アルプススタンドのはしの方 70点
2020年7月26日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:小野莉奈 平井亜門 西本まりん 中村守里
監督:城定秀夫
これは快作である。『 カメラを止めるな! 』のようなインパクトがある、というのはほめ過ぎだが、非常にユニークなフォームの映画である。『 セトウツミ 』の亜種にして、ついに現れた『 キサラギ 』の後継作品でもある。
あらすじ
夏の高校野球県大会のアルプススタンドのはしの方で、演劇部員のあすは(小野莉奈)とひかる(西本まりん)は野球のルールもよく分からないままに応援していた。そこに補習上がりの元野球部の藤野(平井亜門)と学校一の優等生、宮下(中村守里)も徐々に加わり・・・
ポジティブ・サイド
正にタイトルの通り、アルプススタンドのはしの方だけで展開される会話劇である。『 キサラギ 』の密室での推理談義、そして『 セトウツミ 』の川辺の階段での他愛のない雑談に続く作品だと言えるだろう。高校や大学の映研が本作の模倣作品を作り始めるのは間違いない。アイデア次第で、演劇をそのまま映画にできるし、なおかつ面白さも保てるのだ。
本作をユニークにしているものはいくつかあるが、一つには野球を一切映すことなく野球を見せていることである。彼女たちのスタンドでの位置や立ち居振る舞いだけでも彼女たちがスクール・カーストの上位者でないことが分かるし、野球のことをよく知らない女子というだけで男子と“活発に交流する”タイプでないことも伝わってくる。娯楽やスポーツの多様化が進んで久しいが、それでも野球は日本ではまだまだメインストリームの球技である。
そんな彼女たち+男子一人+時々教師一名が繰り広げる会話劇がべらぼうに面白い。女子高生同士の他愛のない野球に関わるトークに男子が一人加わることで奥行きが生まれ、優等生が加わることで深みも生まれた。元は兵庫県の高校生の演劇脚本のようだが、資金も道具も人員もないからこそ生まれる面白さが本作にはある。Jovianがあっさりとプロットを見破った『 ソウ 』も、資金不足から大部分をスタジオ内=監禁部屋で撮影したことで、面白さが増したと言われている。同じように、会話劇から徐々に明らかになる様々な背景情報、そして目に見える形で変わっていく登場人物同士の距離。それが、すぐそこで行われている野球の試合展開と奇妙にシンクロしている。強豪に立ち向かう自校のチームと、人生の壁にぶつかっているあすはや藤野。決して青春群像劇の主人公的なキャラクターたちではないが、それゆえに我々一般人の共感を得やすい。少女漫画原作の青春映画の主役キャラに「ああ、俺にもこんな青春があったな」と感じられる人間はごく少数だろうし、そうした人間はそもそも青春映画など見ないだろう。普通の大人が普通に共感できる邦画が生まれたと評してもいいだろう。
本作は『 桐島、部活やめるってよ 』の亜種でもある。本作で桐島にあたるのは矢野である。といっても、矢野はスクール・カーストの上位者ではないし、野球部のレギュラーでもない。(オーディエンスに)姿は見えないが、その存在が他者に絶大な影響を及ぼしていくところが桐島と共通している。矢野とはどんな男か。「うおおおおお、矢野ーー!!!大好きだーーー!!!俺はお前を応援するぞおおおおおお!!」と叫びたい気持ちにさせてくれる男である。何がそうさせるのか。アルプススタンドのはしの方にいるキャラクターたちは、みな自己効力感が低い。けれど、彼女たちが徐々に自身を信じ、一歩を踏み出す勇気を得て、他者に声援を送るようになる過程が丹念に描かれることで、我々も知らず知らずのうちに物語世界に引き込まれていく。その過程は劇場で体験してほしい。
ネガティブ・サイド
城定監督は真夏の炎天下、野球場で野球を見たことがないのだろうか。あんなピーカンだと、ステンレスの手すりに両手を乗せていた宮下のてのひらは軽度の火傷を負うぞ。あすはとひかるも同じ。座っていられない。尻の下にタオルを敷くのが定石である。妙な陽炎を後から映像に加えていたようだが、完全なる蛇足。「日焼け止め持ってたりする?」のようなセリフが一つあれば、暑さも伝えられたはず。会話劇なのだから、会話で堂々と気温や日差しに言及してもよかった。
藤野はいくら投手だとはいっても、バッティングフォームが窮屈すぎる。完全なる手打ちフォームで、とても野球経験者には見えない。ここはもっと演出や演技指導が必要だった。
また吹奏楽部やベンチ入りできなかった野球部連中が試合を観ている時の顔の向きとあすはたちが試合を観ている時の顔の向きが一致していない。いや、一致はしないのだが、どう考えてもそっちはピッチャーマウンドまたはホームベースの方向ではないだろうというシーンのつなぎが何度かあった。一塁側アルプススタンドの外野側のはしの方にいるあすはたちが左45度を剥いているのに、スタンドの野球部連中が真正面を向いていたりする。いったいどこのどんなプレーを見ているのか。
打球音からホームランの弾着までの時間が異様に短かったのは弾丸ライナーだったからと納得はできても、藤野がナイスキャッチしたファウルボールはおかしい。打球音と打球の軌道、さらに打球のスピードのどれ一つとして一致していない不思議なボールが飛んできた。監督もしくは助監督は、アルプススタンドで野球観戦することを、もう少し綿密に取材すべきだった、あるいは自身で体感してみるべきだった。
総評
こうしたユニークな映画が日本でもっと生みされてほしい。久しぶりに邦画を応援したくなった。本作はそういう気持ちにさせてくれる映画である。Jovianはやたら藤野にもひかるに宮下にも、やたら大声を張り上げる教師にも共感できた。もっとこの世界を見守りたいと感じた。2020年は映画にとって不幸な年だが、本作はその中でも異色の面白さを持った映画である。中年映画ファンも劇場へGoだ。高校生や大学生のデートムービーにも最適である。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
make a catch
野球やアメフトでボールをキャッチすることをmake a catchと言う。do a catchとは言わない。~する=do ~と理解している人が多いが、実際にはmake ~もよく使われる。do homework, do laundry, do the dishes。make a mistake, make a speech, make a catch. do は手順や対象がすでに定まっていることを「する」、一方でmakeは自分で一から生み出すようなものを「する」。このように理解しよう。