Skip to content

英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

  • Contact
  • Privacy Policy
  • 自己紹介 / About me

タグ: 韓国

『 ベイビー・ブローカー 』 -家族像を模索する-

Posted on 2022年6月30日 by cool-jupiter

ベイビー・ブローカー 80点
2022年6月26日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ソン・ガンホ カン・ドンウォン イ・ジウン ペ・ドゥナ イ・ジュヨン
監督:是枝裕和

 

是枝裕和監督が単身韓国に向かい、韓国人スタッフと作り上げた異色のロードムービー。家族とは何なのかを模索する是枝色が色濃く出た逸品。

あらすじ

サンヒョン(ソン・ガンホ)とドンス(カン・ドンウォン)教会のベイビーボックスに預けられた赤ん坊を養子として売るブローカー業に従事していた。ソヨン(イ・ジウン)は自分の預けた赤ん坊がいないと知り、警察に通報しようとする。サンヒョンとドンスは赤ん坊を高く買ってくれる里親を探しに行くのだと白状する。ソヨンもその旅に同行することになるが、そこには人身売買を捜査する刑事スジン(ペ・ドゥナ)らも迫っており・・・

ポジティブ・サイド

日本は昭和半ばの年間中絶数100万から順調(?)に減らして、令和の今は年間10~20万件。韓国は今は5万件を切っているようで、人口比で考えれば日本とどっこいどっこいのようである。では、中絶できず、望まれないままに生まれてしまった命はどうなるのか。赤ちゃんポスト、ベイビーボックス。どう呼んでも、その本質は同じ。育てられないにもかかわらず、産み落とされた赤ちゃんを託す場所、あるいは制度だ。このベイビーボックスを巧みに利用して裏の養子縁組仲介業を営む者たちの人間ドラマが本作の見どころである。

 

まずソン・ガンホの控えめにして重厚な存在感が素晴らしい。『 パラサイト 半地下の家族 』でも市井の人を演じたが、ソン・ガンホのどこにでもいそうな韓国のおっちゃん的な顔には安心感がある。同時に、平々凡々な顔であるからこそ、シリアスになった時のギャップに驚かされる。基本的にはクリーニング屋のオヤジなのだが、そこかしこで見せるおかしみや優しさ、その逆の悲哀や怒りが、観ている我々に痛切に伝わってくる。ダンディな中年俳優ではこうはいかない。試しに西島秀俊や竹野内豊が本作でベイビー・ブローカーをやっているところを想像してみてほしい。まったく似合わない、むしろそうした絵が浮かんでこないだろう、

 

対するペ・ドゥナによる刑事も非常に人間味に溢れている。それは慈愛や思いやりを前面に押し出しているというわけではない。詳述は避けるが、彼女の夫が張り込み中の妻に差し入れを持ってくるシーンには唸らされた。一筋縄ではいかないキャラで、夫婦関係のあれやこれやを否応なく想像させられる。その想像を下敷きに、彼女の目線でサンヒョンやドンス、ソヨンの里親探しの旅を見つめると、子を持つこと、あるいは親になることについて深く考えさせられるだろう。

 

彼女の仕掛けるおとり捜査を、ドンスが機転を利かせて回避する演出もいい。海千山千のしたたかなブローカーで、彼自身の出自、そしてそれまでの人生経験をどんな言葉よりも雄弁に語っていた。彼の手練れたブローカーっぷりと腕っぷしの強さが相棒サンヒョンと奇妙な凸凹コンビになっており、物語に上手く起伏をもたらしていた。

 

旅路の中で出会っていく里親候補たちと、彼らとの物別れを超えて形成されていくサンヒョンらの疑似家族的な関係の行きつく先は、決して温かいものでも優しいものでもない。しかし、人は人を救うことができるという確信が得られることは間違いない。『 ブリング・ミー・ホーム 尋ね人 』が強く示唆した子どもの行方不明事件とは別の角度から韓国社会の居間に迫った秀作。それでいて『 デイアンドナイト 』で描かれたような、人間の表の顔と裏の顔をシリアスかつコメディ色も交えて描いている。新しい家族観を呈示しているという意味で、『 万引き家族 』や『 朝が来る 』に並ぶ傑作である。

ネガティブ・サイド

序盤でヤクザ者が血まみれのシャツをクリーニングするように言ってくるシーンでは、もう少しサンヒョンに蘊蓄を語らせても良かったのではないかと思う。そうすることでサンヒョンは血抜きに通じている=流血沙汰に巻き込まれる顧客がいる=裏社会とつながりがある、ということを示唆できた。その方が終盤の展開に説得力を与えられたはず。また『 ただ悪より救いたまえ 』が真正面から描いた小児の人身売買の闇の部分を強調できただろうと思うのである。

 

総評

日韓の才能が見事に融合した作品。隣国は、社会のダークな面を描くのが本当にうまいと思う。そのことが、社会の理不尽に抗う個の強かさを描くことに定評のある是枝の強みと結びついたのだろう。最近、トランプ前アメリカ大統領の置き土産のせいで、アメリカでは人工妊娠中絶の実施が難しくなった。アメリカでも本作のような物語がこれから生み出されていくのだろうか。そのようなことを予感させてくれる、社会派映画の良作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

complainer

クレーマーの意。日本語で言うところのクレーマーをそのままアルファベットにすると claimer となるが、この表現はあまり使われることはない。complainer というのは実際によく使うので、こちらは脳にインプットしておきたい。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, イ・ジウン, イ・ジュヨン, カン・ドンウォン, ソン・ガンホ, ヒューマンドラマ, ペ・ドゥナ, 監督:是枝裕和, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 ベイビー・ブローカー 』 -家族像を模索する-

『 バニシング 未解決事件 』 -臓器売買の闇に迫る-

Posted on 2022年5月17日2022年5月17日 by cool-jupiter

バニシング 未解決事件 65点
2022年5月15日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ユ・ヨンソク オルガ・キュリレンコ
監督:ドゥニ・デルクール

『 流浪の月 』を鑑賞したかったが、指定席とも言うべきシートが取れず、次点の本作をチョイス。なかなかの硬派な映画だった。

 

あらすじ

ソウルで女性の遺体が発見されるが、腐敗が進行しており、身元の割り出しに難航する。パク班長(ユ・ヨンソク)はフランスの法医学者ロネ教授(オルガ・キュリレンコ)に助力を求める。彼女が採取した指紋から、遺体は行方不明になっていた中国人女性と判明する。捜査を進めるパク班長とロネ教授は、臓器売買の謎に迫っていき・・・

ポジティブ・サイド

韓国映画と見せかけて、これは実はフランス映画。つまり少ない登場人物でも、巧みにミステリやサスペンスを盛り上げる。舞台を韓国に移しても、そうしたフランス文芸・フランス映画の特色はしっかりと維持されていた。

 

まずユ・ヨンソク演じるパク班長が従来の韓国警察の刑事のイメージを大きく覆す。韓国といえば『 ビースト 』のような汚職や暴力を厭わぬ刑事か、あるいは『 暗数殺人 』のひらすらに黙々と事件を追う刑事の印象が強いが、ドゥニ・デルクール監督はそんな刑事はお呼びでないとばかりに、全く新しい刑事像を打ち出してきた。演じるユ・ヨンソクは『 建築学概論 』の嫌な先輩役だったそうだが、本作ではそんなマイナスのオーラは一切出さず、理知的な刑事を演じきった。発音は韓国なまりだが、普通に英語は上手い。パッと聞いた感じだけなら、チェ・ウシクの英語と比べても遜色ないように感じた。姪っ子を溺愛し、手品も上手いという特徴が、中盤以降に物語の本筋にしっかりと関連してくる。

 

