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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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月: 2020年9月

『 無職の大卒 』 -この世に役立たずなど存在しない-

Posted on 2020年9月30日2022年9月16日 by cool-jupiter

無職の大卒 70点
2020年9月26日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ダヌシュ サムドラカニ アマラ・ポール
監督:ヴェールラージ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20200930012428j:plain
 

インディアン・ムービー・ウィークの一作。インドは近年、宗教・神学・哲学問題(『 PK 』)や国境問題(『 バジュランギおじさんと、小さな迷子 』)、さらには教育問題(『 ヒンディー・ミディアム 』)などの分野で優れた作品を送り出してきた。そして本作は就職問題に関する快作であった。

 

あらすじ

大学で土木工学を学んだラグヴァラン(ダヌシュ)は、IT専攻でなかったばかりに、就職に失敗してしまった。日がな一日、家事でもして過ごしていたところへ、隣家に妙齢の美女のいる家族が引っ越してきて・・・

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ポジティブ・サイド

大卒にして無職というのは、ある意味でその国の発達の度合いを測る目安になるのかもしれない。そもそも子どもを大学にやれる経済力が親世代に求められる。一方で、順調に若者を吸収してきた労働市場が飽和状態になりつつある。そのようなインドの現状、そして多くの先進国の一昔前の姿を、本作は如実に映し出す。だが、悲壮感が漂うばかりではない。多くのインド映画はあまりにも強権的、威圧的な家父長制の家族や社会を映すが、本作の親子関係は時にシリアスでありながら、基本的にはコミカルだ。

 

インド映画で工科大学と言えば『 きっと、うまくいく 』が思い出される。エンジニアの卵たちがここぞという場面で本領発揮するシーンには痺れた。本作でもタイトル通りに工科大卒の無職たちが大いに躍動するシーンが収められているが、そこで得られるカタルシスは非常に大きい。これはJovianがいわゆる就職氷河期世代に属するからだろうか。

 

主演のダヌシュは普段の情けなさと、やる時はやる男というギャップがたまらなく魅力的である。父に叱られ、母に甘え、弟に劣等感を抱いているのかと思えば、キレッキレのダンスを披露し、無手勝流のケンカ術でチンピラをコテンパンに叩きのめす。女性は男性のギャップの大きさに惚れるというが、確かにラグヴァランはギャップの塊である。

 

悪役である大企業の社長とそのボンクラ息子が、成長著しいインドという国家の負の面を見事に体現している。見ていて本当に腹が立ってくる嫌味キャラなのだが、それは役者の演技力ゆえか、それとも半沢直樹的な下克上や倍返しを容赦なくやってくれ!と思いたい、観る側の心の在りようゆえか。おそらくその両方だろう。「 万国のプロレタリア団結せよ! 」と叫んだのはマルクスであるが、これを今風に言い換えれば「 万国の大卒無職、団結せよ! 」となるだろうか。ある意味で安心して見ていられる勧善懲悪ものであり、多民族社会を維持するインドらしい結末も用意されている。2014年の映画であるが、古さは全くない。

 

ネガティブ・サイド

一言、脚本が粗い。ヒロインが二人いるのも紛らわしいし、本命であるべきシャーリニとの関係が劇的に進展するわけでもない。そもそも、もう一人のヒロインが生み出される経緯が気に食わない。中盤で唐突に「え・・・?」という展開が待っているが、この事件がご都合主義にしか思えないのだ。ここまでドラマチックな展開を無理やりに作らなくても、もっと現実味のあるサブプロットで、後半~終盤の展開は描けたはずである。

 

シャーリニのバックグラウンドもイマイチはっきりしない。自分の父親の倍以上を稼ぐらしいが、歯科衛生士?それとも歯科医?彼女の職業的背景がはっきりしないので、無職のラグヴァランとの距離感や職を持ったラグヴァランとの関係性が奥深いところでは把握しにくかった。

 

少しだけ残念だったのはエンディング。振り切ったアクションの直後に、どこか唐突に、知り切れトンボな感じで終わってしまう。絢爛豪華な終わり方が観たかったのだが・・・

 

総評

はっきり言ってシーンとシーンのつながりは滅茶苦茶である。しかし、それをインド映画独特のでたらめなパワーで乗り越えている。そこにしっかりとメッセージも込められている。この世に役立たずなど存在しない。もしも誰かが無能だとするなら、それは時代やコミュニティがその者に活躍の機会を与えていないからだ。そのよう感じさせてくれるインド映画の快作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Can you ~ ?

最もスタンダードな英語の依頼表現。劇中では“Can you come here?”という具合に使われていた。Canは可能性や能力があるという意味の助動詞だが、疑問文の場合はほぼ依頼だと思って間違いない。Are you able to ~ ? と Can you ~ ? を使い分けられれば、英会話初心者は卒業である。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, アマラ・ポール, インド, コメディ, サムドラカニ, ダヌシュ, ヒューマンドラマ, 監督:ヴェールラージLeave a Comment on 『 無職の大卒 』 -この世に役立たずなど存在しない-

『 ようこそ映画音響の世界へ 』 -オーディオ・エンジニアに敬意を-

Posted on 2020年9月28日2021年1月22日 by cool-jupiter

ようこそ映画音響の世界へ 75点
2020年9月26日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ウォルター・マーチ ベン・バート ゲイリー・ライドストローム
監督:ミッジ・コスティン

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『 すばらしき映画音楽たち 』という優れた先行作品があり、どうしてもその二番煎じであるとの印象は拭い難い。しかし、音響という仕組みや現象を映画史と共に概説してくれる本作が、映画ファンの視野を広げてくれることは間違いない。

 

あらすじ

『 スター・ウォーズ 』のベン・バート、『 地獄の黙示録 』のウォルター・マーチ、『 ジュラシック・パーク 』のゲイリー・ライドストロームら、映画音響のパイオニアたちのインタビューを軸に、映画における音響の役割とその拡大の歴史に迫っていくドキュメンタリー。

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ポジティブ・サイド

映画はキャラクターと物語と映像と音楽で成り立っている。しかし、じつはそこにもう一つ、「音響」という要素もある。我々は映画サントラを買うことはあっても、音響サントラを買うことはない。というか、売っていない。映画サントラの需要は分かりやすい。その音楽を聴けば、映画のシーンやセリフや物語そのものが脳内で再生されるからだ。邦画で最もインパクトのあるサントラと言えば伊福部昭の『 ゴジラ 』のマーチ、そして海外の映画では『 スーパーマン 』のテーマや『 ロッキー 』の“Gonna Fly Now”、『 トップガン 』の“Danger Zone”や“Take my breath away/愛は吐息のように”が思い浮かぶ。だが、このようにも考えてみてほしい。『 スター・ウォーズ 』で最も印象に残っている音は、実は音楽ではなく、ライトセイバーの唸るような音、ブラスターの発射音、TIEファイターの飛行音やビーム発射音、ミレニアム・ファルコンのジェット音やコクピット内部の機械音、そしてワープ時の音ではないだろうか。

 

本作は、音楽ではなく音響にフォーカスした稀有なドキュメンタリーである。映画史の中で音響がどのように導入され、発達していったのかを稀代のオーディオ・エンジニアらや映画監督たちとのインタビューを通じて再発見していく物語である。

 

