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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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カテゴリー: 国内

『 岸和田少年愚連隊 望郷 』 -1969年の日本の片隅-

Posted on 2022年9月18日 by cool-jupiter

岸和田少年愚連隊 望郷 70点
2022年9月16日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:長田融季 竹中直人 烏丸せつこ 高岡早紀 
監督:三池崇史

これもノスタルジーに駆られて再鑑賞。しかし、現代の目で見ると、相当に違和感を覚える描写が多数。時代が確実に移り変わっている。

 

あらすじ

岸和田の少年、リイチ(長田融季)の名前の由来は麻雀のリーチ。粗野で豪放な父・俊夫(竹中直人)がつけたもの。立派な悪童に育ったリイチだが、ある時、父がストリッパーを家に連れて帰ってきてしまい、愛想を尽かした母は家を出てしまう。寄る辺ないリイチは担任の伊藤先生(高岡早紀)のもとを訪ねるが・・・

 

ポジティブ・サイド

今回のリイチは小学生。長田融季が悪童の雰囲気をしっかり醸し出している。第二次性徴期前の少年と男の境目という、この時にしか撮れない作品が撮れたという印象。父に歯向かいたくても歯向かえない。母に甘えたくても甘えられない。そうした難しい年頃の男子を、まさに難しい年頃の男子が演じただけではない。本人の役の理解や監督の演出もあって、岸和田少年リイチとして説得力のあるキャラクター像を打ち出せていた。

 

竹中直人が粗暴で下品な父親役を好演した。関東人のはずなのに、ネイティブ南大阪人と見紛う芝居で、役への没入感が素晴らしかった。このダメ親父自身が、自分の父親、リイチの祖父と絶妙な距離感を保っていて、時を経るごとに変化する父と息子の関係と時を経ても変化しない父と息子の関係を、時にシリアスに、時にユーモラスに見せる。これは脚本と演出の勝利だろう。

 

いつものリョーコに当たる人物が、今回は小学校の担任。それを高岡早紀(若い!)が魅力たっぷりに演じる。この恋とも憧れとも微妙に違う、名状しがたい感情を先生に対して抱く。これも小学生男子あるあるだろう。

 

『 岸和田少年愚連隊 』シリーズは、一つの時代のごく狭い地域に焦点を当てた物語だが、随所に普遍的な要素が挿入されているのが面白い。20世紀半ばの岸和田という狭すぎる範囲の物語にノスタルジーを感じるのは、そこに誰もが共感できる普遍性が認められるからだ。

 

ライバルのサダとの闘いや、友情、思春期、いびつながらも丸く収まり、そしてまた壊れていくことを予感させる家族など、ハチャメチャながらどこか胸を打つ物語。クライマックスではエンニオ・モリコーネを彷彿させるBGMで、時代を際立たせながらも、闘う男の生き様という普遍性を浮かび上がらせた。まさに若き三池崇史の面目躍如の一作。

 

ネガティブ・サイド

ピアノ線が見えてしまうシーンがあるのはVHSではなくDVDだから?いや、画質は関係ないか。映画でいちばん映ってはいけないのはカメラマンだが、その次に映ってはいけないのは、特殊効果や特殊技術。この「部屋からガッシャーン」のシーンは大幅減点である。

 

リイチとサダたちの最後のケンカを真正面から映し出すのは難しかったか。子どもがどつき合う描写は challenging だろうが、だからこそ挑んでほしかった。

 

万博でなんとなく大団円に持っていくのはチープに感じた。これはJovianが維新嫌いだからという私情も入っているか。

 

総評

小学生であってもリイチはリイチ。竹中直人が父親役として大暴れするが、本作で初めてリイチは(文学的な意味での)父親殺しを経験し、同時に和解もする。言葉そのままの意味で「岸和田少年」の物語である。前二作を気に入ったという人は、本作もぜひ鑑賞すべし。リイチというキャラを別角度から見ても、やはりリイチはリイチなのだ。それを確認できるだけで本作は収穫である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

leave home

家出する、の意。home の前に a や the は不要である。父ちゃんも母ちゃんもリイチも、とにかく本作では皆が家出する。変な家族であるが、それもそれで一つの家族像だ。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 1990年代, B Rank, 日本, 烏丸せつこ, 監督:三池崇史, 竹中直人, 配給会社:松竹, 長田融季, 青春, 高岡早紀Leave a Comment on 『 岸和田少年愚連隊 望郷 』 -1969年の日本の片隅-

『 夏へのトンネル、さよならの出口 』 -もう少しオリジナリティを-

Posted on 2022年9月11日 by cool-jupiter

夏へのトンネル、さよならの出口 60点
2022年9月10日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:鈴鹿央士 飯豊まりえ
監督:田口智久

半日出勤の後、昼寝。その後ふらりと近所の映画館に赴き、タイトルだけでチケット購入。素材は良いと感じたが、料理する側のスキルが平々凡々だったという印象。

 

あらすじ

そこに入ると欲しいものが何でも手に入るというウラシマトンネル。しかし、代償として100歳老化してしまうという。過去のある出来事がトラウマになっている塔野カオル(鈴鹿央士)は、自暴自棄になって家を飛び出したある夜に、偶然にもウラシマトンネルを発見する。そこは時間の流れが外界とは全く異なるトンネルだった。カオルは転校生の花城あんず(飯豊まりえ)とトンネルを調査するための共同戦線を結び・・・

ポジティブ・サイド

原作小説は未読だが、ウラシマトンネルという設定は悪くない。時間を一つのテーマにするのはクリストファー・ノーランのような大巨匠も好むところである。本作はタイトルからして『 夏への扉 ーキミのいる未来へー 』のは明らか。原作もラノベらしいので、まず間違いなくボーイ・ミーツ・ガールだろうと予測した(100人いれば97人はそう予測するはず)。

 

アニメーションは美麗である。キャラもゆらゆらと揺れたりしないところは個人的に気に入った。随所に挿入される山や海、そして空の景色の美しさが、鬱屈したカオルとあんずの心象風景とは真逆で、二人がこの世界に馴染めていないことを静かに、しかし確実に印象付けた。

 

