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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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『 ブルーサーマル 』 -もっと空を飛ぶことにフォーカスせよ-

Posted on 2022年6月9日 by cool-jupiter

ブルーサーマル 60点
2022年6月5日 塚口サンサン劇場にて鑑賞
出演:堀田真由
監督:橘正紀

『 トップガン マーヴェリック 』を2週連続で鑑賞して、頭が機内モードならぬ飛行機モードである。地元の映画館でグライダーの映画をやっていると知り、チケットを購入。

 

あらすじ

サークル活動や恋など、夢野キャンパスライフに憧れて青凪大学に入学した都留たまき(堀田真由)は、テニスサークルへの体験入会中に航空部のグライダーの翼を破損させてしまう。弁償するため航空部に雑用係として入部したたまきは、主将の倉持が操縦するグライダーで初めて空を飛んだことで、空に魅了されてしまい・・・

ポジティブ・サイド

空を飛ぶ映画というと『 BEST GUY 』や『 風立ちぬ 』、『 トリガール! 』などが思い浮かぶが、本作では内燃機関あるいは人力などの動力源なしに飛ぶグライダーという点が非常にユニーク。『 天空の城ラピュタ 』でパズーとシータが乗り込む凧型グライダーぐらいしか思いつかない。そんなグライダーを駆って、大空を舞う航空部の存在というのをJovianは本作で初めて知った。鳥人間コンテストはある時期から半分以上ぐらいのコンテスタントはお笑い要員だったが、航空部は機体に登場するにあたって医師による健康診断も必要と、相当に本格的である。こういった細かな描写がしっかりしているところが素晴らしい。リアリティが実感できる。

 

グライダーには動力がないので、風を捕まえて飛ぶしかない。そこで上昇気流を利用するわけだが、稀に雲(積乱雲をイメージすると言い)などがない場所で発生する認識しづらい上昇気流をブルーサーマルと呼ぶらしい。幸せの青い鳥ならぬ青い上昇気流である。ただ、blue thermal という英語はググった限りでは存在しないようである。おそらく和製英語、それもグライダー界隈のジャーゴンであると思われる。

 

閑話休題。たまきが所属することになる航空部の面々も多士済済。なぜか友達になるより前に付き合う(?)ことになってしまう空知や技量抜群のパイロットである倉持らとの出会いが、たまきを大きく変えていくこと。ベタではあるが、青春の爽やかなビルドゥングスロマンになっている。特に印象的なのは、たまきが他大学との合同練習で出会うライバルおよび意外な人物。典型的な関西人が現れてたまきに突っかかってくる。また、たまきに心理的なプレッシャーを与えてくるもう一人の人物は、観る側もささくれだった心持ちにさせる。たまきがこのねじれた人間関係にどうアプローチしていくのかが物語の大きな見どころになる。

 

もう一つ、空自体の高さや広さも見どころである。遠くの景色や地面の描写が丁寧で、『 トップガン マーヴェリック 』とまではいかないが、空を飛ぶ感覚を味わわせてくれる。いくつかある飛行シーンはなかなかのカタルシスをもたらしてくれる。疾走するような飛行ではなく、風をつかむ飛び方、浮遊感のある飛び方である。絶対ないのだろうが、4DXやMX4Dで体験してみたいと思わせてくれた。

ネガティブ・サイド

飛ぶ楽しさは堪能できるものの、その前に必要な座学がまったく共有されないので、たまきが空知や他の部員たちに色々と叱られる部分で共感できない。『 トップガン マーヴェリック 』でマーヴェリックがF-18の極太の戦技マニュアルをゴミ箱に捨てていたが、あれは ”If you think, you’re dead.” な本能型の天才パイロットの成せる業。本来ならば、空を飛ぶとはどういうことかを、ほんの3分程度で良いのでたまきに学ばせるシーンを映すことで、観る側にも翼が破損することの危険性、機体整備の重要性、航空力学、気象学などをダイジェストで伝えるべきだった。それがないためにたまきが工具を紛失するところや、逆に機体のバンク角はどれくらいが適切で、どれくらいが攻めた角度になるのかが分からなかった。少なくともJovian妻はそのあたりがチンプンカンプンだったとのことである。

 

全体的に内容を詰め込みすぎとの印象である。その割には様々な人間関係が深まっていかない、あるいは追求すべきドラマが放置されたままというのが多い。倉持や空知以外の部員との関係も特に描かれないし、ライバル大学の部員たちの関係も深堀りされない。ここなどは、倉持とたまきの師弟関係とのコントラストを描く絶好の機会なのに、脚本ではみすみすスルーしてしまっている。誠に惜しいと言わざるを得ない。

 

たまきが序盤に心肺能力の高さを見せるのはスポーツのバックグラウンドがあることから納得できるが、グライダーのバンク角を正確に推測する眼力あるいは体性感覚の鋭さについては、なにも情報はなし。たまきが天性のフライヤーで、説明はつかないものの、天才的な飛行の感性や感覚を披露していくのか?と思わせて、そういった展開もなし。キャラの深堀りが適切になされていなかった。同様のことは空知や倉持、朝比奈や羽鳥にも当てはまった。

総評

恋愛感情は否定しないが、それが芽生える瞬間の説得力が非常に弱い。そこは思い切って全部省いて、2時間弱のすべてをグライダーの整備や操縦、様々なパイロットたちとの切磋琢磨を描くことに費やすべきだったと感じる。ただ、青春アニメ映画なので色恋の一つや二つは許容すべきなのかもしれない。底が気にならない向きであれば、グライダーで空を飛ぶ若者たちの豊饒な物語が味わえることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

replacement

「代わり」の意。代わりを見つける= find a replacement というのはよく使われるコロケーションである。英会話初級から中級ぐらいの人は知っておきたい。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, アニメ, 堀田真由, 日本, 監督:橘正紀, 配給会社:東映, 青春Leave a Comment on 『 ブルーサーマル 』 -もっと空を飛ぶことにフォーカスせよ-

『 トップガン マーヴェリック 』 -劇場再鑑賞-

Posted on 2022年6月5日 by cool-jupiter

トップガン マーヴェリック 90点
2022年6月4日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:トム・クルーズ マイルズ・テラー
監督:ジョセフ・コジンスキー

また観てしまった。会社でも40代~50代のオッサン連中(日本人&外国人)から「観てきたぜ!」のと報告が相次いでいる。「当時はみんな、レザージャケットを着てKAWASAKIのバイクに乗っていた」と懐古する声が特に印象に残った。会社でも世間でも本作の評判は上々のようである。

 

あらすじ

マーヴェリック(トム・クルーズ)は、予定されていたダークスターのテスト飛行がキャンセルされると聞いたが、クルーと共にフライトを強行し、マッハ10を達成する。処罰の対象になるかと思われたマーヴェリックだが、盟友であり提督となったアイスマンの取り計らいにより、トップガンにおいて難関ミッションに挑む若きパイロットたちの教官となる。しかし、そこにはかつての相棒グースの息子、ルースター(マイルズ・テラー)も加わっており・・・

以下、ネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

トップガン・アンセムからの『 Danger Zone 』+空母から発艦していくF-18だけで、この世界に吸い込まれていく感覚は2度目の鑑賞でも健在。やはり『 スター・ウォーズ 』のオープニング・タイトル映像+ジョン・ウィリアムズのテーマ音楽に匹敵する力を感じた。

 

前作でも戦闘機の疾走感は存分に味わえたが、今作の工夫として大空ではなく低空を飛行するシーンをかなり多めに使うことが挙げられる。これにより景色が流れていくのを目にすることができ、戦闘機の常識外れのスピードを視覚で直接的に体験することができるようになった。Gを感じることはできないが、爽快感は確実に感じられる。

