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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: 配給会社:ワーナー・ブラザース映画

『 モンタナの目撃者 』 -山火事と暗殺者から逃れられるか-

Posted on 2021年9月12日 by cool-jupiter

モンタナの目撃者 65点
2021年9月11日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:アンジェリーナ・ジョリー フィン・リトル ジョン・バーンサル エイダン・ギレン ニコラス・ホルト
監督:テイラー・シェリダン

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テイラー・シェリダン監督の最新作。アメリカの大自然とアメリカ社会の闇の両面を描くという点で『 ウインド・リバー 』の同工異曲だが、クオリティはそこまで及んではいなかった。だからといってホームランと比べると2塁打は確かに劣るが、凡退やシングルヒットよりも全然良い。

あらすじ

森林局のパラシュート隊員であるハンナ(アンジェリーナ・ジョリー)は、過去の消防活動からトラウマを抱えていた。そんな中、小川のほとりでコナー(フィン・リトル)と出くわす。コナーの父が恐るべき陰謀に巻き込まれたことを知ったハンナはコナーを助けると決意する。しかし、そこには追手と彼らが放った火によって起きた森林火災が迫って・・・

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ポジティブ・サイド

アメリカの雄大な自然の森や山々が活写されると共に、それが牙を剥いてきた時の恐ろしさも真正面から捉えられている。山火事の炎は言うに及ばず、雷の恐怖もなかなかのもの。序盤に新人たちの入隊セレモニーが行われているそばで飲んだくれながら、F-words連発で下世話なトークを繰り広げるハンナとその仲間たちに「こいつらが消防隊員で本当に大丈夫か?」と思ったが、実際はこれぐらい図太さと豪胆さがなければ大自然の脅威には立ち向かえないということがよく分かった。

かといってハンナは単に口が悪い、頭のねじが外れた消防士ではない。過去のトラウマに今も苛まれている。そんな彼女がコナーと巡り合うことで、過去のトラウマに決着をつけられる機会を図らずも手に入れる。序盤、いきなり住宅が吹っ飛ばされ、それをニュースで知った男性が息子を連れて逃走するシーンは観る側を置いてけぼりにするが、それを追撃してくる暗殺者ふたりの奇妙なバディっぷりが不気味さを倍増させる。

あるサバイバルスクールで文字通りに役者が揃い、ハンナとコナー、ハンナの元恋人で地元の保安官とその妻、そして山火事の猛威の三つ巴の戦いはまさに手に汗握る展開。「殺される」と感じた瞬間からの逆転や、「勝った」と確信した瞬間からの再逆転など、とことんまでサスペンスを追求した作りに100分という上映時間をもっと短く感じた。

エイダン・ギレンとニコラス・ホルトの暗殺者二人組の容赦のない仕事ぶりと、それゆえの倒され方には納得。ジョン・バーンサルの保安官役も板についていた。子役のフィン・リトルの演技力も堂に入っている。涙を流すのではなく、父の遺志を継いで涙を必死にこらえる姿には脱帽。演出家や演技指導者の腕が良いのか、この子の訳とシーンの解釈が素晴らしいのか。最後にアンジェリーナ・ジョリーを称えないわけにはいかない。豪快さと繊細さ、力強さと優しさの両方を備えている。父子家庭で育ったと思しきコナーが父を失くしたからといって、安易に母親的な存在になろうともしない。相手を子どもではなく一人の人間として、まっすぐに目と目を合わせて話をする。ルックスでデビューして、加齢とともに消えていくどこかの国のアイドル卒の女優たちには、アンジェリーナ・ジョリーの出演作品を10回以上見せてやりたいと思う。

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ネガティブ・サイド

コナーが仔馬と交流するシーンが冒頭近くにあるが、これは何だったのだろう。てっきり終盤に森林の中で馬と出会い、動物と心通わせる力でもって、窮地を脱するのかと思ったらさにあらず。

バーンサルの上官が自身の妻からの電話応答を”Absolutely not.”といって断るシーンは必要だったか。これをやってしまうとそそっかしい人は「保安官は職務中は家族からの電話にも出ないのだな」と思ってしまう。ここは逆に電話に出て、保安官同士で使う隠語で妻に言葉をかけるぐらいが望ましかった。

不満を言わせてもらえば、落雷する平原を駆け抜ける際のハンナの指示にプロフェッショナリズムがもっとあれば良かった。いつ落雷するか分からないような超危険地帯では、雷しゃがみが鉄則。「こんな風にしゃがむのよ」的なことを言っていたが、こここそ「手を地面につかない」とか「かかとを浮かせる」といったことを復唱させる場面であると感じた。

あとは映画そのものの出来とは関係ないが、これまたトレイラーがほとんど全部のプロットを明かしてしまっている。できるだけトレイラーを見ずに臨むのが吉である。

総評

炎の熱がスクリーン越しにこちらに伝わってくるようなヒリヒリ感に満ちた作品である。自然の脅威と人間の追撃者の両方を扱った作品としては『 ローグ 』以上のサスペンスとアクションに満ちている。アンジェリーナ・ジョリーの迫真の演技とテイラー・シェリダンの描く極限的な状況がハイレベルで融合した佳作である。

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

read 

「読む」の意。通常は文字を読むのに使われる表現だが、日本語動揺に実は守備範囲が非常に広い動詞である。

lipreading = 読唇術
mind reading = 読心術
palm reading = 手相見
card reading = カードの読み取り(クレジットカードからタロットカードまで)

劇中では read the wind wrong =「風を読み違えた」という表現が出てきたが、ここまでくれば wind reading = 風読みも、ゴルフをたしなむ人なら分かるだろう。もっと一般的なところでは、正月に凧を揚げる時にどこに注目するかを思い浮かべればいい。それが風読みである。

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Posted in 映画, 未分類, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アメリカ, アンジェリーナ・ジョリー, エイダン・ギレン, ジョン・バーンサル, スリラー, ニコラス・ホルト, フィン・リトル, 監督:テイラー・シェリダン, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 モンタナの目撃者 』 -山火事と暗殺者から逃れられるか-

『 ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結 』 -もう一度コンセプトを見直せ-

Posted on 2021年8月20日 by cool-jupiter

ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結 60点
2021年8月15日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:イドリス・エルバ マーゴット・ロビー ジョン・シナ
監督:ジェームズ・ガン

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デイヴィッド・エアー版の『 スーサイド・スクワッド 』をジェームズ・ガンがリブート。エアー版より良くなっているところもあるが、やはり悪者軍団の魅力が描き切れていないのではないだろうか。

 

あらすじ

減刑10年と引き換えに集められた犯罪者たち。彼ら彼女らに与えられたミッションは、南米の小国にある施設ヨトゥンヘイムに侵入し、世界の平和をおびやかす研究を破壊すること。そのためにブラッドスポート(イドリス・エルバ)やハーレイ・クイン(マーゴット・ロビー)らがタスクフォースXとして現地に派遣されるが・・・

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ポジティブ・サイド

開始から数分で前作のキャラがドンドン退場していく。そのあまりの小気味の良さに笑ってしまう。しかも、まあまあのゴア表現もあり、なかなかよろしい。いきなり仲間内から裏切り者が出て、その裏切り者もあっさりと殺されてしまう。これでこそ悪人ぞろいのスーサイド・スクワッドという感じがした。

 

新生したザ・スーサイド・スクワッドの各メンバーも多士済済。前作では、ディアブロが強すぎ、キャプテン・ブーメランが弱すぎという、かなりアンバランスな構成で、見せ場の多くはデッド・ショットが持って行ってしまった。今作ではブラッドスポートがデッド・ショット的なポジションながら、スクワッドのメンバーがちゃんと ensemble cast になっている。このへんの匙加減が『 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー 』を思わせる。

