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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: ルクセンブルク

『 神々の山嶺 』 -登ることが生きること-

Posted on 2022年7月12日2022年7月12日 by cool-jupiter

神々の山嶺 70点
2022年7月8日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:堀内賢雄 大塚明夫
監督:パトリック・インバート

原作は夢枕獏の小説。実写映画『 エヴェレスト 神々の山嶺 』はコケてしまったが、本作はかなりのクオリティ。山ガールであるJovian嫁は画面にくぎ付けで、Jovianもキャラクターの生き様に大いに魅せられてしまった。

 

あらすじ

雑誌カメラマンの深町誠(堀内賢雄)は、バーで伝説の登山家マロリーのエヴェレスト登頂を捉えたとされるカメラを買わないかと持ちかけられるが、それを断ってしまう。しかしその直後、長らく姿を消していた登山家・羽生丈二(大塚明夫)が、マロリーのカメラを奪っていくところを目撃する。深町は羽生の行方を追うが・・・

ポジティブ・サイド

冒頭で出てくるジョージ・マロリーの名前にピンと来る人は少数だろうが、「なぜ山に登るのか」「そこに山があるからだ」という問答は多くの人が知っていることだろう。山に登るというのはレジャーでありながら、世界で最も危険なスポーツでもある。本作は、その登山の危険性と不可思議な魅力を二人の男を通じて描き出している。

 

「経営者は登山を趣味にすることが多い」と、とある経営者から聞いたことがある。理由は「孤独になれるから」とのことだった。なるほどなと思う。確かに登山は非常に孤独な営為だろう。だが、趣味ではなく職業、いや、生き様としての登山というものはあるのだろうか。本作はこうした問いにも一定の答えを提示している。

 

羽生丈二の不器用な生き方は、まさに登山家を思わせる。サラリーマンとして和して同ぜず、スポンサーのためではなく自分のために登るのだと公言する。バディに何かアクシデントがあった時には迷わずロープを切ると言い放つ非情さにも似たプロフェッショナリズム。しかし、若い文太郎の身に起きたアクシデントに対してはそのような真似はせず、救出のために最善を尽くそうとする。しかし・・・ こうした体験を通じて、なお山に登り続ける羽生という男の生き様、さらに山そのものが持つ妖しい魅力、いや魔力と言うべきか。そうしたものを解き明かしたいと願う深町の邂逅は実にドラマチックだ。

 

エヴェレストの過酷すぎる環境と、それに挑む羽生、その羽生の姿をカメラと自身の目に刻み付けようとする深町。ほとんど台詞らしい台詞もなく、黙々と頂きを目指す二人の男の姿は、観る側の理解や共感を拒む。明らかにカネのためでも名誉のためでもない。その試みは、死の危険に直面してこそ世を実感できるといった類のものでもない。文太郎への贖罪というだけでも説明がつかない。マロリーがエヴェレスト登頂に史上初めて成功したのかどうかという、当初のミステリーも最早意味を持たない。マロリー、羽生、深町。観る側はこれらの男たちと同化する。神々の山嶺から見える光景とは何か。是非とも味わってほしい。

ネガティブ・サイド

登山以外の部分の描写が不足していた。日本社会における、あるいは他国での登山というスポーツの人気、知名度などについてもう少し描写が欲しかった。それがあれば、野口健のような、登山家なのかタレントもどきなのか分からない山登りが生まれてしまう背景などについて想像力を働かせられたのだろうが。

 

ボルトやピトンがふんだんに使われていたが、登山の歴史=道具の発達の歴史でもある。そうした道具の使い方や、あるいは羽生がアルバイトしている店での客への解説などがあれば、登山を全く知らない人でも本作の世界に入りやすくなったのではないだろうか。

 

吹き替えの声の音量が全体的に少し大きいと感じた。声のボリュームだけを5%落とせれば、もっとナチュラルな出来になっていたはず。

 

