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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: 日本

『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を-

Posted on 2022年7月22日 by cool-jupiter

キングダム2 遥かなる大地へ 55点
2022年7月17日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:山崎賢人 吉沢亮 豊川悦司 清野菜名
監督:佐藤信介

『 キングダム 』はなかなかの出来栄えだったが、今作はちょっと落ちるという印象。それでも随所に原作漫画らしさが爆発しており、面白さは保っている。

 

あらすじ

下僕の身から戸籍を得た信(山崎賢人)は、王宮に侵入した秦王・嬴政(吉沢亮)の暗殺者を見事に撃退する。しかし、その直後、魏が秦へ侵攻してきたとの報が入る。嬴政は迎撃のため麃公将軍(豊川悦治)を蛇甘平原に出征させる。武功を求めて歩兵に志願した信は、同郷の尾平や尾到、伍長の澤圭、謎の剣士・羌瘣(清野菜名)と伍を組むことになるが・・・

ポジティブ・サイド

副題の「遥かなる大地へ」の通り、山や王宮がメインの戦場だった前作とは一転して、ほとんどの闘いが屋外で繰り広げられる。それも大平原に山岳にと、非常にスケールが大きい。黄色の土ぼこりが一面に舞うと、山ばかりの日本の平野とは違うなと感じる。単純な演出効果は大きい。

 

アホだが確実に腕は立つ信を前作に引き続き、山崎賢人が好演。チャンバラの迫力も前作と同水準を維持している。また蛇甘平原で一気に敵陣に突っ込んでいく無謀さ、そこで雑兵を蹴散らす漫画的な迫力も映像で十分に表現できていた。大軍vs大軍の迫力を出すのは予算的にもCG技術的にも無理。しかし、本作では伍という単位にフォーカスすることで、その問題をうまく回避した。実際の歩兵部隊も伍長や什長が最小単位を率いていたし、最近の連載では描かれなくなった伍の戦いにはリアリティが感じられた。

 

同時に、原作漫画で二度にわたって絶望感を与えられた魏の戦車隊の迫力は、漫画には出せないものがあった。Jovianの持つ映画における戦車というのは『 ベン・ハー 』ぐらいなのだが、戦車隊が歩兵を蹂躙する様、その戦車隊を「策」でもって退ける様、そして信が戦車を見事に破壊するシークエンスなどは、スペクタクルそのもの。これらのシーンは是非とも大画面で堪能されたい。

 

『 キングダム 』は究極的にはキャラクター漫画であり、映画もキャラクター映画である。極端な話、将軍一人で数千人の力に匹敵するし、実際に原作でも李朴は合従戦編でそのような趣旨のことを述べていた。その意味で、今作では最初の三人(信・嬴政・河了貂)以外の、後の飛信隊の中核となるメンバーの絆を上手く描き出していた。特に原作では全く馴れ合おうとしなかった羌瘣を、原作とは少し(というか大いに)異なる方法で仲間に引き込むという脚本はよくできていた。原作者が加わっているから、どこを削るのか、何を足すのかが明確だったのだろう。

 

エンドロール後には第三作への予告編も垣間見ることができる。『 キングダム 』で予想したとおりに、馬陽防衛戦になりそうだ。まだ編集段階だろうか。2時間40分程度の長さで、飛信隊の誕生から王騎の矛を受け継ぐシーンまで、見せ場てんこ盛りで描き出してほしい。

ネガティブ・サイド

率直に言って、羌瘣、麃公、呂不韋はミスキャストだと感じた。初登場時の羌瘣は10代前半くらいのはず。清野菜名は薹が立つではないが、それこそ現在連載中の宜安の戦いぐらいの年齢に見える。探せばもっと羌瘣っぽい役者はいるはずだし、見当たらなければ、それこそオーディションすべきだろう。

 

麃公を演じた豊悦も、ビジュアルはかなり原作に忠実だったが、声と立ち居振る舞いがどうにも本能型の極みに思えなかった。「全軍、待機じゃあ!」や「ハァアア!」の声のピッチが高すぎて、どうにもイメージに合わない。また呉慶将軍との一騎打ちも、原作にあった「相手を知ろうとする」過程がすっぽり抜け落ちていて、信が目指すべき大将軍像を呈示できていなかった。

 

最後に少しだけ出てくる呂不韋も佐藤浩市では年齢が合わないし、なにより原作の呂不韋が放つ圧倒的なオーラが足りない。北村一輝や豊原功補のような役者の方が呂不韋に逢っているように感じる。あと、春秋戦国時代で最も有名な人物の一人である李斯が登場しなかったのは何故なのだろうか。

 

アクションは文句なしだが、それ以外の部分の演出の粗が多かった。魏火龍の発音がキャラごとに違ったり、あるいは羌瘣と羌象が緑穂を異なるイントネーションで発音したりと、もう少し台詞回しにも目を光らせてほしかった。

 

効果音にも改善の余地あり。羌瘣が巫舞で敵兵を屠っていく際の音が「ガギィン」だった。これは絶対に「スヒン」でなければならない。フォーリー・アーティストの尻を叩いて「スヒン」という音を生み出すべきだった。

 

ミスチルの楽曲『 生きろ 』は悪くなかったが「遥かなる大地」という感じは全くしなかった。副題が「仲間と共に」とかなら、まだフィットしたのかもしれないが。前作同様にONE OK ROCKの荘厳なバラード曲を依頼できなかったのだろうか。

 

総評

アクション映画としても、漫画の映像化としても、それなりの水準に達している。三部作は往々にして、1から2で上がって、2から3で落ちるものだが、本シリーズは1から2で少し下がってしまった。その代わり、2から3で爆上がりすることが期待できそう。原作ファンならキャスティングや演出に対して賛否のどちらもありそうだが、観て損をすることはないはず。歩兵目線の戦争アクションを邦画も描けるようになったというのは実に感慨深い。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

turn the tables 

「テーブルを引っくり返す」というのが直訳だが、実際の意味は「形勢を逆転する」の意。劇中では渋川清彦演じる縛虎申千人将が「将軍の狙いはここから大局を覆すことだ」と言うシーンがあったが、大局を覆すというのは turn the tables が英訳としてふさわしいだろう。類似の表現に turn things around というのもある。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, アクション, 吉沢亮, 山崎賢人, 日本, 清野菜名, 監督:佐藤信介, 豊川悦治, 配給会社:ソニー・ピクチャーズエンターテインメント, 配給会社:東宝『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を- への2件のコメント