 

中盤のハーレイ・クインの大暴れが一番の見どころ。結構な殺しっぷりだが、『 ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY 』同様に、人間がカラフルな紙吹雪状になって散華していく様はやっぱり笑ってしまう。ブラッドスポートとピースメイカーの殺し合い合戦もユーモラス。「こやつら、かなりできる」と観客に思わせてからのオチにも笑った。

 

極悪隊員たちが怪獣に挑むというスペクタクルは圧巻。敵の倒し方にも説得力がある。スーパーパワーで敵を倒しては興ざめで、ちゃんとスクワッドのメンバーの固有の能力で倒してくれたのが良かった。

 

フラッグ大佐や真の悪党アマンダおばさんが続投してくれていることで、DCEUとのつながりも保たれている。またジョーカーが一切出てこないので、ストーリーの軸がぶれない。続編があるなら(そして”Pop Goes the Wiesel”な展開になるなら)、映画館で観てみようかと思う。

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ネガティブ・サイド

やはり何か違う。前作では、なぜDCの正統的なスーパーヒーロー、たとえばスーパーマンやワンダーウーマンが出張って来ないのか分からなかった。今作でもそれは同じ。言ってみれば、アメリカの暗部に直結する dirty work = 汚れ仕事をこなす汚れ役、それがスーサイド・スクワッドであり、ザ・スーサイド・スクワッドでもある。ただ、相手が宇宙生命体にして怪獣である(トレイラーに散々映っているので spoiler ではないだろう)となれば、大げさに言えば地球の危機。ならばゴジラかスーパーヒーローを呼んで来いという話になる。極悪人に、同じくらいの極悪人をぶっ殺してこいというミッションなら分かるが、これでは刑務所にいる悪党どもを集める意味がそもそもないではないか。

 

フラッグ大佐のキャラのトーンが前作と違うのも気になった。前作では「どうやってこいつらをまとめ上げればいいんだ」と苦悩する生真面目な軍人風味だったのが、今作ではどこか抜けた雰囲気の軍人になってしまった。かと思うと、アマンダの非道っぷりは変わらず。このあたりのキャラを続投させるなら、前作の性格をちゃんと引き継がせてほしかった。

 

総評

爽快感は間違いなくある。アクションは派手かつコミカルで、人間ドラマの要素もしっかりと組み込まれている。しかし、何かが違う。悪人が結局、善人になってしまっては面白くもなんともない。最終的に家族ドラマに落ち着いてしまっては、前作と同じ、かつアメリカ的な正統なイデオロギーから脱していない。つまり、スーパーヒーロー映画と根本的に同じになってしまう。「 “極”悪党、集結 」などという邦題に期待しなければ、楽しめる作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

suicide

「自殺」の意。形態素解析すると、それぞれラテン語で sui + cide となる。sui = self, cida = killer である。cida が英語になる際に cide と綴りが変わった。cide = killer と覚えておけば色々と応用が利く。pesticide = 小さな動物を殺すもの = 殺鼠剤、殺虫剤となるし、homicide = 人間を殺すもの = 殺人となる。英検一級を目指すなら、regicide や fratricide を知っておきたい。 

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アクション, アメリカ, イドリス・エルバ, コメディ, ジョン・シナ, マーゴット・ロビー, 監督:ジェームズ・ガン, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結 』 -もう一度コンセプトを見直せ-

『 イン・ザ・ハイツ 』 -傑作ミュージカル-

Posted on 2021年8月9日2021年8月9日 by cool-jupiter

イン・ザ・ハイツ 80点
2021年8月1日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:アンソニー・ラモス メリッサ・バレラ
監督:ジョン・M・チュウ

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仕事の超繁忙期なので簡易レビューしか書けない・・・

 

あらすじ

ウスナビ(アンソニー・ラモス)は、発展していくNYの中でも取り残されつつあるワシントン・ハイツ地区で、移民のルーツを持つ仲間たちと必死に、しかし夢をもって生きてきた。しかし、ある真夏の夜に大停電が起き、そこで彼らの運命を変えることになる事件が起きる・・・

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ポジティブ・サイド

冒頭から圧巻の歌とダンスのシーンが繰り広げられる。その点では『 ラ・ラ・ランド 』と全く同じなのだが、あちらがいかにも人工的に作った映像と音楽だったのに比べ、こちらはそこに生きている人間の息遣いが感じられた。それは究極的には『 ラ・ラ・ランド 』は夢見る白人たちの物語であって、その世界に生きる人間の夢も、LAというエンターテイメント業界の中心地における成功以上の意味合いが感じ取れなかったから。『 イン・ザ・ハイツ 』は、社会のメインの潮流から cast out されてきた人々の連帯の物語。どちらに感情移入しやすいか、どちらに自分を重ね合わせ安いかとなると、Jovianとしては後者である。また楽曲やダンスのクオリティも『 ラ・ラ・ランド 』よりも高いと感じた。冒頭の8分間は『 ベイビー・ドライバー 』の冒頭6分間にも匹敵すると言っても過言ではない。

 

あとは物語世界の中でキャラクターたちが必死に生きる姿を追いかけるだけで良い。『 ラ・ラ・ランド 』では一方が夢をあきらめてしまったり、『 ベイビー・ドライバー 』はクライム・ドラマだったりしたが、本作にはそうしたネガティブな要素は出てこない。いや、途中で出てくるには出てくるが、そのキャラクターも一度は諦めた夢をもう一度追いかけることを決断する。そこには家族、恋人、そして地域の愛があった。陳腐な表現を使えば、現代社会で忘れられかけた連帯というものが、力強くフォーカスされていた。停電という一種の人災の中、知恵と工夫で乗り切ろうとする人々、自らの職務に愚直に邁進する人々、そうした人々の姿に大いに胸を打たれた。邦画でミュージカルをやるとだいたいコケるのだが、本作でスポットライトが当たっているラテンの世界には歌と踊りの伝統がある。『 ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ 』でも描かれていたように、歓喜も悲哀も歌に昇華してしまうのがラテンのノリ。それがあるからこそミュージカルという形式がハマる。

 

貧富の格差がどうしようもなく拡大しつつある現在、それでも carpe diem な精神を持って、Home is home という生き方を体現するワシントン・ハイツの人々の生活を大スクリーンと大音響で体験されたし。

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ネガティブ・サイド

『 パブリック 図書館の軌跡 』では最大級の寒波が到来しているにもかかわらず、吐く息が全く白くならないというミスがあった。本作も同じく、熱波が到来している中での停電にもかかわらず、誰も汗を滴らせていないというのは気になった。

 

舞台を映画化したということだが、途中でライトセーバーをCGで表現したりするシーンは感心しなかった。無いものを見せる。それが表現力であるし演出力だろう。ライトセーバー特有のあのヴーンという効果音を使う方がより効果的だっただろう。

 

総評

快作である。日々のうっぷんが晴れるかのような気分になった。弱者という言葉がふさわしいかどうか分からないが、発展に取り残された街区での人々の連帯という点が、コロナ禍において行政や科学技術の面で立ち遅れた日本に暮らす自分の心を大いに射抜いた。楽曲の良さも保証できる。ミュージカルというジャンルに慣れていない人にも、ぜひ鑑賞いただきたいと思う。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

There’s no place like home.

