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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: シム・ウンギョン

『 王になった男 』 -現代韓国人の歴史意識が垣間見える-

Posted on 2021年8月22日 by cool-jupiter

王になった男 70点
2021年8月21日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:イ・ビョンホン ハン・ヒョジュ リュ・スンリョン チャン・グァン シム・ウンギョン
監督:チュ・チャンミン

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『 白頭山大噴火 』前にイ・ビョンホン出演作を観ておきたくなったので、近所のTSUTAYAでレンタル。韓国映画人の歴史意識がどのようなものなのかが見えてくる良作。

 

あらすじ

光海君(イ・ビョンホン)は何物かに暗殺を企てられたことから人間不信に陥り、自身の影武者となれる者を探していた。そこで自身に瓜二つの道化師ハソン(イ・ビョンホン)をひそかに宮廷入りさせるが、光海君はケシによって意識不明の重体になってしまい・・・

 

ポジティブ・サイド

イ・ビョンホンの一人二役が冴えわたる。下品で粗野な道化師ハソンと人間不信の光海で表情が全く違う。もちろんメイクアップアーティストの力によるところも大きいし、照明の当て方で印象もがらりと変わる。それでもやはり役者本人の力が大きい。最初は簡単に見分けがついたけれども、それが場面によってどちらが本物でどちらが影武者か分からなくなるシーンがある。ハソンが「王になりたい」と言った時に描いた王のイメージ、そして我々が抱く「王様とはかくあるべし」という認識が一致するからこそだろう。本作が呈示する『 王になった男 』という像は、劇中の登場人物たちに向けてではなく、観る側に向けられている。いわばメタ構造の映画になっているのだ。

 

王の影武者として政務にあたるハソンをサポートする都承旨と内官の二人も素晴らしい。都承旨ホギュンを演じたリュ・スンリョンは『 エクストリーム・ジョブ 』の班長。コメディからシリアスまで、その演技ボキャブラリーの広さに脱帽である。宦官でもあるチョ内官は、なんと『 トガニ 幼き瞳の告発 』で一人二役を演じた恐怖の校長先生。人間の皮をかぶった悪魔というキャラが、イ・ビョンホン以外にも本作にはいた。それがまた、なんとも温かみのある宮廷人を演じている。序盤こそホラーなテイストで描かれるシーンもあるが、文字通りの意味で陰に陽に”王”を支える忠臣である。その他にもユーモア満点の立ち居振る舞いからの、あまりにもシリアスな結末を迎えてしまうト部将など、一人一人の役者の演技力の高さが目立つ。

 

名女優のシム・ウンギョンも、宮廷という伏魔殿で翻弄される女官を好演。入れ替わった王様の変化を皆で笑ったり、王様の食べ残しを有難く頂戴する序盤のシーンから、庶民の置かれた苦境、それによって人身売買に等しい行為によって宮廷入りせざるを得なかったという悲哀がダイレクトに伝わってくる。

 

政治の世界とは「1を与えて1を奪う」と都承旨ホギュンは言うが、それでは何も変わらない。持たざる者から奪うな。それが『 ジョーカー 』や『 パラサイト 半地下の家族 』の一面が訴えていたことではなかったか。それを力強く覆していく「王」の姿は感動的ですらある。格差の深刻さを訴える現代韓国映画は多いが、だからこそ平等を一時的にでも施行しようとした光海君を現代(21世紀)に蘇らせようとしたのだろう。それはとりもなおさず、現代の政治が”上級国民”を優遇し、下層民から搾り取っているからに他ならない。このあたりの感覚は、史実かどうかも疑わしいエピソードの再現にばかり凝る日本のドラマや映画製作者も見習うべきだろう。

 

ネガティブ・サイド

前半のコメディタッチが少々強すぎだと感じた。王の排泄物を医官が詳しく調べるのは『 宮廷女官チャングムの誓い 』でもお馴染みだったが、食べて味を確認するシーンは必要だったか・・・ 排泄分云々かんぬんに力を入れるのは『 悪魔を見た 』だけで充分である。

 

政務パートにもう少し力を入れてほしかった。2010年代といえば、すでに国策として映画を作り始めていたはず。ということは外国もマーケットだったわけで、もう少し当時の李氏朝鮮の情勢というものを、実際の政治を通じて見せてくれても良かったのではないか。皆が皆、韓国紙に詳しいわけではないのだから。

 

ハソンが見たくて見たくてたまらなかったハン・ヒョジュの笑顔は見られずじまい。なんたること・・・

 

総評

韓国史、あるいは一般的な王制や封建制度・貴族制度に関する知識がないと、宮廷で何が行われているのかが分からないだろう。逆に言えば、そうした知識がある程度あれば、なぜ韓国映画人が、史実に虚構の要素を交えながら本作を制作したのかが浮かび上がってくる。イ・ビョンホンの迫力やハン・ヒョジュの美貌だけではなく、脇を固めるキャストの確かな演技力が本作の物語性を豊かにしてくれている。韓国の歴史ドラマ好きなら観て損はないだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

