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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: 日本

『 ヘルドッグス 』 -キャラクターを深堀りせよ-

Posted on 2022年9月25日2022年9月26日 by cool-jupiter

ヘルドッグス 50点
2022年9月24日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:岡田准一 坂口健太郎
監督:原田眞人

 

岡田准一のアクション映画ということで期待していたが、アクション以外の部分で何か違う感が多かった。

あらすじ

警察官・出月梧郎(岡田准一)はとある事件をきっかけに闇落ちし、犯罪者に私刑を加える危険人物になっていた。その狂犬っぷりに目を付けた警察上層部は、出月に兼高昭吾というIDを与え、広域暴力団・東鞘会へ潜入させる。サイコパス気質の室岡(坂口健太郎)と組むことになった兼高は、組織の中で順調にのし上がっていくが・・・

 

ポジティブ・サイド

岡田准一が『 図書館戦争 』並みのアクションを見せつつ、ワルにも挑戦するという意味で興味を持った作品。格闘戦からガンアクションまで大いに魅せてくれる。それも魅せるアクションというよりは、倒す、殺す、無力化するためのアクションで、関節技や寝技が多め。銃撃でも片手でバンバンではなく、両手でしっかり構えて一撃でズドンという、どちらかというやや地味目のガンアクション。しかし、それらを高速でやってのけるところに岡田准一という俳優の真価がある。自分のカッコよく見せようというよりも、リアルな映像を提供したいという気持ちが勝っているのだろう。V6の解散でアイドルを完全卒業、胸を張って役者と言えるようになったと思う。

 

『 BLEACH 』での演技のぺらっぺら具合に「何だこりゃ?」と思わされたMIYAVIが、若きヤクザの大親分を好演。インテリヤクザかつ武闘派ヤクザかつ任侠派ヤクザという面のいずれでも非常に説得力ある演技を見せた。特に唸らされたのは、神戸のヤクザの親分たちとの会談シーン。一つのシーンの中で上記のインテリっぷりや任侠の面を自在に行き来した。昭和のヤクザの大親分的なカリスマ性を感じさせた。監督の演出の巧みさ、監督との波長が合ったというのも大きいだろうが、MIYAVI自身の表現者としてのレベルアップもある。決してMIYAVIがJovianの勤務先の某アンバサダーを務めているから称賛しているわけではないことを付け加えておく。

 

『 アウトレイジ 』並みのヤクザ同士のドロドロの抗争に、警察の潜入捜査が絡んだサスペンスフルな展開が、観る側をまったく飽きさせない。常に緊張の糸がピーンと張りつめたような感覚に満ちている。狂犬・兼高が狙う秘密ファイルが警察官僚とヤクザの癒着を示す重大な証拠というのはお定まりだが、本作の暴力団は国際的なスケールで活動しており、さらにカルト宗教との密接な関係を匂わせるなど、現代日本社会に対して非常に示唆的な内容になっている。

 

兼高が室岡と共に組織でのし上がっていくにつれて、仕事も過激さと過酷さを増していく。さらに潜入捜査官であることが露見するリスクも高まっていく。これは絶体絶命のピンチ・・・という場面で思いがけない事実が明らかになる展開もあり、ハラハラドキドキがずーっと持続すること請け合いである。スカッとしたアクションとリベンジスリラーの要素が見事に組み合わさった佳作である。岡田准一ファンなら劇場へGO!だ。

ネガティブ・サイド

坂口健太郎の演技が甘い。目の焦点が合わない、相手とアイコンタクトを取れない時がある、やたらと食べる、声がでかい、暴力行為への閾値が低いなどサイコパスになろうとしているのは分かるが、その演技の一つひとつから作り物感があふれている。下ネタを連発するところはサイコパスではなくソシオパスっぽかった。というか、サイコパス気質を肯定してしまうと、死刑囚の息子という室岡の悲しいバックグラウンドが否定されてしまうのでは?室岡の父は、室岡が生まれる前から死刑囚だったはずがなく、室岡の歪んだ人格は「死刑囚の息子」という社会の視線によって生み出された、あるいは強化されたものであるはずだからだ。

 

警察官・出月梧郎が狂犬・兼高昭吾に変貌した理由が弱い。立ち寄り所のスーパーのバイトの女子高生、しかも初デート前の相手が殺されたのはリベンジの理由にはなるが、狂犬に変貌するほどの理由になるとは思えない。このあたりの経緯の説明が弱い、あるいは不足しているため、兼高というキャラにイマイチ共感できない。

 

酒向芳の早口はまったく問題なく聞き取れたが、岡田准一、坂口健太郎、その他ヤクザのお歴々のセリフが結構な頻度で頭に入ってこなかった。早口でも聞き取れるような演技指導は十分に可能ということは『 シン・ゴジラ 』が証明済み。ヤクザ映画でこそ超高速会話劇を成立させてほしい。

 

マッサージ屋の謎の客はいったい何者?ヤクザでも警察でもない一般客?出す意味ある?

総評

血生臭い描写はあるが、韓国映画ほど直接的に移したりはしないので、ゴア描写に耐性がない人でも見られないことはない。ただし、暴力描写自体は結構あるので、そこは注意のこと。本作を楽しむコツは「あれ、何でこの人たち争ってるんだったっけ?」とか「兼高を突き動かすものは何?」といった疑問を抱かず、素直に画面上のアクションとドラマを楽しむことだ。細かなプロットを気にする向きにはお勧めしづらい仕上がりになっている。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

undercover

「カバーの下の」というのが直訳で、そこから「身分を隠しての」、「秘密操作の」などの意味が派生した。アメリカのテレビ番組『 アンダーカバー・ボス 社長潜入調査 』をWOWOWで観た/観ている人もいるかもしれない。これも、経営者が変装して現場従業員と共に働くという意味では潜入捜査と言えなくもない。同番組ではユタ・ジャズのCEO兼共同オーナーのエピソードが最も印象に残っている。興味のある人はYouTubeで検索されたい。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, アクション, 坂口健太郎, 岡田准一, 日本, 配給会社:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント, 配給会社:東映Leave a Comment on 『 ヘルドッグス 』 -キャラクターを深堀りせよ-