総評

漫画『 孤高の人 』の加藤文太郎しかり、映画『 フリーソロ 』のアレックス・オノルドしかり。登山家の生き様には理解しがたいところが多い。しかし、理解する必要などないのかもしれない。頭で理解するのではなく、心で感じ取る。それだけでいいのだろう。本作は、紛れもなく観る者の心を打つ力を持っている。山に登る者、それを追いかける者、そうした者たちを睥睨する神々の山嶺の容赦のない環境。なんとも濃密なドラマである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

set up a bivouac

「ビバークを設営する」の意。なにかのクロスワードで 8-letter word のキーになっていて、かなり呻吟した覚えがある。set up の set が過去形で、答えが encamped だった時には「んなもん、ノンネイティブに分かるわけないやろ・・・」とガックリきた。日常英会話ではまず間違いなく使わない表現だが、クロスワード愛好家なら知っておいて損はない・・・かなあ?

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, B Rank, アドベンチャー, アニメ, ヒューマンドラマ, フランス, ルクセンブルク, 堀内賢雄, 大塚明夫, 監督:パトリック・インバート, 配給会社:ロングライド, 配給会社:東京テアトルLeave a Comment on 『 神々の山嶺 』 -登ることが生きること-

『 ウルフウォーカー 』 -「人は狼に狼」を改めよ-

Posted on 2020年11月27日 by cool-jupiter
『 ウルフウォーカー 』 -「人は狼に狼」を改めよ-

ウルフウォーカー 80点
2020年11月22日 テアトル梅田にて鑑賞
出演:オナー・ニーフシー エヴァ・ウィテカー
監督:トム・ムーア ロス・スチュアート

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『 ブレッドウィナー 』は劇場鑑賞できなかったが、テアトル梅田で観たトレイラーはずっと気になっていた。同じ絵柄の本作はタイミングも合い、チケットを購入。なんとも幻想的な世界に瞬時に引き込まれてしまった。

 

あらすじ

1650年、アイルランドのキルケニー。イングランドから父と共にやって来た少女ロビン(オナー・ニーフシー)はハンターになることを夢見ていた。ある出来事をきっかけにロビンは「ウルフウォーカー」であるメーブ(エヴァ・ウィテカー)と出会い、自身も「ウルフウォーカー」となって・・・

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ポジティブ・サイド

まるで絵本のような絵が逆に新鮮でリアリティがある。森の風景では様々な事物の太い枠線と細い枠線が使い分けられ、さらに細かい色の濃淡が、まるで手描きされた絵の具のように鮮やかなグラデーションを成していた。これがアイルランドのアニメーションの実力なのか。冒頭の鹿が、デザインから動きまで『 もののけ姫 』のシシ神そっくりである。造形上のオマージュであることは疑いようがなく、さらにストーリー上のオマージュにもなっているのだろう。実際に狼≒山犬、サン≒メーブという見方も成り立たないことはない。これは森とそこに住まう動物と、人間との闘いの物語であり、人間の人間性を考察する試みでもある。

 

北ヨーロッパは古くから狼と縁があるのだろうか。『 獣は月夜に夢を見る 』も狼人間の物語だった。本作はおとぎ話のようでいて違う。時期は1650年で、場所もアイルランドのキルケニーだと特定されている。おとぎ話は『 スター・ウォーズ 』のように、Once upon a time in a land (galaxy) far, far away … 時期も場所も特定しないことが鉄則である。敢えて本作を寓話風に仕立てた意図は何か。 それは自然と調和できない現代人への警告だろう。『 もののけ姫 』と似ているところが多いが、決定的に違うのは共存や共生を志向しないところである。これはこれで一つの答えになっていると感じた。

 