ウラシマトンネルを調査するシークエンスは面白かった。通話しながら境界線の位置を測ったり、時間の流れの違いを数値化したり。特に時間の境界線の内側から外側を見た時の視界は、なかなかにSF的だった。ガラケーが重要なアイテムになっていて、懐かしさを感じた。スマホだと、映像を録画したり、それを配信したりできてしまうので、時代設定は適切だった。

 

カオルとあんずのつかず離れずの距離感がもどかしくもありながら、同時に好ましくもあった。水族館でのデートで、ジンベエザメが陰と陽になって混ざり合いそうになり・・・というシーンは、二人の行く末の暗示として上手い演出だったと感じる。『 君の名は 』っぽさがありつつも、『 ナビゲイター 』的な終わり方にも好感が持てた。

ネガティブ・サイド

オリジナリティの無さには感心しない。色々ありすぎて頭が痛いが、「なんじゃこりゃ」とガッカリさせられたのは『 新世紀エヴァンゲリオン 』の綾波レイの「どいてくれる?」のまるパクリ。いや、別に監督の好みでも脚本家の好みでも何でもいい。ただ、このようなオマージュは、やるならやるで徹底的にやるべき。カオルの左手の位置はそこではないだろう。『 インターステラー 』や『 ほしのこえ 』へのオマージュも、やるならもっと徹底的にすべし、だ。

 

あんずの造形および性格が一部の層に媚びすぎている、というのはJovian妻の言。Jovianも同意する。黒髪ロングのクール系美少女がだんだんと打ち解けてくるのは、ステレオタイプでしかない。カオルとあんず、二人とも声に「演技力」がないので、キャラに深みが生まれないのもマイナス要素だ。

 

疑問なのは、単線電車の走る田舎町で、クラスメイトもカオルとあんずがあーだこーだというゴシップに興じるほど情報伝播の速い。にもかかわらず、二人が頻繁に踏切で出会い、線路を歩いていく姿が目撃されなかったのだろうか。

 

総評

時間と漫画を巡る不思議な物語という意味では『 リング・ワンダリング 』のようであり、夏と時間を巡る物語という点では『 永遠の831 』とも共通するところがある。批判すべき点も多いが、90分弱でコンパクトにまとめられていて、非常に観やすい。高校生、大学生のデートムービーにはちょうどいいだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

flip

フィギュアスケートでたまに聞こえる語。意味は「引っくり返す」である。映画では懐かしのガラケーが重要なアイテムになっていたが、これは英語で flip phone と言う。モニター部分がカパッと開いたり閉じたりするところが、flip になっているからである。英検1級受験者なら、二次試験で試験官に “Now, flip over the card and put it down.” と言われたことがあるかもしれない。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, アニメ, ファンタジー, 日本, 監督:田口智久, 配給会社:ポニーキャニオン, 鈴鹿央士, 青春, 飯豊まりえLeave a Comment on 『 夏へのトンネル、さよならの出口 』 -もう少しオリジナリティを-

『 この子は邪悪 』 -もっと捻りが必要-

Posted on 2022年9月6日2022年10月31日 by cool-jupiter

この子は邪悪 40点
2022年9月4日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:南沙良 玉木宏 桜井ユキ
監督:片岡翔

Jovianは南沙良が大好きである。広瀬すずを吹っ飛ばす女優になると思っている。なので、どんなに駄作のにおいがしてもチケットを買う。

 

あらすじ

心理内科医の窪司朗(玉木宏)は、一家で交通事故に遭い、自身は脚に障がいを、次女は顔にやけどを、妻は意識不明の重体のまま植物状態になってしまった。唯一、長女の花(南沙良)だけが無傷だったことから、花はどこか罪悪感に苛まれていた。そんな時、母が5年ぶりに目覚め、自宅に帰ってきた。しかし、花は母にどこか違和感を覚えて・・・

以下、マイナーなネタバレあり

 

ポジティブ・サイド

ミステリ風味ではあるが、ミステリではない。伏線の張り方は極めてフェアというか、あっけらかんとしている。意味不明の冒頭のシーンで「何だこいつ?」と思ったその感性を大事にしてほしい。「何だこいつ?」であって「誰だこいつ?」ではないことを心に留め置くべし。

 

南沙良が言い知れぬ不安に押しつぶされそうになる少女を好演。この女優は、少女漫画の映画化作品でヒロインを演じるのではなく、常にどこか陰のあるキャラを演じてほしい。天真爛漫な10代女優は毎年陸続と現れては消えていくが、陰のある役を説得力をもって演じられる若手女優は少ない。

 

ロングのワンカットが多用されており、監督の演出上のこだわりが感じられる。また、古い木造家屋を歩く時のキィキィときしむ音が効果的だった。作った音ではなく、ナチュラルな音が観客の不安を煽る。この手法は嫌いではない。

ネガティブ・サイド

ほとんど何の事前情報も入れずに鑑賞に臨んだが、すれっからしのJovianは開始30分ほど、より正確に言うと母親が帰ってきた後、父親がとある発表をするところで話のオチまで予想できてしまった。そのポイントは、過去に類似の先行作品を映画および他メディアでたくさん経験してきたからだろう。以下、それらの作品例(白字で表示)である。

 

小説『 わが体内の殺人者 』

漫画『 多重人格探偵サイコ 』

映画『 ゲット・アウト 』

  『 シェルター 』

  『 悪魔を憐れむ歌 』

 

他にも少年ジャンプで全く同じようなオチの読み切り作品が1980年代にあった(主人公の友達の名前が風太だったような)。

 

欠点は、オチの弱さ、意外性の無さだけではない。ストーリーの核心に触れて以降は、急にカメラワークや演出が陳腐になったと感じた。明らかに『 ミッドサマー 』や『 アンダー・ザ・シルバーレイク 』を意識したシーンがあったが、カメラが全然動かないし、こちらが観たいと思っている絵を映してくれない。その直後のシーンでも、登場人物たちが動かないのなんの。立ち尽くしているにしても、もっと震える、あるいは目を背けるなど、何らかの動きでキャラの心情や思考を語るべきシーンが、見事に spoil されてしまっている。前半と後半の演出上の落差がありすぎる。本当に同一人物が最初から最後まで監督したのだろうか。