 

初回鑑賞時に見誤っていたのが、ミッション遂行時の条件。最高高度100フィート、最低速度660ノット/時だった。ゲームのAce Combatでこれをやれと言われても無理である。特にハイGクライムからの背面ダイブ、そして精密爆撃からの再度のハイGクライムはメビウス1やサイファーでも不可能に思える。だからこそ、それをシミュレーションでも本番でもやってのけるマーヴェリックに痺れてしまう。

 

ロシアが仮想敵国として描かれているが、コロナによって上映が2年以上遅れ、プーチンがウクライナへ侵攻したことで、本作の持つ意味が偶然にも大きくなった。「抜かずの剣こそ我らの誇り」とは漫画『 ファントム無頼 』の神田の台詞だが、抜かないからといって剣をなまくらにしておいてよい理由はない。マーヴェリックは米海軍のパイロットでトップガンの教官だが、日本の自衛隊の飛行教導群にもマーヴェリックのような凄腕パイロットはいるはずなのだ。日本はロシア、中国、北朝鮮と覇権主義あるいは先軍主義の国に面しており、地政学的に高い防衛力を要求される国である。平和を脅かす真似をするから先制攻撃・・・という考え方には素直に首肯はできかねるが、平和を維持するためには膨大なエネルギーが必要である。

 

コロナ禍によってエッセンシャル・ワーカーという存在が初めて可視化された。ロシアのウクライナ侵攻によって、我々が気付いていないところで平和の維持に従事する人間がいるのだということが本作によって多くの人によって意識されることと思う。しかし、ゆめゆめ本作のメッセージを誤って受け取ることなかれ。マーヴェリックが望むのは、愛する人と共に平和な空を飛ぶことである。決して撃墜王になることではない。

ネガティブ・サイド

映画そのものの出来とは無関係なこと2つ。

 

なぜ4DXやMX4D上映は日本語吹き替えばかりなのか。航空業界の Lingua Franca は英語と決まっているのだが。

 

ハングマンが言われる、あるいは言う “You look good.” や I’m good.” の「調子が良い」というのは誤訳だと思われる。ニュアンスとしては「良い腕してる」の方が近いはず。最後に颯爽と現れて絶体絶命のマーヴェリックとルースターを助けたところで、フェニックスが  “Hangman is good, but Mav is better.” みたいなことを言っていたことから、調子ではなく腕前と解釈すべきだろう。

 

総評

さすがにプロットが全部わかったうえで鑑賞すると、初回の興奮は消えてしまう。しかし逆に本作の映像的に優れた面により集中して鑑賞することができたように思う。すまじきものは宮仕えと言うが、サラリーマン社会よりも遥かに厳しい軍隊において、自分の美学=仲間を見捨てない、死なせないという思いを貫くマーヴェリックに、勇気をもらうオッサン連中は多いはず。さあ、オッサンたちよ。初回を一人で鑑賞したなら、次は前作を配信やレンタルで家族鑑賞だ。そして本作を家族で劇場鑑賞しようではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

at the request of ~

「~のリクエストによって」の意。劇中では “You are here at the request of Admiral Kazansky, a.k.a. Iceman.” という形で使われていた。ネット掲示板ではしょっちゅう、This post was deleted at the request of the original poster. という風にも使われている。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, S Rank, アクション, アメリカ, トム・クルーズ, ヒューマンドラマ, マイルズ・テラー, 監督:ジョセフ・コジンスキー, 配給会社:東和ピクチャーズLeave a Comment on 『 トップガン マーヴェリック 』 -劇場再鑑賞-

『 ザ・スイッチ 』 -コメディ・ホラーの良作-

Posted on 2022年6月5日 by cool-jupiter

ザ・スイッチ 70点
2022年6月1日 レンタルBlu rayにて鑑賞
出演:ヴィンス・ヴォーン キャスリン・ニュートン
監督:クリストファー・ランドン

公開時、MOVIXあまがさきで見逃してしまった作品。コメディ色の強いヴィンス・ヴォーンが殺人鬼・・・ではなく殺人鬼の体に乗り移った女子高生を演じる。この設定だけで惹きつけられるではないか。

 

あらすじ

冴えない女子高生ミリー(キャスリン・ニュートン)は、ホームカミングの夜に伝説の殺人鬼ブッチャー(ヴィンス・ヴォーン)に襲われる。しかし、不思議な短剣がミリーの肩に突き立てられた瞬間、二人の体が入れ替わってしまい・・・

 

ポジティブ・サイド

冒頭から夏恒例の糞ホラー映画そのままの展開。酒を飲みながら怪談に興じ、セックスに耽る。これは100%死ぬサインである。ここでの殺しのシーンもなかなかグロテスクで見応えがある。内気な少女が運悪く連続殺人鬼に襲われるところまではあらすじにある通りだが、そこに至るまでにミリーの家族関係、学校での人間関係、そして物語上の重要な伏線の全てが無理なく詰め込まれている。なかなか練られた脚本である。

 

入れ替わり後は、ミリーのパートはホラーに、ブッチャーのパートはコメディとなる。ここでの主役二人の演技は見物である。見る者すべてを獲物として捉えるサイコパスの目をしたミリーは、あらゆる場面で惨劇の予感をもたらす。一方で巨大中年殺人鬼のブッチャーは、その表情、しゃべり、所作、立ち居振る舞いの全てが女子校生で、その一挙手一投足に笑ってしまう。この入れ替わってしまった二人が元に戻るためにスラップスティック・コメディとスプラッター・ホラー的な展開が同時進行するというところが独特で秀逸。特にブッチャーの体に入ってしまったミリー/ブッチャーが、親友のナイラとジョシュに自分こそがミリーだと信じてもらうために奮闘する一連の流れには笑わずにはいられない。一方で、ブッチャー/ミリーが気に食わない教師を殺害するシーンは、まさに『 13日の金曜日 』。

 

24時間以内に儀式を行わないと、両者の魂は入れ替わったまま。儀式のために奮闘するミリー/ブッチャーとナイラ、ジョシュの3人と、その周囲の人間も巻き込んで物語は加速する。友情あり、恋愛あり、見失っていた家族愛の再発見ありと、これでもかと詰め込みつつも、軽妙なテンポで物語は進んでいく。序盤のちょっとした一言が大きな伏線になっているなど芸も細かい。最後の最後まで観る側を飽きさせはしないぞ、というサービス精神も嬉しい。

 

設定だけで勝負しているように見せて、さにあらず。ヴィンス・ヴォーンは思いっきり女子校生になりきっているし、キャスリン・ニュートンはシリアルキラーが憑依したかのような鬼気迫る演技を見せる。映画を良作にするのは、脚本と演技の両方だなとあらためて得心した。

 

ネガティブ・サイド

冒頭以外の殺害シーンにゴア要素が足りない。いけ好かない技術の教師をブッチャー/ミリーが殺すシーンは、それこそ精巧な人体模型を作って撮影してほしかった。『 ザ・ハント 』のような低予算映画でも内臓やら血しぶきやらが飛び散るシーンには力を入れていたのだから、本作でも頑張って欲しかった。パーティーの裏で殺される男子3人も同様。あまりやりすぎると、ミリーがミリーの体に戻った時にピンチに陥ってしまうのは分かるが、そんなことまで気にする視聴者はいない。

 

