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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: クライムドラマ

『 ジョーカー 』 -救世主の誕生秘話-

Posted on 2019年10月9日2021年11月7日 by cool-jupiter

ジョーカー 85点
2019年10月5日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:ホアキン・フェニックス ロバート・デ・ニーロ
監督:トッド・フィリップス

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Believe the hype. という表現がある。「誇大広告を信じろ」、つまり「ガチですごいんだ」という意味である。公開前から世界中の批評家やPR担当者たちは本作を手放しで絶賛した。否が応にも期待が高まる。往々にして、Hype can ruin a film. 一部に誤っていると思われる広告やキャッチコピーの類もあるが、本作は間違いなく傑作である。

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あらすじ

アーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、緊張すると笑ってしまうという障がいを抱えながらも、ゴッサムの片隅でピエロ稼業をしながら、コメディアンになることを夢見ていた。母親と二人暮らしで、フランクリン・マレー(ロバート・デ・ニーロ)がホストのテレビ番組を楽しんでいた。だが、街も人々も彼の存在をどこまでも軽んじる。そんな時、同僚から護身用にとアーサーは拳銃を手渡され・・・

 

ポジティブ・サイド

冒頭から異様な雰囲気である。男は笑いながら苦しんでいる。笑い過ぎて、呼吸ができず苦しくなったわけではない。その笑い声には陽気さはなく、悲愴感が漂う。笑うことそのものが苦しみで、その苦しみが更なる笑いをもたらしている。そのようにすら感じられる。何ともダークで不安を煽るオープニングである。

 

すでに世界中で100万回指摘されていることだが、やはり『 タクシードライバー 』によく似ている。その一方で必ずしも似ているばかりでもない。トラヴィスは劇中で最後に自分を袖にした女を華麗に見限るが、アーサーはそうではない。トラヴィスは劇中でも現実世界(我々の生きている映画の外の世界、の意)でも信者を得るが、アーサーは劇中では信者を、現実世界では共感者を得ている。トラヴィスは非モテ男の支持を得た一方で、アーサーの支持基盤は社会の底辺に生きる者、あるいは社会から疎外された者たちだろう。彼の住む集合住宅はオンボロもいいところで、立地も街の中心部から相当に離れている。なおかつ駅から降りてとんでもない上り階段に臨まなくてはならない。街には行政的な課題が山積しているが、市政は動かない。このような地域や状況は、先進国と言われる国でも密かに進行しつつある事態である。これだけでも我々はアーサーやその道化師仲間たちに共感させられる。底辺にいる俺たちだって生きているんだ。この時点で彼らにシンクロしてしまう人間は相当に多いはずだ。そのタイミングを狙って、DCやワーナーは本作を世に送り出してきたのではないか。だとすれば、マーケティング戦略としては満点であろう。

 

日本との類似を指摘する声も多い。実際にJovianもそう思う。十把一絡げに言ってしまえば、いわゆる嫌韓嫌中な方々がアーサーと同じような境遇にいそうだ。偏見であることは承知しているが、どうしても本作はそのように観る者に迫ってくる。社会が悪い。俺は悪くない。俺という人間が生まれきたことには意味があるはずだ。俺の生まれはこの国で、俺の親はこの立派な国の人間だ。そのような妄想的観念が覆された時に人はどうなるのか。KKKの熱心なメンバーがDNA鑑定を受けたら、4代前に黒人がいた、という話は実はよく聞こえてくる。それを機に改心する者もいれば、自殺する者もいたという。自分という人間の出自に関心を持つことは至極当然であろう。問題はそれに強すぎるこだわりを持つことだ。だが、アーサーのように社会に無視され、奪われ、虐げられるだけの者が、他に何を拠り所に生きろと言うのか。

 

アーサーがジョーカーに変貌していく過程にリアリティがあるかと問われれば、無いと答える。ひょんなことから銃を手に入れ、ふとしたきっかけで発砲せざるを得なくなることに必然性はない。だが、自分がそうした立場に置かれた時、どのように反応するだろうかという思考実験の材料にはなる。アーサーという個人に特徴的な意図せざる笑いがこみ上げてくるというコンディションを抱えており、それは確かにハンディキャップになっている。けれども、それが彼がジョーカーに変わっていく触媒ではない。アーサーをジョーカーに変えたものは、陳腐な表現をすれば社会の闇である。寄る辺なき者たちは、きっかけさえあればジョーカーになり得る。本作はそのように主張しているかのようだ。もっと言えば、悪とは善の対立概念ではない。悪とは善の欠如でもない。悪とは、それ自体が救いになりうる。そのような逆説を本作は提示している。クライマックスのジョーカーは、誰がどう見てもゼーロータイによって実際に担ぎ上げられてしまったイエス・キリストのアナロジーに他ならない。もしくは『 Vフォー・ヴェンデッタ 』のパラレル・ユニバースであるとも言えるかもしれない。