チューナー

「殿下」の意。韓国の歴史ドラマを見ると、1話で10回以上使われているのではないかと思う。大昔が舞台、たとえば『 太王四神記 』では為政者はペーハー=陛下と呼ばれている。これは当時の朝鮮半島が中国の冊封体制に組み込まれていたかどうか、早い話が属国だったかどうかで変わる。独立国ならペーハー、属国ならチューナーとなるわけである。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, イ・ビョンホン, シム・ウンギョン, チャン・グァン, ハン・ヒョジュ, リュ・スンリョン, 歴史, 監督:チュ・チャンミン, 配給会社:CJ Entertainment Japan, 韓国Leave a Comment on 『 王になった男 』 -現代韓国人の歴史意識が垣間見える-

『 ソウル・ステーション パンデミック 』 - 前日譚っぽくない前日譚-

Posted on 2020年5月26日 by cool-jupiter

ソウル・ステーション パンデミック 50点
2020年5月24日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:シム・ウンギョン
監督:ヨン・サンホ

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『 新感染 ファイナル・エクスプレス 』のprequelである。原作の原題はTrain to Busan = 釜山行き列車で、その出発地点はソウルだった。そのソウルでのパンデミック発生の模様を描く。COVID-19の制圧に国家総動員で取り組んで一定の成果を上げた韓国社会は、ゾンビにどう対抗するのだろうか。

 

あらすじ

ヘスン(シム・ウンギョン)とキウンは無一文のカップル。安宿の料金も払えず、ヘスンが体を売って日銭を稼いでいる。そんな中、とあるホームレスがソウル駅周辺でひっそりと失血死する。ホームレスの弟は警察を呼ぶが、何故かそこに死体はなかった・・・

 

ポジティブ・サイド

冒頭から非常に暗澹たる気分にさせられる。韓国ではホームレスは空気なのか。『 ジョーカー 』でアーサーがテレビ番組に出演した時、“If it was me dying on the sidewalk, you’d walk right over me!”=「僕が道端で死んでいても、お前らは素通りしていくだろう!」という血の叫びが、まさにソウル駅構内およびその周辺では現実の光景になっている。こうしたEstablishing Shotのおかげで、本作は単なるホラーやパニック・アクションであるだけでなく、社会批判の意識を根底に湛えていることが伝わってくる。

 

ホームレスのおじさんの言う「病院は危険だ!」は蓋し名言だろう。ゾンビ映画で危険な場所というのはだいたいがショッピングモールがスーパーマーケットである。それは数々のゾンビ映画のオマージュに満ち溢れた『 ゾンビランド 』や『 ゾンビランド:ダブルタップ 』からも明らかである。そのセオリーを敢えて外しているのだが、この一言がまさにCOVID-19によって引き起こされた世界の医療崩壊を言い表していると考えると、非常に興味深い。

 

『 パラサイト 半地下の家族 』でキーワードとなった「におい」は本作でもフィーチャーされている。また、日本語で言うところの「足元を見る」行為の残酷さは隣国でも健在。武士や僧侶絡みの故事成語ではなかったか。貧困層を徹底的に踏みつけるストーリー展開は、韓国社会が徹底的なヒエラルキー構造になっていること、そしてそのような構造を打破するためには「第三身分による放棄」しかない、というのがヨン・サンホ監督の問題意識なのだろう。

 

物語は最後に結構なドンデン返しを用意してくれている。最終的に本当に怖いのはゾンビよりも人間なのか。資本主義社会の行き過ぎた世界を垣間見たようで震えてしまう。ゾンビによって象徴されているものは何か。ゾンビも『 ゴジラ 』と同じく時代と切り結ぶ存在である。ゾンビという存在に恐怖を抱くだけではなく、最後にはちょっぴり応援したくなるというなかなかにトリッキーな仕掛けが本作には秘められている。一見の価値はあるだろう。

 

ネガティブ・サイド

アニメーションで作る意義が弱い。アニメの良いところは、非現実的な描写が許容されるところ。極端な話、二頭身や三頭身のキャラでも存在可能なのがアニメの世界である。そこでゾンビを描く、しかも韓国産のゾンビ映画であるなら、日本もしくは世界のアニメと一線を画したanimated zombiesを描き出さなければならなかった。例えば、旅館のおばさんを倒すシーンは『 アンダー・ザ・シルバーレイク 』や『 ミッドサマー 』にあるような顔面破壊描写を、ダイレクトに映し出すことができたはずだ。

 

また市街地や病院での描写はあれど、そんなシーンはこれまで数多あるゾンビ映画で充分に観た。『 新感染 ファイナル・エクスプレス 』は、超特急列車内という究極のクローズド・サークルという、その設定自体がけた外れに面白かった。そうした設定の妙が本作にはなかった。

 

また肝心かなめの人間をゾンビに変えてしまう機序が何であるのかは、本作では一切明らかにされない。前作では、とある業績不振なバイオ企業が絡んでいるとのことだったが、本作では前日譚で当然に触れられるべきゾンビ発生騒動の発端部分がすっぽりと抜け落ちている。拍子抜けもいいところである。まさか前々日譚とか作るつもりではあるまいな。そんなクソのような企画と制作は『 プロメテウス 』だけで十分である。

 

