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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: 配給会社:ギャガ

『 ドミノ 』 ーThe less you know, the betterー

Posted on 2023年11月6日2023年11月6日 by cool-jupiter

ドミノ 65点
2023年11月4日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ベン・アフレック ウィリアム・フィクナー アリシー・ブラガ
監督:ロバート・ロドリゲス

 

本作に関しては、極力何の事前情報も入れずに鑑賞するのが吉である。それにしても『 リゾートバイト 』でも感じたが、日本の配給会社、提供会社はもうちょっと宣伝文句を控えめにできないものか。

あらすじ

娘を誘拐された心の傷を持つ刑事ローク(ベン・アフレック)のもとに、銀行強盗のタレコミが入る。現場で犯人が狙う貸金庫の中からロークは娘の写真と謎のメッセージを発見する。犯人は警察官を操り、屋上から飛び降りて姿を消した。捜査を進めるロークは、謎の占い師ダイアナ(アリシー・ブラガ)から、人間を操るヒプノティックの存在を知らされ・・・

ポジティブ・サイド

本作はアクション映画の大家ロバート・ロドリゲスの新境地かもしれない。『 アリータ バトル・エンジェル 』などで驚きのアクション・シークエンスを演出してきた彼が、今作ではミステリー、サスペンス、スリラーの要素を前面に打ち出してきた。原題の Hypnotic とは「催眠にかかっている」の意。動詞の hypnotize は『 この子は邪悪 』で紹介しているので、興味のある向きは参照されたい。 

 

ベン・アフレックが傷心の刑事を好演しているが、やはりトレイラーから存在感抜群だったウィリアム・フィクナー演じる謎の術師が素晴らしい。キリアン・マーフィーもそうだが、見た目からしてただならぬ妖気というかオーラがあり、一筋縄ではいかないキャラであることが一目でわかる。

 

捜査中に知り合った謎の女ダイアナと共に、謎の催眠術師レヴ・デルレーンを追いかけ、また追いかけられるという中盤の展開はスリリング。しかし、相手は他人に「別の世界」を知覚させてしまう術師。襲い来る群衆に、味方でさえも信用できない状況。緊迫感を煽るBGMと共にサスペンスが盛り上がる。

 

中盤に「ほほう」という展開がやってくる。細かいネタバレはご法度だが、本作は一種の記憶喪失もの。タイムトラベルものと記憶喪失ものは序盤から中盤にかけては絶対に面白い・・・のだが、逆に終盤に尻すぼみになってしまうことがほとんど。本作は、そこにさらにもう一捻り二捻りを加えてきたところが秀逸。細かくは言えないが、1990年代の小説『 NIGHT HEAD 』の某敵キャラがヒントである。

 

94分とコンパクトながら、様々なアイデアを巧みに盛り込み、それでも消化不良を起こさせない脚本はお見事。後半の怒涛の伏線回収は作劇術のお手本と言えるかもしれない。

 

ネガティブ・サイド

映像は確かに凄いが、街がグニャリと折れ曲がっていく光景は『 インセプション 』や『 ドクター・ストレンジ 』で見た。二番煎じは不要である。

 

また催眠術が効かない人間が一定数出るのは、感染パニックもので一定数最初から免疫を持つ者がいるのと同じ。それが特定のキャラクターとなると、どうしても「ははーん、つまりコイツはあれだな」と簡単に邪推できてしまう。もう少し捻りが必要だったろう。感染ものではないが『 トータル・リコール 』などともそっくりだ。

 

ダイアナという能力者が主人公に協力しつつも、敵であるデルレーンが自分よりも強力な能力者で尻込みしながらも何とか抵抗していくというのは『 ブレイン・ゲーム 』にそっくり。ということは「この先に何かあるよね?」と疑うのは理の当然。どんでん返しというのは、予想もしないところからひっくり返す、あるいは予想していた以上にひっくり返すことが求められるが、本作に関しては予想の範囲内だったという印象。

 

総評

どんでん返しがあると思って観てはいけない。本作を楽しむ最大のポイントは公式ホームページなども含めて、事前の情報を極力避けることにある。ということは、こんなレビューを読んでいる時点でアウトである。観るならサッサとチケットを買う。観ないのなら別の映画のチケットを買う。それだけのことである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

construct

ここで紹介したいのは「建築する」「構築する」という動詞ではなく「心理的構成物」という名詞の意味。『 マトリックス 』でエージェント・スミスがネオに向かって戦う意味を ”Is it freedom or truth?! Perhaps peace?! Could it be for love?! Illusions, Mr. Anderson, vagaries of perception! Temporary constructs of a feeble human intellect trying desperately to justify an existence that is without meaning or purpose!” のように問うシーンでも使われている。心理学や哲学を勉強している、あるいは英検1級やTOEFL iBT100、IELTS7.5を目指す人なら知っておこう。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 月 』
『 トンソン荘事件の記録 』
『 火の鳥 エデンの花 』

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アメリカ, アリシー・ブラガ, ウィリアム・フィクナー, スリラー, ベン・アフレック, 監督:ロバート・ロドリゲス, 配給会社:ギャガ, 配給会社:ワーナー・ブラザース映画Leave a Comment on 『 ドミノ 』 ーThe less you know, the betterー

『 春に散る 』 -人間ドラマが中途半端-

Posted on 2023年8月28日 by cool-jupiter

春に散る 35点
2023年8月26日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:佐藤浩市 横浜流星 橋本環奈
監督:瀬々敬久

 