 

おそらく玉木宏で女性を、なにわ男子の大西流星で女子を惹きつけようとした作品なのだろう。南沙良と桜井ユキでおっさんから青少年の層もカバー。そうしたライトなファンに各種の先行作品の優れたアイデアをごった煮にした作品を提供しよう、として作った映画にしか思えない。映画ファンをびっくり仰天させてやろうという気概に満ちた作品ではない。最初から「そこそこのヒット作」を志向している。監督は『 町田くんの世界 』の脚本などを務めており、Jovianと波長が合わないとは思わない。先行作品を敬うのはいいが、そのまま倣う必要などない。次作にとりかかる前に、商業主義的にではなくクリエイターとしての自分に向き合うべきだろう。

 

総評

主要キャストのファンなら鑑賞してもいいだろう。また、ライトな映画ファンにもお勧めできそうだ。逆に小説やら映画を相当に渉猟しているという人には勧め辛い。Jovianと同じで、一挙に結末まで予想出来てしまう人は、おそらく日本だけで数万人(その全員が本作を観るとは思えないが)はいると思われる。うーむ、誰に勧めるべきか難しい。『 NOPE / ノープ 』の監督のこれまでの作品を見て( ゚Д゚)ハァ?とならなかった人はどうぞ、と言っておこうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

hypnotize

催眠術にかける、の意。漫画『 聖闘士星矢 』世代なら、ヒュプノス=眠りの神だと知っていることだろう。似たような語に mesmerize もある。こちらの語を知りたければ、邦画ホラーの秀作『 CURE 』(主演:役所広司 監督:黒沢清)をお勧めする。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, サスペンス, ホラー, 南沙良, 日本, 桜井ユキ, 玉木宏, 監督:片岡翔, 配給会社:ハピネットファントム・スタジオLeave a Comment on 『 この子は邪悪 』 -もっと捻りが必要-

『 アキラとあきら 』 -大企業パートがファンタジー-

Posted on 2022年8月29日2022年8月29日 by cool-jupiter

アキラとあきら 50点
2022年8月28日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:竹内涼真 横浜流星
監督:三木孝浩

 

『 空飛ぶタイヤ 』や『 七つの会議 』の池井戸潤による小説の映画化。中小企業パートは見応え抜群だが、大企業パートは現実味が非常に薄かった。

あらすじ

倒産した町工場経営者の子、山崎瑛(竹内涼真)と大企業の御曹司、階堂彬(横浜流星)。正反対の理念を持つ同期入行の二人は、それぞれの仕事に邁進していく。しかし、山崎はある取引先との仕事で私情を挟んだことから左遷される。一方で東海郵船の社長、階堂彬の父が脳梗塞に倒れ、階堂は親族のしがらみに縛られることになり・・・

 

ポジティブ・サイド

Jovianの大学の寮の大先輩にカナイマン(WikiではUFJ出身となっているが、実際はほぼ三和出身であられる)がいる。ありがたいことに今でもFacebookでつながりがある。その先輩が銀行員時代の債権回収の辛さを当時大学4年生だったJovianやその他の後輩にしばしばこぼしておられた。血も涙もない人間が上に行く世界というのは、逆に言えば血も涙もある人間が冷や飯を食わされる世界である。竹内涼真演じる山崎瑛がそのような世界で誠心誠意に銀行マンを務める姿は観る者の胸を打つ力があった。

 

銀行員でなくともサラリーマンなら、瑛の抱えるジレンマにいたく共感できることだろう。なぜ自分の提案が通らない。なぜ自分の稟議が通らない。若くしてそのような思いを抱き、だんだんと組織に染まり、情熱を失い、いつしか惰性で仕事をするだけになってしまった多くの中年サラリーマンが、『 トップガン マーヴェリック 』におけるトム・クルーズの現役バリバリの姿に rejuvenate されている今、本作は純国産のサラリーマン賛歌たりうる。

 

本作のストーリーを一言でまとめてしまえば、お定まりの不良債権処理。しかし、単に融資を引っぺがして資産を切り売りし、銀行本体のダメージを最小限に食い止める話ではない。経営が悪化した企業に勤める従業員とその家族の姿を序盤のうちに十分に観る側に焼き付けることで、観客がその企業の従業員あるいはその家族であるかのように感じられる仕掛けがここで効いてくる。企業買収や融資について専門的な知識がなくても、凄いアイデアで大逆転できるということは十分に伝わってくる。しかもそれがもう一人の彬のパーソナルな問題の解決にもつながるという力業。原作未読のため、この筋立てが原作に忠実なのか、それとも脚色の妙なのか判断しかねるが、一定のカタルシスが得られることは間違いない。

以下、マイナーなネタバレあり

 

ネガティブ・サイド

冒頭の新人研修のファイナルでいきなり興ざめ。渡された資料の数字を粉飾するか?普通、こんなことをすれば役員激怒→新人研修担当激怒→新人にしてキャリアのお先真っ暗となりそうだが。それともそれが20世紀末の銀行だったのだろうか・・・

 

序盤で描かれる山崎瑛の行員としての仕事ぶりと対を成すはずの階堂彬の仕事ぶりが全くと言っていいほど描かれない。己に忠実な男が左遷され、己に忠実な男が順調に出世していくというコントラストが弱いせいで、その後に二人のキャリアが思わぬ形で交わり、共闘していくという流れに説得力が生まれてこない。ドラマのエピソードを持って詰め込めなかったか。

 

企業売却案件の相談行脚にしても、銀行員だけで回るものか?交渉の場には着かなくとも、東海グループの人間も同行して然るべきと思うが。またメインバンクの支援融資の可否が決まる前から買収先の企業が合意書に印鑑まで押していることに至ってはファンタジーとしか言えない。

 

役者の演技で見せるべきところでもBGMが少々邪魔をする。『 暗数殺人 』のクライマックス、BGMも何もなく、キム・ユンソクが訥々と語る。それでいて迫力満点のようなシーンは邦画では撮れないのだろうか。最後のBGMも物語の世界観とずれているようにJovianとJovian妻は感じた。