『 地獄の花園 』 -アクションをもっと真面目に-

Posted on 2022年7月16日 by cool-jupiter

地獄の花園 50点
2022年7月12日 レンタルBlu rayにて鑑賞
出演:永野芽郁 広瀬アリス
監督:関和亮

劇場公開時にはスルーしたが、クーポン使用で近所のTSUTAYAから安く借りてくる。アクションが全体的に中途半端で、メインのキャラも脇役に食われてしまっていた。

 

あらすじ

ごく普通のOLである直子(永野芽郁)の会社では、猛者たちがOL界の覇権を求めて抗争を繰り広げていた。ある日、中途採用された法条蘭(広瀬アリス)と直子はひょんなことから意気投合。しかし、蘭は超武闘派のOLで、あっという間に三富士株式会社のトップに君臨する。以来、周辺企業のトップのOLたちとの抗争が絶えなくなり・・・

 

ポジティブ・サイド

OLの世界には昔も今もお局が存在する。ある意味、男性サラリーマン以上に権謀術数を駆使して権力闘争を繰り広げるのが、OLという生き物である。偏見と言うことなかれ。良くも悪くも、これが日本企業に勤める女性社員のすべてとは言わないまでも、多くに当てはまることなのである(Jovian妻談)。そのOLの生態を一昔前のヤンキー漫画に当てはめて描写したところに本作の面白さがある。

 

菜々緒や大島美幸のOL姿はそれだけで笑ってしまうし、川栄李奈のヤンキーでありながらOL的な気遣いを見せられるというギャップにも、やはり笑ってしまう。このヤンキーOLの仁義なき派閥抗争と、そこに突如現れる新勢力の広瀬アリス、その広瀬アリスの友人となる永野芽郁の掛け合いが物語を動かしていく。

 

他者との抗争=ヤンキー漫画における他校との抗争で、相手の頭を潰せば、そこを丸ごと傘下に加えられるということから、抗争がどんどんと拡大、過激化していく。その途中で出てくるトムソンというのは、やはりサムソンが元ネタだろうか。トヨタですら敵わない財閥にして超巨大企業である。そこの幹部OLを全員男性キャストで固めたのには賛否両論あるだろうが、Jovianはやや賛である。コメディなのだから、これぐらいアホなキャスティングは許容すべきであろう。

 

広瀬アリスの武者修行シーンは笑えるし、最後の最後でこれまでの数々の闘争を、ある意味ですべてなかったことにする価値観の開陳も悪くない。というか、この世界観をそのままに物語を閉じてはいかんだろう。その点で、アホ極まりない物語にも一応の決着がつけられ、話はきれいに閉じていく。頭を空っぽにして観る分には良い映画だろう。

 

ネガティブ・サイド

映画館で観た予告編をうっすらと覚えているが、ハッキリ言ってトレーラーの作り方を間違っている。永野芽郁のアクションシーンは全カットして、広瀬アリスが頂点を目指して闘っていくストーリーだと思わせるようにすべきだった。トレーラーのせいで「実は永野芽郁も強いんでしょ?」と観る側にバラしてしまうのは全く得策ではない。誰がトレーラー作ったの?そして、誰がそれを承認したの?

 

肝心かなめのアクションも迫力不足。ちょっとしたパンチや蹴りのたびにカットして、別アングルから別アクションを映していくカメラワークは、役者の鍛錬不足を何とか目立たないようにしたいという工夫なのだろうが、ここを追求しないことには真の面白さは生まれてこない。『 翔んで埼玉 』がクッソ面白かったのは、埼玉狩りのアクションやGACKTと伊勢谷友介の衝撃のキス、埼玉VS千葉の大軍勢同士の激突など、アホなシーンのリアリティをこれでもかと追求したからである。OL同士の喧嘩でも、もっと役者たちを追い込んでほしかったし、追い込むべきだった。別に『 アジョシ 』や『 悪女 AKUJO 』のようなクオリティは求めていない。ただ、真っ正面から魅せるアクションシーンがひとつぐらいはあってもよかったのではないか。

 

主要キャラであるはずの永野芽郁や広瀬アリスが遠藤憲一に完全に食われていた。もちろん演技合戦の中では『 ボーダーライン 』のベニシオ・デル・トロや『 ジュラシック・パーク 』のジェフ・ゴールドブラムのように、主役を食ってしまう脇役というのは存在する。しかし本作の沿道の悪目立ちは監督の演出力不足によるところが大であると思われる。キャスティングではなくディレクションの問題だろう。

 

総評

日本ならではのアイデアが詰まっているし、日本ならではの弱点も露呈している、何とも評価に困る作品。ということは、一部の人々から高評価を得て、一部の人々からは低評価を得やすい作品ということになる。要は、作り手と観る側の波長が合うかどうかである。男性視点からのOL社会を面白いと思うか、くだらないと思うか。観るかどうかは直感で決めるべし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Stop talking shit, you ugly whore!

「寝言こいてんじゃねーよ、ブス!」の私訳。聞いた瞬間の思いつきだが、実際にプロの翻訳者でも、案外こういう訳に落ち着くのではないかと思う。寝言を言う ≒ 馬鹿なことを言うなので、ここでは talk shit とした。悪口を言う、無礼・不愉快なことを言う、の意味である。ちなみに、こんな英語は実生活では絶対に使ってはならない。

 

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Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 2020年代, D Rank, アクション, コメディ, 広瀬アリス, 日本, 永野芽郁, 監督:関和亮, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 地獄の花園 』 -アクションをもっと真面目に-

『 ラストサマーウォーズ 』 -「映画を作る映画」の佳作-

Posted on 2022年7月13日 by cool-jupiter

ラストサマーウォーズ 70点
2022年7月10日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:阿久津慶人 飯尾夢奏
監督:宮岡太郎

傑作『 成れの果て 』で監督・企画・編集を務めた宮岡太郎が、本作でも監督・企画・編集を務めた。それだけでチケット購入決定。

 

あらすじ

小学6年生の陽太(阿久津慶人)は、同級生の明日香(飯尾夢奏)が夏の終わりに外国に引っ越すことを知り、ショックを受ける。映画好きな陽太は、夏休みの自主研究課題として、明日香をヒロインにした映画を作ろうと思い立つが、肝心のスタッフがいない。陽太は担任に相談するが・・・

ポジティブ・サイド

『 サマーウォーズ 』や『 永遠の831 』、『 ビューティフルドリーマー 』、洋画で言えば『 SUPER8/スーパーエイト 』のような要素がふんだんに盛り込まれた映画である。「夏」、「少年少女」、「家族」、「映画作り」がハッシュタグにつくような作品と言えばいいだろうか。キーコンセプトが分かりやすく、どこに主眼を置いて鑑賞すれば良いのかが明確である。 

 

