騙し絵の牙 55点
2021年3月28日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:大泉洋 松岡茉優
監督:吉田大八
塩田武士はJovianと同郷の兵庫県尼崎市出身、さらに学年も同じである。ひょっとしたらその昔、街中ですれ違ったことぐらいはあるかもしれない。原作小説は未読であるが、『 罪の声 』が傑作だったので、本作も期待していたのだが、こちらはダメだった。とにかくトレーラーで半分はネタバレしてしまっている。作った人間は切腹してよい。
あらすじ
大手出版社「薫風社」で社長が急逝。次期社長の東松の経営改革によって、看板雑誌である「小説薫風」すらも月刊から季刊に変更されかねない。そんな中、サブカル雑誌「トリニティ」の変わり者編集長・速水(大泉洋)は、新人編集者の高野(松岡茉優)を誘い、独自の企画を次々に立案・実行していくが・・・
ポジティブ・サイド
ひとりのサラリーマンとして本作を観た時、サラリーマン世界の権力闘争や仕事の切り拓き方をよくよく活写しているなと感じた。特に新社長の東松と専務の宮藤の権力争いは旧態依然の典型的な日本企業であると感じたし、小説薫風の編集長の木村佳乃は旧弊に無意味に固執するという点で、バリキャリでありながらも、やはり昔ながらの日本のサラリーマンである。こうした職場や会社に厭いている人は実は多いのではないかと思う。だからこそ、トリニティの編集長の速水が、文壇の大御所にまったく物怖じすることなく接し、また新人編集者の高野から忖度無しの批評を elicit するところが痛快なのだ。本人たちに出会ったことは無いが、大泉洋は速水に、松岡茉優は高野に、それぞれ似たところがあるのではないだろうか。役者がキャラにピタリとはまっていた。
文学や読書という視点から眺めてみるのも面白い。テレビ番組内文学の価値を大仰に語る國村準演じる文豪には、確かに名状しがたい説得力がある。『 響 – HIBIKI – 』などから感じられるように、文学にはまだまだポテンシャルがあるはずだし、文学が果たすべき役割は大きい。文学という虚構の物語でしか提示できない命題や哲学があるからだ。またコロナ禍において、書籍の売り上げが増加しているという事実もある。人はいまでも文学(小説かもしれないし、エッセイかもしれないが)を求めているのである。
そうしたことに思いを巡らせている中で、なぜかいきなり國村準が歌っていたり、あるいはワインのテイスティングで大失態したりと、シリアスとギャグを行ったり来たり。このシーンでは笑ってしまうこと必定である。このシリアスとギャグを行ったり来たりは、佐野史郎演じる専務や、新社長の東松と速水がシンクロするシーンでも見られ、とにかく笑ってしまうのだ。実際に劇場のそこかしこから笑い声が聞こえてきた。
高野と速水の凸凹コンビが新たな領域を切り拓いてく様はサラリーマンとして見ても痛快だし、そこから生まれる人間模様や世間の反応、さらにちょっとしたツイストもあり、観る側を飽きさせない。騙し騙されよりも、純粋にお仕事ムービーとして鑑賞することで、速水の秘めた思い、そして高野が抱くようになった思いを理解できる。どちらに共感するかは人に拠るだろうが、Jovianは速水の思いに寄り添いたくなった。多分、35歳ぐらいが分かれ目か。それ以上の年齢なら速水派だろうし、それ以下の年齢なら高野派だろう。本作を楽しむ方法の一つは、自分をメインキャラの誰かに重ね合わせて仕事をする、仕事を構想することだと思う。
ネガティブ・サイド
騙し合いバトルなどど散々に煽ってくれたが、この程度で騙されるのはミステリ初心者ぐらいだろう。まあ、ミステリ作品でもないのだからそこに目くじらを立てるべきではないのかもしれないが、本当ならもっとびっくりさせられる展開のはずが、半分くらい種明かしされていたと映画のかなり早い段階で気付いてしまった。とにかくトレーラーが罪である。とにかく「全員嘘をついている」という煽り文句を信じれば、新たなキャラが登場したり、展開が進んでいくたびに「ああ、これ嘘だ」、「あ、これも嘘かな」、「これも嘘やろうな」と分かってしまう。他にもいわくありげにトレーラーに登場していて、それでいて本編では謎の人物として序盤から存在がにおわされているキャラクターとか、そんな中途半端過ぎる演出や筋立てはいらんやろ・・・ リリー・フランキーの無駄遣いと言うか、観客を驚かせようという意図が見えない。
また、作り手が本当に騙したいのは読者や映画の観客であることを常に意識していれば、某キャラのやや不自然な振る舞いや大袈裟なリアクションがフェイクであることが分かってしまう。終盤手前のドンデン返しの驚きが、ここでひとつ弱くなってしまっている。
高野の父親が倒れるエピソードは不要な気がする。もちろん、父親の病気によってその後の高野の行動が分かりやすくなっている面もあるが、あえて病気の力を借りる必要もない。もともと出版不況の折、街の書店が潮時を自然に悟っても不自然さはない。
佐藤浩市と中村倫也が腹違いの兄弟疑惑も不要。それが事実であろうと事実でなかろうと、プロットに何の影響もない。原作では何かあったのだろうが、ドンデン返しにつながらないのであれば、そんな設定はバッサリ切ってくれてよかった。
斎藤工のキャラも蛇足。胡散臭いファンドマネージャーなどいてもいなくても、本編に何の影響も与えていない。どうせ胡散臭いキャラを出すなら、実はアメリカあたりのハゲタカファンドのエージェントだったとか、大規模工事に一枚噛みたい大手ゼネコンにつながってましたみたいなキャラにするべきだった。
総評
大泉洋は腹に一物抱えていながらも飄々としたキャラを好演。松岡茉優も編集者として等身大の演技を見せた。笑えるシーンも多く、その一方で『 七つの会議 』的なサラリーマン社会のシリアスな描写もあり、エンターテインメントとしては及第点。問題はとにかくトレーラーの出来が酷過ぎること。トレーラーを何度も何度も観た人間が本編を観れば、「ああ、このキャラはあいつで、こいつの正体はこうだな」と次から次に分かってしまう。「全員嘘をついている」とか言う必要はゼロだろう。何たる興覚め。とにかく本作を楽しむためにはトレーラーの類を一切観ないこと。これに尽きる。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
power struggle
権力闘争の意。新社長と常務の対決シーンは本作の(数少ない)見どころの一つである。サラリーマンで上に昇っていけるのは、実力半分ハッタリ半分なのだというところが役員同士のdick measuring contestから見て取れる。
Jovianセンセイのお勧め書店
REBEL BOOKSは群馬県高崎市の、いわゆる街の書店。といっても高野の実家のような昔ながらの書店ではなく、地域の拠点、情報発信基地のような本屋さんである。Jovianの大学の同級生が経営者である。Jovianも時々通販で買っている。とんがった品揃えの店なので、bibliophileな方はぜひ一度のぞいみてくだされ。