ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密 55点
2020年2月1日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:クリストファー・プラマー ダニエル・クレイグ
監督:ライアン・ジョンソン
『 スター・ウォーズ エピソード8/最後のジェダイ 』の監督ライアン・ジョンソンが脚本および監督を手掛け、アメリカでは喝采を浴びたとのことだ。うーむ。正統派の倒叙(的)ミステリをそれなりに上手く撮影しただけのはずが、SWエピソード8をいじくりまわした監督の作品ということで必要以上に持ち上げられているだけではないのか。原題のKnives Outは英語の慣用表現のthe knives are out、すなわち「矛先を向ける」、「刃を抜く」、「牙をむく」など、誰かを(物理的というよりも比喩的に)攻撃する体制ができている状態」から来ているのだろう。
あらすじ
ミステリ作家にして大富豪のハーラン・スロンビー(クリストファー・プラマー)は、彼自身の誕生日パーティーの翌日に遺体となって発見された。謎の人物から依頼を受けた名探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)は、彼の遺産を相続できる立場にある家族全員を容疑者と考え、唯一、ハーランの死亡による恩恵を受けない専属看護師を助手に調査を進めていくのだが・・・
ポジティブ・サイド
大きな館でミステリ作家が死ぬ。これ以上ないほどにクリシェな設定ではあるが、だからこそ光り輝くものもある。ダニエル・クレイグ演じるブノワ・ブランは、いわゆる安楽椅子探偵やハードボイルド系の肉体的に屈強な探偵という像を見事に覆した。理知的であるが、感情的でもある。頭脳明晰であるが、コミュニケーション能力に少々難がある。端的に言って、面白いオジサン探偵である。クレイグのファンであれば、彼の怪演を楽しむためにチケットを買うのもありだろう。
容疑者連中は豪華な顔ぶれである。特に『 ノクターナル・アニマルズ 』や『 シェイプ・オブ・ウォーター 』、『 華氏451(2018) 』などで、善人だろうが悪人だろうが、頑迷固陋なまでに信念を貫く頑固者を演じさせれば天下一品のマイケル・シャノン、『 ヘレディタリー/継承 』など、顔芸と言えばこの人、トニ・コレットの二人は要チェックである。
真相もそれなりに捻ってある。あまり詳しくは書けないが、ハーランの死の真相はなかなかにショッキングである。ライアン・ジョンソンはアガサ・クリスティ的なミステリを志向したとインタビューで語っていたそうだが、Jovianのような鵜の目鷹の目のすれっからしには、カトリーヌ・アルレー的なミステリを志向したように映った。真犯人(これはすぐに分かる)ではなく、真相の方をあれこれと考えて、その部分では騙された。以下、白字 カトリーヌ・アルレーであれば、マルタの嘔吐症をマルタ自身が長年かけて周到に準備した演技であると設定したことだろう。だが、この演出はそれなりに楽しくもあり、またカタルシスをもたらしてもくれる。
アメリカ映画というのは、往々にしてロボットやAI、そして異星人といった存在を“敵”として描いてきたが、近年では『 アス 』など、意識の変化が見て取れる。本作ではアメリカ人が敵視するのは移民である。このことを我々はどう感じるべきなのか。アメリカ人自身がヨーロッパからの移民であるということを忘れてしまっているわけだが、人類はその歴史的な発展段階のどこを取り上げても、ほぼ例外なく移民である。陸路の面でも、海流に任せた海路の面でも、日本は移動する人類の最終目的地の一つであったことは疑いようがない。ミステリ要素以外、つまりハーランの家族たちの思考や思想をどう見るのか。日本の映画ファンの感想を、これから渉猟してみたいと思っている。
ネガティブ・サイド
ダニエル・クレイグの名探偵っぷりは堂に入ったものであるが、その推理は穴だらけである。詳しく書くと興が削がれるので、ある程度ぼやかして書くが、冒頭のEstablishing Shotで重要な役割を帯びていることが示唆される犬の扱いがめちゃくちゃである。なぜランサムが1度目に来た時には犬にまとわりつかれ、2度目には犬に気づかれず、3度目にはまた犬に気づかれ、吠えられたのかについて合理的な説明がなかった。
