線の街並みを懐かしく思い出したらしい(ちなみに妻の高校は『 セトウツミ 』の高校)。大阪人なら必見・・・とまでは言わないが、是非見てほしい作品。移ろいゆく人の心と、だんじり祭りに象徴される変わらない岸和田のコントラストを味わってほしい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Don’t be.

Sorry と言われて、誤る必要はないのにと感じたら、Don’t be. と返そう。Don’t be sorry. の略である。ちなみに劇中でリョーコが言う「謝ったらアカン」というのは、Don’t say that. もしくは You can’t say that. だろうと思う。ニュアンスが全然違うので注意のこと。

 

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Posted in 未分類Tagged 2020年代, B Rank, 北村一輝, 千原せいじ, 千原浩史, 日本, 監督:三池崇史, 配給会社:シネマ・ドゥ・シネマ, 鈴木紗理奈, 青春Leave a Comment on 『 岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇 』 -走ってるんじゃない、止まれないんだ-

『 土竜の唄 FINAL 』 -堂々の完結-

Posted on 2021年11月24日2021年11月24日 by cool-jupiter

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土竜の唄 FINAL 65点
2021年11月21日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:生田斗真 鈴木亮平 堤真一
監督:三池崇史

 

生田斗真の渾身のコメディシリーズが堂々の完結。ナンセンス系のギャグやら、そのCMネタはOKなのか?という瞬間もあったが、物語の幕はきれいな形で下りた。

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あらすじ

潜入捜査官、通称モグラとして会長・轟周宝逮捕のため数寄屋会に潜入した菊川玲二(生田斗真)は、順調に出世し、系列組の組長・日浦、通称パピヨン(堤真一)と義兄弟になっていた。そんな時、数寄屋会がイタリアのマフィアから大領の麻薬を仕入れるとの情報が入る。同時に、周宝の息子・レオ(鈴木亮平)が海外から帰国してきて・・・

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ポジティブ・サイド

もう冒頭から笑わせに来ている。生田斗真の裸と、見えそうで見えない局部のハラハラドキドキを楽しむというお下劣ギャグ。そこに『 シティーハンター 』並みのモッコリも披露。とことん笑わせてやろうというサービス精神。

 

続く銭湯のシーンも馬鹿馬鹿しいことこの上ない。カモメにつつかれた玲二の局部を3馬鹿上司どもがしげしげと眺める図はまさに漫画。でかい声でこれまでの物語のあれこれをご丁寧に語ってくれるのは、シリーズを追いかけてきたファンへのサービス。しかし、銭湯というのは基本的に裸で、その筋の人かどうかがすぐに分かる場所。さらに入場制限さえしてしまえば、部外者は入りえず、その意味では堂々と警察が捜査の話をするのはありなのだろうと感じた。

 

『 孤狼の血 LEVEL2 』で我々を震え上がらせた鈴木亮平が、やはり剛腕でヤクザの世界でのし上がっていく。登場シーンこそギャグだが、やっていることは『 仁義なき戦い 』に現代の経済ヤクザの要素を足して、さらに『 ザ・バッド・ガイズ 』並みの国際的なスケールで描くノワールものでもある。ストーリーそのものが壮大で、なおかつテンポがいい。

 

『 カイジ ファイナルゲーム 』と同じく、過去作の登場人物たちも続々と登場する。特に岡村は前作同様の超はっちゃけ演技で、個人的には岡村隆史の映画代表作は『 岸和田少年愚連隊 』から、本シリーズになったのではと思う。

 

悪逆の限りを尽くすレオと、それを追う玲二との対決は漫画とは思えない迫力で、しかし漫画的な面白味やおかしさがある。三池監督はヒット作の追求に余念がない御仁だが、最近はそのキレを取り戻しつつあるようである。

 

パピヨンとの義兄弟関係、純奈との交際関係、そうした玲二というキャラクターの重要な部分もしっかりと掘り下げられていく。玲二というキャラクターのビルドゥングスロマンであり、生田斗真のこれまでのキャリアにおいてもベストと言える熱演である。佐藤健の代表作が『 るろうに剣心 』シリーズであるなら、生田斗真の代表作は『 土竜の唄 』シリーズである。

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ネガティブ・サイド

土竜の唄のラップversionは感心しない。あのわけのわからないリズムでオッサンたちが歌うから面白かったんだがなあ。

 

ポッと出てきた滝沢カレンであるが、いくらなんでも大根過ぎるだろう。一応、テレビドラマや映画にいくつか出演歴があるらしいが、あの身のこなしや喋りは、とうてい演技者と言えない。悪いが、モデル業やタレント業に精を出すべきで、映画の世界からはさっさと足を洗ってほしい。

 