この映画なら、主人公の陽太に同化して観ればいい。本作は陽太から明日香への不器用なラブレター作りであり、それはすなわち少年のビルドゥングスロマンである。いわゆる陰キャな少年が想いを寄せる同級生の少女相手に映画を作るというプロットに共感できない者などいないだろう。逆にこの時点で「何だこの子?」と感じるのなら、チケットを買ってはダメだ。時間と金を無駄にすること請け合いである。

 

脚本家やプロデューサー、カメラ・オペレーター、照明などをゲットしていく流れもテンポが速くてよい。脚本家がネットに小説をアップしているアマチュア小説家というのも『 私に✖✖しなさい 』のようなウェブ小説プラットフォームを考えれば、それなりに説得力はあるし、スマホのカメラ、あるいは Zoom や Google Meet を使えば、誰でも一応は動画が作れて、なおかつ YouTube にもアップできる時代である。大学生や高校生ではなく、小学生が数人集まって映画を作るというのは、もはやファンタジーではなくなった。実際に本作にインスパイアされて、夏休みの自由研究で映画を作る少年少女が現れても全く不思議ではない。

 

ロケハンから衣装集めなどは、『 鬼ガール!! 』とは異なったアプローチで、このあたりは埼玉と大阪の地域性の違いが見て取れる。撮影が順調に進んできたところで、アクシデントが発生。このあたりから『 ぼくらの七日間戦争 』的な要素が現れ始める。すなわち、大人への反抗である。といっても暴力的なそれではなく、実に微笑ましいもの。子どもの目からは親が抑圧的に見える時が多々あるかもしれないが、それにはちゃんと理由があるのだ。

以下、少々ネタバレあり

 

ネガティブ・サイド

陽太の家族の因果の描写が少々弱い。たとえば陽太の兄をよくよく見ると、歩くシーンばかりだったり、もしくは食卓のシーンで特定の指が使えていなかったりといった、過去に何らかの(軽い)障がいを負ったことを暗示するような描写を入れるべきだった。それがないと陽太の母親の異様な執着が腑に落ちない。

 

担任の先生と陽太、あるいは脚本の女の子が台本を一緒に読む、あるいはロケ地や撮影の順序について話しているシーンも欲しかった。ほんの数秒でもよいから、そうしたシーンがあれば、終盤のとあるシーンで唐突に先生が陽太とその家族の前に現れるシーンの説明がついたはずだ。これがないと、広い入間で先生がどうやってピンポイントで陽太と明日香のところにたどり着けたのか分からない。

 

総評

入間のご当地ムービーでもありながら、主軸は少女への思慕と家族の再発見を通じたひと夏の少年の成長物語である。つまり万人受けするテーマを描いている。映画を作る映画はJovianの好物テーマだが、本作もなかなかの面白さ。80分と非常にコンパクトにまとまっているのもいい。大人と子どもで、本作の見方はかなり異なることだろう。夏休みに、ぜひ家族でどうぞ。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

a movie buff

映画マニアの意。別に映画に限らず、何らかの分野の熱狂的なファンは buff と呼ぶ。野球マニアなら a baseball buff、F1マニアなら an F1 buff である。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, 日本, 監督:宮岡太郎, 配給会社:「ラストサマーウオーズ」製作委員会, 阿久津慶人, 青春, 飯尾夢奏Leave a Comment on 『 ラストサマーウォーズ 』 -「映画を作る映画」の佳作-

『 四畳半神話大系(DVD) 』 -原作小説の秀逸な分解・再構成-

Posted on 2022年7月9日 by cool-jupiter

四畳半神話大系 80点

2022年7月4日~7月5日に視聴

出演:浅沼晋太郎 坂本真綾 吉野裕行

監督:湯浅政明

 

本業の大学関連業務で忙殺されているので簡易レビューを。


あらすじ

薔薇色のキャンパスライフを夢見る「私」(浅沼晋太郎)は、大学の様々なサークルから勧誘を受ける。だが、どのサークルに所属しても小津(吉野裕行)という悪友に出会い、黒髪の乙女との交際は遠のいてしまい・・・

 

ポジティブ・サイド

原作小説のテンポの良さはそのままに、浅沼晋太郎が「私」に見事に生命を吹き込んでいる。坂本真綾も、どこか冷笑的だが人間味のある明石さん役を好演。悪童・小津を演じた吉野裕行の愛の込められただみ声も印象深い。

 

小説中の様々なエピソードを見事に膨らませ、様々なサークルに所属しながら無為で無意義な大学生活を繰り返してしまうという原作ストーリーの根幹部分をうまく補強している。

 

オープニングの下鴨幽水荘のループ的な映像演出が素晴らしい出来映えで、各話の冒頭からエンディングまでの流れが一種の様式美にまで昇華している。各キャラクターの動きを最小限に抑えていることが、逆に小説の静的なイメージとも共通していて良い感じ。

 

最終11話の出来が特に秀逸。確かに英訳が The Tatami Galaxy になるのもうなずける。

 

小津の「藪用」が野暮用になっていた。Nice correction.

 

ネガティブ・サイド

天の采配はそのままだった・・・

 

総評

小説『 四畳半神話大系 』のアニメ化で、『 犬王 』の湯浅政明が監督。『 四畳半タイムマシンブルース 』の予習にと再鑑賞したが、全4章の原作を11エピソードのアニメに巧みに分解・再構成している。一つひとつはぶつ切りかつ独自のエピソードだが、順番通りに見ることが大きな意味を持つようになっている。小説を読んだ人は、ぜひ映像でも楽しもうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

maze

「迷宮」の意。『 キラー・メイズ 』でもメイズという言葉が使われているように、入り組んだ構造のことを指す。対照的に、labyrinth = ラビリンスは『 迷宮物語 』のラビリンス*ラビリントスのように、入る(そして出る)箇所が一つに絞られるような迷路を指す。もう一つよく言われるのは、メイズもラビリンスも迷路だが、屋根がないものがメイズ、屋根があればラビリンスだというもの。昔、同僚ネイティブに maze と labyrinth の違いを尋ねたが、彼は呻吟するばかりであった。その後、「癇に障る」と「癪に障る」の違いは何だ?「桁外れ」と「桁違い」の違いは何だ?と反撃された。英語マニアだけが知っていればいい違いと言えるだろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, A Rank, アニメ, ファンタジー, 吉野裕行, 坂本真綾, 日本, 浅沼晋太郎, 監督:湯浅政明, 青春Leave a Comment on 『 四畳半神話大系(DVD) 』 -原作小説の秀逸な分解・再構成-