 

ホアキン・フェニックスの怪演には感動を覚えたが、特にとあるシーンでアーサーがじっと沈黙するシーンには身震いした。その黒い両目の奥に譬えようのない怒りと悲しみを感じ取ったからだ。目の演技としては今年一番と言っても差し支えないだろう。仮面をかぶる、あるいは顔面に過剰なメイクアップを施す。それは内心にある全ての負の感情を覆い隠すためのものである。顔では笑って、心では泣いている。もしくは顔は笑って、心は怒っている。そのような二律背反のキャラクターをJ・フェニックスは、ジャック・ニコルソンやヒース・レジャーと遜色ないレベルで演じ切った。米アカデミーがどのように反応するのかは分からないが、『 ドント・ウォーリー 』と本作で、本ブログにおける2019年の海外最優秀俳優はJ・フェニックスで決まりである。

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ネガティブ・サイド

終盤のテレビ番組開始前に、アーサーは少し喋りすぎだったように感じる。具体的に言えば、ロバート・デ・ニーロに“Can you introduce me as Joker?”と全てを尋ねる必要はなかった。単に、“Can you introduce me as … ”で、いったん別の場面へカット。そこから出演ゲストの紹介場面に戻って来た時に、初めて“Joker”という名前に言及した方が、よりドラマチックだったはずだ。陳腐と言われるかもしれないが、『 ダークナイト 』においても、バットマンが実際に劇中で“ダークナイト”と呼称されるシーンは最終盤だった。それゆえにそのシーンは観る者に鳥肌を立たせるほどの衝撃を与えた。ジョーカーという名前、顔、風貌にもっとインパクトを与える演出があったはずである。

 

また、これは映画に対する不平不満ではないが、【 本物の<悪>を観る覚悟はできたか? 】だとか【 本当の悪は笑顔の中にある 】というキャッチコピーこそ、誇大広告だろう。アメリカで一番多く使われたと思しき販促フレーズの一つは“PUT ON A HAPPY FACE”であるようだ。「幸せの仮面をかぶれ」という意味である。アーサーという人物の人生そのものがある意味で仮面であることを絶妙に言い表している。単に刺激的なキャッチコピーをつけてみました、というだけでは短期的な利益にはなるかもしれないが、長期的には信用を無くすだけだろう。PR担当企業にはよくよく考えてもらいたい。

 

総評

非常に野心的で挑戦的な映画である。悪が救いであると、ここまで高らかに謳い上げた作品は少ないのではないか。アーサーという心優しい、ある意味でとても哀れな男が壊れていく様には同情を禁じ得ない。しかし、その同情が共感に、共感が信仰に、信仰が人々の具体的な行動に結びついてしまった時、悲劇は起こる。これは純然たるフィクションなのだろうか。それとも現実世界のシミュレーションなのだろうか。一つだけ言えるのは、本作が今年を代表する一本であることは間違いないということである。

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Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

EVERYTHING MUST GO

 

直訳すれば「あらゆるものが消えねばならない」だが、これでは意味不明だ。この go の使い方から“Let it go”を連想できれば英語学習の中級者またはそれ以上のレベルと言える。劇中での使われ方を見れば一目瞭然で「全品売り尽くしセール開催中」というような意味である。Jovianは実際に15歳でアメリカ、ニューヨークを旅行中にこの表示を見たことがあるし、その後のドラマや映画でもチラホラ見かける。知っておいて損はない表現である。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, A Rank, アメリカ, クライムドラマ, ヒューマンドラマ, ホアキン・フェニックス, ロバート・デ・ニーロ, 監督:トッド・フィリップス, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 ジョーカー 』 -救世主の誕生秘話-

『 バットマン 』 -ダークヒーロー誕生物語-

Posted on 2019年9月9日 by cool-jupiter

バットマン 70点
2019年9月3日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:マイケル・キートン ジャック・ニコルソン ビリー・ディー・ウィリアムズ
監督:ティム・バートン

