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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: 樹木希林

『 日日是好日 』 -茶道の向こうに人生の真実が見えてくる-

Posted on 2018年11月9日2019年11月22日 by cool-jupiter

日日是好日 75点
201811月6日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:黒木華 樹木希林 多部未華子
監督:大森立嗣

f:id:Jovian-Cinephile1002:20181109014742j:plain

樹木希林との惜別のために劇場へ。彼女の作品で印象に残っているのは『 風の又三郎 ガラスのマント 』、『 39 刑法第三十九条 』、『 東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜 』、『 海街diary 』、『 万引き家族 』。平成の日本映画史を支えた女優が逝ってしまった。合掌。

 

あらすじ

20歳の典子(黒木華)は、自分が本当にやりたいことを見つけられないまま、惰性で大学に通っていた。ある時、母が茶道を習ってみたらと提案するも乗り気になれない。しかし、従妹の美智子(多部未華子)が乗り気になったことから典子も茶道教室へ。それが典子と武田先生(樹木希林)、そして自分が探していた何かとの邂逅だった・・・

 

ポジティブ・サイド

黒木華は幸薄そうな役がよく似合う。『 散り椿 』、『 ビブリア古書堂の事件手帖 』は正直なところ、物語世界の構築には成功しなかった。しかし、そうした作品においても黒木華はキャラクターに息吹を与えていた。黒木華が出ているだけで「観ようかな」と思わせられるだけの存在感を発するようになってきた。今後も楽しみである。

 

本作は典子と美智子の茶道に対するアプローチの対照が前半の見どころである。何でも理屈で解釈しようとする美智子と、五感で茶菓子や茶器、茶室、書、掛け軸、生け花、そしてお茶を賞翫する典子、という構図である。茶道の作法に意味があるのか、それとも無いのか。これはそのまま典子の抱える疑問、大学に行くことに意味があるのか、それとも無いのか。古い映画を観ることに意味があるのか、それとも無いのか。将来の仕事を決めることに意味があるのか、それとも無いのか。これらは頭で考えてどうにかなる性質の問いではない。もちろん、無理やり答えを出して前に進むこともできる。ただ、それは典子の性(さが)ではないのだ。前半は観る者に、「あなたは典子型ですか?美智子型ですか?」と尋ねてくるかのようだ。それが不思議と心地よい。どちらの生き方も否定されないからだろう。

 

茶道が主題となると、画的にさびしいと思ってしまうが、さにあらず。『 クレイジー・リッチ! 』でも用いられた手法だが、多種多様なガジェットを画面いっぱいに次々と映していくことでもダイナミックさは生まれるのである。『 クレイジー・リッチ! 』では色々な食べ物が印象的で、本作では茶器と茶菓子、掛け軸が特に印象的である。特に掛け軸の瀧直下三千丈は、その書の雄渾さだけではなく視覚的なイメージで典子に、つまり我々に訴えかける。こうした技法はピーター・J・マクミランが『 英語で読む百人一首 』の三番、柿本人麻呂の「足引きの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を 一人かも寝む」という有名な句を英訳する際に使用している技法である。瀧という文字を、意味ではなく視覚で受け止めるべしというメッセージであり、同時に茶道というものを理性ではなく感覚で経験すべしというメッセージでもある。ナレーションもなく、わざとらしい説明の台詞もなく、ただただ書に見入る典子の姿を映し出すことで、観る者にメッセージを送る。これこそ映画の基本にして究極の技法である。このシーンだけでもチケット代の半分以上の価値がある。

 

作中では、ある重大な出来事を受け止めた典子が、止め処なく溢れ出てくる気持ちを爆発させるシーンがある。どことなくニヒリスト的であった典子が、自分のこれまでの生を肯定できるようになる重要なシーンである。ニーチェの言うニヒリズムと永劫回帰は、茶道の一期一会と、案外と近縁の思想なのかもしれない。ゲーテの『 ファウスト 』にも通底する思想で、生の一瞬一瞬を愛でることができれば、人生に悔いを残さないようになれるのかもしれない。小説『 神様のパズル 』で綿さんがコメを食べながら得た「閉じた」という感覚を、典子も抱いたことだろう(ちなみに、映画版の『 神様のパズル 』は原作小説の改悪なので、映画はスルーして小説の方を読むことをお薦めする)。茶道の向こうに人生の真実が、確かに見えてくる。