総評

アニメ作品としても弱いし、傑作ゾンビ映画の前日譚としても弱い。本作は単独で鑑賞しても楽しめるように作られてはいるが、そのせいでシリーズものとしての魅力を失っている。韓国映画らしい容赦のないバイオレンス描写を追求した作品なら他をあたってほしい。ただ、ドンデン返しだけは結構な破壊力を秘めている。『 オールド・ボーイ 』には及ばないが、『 スペシャル・アクターズ 』よりは上である。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

ア

韓国語は名前の最後に「ア」をつけることで軽い敬称になる。『 宮廷女官チャングムの誓い 』で、主人公チャングムがほとんどすべてのキャラクターから「チャングマ(チャングム+ア)」と呼ばれていたのを、オジサン韓流ドラマファンならばご記憶のことだろう。本作でもヘスンはヘスナ、キウンはキウナと呼ばれている。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, SFアクション, アニメ, シム・ウンギョン, 監督:ヨン・サンホ, 配給会社:ブロードウェイ, 韓国Leave a Comment on 『 ソウル・ステーション パンデミック 』 - 前日譚っぽくない前日譚-

『 新感染 ファイナル・エクスプレス 』 -韓国産ゾンビ映画の傑作-

Posted on 2020年5月17日 by cool-jupiter

新感染 ファイナル・エクスプレス 75点
2020年5月16日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:コン・ユ チョン・ユミ マ・ドンソク チェ・ウシク シム・ウンギョン
監督:ヨン・サンホ

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COVID-19のおかげでゾンビ映画的な世の中が現実化してしまった。だが、いち早くCOVID-19を抑え込んだ(ように現時点では見える)国もある。そう、韓国である。その韓国が生んだ傑作ゾンビ映画を、今というタイミングで見直す意味はきっとあるはずである。

 

あらすじ

ファンドマネージャーのソグ(コン・ユ)は離婚調停中。一人娘のスアンが釜山に向かうのに随行するため高速鉄道KTXに乗る。その頃、各地では謎のゾンビが出現していた。そして、KTX車内にもゾンビの影が迫って・・・

 

ポジティブ・サイド

『 トガニ 幼き瞳の告発 』のコン・ユが嫌な奴に見える。これはすごいことである。もちろん、そうした人間が変化していく様を描くことが本作の眼目の一つであるが、コン・ユという俳優の高い演技力を大いに堪能できるのが本作の収穫である。子役のスアンと顔立ちが似通っているという点もポイントが高い。親子であるという説得力が生まれ、だからこそコン・ユのダメな父親としての演技が光る。演技力という点ではKTX車内にゾンビウィルスを持ち込むシム・ウンギョンの演技も見逃せない。ゾンビ映画の文法に忠実に乗っ取りながらも、動けるゾンビを新しい形で提示した。特に子泣き爺的に標的にかぶりつく動作は、かまれている女性の火事場の馬鹿力的な描写とあいまって、妙なリアリティがあった。だが、なんといっても娘スアンの魂の泣き声の悲痛さよ。日本でもこれぐらいの金切り声で泣ける子役が欲しい。

 

ゾンビが跋扈する世界の恐ろしさは無論、襲い掛かって来るゾンビにある。だが、それ以上の恐怖は人間同士が疑心暗鬼になることだ。もっと言えば、その人間の本性が露わになることと言ってもいい。主人公のソグが自分と娘だけが助かればいいと身勝手な考えに囚われている中で、周囲の人間も自己中心的になる者、利他的になる者と分断されていく。

その過程の描写がねちっこい。特に必死で最前線を潜り抜けてきた者たちに対して容赦なく浴びせられる罵詈雑言は聞くに堪えない。胸が痛む。まるで現今の日本の医療従事者の家族へのいじめのようではないか。こうした、必死に戦う者への差別的な言動は普遍的に見られるもののはずである。なぜなら世界中のゾンビ映画に共通する文法だからである。クリシェと言えばクリシェであるが、今という時代に見返すといくつも発見がある。

 

ゾンビ発生の原因の一端を主人公ソグが担っていたという設定もなかなか良い。本作は詰まるところ、韓国社会における富裕層と中流層、そして下層社会民の分断を遠回しに批判しているのだ。マネーゲームに興じられるような強者の横暴が、巡り巡って大多数の庶民に多大な迷惑と被害を与えているのだぞ、というのが本作の脚本家と監督のメッセージである。いやはや、これはかなりの傑作である。

 

ネガティブ・サイド

走るゾンビは世界的にもだんだんと描かれるようになってきているが、本作でも健在。だが、上空のヘリコプターから落ちてきたゾンビやどう見ても脚や背骨が損傷しているだろうゾンビまでもが走りまくるのはいかがなものか。腕が異様な方向に曲がったまま走るゾンビは面白かったので、もっと足を引きずるゾンビ、高速で這うゾンビなど、走る以外の方法で迫りくるゾンビも見たかった。これは贅沢か。

 

途中、コン・ユ、マ・ドンソク、チェ・ウシクでパーティーを組むところで何故か上着を抜き出す男たち。いや、皮膚の露出は抑えろ。それに、携帯を使ってのトラップはなかなか良かった。であるならば、各車両に残された荷物を漁って、もっと使えそうなアイテムを探すべきではないか。女性もののカバンにはかなりの確率でスマホが入っているだろうし、旅行客の荷物ならタオル類などもあるだろう。力業以外の知恵の部分がもう少し見たかった。