総評

社会や企業の成り立ちを基に本作を観るべきではない。タイトルにある通り、瑛と彬(こちらはちと弱いが)の二人の人間の思いや行動力に注目して観るべきである。鑑賞中は場面ごとに銀行員や、融資先企業の従業員、その家族という具合に共感の対象を変えていこう。そうすれば『 アキラとあきら 』というタイトルの意味に迫れるはずである。物語の整合性やリアリティなどは考えてはいけない。素直にサラリーマン賛歌として観るのが吉である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

fate

「宿命」の意。映画での使用例では『 ターミネーター2 』の There is no fate but what we make for ourselves. が特に印象深い。もう一つ、『 インディペンデンス・デイ 』のウィットモア大統領(『 トップガン マーヴェリック 』のボブの父親)の “Perhaps it’s fate that today is the Fourth of July” から分かるように、客観的な事象としての宿命の場合は不可算名詞である。まあ、英語講師以外には全く不要な知識だろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, ヒューマンドラマ, 日本, 横浜流星, 監督:三木孝浩, 竹内涼真, 配給会社:東宝Leave a Comment on 『 アキラとあきら 』 -大企業パートがファンタジー-

『 マインド・ゲーム 』 -This Story Has Never Ended-

Posted on 2022年8月24日2022年8月24日 by cool-jupiter

マインド・ゲーム 75点
2022年8月22日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:今田耕司 前田沙耶香 藤井隆
監督:湯浅政明

『 犬王 』以来、ずっと観たいと思っていた本作を、ついに借りることができた。脳が溶けるような映像&物語体験であった。

 

あらすじ

幼なじみにして初恋の相手みょんちゃん(前田沙耶香)に再会した西(今田耕司)は、みょんちゃんの父親の借金の取り立てにきたヤクザに射殺されてしまう。あの世で神に出会った西は、神の言いつけに逆らって、現世に舞い戻るが・・・

 

ポジティブ・サイド

今田耕司の声だけで笑ってしまうが、物語自体も極めてクレイジーとしか言えない。幼馴染にして初恋の相手、中学の時には両想いになれたのに真剣交際に発展せず。あれよあれよという間にみょんは別の男と付き合い始め、cherry pop ・・・ 哀れ、西は漫画家を目指す。

 

20歳にして偶然にみょんと再会する西だが、みょんにはやはり他に男が。しかも婚約者。もうこの時点でヘタレの西に感情移入するしかない。さらにみょんの実家での西の妄想というか、手前勝手な思考回路はまるで『 君が君で君だ 』の尾崎豊(偽物)を思い起こさせる。Jovianはここで西に同化してしまった。自分でも同化している・・・ではなく、どうかしていると思うが、この西の物語を見届けたい、見届けなければならないという気分にさせられた。

 

ビックリするのは、その次の瞬間にあっさりと西が死んでしまうこと。正確には殺されるわけだが、まず殺される直前の緊迫した空気に戦慄させられる一方で、西の殺され方には不謹慎にも笑ってしまう。このテンションのジェットコースター的な上がり下がりが、物語の全編を通じて続いていく。

 

ストーリーは荒唐無稽もいいところだが、これらは全て西の人生観や世界観のメタファーだ。クジラはどう見ても西の胎内回帰願望だろう。母の子宮内で胎児でいることほどストレスフリーな生き方はない。騒音もなく、常にぬるま湯の中。呼吸をする必要もなく、食事を自分で用意する必要もない。しかし、そんな安楽な環境にいつまでもいられるはずはない。人は常に生み出されなければならない。西にもその時が来る。

 

本作のメッセージは、あまりにもストレートだ。死んだ気になれば、いつでも生まれかれるということだ。絵柄も独特、ストーリーも独特、キャラも独特。何もかもが既存のアニメや既存の映画という枠に囚われない、非常に自由な湯浅政明色の演出に染められている。さあ、脳が溶けてしまうようなトリッピーな映像世界を味わおうではないか。

 

ネガティブ・サイド

西とみょんちゃんのセックスシーンは、もっと婉曲的に描けなかったのだろうか。二人の身体が重なり合うところをもっと抽象的に描く方法はあったはず。機関車=ピストン運動のような非常に直接的かつ間接的案、もっと記号的な形で西とみょんのまぐわいを描く方法を湯浅監督には模索してほしかった。

 

ところどころでキャラクターが実写化されるのはノイズに感じた。島木譲二がヤクザの親分とか、笑えるのは笑えるが、それは面白いから笑っているのではなく、「しゃーないな」と思って笑っているのである。

 

総評

なんというか、『 トップガン マーヴェリック 』を鑑賞し続けているせいか、本作を観て “Don’t think. Just do.” という言葉が思い出された。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

kick one’s ass

「しばく」の意。標準語にするなら「ぶん殴る」か。俗説だが、アメリカ人はストリートファイトであっても蹴ることはあまりない。蹴るのは卑怯で、闘うなら拳だろうと思われているらしい。なんにせよ、kick one’s ass を能動態で日常会話で使うことはあまりないはず。実際は I got my ass kicked. = ぼろ負けした、のように受け身で使うことが多いだろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2000年代, B Rank, アニメ, コメディ, ファンタジー, 今田耕司, 前田沙耶香, 日本, 監督:湯浅政明, 藤井隆, 配給会社:アスミック・エースLeave a Comment on 『 マインド・ゲーム 』 -This Story Has Never Ended-

『 ねむれ思い子 空のしとねに 』 -シンギュラリティ後にありうる未来か-

Posted on 2022年8月20日 by cool-jupiter

ねむれ思い子 空のしとねに 70点
2022年8月17日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:福島央俐音 井上喜久子 田中敦子
監督:栗栖直也

『 マインド・ゲーム 』がまだレンタルされている。いつになったら返却されるのか。すぐ近くにあった本作を、ジャケット裏のあらすじも読まずタイトルだけでレンタルする。

 

あらすじ

赤ん坊が生まれたばかりの夫婦が交通事故に遭い、子どもの織音(福島央俐音)だけが生き残った。それから19年後、警察から追われる織音を、エージェントのユリ(田中敦子)が逃亡を幇助する。そのまま実験用宇宙ステーションへ連れて行かれた織音は、事故当時の姿のままの母・里美(井上喜久子)と再会する・・・