ウルフウォーカーとなったロビンの感覚の描写が面白い。『 ブラインド 』や『 見えない目撃者 』が視覚障がい者の音による外界認識をビジュアル化してくれたが、本作はさらに匂いや振動もビジュアル化してくれている。なかなかに面白い試みで、確かに人間など足元にも及ばない鋭敏な嗅覚や聴覚、触覚を持つ狼らしさが出ていた良かった。ウルフウォーカーとなってしまったロビンが、人間が持っていた獣性に気付くシーンは子ども向けではない。ありきたりな展開と言えばそれまでだが、少女の身でありながらハンターになることを目指してきたロビンにはショッキングだったことだろう。人間とは生物学的な人間=humanを指すのではなく、humane=人間らしさを持った者を指す。人間らしさとは何か。それは想像力だ。他者になる力だ。苦しんでいる者の苦しみをその身で引き受けられる者、喜んでいる者がいれば一緒になって喜べる者だ。ウルフウォーカーの「寝ている間は狼になる」という特質は、人間の持つ想像力が最大限に発揮された状態を暗喩しているのだと思えてならない。

 

『 ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方 』で描かれたように、狼も大自然の一部で、調和を保つための欠くべからざるピースなのである。事実、本作の狼も自分から人間は襲わない。自分たちの領域に侵入してくる人間を襲うだけである。これはおそらくアイルランドに攻め込んでくるローマ人やらイングランド人を人間に投影しているのだろう。狼=アイルランドは実は無抵抗で、人間=外国が一方的に侵略してくる。結果として難民が発生しているのだ、という見方も本作を通じて可能である。本来は相容れないと思われた人間と狼の中間的存在であるウルフウォーカーこそが、実は最も自由で平和的な主体である。本作はそのように受け取ることも可能である。子どもから大人まで、幅広い層をエンターテインする傑作である。

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ネガティブ・サイド 

ロビンの相棒である鳥の名前がマーリンというのは、アーサー王に仕えた魔術師マーリンを思わせる。このネーミングはどちらかというと護国卿の側近向けではなかったか。

 

ロビンの父、グッドフェローが罠を仕掛けるシーンも不可解である。本当に狼を捉えるのに躍起になっている護国卿から、鶏肉や牛肉の塊をもらってくるべきではないのか。その上で、そんな罠に引っかからない、人間のにおいのついた肉などは食べない狼がこの森には生息している、という神秘性につなげてほしかった。

 

総評

日本のアニメも売れてはいるが、テンプレに従って作ったミュージック・プロモーション・ビデオの大長編版のような路線(例『 君の名は。 』など。『 鬼滅の刃 』も?)に近年は走り過ぎであると感じる。アニメが日本のお家芸であるとするなら、そこで展開されるべき物語はもっと日本的であるべきだ。このままではアニメーションの分野でも他国に追い抜かれる日は遠くない。海の向こうから来た大傑作に、本邦の落日を見る思いである。人は人に狼=Homo homini lupus estと喝破したのは本作のストーリーと同時代のイングランド人哲学者トマス・ホッブズ。人は狼に狼、 Homo lupo lupus estではなく、人は人に人、Homo homini homo estを志向したいものである。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

Get a move on

このフレーズでB’zの“BREAK THROUGH”のサビを思い浮かべる人は、かなり初期からのB’zファンだろう。意味は「急げ」、「さっさと動け」である。“C’mon, people. We’re getting off at 5:30. Get a move on.”=「さあ、みんな。5時には(仕事を)上がるぞ、急げ」のように使う。B’zファンならずとも知っておきたいフレーズ。

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Posted in 映画, 海外Tagged 2020年代, A Rank, アイルランド, アニメ, エヴァ・ウィテカー, オナー・ニーフシー, ファンタジー, ルクセンブルク, 監督:トム・ムーア, 監督:ロス・スチュアート, 配給会社:チャイルド・フィルムLeave a Comment on 『 ウルフウォーカー 』 -「人は狼に狼」を改めよ-

『 テルアビブ・オン・ファイア 』 -秀逸なブラック・コメディ-

Posted on 2020年2月12日2020年9月27日 by cool-jupiter

テルアビブ・オン・ファイア 70点
2020年2月11日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:カイス・ナシェフ
監督:サメフ・ゾアビ