『 オズの魔法使 』でドロシーがカンザスに帰るために赤い靴を履いて念じた言葉。本作でも、ある歌唱&ダンスのシーンで使われている。この表現自体は超有名かつ使いどころも非常に多い。たとえばsummer vacationが明けて職場に帰ってきた。同僚に”Did you enjoy summer vacation?”と尋ねられ、”Yeah, I went to Nagano, but there’s no place like home.”のように言うこともできる。Naganoというのはパッと頭に浮かんだ地名であり、何か含むところがあるわけではない。念のため。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, アメリカ, アンソニー・ラモス, ミュージカル, メリッサ・バレラ, 監督:ジョン・M・チュウ, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 イン・ザ・ハイツ 』 -傑作ミュージカル-

『 東京リベンジャーズ 』 -タイムリープものの珍品-

Posted on 2021年7月21日2021年7月21日 by cool-jupiter

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東京リベンジャーズ 50点
2021年7月17日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:北村匠海 吉沢亮 山田裕貴 磯村勇人
監督:英勉

 

土曜日も短期集中課外講座の季節になってきて稼働中。吉沢亮と磯村勇人を見に来た。

 

あらすじ

フリーターのタケミチ(北村匠海)は、唯一の恋人だった橘ヒナタとその弟・ナオトが、半グレ集団の東京卍曾とヤクザの抗争に巻き込まれ死亡したことを知る。翌日、駅のホームで線路に転落したタケミチは、不良学生だった10年前にタイムスリップしてしまい・・・

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ポジティブ・サイド

登場人物の多くが17歳時と27歳時を演じ分けなければならないが、それが出来ていた一人として磯村勇人が挙げられる。ヤンキーと半グレ、そして社会人のそれぞれで印象的なオーラを放っていた。特にとある社会人像は一瞬だけではあるが、劇中で語られたとある行為とそこに込められた思いが別の角度から表現されていて、非常に味わい深いものになっていた。磯村は個人的には2021年最優秀国内俳優の候補になっている。

 

ケンカのシーンが多いが、ほとんどの場面で主人公のタケミチが一方的にボコられるだけ。それが逆にこのキャラクターの好感度を高めている。ヤンキーでブイブイ言わせていた奴が冴えない人生を送っても自業自得にしか思えない。しかし、ヤンキーをやっていたせいで自分よりも強い奴に理不尽な目にあわされるばかりの人生に突入してしまったのなら、まだ同情の余地はある。北村匠海の幼さと若さの両方が上手く表現されていたと感じた。

 

吉沢亮も、相変わらず闇を秘めたキャラの演技が似合う。意外と言っては失礼だが、アクションもまあまあ出来る。学校の乱闘シーンの振り向きざまの左フックなどは、背骨を軸に骨盤を回して、その力を左の腕に上手く伝えていた。相当トレーニングして、なおかつファイト・コレオグラファーと打合せもしているのが分かる。タケミチやドラケンと一緒にいる時とそれ以外の時の表情、特に口角の微妙な上がり下がりがわざとらしくなく、それでいてさり気なさすぎないという良い塩梅になるところを見極めている。原作漫画は未読だが、子のキャラを相当に掘り下げていることが容易にうかがえる。

 

山田裕貴演じるドラケンもとにかく見せ場が多い。中盤は「あれ、主人公ってドラケンなのか?」と勘違いさせられそうになるほど。ヒナタの死の原因に間接的につながるキーパーソン。ナンバー1である総長のマイキーではなく、ナンバー2のドラケンが東京卍會という組織の在り方や行き先を決めるというのは説得力がある設定だ(デレク・シヴァーズの『 社会運動はどうやって起こすか 』を参照のこと)。ヤクザ役あるいは暴力刑事役も観てみたい。

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ネガティブ・サイド

はっきり言って主要キャラ以外で褒めるところがない。タイムリープ現象について、あまりにも説明が不足している。そう感じさせるのは、変にプロジェクターなどを使って中途半端に説明シーンを入れるから。そんなものは不要。タイムリープを何度か繰り返すことそこに法則性を見出していく。そうすることで観る側はタケミチと同一化できていく。原作漫画がそうした説明的なシーンを入れているのかもしれないが、漫画という媒体と映画という媒体で全く同じことをやる意味はあるのか。そのあたりは原作者と脚本家の間でもっと色々と練り上げていくべきだろう。

 

原作通りなのだろうが、刑事になったナオトの言動にもクエスチョンマークがつくものばかり。姉の死に間接的につながる人物に接触できる → そいつを殺せ というのは、警察官とは到底思えない。普通は「逮捕に協力してほしい」だろう。姉の死に取り乱すのは分かるが、ナオトの凝り固まった考え方には共感ができなかった。

 

思わせぶりなキャラにまあまあ知名度のある俳優をあてているのは、続編ありきの作りだからか。「アンサンブル・キャストにせよ」とまでは言わないが、物語の焦点をはっきり絞るのか、それとも世界観を拡げるのか。方針をはっきりさせて作るべきだった。

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総評

『 夏への扉 ーキミのいる未来へー 』で上手くいかなかった邦画のタイムトラベル・ムービーだが、今作でもやっぱりダメだった。が、タイムトラベルものは硬派なSFでもない限り、本格的な考証は不要。その部分に目くじらを立てず、なおかつヤンキーの描写を受け入れられれば、漫画的な面白さはある。どうせタイムトラベルものを作るなら、佐藤藍子主演で不発に終わった高畑京一郎の小説『 タイム・リープ あしたはきのう 』をアニメでリメイクしてほしい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

I have taken to you.

マイキーの言う「俺はお前を気に入った」の試訳。take to ~ には様々な意味があるが、「~を好きになる、気に入る、~にハマる」の意味を押さえておけば、まず大丈夫である。ちなみに対象を人間以外にしてもいいし、主語が人間以外になってもいい。

My cat never seems to take to the new toy.

うちの猫はあたらしいおもちゃを気に入ってくれる様子がない。

のようにも使う。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, アクション, 北村匠海, 吉沢亮, 山田裕貴, 日本, 監督:英勉, 磯村勇人, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 東京リベンジャーズ 』 -タイムリープものの珍品-

『 Arc アーク 』 -メッセージの伝え方をもっと工夫せよ-

Posted on 2021年7月9日2021年7月9日 by cool-jupiter

Arc アーク 35点
2021年7月3日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:芳根京子 寺島しのぶ 岡田将生
監督:石川慶

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SF小説界を席巻している『 三体 』を翻訳したケン・リュウの短編を石川慶が映像化。しかし、『 夏への扉 -キミのいる未来へ-  』同様に換骨奪胎に失敗したという印象。

 

あらすじ

17歳で出産したリナ(芳根京子)は、息子を捨てて自暴自棄に生きていた。ある地下クラブで偶然出会ったエマ(寺島しのぶ)と出会う。そこでリナは死体を芸術品として半永久的に保存する「ボディワークス」という技術を学ぶ。そしてエマの弟、天音(岡田将生)と出会う。彼は不老不死の研究者で、その技術の完成は目前に迫っていた・・・

 

以下、ネタバレあり

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ポジティブ・サイド

最近の邦画ではなかなか見ないシュールな画がいっぱいである。冒頭の剣呑な雰囲気のダンスシーンから、ボディワークスを操って展示品に仕立て上げるところまで、静謐ながらもダイナミックな色彩の使い方が、かしこで見て取れる。『 Diner ダイナー 』の蜷川実花に近い感覚を受ける。キャラクターに何でもかんでもしゃべらせたがる邦画の悪い癖があまり出ておらず、映像そのものに語らしめようとしている。前半の色使いが後半で突如モノクロに転調することで、いっそうコントラストが際立っている。