ボクシング映画ということで期待して劇場に赴いた。世間的にはどうか分からないが、個人的には「何じゃこりゃ?」という出来だった。

あらすじ

ボクサーの翔吾(横浜流星)は、偶然出会った元ボクサーの仁一(佐藤浩市)にボクシングを教えてほしいと頼み込む。やがて同居するまでになった二人は東洋太平洋タイトルマッチを実現させるが・・・

ポジティブ・サイド

意外にボクシングパートがしっかりしている。『 ケイコ 目を澄ませて 』のトレーナー役として爪痕を残した松浦慎一郎が今作でも躍動。原作が沢木耕太郎のせいか、実在のボクサーネタがちらほら。試合後に相手と抱き合い「強かったわ」と伝えるシーンの元ネタは薬師寺戦後の辰吉。仁一がボクシングを始めるきっかけになった平手のエピソードも辰吉由来。さらに仁一が言う「強いパンチと効くパンチは違う」というのはアドバイザーの一人、内山高志の言だったはず。チャンピオンがスーパーカーに乗っているというのも薬師寺の逸話。年来のボクシングファンなら色々と楽しめる小ネタが随所にある。

 

が、褒められるのは、そこまでだった・・・

ネガティブ・サイド

すべての人間ドラマのパートが中途半端だったという印象。仁一の家族の物語と、序盤の仁一の翔吾へのつっけんどんな態度が上手く結びついていない。自分が家族と上手く関係を構築できなかったから、ひたむきに自分に向き合おうとする若者に向き合うことに不安と恐怖があった、という描写がほぼ無かった。

 

橋本環奈演じる佳菜子と翔吾のなれそめは何だった?あのすれ違いざまの一瞬?大分の食堂で働いていたというバックグラウンドがあるのであれば、腹をすかせた小学生姉弟に弁当をプレゼントとするのもいいが、試合前の翔吾に効果的な減量食を振る舞ってあげるだとか、減量についてアドバイスする仁一や健三に「その知識はもう古い」と言ってやるといった描写が一切ないままに翔吾と佳菜子が接近していく展開はちょっと説得力に欠ける。

 

翔吾の最初のライバルである大塚のトレーナーに三羽ガラスの一人の次郎がつくという展開も意味不明。考えるボクシングを標榜してるんちゃうの?Sweet Science とは呼べないようなボクシングを期待のホープに叩き込むトレーナーを見て、山口智子演じる会長の令子は何を思うのか。いや、何も思っていないのか。

 

仁一の翔吾に対する指導も同じ。「パパ頑張れー」という家族の声援に思わず攻撃の手を緩めるというのは致命的。翔吾が自身のそうした甘さをどう乗り越えるのかに関心を抱いたが、とくにそうした描写はなし。おいおい・・・ さらにシレっと「今度の試合はキドニー・ブローが鍵になる」と指導していたが、それは反則パンチやんけ・・・

 

リングの中はなかなかの臨場感だったが、その他の部分がめちゃくちゃ。だいたい日本タイトルマッチまで行けるボクサーが、ライトクロスの知識を一切持っていないということが信じがたい。それに東洋太平洋タイトルを取った次戦が世界タイトルマッチというのも相当な異例。タイトルマッチが同国人同士で争われることを承認団体は普通あまり喜ばない。世界戦なのだから、指名挑戦者は当たり前として、世界各国のランカーと戦ってナンボというのが一応の建前である。そもそも窪田正孝演じる中西は噛ませ犬としてスーパーフェザー級王者と闘ったのではなかったか。なのに何故フェザー級のベルトをゲットできたのか。不可解極まりない。

 

最後の試合の最終盤のスローモーションは『 アンダードッグ 』のそれよりもさらに酷い出来で、失笑してしまった。中身を全部綿で満たしたグローブで役者の顔面を普通のスピードで殴る、それをスローモーション処理する、といった撮影方法は無理なのだろうか。

 

総評

残念ながら『 レッドシューズ 』と同レベルのチンプンカンプン物語。沢木耕太郎の原作もこうなのだろうか。キャストは豪華でも、肝心のストーリーにリアリティとしっかりしたドラマがなければ面白くなりようもない。邦画が『 百円の恋 』を超えるボクシング映画を生み出すのはいつのことになるのだろうか。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

protect

守る、の意。これは主として「危険から守る」という意味。野球の捕手や球審が身に着けるプロテクターを連想しよう。似たような語である defend は「敵から守る」という意味。これはスポーツや戦闘でディフェンスから覚えられるはず。guard はボディガード、ガードレールなど、より具体的なものを守る、あるいは具体的なものから守る場合に使う。翔吾が母親を守りたいと言っていたのは、protect の意味である。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 神回 』
『 あしたの少女 』
『 17歳は止まらない 』

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, E Rank, ヒューマンドラマ, ボクシング, 佐藤浩市, 日本, 横浜流星, 橋本環奈, 監督:瀬々敬久, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 春に散る 』 -人間ドラマが中途半端-

『 怪物 』 -視点によっては誰もが怪物-

Posted on 2023年6月7日 by cool-jupiter

怪物 75点
2023年6月3日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:安藤サクラ 永山瑛太 黒川想矢 柊木陽太
監督:是枝裕和

 

簡易レビュー。

 

あらすじ

シングルマザーの早織(安藤サクラ)は一人息子の湊(黒川想矢)が、学校の教師にいじめられていると感じ、学校に抗議に出向く。しかし、校長やその他の教師、当事者の保利(永山瑛太)は形式的な謝罪を繰り返すばかりで・・・

 