『 よだかの片想い 』 -大人版『花束みたいな恋をした』-

Posted on 2022年9月24日 by cool-jupiter

よだかの片想い 75点
2022年9月23日 テアトル梅田にて鑑賞
出演:松井玲奈 中島歩
監督:安川有果

テアトル梅田に別れを告げるべく、チケットを購入。かなり多くの来場者があり、多くの人が名残惜しんでいる感じがした。

 

あらすじ

左ほほに大きなあざを持つアイコ(松井玲奈)は大学院で研究ひと筋の毎日を送っていた。ある日、彼女への取材に基づいた『 顔が私に教えてくれたこと 』という書籍に映画化の話が持ち上がる。監督予定の飛坂(中島歩)と触れ合ううちに、アイコは次第に飛坂に惹かれていくが・・・

ポジティブ・サイド

『 花束みたいな恋をした 』は若者の情熱に身を任せるような恋とその終わりの物語だったが、本作はそれの大人版である。島本理生の小説が原作ということだが、『 RED 』や『 ナラタージュ 』のような官能的な面が強いストーリーではない。しかし、主人公が何かから解放されるストーリーであるという点では共通していると感じた。

 

映画で顔にコンプレックスを抱く女性というと『 累 かさね 』が思い出される。顔の美醜で人間の価値が決まるとは思いたくないが、ルッキズムが存在すること自体は事実。自分の顔面に悩んだり、あるいはすれ違うだけの他人の顔を採点したことのない人などいないだろう。

 

本作は、しかし、アイコという主人公に単純なコンプレックスを付与しなかった。アイコは小学校の授業中に顔のあざを「琵琶湖そっくり」とクラスメイト達に揶揄されるが、そこで自分が注目を集めたことを密かに喜んでいた。アイコが傷ついたのは「お前たち、なんて酷いこを言うんだ!」と怒った教師が原因だった。これはかなり意表を突く設定だ。顔にあざがあって可哀そう、という話ではないのだ。だからといって、アイコがまったくあざに囚われることなく生きているわけでもない。そのあたりの塩梅が素晴らしく、松井玲奈がアイコというキャラクターを正に血肉化していた。

 

アイコの love interest である飛坂を演じた中島歩は『 愛なのに 』の浮気男役が印象的だったが、今作でもその真逆の真摯な男。しかし、彼の本命は実は・・・という複雑な役を好演していた。初対面のアイコに対して、映画監督の透徹した眼力でアイコの生き様を見通すシーンには震えた。飛坂の不器用に見える生き方がアイコのそれと通底するものがあり、互いに惹かれ合っていく過程にも説得力があった。

 

この二人の間に割って入る存在が早い段階で示唆されていて、しかも実はその存在も・・・という展開には意表を突かれた。なるほどねえ。確かに飛坂はそういうキャラだよなあ、と納得した。アイコのかなり遅めの初恋とそれに浮かれる気持ち、そして不安になる気持ち、飛坂の恋愛に関する優先順位のつけ方というか、価値観・哲学といったものが徐々にすれ違う展開も生々しい。

 

本作は映画というよりも芝居のようで、映像や音楽、音響の面で見せ場を作ることがほとんどない。カメラワークと役者同士の演技合戦で場面が進んでいく。それが非常に心地よい。ドラマチックな要素は削ぎ落すことで、逆に人間ドラマを際立たせている。安川監督とJovianは波長が合っていると感じた。

 

いつかアイコにとってこの恋は『 ちょっと思い出しただけ 』になるのだろう。そう予感させるような、ある意味で非常に清々しい幕切れだった。

ネガティブ・サイド

序盤にこれ見よがしに、大人と子どもでアイコに対する見方が違うというシーンを挿入するが、これは必要だっただろうか?

 

大学院の後輩が良い奴すぎ。上映時間を2分増やして、ここでサブプロットを一つ追求しても良かったのにと感じる。

 

終盤の展開が唐突すぎる。大学院の先輩に3分、飛坂に5分を費やして、上記の後輩との描写2分を加えて、上映時間を10分プラスできたはず。それで110分、ちょうどよい長さになる。

総評

大学院の教授の「人間は変わることはできるけれど、違う人間にはなれない」という言葉が刺さる。あざがあっても、あざがなくても、自分は自分。『 志乃ちゃんは自分の名前が言えない 』は自分から逃避する物語だったが、今作は自分に回帰していく物語。ラストシーンの美しさという点では今年の邦画ではピカイチ。ミニシアターでしか上映されていないが、だからこそ多くの人に観てほしい作品に仕上がっている。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

bruise

「あざ」の意。I got a big bruise on my forearm. = 前腕のところに大きなあざができちゃった、のように使う。bruise like a peach = 桃のようにあざができる = ひどく傷つきやすい、というイディオムもある。これは身体的にも精神的にも使える表現。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, ラブロマンス, 中島歩, 日本, 松井玲奈, 監督:安川有果, 配給会社:ラビットハウスLeave a Comment on 『 よだかの片想い 』 -大人版『花束みたいな恋をした』-

『 岸和田少年愚連隊 岸和田少年野球団 』 -Take me out to the ballgame-

Posted on 2022年9月19日 by cool-jupiter

岸和田少年愚連隊 岸和田少年野球団 70点
2022年9月19日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:遠藤章造 長田融季 小野浩史 辻󠄀本賢人
監督:渡辺武

『 岸和田少年愚連隊 望郷 』と主要キャストは同じ。しかし、今度は野球。それもそれで一つの青春の形か。

 

あらすじ

ガス(遠藤章造)は新聞記事で、かつて一緒に野球をした友人・隆二(辻󠄀本賢人)が飛行機事故で死亡したことを知る。ガスは少年時代にやっていた野球を思い出し、思い出の品である青いグローブを手に、隆二と過ごした日々を回想する・・・

 

ポジティブ・サイド

前作で竹中直人演じる親父が出ていったところから始まっている。世界観を共有する作品というものは良いものである。

 