 

不老となり、見た目は若々しいままだが、実際は老人(高齢と言うべきか)のリナ。白と黒の濃淡で表現されることで、若さと年齢、老いと年齢の境目がグレーになっている。そうした世界観が視覚的に構築されており、この試みは上手いと感じた。だからこそ、ある時突然スクリーンに色彩が戻る瞬間に、観る側はリナの内面の重大な変化を悟ることができる。これも邦画らしくない技法で、非常に好ましい。

 

劇中でとある人物が「250年ローン」と口にする。仮に年に100万円払うとして2億5千万円。利子を差っ引くと2億円ぐらい?頭金として一割を拠出するとなると2000万円となり、日本で老後に必要とされる資金となるのは不気味であるが、リアルでもある。

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ネガティブ・サイド

トレイラーでしつこく「これは あなたの わたしの 物語」と喧伝されていたが、とてもそうは思えなかった。少なくとも「世界に触れる」という感覚は得られなかった。というのも、リナ自身の変化も社会そのものの変化も描写が極めて不足していたからだ。

 

リナ個人の変化として、見た目が変化しないということは一目で分かる。問題は、体の中が生理学的にどうなっているのかである。リナは80歳過ぎに子どもを産んだわけだが、それは凍結精子によるものである。問題は卵子の方。凍結卵子なのか、それとも生ものの卵子なのか。様々な細胞のテロメアを延々と初期化し続けることで、卵子を作る機能も復活するのか。というよりも、卵子の元となる細胞は生まれてきた時にすでに作り終えていて、そこから先は増えないはずだが・・・ 閉経というのは年齢ではなく、卵子が尽きることで起きる生理現象のはず。リナの娘のハルはいったいどうやって生まれたの?

 

リナは自分よりも年下の人間にも、見た目が自分よりも上というだけで敬語で接するが、これはリナ個人の癖のようなものなのか。それとも不老化手術を受けた人間全般がそうなのか、あるいは日本だけなのか。外国では見た目の年齢ではなく実年齢によって序列が決まるのか。そういった社会の変化もさっぱり伝わってこなかった。別に世界的なスケールでなくともよい。しかし、少なくとも日本というスケールの社会の変化を構想し、それを描くべきだった。不老化の手術を受ける人たちが一定数おり、そうした人々が確実に社会に根付いているということが伝わってこなかった。たとえば、テレビのニュースキャスターが不老となって、30代のリナも80代のリナもテレビで同じニュースキャスターを観ている、というシーンがあれば、社会は確実に変化しているということが非常にわかりやすく伝わる。実際の作品の後半はほとんどすべてが島の中で完結しているせいで、リナが不老であると言われてもまるでピンとこない。

 

その島のシーンで、エキストラの素人を使ったインタビュー集が挿入されるが、そこに突然有名俳優が使われる。ミスキャストとは言わないが、ちょっとしたすれっからしなら、「ああ、この人は特別なキャラだな。性別がこうで年齢はこれぐらい?ということは該当するのは・・・」と考えて、あっという間に正体に気が付いてしまう。このキャラは俳優ではなく素人に演じさせるべきだった。『 ノマドランド 』に出来たのだから、日本でも出来るはずだ。

 

アートな映画を志向したのは分かるが、根本のメッセージの伝え方がなにかちぐはぐしている。死は克服するものではなく、性を成就させるものであるという結論は、陳腐ではあるが、この上ない真理である。問題はその結論に至る過程だ。死への抵抗としてのプラスティネーションとボディワークスが、不老となったリナの生き様とコントラストになっていない。生きたままの肌の質感を保った死体と若いままの肌の質感を保った老人という対比が物語に反映されていない。死を克服した時代における生の意味を自分の生き様で証明すると宣言したリナだが、老健的な施設で入所者の穏やかな死を見つめ続けるのは、別に不老でなくてもできること。それこそ劇中で言われているように、時間をかけてやりたいことをなんでもやれるのだから、本当にそれに取り組む姿勢を見せればよかった。たとえば40歳で絵画を始めて70歳でいっぱしの画家並みの腕前になっただとか、数十年の間に数千点の編み物をこしらえただとか、「締め切りがあるからこそ人は行動する」ではなく、本当に主体的に生きているというリナ像を呈示しないことには、最後のリナの決断に説得力がない。惰性で生きているだけに見えてしまう。それこそ最後の最後にリナが自分の体に巻き付いている糸を自ら切り離し、自分は誰かのボディワークスだったのだ、と悟るシーンでもあればまだマシだったのだが。

 

総評

映像作品として観れば及第だが、物語として観れば穴だらけ。来るべき世界への予感もなく、死生観の変化をダイレクトに描くこともなかった。仮にもSF作品なのだから、文明社会というものの変化を映し出すことに取り組まなければいけない。芳根京子の演技力に頼りすぎである感は否めない。芳根のファンなら必見だろうが、カジュアルな映画ファンのデートムービーにお勧めできる作品ではない。かといってSFファンをうならせる出来にもなっていない。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

immortal 

不死、不滅の意味。生物学的な意味だけではなく、その他の比喩的な意味でも使う。earn immortal fame = 不朽の名声を得る、などのように使われることが多い。逆にmortal = いつか死ぬ、という意味。今まさに上映中の『 モータルコンバット 』は直訳すれば、死につながる戦い=負けた方は絶対死ぬ戦い、のような意味となる。元々、ラテン語の死=morsから派生した語。お仲間にはmortuaryやmortgageなどがある。英検準1級以上を目指すなら知っておこう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, E Rank, SF, 寺島しのぶ, 岡田将生, 日本, 監督:石川慶, 芳根京子, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 Arc アーク 』 -メッセージの伝え方をもっと工夫せよ-

『 るろうに剣心 最終章 The Beginning 』 -コスプレ大会からの脱却-

Posted on 2021年6月10日 by cool-jupiter

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るろうに剣心 最終章 The Beginning 65点
2021年6月6日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:佐藤健 有村架純
監督:大友啓史

 

シリーズ完結作品。最高傑作との呼び声が高いが、それは見方によるか。なぜ『 るろうに剣心 最終章 The Final 』が先で、こちらが後だったのか疑問だったが、本作を鑑賞して納得することができた。

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あらすじ

時は幕末。長州志士たちは江戸幕府の打倒を目指して京都に集結していた。その中で緋村抜刀斎(佐藤健)は幕府の要人の暗殺を担っていた。しかし、幕府も尊王攘夷派を抑え込むために新選組を組織し、両者の構想は激化。その最中、抜刀斎は謎の女性、巴(有村架純)に幕府側の暗殺者を切り殺す現場を目撃されて・・・

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ポジティブ・サイド

開幕から圧巻の殺陣、というか殺戮が展開される。今作では剣心ではなく抜刀斎であるため、不殺の誓いはない。つまり、殺しまくる。若き抜刀斎自身、マイク・タイソンもかくやという耳噛み攻撃を繰り出すなど、狂気十分。『 るろうに剣心 京都大火編 』の新月村でのソードアクションも迫力満点だったが、あちらは逆刃刀による不殺のアクション。BGMに合わせて左右からボコボコする映画的演出が満載だった。一方の本作の冒頭は、そうした演出は極力省き、ダークな幕末の雰囲気をそのまま再現しようと試みている。事実、照明は限りなく抑えられており、巴が剣心を街に連れ出すシーン以外はほとんどすべて薄暗いシーン。二人が農家で暮らすシーンにも、光あふれる演出はない。