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やはり新作DC映画『 ジョーカー 』の封切を前に、復習の意味で鑑賞。ちなみに『 スーサイド・スクワッド 』を見直す予定はない。ハーレイ・クインの単独映画リリース前には最鑑賞するかもしれない。

 

あらすじ

ゴッサムシティには犯罪が絶えない。しかし、警察が取り締まれない悪人たちを夜毎に制裁するバットマン(マイケル・キートン)がいた。その正体は大富豪のブルース・ウェイン。そして、犯罪組織内の仲間割れでジャック・ネイピア(ジャック・ニコルソン)は警察とバットマンに追われる。辛くも逃れた彼はしかし、ジョーカーへと変貌してしまった・・・

 

ポジティブ・サイド

オープニングのダークでおどろおどろしい雰囲気の映像に、ダニー・エルフマンのTheme Musicが奮っている。アニメの「バットマ~ン!」ではなく、「ダダダダーダ」の旋律が、どこか危うい力強さを感じさせる。これによって観る者は一気にゴッサムに入っていくことができる。素晴らしいシークエンスである。

 

またマイケル・キートンも、ベン・アフレック並みにハマっている。というか、ベン・アフレックがマイケル・キートン並みにハマっていると評すべきか。クリスチャン・ベールはバットマンとして卓越した演技を見せたが、最もブルース・ウェインに近いのはキートンであるように感じる。鼻持ちならない金持ちで、プレイボーイなところがよく似合っている。また、バットマンとしての演技でも魅せる。特に、振り向き様や真上を見上げる瞬間の身のこなし、その時にピタリと動きを止めて見せるところから、原作コミックの絵を忠実に再現しようとしていることが分かる。ティム・バートンの美意識とマイケル・キートンのプロフェッショナリズムが上手く相互作用した。

 

だが、何と言ってもジャック・ネイピアおよびジョーカーを演じたジャック・ニコルソンだろう。『 シャイニング 』はホラー映画の金字塔として今も燦然と輝いている。そのことは『 レディ・プレイヤー1 』を観てもよく分かる。その狂気が今作でも爆発。しかも真っ白の顔がルージュの口紅のようなもので常に笑った顔にメイクアップされ、しかも紫のスーツ!完全にイカれているのが外見からだけでも分かるが、行動もinsaneの一言。曲撃ちで元々の組織のボスを撃ち殺したかと思えば、『 ゴーストバスターズ(1984) 』のマシュマロマン的な人形に詰め込んだ毒ガスを散布したりと、犯罪者を通り越して大量殺人者、無差別テロリストである。このジョーカーも相当に恐い。バットマン自身が原作コミックに忠実に動いていたり、ゴッサムの街そのものが『 シザーハンズ 』や『 スリーピー・ホロウ 』的な世界観を纏っている、つまり、この世ならざる幻想世界のような雰囲気を醸し出す中で、容赦なく人を殺して回るジョーカーは決して道化師ではない。また、『 ダークナイト 』の名シーンである、バットマンがジョーカーを轢き殺さんと真正面から対峙する構図は、すでに本作で描かれていた。すなわちバットウィングで上空からジョーカーを射撃するバットマンと、超長砲身の銃でバットウィングを撃墜せんとするジョーカーの対決シーンである。このシーンを観るのは三度目だが、何度観ても手に汗握る名シーンである。

 

もう一つ、ジャック・ネイピアの若い頃を演じた俳優が良い。ジャック・ニコルソンを若返らせれば、確かにこうなるだろうという容姿である。ハンニバル・レクター/アンソニー・ホプキンスの若き頃を演じたギャスパー・ウリエルを思い起こした。余談だが、Jovianの同僚イングランド人はマッツ・ミケルソンをホプキンス以上と激賞する。

 

コミカルなダークさ、hand to handの格闘アクション、バットモービルやバットウィングなどの大型ガジェットなども見物で、バットマンというアメリカで最も有名な(Jovian調べ:同僚アメリカ人2人にアンケート調査)スーパーヒーローとそのarchnemesisであるジョーカーとの対決を堪能できる逸品である。

 

ネガティブ・サイド

ゴードンやデントの存在感の無さ。特にビリー・ディー・ウィリアムズは空気なのかと思えるほど、劇中で存在感を発揮しない。ハービー・デントの名が泣くではないか。

 