ポジティブ・サイド

モンスターペアレントという言葉があるが、小中校だけではなく大学でもたまに出てくるから始末に困る。普通、成績の疑義照会というのは学生本人が申請してくるものだが、そこに親が乗り込んできて「こっちは授業料を払ってるんだ!」と主張する。学校や授業を委託された弊社としては粛々とこれはこうであれはああで・・・と対応するしかないが、そもそも親が出てきている時点で納得するはずがない。普通なら親が我が子を叱り飛ばして終わりなのだが、そうならなかった時点でモンペ確定である。

 

夏でもかたくなに長袖を着続ける。教室内でもバンダナや帽子を取らない。講師と目を合わせられない。ペアワークもできない。要配慮学生というのは学校から通知があるからすぐに分かるが、それ以外の教室で授業をしてみて「ん?何だこの子は?」という学生もたまにいる。Jovianは本作を観ていて、自分の授業風景を思い出した。最初から保利先生側で本作を観てしまった。こういう鑑賞者はかなりマイノリティなのではないかと思う。

 

湊と依里の淡い友情、その関係の発展、そして結末。そうしたものすべてを明示しない。ある意味で、観る側に解釈を委ねる、あるいは突きつけると言ってもいいかもしれない。それを心地よいと感じるか、不快に感じるか。それはその人の持つ人間関係の濃さ(あるいは薄さ)によって決まるのかもしれない。



ネガティブ・サイド

一番最初のシーンはばっさりカットしても良かったのでは?冒頭のとある出来事とそれを見つめるキャラクターたちを意識することによって、誰が何に関わっていて、逆に誰が何に関わっていないのかを徐々に明らかにしていく構成だが、最初の部分をトイレに行って見逃したJovian妻と鑑賞後にあれこれ語り合ったところ、Jovian妻の方が明らかに物語の謎に引き込まれ、楽しんでいた。

 

校長も湊を相手に自白する必要はなかったように思う。スーパーでのさりげない行為だけで、キャラクターがどういったものかが十全に分かる。

 

総評

非常に複雑な映画。世の中は白と黒にきれいに分けられる訳ではない。わが師の並木浩一と奥泉光風に言えば「現実は多層である」になるだろうか。人間関係は傍目から見ても分からない。教師と生徒でも、親と子でも、分からない時には分からない。そうした現実の複雑さと、一種の美しさや清々しさを描いた非常に複雑で上質な作品。親子や夫婦で鑑賞すべし。人の見方とはかくも難しい。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

fix

依里の父親が依里に「俺がお前を治して(直して)やる」と言うが、これを英訳すれば I will fix you. となるだろうか。fix は色々なものを直す/治すのに使えるが、これには性格や性質も含まれる。英語の映画やドラマでは時々 “Fix your character!” =「その性格を直せよ!」という台詞が聞こえてくる。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 The Witch 魔女 増殖 』
『 65 シックスティ・ファイブ 』
『 アムリタの饗宴/アラーニェの虫籠 』

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, B Rank, サスペンス, ヒューマンドラマ, 安藤サクラ, 日本, 柊陽太, 永山瑛太, 監督:是枝裕和, 配給会社:ギャガ, 配給会社:東宝, 黒川想矢Leave a Comment on 『 怪物 』 -視点によっては誰もが怪物-

『 TAR/ター 』 -虚々実々の指揮者の転落-

Posted on 2023年5月31日 by cool-jupiter

TAR/ター 65点
2023年5月27日 TOHOシネマズ梅田にて鑑賞
出演:ケイト・ブランシェット
監督:トッド・フィールド

『 アイズ・ワイド・シャット 』のトッド・フィールド監督作品。仕事がしばらく繁忙期なので簡易レビュー。

 

あらすじ

ベルリンフィル初の女性首席指揮者となったリディア・ター(ケイト・ブランシェット)は、その地位に見合った数多くの仕事に忙殺されながらも充実した日々を送っていた。しかし、かつての劇団員に関する不穏な情報が入ったことで、彼女のキャリアに曇りが生じ始めて・・・

以下、ネタバレあり

ポジティブ・サイド

ケイト・ブランシェットの演技が光る。キャリアの絶頂からの転落が、公私両面から緻密に描かれており、そのディテールへのこだわりが観る側を引き付ける。

 

途中で加わるロシア人チェリストがなかなかの曲者。一種のスパイなのか、それとも本当にターに心酔する者なのか。そのあたりが虚々実々に描かれていて、ミステリおよびサスペンス要素が大いに盛り上がる。

 

最後の最後がゲーム『 モンスターハンター 』のコンサートなのには笑ってしまった。『 蜜蜂と遠雷 』で触れた通り、Jovianは作曲家の裏谷玲央氏と懇意にさせて頂いているので、モンハンはプレーはしていないが、サントラは買っている。

 

リディア・ターには転落なのかもしれないが、新しい発見の旅への one for the road とも言える展開だろう。ターを英雄的にも悪人としても、一色に染め上げないという両義性に満ちた作品である。

 

ネガティブ・サイド

ピークが序盤のインタビューとジュリアード音楽院でのレクチャーに来ていて、肝心の演奏シーンに来ていない。マーラーでもバーンスタインでも何でもよいので、一曲まるまる聞かせてくれても良かったのではないか。

 

私生活では様々なものがターを蝕んでいくが、メトロノームはやりすぎに思える。こんなもん、犯人1人しかおらんやんけ。それに気付かぬリディア・ターではあるまいに。

 

総評

指揮者ものとしては、個人的には『 セッション 』の方が好きかな。ターという女傑キャラの強烈さだけは『 セッション 』のJ・K・シモンズや『 女神の見えざる手 』のジェシカ・チャステインに匹敵する。ケイト・ブランシェットの演技を存分に堪能すること主目的に鑑賞しよう。