個人的に勉強になったと感じたのは、集音技術発達前の映画の作り方。その描き方がコミカルなのだが、作っている側としては非常に悩ましい問題だったのだろう。もう一つはフォーリー・サウンドの歴史。『 羊と鋼の森 』で“4分33秒”で名高いジョン・ケージについて述べたが、ジャック・フォーリーについては全く背景知識を持っていなかった。ステレオの発明が金山の発見ならば、フォーリー・サウンドの発明は、大袈裟な言い方をすれば、新大陸を発見したようなものである。それほどのインパクトを感じたし、この分野には無限に近い鉱脈が眠っているのは間違いない。

 

映画の黎明期から2018年までの映画史が音響の面からわずか90分程度にまとめられている。発見の連続であったし、今後は映画館でエンドクレジットを眺める際の楽しみが増えた。映画ファンだけなく、広く一般の人々にも観てもらいたいと願う。

 

ネガティブ・サイド

映画史を俯瞰する圧倒的スケールの作品であるが、少し人間だけフォーカスしすぎているとも感じた。今後10年で映画音響がどのような進化を遂げるのかについての道標を示してもよかったのではないか。例えば『 シライサン 』で実施されたイヤホン360上映のような、新機軸の音響効果を体感できる映画館またはイヤホン・ヘッドセットの開発など。または、ホロフォニクス=立体音響録音技術を今後どうやって映画館に組み込んでいくのかといったことも示唆できたのではないか。

 

様々な作品が紹介されていたが、そこにアニメーションやNon-Americanの作品がなかったことは率直に言って不満である。女性や外国ルーツの女性エンジニアにフォーカスするのなら、作品にもinclusivenessが欲しかった。

 

総評

2020年はコロナ禍により世界中の映画館が存在意義を問い直された。もちろん映画館の存在意義は、圧倒的な大画面である。だが、映画館でこそ味わえる音響の世界もあるし、映画そのものを鑑賞する時に音楽だけではなく音響に我々はもっと注意を向けるべきだ。そうしたことを本作を通じて考えさせられた。今後は照明や撮影監督にスポットライトを当てた作品が、さらには映画館という施設そのものの発展史を概説するドキュメンタリーが求められる。もう誰かが作り始めているかな。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Talk about ~

「 ~について語る 」という意味が主役であるが、他にも用法がある。これは「 まさに~だ 」、「 何という~なんだ 」という意味で使われる慣用表現。作中では“Talk about innovative”と使われていた。つまり、「 なんと革新的なのか 」という意味である。

 

My client never makes eye contact with me. Talk about a lack of respect!

クライアントは俺と目を合わせないんだよ。まったくもって失礼じゃないか!

 

のように使う。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アメリカ, ウォルター・マーチ, ゲイリー・ライドストローム, ドキュメンタリー, ベン・バート, 監督:ミッジ・コスティン, 配給会社:アンプラグドLeave a Comment on 『 ようこそ映画音響の世界へ 』 -オーディオ・エンジニアに敬意を-

『 Daughters(ドーターズ) 』 -アート系映像+日常系ドラマ-

Posted on 2020年9月25日2021年1月22日 by cool-jupiter
『 Daughters(ドーターズ) 』 -アート系映像+日常系ドラマ-

Daughters(ドーターズ) 65点
2020年9月22日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:三吉彩花 阿部純子
監督:津田肇

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予告編を2~3度観ただけで観賞。『 孤狼の血 』で魔性の女とも純な乙女とも判断つかない不思議な美女を演じた阿部純子が出演している。シネ・リーブル梅田で『 ソローキンの見た桜 』を見逃してしまったが、本作は劇場に観に行くことができた。

 

あらすじ

小春(三吉彩花)と彩乃(阿部純子)は仕事もプライベートも充実したルームシェア生活を送っていた。しかし、彩乃が突然の妊娠を告白。二人の生活や関係が少しずつ変化し始めて・・・

 

ポジティブ・サイド

オープニングからなかなか奮っている。薄暗い室内で三吉演じる小春と阿部演じる彩乃が取り留めのない会話を繰り広げる。この映画は二人だけの閉じた世界がテーマなのだと伝わるEstablishing Shotになっていた。これにより、物語がどう展開しようとも、主軸は二人の関係性であるということを見失わずに済む。

 

仕事にプライベートにと充実した生活を送る二人。『 チワワちゃん 』のようなぶっ飛んだ青春ではないが、充実した20代、充実した社会人生活の一つの在り方を映し出していた。だが、ある日、彩乃の妊娠が判明。そのことを綾乃に告げられた小春は狼狽する。それはそうだ。相手の男も不明。実家が近いわけでもない。仕事も辞めない。これでどうやって赤ん坊を育てるというのか。

 

本作は時代の空気をよく反映していると言える。日本社会の離婚率は今や3割。10組に3組は離婚するのだ。結婚観および離婚観は大いに変化したと言えるだろう。一方で、婚外嫡出子の割合は2%前後。良い意味でも悪い意味でも、日本では子育ては夫婦で(あるいは親や親族、地域の助けを借りて)行わなければ難しいということも分かる。綾乃と小春の関係性にも当然のごとく、変化が訪れる。その変化を特に小春がどのように受容していくかが本作の見せ場である。

 

上手いなと思わされるのは、小春や綾乃の様々な人間関係を決して完全には見せない、あるいは説明しないことである。たとえば小春の親の存在が言及されるが、どこに住んでいるのかは分からない。また綾乃が実家を訪れるシーンがあるが、父親と祖母は出てきても祖父や母親は出てこない。母親に何があったのかも決して語られない。子どもが出来たということは父親が確実に存在するわけで、その父親が誰であるのかは画面上にはっきりと映し出される(だからといって濃厚なラブシーンが描写されるわけではないので、スケベ映画ファンは期待しないように)。だが、男女の関係が発展することもないし、小春が負けじと男を作るわけでもない。これにサブプロットとして発展していきそうな要素がそぎ落とされ、あくまでも小春と彩乃の関係性が物語の主軸であり続ける。

 

そうした二人の女性の関係性が色鮮やかに、時にdruggyとも言える色彩豊かな映像で描写される。そして季節が進んでいくごとに自然豊かな情景を挟んで、新たな局面を迎えていく。この一連の様式美が心地よい。津田肇は映像作家らしい画作りで、光と影のコントラストや、赤や青といった原色を大胆に画面いっぱいに繰り広げる。それが若さの発露であり、また人間の情念の暗さを表している。そうしたいかにも“東京”らしい色彩が、沖縄の海と空と土地で中和される終盤の展開もなかなかに味わい深い。

 

小春と彩乃の同居生活の変化、その行き先。それがどうなるのかは誰にも分からない。しかし、彼女らの選択を尊重したい、ひとまずは見守ってやりたい。そのように感じる人は多いのではないのだろうか。

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ネガティブ・サイド

中目黒に住んで、夜な夜な酒を飲んで、ファッションにも力を入れて、よくカネが続くものだなと悪い意味で感心する。試しに「中目黒 家賃 2LDK」でググってみたが、20万円を切る賃貸物件はほとんど見当たらない。つまり、小春も彩乃も月に12~13万円を家賃に使っていて、なおかつガス水道光熱費にスマホ代、洋服代に食費、それに遊興費まで出している?いったい、彼女らの年収はいくらなのだ?ちょっと現実味が薄すぎる。

 