元々の警察の標的だった岩城滉一が、劇中で息子のレオに跡目相続させようとしていたが、俳優の岩城自身が残念ながらヨレヨレである。もっと年上の石橋蓮司などが矍鑠として頑張っているのだから、生田や鈴木、堤真一らをも食ってしまうような場面を一つでも二つでもいいから作って欲しかった。

 

唐突に某CMのセリフが出てくるが、この選択は「ありえない」でしょう。その時々の社会的な事件や事象を取り込んだり、先行作品や類似作品と間テクスト性(Intertextuality)を持たせるのはOKだが、CMのキャッチフレーズというのはどうなのだろうか。ケーブルテレビやWOWOWなどの有料チャンネルというのは基本的にCMから逃れたい人向けのサービスだ。映画も同様に安くないチケット代を払っているのだから、「作品そのもの」を鑑賞させてほしい。

 

総評

近年の三池作品の中ではまずまずの出来栄えだろう。ユーモアとシリアスの両方がほどよくブレンドされていて、笑えるところは笑えるし、シリアスな場面では胸が締め付けられそうになる。クドカンも脚本に当たりはずれが多いが、本作に関しては安心していい。生田斗真ファンならずとも、菊川玲二というキャラの生き様を見届けようではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

undercover

カバーの下ということから「覆面の」、「正体を隠した」のような意味。潜入捜査官のことはundercover agentと言う。コロナが終わったら、元大阪府警であるJovian義父に、本当に警察は「モグラ」という隠語を使うのか尋ねてみたい。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, コメディ, 堤真一, 日本, 生田斗真, 監督:三池崇史, 配給会社:東宝, 鈴木亮平Leave a Comment on 『 土竜の唄 FINAL 』 -堂々の完結-

『 初恋 』 -粗が目立つ意欲作にして珍作-

Posted on 2020年3月5日2020年9月26日 by cool-jupiter

初恋 50点
2020年3月1日 MOVIあまがさきにて鑑賞
出演:窪田正孝 大森南朋 染谷将太 小西桜子
監督:三池崇史

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『 ラプラスの魔女 』をはじめ、多くの奇作・珍作を作ってきた三池監督。本作もやはり、珍品であった。

 

あらすじ

新進気鋭のボクサー葛城レオ(窪田正孝)は、格下相手にラッキーパンチをもらいKO負け。病院行きとなってしまった。その病院で脳に腫瘍があり、余命幾ばくもないと告知されてしまう。自暴自棄になっていたところ、レオは夜の街で薬物依存症の娼婦モニカ(小西桜子)と巡り合う。それにより、レオはヤクザや刑事、中華マフィアをも巻き込んだ騒動の渦に否応なく巻き込まれていく・・・

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ポジティブ・サイド

窪田正孝は意外にボクシングの型ができている。試合のシーンでも左フックのダブルトリプルを見せたが、これは鬼塚勝也の得意技だった。ボクサーにフィーチャーした映画は色々あるが(『 あゝ荒野 』を早く鑑賞せねば・・・)、左オンリーのコンビネーションはかなり珍しいように思う。この一瞬のシーンを撮るためだけに、かなりの鍛錬を積んできたことが伺える。一瞬、角海老が映っていたように見えた。角海老と言えば坂本博之。坂本博之と言えばvs畑山隆則。レオが素手で格闘するシーンは、坂本vs畑山、あるいは吉野弘幸vs金山俊治のような“熱”が確かにあった。

 

染谷将太のヤクザ役はそれなりに堂に入っていた。チンピラ的な小物オーラから殺人を厭わない冷酷無比な暴力男の顔まで、硬軟自在に演じていた。予告編のパープリンな顔に騙されてはならない。『 君が君で君だ 』で向井理がヤクザ役を演じて新境地を拓いたように、また『 ザ・ファブル 』でも安田顕がヤクザを好演したように、少々伸び悩みやキャリアのプラトーにある役者がヤクザを演じるのは、良い転換になるのかもしれない。

 

中華マフィアの存在や暗躍にも説得力がある。『 ギャングース 』でも中華料理屋が中華マフィアの隠れ蓑になっていたが、これも日本の国力の衰えが顕著になっているひとつの証拠か。中国人が高倉健の“仁”に魅せられるというのも面白い。任侠は元々は古代中国に起源を持つとされているが、文化は辺境に残るものなのだ。ヤクザという非常に暗く狭い領域にも、高齢化以上にグローバル化の波が訪れている。外圧である。非常に屈折した形ではあるものの、これは三池監督流の日本へのエールであろう。そのことは終盤の「日本車を信じろ」という一言にも端的に表れている。

 

終盤のチャンバラも迫力十分。剣戟と言えば昭和の頃のVシネ任侠映画のクライマックスと相場が決まっていたが、北野武あたりから一方的な銃撃戦になってきた(それも非常に乾いた世界観にマッチしていて悪くなかったが)。やはりヤクザの喧嘩の華は昔も今もチャンバラなのである。