 

ポジティブ・サイド

栗栖直哉が独力で作り上げたということに舌を巻く。それができるだけのテクノロジーが一般に普及し、だからこそ本作の設定にリアリティが付与されている。

 

何が何やら分からないままに序盤は進んでいくが、宇宙ステーションで織音が母・里美と再会するシーンにまず驚かされる。のみならず、その里美の正体が明かされ、なぜ織音が宇宙ステーションまで呼び出されたのか、その理由の壮大さにも圧倒される。

 

死者の復活、死者との交信あるいは語らいというのは、映画や小説などのフィクションの世界では割とありきたりなテーマではある。本作はそうしたジャンルでは陳腐ですらある愛や恐怖といった要素に、さらに謀略やアクションといった要素も盛り込んできた。スケール大きいなあと感心してしまう。

 

ついついナレーションで色々と説明したくなってしまうところをグッとこらえて、物語そのものにキャラクターを描かせた。そしてキャラクターが動くことで、物語も進んでいった。いつかハリウッドあたりが実写映画化するかもしれないという期待を抱かせる。

 

ネガティブ・サイド

いくつかのシーンが非常に陳腐だったというか、『 GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊 』や『 AKIRA 』といった先行作品のシーンや構図をそのまま持ってきたように見えたのはマイナス。

 

アニメーションは日本のお家芸だが、『 あした世界が終わるとしても 』のようなユラユラと動くアニメキャラというのは個人的に気味が悪い。絵柄については賛否両論あるようだが、そこは別に気にならない。むしろ不気味の谷を感じさせる絵柄で、本作のテーマにも合っている。問題は、不自然な動き。

 

総評

設定にリアリティがある。一昔前なら完全な純SF扱いだっただろうが、人間の脳の仕組み、特に意識や記憶を司る部位の働きなどがどんどん解明され、また人工知能や超大容量記憶装置などが夢物語ではなくなっている現代において、本作が提示する世界観そして人間観は非常に示唆に富む。描写に陳腐なところがあったり、どこかで見たような構図があったりするが、気にしては負けである。『 JUNK HEAD 』の堀貴秀のような奇才が、まだまだ日本にはいる。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

freak

劇中で里美が「化け物」呼ばわりされるが、これは monster ではなく freak だろう。『 ダークナイト 』でもジョーカーがギャングの一人から Freak 呼ばわりされていたように、人間ではあるが通常の人間ではない者、しばしば嫌悪感を催させる者を freak と呼ぶ。綾辻行人の『 フリークス 』を読めば、この言葉の意味がより強く実感できるだろう。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, B Rank, SF, ヒューマンドラマ, 井上喜久子, 日本, 田中敦子, 監督:栗栖直哉, 福島央俐音, 配給会社:インターフィルムLeave a Comment on 『 ねむれ思い子 空のしとねに 』 -シンギュラリティ後にありうる未来か-

『 海がきこえる 』 -転校生と青春の日々-

Posted on 2022年8月11日 by cool-jupiter

海がきこえる 70点
2022年8月10日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:飛田展男 坂本洋子 関俊彦
監督:望月智充

近所のTSUTAYAのアニメコーナーで『 マインド・ゲーム 』を探していたら、本作が目についた。転校生だった自分を思い出して、懐かしさもありレンタルしてきた。

 

あらすじ

東京で大学生をしている杜崎拓(飛田展男)は、吉祥寺駅の向かい側ホームに、高校の同級生・武藤里伽子(坂本洋子)の姿を見かける。親友の松野の片思いの相手だった里伽子の姿に、拓は高校時代の青春の日々を回想し・・・

 

ポジティブ・サイド

Jovian自身も兵庫県尼崎市から岡山県備前市へ転校した経験がある。都市部から田舎へ引っ越したという点では、東京から高知への引っ越しと大差ない。なので里伽子の感じる疎外感に大いに共感できた。別に土佐弁がどうのこうのではなく、方言というのは、それを解さない人間にとっては gibberish なのだ。しかしコミュニケーションのためには意味を取らねばならない。だから聞き返すわけだが、それが相手の気分を害する。良いとか悪いとかではなく、そういうものなのだ。

 

岡山人「やっちねもねえなあ」

Jovian「やっちねもねえって何?」

岡山人「何をやっちもねえこと言いよんなら?」

 

転校当初はこんなやりとりばかりで、ほとほと滅入った。里伽子に共感する気持ちが伝わっただろうか。

 

少々込み入った恋愛・青春ものであるが、この年頃の男子の性的な思考・志向をはずさず、正面から捉えていることに好感が持てる。ハワイで杜崎が金を無心されるところで、里伽子の私服から見える胸の谷間に目が行ってしまうシーンはその好例だろう。幼女・少女趣味あるいは戦闘美少女とは異なるテイストにもジブリが果敢に挑戦していた頃か。

 

この里伽子というキャラが引き起こす人間関係の不協和音を心地よいと感じる人はいないだろう。しかし、里伽子が引き起こす不協和音が青春の一つの在りようであるということに同意しない人もいないだろう。青春は甘酸っぱさよりもほろ苦さの方が遥かに強いはず。そうした苦みがあるからこそ、劇中で語られるように、高知城をひとり見上げるのではなく、誰かとともに見ることに大きな意味が生まれてくる。

 

Jovianは国際基督教大学に通っていたので、吉祥寺は庭同然だった。新しくなる前の総武線や中央線の電車、吉祥寺駅ホームから見えるTakaQやらLONLON直結出口やらには、とても懐かしい思いを抱いた。

 

金星堂が言及されてニヤリ。Jovianは職務上、多くの大学英語教科書を選定するが、金星堂や成美堂、Cengage Learning にはいくら儲けさせているか分からない。

 

ネガティブ・サイド

土佐弁が変。『 県庁おもてなし課 』でもそうだったが、日本の映画はアニメも実写も、もっと方言を忠実に再現することに力を入れるべきである。『 ハルカの陶 』の岡山弁の再現度がひとつの水準になる。

 