バディを組むことになるロネ教授ことアリスも静かに、しかし確実に法医学のプロフェッショナルとしての印象を観る側に刻み付けた。難解な専門用語を交えて流暢に講義を行い、腐敗が進んだ死体からも見事に指紋を採取する。しかし、単なる職業人としてだけではなく、パーソナルな部分にも人間味がある。序盤にパク班長との会話で不可解な受け答えをするのだが、その謎が明らかになる中盤、そしてそれに決着をつける終盤の展開には心を揺さぶられる。

 

二人がロマンチックな雰囲気になりながらも、プロフェッショナルに徹するところも潔い。特に、パク班長からのごく私的な問いにアリスが敢えてフランス語で真摯に答えるシーンは、男女というよりも人間同士の心の響き合いだった。

 

死体遺棄事件の元にある臓器売買事件の闇に迫る二人に思いがけぬ事実が立ち現われてくる。事件は一応の解決を見るが、臓器売買ネットワークは残ったまま。そして、食い物にされる中国人女性や、臓器を買い取る富裕層という格差の構図は何も解決されぬまま。それでも、パク班長とアリスの淡い別れに、今後も二人が機を見て reunite し、新たな事件に取り組む可能性を感じさせて物語は閉じていく。

 

ネガティブ・サイド

臓器売買のネットワークは、そのまま人身売買のネットワークでもあるだが、それを仕切っていると思しき韓国ヤクザの描写があまりにもしょぼい。『 ザ・バッド・ガイズ 』は荒唐無稽ではあったが、国際的な犯罪ネットワークを構想する気宇壮大な韓国ヤクザが出てきた。それぐらいの巨悪を描いても良かったのではないか。

 

臓器売買の片棒を担ぐ医師が、意外(でもないが)な主要人物とつながっていることで、アリスの心的なトラウマは解消されても、全く別の方面で救われない人物が生じてしまっている。もちろん、違法な臓器売買を阻止する=助からない命が出てくるわけで、問題はその助からない命に大して、我々が大きく感情移入してしまうことである。アリスのキャラを立てるためとはいえ、この展開は観ていて心苦しかった。

 

パク班長とアリスの別れ際も、もうちょっと余韻というか、今後の二人の再会と活躍を予感させるようなものの方が良かった。アリスが韓国に残ることを予感させるよりも、パク班長がアリスに姪っ子と時々ビデオ通話する仲になってほしいと頼む方が、劇中で「感情表現に乏しい」とされた韓国人っぽいではないか。しかし、韓国人が感情表現に乏しいというのはフランスの脚本家の手によるもの?よく共同脚本家の韓国人がそれOKしたなと思ってしまう。

 

総評

テンポが良く、サスペンスも適度に盛り上がり、思わぬ人間関係も終盤に見えてくる。韓国語、英語、フランス語、中国語が飛び交う国際色豊かな作品である。『 マスカレード・ホテル 』のような変則バディものがイマイチと感じられる向きにこそ本作を勧めたい。そうそう、日本のサラリーマンは主人公のパク班長の英語力を一つの目標にするといい。情報を得る、あるいは与える、問題を提示する、あるいは解決する、そして相手との信頼関係を築くというのは、必ずしも準ネイティブ級の語学力を必要としないことが分かるだろう。語彙を増やしたりTOEICスコアを追求するのではなく、コミュニケーション能力を磨こうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Would you be able to V?

相手に何かを依頼する丁寧な表現。普通のビジネスパーソンなら

Could you V?
Would you be able to V?
It would be great if you could V. 
I was wondering if you could V. 

あたりを口頭あるいはメールのやりとりでは使いまわせばよい。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 未分類Tagged 2020年代, C Rank, オルガ・キュリレンコ, サスペンス, フランス, ユ・ヨンソク, 監督:ドゥニ・デルクール, 配給会社:ファインフィルムズ, 韓国Leave a Comment on 『 バニシング 未解決事件 』 -臓器売買の闇に迫る-

『 コンジアム 』 -韓国ホラー映画の不発弾-

Posted on 2022年2月6日 by cool-jupiter

コンジアム 50点
2022年2月4日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ウィ・ハジュン イ・スンウク
監督:チョン・ボムシク

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220206225949j:plain

近所のTSUTAYAで目についた。確か塚口サンサン劇場かどこかで上映していた時に、スルーしてしまった作品。サスペンスでは文句なしの韓国映画だが、ホラーではどうか。うーむ・・・という出来だった。

 

あらすじ

廃墟となったコンジアム精神病院への潜入ルポをYouTube配信しようというハジュン(ウィ・ハジュン)とその仲間たち。各種機材やカメラ、そして少々の演出も準備して臨んだ撮影だが、徐々に怪奇現象が起こり始め・・・

 

ポジティブ・サイド

このコンジアム廃病院は、何と実在するようである。セットや大道具、小道具では出せないおどろおどろしさが建物内には確かに充満していた。精神病院に首吊り自殺だの集団自殺だの人体実験だのといった属性を付与していくのは、現代日本だと難しそう。差別的、あるいは既に存在する差別を助長するかどで、そんな設定の映画や小説があれば、すぐに糾弾されるように思う。それをやってしまう韓国のエンタメ追求精神よ。

 

YouTuberとホラーという点では『 貞子 』よりもこちらが先行していた。その着眼点も悪くない。ホラー映画では登場人物の真後ろや真横から怪異がいきなり登場するのが最早お約束だが、今回の潜入パーティーのメンバーは皆、全身にカメラ装備。あらゆる角度を撮影していている。これにより、多くのホラー作品にありがちな「そのショットは誰が撮っているの?」という問い、すなわちカメラマンの存在を観る側の意識から消すことに役立っている。

 

このカメラマンの存在というのが、後半に明らかになる序盤にすでに起きていた怪奇現象につながっていて、これには少し唸らされた。

 

ジャケット裏の黒目少女はインパクトがあったが、これはマイナスか。ただし、彼女がしゃべる異言には一瞬だけ怖くなってしまったことは告白しておかねばなるまい。

 

ネガティブ・サイド

廃病院に行くまでは『 キャビン 』のように男女がワイワイしている。それはいい。だが、コンジアム病院に行くまでが長く感じられるし、肝腎のコンジアム病院内でも、ことが起こり始めるまでがひたすらに長い。定番のホラー的な展開になるまでに58分を要するというのは、いかがなものか。

 

霊の起こす怪異も、すでにどこかで見たものばかり。廃病院のただならぬ雰囲気を伝えるのに腐心しすぎて、観る側に恐怖の感情を催させることに失敗している。YouTuberの潜入レポートなら、雰囲気を伝えるだけで十分。しかし、これは潜入YouTuberを題材にした映画。捉えるべきはキャラクターの感じる恐怖。その意味では、多彩かつ臨場感あるカメラワークそのものは興味深かったものの、彼ら彼女らの恐怖の感情を存分に映し出したとは言い難い。その意味では『 ブレア・ウィッチ・プロジェクト 』は素晴らしかった。何も起きていないのに恐怖する学生たちの様を赤裸々に映し出していた。

 

マネキンやかつらなどのガジェットもジャパネスク・ホラーで散々扱われて手垢がついている。それを使うというのは感心しない。『 パラノーマル・アクティビティ 』から『 サイレントヒル 』まで、どこかで観たシーンや演出の繰り返しで、60分以降は完全に惰性で画面を眺めるだけになってしまった。

 

隊長のハジュンが、隊員からのギャラのアップ要求を受けるシーンも何か違うのではないか。逆にハジュンの方から隊員にギャラアップを申し出て、撮影を完了させる意志を見せるべきだったように思う。韓国語の「生きよう」の字が「死のう」に変わるのを見たことで弱気になるのなら、そもそもコンジアム病院に突撃しないだろうし、隊員が不甲斐ないからと自ら出陣もしないだろうと思う。

 

ハジュンの死に方も怖くない。例えば、霊に捕まって、どこかに閉じ込められて、救いの手が伸びてきたので力いっぱい掴んだ。しかし、それが実は序盤にロッカーに手を入れてきた隊員の女子の手で・・・という展開で暗転して終わり、という展開なら、観ているこちらも相当なショックを受けただろう。