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イスラエル・パレスチナ問題にはそれほど詳しくないものの、基本的な知識さえあれば楽しめるし笑える作品である。『 判決、ふたつの希望 』や『 エンテベ空港の7日間 』のように、中東やイスラエル関連のストーリーにはシリアスなものが多いが、中にはこのような愉快な作品もあるのである。

 

あらすじ

人気ドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」。その制作現場で発音指導をするパレスチナ人青年サラム(カイス・ナシェフ)は、毎日イスラエルの検問所を通っている。ある日、検問所の主任アッシに呼び止められたサラムは、自身を「テルアビブ・オン・ファイア」の脚本家だと偽ってしまう。ところが、ひょんなことからサラムは本当に脚本担当に出世してしまう。困ったサラムは、毎日検問所でアッシからヒントをもらうようになり・・・

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ポジティブ・サイド

Jovianがイスラエル・パレスチナ問題を本当に意識するようになったのは、高校生の時おラビン首相暗殺のニュースだった。確か中3ぐらいの時に『 JFK 』をビデオ2巻で見て、「本能寺の変よりスケールでかいことが、ほんの数十年前に起きてたんだなあ」と呑気な感想を抱いていた後のことだったので、イスラエル首相の暗殺のニュースとその後の識者による解説や新聞記事で、問題の根の深さを知った次第である。前提となる知識にこれぐらいあれば望ましいのだろうが、「片方が片方を占領して揉めている」という理解があれば十分であろう。

 

本作の面白さの第一は、作り手と受け手の温度差である。パレスチナ人制作のドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」のプロットをイスラエルの軍人であるアッシに相談するという逆転の発想である。めちゃくちゃ乱暴に例えると、英国統治下のアメリカが、独立戦争前夜のドラマや戯曲を作るのに、英国軍人にアドバイスを求めているようなものである。そして英国人のアドバイスに従って作ったドラマが、アメリカ人に好評を博すということである。もしくはGHQの統治下にあった日本が、太平洋戦争前夜にアメリカにスパイを送り込むドラマを作り、そしてそのドラマのプロットのアドバイザーにアメリカ人を据える。そして、アメリカ人好みに作られたドラマが日本人に大ウケするということである。この一見するとありえないような馬鹿馬鹿しさが面白い。発想の勝利である。

 

本作の面白さの第二は、兎にも角にもアッシというイスラエル軍人のキャラ設定にある。我々は軍人というと、融通の利かない石頭であると考えがちである。しかし、このアッシという男は、軍人の目から見てもリアリティあるドラマに仕上がるようにと、非常に的確でリアリティのあるアドバイスを送る。特に機密文書の在処や、それを保管しておく場所の鍵、その鍵をどうやって手に入れるのかetcについての議論は、漫画『 ゴルゴ13 』的であった。それが本当かどうかは別にして、リアリティが濃厚に感じられるということである。『 シン・ゴジラ 』的であるとも言えるかもしれない。このアッシはまた、家族や恋愛関係においても、非常に有益なアドバイスをサラムに送る。そのサラムはどうやら母子家庭で、父親はどこに?という疑問や、サラム自身のちょっとした特徴に関する疑問が、終盤のシリアスな展開で鮮やかに紐解かれる。そこで初めてアッシという男が、サラムにとっての家父長的な意味での父親、つまりユング心理学的な父親であり、同時に人生における positive male figure の役割も果たしていたことが分かるのである。それはすなわち、イスラムの神アッラーにイスラエルの神ヤハウェに共通する属性である。彼らは同じ神を違う角度から見ている・・・というのは考えすぎか。一つ言えるのは、アッシの言動が物語を強力にドライブするという存在であるということである。彼の言う「愛し合う者たちが行うことは何か?」という問いへの答えは、多くの独身および既婚者の、特に男性(日本では)を頷かせ、また震え上がらせることであろう。既婚男性諸君は今からでも遅くないのでアッシの忠告を実践に移すべし。これから結婚しようかという諸賢には、結婚生活の最初からアッシの中高を実践されたし。恋人がいるという男性は、付き合うまでは必死に彼女を口説いたことと思うが、付き合いがスタートしてしてからは、やはりアッシのアドバイスを忠実に実行せねばならない。余裕があれば『 ハナレイ・ベイ 』の吉田羊のアドバイスも聞いておくべし。アッシの助言と村上春樹の助言に、人類普遍の真理を見ることができるだろう。

