ソウル・ステーション パンデミック 50点
2020年5月24日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:シム・ウンギョン
監督:ヨン・サンホ
『 新感染 ファイナル・エクスプレス 』のprequelである。原作の原題はTrain to Busan = 釜山行き列車で、その出発地点はソウルだった。そのソウルでのパンデミック発生の模様を描く。COVID-19の制圧に国家総動員で取り組んで一定の成果を上げた韓国社会は、ゾンビにどう対抗するのだろうか。
あらすじ
ヘスン(シム・ウンギョン)とキウンは無一文のカップル。安宿の料金も払えず、ヘスンが体を売って日銭を稼いでいる。そんな中、とあるホームレスがソウル駅周辺でひっそりと失血死する。ホームレスの弟は警察を呼ぶが、何故かそこに死体はなかった・・・
ポジティブ・サイド
冒頭から非常に暗澹たる気分にさせられる。韓国ではホームレスは空気なのか。『 ジョーカー 』でアーサーがテレビ番組に出演した時、“If it was me dying on the sidewalk, you’d walk right over me!”=「僕が道端で死んでいても、お前らは素通りしていくだろう!」という血の叫びが、まさにソウル駅構内およびその周辺では現実の光景になっている。こうしたEstablishing Shotのおかげで、本作は単なるホラーやパニック・アクションであるだけでなく、社会批判の意識を根底に湛えていることが伝わってくる。
ホームレスのおじさんの言う「病院は危険だ!」は蓋し名言だろう。ゾンビ映画で危険な場所というのはだいたいがショッピングモールがスーパーマーケットである。それは数々のゾンビ映画のオマージュに満ち溢れた『 ゾンビランド 』や『 ゾンビランド:ダブルタップ 』からも明らかである。そのセオリーを敢えて外しているのだが、この一言がまさにCOVID-19によって引き起こされた世界の医療崩壊を言い表していると考えると、非常に興味深い。
『 パラサイト 半地下の家族 』でキーワードとなった「におい」は本作でもフィーチャーされている。また、日本語で言うところの「足元を見る」行為の残酷さは隣国でも健在。武士や僧侶絡みの故事成語ではなかったか。貧困層を徹底的に踏みつけるストーリー展開は、韓国社会が徹底的なヒエラルキー構造になっていること、そしてそのような構造を打破するためには「第三身分による放棄」しかない、というのがヨン・サンホ監督の問題意識なのだろう。
物語は最後に結構なドンデン返しを用意してくれている。最終的に本当に怖いのはゾンビよりも人間なのか。資本主義社会の行き過ぎた世界を垣間見たようで震えてしまう。ゾンビによって象徴されているものは何か。ゾンビも『 ゴジラ 』と同じく時代と切り結ぶ存在である。ゾンビという存在に恐怖を抱くだけではなく、最後にはちょっぴり応援したくなるというなかなかにトリッキーな仕掛けが本作には秘められている。一見の価値はあるだろう。
ネガティブ・サイド
アニメーションで作る意義が弱い。アニメの良いところは、非現実的な描写が許容されるところ。極端な話、二頭身や三頭身のキャラでも存在可能なのがアニメの世界である。そこでゾンビを描く、しかも韓国産のゾンビ映画であるなら、日本もしくは世界のアニメと一線を画したanimated zombiesを描き出さなければならなかった。例えば、旅館のおばさんを倒すシーンは『 アンダー・ザ・シルバーレイク 』や『 ミッドサマー 』にあるような顔面破壊描写を、ダイレクトに映し出すことができたはずだ。
また市街地や病院での描写はあれど、そんなシーンはこれまで数多あるゾンビ映画で充分に観た。『 新感染 ファイナル・エクスプレス 』は、超特急列車内という究極のクローズド・サークルという、その設定自体がけた外れに面白かった。そうした設定の妙が本作にはなかった。
また肝心かなめの人間をゾンビに変えてしまう機序が何であるのかは、本作では一切明らかにされない。前作では、とある業績不振なバイオ企業が絡んでいるとのことだったが、本作では前日譚で当然に触れられるべきゾンビ発生騒動の発端部分がすっぽりと抜け落ちている。拍子抜けもいいところである。まさか前々日譚とか作るつもりではあるまいな。そんなクソのような企画と制作は『 プロメテウス 』だけで十分である。
総評
アニメ作品としても弱いし、傑作ゾンビ映画の前日譚としても弱い。本作は単独で鑑賞しても楽しめるように作られてはいるが、そのせいでシリーズものとしての魅力を失っている。韓国映画らしい容赦のないバイオレンス描写を追求した作品なら他をあたってほしい。ただ、ドンデン返しだけは結構な破壊力を秘めている。『 オールド・ボーイ 』には及ばないが、『 スペシャル・アクターズ 』よりは上である。
Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン
ア
韓国語は名前の最後に「ア」をつけることで軽い敬称になる。『 宮廷女官チャングムの誓い 』で、主人公チャングムがほとんどすべてのキャラクターから「チャングマ(チャングム+ア)」と呼ばれていたのを、オジサン韓流ドラマファンならばご記憶のことだろう。本作でもヘスンはヘスナ、キウンはキウナと呼ばれている。