 

ネガティブ・サイド

典子のライフコースにおける一大イベント前に、美智子が絶対に現れると思っていたが、元々の脚本になかったのか、それとも編集でカットされたのか。序盤のコメディ・タッチがどんどんと鳴りをひそめ、シリアスとまではいかないものの、それなりに重いテーマを扱う後半こそ、美智子の軽さが必要だったのではないだろうか。

 

また、シーンごとのメリハリに一貫性も欠いていた。BGMやナレーションを極力使わず、映像と音だけでストーリーを紡ぐシーンもあれば、あまりにもナレーションや心の声を聞かせすぎるシーンもあった。中学生以下ならいざ知らず、高校生以上であれば、本作の各シーンが持つ意味や意義は掴めるはずだ。もう少し、受け手を信用した作りをしてほしいと思う。

 

総評

扱う主題は茶道だが、その奥に潜むテーマは深いとも浅いとも言える。それは観る者の人生経験や哲学、識見によって変わってくる。しかし、これをきっかけに両親や祖父母に電話をしよう。あいさつをしよう。部屋をちょっと模様替えしてみよう。料理の組み合わせを少し考えてみよう。などなどの、目の前の瞬間を大切に生きてみようという気持ちにさせてくれる力を持つ作品に仕上がっている。劇場でいつまで公開されているか分からないが、是非とも多くの方に観てもらいたい映画である。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, B Rank, ヒューマンドラマ, 多部未華子, 日本, 樹木希林, 監督:大森立嗣, 配給会社:ヨアケ, 配給会社:東京テアトル, 黒木華Leave a Comment on 『 日日是好日 』 -茶道の向こうに人生の真実が見えてくる-

万引き家族

Posted on 2018年6月10日2020年2月13日 by cool-jupiter

万引き家族 80点

2018年6月10日 東宝シネマズ梅田にて観賞
出演:リリー・フランキー 安藤サクラ 松岡茉優 樹木希林
監督:是枝裕和

* 本文中にいくつかネタバレに類する情報あり 

予告編は何度も何度も映画館で目にしてきたが、誤解や批判を恐れずに言わせてもらえば、かなりミスリーディングな作りになっている。それを好意的に取るか、それともアンフェアと受け取るかは観る人による。

東京近郊のあばら家に暮らす柴田治(リリー・フランキー)、柴田信代(安藤サクラ)、柴田亜紀(松岡茉優)、柴田祥太(城桧吏)、柴田初枝(樹木希林)の5人家族。稼業はそれぞれ日雇い労働者、アイロン掛けバイト、女子高生風俗バイト、万引きアシスタント、年金だ。

生活費の足りない部分は万引きで補うわけで、そこでは様々なテクニックからおまじないまでが使われる。そこには美しさも何もない。翔太は「学校っていうのは家で勉強できない奴が行くところだ」と言い放つシーンに、なるほどと思う者もいれば、とんでもないクソガキだと嫌悪感を催す者もいるだろう。同じことは亜紀にも当てはまる。家族で一番のお祖母ちゃんっ子で、信代にも彼氏ができました報告をするなど、一見普通に見えるが、やっていることは風俗一歩手前というか、まあ風俗嬢である。しかし、そこで客に差し伸べる手の優しさは観る者に何かを見誤らせる力を持っている。それは初枝にしても同じで、あるところから定期的に金を受け取るのだが、それは狙ってもらっていたものなのか、それとも意図せずもらえてしまった金なのか。これは是枝監督自身が舞台あいさつで述べていたことだが「(劇中の祥太のある決断の背景を尋ねられて)そんなに単純に作っていないんですよねえ・・・」という第一声を漏らしていた。ということは、これらのキャラクターの複雑に見える行動の原理も単純であるはずがなく、多様な解釈はそれこそ観る側が監督の意図を正しく汲んだものとして、このレビューを続けたい。