また執事アルフレッドの存在感も今一つだ。両親を早くに亡くして、というか殺されてしまったブルース・ウェインの心の拠りどころの大部分はこの老執事にあるのだから、彼にもそれなりの見せ場が欲しかった。飲食物を手配したり、取材費を渡してやったり以外にもするべきことはあったはずだ。アルフレッドがブルース人生におけるpositive male figureである演出があってしかるべきだった。この部分が欠けてしまっているが為に、バットマンがなぜ夜な夜な悪と戦うのかという動機づけの説明、または観る側に推測させる材料が不足してしまっている。

 

キム・ベイシンガーのキャラクターが個人的にはハマっているようには見えなかった。大富豪と二人っきりでディナーを楽しみ、同衾しながら、翌朝には「普段の自分はこんなことしない」と、そのことを後悔するなど、キャラクターがぶれまくっている。ゴッサムにカマトトは似つかわしくない。

 

総評

ジョーカーの登場シーンで頻繁に流れる“Beautiful Dreamer”が摩訶不思議な雰囲気を生み出している。ティム・バートン世界とゴッサムは相性が良さそうだ。リアル路線のバットマンおよびスーパーヒーローものも悪くないが、幻想的な世界で繰り広げられるバットマンとジョーカーの攻防の面白さは、とてもユニークである。『 ダークナイト 』のジョーカーはカリスマ性を感じさせるが、波長が合えばこちらのジョーカーの方がチャーミングかもしれない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

How much do you weigh?

 

「体重はどれくらいだ?」の意味である。“What do you weigh?”も同じくらい良く使われる表現である。こんな表現を頻繁に使うのはボクシング関係者および熱心なボクシングファンくらいであろうが、覚えておいて損になるものでもない。

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Posted in 映画, 海外Tagged 1980年代, B Rank, アクション, アメリカ, クライムドラマ, ジャック・ニコルソン, ビリー・ディー・ウィリアムズ, マイケル・キートン, 監督:ティム・バートン, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 バットマン 』 -ダークヒーロー誕生物語-

『 ダークナイト 』 -ヒーローの限界を露わにする野心作-

Posted on 2019年9月8日2019年9月8日 by cool-jupiter

ダークナイト 75点
2019年9月2日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:クリスチャン・ベール ヒース・レジャー アーロン・エッカート
監督:クリストファー・ノーラン

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DC映画『 ジョーカー 』の封切を前に、復習の意味で鑑賞。シーザー・ロメロが演じたジョーカーまでは、さすがにさかのぼる余裕はなかった。

 

あらすじ

犯罪の絶えないゴッサム・シティに新たな犯罪者、ジョーカー(ヒース・レジャー)が現れた。ブルース・ウェイン/バットマン(クリスチャン・ベール)はゴードン警部補やハービー・デント検事と共に、次から次へと引き起こされるジョーカーの犯行を止めるべく奔走するが・・・

 

ポジティブ・サイド

バットマンというキャラは時代と共に変化する。当初は殺人も厭わないキャラで、生み出された時代背景を反映し、栄えあるfirst villainは日本人マッドサイエンティストだったようである。バットマンというキャラは顔がほとんど隠れてしまっているわけで、表情の演技が難しい。そこをクリスチャン・ベールは目と声、そして立ち居振る舞いと格闘アクションで存分に表現した。

 

だが、月並みではあるが、本作で称賛すべきはヒース・レジャーなのだろう。ジョーカーに関しては、ジャック・ニコルソンのイメージが最も強くJovianには残っているが、このジョーカーはこのジョーカーで類稀なる説得力を有している。冷酷無比、悪逆非道だからヴィランであるわけではない。見方を変えれば、スーパーヒーローというのは、悪役たちを片っ端から問答無用で始末しているわけで、彼ら彼女らこそ冷酷無比にして、悪逆非道であるとの見方も成り立つわけである。ジョーカーをそこをさらにひっくり返した。端的に言えば「バットマンよ、俺を殺せ」というのジョーカーのメッセージなわけで、正義と悪が戦っているわけではない。戦っているのはどちらも悪だと言いたいわけだ。仮面を脱げ、というのは、善人ぶるのをやめろ、ということだ。そのことは、クライマックスの客船と囚人船の対比で明らかになる。だが、ここでストーリーは見事に転換する。多くの人が既に本作を鑑賞済みと思われるが、まだ観ていないという方も当然おられよう。タイトルがダークナイト=闇の騎士であることには大いなる意味が込められている。武士道は主君のために死ぬことを是とし、騎士道は名誉や正義や真実といった抽象概念に奉仕し、それらを具現化することを是としていることの対比が思い起こされよう。バットマンが掲げる正義の理想は、決して赫耀たる光輝を帯びた正義ではない。陳腐ではなるが、我々はヴィランやヒーローを超えたところに正義を見出す。このパラダイム・シフトこそが本作の最大の貢献だろう。