終盤でダンス・パーティーが中止にされてしまうが「廃工場でやればいい」というブッチャー/ミリーのアイデアにまるで全校生徒が乗ったのかというぐらいに人が集まったが、あれだと兄弟姉妹や友人などを通じて一発で親や警察にばれるだろう。魂の入れ替わりという非現実な設定のためにも、その他のプロットは極力現実的にすべきだった。

 

総評

コロナ禍の最中に劇場公開されたホラー映画という点で『 ウィッチサマー 』と重なるが、完成度はこちらの方がはるかに上。ゴアに課題を残すも、ティーンの友情や家族愛もしっかり描写されるし、若い男女の淡い恋愛を、少年と中年オヤジの形で描いてしまうのには、笑ってしまいつつも感動してしまう。コメディ色が薄れつつあった近年のヴィンス・ヴォーンが原点に立ち返った面白コメディである。冒頭の血みどろの殺人シーンさえクリアできれば、ティーンの友情物語を堪能できるだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Que Será, Será

What will be, will be. の意。英語スペイン語とでも言おうか。意味としては「なるようになる」で ”Let it be” に近い。元々のスペイン語にはない表現。その意味では『 ターミネーター2 』の ”No problemo” 的であるとも言える。「ケセラセラ」自体は日本語にもなっているはずだが、大学生ぐらいの若者にはまったく通じない。これは世代のせいなのか、それとも時代のせいなのか。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アメリカ, ヴィンス・ヴォーン, キャスリン・ニュートン, コメディ, ホラー, 監督:クリストファー・ランドン, 配給会社:東宝東和Leave a Comment on 『 ザ・スイッチ 』 -コメディ・ホラーの良作-

『 南極物語 』 - 南極でサバイバルする犬を活写する-

Posted on 2022年6月2日 by cool-jupiter

南極物語 75点
2022年5月30日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:高倉健 渡瀬恒彦
監督:蔵原惟繕

NHKの『 歴史探偵 』で南極タロジロ物語を観て、「そういえばVHSで観たな」と思い出した。しかし覚えていたのはオーロラのシーンだけ。今回あらためて鑑賞して、なかなかのリキ作であると感じた。

 

あらすじ

国際地球観測年、日本は南極へ第一次観測隊を派遣する。その中には犬ぞりを引くための22頭の犬の姿もあった。第一次観測隊は、犬たちを南極基地に残したまま第二次観測隊と入れ替わろうとするも、天候が急激に悪化。隊は基地に入れず、犬たちは南極に取り残されてしまい・・・

 

ポジティブ・サイド

南極の過酷さがよく出ている。実際に多くのシーンは南極で撮影したらしい。荒ぶる海、どこまでも続く極寒の大地、凍てつく風。むき出しの自然の荒々しい力が画面越しにも伝わってくる。近年の邦画にはない、非常に角度の広い、そして奥行きの深い絵がこれでもかと映し出される。映画館の大画面なら、どれほどの迫力があっただろうか。

 

1980年代なら第一次観測隊のメンバーの多くが存命だろうから、製作者や役者隊も存分に隊員たちに取材ができたことだろう。日焼け具合に無精ひげ、伸びきった髪などが、極地までの旅路、そして極致での生活がどんなものであるのかを雄弁に物語る。説明的なセリフを挿入すりゃいいんだろ、と開き直り気味の現代の作り手は、このあたりを大いに意識すべきだろう。犬ぞりでの南極観測も自然の大スペクタクルを堪能させてくれる。凍てつく大地の乾いた空気に、ヴァンゲリスの音楽が非常にマッチしており、この絵と音楽だけで画面に文字通り釘付けになってしまう。

 

人間パートも熱い。救助に来てくれたアメリカ艦船の乗員に啖呵を切るのはどうかと思うが、当時の日本人あるいは映画の作り手には日本人としての誇りや矜持があったことがひしひしと伝わる。また高倉健が「それなら自分が犬を殺してくる」と宣言するシーンも史実なのだろう。普通なら「そこまで思うか?」と感じるだろうが、見渡す限り無人の氷原で、人と犬が昼夜を問わず行動を共にすれば、連帯感などという言葉では生温い紐帯が生まれても不思議ではないだろう。

 

その南極で生き抜く犬たちのドラマが渋い。ほとんど推測なのだろうが、アザラシを襲ったり、氷に閉じ込められた小魚を食べたりというのは実際に考えられそうだし、そうした絵を実際に撮ってしまう構想力に感服する。犬たちの関係性、協力、別離、再会、生存が人間の介在なしに濃密に描かれていく。オーロラのシーンは特に素晴らしい。過酷すぎる大地にほんの少しの福音を予感させている。氷の斜面を犬が滑落したり、氷海に落ちたりと、いったいどうやって撮影したのか分からないが、雪に人間の痕跡を一切残さずこれらのシーンを全て撮り切ったのには脱帽するしかない。ドッグトレーナーにも I take my hat off.

 

犬たちが雄々しく生き、そして死んでいく一方で、高倉健は大学を辞して、犬の飼い主たちへのお詫び行脚に出る。それがまた痛々しい。特にある姉妹にリキのことを詫びる高倉健が、すべてを飲み込んでただただ沈黙する場面は名シーンである(演じている姉が若き日の荻野目慶子なのだ)。また渡瀬恒彦も婚約者との仲睦まじさを見せつけるが、完全に心ここにあらず状態。魂を南極に置き忘れてきた男を好演した。南極の男たちが日本本土で世捨て人同然になってしまう。しかし、南極の大地に再び舞い戻ってタロとジロと再会することで生気を取り戻すというコントラストが最後の最後に鮮やかに際立つ。「生きる」ということの尊さに、人も犬もないということがよく分かるリキ作である。

 

ネガティブ・サイド

製作された年代が年代とはいえ、渡瀬恒彦が犬たちに本物の鞭をふるうシーンは観ていて本当に痛々しい。犬好きにはお勧めしづらい作品になってしまっている。

 

南極隊員と犬の関係者ばかりにフォーカスしすぎで、世間一般の反応についてもう少し描写があってもよかった。当時の報道によって、一般大衆からはボロクソに叩かれたらしいが、そうした世間からの容赦ないバッシングがあれば、高倉健や渡瀬恒彦らの打ちひしがれた姿がもっと印象的になったかもしれない。

 

南極の氷原を犬ぞりで駆けていくシーンのカメラの手ブレが酷い。酔いそうになった。当時の技術的限界かもしれないが、信じられないくらいブレまくるシーンがいくつかあるので、そこも鑑賞時は注意を要する。

 

総評

『 ハチ公物語 』や『 マリリンに逢いたい 』など、1980年代の邦画には犬をテーマにした良作映画があったのだなあと懐かしく感じた。またJovian世代は子どもの頃にちょうど『銀牙 -流れ星 銀-』を漫画またはテレビアニメで観ていた。なので、本作のタロやジロたちもある程度勝手に脳内で喋らせることができたりする。犬好きなら是非観よう。高倉健や渡瀬恒彦といった大御所も出ている中、こっそり佐藤浩市も出演している。今の時代には珍しくなってしまった飾らない人間の物語、そして犬たちのドラマが堪能できる。若い世代にも観てほしい。



Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

sled

「そり」の意。あまりなじみのない言葉かもしれないが、ボブスレー = bobsled だと分かれば理解・記憶しやすいだろう。ちなみにそりには sleigh もあるが、こちらは sled よりも乗る位置が高いものを指す。クリスマスの定番曲『 Jingle Bells 』の Jingle bells, jingle bells, jingle all the way. Oh what fun it is to ride in a one-horse open sleigh. という歌詞からサンタクロースの乗るそりを連想されたし。ボブスレーは直接雪と接するが、サンタの座っている部分は雪とは直接は接しない。   

 