 

Jovian先生のワンポイントドイツ語レッスン

danke

ドイツ語でいうところの thank だが、Danke! となると Thanks! または Thank you! となる。Danke schön! とすれば、Thanks very much! または Thank you very much! である。何語に依らず外国語の語彙学習は「ありがとう」から始めるのが良いように思う。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 The Witch 魔女 増殖 』
『 65 シックスティ・ファイブ 』
『 クリード 過去の逆襲 』

 

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, C Rank, アメリカ, ケイト・ブランシェット, さすp, ヒューマンドラマ, 監督:トッド・フィールド, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 TAR/ター 』 -虚々実々の指揮者の転落-

『 聖地には蜘蛛が巣を張る 』 -イラン社会特有の病理と思うなかれ-

Posted on 2023年4月30日 by cool-jupiter

聖地には蜘蛛が巣を張る 70点
2023年4月26日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:メフディ・バジェスタニ ザーラ・アミール・エブラヒミ
監督:アリ・アッバシ

 

監督の名前だけでチケット購入。

あらすじ

イランの聖地マシュハドで、娼婦だけを狙うスパイダー・キラーという連続殺人鬼が出現。住民は不安に慄くが、犯行を支持する者もいた。女性ジャーナリストのラヒミ(ザーラ・アミール・エブラヒミ)は独自に事件を追っていくが・・・

ポジティブ・サイド

娼婦ばかりを狙う殺人鬼では『 チェイサー 』が思い出されるが、本作は社会の底辺で繰り広げられる追跡劇ではなく、広く社会全般に蔓延する空気の淀みに息が詰まる。そしてその空気とは女性蔑視。

 

ただのオッサンが淡々と娼婦を買い、淡々と殺しては淡々と捨てていく。それを追うジャーナリストの女性が周囲から受ける奇異の眼差しが突き刺さる。

 

一見して普通の人が大量殺人犯だったという真相の裏に、戦争で死ねなかった、あるいは戦争がもっと続けば功成り名遂げるチャンスもあったという想いがあったのではないか、という仮説を提示しているところが、なんとなく『 殺人の追憶 』を彷彿させる。

 

サイードの宗教観と、彼の家族の事件の受け止め方に戦慄させられる。これをイスラム社会およびムスリムの特異性と受け取るか、それともあらゆる文化は相対的に特異であると受け取るかで、本作の評価はガラリと変わるはずだ。

 

ネガティブ・サイド

サイードの家族だけが異様に映ってしまうが、サイードのかつての軍隊仲間の家族たちの様子や、治安の悪化を不安がっていた近所の人々のサイード逮捕後の反応なども描いていれば、イラン社会の不安定さと、それゆえの変化への希望と絶望の両方が表せたのではないだろうか。

 

裁判シーンか、それに関連するシーンをもう少し増やして、イスラム法がどのようなものなのかを観る側に知らせてくれても良かったと思う。あるいは傍聴人同士の会話や新聞、ニュース番組、SNSのやりとりなど、何故かくもサイードが支持されるのか非イスラム圏にも、もう少し伝わりやすくしてほしかった。

 

総評

『 ボーダー 二つの世界 』で描かれた、人間と人間とは異なる存在が交わることなく存在する世界同様に、本作では男と女という交わるのだが交わらない存在、その位相の非対称性が強く打ち出されている。殺害シーンはかなりショッキングなので注意のこと。本作を他山の石にできるかどうかが、その文化圏あるいは視聴する個人の一種のテストであるかのように感じられる。

 

Jovian先生のワンポイントペルシャ語レッスン

キー

誰、の意味。劇中に何度も何度も聞こえてくるので、さすがに分かる。ラテン語の qui が元になっているのかな、などとあらぬことを一瞬考えた。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 ザ・ホエール 』
『 ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー 』
『 放課後アングラーライフ 』

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, ザーラ・アミール・エブラヒミ, サスペンス, スウェーデン, デンマーク, ドイツ, フランス, メフディ・バジェスタニ, 監督:アリ・アッバシ, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 聖地には蜘蛛が巣を張る 』 -イラン社会特有の病理と思うなかれ-

『 エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 』 -最後に愛は勝つ-

Posted on 2023年3月8日 by cool-jupiter

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 50点
2023年3月4日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ミシェル・ヨー キー・ホイ・クァン ステファニー・スー
監督:ダニエル・クワン ダニエル・シャイナート

繁忙期のため、簡易レビュー。

 

あらすじ

零細コインランドリーを経営するエヴリン(ミシェル・ヨー)は、優しいがあまり働かない夫ウェイモンド(キー・ホイ・クァン)、頑固で認知にも問題のある父やガールフレンドとの付き合う娘のジョイ(ステファニー・スー)と共に暮らしていた。税金の控除を申請するために役所に入ったところ、突如、夫のウェイモンドが「自分は別の宇宙から来た」と言い、「多くの宇宙の脅威になっているジョブ・トゥパキを倒してほしい」とエヴリンに頼んできて・・・

 

ポジティブ・サイド

MCUのフィジカルに移動できてしまうマルチバースに比べると、こちらのマルチバースは意識だけが移動する。その移動した先の別の自分から、特技だけを拝借してくるという設定は、どことなく『 マトリックス 』っぽい。

 