今回の主役はガス。リイチでもユウジでも小鉄でもなく、ガスが主人公。少年時代を演じる小野浩史のガスの再現度が素晴らしく高く、まさに岸和田のガキンチョという感じである。野球が下手くそな演技も堂に入っているし、ケンカのシーンの迫力もある。これはなかなか良かった。前作は『 岸和田少年愚連隊 』や『 岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇 』では中学生あるいはそれ以後を大人の芸人が演じていて、それゆえに極端なケンカのシーンも演じることができた。『 望郷 』はそのあたりの描写が竹中直人以外は弱く、子ども同士のケンカ描写はなし。気付けばリイチの顔面に傷ができているばかりだった。

 

本作のケンカの見せ場は大きく二つ。一つはガスが隆二のグローブを盗んだサダ軍団の一員を叩きのめすシーン。もう一つは、試合中の大乱闘。子ども同士のケンカを俯瞰の映像で捉えたりすると、小競り合いにすらなっていないものも多い。本作はそこをかなり踏み込んで、本当に1970年当時の岸和田の悪ガキどものケンカの光景にリアリティを与えている。

 

今の若い世代には意味不明かもしれないが、カズ山本が小学生役で出てきているのは何度見ても笑ってしまう。近鉄戦士だというところが大阪人にとってはたまらないだろうし、また一つの大きなノスタルジーを感じるポイントにもなっている。

 

また隆二=辻󠄀本賢人で、若い世代はこれまた知らないだろうが、15歳にして阪神タイガースに入団した期待の星だった。当時は結構騒がれていた、少なくとも阪神ファンの間では。Jovianは星野仙一の阪神監督就任でファンを解脱して、ロッテファンになったのだ、もしも辻󠄀本が現在の佐々木朗希のようにロッテに入団していれば、そして吉井理人のような理論派のコーチと出会えていれば・・・と、一瞬だけ想像してしまった。栴檀は双葉より芳し。こんな小さな体で、それなりの球が投げられていたのだから、阪神球団はしっかりと育て上げるべきだった。

 

アホな大人に翻弄される子どもたちの物語だが、そのメッセージは「変わらないでいることが嬉しいこともある」ということ。岸和田少年愚連隊は、作品によって人物やエピソードは違えど、色褪せることのないアホな青春の思い出の物語。ほっぺたに強烈ビンタを食らわされた女子と、何故か付き合っていたりする。フィクションだけれどもリアル。今でも昭和のままな街区が残る尼崎市民は、本シリーズがとても愛おしい。

 

ネガティブ・サイド

さすがに子どもを使っての賭博はないわ。作品自体の瑕疵というより、これを観る自分の視点が大人になってしまったんやろうね。維新のIR構想も気に入らんし。『 岸和田少年愚連隊 』の卒業式で塩見三省がチュンバたちを次から次に張り倒していったのは、教育者としての複雑な思いの表れとしてある程度は共感できたが、子どもを使って大人が金儲けするのはアカンわ。

 

安西ひろこのエセ関西弁も耳障り。鈴木紗理奈みたいなコテコテの大阪人をキャスティングせんかいな。

 

エアガン使うジジイもなあ・・・子どもが拳あるいはバットで戦ってるのに、大人が銃器とは・・・ 悪魔のコスプレもくだらなかった。

 

総評

野球映画は結構たくさん作られてきたが、これはその中でも異色の作品。非常に淡い男の友情が心地よい。小学生や中学生の頃は、友達と過ごす時間が本当にかけがえのないものだった。そのことを思い出させてくれる。変わらないでいてくれることが嬉しい。そう言ってくれる、あるいはそう伝えられる友人が自分には何人いるだろうか。自分は誰かの中で美しい思い出になれているのだろうか。そんなノスタルジックな気持ちにさせてくれる作品だ。

 

Jovian先生のワンポイントラテン語レッスン

Mens sana in corpore sano

(古典ラテン語なら)メーンス・サーナー・イン・コㇽポレ・サーノーと読む。mens = mind、sana = sane または sound、in の後ろの corpore は奪格なので、この in はそのまま英語でも in = 中に、の意。sano は corpora が中性なので、それに合わせて中性・奪格になっている。全体の意味は A healty mind in a healthy body である。健全な肉体に健全な精神が宿れかし、というのが定番の日本語訳。mens = mind から「dementia って、だから認知症なのか?」と思えた人は、英語学習の上級者である。 

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2000年代, B Rank, 小野浩史, 日本, 監督:渡辺武, 辻󠄀本賢人, 遠藤章造, 配給会社:ドラゴン・フィルム=セディックインターナショナル, 長田融季, 青春Leave a Comment on 『 岸和田少年愚連隊 岸和田少年野球団 』 -Take me out to the ballgame-

『 岸和田少年愚連隊 望郷 』 -1969年の日本の片隅-

Posted on 2022年9月18日 by cool-jupiter

岸和田少年愚連隊 望郷 70点
2022年9月16日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:長田融季 竹中直人 烏丸せつこ 高岡早紀 
監督:三池崇史

これもノスタルジーに駆られて再鑑賞。しかし、現代の目で見ると、相当に違和感を覚える描写が多数。時代が確実に移り変わっている。

 

あらすじ

岸和田の少年、リイチ(長田融季)の名前の由来は麻雀のリーチ。粗野で豪放な父・俊夫(竹中直人)がつけたもの。立派な悪童に育ったリイチだが、ある時、父がストリッパーを家に連れて帰ってきてしまい、愛想を尽かした母は家を出てしまう。寄る辺ないリイチは担任の伊藤先生(高岡早紀)のもとを訪ねるが・・・

 

ポジティブ・サイド

今回のリイチは小学生。長田融季が悪童の雰囲気をしっかり醸し出している。第二次性徴期前の少年と男の境目という、この時にしか撮れない作品が撮れたという印象。父に歯向かいたくても歯向かえない。母に甘えたくても甘えられない。そうした難しい年頃の男子を、まさに難しい年頃の男子が演じただけではない。本人の役の理解や監督の演出もあって、岸和田少年リイチとして説得力のあるキャラクター像を打ち出せていた。

 

竹中直人が粗暴で下品な父親役を好演した。関東人のはずなのに、ネイティブ南大阪人と見紛う芝居で、役への没入感が素晴らしかった。このダメ親父自身が、自分の父親、リイチの祖父と絶妙な距離感を保っていて、時を経るごとに変化する父と息子の関係と時を経ても変化しない父と息子の関係を、時にシリアスに、時にユーモラスに見せる。これは脚本と演出の勝利だろう。