女性の自立を見守る。女性が選択する権利を持つ。そうした主張が感じられるが、一方で女性に関する固定観念を助長するようなシーンもあった。特に気になったのが、大塚寧々演じる産婦人科医と赤ちゃん教室の講師役の看護師?だか助産師?である。赤ちゃんはお母さんに抱かれるのが好き?諸説あるが、いわゆる抱き癖のある赤ちゃんというのは、体の小さな母親から生まれてくるというデータがある。つまり、相対的に小さな子宮内にいるために体を丸めてしまう、そしてその姿勢を心地よいものと認識する。結果、生まれてからも体を縮める=抱っこされた時の体の形や姿勢が落ち着くということになる。これは科学的エビデンスのある説である。女性の自立や生き方の多様化を描きながら、ところどころに旧態依然とした女性観が出てくるのは頂けない。

 

産休を取った彩乃が職場から自宅に帰って来るシーンの歩き方がお腹がかなり膨らんだ妊婦としては不自然。もっと背中を反らせてガニ股で歩かないと迫真性が出せない。歩き方にこだわる妊婦もいるにはいるが、少なくともお腹に布を詰めただけの演技にしか見えなかった。阿部純子も津田肇も、もっと勉強が必要である。

 

総評

少々ご都合主義が目立つし、映画全体が伝えたいメッセージと映画の場面ごとに伝えようとするメッセージに齟齬があることもある。彩乃の上司による説教臭い説明的なセリフもノイズであるように感じた。だが、歪な家族の形を真正面から描き切ったというのは非常に現代的であるし、『 万引き家族 』以来、邦画は少しずつ変わっていったように思う。その新しい潮流の邦画作品として、本作には一見の価値がある。気分が向けば劇場で鑑賞されたし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

child rearing

「子育て」の意。Parentingとも言うが、子育ては必ずしも親によってなされる必要はない。したがって、子育ての訳語には「子」が含まれていればよい、という意見もある。Jovianもこの説に賛成である。育メンなどという訳の分からない言葉が一時期だけもてはやされた日本社会であるが、この調子では出生率の増はまだまだ望めそうにないか。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, ヒューマンドラマ, 三吉彩花, 日本, 監督:津田肇, 配給会社:Atemo, 配給会社:イオンエンターテイメント, 阿部純子Leave a Comment on 『 Daughters(ドーターズ) 』 -アート系映像+日常系ドラマ-

『 ブリング・ミー・ホーム 尋ね人 』 -韓国社会の闇と、そこに差し込む一条の光-

Posted on 2020年9月21日2021年2月23日 by cool-jupiter

ブリング・ミー・ホーム 尋ね人 75点
2020年9月20日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:イ・ヨンエ ユ・ジェミョン
監督:キム・スンウ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20200921200519j:plain
 

『 人数の町 』の序盤、日本社会の闇を表す統計が次々に表示されて、我々は日本社会の闇の部分をファンタジー形式で見せつけられた。一方で本作は韓国社会の闇の部分をリアリズムを以って描き出してきた。はっきり言って滅茶苦茶もいいところなのだが、その荒唐無稽なストーリーを最後まで緊迫感あふれる展開でまとめたのは見事としか言いようがない。

 

あらすじ

看護師のジョンヨン(イ・ヨンエ)は6年前に7歳の息子が行方不明になってしまった。以来、夫と共に息子を探し回っていたが、ある時、夫が交通事故で死亡してしまう。憔悴するジョンヨンの元に息子ユンスに似た子どもを釣り場で見たとの情報が寄せられる。その子は息子ユンスなのか、そしてジョンヨンはユンスを救い出せるのか・・・

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ポジティブ・サイド

恐ろしいまでに救いがないストーリーである。韓国は善人1、悪人9か、それ以上に悪人だらけの社会なのかと思わされてしまう。日本の出生率も超低水準でほぼ横ばいだが、お隣の韓国では何と1.0を割っている。日本も子どもに優しくない社会だとしばしば指摘されるが、あちらは輪をかけて酷いらしい。子どもを救い出す話でありながら、子どものいたずらで序盤早々にジョンヨンの夫は死亡してしまう。最初は『 アジョシ 』のマンソン兄弟率いる犯罪集団からの誘導メールかと思ったが、これが子どものいたずらということで、観る側は一気にやり場のない感情に襲われる。そして、その感情の矛先を向ける相手を求めてしまう。何と残酷で、しかし効果的な導入部であることか。脚本も書いたキム・スンウ監督はこれが長編商業映画のデビュー作というから驚きである。全編に不吉で不穏な空気が充満し、どのような事件が起きてもおかしくないという、ただならぬ雰囲気がどこまでも持続する。早くもナ・ホンジン2世が現れたのか。

 

そのような中で孤軍奮闘するイ・ヨンエの気高さと必死さ、慈しみと憎しみを同居させた圧倒的な存在感と演技力は、『 親切なクムジャさん 』から14年ものブランクがあったとは到底思えない。親が我が子に対して持つ執念とも言うべき愛情を全身で体現してくれた。『 母なる証明 』のキム・ヘジャ、『 悪の偶像 』のソル・ギョングに次ぐ、狂気にも近い親の情念を感じ取ることができる。オープニングで泥だらけの浜辺を呆然自失して力なく歩く姿に、いったい彼女の身に何が起きたのかと思わされ、後は一気の展開に引き込まれるのみ。

 

ラストで彼女が見せる表情の複雑さは筆舌に尽くしがたいものがある。同じ感想を抱いてしまうが、『 MOTHER マザー 』の長澤まさみ、『 人魚の眠る家 』の篠原涼子、『 ハナレイ・ベイ 』の吉田羊に、このような表情を見せてほしかったのだ。感情を表情に表すのは容易い。そして、感情を観る側に伝えるのは役者の仕事の第一である。だが、役者が観る側に感情を想起させるような表情を見せるというのは、似て非なることだろう。『 殺人の追憶 』のラストのソン・ガンホの表情にも通じるが、イ・ヨンエのその表情の中に宿る感情が歓喜なのか落胆なのか。そのどちらとも受け取れるし、どちらとも決めかねる。要は、あなたは希望を見出せますか?と我々が問われているのである。

 

このイ・ヨンエを取り巻くのが、ほとんど全員悪人である。なんと親族までが味方ではないのだ。現場となるマンソン釣り場のファミリーも曲者ぞろい。常識人に見えた男も、一皮むけば身勝手な前科者に過ぎない。そして児童を身体的にも精神的にも性的にも虐待しているとしか思えない不気味な肥満男に、母親面して子どもに苛烈に接する女性たち。このような絶対的なアウェーでジョンヨンが対峙するホン警長は、なんと『 エンドレス 繰り返される悪夢 』のタクシー運転手カンシクではないか。韓国の警察というのは汚職警官か、さもなくば無能警官しかいないのかと映画を観るたびに思うが、ユ・ジェミョンは汚職警察官にして性根まで腐った人間を怪演した。ギャグになる一歩手前のテンションの高さでジョンヨンを追跡するホン警長は、まさにホラー映画的である。そして、このモンスターの死に様も凄絶の一語。海とは母であり、母とは海なのだ。

 

徹頭徹尾、救いのない物語であるが、人生にはどこかで光明が差し込んでくるもの。だからこそ決してあきらめてはいけないのだというメッセージは確かに伝わって来る。親ならずとも大人であれば、本作のメッセージの重みは理解できるはずだ。

