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英会話講師によるクリティカルな映画・書籍のレビュー

サラリーマン英語講師が辛口・甘口、両方でレビューしていきます

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タグ: アニメ

『コクリコ坂から』  -戦争の傷跡残る時代の青春群像劇-

Posted on 2018年7月19日2020年2月13日 by cool-jupiter

コクリコ坂から 65点

2018年7月18日 レンタルDVDにて観賞
声の出演:長澤まさみ 岡田准一 竹下景子 石田ゆり子 柊瑠美 風吹ジュン 内藤剛志 風間俊介 大森南朋 香川照之
監督:宮崎吾朗 

ジブリっぽいイントロから、韓国ドラマにありがちな展開に進み、最後はきれいに着地をした。そんな印象の作品である。1963年という第二次大戦の終了後10年を経ていない時代に生きる高校生の海(長澤まさみ)、通称メル。フランスで海の意である。よく言われることであるが、日本語では「海」の中に「母」がおり、フランス語では「母」の中に「海」がある。イントロはまさに無言のままに海というキャラクターの属性を描き切る。それは母親の不在を見事にカバーする母としての海である。海たちが住むコクリコ荘は太平洋に臨み、妹の空と弟の陸、祖母の花、その他の居候たちと穏やかに暮らしていた。陸海空と聞けば、それだけで軍を想起するが、海の父親も海軍の軍人で、朝鮮戦争で戦死していた。海はそれでも父の眠る海に向けて、信号旗を毎日上げる。それに応える詩が、学校で発行される週刊カルチェラタンに掲載され、それを読んだ海は顔を赤らめる。私情ではなく詩情にほだされるところが時代の違いをあらためて浮き彫りにしている。

そんな海はある日、学生食堂で友達と食事をしている時に、カルチェラタンという学校の部室棟を取り壊すという計画に抗議するため、校舎の屋根から貯水池に飛び込んだ男子に手を差し伸べた。風間俊(岡田准一)との邂逅である。田舎育ちの今の70歳代ぐらいの親戚に言わせれば、「手をつないだら、もう相手には妊娠するものぐらいに感じていた」と言う空気が当時はあったらしい。しかし舞台は横浜。神戸や長崎と同じく、いやそれ以上に先進的で開けた都市だ。メルもそこまでうぶではなかった。本当の意味でメルが俊にキュンとなるのは集会の場だったのだろう。カルチェラタンの取り壊しに賛成する生徒と反対する生徒の弁論による対決である。俊は高らかと述べる、「古いものを壊すのは、そこにある文化や歴史を壊すのと同じではないのか」と。何というマルキズム! 何という唯物史観的思考!おそらく今の(2010年代)の高校生でも同じように考える者はいるだろうし、それは原作発刊当時の1980年代でも同様だろう。ただ、そうした知識や思考を彼ら彼女らがどこでどのように得たのかを思うと、感動に近いような気持ちになる。Wikipediaがあるような時代ではないのだ。戦後10年も経ない時代、脱亜入欧政策は失敗だったと認めつつも、学ぶべきものは素直に学び、間違いであると思えるものに対しては疑義を差し挟むことを恐れない若者が本当にいたかどうかは別にして、学生運動とはそういうものだったはずだ。現に我々は、かなり頼りない存在および現象に映っていたが、SEALDsという物言う若者の集団に、ポジティブな意味でもネガティブな意味でも、大いに刺激を受けたではないか。そういうわけで、メルが弁論する俊にコロッといってしまっても不思議は無いわけだ。というか、相手を曲学阿世と罵ることができる高校生が今日日、どれくらいいるだろうか。まあ、こうした言葉がどのような人間を指すのかを、我々が原発擁護に血道を上げる東大教授達の姿を見て知るわけである。

閑話休題。メルと俊の二人は順調に距離を縮めるが、ある戦争の傷跡が二人の間に壁を生じさせる。それでもカルチェラタンの大掃除や週刊誌のガリ版の原稿作りなどを通じて健気につながりを保つ二人にしかし、そのカルチェラタン取り壊しが正式に決定したという悲報が届く。生徒会長の水沼と二人は理事長に直談判しに、東京へ向かうが・・・