 

ラストはかなり評価が分かれるところだろう。『 殺人の追憶 』や『 母なる証明 』のように、「え?」と思わせるエンディングの方が結果的によりドラマチックに、よりシネマティックになったのではないだろうか。

 

総評

本邦でも『 カメラを止めるな! 』や『 アイアムヒーロー 』、『 屍人荘の殺人 』など、近年でもゾンビ映画は制作され続けている。おそらくゾンビ映画もしくは未知のウィルス系の作品はメジャーやインディーを問わず今後も世界的な需要があるだろう。そこで日本はどんな作品を世に問うことができるか。本作は邦画が乗り越えるべき一つのハードルを示していると言える。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

クロニカ

「だから」の意味。「パパは自部勝手だ。だからママも逃げたんだよ」というセリフがあったが、話の文脈がはっきりしていると、どんな言葉もインプットしやすい。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, コン・ユ, シム・ウンギョン, スリラー, チェ・ウシク, チョン・ユミ, パニック, マ・ドンソク, 監督:ヨン・サンホ, 配給会社:ツイン, 韓国Leave a Comment on 『 新感染 ファイナル・エクスプレス 』 -韓国産ゾンビ映画の傑作-

『 ブルーアワーにぶっ飛ばす 』 -エンディングにぶっ飛ばされる-

Posted on 2019年10月15日2020年8月29日 by cool-jupiter

ブルーアワーにぶっ飛ばす 65点
2019年10月13日 テアトル梅田にて鑑賞
出演:夏帆 シム・ウンギョン 渡辺大知 南果歩
監督:箱田優子

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シム・ウンギョンが熱い。日本語にはまだまだ違和感が残るが、数年もすれば日本映画界にとって欠かせないピースになるのではないだろうか。『 新聞記者 』と本作において、私的2019年海外最優秀俳優賞でホアキン・フェニックスの次点につけている。

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あらすじ

CMディレクターの砂田夕佳(夏帆)は既婚、子どもなしの30歳。職場の同僚と不倫関係にあり、仕事も修羅場続き。ある日、病気の祖母を見舞うために帰郷することになった砂田は、友人の清浦(シム・ウンギョン)の運転で茨城を目指すが・・・

 

ポジティブ・サイド

Jovianは出身地は兵庫県だが、岡山県に8年暮らし、東京でも10年半を暮らした。大都市、まあまあ都会、ド田舎の全てを肌で知っていると思っている。そういう背景を持つ人間には、痛いほどに伝わるサムシングが本作には確かにある。都市の変化は激しい。一方で、日本昔話級の田舎には、目で見て分かる変化はほとんど起きていない。だが、それは一つの幻想である。変わらないように見える人間も確実に変わっていく。当たり前だが、人間は年老いていく。そして、どんな人間にも幼少期がある。田舎がダサい、カッコ悪い、居心地悪いと感じるのは、それが自分で自分を好きになれない部分を投影しているからだろう。逆に言えば、田舎に帰省してホッとするという向きには本作の砂田の痛々しさは伝わらないのかもしれない。それでも、清浦が隠そうとしない旺盛な好奇心や高いコミュニケーション力は、誰でも好ましく感じるに違いない。その感覚を大切にしなくてはならない。人間、ポジティブに感じられることを基軸に考え、行動したいものである。

 

構成はユニークである。オープニングシーンでは、ブルーアワーに田舎のけもの道を話しながら疾走する幼女を描き、エンディングでは茨城から東京への家路をブルーアワーにひた走る車を描く。本作の特徴は、その説明の少なさ、徹底して映像で語ってやろうという意気込みにある。冒頭から不倫相手との同衾シーン、そこから帰宅に至るシークエンスであるが、これがかなり不自然な画の繋がり方なのである。え、そこで切って、そこに繋げるの?という編集である。これはいきなり失敗作・・・いやいや実験的作品なのか?との杞憂は、中盤に至っても消えない。『 ダンス・ウィズ・ミー 』のようなロードムービーを予感させた瞬間には、もう別シーンに切り替わっていたりと、常に観ているこちらの虚を突くような展開が続く。だが、どうか辛抱して欲しい。全てはある演出のためのもので、それが全て明らかになるエンディング・シーンは絶対に席を立ってはならない。

 

映像といえば、清浦が常に手にしているビデオカメラも重要なガジェットになっている。いつ、どこにそれがあり、誰がどういったタイミングでそれを使うのかに、これから鑑賞する方は是非注意を払ってみてほしい。同じく、出番が可哀そうなぐらいに少ない渡辺大知のシーンにも、是非とも注意を払ってみてほしい。

 

夏帆の母親役に果歩。名前だけではく、外見もかなり似せてきている。メイクアップアーティストさんやヘアドレッサーさんはGood job! である。

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ネガティブ・サイド

夏帆は良い意味で円熟期を迎えつつあるようだ。しかし、悪く言えばマンネリズムに陥る危機を迎えているとも言える。『 きばいやんせ!私 』の貴子というキャラクターと今作の夕佳というキャラクターは、重複するところがかなりある。彼女自身、あるいは彼女のハンドラー達は、型にはめないように注意をしてほしいもの。