 

総評

サスペンスでは邦画は韓国映画に手も足も出ないが、ホラーならまだまだ勝てるかな。とは言え、『 牛首村 』の出来映えによっては、ジャパネスク・ホラーもいよいよ終焉し、韓国映画に全ジャンルで抜かれてしまうかもしれない。大して怖い作品ではないので、ホラー映画に興味があるけれど、どれを入門編に選んでよいか分からない、という向きにお勧めできる程度の怖さである。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

チンチャ

廃病院内でパーティーの面々が何度も何度も「チンチャ、チンチャ」と言っている。字幕は「本当だよ!」だったような。雰囲気的には「マジだって」、「ホントなんだよ」のような、カジュアル要素が感じられた。一時期、女子高生の間で「チンチャそれな」というフレーズが流行っていたらしいが、実際にそういうノリで使う言葉なのだろう。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, イ・スンウク, ウィ・ハジュン, ホラー, 監督:チョン・ボムシク, 配給会社:ブロードウェイ, 韓国Leave a Comment on 『 コンジアム 』 -韓国ホラー映画の不発弾-

『 雨とあなたの物語 』 -韓流ロマンスの佳作-

Posted on 2022年1月13日 by cool-jupiter

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220113233342j:plain

雨とあなたの物語 70点
2021年1月10日 シネマート心斎橋にて鑑賞
出演:カン・ハヌル チョン・ウヒ カン・ソラ
監督:チョ・ジンモ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220113233324j:plain

『 ただ悪より救いたまえ 』鑑賞時に、劇場内の販促物で本作も知った。面白そうだと直感し、チケットを購入。シネマート心斎橋の韓国映画には基本的にハズレがない。

 

あらすじ

冴えない二浪生のヨンホ(カン・ハヌル)は、ある日、小学校の時の同級生女子ソヨンを思い起こし、彼女に手紙を書く。その手紙を受け取ったソヨンの妹ソヒ(チョン・ウヒ)は、病気の姉に成り代わり、「質問しない、会いたいと言わない、会いに来ない」という約束のもと、文通を続けていくが・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220113233400j:plain

ポジティブ・サイド

毎年数千万枚単位で年賀状の数が減っていると報じられているが、そんな中でも『 ラストレター 』は久しぶりに手紙にフォーカスした映画だった。そして韓国も負けじと手紙が鍵となる作品を送り出してきた。

 

日本は大学全入時代になって久しいが、韓国は今でもすごい受験熱らしい。『 少年の君 』

では中国の受験戦争の怖さが描かれ、日本でも松田優作主演の『 家族ゲーム 』のような時代もあったが、冒頭にいきなり出てくる予備校教師の圧倒的なモラハラっぷりが逆に笑える。そんな中でヨンホは浪人仲間のスジン(『 サニー 永遠の仲間たち 』のリーダー役のカン・ソラ)と出会う。立ち食いおでんの店で、おでんとスープを注文し、それを強引にヨンホに支払わせるという美少女にあるまじき振る舞い。その後もヨンホに飾らない好意をぶつけ、one night stand もOKという剛の者・・・と見せて、これが実に一途で純な女子なのである。意味が分からんという人こそ、本作を鑑賞すべし。

 

本作は現在のシーンと回想シーンを織り交ぜるストーリーテリングで、小学生時代のヨンホとソヨンの淡く儚い関係が描かれ、現在では浪人中というアイデンティティの定まらないヨンホと、職人であるその父、そしてビジネスマンである兄の関係が描き出される。同じように、病気のソヨンとその妹ソヒの関係、そして母の営む古本屋の様子もていねいに映し出される。手作りの小物や古本といった、時代に取り残されそうな、しかし手触りのあるものが両者に共通してあり、だからこそ手紙という媒体が古ぼけておらず、逆にとてもナチュラルなコミュニケーション手段に映る。この手紙にしても色々な工夫がされていて、「あなたに太陽が降り注ぐ魔法をかけました」といったような文言には???となったが、意味が分かってびっくり。こんなロマンチックな魔法、自分でも高校生ぐらいの時に思いついてみたかった。文通を続けるヨンホとソヒが絶妙にすれ違うシークエンスにはやきもきさせられた。

 

決して会えない二人。過ぎて行く時間。ヨンホは大学進学をやめ、傘職人になるために日本に向かう。自分をいつまでも好いてくれるスジンを後に残していくことになるが、この時のスジンがまた、どこまでも健気なのが泣かせる。それでもスジンと付き合うことのないヨンホの姿に、ソヨンへの思慕の大きさが見えてくる。傘職人として独り立ちしたヨンホを不意に訪ねてくるスジンに、ヨンホが手渡す惜別の傘の美しさには正直泣けた。

 

12月31日に雨が降ればソヨンに会えると信じて、ひたすらに待ち続けるヨンホの健気さと一途さよ。もう決して出会えないのだと分かっていても、それでも待ち続ける姿には胸を打たれる。そうそう、エンディングのクレジットが始まったからといって、席を立ったり、あるいは再生を途中で止めてはいけない。ビックリする展開が待っている。いや、これはキャスティングの勝利だなあと思う。意味が分からんという人、やはり鑑賞すべし。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220113233419j:plain

ネガティブ・サイド

過去と現在を行ったり来たりするが、Jovianの妻はどれがいつなのかを把握するのに、一部手間取ったとのこと。Jovianはそうでもなかったが、観る人によっては時系列的に今がどこなのかは確かに分かり辛い構成かもしれない。

 

ヨンホが傘職人になろうと思い立つ過程をもう少し丹念に描写してくれてもよかったのではないか。もちろん父の影響、そして兄への反発からだろうが、なぜそこで日本を修行の地に選んだのかという説明も少しでいいから欲しかった。

 

ヨンホが8年という歳月を待つことに費やすわけだが、そこでスジン以外にもう一人、小学校以来の悪友を登場させても良かった。きっと彼は良い奴のままだろう。周りがどんどんと変わり続ける中で、変わらぬ想いを抱き続けるのは並大抵のことではない。変わらないままにいてくれる親友という存在も、本作に居場所はあっただろうと感じた。

 

総評

韓国映画といえば容赦ないバイオレンス映画、あるいは経済格差を直視したドラマのイメージが強いが、優れたロマンスも数多く生み出している。それも甘酸っぱさを前面に押し出したような作品だけではなく、『 建築学概論 』のような恋のほろ苦さを思い起こさせる名作も多い。本作はほろ苦さを味わわせてくれる作品で、少ない登場人物で濃密なドラマを生み出している。まるでフランスのミステリ小説のような味わいの作品である。雨の日こそ本作を劇場鑑賞しよう。あるいはレンタルや配信で観るのも趣があっていいだろう。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

イーセッキ

こんなコテコテのロマンスでも、イーセッキ=「この野郎」という卑罵語が出てくるのが韓国らしいと言えば韓国らしい。北野武の映画を外国人が観れば「この野郎」という日本語をすぐに覚えるのと同じで、韓国映画はどんなジャンルでもイーセッキやケーセッキといった悪罵が頻出する。つくづく近くて遠い国である。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, カン・ソラ, カン・ハヌル, チョン・ウヒ, ロマンス, 監督:チョ・ジンモ, 配給会社:シンカ, 韓国Leave a Comment on 『 雨とあなたの物語 』 -韓流ロマンスの佳作-

『 ミスターGO! 』 -頭を空っぽにしたい時に-

Posted on 2022年1月8日 by cool-jupiter

ミスターGO! 60点
2022年1月5日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:シュー・チャオ ソン・ドンイル オダギリジョー
監督:キム・ヨンファ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220108142841j:plain

観終わって身も心も消耗するタイプの映画ばかりを立て続けに観たので、a change of pace が必要だと思い、近所のTSUTAYAで本作をピックアウト。リフレッシュするにはちょうど良い作品だった。