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ネガティブ・サイド

序盤に顔見せ程度にしか出てこないスンヒョン君とは何だったのか。もちろん、自分自身も親に捨てられ、養子として大きくなったバックグラウンドを持つという点は大きな意味を持っているし、物語の行く末を暗示もしている。だが、ジョンヨンの危機に駆けつけることもないし、エンディングで再登場するわけでもない。もっとこのキャラを有効活用する方法はあったはずである(ホン警長に立ち向かって激闘の末に殺される、または釣り場のファミリーに嬲り殺しにされるetc)。同じことは義理の弟夫婦にも言える。

 

ホン警長の部下であり警察官としての良心を持った警察官もいるが、この男もタレコミだけしてお役御免。そんな馬鹿な・・・ やはりマンソク釣り場に駆けつけて、警察官としての職務を果たして華々しく殉職すべきだった。

 

ユンスには様々な身体的特徴があり、その一つに副爪があるのだが、これが遺伝性なのか、それとも爪の手入れが悪いため、あるいは靴の問題など後天的にそうなったのかの説明や描写がなかった。遺伝性であれば遺伝する。後天的なものであれば、靴や爪切りの方法を変えれば治る可能性がある。父親か、または母親ジョンヨンの足の小指の爪に関する何らかのショット、または台詞が必要だったのではないだろうか。

 

総評

社会の闇の部分、そして人間の闇の部分をこれでもかと見せつけられる。観終わった頃には、観客の精神はズタボロである。それはサスペンスが持続したからではない。自分の心の中に、マンソン釣り場のファミリーのような考え方や感じ方が宿っていることを思い知らされるからである。だが、そんな人間社会であっても希望は捨ててはいけない。明けない夜はない。ほんのわずかではあるが、しかし確実にそう感じさせてくる。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

ミアネ

「ごめんね」の意味。『 国家が破産する日 』でも紹介した表現。ていねいな言い方ではミアナンミダ=ごめんなさい、となる。英語でもThank you. と Sorry / Excuse me. を適宜に使えれば何とかなるように、韓国語でもコマウォ=「ありがとう」とミアネ=「ごめんね」で何とかコミュニケーションは取れるはずである。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, イ・ヨンエ, サスペンス, ユ・ジェミョン, 監督:キム・スンウ, 配給会社:ザジフィルムズ, 配給会社:マクザム, 韓国Leave a Comment on 『 ブリング・ミー・ホーム 尋ね人 』 -韓国社会の闇と、そこに差し込む一条の光-

『 TENET テネット 』 -細かい矛盾には目をつぶるべし-

Posted on 2020年9月20日2021年1月22日 by cool-jupiter

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Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

inversion

「逆行」や「反転」の意。動詞はinvert、「逆向きにする」、「反対向きにする」の意。『 トップガン 』の冒頭でマーヴェリックがソ連のミグ戦闘機に接近した方法は inverted dive だった。invertの仲間のavert=回避する、convert=転換する、なども併せて覚えておきたい。

 

総評

二回観ることを前提に作られていると言われているが、この手の構造に慣れている人なら1度の鑑賞で充分かもしれない。ただし、鵜の目鷹の目でそこかしこに挿入されるオブジェやガジェットに目を光らせる癖を持っていなければならないが。9割がた席の埋まったTOHOシネマズなんばでは終映後、劇場に明かりが灯った途端に誰もかれもが「難しかった」、「意味わからん」を連発していた。本作を鑑賞するにあたっての心得は、細部に目を光らせながらも常に全体を考えよ、終盤の展開を思い描きながら必ず序盤を思い出せ、である。楽しんでほしい。

 

ネガティブ・サイド

エンドクレジットにキップ・ソーンの名前が観られたが、科学的・物理学的に説明がつかない描写もかなり多く観られる。たとえば、序盤に主人公が銃弾を逆行させるシーン。普通に考えれば《撃った》瞬間に手に凍傷を負うはずだ。ガソリンの爆発で低体温症になる世界なのだから、銃弾が的に命中する時の衝撃=変換された熱エネルギーがすべて銃弾に返ってくるのだから。また、逆行世界では光の粒子も逆に進む、つまり常に網膜から光子が離れていっているわけで、何も見えないか、あるいは網膜剥離の時の光視症(目の前にいきなりチカチカした光が現れる。目をつぶっていてもそれが見える)のような状態になるはずだ。また、空飛ぶカモメの声がドップラー現象的に聞こえてくるが、これもおかしい。カモメの声と姿が同時に認識できていたが、実際は音がはるかに先に届いて(正確には鼓膜から音が逆反射されて)、それが音速(毎秒300m以上)で鳥の方に返っていく。なのでカモメの逆回しの鳴き声が聞こえたら、数百メートル以上離れたところに鳥が視認できなければおかしい。

 

スタルスク12の大規模戦闘シーンで敵の姿がほとんど見えないのも不満である。銃撃戦も良いが、我々が本当に観たかったのは、大人数vs大人数での時間の順行・逆行の入り乱れる近接格闘戦だった。ノーランをしても、それを撮り切れなかったのかと少し残念な気持ちである。

 

悪役であるセイターの背景にも少々興ざめした。世界が絶賛しJovianが酷評している『 ソウ 』のジグソウか、お前は。もっと魅力ある悪役が設定できていれば、主人公がもっと輝いたはず。その主人公の相棒ニールも、どうしても『 ターミネーター 』のカイル・リースと重なって見えてしまう。RoundなキャラクターとFlatなキャラクターの差が激しい。視覚効果はノーラン作品の中でも随一だが、キャラの造形は今一つであると言わざるを得ない。

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ポジティブ・サイド

本人は至って真面目でいながらも傍から見るとコミカルでユーモラスだった『 ブラック・クランズマン 』とは一転して、ジョン・デビッド・ワシントンは非常にシリアスなエージェントを好演した。アクションも緻密にして派手。序盤の時間を逆行する男との目も眩むような格闘戦と、中盤の用心棒たちとの肉弾戦からは黒ヒョウのしなやかさと力強さが感じられた。

 

ヒロイン的な位置づけのキャットも素晴らしい。『 ブレス あの波の向こうへ 』のつかみどころのない美女が、夫に虐げられながらも、凛とした美貌と母としての本能を失わない女性像をリアルに構築した。彼女の序盤のとあるセリフは終盤の展開への大いなる布石になっている。より正確に言えば、本作は序盤の展開が終盤の展開と不思議なフラクタル構造を成している。細部が全体なのである。Jovianのこの捉え方がノーラン監督の意図したものかどうかは分からないが、少なくとも的外れではないはずだ。時間の逆行・逆転現象が頻発する本作において、キャットはある意味で観客にとっての道しるべである。能動的に動いているキャットは常に順行である。『 インセプション 』ではマイケル・ケインが存在するシーンが現実だと言われているが、それと同じだと思えばよい。

 

一番の見どころは時間の逆行シーンである。トレイラーでも散々流されているが、高速道路のカーチェイスシーンや、最終盤のスタルスク12の大規模戦闘シーンは、初見殺しである。これを一度で理解できるのは天才か変人だろう。だが、予測不能、理解不能、解釈不能なシークエンスの数々を楽しむことはできる。特に、とある建造物の下部が修復、上部が爆発するシーンには痺れた。ブルース・リーではないが、まさに「考えるな、感じろ」である。そうそう、劇中でも序盤に似たようなセリフが出てくる。深く考えてはいけない。主人公が味わう混乱に素直に没入するのが初回の正しい鑑賞法だ。

 

