2022年総括
世界もさすがにコロナに慣れてきた。日本の多くの部分では旧態依然とした政治・社会体制が続いているが、職業や教育の分野がデジタル化が進みつつあるのは悪い傾向ではないと思う。そんな中で映画館もそれなりに健闘できた一年ではないだろうか。
一方で、テアトル梅田が閉館するなど、ミニシアターには厳しい時代が続いている。メガヒットと呼べるような作品も劇場公開されたが、映画館および映画文化を支えるために必要なのはブロックバスターだけではなく、静かに、しかし確実に人の心を動かすような良作、そしてそれを届けてくれる良心的な劇場であると思う。超大作をマサラ上映することでコアな映画ファンをがっちり掴む塚口サンサン劇場のように、作品選びだけではなく、作品を提供するスタイル、劇場体験そのものを売りにするのが今後の劇場のサバイバルにつながっていくのかもしれない。
それでは個人的な各賞の発表をば。
2022年最優秀海外映画
延期に次ぐ延期を経て、満を持して劇場公開された本作が最優秀海外映画の栄に浴する。CDやDVDの売り上げは落ちても、コンサートや芝居のチケットは売れている。「モノ消費からコト消費へ」と言われて久しいが、本作は大スクリーンと大音響での映画体験、それがもたらす興奮や高揚感を思い出させてくれた。期せずしてロシアがウクライナに侵攻。ウクライナは逃げるべきか、戦うべきかという議論が日本の識者(とされる人々)の間でもたびたび行われた。それが良いか悪いかは議論が分かれるところだが、平和という状態は軍が膨大なエネルギーを注ぎ込むことで達成され、維持されているということも示した作品だった。
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『 あなたがここにいてほしい 』
中国映画というと実験的な低予算おバカ映画と、『 シスター 夏のわかれ道 』のような超上質ドラマの二極化が進んでいるという印象を受けた。その中でも本作の完成度は非常に高く、個々人のドラマが社会の発展と相似形を成し、個々人の関係の破綻が社会の矛盾の現れとなっていた。社会性とエンタメを高い次元で融合させているという点、で2021年の『 少年の君 』に近いレベルまで来ていると感じた。
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『 RRR 』
ハリウッドのアクション超大作のカーチェイスや銃撃戦、爆発というのは、アクションのためのアクションになっていることが非常に多い。ポップコーンが進むでしょ?というやつである。一方でインド映画、というよりもS・S・ラージャマウリ監督の映画には肉弾アクションは言うに及ばず、銃弾や火薬にまでキャラクターの心情が乗り移ったかのように感じられる。この熱量は劇場鑑賞でしか得られないと思う。まさに鑑賞する映画ではなく体験する映画だ。
2022年最優秀国内映画
『 前科者 』
日本も完全に格差社会になってしまった。ここで言う格差とはしばしば経済的なそれである。一度非正規雇用になってしまうと、なかなか正規雇用になれない。同じく、一度犯罪者になってしまうと前科者というレッテルをはがすことができない。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるが、その罪は人格によるものなのか、環境によるものなのか。本作の発する問いの意味は、今後大きくなることはあっても小さくなることはない。お好み焼きの千房の会長・中井政嗣氏が言う「反省は一人でもできるが、更生は一人ではできない」という言葉の意味を我々は噛みしめる必要があるのではないだろうか。
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『 マイスモールランド 』
diversity をダイバーシティ、inclusion をインクルージョンとしか訳せないところに日本社会の排他性が垣間見える。クルド人という寄る辺なき民の存在を、ウクライナ難民と重ね合わせずにはいられない。受け入れない者は、受け入れられない覚悟をしなければならない。しかし最初に動くべきは国ではなく、一個人なのだろう。少数の交流が多数になる必要はない。しかし、少数者との交流を妨げる理由もないはずである。
次々点
『 死刑にいたる病 』
興行収入10億円と、並みのヒットになってしまった。もしも日本のオーディエンスの嗜好が韓国オーディエンスのそれに近ければ、興収30億も狙えたのではないか。それぐらいにダークな作品。こうした毒のある作品がヒットする土壌を育まない限り、邦画の世界は青春キラキラ漫画の映画化に血道を上げ続けることになってしまう。
2022年最優秀海外俳優
チャン・ジンイー
『 あなたがここにいてほしい 』で見せたみずみずしい演技の印象はいまだに鮮烈。幼さ、無邪気さ、切なさ、弱さ、強さ、愛おしさなど、少女から女性に至るまでの様々な段階の属性を一作の中で全て出しきった。
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N・T・ラーマ・ラオ・Jr.