 

あらすじ

四川省の大地震で祖父を亡くしたウェイウェイ(シュー・チャオ)は、雑技団メンバーと野球の打撃を特技とするゴリラのリンリン、そして支払いきれない借金を託されてしまった。途方に暮れるウェイウェイだったが、韓国の万年再建中のプロ野球団ベアーズがリンリンと契約したいと言い・・・

 

ポジティブ・サイド

よくまあ、こんな奇想天外な設定を思いついたものだと感心するやら呆れるやら。日本でも『 ミスター・ルーキー 』という珍作があり、確かに「覆面をしてプレーをしてはならない」とは野球協約には書いていないらしい。同じく、性別を理由にプロへの門戸が閉ざされることがないのはどこの国でも同じなようで、『 野球少女 』ではプロ野球選手を目指す女子の姿を描いた。しかし、ゴリラをプロでプレーさせようとは・・・ ところがこのCGゴリラ、相当な凝りようだ。中国の『 空海−KU-KAI− 美しき王妃の謎 』のCG猫はひどい有様だったが、このゴリラは『 ライオンキング 』とは言わないまでも、かなり真に迫っている。

 

無垢な中国の少女をなかば騙すかのような形で強引に契約を結んでしまうベアーズのエージェント・ソンが韓国映画お得意の悪徳商売人・・・と見せかけて終盤に思わぬ感動を呼んでくれる。

 

ゴリラ使いのウェイウェイの操るウッホウッホなゴリラ語(?)も、照れなどは全くなく、むしろ外連味たっぷりで笑わせてくれる。指令を受けるゴリラのリンリンも規格外のホームランを連発し、それに対抗する他チームの投手陣は、あの手この手で打たせまいとしてくるが、それらを全て弾き飛ばすリンリンの打撃がとにかく痛快だ。

 

途中で読売と中日のオーナーがやって来るが、韓国球界が日本をどう見ているのかが垣間見えて、なかなかに興味深い。2020年5月に以下のようなツイートがなされて、野球ファンの間で結構話題になったのを覚えている人もいることだろう。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220108143527j:plain

極めて妥当な評価だと思う。韓国球界からすれば、スターを日本に高く売りつけるのは、NPBがスターをメジャーにポスティングするようなものだろう。韓国や台湾で活躍した選手が日本で苦労するのは李承燁や王柏融など、打者では枚挙にいとまがない。投手は結構成功している印象で、日本の打者もメジャーではさっぱりだが、投手はなぜか成功することが多いのとよく似ている。

 

閑話休題。リンリン以外の野球シーンも結構本格的で、ダブルプレーを独特なカメラアングルで捉えたりするなど、工夫のほどがうかがえる。終盤にはリンリンの対とも言うべき、ゴリラの投手レイティが現われ、200km/hの剛速球を投げる。当然、人間に打てるはずもなく、畢竟、物語はリンリンとレイティのゴリラ対決につながっていく。その結末は見届けてもらうほかないが、よくこんなことを考えたなと感心させられた。序盤に野球協約がゴリラのプレーを禁じていないことに言及したことで、野球のルールのちょっとした盲点になっているところを上手く突きつつ、そこに説得力を与えている。

 

韓国の俳優たちが結構な量の日本語を割と流ちょうに操っているので、そうしたシーンを楽しむのもいいだろう。頭を空っぽにして楽しめるし、あるいは日韓比較スポーツ文化論の材料にもなりうるだろう。

 

ネガティブ・サイド

ウェイウェイとエージェント・ソンのヒューマンドラマは不要だったかな。もっと「ゴリラが野球をする」という部分にフォーカスをしていれば、コメディとしてもっと突き抜けることができただろう。また、ウェイウェイの演技が going overboard =大げさだったと感じる。感情を爆発させるお国柄ではあるが、その部分にもう少しメリハリが必要だった。

 

リンリンが打撃専門となるまでの描写も必要だったように思う。CG製作に時間も金もかかるというのなら、ベアーズの首脳陣がミーティングをする場面でもよい。リンリンが一塁手だったら、または捕手だったら・・・と誰でも想像するだろう。打撃でWARを積み上げるが守備でそれを帳消し、あるいはチーム構成上守備は困難という、野球にもっとフォーカスした場面が欲しかった。

 

最終盤のチェイスとアクションは完全に蛇足。乱闘が野球の華だったのは平成の中頃まで。それは韓国でもアメリカでも同じだろう。

 

総評

スポーツコメディとしてまずまずの出来。ソンが日本語で罵詈雑言をがなり立てるシーンはかなり笑える。野球はしばしば人間ドラマや人生の縮図に還元されるが、それをゴリラを使って実行してしまえという構想力には感心すると同時に呆れてもしまう。重苦しい映画を立て続けに観たことによる心身の重さはこれにて回復。天候やコロナのせいで出歩けないという終末に、頭をリセットするにはちょうど良い作品ではないだろうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

The Doosan Bears

斗山ベアーズの英語名である。スポーツチーム名は、それが複数形である場合、まず間違いなく頭に定冠詞 the がつく。

僕はニューヨークメッツの一員になりたい。
I want to be a New York Met.

彼はかつてシカゴブルズの一員だった。
He used to be a Chicago Bull.

のように言えるが、a Bull や a Met の集団が、The Bulls や The Metsになる。ここでザ・シンプソンズを思い浮かべた人は good である。これは、「シンプソンという人の集団」=「シンプソン一家」ということである。ここまでくれば、The United States や The Philipines、The Bahamas、The Maldivesといった国の名前に the がつく理由も見えてくるだろう。州や島の連合体が一つにまとまっているということである。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, オダギリジョー, コメディ, シュー・チャオ, スポーツ, ソン・ドンイル, 中国, 監督:キム・ヨンファ, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 ミスターGO! 』 -頭を空っぽにしたい時に-

『 ただ悪より救いたまえ 』 -容赦ない韓流アクション-

Posted on 2022年1月4日2022年1月4日 by cool-jupiter

ただ悪より救いたまえ 75点
2022年1月2日 心斎橋シネマートにて鑑賞
出演:ファン・ジョンミン イ・ジョンジェ パク・ジョンミン
監督:ホン・ウォンチャン

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220104151525j:plain

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220104151525j:plain

新年の韓国映画鑑賞第一弾。心斎橋の人出は多いが、信頼できる客層のシネマートへ。『 ソワレ 』、『 成れの果て 』という重い映画の鑑賞が続いたので、派手なアクションを観たいと思ったのだが、スカッとするどころか(良い意味で)身も心もボロボロになるような映画だった。

 

あらすじ

暗殺者のインナム(ファン・ジョンミン)は最後の仕事として日本のヤクザ、コレエダを殺害する。しかし、義絶状態にあったコレエダの弟にして狂気の殺人鬼レイ(イ・ジョンジェ)がインナムへの復讐を誓う。インナムはかつての恋人に娘がおり、その娘がタイで誘拐されたことを知り、救出のためタイへ渡る。そしてレイもインナムを追ってタイへ・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220104151541j:plain

ポジティブ・サイド

これは(『 アジョシ 』+『 チェイサー 』+『 哀しき獣 』)を3で割って、そこにホン・ウォンチャン監督のテイストを加えた、韓流ノワールの秀作である。まさに「そこまでやる必要があるのか」である。

アジョシは元々、チェ・ミンシクやソン・ガンホといった本物の中年オジサンを使う予定だったらしいが、イケメン青年ウォンビン(当時)を起用することで思いがけずスタイリッシュな作品に仕上がった。一方で本作はファン・ジョンミンという、中年のオッサンでありながら、ガンホやミンシクといった濃いめのオッサン色ではなく渋みを前面に押し出したアジョシを起用することで、悲哀がより色濃く表現されるようになった。