『 四畳半神話大系 』 -青春とは何かを知るための必読書-

Posted on 2022年7月2日 by cool-jupiter

四畳半神話大系 90点
2022年6月15日~6月29日にかけて読了
著者:森見登美彦
発行元:角川文庫

『 ペンギン・ハイウェイ 』のレビューで本作を読み返すと誓っていたが、ここまで遅くなってしまった。仕事で京都の某大学の課外講座を受け持つことになり、その期間中に地下鉄烏丸線や叡山電鉄の車内で本書を読むという、ちょっと贅沢な楽しみ方をしてみた。

 

あらすじ

薔薇色のキャンパスライフを夢見ながら2年間を無為に過ごしてしまった私は、その原因をサークル仲間の小津に帰していた。黒髪の乙女との交際を夢想する私は「あの時、違うサークルに入っていれば・・・」と後悔するが・・・

 

ポジティブ・サイド

多分、読み返すのは4度目になるが、何度読んでも文句なしに面白い。その理由は主に3つ。

 

第一に、文体が読ませる。京大卒の小説家と言えば故・石原慎太郎をして「使っている語彙が難しすぎる」と評された平野啓一郎が思い浮かぶが、森見登美彦の文章にはそうした難解さがない。まず地の文が軽妙洒脱でテンポが良い。各章冒頭の「大学三回生の春までの二年間」から「でも、いささか、見るに堪えない」までのプロローグはまさに声に出して読みたい日本語である。

 

第二に、キャラクターが個性的かつ魅力的である。どこからどう見てもイカ京(近年ではほとんど絶滅しているようだが)の「私」の、良い言い方をすれば孤高の生き様、悪い言い方をすれば拗らせた生き方に、共感せずにいられない。言ってみれば中二病=自意識過剰なのだが、そこは腐っても京大生。衒学的な論理を振りかざして、必死に自己正当化する様がおかしくおかしくてたまらない。また、悪友の小津、樋口師匠、黒髪の乙女の明石さんなど、誰もがキャラが立っている。濃いキャラと濃いキャラがぶつかり合って、そこから何故か軽佻浮薄なドラマが再生産されていく。かかるアンバランスさ、不可思議さが本書の大いなる魅力である。よくまあ、こんな珍妙な物語が紡げるものだと感心させられる。

 

第三に、パラレル・ユニバースの面白さがある。流行りの異世界ではなく並行世界を描きつつ、各章ごとに互いが微妙に、しかし時に大きく相互作用しあう組み立ては見事としか言いようがない。今回は電車の中だけで読むと決めていたが、初めて読んだときは文字通りにページを繰る手が止まらなかった。薔薇色のキャンパスライフを求め、黒髪の乙女との交際を希求する「私」の狂おしさがことごとく空回りしていく展開には大いなる笑いと一掬の涙を禁じ得ない。「私」と自分を重ね合わせながら、あの時の自分がああしていれば、それともこうしていれば・・・と後悔先に立たず。今ここにある自分の総決算を自ら引き受けるしかないのである。

 

四畳半の神話的迷宮から脱出した「私」がたどり着いた境地とは何か。読むたびに世界の奥深さと人生のやるせなさ、そして気付かぬところに存在する矮小な、しかし確かに存在する愛の切なさを痛切に味わわせてくれる本書は、SFとしても青春ものとしても、珠玉の逸品である。

 

ネガティブ・サイド

ケチをつけるところがほとんどない作品だが、言葉の誤用が見られるのが残念なところ。藪用は「野暮用」の誤用だし、天の采配も「天の配剤」の誤用である。

 

総評

Jovianは現役時に京都大学を受験し、見事に不合格であった。それから四半世紀になんなんとする今でも、時々「あの時、京大に合格できていれば・・・」などと夢想することがある。アホである。Silly meである。だからこそ、あり得たかもしれない自分の姿を思う存分「私」に投影してしまう。常に変わらぬ青春がそこにある。下鴨幽水荘≒吉田寮≒国際基督教大学第一男子寮である。アホな男子の巣窟で青春の4年間を過ごした自分が「私」とシンクロしないでいらりょうか。複雑玄妙な青春を送った、送りつつある、そしてこれから送るであろうすべての人に読んで頂きたい逸品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

sidekick

親友、相棒の意。「私」にとって小津は腐れ縁の悪友だが、客観的に見ると親友だろう。best friend や close friend という言い方もあるが、小津のような男は sidekick と呼ぶのがふさわしい。英語の中級者なら、sidekick という語は知っておきたい。

 

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Posted in 国内, 書籍Tagged 2000年代, S Rank, SF, ファンタジー, 日本, 発行元:角川文庫, 著者:森見登美彦, 青春Leave a Comment on 『 四畳半神話大系 』 -青春とは何かを知るための必読書-

『 犬王 』 -異色の時代劇ミュージカル-

Posted on 2022年6月26日2022年6月26日 by cool-jupiter

犬王 80点
2022年6月24日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:アヴちゃん 森山未來
監督:湯浅政明

 

会社の同僚が激しく心揺さぶられたと評した作品。振休を使って、梅田ブルク7に向かう。平日の昼間で公開から3週間経過しているにも関わらず、半分近くの入りで驚いた。

あらすじ

南北朝の統一前夜、奇形児として生まれた犬王(アヴちゃん)は、独自に猿楽を学ぶ。ある日、犬王は草なぎの剣の呪いによって盲目となってしまった琵琶法師の少年・友魚(森山未來)と出会う。犬王の異形の姿が見えない友魚は、すぐに犬王と意気投合。二人は独自の楽曲と舞踊で、たちまち都の話題を呼び・・・

 

ポジティブ・サイド

三種の神器によって呪われてしまった友魚と、とある人物からの呪いをその身に受けて異形の身体に生まれてしまった犬王。社会や家族から cast out された二人が織りなす楽曲の斬新さが目を引く。鎌倉時代には絶対にありえない演出がふんだんに施されていて、二人のライブが類まれなるスペクタクルになっている。猿楽を現代のロック調に再解釈し、歌詞は当時のものさながらに、新たなエモーションを乗せることに成功している。また光による演出も映画館で鑑賞するにふさわしく、eye-candy である。個人的にはクジラの歌と演出が最も心に残っている。

 

同時に、二人の楽曲が平家の亡霊の鎮魂歌になっているという設定がユニーク。忘れがちであるが、平安以降の日本はほとんど常に乱世で、それだけ人の死が身近にあった時代。なおかつ、娯楽もなく、さりとて一般庶民が文字として記録されたり、あるいは何かを記録する時代でもない。そこから『 図書館戦争 』や『 罪の声 』の脚本を務めた野木亜紀子の主張が垣間見える。いつの世であっても、最も救済が求められるのは名もなき無辜の民や、歴史の闇に葬り去られる運命の敗者たちなのである。

 