アジア人のミシェル・ヨーがカンフーで戦うのも絵面としてはあり。『 グーニーズ 』や『 インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説 』をリアルタイムではないが、発売直後のVHSで観ていた世代としては、キー・ホイ・クァンの銀幕への復帰は嬉しい。まるで小学校時代の友人と再会したかのようだ。

 

全編、予想の斜め上を行くコメディ展開で突き進み、最後にホロリとさせてくる。なかなかに味わい深い作品。

 

ネガティブ・サイド

アホなことをするとヴァース・ジャンプするというアイデアは笑えない。『 2001年宇宙の旅 』やら『 スター・ウォーズ 』やらをパクりまくっているが、オマージュに見えない。これらの作品は他世界ではなく、この世界のはるか昔、あるいは未来(といっても今は2023年だが)だからだろう。マルチバースもので描くのはセンスがない。

 

意識が宇宙と宇宙の間をジャンプするのはいい。だが、その意識のジャンプを観測しているアルファ・ヴァースの連中の意識はどこにあるのだろうか?そもそも、ヴァース・ジャンプに必要なイヤホン?ヘッドホン?的なアイテムはどこから来た?意識だけ到来したアルファ・ヴァース人がこっちの世界で大急ぎで作った?そんな馬鹿な。

 

生命が発生できなかった世界にも意識が飛んでいくシーンはシュール。けど、意識が岩に宿るんかな?いや、その世界にあのイヤホン?があるの?わけが分からん。

 

総評

『 スイス・アーミー・マン 』は文句なしに面白かったが、今回のダニエル・クワンとダニエル・シャイナートのコンビとは波長が合わなかった。昨年からアメリカでの評価が異様に高かったので期待していたが、裏切られた気分である。これがアカデミー賞ノミネートなら『 クレイジー・リッチ! 』もノミネートされていたはず。観賞の際は Don’t get your hopes up. 

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

all at once

「一度に」あるいは「突然に」の意味。The students stopped talking all at once. = 生徒たちは一斉に話すのをやめた、のように使う。英検準2級、TOEIC500点レベルぐらいの表現。

 

次に劇症鑑賞したい映画

『 シャイロックの子供たち 』
『 湯道 』
『 少女は卒業しない 』

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, D Rank, アメリカ, キー・ホイ・クァン, コメディ, ステファニー・スー, ミシェル・ヨー, 監督:ダニエル・クワン, 監督:ダニエル・シャイナート, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 』 -最後に愛は勝つ-

『 #マンホール 』 -邦画スリラーの佳作-

Posted on 2023年2月16日 by cool-jupiter

#マンホール 60点
2023年2月12日 TOHOシネマズ梅田にて鑑賞
出演:中島裕翔 奈緒
監督:熊切和嘉

シチュエーション・スリラー。まさか『 CUBE 一度入ったら、最後 』のような超絶クソ駄作ではあるまいと思い、チケット購入。

 

あらすじ

社長令嬢との結婚も決まり、営業として将来を嘱望されていた川村俊介(中島裕翔)。しかし結婚式前夜の同僚たち主催のパーティーで酔ってしまい、帰り道でマンホールに転落してしまう。足を負傷し、自力での脱出ができない川村は、唯一連絡が取れた元カノの工藤舞(奈緒)に渋谷まで助けに来てほしいと頼むが、渋谷のどこにも蓋の開いたマンホールはないと言う。川村はマンホール女というSNSアカウントを作成し、ネット民たちに救出を依頼するが・・・

 

ポジティブ・サイド

日本中に無数に存在するマンホール。その中に落ちてしまう話。そんなことが起こるわけねーだろと思うが、これがなかなかに面白い。まずマンホールの中がかなり汚く、迫真に迫っている。もちろん、マンホールの中に入ったことなどないが、めちゃくちゃ不衛生な環境であることは分かる。最近の邦画だと『 AI崩壊 』で大沢たかおがやたらときれいな下水道を駆け回るシーンがあったが、本作は悪臭漂うマンホールの底という環境をリアルに追求した。ここは評価していい。

 

物語の大部分もマンホールの中で、中島裕翔の一人芝居で進んでいく。足を怪我して動けないが、『 FALL フォール 』のようにありあわせのもので治療したりと、様々な困難を打開していく。極めつけはSNSの利用だろう。男だとネット民に対しての訴求力がないので、#マンホール女なるアカウントを立ち上げる。『 電車男 』という存在が一世を風靡したが、このマンホール女も瞬く間に一つのムーブメントとなる。そしてネット民の中でも特に恐ろしい特定班が動き出す。このあたり、『 白ゆき姫殺人事件 』よりも更に踏み込んだ内容になっているし、回転ずしをはじめとする外食産業を悩ませるクソ迷惑な客の個人情報がどんどん明かされてしまう現実とが絶妙にマッチしている。

 

本作は序盤から結構フェアに伏線が張られているので、鵜の目鷹の目で見ることをお勧めしたい。実際に上映開始前に「ネタバレはやめてください」的な表示も出た。こういうのを見るとすれっからしのJovianは絶対に見破ってやろうと思ってしまう。ある人物についての考察は当たったが、別の人物については見事に裏切られた。うーむ、悔しい。この作品(ネタバレ注意!)を思い浮かべなかったのは痛恨の極みだ。

 

電話で淡々と対応してくれる元カノの奈緒もいい。電話越しの穏やかな声音と口調に独特の味わいがある。他にもアホなネット民を思いっきりコケにするようなシーンもあり、笑わせてくれる。本作を最大限に楽しむには、謎解きに専念せずに、むしろ中島裕翔に感情移入して観るといい。

 

