2024年総括
今年は部署異動もあったり、副業(と呼べるほどのものでもないが)があったりで、例年ほどは映画を観ることができなかった。邦画はあいかわらず小説や漫画の映像化に血道を上げていたが、インドや韓国などの映画輸出大国にひと頃の勢いが感じられないのは、コロナの影響を今も引きずっていると見るべきか。ハリウッドに関して言えば、MCUのメインストリームから離脱できたのは幸なのか不幸なのか。
2024年は米大統領選挙と兵庫県知事選で、いわゆるオールドメディアとSNSの対照性が際立った年だったと感じる。映画レビューについては、かなり以前から同様の事象が起きていて、今では一部のインフルエンサーと呼ばれるようなお歴々の方が、下手なプロのレビュワーよりも影響力を行使できているように見える(同じことは英語学習界隈にも言えるが、あの世界は狭すぎ、かつ浅すぎて話にならない)。
大切なことは、意見は意見であって、事実でもなんでもないということ、そして真実とは事実を自分なりに解釈した先に見えてくるものであると自覚することだ。ある作品が面白い、あるいはつまらないと感じたのであれば、その理由は大いに発信してよい。ただし自分と意見を異にする相手を否定してはならない。同じことは政治的な信条に関しても当てはまる。分断はしてもいい。ただし共存はせねばならない。映画に関しても色んな見方があっていい。ただしレビュワーがレビュワーを否定することは望ましくない。気に入らなければ無視するだけでよい。一部の界隈の不毛な論争は何も生み出していないと思う。
2024年最優秀海外映画
『 ソウルメイト 』
リメイクながらオリジナルを超える大傑作に仕上がった。キム・ダミはチョウ・ドンユイに勝るとも劣らない演技を見せた。生きることは生かすことという『 ルックバック 』同様の哲学を、まさにその生き様で証明するという凄絶な友情の物語。日本でもリメイクしてほしいという願望と、そのリメイクが駄作になってしまったら・・・という不安の両方を感じている。いずれにせ大傑作。シスターフッド映画のひとつの到達点と評したい。
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『 ブルーバック あの海を見ていた 』
犬と人間の絆というのは割とありふれているが、魚と人間の絆は相当に珍しい。そこに無類の映像美と人間ドラマ、そして社会的・環境問題的なメッセージが込められつつも、全体のバランスが整っているという傑作。
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『 YOLO 百元の恋 』
こちらもリメイクながらオリジナル超えの傑作。監督兼主演のジア・リンの、力石徹も真っ青のまさに骨身を削る減量の様子が “Gonna Fly Now” と完璧にマッチしていた。青は藍より出でて藍より青し。中国映画の今後の躍進を予感させる逸品。
2024年最優秀国内映画
『 夜明けのすべて 』
現代社会が失いつつある「連帯」を描いた貴重な作品。同病相憐れむのではなく、同病相攻撃する=自己憐憫の度合いを競うような言説がSNSでよく見かけるが、そうした人々にこそ観てほしい作品。Even after the darkest nights, morning always comes.
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『 侍タイムスリッパ- 』
時代劇への愛情、さらに social misfits に対する温かく柔らかな眼差しに満ちた作品。生きることの意味を見失いがちな現代において、高坂新左衛門の生き様はそれ自体が強烈なメッセージになっている。太秦のスタッフが手弁当で撮影をアシストしてくれたという逸話があるが、それほど強烈な脚本で、その脚本の内容を適切に演出した監督、確かな演技で描き出した役者陣、そして裏方スタッフたちが一体で世に送り出した逸品。円盤化を待ち望むファンは数多い。
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『 マリの話 』
こちらも低予算映画ながら、ホン・サンスの影響が色濃く反映された作品。ステージで監督自身が語っていた通りに、監督の願望や恋愛観や恋愛(失恋)体験も盛り込まれていて、陳腐ながらも非常に面白い。ロングのワンカットが多用されていて、まるで自分もその空間にいるかのように感じられたり、あるいは引きの視点から人物が小さく映され、二人っきりであることが強調されたりと、カメラワークも巧みで良かった。
2024年最優秀海外俳優
バンジャマン・ラベルネ
『 ジャンヌ・デュ・バリー 国王最期の愛人 』でのラ・ボルドを、まさに血肉の通った人間として描出した演技を評価する。宮廷という、ある意味で魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿に放り込まれた市井の女が生き残れたのは、王の寵愛以上にラ・ボルドの献身と奇妙な友情があったればこそ。
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ワン・イーボー
日本でも確実にマダムのファンを増やしつつある俊英。『 ボーン・トゥ・フライ 』と『 熱烈 』の両作品で、超が付くほどアクの濃いおっさんキャラと共演しながらも、自らのキャラをクールに演じきった点を評価する。
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ラビ・キシャン
『 花嫁はどこへ? 』で小悪党的な警部補を怪演。アメリカの警察=汚職、韓国の警察=無能だが、インドの警察=汚職×有能という新しいイメージを創出したところがユニーク。
2024年最優秀国内俳優
山口馬木也
『 侍タイムスリッパ- 』で演じた高坂新左衛門というキャラクターの血肉化は素晴らしかった。武田鉄矢=金八先生、織部金次郎、西田敏行=浜崎伝助のような、代名詞とも言えるキャラクターを生み出せたのは、ひとえにそのシンクロ率ゆえ。今後、邦画における character study の代表として教材化されるに違いない。
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河合優実