本作の特徴は国際的なスケールの大きさ。日本、韓国、タイ、そして最終的には中米パナマにまで至り、聞こえてくる言語も日本語、韓国語、中国語、タイ語、英語である。明らかにアジア市場、そして世界市場を視野に入れた作品作りである。主演の二人も片言ながら、日本語、英語を操り、インナムのバディとなるもう一人のジョンミン、ユイはタイ語も流暢に話す。『 PMC ザ・バンカー 』のハ・ジョンウとまでは言わないが、邦画の世界ももっと役者に外国語を喋らせてもいいのではないか。近年だと『 ゲノムハザード ある天才科学者の5日間 』の西島秀俊の韓国語ぐらいしか思いつかない。

閑話休題。本作は優れた過去の韓国映画だけではなく、ハリウッド映画なども下敷きにしている。レイがバンコクで銃器を調達する方法は、まんま『 ターミネーター 』のシュワちゃんだし、最終盤の対決の決着シーンは、まんま『 レオン 』だったりする。ただ、そうした一見するとパクリにしか思えないシーンの数々が韓国色に染め上げられた結果、優れたオマージュとして機能している。

インナムとレイの対決を決して正義と悪にぶつかり合いのように描かないところが良い。インナムへの連絡係(『 パラサイト 半地下の家族 』のリスペクトおじさん!)を牛や豚のように解体していくレイが「俺のおやじは屠殺業者だった」と語るシーンでは、『 血と骨 』のビートたけしが思い起こされたし、日本でもタイでも、殺すと決めた相手は容赦なく殺す姿勢が徹底している。一方のインナムもハサミで拷問相手の指を切り落とすという血も涙もない所業で相手の口を割らせる。ハサミが放つ鈍い光に使い込まれ具合が見て取れ、インナムの暗殺家業の凄惨さが垣間見える。二人が対峙していく過程で、タイという国の裏のビジネス、そこで韓国人が韓国人を搾取するという構図、その中にちゃっかり存在する中国人、ついでに人気の日本人など、これでもかと大都市の闇、人間の闇が暴かれていく。その濃い闇を背景に、暗殺者 vs 殺し屋というどっちもどっちの対決の構図の中に「見知らぬ娘を救うため」という大義と、「兄貴の敵を討つ」という大義がぶつかり合う。単なるドンパチと見せかけて、韓国人の家族観が非常に強く投影された対決になっていく。

廃工場、ホテル、市街地で繰り広げられるインナムとレイの激闘はまさに息を呑むもの。リハーサルとかできたのだろうか。どこまでが実写でどこからがCGだか分からない。戦いの中で人間性を取り戻していくインナムと、どんどんと獣になっていくレイというコントラストが絶妙だ。まさに血みどろの対決に、観ている側は完全に消耗しきってしまう。心地よい疲れでは決してない。しかし、凄いものを観たという感覚を味わえることは間違いない。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220104151558j:plain

ネガティブ・サイド

主人公インナムには特殊工作員あがりというバックグラウンドがあるので強いことは分かるが、レイの強さの背景がよく分からない。在日韓国人ということは日本育ちなわけで、ヤクザ稼業だけであそこまで刃物や銃火器の扱いに習熟できるものだろうか。豊原功補と義絶していたとはいえ、あれほど強烈な弟が全く知られていなかったというのは無理があるのでは。まあ、銃器については『 アウトレイジ 』でもどこからかマシンガンが調達されたりしているので、あまり突っ込むのは野暮かもしれない。『 哀しき獣 』のキム・ユンソクのように元々強かったと思うようにすべきか。

インナムがバンコクでもずっと黒のスーツを着用しているのは、一種のトレードマークだから仕方ないか。だが、あれでは目立ちすぎて、あっという間に警察に通報されて御用となりそう。プロらしく、密かにバンコクの街に溶け込むという描写が欲しかった。

バトルシーンで頻繁に使われるスローモーションがやや気になった。あまり多用すると、せっかくのアクションが安っぽく見えてしまう。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20220104151644j:plain

総評

ひたすらに疲れる映画体験だった。劇場を出たところでスタッフが「ただいま売店にて”ただ渇きより救いたまえ”を販売中でーす」と案内をしていて、その商魂のたくましさに思わず笑ってしまった。これがなければ家路の間、ずっと重苦しさに支配されていたかもしれない。逆に言うと、それぐらい重い作品。派手なアクションでスカッとした気分になりたいと臨んだが、そんな爽快系の作品では決してない。どちらかというと『 ビースト 』のような悪のオッサン二人の極限の演技対決である。鑑賞の際は自身のメンタルをよくよく事前チェックされたし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

You had it coming.

『 リアム16歳、はじめての学校 』でも紹介した表現。今作では「自分でまいた種だ」というセリフがあったが、それを英訳すると ”You had it coming.” となる。 積極的に使いたい表現ではないが、英会話中級者以上なら知っておきたい。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アクション, イ・ジョンジェ, パク・ジョンミン, ファン・ジョンミン, 監督:ホン・ウォンチャン, 配給会社:ツイン, 韓国Leave a Comment on 『 ただ悪より救いたまえ 』 -容赦ない韓流アクション-

『 私のボクサー 』 -もう少しだけリアリティが欲しい-

Posted on 2021年12月7日 by cool-jupiter

私のボクサー 70点
2021年12月3日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:オム・テグ イ・ヘリ キム・ヒウォン イ・ソル
監督:チョン・ヒョッキ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211207225037j:plain

『 ファイター、北からの挑戦者 』を観に行くタイミングがなかなか取れない。代わりに、軽めに思えた本作をTSUTAYAでチョイスしたが、ラブコメと見せかけたシリアスなボクシング・ドラマだった。

 

あらすじ

ビョング(オム・テグ)は将来を嘱望されるボクサーだったが、脳挫傷のために引退を余儀なくされる。しかし、館長(キム・ヒウォン)の厚意で事務の雑用係をすることで暮らしていた。ある日、ピョングはダイエット目的でジムにやってきたミンジ(イ・ヘリ)のコーチとなるのだが・・・

 

ポジティブ・サイド

開始早々から、黄昏時の海辺でシャドーボクシングをする男性のシルエットと太鼓を打ち鳴らす女性という、何とも奇妙な Establishing Shot である。この昼でも夜でもない海辺の男女という構図は非常に重要なので、これから鑑賞される方はこの絵をぜひとも脳裏に焼き付けられたし。

 

多くのボクシングものが、主人公が激闘の末に徐々に眼や脳にダメージを負っていく、あるいはその疑いが生じるというプロットを採用している。『 ロッキー5/最後のドラマ 』然り、『 アンダードッグ 』然り。しかし本作は主人公たるビョングがすでに脳にダメージを受けてしまった後から物語が始まる。「え?」と言うしかない。Jovianはここで、赤井英和のアナザーストーリーであるかのように錯覚してしまい、物語に引き込まれてしまった。

 

赤井英和はかつで朝日新聞だか毎日新聞だかのインタビューで「ボクシングはピークの頃の自分のイメージが強く残る。だから辞めるに辞められない」と語った。吉野弘幸はキャリア晩年に「まだまだ金山俊治戦みたいな試合ができる」とボクシング・マガジンか何かで語っていた。ボクサーのこうした習性というか本能のようなものを知っていれば、本作のビョングが29歳にしてリングへの復帰に熱い思いを抱くのも無理からぬことと納得できる。

 

ミンジへのコーチ、ジムメイトのギョンファンとの奇妙な友情と確執、犬を拾ってフォアマン(もちろん「老いは恥ではない」の言で知られるジョージ・フォアマンにあやかってだろう)と名づけるところ、そしてパンソリ・ボクシングを始めるきっかけとなったジヨンとの思い出。すべてが色鮮やかに語られながら、しかし、ビョングの暗くつらい過去、そして現在のパンチドランカー症状につながっていく。このあたりの語り口は非常に軽く、しかし同時に重い。ミンジというキャラの明るさと気の強さ、そしてビョングの朴訥さが、凸凹コンビ的でありながら、非常に清々しいパートナー関係に映る。