 

東京という虚飾に塗れた都市と、その周辺・従属地域の対比という構図は、すでに『 翔んで埼玉 』や『 ここは退屈迎えに来て 』にて用いられた、いわば手垢のついたものである。そこに新たな視点を提供するという野心的な試みは本作にはなかった。シム・ウンギョンの演じる清浦の出身地を湘南ではなく、韓国のソウルもしくは釜山という大都市にするか、あるいは韓国の田舎出身にしてしまった方が、対比が鮮やかになったのではないだろうか。異邦人の目から見た日本国内の地域差というのは、これまで映画では取り上げられなかった視座ではないだろうか。ただ、それをやってしまうと、物語の根幹部分が崩れるという諸刃の剣でもあるが。

 

また、『 イソップの思うツボ 』で感じたアンフェアさが本作にも感じられる。もちろん、こちらは伏線を見事に回収しているのだが、その手法の鮮やかさ、インパクトの強さにおいて『 勝手にふるえてろ 』には及んでいない。この部分において斬新なアイデアを披露してくれていたら、たとえそれが失敗に終わっても、個人的には野心作として非常に好ましく思えたのだが。

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総評

かなり観る人を選ぶかもしれない。生まれも育ちも東京23区内です、両親の実家もそれぞれ名古屋と横浜です、などという人には正直なところ勧め難い。けれど、アラサー女子が感じる閉塞感や焦燥感を感じ取ることができれば、それで充分かもしれない。自分の頭と心が一致していないと感じることがあれば、本作から何かを感じ取ることができるだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Oh, good for you.

 

序盤の夏帆の「 へー、良かったね 」という台詞である。日本語と同じで、祝福の意味でも皮肉の意味でも使われる。表現として何一つ難しいことはない。これも機会を見つけて使ってみるべし。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, シム・ウンギョン, ヒューマンドラマ, 南果歩, 夏帆, 日本, 渡辺大知, 監督:箱田優子, 配給会社:ビターズ・エンドLeave a Comment on 『 ブルーアワーにぶっ飛ばす 』 -エンディングにぶっ飛ばされる-

『 怪しい彼女 』 -Youth is Short, Walk on Girl!-

Posted on 2019年9月23日 by cool-jupiter

怪しい彼女 75点
2019年9月19日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:シム・ウンギョン
監督:ファン・ドンヒョク

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森見登美彦の小説およびそのアニメ映画化作品の『 命短し歩けよ乙女 』は傑作だった。そして英題は“The night is short, Walk on girl”である。若さもまた短い。知らぬ間に失っているものだ。そして一度失えば二度と手には入らない。だが、もし若返ることができれば?The Fountain of Youthを求めるの古今東西の共通テーマである。老人が若返る映画はブラピ主演の傑作『 ベンジャミン・バトン 数奇な人生 』からライアン・レイノルズ主演の駄作『 セルフレス/覚醒した記憶 』まで数多い。韓流のお手並みはいかに?

 

あらすじ

70代の意地悪ばあさんオ・マルスンは、ある時、青春写真館で写真を撮ってもらう。するとどういうわけか20歳の若さに逆戻り。新生オ・マルスン=オ・ドゥリ(シム・ウンギョン)として新たな人生を歩み出す。そして、彼女の家族や周囲の人間に様々な影響を及ぼして・・・

 

ポジティブ・サイド

なんといってもシム・ウンギョンの熱演、これである。老マルスンを演じたナ・ムニは大阪は鶴橋か、東京なら新大久保または上野にしぶとく生息していそうなサバイバル系パワフルばあちゃんだが、シムは彼女の表情や話し方、仕草、体の使い方などを相当に研究した跡が伺える。『 ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー 』のオールデン・エアエンライクは本作を観て反省するように。もちろん、メイクさんや衣装さんの力が大きかったのは言うまでもない。

 

若さを取り戻せたら、我々は何をするだろうか。ある者は勉強に打ち込むかもしれないし、スポーツに打ち込む者もいるだろう。恋愛にうつつを抜かす者もいれば、旅をして見聞を広める者もいるだろう。共通していることは、やれなかったこと、やり残したことをやってみたいという想いがそこにあるということだ。一個人の過去の苦労話だけではなく、韓国社会の暗部にも光を当てた点が本作の貢献だろう。現に『 主戦場 』でも、韓国の授業的価値観に支配された社会、伝統主義、教条主義的家父長制がミキ・デザキの批判の対象になっていた。だが、これはなにも韓国だけの暗部ではない。『 あなたの名前を呼べたなら 』ではインド社会における未亡人の生き辛さが直接・間接に描かれていたし、『 マイ・ブックショップ 』では英国の事情が、『 今日も嫌がらせ弁当 』では未亡人と男やもめのしんどい生活が(コミカルに)描かれていた。(ただ、日本の場合はどうなのだろうか。女やもめに花が咲く、男やめもに蛆が湧くと今でも言うように、日本において伝統的とされる価値観は戦後、せいぜい遡っても明治大正あたりが起源になるものが相当に多いのではないだろうか。夫婦ではなく女男(めおと)と昔は女性を前に呼称していたわけだから。日本の伝統の闇は浅くて深そうである)。

 

