2023年総括
5月8日を境に映画館運営が旧に復した。しかし、TOHOシネマズの映画鑑賞料金の値上げは当然のように他の映画館にも波及。値上げは現代のトレンドとはいえ、この傾向は決して望ましいものではないと感じる。
邦画で実績を残したのは世界興行収入が高い外国映画か、あるいは国産アニメ。この傾向は変わらなかったし、今後もしばらくは変わりそうにない。映像を構想し、映像を創り上げる力の持ち主が求められる。2023年にそれができたのは、意外(と言っては失礼かも知れないが、この御仁には前科があるから)なことに山崎貴監督だろうか。
国外に目を向けるとアメリカの俳優組合のストライキのニュースを意識せざるを得ない。特にストリーミングに関するあれやこれやは、俳優だけの問題だけではない。ストリーミングの更なる普及は、大画面に映像を映し出して大勢で鑑賞するというマスの映画鑑賞スタイルを、キネトスコープを覗き込むというごく初期の個人の映画鑑賞スタイルに回帰させていくかもしれない。これは飲食物やパンフレット、各種のマーチャンダイズ販売という確立されたビジネスモデルの変容にもつながる変化をもたらすはず。
生成AIは、映画業界のみならず一般社会にも影響が大きい。テキスト生成AI、音楽生成AI、動画生成AIなどを駆使すれば、個人あるいは極めて少人数でも映画(クオリティは別にして)が作れる時代はすぐそこまで来ている。俳優のみならず、脚本家や作曲家、フォーリー・アーティストがラダイト運動に走ることはないと誰が断言できるだろうか。
色々と懸念は尽きないが、それはそれとして措いておこう。それでは個人的な各賞の発表をば。
2023年最優秀海外映画
『 ザ・ホエール 』
人間ドラマの極致。限られた空間、限られた時間、そして限られた人間のみで展開されるドラマでありながら、これほど人の胸を打つのは何故か。ベタな表現だが、人生の真実がそこに確かにあるからだろう。エリザベス・キューブラー=ロスの言葉を借りれば、死とは生の完成である。死にゆく鯨がその死の先に残すものを体験する最上の人間ドラマだった。
次点
こちらはサスペンスの極北。やはり限られた時間と空間、そしてごく少人数だけで繰り広げられる物語。凡庸な悪の発生の機序が見られ、それが緊張と恐怖を生んでいる。ロシア-ウクライナ、イスラエル-パレスチナなど、戦争が当たり前と感じられる世界情勢になっているが、すぐそこにいる人間は誰なのかという当たり前の想像力を持つことが、いま最も求められているのではないだろうか。
次々点
『 告白、あるいは完璧な弁護 』
ひところの勢いは感じられないが、それもコロナの影響だったか。しかし本作は韓流サスペンスかつミステリの一級品。韓国の映画は良くも悪くもハリウッド作品の亜流の面を持つが、本作はフランス産のサスペンスやミステリの雰囲気をふんだんに漂わせつつも、韓国らしい人間の情念の強さや深さを感じさせる逸品。
2023年最優秀国内映画
『 世界の終わりから 』
数少ない映画オリジナル作品。まさに映像を構想して、そのビジョンのままに創り上げた作品という印象を受けた。過去、現在、未来を夢を媒介にして行き来する壮大なストーリーを、これまたごく少数のキャラクターだけで描き切った監督の手腕は見事。主演に助演、そして脚本と演出、すべてが高い次元で噛み合った逸品。
次点
『 658km、陽子の旅 』
ロードムービーの傑作。一人の中年女性のビルドゥングスロマンを、人間の残酷さと優しさの両方を通じて虚飾なく描いていく。終盤の車中での菊地凛子の訥々とした語りは2023年の邦画の名シーンの中の白眉である。
次々点
『 福田村事件 』
100年前の事件を描いたものであるにもかかわらず、そこから得られる教訓が全く生かされていないように思える。ネトウヨなどは短絡的に「朝鮮人をテーマにするのはけしからん」と主張するのだろうが、問われているのは特定の国籍や民族ではない。目の前の人間は、人間であるという意味において自分と何ら変わることがないのだ、という当たり前の事実を意識できない者がまだまだ多い。本作が穿つのはその意識の間隙である。
2023年最優秀海外俳優
ホン・チャウ
『 ザ・ホエール 』のブレンダン・フレイザーではなく、敢えてその親友かつ看護師のリズを演じたホン・チャウを推したい。チャーリーの友であり疑似的な姉であり母であり恋人でもありながら、最後に一歩引くという選択のできる深みのあるキャラを完璧に演じきったのは見事としか言いようがない。
次点
アン・ダウド
『 対峙 』と『 エクソシスト 信じる者 』での演技を評価する。どこにでもいる中年女性が自分の中の弱さに向き合うことで勇気を出すことができる、という彼女の表現力は評価されなければならない。
次々点
コリン・ファレル
ブレンダン・グリーソン
『 イニシェリン島の精霊 』での共演を評価したい。本作の鑑賞はロシアによるウクライナ侵攻開始の約1年後だったが、まさかそこからイスラエルがパレスチナを本格的に攻める日が来るとは思わなかった。国と国が分断されても個人の交流は可能だが、国と国が分断されることで個人の交流もこのように途切れてしまうこともある。本作が個々人の想像力を喚起して、戦禍が個々人を分断しないようになることを望む。
2023年最優秀国内俳優
菊地凛子
