覚悟はいいかそこの女子。 55点
2018年11月8日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:中川大志 唐田えりか 小池徹平 伊藤健太郎
監督:井口昇
おそらく誰もが食傷気味の少女漫画の映画化を何故観ようと思い立ったのか。それは『 食べる女 』にチョイ役ながら出演することで映画sceneに帰って来た小池徹平を観るために他ならない。決して唐田えりか見たさではなかった・・・はず。
あらすじ
自他共に認める愛され男子の古谷斗和(中川大志)は、実はただのヘタレ男だった。彼女を作った友人に「鑑賞用男子」と揶揄されたことに発奮、彼女を作ろうと意気込んで三輪美苑(唐田えりか)に「俺の彼女になってくれない?」とイケメンオーラ全開で臨むも、あっさりと撃墜されてしまう。それでも懲りずに猛烈アタックを続ける斗和は、ある出来事をきっかけに美苑の住む部屋の隣で一人暮らしを始めて・・・
ポジティブ・サイド
単なる少女漫画ものと思うなかれ。意外にも社会派の側面を持った作品である。具体的には貧困問題と一人親家庭である。後者はかつては欠損家庭とも呼称されていた。離婚もしくは片親・両親の死などによって、子が親以外の血縁者と暮らす世帯は“欠損”していると看做された時代が、ほんの十年、二十年前までは確かにあった。ヒロインである美苑を取り巻く環境は、主人公の斗和のそれとは違い、重く暗い。それをどう取り除くのか。言い換えれば、斗和がどれだけ三枚目になれるのか、または汗水垂らして頑張れるのかが見所になる。ただのイケメンでは貧困も寂しさも紛わせないからだ。そして中川大志は予想を超えるとはまでは言わないが、期待を裏切らない仕事をした。特にある決意を固めるときの表情と、三枚目に「堕ちる」時の表情は味わい深く良かった。中でも『 ハナレイ・ベイ 』のサチのありがたい教えの一つ、「美味しいものをたくさん食べさせてあげる」を実行したのはポイントが高い。
本作は『 センセイ君主 』や『先生! 、、、好きになってもいいですか? 』と同じく、女子高生が教師に恋心を寄せる話でもある。その相手の教師・柾木隆次(小池徹平)がとある事情から舞台を去る理由も、極めて社会的である。こうした事情を受け入れられる背景には、日本の社会の成熟と国民の意識の変化(向上と呼んでも差し支えは無いだろう)があるからなのだが、それ以上に柾木先生の抱える事情が美苑の抱える事情と表裏の関係にあるからだ。同時に、虎が死んで皮を残すように、美苑の父は娘に絵画の才能を遺していった。柾木はその才能を豊かに花開かせた。子どもには positive male figure が必要になる時期があるが、美苑にとっての positive male figure の役割をすべて引き受けようとする斗和は見事である。これこそが本作が単なる少女漫画とは一線を画す理由である。好きな女を、その女が好きな男のところに敢えて連れて行ってやる男というのは、漫画『 スクールランブル 』を始め、いくつかの先行テクストが既に存在する。しかし、恋人以外の属性を積極的に担おうとする男を描く作品はあまり生産されてきていない。この点に本作の新しさが認められる。
ネガティブ・サイド
まず声を大にして言いたいのは、あんな漫画的な借金取りは存在しないし、存在してはならない、ということだ。というよりも普通に法律違反だ。Jovianは昔、信販会社にいたから分かる、というか誰でも知っていることだ。ちょっと見ただけでもドアの鍵を破壊する=器物損壊、関係のない住人宅に踏み込む=住居不法侵入、その他、恐喝、脅迫や大声で借金をしていることを周囲に知らしめてしまう、借金に全く関係ない高校生に支払いを促すような声かけなどなど、脚本家や監督、さらには原作者も何を考えているのか。『 闇金ウシジマくん 』ではないのだ。もちろん社会派の物語であるからには百歩譲ってこのような描写の数々を許容するにしても、その後に借金取りが人情味のある言葉を美苑にかけるシーンは必要か?散々に相手を痛めつけておきながら、ちょろっと優しさを見せるというのは、『 追想 』のレビューで指摘した「女をこれでもかといたぶったヤクザが、情感たっぷりに涙を流しながら「ごめん。ホンマにごめん。でも、お前のことを愛してるんやからこうなってしまうんや」という構図と本質的には同じである。映画の最後にでも、「借金の取り立てシーンは違法ですが、ドラマチックな演出のためのものです」という文言を入れておくべし。動物愛護の観点からの注意書き、但し書きはあるのだから、こうしたことももっとアピールをすべきだ。闇金の恐ろしさを過小評価したいのではない。闇金には関わってはいけないし、もしも闇金に関わってしまったら、ホワイト・ナイトを待って耐え忍ぶのではなく、適切に対処しなくてはならない。20万人の中高生が本作を観たとして、そのうち2,000にんぐらいが何らかの間違った理解をしてしまわないことを願う。
他に指摘しておくべき細かい点としては、タクシーを使えということ。最後くらいは呼び捨てをやめなさいということ。まあ、高校生というのは昔も今もこのようなものなのかもしれない。
総評
個人的思考および嗜好に合わない部分があることから辛めに点をつけたが、存外に見どころのある作品である。父と息子のペア、または母と娘のペアなどで鑑賞すれば、親子の対話を促進させる材料になるかもしれないし、日本社会の不都合な真実というか現実に対する関心も高められるかもしれない。