 

いつものリョーコに当たる人物が、今回は小学校の担任。それを高岡早紀(若い!)が魅力たっぷりに演じる。この恋とも憧れとも微妙に違う、名状しがたい感情を先生に対して抱く。これも小学生男子あるあるだろう。

 

『 岸和田少年愚連隊 』シリーズは、一つの時代のごく狭い地域に焦点を当てた物語だが、随所に普遍的な要素が挿入されているのが面白い。20世紀半ばの岸和田という狭すぎる範囲の物語にノスタルジーを感じるのは、そこに誰もが共感できる普遍性が認められるからだ。

 

ライバルのサダとの闘いや、友情、思春期、いびつながらも丸く収まり、そしてまた壊れていくことを予感させる家族など、ハチャメチャながらどこか胸を打つ物語。クライマックスではエンニオ・モリコーネを彷彿させるBGMで、時代を際立たせながらも、闘う男の生き様という普遍性を浮かび上がらせた。まさに若き三池崇史の面目躍如の一作。

 

ネガティブ・サイド

ピアノ線が見えてしまうシーンがあるのはVHSではなくDVDだから?いや、画質は関係ないか。映画でいちばん映ってはいけないのはカメラマンだが、その次に映ってはいけないのは、特殊効果や特殊技術。この「部屋からガッシャーン」のシーンは大幅減点である。

 

リイチとサダたちの最後のケンカを真正面から映し出すのは難しかったか。子どもがどつき合う描写は challenging だろうが、だからこそ挑んでほしかった。

 

万博でなんとなく大団円に持っていくのはチープに感じた。これはJovianが維新嫌いだからという私情も入っているか。

 

総評

小学生であってもリイチはリイチ。竹中直人が父親役として大暴れするが、本作で初めてリイチは(文学的な意味での)父親殺しを経験し、同時に和解もする。言葉そのままの意味で「岸和田少年」の物語である。前二作を気に入ったという人は、本作もぜひ鑑賞すべし。リイチというキャラを別角度から見ても、やはりリイチはリイチなのだ。それを確認できるだけで本作は収穫である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

leave home

家出する、の意。home の前に a や the は不要である。父ちゃんも母ちゃんもリイチも、とにかく本作では皆が家出する。変な家族であるが、それもそれで一つの家族像だ。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 1990年代, B Rank, 日本, 烏丸せつこ, 監督:三池崇史, 竹中直人, 配給会社:松竹, 長田融季, 青春, 高岡早紀Leave a Comment on 『 岸和田少年愚連隊 望郷 』 -1969年の日本の片隅-

『 夏へのトンネル、さよならの出口 』 -もう少しオリジナリティを-

Posted on 2022年9月11日 by cool-jupiter

夏へのトンネル、さよならの出口 60点
2022年9月10日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:鈴鹿央士 飯豊まりえ
監督:田口智久

半日出勤の後、昼寝。その後ふらりと近所の映画館に赴き、タイトルだけでチケット購入。素材は良いと感じたが、料理する側のスキルが平々凡々だったという印象。

 

あらすじ

そこに入ると欲しいものが何でも手に入るというウラシマトンネル。しかし、代償として100歳老化してしまうという。過去のある出来事がトラウマになっている塔野カオル(鈴鹿央士)は、自暴自棄になって家を飛び出したある夜に、偶然にもウラシマトンネルを発見する。そこは時間の流れが外界とは全く異なるトンネルだった。カオルは転校生の花城あんず(飯豊まりえ)とトンネルを調査するための共同戦線を結び・・・

ポジティブ・サイド

原作小説は未読だが、ウラシマトンネルという設定は悪くない。時間を一つのテーマにするのはクリストファー・ノーランのような大巨匠も好むところである。本作はタイトルからして『 夏への扉 ーキミのいる未来へー 』のは明らか。原作もラノベらしいので、まず間違いなくボーイ・ミーツ・ガールだろうと予測した(100人いれば97人はそう予測するはず)。

 

アニメーションは美麗である。キャラもゆらゆらと揺れたりしないところは個人的に気に入った。随所に挿入される山や海、そして空の景色の美しさが、鬱屈したカオルとあんずの心象風景とは真逆で、二人がこの世界に馴染めていないことを静かに、しかし確実に印象付けた。

 

ウラシマトンネルを調査するシークエンスは面白かった。通話しながら境界線の位置を測ったり、時間の流れの違いを数値化したり。特に時間の境界線の内側から外側を見た時の視界は、なかなかにSF的だった。ガラケーが重要なアイテムになっていて、懐かしさを感じた。スマホだと、映像を録画したり、それを配信したりできてしまうので、時代設定は適切だった。

 

カオルとあんずのつかず離れずの距離感がもどかしくもありながら、同時に好ましくもあった。水族館でのデートで、ジンベエザメが陰と陽になって混ざり合いそうになり・・・というシーンは、二人の行く末の暗示として上手い演出だったと感じる。『 君の名は 』っぽさがありつつも、『 ナビゲイター 』的な終わり方にも好感が持てた。

ネガティブ・サイド

オリジナリティの無さには感心しない。色々ありすぎて頭が痛いが、「なんじゃこりゃ」とガッカリさせられたのは『 新世紀エヴァンゲリオン 』の綾波レイの「どいてくれる?」のまるパクリ。いや、別に監督の好みでも脚本家の好みでも何でもいい。ただ、このようなオマージュは、やるならやるで徹底的にやるべき。カオルの左手の位置はそこではないだろう。『 インターステラー 』や『 ほしのこえ 』へのオマージュも、やるならもっと徹底的にすべし、だ。

 

あんずの造形および性格が一部の層に媚びすぎている、というのはJovian妻の言。Jovianも同意する。黒髪ロングのクール系美少女がだんだんと打ち解けてくるのは、ステレオタイプでしかない。カオルとあんず、二人とも声に「演技力」がないので、キャラに深みが生まれないのもマイナス要素だ。

 