パフォーマンスが成功するたびに犬王の異形の身体が少しずつ普通になっていく。また友魚も名を友有と変え、自分の一座を持つ。時の将軍、足利義満の御前での仮面なしのパフォーマンスも成功に導き、順風満帆な二人だったが、好事魔多し。その将軍の意向により、二人は窮地に追いやられてしまう。この展開の辛さよ。虐げられてきた自分たちのパフォーマンスが虐げられてきた者たちを救ってきたにもかかわらず、為政者は事故の権力の正当化に汲々とするばかり。600年前も今も、権力者と庶民の関係は変わらないのか。

 

ちょうど大河ドラマで源氏が平氏を滅ぼし、鎌倉政権内のゴタゴタに焦点が移っているところである。これが上手い具合に劇中の平家の滅亡と南北朝統一を推進する足利幕府内部のゴタゴタとシンクロしている。同時に、多様性や包摂を謳いながらも、それが出来ない現代日本社会、さらに政権にとって都合の良い歴史の主張など、時代劇でありながら現代風刺になっている。アニメとしてもミュージカルとしても、近年では出色かつ異色の出来の邦画である。多くの人に鑑賞いただきたいと思う。

 

ネガティブ・サイド

犬王に関しては想像力を自由に働かせる余地があるものの、ストーリーにオリジナル要素が足りなかった。手塚治虫の漫画『 火の鳥 太陽編 』にそっくりだと感じた。

 

明らかに『 ボヘミアン・ラプソディ 』にインスパイア・・・というかパクったシーンが終盤にある。いや、中盤にもあるのだが、そこはオマージュと受け取れた。が、最終盤のステージ入りのシーンはオマージュとは言えないような気がする(楽曲の方も厳密にはアウトかもしれない)。

総評

Jovianは洋画のサントラは結構たくさん持っているが、邦画は久石譲以外持っていなかったりする(ミーハーの誹りは甘んじて受ける)。そんなJovianが「これはサントラを買わねば!」と強く感じたのが本作である。虐げられ歴史に抹殺された者たちが、時を超えて訴えかけてくるメッセージには確かに心揺さぶられずにはおれない。

そうそう、予告編で『 四畳半タイムマシンブルース 』が9月に公開されると知り、非常に興奮した。めちゃくちゃ楽しみである。

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Once upon a time

「今は昔」の意。スター・ウォーズの始まりもこれである。他にも『 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド 』など、割と使用頻度は高いように思う。B’zも『 once upon a time in 横浜 〜B’z LIVE GYM’99 “Brotherhood”〜 』 というDVDを昔、出していた。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, A Rank, アヴちゃん, ファンタジー, ミュージカル, 日本, 森山未來, 歴史, 監督:湯浅政明, 配給会社:アスミック・エース, 配給会社:アニプレックスLeave a Comment on 『 犬王 』 -異色の時代劇ミュージカル-

『 PLAN 75 』 -姥捨て山は他山の石たりえるか-

Posted on 2022年6月25日 by cool-jupiter

PLAN 75 75点
2022年6月19日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:倍賞千恵子 磯村勇人 河合優実
監督:早川千絵

 

なんかこんな小説読んだなと思っていたが、小説『 七十歳死亡法案、可決 』と本作は全く別物だった。それでも10年前に提起された問題が、そのまま2022年に持ち越されているところが日本らしいと言えば日本らしい。

あらすじ

社会保障費増大の原因とされる高齢者が殺害される事件が頻発。満75歳から安楽死を選択できる法律、通称「プラン75」が施行された。客室清掃員の角谷ミチ(倍賞千恵子)は突然、ホテルを解雇されてしまう。仕事や、それまでの人間関係も失ってしまたミチはプラン75への申し込みを検討するが・・・

ポジティブ・サイド

冒頭でショッキングな事件が描かれる。高齢者施設に銃を持った男が侵入し、大量殺人を犯す。その後、速やかにプラン75成立までが描かれる。ここの描写に時間を使わなかったのは英断。『 図書館戦争 』で昭和から正化への移り変わりをダイジェスト的に描いていたのと同様の手法である。

 

ホテルの客室清掃員のミチを演じる倍賞千恵子が、どこまでも真に迫っている。70代後半でありながら年金暮らしではなく、日々あくせく仕事をしながら、同僚や友人を持ち、社会とつながりを保っている。しかし、同僚の一人が仕事中に倒れてしまったことから「高齢者を働かせるとは何事か」との投書があり、ミチらは解雇されてしまう。ここから日本社会の冷たさというか、早川千絵監督の描きたいものが見えてくる。社会参加の意思があり、その能力もあるにも関わらず、拒絶される。このあたり、Jovianは仕事柄、よく経験している。語学企業の教務トレーナーとして、学校・企業・官公庁でレッスンを担当する講師を採用・育成・オブザーブ・研修しているが、特に学校は65歳あるいは70歳以上の講師はNGというところが本当に多い。能力的にも体力的に、もちろん認知の面で問題ない講師でも、年齢だけで弾かれる。人間が人間ではなく数字で判断されてしまう世の中なのである。

 

そうして社会から孤立を深めていくミチとは対照的に、プラン75の受付業務に精勤するヒロム(磯村勇人)が描かれる。典型的な役人なのだが、そこに長く音信不通になっていた叔父が現れ、プラン75に申し込んでくる。ここで黙々と職務に励むヒロムと、叔父の死への旅路を自分が用意してしまうことに葛藤を覚える。このあたりの対照も非常に際立っている。なぜなら、叔父のプラン75を受け付けつつも、その一方で公園のベンチでホームレスが寝られないようにする仕切り金具をあれやこれやと試して、「ああ、これはもたれにくい」、「これなら寝られないな」と無邪気に感想を述べる。名前のない人間に対して、人はいともたやすく冷酷になれる。それは職務に忠実だからこそで、それこそまさにハンナ・アーレントが呼ぶところの「凡庸な悪」である。悪意のない悪と言ってもいい。

 

もう一人の重要人物として、フィリピンから来日したマリアの存在が挙げられる。祖国にいる病気の子どもを助けるための治療費捻出のために、教会から非常に shady な仕事を紹介される。それがプラン75で亡くなった人々の遺品処理。キリスト教の教会がそんな仕事の仲介をしているのにもビックリするが、では遺体の処理はどうなっている?という疑問が、ヒロムやミチの物語に絡んでくる。なるほどなと思わされた。脚本の妙である

 