ここまででクライマックスの手前になるのだが、かなりテンポよく物語が進む。近所のTSUTAYAで借りてきてから1回通して観て、その後英語字幕で2回観た。ペーシングが素晴らしい。無駄なカットや台詞が一切排除され、物語を引き締めている。その一方で、主題は若い2人のほろ苦すぎる青春である一方、戦争の残した爪痕がテーマとして重くのしかかるストーリーでもある。話の重要な舞台装置であるカルチェラタン同様に、かなり衒学的な要素もあり、正直なところ、中高年がノスタルジアに浸るには良い作品だが、現代の青少年に、上辺の物語の底に流れる重いテーマを消化してほしいと願うのは少々しんどいかもしれない。お盆の帰省で田舎に帰る大学生や、もしくはそうした都会から帰って来て携帯をいじるくらいしかすることがない大学生と一緒に、家族や親せきと観賞するのも一興かもしれない。『火垂るの墓』では重たすぎるから。

本作は、観終った直後にもう一度、イントロのシーンに戻って欲しい。全く同じ構図のシーンが音楽の違いだけで観る者に全く異なる印象を与えてくれることに軽い驚きを覚えることだろう。その他、複数回の観賞に耐えるディテールへのこだわりも多い。観る人は選ばないが、楽しめる、もしくは何かを得られるという人をかなり選びそうな作品である。

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, アニメ, ロマンス, 岡田准一, 日本, 監督:宮崎吾朗, 配給会社:東宝, 長澤まさみLeave a Comment on 『コクリコ坂から』  -戦争の傷跡残る時代の青春群像劇-

『耳をすませば』 -心の原風景の夢と将来叶えるべき夢-

Posted on 2018年7月15日2020年2月13日 by cool-jupiter

耳をすませば 70点

2018年7月11日 レンタルDVDにて観賞
出演:本名陽子 高橋一生
監督:近藤喜文

f:id:Jovian-Cinephile1002:20180715141611j:plain

『故郷』に歌われるような、兎を追いかけられるような山も小鮒を釣れるような川もほとんど絶えて久しくなった現代でも、何故かこの歌には我々の本能的な部分に訴えかけるような力を有している。同じことが『カントリー・ロード』(原題:“Take Me Home, Country Roads”)についても言えるのだろう。この歌を聞いて『キングスマン:ゴールデン・サークル』を思い出す人もいれば、マニアックなところでは『エイリアン・コヴェナント』を思い起こす人もいるだろう。だが、日本の映画ファンの心に最も深く強く刻み込まれているのは本作『耳をすませば』ではなかろうか。

月島雫(声:本名陽子)は中三の受験生。家庭環境からか読書好き(bibliophile)に育った。Cinephile=映画好き、Bibliophile=本好き、ということである。自分が図書室から借りてくる本のいずれもが天沢聖司(声:高橋一生)という男子生徒に先んじん手借りられていることから、雫は相手をどんな男だろうと淡い幻想を抱くようになる。ある日、電車に乗っている奇妙な猫を追いかけていくと、「地球屋」という不思議な店に行きつく。その店の主人の孫が、何という奇縁か ― それとも必然か ― 天沢聖司だった。聖司の弾くバイオリンに合わせてオリジナルの作詞を施した『カントリー・ロード』を歌う雫、そこにimprovisationalに加わってくる店主とその音楽仲間たち。アンサンブルとしては日本アニメの中でも白眉であると思う。