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Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 1980年代, B Rank, ヒューマンドラマ, 日本, 歴史, 渡瀬恒彦, 監督:蔵原惟繕, 配給会社:日本ヘラルド映画, 配給会社:東宝, 高倉健Leave a Comment on 『 南極物語 』 - 南極でサバイバルする犬を活写する-

『 トップガン マーヴェリック 』 -The sky is the limit-

Posted on 2022年5月29日2022年6月2日 by cool-jupiter

トップガン マーヴェリック 90点
2022年5月28日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:トム・クルーズ マイルズ・テラー
監督:ジョセフ・コジンスキー

 

『 トップガン 』の続編。待ちに待たされた作品だが、This film is worth the wait! 前作の世界観を見事に受け継ぎ、人間ドラマとエンタメ性を高いレベルで融合させた。今年のベストと言っていいだろう。

あらすじ

マーヴェリック(トム・クルーズ)は、予定されていたダークスターのテスト飛行がキャンセルされると聞いたが、クルーと共にフライトを強行し、マッハ10を達成する。処罰の対象になるかと思われたマーヴェリックだが、盟友であり提督となったアイスマンの取り計らいにより、トップガンにおいて難関ミッションに挑む若きパイロットたちの教官となる。しかし、そこにはかつての相棒グースの息子、ルースター(マイルズ・テラー)も加わっており・・・

 

以下、軽微なネタバレあり

ポジティブ・サイド

オープニングからF-18が空母から発艦していく圧巻の映像、それと共に流れる『 トップガン・アンセム 』が郷愁を誘いつつ飛翔も予感させる。そしてケニー・ロギンスの “Danger Zone” で一気に大空へと舞い上がる。これによって『 トップガン 』の世界が一挙に再構築された。『 スター・ウォーズ 』もテーマ音楽だけで一気にその世界に引き込まれるが、『 トップガン 』にもその力がある。また『 スター・ウォーズ 』同様に効果音も脳に刻み付けられている。一時期、”You can’t hear a picture” というミームが流行ったが、映像だけで戦闘機のエンジン音や滑空音が脳内で再生されるというトップガンのファンは多いのではないだろうか。

 

前作へのオマージュを随所にちりばめつつ、現代的な視点も盛り込まれている。ゲーム『 エースコンバット7 スカイズ・アンノウン 』が本作とのコラボ機体をリリースしたのは2019年だったが、思えばよくも待ったものである。ゲームと同じく現実世界でもドローンによる戦争が行われるようになってしまったが、それは取りも直さず人間が航空機に乗り込んでの操縦は不要になることを意味する。つまりパイロットはお払い箱である。そのことは『 エースコンバット6 解放への戦火 』や『 エースコンバット7 スカイズ・アンノウン 』といったゲームでもしきりに言及されていた。その人間不要論を見事に打ち破ったのが本作だと言える。

 

まず、トップガンが挑むミッションがまんまフライトシミュレーターのゲームのミッションそのものである。いや、ある意味ではゲームよりも難易度が高いミッションだろう。Jovianが一時期ハマっていた Ace Combat シリーズは渓谷などの狭いエリアを飛ぶ ミッションが恒例だったが、ゲームでこれをやれと言われても ( ゚Д゚)ハァ? と反応するだろう。下限速度が時速400ノットで上限高度が1000フィート、そして高G加速で山肌に沿って上昇し、背面飛行で下降に転じ、施設を精密爆撃せよというのだから。マスコミあるいは映画評論家は、ぜひ航空自衛隊、できればブルーインパルスのパイロットにこのミッションが達成可能かどうか尋ねてほしい。おそらく答えは否だろう。実際にトップガンの面々もバンバン Mission Failed を連発する。最早このミッションそのものがダメかと思われたところで、マーヴェリックが実演でミッションは achievable と証明するシークエンスは最高に痺れた。 

 

そこまでの過程でグースの息子、テラーとの確執も丹念に描かれる。マーヴェリックは序盤から何度か “Talk to me, Goose.” という例のセリフを口にするが、別離から30年を経てもグースが心の中にいることを観る側にしっかりと伝えてくる。息子のルースターがバーのピアノで “Great Balls of Fire” を熱唱するシーンには我あらず涙ぐんでしまった。こんな単純な演出で泣けてしまうとは、Jovianも年を取ったのかねえ・・・ 二人の間の因縁、そこに込められたマーヴェリックの思いの深さは、そのままグースが愛した者への思いの深さになっている。  

 

いざミッションへと飛び立つトップガンの面々。だが、ルースターは逡巡してしまう。まるで前作のマーヴェリックのように。しかし、やはりパイロットを奮い立たせるのは機体の性能ではなく人間の思いなのだということを、本作はここでも高らかに宣言する。ミッションを成功させ、いざ離脱という時に前作同様の悲劇が隊を襲う。マーヴェリックが文字通りに体を張ってルースターを救うシーンにも、やはり涙ぐんでしまった。なぜ自分はこんなに涙もろくなってしまったのか。そこから続く『 エネミー・ライン 』的な展開では「なんでそこにF-14があるの?」とは思ってしまうが、鹵獲された機体を分析・調査するためだと納得した。

 

最終盤のドッグファイトは前作以上の大迫力。 “It’s not the plane, it’s the pilot.” = 「大事なのは機体じゃない、パイロットなんだ」とマーヴェリックを鼓舞するルースターに胸アツにならずにいられようか。普通に考えれば1980年代のクルマと2010年代のクルマ、もしくは1980年代のコンピュータと2010年代のコンピュータで性能を比較すれば前者は絶対に後者に勝てない。実際にマーヴェリックの十八番であるコブラからのオーバーシュート戦法を上回る、クルビット機動でのミサイル回避を披露する敵側の第5世代戦闘機(まあ、Su-57だろう)を相手にド迫力の空戦が繰り広げられる。手に汗握るとはまさにこのこと。自動運転車や無人機が主流になっていく世の流れは変えられないが、それでも “But not today.” と言い切るマーヴェリックの姿に、人間の誇り、尊厳とは何であるのかを教えられた。紛れもない大傑作である。 

ネガティブ・サイド

チャーリーが出てこなかったのは何故なのか、ギャラで折り合わなかったのか。『 クリード 炎の宿敵 』でもブリジット・ニールセンを三十数年ぶりに出演させたことがドラマを一段と盛り上げた。ヴァル・キルマーだけではなくケリー・マクギリスも必要だった。

 

総評

文句なしの傑作である。オリジナルからの続編のクオリティの高さという点では『 エイリアン 』、『 エイリアン2 』に勝るとも劣らない。カメラワークなどは前作よりも進化しており、Jovianの前の座席に座っていた年配女性たちは「ホンマに自分でも飛んでるみたいやったわ」と感想を言い合っていた。劇場の入りは8割ほどで、年配組が多かったように見受けられたが、若い観客もそれなりにいた。ぜひ前作を鑑賞の上、トム・クルーズの雄姿をその目に焼き付けてほしい。そして人間不要となりつつある世の流れに雄々しく抗う人間ドラマ、人間賛歌を多くの人に味わっていただきたいと思う。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

I’ll give you that.

この that はひとつ前の言葉の内容を指す。

A: ”Let’s study in the library.” 
B: “That’s a good idea.”