ラーム・チャラン
『 RRR 』の主演二人を選出。友情と使命のはざまで翻弄される二人の男の熱き血潮のたぎるアクションとドラマは、この二人の俳優以外ではなし得なかった。
次々点
ロバート・パティンソン
『 THE BATMAN ザ・バットマン 』で新たなブルース・ウェインとバットマン像を打ち出したパティンソンを推す。同作のヴィランでジム・キャリーの超絶変態リドラー像を打破したポール・ダノとの接戦を制した。
2022年最優秀国内俳優
阿部サダヲ
『 死刑にいたる病 』の怪演で文句なし。近年の邦画の猟奇犯罪者役としては『 ミュージアム 』の妻夫木聡と双璧であると言っていい。目の奥から容易に心の闇をのぞかせるという演技は誰にでもできるというものではない。
次点
岸井ゆきの
ボクシング映画には基本的にハズレがないが、その中でも特に異色だった『 ケイコ 目を澄ませて 』の主演を張った岸井ゆきのを選出しないわけにはいかない。安藤サクラの後継者として、日本トップの女優を目指すべし。
次々点
森田剛
滅多に映画に出てこない森田剛だが、『 前科者 』の演技には度肝を抜かれた。同じV6の岡田准一とはえらい差がついたように見えるが、ヒューマンドラマをじっくりと演じさせれば森田剛の方が上だろう。
2022年最優秀海外監督
コゴナダ
『 アフター・ヤン 』で見せた、断片的な視覚情報からオーディエンスの想像力を無限に喚起していくという手法には恐れ入った。今後、真似をする監督がプロアマ問わず出てくると予想されるが、コゴナダ監督の領域に達する者は数年は出てこないのは確実である。
次点
バンジョン・ピサンタナクーン
タイ映画には馴染みがあまりなかったが、『 女神の継承 』でホラーという分野では邦画を抜き去ったと確信した。少なくとも現時点の日本とタイのこのジャンルの作り手のトップだけを比べるならタイの圧勝だろう。一歩間違えるとギャグになってしまうシーンの数々を恐怖で塗りつぶしたピサンタナクーン監督の剛腕には恐れ入るしかない。
次々点
リュ・スンワン
『 モガディシュ 脱出までの14日間 』で韓国の近代史と政治、そしてアクションと人間ドラマの全てを描き切った。その卓越したバランス感覚は賞賛に値する。
2022年最優秀国内監督
湯浅政明
『 犬王 』
邦画のミュージカルというのは往々にして大惨事になるものだが、本作は違った。ロックオペラと言っていいほどの硬質な楽曲の数々と二人の男の時を超えた友情が見事にミックスされたミュージカルで、この水準の作品は年に一本生まれれば良い方だろう。
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安川有果
『 よだかの片想い 』で見せた、音響や音楽を極力使わず、役者のセリフにも頼らず、ひたすら演技で物語っていく手腕を高く評価したい。城定秀夫のライバルになってほしい。
次々点
片山慎三
『 さがす 』のダークな展開はまるで韓国スリラーのようだった。社会や人間心理のダークサイドを容赦なく追究しようとする作り手がもっと日本にたくさん現れてほしい。
2022年海外クソ映画オブ・ザ・イヤー
伝説的なシリーズの最終作ながら、原点回帰に大失敗。というか、広げまくった風呂敷を畳むつもりがゼロだったという、詐欺にも近い作り方&売り方。popcorn flick として見ても標準以下の駄作。掛けた予算と関わったスタッフを考えれば、クソ映画オブ・ザ・イヤーの栄に浴すのは必然。
次点
『 ソー ラブ&サンダー 』
サノスを失ったMCUの迷走を表す一作。キャラの掛け合いだけは見ていられるが、ストーリーはもうどうでもいいかな。
次々点
ハリポタと違って、このシリーズはワクワクできない。キャラが最初から大人で成長の余地があまりなく、しかもストーリーがしばしば政治的だからだ。シリーズ打ち切りの話も出ているようだが、さもありなん。
2022年国内クソ映画オブ・ザ・イヤー
『 大怪獣のあとしまつ 』
よくこんなゴミを作って、なおかつ公開してくれたものだ。世が世なら監督とプロデューサーは市中引き回しの上、打ち首獄門に処されている。
次点
『 牛首村 』
牛の首には特に意味はないと劇中で明かされた時点で席を立つべきだった。清水崇はもうホラーを作ってはいけない。
次々点
『 貞子DX 』
『 N号棟 』との大接戦を制して本作をクソ映画オブ・ザ・イヤーの次々点に選出。貞子という不世出のキャラクターにとどめを刺した罪はあまりにも重い。
2023年展望
2023年に楽しみにしている邦画は『 ヴィレッジ 』と『 跳んで埼玉Ⅱ(仮) 』、期待の洋画は『 エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 』と『 Magic Mike’s Last Dance 』。逆に不安視している邦画はゴジラの新作、洋画だと『 Creed Ⅲ 』も少し怪しそう。
2023年は韓国映画やインド映画以上に、中国映画の上澄みも更に世界に発信される一年になる気がする。同時に、邦画の製作システムになんらかのブレイクスルーが求められる一年になるのも間違いない。特に大学の90分授業を集中して受けていられないという若年層をどうやって映画館に連れてくるのか。やはり物語としての面白さ以上に劇場体験そのものが付加価値になるような仕組みが求められるのだろう。
コロナ発生から4年目に入ろうとしており、映画の製作や公開に関しても旧に復しつつあるはず。しかし、業界、特に邦画の世界は元に戻るのではなく、前進をしてほしい。オリジナル脚本で作られた作品が優秀作品のトップを占めるという年をそろそろ体験したい。