疑問なのは、単線電車の走る田舎町で、クラスメイトもカオルとあんずがあーだこーだというゴシップに興じるほど情報伝播の速い。にもかかわらず、二人が頻繁に踏切で出会い、線路を歩いていく姿が目撃されなかったのだろうか。

 

総評

時間と漫画を巡る不思議な物語という意味では『 リング・ワンダリング 』のようであり、夏と時間を巡る物語という点では『 永遠の831 』とも共通するところがある。批判すべき点も多いが、90分弱でコンパクトにまとめられていて、非常に観やすい。高校生、大学生のデートムービーにはちょうどいいだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

flip

フィギュアスケートでたまに聞こえる語。意味は「引っくり返す」である。映画では懐かしのガラケーが重要なアイテムになっていたが、これは英語で flip phone と言う。モニター部分がカパッと開いたり閉じたりするところが、flip になっているからである。英検1級受験者なら、二次試験で試験官に “Now, flip over the card and put it down.” と言われたことがあるかもしれない。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, アニメ, ファンタジー, 日本, 監督:田口智久, 配給会社:ポニーキャニオン, 鈴鹿央士, 青春, 飯豊まりえLeave a Comment on 『 夏へのトンネル、さよならの出口 』 -もう少しオリジナリティを-

『 岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇 』 -走ってるんじゃない、止まれないんだ-

Posted on 2022年9月9日 by cool-jupiter

岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇 70点
2022年9月7日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:千原浩史 千原せいじ 鈴木紗理奈 北村一輝
監督:三池崇史

大学の後期開講前という超繁忙期のため簡易レビュー。

 

あらすじ

リイチ(千原浩史)は中学を卒業。岸和田の街でテキヤをして生計を立てていた。しかし、恋人のリョーコ(鈴木紗理奈)と別れ、別の女と付き合い始めたことで、リイチは徐々に自分らしさを失い始めて・・・

 

ポジティブ・サイド

ストーリーは『 岸和田少年愚連隊 』の方が面白いと感じるが、リイチとリョーコというキャラクターの掘り下げに関しては本作の方が上回っている。少々ポップな路線を追うようになってしまう前の三池崇史作品ゆえに、暴力的な描写には結構な迫力がある。

 

千原ジュニアとせいじの二人が岸和田の悪ガキを好演。恋人を捨てて別の女に走る男と、親友の恋人の友達と恋仲になる男という対比が面白い。岸和田少年愚連隊というのは、青春をひとつのテーマにしているが、青春から抜け出せない男と、青春を青春として卒業していく女のコントラストも鮮やかだ。

 

リョーコはやっぱり関西人が演じた方がいい。その意味では鈴木紗理奈は適役。この時点で映画は半分成功したようなもの。

 

関西人キャストでコテコテの関西映画を観るのは、ストレス解消にちょうどいい。ちょっとバイオレンスが過ぎるケンカのシーンと、ショッキングな終盤の展開を除けば、以外に本作の間口は広い。2000年以降生まれの若い世代にも観てほしい。

 

ネガティブ・サイド

フラメンコダンスのシーンは不用。

 

リイチとリョーコの再会のために、重要キャラに退場願うというプロットはちょっと頂けない。前作同様に警察にパクられて・・・は、それはそれで二番煎じか。

 

総評

Jovian妻は大阪の南部出身だが、岸和田駅が高架になる前、つまり本作が映し出す岸和田駅前のような南海沿線の街並みを懐かしく思い出したらしい(ちなみに妻の高校は『 セトウツミ 』の高校)。大阪人なら必見・・・とまでは言わないが、是非見てほしい作品。移ろいゆく人の心と、だんじり祭りに象徴される変わらない岸和田のコントラストを味わってほしい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Don’t be.

Sorry と言われて、誤る必要はないのにと感じたら、Don’t be. と返そう。Don’t be sorry. の略である。ちなみに劇中でリョーコが言う「謝ったらアカン」というのは、Don’t say that. もしくは You can’t say that. だろうと思う。ニュアンスが全然違うので注意のこと。

 

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Posted in 未分類Tagged 2020年代, B Rank, 北村一輝, 千原せいじ, 千原浩史, 日本, 監督:三池崇史, 配給会社:シネマ・ドゥ・シネマ, 鈴木紗理奈, 青春Leave a Comment on 『 岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇 』 -走ってるんじゃない、止まれないんだ-

『 この子は邪悪 』 -もっと捻りが必要-

Posted on 2022年9月6日2022年10月31日 by cool-jupiter

この子は邪悪 40点
2022年9月4日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:南沙良 玉木宏 桜井ユキ
監督:片岡翔

Jovianは南沙良が大好きである。広瀬すずを吹っ飛ばす女優になると思っている。なので、どんなに駄作のにおいがしてもチケットを買う。

 

あらすじ

心理内科医の窪司朗(玉木宏)は、一家で交通事故に遭い、自身は脚に障がいを、次女は顔にやけどを、妻は意識不明の重体のまま植物状態になってしまった。唯一、長女の花(南沙良)だけが無傷だったことから、花はどこか罪悪感に苛まれていた。そんな時、母が5年ぶりに目覚め、自宅に帰ってきた。しかし、花は母にどこか違和感を覚えて・・・

以下、マイナーなネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

ミステリ風味ではあるが、ミステリではない。伏線の張り方は極めてフェアというか、あっけらかんとしている。意味不明の冒頭のシーンで「何だこいつ?」と思ったその感性を大事にしてほしい。「何だこいつ?」であって「誰だこいつ?」ではないことを心に留め置くべし。

 

南沙良が言い知れぬ不安に押しつぶされそうになる少女を好演。この女優は、少女漫画の映画化作品でヒロインを演じるのではなく、常にどこか陰のあるキャラを演じてほしい。天真爛漫な10代女優は毎年陸続と現れては消えていくが、陰のある役を説得力をもって演じられる若手女優は少ない。

 

ロングのワンカットが多用されており、監督の演出上のこだわりが感じられる。また、古い木造家屋を歩く時のキィキィときしむ音が効果的だった。作った音ではなく、ナチュラルな音が観客の不安を煽る。この手法は嫌いではない。