 

紆余曲折あってからのリング復帰を果たしたビョングを待ち構えるのは、どういうわけか因縁のジムメイトだったギョンファン。ビョングのパンソリ・ボクシングにかける想いには、ベタベタな演出ながら不覚にも感動してしまった。

 

ラストの燦々たる陽光のシーンをどう受け取るべきか。黄昏時の海辺のシャドーボクシングとの鮮やかすぎるコントラスト。これは現実なのか、それともビョングの見ている夢なのか。ひとつ確かなのは、ビョングは矢吹ジョーの如く「燃え尽きる」ことができたということだろう。

 

ネガティブ・サイド

韓国ではプロボクシングが斜陽産業であることは承知している。しかし、いくらなんでもコミッションが適当すぎやしないか。一度は引退を余儀なくされたボクサーの復帰に際して、メディカル・チェックがないわけがないだろう。そこを館長があれやこれやで回避するサブプロットを2分ぐらいよいので描くべきだった。

 

肝腎かなめの試合のシーンもおかしい。ボクシングシーンが非現実的なのは、どこの国のいつの時代のボクシング映画にも共通している。本作で決定的におかしいのは、ダウンシーン。ダウンを奪った側が颯爽と赤コーナーに向かう。ニュートラルコーナーではない。撮影中、そして編集中に誰一人としておかしいと思わなかったのだろうか。野球映画で、守備側の大ピンチに野手がピッチャー・マウンドではなく二塁(別に一塁でも三塁でもいい)に集合したらおかしいだろう。

 

総評

DVDのカバーが醸し出すポワンとしたラブコメ感は、実は本編にはほとんどない。序盤以外はほとんど硬質なドラマである。本作ではあるキャラが「韓国らしさは世界に通じる」と喝破するが、けだし韓国映画人の本音であろう。主演のオム・テグのシャドー・ボクシングは『 ボックス! 』の市原隼人並みにキレッキレである。ラブコメ好きにはお勧めしない。硬派なヒューマンドラマを求める向きにこそお勧めする。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

ニム

過去記事でも紹介したことがあるが、「~様」の意味となる。劇中ではミンジはピョングを「コーチニム」=コーチ様と呼んでいた。韓国では社長様や先生様という二重尊称が当たり前で、あらためて遠くて近い、近くて遠い国であると思う。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, イ・ソル, イ・ヘリ, オム・テグ, キム・ヒウォン, ヒューマンドラマ, 監督:チョン・ヒョッキ, 韓国Leave a Comment on 『 私のボクサー 』 -もう少しだけリアリティが欲しい-

『 目撃者 』 -韓流サスペンスの常道-

Posted on 2021年11月1日 by cool-jupiter

目撃者 65点
2021年10月29日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:イ・ソンミン キム・サンホ クァク・シヤン
監督:チョ・ギュジャン

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211101010128j:plain

『 ビースト 』のイ・ソンミンの迫力に気圧されてしまい、もう一度彼を見てみたいと思い、近所のTSUTAYAでレンタル。終盤のプロットに納得がいかないものの、韓国人俳優たちの演技力の高さ、映画人の問題意識の高さが垣間見える一本であった。

 

あらすじ

妻と娘と共に新居のマンションへと移り住んだサラリーマンのサンフン(イ・ソンミン)は、ある夜泥酔した帰宅した。深夜2時、女性の助けを求める声を聴いたサンフンはベランダから殺人現場を目撃してしまう。そして殺人鬼は上を見上げ、サンフンの部屋に明かりがついていることを確認して・・・

 

ポジティブ・サイド

まず大前提として、日本の警察と韓国の警察は違うのだ、ということを認識しておく必要がある。いや、市民の警察に対する信頼度の違いと言うべきか。普通の感覚なら「さっさと110番通報しろ」ということになるが、韓国映画における警察とは無能の象徴である。まったく頼りにならない。そのことが分かっているかどうかで、本作の感想は大きく異なる。本項は、韓国警察=無能という前提に立てる人向けのレビューとなる。

 

まず冒頭のサンフンの仕事っぷりからして小市民である。保険会社の調査員であるが、すべてが事なかれ主義である。こうした姿に「何だこいつは!」と義憤を募らせるか、「ああ、俺も実はこんな風に仕事してるわ」と思えるかで、またもや本作のイメージはがらりと変わる。もちろん、本項は後者向けのレビューである。

 

殺人の現場を目撃してしまう。そして、自分がそれを目撃したということを相手にも知られてしまう。それによって次なるターゲットが自分になってしまう。それは恐怖である。しかし、もっと恐ろしいのは、殺人鬼のターゲットが自分の家族にまで及ぶことだ。本当ならサンフンは妻に告げるべきなのだが、そのこと自体が妻に恐怖を与えるし、また妻がそれによって用心した行動を取っていることが殺人鬼にばれてしまえば、妻や娘に対する危険度が逆に上がってしまう。ここまでのサンフンの苦悩が言葉ではなく、表情と動き、ちょっとした仕草で伝えられる。素晴らしい演技力であり、演出である。そそっかしい人なら、「なにやってんだ、このオッサン」と感じるかもしれないが、本項は visual storytelling を解する人向けである。

 

殺人鬼が神出鬼没で、犯行の動機も何もかもが不明。サンフン以外の目撃者を始末していく。またサンフンとその家族に対してもその毒牙を向けようと動いていく。そこで『 焼肉ドラゴン 』のキム・サンホが人情味あふれる刑事として事件を捜査していく。警察=無能という図式は維持しつつ、そうした組織で奮闘する個人は別。こうしたキャラに感情移入できる中年男性は多いのではないか。この刑事の機転の利いた捜査方法から事態が思わぬ方向へ発展し、無理なくアクションシーンを挿入することにも成功している。この脚本家はなかなかの手練れである。

 

『 殺人鬼から逃げる夜 』ほどではないが、本作も走る走る。また、『 ほえる犬は噛まない 』や『 はちどり 』と同じく、巨大集合住宅における人間関係の希薄化を浮き彫りにした作品である。本作と相性が良いと感じた人はぜひ鑑賞されたし。

 

ネガティブ・サイド

 

以下、ネタバレあり

 

やはり最後の最後に、サンフンが直接殺人鬼と「ケリをつける」という展開は無理がある。殺人鬼を追撃するというのは『 チェイサー 』的だが、あちらは元刑事、こちらは保険会社員。バックグラウンドが違いすぎる。散々追いかけてきた相手を積極的に追うのではなく、もっと不自然さを感じさせない方法でサンフンと殺人鬼を対峙させるプロットはなかったか。

 

マンションの自治会会長的な女性の最後の言葉もおかしい。サンフン一家が売り払って引っ越ししていくマンションを「4億ウォン以下で売らないで」と言ってくる。マンション相場の維持に躍起なのだろうが、目と鼻の先で大規模土砂災害が起きてしまうマンションが、価格を維持できるわけがない。長期的には分からないが、少なくとも短期的な値崩れはどうしようもないし、それをサンフンに転嫁しようとするこのオバちゃんの言動は不可解の一語に尽きる。

 

総評

実に韓国らしい映画。謎の殺人鬼。小市民の主人公。役立たずの警察。それでいてサスペンスは抜群で、社会的なメッセージもズバリと発してくる。Jovianもマンション住まいだが、本作の最後のシーンにはゾクリとさせられた。韓国のみならず、世界の多くの都市部に共通する人間関係の希薄化の怖さの一面を感じさせられた。イ・ソンミンのカメレオン俳優っぷりを堪能されたい向きはぜひ鑑賞を。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

witness

「目撃者」という名詞、「目撃する」という動詞、どちらにも使える。英検1級を目指す人なら、bear withness to ~ という成句を覚えておきたい。「~を証言する」「~証明する」という意味である。Many trophies bear witness to his achievements. = 多くのトロフィーが彼の実績を証明している、のように使う。 