とはいえ、鑑賞中にも「ああ、なるほど」と思わせてくれるカメラアングルが特に序盤に多くある。したがって自信のある人やノーランの作風に慣れている人であれば、初回鑑賞でもある程度は驚きと納得の両方をリアルタイムに味わえるようにフェアに作られている。

 

以下、微妙にネタバレになりかねないが、本作の構成(≠物語)の理解の助けになりそうな先行作品を紹介しておく。

 

ジェームズ・P・ホーガンの小説『 星を継ぐもの 』

ジェームズ・P・ホーガンの小説『 巨人たちの星 』

ジェームズ・P・ホーガンの小説『 Mission to Minerva 』(2020年9月19日時点で日本語翻訳なし)

高畑京一郎の小説『 タイム・リープ あしたはきのう 』

 

特に『 星を継ぐもの 』のプロローグとエピローグ、『 巨人たちの星 』の序盤と終盤のつなぎ方は、「ノーラン監督はホーガンのこれらの作品の構成をそのままパクったのでは?」と思えるほどである。興味のある向きは読んでみるべし。

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あらすじ

男(ジョン・デビッド・ワシントン)はとあるテロ事件鎮圧後、テロリストに捕らえられ拷問を受けていた。隙を見て服毒自殺した彼は、ある組織の元で目覚める。そして、時間を逆行する弾丸を教えられる。未来で生まれた技術のようだが、いつ、誰がどうやって開発したのかは謎。それを探り、第三次世界大戦を防ぐというミッションに男は乗り出すことになり・・・

 

TENET テネット 70点
2020年9月19日 TOHOシネマズなんばにてMX4Dで鑑賞
出演:ジョン・デビッド・ワシントン ロバート・パティンソン エリザベス・デビッキ ケネス・ブラナー
監督:クリストファー・ノーラン

 

間違いなく現代の巨匠のひとりであるクリストファー・ノーラン、その最新作である。自身の初期作品『 メメント 』に、『 ぼくは明日、昨日のきみとデートする 』を混ぜ込んだような時間逆行系の難解映画であった。

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, SF, アメリカ, エリザベス・デビッキ, ケネス・ブラナー, ジョン・デビッド・ワシントン, ロバート・パティンソン, 監督:クリストファー・ノーラン, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画『 TENET テネット 』 -細かい矛盾には目をつぶるべし- への15件のコメント

『 親切なクムジャさん 』 -イ・ヨンエの復讐劇に戦慄せよ-

Posted on 2020年9月19日 by cool-jupiter

親切なクムジャさん 70点
2020年9月17日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:イ・ヨンエ チェ・ミンシク オ・ダルス
監督:パク・チャヌク

 

Jovianの教えている大学の女子大生たちが『 愛の不時着 』に夢中になっている。だが彼女らは知らないだろう。自分たちが生まれた頃、あるいは直後ぐらいに放送された『 冬のソナタ 』や『 宮廷女官チャングムの誓い 』は、自分たちの親世代を熱狂させていたことを。特に前者のペ・ヨンジュンはマダムを、後者のイ・ヨンエはオッサンの心を鷲掴みにしていた。当時20代だったJovianもイ・ヨンエの虜になったものだ。そのイ・ヨンエの新作が間もなく公開される。復讐・・・ではなく復習のために本作をレンタル。

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あらすじ

誘拐と殺人の罪で服役するクムジャ(イ・ヨンエ)だったが、彼女は無実だった。13年の刑務所暮らしの中で囚人仲間に数々の親切を施すクムジャだったが、それはシャバに出た時に真犯人に復讐するための仲間作りのためだった。そして彼女の復讐劇が幕を開ける・・・

 

ポジティブ・サイド

どうしてもチャングムのイメージが強いが、あのドラマでも少女の天真爛漫さ、放逐されて途方に暮れる表情、医女となる決意を固めた顔、王や長年相思相愛だった文官とのロマンスで見せる艶のある顔など、イ・ヨンエの演技力の幅はすでに証明されていた。しかし、『 オールド・ボーイ 』のパク・チャヌク監督は、そんなイ・ヨンエの内からダークサイドを引きずり出した。復讐を果たさんとするクムジャの怒りと悲しみに満ちた苦悶の表情は、アカデミー賞級ではないか。『 MOTHER マザー 』のラストでは長澤まさみにこのような表情を見せてほしかったのだ。鬼子母神がいるとすれば、それはイ・ヨンエのような表情を見せる狂乱の母であろう。また、ホラー映画かと見紛うほどの顔面崩壊劇を見せており、美貌も何もかも吹っ飛ばしている。『 ディストラクション・ベイビーズ 』の柳楽優弥のボコボコの顔をイ・ヨンエが再現したと言ったら、その衝撃と恐怖が伝わるだろうか。とにかく本作はイ・ヨンエの表情だけでご飯が3杯はいけるのである。

 

脇を固める復讐仲間も味わい深い。刑務所と言えば『 ショーシャンクの空に 』や『 ブラッド・スローン 』のように、良くも悪くも濃密な人間関係が生まれるところである。中には殺人者だったいるわけで、そうした者たちとの交流と友情は、単なる友人関係を超えて戦友の域にあるのだろう。パク・チャヌク演じる教師に復讐するために、そこまでやるかと思う仕込みがある。普通に考えれば成立しないプロットだが、刑務所あがりならありえるかもしれないと思わせるパワーがあった。『 ショーシャンクの空に 』のアンディとレッドの抱擁がどんな男女のロマンスよりもセクシーかつ崇高に見えたように、特別な人間関係は刑務所で生まれるのかもしれない。

 

復讐のために生きる。その姿は時に神々しいまでに美しいが、復讐を果たした時にその輝きがどうなるのかは誰にも分からないだろう。『 アジョシ 』でも、ソミが殺されたと思い込んでいたテシクは、組織に復讐を果たした後、自らの頭を銃で撃とうとした。復讐は生きる理由になるが、逆に言えば死ぬ理由にもなる。親切なクムジャさんが最後に見せる表情とは何か。そして我々はその表情を見られるのか。その答えは是非、自分の目でお確かめを。

 

ネガティブ・サイド

凄惨な暴力シーンもあるが、『 オールド・ボーイ 』が凄すぎたこともあり、今一つ衝撃的には感じなかった。SBホークスの柳田みたいだ。超弾丸軌道の特大ホームランをコンスタントにかっ飛ばすせいで、普通にスタンドに入るだけのホームランでは客は満足しない。

 

クムジャの有罪を確信しきれない刑事が少々無能すぎやしないか。『 暗数殺人 』のように、大人絡みの事件なら、事件が表面化せず、結果的に暗数犯罪になってしまうこともあるだろうが、子どもばかりを狙う誘拐犯という線で捜査をしていけば、チェ・ミンシクには割とすぐにたどり着けたのではないか。

 

また復讐の女神としてのイ・ヨンエが終盤で少々ぶれる。刑務所仲間は良いとしても、その他のキャラクターにも登場してもらうのは、物語的にはノイズになっていた。いっそのことキム・ヘジャとは一味違った『 母なる証明 』を追求してほしかったと思う。協力者はいても、ミッションの最も肝の部分は自分が達成するのだという気概が弱かったように感じた。

 