切った爪をゴミ箱に捨てずに植木鉢=土に還すミチの姿に、命に対する彼女の考え方が静かに、しかし如実に表れている。人間だれしも年老いてしまえば「吾日暮れて途遠し」となる。しかし、そこで国家が「故に倒行して之を逆施す」となってはならない。残念ながら、日本は逆施倒行している。「年金は100年安心」と言いながら、「老後に自分で2000万円貯めろ」とも言っている。正直なところ、プラン75のような法案が日本で可決される可能性は2〜3%あるのではないかと疑ってしまう。社会派の硬質な映画が送り出されてきたなと思う。

ネガティブ・サイド

プラン75に対して「最初は反発していたけれど、孫のためならしょうがないかな」という女性の声があったが、こうした pro-Plan 75 の声をもっと紹介するべきだったと感じる。別にプラン75そのものが素晴らしいからという意味ではなく、プラン75へのニーズは潜在的に存在するという現実もあるからだ。Jovianの祖母が亡くなった数年後に、Jovian父はNHKの老老介護の番組を観ながら「おふくろは寝たきりになる前に死んでくれたなあ」と口にしたことがある。なんちゅうこと言うんや、と思いはしたものの、老老介護による共倒れという現実がそこにある以上、一個人の極めて健全な感想と受け取るしかない。そうした市井の声を劇中でもっと紹介してくれれば、個人の声も国家に届くということが逆説的に示されたのではないだろうか。

 

河合優実演じるコールセンター職員・成宮とミチが実際に出会う展開は興ざめ。必要なのはコールセンター側の人間の想像力であって、想像力を喚起するのは出会いではなく、声だけの触れ合いの方だろう。ミチとの電話のやり取りを通じて、成宮の社会を見る目、人を見る目が変化しつつある、ということを感じさせる演出こそがふさわしかったのでは?

 

総評

劇場はかなりの入りで、その多くが中年以上、あるいは高齢者だった。彼ら彼女らは本作が高齢者を虐げる物語ではないと直感的に感じ取ったのだろう。だからといって、高齢者を肯定する物語でもない。淡々と進行しながらも、物語の奥行きが広い。命についての深い考察がある。『 Arc アーク 』や『 いのちの停車場 』で慨嘆させられた映画ファンは、本作で大いに留飲を下げることができるだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

abort

「途中でやめる」の意。プラン75はいつでも止められるということだが、この場合の止めるに当てる訳語は abort がふさわしい。stop と言ってしまうと restart してしまう可能性があるが、abort は止めてしまって、もう元には戻らない。中絶を abortion という言うわけである。  

 

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Posted in 国内, 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, カタール, ヒューマンドラマ, フィリピン, フランス, 倍賞千恵子, 日本, 河合優実, 監督:早川千絵, 磯村勇人, 配給会社:ハピネットファントム・スタジオLeave a Comment on 『 PLAN 75 』 -姥捨て山は他山の石たりえるか-

『 i 』 -この世界にアイは存在するのか-

Posted on 2022年6月19日2022年6月19日 by cool-jupiter

i 80点
2022年6月13日~6月15日にかけて読了
著者:西加奈子
発行元:ポプラ社

最近、大学の授業への移動時間が長くなってきており、コロナ前に積ん読状態だったこちらの小説を pick up した。

 

あらすじ

シリア難民ながらアメリカ人と日本人の夫婦に養子として引き取られたワイルド曽田アイは、ある日、数学教師が虚数を指して言った「この世界にアイは存在しません。」という言葉が胸に深く刻み込まれた。アイは世界に数多く存在する悲劇をよそに、自分は幸せになっていいのかという疑問に憑りつかれ・・・

 

ポジティブ・サイド

Jovianにとっては『 炎上する君 』に続いて二冊目の西加奈子作品。いやはや、何とも圧倒された。『 マイスモールランド 』のサーリャのビジュアルを主人公のアイに当てはめながら読んだ。シリア(それが別にアフガニスタンでもチベットでもレバノンでもいい)という戦乱の国から、日本という世界有数の安全な国で、生きづらさを覚えるアイの心情が細やかに描写される。幸福や満足は個々人によって異なるが、そのことをあらためて知らされる。

 

本書はアイがまだほんの幼い子供の頃から、成熟した一人の女性に育つまでを丹念に綴っていく。その過程で、アイが日本においていかに異邦人であるか、あるいは異邦人として扱われるかの描写が際立つ。日本という安全安心な国、アメリカ人の父と日本人の母の裕福な家で暮らしながら、アイは常に疎外感を感じている。何から?自分そのものだ。養子として引き取られたアイは常に「なぜ選ばれたのは、他の誰でもない自分だったのか?」という問いに答えられずにいる。

 

アイは常に日本社会においては異邦人である。そんなアイにも親友のミナができる。二人の高校生活は瑞々しい青春物語でありながら、一掬のよそよそしさがある。その秘密は中盤に明かされるが、それも現代風といえば現代風だ。二人の友情の清々しさと、その奥に隠れるアイとミナの懊悩のコントラストが読む側をグイグイと引き込んでいく。特に、世界で起きる事件や事故の死者の数をノートに記入していくというアイの姿には、名状できない気持ちにさせられる。生きている理由が見当たらないことが、人が死んでいくことに理由を求めてしまう気持ちに、そもそも読む側は共感できない。共感できないからこそ、アイの内面をどんどん想像させられる。この作者、なかなかの手練れである。

 

数学の美しさに魅入られ、それに没頭する一方で(あるいは没頭するあまりに)どんどん肥満になっていくアイの姿は衝撃的だ。一種のセルフネグレクトだろう。数学という沼にどっぷりとハマることで、存在しないと思い込んできた虚数 i が存在することを知る。大学院に進み、さらには写真家ユウと運命的な出会いを果たす。生きる理由、ファミリー・ツリーの構築を発見したアイだが、ここで二重の悲劇がアイを襲う。読者はここに至るまでに嫌と言うほどアイの内面を想像させられ、感情移入させられているので、ここでアイの身に起きる悲劇には(たとえ男性であっても)我が身が引き裂かれるような思いを味わわされる。

 

アイとミナ、二人の数奇な友情がたどり着く先は『 Daughters(ドーターズ) 』のそれを想起させる。何の理由も意味も与えられず、我々は知らぬ間にこの世界に放り出されて生きているが、よくよく考えればこれはすごいことである。そんな世界で生きる理由を追求するアイの物語は、又吉の言葉を借りるまでもなく、どんな時代であっても読まれるべき意味を持っている。

 

ネガティブ・サイド

序中盤のアイの生活と内面の苦しみのギャップが、ミナ以外のキャラクターにあまり伝わっていないことが惜しい。父のダニエルなどは『 ルース・エドガー 』のルースの父のように、アイ自身の抱える心の闇に気付いている、それでも寄り添っていこうとする父親像を描出する方が、逆説的だが、アイの懊悩がもっと強く読む側に刻み込まれたのではないだろうか。