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ネガティブ・サイド

ベッキーの怪演が凄い!という評判が先に立っていたが、Don’t get your hopes up. 『 ディストラクション・ベイビーズ 』の小松菜奈の切れ具合と同程度では?あるいは本格的な役者ではないが、半狂乱を超えた全狂乱でヒール街道をひた走ったこともあるWWEのマクマホン家の娘、ステファニー・マクマホンの方がよほど迫力と凄みがあった。目を見開いてバイオレンスなアクトをすれば怪演・・・というわけではない。ギャップによる意外さはあっても演技として格別に優れていたとは感じられなかった。

 

ストーリーの上で、レオが天涯孤独であるということにいまひとつ必然性を感じられなかった。別に両親が離婚して施設に預けられたでも、小さなころに両親と死別したでも、なんでもよかった。生まれてすぐに捨てられた、だから親の顔も何も知らない。そのことがレオというキャラクターの性格にも天性のボクシングセンスを持っていることにも関連がない。つまりはキャラが立っておらず、薄いのである。冒頭でレオに取材に来る記者も笑わせる。人気のコラムのタイトルが「あしたのチャンピオン」とは、いかにも漫画『 あしたのジョー 』の「明日のために」をパロった、あるいはパクったものだろう。どうせパクるなら「熱病的観戦法」のような、一般人にはさっぱりでも古くからのボクシングファンならば思わずニヤリとしてしまうようなものにすれば良いのにと思う。作りが無難なのだ。

 

これは一種のファンタジー映画なのでリアリティ云々は興ざめであることは自覚している。それでも言わねばならない。

 

血は水では洗い落とせない!ボクサーであるレオがそれを知らないはずはない。いや、血ほど布から落ちにくいものはないというのは、鼻血でも何でもいいので、とにかく血を福に垂らしてしまった人ならば誰でも知っていることだろう。冷水シャワーを浴びて、肌はまだしも、衣服からもきれいに血の跡が消えてしまうのは不自然極まりない。

 

中華マフィアが使う刀剣が大刀(巷間言われる青龍刀)ではなく日本刀というのも疑問符である。確かに高倉健を憧憬する中国人女性は出てくるが、ポン刀を使う中国人はそこまで高倉健ファンではなかっただろう。せっかくの迫力あるチャンバラシーンなのだが、これが青龍刀と日本刀の戦いなら、もっともっと絵的に映えたように思えてならない。

 

最大の問題点は「日本車」である。日本車の性能云々ではなく、その描写である。本作は一種のファンタジーであるが、クライマックスで一挙に漫画、それもギャグマンガの域に到達する。三池監督でなければ「は?」となるが、三池監督なので「ま、ええか」となる。これは決してポジティブに評価しているわけではない。匙を投げているのである。

 

プロットもまんま『 ガルヴェストン 』である。死の宣告を受けた男が、娼婦を連れて逃避行に出る。そして行く先々でイザコザが起きる。ほら、『 ガルヴェストン 』でしょ。もうちょっとオリジナル要素を入れるべきだ。モニカが離脱症状(いわゆる禁断症状)で見てしまう幻覚にも、ギャグ要素は不要である。ホラーのテイストをそのまま保てばよかった。幻覚に怯えるモニカに目の前で渾身の右ストレートを一閃。そのあまりの鋭さに幻覚が霧散。生身の人間のパンチに宿る威力を思い出して、離脱症状に苦しむときにもそのパンチを思い出して、自身を奮い立たせる。モニカにそうした描写があればよかったが、ない。そして、『 ガルヴェストン 』のオチと同じオチが本作にも訪れる。って、ちょっとは捻らんかいな・・・

 

総合的に見て同じ東映でも『 孤狼の血 』にかなり劣る。一部にかなりのバイオレンス描写があるが、韓国映画の『 The Witch 魔女 』や『 ブラインド 』の暴力描写にも負けている。まあ、近年の三池クオリティの作品である。

 

総評

突出して面白いわけではないが、どこをとってもダメというわけでもない。とにかくオリジナリティがない。一部の役者の熱演に支えられてはいるが、かえってそのことが作品全体のトーンから一貫性を奪っている。ただし、映画を事細かにexamineしてやろうという目で見なければ、そこそこに楽しめる作品になっているのではないだろうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Yakuza don’t belong in the sun.