総評

韓国映画お得意の復讐物語としては標準以上の面白さ。イ・ヨンエの演技力の幅を存分に堪能することができる。日本でもバイオレンス物はそれなりに作られているが、血の臭いが漂ってくるもの、見ているこちらまで痛みを感じてしまうもの、キャラクターの放つ瘴気に精神を摩耗させられるものとなると、韓国映画には残念ながら敵わない。『 ブリング・ミー・ホーム 尋ね人 』が待ち遠しくなるし、イ・ヨンエの銀幕への復帰が、ウォンビンに良い刺激を与えてくれるのでは、との期待も生まれる。

 

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

クロニカ

だから、の意。『 新感染 ファイナル・エクスプレス 』でも紹介した表現。慣れてくれば、「クロニカ、オーケー(OK)」とか「クロニカ、カジャ」のように、すでに知っている表現を組み合わせて使ってみるのもよいだろう。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2000年代, B Rank, イ・ヨンエ, オ・ダルス, スリラー, チェ・ミンシク, 監督:パク・チャヌク, 配給会社:東芝エンタテインメント, 韓国Leave a Comment on 『 親切なクムジャさん 』 -イ・ヨンエの復讐劇に戦慄せよ-

『 空へ 』 -大阪市近郊在住者にお勧め-

Posted on 2020年9月18日 by cool-jupiter

空へ 60点
2020年9月14日 梅田スカイビル40Fシアターにて鑑賞
監督:山田詩音

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これは『 GENJI FANTASY ネコが光源氏に恋をした 』や『 The Fiction Over The Curtains』などの劇場以外の場所で公開されている作品。この作品をレビューする物好きは日本広しといえどJovianぐらいだろう。

 

あらすじ

大阪のランドマーク、梅田スカイビルの誕生とその後の25年をアニメーションで描き出す。

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ポジティブ・サイド

非常に荘厳なオープニングである。太古の昔から、人類は高みに憧憬を持ち、高みに到達しようと様々な建造物を生み出してきた。そうした人類の歴史的な営為の一面を色鮮やかに映し出す開幕の映像は圧倒的である。ちょうど同じフロアに世界各地の空中庭園や高層建築物についての展示があるので、それを一通り眺めてから本作を鑑賞すると良いだろう。

 

スカイビルの誕生=建設の過程が見られるのも面白い。どうやってこんなユニークな形のものを作ったのかと常々疑問に思っていたが、なるほど、このように作ったのか。

 

単なるショートビデオではない。周辺地理を事前に綿密にリサーチして作られた映像である。ある男女の出会いと次世代の男女の成長物語が一体になって描かれているが、その時々にスカイビルを背景に映し出される街の描写は真に迫っている。分かる人が見れば、「あ、これはあそこだ!」と気が付くはずだ。

 

最後の最後にスカイビルを上空から俯瞰するショットがあるが、スカイビルが「あるもの」の象徴であると説明されれば「なるほど」と納得すること請け合いである。4~5分で観賞できるので、スカイビルに来た暁には、ちょっと足を止めて観てみよう。旅行者よりも地元民向けの作品である。

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ネガティブ・サイド

序盤に女性設計士と思しき人物を横向きに捉えているショットがあるが、女性が止まっているにも関わらず、壁との距離が徐々に縮んでいくという少々気持ちの悪いシーンがある。背景を男性が歩いており、その男性を遠めにカメラが追っているので手前側の女性も相対的に動いて見えるということなのだろうが、それにしても遠近感がめちゃくちゃであると感じた。

 

スカイビル誕生後の次世代の男女の物語パートでは、二人の関係性がなかなかつかめなかった。最初は兄妹なのかと思ってしまったが、れっきとした赤の他人だとその後に判明した。このあたりの描写には改善点を認める。

 

最後は上空からの俯瞰のショットで締めくくられるが、欲を言えばここは徐々にホワイトアウトしていくのではなく、俯瞰視点がどんどんと上昇していく、というシークエンスにすべきだった。それこそがスカイビルに込められた「スカイビルの未来の姿」ではないだろうか。「空へ」というタイトルは「宇宙へ」という意味でもあるはずだ。

 

総評

山田詩音監督は、短時間で切れ味鋭いメッセージを送るアニメーション制作に長けているようだ。またディテールへのこだわりもなかなかのものがある。国はクール・ジャパンという名目で訳の分からん箱物に投資するぐらいなら、こうした人材にカネを回すべきだ。カネのあるところに才能は集まるようになっているのだから。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, アニメ, 日本, 監督:山田詩音Leave a Comment on 『 空へ 』 -大阪市近郊在住者にお勧め-

『 妖怪人間ベラ 』 -竜頭蛇尾のサイコサスペンス・スリラー-

Posted on 2020年9月18日2022年9月15日 by cool-jupiter

妖怪人間ベラ 50点
2020年9月13日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:森崎ウィン emma 桜田ひより
監督:英勉

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『 ぐらんぶる 』は悪いが予告編だけ観て、「これは時間とカネの無駄かな」と感じたが、同じ監督がどうしてなかなかのサイコサスペンスを送り出してきた。惜しむらくはラストに失速してしまったこと。着地さえしっかりしていれば、今年の邦画トップ5に入れたかもしれない。

 

あらすじ

新田康介(森崎ウィン)はTVアニメ『 妖怪人間ベム 』のコンプリートDVDボックス発売の仕事の際に、幻の最終回を観ることになる。その衝撃的な展開を目の当たりにした康介は徐々に精神のバランスを崩していく。その頃、ある高校に謎めいた少女、ベラ(emma)が転校してきていた・・・

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ポジティブ・サイド

ベラを演じたemmaは不気味さと可憐さを両立させるという稀有な役割をしっかりとこなした。『 富江 』や『 貞子 』とは異なる方向性のキャラクターで、現代的かつ正統的ゴシック・キャラクターになっていた。

 

桜田ひより演じるキャラの狂いっぷりもなかなか。青春とはキラキラと輝くだけではなく、どす黒い情念も渦巻いているもの。ベラという相反する属性の魅力を持つキャラにあてられた人間の無様さや非情さを体現していた。

 

だが、やはり一番の狂いっぷりを発揮したのは森崎ウィンだろう。豹変という表現にふさわしい変わり方で、家の電話で部長と話す時のそれは、そんじょそこらのホラー映画以上の怖さだった。手斧を抱えて家族を追うのは『 シャイニング 』のジャック・ニコルソンへの大胆なオマージュで、本家に劣らぬ恐怖と迫力を生みだせていた。

 

今という時代に妖怪にフィーチャーする意味を考えてみるのも面白いだろう。Jovianの世代では妖怪と言えば鬼太郎であってベムではなかったが、両者に共通するのは人間の与り知らぬ領域で人間に害為す存在と戦っているということだ。元々、彼ら妖怪は日本人の差別意識の裏返し的な存在だったと思われるが、コロナ禍で浮き彫りになったエッセンシャル・ワーカーという存在がどういうわけか世間からいわれのない差別を受けているという今日的背景を透かして本作を鑑賞するのも、それはそれで乙なものである。

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ネガティブ・サイド

これはもうラストの展開に尽きる。キャストの無駄遣いもいいところだし、原作『 妖怪人間ベム 』の作品に宿る精神をぶち壊すかのような展開にはめまいがしてしまった。CGも低品質だし、とあるアイテムの使い方も間違えている(タバコは吸いこまないと火がつかない)。無理やりこうやって終わらせるしかなかったのか・・・

 

人間関係の描写も弱い。というか、康介が綾瀬の葬式を訪ねる必然性が見当たらなかった。芸能事務所とDVD制作・販売の仕事をつなげる描写をほんの少しでも入れておくべきだろう。