 

そうした世界観はキャラクターの造形や人物像にも徹底されている。たとえば、相楽左之助という名脇役がいたことで、命のやり取りであるはずの真剣勝負でも、彼の戦いだけはどこかに必ず笑える演出が盛り込まれていた。本作にはそうしたコミック・リリーフは一切出てこない。漫画原作の追想編の空気を見事に再現できていたように感じる。

 

佐藤健もよく節制している。撮影時は29か30歳ぐらいか?体力的にも肌つやの面でも少しずつ衰えが始まる頃だが、そこをうまく遅らせているという印象。素晴らしい。チャンバラも魅せる。特に、原作では斎藤一に出番を奪われてしまった某キャラとの一騎打ちは素晴らしいファンサービスだった。

 

剣心と巴のロマンス(当時の言い方にすれば野合)の過程の描き方も説得力があった。恋愛という言葉も概念も行動も、日本では近代以降のフィクション。そうした背景を理解して鑑賞するなら、巴と清里の関係、剣心と巴の関係、その悲劇的な末路にも十分に共感ができるはず。幸せという形がすでにあり、それを所与のものとして受け取る江戸時代(末期も末期だが)に、幸せという形を一から自分の力で見出そうとしていく剣心に新しい時代の風を感じられた。

 

闇乃武との戦いで巴を斬り殺してしまうシーンにしんしんと降る雪。血の赤と雪の白のコントラストが美しかった。このシーンを際立たせるために全編を暗めに撮影していたのか。幕末の暗殺者から鳥羽伏見の戦いでの遊撃剣士に、そこから『 るろうに剣心 』冒頭へとつながる流れは見応えがあった。

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ネガティブ・サイド

有村架純の演技は素晴らしかったが、やはり漫画原作の巴の痩身長躯のクールビューティーというビジュアルは体現できていなかった。単純に身長や体形でキャスティングするわけにはいかないが、それでも新木優子や水原希子といった女優が巴を演じていればどうなっていただろうか。また剣心と巴の初夜(とは少し違うが)もなんだかなあ、である。有村架純は『 ナラタージュ 』で濡れ場は演じているわけで、せめて漫画本編にあったような裸から着物を身に着けていく巴・・・というシーンを演じるべきだった。これまでの武井咲=薫では出せなかった味を、有村架純=巴は出すべきだった。

 

漫画で剣心は「一番隊、二番隊、三番隊の組長は文句なしに強かった」と語っていたが、シリーズを通じて(まともな形で)戦ってくれた組長は一人だけとはこれいかに。また、これはごく個人的な要望だが、若いころの鵜堂刃衛も出してほしかったし、志々雄にもカメオ出演してほしかった。

 

闇乃武だけコスプレ臭がしたが、それ以上に徳川の世うんたらかんたらの長広舌が耳障りだった。単なる偶然だろうが、度重なる緊急事態宣言で公開延期の苦渋を何度も味わわされた自民党政治と徳川政治には共通点が多いため、余計にうるさく聞こえてしまった。

 

総評

一作目から戌亥番神が登場したりと、大友啓史監督が脚本執筆段階で全体的な構想を持っていなかったことは明らか。FinalとBeginningは先行する作品と毛色が違うが、特にこのBeginningは異彩を放っている。漫画原作にそれなりに忠実でありながら漫画色が感じられない。シリーズ全体を通じて本作を鑑賞するのと、本作はスピンオフと割り切って鑑賞するのでは、全く異なる感想になると思われる。漫画的な爽快痛快アクションを求めているなら、Final鑑賞で終わってもいいかもしれない。鑑賞するならスピンオフと割り切って観るべし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

traitor


「裏切り者」の意。幕末に限らず、動乱の時代=謀略の時代である。必然的に裏切り者も多く出てくる。長州側の裏切り者が本作の一つの焦点だが、幕府側にも裏切り者はいたはず。さもなければ、抜刀斎があれだけの数の幕府の要人を暗殺できたはずがない。内通者は必要悪であろう。『 スター・ウォーズ エピソード7/フォースの覚醒 』でカイロ・レンがフィンに対して”Traitor!”と怒鳴るシーンは格好の使用例である。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, アクション, 佐藤健, 日本, 有村架純, 監督:大友啓史, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 るろうに剣心 最終章 The Beginning 』 -コスプレ大会からの脱却-

『 るろうに剣心 最終章 The Final 』 -原作にもう少しリスペクトを-

Posted on 2021年4月29日 by cool-jupiter

るろうに剣心 最終章The Final 50点
2021年4月24日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:佐藤健 武井咲 新田真剣佑
監督:大友啓史

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コロナで延期が1年延びた作品。過去作を劇場で再公開するという最高のマーケティングで売り出したところで、緊急事態宣言。なんとか公開二日目に鑑賞はしたものの、色々と疑問に思う構成だった。

 

あらすじ

志々雄真実の討伐から2年。平和を謳歌する剣心(佐藤健)や薫(武井咲)に人誅の時が迫る。剣心の義理の弟・雪代縁(新田真剣佑)が、剣心への復讐のために東京に迫ってきていた。剣心は縁を止めるために最後の戦いに挑むが・・・

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ポジティブ・サイド

コスプレ大会は続く。佐藤健も武井咲も前作から変わらぬビジュアルを維持し、江口洋介もかなり老化に抵抗している。左之助役の青木崇高も若々しさを保っているのは見事。弥彦が思ったより大きくなっておらず、しかし確実に背丈が伸び顔つきから幼さもなくなった。変わらぬキャラクター達と確実に流れゆく時が、冒頭で西洋風の結婚をしたカップルを眺める皆の姿から見て取れた。

 

伊勢谷友介の回転剣舞六連や土屋太鳳の回し蹴りなど、アクションのクオリティは高い。度肝を抜かれたのは、縁と左之助の肉弾戦。これまでの左之助の戦いは、戌亥番神や悠久山安慈など、強敵ながらどこかコミカルな相手だった。しかし、縁にひたすらボコられる左之助は、これまでになく痛々しい。元々打たれ強さを身上とするキャラだったが、今回のやられっぷりは観ているだけでこちらまで痛くなってきた。青木崇高の熱演に脱帽。

 

剣心と縁のバトル。BGMのない剣戟。今シリーズで間違いなく初めての演出。これを待っていた。『 アジョシ 』のテシクとラム・ロワンのナイフバトルを彷彿させた。剣と剣が打ち合う音だけが響く戦いは、剣心と縁の対話になっていた。原作漫画での左之助の評価通り、縁が志々雄以上だとは感じられなかった。しかし、剣心を倒さんとする執念は倭刀の音から十分に伝わってきた。新田真剣佑はもともと『 OVER DRIVE 』でかなりの筋肉を見せつけていたが、今作では運動能力の高さも披露した。佐藤と並んで、アクションのできる俳優が二人そろうことで、前作の志々雄と剣心の決闘に勝るとも劣らないバトルが繰り広げられた。両俳優に拍手。

 

ネガティブ・サイド

大友啓史監督はもう少し原作をリスペクトすべき。漫画と映画は異なる媒体で、だからこそ表現できるもの、表現すべきものが異なる。それは当然のこと。本シリーズはキャラクターの再現度を優先して世界観を構築してきており、そのアプローチ自体は否定しない。けれど絶対に守るべき世界観もある。刀が飛び道具や銃火器に優るという世界観だ。四乃森蒼紫をどこまで不遇に扱えば気が済むのか。

 