 

ラストがまんま『 新世紀エヴァンゲリオン 』である。ここでのアイの悟りにもっと独自性が欲しかった。

 

総評

ロシアによるウクライナ侵攻が今も現在進行形で続いていることに誰もが心を痛めているが、アイならばこの戦争、そしてこの戦争による死者や難民をどう見るだろうか。そうした想像力を喚起させる力が本作にはある。帯の中央に静かに、しかし確実に佇立する i に、アイというキャラを見る人もいれば、I = 私を見出す人もいるだろうし、もちろん i = 愛を見る人もいるに違いない。他にも「相」や「合」、「哀」など、読むほど i の意味が深まってくる。自分が自分であることを恥じる必要も悔やむ必要も恐れる必要もない。そう悟るのは簡単ではない。神学者パウル・ティリッヒの『 生きる勇気 』を読んだ大学生の時以上に、生きる(それはティリッヒ流に言えば「存在する」こと)ことに勇気をもらうことができる作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

adoption

「養子縁組」の意。元々は「選択」や「採択」の意味で、子どもを選ぶ文脈では養子縁組という意味になる。時々 adapt と adopt を混同する人がいるが、option = オプション = 選ぶこと、adapt → adapter = ACアダプター = 電源からの電気を機器に合わせて調節するもの、と日本語を絡めて理解すべし。 

 

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Posted in 国内, 書籍Tagged 2010年代, A Rank, ヒューマンドラマ, 日本, 発行元:ポプラ社, 著者:西加奈子『 i 』 -この世界にアイは存在するのか- への1件のコメント

『 きさらぎ駅 』 -都市伝説を換骨奪胎した異色ホラー-

Posted on 2022年6月15日 by cool-jupiter

きさらぎ駅 55点
2022年6月12日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:恒松祐里 佐藤江梨子
監督:永江二朗

『 真・鮫島事件 』の永江二朗監督の最新ホラー。夏恒例の糞ホラーだと思い込んでいたが、それなりに面白いところもあった。

 

あらすじ

大学で民俗学を学ぶ堤春奈(恒松祐里)は、かつて2chに投稿された神隠し譚の「きさらぎ駅」についてリサーチしていた。投稿者である「はすみ」こと葉山純子(佐藤江梨子)への対面聞き取り調査で、ふとしたことから異世界への行き方のヒントをつかむ。春奈がその方法を実地に試したところ、電車は本当に「きさらぎ駅」に到着してしまい・・・

以下、ネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

科学の進展が著しく、かつネットの普及によって知識が行き渡ったことによって、心霊現象や未知の生物、怪物といったものは段々と恐怖の対象になりにくくなった。そんな中、日本の文学界(と言っていいのかどうか難しいが)では、いわゆる「なろう系」≒異世界転生ものを発見した。そのジャンルが面白いかどうかは別にして、異世界に行って、そこから帰ってくるという本作の設定は受け入れられやすくなっている。その意味で『 真・鮫島事件 』とほぼ同時代の「きさらぎ駅」だが、映画化のタイミングは良かったのではないか。

 

本作がホラーとしてユニークなのは、怪異を攻略するところ。1周目の「はすみ」のターンはPOVで進み、まるでサウンドのベルゲームをプレーしているかのような感覚を覚えた。こういったゲーム的視点は『 悪女 AKUJO 』のようなバリバリの武器を使ったアクションだけではなく、ホラーというジャンルにも適用可能性があるというのは大きな発見だと感じた。

 

2周目の「春奈」のターンでは、春奈と視聴者が見事にシンクロする。これもループものではお馴染みだが、ホラーというジャンルにこれを適用するのも面白かった。同じ人間が何度もループすることで、絶望的な状況にもどんどん対応できるようになる映画では『 オール・ユー・ニード・イズ・キル 』が想起されるが、本作は短時間で『 オール・ユー・ニード・イズ・キル 』的な爽快感をもたらすことに成功している。混ぜるな危険と思わせて、混ぜてみると楽しい。そんな新しい発見がある。

 

順調に異世界を攻略していく春奈だが、最後の最後に結構なドンデン返しが待っている。怖いのは異世界の怪異と見せかけて・・・という展開である。さらにポストクレジットシーンもあるので要注意。帰ってしまう人を数人見かけたが、もったいない。予想通りのエンディングだが、これはこれで観る側の想像力を刺激する。『 牛首村 』や『 犬鳴村 』のエンディングに満足できなかった人は、本作で溜飲を下げようではないか。

 

ネガティブ・サイド

基本的には夏恒例の糞ホラーと同じく、効果音とカメラワークによるこけおどしの jump scare のオンパレードである。鑑賞しながら「はい、3、2、1」とビックリ演出まで心の中で余裕でカウントダウンできるシーンが少なくとも10個はあった。これで怖がれ、というのは無理な注文である。

 

謎の太鼓の音は日本的な心理的不快感を催させるのに効果的なはずだが、それがトンネルの中でまで聞こえてくるのはいかがなものか。いや、別に聞こえてもいいのだが、だったらトンネルの中らしい反響音を響かせて、純子らに「まずい、トンネル内に誰かいる!」と思わせなければならない。あるいは、トンネル外の太鼓の音がトンネル内で小さく、しかし不気味に反響しているように編集すべきだった。

 

佐藤江梨子の喋りがあまりにも平板で抑揚がなさ過ぎた。怪異が跋扈する異世界において、この暢気すぎる喋りは確実に恐怖感を削いだ。1周目は恐怖パート、2周目は「強くてニューゲーム」あるいは考察・検証パート。なので1周目の佐藤江恵理子は声だけで観る側(聞く側?)に不安感、焦燥感、不快感、恐怖感などの負の感情を惹起させる必要があった。監督の演出の弱さもあるのかな。

 

異世界エレベーターの原理が弱いと感じた。あの程度で異世界に行ってしまうのなら、一年に一人ぐらいはきさらぎ駅に行ってしまうのではないか。Jovianも過去に京都→尼崎と行くべきところを、京都→三宮→大阪→尼崎という寝過ごし2回乗車を2回やったことがある。きさらぎ駅行きの電車に乗るには、リアリティの面でもうひと手間あっても良かったのではないか。

 

