ボディビルダー 70点
2026年1月3日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ジョナサン・メジャース
監督:イライジャ・バイナム
『 ジョーカー 』そっくりだと聞き、チケット購入。

あらすじ
片田舎で祖父と二人暮らしのキリアン・マドックス(ジョナサン・メジャース)は、ボディビルダーとして一花咲かせたいという願望を抱いていた。しかし、キリアンは怒りの感情のコントロールに難を抱えていて・・・

ポジティブ・サイド
非常に少ない登場人物だけで物語が進んでいく。まるでフランス映画的だ。しかし、そこにはミステリの風味もロマンスの予感もない。あるのはキリアンの非常に孤独な生活のみ。ストイックにボディビルに打ち込む姿には孤高という言葉も似合いそうだが、さにあらず。彼は孤独なのだ。
『 ジョーカー 』におけるアーサーと同じように、キリアンは両親に対して問題を抱え、好意を寄せる女性に対する接し方に問題があり、肝腎かなめのボディビルに対してもステロイドを使うという反則技を使っている。いくらハードにトレーニングをして、食事制限をしていても、これでは駄目だ。
『 アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル 』のフィギュアスケートもそうだが、評価がすべて他者の評価によって決まってしまう競技とは、なんと残酷であることか。得点競技ではなく採点競技の難しいところだ。すぐに How to make people like you などとググってしまうところに、彼の承認欲求以前の幼稚さが現れている。
キリアンの問題は至極簡単。自分が人を好きになれないから、人は自分を好きになってくれない。つまり、愛された経験の欠如によって歪んでしまった。あるいは子どものメンタルのまま、体だけが大きくなってしまった。子どもとは性と労働から疎外された者と社会学的に定義されるが、異性と付き合えない、セックスもできない、仕事もできないというキリアンはまさに体が大きいだけの子どもなのだ。何をやっても上手く行かず、怒りを爆発させても、そのしっぺ返しを食らう。彼は人生の弱者であり敗者である。
このあたりから物語は一気にジョーカー色を帯びてくる。なにもかもダメなキリアンの元に舞い込む一報。上向くかと思われた人生。しかし・・・ 『 ショーシャンクの空に 』では、ブルックスは娑婆になじめなかった。遅れて出てきたレッドも娑婆になじめず、命を絶とうとした。キリアンの選択は・・・
ネガティブ・サイド
個人的にはラストの10分は蛇足。観る側を虚実皮膜のあわいに落とし込むような締めくくり方で十分だった。たとえば『 国宝 』で喜久雄が最後に目にしたのは、父親の死の情景と重なるきらめきだった。喜久雄は父親のように、あるいは俊介のようになったのか。それとも、その境地に達しただけなのか。その解釈は観る側に委ねられている。そういう結末の描き方を模索できなかったか。
時代設定はどうなっているのだろうか。2016年のコンペティションで云々かんぬんというセリフから、それ以降の時代だと思われるが、一方でアメリカンプロレスの話題の中でテイカーとケインの破壊兄弟が出てきたが、それは2000年前後。また、スマホが出てこない。たまに電話が出てきても、それはすべて固定電話。またYouTubeが存在しながらも、ボディビルの大会映像はすべてVHS。いったい、どういう世界線なのだろうか。
総評
レイトショーで鑑賞したのもあるだろうが、十数人ほどいた観客の中で女性はJovian妻一人だけ。あとはすべて中年男性だった。どこの劇場もこのような有様なのだろうか。人が悪に染まる要因は、元々のパーソナリティなのか、それとも環境なのか、それらの複合なのか、それ以外なのか。じっくりと見極めてみてほしい。間違ってもデートムービーだと思ってはいけない。本作ほどデートに向かない作品はない。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
go out with ~
~と一緒に外出する、転じて「~とデートする」の意味。文脈なしでも、ほぼ間違いなくデートの誘いだと解釈される表現。連れだって何かをしたい時、恋人、あるいは意中の相手には Do you want to go out with me? を、友人や同僚には Do you want to hang out with me? を使おう。
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