 

様々な展開が虚実皮膜の間にたゆとう本作だが、実の部分の細部に粗が目立った。清水尋也のキャラクターが康介に「そろそろ会社に出た方がいいっすよ」的なアドバイスを送るが、会社をさぼってベムにのめり込んでいるという描写はなかったし、オフィスで上司が「あいつは何故出勤してこない?」と言うようなシーンもなかった。また綾瀬の死の真犯人など、警察がちょっと捜査すれば一発で判明するだろう。そんな相手がずっと野放しになっているのは何故なのか。

 

ベラと康介の接触の回数が少なすぎる。あるいは、接触に濃密さが圧倒的に不足していた。きっかけは幻の最終回だったかもしれないが、康介の狂気の触媒はベラとの出会いだったのは間違いない。ならば、ベラと康介の邂逅をよりドラマチックなものにするか、あるいは接触の回数をもう少し増やすべきだっただろう。

 

総評

かなり観る人を選ぶであろう。ホラーは苦手という人は避けたほうが良いかもしれない。逆にホラー好きなら終盤の手前まではかなり楽しめることだろう。『 妖怪人間ベム 』の知識が皆無な人が本作を観るとは思えないが、なんらかの知識を持っていることが望ましい。いったん鑑賞を始めてしまえば、シーンとシーンのつながりの悪さには目をつぶるべし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

take medicine

薬を飲む、の意。受験英語では今でもdrink medicineは誤りだと教えることがあるらしいが、液体の薬ならdrink medicineと言ってもOKである。だが、一般的には take medicine の使用頻度が高い。medicineのところにa pillやa tablet、syrupやa cough dropなど具体的な薬を表す語を入れて使ってみよう。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, emma, サスペンス, スリラー, 日本, 桜田ひより, 森崎ウィン, 監督:英勉, 配給会社:DLELeave a Comment on 『 妖怪人間ベラ 』 -竜頭蛇尾のサイコサスペンス・スリラー-

『 喜劇 愛妻物語 』 -諸君、妻をいたわり、幸せにしよう-

Posted on 2020年9月14日2021年1月22日 by cool-jupiter
『 喜劇 愛妻物語 』 -諸君、妻をいたわり、幸せにしよう-

喜劇 愛妻物語 70点
2020年9月12日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:水川あさみ 濱田岳
監督:足立紳

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『 志乃ちゃんは自分の名前が言えない 』の脚本家、足立紳が原作・脚本・監督を手掛けた一作。喜劇と銘打っている割には笑えないシーンも多かったが、大筋では世の既婚男性を既婚女性の両方をエンターテインできる作品に仕上がっている。

 

あらすじ

売れない脚本家の豪太(濱田岳)は、超恐妻のチカにまったく頭が上がらず、夫婦の営みもほとんどなし。ある時、豪太の脚本家が映画になりそうだということで、豪太は妻チカと娘アキを連れて香川まで取材旅行に出向く。そして、これを機に妻とセックスしようと決意するのだが・・・

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ポジティブ・サイド

冒頭の川の字で寝ている親子の朝のシーン。娘が居間でテレビを観始めたところで、妻の方ににじり寄る豪太の何と情けない姿であることか。妻の体を触るのに、それほどおどおどしてどうする。堂々と触れ!お前は俺か!!そのように心の中で叫んだ日本の恐妻家たちの数はいかほどだろうか。試算では軽く200万人はいると思うのだが、どうだろう。

 

上手いなと感じたのは、夫・豪太の年収を50万円に設定したところ。男はアホな生き物なので、何か一つ相手に勝っているものがあれば安心できる。それが収入なら尚更である。チカ=水川あさみ級の美女を嫁に持つことができる男など、日本では1万人もいるかどうか。その点で、この映画を観る男性のほとんどは豪太に嫉妬する。嫉妬せざるを得ない。水川あさみと代わりに同衾させろ。そこで脚本家の足立紳は言葉の暴力を妻チカに振るわせ、豪太に浴びせかける。妻に虐げられる全国200万人の同志は、チカの言葉の暴力の容赦の無さに怖気を震うことだろう。そして自分の妻を思い浮かべて「本質的にはウチもアッチも変わらねーな」と感じる。何故そのように感じてしまうのか、その絶妙な仕掛けを知りたい人はぜひ観るべし(ただし独身者および未成年は除く)。

 

チカと、その親友のユミ(夏帆)の女子会的な夜のトークも軽妙にして重厚だ。野郎同士は夜に集まって話しても仕事絡みの愚痴か、浅薄な政治経済論ぐらいである。つまり自分がない。空っぽだ。対して女子には自分がある。自分の感覚を何よりも信じているし、大切にしている。そこにはとてもユーモラスで、なおかつ恐ろしい男女のコントラストがある。ユミの行動原理と豪太の行動原理を比較対照してみると実に面白い。

 

クライマックスは圧巻である。ラブホテル、川、道路、墓場で親子が三位一体となる姿はカオスの極致である。ラブホ=恋愛、川=三途の川、道路=境界線、墓場=人生の終着点のシンボルだと思えば、結婚、夫婦、家族という関係が人それぞれにくっきりと浮かび上がってくることだろう。

 

エンディングも味わい深い。豪太の目線の先にあるもの、それは妻の愛だった。『 青い鳥 』のように、幸せは常にそこにあった。結局、男とは女に支えられないと一人立ちできない哀れで未熟で、それゆえに愛おしい存在なのかもしれない。 

ネガティブ・サイド

それにしても豪太の情けなさよ。妻とセックスしたくてたまらないのは分かるが、やり方がいちいち姑息なのだ。もちろん、その過程を楽しむ作品なのであるが、豪太の不倫の背景は不要ではないか。これから不倫してやるぜ!という方がよかったのにと思う。世の既婚男性で不倫願望があるのは多分70%ぐらいだと勝手に見積もるが、実際に行動に移すのは20%ぐらいだろう。つまり、豪太はマイノリティなわけで、この点で感情移入がしづらくなる。同様にユミの年下カレシ設定も、一線を越える前ぐらいが望ましかった。

 

また、豪太やチカの家族が一切出てこない点も気になった。日本に限らず、恐妻家になる男性のかなり割合はマザコンの度が強いと推測される。豪太の母親が一瞬出てきて、あるいは電話やメールで「あんた、チカちゃんに迷惑かけてるんじゃないだろうね?」みたいに言う。それに対して豪太がしどろもどろで返答する。そんなシーンが欲しかった。

 

あとは全体のバランスか。コメディではあるのだが、笑えるシーンは序盤に集中しすぎていて、後半のシリアス展開が異様に重く観る側にのしかかってきた。このあたりは素直にアメリカのラブコメ映画の文法を参照し、採用しても良かった。

 

総評

観る人を選ぶ作品である。というよりも、観る側がこの作品を選ぶには、様々な基準が存在すると言うべきか。既婚男性ならば問題ない。妻が天使であろうと鬼嫁であろうと自分なりに楽しめることだろう。既婚女性も大丈夫だ。夫が輝けるかどうかは妻次第だという、ある意味ジェンダー・ロール論をバリバリに展開する本作であるが、そこは足立紳監督は心得たもの。女性かくあるべしという論ではなく、女性かくあるべしという理想形を実現できるか否かは男性側にかかっていることを密やかに、しかし高らかに宣言している。逆に言えば、このあたりのメッセージを受け取りづらい若い世代には、単なる嫌な夫婦物語に見えてしまうかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

give a massage

マッサージする、の意。しばしば give 誰それ a massage という形で用いられる。一般的に「する」というと do を思い浮かべる人が多いが、英語で「○○する」という際には、他にもmakeやgiveが使われることが非常に多い。

