ウルフウォーカー 80点
2020年11月22日 テアトル梅田にて鑑賞
出演:オナー・ニーフシー エヴァ・ウィテカー
監督:トム・ムーア ロス・スチュアート
『 ブレッドウィナー 』は劇場鑑賞できなかったが、テアトル梅田で観たトレイラーはずっと気になっていた。同じ絵柄の本作はタイミングも合い、チケットを購入。なんとも幻想的な世界に瞬時に引き込まれてしまった。
あらすじ
1650年、アイルランドのキルケニー。イングランドから父と共にやって来た少女ロビン(オナー・ニーフシー)はハンターになることを夢見ていた。ある出来事をきっかけにロビンは「ウルフウォーカー」であるメーブ(エヴァ・ウィテカー)と出会い、自身も「ウルフウォーカー」となって・・・
ポジティブ・サイド
まるで絵本のような絵が逆に新鮮でリアリティがある。森の風景では様々な事物の太い枠線と細い枠線が使い分けられ、さらに細かい色の濃淡が、まるで手描きされた絵の具のように鮮やかなグラデーションを成していた。これがアイルランドのアニメーションの実力なのか。冒頭の鹿が、デザインから動きまで『 もののけ姫 』のシシ神そっくりである。造形上のオマージュであることは疑いようがなく、さらにストーリー上のオマージュにもなっているのだろう。実際に狼≒山犬、サン≒メーブという見方も成り立たないことはない。これは森とそこに住まう動物と、人間との闘いの物語であり、人間の人間性を考察する試みでもある。
北ヨーロッパは古くから狼と縁があるのだろうか。『 獣は月夜に夢を見る 』も狼人間の物語だった。本作はおとぎ話のようでいて違う。時期は1650年で、場所もアイルランドのキルケニーだと特定されている。おとぎ話は『 スター・ウォーズ 』のように、Once upon a time in a land (galaxy) far, far away … 時期も場所も特定しないことが鉄則である。敢えて本作を寓話風に仕立てた意図は何か。 それは自然と調和できない現代人への警告だろう。『 もののけ姫 』と似ているところが多いが、決定的に違うのは共存や共生を志向しないところである。これはこれで一つの答えになっていると感じた。
ウルフウォーカーとなったロビンの感覚の描写が面白い。『 ブラインド 』や『 見えない目撃者 』が視覚障がい者の音による外界認識をビジュアル化してくれたが、本作はさらに匂いや振動もビジュアル化してくれている。なかなかに面白い試みで、確かに人間など足元にも及ばない鋭敏な嗅覚や聴覚、触覚を持つ狼らしさが出ていた良かった。ウルフウォーカーとなってしまったロビンが、人間が持っていた獣性に気付くシーンは子ども向けではない。ありきたりな展開と言えばそれまでだが、少女の身でありながらハンターになることを目指してきたロビンにはショッキングだったことだろう。人間とは生物学的な人間=humanを指すのではなく、humane=人間らしさを持った者を指す。人間らしさとは何か。それは想像力だ。他者になる力だ。苦しんでいる者の苦しみをその身で引き受けられる者、喜んでいる者がいれば一緒になって喜べる者だ。ウルフウォーカーの「寝ている間は狼になる」という特質は、人間の持つ想像力が最大限に発揮された状態を暗喩しているのだと思えてならない。
『 ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方 』で描かれたように、狼も大自然の一部で、調和を保つための欠くべからざるピースなのである。事実、本作の狼も自分から人間は襲わない。自分たちの領域に侵入してくる人間を襲うだけである。これはおそらくアイルランドに攻め込んでくるローマ人やらイングランド人を人間に投影しているのだろう。狼=アイルランドは実は無抵抗で、人間=外国が一方的に侵略してくる。結果として難民が発生しているのだ、という見方も本作を通じて可能である。本来は相容れないと思われた人間と狼の中間的存在であるウルフウォーカーこそが、実は最も自由で平和的な主体である。本作はそのように受け取ることも可能である。子どもから大人まで、幅広い層をエンターテインする傑作である。
ネガティブ・サイド
ロビンの相棒である鳥の名前がマーリンというのは、アーサー王に仕えた魔術師マーリンを思わせる。このネーミングはどちらかというと護国卿の側近向けではなかったか。
ロビンの父、グッドフェローが罠を仕掛けるシーンも不可解である。本当に狼を捉えるのに躍起になっている護国卿から、鶏肉や牛肉の塊をもらってくるべきではないのか。その上で、そんな罠に引っかからない、人間のにおいのついた肉などは食べない狼がこの森には生息している、という神秘性につなげてほしかった。
総評
日本のアニメも売れてはいるが、テンプレに従って作ったミュージック・プロモーション・ビデオの大長編版のような路線(例『 君の名は。 』など。『 鬼滅の刃 』も?)に近年は走り過ぎであると感じる。アニメが日本のお家芸であるとするなら、そこで展開されるべき物語はもっと日本的であるべきだ。このままではアニメーションの分野でも他国に追い抜かれる日は遠くない。海の向こうから来た大傑作に、本邦の落日を見る思いである。人は人に狼=Homo homini lupus estと喝破したのは本作のストーリーと同時代のイングランド人哲学者トマス・ホッブズ。人は狼に狼、 Homo lupo lupus estではなく、人は人に人、Homo homini homo estを志向したいものである。
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Get a move on
このフレーズでB’zの“BREAK THROUGH”のサビを思い浮かべる人は、かなり初期からのB’zファンだろう。意味は「急げ」、「さっさと動け」である。“C’mon, people. We’re getting off at 5:30. Get a move on.”=「さあ、みんな。5時には(仕事を)上がるぞ、急げ」のように使う。B’zファンならずとも知っておきたいフレーズ。