蒼紫だけではなく刀狩りの張まで・・・ 原作では味のあるキャラクターだったはずが、どうしてこうなった。前々作では十本刀の中では最も優遇されていたはずが、本作では原作と大きく異なる悪党、なおかつ雑魚になりさがってしまった。縁の強さを観る側に印象付けるためのかませ犬的なポジションとしては確かにうってつけかもしれないが、だったら一瞬でもいいので戦闘シーンを見せるべき。または倭刀についての蘊蓄を語らせるべきだろう。

 

最も不遇なのは弥彦だろうか。鯨波兵庫を原作漫画並みに大暴れさせておきながら(屋根の下から撃っているはずなのに、瓦屋根の上に俯角で銃弾が当たっていたが・・・?)、結局は剣心が倒してしまうという安易なストーリー展開はどうなのか。前作でも十本刀相手に見せ場を奪われた弥彦だが、今作でも成長は見せられず。いや、成長させてもらえず。何度でも言うが、漫画『 るろうに剣心 』は、幕末から明治という時代の移り変わりの物語であり、旧時代の人間が新時代の人間にバトンを渡していくという、ある意味では弥彦のビルドゥングスロマンなのだ。製作者たちはそこを読み違えていないか。あるいは、そこをあまりにも軽視していないか。弥彦は『 るろうに剣心 最終章 The Beginning 』の回想には出番はないわけで、これをもって弥彦の物語が終わりにしてしまうというこの映画シリーズには心底がっかりである。

 

最も腑に落ちないのは、縁による人誅の仕上げ。なぜ原作と変えてしまったのか。原作漫画未読かつ映画はすべて復習鑑賞したJovian嫁は本作鑑賞後に「なんで殺さへんかったん?」と一言。至極当然の疑問であろう。連載当時の反響は凄かったし、あのインパクトは大画面でこそ再現すべきだったし、そうすれば蒼紫にも活躍の場が与えられたはず。また完結篇たる次作への最高の cliff hanger になったのではあるまいか。 

 

総評

正直、アクション以外は微妙である。いや、それはシリーズ全体を通じて言えることでもあるのだが、今作に至っては原作からの改変度合いが大きすぎる。改悪になっている。今更何を言っても次作の内容は変わらないが、かくなるうえは The Beginning で人を惨殺しまくる人斬り抜刀斎の超絶アクションと、原作で描かれることのなかった新選組との激突に期待するしかない。 

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

take someone away

文脈にもよるが、誰かを連行する、の意。斎藤が部下たちに「連行しろ」と冒頭で言うが、英語にすると”Take him away.”となる。『 スター・ウォーズ 』の冒頭でダース・ベイダーがトルーパーたちに”Take her away.”と言ってレイア姫を連行させるシーンを思い出せれば、英語マニア兼スター・ウォーズマニアだろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, アクション, 佐藤健, 新田真剣佑, 日本, 武井咲, 監督:大友啓史, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 るろうに剣心 最終章 The Final 』 -原作にもう少しリスペクトを-

『 るろうに剣心 伝説の最期編 』 -藤原竜也ワールド全開-

Posted on 2021年4月25日 by cool-jupiter

るろうに剣心 伝説の最期編 70点
2021年4月17日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:佐藤健 武井咲 藤原竜也
監督:大友啓史

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前二作は佐藤健の、佐藤健による、佐藤健のためのコスプレ大会という趣が強かったが、本作は藤原竜也に持っていかれた、という印象である。顔まで含む全身包帯姿なので、コスプレ的な再現度で言えば志々雄>剣心になるのは当然だが、演技者・表現者としても藤原竜也>佐藤健を印象付けてくれたように思う。

 

あらすじ

漂着したところをかつての師・比古清十郎に救出された剣心(佐藤健)は、飛天御剣流の奥義の伝授を乞う。師との向き合いから「生きようとする意志」の強さと奥義を手に入れた剣心は、志々雄真実(藤原竜也)とその一派の討伐に向かわんとするが・・・

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ポジティブ・サイド

チャンバラ大会ここに極まる。けなしていない。褒めている。一時期のWWEなどは、ここでプロレスしてどんな問題や因縁が解決するのか分からないほどに迷走していたが、ここまで清々しく総てがチャンバラ(と拳)で決まる世界観は潔いとすら言える。延々と続く福山雅治による佐藤健へのシゴキは原作とは全然違うものの、アクション密度を高めるのに大いに貢献した。

 

アクションでは田中泯も頑張ったほうだろう。一部どう見てもスタントマンのシーンも散見されたが、相手である伊勢谷友介の熱の入った演技で最怖の翁として説得力ある戦闘能力を表現できていた。蒼紫の強さを際立たせるためのかませ犬なのだが、それを実写で前期高齢者がこなしてしまうところが素晴らしい。

 

その四乃森蒼紫と剣心のバトル(とあえて表現する)も素晴らしい。ワイヤーアクションにはCGには出せない味がある。同時に伊勢谷友介も佐藤健並みのアスリートであると感じた。普段から結構スポーツや格闘技をしている人間の動きに見える。剣心の「神速」は映像的に映えるが、蒼紫の「流水の動き」はある意味で神速よりも表現が難しい。それをところどころで披露しているかのような動きは伊勢谷の発案か、それともfight choreographerの指導の賜物か。

 

船上での宗次郎とのバトル(やはり敢えてこう表現する)も非常に漫画的かつシネマティック。神速vs神速の戦いで、このチャンバラの振付は役者の運動神経および互いの信頼関係を前提としないと成立しなかっただろう。佐藤と神木のケミストリーは『 バクマン。 』から続いているし、この二人の共演はぜひとも他作品で観てみたい。

新月村ではなぜか不在だった斎藤一も、海岸でのバトルでは後輩警察官にかけるそっけない、しかし熱い言葉が印象的。さらに「役人になって武士の誇りを忘れたようだな」という上官へのセリフに、前作および前々作で語られることが一切なかった斎藤一の「悪・即・斬」の哲学が垣間見えて良かった。ここでは漫画の斎藤一らしさが感じられた。劇場公開時は漫画の斎藤にはとても見えなかった江口洋介が、劇場で立て続けに観ると漫画的に見えてくるから不思議だ。原作漫画を未読のJovian嫁は「江口洋介が一番漫画に忠実やと思う」とのこと。確かに思い起こしてみると、『 バットマン 』のマイケル・キートン的、つまり漫画の構図を忠実に再現しようとする意志が感じられた。

 

だが誰が何と言おうと本作の主役は志々雄真実である。つまり藤原竜也なのである。原作の志々雄のどうしようもないほどの強さを見事に実写化。あの包帯衣装は包帯ではなく、多分包帯でグルグル巻きにしたように見せる襦袢?またはラバースーツ?いずれにしろ、他の主要キャラと違って、動きに多少の制限が加わりそうな衣装に見えたし、視界は絶対に悪くなっているはず。それを身に着けたうえであれだけのアクションをこなしたのであれば藤原竜也は本物であろう。同時に衣装係の腕前も賞賛せねばならない。剣心、斎藤、左之助、蒼紫の4人を同時に相手にし、圧倒する様は荒唐無稽ながらも説得力があった。表情も体の動きにも制約がある役ながら、誰よりも原作のキャラを再現できていたように感じたし、最期の断末魔の咆哮と笑い声は原作の漫画のそれ以上だ。伊藤博文その他政府高官の敬礼が藤原竜也への敬礼に見えてしまった。それほどJovianは志々雄真実を演じた藤原竜也に魅了されてしまった。

 