の that と同じ。実際の用例としては、

You’re a good tennis player. I’ll give you that. 
君は良いテニス選手だ、認めよう。

のように「~を認めよう」のような意味になる。相手は you に限らない。They are formidable fighter pilots. I’ll give them that. = 「あいつらは手ごわい戦闘機乗りだ、それは認めよう」のようにも言える。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, S Rank, アクション, アメリカ, トム・クルーズ, ヒューマンドラマ, マイルズ・テラー, 監督:ジョセフ・コジンスキー, 配給会社:東和ピクチャーズLeave a Comment on 『 トップガン マーヴェリック 』 -The sky is the limit-

『 ハケンアニメ! 』 -ブラック労働現場は無視されたし-

Posted on 2022年5月26日 by cool-jupiter

ハケンアニメ! 60点
2022年5月22日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:吉岡里帆 中村倫也 柄本佑 尾野真千子
監督:吉野耕平

 

「嫁さんが 観たいというので 劇場へ」と一句できた。それはさておき、辻村深月原作とは知らずに鑑賞した。『 冷たい校舎の時は止まる 』と『 かがみの孤城 』は傑作である。

あらすじ

斎藤瞳(吉岡里帆)は、とあるアニメ作品と出逢った衝撃から、務めていた県庁の職を辞し、アニメ業界に飛び込んだ。それから7年、新人監督としてデビューすることになった瞳は、プロデューサーの行城(柄本佑)の仕掛けによって、天才の誉れ高い王子千晴(中村倫也)と対談することになった。王子こそ、瞳がアニメ業界を志望するきっかけになった作品の生みの親だったのだ。対談の中で瞳は、王子の作品に勝って、覇権を手にすると高らかに宣言するが・・・

ポジティブ・サイド

Jovianは「映画を作る映画」が好きだが、アニメを作る映画というのも悪くないと感じた。アニメ制作については、ジブリ読本のようなものを読んだり、宮崎駿や庵野秀明のドキュメンタリー番組を観たりして得られる程度の知識しかない。その意味では本作の鑑賞は面白い体験でもあった。

 

冒頭は『 ER 緊急救命室 』の影響の色濃いロングのワンカットで、アニメ制作現場とそこで働く様々な職種の人間を映し出す。このシーンは非常に印象的で、アニメ業界へのイントロダクションとして素晴らしいものだったと感じる。

 

瞳と王子の対談は迫力満点。一億総オタクという言葉を「上から目線」と切って捨て、リア充という存在の対にあるのはみじめなオタクではなく別の形のリア充であるということを宣言するシーンは、アニメに限らず漫画やゲーム、ラノベなど他ジャンルのクリエイターたちの声をも代弁していたものだろう。それを受けても果敢に王子に宣戦布告する瞳の姿に、胸が熱くならずにいられようか。瞳と王子の両者の芯の強さを見せる名場面だった。

 

テレビアニメと映画の最大の違いは、その鑑賞方法にある。すなわち前者は実況中継可能で、後者は実況中継が不可能である。あるいは、前者は個人で鑑賞し集団で楽しむもの、後者は集団で鑑賞し個人で楽しむもの、と言い換えられるかもしれない。『 天空の城ラピュタ 』のテレビ放映時に一時期流行った「バルス祭り」は、その最たるものと言えるかもしれない。それを想起させるSNSへの書き込みテキストが画面を埋め尽くす様はなかなかに壮観だった。このテキストのスーパーインポーズの印象度は『 白ゆき姫殺人事件 』に次ぐ。

 

本作の一種のビルドゥングスロマンである。瞳という一人のキャリアウーマンの成長物語でもあり、同時に人間としての成長物語でもある。『 見えない目撃者 』と本作で、吉岡里帆はセクシーさを強調することなく売り出せるようになったという意味では、吉岡本人の成長にもなっている(『 ホリック xxxHOLiC 』は現時点では鑑賞予定なし)。監督だからといっても所詮は新米。絶対権力者でも何でもなく、実績やカリスマ性があるわけでもない。けれども自分のアニメ作りに懸ける想いはひたすらに真摯で、だからこそ次第に周囲のスタッフたちをも巻き込めるだけの熱量を生み出せたのだと納得できるだけの成長を見せてくれた。瞳を支えるプロデューサーを演じる柄本佑が業界人っぽさを好演。実に嫌味ったらしい男をけれんみたっぷりに演じている。最初は「なんだこいつは?」と感じるのだが、物語が進むにつれて、この男の一挙手一投足にグイグイと引き込まれてしまう。その絶妙な仕掛けを知りたい人はぜひ本作を鑑賞されたし。

 

対する王子と、彼を支えるプロデューサーの尾野真千子のコンビも魅せる。天才的なクリエイターで、初発作品があまりにも high quality だったせいで、二作目や三作目も標準以上の出来映えなのに、物足りなさを感じてしまう。映画や文芸の世界でたまにいる(森博嗣のデビュー作『 すべてがFになる 』が一例ではないか)が、アニメ界も同様だろう。そうした天才の虚飾の仮面とその奥の素顔を、中村倫也が好演している。それを支える尾野真千子が、会社上層部の指令と王子のわがままの間で悪戦苦闘する様は、サラリーマンの激しい共感を呼ぶ。

 

アニメで覇権を取ろうとする少々珍しい作品だが、それも大切な日本文化の一つ。感動的な作品ではあるので、週末の予定に入れておくのも良いだろう。意外にデートムービーにも使えるはず。そうそう、ポストクレジットシーンがあるので、慌てて席を立たないように。

ネガティブ・サイド

冒頭で気になったのが「アニメ」の発音、そのアクセントの位置。ナレーションはアに強勢を置いていたが、キャラクターの多くはメに強勢を置いていた。統一する必要はないだろうが、それでも業界人はメに強勢、その他の人々はアに強勢と、使い分けを徹底することもできただろうにと思う。

 

アニメ作りの現場で声優の収録シーンにばかりフォーカスが当たっていたが、もっとBGMや効果音にも焦点を当ててほしかった。特に瞳が作る『 サウンドバック 奏の石 』は、音がテーマなのだから、コンポーザーやミキサー、フォーリー・アーティストこそ脚光を浴びるべきではなかったか。

 

冒頭でプロデューサーがオープニング・ロゴのデザインにケチをつけていたが、そんな越権行為が現実に存在するのか。プロ野球チームのGMが選手の打撃フォームや投球フォームを力づくで矯正したら大問題だろうと思うが。

 

本作の最大の欠点は日本的デスマーチをある意味で礼賛してしまっているところ。そして、有能なクリエイターに正当な対価ではなく情でもって仕事を依頼するところだろう。神作画と称賛されるようなクリエイターをこんな風に使うからこそ大企業なのかもしれないが、これでは日本のクリエイターは国内向け資本相手に仕事しなくなる。もしくはクリエイター志望者そのものが減って、ピラミッドの頂点がどんどん低くなる。由々しき問題だ。デスマーチを是とするのもいかがなものか。助監督が味噌汁を作って頑張ると同レベルの、元・制作進行、現プロデューサーがおにぎりを作って頑張るというのは美しいことは美しいが、そこに美徳を見出せるのはせいぜい1980年代生まれまでではないか。今の30代以下は、本作に映し出される労働の現場をどう見るだろうか。好意的に見る者がマイノリティであることは間違いない。

 

総評

良くも悪くも『 バクマン。 』そっくりである。個の力を最大限に称揚するのは確かに美しいが、そこに芸術的な美しさは見えない。また、日本的な超人的な個の働きへの依存と現場の空気に染まるという「失敗の本質」が色濃く出た作品でもある。だが、それはそれ、である。そうした日本の伝統的にダメな部分はいったん忘れて物語世界に没入できさえすれば、クリエイターたちを取り巻く豊かな人間ドラマが味わえるだろう。鑑賞時には思い切って片目をつぶろうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

emerge victorious

瞳が王子に「勝って、覇権を取ります!」と宣言した台詞の私訳。 I will emerge victorious. = 私が勝者になる、という意味で覇権うんぬんではないのだが、そこは訳出不要と判断。emerge victorious というのはボクサーが計量後の記者会見などで使うのをよく聞く。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, ヒューマンドラマ, 中村倫也, 吉岡里帆, 尾野真千子, 日本, 柄本佑, 監督:吉野耕平, 配給会社:東映Leave a Comment on 『 ハケンアニメ! 』 -ブラック労働現場は無視されたし-