ネガティブ・サイド

ほとんど何の事前情報も入れずに鑑賞に臨んだが、すれっからしのJovianは開始30分ほど、より正確に言うと母親が帰ってきた後、父親がとある発表をするところで話のオチまで予想できてしまった。そのポイントは、過去に類似の先行作品を映画および他メディアでたくさん経験してきたからだろう。以下、それらの作品例(白字で表示)である。

 

小説『 わが体内の殺人者 』

漫画『 多重人格探偵サイコ 』

映画『 ゲット・アウト 』

  『 シェルター 』

  『 悪魔を憐れむ歌 』

 

他にも少年ジャンプで全く同じようなオチの読み切り作品が1980年代にあった(主人公の友達の名前が風太だったような)。

 

欠点は、オチの弱さ、意外性の無さだけではない。ストーリーの核心に触れて以降は、急にカメラワークや演出が陳腐になったと感じた。明らかに『 ミッドサマー 』や『 アンダー・ザ・シルバーレイク 』を意識したシーンがあったが、カメラが全然動かないし、こちらが観たいと思っている絵を映してくれない。その直後のシーンでも、登場人物たちが動かないのなんの。立ち尽くしているにしても、もっと震える、あるいは目を背けるなど、何らかの動きでキャラの心情や思考を語るべきシーンが、見事に spoil されてしまっている。前半と後半の演出上の落差がありすぎる。本当に同一人物が最初から最後まで監督したのだろうか。

 

おそらく玉木宏で女性を、なにわ男子の大西流星で女子を惹きつけようとした作品なのだろう。南沙良と桜井ユキでおっさんから青少年の層もカバー。そうしたライトなファンに各種の先行作品の優れたアイデアをごった煮にした作品を提供しよう、として作った映画にしか思えない。映画ファンをびっくり仰天させてやろうという気概に満ちた作品ではない。最初から「そこそこのヒット作」を志向している。監督は『 町田くんの世界 』の脚本などを務めており、Jovianと波長が合わないとは思わない。先行作品を敬うのはいいが、そのまま倣う必要などない。次作にとりかかる前に、商業主義的にではなくクリエイターとしての自分に向き合うべきだろう。

 

総評

主要キャストのファンなら鑑賞してもいいだろう。また、ライトな映画ファンにもお勧めできそうだ。逆に小説やら映画を相当に渉猟しているという人には勧め辛い。Jovianと同じで、一挙に結末まで予想出来てしまう人は、おそらく日本だけで数万人(その全員が本作を観るとは思えないが)はいると思われる。うーむ、誰に勧めるべきか難しい。『 NOPE / ノープ 』の監督のこれまでの作品を見て( ゚Д゚)ハァ?とならなかった人はどうぞ、と言っておこうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

hypnotize

催眠術にかける、の意。漫画『 聖闘士星矢 』世代なら、ヒュプノス=眠りの神だと知っていることだろう。似たような語に mesmerize もある。こちらの語を知りたければ、邦画ホラーの秀作『 CURE 』(主演:役所広司 監督:黒沢清)をお勧めする。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, サスペンス, ホラー, 南沙良, 日本, 桜井ユキ, 玉木宏, 監督:片岡翔, 配給会社:ハピネットファントム・スタジオLeave a Comment on 『 この子は邪悪 』 -もっと捻りが必要-

『 さかなのこ 』 -Normal is overrated-

Posted on 2022年9月5日 by cool-jupiter

さかなのこ 60点
2022年9月3日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:のん 磯村勇人 柳楽優弥 井川遥 夏帆
監督:沖田修一

 

『 ダーウィンが来た! 』などに時々出てくるさかなクンの半生を、どういうわけかのんが演じる。

あらすじ

ミー坊(のん)は魚に夢中な女の子。長じてもそれは変わらず、高校では変人扱い。ある時、不良の総長(磯村勇人)に呼び出しを食らったミー坊だったが、何故かそこから学校でカブトガニを育てることにつながり・・・

 

ポジティブ・サイド

とにかく魚好きという気持ちが強く伝わってくる作品。かといって、無邪気に魚を愛でるだけではない。魚を食べまくるし、タコにいたっては基本に忠実に岩に打ち付けて身を柔らかくしたりする。この時点で映画はファンタジーではなく、自伝の様相を帯びてくる。普通はタコをバンバン岩に叩きつける描写など入れないだろう。ここで監督や製作者たちの気合が伝わってきた。

 

のん演じるミー坊が総長たちといつの間にか仲良くなったり、他校の不良とも打ち解けたりの流れがコミカルで楽しい。勉強はできないけれど、魚好きという気持ちは周囲に確実に伝わっていく。周りは大人になっていくし、状況は変化していく。それはとりもなおさず、生き方を変えていくことに他ならない。しかし、ミー坊は変わらない。小学校の同級生がシングルマザーとして転がり込んできても、ミー坊は魚好きであることをやめない。井川遥演じる母親がミー坊の気持ちを常に肯定する、一種の親の鑑になっている。

 

当たり前だが、好きを貫くだけで世の中を渡っていけるほど甘くはない。実際にミー坊の人生にも数々の試練が訪れる。ただ、それを跳ね返すだけの強さがミー坊にあり、またミー坊によって人生を変えられた人間たちの助力もあって、ミー坊はさかなクンになっていく。日本は突き抜けた天才が出てこない国だが、それに対する解答というか、解決策のひとつを本作は示しているかもしれない。

 

さかなクンと言えば、最初は「ご」が「ギョ」になる変なオッサンぐらいに思っていたが、知るにつれてすごい、いや、すギョい人だと認識するようになった。その男性のさかなクンを女性ののんが演じることで、ファンタジー性が生まれている。それによって、本作の持つファンタジックなメッセージ性に逆にリアリティが付与されているように感じた。魚好きが昂じて魚ばかり食べたり、図鑑を読みふけったり、水族館に入り浸ったりというのは、子どもにならよくあること。しかし、それが高校生ぐらいになっても継続するとなると、ちょっとおかしいと感じられるかもしれない。『 女神の見えざる手 』で、フォードがスローンに”Normal is overrated” = 普通がなんだ、と諭すように言うシーンがある。普通でないのなら、それもOK。逆に突き抜けるぐらい different であろうではないか。