ネガティブ・サイド

サスペンスのビルドアップが下手だなという印象。マンホールの底であれやこれやと苦闘する川村だが、一番の生命線はスマホ。そのスマホの充電が切れそうになる展開が一つもないのはいただけない。

 

波の花も、あれだけ瓦礫があるのなら、水がたらたら流れてくる箇所を埋めてしまえと思うが、それもしない。脚を大けがした状態で果敢に梯子を登ろうとするのだから、瓦礫を少し運ぶぐらいできるだろう。

 

クライマックスのドンデン返しで思いっきり着地に失敗しているのが最大の欠点か。そこに行くまでは主人公にイライラさせられたり、逆に不可解だった行動の意味が分かってきたりと興味深く観ていられるのだが、最後の最後が火曜サスペンス劇場になってしまう。ここをもっとちゃんと締め括ってくれていれば、もう一段階上の評価もできたはずだと思えてならない。

 

総評

全然知らないジャニーズだと思っていたが、『 ピンクとグレー 』に出てたのね。菅田将暉しか印象に残ってなかった。ただ、アイドルがここまで汚れてボロボロになるというのは邦画では珍しい。その点で希少価値はある。ストーリーも着地に失敗しているとはいえ、序盤と中盤は結構楽しめる。デートムービーにはならないだろうが、週末に予定がなければ本作のチケットを購入するのも全然ありだろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

peck

劇中では Twitter の代わりに pecker なるSNSが登場していた。これは「つつく」の意味。キツツキは woodpecker と言う。ちなみに tweet は「さえずる」の意(「つぶやく」ではない)。北アメリカを旅行した人なら、鳥が「トゥイトゥイ」という感じで鳴くのを聞いたことがあるかもしれない。あれが tweet という擬音語になり、そのまま動詞になったわけである。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 対峙 』
『 エゴイスト 』
『 銀平町シネマブルース 』

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2020年代, C Rank, シチュエーション・スリラー, 中島裕翔, 奈緒, 日本, 監督:熊切和嘉, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 #マンホール 』 -邦画スリラーの佳作-

『 秘密の森の、その向こう 』 -フレンチ・ファンタジーに酔いしれる-

Posted on 2022年10月29日 by cool-jupiter

秘密の森の、その向こう 70点
2022年10月26日鑑賞 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:ジョセフィーヌ・サンス ガブリエル・サンス
監督:セリーヌ・シアマ

予備知識ゼロで鑑賞。あらすじすら読まなかった。Twitter友達から勧められたからなのだが、そういう人からのお勧めは当たり率が非常に高い。

 

あらすじ

ネリー(ジョセフィーヌ・サンス)は両親に連れられ、祖母が住んでいた森の中の一軒家を片付けに来る。しかし、母は自分の母を喪失した悲しみから、家を出て行ってしまう。残されたネリーは森を散策するうちに、母と同じ名前の少女マリオン(ガブリエル・サンス)と出会い、友達になる。ネリーはマリオンの家に招かれるが・・・

ポジティブ・サイド

何とも言えない余韻を残す作品。鑑賞中に思い浮かんだのは『 思い出のマーニー 』と『 リング・ワンダリング 』の二作。時を巡る、そして自らのルーツに図らずも迫ってしまう物語である。

 

BGMはほとんどない。しかし、それが使われる際の情景の美しさとキャラクターの心象風景とのマッチング具合は素晴らしいの一言。キャラクターも少なく、さらに台詞も多くない。台詞が発されたとしても、多くの場合は何らかの比喩というか婉曲的な表現が多く、それが観る側をぐいぐいと惹きつける。フランスといえば少ない登場人物にもかかわらず読者を翻弄するミステリの良作を生み出す国だが、映画でもその技法は存分に活かされている。

 

母マリオンが姿を消した直後に現れる、母と同じ名前の少女マリオン。ネリーとマリオンの子ども同士の無邪気な交流が、いつしか魂の交感にまで昇華される。普通なら2時間はかかりそうなものだが、シアマ監督は70分でそれをやってのける。ここまで研ぎ澄まされた演出と編集は見たことがない。

 

「人はいつか死ぬ。早いか遅いかだけだ」とは『 もののけ姫 』のジコ坊の言。死ぬ時期を知ってしまうというのはシビア極まりないことだが、同時に確実に出会える人間がいるのだ、という希望にもなる。なるほど、これは男を主軸にしては作れない物語。男の自分でも心揺さぶられるのだから、女性視点ではどうなるのだろう。有休を使って一人で観に行ったことがある意味で悔やまれる佳作だ。

ネガティブ・サイド

ネリーとマリオンはなかなか見分けがつかない。双子のキャスティングというのは吉とも凶とも出るが、今作ではその中間ぐらいだろうか。

 

ネリーの父が、終盤の手前でネリーとマリオンの両方に出会うシーン。ここにマリオンを連れてこず、ネリーと父との会話だけでもう一日だけ滞在を延ばす(予定の繰り上げをやめる、が正しいか)ようにすれば、さらにファンタジー色が強まっただろうと思う。

 

総評

『 シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 』を鑑賞した時に近いインパクトがあった。フランス映画はたまにこういう静謐な傑作を送り出してくる。『 トップガン マーヴェリック 』では疑似的な父と息子の関係作りに失敗したマーヴェリックが、ペニーとアメリアの母と娘の関係性から学ぶ姿が印象的だったが、本作はもっと直接的に母と娘の関係性に切り込んでいく。父と息子というのは『 オイディプス王 』の時代からの古典的テーマであるが、本作は母の母と、母の娘という対極的なテーマの古典になりうる力を秘めている。

 

