ボーダーライン(2015) 75点
2018年9月22日 レンタルBlu-ray鑑賞
出演:エミリー・ブラント ベニシオ・デル・トロ ジョシュ・ブローリン ビクター・ガーバー ジョン・バーンサル ダニエル・カルーヤ ジェフリー・ドノヴァン
監督:ドゥニ・ヴィルヌーブ
劇場で見逃したまま数年が経過。続編が出ると聞き、今こそ観るときと満を持してTSUTAYAで借りてきた。この邦題は賛否両論を生むだろう。原題は”Sicario”、ラテン語由来で、【暗殺者】の意である。話の争点は、アメリカとメキシコの国境線を決める戦いでもなければ、国境地帯でのほのぼの交流物語でもない。しかし、原題に忠実に『暗殺者』というタイトルにしても、配給会社はプロモーションしにくい。いっそのこと『シカリオ』で売り出すというのも、一つの手だったのでは?原題のミステリアスな響きをそのままに日本語に持ってきたものとしては『メメント』や『アバター』、『ジュマンジ』、『ターミネーター』、『ダイ・ハード』などが挙げられる。
FBI捜査官のケイト(エミリー・ブラント)は、国防総省が組織する対メキシコ麻薬カルテル部隊への参加を志願するようCIAのエージェント、マット(ジョシュ・ブローリン)に促され、チーム入り。そこで謎のコロンビア人、アレハンドロ(ベニシオ・デル・トロ)に出会う。メキシコから流入する不法移民、そこに付随してくる麻薬の流通量の増加に、ついに目をつぶることができなくなった米政府の上の上の方からの指示による作戦。それに従事していく中で、ケイトは辞めたはずの煙草に手を伸ばす。彼女の中の正義感が大きく揺らいでいく・・・
まず強調しておかねばならないのは、本作ではベニシオ・デル・トロのキャリア最高のパフォーマンスが見られるということである。そしてそれはジョシュ・ブローリンにも当てはまる。ブローリンは『オンリー・ザ・ブレイブ』、『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』、『デッドプール2』の劇場公開もあり、まさに2018年の顔の一人であった。それでも2015年劇場公開の本作こそが、彼のキャリア・ハイの演技を見せてくれた。彼ら2人の演技、存在感は完全に主役であるはずのエミリー・ブラントを喰っており、特に後半から終盤はデル・トロの独擅場である。原題の意味を、観る者はここで嫌というほど思い知らされるのだ。同時に、意訳された邦題の意味についても考えさせられる。正義と悪の間の境界線という次元ではなく、正義そのものの概念が揺らいでいく。正義と秩序が一致しないのだ。
メキシコの一部地域では、民間の車両が多数いる中での銃撃戦、市街地を武装車両が我が物顔で走行しても気にする素振りも見せない市民、ハイウェイの高架下に吊るされる切り刻まれた死体。非日常感ではなく、異世界感すら漂う。アメリカ側のカルテル掃討部隊も法の定める手続きなど一切無視。毒を以て毒を制すの言葉通りに淡々と進んでいく。アメリカの政府の上層部は、すでに毒を食らわば皿までと腹をくくっている。では、ケイトは?FBIの相棒レジー(ダニエル・カルーヤ)以外に信じられる者などが一切存在しない中、自分たちの作戦参加の意義を知ることで、彼女の正義感や任務への使命感は瓦解する。ジョシュ・ブローリンの底冷えを感じさせる笑顔に、戦慄させられてしまう。
本作は映画の技法の点でも非常に優れている。メキシコのフアレス地域は、まさしくアーバン・スプロールの具現化である。都市郊外部が無秩序に平面的に四方八方に拡大しているのを上空から俯瞰するショットは同時に、山に巨大な文字で刻みつけられた住所も映す。こうした地域ではきめ細かい郵便サービスはもはや不可能で、郵送物はヘリコプターで落下傘的に投下して、後は現地住人が自主的に宅配するらしい。犯罪者の根城、犯罪の温床となるにふさわしい土地であることが十二分に伝ってくる。このようなショットをふんだんに見せつけることで、クライマックスの麻薬王の邸宅がいかに豪奢であるかがより際立ってくる。しかし、我々が最も慄くのは、麻薬の恐ろしさ、麻薬のもたらす莫大なカネではない。そんなメキシコの麻薬組織を如何に潰してくれようかと画策するアメリカ側の酷薄さである。そこに正義などない。こんなゴルゴ13みたいな話があっていいのかとすら思ってしまう。フィリピンのドゥテルテ大統領は「血塗られた治世」を標榜して、麻薬取引に関わる人間を片っ端から射殺し、国際社会からは批判を、国民からは喝采を浴びた。100年後の歴史の教科書は、フィリピンの対麻薬戦争を、そしてアメリカの対麻薬戦争をどのように描き、評価するのであろうか。本作の続編が、不謹慎ながら楽しみである。