 

Back on track. 面白さの第三は、イスラエル側の市民の反応である。もっと言えば、アッシの家族の反応である。アッシの母や妻は当然ごとくイスラエル人であるが、アラブ系の女スパイとイスラエル軍の将軍とのロマンスを手に汗握って見つめる様子である。これも適切ではない例えかもしれないが、日韓関係は歴史の時々で悪化を見てきた。今も関係は決して良くない。だが政治的な関係が良好ではなくても、その他の関係までもが悪化するとは限らない。日本には今日もキムチや焼肉を食べ、韓国映画や韓流ドラマを観て、K-POPを聴いている人が少なくとも数十万人、多ければ数百万人はいるはずである。イスラエルとパレスチナも、市民レベルでは似たような関係であると推察されるし、またそうあって欲しいと願うし、そうあるべきだと信じている。そうした、ある種の能天気とも言える市民レベルのリアクションは、本作のようなブラック・コメディが言葉そのままの意味で悪い冗談にならないためにも必要である。

 

面白さの第四は、主人公サラムのビルドゥングスロマンである。金もない、恋人もいない、借金はあるというダメ男のサラムが、脚本家という職を得て、借金を返し、かつて好いた女性マリアムとの距離を再び縮めては広げ、広げては縮めていく過程は、全世界の男性を勇気づけるはずである。特に日本では、いわゆる氷河期世代の男性の共感を呼びやすいのではないか。サラムがドラマの登場人物の口を借りて、マリアムにメッセージを届けることには二重の意味がある。一つは、彼は決してマリアムのことを諦めたわけではないということ。もう一つは、アッシという良い意味で悪い意味でも父親的存在のアドバイスで仕事をこなしていたはずが、いつの間にか独力で仕事ができるように成長していっているということである。脚本も務めたサメフ・ゾアビ監督が、パレスチナの若い世代にエールを送っているかのようである。パレスチナを離れ、パリやニューヨーク、東京でも仕事ができるかもしれない。そう夢想するサラムと現実路線のマリアムの対話には、インド映画の『 ボンベイ 』のヒンドゥーとイスラムの夫婦のような言い難い難しさがある。

 

現実の人間関係とドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」が不思議にリンクしながらも、結末は文字通りにすべてを吹っ飛ばす。ここに来てストーリーは一気にブラック・コメディからギャグ漫画の域に到達する。ここにもおそらく二つの意味がある。一つは、商業的な理由でイスラエル・パレスチナ関係を終わらせたくないという人々がいることをユーモラスに批判しているということ。もう一つは、映画というフィクションの世界では夢を見てもいいでしょう?ということである。これが果たして結末にふさわしいかどうかは、観る人によって解釈が分かれるだろう。しかし、笑ってしまう結末であることだけは保証する。

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ネガティブ・サイド

冒頭のシーンで、できれば簡単な静止画もしくは映像付きでイスラエル・パレスチナ問題の説明があれば親切であったと思う。ドラマ撮影のシーンをそのまま導入に使うというのも悪いアイデアではないが、メタな展開を見せることそれ自体は観客の大部分はすでに知っているのだから。

 

また個人的な要望になるが、サラムとマリアムの恋愛未満の関係の描写をもう少し見てみたかった。本作は97分であるが、105分ぐらいに拡大しても誰も文句は言わないだろう。サラムの家庭環境やマリアムの実家の店での買い物シーンをもうちょっと拡大もしくは丁寧に描写することは十分に可能だったはずである。