 

ネガティブ・サイド

トゥー・フェイスの存在感が今一つである。完全にジョーカーに呑まれているように思う。だが、作品自体のテーマが正義と悪の不可分性、両者の境目の不可知性なのだから、その境界線上の存在であるトゥー・フェイスには相応の存在感が求められる。これでは、ただの頭脳明晰な悪人ではないか。バットマンが必殺仕事人なら、デントは長谷川平蔵であるべきではないか。コイントスの結果によって正義と悪の両方向に極端に揺れ動く様が、もう一つ弱かった印象である。まあ、このヒース・レジャーと共演するというのは、ライブ・エイドでクイーンの後にパフォームするようなものではあるが・・・

 

ジョーカーの異常性や危険性を際立たせる演出がもう少しあってもよかった。『 ダークナイト ライジング 』でアルフレッドが、「ベインと戦ってはいけない。あなたに勝ち目はない」と忠告したような演出が、今作のジョーカーにあっても良かった。ジョーカーの危険性はその強さではなく、その狂った哲学にあるからだ。戦いの土俵に上がってしまうことそれ自体が危険な行為であるという映画的な技法による説明があってもよかった。

 

総評

ジョーカーが取調室で不敵に言い放つ、“You complete me.”が全てである。人間は陰と陽が入り混じって生きているように、絶対的に正義を悪を区別できるものではない。Marvel Cinematic Universeではなトニー・スターク/アイアンマンの営為が、しばしば破壊的なアフターマスをもたらすが、今作のジョーカーは、スケールでは大きく劣るものの、残すインパクトはアイアンマンのそれに全く負けていない。むしろ上回っている。スーパーヒーローものとしては異色の作品にして大胆不敵な野心作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Ta-da!

 

Tah-dah!と書かれることもある。ジョーカーが序盤に鉛筆を消して見せるシーンで言い放つ。感嘆表現で、日本語の「ジャジャーン!」にあたると思ってよい。『 デッドプール 』でも盲目老婆のルームメイトであるアルが、棚を組み立て、イスに座る瞬間に発している台詞である。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2000年代, B Rank, アーロン・エッカート, アクション, アメリカ, クライムドラマ, クリスチャン・ベール, ヒース・レジャー, 監督:クリストファー・ノーラン, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 ダークナイト 』 -ヒーローの限界を露わにする野心作-

『 アメリカン・アニマルズ 』 -構成は見事だが、ストーリーは拍子抜け-

Posted on 2019年5月22日2020年2月8日 by cool-jupiter

アメリカン・アニマルズ 50点
2019年5月19日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:エバン・ピーターズ バリー・コーガン ブレイク・ジェナー ジャレッド・アブラハムソン
監督:バート・レイトン

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シネ・リーブル梅田で始めたチラシを手にした時、これは面白そうだと予感した。しかし、Hype can ruin your experience. 『 バッド・ジーニアス 危険な天才たち 』の水準を期待すると拍子抜けさせられる。本作の見せ場は、罪を犯した本人たちの回想録的なドキュメンタリーを含むところであって、本編の犯行のレベルの高さではない。

 

あらすじ

ウォーレン(エバン・ピーターズ)とスペンサー(バリー・コーガン)は、大学に進学したものの、キャンパスライフに馴染めずにいた。ある時、ウォーレンは大学の図書館に18世紀に書かれた稀覯本があるのを知り、それらを盗み出す計画を立てることに・・・

 

ポジティブ・サイド

犯罪にも色々ある。警察や法律家に言わせれば違うのだろうが、立ち小便は犯罪、少なくとも重犯罪ではないだろうし、盗んだバイクで走り出すのも若気の無分別で済ませてもらえるかもしれない。しかし、チャールズ・ダーウィン直筆の書物を盗み出して、闇マーケットで売り払い、大金を儲けてやろうというのは、どう考えても重犯罪だ。それを敢えてやろうというのだから、その意気やよし。存分にやってくれ。事実は小説よりも奇なりと言うが、大馬鹿と馬鹿と馬鹿と小利口者が計画をあれこれと練っていくシーンはそれなりに楽しい。また、役者たちの演技シーンと本人たちへのインタビューシーンが交互に切り替わるタイミングが絶妙で、重要文化財窃盗を決意する過程、そして何故それを実行に移してしまったのかという心情が赤裸々に語られるのがありがたかった。Jovianはビジュアル・ストーリーテリングを重要視するが、複雑な入れ子構造の映画も好きなのである(『 メメント 』みたいな晦渋過ぎるのは勘弁だが)。