Jovian先生のワンポイントフランス語レッスン

Excusez-moi

エクセキューゼ・モワという感じの発音。英語で言うところの Excuse me. で、軽めの謝罪であったり、あるいはちょっと話しかけたり、ちょっと通らせてもらったり、といった時に使える。日本語の「すいません」に相当するのだろう。

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 窓辺のテーブル 彼女たちの選択 』
『 アムステルダム 』
『 天間荘の三姉妹 』

 

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Posted in 映画, 未分類, 海外Tagged 2020年代, B Rank, ガブリエル・サンス, ジョセフィーヌ・サンス, ファンタジー, フランス, 監督:セリーヌ・シアマ, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 秘密の森の、その向こう 』 -フレンチ・ファンタジーに酔いしれる-

『 スターリンの葬送狂騒曲 』 -ブラックコメディの秀作-

Posted on 2022年10月20日 by cool-jupiter

スターリンの葬送狂騒曲 75点
2022年10月17日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:サイモン・ラッセル・ビール スティーブ・ブシェーミ オルガ・キュリレンコ
監督:アーマンド・イアヌッチ

安倍元総理の国葬儀が終わった。故人の政治家としての評価は10年後に(ネガティブなものとして)定まるのだろう。面白いのは安倍氏の死に際して、多くのメディア関係者や政治関係者が我先にと情報発信の競争をしていたこと。そこが本作と似ているなと感じて、この度レンタルで再鑑賞。

 

あらすじ

ソ連を長年支配してきたスターリンが急死した。国葬がしめやかに執り行われるが、舞台裏ではフルシチョフ(スティーブ・ブシェーミ)やベリヤ(サイモン・ラッセル・ビール)といった実力者たちが、次期最高権力者の座を狙って暗闘を繰り広げつつあった・・・

 

ポジティブ・サイド

『 バイス 』では危機に際して権力の拡大を模索する副大統領の姿が描かれたが、本作ではガッツリと権力闘争が描かれる。しかもその闘争がまさに政治的で、それをさらに英国流のブラックユーモアたっぷりに描写するものだから、面白くないわけがない。

 

脳梗塞で倒れたスターリンを見て、ベリヤは元米国副大統領のチェイニーさながらにチャンス到来を予感する。フルシチョフやマレンコフ、モロトフなど有力政治家が次々に現れるが、誰も本気でスターリンのことを心配していない。このあたり、本邦の元総理が教団凶弾に倒れた時の多くの政治家や取り巻きだったメディア関係者、曲学阿世の徒たちとそっくりではないか。今の清和会の中身なんか、案外こんな感じなのではないだろうか。

 

別にスターリン時代のソ連について詳しくしらなくても本作は楽しめる(本当は楽しんではいけない内容だが)。ポイントは粛清である。まあ、それも北朝鮮を見ていれば分かるか。もしくは韓国の時代劇ドラマでもよい。スターリンの娘に誰が一番最初に駆けつけるかという、まさに dick measuring contest をソビエト連邦の権力者たちが大真面目にやっているのには笑うしかない。国葬にも弾圧されていた宗教関係者がゾロゾロと参列。これも社会主義以外の権威を認めないソ連ならでは。このあたりのブラックユーモアも英国流か。

 

ジューコフ元帥が登場してきたあたりがコメディのピークで、そこから先は英国俳優たちの演技バトルに突入していく。特に権力奪取に邁進するベリヤと、それを止めんとするフルシチョフの狡猾な立ち回りの緊迫感よ。そして失脚したベリヤと、彼を一気に粛清せんとする勢力の最後の舌戦はまさに演技合戦と呼ぶにふさわしい。

 

今、プーチンが失脚したらどうなるのか。そうしたことを考えてみるのに格好の材料だろう。

 

ネガティブ・サイド

これを全部ロシア語でやったら、あるいはロシア人キャストでやったら90点をつけたくなるだろうな。英語だから理解できる、英語だからより面白さが増す面はあるにしても、ロシア語でやってくれたら、きっともっとユーモアやサスペンスが増したに違いない。

 

中盤から終盤にかけては一種のポリティカル・サスペンスで、『 シン・ゴジラ 』並みの台詞に応酬になる。もっと目で味方と意思疎通し、目で政敵を刺すような、そんな演出が欲しかった。

 

総評

不謹慎かもしれないが、特別軍事作戦におけるロシアの劣勢や安倍元総理の国葬(と言っていいだろう)を下敷きに本作を観ると、公開当時とは見え方が著しく異なる。今だからこそ余計に面白いわけだが、それはタイムリーな作りになっているからではなく、ソ連特有の病理と見せかけて、実は普遍性のある事象を扱っているからだろう。ソ連史などの予習は不要。極端な話、暴力団や企業の代替わりだと思って鑑賞してもいい。大学生以上なら本作の本質を理解できるはずだ。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

faction

「派閥」の意。ラテン語の facio = 「行う、作る」から来ている。事実=fact も facio を語源に持つ。日本だろうとソ連だろうと、人間というのは派閥を作ってしまう悲しい生き物のようである。 

 

次に劇場鑑賞したい映画

『 ドライビング・バニー 』
『 秘密の森の、その向こう 』
『 グッド・ナース 』

 

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, イギリス, オルガ・キュリレンコ, サイモン・ラッセル・ビール, スティーブ・ブシェーミ, ブラック・コメディ, 監督:アーマンド・イアヌッチ, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 スターリンの葬送狂騒曲 』 -ブラックコメディの秀作-