ある日の万引き帰り、治と祥太はとあるアパートのベランダに放置されている女の子を拾ってくる。「ゆり」という名のその子は依頼、柴田家の一員となり、家族の輪に加わり、家族の和に触れる・・・わけではない。生みの親か、それとも育ての親かというのはある意味で文学その他の永遠のテーマで、ごく近年に限っても是枝裕和監督の『 そして父になる 』や『 ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス 』などで提起される問題だ。そしてそこに答えなど無い。あってはならない。もちろん、この疑似家族が家族らしさを体現しないのかと言うと、そんなことはない。おそらく今では失われて久しいちゃぶ台を囲んでの夕餉の団欒が頻繁に活き活きと描かれるし、縁台に出て、家族そろって隅田川の花火を楽しむ描写も存在する。しかし、騙されてはならない。そこにある美しさは上辺のもので、花火は音が聞こえるだけで決して花火そのものは見えない。誰しもに親が存在するのは理の当然ではあるが、家族という実体(花火)を求めて、音だけ(疑似家族)を楽しむその様は美しくも歪である。他にも例えば5才のゆりや第二次性徴手前ぐらいの祥太に盗んできたインスタント食品ばかりを食べさせるのは、緩やかなネグレクトではないのか。学校に行かせないのもネグレクトを構成しないのか。この家族に美しさだけを見出したとすれば、それは失敗であろう。

治「お前、さっきオッパイ見てただろ?いいんだ、男はみんなオッパイ好きなんだ。ここも大きくなってきたか?」

祥太「うん、病気かと思って心配してたんだ」

このような会話は父と息子の間で必ず交わされるべき会話であろうし、それができないのなら、そいつに父親の資格は無いとすら思う。ただ、とある駄菓子屋での出来事をきっかけに祥太の中で生まれた変化、自意識の芽生えに関して、治はあまりにも無関心すぎたし、家族という絆をあまりにも機能的に捉え過ぎるきらいがあった。海水浴を楽しむところをピークに、疑似家族はあっけなく自壊していく。警察の取り調べを受けるシーンで安藤サクラが見せる演技は圧巻の一語に尽きる。家族は選ぶものなのか、選ばれるものなのか、それとも最初から所与のものなのか。あらゆる思考と感情の対立と矛盾に一気に押し潰された個の悲哀が切々と語られるその様に、涙が止まらなかった。

この映画で最も素晴らしいのは、もしかしたら音楽かもしれない。『 アメリカン・ビューティー 』におけるトーマス・ニューマン、『 その男、凶暴につき 』の久米大作のような、さりげなさに潜む力強さと奥深さにしびれた。それを一番感じたのは、監督と主役二人の舞台登場シーン。映画本編よりもマッチしていたのではなかったか。

ネットの一部では「万引きは犯罪で、この映画は犯罪を美化している」という映画を観たかどうか怪しいレビューもあれば、「日本人は万引きなどしません」という現実を見ているかどうか怪しいレビューもある。「是枝は文化庁から助成金をもらっておきながら、国からの祝意は丁重に辞退するというのは倫理の二重基準であり、怪しからん!」という声まであるようだ。是枝監督は言うまでもなく納税者であり、公的サービスを受ける権利を有している。一方で国が祝意(それが単なる電報であれ国民栄誉賞であれ)を送ることそのものがかつてないほど政治色を帯びているのが現代日本である。Jovianは今も羽生結弦の国民栄誉賞授与検討のタイミング(大会すべてが消化されていない段階でマスコミにリークするか?その他のアスリートに対して配慮が無さ過ぎるし、村田諒太の批判は真っ当至極と感じた)について政府に疑念を抱いているし、祝意を表したいのなら、それこそパルムドール受賞発表直後で良かった。彼の行動を二律背反だとレッテル貼りするのは容易い。しかし、それがどうした?作品を鑑賞することなく行動を批判することに意味などない。芸術を好意的にしろ批判的にしろ評価したいのなら、まずは作品を鑑賞すべきだ。であれば是枝も耳を貸すだろう。氏には是非、今後も骨太の創作活動を続けて頂きたく思う。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, A Rank, ヒューマンドラマ, リリー・フランキー, 安藤サクラ, 日本, 松岡茉優, 樹木希林, 監督:是枝裕和, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 万引き家族

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