 

本作は、アメリカの片田舎のアホな大学生がアホなノリでアホなことをやらかしてしまったという意味だけで観るべきではないだろう。内輪の仲間だけでシェアするつもりだったバイト先での愚行・・・というのとも少し違う。話を超大げさに拡大して受け取るならば、大日本帝国が第二次世界大戦に揚々と参戦していったのと同じような思考の過程、行動様式、組織構造を見出すこともできるのではないか。事前の調査不足もさることながら、これで上手く行く筈がないと誰もが思いながら、なかなかそれを言い出せない。それをようやく言い出せても、声がでかい奴に押し切られる。まるでどこかの島国のかつての軍上層部とそっくりではないか。そして、このアニマルズが服役を経ても、芯の部分では藩政をしていないのではないかと思わせるところに本作の妙味がある。あの窃盗事件の真実とは何か。『 アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル 』と同じく、事実ではなく真実を追求しているということを鑑賞中は念頭に置かれたし。

 

ネガティブ・サイド

『 オーシャンズ11 』や『 オーシャンズ8 』、『 ジーサンズ はじめての強盗 』のような華麗にして緻密な組織犯罪を期待するとガッカリするだろう。というよりも、計画のあらゆる部分に無理があり過ぎる。アホな扮装をした中年ジジイ4人組が図書館に入ってくれば、何をどうやっても注目を集めてしまうし、よしんばそれで学生たちの目を欺けたとしても、逆にそれだけ強い印象を残してしまえば、警察がしらみつぶしに在校生のアリバイを調べていけば、捜査線上に自分たちが浮上してくるということに気付かないのか。神風など、そうそう吹くものではないのだ。

 

再現ドラマパートと本人たちへのインタビューによるドキュメンタリーパートを混在させるのは、非常に面白い野心的な構成だが、本編ドラマでもっと凝ったカメラワークが欲しかった。なぜ自分たちは満たされないのか。なぜ自分たちは特別になれないのか。自分たちと特別な人間の境目は何か。逆に、自分たちは凡百の人間ではない、あいつらとは違うんだ、という中二病全開思考を表すようなショットが欲しかった。キャンパスの芝生に寝そべって、他愛もないおしゃべりに興じる大学生たち、といった平凡な、しかし色鮮やかなショットが効果的にちりばめられていれば、アニマルズのダメさ加減や哀れさがもっと際立ったであろう。

 

総評

高く評価できる部分と、そうではない部分が混在する作品であり、評価は難しい。しかし、鑑賞後のJovianの第一感は「何じゃ、こりゃ?」だった。シネ・リーブル梅田推しの作品でも時々ハズレはあるのである。しかし、単なる物語の再構築以上に、危険な思考の陥穽、まとめ役あるいは諌め役の欠如したチームの末路など、教訓を引き出すには良い作品であるとも感じられるようになった。マニア中のマニアであれば、『 ブレア・ウィッチ・プロジェクト 』と比べてどっちが f**k という言葉をより多く使ったか調べてみるのも一興かもしれない。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, D Rank, アメリカ, イギリス, エバン・ピーターズ, クライムドラマ, ドキュメンタリー, バリー・コーガン, 監督:バート・レイトン, 配給会社:ファントム・フィルムLeave a Comment on 『 アメリカン・アニマルズ 』 -構成は見事だが、ストーリーは拍子抜け-

『ブラッド・スローン』 -刑務所のリアルを描くクライム・サスペンス-

Posted on 2018年8月31日2020年2月13日 by cool-jupiter

ブラッド・スローン 65点

2018年10月8日 MOVIXあまがさき 2018年8月29日 レンタルDVD観賞
出演:ニコライ・コスター=ワルドウ オマリー・ハードウィック ジョン・バーンサル エモリー・コーエン ジェフリー・ドノバン レイク・ベル
監督:リック・ローマン・ウォー