『 あんのこと 』、『 ナミビアの砂漠 』での演技を評価する。薄幸の佳人のイメージが強く、本人もそうした役を好んで演じている点に好感を抱く。『 水は海に向かって流れる 』も、広瀬すずではなく河合優実で作り直してみてほしい。
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内野聖陽
『 アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師 』でキャリア最高ともいえる演技を披露した。抑圧された公務員の姿はサラリーマンにも通じる。2024年はオッサンのファンを増やした年になったのではないか。
2024年最優秀海外監督
キム・ソンス
韓国議会のねじれ、その延長線上にある(らしい)戒厳令の発令で再び注目を集めることになった『 ソウルの春 』の演出を高く評価したい。権謀術数オンパレードで全編息継ぎする間もなく進んでいく圧倒的なスピード感と、結末で訪れる言いようのない虚無感は演技、撮影、音楽・音響、編集などをすべて統括した監督の手腕に他ならない。
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竹内亮
濃密なドキュメンタリー『 劇場版 再会長江 』のクオリティを評価したい。中国という、ある意味でアメリカやインドにも劣らない他民族国家の源流に迫ろうという試みの雄大さには、残念ながら日本の映画界では比べられるものがない。
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クリストファー・ノーラン
『 オッペンハイマー 』の映像美と、敢えて見せないことでオッペンハイマーの心情を物語る演出を評価する。
2024年最優秀国内監督
安田淳一
『 侍タイムスリッパ- 』のヒットと『 ごはん 』のロングランを評価。映画作りを一種の作業ではなく自己表現や自己実現と捉えている点も併せて評価したい。○○組などと称して、同じスタッフで流れ作業的に映画を作る監督たちとは一線を画したままでいてほしい。
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笠井千晶
元々世間では一定の耳目を集めていたが、『 拳と祈り -袴田巌の生涯- 』の製作と公開でもって袴田姉弟の苦闘と日本の警察・司法の問題点をあぶり出した功績は果てしなく大きい。自分の考えを極力画面に映し出さず、丹念に事実と関係者の証言を追っていくスタイルに徹したのも素晴らしい判断だった。
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堀江貴
『 最後の乗客 』の切れ味を評価。プロットには陳腐な箇所が多いが、ストーリーは観る側の心を動かす力を確実に有していた。
2024年海外クソ映画オブ・ザ・イヤー
『 ゴジラxコング 新たなる帝国 』
アメリカに里子に出した息子が文字通りの意味でヤンキーになってしまった。ドハティからはゴジラに対する深い愛着とリスペクトが感じられたが、アダム・ウィンガードはゴジラを条件付きのフリー素材ぐらいにしか感じていないのではないか。
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『 トラップ 』
シャマランの作品というだけで観る側は否が応にも期待する。そして予測する。そうした予想をことごとく下回る展開の連続に、さすがに落胆させられてしまった。Is it about time for me to give up on Shyamalan?
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『 破墓 パミョ 』
相対評価ということで本作を選出。嫌悪の根底に恐怖があるのは理解できたが、さすがに「日本的なるもの」を色々と詰め込んでみましたというパッケージングは、韓国国内では通用しても国際的(特に日本)には通用しない。
2024年国内クソ映画オブ・ザ・イヤー
『 変な家 』
序盤はミステリ風ながら、推理がすべて的外れというか、どういう思考回路をしていればそんな論理展開ができるのかと慨嘆させられた。この脚本の出来栄えで企画にゴーサインが出るというのが一番のミステリーである。中盤以降の超展開は、もはや家の間取りが変だとかどうこうとは関係のない、あまりにシュールな狂騒曲。珍品としての価値は認められるが、それは言い換えれば反面教師的な作品にしかならないということである。
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『 みなに幸あれ 』
一位とデッドヒートを繰り広げたが、僅差でこの位置に。弱者を搾取して生きているという現代社会の構図を生々しく描きたかったのだろうが、横溝正史的な演出がことごとく空振りで、単なる笑えないギャグにしかなっていなかった。
次々点
『 六人の嘘つきな大学生 』
これまた原作小説を単なるフリー素材としてしか見ていないかのような皮相的な作品。ミステリ部分がミステリでも何でもないし、犯行の動機も幼児レベル。そしてリアルであるべき採用活動が茶番(なんでカメラがそのタイミングから回っているんですかねえ・・・)になっているなど、ツッコミどころ満載の珍品。大学の映画サークルが作ったと言われても納得できそうなクオリティだった。
2025年展望
2025年に関してはJovianのオールタイム・フェイバリットの『 オズの魔法使 』の正統的な前日譚『 ウィキッド ふたりの魔女 』が楽しみだ。劇団四季のミュージカルで鑑賞済みだが、映画がこれをどう料理してくるのか。邦画では『 フロントライン 』が、コロナの最前線で闘っていたのは男性がメインであるかのように描かれていることから大いに不安を煽ってくる。
生成系AIがますます進化して、物語、音響に音楽、画像に映像まで、個人でもある程度は作れてしまう時代になった。『 カランコエの花 』の中川駿監督の言う通りに「美意識」をしっかり持った人であれば誰でも映画監督になれる時代の到来である。実際、『 8番出口 』のパロディ動画や、各種の怪獣系の動画などが某プラットフォームに続々アップされている。ここから新しい才能が芽生えてくるのは間違いない。一方で『 JUNK HEAD 』の堀貴秀のような才能は出てこなくなるような懸念もある。
いずれにせよ2025年が良い年になることを願う。戦争はゲームや映画の中のコンテンツとしてだけ消費したい。