杜崎の心情をそのまま言葉にしてしまうのは野暮だろう。小説ならばそうせざるを得ないかもしれないが、これは映画。特に、東京のホテルで里伽子に呼び出された後、気分を害した杜崎が部屋で不貞寝するシーンでの心の中のセリフをそのまま再現してしまうのは親切なようでいて不親切。ここは怒りと落胆で千々に乱れる心情を表情や仕草で表すべきだった。

 

総評

保護者会が父兄会だったり、職員室で教師がタバコを吸っていたり、心療内科が精神科だったりと時代を感じさせる作品。けれど描かれている青春模様や人間関係は極めて普遍的である。10代で鑑賞して、30代以降に再鑑賞する。あるいは、盆や正月に帰省してきた大学生の子どもと一緒に鑑賞してみるのもありだろう。やや毛色は異なるが、これも一つのジブリ作品である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

slap

引っぱたくの意。give someone a slap in the face = 平手打ちをお見舞いする、という形でもよく使われる。Jovianが大学生当時、アメリカ人に聞いたジョークでは、

A: What do you do if the dishwasher stops?

B: Slap her. 

というものがあった。ダブルミーニングだが、そこまで難しくはないだろう。決してJovianが sexist だとは受け取らないでほしい。1990年代にはそういうジョークがあった、というのを本作の描写から思い出しただけである。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 1990年代, B Rank, 坂本洋子, 日本, 監督:望月智充, 配給会社:スタジオジブリ, 関俊彦, 青春, 飛田展男Leave a Comment on 『 海がきこえる 』 -転校生と青春の日々-

『 夜は短し歩けよ乙女 』 -Time flies when you’re having fun-

Posted on 2022年8月9日 by cool-jupiter

夜は短し歩けよ乙女 70点
2022年8月8日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:星野源 花澤香菜
監督:湯浅政明

 

『 四畳半神話大系 』同様に、原作が森見登美彦、監督は湯浅政明。青春の儚さと濃さを幻想的に描く異色のアニメである。

あらすじ

「黒髪の乙女」(花澤香菜)に恋する「先輩」大学生の私(星野源)は、可能な限り偶然を装って黒髪の乙女の目に留まろうと努力を重ねる。しかし、乙女は酒や本を求めて夜の木屋町を徘徊する。私はなんとか彼女の目に留まらんと奮励努力するが・・・

 

ポジティブ・サイド

『 四畳半神話大系 』とも共通するが、京都の町、それもごくごく狭い範囲の空気をよく伝えている。Jovianはその昔、烏丸御池を勤務地としていたので、あのあたりの地理や空気をそれなりに理解していると自負するが、京都出身ではない湯浅政明監督がこれだけ京都(京都府でも京都市でもない、京都人の脳内地図の赤いエリア)をこれだけアニメで再現できるということに脱帽するしかない。

 

一夜の中で繰り広げられる先輩と乙女の経験する奇想天外なイベントの数々が極彩色で描かれる。はっきり言ってアホとしか言えない出来事のオンパレードなのだが、若さとはそもそも愚かさでもある。そして恋は愚かでないとできない。あるいは恋を人は愚かにする。ナカメ作戦(なるべく 彼女の 目に留まる の頭文字を取った作戦)など愚の骨頂であるが、それを我々が笑えるのは、自分がまさにそうだったからに他ならない。この対象と自分との距離感が森見登美彦作品の特徴である。ハマる人はドハマりするのだ。

 

一夜の出来事というのはもちろん若さのメタファーで、その若さをどのように過ごすのかが本作のテーマである。乙女の時計の進みが遅く、その他のキャラ、特に高齢者の時計が恐るべき速さで時を刻むのは、それだけ過ごしている時間の密度の差があることを意味している。高速で動くと時の進みが遅くなるというのは相対性理論だが、乙女は常に動き回っている。そしてそれを追いかける先輩も。あるいは文系もしくは文系上がりならアンリ・ベルクソンの純粋持続を思い出そう。夜は短しと言いながら、濃密な時間がそこにはある。

 

もちろん衒学的な理屈などこねずとも、本作の面白さは十分に堪能できる。火鍋のシーンの意味不明なまでのテンションや、古本市で聞かれる古本の神の長広舌など、理屈抜きで面白いシーンがたくさんある。原作ではそれぞれ独立していたエピソードを上手く一夜にまとめた脚本の勝利でもある。森見ファンはぜひ観よう。湯浅ファンもぜひ観よう。

 

ネガティブ・サイド

原作もそうなのだが、乙女に対するセクハラ描写は必要なのだろうか。

 

ミュージカルのシークエンスが少しダレていたと感じた。また歌唱のレベルもミュージカルのそれではない。もちろん素人が素人劇をやっているのだが、それでももう少しミュージカルであることそれ自体にエンタメ要素を持たせてほしい。

 

後は星野源の声の演技か。上手い下手ではなく、先輩のイメージに合わなかった。ジョニーの声が『 四畳半神話大系 』と同じなら、先輩の声も浅沼晋太郎で良かった。もしくはジョニーの声優を変えるべきだった。

 

総評

『 四畳半神話大系 』と同じく、森見登美彦の恋愛哲学と湯浅政明の世界観が華麗に融合している。『 四畳半タイムマシンブルース 』も湯浅政明に監督してもらいたかったが、異なるテイストで森見作品を料理してほしいという気持ちもある。何はともあれ、自意識過剰なアホ大学生(別に中学生でも高校生でも社会人でもいい)に感情移入できるなら、青春の濃さと儚さを本作を通じて体験してみよう。オッサンにもお勧めしたい。「ああ、俺もこうやったわ」と青春を振り返ってしまうこと請け合いである。

 

Jovian先生のワンポイントラテン語レッスン

Ars longa vita brevis.