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エリート・ストック・ブローカーとして人も羨む生活を送っていたジェイコブ(ニコライ・コスター=ワルドウ)は、一瞬の不注意から交通事故を起こし、刑務所に入ることに。妻(レイク・ベル)とも離婚となり、同乗していた友人からも訴訟を起こされ、刑務所内の容赦ない弱肉強食の人間関係に否応なく巻き込まれていくジェイコブは、持ち前の頭脳を活かし、いつしかマネーの異名を得て、頭角を現していく。そして、刑期の85%を終えたマネーは娑婆に出る。刑務所内のボスのビーストの指示で動くために・・・

最初に劇場観賞した時は、途中でトイレに立つという痛恨のミスを犯してしまった。ようやくTSUTAYAでレンタルできたので、再観賞。人間が罪を犯すのは、往々にして一瞬の過ちからだが、人はしばしば再犯、さらには累犯にまで行きついてしまうのは何故なのか。刑務所を舞台にした映画の大傑作に『ショーシャンクの空に』があるが、そこでは釈放されたブルックスは現実の社会には馴染めず、刑務所に自分の居場所を見出すしかなく、結局自殺を選んでしまった。本作も、刑務所内の人間関係、力関係が現実の世界にも及ぶ様を生々しく映し出す。病院では、重病の者ほど偉く、刑務所では重罪の者ほど偉い、というのは冗談交じりによく言われることであるが、こうした映画を見せられると、やはり一抹の真実を含んだジョークなのかと思わざるを得ない。

本作は善良な市民であったジェイコブが、いかにして犯罪に加担する、というか主導する凶悪犯に変貌していったのかを、現在と過去の間をフラッシュバック形式で行き来することで、ジェイコブ/マネーのコントラストが、徐々に溶け合っていく様が鮮やかに活写されている。ヤクザ映画の文法とスパイ映画の文法に忠実に則り、誰が何を狙っているのかがもう一つ見えにくい構造が、サスペンスを生みだすことに成功している。

主演のニコライ・コスター=ワルドウ以外では、ジョン・バーンサルぐらいしか有名キャストは見当たらないが、本作の魅力は出演者のネーム・バリューではなく、彼ら彼女らの演技力の高さ。知名度と演技力は必ずしも一致しないということを映画ファンはよく知っているが、今作のような隠れた逸品はそのような確信をさらに強めてくれる。特に保安官のカッチャーは、顔がシェーン・モズリー似でJovian好みだ。自らの信じる正義のためならば銃弾を喰らっても怯まず、超法規的な取引さえも提案してしまうような、静かに燃える熱血漢。刑務官のロバーツは、刑務所の権力構造にいち早く気付き、囚人たちに秘密裏に協力する小市民。登場回数こそ少ないが、画面に現れるたびに映し出される瞳の奥の恐怖感が、我々がイメージする刑務所、囚人、刑務官というものがフィクションで、こちらの方がリアルなのではないかと思わせるに十分。その他、囚人役に本物のギャングや前科者や格闘技経験者を配したということで、映画という娯楽作品を作りながらも、ノンフィクション的な要素も込められている。実際に暴動シーンというのは1980年代の刑務所内の囚人暴動事件にインスパイアされたようだ。

日本語版のタイトルの『ブラッド・スローン』は明らかに『ゲーム・オブ・スローンズ』へのオマージュ。原題は”Shot caller”であるが、アメリカ人に尋ねたみたところ、あまり一般的な表現ではないらしい。元々の”call the shots”というイディオムは実際によく使われるようだが。主題はギャングの人間関係と権力構造だが、テーマは各々の信念の強さであろう。愛する女のため、金のため、家族のため。何でも良い。それこそが正義で、そのためならば相手の命を奪うことも厭わない。人間の最も凶悪で、最も素直とも言える暗部を照らし出す本作のような作品は、もっと作られ、もっと世に問われるべきであろう。

そういえば『デッドプール』のガンダルフらしき俳優もちらっと出ていたように見えたが、錯覚だったかな。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アメリカ, クライムドラマ, ジョン・バーンサル, ニコライ・コスター=ワルドウ, 監督:リック・ローマン・ウォー, 配給会社:松竹メディア事業部Leave a Comment on 『ブラッド・スローン』 -刑務所のリアルを描くクライム・サスペンス-

『オーシャンズ8』 -観る前も観ている最中も頭を空っぽにするように!-

Posted on 2018年8月14日2019年4月30日 by cool-jupiter

オーシャンズ8 65点

2018年8月11日 MOVIXあまがさきにて観賞
出演:サンドラ・ブロック ケイト・ブランシェット アン・ハサウェイ ミンディ・カリング オークワフィナ サラ・ポールソン リアーナ ヘレナ・ボナム・カーター
監督:ゲイリー・ロス