「ヤクザに朝日は似合わねえ」というセリフの私訳。ヤクザはinternational languageでyakuzaとなり、これは単複同形である。受験英語ではしばしばbelongと来たらto、と教えるようだが、This belongs in a museum. (これは美術館に所蔵されるべきだ)だとか、あるいはテイラー・スウィフトの“You Belong With Me”のように、belongの後にto以外の言葉を自然につなげられるようになれば、英語の中級者である。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, アクション, ラブロマンス, 大森南朋, 小西桜子, 日本, 染谷将太, 監督:三池崇史, 窪田正孝, 配給会社:東映Leave a Comment on 『 初恋 』 -粗が目立つ意欲作にして珍作-

『 ラプラスの魔女 』 -奇想、天を動かさない-

Posted on 2018年5月14日2020年1月10日 by cool-jupiter

題名:ラプラスの魔女 40点
場所:2018年5月4日 MOVIXあまがさきにて観賞
出演:桜井翔 広瀬すず 福士蒼汰 豊川悦司
監督:三池崇史

悪い予感はしていた。個人的には東野圭吾の小説とは全く波長が合わないのだ。これまでに2冊試しに買って読もうとしてみたものの、その両方とも最初の20ページで放り出してしまった。とにかく文章の波長が合わない。そうとしか言いようのない相性の悪さがある。さらに三池監督が手がけた東野小説の映画化作品では『麒麟の翼』は普通に面白いと感じられたが原作東野、監督大友啓史の『プラチナデータ』は控えめに言って珍作、率直に言えば駄作だった。豊川悦司が無能すぎる刑事を好演していたから尚更だ。だからこそ悪い予感を抱いていたのだ。その予感は裏切られなかった。

まず主演の片方、広瀬すずの魅力を引き出せていない。広瀬自身、『第三の殺人』や『先生! 、、、好きになってもいいですか?』で、これまでの天真爛漫一辺倒キャラ(もちろん『海街diary』のような例外というかキャリア初期作品もあるが)からの脱皮を模索しようとしているようだが、残念ながらその試みはここまで実を結んではいない。小松菜奈や中条あやみに抜かれてしまうかも?

さらに主役の桜井の演技力が絶望的なまでに低い。彼の場合は当たり役に出会えていないだけかもしれないが、それなりの長さのキャリアを積み重ねてきてこの体たらくでは、今後も事務所、グループの看板だけでしか勝負できない三流役者のままだ。厳しい評価だが、そう断じるしかない。TVドラマ『謎解きはディナーの後で』の頃から演技のぎこちなさは際立っていたが、もう伸び代はなさそうだ。ただ同テレビドラマおよび原作小説は、そのお嬢様の推理、執事の推理ともに噴飯物だったのだが。

その他、福士蒼汰、リリー・フランキーや志田未来などのキャストは完全に予算の無駄使いだろう。脇を固めるキャラはそれに長けたベテラン、もしくは今後に期待できる若手に任せるべきだ。

脚本に目を向けると、元ネタであるラプラスの悪魔を何か捉え違えているように思えてならない。森羅万象を知りうる、計算しうる知性というものが存在するとしても、それが人間の心理を読めるものと同義ではないだろうし、ましてや知能や知識が向上するわけでもないだろう(”知能”と”知性”の違いについては山本一成著『人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?』参照のこと)。こうした新人類、超知性の描き出し方については高野和明の『ジェノサイド』という大傑作の小説が存在するわけで、素手で乱闘する公安などを劇中に登場させては、かえってサスペンスやリアリティを失わせるという逆効果になる。知性をテーマに物語を組み立てるなら、徹頭徹尾そこに拘るべきで、ちょっと格闘シーンも入れておくか、という気持ちで脚本を作ったのなら大間違いだ。原作未読者にこんなことを言う資格はないかもしれないが、小説を映像化するのなら、原作の描写に忠実である必要などない。原作が伝えようとしているエッセンスの中で、映像の形で最も上手に伝えられる、見せられるものを映像化すべきなのだ。

その他に気になったシーンとしては、サイコロの目を予測するシーン。計算に必要なデータ全てがあれば、超知性のリソースならサイコロの出す目を計算で導き出すことも可能だろうが、明らかにサイコロそのものが見えない状態から振られたサイコロの出目まで言い当てるのは矛盾だ。紙飛行機のシーンは建物全体の空調や、場合によっては外の風の流れまで計算しなくてはならないし(そしてそのデータは得られない)、鏡を使うシーンでは、日光の強さや角度は密室の中でも時計さえあれば計算できるとして、雲やその他の人工的遮蔽物の可能性はどのようにして除外できたのか。途中から全てがご都合主義になってくる。

ただ、こうした酷評は全てJovianの個人的感性が原作者や映画製作者の感性と波長が合っていないことから来ているので、異なる人が観れば異なる感想を抱いても全く不思議はない。主要キャストや原作者、監督のファンだという人にとっては良いエンターテインメントに仕上がっているのかもしれない。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, D Rank, ミステリ, 広瀬すず, 日本, 桜井翔, 監督:三池崇史, 配給会社:東宝Leave a Comment on 『 ラプラスの魔女 』 -奇想、天を動かさない-

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  • 『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を- に イワイリツコ より

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