中学を卒業したら、イタリアでバイオリン職人を目指すという聖司。『羊と鋼の森』は、もしかしたら本作に少し着想を得ていたりするのかもしれないと、ふとあらぬことも考えた。現代でも、本作の時代(色々と鑑みるに1980年代半ばか)でも、中学生にして職人の道を志す者は少ないだろう。しかし聖司の決意は固く強い。その確乎たる姿勢は好ましいものとして映るが、聖司に惹かれる雫にはどう映るのか。雫は聖司を引き留めようなどとはしない。むしろ、自分の進路が空虚なものであるかのように感じてしまう。しかし、雫には物語を紡いでみたいという欲求があった。学校の勉強などをほったらかして、全てを物語の著述に費やしてみよう。そして出来上がった作品を、まず聖司のお祖父さんに読んでもらおうと決心する雫。自分が中学生の頃、ここまで純粋にひたむきに、何かに打ち込んだ、誰かに感動させられたことがあっただろうかと自問させられた。

猫が重要な役割を演じる本作であるが、その猫がまた良い。まるで漫画およびアニメの『じゃりン子チエ』に出てきても違和感の無さそうな不思議な猫なのだ。もちろんムーンのことであって、バロンのことではない。バロンはというと、『銀河鉄道の夜』(猫アニメの方)に出てきそうなキャラだ。両方とも日本アニメーションの一つの到達点と言える作品なので、興味のある向きは一度ご観賞を。

本作のもう一つのモチーフは冒頭でも言及した『カントリー・ロード』だ。オリジナルの歌詞には“Country roads, take me home to the place I belong. West Virginia, Mountain Mama, take me home, country roads”とあるが、雫は作中でこれを「コンクリート・ロード」や「ウェスト東京」と読み替える。笑ってしまう言い換えだが、故郷と聞いた時に我々がつい思い浮かべてしまう自然豊かな郷里の里はもはや存在しないも同然である。ただ、故郷というもののイメージを創造的に破壊することはできる。コンクリート・ロードに郷愁を感じる者がいても良いではないか。故郷のイメージはそれを想う者の心の中にある。その原風景を雫は紙とペンで再現しようとしていたのだ。英語に”Home is home”という表現がある。聖司も自分の心の原風景に雫が刻みつけられたのだろう。だからこそイタリアに旅立てるのだ。

中高生ぐらいで普通に観賞してしまえば見過ごしてしまいそうなメッセージがあふれている。それでも、中高生ぐらいが最も観るべき層である作品であると思うし、家族そろって観ても良いし、小中学校あたりで道徳の授業、もしくは進路について考える時間に上映してやっても良いのではないだろうか。Timeless Classicである。

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Posted in 国内, 映画Tagged 1990年代, B Rank, アニメ, ロマンス, 日本, 本名陽子, 監督:近藤喜文, 配給会社:東宝, 高橋一生Leave a Comment on 『耳をすませば』 -心の原風景の夢と将来叶えるべき夢-

『 GODZILLA 決戦機動増殖都市 』 -奇を衒い過ぎたゴジラ映画-

Posted on 2018年5月24日2020年2月13日 by cool-jupiter

『GODZILLA 決戦機動増殖都市』 65点
2018年5月21日 東宝シネマズ梅田にて観賞
主演:宮野真守(ハルオ役)
監督:静野孔文 瀬下寛之

* 本文中でネタバレになるような部分は白字で記入

f:id:Jovian-Cinephile1002:20180524090114j:plain

非常に評価が難しい作品である。劇場で観賞中、「面白いじゃないか」と感じている自分と「はぁ?」と感じている自分が同居していたからだ。近いうちに『 GODZILLA 怪獣惑星 』(45点ぐらいに思えたが、再採点の要ありと認む)をレンタルで観て、もう一度劇場で観賞したいと思う。それから追記するのも、それはそれでありだろう。