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, イ・ソンミン, キム・サンホ, クァク・シヤン, サスペンス, 監督:チョ・ギュジャン, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 目撃者 』 -韓流サスペンスの常道-

『 ビースト 』 -韓国ノワール健在-

Posted on 2021年10月23日 by cool-jupiter

ビースト 75点
2021年10月23日 心斎橋シネマートにて鑑賞
出演:イ・ソンミン ユ・ジェミョン
監督:イ・ジョンホ

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211023230156j:plain

なんとか妻を説得し、やっと心斎橋への出陣許可を得た。ならばと評価の高い韓国ノワールをチョイス。実に見ごたえのあるサスペンスであった。

 

あらすじ

殺人課の刑事ハンス(イ・ソンミン)とミンテ(ユ・ジェミョン)は、課長への昇任をめぐって競い合っていた。そんな中、インチョンで女子高生の猟奇殺人事件が発生。ハンスは容疑者の男を逮捕し、自白させる。しかし、ミンテはその容疑者が犯人ではないとの確証から男を釈放し、・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211023230213j:plain

ポジティブ・サイド

韓国映画における警察 = 無能、というのは全世界の共通認識だが、本作ではその警察官同士の争いが見どころになっている。と言っても、単にどちらが先に事件を解決するかを競うだけではない。どちらがどれだけ汚い手、常道ではない手段で事件を解決するかの競い合いにもなっている。

 

女子高生の猟奇殺人事件を追う中で、だんだんと物事の意外な側面が見えてくる。誰もが心の中に獣を飼っていて、それが表に出てくるのかもしれない、という女警察官の一言が強烈である。情報屋を飼っていて、場合によってはその情報屋のためにチンピラをボコボコにしたりすることもあるハンスと、手続きを公正に踏んでいくことで、結果として大失態につながってしまうミンテ。この二人の演技合戦で物語は終始進んでいく。

 

『 ブリング・ミー・ホーム 尋ね人 』の悪徳警察署長の印象が強いユ・ジェミョンが本作でも強烈な存在感を発揮。ルックスで言えば決して二枚目とは言えない俳優だが、ソン・ガンホを初めとして、韓国映画ではこうした土着性の非常に強い顔の俳優が活躍する。殺人課の刑事として腕利きではあるものの、訳アリな男を見事に演じている。

 

対するハンスを演じるイ・ソンミンは初めて見たが、演技力凄すぎ。チームのメンバーから信頼を集める班長の顔と、家庭破綻者の顔、そしてミンテ同様に腕利きでありながら、訳アリな男を怪演した。冒頭から刺青の男を殴って殴って殴りまくるように、腕っぷしもある。相手のわずかな心の隙を突く狡猾な話術もある。終盤に見せる鬼気迫る表情と咆哮は、まさにタイトル通りの獣。『 殺人鬼から逃げる夜 』のウィ・ハジュンにも感じたことだが、よくこれだけ表情を変えられるなと感心を通り越して、怖気をふるってしまう。凄い役者である。

 

全編にわたって血生臭さが漂っており、実際にかなりのグロ描写や暴力描写もある。また、直接的な視覚情報が与えられるわけではないが、音声だけでもかなり精神的にキツイ場面もある。『 悪魔を見た 』のチェ・ミンシクの逃亡先のコテージの男と同じ役者と思しきキャラが本作に登場しており、「そら、こんな奴見たら誰でも犯人と思うやろ」と感じさせられてしまう。クライマックスの凄絶さは、まさにビースト。人間が人間でいられるのは、相手のことも人間であると確信できるから。目の前にいる相手が悪魔なら、自分も悪魔になるしかない。または獣になるしかない。

 

かつてはパートナーだった二人が、いつしか互いに反目するようなってしまう・・・だけなら凡百のバディ・ムービーだが、これは韓国映画。人間の心のダークサイドを極限まで追究しようとする姿勢には、もはや敬意を表すしかない。サスペンスやスリラーというジャンルでは、日本は韓国にはもう勝てない。

 

ネガティブ・サイド

麻薬捜査班から移籍してきた女性警察官が、最初と最後しか出番がなかった。もっとこの新入りを効果的に使って、ハンスとミンテがなぜ反目しあうようになってしまったのかを語らせてほしかった。

 

広域捜査隊と途中で捜査がかぶってしまうが、こんなことは実際にはあるのだろうか。このような展開が実際に起きてしまえば、それすなわち警察上層部の大失敗であるように思う。ここはちょっとリアリティが足りないように感じた。

 

総評

『 暗数殺人 』や『 殺人鬼から逃げる夜 』同様に、観終わってからドッと疲れるタイプの映画である。決して心地よい疲れではない。観た後になにがしかの澱のようなものが胸の中に残り続ける。そんな感覚を与える作品である。主演のおっさん2人の演技のレベルが高すぎて、それだけで2時間超のストーリーをピーンと張りつめた糸のように持たせている。デートムービーにはならないし、夫婦で観るのもキツイ。案外、サラリーマンが一人で鑑賞するのに向いているかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

シバ

韓国英語を観ていると必ず一回は聞こえてくる気がするスラング。意味は「クソ」である。使い方は日本語のクソと同じ。悪態をつきたいときに口に出せばいい。また、そこまで酷いシチュエーションでなくとも「あー、暑いな、クソ。」のような軽い文脈でも使える。

 

 にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, イ・ソンミン, サスペンス, ユ・ジェミョン, 監督:イ・ジョンホ, 配給会社:キノシネマ, 韓国Leave a Comment on 『 ビースト 』 -韓国ノワール健在-

『 殺人鬼から逃げる夜 』 -韓流スリラーの秀作-

Posted on 2021年10月16日 by cool-jupiter

殺人鬼から逃げる夜 75点
2021年10月14日 TOHOシネマズなんばにて鑑賞
出演:チン・ギジュ ウィ・ハジュン パク・フン キル・ヘヨン
監督:クォン・オスン

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211016093435j:plain

TOHOシネマズ梅田では都合がつかないので、難波まで足を伸ばす。その甲斐があった。これまた韓流スリラーの秀作である。

 

あらすじ

聴覚障がい者のギョンミ(チン・ギジュ)は、ある夜、路地裏からハイヒールを投げて、か細い声で助けを求める女性に遭遇する。その女性を助けようとしたギョンミは殺人鬼(ウィ・ハジュン)に追われることになる。果たしてギョンミは逃げ切ることができるのか・・・

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211016093450j:plain

ポジティブ・サイド

冒頭からただならぬ雰囲気が漂っている。暗い路地。一人で歩く女性。親切そうに声をかけてくる男。テンプレ通りであるが、男がサイコな殺人鬼に変貌する様がとにかく恐ろしい。まるで『 羊たちの沈黙 』と『 悪魔を見た 』のオープニング・シークエンスを足したかのうようである。そして実際そうなのだろう。全編にわたって「面白い」という評価が定まった映画のパッチワークであるように見える。見えるのだが、それがパクリではなくオマージュでもなく、一つの様式美にまで高まっている感すらある。

 

殺人鬼役のウィ・ハジュンはJovian嫁をして「こらイケメンやわ」と言わしめる handsome guy だが、普通に頭のおかしいサイコパス殺人狂。表情の変わりっぷりが常人のそれではない。チェ・ミンシクの弟子だとしか思えない。単なるイケメンで役を得ているのではない。確かな演技力があってこその配役だと実感できる。私見では『 孤狼の血 LEVEL2 』の鈴木亮平の恐ろしさの方が上であるが、ウィ・ハジュンは役者としてのキャリアはまだまだ短いし浅い。それでこれだけのパフォーマンスを見せるのだから、よほど監督の演出が凄かったのか、あるいは鈴木のように役に向き合う時間があったのだろう。

 