正式には Ars longa est, vita brevis est.  be動詞に当たる est が省略されているが、古典ラテン語にはよくあること。元々は Art is long, life is short. = 技術は長く、人生は短い = 技術の習得には長い時間がかかるのに、人生は短いという意味だったが、英語では 美術・芸術は長く、人生は短いと解釈されるようになった。『 ゲティ家の身代金 』を観ると、確かにそうなのかもしれないと思わされる。

 

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Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 2010年代, B Rank, アニメ, ファンタジー, 日本, 星野源, 監督:湯浅政明, 花澤香菜, 配給会社:東宝映像事業部Leave a Comment on 『 夜は短し歩けよ乙女 』 -Time flies when you’re having fun-

『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を-

Posted on 2022年7月22日 by cool-jupiter

キングダム2 遥かなる大地へ 55点
2022年7月17日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:山崎賢人 吉沢亮 豊川悦司 清野菜名
監督:佐藤信介

『 キングダム 』はなかなかの出来栄えだったが、今作はちょっと落ちるという印象。それでも随所に原作漫画らしさが爆発しており、面白さは保っている。

 

あらすじ

下僕の身から戸籍を得た信(山崎賢人)は、王宮に侵入した秦王・嬴政(吉沢亮)の暗殺者を見事に撃退する。しかし、その直後、魏が秦へ侵攻してきたとの報が入る。嬴政は迎撃のため麃公将軍(豊川悦治)を蛇甘平原に出征させる。武功を求めて歩兵に志願した信は、同郷の尾平や尾到、伍長の澤圭、謎の剣士・羌瘣(清野菜名)と伍を組むことになるが・・・

ポジティブ・サイド

副題の「遥かなる大地へ」の通り、山や王宮がメインの戦場だった前作とは一転して、ほとんどの闘いが屋外で繰り広げられる。それも大平原に山岳にと、非常にスケールが大きい。黄色の土ぼこりが一面に舞うと、山ばかりの日本の平野とは違うなと感じる。単純な演出効果は大きい。

 

アホだが確実に腕は立つ信を前作に引き続き、山崎賢人が好演。チャンバラの迫力も前作と同水準を維持している。また蛇甘平原で一気に敵陣に突っ込んでいく無謀さ、そこで雑兵を蹴散らす漫画的な迫力も映像で十分に表現できていた。大軍vs大軍の迫力を出すのは予算的にもCG技術的にも無理。しかし、本作では伍という単位にフォーカスすることで、その問題をうまく回避した。実際の歩兵部隊も伍長や什長が最小単位を率いていたし、最近の連載では描かれなくなった伍の戦いにはリアリティが感じられた。

 

同時に、原作漫画で二度にわたって絶望感を与えられた魏の戦車隊の迫力は、漫画には出せないものがあった。Jovianの持つ映画における戦車というのは『 ベン・ハー 』ぐらいなのだが、戦車隊が歩兵を蹂躙する様、その戦車隊を「策」でもって退ける様、そして信が戦車を見事に破壊するシークエンスなどは、スペクタクルそのもの。これらのシーンは是非とも大画面で堪能されたい。

 

『 キングダム 』は究極的にはキャラクター漫画であり、映画もキャラクター映画である。極端な話、将軍一人で数千人の力に匹敵するし、実際に原作でも李朴は合従戦編でそのような趣旨のことを述べていた。その意味で、今作では最初の三人(信・嬴政・河了貂)以外の、後の飛信隊の中核となるメンバーの絆を上手く描き出していた。特に原作では全く馴れ合おうとしなかった羌瘣を、原作とは少し(というか大いに)異なる方法で仲間に引き込むという脚本はよくできていた。原作者が加わっているから、どこを削るのか、何を足すのかが明確だったのだろう。

 

エンドロール後には第三作への予告編も垣間見ることができる。『 キングダム 』で予想したとおりに、馬陽防衛戦になりそうだ。まだ編集段階だろうか。2時間40分程度の長さで、飛信隊の誕生から王騎の矛を受け継ぐシーンまで、見せ場てんこ盛りで描き出してほしい。

ネガティブ・サイド

率直に言って、羌瘣、麃公、呂不韋はミスキャストだと感じた。初登場時の羌瘣は10代前半くらいのはず。清野菜名は薹が立つではないが、それこそ現在連載中の宜安の戦いぐらいの年齢に見える。探せばもっと羌瘣っぽい役者はいるはずだし、見当たらなければ、それこそオーディションすべきだろう。

 

麃公を演じた豊悦も、ビジュアルはかなり原作に忠実だったが、声と立ち居振る舞いがどうにも本能型の極みに思えなかった。「全軍、待機じゃあ!」や「ハァアア!」の声のピッチが高すぎて、どうにもイメージに合わない。また呉慶将軍との一騎打ちも、原作にあった「相手を知ろうとする」過程がすっぽり抜け落ちていて、信が目指すべき大将軍像を呈示できていなかった。

 

最後に少しだけ出てくる呂不韋も佐藤浩市では年齢が合わないし、なにより原作の呂不韋が放つ圧倒的なオーラが足りない。北村一輝や豊原功補のような役者の方が呂不韋に逢っているように感じる。あと、春秋戦国時代で最も有名な人物の一人である李斯が登場しなかったのは何故なのだろうか。

 

アクションは文句なしだが、それ以外の部分の演出の粗が多かった。魏火龍の発音がキャラごとに違ったり、あるいは羌瘣と羌象が緑穂を異なるイントネーションで発音したりと、もう少し台詞回しにも目を光らせてほしかった。

 

効果音にも改善の余地あり。羌瘣が巫舞で敵兵を屠っていく際の音が「ガギィン」だった。これは絶対に「スヒン」でなければならない。フォーリー・アーティストの尻を叩いて「スヒン」という音を生み出すべきだった。

 

ミスチルの楽曲『 生きろ 』は悪くなかったが「遥かなる大地」という感じは全くしなかった。副題が「仲間と共に」とかなら、まだフィットしたのかもしれないが。前作同様にONE OK ROCKの荘厳なバラード曲を依頼できなかったのだろうか。

 