『 流浪の月 』 -善悪の境目はどこにあるのか-

Posted on 2022年5月24日 by cool-jupiter

流浪の月 70点
2022年5月21日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:松坂桃李 広瀬すず
監督:李相日

『 悪人 』、『 怒り 』の李相日監督の作品。今回も人間社会の善悪や強弱について、非常に示唆に富む作品を送り出してきてくれた。

 

あらすじ

家に居場所のない10歳の少女・家内更紗は、ある夏、佐伯文(松坂桃李)の家で過ごすことになる。しかし、文は警察に逮捕され、更紗は元の家に帰ることに。15年後、恋人と同棲する更紗(広瀬すず)は、思わぬ場所で文と再会することになり・・・

以下、ネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

まずは主演の松坂桃李と広瀬すずの脱皮に感銘を受けた。広瀬すずは冒頭からベッドシーンを披露。見せてはいないが、脱いではいるし、触らせてもいる横浜流星爆発しろ。『 ラストレター 』のような静かな役もあったが、基本的に天真爛漫な役ばかりを演じてきた広瀬すずが、初めて陰のあるキャラクターになりきったように思う。バイトに恋人との生活にと、充実した生活を送っているように見えるが、その目は常に空虚だった。文と再会してからの目とそれまでの目、あるいは文を見る目と恋人の亮君を見る時の目の違いに注目してほしい。この目の演技は素晴らしいの一語に尽きる。李相日監督の演技指導もあるだろうが、広瀬自身の演技力向上も大きいだろう。

 

松坂桃李も負けていない。『 空白 』では徐々に目から生気が抜けていく青年を演じたが、本作では最初から最後まで空っぽの目をしていた。その空っぽの目の奥には、しかし、ある光景が焼き付いていた。人生のある時点で目にしてしまったその光景によって、文の目には現実ではなく「自分」しか映らなくなってしまった。しかし、そこに更紗という存在が現れ、空っぽの目に徐々に力が戻っていく、という『 空白 』とは逆の演技を見せた。役者として着実にレベルアップしているという印象である。また、脱ぎっぷりという意味では『 娼年 』に次ぐ、ショッキングなシーンがある(『 いのちの停車場 』でも脱いでいたが、あれはノーカウント)。Jovianは看護学校で習った内容をうっすら覚えていたが、文はかなりの確率で先天的な染色体異常だろう。まあまあの確率で男は美形になるが不能になるという疾患があったと記憶している。その意味では松坂桃李のキャスティングは正解である。

 

かつての二人の幸せだった時間を回想しつつ、物語は現在を冷静に追っていく。誘拐の被害者として憐憫の情を集める更紗と、前科者としての烙印を押されっぱなしの文が、それゆえに互いを求め合うという展開には胸を打たれる。弱者とは誰なのか?善とは、そして悪とは何であるのか?当人ではどうにもならない属性をもって人を判断する、あるいは当人のものではない属性をその人に押し付ける行為を差別と定義づけるならば、更紗と文は紛れもなく被差別者であり、二人の周囲の人間の多くは差別者である。

 

「死んでもバレてほしくないことがバラされてしまう」という序盤の文の言葉、さらに「人は見たいように人を見る」という更紗の言葉から、文は真性のロリコンではなく、ロリコンを隠れ蓑に自分の性的不能を誰からも隠し通したかった、というのが真相か。だからこそ、過去のトラウマからセックスに嫌悪感を抱く更紗との奇妙な連帯関係が成立したのだろう。

 

様々に歪な親子の関係をまざまざと見せつけ、家族というものに対する希望を消していく。『 真っ赤な星 』同様に寄る辺ない二人の逃避行を予感させて物語は静かに閉じていく。この何とも言えない苦味の余韻こそ、本作が観る側に与えたかったものなのだろう。現代社会における人間関係、就中、家族に代わる新しい関係性の模索こそが、一種のタブーでありながらも今まさに求められていることであると思う。

ネガティブ・サイド

松坂桃李も子役をもっと使えなかったのだろうか。少年院に入ったということは犯行当時は未成年。『 娼年 』の時点で大学生役はギリギリセーフだが、今作での大学生役は相当無理があった。

 

広瀬すずの子役は顔の造形がそっくりでびっくりしたが、少女時代の方が声が低いとはこれいかに。まあ、似た顔と似た声なら、似た顔の方が探しやすいか。

 

ファミレスでのバイトで本名を名乗るのは現代ではほとんどないと思われる。冒頭、スマホを観ていたガキンチョどもが2007年のニュースを指して「15年前か」のように言っていたが、2022年ならファミレスでもコンビニでもコールセンターでも、労働者はほぼ全員が源氏名を名乗っている。特に更紗のようなバックグラウンドの持ち主が馬鹿正直に本名を名乗るのは非現実的に過ぎる。

 

児童相談所に通報があったわけでもないのに、いきなりリカを保護する道理はいくら警察でもないだろう。また逮捕状がない=任意同行を求めているはずなのに、実力行使に出る警察を見て、頭がクラクラした。元警官のJovian義父なら憤慨したことだろう。

 

総評

邦画特有の弱点も抱えているが、完成度の高い非常にシリアスな物語である。現代社会への鋭い問題提起も行うという、李相日監督らしい作品である。松坂桃李、広瀬すず共に表現者としての階段を確実に一歩昇ったという印象を受ける。高校生、大学生の子どもがいる親御さんは、家族で鑑賞してみてはどうか。親子関係、友人関係などについて考察を深める良いきっかけとなることだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

drift away

徐々に消えていく、の意。劇中で更紗が文に語る「二人で流れていこう」の私訳。ネタバレ回避のためにそのやりとりを英語にすると

文: People might take notice of us.
更紗:Then, we can drift away.

のような感じになるだろうか。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, ヒューマンドラマ, 広瀬すず, 日本, 松坂桃李, 監督:李相日, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 流浪の月 』 -善悪の境目はどこにあるのか-

『 ザ・メッセージ 』 -B級SF作品-

Posted on 2022年5月20日 by cool-jupiter

ザ・メッセージ 60点
2022年5月18日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:ベラ・ソーン リチャード・ハーモン
監督:スコット・スピア

近所のTSUTAYAで目についたので準新作をレンタル。塚口サンサン劇場で『 スターフィッシュ 』のポスターを見て「おお、DVD出てるやんけ」と勘違いして借りてしまった。『 ステータス・アップデート 』と『 ミッドナイト ・サン タイヨウのうた 』のスコット・スピア監督作品だったではないか。

 

あらすじ

シカゴで起きた事故により、世界には残存者と呼ばれる亡霊が存在するようになった。ロニー(ベラ・ソーン)は自宅の浴室の鏡に謎の残存者が「逃げろ」というメッセージを残すところを目撃する。ロニーは転校生のカーク(リチャード・ハーモン)と共に残存者の謎の解明に乗り出すが・・・

 

ポジティブ・サイド

幽霊が見えるというのはネタとしては陳腐である。アメリカ映画では『 シックス・センス 』のような傑作、邦画でも『 さんかく窓の外側は夜 』のような凡作まで、特定の誰かに幽霊が見えるという作品は枚挙にいとまがない。しかし、誰でも幽霊が見える世界というのは結構珍しいのではないか。しかもそれが自由に動き回って人間に害をなす存在ではなく、決められた動きをするだけの残像であるというアイデアはユニーク。