ネガティブ・サイド

さかなクン本人が出演する必要はあったのだろうか。いや、別に出演してくれてもよいのだが、変質者もどきである必要性が認められない。また、トレードマークのハコフグの帽子に何らかの神秘性というか、妙な光を放って頭から取れないという描写も不要だった。というか、さかなクンの出演パート全てが不要だった。プロデューサーの職権乱用ではないだろうか。

 

ある時点からミー坊の人生が大きく開けていくことになるが、それが全て旧友たちの伝手によるものというのは少々いただけない。おそらくターゲットをかなり低年齢にも広げている作品だと思われるが、「がんばっていればともだちがたすけてくれる」(全て平仮名)という甘い観念を植えつけたりはしないだろうか。「好き」を貫くことの素晴らしさと難しさ、「普通」と「普通ではない」の境界。そういった社会の矛盾というか、ちょっとおかしなところを子どもたちと大人、両方に考えてもらえる塩梅にはなっていなかった。

総評

さかなクン出演パートをどう見るかで印象がガラリと変わりそう。さかなクンのファンの子どもたちが「たいほ」や「にんいどうこう」なる言葉を知っているとは思えない。本作はそうした子どもを対象にしていないと考えるには、ミー坊が大人になった後のドラマの数々があまりにも大人向けだ。ただ日本における教育、日本における子育てが、どこかせせこましいものになっていることをやんわりと指摘する作品としては悪くない。のんのファンならチケットを買って損をすることはないだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

normal

普通の意。日本語にもなっている語だが、この形容詞の基になっている norm という語となると、知っている人が激減する。norm = 規範、基準という意味である。normal とは規範通りである、基準に従っているという状態を指す。abnormal が異常と解釈されるのも、norm から離れているからなのだ。

 

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Posted in 未分類Tagged 2020年代, C Rank, のん, ヒューマンドラマ, 井川遥, 伝記, 夏帆, 日本, 柳楽優弥, 監督:沖田修一, 磯村勇人, 配給会社:東京テアトルLeave a Comment on 『 さかなのこ 』 -Normal is overrated-

『 岸和田少年愚連隊 』 -良い子は真似をしないように-

Posted on 2022年9月4日 by cool-jupiter

岸和田少年愚連隊 70点
2022年9月1日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:矢部浩之 岡村隆史 大河内奈々子 秋野暢子
監督:井筒和幸

『 トップガン マーヴェリック 』が “Bang a Gong (Get It on)” が聞こえてきたことで、タイムスリップした気分になった人は多かったはず。そういえば、この曲が印象的に使われている邦画があったなと思い出し、TSUTAYAで本作を借りてきた。 

 

あらすじ

チュンバ(矢部浩之)と小鉄(岡村隆史)は悪ガキ中学生。仲間たちと一緒に岸和田の町で他校の不良とのケンカに明け暮れる毎日を送っていた。ある時、宿敵サダに小鉄が襲撃され、チュンバも焼きを入れられてしまう。しかし、懲りない二人はサダへの復讐に乗り出して・・・

 

ポジティブ・サイド

最初はVHSで観たと記憶している。1970年代の岸和田のことは知らないが、1980年代の尼崎は覚えているJovianからすれば、実にリアリティに溢れる作品である。

 

漫画および映画『 少年時代 』でも生々しく描かれたように、一世代や二世代前の日本は暴力に溢れていた。それをシリアスに描くのか、それともユーモラスに描くのか。後者が許されてしまうのは、大阪の、特に岸和田という独特なコスモロジーが働く地域を描き出したからこそだろう。

 

下手をしたら死ぬぐらいのバイオレンスを振るっているのに、矢部と岡村のお笑い芸人ふたりが主演を張ることでそれが不思議と中和されている。殴っては殴り返され、殴り返されたら、さらに殴り返すという、単純明快なプロットで進んでいくのが心地よい。拳での殴り合いから、石ころ、野球のバットから植木鉢まで、生活感ありありのケンカである。よく死なないなと感心するやら呆れるやら。

 

おかん役の秋野暢子と、恋人役の大河内奈々子演じるリョーコが、それぞれチュンバと絶妙な距離感で接している。少年から男になる。しかし、三つ子の魂百まで。ケンカに明け暮れた日々、仲間との鮮烈な青春の思い出は消せない。アホとしか言えない男どものアホとしか言えない生き様を見て笑うしかないが、命を文字通りに燃やすような日々を送ったことがない普通の人間は、そこにちょっぴり嫉妬してしまう。「そんなわけないやろ?」って?それがそうやねん。

 

ナイナイだけではなく、木下ほうかや宮迫博之など、現代ではアウトに近くなってしまった俳優や芸能人が出ていたり、塩見三省や大杉連などの北野武映画の常連、政治家になった山本太郎など、豪華キャストが脇を固めている。邦画ファンならびに南大阪人はぜひ鑑賞しよう。

 

ネガティブ・サイド

ストーリーの単調さが玉に瑕。他校の不良とのケンカだけでなく、悪友のガイラやサイとの淡い友情や、小鉄とチュンバの家族との絡みなども必要だった。特に小鉄とチュンバの仲たがいの直前の、「あんな家行って何すんねん」という台詞に説得力を持たせるために、小鉄がチュンバの家にいるシーンは一瞬だけでも映すべきだったろう。

 

塩見三省演じる中学教師の熱量と高校の先生の無機質さの対比も欲しかった。韓国映画の描く父親像ほどではないが、チュンバや小鉄の屈折した青春の影響は第一に岸和田の街と時代の空気、第二に家族、特に父親との関係が大いに暗示されている。カオルちゃんなど、年長の男性たちの青少年に与える影響にもう少しフォーカスがあってしかるべきだったと感じる。

 