Back on track. マルスンは若かりし頃の夢を追うわけだが、逆に言えば年齢を理由に夢をあきらめる必要などないという高齢者へのエールにもなっているわけだ。さらに推し進めて言えば、年齢を理由に夢をあきらめてはならないという強迫的・脅迫的なメッセージを発している。年齢を重ねるとは、それだけ死に近づくということだ。ハイデガーならずとも、現存在は死にコミットしている。死ぬまでに何をすべきかである。本作は我々にそのことをあらためて考えるきっかけを与えてくれる。

 

もうひとつ、本作が単純に若さを謳歌すること、若さを賛美すること以上に高齢者へのエールとなっている点がある。それはパク氏の存在である。グループホームなどの施設で高齢者同士の恋愛が美しく花開いたり、あるいはとんでもないトラブルになったりすることはよくあるらしいが、このパク氏は一方的な思慕の念を70代になるまで抱き続けた、ある意味で男の中の男である。『 アンダー・ユア・ベッド 』や『 宮本から君へ 』を楽しみにしているJovianからすれば、無限のリスペクトを捧げたいほどの男である。パク氏の愛情に幸あれ。ファン・ドンヒョク監督も同じように感じていたようで、パク氏には素敵なプレゼントが贈られる。楽しみに待ってほしい。

 

本作はラブコメとしても秀逸で、外見はうら若き女子、中身はクソババアというキャラクターが自分の孫に夭折した自分の夫を重ね合わせるシーンが白眉である。ロマンティックでありながらコメディックなのだ。この監督はコメディを手掛けるの初めてらしいが、なかなかの手腕を持っている。今後にも期待。

 

ネガティブ・サイド

音楽のシーンにもう一つ迫力と臨場感が欲しかった。もちろん、音楽映画ではないのは承知しているが、老人ホームのカラオケで老マルスンのライバル的女性がセクシーな歌いっぷりを見せてくれたのだから、若マルスンも負けじと色っぽい歌い方をしてほしかった。年老いた心もときめくのだから、それを体で表現しても良かったように思う。

 

若返りの効果が失われるきっかけの見せ方は良かったが、それによって結末が見えてしまう。不治の病、交通事故、実は血のつながった親子または兄妹というのは韓流ドラマや韓国映画のお約束であるが、さすがにそろそろ別の路線を模索する時期に来ているのではないだろうか。

 

総評

高齢化においては世界ナンバーワンの日本である。老いてますます盛んという言葉があるし、ビューティフルエージング協会も活発に活動している。老いるというのは生理現象であって、そこにネガティブな要素を本来は見出すべきではないのだろう。姥捨て山はおとぎ話であって、しかもハッピーエンディングである。不器用な生き方が祟って、家族に捨てられそうになった老人が、若さを得、そして家族と最終的に和解するという、とてもシリアスなコメディである。日本版リメイクもチェックしようと思うし、ハリウッドリメイクも楽しみである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Did you sleep with him?

 

「アイツと寝たのか?」の意である。日本語でも英語でも、寝るという営みは、生理現象と共に男女の行為を指す意味でも使われている。それは韓国語でも同じだろう。“I want to sleep with you.”や“I don’t want to sleep without you.”と言えるようになれば、英会話スクールは卒業である。こうした言葉をスッと口に出せる関係を作れるほどに、コミュニケーションが取れているということだから。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, コメディ, シム・ウンギョン, 監督:ファン・ドンヒョク, 配給会社:CJ Entertainment Japan, 韓国Leave a Comment on 『 怪しい彼女 』 -Youth is Short, Walk on Girl!-

『 新聞記者 』 -硬骨のジャーナリズムを描く異色作-

Posted on 2019年7月4日2020年8月29日 by cool-jupiter

新聞記者 75点
2019年6月30日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:シム・ウンギョン 松坂桃李
監督:藤井道人

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映画大国のアメリカでは『 JFK 』を始め、政治の腐敗を鋭く抉る作品が数多く生産されてきた。近年でも『 バイス 』、『 記者たち衝撃と畏怖の真実 』、『 華氏119 』、『 ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書 』などが製作、公開されてきた。翻って日本はどうか。『 主戦場 』が話題を呼び、そして本作である。日本の映画界も、遂に物申すことができるうようになってきた。

 

あらすじ

新聞記者の吉岡エリカ(シム・ウンギョン)は、不気味な羊の絵をカバーページにした、大学新設計画に関する膨大な資料を受け取った。その周辺を取材する吉岡は、やがて国家的な陰謀の構図に迫っていき・・・

 

ポジティブ・サイド

日本の政治は危機的な状況にある。何を以って危機的と言うかは各人によってことなるだろうが、市民を権力者側の都合で逮捕拘束できるような共謀罪なる法案が成立し、特定秘密保護法などどいう権力者の保身のための法律が存在し、にも関わらず公文書の改竄が行われ、その省庁の監督者である大臣が辞職すらしない国家とその政治状況を指して、危機的という認識を持たない人がいれば、お目にかかりたいものである。そういえば、この大臣、『 主戦場 』で十数年前の国会中継が映し出された時も、堂々と居眠りをしていた。これが我々の選良なのか。暗澹たる気分になってくる。

 