オールスターキャストでお馴染みのオーシャンズシリーズ最新作だが、過去作を観ていなくても十分に楽しめるように配慮されている。が、全く配慮されていないところというか、個人的に大いに不満があり、それは最後に白字で書く。まずは小さな不満から。

『オーシャンズ11』をところどころトレースしたかのようなシーンがあるが、11で描かれたような、クルーニーとブラピがある意味二大巨頭になってチームを動かし、それをマット・デイモンがぶち壊しそうになる、というクリシェは本作には無い。『ゴーストバスターズ』(2016)のようなフェミニズム理論丸出しでもないが、それでも主人公のデビー・オーシャン(サンドラ・ブロック)の出所直前の容貌や言動にはツッコミを入れたくなるし、出所直後の行動にははっきり言ってドン引きである。それが作り手の狙いなのだろうが。また盗みの動機も弱い。11にあったような鼠小僧や石川五右衛門的な義賊感が無いのだ(そんなもんはどうでもいい、というツッコミは覚悟している)。

ここからは良かった点を。ルー(ケイト・ブランシェット)の登場するシーン全てである。『シンデレラ』では優しく意地悪な継母を、『マイティ・ソー バトルロイヤル』では不敵な死の女神を、本作では聡明さと行動力を持ち合わせるスカウトを完璧に演じている。クルーニーとブラピの間にあったものとは異なる種類のケミストリーを、デビーとルーの間に生み出せているのは、ブランシェットの卓越した演技力に依るところが大きい。男同士の友情や絆は(表面上は)簡単に描写できる。女同士となるとそこにドロドロとした要素を感じさせなければならない。盗みの動機にカネ以上というかカネ以外のものがあるデビーはどこまでも平静を装うが、そんな彼女に迫るルーはブラピ以上にクールだ。

そして今回のターゲット、ダフネ・クルーガー(アン・ハサウェイ)である。ハリウッドでも来日時に振る舞いでも、アンチやヘイトを生み出し続ける彼女であるが、そんな自分自身をdisるような台詞や演出がそこかしこに散りばめられており、思わずニヤリとさせられる。『シンクロナイズド・モンスター』では、飲んだくれのダメ女を演じていたが、普通に美人過ぎてアル中のダメさ加減が少し薄まってしまっていた。しかし、本作では衣装やメイクの力、そして本人の意識的な演技もあるのだろうが、非常に milfy に映った(気になる人だけ、意味を調べてみよう)。ジョディ・フォスター超えも見えてきた。

映画全体を見渡せば、『セックス・アンド・ザ・シティ』的要素あり、『クリミナル・マインド FBI行動分析課』的要素ありの、どちらかと言えば映画よりもテレビドラマを思わせるテンポの良さ。クリエイターがオリジナリティを発揮する場が、映画からテレビそしてインターネットの世界に移行しつつある中、振り子が今後はどちらに振れて行くのか、気になるところではある。カジノとは一味違う華やかさの中、一方で非常に洗練された方法で、他方では非常に泥臭い方法で盗みを着実に実行していくところはオーシャンズに忠実であった。お盆休みが暇だなという向きには、劇場に足を運んでみよう。

さて、最後に配給会社やプロモーションへ一言。『オーシャンズ8』というタイトルから主役が8人=アン・ハサウェイも一味である/になる、というのはあまりにも簡単に予想できることであるが、なぜそのことを殊更に強調するようなポスターやパンフレットを作りまくるのか。『Newオーシャンズ』とか『オーシャンズ ファースト・ミッション』(どうせ9や10も作る気だろう)のようなどこぞのパクリ的タイトルでも良いから(本当はダメだが)、何らかのネタバレへの配慮が必要という判断は出来なかったのだろうか。こうした展開が観る前から読めてしまうと、他にもたくさん盗んでましたというどんでん返しのインパクトが弱まってしまう。細かいことかもしれないが、そういうことを気にする映画ファンも一定数は存在するのである。

 

Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アメリカ, アン:ハサウェイ, クライムドラマ, ケイト・ブランシェット, サンドラ・ブロック, 監督:ゲイリー・ロス, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『オーシャンズ8』 -観る前も観ている最中も頭を空っぽにするように!-

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