警察も同じで、容疑者として考えられる者には、屋敷を立ち去った時間だけではなく、帰宅した時間も尋ねなければならない。そのうえで街中の防犯カメラの映像と屋敷の防犯カメラの映像などとも合わせて、アリバイを確認する、もしくは崩していくのが王道であり定石である。何故そのようにしないのか。屋敷の防犯カメラの映像は消去されたとなったら、なおさら他の方法でアリバイを確認しなければならないではないか。何故あっさりとあきらめるのか。
また登場人物の行動原理にも不可解なところがある。ある人物が怪しい行動をしているところをたまたま目撃した。その人物に人気のないところに呼び出されたので、逆に詰問してやろうとその場に向かったところ、返り討ちにあってしまった・・・って、アホかいな。これではまるで火曜サスペンス劇場である。何故のこのこそんなところに出向くのか?何故に警察や探偵、もしくは自分が信頼できる相手に自分の目撃した事柄を伝えないのか?あるいはメモや手紙を残さないのか?現実に殺人事件があったとして、「ひょっとしてコイツが犯人なのでは?」と疑っている人物の誘いにホイホイ乗る人間がどれくらい存在するだろうか?おそらく100人に1人いるかいないかだろう。
本作の真相(≠真犯人)で個人的に最も納得がいかないのは、ブラン探偵の推理、すなわちマルタが長年の経験から来る感覚で、ラベルが貼り変えられていたにもかかわらず、モルヒネとそうではない薬品を、間違えることなくハーランに投与していた、ということである。って、そんなわけがあるかーーーーい!!!由良三郎先生の『 ミステリーを科学したら 』に敬意を表して、モルヒネの投与量が実はそれほど過剰ではいとか、ハーランはモルヒネにかなりの耐性を持っていたはずだとか、10分で死に至るということに科学的な根拠がないということなどには納得ができる。問題なのは、薬液のちょっとした色味や粘度の違いを看護師ならば感覚的に感知できるという設定である。念のため、看護師歴30年以上のJovian母に尋ねてみたが、「においのあるビタミンB剤や抗生剤なら、『 ん?匂いがしないぞ? 』と感じることはあっても、透明な薬液の違いは分からないし、何よりもラベルをダブルチェックするという習慣が身についているので、ラベルを疑うことはない」という返答だった。そしてバイアルというのは匂いを外に出すような作りの容器ではない。一度ひっくり返したものを、さらにもう一度ひっくり返すというのは、なかなかのどんでん返しであるが、アイデアだけが先行してしまっている感は否めない。『 屍人荘の殺人 』でも指摘した、“理論的に実行可能なトリック”と“実際に実行可能なトリック”の境目を本作はあまり上手くごまかせていない。アイデアは秀逸だが、見せ方がまずいのである。
アメリカの批評家連中がやけに本作を高く評価しているらしいが、彼ら彼女らは“移民”というテーマを絶賛しているのであって、ミステリ要素が好評を博しているのではないのだと思いたい。それも、今後時間を見つけて色々と読んでいってみたい。
総評
ミステリとして真剣に捉えるか、それとも火サスのようなライトなサスペンスものと割り切って捉えるかで評価がガラリと変わる。Jovianはこれをミステリだと思ってチケットを買った。そして裏切られた。これはサスペンス、あるいは松本清張ばりの社会派ミステリだと思えば、また違った感想を持ったことだろう。『 アガサ・クリスティー ねじれた家 』のような本格ミステリを期待する向きは、そうではないということを心してチケットを買うべきである。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
Up your arse.
ムカつくことを言われた時の返答にしばしば使われるスラングである。日本語にすれば、「うるせー、黙れ」ぐらいだろうか。TVドラマの『 リゾーリ&アイルズ ヒロインたちの捜査線 』のとあるエピソードでも、ベテラン刑事コーサックがジェーンに向かって“Up your arse, Rizzoli.”と不敵に言い放つシーンがあった。ムカつく上司にムカつくことを言われたら、心の中で“Up your arse.”と唱えようではないか。
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