ただし主役はギョンミ。こちらも凄い。聴覚障がい者という点で『 ただ君だけ 』のジョンファと重なるが、障がい者=清く正しく弱く、だからこそ美しいなどという描き方は真っ向から拒否している。悪態をつきまくる手話の顧客相手に折れることなく、勤め先の会社の大口取引先の接待で、ギョンミの耳が聞こえないのをいいことに好き勝手言いまくる野郎ども相手にも次々に手話でののしり言葉を浴びせていく。簡単に諦めたり、屈服したりするキャラではないことを、言葉を使わずして雄弁に語っている。ところどころで無音となるシーンを挿入するのは『 クワイエット・プレイス 破られた沈黙 』でもあった演出だが、これによりすぐそこにいるはずの殺人鬼に観る側は気付いているのに、ギョンミが気付いてくれないというもどかしさが、最高級のサスペンスを生み出している。特にギョンミの家に侵入するシーンの恐怖とサスペンスよ。ここでは『 シャイニング 』の有名なシーンへのオマージュが観られるので期待されたし。

 

頭のおかしさは折り紙付きのこの殺人鬼、なんと善良な一般人のふりをして警察署にまでついてきて、ギョンミとその母を執拗に付け回す。そこにギョンミが目撃した怪我をした女性の兄にして元海兵隊員のジョンタクもやってきて役者がそろう。ここからギョンミが、同じく聴覚障がい者である母と共に恐怖の殺人鬼から逃げまくるのだが、これがまた緊迫感満点。『 チェイサー 』のハ・ジョンウとキム・ユンソク並みに走って走って走りまくる。入り組んだ路地。人気の少ない街はずれ。そこを三者が縦横無尽に走りまくるのだが、冒頭のシーンと同じく、クォン・オスン監督はアクションだけではなく、街のそこかしこに存在する漆黒の闇をねっとりと画面に映し出していく。ポン・ジュノ監督の『 母なる証明 』の事件現場を彷彿させてくれる。この街の闇=人間の心の闇で、これが殺人鬼のものだけではなく、広く現代人が持ってしまっているものだということを終盤の展開で見せつけてくる。人気のない街区でも、光と人にあふれる繁華街でも、ギョンミは社会的には徹底的に弱者であるということを見せつけられてしまう。ここでチン・ギジュが見せる演技は圧倒的である。必死の訴えをワンカットで演じ切るという渾身の演技。テレビドラマ畑出身のようだが、もっと映画にも出てほしいもの。

 

殺人鬼の名前だとか動機だとか、そんなものはどうでもいい。逃げる女性。追う殺人鬼。それを追う被害者の兄。こんな単純なプロットで2時間弱の間、緊張感をまったく途切れさせることなく、それでいて社会的なメッセージまで盛り込んだ作品である。観ない手はない。空いている劇場の空いている時間帯を見計らってチケットを購入されたし。

f:id:Jovian-Cinephile1002:20211016093512j:plain

ネガティブ・サイド

韓国映画における警察の無能さは全世界の知るところであるが、さすがに事件の目撃者かつ被害者と思しき女性の兄を名乗る者がいれば身分証やら何やら身元確認をするだろう。また別の男と乱闘になって流血沙汰になっているのだから、調書は取るだろう。さすがに現実の韓国警察もそこまで無能ではないはずだ。

 

終盤近くにジョンタクが取る行動もおかしい。いや、取る行動というか、取らなかった行動と言うべきか。携帯を持っているなら、それでしかるべきところに通報せよ。その上で走れ。警察につながって信じてもらえなくても、それはそれで韓国警察の無能さがまた一つ浮き彫りになるだけ。ここだけはもっと常識的な行動をしてほしかった。

 

総評

これが長編デビュー作とは信じられない。が、韓国では『 国家が破産する日 』や『 藁にもすがる獣たち 』のような逸品を長編や商業作品を手がけるのは初めてという監督が作ってしまうので、本作のクオリティにも驚いてはいけないのかもしれない。『 ブラインド 』が『 見えない目撃者 』としてリメイクされたように、本作も日本でリメイクしてほしい。監督は森淳一、脚本は藤井清美で。そう感じさせてくれる、圧巻の出来栄えである。

 

Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン

シバラマ

『 哭声 コクソン 』でも紹介した表現。韓国語で言うところの”F*** you”である。使ってはいけない韓国語であるが、どういうわけか韓国映画では頻繁に使われている。邦画界も上品な言葉遣いだけではなく、卑罵語をバンバン使った映画を作ってほしい。だからといって、北野武映画のような「てめえ、この野郎、バカヤロー」連発も困りものだが。

 

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村   

Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, ウィ・ハジュン, キル・ヘヨン, サスペンス, スリラー, チン・ギジュ, パク・フン, 監督:クォン・オスン, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 殺人鬼から逃げる夜 』 -韓流スリラーの秀作-

投稿ナビゲーション

過去の投稿
新しい投稿

最近の投稿

  • 『 28年後… 』 -ツッコミどころ満載-
  • 『 ラブ・イン・ザ・ビッグシティ 』 -自分らしさを弱点と思う勿れ-
  • 『 近畿地方のある場所について 』 -やや竜頭蛇尾か-
  • 『 脱走 』 -南へ向かう理由とは-
  • 『 JUNK WORLD 』 -鬼才は死なず-

最近のコメント

  • 『 i 』 -この世界にアイは存在するのか- に 岡潔数学体験館見守りタイ(ヒフミヨ巡礼道) より
  • 『 貞子 』 -2019年クソ映画オブ・ザ・イヤーの対抗馬- に cool-jupiter より
  • 『 貞子 』 -2019年クソ映画オブ・ザ・イヤーの対抗馬- に 匿名 より
  • 『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を- に cool-jupiter より
  • 『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を- に イワイリツコ より

アーカイブ

  • 2025年7月
  • 2025年6月
  • 2025年5月
  • 2025年4月
  • 2025年3月
  • 2025年2月
  • 2025年1月
  • 2024年12月
  • 2024年11月
  • 2024年10月
  • 2024年9月
  • 2024年8月
  • 2024年7月
  • 2024年6月
  • 2024年5月
  • 2024年4月
  • 2024年3月
  • 2024年2月
  • 2024年1月
  • 2023年12月
  • 2023年11月
  • 2023年10月
  • 2023年9月
  • 2023年8月
  • 2023年7月
  • 2023年6月
  • 2023年5月
  • 2023年4月
  • 2023年3月
  • 2023年2月
  • 2023年1月
  • 2022年12月
  • 2022年11月
  • 2022年10月
  • 2022年9月
  • 2022年8月
  • 2022年7月
  • 2022年6月
  • 2022年5月
  • 2022年4月
  • 2022年3月
  • 2022年2月
  • 2022年1月
  • 2021年12月
  • 2021年11月
  • 2021年10月
  • 2021年9月
  • 2021年8月
  • 2021年7月
  • 2021年6月
  • 2021年5月
  • 2021年4月
  • 2021年3月
  • 2021年2月
  • 2021年1月
  • 2020年12月
  • 2020年11月
  • 2020年10月
  • 2020年9月
  • 2020年8月
  • 2020年7月
  • 2020年6月
  • 2020年5月
  • 2020年4月
  • 2020年3月
  • 2020年2月
  • 2020年1月
  • 2019年12月
  • 2019年11月
  • 2019年10月
  • 2019年9月
  • 2019年8月
  • 2019年7月
  • 2019年6月
  • 2019年5月
  • 2019年4月
  • 2019年3月
  • 2019年2月
  • 2019年1月
  • 2018年12月
  • 2018年11月
  • 2018年10月
  • 2018年9月
  • 2018年8月
  • 2018年7月
  • 2018年6月
  • 2018年5月

カテゴリー

  • テレビ
  • 国内
  • 国内
  • 映画
  • 書籍
  • 未分類
  • 海外
  • 英語

メタ情報

  • ログイン
  • 投稿フィード
  • コメントフィード
  • WordPress.org
Powered by Headline WordPress Theme