ビューティフル・ボーイ 70点
2019年4月18日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:スティーブ・カレル ティモシー・シャラメ
監督:フェリックス・バン・ヒュルーニンゲン
元プロ野球選手の清原和博、そしてミュージシャンかつ俳優のピエール瀧など、日本でも違法薬物に手を染めてお縄を頂戴する羽目に陥る人間は定期的に現れる。だが、彼ら彼女らの問題は薬物ではない。そのことを本作はうっすらと、しかし、はっきりと宣言する。単に父子の愛の美しさを称揚する映画だと思って鑑賞すると、ショックを受けるかもしれない。
あらすじ
フリーランスで文筆業を営むデビッド・シェフ(スティーブ・カレル)は、息子ニコラス(ティモシー・シャラメ)が薬物に徐々にはまっていくのを見ながらも、どこかで楽観視していた。自分も経験してきた、若気の無分別だと。しかし、ニックの依存症は深刻さを増すばかりで・・・
ポジティブ・サイド
ダークサイドに堕ちていくティモシー・シャラメ。もしも今、『 スター・ウォーズ 』のエピソードⅢをリメイクするなら、アナキン役はこの男だろう。そう思わせるほどの迫真性があった。クスリでハイになった人間を描くには二通りが考えられる。『 ウルフ・オブ・ウォールストリート 』のディカプリオやジョナ・ヒルのように徹底的にコメディックに描くか、あるいは『 レクイエム・フォー・ドリーム 』のように徹底的にシリアスに描くかだ。本作は明確に後者に属する。
Jovianは煙草を止めて7年9カ月になるが、チャンピックスが効き始める前、手持ちの煙草の箱が空になった時が最もしんどかった。イライラするので夜に近所を散歩していたら、目の前を歩くオッサンが火がついたままの煙草をポイ捨てした。それを拾ってスパスパ吸ってやりたい衝動に駆られたのを今でもよく覚えている。本作はクリスタル・メスという薬物の依存症を描くが、おそらくこの薬の魔力は煙草の1,000万倍ではきかないと思われる。もはや自分の意志で何とかなるものではないのだ。
ティモシー・シャラメは『 ステイ・コネクテッド つながりたい僕らの世界 』ではアンセル・エルゴートにボコられてしまったが、今作で役者としてもキャリアの面でもアンセルを抜いたと言ってよい。少年の無邪気さをその目に宿しながら、どこか世界を斜に構えて見るところがある。それでいて、血のつながらない母や弟や妹にも愛情たっぷりに接する。しかし、文筆と絵画の才に秀でた彼が内に秘めていた黒い想念は、ホラー映画かくあるべしと思えてくるほどの恐怖を観る側に与えてくる。なぜなら、そこにいるビューティフル・ボーイは素の彼ではなく、薬に操られるがままのマリオネットだからである。
父を演じたスティーブ・カレルは今まさに円熟期を迎えている。アメリカ社会が必要であり理想と考えるpositive male figureの役割を果たすことに心魂を傾注するが、それは決して無条件に息子を信頼することではない。彼は完璧超人でも聖人君子でも何でもない。至って普通の男なのである。怒りで声を荒げてしまうこともあるし、息子の助けを拒絶することもある。自分の非力、無力を痛感し、専門家にも頼る。等身大の父親なのだ。『 エンド・オブ・ザ・ワールド 』ではダウナー系の中年を、『 バトル・オブ・ザ・セクシーズ 』や『 プールサイド・デイズ 』では嫌味な男をそれぞれ好演していたが、『 40歳の童貞男 』を超える代表作になったと言ってよいだろう。
ネガティブ・サイド
デビッドまでがドラッグをやる描写は必要だったのだろうか。いや、アメリカ人に「ドラッグをやったことはあるか?」と尋ねるのは愚の骨頂であるらしいことからして、息子と一緒になってハッパを吸い込むぐらいなら良い。しかし、スラム街で売人から購入した白い粉を鼻からスーッと吸引する場面は必要だっただろうか。あれは、観る側の想像力に委ねるような描写や演出の方がより効果的だったように思う。
また、ジョン・レノンの“ビューティフル・ボーイ”は劇中ではほとんど聞けない。看板に偽りありとまでは言わないが、拍子抜けだった。デビッドは言葉でも文字でもニックにビューティフル・ボーイと語りかけるが、本来のボーイたるべきニックの弟にはそのようには呼びかけない。このあたりの父と息子たちへの接し方の違いを、もう少し丹念に描写するシーンが欲しかった。
物語のペーシングにもやや難ありである。「え、まさかこれで終わり?」というシーンが何度かあるのである。また、時系列的に混乱を呼びかねない描写もいくつかある。回想シーンなのか現在のシーンなのか分かりにくいというのがJovianの嫁さんの感想であった。このあたり演出力は『 マンチェスター・バイ・ザ・シー 』の方が優っている。
総評
違法薬物の使用で芸能人がしょっ引かれるのは何年かに一度のお約束であるが、本作公開のタイミングは、その意味ではパーフェクトである。薬物そのものの恐ろしさもあるが、結局は薬物に頼らざるを得ない原因があるということを、繰り返しになるが、本作は暗示的に、しかし、力強く明示する。中学生ぐらいの子どもがいれば、親子で劇場鑑賞するのも良いだろう。