 

ロニーとカークの二人が、謎の残存者からのメッセージの意味を探っていく展開はなかなか引き込まれる。手詰まりと思えるところから思いがけぬ発見があり、物語がダイナミックに動いていくところもいい。特にロニーの父親の読む新聞記事のアイデアは着眼点が非常に良いと感じた。ロニーと母親との関係は物語に若干の影を落としているが、それを効果的に使った脚本の妙が後半にあり、観る側を飽きさせない。

 

生きている人間たち、そして死んでしまった人間たちのそれぞれの思いが交錯する終盤は見応えがある。真犯人に意外性がないと感じられるかもしれないが、本作はミステリーではなくファンタジー、そしてヒューマンドラマとして鑑賞するべし。

 

ネガティブ・サイド

誕生日ネタはもう少しひねりを利かせられなかったか。Jovian母は実はうるう年の2月28日生まれなので、このネタには早い段階でピンと来てしまった。ある目的のために誕生日が重要なファクターなのだが、誕生日ではなくうるう年のうるう日をファクターにする、そのことに(物語世界のルールの中で)合理的な説明をつけられれば、映画世界への没入度がもっと高まったことだろう。

 

ブライアンは言ってみればハリポタにおけるスネイプ先生的なキャラなのだから、必要以上にホラーっぽいCG演出をする必要はなかった。それをせずにブライアンを恐怖の対象に見せるのが演出というものだろう。

 

総評

『 ザ・メッセージ 』という邦題はイマイチ。原題は I Still See You、つまり「私は今もあなたを見ている」ということ。このタイトルから受け取る印象が序盤、中盤、終盤で変わってくる。それは作りが乱暴だからではなく計算されたものだから。低予算映画のにおいがプンプン漂ってくるが、それがマイナスに作用していない。逆にアイデアで勝負する潔い作品になっている。海外レビュワーの評価はイマイチだが、Jovianはそこそこ楽しめた。梅雨時の週末のステイ・ホームのお供にちょうどよいだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

ground zero

爆心地の意。おそらく9.11でこの表現を知った人も多いのではないかと思う。ヒロシマやナガサキは原爆の爆心地だが、爆弾以外でも9.11のような想定外の巨大なインパクトがもたらされた場所にも使われる表現である。

 

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Posted in 映画, 未分類, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アメリカ, ファンタジー, ベラ・ソーン, リチャード・ハーモン, 監督:スコット・スピアLeave a Comment on 『 ザ・メッセージ 』 -B級SF作品-

『 バニシング 未解決事件 』 -臓器売買の闇に迫る-

Posted on 2022年5月17日2022年5月17日 by cool-jupiter

バニシング 未解決事件 65点
2022年5月15日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ユ・ヨンソク オルガ・キュリレンコ
監督:ドゥニ・デルクール

『 流浪の月 』を鑑賞したかったが、指定席とも言うべきシートが取れず、次点の本作をチョイス。なかなかの硬派な映画だった。

 

あらすじ

ソウルで女性の遺体が発見されるが、腐敗が進行しており、身元の割り出しに難航する。パク班長(ユ・ヨンソク)はフランスの法医学者ロネ教授(オルガ・キュリレンコ)に助力を求める。彼女が採取した指紋から、遺体は行方不明になっていた中国人女性と判明する。捜査を進めるパク班長とロネ教授は、臓器売買の謎に迫っていき・・・

ポジティブ・サイド

韓国映画と見せかけて、これは実はフランス映画。つまり少ない登場人物でも、巧みにミステリやサスペンスを盛り上げる。舞台を韓国に移しても、そうしたフランス文芸・フランス映画の特色はしっかりと維持されていた。

 

まずユ・ヨンソク演じるパク班長が従来の韓国警察の刑事のイメージを大きく覆す。韓国といえば『 ビースト 』のような汚職や暴力を厭わぬ刑事か、あるいは『 暗数殺人 』のひらすらに黙々と事件を追う刑事の印象が強いが、ドゥニ・デルクール監督はそんな刑事はお呼びでないとばかりに、全く新しい刑事像を打ち出してきた。演じるユ・ヨンソクは『 建築学概論 』の嫌な先輩役だったそうだが、本作ではそんなマイナスのオーラは一切出さず、理知的な刑事を演じきった。発音は韓国なまりだが、普通に英語は上手い。パッと聞いた感じだけなら、チェ・ウシクの英語と比べても遜色ないように感じた。姪っ子を溺愛し、手品も上手いという特徴が、中盤以降に物語の本筋にしっかりと関連してくる。

 

バディを組むことになるロネ教授ことアリスも静かに、しかし確実に法医学のプロフェッショナルとしての印象を観る側に刻み付けた。難解な専門用語を交えて流暢に講義を行い、腐敗が進んだ死体からも見事に指紋を採取する。しかし、単なる職業人としてだけではなく、パーソナルな部分にも人間味がある。序盤にパク班長との会話で不可解な受け答えをするのだが、その謎が明らかになる中盤、そしてそれに決着をつける終盤の展開には心を揺さぶられる。

 

二人がロマンチックな雰囲気になりながらも、プロフェッショナルに徹するところも潔い。特に、パク班長からのごく私的な問いにアリスが敢えてフランス語で真摯に答えるシーンは、男女というよりも人間同士の心の響き合いだった。

 

死体遺棄事件の元にある臓器売買事件の闇に迫る二人に思いがけぬ事実が立ち現われてくる。事件は一応の解決を見るが、臓器売買ネットワークは残ったまま。そして、食い物にされる中国人女性や、臓器を買い取る富裕層という格差の構図は何も解決されぬまま。それでも、パク班長とアリスの淡い別れに、今後も二人が機を見て reunite し、新たな事件に取り組む可能性を感じさせて物語は閉じていく。

 

ネガティブ・サイド

臓器売買のネットワークは、そのまま人身売買のネットワークでもあるだが、それを仕切っていると思しき韓国ヤクザの描写があまりにもしょぼい。『 ザ・バッド・ガイズ 』は荒唐無稽ではあったが、国際的な犯罪ネットワークを構想する気宇壮大な韓国ヤクザが出てきた。それぐらいの巨悪を描いても良かったのではないか。

 

臓器売買の片棒を担ぐ医師が、意外(でもないが)な主要人物とつながっていることで、アリスの心的なトラウマは解消されても、全く別の方面で救われない人物が生じてしまっている。もちろん、違法な臓器売買を阻止する=助からない命が出てくるわけで、問題はその助からない命に大して、我々が大きく感情移入してしまうことである。アリスのキャラを立てるためとはいえ、この展開は観ていて心苦しかった。

 

パク班長とアリスの別れ際も、もうちょっと余韻というか、今後の二人の再会と活躍を予感させるようなものの方が良かった。アリスが韓国に残ることを予感させるよりも、パク班長がアリスに姪っ子と時々ビデオ通話する仲になってほしいと頼む方が、劇中で「感情表現に乏しい」とされた韓国人っぽいではないか。しかし、韓国人が感情表現に乏しいというのはフランスの脚本家の手によるもの?よく共同脚本家の韓国人がそれOKしたなと思ってしまう。

 

総評

テンポが良く、サスペンスも適度に盛り上がり、思わぬ人間関係も終盤に見えてくる。韓国語、英語、フランス語、中国語が飛び交う国際色豊かな作品である。『 マスカレード・ホテル 』のような変則バディものがイマイチと感じられる向きにこそ本作を勧めたい。そうそう、日本のサラリーマンは主人公のパク班長の英語力を一つの目標にするといい。情報を得る、あるいは与える、問題を提示する、あるいは解決する、そして相手との信頼関係を築くというのは、必ずしも準ネイティブ級の語学力を必要としないことが分かるだろう。語彙を増やしたりTOEICスコアを追求するのではなく、コミュニケーション能力を磨こうではないか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Would you be able to V?