『 ベイビー・ブローカー 』 -家族像を模索する-

Posted on 2022年6月30日 by cool-jupiter

ベイビー・ブローカー 80点
2022年6月26日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:ソン・ガンホ カン・ドンウォン イ・ジウン ペ・ドゥナ イ・ジュヨン
監督:是枝裕和

 

是枝裕和監督が単身韓国に向かい、韓国人スタッフと作り上げた異色のロードムービー。家族とは何なのかを模索する是枝色が色濃く出た逸品。

あらすじ

サンヒョン(ソン・ガンホ)とドンス(カン・ドンウォン)教会のベイビーボックスに預けられた赤ん坊を養子として売るブローカー業に従事していた。ソヨン(イ・ジウン)は自分の預けた赤ん坊がいないと知り、警察に通報しようとする。サンヒョンとドンスは赤ん坊を高く買ってくれる里親を探しに行くのだと白状する。ソヨンもその旅に同行することになるが、そこには人身売買を捜査する刑事スジン(ペ・ドゥナ)らも迫っており・・・

ポジティブ・サイド

日本は昭和半ばの年間中絶数100万から順調(?)に減らして、令和の今は年間10~20万件。韓国は今は5万件を切っているようで、人口比で考えれば日本とどっこいどっこいのようである。では、中絶できず、望まれないままに生まれてしまった命はどうなるのか。赤ちゃんポスト、ベイビーボックス。どう呼んでも、その本質は同じ。育てられないにもかかわらず、産み落とされた赤ちゃんを託す場所、あるいは制度だ。このベイビーボックスを巧みに利用して裏の養子縁組仲介業を営む者たちの人間ドラマが本作の見どころである。

 

まずソン・ガンホの控えめにして重厚な存在感が素晴らしい。『 パラサイト 半地下の家族 』でも市井の人を演じたが、ソン・ガンホのどこにでもいそうな韓国のおっちゃん的な顔には安心感がある。同時に、平々凡々な顔であるからこそ、シリアスになった時のギャップに驚かされる。基本的にはクリーニング屋のオヤジなのだが、そこかしこで見せるおかしみや優しさ、その逆の悲哀や怒りが、観ている我々に痛切に伝わってくる。ダンディな中年俳優ではこうはいかない。試しに西島秀俊や竹野内豊が本作でベイビー・ブローカーをやっているところを想像してみてほしい。まったく似合わない、むしろそうした絵が浮かんでこないだろう、

 

対するペ・ドゥナによる刑事も非常に人間味に溢れている。それは慈愛や思いやりを前面に押し出しているというわけではない。詳述は避けるが、彼女の夫が張り込み中の妻に差し入れを持ってくるシーンには唸らされた。一筋縄ではいかないキャラで、夫婦関係のあれやこれやを否応なく想像させられる。その想像を下敷きに、彼女の目線でサンヒョンやドンス、ソヨンの里親探しの旅を見つめると、子を持つこと、あるいは親になることについて深く考えさせられるだろう。

 

彼女の仕掛けるおとり捜査を、ドンスが機転を利かせて回避する演出もいい。海千山千のしたたかなブローカーで、彼自身の出自、そしてそれまでの人生経験をどんな言葉よりも雄弁に語っていた。彼の手練れたブローカーっぷりと腕っぷしの強さが相棒サンヒョンと奇妙な凸凹コンビになっており、物語に上手く起伏をもたらしていた。

 

旅路の中で出会っていく里親候補たちと、彼らとの物別れを超えて形成されていくサンヒョンらの疑似家族的な関係の行きつく先は、決して温かいものでも優しいものでもない。しかし、人は人を救うことができるという確信が得られることは間違いない。『 ブリング・ミー・ホーム 尋ね人 』が強く示唆した子どもの行方不明事件とは別の角度から韓国社会の居間に迫った秀作。それでいて『 デイアンドナイト 』で描かれたような、人間の表の顔と裏の顔をシリアスかつコメディ色も交えて描いている。新しい家族観を呈示しているという意味で、『 万引き家族 』や『 朝が来る 』に並ぶ傑作である。

ネガティブ・サイド

序盤でヤクザ者が血まみれのシャツをクリーニングするように言ってくるシーンでは、もう少しサンヒョンに蘊蓄を語らせても良かったのではないかと思う。そうすることでサンヒョンは血抜きに通じている=流血沙汰に巻き込まれる顧客がいる=裏社会とつながりがある、ということを示唆できた。その方が終盤の展開に説得力を与えられたはず。また『 ただ悪より救いたまえ 』が真正面から描いた小児の人身売買の闇の部分を強調できただろうと思うのである。

 

総評

日韓の才能が見事に融合した作品。隣国は、社会のダークな面を描くのが本当にうまいと思う。そのことが、社会の理不尽に抗う個の強かさを描くことに定評のある是枝の強みと結びついたのだろう。最近、トランプ前アメリカ大統領の置き土産のせいで、アメリカでは人工妊娠中絶の実施が難しくなった。アメリカでも本作のような物語がこれから生み出されていくのだろうか。そのようなことを予感させてくれる、社会派映画の良作である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

complainer

クレーマーの意。日本語で言うところのクレーマーをそのままアルファベットにすると claimer となるが、この表現はあまり使われることはない。complainer というのは実際によく使うので、こちらは脳にインプットしておきたい。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, イ・ジウン, イ・ジュヨン, カン・ドンウォン, ソン・ガンホ, ヒューマンドラマ, ペ・ドゥナ, 監督:是枝裕和, 配給会社:ギャガ, 韓国Leave a Comment on 『 ベイビー・ブローカー 』 -家族像を模索する-

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