本作は東京新聞の望月記者や元文部科学次官の前川氏などを冒頭の討論番組に出演させることで、スクリーンの向こうとこちら側が同一の世界であるとの認識をより強固にしてくれる。いや、既に各所で指摘されていることだが、大学の新設が総理のお友達事業者ありきで進むこと、レイプ事件のもみ消し、公文書の改竄をさせられた財務省の役人の自殺など、すでに民主国家の腐敗のあり様を極めた感がある日本だが、それを支える組織としての内閣情報調査室にスポットライトをあてた作品はこれまでにあっただろうか。漫画『 エリア88 』の最終盤に内調がちょろっと出てくるぐらいしか思い出せない。この内調なる組織のやっていることのせこさには、新鮮な驚きと落胆、そして呆れがある。詳しくは本作を観てもらうとして、日本の言論空間の大きな一角を占めるようになったインターネットおよび既存メディアへの政治の介入具合には、言いようのない不安を掻き立てられる。そうした仕事のお先棒を担がされる杉原(松坂桃李)は、官僚でありながらも、信頼を寄せる元上司がおり、妻がおり、子どもが生まれる直前であるという極めて私人性の高いキャラクターを上手く表出した。官僚も一皮むけば人間であるということは『 響 -HIBIKI-   』でも指摘した。内調の上司からの「お前、子どもが生まれるそうだな」という言葉を杉原はどう受け取るのか。観客たる我々にその言葉がどう響くのか。思いやりの言葉であると同時に、聞く者の心胆を寒からしめるこの言葉が発されるシーンは、国家の側に属する人間の人間性と非人間性の両方を同時に描き切った名場面である。

 

シム・ウンギョン演じる記者には硬骨の精神を見出すことができる。彼女のバックグラウンドに仕込まれたサブプロットは些か行き過ぎではないかと感じるが、中盤の回想シーンで取り乱す演技、最終盤の電話を受け取るシーンでの恐怖と気概の両方を宿す演技には圧倒された。様々な事情があってシム・ウンギョンがこの役を引き受けたのだろうが、政治への忖度以上に、この役を演じられる俳優が日本の映画界に存在しなかったというのが最大の理由なのかもしれない。それほど圧巻のパフォーマンスである。シム・ウンギョンと大谷亮平の共演がいつか観たい。

 

Back on track. 『 主戦場 』でも感じられたことであるが、日本の政治状況は危機的水準にある。それは、国民が権力の監視を怠ってきた結果に他ならない。税金を公的資金と言い換えていた頃よりも、さらに表面を糊塗するだけの言葉遊び政治と、権力者とそれに追従する者だけへの便益を図る密室政治がより発達してしまった。それは違うと声高に叫ぶ人が現れた。本作は娯楽作品であり、秀逸なサスペンスであるが、同時にノンフィクションとして観られるべき作品でもある。多くの人が本作を鑑賞することを願う。

 

ネガティブ・サイド

やはり、シム・ウンギョンではなく日本人の俳優がキャスティングされなければならなかった。韓国人のシムが駄目だと言っているのではなく、日本の政治の腐敗を撃つのなら、日本人がそれをするべきだ。それも愛国心の一つの形だろう。そうした気骨、気概のある役者または事務所がいなかったということに慨嘆させられる。

 

また、シムの英語は石原さとみよりも立派であったが、agreeの発音のアクセントだけは頂けなかった。まあ、『 L・DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。 』の横浜流星などに比べれば月とすっぽんではあるが。

 

また巨悪の存在が示唆されるばかりで、ここに弱さを感じた。宣伝段階で「官房長官の天敵」というキャッチコピーを使っていたのだから、誰がどう見ても令和おじさんのパロディであると思わせることができる人物を仕立て上げられたはずだ。それぐらいのサービス精神はあってもよかった。『 シン・ゴジラ 』でも中村育二を甘利明そっくりに化けさせたのだから、菅義偉のそっくりさんキャラを生み出すのもお茶の子さいさいだろう。

 

総評

ラストの杉原の台詞を何と聞くか。いや、見るか。それによって鑑賞後に残る余韻が変わる。これは意図した演出だろう。気になる人は是非とも劇場へ。Jovianは本作鑑賞後、すぐさま『 銀河英雄伝説 』のヤン・ウェンリーの言葉、「 人間の行為のなかで、何がもっとも卑劣で恥知らずか。それは、権力を持った人間、権力に媚を売る人間が、安全な場所に隠れて戦争を賛美し、他人には愛国心や犠牲精神を強制して戦場へ送り出すことです。宇宙を平和にするためには、帝国と無益な戦いをつづけるより、まずその種の悪質な寄生虫を駆除することから始めるべきではありませんか 」を想起させられた。命よりも大切なものがあるというキャッチコピーで始まるのが戦争で、命より大切なものはないというキャッチコピーで戦争は終わると言われる。個人を自殺に追い込んでおきながら何の自浄作用も働かない今の政治権力の構造には空恐ろしさを感じざるを得ない。願わくば、本作が描くプロットが単なる杞憂、絵空事であらんことを。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, B Rank, サスペンス, シム・ウンギョン, 日本, 松坂桃李, 監督:藤井道人, 配給会社:イオンエンターテイメント, 配給会社:スターサンズ『 新聞記者 』 -硬骨のジャーナリズムを描く異色作- への2件のコメント

