不思議の国の数学者 75点
2023年5月13日 T・ジョイ梅田にて鑑賞
出演:キム・ドンフィ チェ・ミンシク チョ・ユンソ
監督:パク・ドンフン
『 オールド・ボーイ 』のチェ・ミンシクが数学者に。嫁さんも是非観たいというのでチケット購入。
あらすじ
国内上位1%のみが集まる進学校に特例入学したハン・ジウは、寮の仲間の不祥事を黙秘したことで1か月間の大量処分を受けてしまう。その発端となった脱北者の警備員、通称”人民軍”がひとかどの数学者であることを知ったジウは、彼に数学を教えてほしいと頼み込んで・・・
ポジティブ・サイド
中国が『 少年の君 』で常軌を逸した学歴偏重主義の学校生活を描き出していたが、韓国も似たようなものらしい。学校に居場所のない劣等生が、同じく社会に居場所のない脱北者と交流をしていく・・・という単純なプロットではない。疑似的な家族関係の追求あり、南北の社会や思想の在り方の違いの描写ありと、ヒューマンドラマと社会派ドラマを高度に融合させたストーリーになっている。
まず主人公ジウの置かれた境遇が切ない。学校に馴染めず、寮にも馴染めず。寮のルームメイトをかばっても、友情ではなくカネが差し出される。経済力と成績はある程度比例するのは日本も韓国も同じなようで、経済力と人間性は必ずしも比例しないのも同じらしい。そんなジウが、ふとしたことから人民軍に数学を教えてほしいと頼み込む。その奇妙な師弟関係が、ジウにとってはある意味で初めての positive male figure、つまりは疑似的な父親を得ることにつながり、人民軍にとっても疑似的な息子を得ることにつながっていく。このあたりの見せ方に韓国と北朝鮮の情勢を絡めており、非常に巧みであると感じた。
ヒロイン的な位置に立つボラムも、この二人の関係にちょっとしたスパイスを与えている。割と唐突に告白してくるのだが、変にジウと恋愛関係に入っていかず、主役二人の静かで奇妙な関係を遠くで見守るというポジションだった。ボラム自身も家族に似たような問題を抱えており、韓国社会全体が抱える”父親像”という問題は『 息もできない 』の時から変わっていないのだなという印象を受けた。逆に、そうした問題を常に映画という媒体で世に問い続けるのが韓国映画の強みの一つか。
悪役が教師というのは、個人的には見ていてキツイ。が、こんな先生は確かにJovianの中学校の理科の先生にもいた。確か人工衛星は無重力空間を回っているみたいな説明に対して、「もっと遠い月は地球の重力で回っている。人工衛星も月も無重力ではなく無重量空間にいると雑誌のニュートンで読んだ」みたいなことを言ったら、えらく怒られた。そしてこれをテストに出すが、正解は無重力。だけどお前は無重量と書け、みたいに言われた。実際にテストに出て、無重量と書いて、✖をもらった記憶がある。ジウが数学教師に敢然と立ち向かったシーンでは30年越しにリベンジを果たしたようで気分がスカッとした。
天才であるがゆえの政治的な立ち位置の危うさ、そしてジウとの別離が、チェ・ミンシクの迫真の演技によってこれ以上ないリアリティを獲得している。チェ・ミンシク=強面の悪役のようなイメージがあるが、打ちひしがれる中年を演じても素晴らしい。ジウの窮地に現れて、その弁舌だけで状況をひっくり返したのは『 セント・オブ・ウーマン/夢の香り 』のアル・パチーノを彷彿とさせた。
血生臭い韓国映画もいいが、ベタベタなヒューマンドラマもいいなあ。
ネガティブ・サイド
円周率が音楽になるというのはアイデアとしては悪くないが、厳密な数学としてはどうなのだろうか。奥泉光の『 鳥類学者のファンタジア 』に似たようなアイデアがあるが、こういうのはファンタジーというジャンルだけに留めておくべきでは?
人民軍の通院できないから薬をくれ、という冒頭のシーンは結局何だったのか。持病を抱えていて、それがいつか一気に増悪してしまうのか?と思ったが、そんなことは一切なし。この最初のシーンはカットすべきだった。
ボラムとジウは、結局どうなったのよ?
総評
『 グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち 』と『 セント・オブ・ウーマン/夢の香り 』を韓流で合成、再解釈したようなストーリー。真新しさこそないが、韓国の家族像、北朝鮮との関係、そして教育への眼差しが盛り込まれた良作。本作を観たらバッハを聞こう、同志諸君。
Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン
アジョシ
おじさんの意。傑作『 アジョシ 』は元々ソン・ガンホあるいはチェ・ミンシクのようなオッサンのキャスティングを予定していたそうだ。韓国映画やドラマではしょっちゅう聞こえてくる言葉なので、知っている人も多いだろう。ちなみにおばちゃんはアジュマである。
次に劇場鑑賞したい映画
『 帰れない山 』
『 放課後アングラーライフ 』
『 高速道路家族 』