ストーリーよりもキャラとアクションを見たいんだ、という層には文句なしにお勧めができる仕上がりである。

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ネガティブ・サイド

奥義の伝授、つまり「死んでもいい」が「生きねばならない」に変わる過程の描き方があまりにもアンバランスだ。この部分の冗長さがアクションの密度を高めてはいるものの、ストーリーを余計に冗長で間延びしたものにしてしまっている。福山雅治のキャスティングは悪くはないが、これは漫画ファンや映画ファンを満足させるためではなく、福山雅治ファン向けの映画作りをするためなのか。大友啓史は伊勢谷友介に恨みがあって、なおかつ福山雅治に恩義でもあるのか。本当に福山雅治の見せ場を作りたいなら、原作に近い形で十本刀の精鋭をあっさり撃退させてしまえばよかった。というか十本刀という存在も不要だったようにすら思う。伊勢谷友介も残念至極。さんざん剣心を追跡しながら、戦いになった途端に奥義を使われるまでもなく敗れてしまった。シリーズを通して最もかわいそうなキャラである。

 

志々雄との戦いの決着を決める奥義「天翔龍閃」が結構しょぼい。というか、漫画では乱発されていたのを映画では温存していたためか、インパクトが薄れてしまった。単なるスローモーションではなくスーパースローモーションで処理するか、もしくは高速処理にして音が後から聞こえてくるような演出でも良かった。最終奥義のしょぼさが画竜点睛を欠いてしまっている。

 

志々雄に政治を語らせたり、剣心の処刑の茶番や、甲鉄艦が最終決闘の場になったりといった映画オリジナル展開がすべてノイズ。ただ、アクションを見たいという層の観客に沿った結果だと思えば、そこは許容できるか。

 

総評

良くも悪くも、原作のストーリーをダイジェストにして、チャンバラ活劇をメインにしている。原作に忠実な作品を求める層もいれば、漫画という静止画の連続からは得られないカタルシスを大画面と大音響で味わいたいという層もいる。全員を満足させる作品作りは不可能と割り切って、アクション > ストーリーという割り切った作り方を選択したこと自体は評価したい。漫画ファンを納得させるのは難しいが、映画ファンならば満足できる仕上がりになっている。チャンバラ活劇ファンおよび藤原竜也ファンならば必見であろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

You grate on me.

瀬田宗次郎の「イライラするなあ」の私訳。grate on someone で、誰かをいやな気分にさせる、誰かの気に障る、の意味。ちなみにJovianのひとつ前の勤め先の英会話スクールの同僚講師3人(全員英検1級持ち)の誰もこの表現を知らなかった。この表現のレベルが高いのか、Jovianの元同僚のレベルが低かったのか。多分、後者である。

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Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 2010年代, B Rank, アクション, 佐藤健, 日本, 武井咲, 監督:大友啓史, 藤原竜也, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 るろうに剣心 伝説の最期編 』 -藤原竜也ワールド全開-

『 太陽は動かない 』 -ドラマ未鑑賞でもOK-

Posted on 2021年4月17日 by cool-jupiter

太陽は動かない 60点
2021年4月13日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:藤原竜也 竹内涼真 ハン・ヒョジュ 南沙良
監督:羽住英一郎

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WOWOWドラマの映画版。コロナ禍で公開がかなり遅れたが、当初はスルー予定だった。ハン・ヒョジュと南沙良が出演していると知って、慌ててチケットを購入した。

 

あらすじ

産業機密情報を売るAN通信、そのエージェントである鷹野(藤原竜也)と田岡(竹内涼真)は、次世代エネルギーの開発の秘密をめぐってブルガリアに潜入した同僚を救出するが、心臓に埋め込まれた爆弾が容赦なく爆発。同僚は死亡した。鷹野はその任務を引き継ぎ、各国の企業やエージェントらと渡って行くことになり・・・

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ポジティブ・サイド

冒頭の市原隼人救出のシークエンスは思いっきりハリウッドを意識していてよろしい。窓からど派手に侵入してからの銃撃戦と近接格闘戦から、AN通信というのはハッキングや通信傍受の集団ではなく肉体派の集団ですよ、ということが伝わってくる。藤原竜也はるろ剣でも感じたが、邦画では珍しくかなり体を動かせる役者だ。アクションシーンのワンカットの長さだけでそれを判断するのは早計だが、アクションを体に染みつかせるのは才能と練習の両方が必要だ。ドラマでキャリアを積んだ役者はセリフを覚えるのはうまいが、部隊・・・じゃなかった舞台上がりは体に動きを叩き込ませられるのが強味。藤原竜也にはそうした芯の強さを感じる。

 

心臓に爆弾を埋め込まれているという設定も、実際に医療機器で心臓に埋め込むペースメーカーというものがあるので、割と素直に受け止められる。スパイの世界では死ぬことでしか守れない情報というものもあり、だからこそ『 TENET テネット 』の主人公のように、自分から死を選ぶ姿勢が一流には求められる(別に『 TENET テネット 』の主人公は本当に死ぬわけではない、念のため)。

 

太陽光エネルギーに関する秘密を主軸に物語が進んでいくというのも、現実世界を下敷きしているので、必ずしも万人にとって分かりやすいわけではないが、納得しやすい話である。特に発電、蓄電、送電が分離していながらも独占状態でもある本邦では、この仕組みにメスが入れられつつあり、そうした背景を頭に入れて鑑賞すれば物語世界に入っていきやすくなる。世界各国に血眼になってこの技術の秘密を手に入れたいと願う者たちがいる、逆に言えば、この技術の秘密を何よりも高く買ってくれる相手に売りたいと思う者たちもいるということで、本作がヨーロッパやアジアを股にかけた国際的なスケールで展開されるのは必然なのだ。

 

ハン・ヒョジュが演じた international woman of mystery が素晴らしい。複数言語を操り、くのいち的な手練手管も備えたエージェントで、こんな相手になら騙されてみたいと思わせてくれた。脚線美を見せつけるだけではなく、韓国のお家芸であるテコンドーキックも披露してくれたのはちょっと驚き。アクションができるタイプの役者だとは認識していなかったが、なかなかやりますなあ・・・

 

鷹野という男のバックグラウンドを結構ねちっこく描いてくれているので、ドラマ未鑑賞でも劇中の彼の行動原理が理解できるし、共感もできる。”失われた家族”という裏テーマが作品全体の通奏低音になっていて、鷹野が様々な登場人物たちに複雑なエディプス・コンプレックスを抱いているのが分かる。それを一つひとつ、時には乗り越え、時には囚われしていくのが作品の序盤中盤終盤で逆説的に描かれている。どこか『 ベイビー・ドライバー 』的だと感じられるのだ。続編があれば、ドラマ鑑賞の上、観てみたいと思わせてくれる出来であると感じた。

 

ネガティブ・サイド

よくよく考えれば、爆弾を胸に埋め込むことは裏切りの抑止力になっていないのではないか。定期連絡さえ怠らなければ死ぬことはないわけで、スパイの世界では当たり前のダブルエージェントがAN通信から出てきても全く不思議ではないだろう。このあたりをうまく説明できる描写が欲しかった。

 

スパイの世界で重要な産業機密を巡った話をしているわりには、盗聴などにあまりにも無頓着すぎやしないか。特に鶴見辰吾の自宅での会話など、普通はそんなところでは絶対にやらないだろう。穿ちすぎかもしれないが、「息子の情報」をエサに奥さんに盗聴させることも難しくはないだろう。AN通信という組織でありながら、通信技術に無頓着に思えるシーンが多々あるのは遺憾である。

 

ハン・ヒョジュやピョン・ヨハンら、韓国人俳優が英語や日本語を操るのは国際的なエージェント感が出ていてよい。だが、ハン・ヒョジュの日本語が少したどたどしいかな。そう感じられるのは彼女の名前がAYAKOだから。なぜ普通の韓国人風の名前にしなかったのか。または『 ザ・バッド・ガイズ 』や『 パラサイト 半地下の家族 』みたいにジェシカとかで良かったのでは?