『サニー 永遠の仲間たち』 -止まっていた時間が動き出す、韓流青春映画の傑作- 

Posted on 2018年8月2日2019年4月30日 by cool-jupiter

サニー 永遠の仲間たち 80点

2018年8月9日 レンタルDVD観賞
出演:シム・ウンギョン/ユ・ホジョン カン・ソラ/ジン・ヒギョン キム・ミニョン/コ・スヒ パク・チンジュ/ホン・ジニ ミン・ヒョリン ナム・ボラ/イ・ヨンギョン キム・ボミ/キム・ヨンギョン
監督:カン・ヒョンチョル

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イム・ナミは母としても主婦としても忙しい生活を送る42歳。夫は稼ぎもよく生活に不自由は無かった。しかし、義母の入院先で高校時代の親友にしてチーム「SUNNY」のリーダー、ハ・チュナと思わぬ再会を果たす。チュナは余命2カ月、最期にSUNNYのメンバーと出会って死にたいとナミに伝える。そんな時、ナミの夫から急きょ、2か月の出張に出るとの電話が。これを僥倖とナミは探偵を使って、かつてのメンバーを探し始める。止まっていた時が動き始める・・・

1970~1980年代の洋楽ヒットナンバーに乗って云々と喧伝されているが、フランス映画『ラ・ブーム』への言及あり、ソフィー・マルソーへの言及あり、ロッキーⅣの巨大広告あり、独裁政権打倒のデモあり、音楽喫茶での耽溺風景ありと、時代を彩る要素であれば、何でもぶち込まれているのであり、時代と権力による抑圧からの逃避に音楽と踊りがあったとすれば『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ・アディオス』の冒頭で語られたようなキューバ独立と音楽の意外な(ある意味では当然の)関係を見出すこともできるし、『無伴奏』のような時代はお隣にもあって、そこで輝く少年少女もいたんだなと思うこともできる。しかし、この映画の魅力はそうしたところにあるのではなく、むしろそうしたエンターテイメント的に分かりやすい要素を全て除去したとしても、一つの感動的なストーリーとして成立するであろうというところだ。

主題は17歳の青春と友情だが、その奥に潜むテーマはそんなキラキラと輝くものではなく、もっと暗くドロドロとした、人間が生きる上で避けては通れない世の暗部とでも言うべき物にどのように立ち向かうのか、である。この辺の解釈は人によって分かれるだろうし、2度、3度と観賞していくことで物語の異なる面や層が見えてくるかもしれない。都市と地方の格差、容貌の格差、貧富の格差、生徒同士のいじめや教師による体罰まがいの対応、姑の嫁いびりなど、人生やこの生活世界において、全く美しくない部分が生々しく映し出される。しかし、それこそが我々が目を逸らしてはならないもので、その究極の対象は「死」である。かつての仲間の死が目前に迫った時、その仲間に贈ることができるものは何であるのか。それは「あなたは確かに生きていたし、これからも私たちの心の中で生き続ける」というメッセージであるということを本作は力強く宣言する。このあたりはどこか『焼肉ドラゴン』を思わせる。家族=何があっても離れない小さな共同体、のようなイメージを拡大再生産するだけの作品が溢れる中、家族=離散しなければならないもの、と捉え直したところが新しかった。同様に、友情にも排除の論理がある。それを正面から描く作品というのは存外に少ないのではないか。最近だと『虹色デイズ』が近かったか。何を言っているのか分からん、という人は是非本作を観よう。

日本版リメイクが劇場公開間近だが、上述したように本作の魅力は、音楽の要素を全て取り除いたとしても面白さを保っているであろうという点にある。今さら祈っても手遅れなのだが、それでも大根仁監督が小室サウンドを前面に押し出し過ぎない作品に仕上げてくれていることを祈るしかない。

この映画は冒頭から自虐的なシーン連発で笑わせてくれる。韓国ドラマのワンシーンが一瞬ずつ映し出されていくのだが、「僕たちは兄妹なんだ」、「不治の病なのか」などの韓国ドラマの様式美とも言えるシーンの切り貼りで、画面内の全ての人たちが呆れてしまうシーンがある。カン・ヒョンチョル監督は「この映画は普通の韓国映画・ドラマとは一味違いますよ」と作中で堂々とメッセージを発信しているのだ。この時点で「傑作に巡り合えた」との印象を受けたが、その感覚は裏切られなかった。生きるとはどういうことか。息をして心臓が動いているから生きているわけではない。生きるとは、必死になることだ。考えてみれば、必死とは凄い言葉だ。必ず死ぬ、死亡率100%というわけだ。しかし、哲学者ハイデガーの言葉を借りるまでもなく、我々はあまりにも死を意識することなく頽落している。生きる意味を見失いがちな現代人、特に30代40代50代には自信を持ってお勧めできる、韓流傑作青春映画である。

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, シム・ウンギョン, ヒューマンドラマ, 監督:カン・ヒョンチョル, 配給会社:CJ Entertainment Japan, 韓国Leave a Comment on 『サニー 永遠の仲間たち』 -止まっていた時間が動き出す、韓流青春映画の傑作- 

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