総評

劇場公開から10日目の日曜日の夜だが、劇場は4割ほどの入り。ほとんどは10代、20代のカップルだった。ただし、女子が「キャッ!」と言って、男の腕に抱きついてくるようなシーンはなかったように思う。主人公が怪異をガンガン撃退するというホラーとしては異色の展開ながら、同工異曲の『 貞子3D 』のようなアホらしさはない。恐怖度は控え目なので、だからこそデートムービーにふさわしいのかもしれない。きさらぎを冠する作品としては佐藤祐市監督のワンシチュエーション・コメディの『 キサラギ 』が絶品の面白さなので、ぜひチェックされたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

urban legend

「都市伝説」の意。Urban legend has it that S + V. = 都市伝説によるとSがVする、のように使うことがある。本作で言うと Urban legend has it that there is a station called Kisaragi station. = きさらぎ駅と呼ばれる駅があるという都市伝説がある、と言えるだろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, ホラー, 佐藤江梨子, 恒松祐里, 日本, 監督:永江二朗, 配給会社:イオンエンターテイメントLeave a Comment on 『 きさらぎ駅 』 -都市伝説を換骨奪胎した異色ホラー-

『 ブルーサーマル 』 -もっと空を飛ぶことにフォーカスせよ-

Posted on 2022年6月9日 by cool-jupiter

ブルーサーマル 60点
2022年6月5日 塚口サンサン劇場にて鑑賞
出演:堀田真由
監督:橘正紀

『 トップガン マーヴェリック 』を2週連続で鑑賞して、頭が機内モードならぬ飛行機モードである。地元の映画館でグライダーの映画をやっていると知り、チケットを購入。

 

あらすじ

サークル活動や恋など、夢野キャンパスライフに憧れて青凪大学に入学した都留たまき(堀田真由)は、テニスサークルへの体験入会中に航空部のグライダーの翼を破損させてしまう。弁償するため航空部に雑用係として入部したたまきは、主将の倉持が操縦するグライダーで初めて空を飛んだことで、空に魅了されてしまい・・・

ポジティブ・サイド

空を飛ぶ映画というと『 BEST GUY 』や『 風立ちぬ 』、『 トリガール! 』などが思い浮かぶが、本作では内燃機関あるいは人力などの動力源なしに飛ぶグライダーという点が非常にユニーク。『 天空の城ラピュタ 』でパズーとシータが乗り込む凧型グライダーぐらいしか思いつかない。そんなグライダーを駆って、大空を舞う航空部の存在というのをJovianは本作で初めて知った。鳥人間コンテストはある時期から半分以上ぐらいのコンテスタントはお笑い要員だったが、航空部は機体に登場するにあたって医師による健康診断も必要と、相当に本格的である。こういった細かな描写がしっかりしているところが素晴らしい。リアリティが実感できる。

 

グライダーには動力がないので、風を捕まえて飛ぶしかない。そこで上昇気流を利用するわけだが、稀に雲(積乱雲をイメージすると言い)などがない場所で発生する認識しづらい上昇気流をブルーサーマルと呼ぶらしい。幸せの青い鳥ならぬ青い上昇気流である。ただ、blue thermal という英語はググった限りでは存在しないようである。おそらく和製英語、それもグライダー界隈のジャーゴンであると思われる。

 

閑話休題。たまきが所属することになる航空部の面々も多士済済。なぜか友達になるより前に付き合う(?)ことになってしまう空知や技量抜群のパイロットである倉持らとの出会いが、たまきを大きく変えていくこと。ベタではあるが、青春の爽やかなビルドゥングスロマンになっている。特に印象的なのは、たまきが他大学との合同練習で出会うライバルおよび意外な人物。典型的な関西人が現れてたまきに突っかかってくる。また、たまきに心理的なプレッシャーを与えてくるもう一人の人物は、観る側もささくれだった心持ちにさせる。たまきがこのねじれた人間関係にどうアプローチしていくのかが物語の大きな見どころになる。

 

もう一つ、空自体の高さや広さも見どころである。遠くの景色や地面の描写が丁寧で、『 トップガン マーヴェリック 』とまではいかないが、空を飛ぶ感覚を味わわせてくれる。いくつかある飛行シーンはなかなかのカタルシスをもたらしてくれる。疾走するような飛行ではなく、風をつかむ飛び方、浮遊感のある飛び方である。絶対ないのだろうが、4DXやMX4Dで体験してみたいと思わせてくれた。

ネガティブ・サイド

飛ぶ楽しさは堪能できるものの、その前に必要な座学がまったく共有されないので、たまきが空知や他の部員たちに色々と叱られる部分で共感できない。『 トップガン マーヴェリック 』でマーヴェリックがF-18の極太の戦技マニュアルをゴミ箱に捨てていたが、あれは ”If you think, you’re dead.” な本能型の天才パイロットの成せる業。本来ならば、空を飛ぶとはどういうことかを、ほんの3分程度で良いのでたまきに学ばせるシーンを映すことで、観る側にも翼が破損することの危険性、機体整備の重要性、航空力学、気象学などをダイジェストで伝えるべきだった。それがないためにたまきが工具を紛失するところや、逆に機体のバンク角はどれくらいが適切で、どれくらいが攻めた角度になるのかが分からなかった。少なくともJovian妻はそのあたりがチンプンカンプンだったとのことである。

 

全体的に内容を詰め込みすぎとの印象である。その割には様々な人間関係が深まっていかない、あるいは追求すべきドラマが放置されたままというのが多い。倉持や空知以外の部員との関係も特に描かれないし、ライバル大学の部員たちの関係も深堀りされない。ここなどは、倉持とたまきの師弟関係とのコントラストを描く絶好の機会なのに、脚本ではみすみすスルーしてしまっている。誠に惜しいと言わざるを得ない。

 

たまきが序盤に心肺能力の高さを見せるのはスポーツのバックグラウンドがあることから納得できるが、グライダーのバンク角を正確に推測する眼力あるいは体性感覚の鋭さについては、なにも情報はなし。たまきが天性のフライヤーで、説明はつかないものの、天才的な飛行の感性や感覚を披露していくのか?と思わせて、そういった展開もなし。キャラの深堀りが適切になされていなかった。同様のことは空知や倉持、朝比奈や羽鳥にも当てはまった。

総評

恋愛感情は否定しないが、それが芽生える瞬間の説得力が非常に弱い。そこは思い切って全部省いて、2時間弱のすべてをグライダーの整備や操縦、様々なパイロットたちとの切磋琢磨を描くことに費やすべきだったと感じる。ただ、青春アニメ映画なので色恋の一つや二つは許容すべきなのかもしれない。底が気にならない向きであれば、グライダーで空を飛ぶ若者たちの豊饒な物語が味わえることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

replacement

「代わり」の意。代わりを見つける= find a replacement というのはよく使われるコロケーションである。英会話初級から中級ぐらいの人は知っておきたい。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, アニメ, 堀田真由, 日本, 監督:橘正紀, 配給会社:東映, 青春Leave a Comment on 『 ブルーサーマル 』 -もっと空を飛ぶことにフォーカスせよ-

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