『 658km、陽子の旅 』での演技で最優秀俳優の選出に異論なし。
次点
片岡愛之助
『 翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~ 』で見事なまでに悪一色の大阪府知事像を打ち出した演技を評価したい。世評がどうなっているのかよく分からないが、大阪府知事・吉村洋文の政治的な思想信条は嘉祥寺晃のそれと大差ないと思ってもらって結構だ。
次々点
北村有起哉
『 終末の探偵 』のしがない探偵役が大ハマりしていた。情けない中年オヤジが敏腕の探偵に、そして最後は腕っぷしでも魅せるという展開で、まさに男が惚れる男というキャラを好演。また同じキャラを演じる北村を見たい。
2023年最優秀海外監督
ダーレン・アロノフスキー
変化球的な作品を世に送り出すことが多い監督だが、『 ザ・ホエール 』がド直球のヒューマンドラマ。CGではなく襦袢やメイクで巨体を作り上げるという作劇姿勢も当然評価の対象としている。
次点
スコット・マン
『 FALL フォール 』でシチュエーション・スリラーに新風を吹き込んだ。高所恐怖症があってもなくても、地上600メートルという極限環境は怖いに決まっている。三部作になるらしいが、ぜひ二作目、三作目でもメガホンを取ってもらいたい。
次々点
アリ・アッバシ
『 聖地には蜘蛛が巣を張る 』の、狂信者が女性を殺していく淡々としたプロセスの演出を評価する。『 福田村事件 』を日本ローカルの事象と受け取るのではなく人間性の否定という普遍的な問題であると受け止められれば、本作もイスラム社会、イラン社会特有の病理ではなく、様々な文化や社会は何らかの病理を内包するものだという監督のメッセージを受け取れるはずだ。
2023年最優秀国内監督
松永大司
決して易しくはないテーマを扱った『 エゴイスト 』を傑作に仕上げた手腕を評価する。鈴木亮平という40歳前後の日本の役者の中ではトップの実力者の魅力を『 孤狼の血 LEVEL2 』とは全く異なる方向に十全に引き出すことができていた。
次点
山崎貴
はっきり言って不安しかなかった『 ゴジラ-1.0 』をまっとうなゴジラ作品に作り上げたくれた点は評価しないわけにはいかない。人間ドラマが陳腐であるという評価は変わらないが、主役はあくまでもゴジラである。
次々点
高橋正弥
『 渇水 』の人間ドラマを評価したい。『 正欲 』の岸善幸監督と争ったが、セクシャル・オリエンテーションよりも、職務に忠実であろうとすることが善にはならないというテーゼを打ち出した高橋監督の炯眼を称えたい。
2023年海外クソ映画オブ・ザ・イヤー
サノスを失ったMCUの迷走を顕著に表す一作。Jovianは本作を観てMCUから離脱することができた。『 マーベルズ 』もかなり酷い出来らしいが、観ていないものは評価できない。カーン役のジョナサン・メジャースがクビになったことも本作=クソ映画の印象をより一層強めている。
次点
『 グランツーリスモ 』
やたらと世間の評価は高かったが、個人的にはクソ映画だった。主人公の成長よりもゲームと音楽のインフォマーシャルにしか感じられなかった。
次々点
『 MEG ザ・モンスターズ2 』
夏の風物詩とも言えるサメ映画だが、ジェイソン・ステイサムをもってしてもクソ映画はやはりクソ映画。飼育メグと野生メグの対決を描けばいいものを、恐竜だのタコだのの妙なクリーチャーを増やすからダメなのだ。
2023年国内クソ映画オブ・ザ・イヤー
『 火の鳥 エデンの花 』
手塚治虫の『 火の鳥 』のテーマは生命の壮大さと矮小さ。一寸の虫にも五分の魂と言うが、有限の命の中で懸命に生きて死んでいく様にドラマがある。その序盤のロミのドラマパートをバッサリとカットするというのは、もはや犯罪的な再解釈だと思うのだが、どうだろう。
次点
『 忌怪島 きかいじま 』
登場人物がどいつもこいつもアホすぎて話にならなかった。脚本が大学の映画同好会レベルだったのか、それとも現場で役者と監督がちょっとずつ微修正を重ねてこうなったのかは知る由もないが、いずれにしても痛々しいまでに低レベルだった。
次々点
『 リボルバー・リリー 』との対決を僅差で制した本作をクソ映画オブ・ザ・イヤーの次々点に選出したい。とにかくクロスが原作と違い過ぎ、かつダサい上に、神話の世界観に完全に反するメカが次々と登場する展開に頭を抱えざるを得なかった。
2024年展望
2024年に楽しみにしている作品は何といっても『 オッペンハイマー』だ。日本の配給会社はどこにどう忖度して、本作を2023年中に公開できなかったのだろうか。MCU映画だと『 デッドプール3 』だけは少し期待している。邦画だと『 みなに幸あれ 』と『 一月の声に歓びを刻め 』の期待値が高い。
2023年はインド映画をあまり鑑賞できなかったので、2024年はパワフルなインド映画をもっと劇場で観たいと思う。またもはやトレーディングカード・ゲーマーの社交場と化した近所のTSUTAYAでDVDやBlu rayをレンタルしようと思う。時代はストリーミング全盛だが、古いビジネスにお付き合いする人間が少しぐらいはいてもいいではないか。
『 リバー、流れないでよ 』に触発されて久しぶりに聖地巡礼をしてみたが、2024年は映画ゆかりの地を訪れる機会を増やす年にしたいなと思う。