17歳の瞳に映る世界 80点
2021年7月31日 大阪ステーションシティシネマにて鑑賞
出演:シドニー・フラニガン タリア・ライダー セオドア・ペレリン
監督:エリザ・ヒットマン
原題は”NEVER RARELY SOMETIMES ALWAYS”、「決してない、ほとんどない、時々ある、常にある」の意味である。この原題がいったい何を意味するのかが分かるシーンは2021年屈指の名シーンであり、多くの男性を慄然とさせることだろう。
あらすじ
17歳のオータム(シドニー・フラニガン)は妊娠してしまう。同じスーパーでアルバイトをしている従妹のスカイラー(タリア・ライダー)は、バイト先の金を着服して、中絶のために保護者の同意が必要ないニューヨークに向かうが・・・
ポジティブ・サイド
中絶をテーマにした作品には『 JUNO ジュノ 』や『 ヘヴィ・ドライヴ 』など、ちらほら作られてきた。特にアメリカは北部と南部でpro-choice(中絶容認)派とpro-life(中絶反対)派が激しく対立する社会で、州によって中絶の可不可がくっきりと別れている。本作の主人公オータムが暮らすペンシルバニアは中絶が可能。しかし、保険証を使うと両親に請求が行ってしまい、中絶手術が露見してしまう。それを避けたいオータムと、彼女を見守るスカイラーの旅路が本作のメインを占める。言ってみればロード・ムービーなのだが、その旅路の中で(いや、旅路の前でも)彼女たちが目にする世界には、色々と考えさせられるものがあった。
冒頭、何らかのイベントのステージで、次々に皆が歌を歌っていく。その中でオータムがギターの弾き語りを披露する中、客席からは”Slut!”という罵声が飛ぶ。通常の映画なら「なるほど、この声の主がオータムのロマンスの相手か、または恋路を邪魔する男なのだな」と感じるところなのだが、オータムはレストランで自分をまったく気にかけない父親を無視し、罵声を浴びせてきた相手の男の顔面に水をぶちまける。無表情ではあるが、激情型であることを明示する。
バイト先のスーパーでも無遠慮な男性客にセクハラ丸出しの店長と、17歳の瞳に映る世界には『 SNS 少女たちの10日間 』に出てくるような sexual predator が数多く生息していることが分かる。しかし、ここまでなら「とんでもない男がいるもんだな」で話は済む。
問題はこの先で、ニューヨークのクリニックで中絶に際してのカウンセリングをオータムが受けるところ。原題にある”Never, Rarely, Sometimes, Always”という表現のいずれかを使って、質問に答えるシーン。BGMもなく、音響効果も視覚効果もなく、ただただ役者の演技だけを淡々と映し続ける。ただそれだけであるにもかかわらず、胸が締め付けられてしまう。17歳にしてはオータムの性経験が豊富だなと感じるからではない。邦題にある通り、『 17歳の瞳に映る世界 』は決して安住できる世界ではないからだ。質問に対して言葉を詰まらせるオータムの姿の向こうに、色々な男性の姿が想起されてくるのだ。
このシーン、男性諸賢はよくよく噛みしめられたい。「そうか、なかなかしんどい関係を持ってきたんだな」で終わらせてはならない。このシーンを自分とパートナーの関係に置き換えて鑑賞しなければならない。たとえば自分の恋人に「いいでしょ」とか、「え、ダメなの?」とか、「大丈夫だから」とか、優しい口調で、しかしプレッシャーを与えるような言葉を発したことがない男性はどれくらいいるだろうか。よくよく自分の胸に手を当てて考えてみてほしい。
オータムの良き理解者であり従妹であり親友でもあるスカイラーだが、二人の距離感はなかなかに複雑だ。日本の少女漫画のようなあからさまなケンカと、お約束の仲直りなどはそこにはない。くっつきすぎず、しかし離れすぎず。道中のバスでアダム・ドライバー的な顔立ちの男がちょっかいを出してきて、これがスカイラーとなかなか良い感じになってしまう。17歳の女子など機会があればアバンチュールしてしまうものだが、こうした展開が逆にリアリティを増している。しかもこの男、下心丸出しでありながら、普通にgood guyでもある。10代の男の性欲など、鳩や犬のようなものだが、それをある意味で上手に利用するオータムとスカイラーも、搾取されるだけの弱い女子ではない。
特に大きな事件もない。大きな人間関係の進展や破綻もない。どこまでも淡々とした物語である。だからこそ、実は世界のどこかで常にこうした物語が現在進行形で進んでいるのではないか。そのように思わされた。
ネガティブ・サイド
最初のクリニックからの二度目の電話はどうなったのだろうか?
ラストの余韻をもう少し長く味わわせてほしかった。『 スリー・ビルボード 』のエンディングも素晴らしいものがあったが、個人的にはもう20~30秒欲しかった。本作も同じ。もう数秒から数十秒でよいので、オータムの表情にカメラに捉え続けてほしかったと思う。
総評
一言、大傑作である。Jovianはこの夏、多くの日本の中学生、高校生、大学生たちに本作を観てほしいと心底から願う。女子同士で鑑てもいいし、カップルで鑑賞するのもありだろう。エンタメ要素は皆無だが、これほどまでに観る者の心を打つ作品には年間でも2~3本しか巡り合えない。本作は間違いなくその2~3本である。映画ファンならば、チケット代を惜しんではならない。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
positive
様々な意味を持つ語だが、ここでは「陽性」の意味・用法を紹介する。本作では妊娠検査の結果を指してpositive = 妊娠している、という意味で使われているが、現実の世界でも毎日のように市井の一般人から有名人までコロナ陽性者が報じられている。英語では「彼はテストの結果、コロナ陽性となった」=”He tested positive for corona.” のように表現する。テストの結果、陰性であると判明した場合は、”test negative”となる。ちょうど五輪たけなわであるが、ドーピング検査などでも同様の表現を使うので、英字新聞を読む人なら既によく知っている表現だろう。受験生なども今後は必須の語彙・表現になるのではないか。