総評

アクション映画としても、漫画の映像化としても、それなりの水準に達している。三部作は往々にして、1から2で上がって、2から3で落ちるものだが、本シリーズは1から2で少し下がってしまった。その代わり、2から3で爆上がりすることが期待できそう。原作ファンならキャスティングや演出に対して賛否のどちらもありそうだが、観て損をすることはないはず。歩兵目線の戦争アクションを邦画も描けるようになったというのは実に感慨深い。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

turn the tables 

「テーブルを引っくり返す」というのが直訳だが、実際の意味は「形勢を逆転する」の意。劇中では渋川清彦演じる縛虎申千人将が「将軍の狙いはここから大局を覆すことだ」と言うシーンがあったが、大局を覆すというのは turn the tables が英訳としてふさわしいだろう。類似の表現に turn things around というのもある。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, D Rank, アクション, 吉沢亮, 山崎賢人, 日本, 清野菜名, 監督:佐藤信介, 豊川悦治, 配給会社:ソニー・ピクチャーズエンターテインメント, 配給会社:東宝『 キングダム2 遥かなる大地へ 』 -もう少しストーリーに一貫性を- への2件のコメント

『 地獄の花園 』 -アクションをもっと真面目に-

Posted on 2022年7月16日 by cool-jupiter

地獄の花園 50点
2022年7月12日 レンタルBlu rayにて鑑賞
出演:永野芽郁 広瀬アリス
監督:関和亮

劇場公開時にはスルーしたが、クーポン使用で近所のTSUTAYAから安く借りてくる。アクションが全体的に中途半端で、メインのキャラも脇役に食われてしまっていた。

 

あらすじ

ごく普通のOLである直子(永野芽郁)の会社では、猛者たちがOL界の覇権を求めて抗争を繰り広げていた。ある日、中途採用された法条蘭(広瀬アリス)と直子はひょんなことから意気投合。しかし、蘭は超武闘派のOLで、あっという間に三富士株式会社のトップに君臨する。以来、周辺企業のトップのOLたちとの抗争が絶えなくなり・・・

 

ポジティブ・サイド

OLの世界には昔も今もお局が存在する。ある意味、男性サラリーマン以上に権謀術数を駆使して権力闘争を繰り広げるのが、OLという生き物である。偏見と言うことなかれ。良くも悪くも、これが日本企業に勤める女性社員のすべてとは言わないまでも、多くに当てはまることなのである(Jovian妻談)。そのOLの生態を一昔前のヤンキー漫画に当てはめて描写したところに本作の面白さがある。

 

菜々緒や大島美幸のOL姿はそれだけで笑ってしまうし、川栄李奈のヤンキーでありながらOL的な気遣いを見せられるというギャップにも、やはり笑ってしまう。このヤンキーOLの仁義なき派閥抗争と、そこに突如現れる新勢力の広瀬アリス、その広瀬アリスの友人となる永野芽郁の掛け合いが物語を動かしていく。

 

他者との抗争=ヤンキー漫画における他校との抗争で、相手の頭を潰せば、そこを丸ごと傘下に加えられるということから、抗争がどんどんと拡大、過激化していく。その途中で出てくるトムソンというのは、やはりサムソンが元ネタだろうか。トヨタですら敵わない財閥にして超巨大企業である。そこの幹部OLを全員男性キャストで固めたのには賛否両論あるだろうが、Jovianはやや賛である。コメディなのだから、これぐらいアホなキャスティングは許容すべきであろう。

 

広瀬アリスの武者修行シーンは笑えるし、最後の最後でこれまでの数々の闘争を、ある意味ですべてなかったことにする価値観の開陳も悪くない。というか、この世界観をそのままに物語を閉じてはいかんだろう。その点で、アホ極まりない物語にも一応の決着がつけられ、話はきれいに閉じていく。頭を空っぽにして観る分には良い映画だろう。

 

ネガティブ・サイド

映画館で観た予告編をうっすらと覚えているが、ハッキリ言ってトレーラーの作り方を間違っている。永野芽郁のアクションシーンは全カットして、広瀬アリスが頂点を目指して闘っていくストーリーだと思わせるようにすべきだった。トレーラーのせいで「実は永野芽郁も強いんでしょ?」と観る側にバラしてしまうのは全く得策ではない。誰がトレーラー作ったの?そして、誰がそれを承認したの?

 

肝心かなめのアクションも迫力不足。ちょっとしたパンチや蹴りのたびにカットして、別アングルから別アクションを映していくカメラワークは、役者の鍛錬不足を何とか目立たないようにしたいという工夫なのだろうが、ここを追求しないことには真の面白さは生まれてこない。『 翔んで埼玉 』がクッソ面白かったのは、埼玉狩りのアクションやGACKTと伊勢谷友介の衝撃のキス、埼玉VS千葉の大軍勢同士の激突など、アホなシーンのリアリティをこれでもかと追求したからである。OL同士の喧嘩でも、もっと役者たちを追い込んでほしかったし、追い込むべきだった。別に『 アジョシ 』や『 悪女 AKUJO 』のようなクオリティは求めていない。ただ、真っ正面から魅せるアクションシーンがひとつぐらいはあってもよかったのではないか。

 

主要キャラであるはずの永野芽郁や広瀬アリスが遠藤憲一に完全に食われていた。もちろん演技合戦の中では『 ボーダーライン 』のベニシオ・デル・トロや『 ジュラシック・パーク 』のジェフ・ゴールドブラムのように、主役を食ってしまう脇役というのは存在する。しかし本作の沿道の悪目立ちは監督の演出力不足によるところが大であると思われる。キャスティングではなくディレクションの問題だろう。

 

総評

日本ならではのアイデアが詰まっているし、日本ならではの弱点も露呈している、何とも評価に困る作品。ということは、一部の人々から高評価を得て、一部の人々からは低評価を得やすい作品ということになる。要は、作り手と観る側の波長が合うかどうかである。男性視点からのOL社会を面白いと思うか、くだらないと思うか。観るかどうかは直感で決めるべし。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Stop talking shit, you ugly whore!

「寝言こいてんじゃねーよ、ブス!」の私訳。聞いた瞬間の思いつきだが、実際にプロの翻訳者でも、案外こういう訳に落ち着くのではないかと思う。寝言を言う ≒ 馬鹿なことを言うなので、ここでは talk shit とした。悪口を言う、無礼・不愉快なことを言う、の意味である。ちなみに、こんな英語は実生活では絶対に使ってはならない。

 

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Posted in 国内, 映画, 未分類Tagged 2020年代, D Rank, アクション, コメディ, 広瀬アリス, 日本, 永野芽郁, 監督:関和亮, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 地獄の花園 』 -アクションをもっと真面目に-

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