まずはポジティブな感想から。ストーリー全体を通して、非常に明確にテーマを打ち出している。今作のテーマは2つ。人とは何か。そして怪獣とは何か。前作の段階では、なぜ二万年後の世界なのか、なぜ宇宙人との邂逅と交流が描かれなければならないのか、釈然としないまま物語が進んだが、今作ではその理由が明らかになる。人が人たる所以は、人間らしさを発揮できるということだ。Human であることの条件は humane であることだ。フツアの民を原始人と見下すビルサルドは、自らの肉体と精神に対してすら不寛容であることを貫く。この一貫性は観る者にショックを与えると同時にカタルシスももたらす。なぜなら自分たちと彼らとは違う人間なのだ、と自分を安心させることができるからだ。人間らしさとは寛容であるべき対象と不寛容であってもいい対象を選り分けるのだ。同じことはエクシフにも当てはまる。彼らの神を信じる者を増やすべく前作から謎の布教活動に勤しんでいるが、その意図の裏にあるものが本作では垣間見られた。一応それが何であるのか明示されるのかがエンドクレジット後に明かされるので、最後まで席を立たないように(ただし、そこで言及されるものの正体に全く見当がつかないという人は、そもそもこの作品を観る資格がまだないのかもしれない)。ここでも、種族を超えて共通の神を信じる者が人間であるという、寛容と不寛容の同居が見られる。このことが、おそらく2つ目のテーマ、怪獣の怪獣性に関わっている。ゴジラ映画に特に代表される怪獣の怪獣性とはハイデガー哲学の世界の世界性みたいなもの、と解してよい。怪獣という存在に接するとき、人は憂慮する。なぜなら怪獣は、世界を破壊するからだ。それは時に、原水爆の恐怖(初代ゴジラ)であったり、公害による環境破壊(ヘドラ)であったり、自然災害と人災(シン・ゴジラ)といった形で立ち現れる。本アニメシリーズでは、怪獣は人間を超える者として描かれる。科学技術の埒外、宗教などの精神世界の領域、生物と非生物の境界線上の存在として現れてくる怪獣は、それに接する者に解釈を委ねる。これは庵野監督がシン・ゴジラで取った方法論と共通している。シン・ゴジラのシンに漢字を当てるなら?という問いに長谷川博己と竹野内豊は神の字を、石原さとみは芯の字を、松尾諭は進の字をあてていた。個人的には侵または震の字をあてている。斯様に人によって解釈が別れるのが怪獣の怪獣性たる所以で、前作ではっきりとしなかったゴジラという<存在>の<存在性>がハルオたちだけではなく観る者にも突き付けられてくるのが本作の魅力になっている。

ここからはネガティブな感想を。斬新性とは裏腹に、あまりにもどこかで観たことがある要素が多すぎる。加古作品へのオマージュであればよいのだが、どうもそうではないらしい。まずヴァルチャー。名前を聞いた瞬間に、マイケル・キートンか?と思ってしまった。さらにその性能や見た目も『 アイアンマン 』シリーズのウォーマシンのようだ。また決戦機動増殖都市というタイトルから『 BLAME! 』か?と連想したら、本当にそれっぽいものだった。もしくはエヴァンゲリオンの第三東京市か。フツアの民も、もののけ姫+小美人にしか見えなかった。またGODZILLAそのものもシン・ゴジラを想わせるフォルムで、それはそれで悪い選択ではないが、アニメ作品であり、これだけ独自の解釈を施した作品でもあるからには、もっと新しいゴジラの側面を見てみたかった。メカゴジラは、ゴジラ世界の文法からは外れているが、広く日本の漫画やジャパニメーションの文脈には合致するものであり、本家本元のゴジラも多少は時代に合わせたアップデートがあってもいい。もう少しだけオリジナリティを持ったゴジラと出会いたかった。

本作は三部作の2つ目にあたる。卵、双子、小美人、神と言えば<彼女>しかいないし、星を滅ぼす存在、金色、三つ首と言えば、アイツしかいない。つまり、次作で〇〇〇とも◎◎◎とも我々は出会えるわけだ。そのことに一抹の不安を抱きつつも、喜ばない、興奮しない理由はまるで見当たらない。2018年11月を首を長くして待ちたい。

 

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Posted in 国内, 映画Tagged 2010年代, C Rank, アニメ, 宮野真守, 日本, 監督:瀬下寛之, 監督:静野孔文, 配給会社:東宝Leave a Comment on 『 GODZILLA 決戦機動増殖都市 』 -奇を衒い過ぎたゴジラ映画-

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