 

冒頭のシーンからずっと不思議に思っていたことだが、テレビドラマの脚本家というのは、通常ならドラマのエンディングのスタッフロールでその名がしっかりと確認できるはずである。別にドラマの放送まで待たずとも、その場でスマホでドラマの公式サイトを検索して調べることもできたはずである。アッシがちょっと間抜けでお茶目な軍人さんという設定であれば、こうしたご都合主義的な展開もありなのかもしれない。しかし、終盤にサラムがイスラエルとパレスチナを隔てる壁の存在に打ちのめされる無言のシーンが存在する。その圧倒的にリアルな壁の存在とずさんなIDチェックが、どうしてもJovianの中では両立しなかった。

 

総評

政治風刺の色が濃いが、専門的な知識はなくても楽しむことは可能である。日本と近隣諸国の関係を投影して鑑賞してもいいし、サラムという主人公に自分の人生を重ね合わせて鑑賞することもできる。と同時に、観終わってすぐにイスラエル・パレスチナ問題について勉強したくもなるだろう。鑑賞後に「あー、面白かった/つまらなかった」という感想だけで終わる作品は多いが、「これはもっと調べてみなければ」という行動変容を起こさせる映画はそんなに多くはない。本作は、その数少ない一本だろう。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

I don’t give a shit.

『 アップグレード 』でも紹介した表現。「そんなもん知るか、コノヤロー」のような意味である。この後に5W1H S + Vのような形が続くことが多い。

I don’t give a shit what you think.

あんたがどう思っても私には関係ねーんですよ。

I don’t give a shit where they live.

あいつらがどこに住もうと、どうでもいい。

心の中で“Boss, I don’t give a shit what you think about me.”と思う頻度が高くなってきたら、転職活動を始める時期が近付いていると考えてよいかもしれない。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, B Rank, イスラエル, カイス・ナシェフ, ブラック・コメディ, フランス, ベルギー, ルクセンブルク, 監督:サメフ・ゾアビ, 配給会社:アットエンタテインメントLeave a Comment on 『 テルアビブ・オン・ファイア 』 -秀逸なブラック・コメディ-

『 メアリーの総て 』 -時代に翻弄され、時代を乗り越えた作家-

Posted on 2019年10月30日 by cool-jupiter

メアリーの総て 65点
2019年10月26日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:エル・ファニング ダグラス・ブース ベル・パウリー
監督:ハイファ・アル=マンスール

f:id:Jovian-Cinephile1002:20191030013843j:plain

 

フランケンシュタインの怪物の影響は現代まで連綿と続いている。日本では漫画『 ドラゴンボール 』の人造人間8号などは好個の一例だろう。けれども、そのキャラクターと物語を生み出した作家メアリー・シェリーについてはそれほど知られていない。だが、今という時代に彼女の映画が作られたことには必然性があったのだ。

 

あらすじ

19世紀のロンドン。書店の娘メアリー(エル・ファニング)は物書きになることを夢見て、様々な本を渉猟していた。ある日、妻子のあるパーシー(ダグラス・ブース)と恋に落ちたメアリーは、彼と駆け落ちする。それは、彼女の波乱万丈の人生の始まりだった・・・

 

ポジティブ・サイド

現代物でも歴史物でも、ロンドンという都市には陰鬱な雰囲気がある。それは本作でも巧みに表現されている。街の空気が重苦しく感じられ、母親などから仕事を手伝うようにプレッシャーをかけられても、メアリーは快活さを失わない。彼女は自身の内に響く言葉を解き放つことを恐れない。『 未来を花束にして 』の二世代前の時代、女性が自分らしく生きることは想像を絶するほどに困難だったと思われる。だからこそ、メアリーのキャラクターが立つし、観る者はメアリーを応援したくなる。エル・ファニングは少女と女性の中間のような存在を好演してくれた。ラブシーンもちょこっとあるので、スケベ映画ファンはほんの少しだけ期待してよい。