 

give a presentation = プレゼンをする

give a speech = スピーチをする

give a big hand = 盛大な拍手をする

 

相手に何かをしてあげるという際にはgiveを使おう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, ブラック・コメディ, 日本, 水川あさみ, 濱田岳, 監督:足立紳, 配給会社:キューテック, 配給会社:バンダイナムコアーツLeave a Comment on 『 喜劇 愛妻物語 』 -諸君、妻をいたわり、幸せにしよう-

『 人数の町 』 -日本の片隅にあるディストピア-

Posted on 2020年9月13日2021年1月22日 by cool-jupiter
『 人数の町 』 -日本の片隅にあるディストピア-

人数の町 55点
2020年9月11日 テアトル梅田にて鑑賞
出演:中村倫也 石橋静河 立花恵理
監督:荒木伸二

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『 君が世界のはじまり 』鑑賞前の予告編に本作があった。その乾いた空気感と謎めいた設定に胸が躍った。事実、本作はかなり味わい深い一品に仕上がっている。

 

あらすじ

借金取りに追われていた蒼山(中村倫也)は、不思議な男に窮地を救われる。そして、そのまま「人数の町」という不思議な町へと向かうことになった。そこでは働く必要もなく、誰にでも自由にセックスが申し込めるところだった。蒼山はそこで奇妙な生活を始めるのだが・・・

 

ポジティブ・サイド 

何とも奇妙な空間と人間たちの集まりでありながら、観る者をぐいぐいと引き込んでいく。派手な映像や音楽や演出があるわけではない。ただ、人数の町という場所のミステリだけで引っ張っていく。町にあるべき人通りや喧騒もなく、車の往来も信号もない。食料供給は謎。酒やたばこも手に入る。「ハイ、フェロー、○○○○ね」とあいさつの後に誉め言葉をつなげる決まり。フリーセックスが許されており、美女は男に苦労しない。そんな場所があるのなら自分でも住んでみたいと一瞬思うが、随所に挿入される意味深長な統計の数々が、否が応でも我々の思考を刺激する。なるほど、これはそういう物語なのか、と。一見、現実離れした人数の町だが、よくよく思い返せば日本の地方都市にはバブル時代から平成の半ばぐらいまで、アホかというほど意味のない建物を作りまくった過去がある。劇中で登場人物に説明的なセリフを一切喋らせることなく、また人数の町の秘密やカラクリを一切映像にすることもなく、ただただ現代日本と人数の町の関係を想像させる。この仕掛けは上手い。「豚が豚を食う」と揶揄するシーンがあるが、これはつまり人が人を食う社会の謂いであろう。

 

順応性が極めて低い男の役を演じた中村倫也は、『 水曜日が消えた 』よりも、さらに控えた演技が光った(というよりも『 水曜日が消えた 』のストーリーがあまりにダメだった)。状況になじめないがゆえに素直に周りの人間に尋ねてしまう。そうしたキャラ設定が状況とよくマッチしていた。観ている我々が疑問に思っていることをスッと訊いてくれる。その間がいい。そして、そうした蒼山の問いに時に優しく答え、時に冷たくあしらう謎の美女を演じた立花恵理の水着姿は眼福。というか、人数の町のフリーセックスの要素はほとんど彼女一人が体現していたが、日本人らしからぬ長身細身で出るところは出ているという役者さん。もっと(劇中とは違う意味で)追い込めば、もっとポテンシャルが発揮されそう。

 

石橋静河演じる紅子が異物として人数の町にやってきたところから物語は大きく動き出す。日本の闇というか、光と影が交錯する部分に「人数」が存在しているのだということが示される。人が社会的に存在するためには、人の役に立たなければならないという、一歩間違えれば功利主義・全体主義へ一直線の価値観を壊そうとあがく物語が展開される。何が言えば即ネタバレという種類の作品であり、なおかつ解釈の余地を狭めてしまうという、なんとも通好みの作品ではある。弱点は色々と見えているが、脚本がオリジナルな邦画として、非常に野心的な作品が生み出されたと言える。

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ネガティブ・サイド

BGMや音響が使用される頻度が極めて低い。それはある演出のためでもあるのだが、それでもこの謎めいた町を描写するのには映像やセリフだけではなく、それにふさわしい音楽が必要だったと思う。ピアノ独奏のBGMはなかなかに雰囲気があってよかったが、もっと人数の町という異様な空間を際立たせるBGMが求めらていたように思う。例えば、どういうわけかJovianの耳には北野武の『 その男、凶暴につき 』のあのBGMが流れてきた。それだけ耳が寂しかったのと、人間の発する音が排除された人数の町そのものが発する音を感じたかったのだろう。

 

人数の町そのものにはリアリティがあったが、町の外の行動にはリアリティがなかった、ツッコミどころは色々とあったが、一番は(疑似)テロ事件だろうか。なぜわざわざ目立つ方法で人数を得ようとするのだろうか。意味が分からない。

 

他にも“戸籍が無い”という理由で色々と住民サービスを受けられなくなる描写があるが、これは個人的にはあまりピンとこなかった。戸籍がなくとも自分という存在を証明する方法はいくらでもあるからだ。小学校や中学校だと顔が変わっている可能性が高いが、高校生にもなれば大人の顔が出来上がっているはず。中村倫也は役所でダメなら、自分の出身学校を頼るべきだった。あるいは、メディアや弁護士同伴で警察に出向くべきだった。町の外のあれやこれやの考証が不足していたように思う。おそらく、全編が町の中で展開されるストーリーなら、もっと違う味わいが生み出せたのではないかと思う。

 

石橋演じる紅子が人数の町にやってくるまで、そして人数の町で中村と共闘するようになるまでの流れや、町の外への逃亡後の展開も粗っぽいことこの上ない。いくら追い詰められているからといっても、成熟した大人の行動には見えなかった。バス内であっさりとスマホを没収されるが、点検係には最後にもう一度金属探知機をかざせと言いたいし、怪しげな治験を担当しているコーディネーターっぽい女性も、相手が薬を飲んだ直後に「今日はもう結構です」とは・・・。そこから3時間ごとに定期的に血液検査などをするのが常道だろう。明らかに国家権力が絡んだ町にしては、ディテールに穴が多すぎた。

 

総評

中村倫也というスターの素材を十分に料理できたとは言い難いが、中村でないと出せない味は確かに出ていた。また現代日本に対する独特の視線も感じられ、それが何とも言えない余韻を残す。細かい点には目をつむって観るのが吉である。あれこれと自分の脳内で情報を補完するのが好きなタイプの映画ファンにお勧めしたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

fellow

日本語でフェローと言えば大学や研究機関に身分を持った者を指すが、英語では「仲間」や「同士」を意味する。特定の組織や共同体に属する仲間という意味合いが強い。極端なフェローの物語が観たければ『 グッドフェローズ 』(原題はGoodfellas)をお勧めしておく。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, ミステリ, 中村倫也, 日本, 監督:荒木伸二, 石川静河, 立花恵理, 配給会社:キノフィルムズLeave a Comment on 『 人数の町 』 -日本の片隅にあるディストピア-

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