総評

時代の一側面を(どれぐらい正確であるかはさておき)鮮やかに活写した作品である。元大阪府警で生活安全課に長く務めたJovian義父に、1970年代の大阪、特に南部の風俗習慣について尋ねてみたい。そう思わせるパワフルな作品。令和の若者が本作を観ても意味がサッパリ分からないだろうが、燃えるような青春の熱さだけでも伝われば、本作は十分に時代を超えた役割を果たすのだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

go one’s separate ways

別々の道を行く、の意。チュンバが小鉄に言う「なんや、こっからは別々かい」を私訳するなら、Are we going our separate ways from here? となるだろうか。芸能人カップルなどが離婚するときに「これからは別々の道を歩むことになりました」と聞いたら、They will go their separate ways. と脳内英作文をしてみよう。 

 

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Posted in 未分類Tagged 1990年代, B Rank, 大河内奈々子, 岡村隆史, 日本, 監督:井筒和幸, 矢部浩之, 秋野暢子, 配給会社:松竹, 配給会社:松竹富士, 青春Leave a Comment on 『 岸和田少年愚連隊 』 -良い子は真似をしないように-

『 アキラとあきら 』 -大企業パートがファンタジー-

Posted on 2022年8月29日2022年8月29日 by cool-jupiter

アキラとあきら 50点
2022年8月28日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:竹内涼真 横浜流星
監督:三木孝浩

 

『 空飛ぶタイヤ 』や『 七つの会議 』の池井戸潤による小説の映画化。中小企業パートは見応え抜群だが、大企業パートは現実味が非常に薄かった。

あらすじ

倒産した町工場経営者の子、山崎瑛(竹内涼真)と大企業の御曹司、階堂彬(横浜流星)。正反対の理念を持つ同期入行の二人は、それぞれの仕事に邁進していく。しかし、山崎はある取引先との仕事で私情を挟んだことから左遷される。一方で東海郵船の社長、階堂彬の父が脳梗塞に倒れ、階堂は親族のしがらみに縛られることになり・・・

 

ポジティブ・サイド

Jovianの大学の寮の大先輩にカナイマン(WikiではUFJ出身となっているが、実際はほぼ三和出身であられる)がいる。ありがたいことに今でもFacebookでつながりがある。その先輩が銀行員時代の債権回収の辛さを当時大学4年生だったJovianやその他の後輩にしばしばこぼしておられた。血も涙もない人間が上に行く世界というのは、逆に言えば血も涙もある人間が冷や飯を食わされる世界である。竹内涼真演じる山崎瑛がそのような世界で誠心誠意に銀行マンを務める姿は観る者の胸を打つ力があった。

 

銀行員でなくともサラリーマンなら、瑛の抱えるジレンマにいたく共感できることだろう。なぜ自分の提案が通らない。なぜ自分の稟議が通らない。若くしてそのような思いを抱き、だんだんと組織に染まり、情熱を失い、いつしか惰性で仕事をするだけになってしまった多くの中年サラリーマンが、『 トップガン マーヴェリック 』におけるトム・クルーズの現役バリバリの姿に rejuvenate されている今、本作は純国産のサラリーマン賛歌たりうる。

 

本作のストーリーを一言でまとめてしまえば、お定まりの不良債権処理。しかし、単に融資を引っぺがして資産を切り売りし、銀行本体のダメージを最小限に食い止める話ではない。経営が悪化した企業に勤める従業員とその家族の姿を序盤のうちに十分に観る側に焼き付けることで、観客がその企業の従業員あるいはその家族であるかのように感じられる仕掛けがここで効いてくる。企業買収や融資について専門的な知識がなくても、凄いアイデアで大逆転できるということは十分に伝わってくる。しかもそれがもう一人の彬のパーソナルな問題の解決にもつながるという力業。原作未読のため、この筋立てが原作に忠実なのか、それとも脚色の妙なのか判断しかねるが、一定のカタルシスが得られることは間違いない。

以下、マイナーなネタバレあり

 

ネガティブ・サイド

冒頭の新人研修のファイナルでいきなり興ざめ。渡された資料の数字を粉飾するか?普通、こんなことをすれば役員激怒→新人研修担当激怒→新人にしてキャリアのお先真っ暗となりそうだが。それともそれが20世紀末の銀行だったのだろうか・・・

 

序盤で描かれる山崎瑛の行員としての仕事ぶりと対を成すはずの階堂彬の仕事ぶりが全くと言っていいほど描かれない。己に忠実な男が左遷され、己に忠実な男が順調に出世していくというコントラストが弱いせいで、その後に二人のキャリアが思わぬ形で交わり、共闘していくという流れに説得力が生まれてこない。ドラマのエピソードを持って詰め込めなかったか。

 

企業売却案件の相談行脚にしても、銀行員だけで回るものか?交渉の場には着かなくとも、東海グループの人間も同行して然るべきと思うが。またメインバンクの支援融資の可否が決まる前から買収先の企業が合意書に印鑑まで押していることに至ってはファンタジーとしか言えない。

 

役者の演技で見せるべきところでもBGMが少々邪魔をする。『 暗数殺人 』のクライマックス、BGMも何もなく、キム・ユンソクが訥々と語る。それでいて迫力満点のようなシーンは邦画では撮れないのだろうか。最後のBGMも物語の世界観とずれているようにJovianとJovian妻は感じた。

総評

社会や企業の成り立ちを基に本作を観るべきではない。タイトルにある通り、瑛と彬(こちらはちと弱いが)の二人の人間の思いや行動力に注目して観るべきである。鑑賞中は場面ごとに銀行員や、融資先企業の従業員、その家族という具合に共感の対象を変えていこう。そうすれば『 アキラとあきら 』というタイトルの意味に迫れるはずである。物語の整合性やリアリティなどは考えてはいけない。素直にサラリーマン賛歌として観るのが吉である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

fate

「宿命」の意。映画での使用例では『 ターミネーター2 』の There is no fate but what we make for ourselves. が特に印象深い。もう一つ、『 インディペンデンス・デイ 』のウィットモア大統領(『 トップガン マーヴェリック 』のボブの父親)の “Perhaps it’s fate that today is the Fourth of July” から分かるように、客観的な事象としての宿命の場合は不可算名詞である。まあ、英語講師以外には全く不要な知識だろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, ヒューマンドラマ, 日本, 横浜流星, 監督:三木孝浩, 竹内涼真, 配給会社:東宝Leave a Comment on 『 アキラとあきら 』 -大企業パートがファンタジー-

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