 

異形の、しかし心優しい怪物を構想し、執筆する背景になにがあったのか。メアリーは16歳という若さで情熱に身を任せ、妻子ある男と駆け落ちしたが、そんなものは誰がどう見ても幸せにはつながらない。現代の目で見てもそうだし、家族や当時の人々もそう思っていたことだろう。弱冠18歳にして「フランケンシュタインの怪物」を生み出した彼女は、そのエンディングに関して、パーシーからアドバイスを得る。しかし、それを採用しない。なぜなら、それこそが彼女の心だから。なぜなら、その作品が彼女の子どもだから。ボリス・カーロフ主演の『 フランケンシュタイン 』で、怪物が少女と湖畔で遊び、語らうシーン、そして怪物が武器を手にした村人たちに追われるシーンが思い起こされた。少女が誰を象徴しているのか、村人たちが誰を象徴しているのかに、しばし思いを巡らせてみるのも一興だろう。

 

美とは何か。創作とは何か。メアリー・シェリーの10代を通じて、色々なものが見えてくるし、考えさせられもする。

 

脇を固めるダグラス・ブースは見事なクズ男を演じた。パーティーで詩文を恭しく詠んでは、先進的な思想をひけらかして女性を引っかけていくという典型的なプレイボーイで、加えて生活力や金銭管理能力にも劣る。そんなすきに慣れそうにないキャラクターを見事に好演。日本でいえば、一頃の藤原竜也だろうか。『 マイ・プレシャス・リスト 』でタイトル・ロールのキャリー・ピルビーを演じたベル・パウリーも印象的。「詩人に気に入られる女性はあなただけじゃない」とメアリーに言ってのけるシーンに、女性という生き物のプライドを垣間見たように思う。

 

ネガティブ・サイド

ストーリーのペーシングに難がある。メアリーという女性がいかにしてフランケンシュタインの怪物を構想し、執筆したのかという場面までなかなかたどり着かない。監督や脚本家に、「メアリーという人間を掘り下げて描き出したい」という願望が強すぎたように思う。その割には、彼女が赤ん坊を早くに亡くしてしまったことの負い目が、それ程強調されていなかった。怪物は二重の意味でメアリーの子ども(血を分けた我が子が復活した姿と創作物)なのであるから、子に先立たれた親の悲嘆について、もう少し詳細な描写や演出が欲しかった。

 

メアリーとポリドリ医師の距離感というか、この二人がもっと熱心に生や死について語らう場面があってもよかったはず。当時の英国の死生観や科学観をもう少し丁寧に劇中で描けていれば、メアリーが創作のためにどのようなインスピレーションを得たのかを我々としては想像しやすくなる。

 

総評

近代ホラーおよびSF文学史に興味がある向きならば必見だろう。現代は過去の様々な作品が脱・構築され、フェミニスト・セオリーが適用され、再生産されている時代である。女性作家としてはジェーン・オースティンと並ぶ、まさに元祖である。彼女のbiopicを見ずして、現代の映画製作のコンテクストは語れない・・・は、さすがに言い過ぎか。エル・ファニングのファンならば鑑賞必須である。

 

Jovian先生のワンポイント英会話レッスン

speak ill of ~

 

~の悪口を言う、~を悪しざまに言うの意である。序盤でメアリーが「私の母を悪く言わないで」というシーンがある。反対の意味の表現として、speak highly of ~がある。~を褒める、の意である。こちらも序盤にパーシーがメアリーの家にやって来る時に使われていた。TOEICにはまず出てこないが、英検やTOEFLには偶に出てくるかもしれない。

 

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Posted in 映画, 海外Tagged 2010年代, C Rank, アメリカ, イギリス, エル・ファニング, ルクセンブルク, 監督:ハイファ・アル=マンスール, 配給会社:ギャガLeave a Comment on 『 メアリーの総て 』 -時代に翻弄され、時代を乗り越えた作家-

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