相手に何かを依頼する丁寧な表現。普通のビジネスパーソンなら

Could you V?
Would you be able to V?
It would be great if you could V. 
I was wondering if you could V. 

あたりを口頭あるいはメールのやりとりでは使いまわせばよい。

 

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Posted in 未分類Tagged 2020年代, C Rank, オルガ・キュリレンコ, サスペンス, フランス, ユ・ヨンソク, 監督:ドゥニ・デルクール, 配給会社:ファインフィルムズ, 韓国Leave a Comment on 『 バニシング 未解決事件 』 -臓器売買の闇に迫る-

『 シン・ウルトラマン 』 -『 シン・ゴジラ 』には及ばず-

Posted on 2022年5月15日 by cool-jupiter

シン・ウルトラマン 60点
2022年5月14日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:斎藤工 長澤まさみ 西島秀俊
監督:樋口真嗣

ウルトラマンと聞いて胸が躍るのは1970~1980年代に少年時代を過ごした者が大半だろう。実際に劇場に来ていたのもJovianより少々上の世代と思しきオッサンとオバサンが多かった。

 

あらすじ

なぜか日本にだけ現れる謎の巨大生物「禍威獣」に対抗するため、政府は「禍威獣特設対策室専従班」を設立。班長の田村(西島秀俊)や神永(斎藤工)らが禍威獣撃退の任にあたっていた。ある時、謎の巨大外星人が地上に降り立ち、禍威獣を撃破する。ウルトラマンと呼称された謎の巨人の正体を探るため、禍特対に浅見(長澤まさみ)が派遣されてくるが・・・

 

以下、ネタバレあり

ポジティブ・サイド

映画の開始から空想特撮映画であることを強調する。赤地に白抜きの文字でウルトラマンと表示されれば、昔懐かしの空気が画面から漂ってくるのを感じ取られずにはいられない。庵野秀明や樋口真嗣といった特撮大好き少年だった大人が、少年時代に帰って作った作品だと感じられる。つまり、製作者側と波長が合うかどうかで、本作の評価はガラリと変わるだろう。Jovianはまあまあ面白いと感じたが、Jovian妻はほとんどずっと寝ていた。

 

面白いと感じたのは以下の3点。

 

第一に、『 シン・ゴジラ 』同様に日本政府が主体となって禍威獣を撃退しようとするところにリアリティが認められる。【現実(ニッポン) 対 虚構(ゴジラ)】ならぬ【現実(ニッポン) 対 虚構(禍威獣+外星人)】になっているところ。日本政府が現実の脅威に対抗できる能力を有しているかどうかは極めて疑わしいが「アホなのはトップ、現場では有能な人間が死に物狂いで頑張っている」という幻想がコロナ禍で生まれたことに本作は華麗に便乗することに成功している。

 

第二に、禍威獣ではなく外星人とのストーリーをメインに据えるという決断。これは是々非々ありそうだが、Jovianは是と取る。禍威獣メインのプロットでは『 シン・ゴジラ 』の二番煎じになりかねない。冒頭で次から次に出現する禍威獣を禍特対が知恵を絞って打ち破ることで、まずは人間側を上げておく。そこにザラブ星人やメフィラス星人といった頭脳派外星人を出すことで、知的サスペンスが生まれる。子どもはここで脱落させられるだろうが、本作の target audience はオッサンオバサン連中なのだから気にしてはいけない。特に山本耕史演じるメフィラス星人は、その硬軟取り混ぜた語り口が非常に印象的で、禍特対のメンバー以外では抜群の存在感を示した。

 

第三に、ゼットンをゼットン星人の兵器ではなく、光の星の最終兵器に設定転換したことには驚かされた。再放送で観ていた小学生Jovianですら、ウルトラマンがゼットンにボロ負けした時には「・・・・・・は?」となったものだ。リアルタイムで観ていた今の50代、60代の受けた衝撃はいかばかりだっただろうか。そのゼットンが、何と光の星の兵器なのだというからビックリ。GMKのキングギドラが護国聖獣・千年竜王という善性を帯びる設定よりも衝撃的だった。

 

ハヤタならぬ神永とウルトラマンの絆、人間同士の絆、そしてウルトラマンに頼りきるのではなく、対ゼットン作戦を世界の叡智を結集させて実現するという展開はオリジナルへのリスペクトに溢れており、個人的にも胸アツだった。

ネガティブ・サイド

マルチバースという言葉がゾフィー達から聞かれたが、『 ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス 』とは意味合いがずいぶん異なっていた。映画のスタート時に「シン・ゴジラ」のスーパーインポーズに割って入る形で「シン・ウルトラマン」と表示されていたが、これはマルチバースの中の2つのパラレル・ユニバースを示唆している?その割には、ゼットンをプランク・ブレーンに放逐しようとした時に、別宇宙ではなく時限のはざま的なところへ行ってしまった。マルチバースネタというのは便利な反面、何でもありを可能にしてしまうので、取り扱いには本当に注意を要すると思う。

 

長澤まさみの巨大化には度肝を抜かれたが、それをやる意味は薄かった。もちろんメフィラスの高度な知性と科学力のプレゼンテーションの一環だとは受け取れたが、それを映すアングルが意味不明。あんたら、童心に帰ってキャッキャッしながら作ってたんちゃうの?スケベ少年になってニヤニヤしながら作ってたのか?別に巨大化していない時でも、やたらと長澤まさみのヒップにズームインするショットが多いのは何故?コメディでもないのに自虐的なセリフを吐かせるのは何故?そこに必然性が全く見当たらなかった。

 

人間ドラマにも課題が残る。神永と浅見の噛み合わないバディ同士が、結局最初から最後まで噛み合わない。ウルトラマンを分析考察する任を与えられた浅見があっさりと「何も分からない」とお手上げになってしまうのは、コメディとしてはありだが、ドラマとしては無し。仕草に地球人と共通するものを感じるとか、闘い方に環境への配慮が見られるとか、何かしらの仕事はできたはず。それを知った神永が浅見の炯眼に心の中で敬意を表すような演出が少しでもあれば、拉致された神永を浅見が追跡・発見するシークエンスにもっと説得力が生まれただろう。

 

総評

賛否両論ありそうな作品だが、『 大怪獣のあとしまつ 』で憤慨させられた映画ファン、特に特撮ファンや怪獣ファンなら鑑賞しても損はしないはず。活動制限はあってもカラータイマーが無いなど、ウルトラマンらしからぬところもあるが、ウルトラマン愛に溢れていることは間違いない。続編製作の可能性もあるだろう。その時はバルタン星人てんこもりでお願いしたい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Less is more.

過ぎたるは猶及ばざるが如し、に近い意味で使われる。辞書では Too much is as bad as too little. と出ていることが多いが、実際には Perhaps too much of everything is as bad as too little. と言われることが多い。これも冗長なので、やはり Less is more. が言いやすい。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, SF, 怪獣, 斎藤工, 日本, 監督:樋口真嗣, 西島秀俊, 配給会社:東宝, 長澤まさみLeave a Comment on 『 シン・ウルトラマン 』 -『 シン・ゴジラ 』には及ばず-

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