 

字幕にも不満が残った。字幕の出来ではなく表示方法。日本語、英語、韓国語、中国語、さらにはヒンディー(?)まで入り乱れる本作だが、英語はカッコ無し、韓国語は<~~~~>、中国語は≪~~~~≫、ヒンディーは【~~~~】のように使い分けてほしかった。そうすれば、誰がどの国の人間でどういった人物相関にあるのかがもう少しわかりやすくなっただろう。

 

後はJovianが大好きな南沙良の出番が中途半端だったかな。

 

総評

邦画には珍しい壮大なスケールの物語で、日本人キャスト以外にもそれなりのビッグネームが名を連ねているのはWOWOWの力か。警察や公安、自衛隊ではなく会社員が大活躍するという点で、サラリーマンもちょっと勇気づけられる話になっている。普通のテレビ局ではなくWOWOWが絡んでいるためか、邦画的ではなくハリウッド的な作劇になっている。回想シーンと現在のシーン、そして色々な地域を行ったり来たりするところについていければ、それなりに楽しめることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

That is all there is to it.

それだけのことだ、の意味。文法的に分解して開設するのは面倒なので省略させてもらうが、用例としては

Always listen to your customer. That is all there is to it.

常に顧客に耳を傾けよ。それだけのことだ。

If you want to get promoted, get a TOEIC score of 900. That’s all there is to it. 

昇進したければTOEIC900点を取りなさい。それだけのことだ。

のように使う。ぜひ使いこなそう。 There is nothing to it!

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, アクション, ハン・ヒョジュ, 南沙良, 日本, 監督:羽住英一郎, 竹内涼真, 藤原竜也, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 太陽は動かない 』 -ドラマ未鑑賞でもOK-

『 るろうに剣心 京都大火編 』 -コスプレ大会がレベルアップ-

Posted on 2021年4月12日 by cool-jupiter

るろうに剣心 京都大火編 65点
2021年4月20日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:佐藤健 武井咲 藤原竜也
監督:大友啓史

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『 るろうに剣心 』の続編にして、志々雄編の始まり。ここからコスプレもレベルアップし、それに比例するかのようにアクションもレベルアップしていく。ただし、前作同様にストーリーを無理やり詰め込みすぎた弊害が今作でも出ている。

 

あらすじ

明治の世になって幾星霜。しかし、幕末の暗殺者・志々雄真実(藤原竜也)がよみがえり、国盗りを狙っていた。内務卿・大久保利通暗殺の報を受けた緋村剣心(佐藤健)は神谷道場を去って京都へと単身向かうが・・・

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ポジティブ・サイド

なんだかんだで主演を張った佐藤健のatheleticismは大したものだと思う。映画『 バクマン。 』でも、染谷将太を相手にイメージの世界ででかいペンを振るうアクションシーンがあったが、そこで披露したキレキレの動きは健在。節制すれば40代でもアクション俳優として活躍できそうだ。新月村の雑魚敵を大掃除するシーンは、どれだけリハーサルを重ねたのだろうか。また宗次郎との初対決でのチャンバラも、漫画にはないシーンで非常にエキサイティングだった。やはりチャンバラこそが邦画の華。その意味ではるろ剣は邦画の華の中の華と言える。

 

『 バクマン。 』で共演した神木隆之介演じる宗次郎も再現度が高い。神木も見た目とは裏腹に身体能力の高さを誇る役者で、チャンバラだけではなく大久保利通暗殺のシーンでも魅せた。漫画の縮地は実写では描けないが、それでも剣心並みの神速の持ち主であることが十分に伝わる演出だった。あどけなさの残る顔立ちでありながら、剣客として一流という正に漫画的なキャラを、神木という役者が絶妙なタイミングで演じることができたのは僥倖だろう。

 

土屋太鳳演じる巻町操は、年齢的にはちょっと合わないが、それでもアクションで魅せる。伊勢谷友介もかなり鍛えているのか、ワイヤーアクション以外では最も格闘ができていたように見えた。るろうに剣心という複雑な人間模様を備えた漫画を実写映画化するなら、ある程度はアクション一本鎗で行くと割り切ることも重要。その意味ではストーリー進行やキャラの描き方に多少の?マークがついても、とにかくアクションの迫力で押し切るという方針は正解だったと思う。

 

それでも本作のMVPは文句なしに藤原竜也であると感じた。全身から顔面まで包帯でグルグル巻きで、表情がひとつも出せないにもかかわらず、苛立ちや興奮、嘲笑などの多彩な感情を声音と仕草だけで表現しきったのはあっぱれ。試し切り以外のアクションを何もしていないのに、最も強く印象に残るキャラは間違いなく志々雄である。

 

ネガティブ・サイド

コスプレ=キャラの見た目の再現度には何の文句もないが、香川照之が観柳をover the topに演じたように、ここでもcharacter studyを誤った役者がいる。Jovianのお気に入りの滝藤賢一演じる百識の方治がそれだ。超武闘派集団の中で唯一の冷静沈着なインテリキャラのはずが、どうしてこうなった・・・ 大友監督は漫画をどこまで読み込んだのか。

 

四乃森蒼紫についても完全に伊勢谷友介の無駄使い。本来なら前作で鵜堂刃衛のポジションにいるはずだったが、剣心を追って頓珍漢な行動ばかり。左之助や翁とのバトルは見応え十分だが、ストーリーが面白くなったかというと、そうではない。1作目で刃衛と蒼紫。2作目である本作で十本刀の半分くらい、3作目で志々雄を倒すぐらいが本当は望ましかったのではないか。

 

斎藤一が1作目から登場してしまったこともキャラとストーリーの両方を描くという面では失敗だったようだ。強キャラながら肝心なところにいないという印象が勝ってしまう、また左之助が「明治政府とは性が合わねえ」と言いながら、明治政府の要請で京都に向かった剣心を追うというのも納得しがたい。漫画のように赤報隊というバックグラウンドをしっかり描いておけば、明治政府は気に食わないが大多数の農民や庶民を虐げることになる志々雄の支配は認められないという左之助の正義が伝わるのだが。

 

総評

原作漫画に忠実なキャラの行動原理やストーリー展開を期待するとがっかりする。逆に、原作の愛すべき、そして憎むべきキャラクターたちがど派手にチャンバラをやる映画だと割り切って鑑賞しなければならない。アクション自体は非常に上質なので、原作原理主義者でもない限りは、迫力の戦闘シーンの数々に満足できることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

This cuts well.

新月村の志々雄が試し切り後に言い放つ「よく切れるな」というセリフの私訳。cutというと他動詞で使われることが多いが、自動詞で使われる頻度もそれなりに高い。日本語でも「この車はあまり売れなかった」と自動詞で使うが、英語でも同じように”This car didn’t sell well.”と言う。英語の自動詞と他動詞を適切に使い分けられるようになれば、中級者の中でも上位に近づいてくる。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, アクション, 佐藤健, 日本, 武井咲, 監督:大友啓史, 藤原竜也, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 るろうに剣心 京都大火編 』 -コスプレ大会がレベルアップ-

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